制憲国民大会序論
In tro duct io n of N atio na l Co nv en tio n fo r E stab lish in g t he Co nst itu tio n
齋 藤 道 彦
要 旨
現在に至るまで中国地域史上もっとも民主的な憲法である﹁中華民国憲法﹂を決定したのは︑国民大会であった︒国民大会 は︑ 一九二四年一月 の 孫文 の ﹃建国大綱﹄ に 基 づ く 構想 で あ り︑ 民主的 な 性格 を 持 つ と と も に︑ 訓政下 で の 政治的実践 で あ っ た︒
国民政府は一九三六年五月五日に憲法草案を公布し︑ ﹁中華民国憲法草案﹂と名づけた︒
制憲国民大会は当初︑一九三五年三月に開催される予定であったが︑六回延期された︒
日中戦争中︑いわゆる国共合作に乗っていた中国共産党といわゆる民主党派は︑一九四六年一月の政治協商会議までは国民 大会の議論に参加していたが︑その後︑この国民大会にボイコットを表明した︒
国民大会予備会議は︑一九四六年十一月十八日から十一月二十二日まで開催され︑ ﹁中華民国憲法草案﹂が確定された︒
キーワード 制憲国民大会︑五・五憲草︑国民大会予備会議︑国民大会主席団会議︑中華民国憲法草案︑中華民国憲法
は じ め に 結 論 を 先 取 り し て 言 え ば 現 在 に 至 る ま で 中 国 地 域 史 上 も っ と も 民 主 的 な 憲 法 で あ る ﹁ 中 華 民 国 憲 法 ﹂ ︵ 一 九 四 六 年
十二月制定︑ 一九四七年十二月公布︶ を 決定 し た の は︑ 国民大会 で あ っ た︒国民大会 は︑ 一九二四年一月 の 孫文 の ﹃建
国大 綱
︶1︵
﹄に基づく構想であり︑民主的な性格を持つとともに︑軍政/訓政/憲政の三段階論に基づく訓政期から憲
政期への移行期における訓政期国民政府の統治下での政治的実践であるという側面を持っていた︒
第一回国民大会 は 制憲国民大会 で あ り︑ 第二回 は 行憲国民大会 で あ っ た︒制憲国民大会 は︑ ﹁中華民国憲法﹂ の 制
定 を 課題 と し︑ ﹁中華民国憲法﹂ は 一九四六年十一月〜十二月 に 開催 さ れ た 国民大会 で 審議 さ れ︑ 制定 さ れ た︒制憲
国民大会 は︑ 開会典礼 ︵十一月十五日 ︿金曜日﹀ ︶ ︑ 予備会議 ︵十一月十八日 ︿月曜日﹀ 〜二十二日 ︿金曜日﹀ ︶ ︑ 主席団会議
︵ 十 一 月 二 十 二 日 ︿ 金 曜 日 ﹀ 〜 二 十 五 日 ︿ 月 曜 日 ﹀ お よ び 十 一 月 二 十 五 日 ︿ 月 曜 日 ﹀ か ら 国 民 大 会 終 了 後 ま で の 十 二 月 二 十 七 日
︿金曜日﹀まで︶ ︑本会議 ︵十一月二十五日︿月曜日﹀〜十二月二十五日︿水曜日﹀ ︶ からなる︒
使 用 す る 史 料 は︑ ﹃ 中 央 黨 務 月 刊 ﹄︑ 胡 春 惠 編 ﹃ 民 國 憲 政 運 動 ﹄ ︵ 正 中 書 局 一 九 七 八 年 ︶ ︑ 荣 蒙 源 主 编 ・ 孙 彩 霞 编 辑
﹃ 中国国民党历次代表大会及中央全会资料 ︵上 ・ 下︶ ﹄ ︵ 光明日报出版社 一九八五年十月︶ ︑ 台湾 の 國家發展委員會檔案 局 檔 案 ﹃ 中 華 民 国 憲 法 草 案 附 國 大 籌 備 會 成 立 案 籌 備 憲 政 經 過 報 告 中 華 民 國 憲 法 及 實 施 準 備 程 序 ﹄ ︵ 発 文 日 付 二 〇
〇八年十一月二十六日︒電子資料︒以下︑ ﹃中華民国憲法草案等﹄と略称︶ である︒
なお︑中国地域の人名で日本漢字 ︵常用漢字︶ のあるものは︑常用漢字を用いる︒
一.憲政の準備過程 憲政への追求は︑孫文による﹃建国大綱﹄に端を発し︑北伐戦争を経て︑一九二八年に基本的に全国統一が達成
されたのち︑中国国民党は孫文の軍政/訓政/憲政の三段階論に照らして訓政段階への移行をめざした︒
以下︑國家發展委員會檔案局檔案﹃中華民國憲法草案等﹄所収﹁國民政府籌備憲政準備經過報告﹂により︑憲政
の準備経過を見てみよう︒
国民会議 は 一九三一年五月五日︑ ﹁中華民国訓政時期約 法
︶2︵
﹂ を 決定 し︑ 中央統治権 を 中国国民党 に 付託 し︑ 国民政
府が﹁五種の治権﹂を行使することとし︑その任務は﹃建国大綱﹄に基づき︑ ﹁地方自治を推進﹂し︑ ﹁四権の行使
を 訓 練 ﹂ し︑ 憲 政 を 促 成 で き る こ と を 期 し︑ 政
まつりごとを 民 選 の 政 府 に 授 け る こ と と し た︒訓 政 期 宣 言 で あ る︒こ の 直 後
に︑一九三一年九・一八事変が発生した︒
憲草委員会
続 い て た だ ち に 憲政段階 へ の 移行準備 が 始 ま る︒立法院 ︵院長 孫科︶ は︑ 中国国民党第四期三中 全 会 ︵ 一 九 三 二 年 十 二 月
︶3︵
︶ の 議 決 に 基 づ き︑ 最 初 に 憲 草 委 員 会 を 組 織 し た︒國 家 發 展 委 員 會 檔 案 局 檔 案 ﹃ 中 華 民 國 憲
法 草 案 等 ﹄ 所 収 ﹁ 國 民 政 府 憲 政 準 備 經 過 報 告 ﹂ に よ れ ば︑ 憲 草 委 員 会 ︵ 委 員 長 孫 科 ︶ は︑ ﹁ 一 九 三 二 年 二 月 か ら 四
月二十日まで﹂計十二回会議を開き︑起草原則二十五点を決定し︑呉経熊・張知本ら七名を憲草主稿委員とした︒
「呉経熊稿初稿」
起草委員四十名は﹁一九三二年二月から四月二十日まで﹂計十二回会議を開き︑起草原則二
十五点を決定し︑呉経熊・張知本・馬寅初・焦易堂・陳肇英・傅秉常・呉尚鷹の七名を憲草主稿委員とし︑呉経熊
が最初に起草し た
︶4︵
