起信論に於げる真如の理解
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﹁本来﹂の悌敢哲皐的基礎
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伊
藤
和
男
今日一般に働教の皐問と呼ばれるものは、その部門が多岐であり・方法も多種多様であることは詰に再言するまで もたいが.凡てとれら伸教の畢聞は吾五日がそのものを主躍とするととによって吾吾白からが甫めて寵に漉刺と活かさ れうる如きものを費する最勝の道を事ぶととに朝宗さるべきであると考へられる。もし斯くの如き壌の態度を措いて ほかに悌教の撃問の意義、目的が存すると考へられるたらぽかかる悌教の事聞はむしろ無くて憾み友をものといはね ぽならぬ。いま弦に取上げようとする起信論はかういふ吾五口の切賓た欲求に醸へて著された論書の一つであるといふ と と が で き る と 思 ふ 。 ととるで吾吾が本論の叙述を諌んでゆく場合にとのままの叙述では理解されゑいといふととがある。原著者や輔謀 者と同時代の人人に限って容易に理解されてゐたととが今日の吾吾には理解されたいといふとともありうるであらう し、嘗時の人人にとってばかりで友く現在の吾吾にとっても嘗然理解さるべき筈のととが吾吾の理解の方法如何によ って理解されたいといふとともありうるであらう。いづれにしても吾吾が本論を理解するにはその鍛趨七包もう一度解揮し直さねぽ理解されないわけである。古来さういふ目的のもとに生れたものがいはゆる註揮で あ った。註躍とは原 意の理解者が護教的意聞にもとづき時代的含蓄を以て解 躍 し直したものにほかならぬ。わけでも印度哲製諸波の経や 悌載の諸種の理論書はいはゆるスlトラ慢とか﹁偶﹂とかの寸鎖的表現を用ゐ、もと 備 忘 録 の 如き性質のものであっ たから後代の論家にとっては註 障を無視 しては理解の 手 係りが全くたいといってもよい。註躍を侠た守して原 意を理 解するととの困難はもとよりいふ迄もないととであり・樺威ある詰輝 書の慣存 が後昆の啓蒙に費し来った勲韻は蓋し 筆舌に童し難いものがあるであらう。しかし乍ら一面その震にややもすれぽ陪り易い弊習を吾吾は看過するわけには いかたい。即ち吾五口が本文を解読するに嘗って不審の箇所を註轄に質し、而もそれをただ機械的に暗諦するのみで能 事塁れりとたすが如き態度 は嘗来の悌教の 墜聞 の活設た歩 武を阻むとと彩しいのみたら夕、今日の吾吾が古 典を緒き それを理解せんとする伸載の製問本来の意義を根抵的に波却するものであって吾吾の賢しく自から誠めねばならぬ緊 要事であらう。もとより註躍なるものは原意を汲んでそれを啓を示したものには相違たいがそれを更に如何に解揮し てゆくべきかが問題とたりうる場合の存するととを省 察 したければならぬ。とのととは印度の諸種の理論書に於て註 轄に架するに更に註臨時を以でした歴然たる事責に徴して明白である。なる段ど﹃起信論﹄にとって﹃義記﹄は註樟書 とれを参照せやして本論乞理解せんとするととはそとに 幾多の危倶と暗礁と佐蔵するととはいふ迄も ・ た いととであって、その樺威は樺威として飽くまで倉重さるべきものに として銭越の費庫として古来停統的債値乞もつものであり、 は相違泣いが、﹃義記﹄によって凡て問題が解決し重されてゐるかとい ふに必や しもさうでない鮪がありうると 考 れる。今日の吾吾にとって﹃義記﹄の解樺そのままでは受取り難い箇所が る 一 く たいとはいへたい。それ故いまは﹃義 記﹄の解躍でありさへすればそれを悉く無批判に踏襲せんとするが如き先入主を梯拭し去って、必やしもとれを するととたく批列的に本論の勝義の所在を探究しようと思ふ。
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﹁ 因 縁分 ﹂ に も い ふ 如 く本論は 白からの心力なく廃論乞険忌して少文にし て 多 義をねがふ下根のために設き示された ものであるから.もはやとれ以上理解し易い概念的表出は他にたいわけであって、 とれによっ て 一 切の衆生 が斉 しく 大乗の異義をありのままに理解し う る 筈のものでなければならたい。それにも拘らやそのあり の ま まが私に理解され ないとするならばそれには何らかの理由が−なければたらない。解るとすれば解る理由があり、解ら友いとすれば解ら たいといふととの由って来たる理由が・泣ければたらたい。 いま裁に理解と呼ばれるものは真理性の自畳の成立つ根本契機に名づけようとしたものであって、本論の叙述が私 自身にとって空疎友 概念の羅列 でたいばかりでたく 普遍 安嘗な虞理性を有するといふ確信 は 、 との理解を侠っと と な くしては決して喚起され・ないと思ふのである。理解は患に知識的に知るといふとととは別のととであって・それには 飽くまで精神的意味の認識が要求せられる。それ故本論は一切衆生をし て 脅 しく理解せしむ る ために書かれた 筈のも のであるにも拘らや私には理解されたいといふことがある。またとの理解は 聖 歌量の成立つ根 撲 となる如きもの で あ る。聖数量ではその言教の真正なるととの確信が言教そのものの明確たる認識によって喚起せられるのではゑくして むしろ川にもとづくといふべきで あ ら う。人を絶謝的槽詮とするととによってその人の言敢 に 信 想 性が置かれるので ある。