共犯からの離脱 : 最高裁平成元年六月二六日決定 の検討 (小山博也教授河中二講教授立田清士教授退 職記念号)
著者名(日) 安里 全勝
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 38
ページ 338‑353
発行年 1997‑07‑25
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000791/
判例研究
共犯からの離脱
最高裁平成元年六月二六日決定の検討
︵傷害致死︑死体遺棄被告事件︑昭和六三年㈲第九四八号︑平成元年六月二六日第一小法廷決
定︑上告棄却︹第一審東京地方裁判所昭和六二年七月二七日判決︑第二審東京高等裁判所昭
和六三年七月二二日判決︺刑集四三巻六号五六七頁︑判例時報二一二五号一四五頁︑判例タ
イムズ六九九号一八四頁︶
安 里 全 勝
︵事実︶
本件では︑傷害致死罪について共同正犯が成立するかが問題となった︒この点につき最高裁は共同正犯の成立を
肯定したが︑最高裁は原審及び原原審の認定した事実の要旨を次のとおりであるとした︒
ω被告人は︑一審相被告人Aの舎弟分であるが︑両名は︑昭和六一年一月壬二日深夜スナックで一緒に飲んで
いた本件被害者のHの酒癖が悪く︑再三たしなめたのに︑逆に反抗的な態度を示したことに憤慨し︑同人に謝らせ 判例研究
共犯からの離脱
││最高裁平成元年六月二六日決定の検討││
(傷害致死︑死体遺棄被告事件︑昭和六三年制第九四八号︑平成元年六月二六日第一小法廷決
定︑上告棄却︹第一審東京地方裁判所昭和六二年七月二七日判決︑第二審東京高等裁判所昭
和六三年七月一三日判決︺刑集四三巻六号五六七頁︑判例時報二一二五号一四五頁︑判例タ
イムズ六九九号一八四頁)
安
勝 里 全
( 事
実 )
本件では︑傷害致死罪について共同正犯が成立するかが問題となった︒この点につき最高裁は共同正犯の成立を
肯定したが︑最高裁は原審及び原原審の認定した事実の要旨を次のとおりであるとした︒
‑ E
ム被 告
人 は
︑
一審相被告人
Aの舎弟分であるが︑両名は︑昭和六一年一月二三日︑深夜スナックで一緒に飲んで
いた本件被害者の
Hの酒癖が悪く︑再三たしなめたのに︑逆に反抗的な態度を示したことに憤慨し︑同人に謝らせ
339 共犯からの離脱
るべく︑車でA方に連行した︒⑭被告人は︑Aとともに︑一階八畳間において︑Hの態度などを難詰し︑謝るこ
とを強く促したが︑同人が頑としてこれに応じないで反抗的な態度をとり続けたことに激昂し︑その身体に対して
暴行を加える意思をAと相通じた上︑翌二四日午前三時三〇分ころから約一時間ないし一時間半にわたり︑竹刀や
木刀でこもごも同人の顔面︑背部等を多数回殴打するなどの暴行を加えた︒⑥ 被告人は︑同日午前五時過ぎこ
ろ︑A方を立ち去ったが︑その際﹁おれ帰る﹂といっただけで︑自分としてはHに対しこれ以上制裁を加えること
を止めるという趣旨のことを告げず︑Aに対しても︑以後はHに暴行を加えることを止めるよう求めたり︑あるい
は同人を寝かせてやってほしいとか︑病院に連れていってほしいなどと頼んだりせずに︑現場をそのままにして立
ち去った︒㈲ その後ほどなくして︑Aは︑Hの言動に再び激昂して︑﹁まだシメ足りないか﹂と怒鳴って右八畳
問においてその顔を木刀で突くなどの暴行を加えた︒㈲ Hは︑そのころから同日午後一時ころまでの間に︑A方
において甲状軟骨左上角骨折に基づく頸部圧迫等により窒息死したが︑右の死の結果が被告人が帰る前に被告人と
Aがこもごも加えた暴行によって生じたものか︑その後のAによる前記暴行により生じたものかは断定できないと
いうものであった︒
このような事実に対して︑第一審の東京地裁は︑被告人が共犯から離脱したことを認めることはできないとし
て︑傷害致死罪の共同正犯の成立を認めた︒これに対し︑被告人は︑致死の結果は共犯関係が解消したのちに生じ
たもので︑傷害致死罪の共同正犯の成立を認めた一審の判断は誤りである等として控訴したが︑東京高裁は以下の
ように詳細な判断を示してその主張を退けた︒即ち︑﹁関係各証拠によれば︑被告人は︑A方を立ち去る少し前こ
ろ︑HとSを並ばせてそれぞれの頭部を木刀で軽く叩き︑謝罪する趣旨のことを言わせたことは窺えるものの︑そ るべく︑車で
A方に連行した︒ ω
被 告
人 は
︑
A
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︑
一 階
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間 に
お い
て ︑
H
の態度などを難詰し︑謝るこ
とを強く促したが︑同人が頑としてこれに応じないで反抗的な態度をとり続けたことに激昂し︑その身体に対して
暴行を加える意思を
Aと相通じた上︑翌二四日午前三時三 O 分ころから約一時間ないし一時間半にわたり︑竹刀や
木万でこもごも同人の顔面︑背部等を多数回殴打するなどの暴行を加えた︒ ω 被告人は︑同日午前五時過ぎこ
ろ ︑
A
方を立ち去ったが︑ その際﹁おれ帰る﹂といっただけで︑自分としては H に対しこれ以上制裁を加えること
を止めるという趣旨のことを告げず︑
Aに対しても︑以後は
Hに暴行を加えることを止めるよう求めたり︑あるい
は同人を寝かせてやってほしいとか︑病院に連れていってほしいなどと頼んだりせずに︑現場をそのままにして立
ち 去
っ た
︒ ωAその後ほどなくして︑
は ︑
H
の言動に再び激昂して︑﹁まだシメ足りないか﹂と怒鳴って右八畳
聞においてその顔を木万で突くなどの暴行を加えた︒ ω そのころから同日午後一時ころまでの間に︑ H
は ︑
A方
において甲状軟骨左上角骨折に基づく頚部圧迫等により窒息死したが︑右の死の結果が被告人が帰る前に被告人と
A
がこもごも加えた暴行によって生じたものか︑ その後の A による前記暴行により生じたものかは断定できないと
いうものであった︒
共犯からの離脱
このような事実に対して︑第一審の東京地裁は︑被告人が共犯から離脱したことを認めることはできないとし
て︑傷害致死罪の共同正犯の成立を認めた︒これに対し︑被告人は︑致死の結果は共犯関係が解消したのちに生じ
たもので︑傷害致死罪の共同正犯の成立を認めた一審の判断は誤りである等として控訴したが︑東京高裁は以下の
339
ように詳細な判断を示してその主張を退けた︒即ち︑﹁関係各証拠によれば︑被告人は︑
A方を立ち去る少し前こ
ろ ︑
H
と S を並ばせてそれぞれの頭部を木万で軽く叩き︑謝罪する趣旨のことを言わせたことは窺えるものの︑ そ
の際︑Aを始めその場に居る者らに対し自分としてはHに対しこれ以上の制裁を加えることを止めるという趣旨の
