大腸癌における低分化胞巣( poorly differentiated
clusters: PDC )に関する臨床・分子生物学的研究
よね むら けい すけ
米 村 圭 介
(外科系プライマリーケアー学専攻)
防衛医科大学校
令和 2 年度
目次
第
1
章 緒言1
頁第
2
章 大腸癌肝転移巣におけるPDC
の臨床的意義4
頁 第1
節 背景・目的 第2
節 対象・方法第
3
節 結果 第4
節 考察 第5
節 小括第
3
章 大腸癌リンパ節転移巣におけるPDC
の臨床的意義12
頁第
1
節 背景・目的 第2
節 対象・方法第
3
節 結果 第4
節 考察 第5
節 小括第
4
章PDC
と上皮間葉転換(EMT)の関連19
頁 第1
節 背景・目的 第2
節 対象・方法第
3
節 結果 第4
節 考察 第5
節 小括第
5
章PDC
とA disintegrin and metalloproteinase (ADAM)
分 子 の 関 連27
頁 第1
節 背景・目的 第2
節 対象・方法第
3
節 結果 第4
節 考察 第5
節 小括第6章 大腸癌オルガノイドを用いた探索
37
頁 第1
節 背景・目的 第2
節 対象・方法第
3
節 結果 第4
節 考察 第5
節 小括第
7
章 全体の考察44
頁第8章 結論
47
頁 謝辞49
頁 略語一覧50
頁 引用文献52
頁 図表60
頁第1章 緒 言
大腸癌における再発リスクの正確な予測は、術後補助化学療法の適応決定や、
進行・再発症例に対する治療選択の判断において極めて重要である。米国にお ける
NCCN
(National Comprehensive Cancer Network)ガイドラインや本邦の大 腸癌治療ガイドラインでは、進行度分類(Stage)が主要な治療指針として用 いられている。国際的に用いられているUICC(国際対がん連合:Union for International Cancer Control)
のTNM
分類や本邦の大腸癌取扱い規約において、進行度は腫瘍の解剖学的進展度因子である壁深達度(T)、リンパ節転移(N)、 遠隔転移(
M
)によって規定されている(1, 2)
。国内外のガイドライン等では、進行度に応じて推奨する治療法が示されている。
近年、分子標的薬を含めた抗腫瘍薬の多様化に代表される集学的治療の急速 な進歩に伴い、大腸癌の治療成績は向上しつつある。一方、集学的治療がもた らす負の側面も看過できない問題である。例えば、大腸癌の抗腫瘍薬の
1
つと してオキサリプラチンがよく使用されているが、その有害事象である末梢神経 障害は治療終了後も長期にわたり持続することが知られている(3)。治療効果 を最大限にしつつも有害事象を低減するためには、進行度のみに応じた画一的 な治療選択では不十分となりつつある。このような臨床状況を背景に、再発リ スクの予測能向上に寄与するバイオマーカーの開発が盛んに検討されている が現時点で確立されたものは存在しない(4)
。近年、大腸癌の生物学的悪性度を評価する手段として、腫瘍の浸潤先進部に おける病理組織学的所見の重要性が認識されている。申請者の所属する講座で は、大腸癌の浸潤先進部の組織における複数の形態学的特徴に着目して、その 予後因子としての意義を検討してきた。このうち簇出は、大腸癌の腫瘍先進部 に観察される単個または
5
個未満の構成細胞からなる小型の癌胞巣であり、腫 瘍の浸潤や転移に関連する因子として、その重要性が広く認識されている。本邦では大腸癌治療ガイドラインおよび大腸癌取扱い規約に収載されている(1,
5-10)。また、国際的にも 2016
年に開催されたITBCC2016(International Tumor Budding Consensus Conference 2016)にて大腸癌の予後因子として簇出が重要で
あることが合意され、NCCN ガイドライン (Version2.2017)においても簇出が 予後不良である組織学的所見として記載されるに至った(11, 12)。一方、大腸癌の腫瘍浸潤先進部には、5個以上の癌細胞で構成され、腺腔形 成に乏しく、簇出よりも大型の癌胞巣がしばしば認められる。当講座ではこれ を低分化胞巣(poorly differentiated clusters: PDC)と称し、簇出と同様の方法で
grade
分類が可能なこと、そのgrade
が進行度や簇出等の既存の因子を凌駕する予後分別能を有することを報告してきた
(13)
(図1
、2
)。PDC
が優れた予後因 子であることは複数の国内多施設共同研究でも示され(14, 15)、海外における複 数の追試でも同様の結果が再現されている(16-18)。また、PDCが早期大腸癌 症例におけるリンパ節転移予測因子であること(19-21)、直腸癌における生検組 織のPDC
が術前化学放射線療法の効果予測因子となることも報告されている(22)。このように、原発巣における PDC
に関する解析は数多く存在する一方、より腫瘍の発育先進部ともいえる転移巣における
PDC
の臨床的意義は不明で ある。原発巣のPDC
と転移巣におけるPDC
の関連や、転移巣におけるPDC
の予後規定因子としての意義についての検討は十分とは言えない。上皮間葉転換(epithelial-mesenchymal transition: EMT)は、上皮細胞が上皮 細胞としての細胞極性や細胞接着能を失い、脱分化して遊走・浸潤能を得るプ ロセスのことであるが、簇出は大腸癌の腫瘍浸潤先進部に出現する脱分化所見 であり
EMT
を反映する形態学的所見の一つであると考えられている(23-26)。PDC
と簇出はそれぞれ独立した予後因子であり、両者を組み合わせることで 予後分別能を向上できることを示す報告もあることから(27)、PDC