斯様に人に劃する信慾性にもとづいてその言教に信想性が置かれるとするならばそ の 人 に 封 する信 怒性は 一 程 どとから生じ来たるであらうか。 要 するに人に射する信 怒 性はその人の言 教そ のものが如 賓に理解 されるととなくし ﹁併の言教であるから恐らく員正なのであ ら う﹂とい ふ の が 聖 歌 量 であるから と れ に は比量的限定を侠っととなくしては確賓性乞置くととはできない。 4 んもとれが聖歌量それ 自身のもつ 指命 で あ り 、要 ては成立ちえ な い も の で あ る 。は軒定的方便にすぎないもので あ っ て 、吾吾は普通多くの場合悌書を聖教 量的 に護み.理解し.またさうでたい限り 悌教宣研究するといふととの手係りもないわけではあるが、とれではまだ併合言教が真に客離性をもつか否かは吾吾 には解ら泣い。真の客観性とは単に文字や概念にもとづいて誰もが然か承認せざるをえゑいとき成立つのではたくし て、その文字や概念の精神的意味が 吾 吾にありのままに理解されるとき 甫必て現 成するので あ っ て 、その時とそその 言教は私にとう て も放にとって も いつ如何たる場合に於 て も普遍安富性をもっといふ確信が私 に 喚 起されると 思 である。それであるから裁に至って聖歌量は何らの限定をももっととた く 却 っ て逆に﹁虞 正である から悌の言教 る﹂と書き改められねばならぬ。伸 量 一 日 の 勝 義 の 理 解 は 聖歌 量的であってはな ら ない。聖 教量 的 理 解 は備教を活 か 以 で は な い 。ととるで理解とはいは ぽ鏡に映像が投影されるやうたものでそれには少しも積極性が ・ な い で は ・ な い いふ批難は一臆 4ん も な と と で
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るが、民の理解とは決して静的無活動訟ものではなく主髄的に漉刺と働く如をもので あ っ て ﹁ 詮﹂とはかかる理解の勝 義 の 意味をもっと 考 へ ら れ る 。 斯くて本論にいふ如く翼如は本 来言 説、名字、心 縁の諸 相を離れたものであるから本論 が真如 に就いて語るといふ ととも賓は遁らるべきものにたるわけであって、 異如 へ の 道はもはや全く社絶されてゐるといはざるをえない で う。然らぽ真如は果して如何なる方法によって理解さるべきであらうか。本論には﹁離念の境界 は ただ詮とのみ ず る も 包 以 て の 故 に ﹂ と 教 へ 、 ま た ﹁ 止観兵せざれぽ則 ち よく菩提の道に入る と とたし﹂とも 道破ぜる ととるによって 明白であるやうに.翼如の第一 義 的理解は止観乞 修する ととも仏くしては現成しえないといは ねばな らぬ。従つでもし 止観を十全に修習してゐたいとすればかかる真如 の理解は 真如のありのま ま の 理解でなくし て 要 す るに真如に 劃する 。 。 。 。 。 私の理解にすぎないのであるから個別的であるのみた ら 歩 、いはゆるうわさ事聞に堕するのほ かた いのであるが、現 在私に意識されてゐる思想と本論の翼如に闘する厳越とがいかに相臆するかを明らめるととによってそとに暫くの理解が成立ち・やがてその理解がもし真如費得のための何ほどかの機縁ともなるたらぽ私が本論を讃み・論究する といふ意義があらうかと考へられるのである。 凡そ悌教は現貧苦から離脱して安柴をねがふ切賓な欲求から生れたとみるととができる。 ﹃ 智 度 論 ﹄ に は . いはゆる抜苦興業は悌教の根本命題であるとさへ考へ ﹁ 大 慈 は一切衆生に棄を興へ、大悲は一切衆生の苦を抜く﹂といひ、 られてゐる。四聖諦や十二縁起は凡てとの理を明かにしたものである。 ﹃ 起 信 論 ﹄ に も 護 心 の 相 を 一 示 す 傑 下 に 、 には直心、正しく真如の法を念やるが故に、こには深心、業うて一切の諸々の善行宏集むるが故に。三には大悲心、 。 。 3 0 p 。。。。。。。。。。。。 一切衆生。苦を抜かんと欲するが故に﹂と語り、既に﹁因縁分﹂には建論の意趣を示してその第一項に﹁一にほ因縁 ”寸 縞相。いはゆる衆生註して一切の苦を離れて究寛柴左得せしめんが震にして世間の名利恭敬を求むるにあらざるが故 に﹂と高くその道標を描ぐるととろによって明白である。悌敬所設の築もしくは究寛繋が西洋の快築設の如きと劃然 たる相還をたすととは事新しく論やる迄もないが、故にいふ所の一切苦とは凡そ如何なる意味をもつものであらう 一切苦といっても何か限定をもたねばならたい。本論では一切苦とはいってゐるが、それを掩ふ最も本質的た苦 としては生死の苦を指してゐるやうに思はれる。﹁解理分﹂に、﹁もし外縁の力ありと難も而も内の帯法に未だ薫習 。 。 。 。 。 。 。 の力あらざる者はまた究克巳て生死の一昔乞厭ひ浬撲を端末求するとと能は守﹂と述べ、更に﹁よく十諸国を起し、生死の 0 0 0 0 3 苦を厭び無上菩提を欲求し一再々﹂とも録し、また﹁よく衆生をして生死の苦を厭ぴ浬繋を柴求し自から己身に真如の 台、 法ありと信じて護心修行せしむ﹂と語るが如をは生死の苦を最も本質的た苦として取上げてゐるととを表白するもの といはなければならね。生死の苦とはいひ換へるたちぼ輪廻の苦であり、輪廻の苦とは霊魂の恒存に極はる肉躍的生