ことを告げたりしてはおらず︑また︑A方を立ち去るにあたっても︑玄関先で﹁おれ帰る﹂などと言っただけで︑
Aに対し︑以後はHに暴行を加えることを止めるよう求めたり︑同人を寝かせてやって欲しい︑あるいは病院に連
れて行って欲しいなどと頼んだりしていないことが明らかである︒更に︑被告人が︑それまでHに暴行を加えてい
た場所すなわち一階八畳から出て行った時︑同室内の様子は︑Hがその場に座ったままであり︑Aも同室から立ち
出ず︑暴行を加えるのに用いた竹刀︵但し︑途中で壊れている︒︶や木刀も同室内に置かれているなど︑それまで
とほとんど変らない状況であったことが認められる︒また一方︑Aが被告人の立ち去った後にHに暴行を加えたこ
とが認められるものとすれば︑Sの司法警察員に対する前記供述中で︑Aが右暴行を加えるにあたり︑Hに向かっ
て︑﹁まだシメ足りないか﹂などと怒鳴っていたことが述べられており︑したがって︑Aがその際Hに加えた暴行
は︑それまで被告人とともにいわゆる制裁として同人に加えていた暴行と一体をなすものと認められるべきもので
ある︒そうすると︑被告人においては︑A方を立ち去る際︑自分の気持としてはこれでAとともにHに対し暴行を
加えることは終わったつもりでいたとしても︑本件の場合︑前示のような共犯関係からの離脱ないし共犯関係の解
消の認められる事情が存在せず︑ないしは︑離脱あるいは解消したといいうるような状態に達していなかったもの
というほかなく︑したがって︑被告人がA方を立ち去った後に︑Aが︑被告人とともにそれまでHに加えていた制
裁をなお引き続いて加える意思で︑同人に対し加えた暴行については︑被告人も︑Aと共犯関係にあるものという
べきである︒すなわち︑Hの死亡の結果が被告人の立ち去った後にAの加えた暴行によって生じたとしても︑被告
人は共同正犯として傷害致死の責任を負わなければならないと考えられるのである︒﹂とした︵高刑集四一巻二号 の
際 ︑
A
を始めその場に居る者らに対し自分としては H に対しこれ以上の制裁を加えることを止めるという趣旨の
ことを告げたりしてはおらず︑
ま た
︑
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方を立ち去るにあたっても︑玄関先で﹁おれ帰る﹂などと言っただけで︑
A
に対し︑以後は H に暴行を加えることを止めるよう求めたり︑同人を寝かせてやって欲しい︑あるいは病院に連
れて行って欲しいなどと頼んだりしていないことが明らかである︒更に︑被告人が︑ それまで H に暴行を加えてい
た場所すなわち一階八畳から出て行った時︑同室内の様子は︑
Hがその場に座ったままであり︑
Aも同室から立ち
出ず︑暴行を加えるのに用いた竹万 (但し︑途中で壊れている︒) や木万も同室内に置かれているなど︑ それまで
とほとんど変らない状況であったことが認められる︒また一方︑
Aが被告人の立ち去った後に H に暴行を加えたこ
とが認められるものとすれば︑ S の司法警察員に対する前記供述中で︑
Aが右暴行を加えるにあたり︑ H
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て︑﹁まだシメ足りないか﹂などと怒鳴っていたことが述べられており︑
し た
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がその際
Hに加えた暴行
は︑それまで被告人とともにいわゆる制裁として同人に加えていた暴行と一体をなすものと認められるべきもので
ある︒そうすると︑被告人においては︑
A方を立ち去る際︑自分の気持としてはこれで
Aとともに
Hに対し暴行を
加えることは終わったつもりでいたとしても︑本件の場合︑前示のような共犯関係からの離脱ないし共犯関係の解
消の認められる事情が存在せず︑ないしは︑離脱あるいは解消したといいうるような状態に達していなかったもの
と い う ほ か な く ︑ したがって︑被告人が
A方を立ち去った後に︑
Aが︑被告人とともにそれまで H に加えていた制
裁をなお引き続いて加える意思で︑同人に対し加えた暴行については︑被告人も︑
Aと共犯関係にあるものという
べきである︒すなわち︑ H の死亡の結果が被告人の立ち去った後に
Aの加えた暴行によって生じたとしても︑被告
人は共同正犯として傷害致死の責任を負わなければならないと考えられるのである︒﹂とした
(高刑集四一巻二号二六七−二六八頁︒尚︑控訴審判決について︑大塚仁﹁共同正犯の本質﹂法学教室一〇九号︹平成元年︺
四頁︑大谷實﹁共犯関係からの離脱の要件﹂法学セミナー四一二号︹平成元年︺一三四頁参照︶︒ 三三ー三
︵判旨︶
﹁事実関係に照らすと︑被告人が帰った時点では︑Aにおいてなお制裁を加えるおそれが消滅していなかったの
に︑被告人において格別これを防止する措置を講ずることなく︑成り行きに任せて現場を去ったに過ぎないのであ
るから︑Aとの問の当初の共犯関係が右の時点で解消したということはできず︑その後のAの暴行も右の共謀に基
づくものと認めるのが相当である︒そうすると︑原判決がこれと同旨の判断に立ち︑かりにHの死の結果が被告人
が帰った後にAが加えた暴行によって生じていたとしても︑被告人は傷害致死の責を負うとしたのは︑正当であ
る︒﹂
共犯からの離脱
341︵研究︶
一 本件は︑共犯関係からの離脱として︑実行着手後の共同正犯関係からの離脱・解消が問題となった事案である
が︑本決定を検討する前に共犯からの離脱についての問題状況を概観することにする︒犯罪が複数人によって行わ
れた場合︑その中の一部の者が途中から離脱した場合にその離脱者にどの範囲で責任を問い得るかが問題となる︒ 二
六 七
1
二六八頁︒尚︑控訴審判決について︑大塚仁﹁共同正犯の本質﹂法学教室一 O 九号︹平成元年︺一三一丁三
四頁︑大谷賓﹁共犯関係からの離脱の要件﹂法学セミナー四一二号︹平成元年︺
一 三
四 頁
参 照
) ︒
芋 日
回 目 )
﹁事実関係に照らすと︑被告人が帰った時点では︑
Aにおいてなお制裁を加えるおそれが消滅していなかったの
に︑被告人において格別これを防止する措置を講ずることなく︑成り行きに任せて現場を去ったに過ぎないのであ
る か
ら ︑
A
との聞の当初の共犯関係が右の時点で解消したということはできず︑ その後の A の暴行も右の共謀に基
づくものと認めるのが相当である︒そうすると︑原判決がこれと同旨の判断に立ち︑ かりに H の死の結果が被告人
が帰った後に
Aが加えた暴行によって生じていたとしても︑被告人は傷害致死の責を負うとしたのは︑正当であ
る ︒ ﹂
共犯からの離脱
研 究 )
本件は︑共犯関係からの離脱として︑実行着手後の共同正犯関係からの離脱・解消が問題となった事案である