と簇出は異 なる分子生物学的特徴を有している可能性が考えられる。一方でPDC
は“脱分 化傾向を保持しつつ大型の胞巣に発育する能力がある癌細胞の集塊”と解釈することができ、簇出と同様に腫瘍先進部の脱分化所見であることから
PDC
に もEMT
関連分子の関与が予想される(28)。しかしながら、これまでにPDC
とEMT
との関連についてはほとんど検討されていない。また、近年、癌の腫瘍 悪性度を規定する要因ががん微小環境に存在し、癌関連線維芽細胞(cancer-associated fibroblasts: CAF)がその構築に重要な役割を担うと考えられ ている(29, 30)。癌細胞や
CAF
が分泌するサイトカインや成長因子などに加え て、タンパク質分解酵素の1
つであるA disintegrin and metalloproteinase (ADAM)
分子のがん微小環境への関与が注目されている。PDCをはじめとした腫瘍の 浸潤先進部における脱分化所見の形成にも関与していることが想定される(28)。本研究では以上の背景をふまえ、肝転移やリンパ節転移といった大腸癌の転 移巣における
PDC
を評価し、原発巣の形態学的特徴との関連や、予後規定因 子としての意義を明らかにすることを第一の目的とした。また、PDCの分子 生物学的特徴について検討し、大腸癌の浸潤先進部における脱分化所見を形成 するメカニズムの一端を解明することを第二の目的とした。さらに、生体環境 下での脱分化過程を検討するために、PDC
のgrade
別の大腸癌組織の培養法を 確立することを企図し、臨床検体を用いた大腸癌オルガノイドの培養を試みた。第2章 大腸癌肝転移巣における
PDC
の臨床的意義第1節 背景・目的
肝転移は、大腸癌において最多の遠隔転移形式である。同時性の肝転移は全 大腸癌患者の
10.9%に見られ、異時性の肝転移、すなわち肝再発は大腸癌根治
切除患者の7.1%で見られる(31)。肝切除は根治が期待できる点で大腸癌の肝転
移に対する最良な治療法であり、転移巣が完全切除できた場合の肝切除後の5
年生存率は35%
〜58
%である(32-35)
。一方、大腸癌肝転移に対する外科的切 除の治療成績は前述のごとく比較的良好であるが、肝切除後の再発率は高率で あり、再発症例の約60%〜85%が肝切除から 2
年以内に再発をきたす(36)。こ のため、肝転移切除後の再発リスクが高い症例に対する新規治療の開発が望ま れる。大腸癌の肝転移切除後の予後因子については多数の報告がある。Nordlinger らは、肝転移診断時の年齢、肝転移巣の大きさ・個数、原発巣の病期、原発巣 切除後から再発までの期間、切除断端への腫瘍露出の有無、血清における癌胎 児性抗原(carcinoembryonic antigen: CEA)といった因子が予後に影響すると報 告している(37)。また、
Fong
らは上記に加え、原発巣のリンパ節転移の状態が 重要な予後因子であるとしている(38)
。近年では、RAS
遺伝子の変異の有無が、大腸癌における肝転移切除後の予後因子になるとの報告がなされている(39)。
PDC
に関して、Uenoらは多施設検討において、肝転移症例における原発巣のPDC
のgrade
が肝切除後の予後因子として有用であると報告している(15)。一方、肝転移巣の
PDC
に関する検討に関しては、検索し得た限りではこれまで に2
編の報告があり、両者とも肝転移巣のPDC
が肝転移切除後の予後因子と なる可能性を示唆する結果が示されているが(40, 41)、1
編では原発巣とは異な る評価基準でPDC
が評価されており(41)、また、いずれにおいても原発巣のPDC
や簇出を含めた検討は行われていない(40, 41)。そこで、本章では、原発巣と同様の評価基準で肝転移巣の
PDC
と簇出をgrade
分類し、原発巣における脱分化所見との関連と、転移巣における脱分化所見の 転移巣切除後の予後規定因子としての意義について検討を行った。
第2節 対象・方法 1 症例
1997
年から2014
年の間に防衛医科大学校病院で大腸癌の肝転移巣を切除し た204
例[同時性101
例、異時性103
例;男性139
例、女性65
例;平均年齢64.3
歳(28-95歳)]を対象とした。この内、原発巣の病理所見が評価可能で あった160
例[同時性88
例、異時性72
例;男性109
例、女性51
例;平均年 齢64.2
歳(28
-86
歳)]については、転移巣のPDC
および簇出と原発巣の臨 床病理学的所見との関連についても検討を行った。なお、多発癌・重複がんの 症例はこの検討には含めなかった。本研究の実施にあたり、防衛医科大学校倫 理委員会の承認を得た。2 方法
原発巣の
PDC、肝転移巣の PDC(PDC
Liver)および簇出(BDLiver)を以下の 評価方法によってgrade
分類した。1)原発巣の
PDC
既報の
Ueno
らの報告に従いPDC
を評価した。すなわち、5
個以上の癌細胞 で構成された腺腔形成の乏しい癌胞巣をPDC
と定義し、PDC
が最も高度に 観察される部位を対物20
倍レンズで観察して、対物20
倍視野あたりのPDC
の個数にて以下の3
つに分類した(13)。PDC
の特徴をより明らかにするため、本検討では明らかな腺腔形成のない癌胞巣を
PDC
と判定した。Grade 1(G1)
:5個未満Grade 2(G2)
:5個~9個Grade 3(G3)
:10個以上2)PDCLiver
通常臨床における病理診断目的に作製された肝転移巣の
HE
染色標本全て を観察し、原発巣に準じてgrade
分類した。すなわち、PDCLiverの定義は5