命の断続によって惹起される業繋苦に外ならぬが、かかる生死の苦は車に肉韓的生命に係はるば か り で な く精神的生 命の存立如何に係はる苦であると も考 へられる。肉 髄的には 生きて ゐながら精神的にほとのままでは どうし ても生き て行けないといふとと がある 。 い ま 生死の苦を単に肉程的にのみ解する ・ な らばかかる苦は吾吾自身が肉悼上の危念存 亡に際舎しない限り切賓性をもたないもので、高高死に封する畏怖の念として五口五口に議感せられるに過ぎたい。もと より斯様危想念を超克するととも浬撰とか安心とかいはれるものの蹄趨ではあらう。しかしかかる苦はむしろ枝末的 のととであって、即今に於てそれが解決され、また解決されるととによって肉腫的の生死の 苦 の 如きが任謹自然に超 脱されうるやうな遥かに根本的な先決問題がある。即ち主時的意味に於ける生死の苦とそ念念に 五 回 吾に迫りつつるる ととるのものであって、五口五回の自売が深まれぽ深まるほど愈 A 深刻とたる如きものでるる。現 賓と理想 、世間と出世 問、煩悩と菩提 ζ れらの封立矛盾は自己が草に肉髄的に生きてゐるのみでは真の自己として生きてゐるとは考へられ たい場合には劃然たる懸隔を現し来たるととろのものである。しかし誰しも肉韓的にのみ生きて精神的にはる一く生き ゐたいかといふに決してさうではたく理性や意志や感情の上でも生き、 とれらの精神活動には夫夫の苦情が伴ぴ、賓 際にそれらを経験しない者とでは友いわけであるが、とれらの苦は畢寛するに部分的のととであってみ一時一的のととで はない。自己の会館が生きるか死ぬかに係はる如き苦ではない。自己が現貨に生きて理想に死し、世聞に拘って出世 間を忘却し、煩悩に縛されて菩提を詮らたかったたらぽ斯様な自己は死せる自己であって 異 に生きた自己ではない。 自己が真寅に生きんとして生きられたいととるに矛盾が白血児せられ、 とれらの矛盾相刻の 真直中 に置かれた自己が民 に生死の苦界に沈諭する自己である。かかる自己にして自己の生きぬくべき血路を拓かんとするとき甫めて無上 を欲求するとか浬擦を築求するとかの切望が喚起されるのである。生死の苦を後者の如き 意味 に解するととによって それは現貨の吾吾にとって一一厨迫質的たものとたり、本論が生死の苦の厭ふべきを強調する所以もまさしく設に存す
るのであって、本論の内容が宗数的債値を有するといふとともかかる意味に解するととによっ て甫めて可能であると 考 へ ら れ る 。 凡そ現賓とは如何 なるものか といふ聞 に封する答は 、 織にも述べた や う に 、現賓は矛 盾の世界である と い へ ると思 ふ。吾吾が斯くあれかしと願ってやまぬ理想は要するに理想であって、 ぃ、さういふ現賓である。もとより理想が理想で ある所以はつ ねにそれ が彼岸的 である黙に 存するかも知 れ友い、し そ れ に 到達しよ う と し て容易に到達できた かし理想が暴寛するに単なる願望や永却に到達しえ た い理念の如きものとしてとどまるゑらぽ 吾 五 日 の現貫生活は賓に 暗憎たるものといはねばならぬ。斯様に理想と現賓との相別は現質的であ っ て とれは何らかの方法によって即 今 に解 決さるペく吾吾に迫り来たる問題である。然らぽ一時その解決の場所はどとに求必らるべきか。かかる矛盾の由来す る原因は何であり、またどとにるる か 。齢くともさういふ賄が明 かにせら れた上で吾吾は 現賓に如 何に封鹿ナペきか が決定されるのでは・なからうか。本論はかういふ鮪を問 題 にしてゐると 考 へ ら れ る 。
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いま本論の叙述をみるに、との現賓の説明の原理になるものは何かといへば、それは衆生心とい ふ言葉で いひ詮さ 本文に﹁生 滅 の 因 縁 と は 、 れてゐ るとい ふととができよう。衆生心とは文字通り衆生の心を直下に指し て 呼 んだものに相 違た い が . いはゆる衆生は心により て意 と意識と時十るが故に﹂といへる箇所 b L 解 躍 し て 、 ﹃ 義 記 ﹄ は ﹁ 諸識生 滅相 集り て 生や 。故に衆生と名づく﹂と述べてゐるから 意 ・ 意 識 た る諸識が轄 やるとと ろに衆生が存 在す ると考 へ ら れる。つまり衆生は意・意識を因子として成立って ゐ る 。 との衆生とい ふ概念に 就いては 教理史的には解樺が直直で あり、必やしも人間だけに限定していってゐ泣い場合があるが、人間以外の生物・無生物を そのう ちに含めよ うが含めまいが設で吾吾にとって緊要なことは衆生とは吾吾人聞を措いてほかにないといふ自畳をまづ喚起するととである といはねばならぬ。斯くて衆生とは吾吾人聞にほかなら守、諸識生滅の集合龍たる衆生の心が現賓の構成原理をなす のであり、而もとの心の轄現するととる無数の矛盾、撞著、苦情が現前するからそれらの縁って来たる原因を追究す るとき﹁一切の衆生乞ぽ名づけて畳とたさや﹂といはれる。衆生即ち入閣は不畳瞳であり、との不思覧躍の心が現賓を ﹃義記﹄では大乗の法煙 成立たせてゐるといへるわけである。ととるで本文にはかかる人間の心を大乗の法といひ、 と 呼 ん で ゐ る が 、 とれは不畳瞳としての衆生の心を指して直ちに大乗の法躍と呼んでゐるのであるから一見すると奇 異にさへ感ぜられぬでもたいが兎も角とれを最も敬重してゐるかのやうに思はれるのである。