ローカル政治におけるグローバリゼーション (小山 博也教授河中二講教授立田清士教授退職記念号)
著者名(日) 江藤 俊昭
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 38
ページ 170‑191
発行年 1997‑07‑25
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000785/
170
訟
員冊
説
論 説
ローカル政治におけるグローバリゼーション
実証研究のための理論仮説
江 藤 俊 昭
目 次
はじめに 一 グローバリゼーションと︿都市﹀政治の発見
ω︿都市﹀研究におけるグローバルな視点の欠如から発見へ
⑭﹁世界都市﹂パラダイムの枠組み
二 世界都市論の構図とその問題
三 ﹁ローカル政治におけるグローバリゼーション﹂の発想
むすびにかえて
1 7 0 説
三b、 面開
呈A
日間
l ローカル政治におけるグロ 説
バ リ ゼ
l ション
││実証研究のための理論仮説ーー
次
円口
はじめに 一 グ ロ l パ リ ゼ l ションと︿都市﹀政治の発見 ω ︿都市﹀研究におけるグローバルな視点の欠如から発見へ ω ﹁世界都市﹂パラダイムの枠組み 二世界都市論の構図とその問題 三﹁ローカル政治におけるグロ l パ リ ゼ l
シ ョ
ン ﹂
むすびにかえて の 発 想
江 藤
日 百
J i
色1 3 ζ
はじめに
ローカル政治︵地域政治︶は︑グローバリゼーション︑具体的にいえばグローバルなファクター︵要因︶やアク ハこ ター︵行為者︶によって直接的にも間接的にも影響を受けている︒規制緩和を目指した大規模店舗法の改正が︑ア
メリカからの強い要請を受けて行われたことは︑記憶に新しい︒世界経済の構造変動が︑都市やローカルの相対的
位置を規定し︑一九八○年代には︑世界都市適合的な﹁空問プロジェクト﹂計画がロンドン︑ニューヨークさらに レ は東京など世界の各地で実施されていた︒また日本においても︑外国籍居住者の増大が進行し︑外国籍居住者と日
本国籍を有する人々とのコンフリクトだけではなく︑外国籍居住者内部での職業的︑階層的︑居住空間の差別化が
生じている︒外国籍居住者をめぐるコンフリクトは︑日本においては戦前の強制連行に伴う中国籍︑韓国籍︑北朝
鮮籍を有するオールドカマーだけではなく︑八○年代に増大したニューカマーをめぐるコンフリクトが生じ︑複雑
な様相を示している︒外国籍居住者の増大は︑政治的・文化的対立だけではなく︑新しい文化創造ともいえる側面
を有している︒
ともかく︑グローバルなアクターおよびファクターとローカル政治は無関係なものではない︒ようするに︑穀物
やエネルギー資源の価格高騰などにみられるように︑世界各地で生じている︑軍事的︑政治的︑経済的さらには自
然的環境の変化がローカルに影響をおよぼすだけではなく︑グローバルなアクター自体がローカルに直接にかかわ
ることによって︑ローカルの特性の変容をまねき︑その結果ローカル政治の変容を呼び起こすことは十分にありう はじめに
は︑グロ l パリゼ l ション︑具体的にいえばグローバルなファクター(要因)やアク
ター(行為者)によって直接的にも間接的にも影響を受けている︒規制緩和を目指した大規模庖舗法の改正が︑ア ローカル政治(地域政治)
メリカからの強い要請を受けて行われたことは︑記憶に新しい︒世界経済の構造変動が︑都市やローカルの相対的
一 九
八 0 年代には︑世界都市適合的な﹁空間プロジェクト﹂計画がロンドン︑
は東京など世界の各地で実施されていた︒また日本においても︑外国籍居住者の増大が進行し︑外国籍居住者と日 位置を規定し︑ ニューヨークさらに
本国籍を有する人々とのコンフリクトだけではなく︑外国籍居住者内部での職業的︑階層的︑居住空間の差別化が
生じている︒外国籍居住者をめぐるコンフリクトは︑ 日本においては戦前の強制連行に伴う中国籍︑韓国籍︑北朝
鮮籍を有するオールドカマーだけではなく︑ 八 0 年代に増大したニュ l カマーをめぐるコンフリクトが生じ︑複雑
な様相を示している︒外国籍居住者の増大は︑政治的・文化的対立だけではなく︑新しい文化創造ともいえる側面
を有している︒