個 以上の癌細胞からなる腺腔形成の乏しい癌胞巣とし、全ての肝転移巣のうち、PDC
Liverが最も高度に認められる部位を対物20
倍レンズで観察して、対物20
倍視野あたりの
PDC
Liverの個数にて以下の3
つに分類した(図3)
。PDCLiverの 特徴をより明らかにするため、本検討では明らかな腺腔形成のない癌胞巣をPDC
Liverと判定した。1
症例あたりの肝転移個数は平均3.0
個(範囲:1-18
個)で、PDC判定のため検鏡したプレパラートの枚数は
1
症例あたり11.3
枚(範 囲:1
-38
枚)であった。Grade 1(G1)
:5個未満Grade 2(G2)
:5個~9個Grade 3(G3)
:10個以上 3)BDLiverBD
Liverのgrade
分類は、大腸癌取り扱い規約第9
版(2)に記載されている原発巣の簇出の
grade
分類に準じた。すなわち、PDCLiver と同様にすべての肝転移 巣のHE
染色標本上で評価してBD
Liverが最も高度に認められる部位を対物20
倍レンズで観察し、対物20
倍視野あたりのBD
Liverの個数にて以下の3
つに分 類した。BD 1
:5
個未満BD 2
:5
個~9
個BD 3:10
個以上各因子の判定は、個々の症例の予後等の臨床情報を得ない状態で行い、全症 例の判定後に予後調査を行った。PDCLiver等と関連する臨床病理学的因子の検 討には病理診断レポートに記載された結果を用いて、腫瘍径、肉眼型、腫瘍分 化度、脈管侵襲など大腸癌取扱い規約第
9
版(2)に定められた既存の因子との関連を評価した。
3 統計学的手法
PDC
Liverのgrade
とその他の臨床病理学的因子との関連は、χ2検定にて検討した。また、PDCLiverの
grade
及びその他の病理学的因子に関する全生存期間overall survival: OS)と無再発生存期間(relapse-free survival: RFS)は Kaplan–
Maier
法にて算出し、log-rank test
にて有意差を検定した。なお、生存率曲線はOS
では全死亡を、RFSでは再発と全死亡をイベントとして描出した。単変量 解析にてRFS
に有意な関連を示した因子を共変量としてCox
比例ハザードモ デルを用いた多変量解析を行い、OS
及びRFS
に関する各因子の独立性を検討 した。p
値が0.05
未満を有意とし、各統計計算はJMP pro14
(SAS Institute, Cary,NC)を用いて行った。
第3節 結果
1
PDC
Liver およびBD
Liver と臨床病理学的因子との関連全
204
症例において、PDCLiverはG1
が68
例、 G2が69
例、 G3が67
例で あり、BDLiverは、BD1が79
例、 BD2が66
例、 BD3が59
例であった。肝転移に関する臨床病理学的所見と
PDC
Liverのgrade
との関係を検討したと ころ、肝切除時の血清CEA
値、肝転移の個数、およびBD
Liverのgrade
がPDC
Liver と関連していたが、他の因子は関連を認めなかった(表1
)。また、原発巣の 評価が可能であった160
症例についてPDC
Liverと原発巣の臨床病理学的所見の 関係を検討したところ、PDCLiverのgrade
は、原発巣のPDC
のgrade
と強く相 関しており、特にPDC
LiverがG3
の症例では、その約6
割が原発巣のPDC
もG3
であった。一方、簇出を含むその他の原発巣の臨床病理学的因子とは有意 な関連を認めなかった(表2)
。2
PDC
Liverの予後規定因子としての評価全対象症例における肝切除後の
5
年全生存率と5
年無再発生存率は、それぞ れ51.9%と 25.6%であった。 PDC
Liverのgrade
別による肝切除後の5
年全生存 率は、G1、G2、G3でそれぞれ68.9%、48.3%、39.5%で、PDC
Liverのgrade
が 高くなるほど予後不良であった(p < 0.001、図4 A
)。また、PDCLiverG2
およ びG3
症例を合わせると肝切除後の5
年全生存率は43.8%であり、 G1
症例に比 較して有意に予後不良であった(p < 0.001、図4 B)
。肝切除により転移巣の完 全切除が行えた190
例のRFS
を検討したところ、PDCLiverのgrade
別の5
年無 再発生存率は、G1で38.9%、G2
で19.6%、G3
で22.1%であり(p = 0.009、図 5 A
)、G2/3
症例(5
年無再発生存率20.7%
)はG1
症例に比較して有意に予後 不良であった(p = 0.003、図5 B)
。また、肝切除後に残肝再発を来した
71
例(G1:22例、G2:26例、G3:23 例)の2
年全生存率は、G1が72.2%、G2
が57.7%、G3
が47.4%であり、初回
肝切除時と同様にPDC
Liverのgrade
が高いほど残肝再発後の予後も不良であっ た(p = 0.05)。原発巣の病理所見が評価可能であった
160
例をKaplan–Maier
法と、log-rank test
によって検討すると、肝切除後のOS
と有意に関連する因子は、原発巣の 簇出、原発巣のPDC、肝転移の数、肝外遠隔転移の有無、 PDC
LiverおよびBD
Liver の6因子であった。これらの因子を含む多変量解析を施行したところ、PDC
LiverG2/3
、肝転移個数が5
個以上、および肝外遠隔転移の存在、の3
因子が独立し てOS
を不良とする因子として選択された(表3
)。同様に、肝切除後の
RFS
と有意に関連する因子は、原発巣の壁深達度、原 発巣のリンパ節転移、原発巣の簇出、原発巣のPDC、同時性の肝転移、およ