341
が︑本決定を検討する前に共犯からの離脱についての問題状況を概観することにする︒犯罪が複数人によって行わ
れた場合︑その中の一部の者が途中から離脱した場合にその離脱者にどの範囲で責任を問い得るかが問題となる︒
この共犯からの離脱という問題は共犯の未遂犯と重なり合う問題であるが︑とくに結果が発生した場合でも離脱者
には中止犯を認め︑あるいは当該結果についての責任を負わせないことを狙いとして論じられており︑多くは共同
正犯の場合において論じられている︵神山敏雄﹁共犯の中止﹂中義勝目吉川経夫旧中山研一編・刑法−総論︹昭和
五九年︺三二六頁︑尚︑大塚仁﹁共同正犯関係からの離脱﹂同・刑法論集⑭︹昭和五一年︺三一頁以下︶︒そして
当該問題は離脱の時期を捉えて︑O実行着手前の離脱︑◎実行着手後の離脱︑e継続犯の場合は犯罪既遂後の離脱
として問題解決が図られている︒
右のOの場合は︑積極的に実行を中止するだけで結果の発生は当然に阻止されるから中止犯になる︵団藤重光・
刑法綱要総論第三版︹平成二年︺四三〇頁︑平野龍一・刑法総論H︵昭和五〇年︶三三六頁︶︒従って︑◎の場合
が問題となる︒通説・判例は中止犯が成立する場合の要件として︑離脱者が途中で翻意しただけでは足りず結果の
発生を阻止しなければならないとする︵木村亀二︹阿部純二増補︺・刑法総論︹増補版︺︵昭和五三年︶四一〇頁︑
団藤重光・前掲書四三〇頁︑平野龍一・前掲書三三六頁︑判例として︑例えば強姦に関する最高裁昭和二四年七月
一二日判決刑集三巻八号一二三七頁︑強盗に関する最高裁昭和二四年一二月一七日判決刑集三巻一二号二〇二八
頁︶︒そして︑それは教唆犯︑轄助犯についても同様で︑教唆者・幣助者は正犯の完成を阻止したときはじめて中
止未遂になるとする︵団藤重光・前掲書四三〇頁︶︒尚︑団藤博士は︑教唆者・幣助者は実行行為をするのではな
いから︑自己の犯罪についての未遂ということはない︒正犯が未遂のばあいに︑その未遂罪についての教唆犯・箒
助犯としての責任を負うのである︒したがって︑厳密にいえば︑教唆者・幣助者については中止犯はないというこ
とになるかも知れない︒しかし︑正犯の完成を阻止する積極的人格態度が責任減少的に働くべきことは︑教唆者・ この共犯からの離脱という問題は共犯の未遂犯と重なり合う問題であるが︑ とくに結果が発生した場合でも離脱者
には中止犯を認め︑あるいは当該結果についての責任を負わせないことを狙いとして論じられており︑多くは共同
正犯の場合において論じられている (神山敏雄﹁共犯の中止﹂中義勝目吉川経夫日中山研一編・刑法 1 総論︹昭和
五九年︺三二六頁︑尚︑大塚仁﹁共同正犯関係からの離脱﹂同・刑法論集
ω ( 昭和五一年︺二二頁以下)︒そして
当該問題は離脱の時期を捉えて︑ θ 実行着手前の離脱︑︒実行着手後の離脱︑②継続犯の場合は犯罪既遂後の離脱
として問題解決が図られている︒
右 の
θ の場合は︑積極的に実行を中止するだけで結果の発生は当然に阻止されるから中止犯になる
( 団
藤 重
光 ・
刑法綱要総論第三版︹平成二年︺四三 O 頁︑平野龍一・刑法総論
H( 昭
和 五
O 年)三三六頁)︒従って︑︒の場合
が問題となる︒通説・判例は中止犯が成立する場合の要件として︑離脱者が途中で翻意しただけでは足りず結果の
発生を阻止しなければならないとする (木村亀二︹阿部純二増補︺・刑法総論︹増補版︺(昭和五三年)
四 一
O
頁 ︑
団藤重光・前掲書四三 O 頁︑平野龍一・前掲書三三六頁︑判例として︑例えば強姦に関する最高裁昭和二四年七月
一二日判決刑集三巻八号二一三七頁︑強盗に関する最高裁昭和二四年一二月一七日判決刑集三巻二一号二 O
二 八
頁 )
︒ そ
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︑
それは教唆犯︑暫助犯についても同様で︑教唆者・帯助者は正犯の完成を阻止したときはじめて中
止未遂になるとする (団藤重光・前掲書四三 O 頁)︒尚︑団藤博士は︑教唆者・智助者は実行行為をするのではな
いから︑自己の犯罪についての未遂ということはない︒正犯が未遂のばあいに︑ その未遂罪についての教唆犯・封市
助犯としての責任を負うのである︒したがって︑厳密にいえば︑教唆者・帯助者については中止犯はないというこ
とになるかも知れない︒しかし︑正犯の完成を阻止する積極的人格態度が責任減少的に働くべきことは︑教唆者・
343 共犯からの離脱
幕助者についてもまったく同様である︒したがって︑刑法四三条但書は︑教唆者・幣助者にも準用 あるいは
適用を拡張 されるべきであるとされる︵団藤重光・前掲書四三〇頁注︵四︶︑尚︑平野龍一・前掲書三八四
頁︑福田平・全訂刑法総論︹第三版︺︵平成八年︶二九四頁注︵二︶︶︒このように︑通説・判例は共犯からの離脱
者に中止犯の成立を認めるためには犯罪の完成を阻止することが必要であるとする︒ここには︑共同正犯における
一部実行全部責任という命題があることになる︒このような通説・判例の論理については︑共犯関係にある複数の
関与者を一体と考え︑それに単独犯の中止犯成立の要件をあてはめたものであるとし︑共犯といえども自己の行為
と因果関係のない結果についてまで責任を負うべきものではないとの指摘がなされている︵西田典之﹁共犯の中止
についてi共犯からの離脱と共犯の中止犯i﹂法学協会雑誌一〇〇巻二号︵昭和五八年︶二二三頁︶︒確かに︑通
説・判例の立場からは犯罪の完成を阻止しなければ中止犯の成立はあり得ないことになるから︑共犯関係において
中止犯が成立する範囲は極めて限定されたものになる︵振津隆行﹁共犯関係からの離脱﹂平成元年度重要判例解説
一五三頁︶︒そこから︑当該問題の解決について︑結果が発生した場合でも離脱者には中止犯を認め︑あるいは当
該結果についての責任を負わせないことを狙いとした理論が展開されている︒先ず︑井上博士は︑共同正犯におい
ては共同犯行の意思が重要であるから︑犯罪の途中で翻意すればその時以降は︑共同正犯における一部行為の全部
責任を基礎づける共同加功の意思は存在しないから︑中止者はそれ以後の他の共犯者の行為については責任を問わ
れず中止犯が成立するとされる︵井上正治﹁共犯と中止犯﹂平野龍一擁福田平到大塚仁編・判例演習刑法総論︹増
補版︺︹昭和四四年︺二〇九頁以下︶︒しかし︑井上説に対しては西田教授により次のような指摘がなされている︒
即ち︑着手後の中止の場合には既に犯意の一部が客観化されており︑中止者の意思とは無関係に既遂結果に対する 帯助者についてもまったく同様である︒したがって︑刑法四三条但書は︑教唆者・帯助者にも準用
i l
あるいは
適用を拡張ーーされるべきであるとされる (団藤重光・前掲書四三 O 頁注(四)︑尚︑平野龍一・前掲書三八四