︒計五篇︑二四〇条で︑呉経熊の名義で発表し︑各方面の意見を求めた︒また︑政府は各級地方
機関に命令し︑憲草研究会を組織させた︒
「
憲 草 主 稿 七 委 員 初 歩 草 案 」 呉 稿 の 発 表 後︑ 立 法 院 は 意 見 お よ び 評 論 二 百 余 件 を 受 け 取 っ た︒各 主 稿 委 員 は︑
八月二十一日 か ら 十一月十日 ま で 呉稿 を 審査 し︑ 計十八回会議 を 開 き︑ 呉稿 に つ い て 十一章一六六条 を 修正 し︑ ﹁主
稿七委員初歩草 案
︶5︵
﹂とした︒
「中華民国憲法草案初稿」
その後︑憲草会審査七委員の初歩草案は︑一九三三年十一月三十日から一九三四年
二月二十三日 ま で 計十一回会議 を 開 き︑ 初稿草案 を 逐条討論 し︑ ﹁中華民国憲法草案初稿﹂ が 完成 し︑ 憲草会 は 終息
した︒ 「初稿審査修正案」
孫科立法院長は︑傅秉常ら三十六名を指定し︑ ﹁憲法草案初稿意見書摘要彙編﹂を編成し︑
一九三四年六月︑ ﹁初稿審査修正案﹂を完成した︒
「
立 法 院 第 一 次 草 案 」 こ の 初 稿 が 完 成 す る と︑ 孫 院 長 は 傅 秉 常 ら 三 十 六 名 を 指 定 し︑ 各 方 面 の 意 見 を 審 査 し︑
二〇〇余 の 意見 を 逐一審査 し︑ ﹁憲法草案初稿意見書摘要彙編﹂ を 編成 し た︒審査委員会 は 九回会議 を 開 き︑ 一九三
四年六月二十九日︑ 修正 を 完了 し︑ ﹁初稿審査修正案﹂ を 発表 し た︒立法院 は 意見二十七件 を 受 け 取 り︑ 一九三四年
九月十四日︑立法院第三期六十六回会議に提出し︑討論した︒前後八回会議を開き︑十月十六日︑三読の手順を終
了 し︑ ﹁立法院第一次草案﹂ と し た︒全部 で 十二章一七八条 で︑ 国民政府 に 上程 し︑ 国民政府 は 中国国民党中央執行
委員会に転送し︑審査させた︒
「立法院第二次草案」
立法院は︑この原則を奉じ︑審査委員を派遣し︑原則に従って草案を逐条審査し︑修正
案計八章一四九条 を 立案 し た︒一九三五年十月二十四日︑ 立法院第四期第十三次会議 に 引 き 渡 し︑ 討論 の 上︑ 翌日︑
三読して決定された︒全八章一五〇条で︑これが﹁立法院第二次草案﹂となった︒
「五
・ 五憲草」 (「立法院第三次草案」 、「中華民国憲法草案」 )
一九三五年十一月︑ 中国国民党第四期六中全会 は 憲草
を さ ら に 詳 し く 討論 す る 必要 が あ る と し︑ 葉楚傖 ・ 李文範 ら 十九名 を 指定 し︑ ﹁ 憲草審議会 ﹂ を 組織 し︑ 審議意見二
十 三 点 を 立 案 し︑ 立 法 院 が 先 行 整 理 し︑ 一 九 三 六 年 五 月 一 日︑ 第 四 期 第 五 十 九 次 院 会 で 三 読 の 上︑ 修 正 決 定 し た︒
八章一四八条で︑ ﹁立法院第三次草案﹂であり︑国民政府はこの年五月五日に公布し︑ ﹁中華民国憲法草案﹂と名づ
けた︒今日︑ ﹁五・五憲 草
︶6︵
﹂と通称されるのがこれである︒
「
五 ・ 五 憲 草 ( 中 華 民 国 憲 法 草 案 ) 修 正 案 」 中 国 国 民 党 第 四 十 二 次 中 央 常 会 決 議 は 一 九 三 七 年 四 月︑ 憲 草 一 四 六
条を削除し︑立法院の立法手続きを完成させたのち︑国民政府は一九三七年五月十八日︑修正案を公布した︒
一九三七年七月︑日中戦争の勃発により︑一九三七年十一月十二日開催予定の国民大会は延期され︑さらに一九
四〇年十一月開催予定も延期されることとなった︒
一 九 三 八 年 七 月︑ 正 式 民 意 機 関 と し て 国 民 参 政 会
︶7︵
が 設 置 さ れ た︒国 民 参 政 会 の も と に 設 置 さ れ た ﹁ 憲 政 期 成 会 ﹂
と﹁憲政実施協進会﹂は一九四〇年︑前後して各方面の意見と実際状況を斟酌し︑さらに憲草に修正を加えた︒
国民政府主席蔣介石 ︵中正︶ は 一九四〇年十一月十三日︑ 国民大会籌備委員会 に 対 し︑ ﹁中華民国憲法草案﹂ が 立
法院を通過したので︑制定していただきたいと通知した︒
一九四五年元旦︑ 主席 は ﹁国民大会 の 招集 は 戦後 ま で 待 つ 必要 は な く︑ 戦局 が 安定 に 転 じ た と き︑ 挙行 し て よ い﹂
と宣言した︒主席は︑さらに三月一日には国民大会を一九四五年十一月十二日に開催することとし︑同年五月の中
国国民党第六回全国代表大会で国民政府が予定した日に招集を命ずるとの準備をするよう指示した︒
一九四五年八月︑日本の対連合国降伏により︑失地は回復され︑国民政府は国民大会代表選挙総事務所の回復を
命じ︑国民大会準備委員会も同時に工作を回復し準備を進めた︒
抗日戦争終了後は︑さらに行政院が収復した各省に命じ︑一九四六年十月三十一日までに全国で正式参議会が設
立された県市は一二六〇単位となった︒また︑各省市に郷鎮保甲長の民選を実施するよう監督・命令が下り︑すで
に 設立 さ れ る こ と を 予定 し た 正式民意機関 の 県市 で は そ の す べ て の 郷鎮保甲長 は 一九四六年内 に 一律 に 民選 さ れ た︒
さらに︑国民政府は一九四五年十一月十二日︑一九四六年一月に政治協商会 議
︶8︵
を招集することとし︑一九四六年
五月五日に国民大会を開催することとした︒
政治協商会議は︑憲草審議委員会を組織し︑協商会議が立案した修改原則に基づき︑憲政期成会修正案︑憲政実
施 協 進 会 研 究 討 論 案 お よ び 各 方 面 の 意 見 を 取 り ま と め︑ 整 理 し︑ ﹁ 五 ・ 五 憲 草 ︵ 中 華 民 国 憲 法 草 案 ︶ 修 正 案 ﹂ を 作 成
