文化的存在としての「もの」 : 博物館展示と関連 して
著者 金 柄徹
雑誌名 国立民族学博物館調査報告
巻 44
ページ 161‑168
発行年 2003‑12‑26
URL http://doi.org/10.15021/00001859
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文化的存在としての「もの」
博物館展示と関連して
果柄徹
1はじめに
本稿は,2002年7,月13日一14日に国立民族学博物館で行われた国際シンポジウムにて 報告した発表文に基づくものである。貴重な機会を提供してくださった朝倉敏夫教授に
まず御礼を表したい。
今回のシンポジウムの趣旨は,『2002年ソウルスタイルー李さん一家の素顔のくら し』展を準備する過程で得られた「李さん一家の生活財データ」を手がかりに,韓国社 会における(生活財調査による)生活文化研究の有効性を検討することであったと思わ れる。韓:国側からは主に物質文化研究者が,日本側からは「韓国現代生活文化の基礎的 研究」のメンバーが議論に参加しており,筆者は「もの」の性格に関するいくつかの問 題を提議させていただいた。以下にその内容を記すことにする。
2 「もの」の性格
2.1もので語る・ものが語る
博物館の展示は主に「もの」の展示であるが,この場合,企画者は「もの」を通じて
(対象文化を)語ることとなる。この作業は,言い換えれば「もので語る」ことと言え るものである。一方,展示されたものが自ら語る「ものが語る」領域も想定できよう。
つまり,企画者が意図していない部分まで観客によって読み取れる可能性は十分野り得 るからである。今回展示された「李さん一家の生活財」からいえば,ものを通じて「素 顔のくらし」が語られているわけであるが,同じものであっても観客一人一人の感じ方
は,それぞれが有するそのものとの経験によって違ってきていると思われる。これはも のが多義的な存在であり,また直接その個人に語っていることを意味しているのではな いだろうか。
2.2ものの影響力
1個のものが既存の生活様式や体制までも変えてしまったケースを歴史上で探すこと はさほど難しくない。たとえば,西洋に渡った香辛料が西洋人の食生活スタイルを変え,
またアジアへの航海を促したこと,イギリスが持ち込んだアヘンによって中国(清)が 大変苦しんだこと,16〜19世紀に奴隷との交換品として西アフリカ社会に持ち込まれた
銃が結果的には奴隷獲得を容易にする一方,地域の政治的統合をも促したことなどが取 り上げられる。
2.3グローバリゼーション=「文化の均質化」?
このようにものがもたらすインパクトは強いものであり,リアルタイムで地球規模の 交流が行われっつある現代においてその影響力はますます大きくなっている。「文化の均 質化」が進んでいるとの見方もある。確かにPLAY STぺrIONといった日本のゲーム機を 世界が共有することになっていることや西洋式近代化を進めてきた日本や韓国が西洋社 会と多くあものを共有するようになったことを考えると,均質化は身近に感じられる現 象であろう。しかし,いくら伝統家屋がアパートやマンションなどの集合集宅に変わっ てきているとはいえ,日本のマンションには畳部屋の和室が設けられており,韓国のそ れにはオンドルという床暖房が敷かれている。また,冷蔵庫や洗濯機というものが現代 文明の象徴のように世界中で使われているが,キムチ冷蔵庫や煮沸洗濯機など独自の文 化が組み込まれていく現象も看過してはいけないだろう。(筆者の調査地の)瀬戸内海の 島では魚群探知機にしても,GPS(衛星利用測位システム)にしても,漁民一般に統 一された使い方が存在するのではなく,各自が先端装備を「自分流」で使いこなしてい たことが印象的であったが,こうした事例からも同様のことが言えるだろう。
2.4ものと文化一普遍性(代表性)と特殊性の観点から
日本の大学生に,所持品の中で日本文化だと思うものは何かと聞いたことがある。答 えとして多かったのは(夏だったので)扇子・和紙・梅干・お守りなどだった。しかし,