頁︑福田平・全訂刑法総論(第三版)(平成八年)二九四頁注(二))︒このように︑通説・判例は共犯からの離脱
者に中止犯の成立を認めるためには犯罪の完成を阻止することが必要であるとする︒ここには︑共同正犯における
一部実行全部責任という命題があることになる︒このような通説・判例の論理については︑共犯関係にある複数の
関与者を一体と考え︑ それに単独犯の中止犯成立の要件をあてはめたものであるとし︑共犯といえども自己の行為
と因果関係のない結果についてまで責任を負うべきものではないとの指摘がなされている (西国典之﹁共犯の中止
についてー共犯からの離脱と共犯の中止犯│﹂法学協会雑誌一
O
O 巻二号(昭和五八年)二二三頁)︒確かに︑通
説・判例の立場からは犯罪の完成を阻止しなければ中止犯の成立はあり得ないことになるから︑共犯関係において
中止犯が成立する範囲は極めて限定されたものになる (振津隆行﹁共犯関係からの離脱﹂平成元年度重要判例解説
一五三頁)︒そこから︑当該問題の解決について︑結果が発生した場合でも離脱者には中止犯を認め︑あるいは当
該結果についての責任を負わせないことを狙いとした理論が展開されている︒先︑ず︑井上博士は︑共同正犯におい
共犯からの離脱
ては共同犯行の意思が重要であるから︑犯罪の途中で翻意すればその時以降は︑共同正犯における一部行為の全部
責任を基礎づける共同加功の意思は存在しないから︑中止者はそれ以後の他の共犯者の行為については責任を問わ
れず中止犯が成立するとされる (井上正治﹁共犯と中止犯﹂平野龍一 H 福田平日大塚仁編・判例演習刑法総論(増
3 4 3
補版︺︹昭和四四年)二 O 九頁以下)︒しかし︑井上説に対しては西田教授により次のような指摘がなされている︒
即ち︑着手後の中止の場合には既に犯意の一部が客観化されており︑中止者の意思とは無関係に既遂結果に対する
影響力をもちうる以上︑単純な中止︑意思連絡の欠如に中止犯の効果を認めることはできないというべきであると
の指摘である︵西田典之・前掲二五〇頁︶︒ところで︑共犯の中止︑離脱の問題につき︑いち早く因果関係を基準
とする解決を試みられた平野博士は次のように主張される︒共同正犯A︑Bがともに実行に着手した後︑Aが単に
離脱した場合は︑AはBのその後の行為についても責任を負うが︑Aの説得によってBが一度中止した後︑あらた
めてBの意思によって行為を続けたときは︑Aは︑すでに行なった行為については中止犯であり︑後に行なわれた
行為については責任を負わない︒これらの場合︑Aの行為は︑Bの実行行為に対して因果関係がないから責任を負
わないとされる︵平野龍一・前掲書三八五頁︶︒平野博士の見解は多くの論者に影響を与えたと言えるが︑博士は
右の見解を具体的事例の検討においてさらに述べられる︒eA︑BがXを恐喝しようとして︑ともにXを脅迫した
が︑Aはその後思いかえし︑金を受けとりにいったのは︑Bだけだったという事例においてAを恐喝の既遂とした
大審院大正二一年七月二日判決︵刑集二巻六一〇頁︶と︑◎甲と乙が丙宅に強盗に入ったが︑丙が九〇〇円だした
ところ︑甲が憐欄に思い﹁金は取らん﹂と言って乙に帰ろうと言い表へ出たが︑乙が金を取ってきたという事案に
おいて強盗の既遂とした最高裁昭和二四年一二月一七日判決︵刑集三巻二〇二八頁︶につき次のように述べられ
る︒Aの場合は︑ただ一緒に金を受けとりに行かなかっただけであり︑Bにも思いかえさせようとしたわけでもな
いから︑以前の協力の心理的効果は︑まだBの行為に影響を及ぼしており︑中止犯が認められないのはもちろん︑
既遂の責任を問われてしかるべきであるが︑甲の場合は︑以前の共謀・協力の効果は消滅し︑乙はあらたに自己の
意思で財物をとったと認めうる場合であるから︑甲は既遂の責任は負わず︑未遂の部分についても中止犯を認むべ
きであるとされる︵平野龍一・前掲書三八六頁︶︒これに対し︑大塚博士は︑共同実行の途中で︑共同実行の意思 影響力をもちうる以上︑単純な中止︑意思連絡の欠如に中止犯の効果を認めることはできないというべきであると の指摘である (西国典之・前掲二五 O 頁)︒ところで︑共犯の中止︑離脱の問題につき︑ いち早く因果関係を基準
とする解決を試みられた平野博士は次のように主張される︒共同正犯
A︑
Bがともに実行に着手した後︑
Aが単に
離 脱 し た 場 合 は ︑
Aは
Bのその後の行為についても責任を負うが︑ A の説得によって
Bが一度中止した後︑あらた
め て
B
の意思によって行為を続けたときは︑
Aは︑すでに行なった行為については中止犯であり︑後に行なわれた
行為については責任を負わない︒これらの場合︑
Aの 行
為 は
︑
B
の実行行為に対して因果関係がないから責任を負
わないとされる (平野龍一・前掲書三八五頁)︒平野博士の見解は多くの論者に影響を与えたと言えるが︑博士は
右の見解を具体的事例の検討においてさらに述べられる︒︒
A︑
Bが
Xを恐喝しようとして︑ ともに
Xを脅迫した
が ︑
A はその後思いかえし︑金を受けとりにいったのは︑
Bだけだったという事例において
Aを恐喝の既遂とした
大審院大正二一年七月二日判決(刑集二巻六一 O
頁 )
と ︑
O 甲と乙が丙宅に強盗に入ったが︑丙が九
OO
円だした
ところ︑甲が憐慨に思い﹁金は取らん﹂と言って乙に帰ろうと言い表へ出たが︑ 乙が金を取ってきたという事案に
おいて強盗の既遂とした最高裁昭和二四年一二月一七日判決(刑集三巻二 O 二八頁)につき次のように述べられ
る ︒
A
の 場
合 は
︑
ただ一緒に金を受けとりに行かなかっただけであり︑
Bにも思いかえさせようとしたわけでもな
いから︑以前の協力の心理的効果は︑
ま だ
B
の行為に影響を及ぼしており︑中止犯が認められないのはもちろん︑
既遂の責任を問われてしかるべきであるが︑甲の場合は︑以前の共謀・協力の効果は消滅し︑ 乙はあらたに自己の
意思で財物をとったと認めうる場合であるから︑甲は既遂の責任は負わず︑未遂の部分についても中止犯を認むべ
きであるとされる (平野龍一・前掲書三八六頁)︒これに対し︑大塚博士は︑共同実行の途中で︑共同実行の意思
共犯からの離脱
345を放棄し︑自己の実行行為を中止するとともに︑他の共同者の実行行為を中止させようとする精一杯の努力を払っ
たのに︑他の共同者によってその共同正犯が既遂に導かれた場合は中止犯は成立しないが︑障害未遂が成立すると
される︵大塚仁・前掲書三六−三七頁︑同・刑法概説︵総論︶︹改訂版︺︹昭和六一年︺三〇〇頁︶︒大塚博士の見
解は︑従来の判例に従えば︑翻意した共犯者に過酷ではないかという考えがあったものと思われるが︵戸田信久
﹁共犯関係からの離脱﹂研修四九九号︹平成二年︺七七頁︶︑大塚説に対しては︑神山教授によって次のような指