し︑政府から立法院に送り︑手続きを完成させたのち︑国民大会に提出し受け入れられることとなった︒
憲政 の 準備 は︑ ﹁中華民国訓政時期約法﹂ ︵一九三一年五月︶ に よ る 訓政開始 か ら 国民参政会設置 ︵一九三八年七月︶ ︑
憲政協進会設置 ︵一九四〇年︶ ︑政治協商会議開催 ︵一九四六年一月︶ を経て進められたのであった︒
二.制憲国民大会の延期
制憲国民大会は当初︑一九三五年三月に開催される予定であったが︑諸事情により一九四六年十一月まで延期さ
れていった︒
中国国民党第四期三中全会は一九三二年十二月︑一九三五年三月に﹁国民大会を開催し︑憲法を議決し︑憲法公 布の日付けを決定する﹂ことと予定し た
︶9︵
︒
中国国民党・中国国民政府は︑一九三一年五月から四年後に訓政期から憲政への移行を予定していたことを意味
する︒以下︑国民大会予定の延期過程を見てみよう︒
① 国民党第四期中央執行委員会第五次全体会議は一九三四年十二月︑国民大会の履行期日は国民党第五回全国 代 表 大 会 ︵ 一 九 三 五 年 十 一 月 ︶ が 決 定 す る こ と と し た
︶10︵
︒し か し︑ 国 民 党 第 五 期 第 一 次 中 央 全 会 決 議 は ﹁ 一 九 三 五 年 十
一月﹂ ︑ お そ ら く 準備不足 か ら 当初 の 一九三五年三月開催予定 を 延期 し︑ 一九三六年十一月十二日 に 国民大会 を 招集
することと定め た
︶11︵
︒
制 憲 国 民 大 会 の 開 催 は︑ 國 家 發 展 委 員 会 檔 案 局 檔 案 ﹃ 中 華 民 國 憲 法 草 案 等 ﹄ 所 収 ﹁ 國 民 政 府 憲 政 準 備 經 過 報 告 ﹂
は︑その後の経過を次のように報告している︒
② 中国国民党第五期三中全会は一九三七年二月︑制憲国民大会の開催を一九三六年十一月十二日開催予定を延
期していたものの︑さらに一九三七年十一月十二日に延期した︒
③ ところが一九三七年七月︑日中戦争の勃発により︑一九三七年十一月十二日予定の国民大会は﹁一九四〇年
十一月十二日﹂に延期された︒
日中戦争が終わっていなければ︑戦争と並行して国民大会を開催する予定であったのである︒
④ しかし︑一九四〇年十一月十二日の予定も戦況の悪化と国民大会代表選挙が思い通り進まなかったことによ
り︑国民党第五期一中全会は﹁戦争終了後一年以内﹂に国民大会を開催することとした︒国民政府主席蔣介石は一
九四五年一月元旦︑国民大会の招集は戦後まで待つ必要はないと述べ︑蔣介石主席はさらに三月には﹁一九四五年
十一月十二日﹂ に 開催 す る と し︑ 中国国民党第六回全国代表大会 で 国民政府 が 予定 し た 日 に 招集 す る よ う 指示 し た︒
⑤ 一九四五年八月十四日︑日本は連合国に降伏した︒中国国民党第六次全国代表大会は一九四五年五月︑一九 四 五 年 十 一 月 十 二 日 ︵ 荣 蒙 源 主 编 ・ 孙 彩 霞 编 辑 ﹃ 中 国 国 民 党 历 次 代 表 大 会 及 中 央 全 会 资 料 下 ﹄ 八 九 九 頁 は ﹁ 一 九 四 六 年 ﹂ と 誤記︶ に政治協商会議を開催することに決定し︑一九四六年五月五日に国民大会を開催することとし た
︶12︵
︒
⑥ 日中戦争中︑いわゆる国共合作に乗っていた中国共産党といわゆる民主党派は︑一九四六年一月の政治協商
会議までは国民大会の議論に参加していたが︑その後︑この国民大会にボイコットを表明したため︑国民党は彼ら
の参加を待って︑ ﹁一九四六年十一月十二日﹂に延期した︒
国民大会の予定は︑合計で六回延期したことになるわけである︒
三.国民大会代表茶話会と開会典 礼
︶13︵
国民大会代表茶話会
一九四六年十一月十一日︑国民大会代表茶話会が開かれた︒
国民大会開幕典礼
国民大会は十一月十五日︑開催された︒国民大会開幕典礼の出席者は呉敬恒代表をはじめ
計一三八一名︑主席は呉敬恒︑秘書長は洪蘭友だった︒国民大会代表の総定員は二〇五〇名︑政府が公布した代表
は一六九〇名で︑十一月十五日十時までに登録した者は一五〇一名︒本日出席した者は一二八九名であり︑法定人
数を満たしていると報告された︒孫科が︑予備会議主席となった︒
開幕儀式は︑大会主席団会議の決定通りの手順で行なわれた︒
四.国民大会予備会 議
︶14︵
国民大会予備会議は︑一九四六年十一月十八日から十一月二十二日まで開催された︒ 国民大会第一回予備会議・第二回予備会議 ( 一九四六年十一月十八日︶
第一議題 は︑ 主席団選挙辦法 で︑ ﹁国民大会組織法﹂ 第七条 の 規定 に よ り︑ 出席代表 の 互選 に よ り 五十五名 の 主席
団を組織する︑籌備委員会が辦法の草案を作成したので︑ご審議願いたいとの提案があったが︑第一回予備会議で
は結論は出ず︑討論は続行された︒
第 二 回 予 備 会 議 で は︑ ︵ 一 ︶ ﹁ 主 席 団 選 挙 辦 法 ﹂を 修 正 ・ 決 定︑ ︵ 二 ︶ 各 単 位 が 主 席 団 候 補 者 を 選 挙 す る と き︑各 単
位の中の年長者が招集することと決議した︒
討論の結果︑まず逐条討論と決まり︑続いて候補者は各単位を選出母体とする複選制と決定︑さらに草案原案を
修正するかについては賛成多数で修正と決定︑逐条討論をするか否かについては逐条討論︑候補者は各単位を選出
母体とする複選制︑選挙方式については候補者は各単位を選出母体とする複選制とする原案維持と決定︑区域代表
と 職業代表 を 分 け な い 並選︑ ﹁候補者 に 推 さ れ る 者 は 本単位 が 産出 す る 代表 に 限 ら な い﹂ を 保留 す る か に つ い て は 第