び
PDC
Liverの6
因子であった。これらの因子を用いて多変量解析を行ったところ、PDCLiver
G2/3、
壁深達度 T3以深、および同時性肝転移が独立したRFS
の 規定因子として選択された(表4)
。第4節 考察
本章では、肝切除を施行した
204
症例の大腸癌肝転移症例について後方視的に
PDC
Liverを評価し、その予後規定因子としての意義を検討した。これまでに、大腸癌の肝転移巣における
PDC
を検討した先行報告は2
編あり(40, 41)、いず れも肝転移巣のPDC
の肝切除後の予後因子としての有用性を示している。こ のうちLionti
らは67
例と比較的少ない症例数で検討しており、PDC
Liverについ てはgrade
分類ではなく、PDCLiverの有無およびPDC
Liverを認める部位(肝転 移巣の辺縁部か中央部か)を評価し、PDC
Liverが辺縁部に存在することが独立 した予後規定因子であったとしている(41)。申請者の検討では、PDCLiverの出 現部位にかかわらず原発巣と同様にPDC
Liverが最も高度な部位を評価したが、肝転移巣の中央部は壊死組織で占められていることも多く、壊死による変性が 加わっている部分では
PDC
Liverは判定していない。このため、多くの症例にお いて肝転移巣の辺縁部での評価であり、同部位でのPDC
Liver が重要であるとする
Lionti
らの結果と矛盾しないと考える。一方、Fonsecaらは、申請者の研究と同じく原発巣と同様の方法で
PDC
Liver を評価し、PDC
LiverがOS
および無増悪生存期間(progression-free survival: PFS)の両方で独立した予後規定因子であったとしている(40)。しかしながら、申請 者の検討では
PDC
LiverのG2
はG3
と近い予後を示したのに対し、Fonseca
らの 報告ではG2
の予後はG1
と近い結果であった。この相違の原因として、本検討では
PDC
Liverのgrade
別の内訳はG1
が33%、 G2
が34%、 G3
が33%と各
grade
の症例がほぼ同数であったのに対し、Fonsecaらの検討ではG1
が75%、
G2
が20%、 G3
が5%と極端に G1
が多かったことが挙げられる。症例分布が 異なる理由として、大腸癌の肝転移に対する肝切除の適応が異なっている可能 性が挙げられるが、肝転移巣のPDC
Liverの評価要領が異なっている可能性も考えられる。申請者の検討では、
1
症例当たりの評価スライド数は平均11.3
枚で あった。Fonsecaらは評価スライド数を明らかにしていないが、PDCLiverは最 も高度な部位でgrade
分類を行うことから、評価スライド数が少なければ、grade
が低い症例が増加すると考えられる。上述の
PDC
Liverを検討した2
編の報告ではいずれもPDC
Liverと原発巣との関連について検討されていなかったが、申請者は、原発巣の病理所見が評価可能 であった
160
症例について肝転移巣と原発巣のそれぞれにおけるPDC
および 簇出の関連について検討を行った。その結果、PDC
Liverと原発巣のPDC
は強い 相関関係を有し、さらに、BD
Liverが原発巣の簇出と相関していることも明らか になった。これらの結果は、大腸癌の腫瘍浸潤先進部に認められる脱分化所見 の特徴が転移巣においても保持されているということを示している。申請者の研究では、原発巣と同じ評価基準を用いて
grade
分類したPDC
Liver が大腸癌肝転移症例の肝切除後のOS、RFS
に関する独立した予後規定因子で あることが示された。特に、PDCLiverG1
症例の予後はG2/3
の予後よりも有意 に良好であった。また、PDC
Liverは、肝転移巣の大きさ、原発大腸癌の進行度、再発までの期間、肝切除断端、血清
CEA
値などのこれまでに報告されている 因子(37, 38)よりも優れた予後規定因子であった。さらに、限られた症例数の 検討ではあるが、多変量解析により、PDC
Liverは原発巣のPDC
や簇出よりも強 い予後因子である可能性が示唆された。なお、BD
Liverも肝切除後の予後因子の1
つであることが示されたが、BD
Liverは多変量解析で独立した予後規定因子と しては選択されなかった。さらに興味深いことに、PDC
Liverによるgrade
分類 は残肝再発後のOS
についても予後規定因子となることが示された。これまでに大腸癌肝転移巣切除後の予後因子として様々な因子が報告され ているが(37-39, 42)、肝転移巣切除後の至適な治療法の選択には必ずしも寄与 していない。しかしながら、今回の検討結果から
PDC
Liverを評価することは、この問題の解決に有用な情報となる可能性がある。すなわち、
PDC
LiverがG2/3
の症例は肝切除後の予後が不良であるため、肝切除後の術後補助化学療法の施 行を考慮すべき対象であろう。一方、PDCLiverが
G1
の症例では、残肝再発後 も予後良好であるため、経過観察を行い、再発を認めた際に積極的に外科的切 除を実施する方針が許容される可能性があると考えらえる。なお、申請者の研究には、いくつかの
limitation
が存在する。まず、申請者 の研究は単一施設における後方視的検討である。次に、申請者の研究では1997
年から2014
年の間に肝切除を施行した症例を対象としているため、周術期お よび再発後の化学療法が均一でないことが挙げられる。さらに、申請者の検討 症例では、大腸癌の予後に関連するミスマッチ修復(mismatch repair:MMR)遺伝子変異や