摘がなされている︒即ち︑大塚説を右◎の事例にあてはめた場合︑甲の中止行為を真剣に行なったとみられるか否
かの評価によって結論が異なってくるが︑相棒を残して一人だけ出てくるだけでは精一杯の努力とは評価されない
であろう︒それでは甲が加えた影響力が残った状態で乙は金を奪ったとみられるか否かである︒おそらく甲の暴
行・脅迫行為の影響は残っていないとみられるであろうというものである︵神山敏雄・前掲三二七頁︶︒さらに神
山教授は次のように述べられる︒共同正犯において︑一部実行全部責任という命題の下では︑共犯者は要するに共
同して実行に移れば他の共犯者による結果侵害に対しても全部責任を負う︒しかし︑右命題も︑実質的に考えれ
ば︑共犯者の行為が物理的または精神的に他の共犯者の犯罪実現に原因力を与えているかぎりにおいて維持されう
るものであるので︑そこでは影響力は残っているとは思われないので︑中止未遂を認めるのが妥当であるとされる
︵神山敏雄・前掲三二七頁︶︒継続犯の場合については︑既遂後であっても︑離脱者は如何なる場合に離脱後の法
益侵害について責任を負わなくてもよいのかという点において問題解決が図られている︵大越義久﹁共犯からの離
脱−実行着手前の離脱・着手後の離脱︑既遂後の離脱1﹂芝原邦爾編・刑法の基本判例︹昭和六三年︺七九頁︶︒
二 次に︑共犯からの離脱につき判例は次のように概観することができる︒判例はO実行の着手前の離脱︑◎実行 を放棄し︑自己の実行行為を中止するとともに︑他の共同者の実行行為を中止させようとする精一杯の努力を払っ たのに︑他の共同者によってその共同正犯が既遂に導かれた場合は中止犯は成立しないが︑障害未遂が成立すると される (大塚仁・前掲書三六 l
三 七
百 八
︑ 同
・ 刑
法 概
説 (
総 論
) (
改 訂
版 ︺
( 昭
和 六
一 年
) 一
ニ OO
頁)︒大塚博士の見
解は︑従来の判例に従えば︑翻意した共犯者に過酷ではないかという考えがあったものと思われるが
( 戸
田 信
久
﹁共犯関係からの離脱﹂研修四九九号︹平成二年︺七七百九)︑大塚説に対しては︑神山教授によって次のような指
摘がなされている︒即ち︑大塚説を右 O の事例にあてはめた場合︑甲の中止行為を真剣に行なったとみられるか否
かの評価によって結論が異なってくるが︑相棒を残して一人だけ出てくるだけでは精一杯の努力とは評価されない
であろう︒それでは甲が加えた影響力が残った状態で乙は金を奪ったとみられるか否かである︒ おそらく甲の暴
行・脅迫行為の影響は残っていないとみられるであろうというものである (神山敏雄・前掲三二七頁)︒さらに神
山教授は次のように述べられる︒共同正犯において︑ 一部実行全部責任という命題の下では︑共犯者は要するに共
同して実行に移れば他の共犯者による結果侵害に対しても全部責任を負う︒しかし︑右命題も︑実質的に考えれ
ば︑共犯者の行為が物理的または精神的に他の共犯者の犯罪実現に原因力を与えているかぎりにおいて維持されう
共犯からの離脱
るものであるので︑そこでは影響力は残っているとは思われないので︑中止未遂を認めるのが妥当であるとされる
(神山敏雄・前掲三二七頁)︒継続犯の場合については︑既遂後であっても︑離脱者は如何なる場合に離脱後の法
益侵害について責任を負わなくてもよいのかという点において問題解決が図られている (大越義久﹁共犯からの離
345
脱ー実行着手前の離脱・着手後の離脱︑既遂後の離脱│﹂芝原邦爾編・刑法の基本判例(昭和六三年︺七九頁)︒
次に︑共犯からの離脱につき判例は次のように概観することができる︒判例は θ 実行の着手前の離脱︑︒実行
の着手後の離脱︑e既遂後の離脱として分類することができる︵判例の詳細な分析・検討については︑大越義久・
前掲七六頁以下参照︶︒
e 実行の着手前の離脱に関する判例
共謀共同正犯論をとる判例の立場からは︑実行着手前における共謀関係からの離脱が問題となる︒共謀共同正犯
の観念を否定する通説の立場からは︑実行行為前における共謀関係からの離脱は︑まだ実行行為の共同がないか
ら︑離脱者が︑他の共謀者によって実行された犯罪について︑共同正犯の罪責を負うことはないという結論を導く
ことになる︵福田平・前掲書二七四頁注︵二︶︶︒
ところで︑実行の着手前の離脱に関する判例は︑実行の着手前の離脱をe中止犯の成否の問題と捉えるものと︑
◎共犯関係の解消の有無の問題と捉えるものの二つに分かれる︵大越義久・前掲七六頁︶︒e中止犯の成否に関す
る判例として︑先ず④大審院昭和九年二月一〇日判決︵刑集二二巻一二七頁︶がある︒本事案は︑被告人Aが変造
株券詐欺実現の為適任者としてCを正犯者Bに紹介した後︑犯罪の実行前にBから犯罪の実行を中止するとだまさ
れて︑仲間から除外されたというものであるが︑本判決は中止犯の成立を否定し︑従犯の成立を認めた︒本判決に
ついては次のような指摘がある︒実行の着手前の離脱は︑実行従属性説を採る以上︑中止犯の問題とはならないは
ずであり︑中止犯は未遂犯の成立を前提とするので︑実行従属性説からは︑共犯の中止は正犯の実行の着手後には
じめて現われる論点であり︑従って本判決は実行独立性の立場をとらぬ限り正当化されないとの指摘である︵大越
義久・前掲七六頁︶︒次に◎東京高裁昭和三〇年一二月二一日判決︵高刑裁特二巻二四号一二九二頁︶がある︒事
案は次のようなものである︒AはCから放火を依頼されたが自らは実行する意思はなくBに情を告げ実行を依頼 の着手後の離脱︑②既遂後の離脱として分類することができる (判例の詳細な分析・検討については︑大越義久
前 掲
七 六
頁 以
下 参
照 )
︒
ト)
実行の着手前の離脱に関する判例
共謀共同正犯論をとる判例の立場からは︑実行着手前における共謀関係からの離脱が問題となる︒共謀共同正犯
の観念を否定する通説の立場からは︑実行行為前における共謀関係からの離脱は︑まだ実行行為の共同がないか
ら︑離脱者が︑他の共謀者によって実行された犯罪について︑共同正犯の罪責を負うことはないという結論を導く
ことになる(福田平・前掲書二七四頁注(二))︒
ところで︑実行の着手前の離脱に関する判例は︑実行の着手前の離脱を G 中止犯の成否の問題と捉えるものと︑
︒共犯関係の解消の有無の問題と捉えるものの二つに分かれる
( 大
越 義
久 ・
前 掲
七 六
頁 )
︒
θ 中止犯の成否に関す
る判例として︑先ず④大審院昭和九年二月一 O 日判決(刑集二ニ巻一二七頁)がある︒本事案は︑被告人 A が変造
株券詐欺実現の為適任者として C を正犯者 B に紹介した後︑犯罪の実行前に B から犯罪の実行を中止するとだまさ
れて︑仲間から除外されたというものであるが︑本判決は中止犯の成立を否定し︑従犯の成立を認めた︒本判決に