ともかく︑グローバルなアクターおよびファクターとローカル政治は無関係なものではない︒ようするに︑穀物
やエネルギー資源の価格高騰などにみられるように︑世界各地で生じている︑軍事的︑政治的︑経済的さらには自
然的環境の変化がローカルに影響をおよぽすだけではなく︑グローバルなアクター自体がローカルに直接にかかわ
ることによって ローカルの特性の変容をまねき︑ その結果ローカル政治の変容を呼び起こすことは十分にありう
論 説 172
ることである︒
ここで二つほど留意したい︒一つは︑グローバルなファクターやアクターがローカルに影響を与えるとしても︑
それらと一国の中央政府の制度や政策スタンスとの関係も同時に考察されなければならない︒中央政府の金融規制
や外国人出入国管理の制度や政策スタンスが︑グローバリゼーションに影響を与えていることを確認することは当
然である︒本稿では︑国家とグローバリゼーションとの関係を視野に入れつつも︑ローカル政治とグローバリゼー
ションとの関係を主題的に取り扱うことにしたい︒もう一つは︑ローカルとグローバリゼーションとの関係を探る
際に︑グローバルなアクターとファクターとを区別して議論することができることである︒前者は︑グローバルと
ローカルのアクター間関係を問うことを主題化することになる︵こうした発想は後に批判される︶︒それに対して︑
後者の主題は︑国際経済などで相対的に高い位置を占めるために︑グローバルなファクターを念頭に置いたローカ
ルアクターの作動の分析となる︒両者は相互に関係があるが一応区分して考察することにしたい︒
ともかく︑ローカル政治の変動をグローバリゼーションとの関連で理解する理論枠組みが提示されはじめている
ことはよく理解できる︒本稿は︑これらの理論を検討し︑実証研究のための理論装置・仮説を提示することを目的
としている︒そこで第一に︑︿都市﹀政治の変動をグローバリゼーションとのかかわりで理解する視点が登場して
きたことを確認する︒第二には︑そこでは︑外的なファクターおよび外的なアクターを︿都市﹀および︿都市﹀政
治の変容の第一義的原因として把握する共通理解があることを確認し︑その発想の問題点を理解することである︒
そして︑第三には︑それらの問題点を脱却する理論枠組みを提示することである︒結論を先取りすれば︑外的なフ
ァクターおよび外的なアクターをく都市V政治の変動の第一義的原因として考える発想を批判するために︑アクタ ることである︒
1 7 2
ここで二つほど留意したい︒ 一つは︑グローバルなファクターやアクターがローカルに影響を与えるとしても︑
説
それらと一国の中央政府の制度や政策スタンスとの関係も同時に考察されなければならない︒中央政府の金融規制
三ゐ、
日間
や外国人出入国管理の制度や政策スタンスが︑グロ l パリゼ l ションに影響を与えていることを確認することは当
然である︒本稿では︑国家とグロ 1 バリゼ l ションとの関係を視野に入れつつも︑ ローカル政治とグロ l バリゼ l
ションとの関係を主題的に取り扱うことにしたい︒もう一つは︑ ローカルとグロ 1 バリゼ 1 ションとの関係を探る
際に︑グローバルなアクターとファクターとを区別して議論することができることである︒前者は︑グローバルと
ローカルのアクター間関係を問うことを主題化することになる (こうした発想は後に批判される)︒それに対して︑
後者の主題は︑国際経済などで相対的に高い位置を占めるために︑グローバルなファクターを念頭に置いたロ l カ
ルアクターの作動の分析となる︒両者は相互に関係があるが一応区分して考察することにしたい︒
と も
か く
︑
ローカル政治の変動をグロ l パリゼ l ションとの関連で理解する理論枠組みが提示されはじめている
ことはよく理解できる︒本稿は︑これらの理論を検討し︑実証研究のための理論装置・仮説を提示することを目的
としている︒そこで第一に︑︿都市﹀政治の変動をグロ l パリゼ l
ションとのかかわりで理解する視点が登場して
きたことを確認する︒第二には︑ そこでは︑外的なファクターおよび外的なアクターを︿都市﹀および︿都市﹀政
治の変容の第一義的原因として把握する共通理解があることを確認し︑ その発想の問題点を理解することである︒