RAS
遺伝子変異に関する情報が欠けている(39, 43-45)
。このため、肝切除例における
PDC
Liver の確固たる有用性を証明するためには、オキサリ プラチン併用療法や分子標的薬等の現在使用されている標準治療が用いられ ている時期の大規模な症例による追試が必要である。第5節 小括
大腸癌の肝転移巣における
PDC
は、原発巣におけるPDC
の特性を保持して いると考えられた。また、PDCLiverは肝切除症例の有望な新しい予後規定因子 である可能性が示唆された。第3章 大腸癌リンパ節転移巣における
PDC
の臨床的意義第1節 背景・目的
Stage III
大腸癌は、壁深達度に関わらず領域リンパ節に転移を有し、遠隔転移は認めない状態と定義され、全ての
Stage
の中で唯一、根治切除後におけ る術後補助化学療法の有用性が証明されている集団である(1, 2, 46, 47)。本邦 の大腸癌治療ガイドライン(2019年版)と米国のNCCN
ガイドライン(Version4, 2018)は、いずれにおいても
Stage III
大腸癌に対する術後補助 化学療法としてFOLFOX
やCAPOX
といったオキサリプラチン併用療法を6
ヶ月間施行することを強く推奨している(4, 48)。オキサリプラチン併用療法は フッ化ピリミジン単剤療法と比較し優れた予後改善効果が報告されているが、有害事象がより高率に発生する(42, 46, 49-51)。特に、オキサリプラチンによる 末梢神経障害は累積投与量依存性に発生頻度が高くなり、薬剤投与終了後も長 期間にわたり症状が持続して
QOL
を低下させる原因となることが知られてお り(3)、一律にすべてのStage III
症例に強力なオキサリプラチン併用療法を使用 するのではなく、より有効性の高い症例群に絞って使用することが妥当と考え られる。一般的にレジメンの選択の基準となる再発リスクの評価には、Stage 亜分類が用いられている。TNM分類では壁深達度、転移リンパ節の個数によ りStage III
をIIIA、IIIB、IIIC
の3
つに亜分類している(1)。Stage III全体 の5
年無再発生存率は67~70%であり、 IIIA
は92~93%、 IIIB
は71~74%、 IIIC
は40~41%である(52)。Stage IIIA
症例を低再発リスク群、Stage IIIC
症例を 高再発リスク群とすることは妥当と考えられるが、中間リスク群であるStage IIIB
症例はStage III
症例の約7
割を占め(52)、この症例群では、レジメン選 択におけるStage
亜分類の意義は乏しい。Stage III
症例における原発巣のPDC
については、予後規定因子としての有用性がこれまでに複数報告されている。
Ueno
らは原発巣のPDC
に関する単施設 の検討で無病生存率(Disease-free survival: DFS)が、G1
で94.9%、 G2
で78.7%、
G3
で53.5%
(p < 0.001)(13)、多施設症例での検討においても5
年無再発生 存率が、G1で81.5%、G2
で68.6%、G3
で53.6%(p < 0.001)と報告してい
る(14)。さらに、Konishiらによる海外の症例による検討でも、3年無再発生存 率が、G1で89.0%、G2
で73.7%、G3
で59.4%(p < 0.001)(18)であり、いず
れも優れた予後分別能を示していた。一方、リンパ節転移巣のPDC(PDC
LN) については、検索し得た限りでは、これまでにKinoshita
らによる報告のみで あり、PDCLNは原発巣のPDC
の評価基準と異なる方法で評価されていた(53)。そこで、本章では、大腸癌の
PDC
LNを原発巣と同じ評価基準を用いてgrade
分類し、原発巣におけるPDC
や他の臨床病理学的所見との関連および予後規 定因子としての意義について検討した。特にPDC
LNの評価により、Stage III
大 腸癌の術後補助療法の適応判断やレジメン選択に資する予後細分化が可能か どうかを明らかにすることを目的とした。第2節 対象・方法 1 症例
2005
年から2012
年の間に、防衛医科大学校病院で大腸癌の原発巣切除を行 い病理学的にStage III
と診断された425
例[男性242
例、女性183
例;平均年 齢66.4
歳(28-89歳)]を対象とし後方視的に解析を行った。対象症例中、右 側結腸癌(盲腸、上行結腸、横行結腸)が92
例、左側結腸癌(下行結腸、S 状結腸)が145
例、直腸癌が188
例であった。なお、原発巣切除前に、化学療 法や化学放射線療法等の術前治療を行った症例は検討に含めなかった。本研究 の実施にあたり、防衛医科大学校倫理委員会の承認を得た。2 方法
PDC
LNのgrade
分類は、個々の症例の予後等の臨床情報を得ない状態で通常臨床において、病理診断目的に作製されたリンパ節転移巣の
HE
染色標本全てを観察して行った。1症例あたりの郭清リンパ節個数は平均
22.3
個(範囲:2-107個)で、転移陽性リンパ節の個数は平均
3.2
個(範囲:1-23個)であ った。PDC
LNの定義は原発巣に準じて5
個以上の癌細胞からなる腺腔形成の乏しい 癌胞巣とし、PDCLNが最も高度に観察される部位を対物20
倍視野レンズで観 察して、視野内のPDC
LNの個数にて以下の3
つに分類した(図6)
。PDCLNの 特徴をより明らかにするため、本検討では明らかな腺腔形成のない癌胞巣をPDC
LNと判定した。Grade 1(G1)
:5個未満Grade 2
(G2
):5
個~9
個Grade 3(G3)
:10個以上原発巣の
PDC