斯くて大衆の嘗睦は衆 生のそとにではたくして、却って衆生のうちにあるのであり、いひ換へれぽ衆生の主髄そのものに外たらぬ。吾吾は 織に衆生の主髄を不畳間として理解したが今は大乗の法瞳と呼んでゐるのであるから前後矛盾するではたいかといふ 反聞が嘗然起りうるであらうが、それには衆生心左斯く呼ぶだけの何らかの含蓄が怠ければたらないと考へられる。 ﹃義記﹄に従へばとの衆生心は別に如来蔵心ともいはれてゐるから衆生の主瞳は矛盾、捜著 h 乞匹胎させるぽかりでは 。 。 。 たくして本来は矛盾、撞著を絶した世界を現成せしめる徳を兵へたものといへるわけである。との滑息によって﹁と の心は則ち一切の世間、出世間の法を撮す﹂といはれる意味が成立つ。もし衆生心が矛盾、檀箸のみを座胎させるに 過ぎたいものでるるたらぽ﹁世間の法を揮する﹂といふととは或はいへるかも知れたいが、﹁出世間の法在揖する﹂と いふ意味は理解し難いであらう。斯様に衆生心とは大乗の法盟そのものであって、 に封ずる主観の如金位置にあるものではなくして、客離をも却ってうちに含む如きものであるから.それに封立する 如き自絵の存在の全く絶無である如き存在であると考へられる。との意味に於て衆生心は唯一組封、賢大無漫の主憧 であるといふととができる。そしてとれがまた大乗の意味乞詮し.債値的たものを心真如といひ、反債値的たものを 一切訟をうちに伝播するから客観
A U 生 滅 と 名 づ け 、 とのこつを衆生心はうちに含んでをつて、とれらのこつは互に不相離の関係をたしてゐる。阿饗耶 識と呼ばれるものも不生不滅と生滅との非一非異的和合躍であり、また﹁能く一切の法在揺し一切の法を生や﹂とも いはれるから衆生心と同じ構造をもつものと考へられる。設に非一非異的和合間といったが和合とは本来離れたもの が合一するととではなくして本来一つものが暫く分別された扶態である。それ故不生不減と生滅とは本来からいへぽ 異ったものではないが.衆生にとっては﹁でたいと考へられてゐる。轄の衆生心に於て真如と生滅とが不相離である といはれたのもとれと同断である。和合とか不相離とかが語られるといふととそのととは既に本来のものでたくたっ て来てゐるととを意味する。従ってとれらは本来一であり・ながらこであるといふ二重の構遣をもってゐるといふとと が で き る 。 との聞の泊息を述べて﹁上の如来臓の清静心、動じて生誠とたりて相離れや。故に和合と いふ。別に生滅ありて来って真と和すといふにあらや J﹂ と い っ て ゐ る 。 ﹃ 義 記 ﹄ に は 、 斯様にしていはぽ虞妄の和合睦にほかたらぬ衆生心にしても阿怒耶識にしても、 とれらは吾吾にとって寧る反債値 的たもの、願はしからざる性質のものといはねばならゑい。つまりそとでは無明︵生滅・妄︶が現賞とたり、異如が 非現賓とたれる知き和合時である。無明が現賓とたるとは吾吾の主瞳が無明に置かれてゐるといふととであり、真如 が非現賓となるとは真如がる一く忘却されてゐるといふととである。しかし乍らとの場合吾吾の主鰹が無明に置かれて ゐるというても吾吾に無明が畳知されてゐるといふととはできぬ。無明を主瞳とする衆生自身が無明を費知するとい ふととは不可能であるからである。それ故衆生が不覚であるとはもとより真如を畳してゐないととには相遣ないが、 一一回からいへぽ無明を無明と覧知してゐたいといふ意味でなければならぬ。即ち無明を無明と魔知するには五口五口の主 盟が無明に置かれてゐる限り到底ありえ友いととであって、吾吾の主盟を真如に置くといふととがとりも直さや無明 を無明と知る所以である。
斯く考へ来たるたらぽ吾吾の究極の関心事は無明を現賓とし真如乞非現賓とたず如き和合轄を根抵的に解消して員 如をしてその本来の鹿を得せしめ、本然の光せを放たしめるにあるといはねばならぬ。それ故﹁智滞相とは調く法力 。。。。。。。。 貫習に依 h p て如賓に修行し方便を満足するが故に和合識の相を破す﹂とも﹁法出離鏡とは謂く不室の法。煩悩概と智 0 0 0 0 0 0 0 0 艇 と
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出で和 A 口の相を離れて淳浄明なるが故に﹂とも語られるのはとの意味である。それであるから﹁和合識の相を 破す﹂とか﹁和合の相を離れる﹂とかいふととは真如が無明の纏綿から脱却して異妄未分の統一樟に蹄るといふとと に外ならぬ。従って衆生心が大乗の法盟として稽揚せられた所以も、賓は衆生心そのままを直ちに肯定していはれう 。 。 。 一度会く否定せられた上でのととであって、衆生心は本来は異如であると考へるととによって るととではなくして、 甫めて可能となる。従って吾五口にとって最も隼重さるペをものは衆生心よりもむしろその内に包揖せられるとたす真 如であって、衆生心が成立っためには異如は必須不可般の因子であり、衆生心は方しくとの因子に一審を轍すべきで あるといはねぽならぬ。王