一条末尾を削除︑さらに第三条原案を維持と決定した︒
主席団候補者 ・ 主席団 の 人数 に つ い て は︑ 国民大会第二回予備会議 の ﹃国民大会速記録﹄ ︵國家發展委員會檔案局檔
案 ﹃中華民國憲法草案等﹄ 所収︶ に は 記載 さ れ て い な い が︑ 次 の 第三回予備会議 の 記録 に よ れ ば︑ 第二回予備会議 で 国
民大会主席団候補者の人数および主席団の人数については結論が出されていた︒ 国民大会第三回予備会議 ( 一九四六年十一月二十一日︶
洪蘭友臨時秘書長の報告によれば︑国民大会主席団候補者選挙は十一月二十日にそれぞれ選挙を完了させ︑計五
十三単位が主席団候補者一七九名を選出した︒
以 上︑ 三 十 五 省 ︵ 台 湾 を 含 む ︶ ︑ 九 市︑ 自 由 職 業︑ 蒙 古︑ チ ベッ ト︑ 海 外︑ 軍 隊︑ 婦 女︑ 中 国 国 民 党︑ 青 年 党︑ 社
会賢達の五十三単位の候補者であり︑選出された候補者数は百七十六名であった︒中国共産党︑民主同盟の二単位
は大会をボイコットしたので人数枠は確保されたが︑候補者は未選出だった︒ 国民大会第四回予備会議 ( 一九四六年十一月二十二日︶
洪蘭友秘書長の報告によれば︑蔣中正 ︵介石︶ ら四十六代表が主席団に当選した︒
主席 は︑ 主席団第一回会議 の 決定 を 次 の よ う に 報告 し た︒ ︵一︶ 洪蘭友 を 大会秘書長 に︑ 陳啓天 ・ 雷震 を 大会副秘
書長 に 推定 す る︑ ︵二︶ 第一回大会 は 十一月二十五日 ︵月曜日︶ 午前十時 と し︑ 蔣中正 を 第一回大会主席 に 推定 す る︒
主席団候補者は︑呉敬恒はじめ計一七七名だった︒
臨時秘書長報告によれば︑西康土着代表︑雲南土着代表︑湖南土着代表︑広西土着代表︑四川土着代表︑貴州土
着代表らが西康土着民族を主席団の単位に入れ︑楊砥中代表を候補者とするよう要請した︒
討 論 事 項 と し て は︑朱 経 代 表 ら 一 四 六 名 が︑本 大 会 が 平 和 ・ 民 主 の 精 神 を 表 わ す た め︑ 民 主 同 盟 に 主 席 団 四 名
を保留し︑共産党に主席団五名を保留し︑彼らが参加するとき︑自主的に推選させるようにされたいとの臨時動議
があり︑可決された︒
主席は︑選挙事項として︑一.大会主席団の選挙を行なう︒二.会議の決定により︑民主同盟および中国共産党
に主席団定数九名を保留することとし︑候補者総名簿から四十六名を選んで主席団を選んで頂きたいと述べた︒
国 民 大 会 第 四 回 予 備 会 議 で は︑ 主 席 団 当 選 者 は 蔣 中 正 ︵ 一 三 七 一 票 ︶ ︑ 孫 科 ︵ 一 二 四 六 票 ︶ ︑ 白 崇 禧 ︵ 一 一 九 三 票 ︶ は
じめ四十六代表だった︒なお︑土着民族代表楊砥中は当選しなかった︒
五.国民大会主席団会 議
︶15︵
続 い て︑ 国 民 大 会 主 席 団 会 議 は 一 九 四 六 年 十 一 月 二 十 二 日︑ 二 十 三 日 に 国 民 大 会 堂 主 席 団 会 議 室 で 開 催 さ れ た︒
主席 ︵議長︶ は回り持ちだった︒本会議開催以前の主席団会議は︑次の通りであった︒
国民大会主席団第一回会議 ︵十一月二十二日午後四時〜午後五時三十分︶ の主席 ︵議長︶ は蔣中正で︑第一回大会 ︵本
会議︶ は十一月二十五日 ︵月曜日︶ 午前十時とし︑蔣中正を第一回大会主席に推定することとした︒
臨時秘書長 は︑ 西康土着代表麻傾翁 ・ 曲木倡民 ら を 主席団 の 単位 に 入 れ︑ 楊砥中代表 を 候補者 と す る よ う 要請 し︑
張道藩候補者が欠ける分を楊砥中代表で補充することと決定した︒
朱 経 代 表 ら 一 四 六 名 が︑本 大 会 が 平 和 ・ 民 主 の 精 神 を 表 わ す た め︑ 民 主 同 盟 に 主 席 団 四 名 を 保 留 し︑共 産 党 に
主席団五名を保留し︑彼らが参加するとき︑自主的に推選させるようにされたいとの臨時動議があった︒決議︑可
決︒
主席は︑民主同盟および中国共産党に主席団定数九名を保留することとし︑候補者総名簿から四十六名を主席団
に選出するよう求め︑承認された︒
国民大会主席団第二回会議 ︵十一月二十三日午前九時三十分〜十二時三十分︶ は︑ 国民大会議事規則草案 を 決議︑ 修正
の上︑決定し︑大会の討論に提案する︑国民大会傍聴規則草案を決議︑修正を決定した︒主席団が交代で大会主席
を担任する件を決議︑修正の上︑決定した︒国民大会第一回会議議事日程を決議︑修正の上︑決定した︒大会席次
を改めて決定することを決議した︒代表選出単位はそれぞれ編列座席を区画し︑各単位代表の席次は主席団が代っ
て抽選で決定する︑国民大会各審査委員会組織通則草案を決議︑修正の上︑決定した︒各組審査委員会名簿は秘書
処が主席団会議に提案し決定することとした︒
六. ﹁中華民国憲法草案 一九四六年十一月二十三 日
︶16︵
﹂
最終的に国民大会に提出され議題となった﹁中華民国憲法草案﹂は︑次の通りとなった︒
中華民国国民大会は︑全国民の付託を受け︑孫中山先生が創立した中華民国の遺教に基づき︑国権を強固に
し︑民権を保障し︑社会の安寧を打ち固め︑人民の福利を増進するために︑本憲法を制定し︑全国に公布施行
し︑永くそのすべてを遵守することを誓う︒
第一章 総綱 第 一 条 中華民国は三民主義に基づく︑民有・民治・民享の民主共和国である︒
第 二 条 中華民国の主権は︑人民全体に属する︒
第 三 条 中華民国の国籍を具有する者は︑中華民国国民である︒