のgrade
分類は、第2章の方法を用いた。PDC
LNと関連する臨床病理学的因子の検討については病理診断レポートに 記載された結果を用いて、腫瘍径、肉眼型、壁深達度、組織型、脈管侵襲など 大腸癌取扱い規約第9
版(2)に定められた既存の因子との関連を評価した。3 統計学的手法
PDC
LNのgrade
とその他の臨床病理学的因子との関連は、χ
2検定にて検討し た。また、PDC
LNのgrade
及びその他の病理学的因子に関するRFS
との関連に ついての検討には、Kaplan-Maier
法を用いて生存率を算出し、log-rank test
に て有意差を検定した。なお、RFS
は再発および全死亡をイベントとして描出し た。単変量解析にてRFS
に有意な関連を示した因子を共変量としてCox
比例 ハザードモデルを用いた多変量解析を行い、RFS
への影響に関する各因子の独 立性を検討した。p値が0.05
未満を有意とし、各統計計算はJMP pro14(SAS
Institute)を用いて行った。
第3節 結果
1 PDCLNの出現と臨床病理学的因子との関連
PDC
LNの判定の内訳は、G1
が237
例、G2
が97
例、G3
が91
例であった。また、原発巣の
PDC
はG1
が167
例、 G2が114
例、 G3が144
例であり、原発巣の簇出は
BD1
が103
例、BD2が145
例、BD3が177
例であった。PDC
LNのgrade
は、原発巣の組織型が低分化である症例(p = 0.003)、壁深達 度がより深い症例(p = 0.023)、リンパ節転移個数が4
個以上の症例(p < 0.001)、 転移リンパ節の最大径が10mm
以上の症例(p < 0.001)で有意に高かった(表5)
。また、PDC
LN と原発巣の簇出および原発巣のPDC
との間に強い相関が認 められた(ともに、p < 0.001)(図7
)。2
PDC
LNの予後規定因子としての評価全対象症例の根治切除後の
5
年無再発生存率は64.0%であった。PDC
LNのgrade
別の5
年無再発生存率は、G1症例で72.8%、G2
症例で60.0%、G3
症例 で45.9%であり、PDC
LN のgrade
が高くなるほど有意に不良であった。(p <0.001、図 8)
。さらに、Stage IIIB
症例においてもPDC
LNのgrade
別の5
年無再 発生存率は、G1症例 (177例)が74.1%、G2
症例(61例)が64.6%、G3
症例(48例)が
54.2%であり、 PDC
LN のgrade
による予後の層別化が可能であった(p = 0.032、図
9)
。Stage III
全症例において、根治切除後のRFS
と有意に関連する因子は、PDC
LN、TNM stage
、静脈侵襲、原発巣の簇出、原発巣のPDC
の5
因子であっ た。これらの因子を用いて多変量解析を行ったところ、PDCLNがG3、より進
行したTNM stage、
静脈侵襲の存在の3
因子が独立してRFS
を不良にする因子 として選択された(表6)
。また、Stage IIIB症例に限った検討では、単変量解析にて
PDC
LNのみが根治 切除後のRFS
と有意に関連していた(表7)
。最後に、PDCLNの
grade
を原発巣のPDC grade
に加味することでPDC
の予 後因子としての意義が高まるかを検討した。まず、原発巣のPDC
がG1
の167
例(5年無再発生存率: 71.1%)を対象に、PDCLNのgrade
別の予後を検討した ところ、PDCLNがG1
であった124
例は5
年RFS
が76.5%と良好であったが、
PDC
LNがG2
の33
例では66.7%、 PDC
LNがG3
の10
例では僅か20.0%と PDC
LN のgrade
が高い症例ほど予後不良であった(p < 0.001)。原発巣のPDC
がG2
およびG3
の症例についても統計学的有意差は付かなかったが同様の傾向を示 しており、PDC
LNを加味することで原発巣のPDC
で分別されたRFS
をさらに 層別化することが可能であった(図10)
。第4節 考察
大腸癌における
PDC
の評価は以下の点で臨床応用性に優れた予後規定因子 であると考えられる。まず、原発巣においてはすでに大腸癌における予後規定 因子としての有用性が多く報告されており(13-16, 18, 40, 41, 53)、再現性の高 い予後因子であると考えられる。次に、PDCはHE
染色標本のみで判定可能で あり、脈管侵襲の評価の様な免疫染色や特殊染色を必要とせず安価かつ簡便に 判定することができる。さらに、PDC
は簇出に比較して大きな細胞集塊である ため判定がより容易であり、これまでの報告においても、PDC
には評価者間の 高い判定一致率が報告されている(13, 14, 18)。このように大腸癌の原発巣にお けるPDC
についてはその有用性が確立されつつあるが、大腸癌のPDC
LNにつ いての検討は、これまでに検索し得た限りではKinoshita
らによるStage III
大 腸癌159
例についての報告が1
編存在するのみである(53)。しかし、Kinoshita らはPDC
LNが高度である転移リンパ節が2
個以上存在することが予後因子とな ると報告しており(53)、原発巣の評価法とは異なる評価法を用いていた。本章では、
425
例のStage III
大腸癌症例を対象とし、PDC
LNを原発巣におけ るPDC
の評価基準に準じた方法で検討し、PDCLNのgrade
が原発巣のPDC
のgrade
と有意に相関していることを明らかにした。前章では大腸癌の肝転移巣における
PDC
LiverやBD
Liverのgrade