そして︑第三には︑それらの問題点を脱却する理論枠組みを提示することである︒結論を先取りすれば︑外的なフ
アクターおよび外的なアクターを︿都市﹀政治の変動の第一義的原因として考える発想を批判するために︑ アクタ
1が多重性を有していること︑そしてグローバリゼーションと︿都市﹀政治との関係の理解ではなく︑
治におけるグローバリゼーションの理解が必要であることを提示することになる︒ ローカル政
グローバリゼーションと︿都市﹀政治の発見
ω︿都市﹀研究におけるグローバルな視点の欠如から発見へ ー﹁世界都市﹂仮説の台頭ー
グローバリゼーションと︿都市﹀政治との関係を問う視角の登場はそれほど古いものではないことをまず確認
し︑新たに登場した﹁世界都市﹂論を概観しておきたい︒都市とその外部の異質性との関係を強調しているだけで
はない︒ここでは︑グローバルなアクターの影響を恒常的直接的に受ける︿都市﹀政治をイメージしているのであ
る︒︿都市﹀研究において︑ここで主題化したいグローバル・パラダイムの成立が︑一九八○年代が画期であるこ ︵3︶ とは︑今日一般的に認知されている︒
都市社会学領域で一世を風靡し︑今日でも大きな影響を与えているシカゴ学派は︑外部のアクターの動向を視野
の外においた︒人種の﹁るつぼ﹂を前提として民族と文化の融合を調査してきたのである︒かれらにとっては︑外
部からの移入は所与のものとして想定され︑それが同化する内部プロセスこそが問題であった︒ここでは︑グロー
バルなアクターだけではなく︑国内の政治的アクター︑具体的には国家や資本も軽視されるか無視される︒一九五
〇年代からはじまる地域権力構造論争も︑同様の文脈で理解できる︒ ーが多重性を有していること︑ そしてグロ l
パ リ
ゼ
l ションと︿都市﹀政治との関係の理解ではなく︑ ローカル政
治におけるグロ l
パ リ
ゼ
1 ションの理解が必要であることを提示することになる︒
グ ロ
l パリゼ l ションと︿都市﹀政治の発見
ω
︿ 都
市 ﹀
研究におけるグローバルな視点の欠如から発見へ ﹁世界都市﹂仮説の台頭ー
グ ロ
l パリゼ!ションと︿都市﹀政治との関係を問う視角の登場はそれほど古いものではないことをまず確認
し︑新たに登場した﹁世界都市﹂論を概観しておきたい︒都市とその外部の異質性との関係を強調しているだけで
はない︒ここでは︑グローバルなアクターの影響を恒常的直接的に受ける︿都市﹀政治をイメージしているのであ
る︒︿都市﹀研究において︑ここで主題化したいグローバル・パラダイムの成立が︑
とは︑今日一般的に認知されている︒
一 九
八 0 年代が画期であるこ
都市社会学領域で一世を風磨し︑今日でも大きな影響を与えているシカゴ学派は︑外部のアクターの動向を視野
の外においた︒人種の﹁るつぼ﹂を前提として民族と文化の融合を調査してきたのである︒ かれらにとっては︑外
部からの移入は所与のものとして想定され︑ それが同化する内部プロセスこそが向題であった︒ここでは︑グロ l
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パルなアクターだけではなく︑園内の政治的アクター︑具体的には国家や資本も軽視されるか無視される︒
一 九
五
0 年代からはじまる地域権力構造論争も︑同様の文脈で理解できる︒
論 説 174
シカゴ学派の外部性の不在を批判した新しい都市社会学の系譜は︑都市における資本や国家の影響の重要性を指
摘し︑資本制メカニズムの中に都市を位置づけた︒しかし︑理論枠組は一国単位のものであったといってよい︒
たしかに︑シカゴ学派にせよ新しい都市社会学にせよ︑変種はあり読み込めばそこにはグローバルなアクターが
存在する場合もある︒しかし︑前者は︑都市の内部構造プロセスを︑後者は資本蓄積という観点からの国家および
資本と都市との関係を︑それぞれ主題化しているといってよい︒つまり︑グローバルなアクターは理論枠組の外に
あった︒ これに対してグローバルなアクターを都市の内部構造とを結び付ける理論が登場する︒﹂・フリードマンが提起
した一連の世界都市論を参考にすれば︑世界都市には次のような特徴がある︒①視点−都市と世界経済との結び付
きの形態や程度︑および新しい世界的な空間分業で都市に与えられた機能は︑都市内部で生じている構造変容にと