第 四 条 中華民国 の 領土 は そ の 固有 の 疆域 に よ り︑ 法律 に よ ら な け れ ば こ れ を 変更 す る こ と は で き な い︒
第 五 条 中華民国の各民族は︑一律平等である︒
第 六 条 中華民国国旗は︑紅地に左上すみに青天白日と定める︒
第 七 条 中華民国の国都は︑南京と定める︒
第二章 人民の権利・義務 第 八 条 中華民国の人民は︑男女・宗教・種族・階級および党派の別なく︑法律上一律平等である︒
第 九 条 人民の身体の自由は保障されなければならず︑現行の法律違反他の規定を除き︑司法あるいは
警察機関の合法的手続きを経なければ︑逮捕・拘禁・審問・処罰することはできず︑合法的手
続きによらない逮捕・拘禁・審問・処罰はこれを拒絶することができる︒
人民は犯罪の嫌疑により逮捕・拘禁されるときは︑その逮捕・拘禁機関は逮捕・拘禁の原因を
本人および新属に告知し︑遅くとも二十四時間以内に当該管轄法院に移送し︑審問する︒本人
あるいは他人はまた当該管轄法院に︑二十四時間以内に逮捕・拘禁した機関に再審理を申し立
てることができる︒
法院は前項の申し立てについて拒絶できず︑逮捕・拘禁の機関は法院の申し立てについて︑ま
た拒絶できない︒
人民はいかなる機関によっても不法に逮捕・拘禁されたときは︑その本人あるいは他人は法院
に追究を申し立てることができ︑法院は拒絶できず︑二十四時間以内に追究を開始し︑法に基
づいて処理しなければならない︒
第 十 条 人民は現役軍人を除いて︑軍事審判を受けない︒
第 十一 条 人民は居住および移転の自由がある︒
第 十二 条 人民は言論・講学・著作および出版の自由がある︒
第 十三 条 人民は秘密通信の自由がある︒
第 十四 条 人民は信仰・宗教の自由がある︒
第 十五 条 人民は集会および結社の自由がある︒
第 十六 条 人民の財産権は保障されなければならない︒
第 十七 条 人民は請願・訴願および訴訟の権利がある︒
第 十八 条 人民は選挙・罷免・創制・複決の権利がある︒
第 十九 条 人民は考試に応じ居住および移転の自由がある︒
第 二十 条 人民は法律により納税の義務がある︒
第 二十一条 人民は法律により兵役に服する義務がある︒
第 二十二条 人民は国民教育を受ける権利と義務がある︒
第 二十三条 およそ人民のその他の自由および権利で︑社会の秩序︑公共の利益を妨げないものは︑ひとし
く憲法の保障を受ける︒
第 二 十 四 条 以 上 に 列 挙 し た 自 由 と 権 利 は︑ 他 人 の 自 由 を 妨 げ る こ と を 防 止 す る た め︑ 緊 急 の 危 難 を 避 け︑
社会の秩序を維持し︑あるいは公共の利益を増進するのに必要とすものを除いて︑法律によっ
てこれを制限することはできない︒
第 二十五条 およそ公務員で違法に人民の自由あるいは権利を侵害する者は︑法律による懲罰のほか︑刑事
および民事の責任を負わなければならず︑被害を受けた人民はその受けた損害について︑法律
によって国家に賠償を請求できる︒
第三章 国民大会 第 二十六条 国民大会は左列の代表によってこれを組織する︒
一︑各省区および蒙古各盟︑チベットより直接選出された立法委員︒
二︑各省議会および蒙古各盟︑チベット地方議会より選出された監察委員︒
三︑各県および県に相当するその他の地区域より選出された代表︒
四︑国外に居住する国民より選出された代表︒
前項各款の定員および選挙は法律によってこれを定める︒
第 二十七条 国民大会の職権は左のごとし︒
一︑総統・副総統の選挙︒
二︑総統・副総統の罷免︒
三︑憲法修改の創議︒
四︑立法院が提出した憲法修正案の複決︒
創制・複決両権の行使に関しては︑前項三・四両款の規定のほか︑全国半数の県市が︑創制・
複決両権の行使
第 二十八条 人民は国民教育を受ける権利と義務がある︒
第 二十九条 およそ人民のその他の自由および権利で︑社会の秩序︑公共の利益を妨げないものは︑ひとし
く憲法の保障を受ける︒
第 三 十 条 以 上 に 列 挙 し た 自 由 と 権 利 は︑ 他 人 の 自 由 を 妨 げ る こ と を 防 止 す る た め︑ 緊 急 の 危 難 を 避 け︑
社会の秩序を維持し︑あるいは公共の利益を増進するのに必要とするものを除いて︑法律によ
ってこれを制限することはできない︒
第 三十一条 およそ公務員で違法に人民の自由あるいは権利を侵害する者は︑法律による懲罰のほか︑刑事
および民事の責任を負わなければならず︑被害を受けた人民はその受けた損害について︑法律
によって国家に賠償を請求できる︒
第 三 十 二 条 以 上 に 列 挙 し た 自 由 と 権 利 は︑ 他 人 の 自 由 を 妨 げ る こ と を 防 止 す る た め︑ 緊 急 の 危 難 を 避 け︑
社会の秩序を維持し︑あるいは公共の利益を増進するのに必要とするものを除いて︑法律によ
ってこれを制限することはできない︒
第 三十三条 およそ公務員で違法に人民の自由あるいは権利を侵害する者は︑法律による懲罰のほか︑刑事
および民事の責任を負わなければならず︑被害を受けた人民はその受けた損害について︑法律
によって国家に賠償を請求できる︒
第 三 十 四 条 以 上 に 列 挙 し た 自 由 と 権 利 は︑ 他 人 の 自 由 を 妨 げ る こ と を 防 止 す る た め︑ 緊 急 の 危 難 を 避 け︑
社会の秩序を維持し︑あるいは公共の利益を増進するのに必要とするものを除いて︑法律によ
ってこれを制限することはできない︒