衆生心いひ換へれぽ現賓の本来性が巽如でなければならぬととは以上の如き理由によって略 k 明かとたったと考へ られるが、私はとの消息を本文そのものに嘗って更に探究しようと思ふ。本文に﹁真如はもと一たり。而も無量無謹 の無明ありて﹂といひ、また﹁との心もとよりとのかた自性清博たり。而も無明あり﹂とも述べ、或は﹁一切の法は ・本来唯心なるを以て賓に念なし。而も妄心あり。不畳に念を起して諸々の境界を見る。故に無明と説く﹂と録し・更 に﹁一切の法はもとよりとのかた白から浬撰たりと信知するを以ての故に﹂とも或はまた﹁いはゆる心性は常に念た し。故に名づけて不費とたす﹂と語り、更に﹁一切の法は本来無想たるを以て念念に生ぜ示。念念に減せやノ﹂と道破するととろによって理解せられる如く、との現賞は本来一であり、自性清浄であり、念た︿・想なく‘浬撰そのもの である。然るに無明、妄心が輔現し来ったととは全く思ひまうけぬ意表外のととであるといふ歎盤をさへとれらの引 文によって蕗き取るととができる。即ち現賓の本来性は真如一相のほかの何ものでもたくそとに無明の起り来たる理 。 。 自がないにも拘らや無明が起きてゐる、つまり﹁一切の衆生をぽ覧とたさざる﹂のであるから、真如と無明との結び 付をいひ換へれば本来異如左畳してゐる筈の衆生が
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うして不見とたったか、もう一度言葉を換へていへぽ無明の超 始を如何に説明するかが裁に嘗然要請せらるべきであり、著者はとの要請に白から臨へて、無明とは﹁忽然として妄 念の起る﹂ととるに名づけたものといふのである。 いはゆる忽然の意味については古来論家の聞に砂からぬ逗庭が存するゃうであるが、その多くは﹃義記﹄の解躍を そのまま踏襲してゐるというてよい。 ﹃義記﹄は忽然の意味を解揮して、 っただとの無明は染法の源とたる。最極徴細にして更に染法のよくとの本とたるものゑきが故に忽然念起とい 主為。
二、理路本業経の文を援引してとれを解躍し‘ 明かす放に無始といふ。即ちとれとの論の忽然の義なり﹂と。 ﹁とれ則ちその無明の前に別に法あって始集の本となるとともなきを 三、また忽然といふは時節に約して以て忽然と設か守、起るに初め友きを以ての故たり。 との三義そ奉げ、また本文に﹁一切の衆生をぽ名づけて莞となさや。もとよりとのかた念念相模して未だ曾て念を離 れざる乞以ての故に無始の無明と説く﹂といへる文中、 ﹃義記﹄は﹁無始の無明﹂たる語を解揮して、 一、染法の無明より始たるものあるととなきを顧すが故に無始といふなり。 二、無明は真に依る。同じく一冗始たきが故なり。とのこ義を樹ててゐるが、今とれら諸義を綜合するゑらぽ要するに忽然とは無始であり、無明が無始であるとは.無 明が一切染法の第一原因でるるといふ意味に外たらぬと考へられる。それ故﹁忽然として念起るを名づけて無明とな す﹂とは﹁原本初登の妄念を呼んで無明とたず﹂といふ意味に解するのが﹃義記﹄の解轄である。 忽然に封する﹃義記﹄の解躍は斯くの如き沿革を示してゐるが、との無始たる語は既に本文でも属 k 用ゐられる所 のものであって‘何故挫では無始といはやしてとりわけ忽然といったかといふ疑義も起りえたいでもたく、また一概 に無始といってもその意味を如何に解轄するかが更に問題とたりうるととを省察したければならない。いま﹁忽然﹂ 。 。 。 。 。 ﹁よく現在に日経の事を忽然として念じ、未来の事を不畳に妄慮せしむ。との故に三界は虚備 の 他 の 用 例 を み る に 、 にして唯心の所作たり﹂と録せる文中、﹁忽然として念守る﹂とは﹁妄りにもしくは不畳に憶起する﹂といふほどの 。。。。。。。。 意味であらう。また﹁一切の法は本来唯心たる乞以て賓に念たし。而も妄心あり。不畳に念を起して諸々の境界を見 る。故に無明と説く﹂ともいはれてゐるから、 ﹁忽然として念起る﹂とは﹁不魔に念起る﹂といふ意味に解せられぬ と と も た い 。 ﹁不畳に﹂といふととは﹁理由または原因が解らやノに﹂といふととである。 ﹁念をどうして起すか、そ の理由が解らや J に念を起す﹂といふととが﹁不畳に念を起す﹂といふととの意味である。 いま私は別の方法によって﹁忽然﹂の意味を更に探究し、右の私見が必やしも不嘗でたいとと乞明かにしようと思 ふ。本論にいふ所の﹁忽然﹂の原語が果して何であったかはもとより容かでないが、他の用語例から推してその原語 は恐らく叫
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伊︵普通ヨ命。岳仰として用ゐられ、副詞にすれば苫−−年RE
− ︼ る で あ る ︶ も し く は 釦w
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伴 ぅ。それ故﹁忽然として起る﹂とは﹁偶然にもしくは理由︵原因︶たしに起る﹂といふととである。偶然とは起始の 理由又は原因が存在してをっても吾吾にはそれが畳知されないか、事賓存在しないから費知されないか、いづれにし ても理由または原悶が吾吾に畳知せられるととたくして或事象の起るととであらう。由って起るべき理由もしくは原 で因が既知の事寅であるならぽ斯くして起った事象は偶然に起ったのではなくして ﹁ 嘗 然 に ﹂ ︵
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, ⑦ ふべきである。斯様にして忽然として念が起きるとは妄念がいつ何慮でE