って本質的なものである︵仮説1︶︒②定義−世界都市は︑多国籍企業が生産と市場の空間的組織化と統合を行う
にあたっての﹁戦略基地﹂であり︑世界の複雑なヒエラルキーの中に位置づけられているものである︵仮説2︶︒
つまり︑世界都市とは︑多国籍企業の本社や支社が集中・集積した場である︵仮説4︶︒③実態−世界都市のグロ
ーバルな管理機能は︑産業部門や雇用の構造および変動に影響を与える︵仮説3︶︒また︑世界都市は国内および
国際的な人口移動︵移民︶の最終目的地である︵仮説5︶︒④矛盾−世界都市は︑空間的分極化︑階級分化といっ
た資本主義の主要矛盾を呼び起こす︵仮説6︶︒世界都市は︑国家の財政能力を超える社会的費用︵多国籍企業の
ための社会資本整備および移民の流入による社会福祉︶を増加させる︵仮説7︶︒かれ︵正確にはかれら︶がより
早い時期に提起した世界都市の規定は修正されているが︑﹁都市を世界経済システム形成から新たに見ることを
1 7 4
シカゴ学派の外部性の不在を批判した新しい都市社会学の系譜は︑都市における資本や国家の影響の重要性を指
摘し︑資本制メカニズムの中に都市を位置づけた︒しかし︑理論枠組は一国単位のものであったといってよい︒
説
J︑‑
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シカゴ学派にせよ新しい都市社会学にせよ︑変種はあり読み込めばそこにはグローバルなアクターが
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存在する場合もある︒しかし︑前者は︑都市の内部構造プロセスを︑後者は資本蓄積という観点からの国家および
資本と都市との関係を︑ つまり︑グローバルなアクターは理論枠組の外に それぞれ主題化しているといってよい︒
あ っ
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これに対してグローバルなアクターを都市の内部構造とを結び付ける理論が登場する︒ J ・フリードマンが提起
した一連の世界都市論を参考にすれば︑世界都市には次のような特徴がある︒①視点 l 都市と世界経済との結び付
きの形態や程度︑ および新しい世界的な空間分業で都市に与えられた機能は︑都市内部で生じている構造変容にと
って本質的なものである
( 仮
説 1 )
︒②定義ー世界都市は︑多国籍企業が生産と市場の空間的組織化と統合を行う
にあたっての﹁戦略基地﹂であり︑世界の複雑なヒエラルキーの中に位置づけられているものである
( 仮
説 2 )
︒
つまり︑世界都市とは︑多国籍企業の本社や支社が集中・集積した場である
( 仮
説 4 )
︒③実態ー世界都市のグロ
ーパルな管理機能は︑産業部門や一雇用の構造および変動に影響を与える
( 仮
説 3 )
︒また︑世界都市は国内および
国際的な人口移動(移民)
( 仮
説 5 )
︒④矛盾ー世界都市は︑空間的分極化︑階級分化といっ の最終目的地である
た資本主義の主要矛盾を呼び起こす(仮説
6 )
︒世界都市は︑国家の財政能力を超える社会的費用(多国籍企業の
ための社会資本整備および移民の流入による社会福祉)
( 仮
説 71
かれ(正確にはかれら)がより を増加させる
早い時期に提起した世界都市の規定は修正されているが︑﹁都市を世界経済システム形成から新たに見ることを
パ
レ
提示﹂したいという点では︑一貫している︒ レ また︑現代の資本主義が︑企業の世界規模のネットワークであるとともに︑﹁都市のグローバルネットワーク﹂
であると指摘し︑︿都市﹀とグローバル経済との関係を主題化することを一つの課題にしているF・R・フィーガ
ンとM・P・スミスの提起を確認しておこう︒かれらの提起は︑グローバル経済の中に都市発展を位置づけるとい ︵7︶ うものである︒フリードマンの世界都市仮説とかかわらせていえば︑次のようになる︒①視点ー世界都市の変化の
原因︑性格︑重要性は︑トランスナショナルなリンケージという観点から都市を分析することによって理解できる
こと︵命題1︶︒②実態−世界経済内の多くの主要都市は︑業種を特化させるものもあれば︑さまざまな業種の複