第 三十五条 およそ公務員で違法に人民の自由あるいは権利を侵害する者は︑法律による懲罰のほか︑刑事
および民事の責任を負わなければならず︑被害を受けた人民はその受けた損害について︑法律
によって国家に賠償を請求できる︒
第四章 総統 第 三十六条 総統は国家の元首であり︑対外的に中華民国を代表する︒
第 三十七条 総統は全国の陸海空軍を統率する︒
第 三十八条 総統は法に基づいて法律を公布し︑命令を発布するが︑行政院院長あるいは行政院院長および
関係部会首長の副署を経なければならない︒
第 三十九条 総統は本憲法第六十三条の規定に基づき︑条約の締結および宣戦・講和の権を行使する︒
第 四十 条 総統は法に基づいて戒厳を宣布する︒ただし︑立法院の決定あるいは追認を経なければならな
い︒立法院が必要と認めるときは︑総統に解厳を委任することを決議できる︒
第 四十一条 総統は法に基づき大赦・特赦・減刑・復権の権を行使する︒
前項の特赦・減刑および復権の事項は︑司法・行政部部長より法に基づいて総統に要請しこれ
を行なう︒
第 四十二条 総統は法に基づいて文武官員を任免する︒
第 四十三条 総統は法に基づいて栄典を授与する︒
第 四十四条 国家が天然の災害・疫病︑あるいは国家の財政・経済上重大な事故に遭遇し︑急速な処分をし
なければならないとき︑総統は立法院の休会期間には行政院会議の決議を経て︑緊急命令法に
基づいて緊急命令を発布し︑必要な処置をなすことができる︒ただし︑命令発布後一カ月以内
に立法院に提出して追認を受けなければならない︒もし立法院が同意しないときは︑緊急命令
はただちに失効しなければならない︒
第 四十五条 総統は院と院間の意見の違いについては︑本憲法にすでに規定があるものを除き︑関係各院院
長を招集して協議しこれを解決することができる︒
第 四十六条 中華民国国民で満四十歳の者は総統・副総統に選出されることができる︒
第 四十七条 総統・副総統の選挙は︑法律によってこれを定める︒
第 四十八条 総統・副総統の任期は六年とし︑連選は一回連任することができる︒
第 四十九条 総統は就任するとき宣誓する︒誓詞は左の通りである︒
﹃ 余 は 謹 ん で 至 誠 を も っ て 全 国 人 民 に 宣 誓 す る︒余 は か な ら ず 憲 法 を 遵 守 し︑ 職 務 に 忠 を 尽 く
し︑人民の福利を増進し︑国家を保衛し︑国民の付託にそむかず︑もし誓言に違うなら︑国家
の厳格な制裁を受けることを願う︒謹んで誓う︒ ﹄
第 五十 条 総統が欠位するとき︑副総統が引き継ぎ︑総統の任期が満了までとする︒
総統・副総統がいずれも欠位するとき︑行政院院長がその職権を代行し︑本憲法第三十条およ
び第三十一条の規定に基づき国民大会臨時会を招集し︑総統・副総統を補選する︒その任期は
原任総統の満了していない任期までとする︒
総統に故あって業務を見ることができないとき︑副総統がその職権を代行する︒総統・副総統
がいずれもその業務を見ることができないとき︑行政院院長がその職権を代行する︒
第 五 十 一 条 総 統 は 任 期 満 了 の 日 に 解 職 さ れ る︒も し そ の 時 期 に な っ て も 次 期 総 統 が 選 出 さ れ て い な い か︑
あるいは選出後︑総統・副総統がいずれも就任していないとき︑行政院院長がその職権を代行
する︒
第 五十二条 行政院院長が総統の職権を代行するとき︑その期限は三カ月を超えることはできない︒
第 五十三条 総統は内乱あるいは外患罪を犯すほかは︑罷免あるいは解職を経なければ刑事上の訴究を受け
ない︒
第五章 行政 ︵略︶
第六章 立法
第 六十二条 立法院は国家最高の立法機関であり︑人民の選挙による立法委員が人民を代表し︑立法権を行
使する︒
第 六十三条 立法院は法律案・予算案・戒厳案・大赦案・宣戦案・講和案・条約案および国家のその他の重
要事項を議決する権を有する︒
第 六十四条 立法院は人民の請願を接受することができる︒
第 六十五条 立法委員の定数の配分は左列の規定による︒
一︑ 各省市 の 人口三百万人未満 の も の は︑ 各省市 ご と に 五人︑ そ の 人口三百万人以上 の も の は︑
それぞれ百万人ごとに一人増加する︒
二︑蒙古各盟は計八人︑チベット八人︒
三︑国外に居住する国民十六人︒
第 六十六条 立法委員の任期は三年で︑連選し連任できる︒その新選挙は任期満了三カ月以内にこれを完成
する︒
第 六十七条 立法院は院長・副院長各一人を設け︑立法委員によりこれを互選する︒
第 六十八条 立法院の会議は政府の要求あるい立法委員十分の一以上の請求により︑改めて秘密会議を開く
ことができる︒
第 六十九条 立法院は各種委員会を設けることができる︒
第 七十 条 立法院の会期は毎年二回で︑みずから集会を行ない︑第一回は二月から五月末まで︑第二回は
九月から十二月末までとし︑必要に応じてこれを延長することができる︒
第 七十一条 立法院に左列の事情が起こったときは︑臨時会を開くことができる︒
一︑総統の要請︒
二︑立法委員四分の一以上の請求︒
第 七十二条 立法院は行政院が提案した予算案に対して︑支出を増加する提案をすることはできない︒
第 七十三条 立法院が開会しているとき︑行政院院長および各部会の首長は出席し意見を述べることができ
る︒
第 七十四条 行政院は会計年度が終わる四カ月以内に︑決算を立法院に提出する︒
第 七十五条 立法院は決算の審議に関し︑審計長を選挙することができ︑総統がこれを任命する︒
第 七十六条 審計長は審議が終わったのち三カ月以内に︑審議報告を立法院に提出する︒