うして起り来ったか衆生にはそれは解らな 起ったとい いといふ意味である。無明が理由の理由とすべきものなく、原因の原因とすべきものたくして偶然に生起するといふ ととは本来起きるべき管のものでないにも拘らや起きてゐるといふととであるから無明は起きてゐるとはいふが本来 は起きてゐるのでは訟いと考へられねばたらぬ。それ故無明が起きるといふととは樺であり・俣であって、 ﹁ 三 一 外 は 虚偶﹂といはれるのもとれが詩である。また本文に﹁心の初相を費する﹂といはれるものも妄心に何か起始があって その初相を畳するといふととでは泣くして一切の妄心は本来ないものと知るととにほかならぬ。 ﹁心起とは初相の知 るべきあるととたし。而も初相を知るといふは印ちいはく無念たり﹂といひ、またとの箇所の新語に﹁心の初起とい ふはただ俗に随ひて説く。その初相を求むるに経に得べからや。心たほあるととゑし。何ぞ況んや初あらんや﹂と語 るものは妄心は本来存在し、ないとと左道破したものである。 以上の論究によって明かたる如く﹁衆生は本来畳睡である﹂といふととと一方では﹁衆生は不莞瞳である﹂といふ とととの撞著の由って来たる根醸乞どとに索むべきかに就いて徹底的に反省をめぐらしゆくとき、要するに忽然念起 といふの外はなかったと考へられる。忽然の意味を斯様に解すべきととが明かとたった今は、無始といふととも﹃義 記﹄の如くに解ずる限り、忽然と同義にみるととは果して安嘗な見解であるかどうか。無始の勝義はむろん時間的謹 績の意味でも無原因即ち第一原因の意味でもたくして出鹿を索むるに寛に不可得の意味に解せらるべきであらう。 しかし乍ら無始といふととは無明に就いていはれるぽかりでたく真如に関しでも語られてゐる。即ち﹁自鰹相重一習 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 とは無始世よりとのかた無漏の法を兵し一再々。﹂また私は蜘聞にも屡々衆生の本来性が真如に外ならぬとと乞強調はし 。 。 。 。 。 。 。 。 ﹁もとよりとのかた念念相績し もんが、無明に就いても同様に語られてゐるかのやうに思はれる章句がたいでも友い。て未だ曾て念を離れざるを以ての故に無始の無明と説く﹂といはれるが如きはそれである。また﹁染法は勲仏 r u 。 。 。 の か た 重 一 期 目 し て 断 、 ぜ 示 。 乃 至 悌 乞 得 て 後 則 ち 断 あ り 。 浮 法 重 ⋮ 習 は 則 ち 断 る る と と な し 。 未 来 を 童 す ﹂ と も 述 ペ ら れ 斯くて異如はいはゆる無始無持、無明は無始有終といはれる。 ととろで斯様に真如と無明とに闘していづれも無始と本来とが語られるとはいへ果して夫夫の場合にすべて同一義 を以て律するととがでぎるかどうか。その含蓄の異なる黙を看過するわけにはいかたいと忠ふ。邸ち真如が無始無絡 とはいひ換へれば不生不滅といふととである。生ヒたるものには必や起始があり、滅するといふととがあるが、生じ たものではないから滅するととのないものである。 ﹁ 真 如 の 自 瞳 相 と は ・ ・ ・ ・ 前 際 に 生 十 る に も あ ら や 。 後 際 に 滅 にもあらや。畢寛じて常恒たり﹂といはれる所以である。然るに無明が真如と同様に無始と呼ぽれるとはいへ不生と 考へられるたらぽ不生のものが滅するととはありえたいから、むろん本来からいへば妄念はないのであるからそれに 起始のありうべき筈がゑいにも拘らや﹁念起﹂といはれてゐるやうに、齢くとも衆生にとっては妄念は起り来ったも のと考へねばならない。さうでたければ無始有終といふととは理解されたい。生じたものであるから滅するといふこ とがある。それ故無明は生践とも呼び換へられる。斯様に無明が起り来ったものと考へられるならぽ、そとに嘗然無 明は一盟どとから起り来たるかの問題が更に探究されねばならない。 斯くて論会醸の構遣からいって衆生の本来は真如であって無明であるとは考へられてゐたい。本来とは前際も後際 もたい無際で t u る。衆生は本来備といはれる場合既に本来が語られる時には悌であるペき筈のものが衆生︵不畳盟︶ にたってゐる。怖が衆生に怒ってゐるといふととは首然でたくして偶然であるから債であり、槽であって、衆生の側 からいへば衆生が併に成るといふととは首然なととであるから、備に成るとはいふが賓は備に成るともいへたいとと で あ る 。
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無明は本来起きる筈のものではないから原因出鹿のあらう替がないととを既に屡 K 強調はしたが.しかし乍ら象生 にあっては無明が生起してゐると考へられねばならぬ以上、それには何らかの基聞になる如きものがなければならな ﹁妄念は忽然として起きる﹂とはいつでも凡そ無から有が生やる筈はないからである。然らば一関その基睦はどν
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とに索めらるべきであるか、 とれば嘗然すぎるほど嘗然な疑問でなければならぬ。 いま無明の生起する契機を考ふるに大韓共の三つの場合を奉げうるであらう。 一、無明は阿怒耶識から生ゃるか。 二、無明は真如のそとに起きて真如に影響するか。 三、無明は真如のうちから祇生ずるか。 第一の聞は本文に﹁阿繁耶識に依る乞以て無明ありと説く﹂といはれるととろから出したもので‘阿家耶識が無明 の基剛胆に友りはしたいかといふ風に一一臆考へられる。文中、﹁依るを以て﹂とあるは他の箇所でも例へば﹁異如に依 るが故に無明あり﹂といふ場合の﹁依るが故に﹂と同様にとの言葉は左程明確た概念を興へるとは考へられない。