についても同様の結果を得ており、大腸癌原発巣の腫瘍浸潤先進部に認められる脱分化所見の特性は、転移巣においても 保持され、腫瘍悪性度をよく反映することが示された。また、RFSに関する多 変量解析にて、原発巣の
PDC
と同様の評価基準によるPDC
LNgrade
が、TNMstage、静脈侵襲の有無とともに独立した予後規定因子として選択され、PDC
LNが原発巣の
PDC
や簇出を上回る予後分別能を有する可能性が示唆された。Stage III
症例に対する術後補助化学療法としては、大腸癌治療ガイドラインおよび
NCCN
ガイドラインともに、オキサリプラチンを併用した比較的強力 なレジメンを使用することが推奨されている(4, 12)
。一方、近年報告されたInternational Duration Evaluation of Adjuvant Therapy(IDEA)collaboration study
にて、再発リスクの低い症例では、オキサリプラチン併用レジメンであるCAPOX
の6
か月投与群に対して、3か月投与群の非劣性が示され、さらに有害事象の発生率も
3
か月投与群で少ないことが示された(54)。これを受け、本 邦のガイドラインにおいては再発低リスク症例に対してはオキサリプラチン 併用療法の短期間投与やフッ化ピリミジン単剤療法を考慮することが提案さ れている(4, 12)。現行の
TNM
分類におけるstage
の亜分類は、Stage III
大腸癌の予後分別に優 れており、本研究においてもStage IIIA、IIIB、および IIIC
の5
年無再発生存 率はそれぞれ84
%、69
%、および39
%と、Stage IIIA
が再発の低リスク群、Stage IIIC
が高リスク群をよく抽出できている。しかしながら、中間リスク群となるStage IIIB
症例は、申請者の研究でも全症例の67%を占めており、この症例群
に対する治療法の選択としては
TNM
分類の亜分類の意義は乏しい。このため、中間リスク群である
Stage IIIB
症例から再発リスクが低い症例を抽出すること が臨床上重要である。申請者の検討では、既存のリスク因子およびPDC
や簇 出といった腫瘍浸潤先進部の脱分化所見を用いてStage IIIB
症例の再発リスクの層別化を試みたところ、PDCLNの
grade
のみが、手術後の再発を有意に層別 化できることを確認した。限られた症例数の検討ではあるが、PDC
LNを評価す ることで、より正確な予後情報を得ることができ、Stage IIIB症例において、より適切な術後補助化学療法の選択の一助となる可能性が示唆された。
本章では、前章の肝転移の検討と同様の
limitation
が存在する。申請者の検 討の対象は2005
年から2012
年の間に根治的切除を受けたStage III
大腸癌症 例であるが、本邦で大腸癌の術後補助化学療法としてオキサリプラチン併用 療法が保険適応となったのは2009
年であり(8)、今回の対象症例は現行の推奨 レジメンが使用されていない時期の症例が少なからず含まれている。このた め、PDCLNの実用化を検討するためには、現行の標準的治療を施行した大規 模な症例群で追加検証することが必要であると考える。第5節 小括
大腸癌のリンパ節転移巣では、原発巣における
PDC
の特性が保持されてい ると考えられた。また、PDCLNの評価を加えることでStage III
大腸癌症例の 再発リスクを詳細に評価することが可能であり、術後補助療法の適応決定や レジメンの選択の一助となる可能性が示された。第4章
PDC
と上皮間葉転換(EMT) の関連第1節 背景・目的
1982
年にHay
らにより提唱された上皮間葉転換(epithelial mesenchymaltransition: EMT)は、上皮系細胞が間葉系細胞の形態および性質に転換する現
象であり、発生の初期に観察され、胚発生における原腸陥入や組織・器官の形 成に重要な役割を果たしている(55, 56)。発生過程に関わるEMT
はI
型EMT、
成体における創傷治癒過程や組織の線維化に関わるものは
II
型EMT
とされる(56)。癌組織においても EMT
の現象が確認されており、これらはIII
型EMT
と呼称され、上皮系細胞である癌細胞が脱分化して間葉系細胞の形質に転換す ることで、浸潤・転移や薬剤抵抗性の獲得に強く関係することが知られている
(56-58)。
大腸癌の原発巣における簇出は
PDC
とともに腫瘍浸潤先進部の脱分化を示 す所見である。Smedt
らによるホルマリン固定パラフィン包埋標本から簇出及 び非簇出部の癌組織をレーザーマイクロダイセクション(laser microdissection:LMD)で採取してそれぞれにおける遺伝子群の発現を比較した検討では、癌
組織では上皮性の遺伝子発現パターンであるのに対し、簇出では間質の遺伝子 発現パターンを示すことから、簇出はEMT
と関連していると報告している(26)。一方、PDCに関しても、EMTの誘導に関わる
Wnt/ βcatenin
シグナル伝達経路(59)
の標的因子の一つであり上皮細胞の遊走を強く誘導するL1 cell adhesion molecule
がPDC
で過剰発現していることを本講座より報告している(60, 61)
。 このため、PDC
についても簇出と同様にEMT
に関連する形態学的所見である ことが推察されるが、これを証明するのに十分な分子生物学的検討はこれまで に行われていない。そこで、本章では大腸癌の原発巣における
PDC
の分子生物学的特徴の一端 を明らかにすることを目的とし、LMDを用いて、大腸癌の腫瘍浸潤先進部のPDC
部および腺管形成部を選択的に採取し、両者におけるEMT