第 七十七条 立法院で法律案が決定されたのち総統に移送し︑総統は受け取ったのち十日以内にこれを公布
する︒ただし︑総統は本憲法第五十八条の規定に基づき処理することができる︒
第 七十八条 立法委員は院内の言論および表決について︑対外的に責任を負わない︒
第 七十九条 立法委員は現行犯を除き︑立法院の許可を経ずして︑逮捕あるいは拘禁することはできない︒
第 八十 条 立法委員は官吏を兼任することはできない︒
第 八十一条 立法院の組織は︑法律をもってこれを定める︒
第七章 司法 ︵略︶
第八章 考試 ︵略︶
第九章 監察 ︵略︶
第十章 中央と地方の権限 第 百十 条 左列の事項は︑中央が立法しこれを執行する︒
一︑外交︒
二︑国防と国防軍事︒
三︑国籍法および刑事・民事・商事の法律︒
四︑司法制度︒
五︑航空・国道︑国有鉄路︑および航政・郵政・電政︒
六︑中央財政と国税︒
七︑国税と省税の区分︒
八︑国営経済事業︒
九︑幣制および国家銀行︒
十︑度量衡︒
十一︑国際貿易および国際貿易の管理︒
十二︑財政経済に関係する事項︒
十三︑その他︑本憲法の定める中央に関する事項︒
第 百十一条 左列の事項は︑中央が立法ならびに執行し︑あるいは省・県に引き渡してこれを執行する︒
一︑省県自治通則︒
二︑農・林・工・鉱および商業︒
三︑教育制度︒
四︑銀行および交易所制度︒
五︑航業および沿海漁業︒
六︑公用事業︒
七︑両省以上の水陸交通運輸︒
八︑両省以上の水利および河道︒
九︑中央および地方官吏の選考・任用︑摘発および保障︒
十︑土地法︒
十一︑社会立法および労働法︒
十二︑公用徴収︒
十三︑全国戸籍調査および統計︒
十四︑移民および荒地開墾︒
十五︑警察制度︒
十六︑公共衛生︒
十七︑罹災者救済および失業救済︒
十八︑文化関係の古籍・古物および古跡の保存︒
前項各款は︑省が国家の法律に抵触しない範囲で︑単行の法規を制定できる︒
第 百十二条 左列の事項は︑省が立法し執行するか︑あるいは県に引き渡し県がこれを執行する︒
一︑省の教育・実業および交通︒
二︑省財産の経営・処分︒
三︑省の市政︒
四︑省の水利および工程︒
五︑省財政および省税︒
六︑省債︒
七︑省銀行︒
八︑省警察︒
九︑省の慈善および公益事項︒
十︑その他国家の法律により賦与された事項︒
前項各款 で 二省以上 に 関係 す る も の は︑ 法律 に 別 に 規定 が あ る も の を 除 き︑ 共同 で 処理 で き る︒
第 百十三条 第百十条・第百十一条・第百十二条が列挙した事項を除き︑もし列挙されていない事項が発生
したときは︑その事務で全国一致の性格を有するものは︑これを中央に属させ︑土地の事情に
よる性格のあるものは︑これを各省に法律をもってこれを属させ︑争議がある場合は︑立法院
がこれを解決する︒
第十一章 省県制度 第一節 省 第 百十四条 省 は 省民代表大会 を 招集 し︑ 省県自治通則 に 基 づ き 省自治法 を 制定 す る こ と が で き る︒た だ し︑
憲法と抵触することはできない︒
第 百十五条 省自治法は︑左列の各款を含まなければならない︒
一︑省は省議会を設け︑省議員は省民がこれを選挙する︒
二︑省長民選︒
三︑省政府および県政府の組織︒
四︑県は県自治を実行し︑県長は民選する︒
五︑省と県の関係︒
省に属する立法権は︑省議会がこれを行なう︒
第 百十六条 省自治法制定後は︑ただちに司法院に送らなければならない︒もし司法院が違憲の処ありと認
めれば︑違憲条文を無効と宣布しなければならない︒
第 百十七条 省自治法の施行後︑もし某項において重大な障害が発生した場合︑司法院が関係方面を招集し
意見を陳述したのち︑立法院院長・監察院院長および司法院院長は委員会を組織し︑司法院院
長を主席とし︑方案を提出しこれを解決する︒
第 百十八条 省の法規で国家の法律と抵触するものは無効である︒
第 百十九条 省の法規で国家の法律と抵触する疑義が発生するときは︑司法院がこれを解釈する︒
第 百二十条 直轄市の自治は︑法律をもってこれを定める︒
第二節 県 第百二十一条 県は県自治を実行する︒
第百二十二条 県民は県自治事項に関して︑法律により創制・複決の権を行使し︑県長およびその他の県自治
人員に対し︑法律により選挙・罷免の権を行使する︒
第百二十三条 県は県議会を設け︑県議員は県民がこれを選挙する︒
第百二十四条 県の単行規章で中央の法律あるいは省の法規と抵触するものは無効である︒
第百二十五条 県は県政府を設け︑県長一人を置き︑県民がこれを選挙する︒
第百二十六条 県長は県自治を処理し︑中央および省の委任事項を執行する︒
第百二十七条 市は県の規定を準用する︒
第十二章 選挙 第百二十八条 本憲法の規定する各種選挙は︑普通・平等・直接および無記名投票の方法でこれを行なう︒
第百二十九条 中華民国国民で満二十歳以上の者は法による選挙の権を有し︑本憲法および法律が別に規定が
あるものを除いて︑満二十三歳以上の者は︑法による被選挙の権を有する︒
第百三十 条 本憲法の規定する各種選挙の候補者は︑一律に公開で競うものとする︒
第百三十一条 選挙は威嚇・利益誘導を厳禁しなければならない︒もし選挙訴訟があれば法院に引き渡して審
判しなければならない︒
第百三十二条 被選挙人は原選挙区が法に基づいてこれを罷免することができる︒
第十三章 基本国策 第百三十三条 中華民国の国防は︑国家安全の保衛をもって︑世界平和の擁護を目的とする︒
第百三十四条 全国陸海空軍 は 個人 ・ 地域 お よ び 党派関係外 に 出︑ 国家 に 忠 を 尽 く し︑ 人民 を 愛護 し な け れ ば
ならない︒