と の言葉の解躍如何によっては主鮮と賓癖との闘係が色色に考へられる。ともかく﹃義記﹄は、拾にいふ阿家耶識とは その前文にある﹁心に依りて﹂の心︵真如︶と同一物を指すとみてゐるが、 とれはやはり阿繋耶識そのものを指すと みるべきであらう。また﹃義記﹄には、構に﹁木鹿児に依るが不費あり﹂とも﹁真如に依るが故に無明あ h ととも語った にも拘らや今は本畳でも真如でもたい阿饗耶識に依って無明があると述べた理由を三様に設明してゐるが、とれに就 いては暫く措くとして阿怒耶識そのものが既に無明に穆透された性質のものであるから、 とれを基鰻として更に無明が生起するとするならぽかかる無明は枝末的と考へられねぽなら示、との箇所では意・意識の如き枝末無明の展開を 説明ぜんとするにあるのであって私の嘗面の課題はむしろ根本無明の生起如何に係ってゐるのであるから今は一醸問 題を別にして考へねぽゑらぬ。かかる理由かち第一の問を設では留保してゐかうと思ふ。 弐に第二の聞に於て無明が異如のそとに起きるとするならぽ﹁離念の相は虚空界に等しく編ぜざる所、なし﹂といふ ととはできぬ。法界一相といふととも成立たたい。従つでもし無明が生起するために何らかの基陸乞必要とし、その 基盟を果してどとに索むべをかに立ち至るならば、それは嘗然真如に索めるの外は、たいと考へられる。それ故無明は 真如とともに無始とはいふが本来は二元ではたくして異如ご冗に蹄せらるべきであり、無明は虞如を離れて冥如の持 外には起りえたいといはねばならぬ。 然らぽ無明は真如のうちから祇生し来たるものであらうか。もし真如のうちから訳生し来たるものであるならば、 それをどうして無明と呼びうるであらうか。そとに第三の聞が成立つ。 最後に第三の間に就いて考ふるに無明が異如のうちから祇生するといふゑらぽ先づさきに真如があって後に無明が 生起するとととゑり、時間的に前後がありうるわけであるから無明は無始ともいへないとととなる。一般に因果性に 於ては時間的関係を無硯しては成立たたいが.今の場合因果性を以て律するととはできない。それのみ友らや唯一で 常恒不費、自性清海た極めて債値的と考へられるものから反債値的た無明の如きものが
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うして訳生すべきであらう か。もし祇生し来たるとするならば、無明は真如によって否定されるどとるか盆 k ム同定さるべき性質のものとならね ぽ怒ら守、それ乞無明とさへもいへたいわけである。とれは恰もウッグ 1 ラカ哲墜の創建設に於て唯一の宇宙的太源 ザ ト ﹁有﹂から火・水・地が流出する場合に﹁有﹂が何らか精神的なものであるとするならぽその流出物も賢しく精神的 なものでたければなら示、 ﹁有﹂が物質的なものであるとするたらばその流出物も同様に物質的なものと考へねぽならぬのと一般守ある。それ故真如から無明の如を異質的なものが祇生するとは考へられない。よし波生するとしても 無明は真如のうちに内在してゐたと考へられねば祇生するといふととはありえたいから民如のうちに無明宏擁すると いふ矛盾にさへ陥るとととなるであらう。 然るに本文に﹁本莞に依るが故に不魔あり﹂とも﹁如来摘に依るが故に生滅の心あり﹂とも或はまた﹁いはゆる員 如の法に依るを以ての故に無明あり﹂とも更には﹁心に依りて意と意識と轄守るが故に﹂ともいはれてゐるから、一 見すると無明の出鹿が真如にあるのではないか、従って摺に﹁忽然として念超る﹂と述ぶるととると矛盾するではた いかと反問されねでもゑい。しかしとの反聞は右の論詮によって答破さるべぎであって、とれらの引文の意味すると とるは真如と無明とが原因、結果の闘係にあるのではなくして異如は無明の基韓に外ならぬと考へねばならぬ。それ 故無明は真如のそとに起きるものでも真如自韓から波生する如きものでもたくして虞如を離れては起りえないといふ べきである。虞如と無明とは同時的であり、翼如を場としてそとに無明が無明として成立つ。吾吾は現賓に於て無明 を無明と風見知せやにゐる。無明が無明として畳知せられるのは吾吾が虞如に蘇るととによって甫めて可能とたる。ま た﹁無明の相は畳性を離れや J﹂とも﹁念に自相ゑけれぽ本魔左離れやノ﹂とも或は﹁心と無明と倶に形相なく相捨離せ や﹂とも録されてゐるのは、真如と無明とは本来不可分であり、市も無明は同県如を基鯉として成立つといふととであ る。とれをいひ換へれぽ迷ひの存するととろ随時障鹿に救びがある、救ひの手はどとにでも延されてゐるといふとと である。員如は恒に金躍であるから離念の相は虚空界に等しく編ぜぎる所とてたいといはれる。所詮無明も員如海上 の 一 一 波 調 に 過 ぎ た い 。
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斯くて衆生は現貫的には無明的存在であるとはいへ本来は買如以外の何ものでもないと考へねぽならない。とこる で設にいはゆる﹁本来﹂なる m思想は本論会一躍の構謹の骨子をたすのみたら守備敬一般の擦って立つ最も重要た観念で あるといひうるであらろ。然らば一躍﹁本来﹂といふ如きととが