その他の所持晶の多くはどの文化に属するものかがわかりにくいものが多かったようで ある。ここで疑問に思ったのは,何を基準にそれが特定の文化(のもの)と言えるのか ということである。事例で挙げたように明らかに日本文化と言えるものもあるが,そう ではないものも数多くある。これはものという物質文化に限らず,文化一般に言えるこ とであろう。このような文化の共存(ooe)dstence)や文化の混合(syncretism)が当然の 現実だとすれば,李さん一家のものは果たしてどれぐらい韓国文化を代表しているとい えるだろうか。
3 「身体技法」の展示可能性
ミイラ・人骨・刺青といった「もの化」された人間(の一部)の展示は博物館でも行 われているが,.人間の身体技法をものとして捉え,展示することも可能なのだろうか。
身体技法(」θ5ホθC厩9〃8sぬCO脚)とはモース(M. Mauss)の提唱した概念であるが,
簡単に言えば,挨拶・座り方・眠り方など社会文化的に伝承・習得される身体の動作の
金 柄徹 文化的存在としての「もの」
ことをいう。例えば,食べる行為を見ると,お腹が空く(食べないと死ぬ)という本能 的な部分と,食事作法・特定の食べ物に対する規定といった文化的な部分が混在されて いる。後者の文化的な部分の中で,身体と関わる作法が身体技法である。
広島県豊島の漁民は伝統漁法の一本釣に携わっているが,彼らは漁に適した漁場の位 置・風向・風速・潮の流れ・水深・魚の居場所・魚までの距離・食いつき具合などを絶 えず身体で確認しているのである。つまり,身体をもう一つの道具として使っているわ けであるが,彼らのこうした「行動」を展示するためには映像を用いることも一つの方 法と思える。また,漁具を作る過程を直接演じることも可能だと思う。この意味では,
韓国の着物の試着やハングル教室といった今回の展示の中での試みも,着付けや読み書 きという身体技法の展示として捉えられるものと思われる。
4おわりに
今回の展示と関連して今後の課題として二つほど思い浮かんだことがある。
まず,目本と韓国におけるものの見方と,ものへのこだわりの違いについてである。
伝統社会において日本がアニミズムの世界(ものの世界)であるのに比べ,韓国は儒教
(性理学)の世界(理念の世界)であるとよく言われる。今後のものを通じた文化展示 のためには,これがどれほど有効な明言なのか,あるいは実情はどうだったのかを綿密 に検討してみる必要があろう。また,現代社会においても通用するものかどうかに関し ても考察が必要であろう。
もう一つは,李さん一家のものとの関わり方に関することである。一家は家族の「共 同の記憶」としての生活財すべてと別れたわけであるが,かつての記憶や家族の絆(の 一部)も一緒に消えた可能性はないだろうか。そうだとすれば,一家が如何に既存の家 族関係を回復し,あるいは新しい関係を築いていくのかを見守ることも新たな課題とな れるのではないかと思われる。
文 献
朝倉敏夫・佐藤浩司編
2002 『2002年ソウルスタイル』千里文化財団。
朝倉敏夫
1994 『目本の焼肉 韓国の刺身』農山漁村文化協会。
伊藤亜人
2003 「韓国で『物を通してみる』こと」朝倉敏夫編『「もの」から見た朝鮮民俗文化』新幹社。
金柄徹
2000 「漁民の身体技法」『民族学研究』65(2)。
M.モース(有地亨・山口俊夫訳)
1976 『社会学と人類学H』弘文堂。
内堀基光
1997 「ものと人からなる世界」青木保他編『「もの」の人間世界』岩波書店。
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朝倉敏夫・佐藤浩司編
2002 『2002週刈苦ム石}望』千里文化財団.
朝倉敏夫
1994 『日本到。トヲ1司早韓国刻朴入1ロ1』農山漁村文化協会。
伊藤亜人
2003 「韓国司囚『暑石含暑司刈旦ゼ』望」朝倉敏夫編『「暑石」立呈旦セ朝鮮民俗文化』
新幹社。
金柄徹
2002 「漁民釧身体技法」『民族学研究』65(2),
M.呈ム(有地亭・山口俊夫訳)
1976 『社会学斗人類学H』弘文堂 内掘基光
1997 「暑石叫入ト曽立呈月}量σ1遭刈圃」青木保他編『「暑石」釧人間世界』岩波書店.