に関与するこ とが知られている遺伝子(EMT関連遺伝子)に関するmRNA
の発現を解析す ることでPDC
の形成とEMT
の関連について検討した。第2節 対象・方法 1 症例
2016
年12
月から2018
年9
月までの間に防衛医科大学校病院にて外科的切 除術が施行された大腸癌症例の内、原発巣切除の直後に手術標本から新鮮凍結 検体を採取し、得られた凍結切片にて腫瘍浸潤先進部が評価可能であった21
例(PDC G1: 10
例、PDC G3: 11
例)を対象とした(表8
)。本検討では術前補 助療法を施行した症例および検体採取が困難な小型の腫瘍は含めなかった。術 前に検体採取候補となるすべての症例に対し、防衛医科大学校倫理委員会に承 認を得た文書による同意を取得した。2
PDC
の判定第
2
章の第2
節(対象・方法)で述べた、原発巣のPDC
の評価基準を用い た。3
LMD
を用いた癌組織の採取手術標本の摘出直後に切り出された腫瘍浸潤先進部を含む一割面分の検体 を
Tissue Tek OCT Compound
TM(Sakura, Tokyo, Japan
)を用いて包埋し、液体窒 素で急速凍結を施行した後、-80℃にて保存した。凍結標本から10μm
厚の連 続凍結切片を作製し、70%エタノールにて3
分間固定を行い、RNase free水で 洗浄した後、hematoxylin 液で30
秒染色を行い、切片を風乾した。LMD はLMD6000
(Leica Microsystems, Wetzlar, Germany)を使用して腫瘍中央部および 腫瘍浸潤先進部からそれぞれ癌組織のみを選択的に採取した(図11 A,B)
。PDC
G3
症例においては、腫瘍浸潤先進部のうちPDC
部を採取するとともに(図11 C,D)
、浸潤先進部の腺管形成部の癌組織も別に採取した(図11 E,F)。 PDC G1
症例では、浸潤先進部の腺管形成部の癌組織を採取した。PDC G1症例は浸潤 先進部の腺管形成部、PDC G3症例ではPDC
部をそれぞれ浸潤先進部として 解析した。4
total RNA
の抽出およびcDNA
合成LMD
で採取した検体からRNeasy mini kit
TM (Qiagen, Hilden, Germany)を 用いてそれぞれtotal RNA
の抽出を行った。また、得られたtotal RNA
を鋳型 としてPrime Script RT-reagent Kit
TM(Takara Bio Inc, Kusatsu, Japan)
を用いて単 鎖cDNA
の合成を行った。5
PCR
プライマー解析の対象遺伝子として、大腸癌における発現が報告されている
EMT
関連 遺伝子(59)であるZEB1、 ZEB2、 SNAI1
(Snail)、SNAI2
(SLUG)、Neuropilin-2(NRP2)、
STRAP、 NUBPL、 HIF1α、 TGFβ1、 TGFβ2、 E-cadherin、 N-cadherin、
EGFR、Vimentin(VIM)について検討を行った。本研究で用いた PCR
プライマー(Perfect Real Time サポートシステムTM
, Takara Bio Inc)の一覧を表 9
に 示した。リファレンス遺伝子としてはグリセルアルデヒド -3- リン酸脱水素 酵素(Glyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenase
:GAPDH
)とActinβ
を使用し た。6 リアルタイム
RT-PCR
Thermal Cycler Dice Real Time System TP800 (Takara Bio Inc)および、試薬とし
てTB Green® Premix Ex Taq™ II (Tli RNaseH Plus) (Takara Bio Inc)を用いて4
で得られたcDNA
を鋳型に以下のプロトコールでリアルタイムRT-PCR
を行った。
PCR
プロトコール:(初期変性)95℃、30秒。(変性)95℃、5秒 →(アニーリング・伸長) 60℃、30秒(40サイクル)
全ての反応は二重反復測定で施行し、平均値をもって結果とした。
PCR
反応終了後、融解曲線分析にて増幅産物の特異性を確認した。反応後の 解析は複数のリファレンス遺伝子を基準とした解析が可能であるMultiplate RQ
TM(Takara Bio Inc)ソフトウェアを用いて ΔΔCt
法にてmRNA
の相対的発現 量を評価した。7
症例間、部位間のmRNA
の発現量の比較PDC G3
症例11
例とG1
症例10
例の症例間の腫瘍浸潤先進部におけるEMT
関連遺伝子の発現量については、同一症例内の腫瘍中央部の癌組織における発 現量に対する比(front/center比:F/C比)をもって評価した。PDC G1症例は 腫瘍先進部の腺管形成部を、PDC G3症例ではPDC
部を、それぞれ浸潤先進 部として解析した。PDC G3
症例11
例においては、EMT関連遺伝子について、同一腫瘍における腫瘍浸潤先進部の
PDC
部と腺管形成部におけるmRNA
発現量の比を比較・検討した。
8 統計学的手法
PDC G3
症例とG1
症例の浸潤先進部におけるmRNA
発現の差異の有無について
Wilcoxon
検定を用いて検討した。また、PDC G3症例では、同一腫瘍内の先進部に
PDC
部と腺管形成部が存在するが、両者におけるmRNA
発現の差 異を評価することとし、これをWilcoxon
符号順位検定を用いて評価した。全 ての解析でp
値が0.05
未満を有意とし、各統計計算はJMP pro14
(SAS Institute)を用いて行った。