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うしていへるか、またそれは如何なる悌教哲接的 蒸礎乞有するであらうか。 イーシユグラ 印度の有紳論者に従へぽ世界は唯一の超越的危紳によって創造せられたといふが、もし紳が世界の能遣である友ら ブ ヂ イ イ ツ チ ヤ I プ ヲ ヤ ト ナ ぽ創建は紳の魔智と希望一と意志とによって行はれたのであるから一切の所遣は紳のとれらの諸徳を盆 k 種展せしめた 如きものとして遺作されてゐるべきであり J・紳の徳に誘く如きものは一物として存在しえたい筈である。然るに現貫 に於て紳の徳とは凡そ懸絶した事象を五口吾は経験するから設に於て印度の紳接者は人聞の業を挫し来ってとの矛盾乞 合理的に解明しようとする。国ち業の自律性いひ換へれぽ善悪の報償の自己解決性乞許すととによって如何に慈悲国 満た紳の妙用を以てしでも業の鶴則を動すととはできたいから悪業に劃して善果乞結ぽしめるととは不可能たるが故 に紳からの現賓の講離性といふが如きととは紳の興り知らぎるととるであると主張しようとする。しかし乍らもし斯 様に業の自律性乞許すとするならば.織には紳の一切能謹性を主張したにも拘らや今は業に劃しては紳の非能造性を 認めざるをえないといふ矛盾が生やるから、業の鶴則が首尾一貫して巌正に遂行せられるのはとれる一く紳そのものの 創建作用の結果にほかならぬと有紳論者は需護せんとするが、とれ畢寛するに業と紳の能謹性とが妥協をたしてゐる わけであって業の自律性左承認すると同時にそのものの他律性をも桓みえないといふ一睡二性の難に陥ってゐるとい ばねばならぬ。また業の矛盾たき適用性を力説する結果は業からの解脆といふとともありえなければ.賓は紳とは会 ︿不必要な存在山高高業を十全に完結させる需にまうけられた道具もしくは補助手段に過ぎぬものと考へぎる乞えな ア ヌ グ ラ 八 ぃ。有神論者は美呆を獲んと努力する人聞を扶助するととろに紳の揖取があるといふが、凡そ揖取とは人間が紳に絶割に踊依する ζ とによって業の糧綿から蝿脆して輪廻瞳としての人聞でたくたるととろに存すると考へられる。然る に一肺の徳に非き業を負へるままの人聞が一脚に蹟依し紳の揖取に興るといふととはどうして可能であらうか。かかる人 聞が一脚の矯取に輿り榊に腸依しうる穏にはそれに相臆する能力が人閉それ自身に賦興せられるととたくしては不可能 であらう。しかしかかる能力とそ紳によって甫めて人聞に賦興されるのではないかといふ反問も更に同じ疑問を反覆 せしめるに過ぎない。即ち然らばかかる能力を人聞が紳から賦興せられるとしてそれを人間が受取りうるといふとと がどうしていへるか。斯くて要するに人聞が紳の揖取に興りうる詩にはそれだけの能力が人閉それ自身に於て本来内 在してゐると考へざるをえゑい。いひ換へれば紳と人間との聞に介在する溝渠を除去するといふとと即ち人間はたる noo ほど現賓的には業を負ひ業から出離しない輪廻程には相還ないが本来は業の纏糟仰を蒙らぬ非輪廻睡であると考へると とによって紳の慈悲を受取るだけの能力が人聞に賦輿されるとととたり、斯くして甫めて興へるものと興へられるも の と の A口致黙が見出されうるのではなからうか。 斯様に衆生の衆生たる所以は不畳であり無明である賭に存するとはいへ衆生は本来、本血児・真如を主慢とするもの であると考へるととによって自力はむろんのとと他力の可能た原理を設に見出しうるといふととができる。 本論所説の真如はその本質的性格として以上の如き撞著に十分臆へうるものであり、﹁本来﹂の概念は斯くの如き 僻教哲事的基礎の上に構築されてゐると考へられる。またとの泊息は真如の葉習といふととによって明瞭に窺ふとと ができる。衆生が生死の苦を厭ひ浬擦を柴求し、白から己身に異如の法ありと信じて護心修行するのは凡てとれ無漏 の法の内在するが需であり、また一切の外縁を異如護得の機競として観ヒうるのも真如の内在を許すととなくしては ありえないととである。斯様に見来たるならば本文に﹁諸備の法は因あり縁あり。国と縁と具足して乃ち成解すると とを得るたり﹂とも﹁もし悶と紙と具足する者はいはゆる自ら票習のカあり﹂ともいはれる如く浬擦に入るの誼は、
内国と外縁とが満足するととにようて甫めて可能であって、内国の葉靖国力のみによっても外縁の薫脅力のみによって も不可能なととである。本論には木中の可燃性と、それを燃焼にまで導く方便とによってとの関係を巧に菰鳴してゐ る。内国と外縁との合致するととるに方しく浬繋が現前するのであって、外績が外縁として意味づけられるのは内因 の薫習力を侠つてのととであり、また内悶の重⋮習力が費動するには外縁によって誘披せられるととたくしては到底不 可能なととである。韓たき衆生とは内因と外縁との合致を見ざる衆生のととである。 斯様にして護得した翼如は護得したからといって今まで・なかったものが新たに生じたともいへ友いものである。構 にも述べたやうに本論には員如詮得のための修行を勤めてはゐるが員如の本然からいへぽ斯様友修行も賓は全く不必 ﹁一切の衆生は本来常住にして浬擦に入ると設けり。菩提の法は修すべき相にもあ 要 な と と と い は ‘ な け れ ば な ら ぬ 。 ら十。作ずべき相にもあらや。皐寛無得なり﹂と語られるのはとれが露である。 斯くて無明を主韓とする私は慣りの私であり死んだ自己であって、真如を主躍とする私が異の私であり生きた自己 である。無我とはかかる自己を否定的に表現したまでである。そしてかかる自己が即今に於て濃刺と働くととるに本 来の現賓があり、かかる自己を賓現ぜんとする努力に人生の意義と人聞の究極の目的とが存ずるのでは汝からうか。