ついては次のような指摘がある︒実行の着手前の離脱は︑実行従属性説を採る以上︑中止犯の問題とはならないは
ずであり︑中止犯は未遂犯の成立を前提とするので︑実行従属性説からは︑共犯の中止は正犯の実行の着手後には
じめて現われる論点であり︑従って本判決は実行独立性の立場をとらぬ限り正当化されないとの指摘である
( 大
越
義久・前掲七六頁)︒次に@東京高裁昭和三 O 年一二月一二日判決(高刑裁特二巻二四号一二九二頁)がある︒事
案は次のようなものである︒ A は
Cから放火を依頼されたが自らは実行する意思はなく B に情を告げ実行を依頼
347 共犯からの離脱
し︑実行方法等につき指示した︒Bの二回にわたる未遂の後︑Aは三回目の犯行の意思を放棄したがこれを阻止す
るような手段を全くとらなかったというものである︒判決は︑被告人に放火の共謀共同正犯の成立を認めた︒さら
に︑㊦東京高裁昭和三二年二月二一日判決︵東高時報八巻二号三九頁︶は︑一旦首謀者となった被告人が後に悔悟
し︑自分が参加しなければ他の共犯者も窃盗を実行しないだろうと考えて︑現場に赴かなかったという事案におい
て︑被告人に窃盗の共謀共同正犯の成立を認めた︒
右の④︑◎︑㊦の判決はいずれも離脱者の責任を肯定している︒◎︑㊦の判決についても︑共謀行為は実行行為
であるとの前提をとるのであれば論理は一貫していることになるが︑しかし︑共謀しただけで未遂犯の成立がある
との思考に合理性を認めることはできないとの指摘がある︵大越義久・前掲七七頁︶︒
次に︑◎共犯関係の解消の有無に関するものとして︑次のような事案がある︒そしてそれらの事案は︑共謀共同
正犯の事案であり︑共謀関係の解消があったのか否かが問われている︵大越義久・前掲七七頁︶︒またこれらの事
案においては︑共謀関係の解消が認められた事案と認められなかった事案がある︒①共謀関係の解消が認められた
事案として次のものがある︒先ず︑◎東京高裁昭和二五年九月一四日判決︵高刑集三巻三号四〇七頁︶がある︒事
案は︑窃盗の共謀後︑被告人は途中まで同行したものの自己が執行猶予中の身であることを思い出し︑自発的に窃
盗の意思を放棄したというものであるが︑被告人に窃盗の共謀共同正犯の成立を否定した︒ここでは︑離脱者が他
の共謀者に離脱意思を明示し︑他の共謀者がこれを了承していることが共謀からの離脱の要件となっている︵大越
義久・前掲七七頁︶︒また︑㊥福岡高裁昭和二八年一月一二日判決︵高刑集六巻一号一頁︶は︑AはBらと強盗を
共謀し﹁ヒ首﹂を磨くなど強盗の予備をした後︑Aは犯行の非を悟り︑Bらの犯行を阻止することなく︑また明示 し︑実行方法等につき指示した︒ B の二回にわたる未遂の後︑
Aは三回目の犯行の意思を放棄したがこれを阻止す
るような手段を全くとらなかったというものである︒判決は︑被告人に放火の共謀共同正犯の成立を認めた︒さら
に︑の東京高裁昭和三二年二月一二日判決(東高時報八巻二号三九頁)
は
一旦首謀者となった被告人が後に悔悟
し︑自分が参加しなければ他の共犯者も窃盗を実行しないだろうと考えて︑現場に赴かなかったという事案におい
て︑被告人に窃盗の共謀共同正犯の成立を認めた︒
右の@︑@︑のの判決はいずれも離脱者の責任を肯定している︒@︑のの判決についても︑共謀行為は実行行為
であるとの前提をとるのであれば論理は一貫していることになるが︑ しかし︑共謀しただけで未遂犯の成立がある
との思考に合理性を認めることはできないとの指摘がある(大越義久・前掲七七頁)︒
次 に
︑
O 共犯関係の解消の有無に関するものとして︑次のような事案がある︒そしてそれらの事案は︑共謀共同
正犯の事案であり︑共謀関係の解消があったのか否かが問われている (大越義久・前掲七七頁)︒またこれらの事
案においては︑共謀関係の解消が認められた事案と認められなかった事案がある︒①共謀関係の解消が認められた
事案として次のものがある︒先︑ず︑@東京高裁昭和二五年九月一四日判決(高刑集三巻三号四 O 七頁)がある︒事
共犯からの離脱
案は︑窃盗の共謀後︑被告人は途中まで同行したものの自己が執行猶予中の身であることを思い出し︑自発的に窃
盗の意思を放棄したというものであるが︑被告人に窃盗の共謀共同正犯の成立を否定した︒ここでは︑離脱者が他
の共謀者に離脱意思を明示し︑他の共謀者がこれを了承していることが共謀からの離脱の要件となっている
( 大
越
347義久・前掲七七百八)︒また︑@福岡高裁昭和二八年一月一二日判決(高刑集六巻一号一頁)
は ︑
A は B らと強盗を
共謀し﹁ ι 首﹂を磨くなど強盗の予備をした後︑
Bらの犯行を阻止することなく︑
Aは犯行の非を悟り︑ また明示
の離脱の意思を告げることなくひきかえしたが︑Bらはこの事実を知った上で約二時問後にX宅で強盗を実行した
という事案において︑Aは強盗予備罪の責任を負うものの︑共同正犯の責任を負うべきものではないとした︒ここ
では︑他の共謀者において︑離脱者の黙示の表意を受領すれば足りるとしている︒次に︑②離脱者の責任を肯定し
たものとして︑㊦松江地裁昭和五一年一一月二日判決︵刑月八巻二・=一号四九五頁︶がある︒事案は次のよう
なものである︒暴力団組員若頭Aが︑他の暴力団員BとX殺害を共謀し︑Bが実行担当者であったが実行に出なか
ったので︑このことを知ったCが組事務所へ電話してDを呼び出し︑Dは自分が実行を分担するかも知れないと意
識しつつAに出かける旨を告げた︒その後Aは現場付近に輩下の者が多数彷径するのはまずいと考えて︑Dに皆を
連れて帰るように指示したが︑DがCらと協議してXを殺害したというものである︒判決は︑Aの共謀関係の解消
を否定した︒
口 実行の着手後の離脱に関する判例
実行の着手後の離脱に関する判例として次のようなものがある︒先ず︑㊦大審院大正二一年七月二日判決︵刑集
二巻六一〇頁︶がある︒AとBがXを恐喝し金員の交付をXに約束させたが︑これを受領する段になりAが恐怖に
かられ断念しBのみが現場に赴き受領したという事案において︑Aに中止犯の成立を否定した︒本件の場合︑Aは
明確に中止を表明しておらず︑従って︑Bに対する心理的効果は続いており︑Bの行為に影響を及ぽしているから
中止犯は認められず︑既遂の責任を問われることになる︵平野龍一・前掲書三八六頁︑西田典之・前掲二五九頁︶︒
また︑の︶最高裁昭和二四年一二月一七日判決︵刑集三巻一二号二〇二八頁︶は︑次のような事案において未遂の成
立を否定した︒甲と乙はA宅に強盗に入りAの妻にジャックナイフと刺身包丁を突きつけて金を出せとおどし︑妻 の離脱の意思を告げることなくひきかえしたが︑ B らはこの事実を知った上で約二時間後に X 宅で強盗を実行した
348
という事案において︑