第百三十五条 いかなる党派および個人も︑軍隊を利用し政争の道具にしてはならない︒
第百三十六条 現役軍人は文官を兼任することはできない︒
第百三十七条 中華民国の外交は︑独立自主の精神に基づき︑国交を親密にし︑条約義務を履行し︑国連憲章
を遵守し︑国際協力を促進し︑世界平和を確保することが基本国策である︒
第百三十八条 国民経済は民生主義を基本原則としなければならない︒
第百三十九条 国家 は 耕 す 者 に そ の 田
でんで 労働 す る 者 に 職業 を 持 た せ︑ 企業者 に 発展 の 機会 を 持 た せ︑ 国家経済 ・
民生をともに充足させなければならない︒
第百四十 条 労資双方は協調・互助の原則に基づき︑ともに生産事業の発展をはからなければならない︒
第百四十一条 国家は私人の財富および私人の事業に対してこれを保護しなければならない︒ただし︑国家経
済と民生の均衡のとれた発展を妨げると認められるものは︑法律によりこれを制限することが
できる︒
第百四十二条 公用事業およびその他独占的企業は︑公営を原則とし︑必要なときには国民がこれを経営する
ことを許可することができる︒
第百四十三条 文化・教育は︑国民の民族精神・民主精神・国民道徳・健全な体格︑および科学知能を発展さ
せなければならない︒
第百四十四条 文化・教育に労資双方は協調・互助の原則に基づき︑ともに生産事業の発展をはからなければ
ならない︒
第百四十五条 教育・科学・芸術・文化工作者の生活︑およびその工作条件は︑国家がこれを保護しなければ
ならない︒
第十四章 憲法の施行および修正 第百四十六条 憲法が称するところの法律とは︑立法院の決定を経て総統が公布した法律をいう︒
第百四十七条 法律で憲法に抵触するものは無効である︒
法律で憲法に抵触するかどうか疑義が発生したときは︑司法院がこれを解釈する︒
第百四十八条 命令で憲法あるいは法律に抵触するものは無効である︒
第百四十九条 憲法の解釈は︑司法院がこれを行なう︒
第百五十 条 憲法の修正は︑左列の順序の一によりこれを行なう︒
一︑ 国 民 大 会 代 表 総 員 四 分 の 一 の 創 議︑ 四 分 の 三 の 出 席︑ お よ び 出 席 三 分 の 二 の 決 議 に よ り︑
修正原則を議決し︑立法院に引き渡して当該原則に基づいて複決を作成し︑国民大会に複
決するよう要請することができる︒
二︑ 立法院の立法委員四分の一の提議︑四分の三の出席︑および出席三分の二の決議により修
正案を作成し︑国民大会に複決するよう要請する︒
憲 法 修 正 案 の 複 決 は︑ 国 民 大 会 代 表 総 員 四 分 の 三 の 出 席︑ お よ び 出 席 三 分 の 二 の 決 議 を 経 て︑
はじめて成立できる︒
第百五十一条 本憲法が規定する事項で︑別に実施程序︹手順︺を定める必要のあるものは︑法律をもってこ
れを定める︒
お わ り に
以上 の 経過 を 経 て︑ 国民大会 は 本会議 ︵一九四六年十一月二十五日〜十二月二十五日︶ が 開催 さ れ る に 至 り︑ ﹁中華民
国憲法草案﹂ が 提出 さ れ︑ 修正 の 上︑ 可決 さ れ︑ ﹁中華民国憲法﹂ が 公布 さ れ る に 至っ た︒中国国民党 は︑ 中国共産
党史の影響により︑憲政を追求したのではなく︑蔣介石独裁を追求したのだと描き出されている︒しかし︑以上に
見たように孫文の軍政/訓政/憲政論に基づき︑一貫して憲政実現を追求し続けたのであった︒
注 ︵
︵ 十一月︶二八三〜二八五頁︒
1︶ 胡春惠編 ﹃ 民國憲政運動 ﹄ 所 収 ﹁ 建國大綱及宣言 ︵ 孫文 ︶﹂ ︒拙著 ﹃ア ジ ア 史入門 日本人 の 常識﹄ ︵白帝社 二〇一〇年
︵
2︶ 胡春惠編 ﹃ 民國憲政運動 ﹄ 所 収﹁ 中華民國訓政時期約法 ︵ 國民政府 ︶﹂ ︒
︵
3︶ ﹃中央黨務月刊﹄第五十三期︑ 荣蒙源主编 ・ 孙彩霞编辑 ﹃ 中国国民党历次代表大会及中央全会资料 下﹄一六九頁︒
︵
4︶ 胡春惠編 ﹃ 民國憲政運動 ﹄ 所 収﹁呉經熊氏憲法草案初稿試擬稿﹂ ︒
︵
5︶ 胡春惠編 ﹃ 民國憲政運動 ﹄ 所 収﹁主稿人会議初歩提出之憲法草案初稿﹂ ︒
︵
6︶ 胡春惠編 ﹃ 民國憲政運動 ﹄ 所 収﹁中華民國憲法草案︵国民政府︶ ﹂︒
︵
7︶ 斎藤道彦編著 ﹃中国 へ の 多角的 ア プ ロー チ Ⅱ﹄ ︵中央大学出版部 二〇一三年三月︶ 所収拙稿 ﹁国民参政会 と 国共関係﹂ ︒
︵ 国共産党の民主主義要求﹂ ︒
8︶ 斎藤道彦編著 ﹃中国 へ の 多角的 ア プ ロー チ Ⅲ﹄ ︵中央大学出版部 二〇一四年三月︶ 所収拙稿 ﹁内戦下政治協商会議 と 中
︵
9︶ 荣蒙源主编 ・ 孙彩霞编辑 ﹃ 中国国民党历次代表大会及中央全会资料 下﹄一六九頁︒
︵
10︶ 荣蒙源主编 ・ 孙彩霞编辑 ﹃ 中国国民党历次代表大会及中央全会资料 下﹄二四七頁︒
11
︶ 國家發展委員会檔案局檔案 ﹃ 中華民國憲法草案等 ﹄では﹁國民党第五期執行委員会は一九三五年十一月﹂であるが︑ 荣 蒙源主编 ・ 孙彩霞编辑 ﹃ 中国国民党历次代表大会及中央全会资料 下﹄三七五頁︑三八四頁によれば﹁第五期第一次中央 全会は一九三五年十二月﹂である︒ ︵
︵
12︶ 荣蒙源主编 ・ 孙彩霞编辑 ﹃ 中国国民党历次代表大会及中央全会资料 下﹄九六〇頁参照︒
︵
13︶ 國家發展委員会檔案局檔案 ﹃ 中華民國憲法草案等 ﹄所収﹃国民大会速記録﹄参照︒
︵
14︶ 國家發展委員会檔案局檔案 ﹃ 中華民國憲草案法等 ﹄所収﹃国民大会速記録﹄参照︒
︵
15︶ 國家發展委員会檔案局檔案 ﹃ 中華民國憲法草案等 ﹄所収﹃国民大会速記録﹄参照︒
16