Aは強盗予備罪の責任を負うものの︑共同正犯の責任を負うべきものではないとした︒ここ
では︑他の共謀者において︑離脱者の黙示の表意を受領すれば足りるとしている︒次に︑②離脱者の責任を肯定し
たものとして︑@松江地裁昭和五一年一一月二日判決(刑月八巻一一・一二号四九五頁)がある︒事案は次のよう
なものである︒暴力団組員若頭 A が︑他の暴力団員
Bと X
殺 害
を 共
謀 し
︑
B
が実行担当者であったが実行に出なか
ったので︑このことを知った C が組事務所へ電話して D
を 呼
び 出
し ︑
D
は自分が実行を分担するかも知れないと意
識しつつ A に出かける旨を告げた︒その後 A は現場付近に輩下の者が多数初復するのはまずいと考えて︑
Dに 皆 を
連れて帰るように指示したが︑
Dが C らと協議して X を殺害したというものである︒判決は︑ A の共謀関係の解消
を 否
定 し
た ︒
仁)
実行の着手後の離脱に関する判例
実行の着手後の離脱に関する判例として次のようなものがある︒先︑ず︑①大審院大正一二年七月二日判決(刑集
二 巻
六 一
O
頁 )
が あ
る ︒
A と B が X を恐喝し金員の交付を X に約束させたが︑これを受領する段になり A が恐怖に
かられ断念し B のみが現場に赴き受領したという事案において︑
Aに中止犯の成立を否定した︒本件の場合︑
A は
明確に中止を表明しておらず︑従って︑
Bに対する心理的効果は続いており︑
Bの行為に影響を及ぼしているから
中止犯は認められず︑既遂の責任を問われることになる (平野龍一・前掲書三八六頁︑西田典之・前掲二五九頁)︒
また︑②最高裁昭和二四年一二月一七日判決(刑集三巻一二号二 O 二 八 頁 ) は︑次のような事案において未遂の成
立を否定した︒甲と乙は A 宅に強盗に入り A の妻にジャックナイフと刺身包丁を突きつけて金を出せとおどし︑妻
349 共犯からの離脱
は九〇〇円を差し出した︒甲は右家庭が金に困っていることを知り︑その金で子供の着物か何か買ってやれといっ
て一銭もとらず︑乙に帰ろうといって一人で表に出た︒ところが︑乙は勝手に九〇〇円を奪って三分位してから出
てきた︒甲は後にそのことを知りながら二人でそれを遊興費にあてたというものである︒本事案につき判決は︑共
謀者の金員強取を阻止せず放任した以上︑甲のみを中止犯として論ずることはできないとし︑甲に強盗既遂の罪責
を免れることはできないとした︒本件事案について︑被告人︵甲︶は既遂の責任は負わず︑未遂の部分についても
中止犯を認めるべきであるとの見解がある︵平野龍一・前掲書三八六頁︑中山研一・刑法総論︹昭和五七年︺五〇
七頁等︶︒これに対し︑大塚博士は障害未遂を認めるべきであるとされる︵大塚仁・前掲刑法論集⑭三六⊥二七頁︑
同・前掲刑法概説︵総論︶︹改訂版︺三〇〇頁︶︒本件事案の解決において重要なことは︑甲の暴行・脅迫行為の影
響は残っていたと見られるか否かである︒それは残っていないと見るべきであろう︵神山敏雄・前掲三二七頁︶︒
次に︑①東京高裁昭和五一年七月一四日判決︵判例時報八三四号一〇六頁︶は︑共犯者Aが日本刀で被害者の右肩
を切りつけ︑さらに倒れた同人の息の根を止めようとした際に︑共犯者BがAの攻撃を止めさせ︑その後Bが親友
に被害者を病院に連れて行かせ︑被害者に治療を受けさせたという事案において︑A︑Bに中止犯の成立を肯定し
た︒ 実行着手後の離脱について三つの事案を概観したが︑これらの事案は共同正犯についての事案であるが︑②の事
案は離脱した被告人が謀議にとどまらず実行行為まで共同にしている事案である︒そして︑㊦︑⑦の事案において
は中止犯の成立が否定されたのに対し⑦の事案は中止犯の成立を肯定しているが︑それは結果の発生を阻止したか
らだということにある︒判例は︑実行の着手後の離脱に関しては︑それを中止犯の問題と捉え︑離脱者に任意性が は
OO 九
円を差し出した︒甲は右家庭が金に困っていることを知り︑その金で子供の着物か何か買ってやれといっ
て 一
銭 も
と ら
ず ︑
乙は勝手に九
OO
円を奪って三分位してから出 乙に帰ろうといって一人で表に出た︒ところが︑
てきた︒甲は後にそのことを知りながら二人でそれを遊興費にあてたというものである︒本事案につき判決は︑共
謀者の金員強取を阻止せず放任した以上︑甲のみを中止犯として論ずることはできないとし︑甲に強盗既遂の罪責
を免れることはできないとした︒本件事案について︑被告人(甲) は既遂の責任は負わず︑未遂の部分についても
中止犯を認めるべきであるとの見解がある (平野龍一・前掲書三八六頁︑中山研一・刑法総論︹昭和五七年︺五 O
七頁等)︒これに対し︑大塚博士は障害未遂を認めるべきであるとされる (大塚仁・前掲刑法論集 ω
三 六
l
三 七
頁 ︑
同・前掲刑法概説(総論)(改訂版︺三
OO
頁)︒本件事案の解決において重要なことは︑甲の暴行・脅迫行為の影
響は残っていたと見られるか否かである︒それは残っていないと見るべきであろう(神山敏雄・前掲三二七頁)︒
次に︑①東京高裁昭和五一年七月一四日判決(判例時報八三四号一 O
六 頁
)
は︑共犯者 A が日本万で被害者の右肩
を 切
り つ
け ︑
さらに倒れた同人の息の根を止めようとした際に︑共犯者 B が A の 攻 撃 を 止 め さ せ ︑ その後 B が親友
に被害者を病院に連れて行かせ︑被害者に治療を受けさせたという事案において︑ A ︑ B に中止犯の成立を肯定し
共犯からの離脱
実行着手後の離脱について三つの事案を概観したが︑これらの事案は共同正犯についての事案であるが︑①の事 た ︒
案は離脱した被告人が謀議にとどまらず実行行為まで共同にしている事案である︒そして︑①︑②の事案において
349
は中止犯の成立が否定されたのに対し①の事案は中止犯の成立を肯定しているが︑それは結果の発生を阻止したか
らだということにある︒判例は︑実行の着手後の離脱に関しては︑ それを中止犯の問題と捉え︑離脱者に任意性が
認められることを前提に︑離脱者が他の共犯者の実行を防止し︑結果の発生を阻止したか否かという観点から処理
しているといえる︵大越義久・前掲七九頁︶︒
日 既遂後の離脱に関する判例
既遂後の離脱者にどの範囲で責任を問うかは継続犯の場合に重要となる︒即成犯や状態犯の場合には︑犯罪は侵
害の発生とともに終了するから︑既遂後の離脱は離脱者の刑責に何らの影響も及ぼさないからである︵大越義久・
前掲七九頁︶︒そのような事案として次のものがある︒③最高裁昭和二四年七月二一日判決︵刑集三巻八号二一三
七頁︶は︑共犯者がX女を強姦し︑その際に同女に傷害の結果を与え︑その後に被告人はX女の哀願により姦淫行
為を中止したというものであるが︑判決は被告人に強姦致死傷の共同正犯の成立を認めた︒本事案の場合︑中止犯
を認める余地はないとの指摘がある︵西田典之・前掲二五八頁︶︒
継続犯の場合は︑既遂後であっても離脱者は如何なる場合に離脱後の法益侵害について責任を負わなくてもよい
のかが問題となる︵大越義久・前掲七九頁︑尚︑相内信﹁共犯からの離脱︑共犯と中止犯﹂阿部純二他編・刑法基
本講座四巻︹平成四年︺二五一頁︶︒②東京高裁昭和四六年四月六日判決︵東高時報二二巻四号一五六頁︶は︑被
告人Aが共犯者Bらとともに強姦目的でX女を甲地点で自動車内に押し込み︑乙地点でBがX女を強姦している間
Aは車外で待っていたが︑途中で翻意し︑その旨をBらに告げて立ち去ったが︑しかし︑Bらは車内に監禁されて
いるX女を乗せ丙地点まで車を走らせたという事案において︑Aに離脱後の監禁行為に対する責任を免れることは
できないとした︒本事案において︑中止前のAの加功は犯罪の完成にとって重要な役割を果たしているので判例の
結論は正当であるとの指摘がある︵西田典之・前掲二五九頁︶︒ 認められることを前提に︑離脱者が他の共犯者の実行を防止し︑結果の発生を阻止したか否かという観点から処理 しているといえる
大 越
義 久
・ 前
掲 七
九 頁
) ︒
(三)
既遂後の離脱に関する判例
既遂後の離脱者にどの範囲で責任を問うかは継続犯の場合に重要となる︒即成犯や状態犯の場合には︑犯罪は侵
害の発生とともに終了するから︑既遂後の離脱は離脱者の刑責に何らの影響も及ぼさないからである
( 大
越 義
久 ・
前掲七九頁)︒そのような事案として次のものがある︒②最高裁昭和二四年七月一二日判決(刑集三巻八号一二三
七 頁 ) は︑共犯者が
X女 を
強 姦
し ︑
その際に同女に傷害の結果を与え︑ その後に被告人は X 女の哀願により姦淫行
為を中止したというものであるが︑判決は被告人に強姦致死傷の共同正犯の成立を認めた︒本事案の場合︑中止犯
を認める余地はないとの指摘がある
( 西
国 典
之 ・
前 掲
二 五
八 頁
) ︒
継続犯の場合は︑既遂後であっても離脱者は如何なる場合に離脱後の法益侵害について責任を負わなくてもよい
のかが問題となる (大越義久・前掲七九頁︑尚︑相内信﹁共犯からの離脱︑共犯と中止犯﹂阿部純二他編・刑法基
本講座四巻(平成四年︺二五一頁)︒@東京高裁昭和四六年四月六日判決(東高時報二二巻四号一五六頁) は︑被
告人
Aが共犯者
Bらとともに強姦目的で
X女を甲地点で自動車内に押し込み︑乙地点で
Bが
X女を強姦している間
A は車外で待っていたが︑途中で翻意し︑ その旨を
Bらに告げて立ち去ったが︑
し か
し ︑
B
らは車内に監禁されて
い る
X
女を乗せ丙地点まで車を走らせたという事案において︑ A に離脱後の監禁行為に対する責任を免れることは
できないとした︒本事案において︑中止前の A の加功は犯罪の完成にとって重要な役割を果たしているので判例の
結論は正当であるとの指摘がある
( 西
田 典
之 ・
前 掲
二 五
九 頁
) ︒
共犯からの離脱
351三 右に共犯の中止︑共犯からの離脱についての学説の状況と判例を概観したが︑ここで︑本件決定を検討するこ
とにしよう︒
本決定の理論的意義・特色として次のことが指摘されている︒O従来共犯関係︑特に共同正犯関係からの離脱が
中止未遂の成否として論じられてきたが︑本決定は中止未遂の成否として論じるのではなく﹁共犯関係の解消﹂を
正面から問題にしている︒◎少なくとも他の共犯者の手により最終結果が発生しているにも関わらず︑途中から立
ち去った者の刑事責任の限定の余地を論理的には認めた点に注目する必要がある︒﹁防止する措置を講ずることな
く︑成り行きに任せて現場を去った﹂から共犯関係が解消したとはいえないと判示したということは︑防止措置を
講ずるなどすれば︑共犯関係が解消する余地を認めたともいえる︒e本決定が﹁共犯関係の解消﹂の判断の基準を
ある程度具体的に示した点も注目されるというものである︵前田雅英﹁共同正犯からの離脱﹂判例時報一三三三号
六四頁︶︒さらに︑従来の厳格な判例の立場を一歩前進せしめたものといえるとの指摘もなされる︵振津隆行・前
掲一五四頁︶︒
ところで︑本件では次の点が問題となる︒先ず︑被告人が帰った後に共犯者が被害者の顔を木刀で突くなどの暴
行を加えたと認められ︑かつ被害者の死の結果が被告人が帰る前に被告人と共犯者がこもごも加えた暴行によって
生じたものか︑その後の共犯者による暴行により生じたものかは断定できないとされ︑従って︑被告人が帰った後
の共犯者の暴行による死の結果に対して被告人がどの範囲で共犯としての責任を負うかである︵原田國男﹁共犯関
係が解消していないとされた事例﹂法曹時報四二巻六号二七一頁︶︒
本件で先ず確認されなければならないことは︑被告人は犯行を翻意し︑共同遂行の意思を欠くに至ったのではな 右に共犯の中止︑共犯からの離脱についての学説の状況と判例を概観したが︑ここで︑本件決定を検討するこ
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う ︒
本決定の理論的意義・特色として次のことが指摘されている︒ θ 従来共犯関係︑特に共同正犯関係からの離脱が
中止未遂の成否として論じられてきたが︑本決定は中止未遂の成否として論じるのではなく﹁共犯関係の解消﹂を
正面から問題にしている︒ O 少なくとも他の共犯者の手により最終結果が発生しているにも関わらず︑途中から立
ち去った者の刑事責任の限定の余地を論理的には認めた点に注目する必要がある︒﹁防止する措置を講ずることな
く︑成り行きに任せて現場を去った﹂から共犯関係が解消したとはいえないと判示したということは︑防止措置を
講ずるなどすれば︑共犯関係が解消する余地を認めたともいえる︒⑤本決定が﹁共犯関係の解消﹂の判断の基準を
ある程度具体的に示した点も注目されるというものである (前田雅英﹁共同正犯からの離脱﹂判例時報二二三三号
六四頁)︒さらに︑従来の厳格な判例の立場を一歩前進せしめたものといえるとの指摘もなされる ( 振 津 隆 行 ・ 前
掲 一
五 四
頁 )
︒
ところで︑本件では次の点が問題となる︒先ず︑被告人が帰った後に共犯者が被害者の顔を木万で突くなどの暴
共犯からの離脱
行を加えたと認められ︑ かつ被害者の死の結果が被告人が帰る前に被告人と共犯者がこもごも加えた暴行によって
生 じ
た も
の か
︑
その後の共犯者による暴行により生じたものかは断定できないとされ︑従って︑被告人が帰った後
の共犯者の暴行による死の結果に対して被告人がどの範囲で共犯としての責任を負うかである (原田園男﹁共犯関
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