雑な組み合わせを有するものもあること︵命題2︶︒国家の役割は︑生産的か反応的であること︵命題3︶︒経済的
リストラクチャリングや国家リストラクチャリングは︑世帯やコミュニティのリストラクチャリングおよび空間的
なリストラクチャリングと結び付いていること︵命題4︶︒③矛盾ー世帯やコミュニティのリストラクチャリング
は︑経済的および国家のリストラクチャリングの単なる﹁副産物﹂ではなく︑資本と労働のグローバルな流れや国
家政策を形成するとともに︑その反映でもあること︵命題5︶︒なお︑かれらによれば︑世界都市は︑多国籍企業
の集積な場として位置づけられている︒
M・P・スミスとR・ダーダニコは︑同様な文脈で都市研究の視座を大きく二つに区分している︒かれらは︑ ︵8︶ ﹁中心都市および周辺都市双方で︑世界経済の広がりを草の根政治の舞台とを結び付けようと努力している﹂が︑ ハ レ それ以前に既存の︿都市﹀研究を社会内︵汐ωq霧09①鼠一︶視座と︑社会間︵ぎ8お09Φ鼠一︶視座とに分類する︒社
会内視座は︑配置理論︑近代化論︑構造主義︑都市実践理論が含まれる︒また社会間視座として︑従属論や世界シ
(5
)
提示﹂したいという点では︑
一 貫
し て
い る
︒
また︑現代の資本主義が︑企業の世界規模のネットワークであるとともに︑﹁都市のグローバルネットワーク﹂
であると指摘し︑︿都市﹀とグローバル経済との関係を主題化することを一つの課題にしている F ・ R
・ フ
ィ
l ガ
ン と
M ・ P‑ スミスの提起を確認しておこう︒かれらの提起は︑グローバル経済の中に都市発展を位置づけるとい
フリードマンの世界都市仮説とかかわらせていえば︑次のようになる︒①視点 l 世界都市の変化の う も の で あ る ︒
原因︑性格︑重要性は︑トランスナショナルなリンケージという観点から都市を分析することによって理解できる
こと(命題
1 )
︒②実態 l 世界経済内の多くの主要都市は︑業種を特化させるものもあれば︑ さまざまな業種の複
雑な組み合わせを有するものもあること
( 命
題 2 )
︒国家の役割は︑生産的か反応的であること
( 命
題 3 ) D
経済的
リストラクチャリングや国家リストラクチャリングは︑世帯やコミュニティのリストラクチャリングおよび空間的
なリストラクチャリングと結び付いていること
( 命
題 4 )
︒③矛盾ー世帯やコミュニティのリストラクチャリング
は︑経済的および国家のリストラクチャリングの単なる﹁副産物﹂ではなく︑資本と労働のグローバルな流れや国
家政策を形成するとともに︑ その反映でもあること
( 命
題 5 )
︒ な
お ︑
かれらによれば︑世界都市は︑多国籍企業
の集積な場として位置づけられている︒
M ・
P ‑
スミスと R
・ ダ
l ダニコは︑同様な文脈で都市研究の視座を大きく二つに区分している︒
か れ
ら は
︑
﹁中心都市および周辺都市双方で︑世界経済の広がりを草の根政治の舞台とを結び付けようと努力してい必﹂が︑
それ以前に既存の︿都市﹀研究を社会内(宮
ω 可 225
巳)視座と︑社会問
( E
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視 座
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分 類
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0
社
会内視座は︑配置理論︑近代化論︑構造主義︑都市実践理論が含まれる︒また社会問視座として︑従属論や世界シ
論 説 176
ステム論をとりあげる︒前者は︑グローバルなアクターの無視によって︑また︑後者は︑都市構造の変容のメカニ
ズムについて無視したことによって︑採用できない︒﹁現代のグローバル分業における都市の社会経済的な編成を
どのように概念化するのか﹂﹁この分業は日々の生活やローカル政治の領域とどのように結び付いているのであろ パリレ うか﹂といった問題意識に基づいた理論が台頭しているという︒こうした理論の基底となるものがすでにのべた世
界都市仮説であるということができよう︒
②﹁世界都市﹂パラダイムの枠組み ー﹁グローバルーローカル結合﹂の論理1
﹁世界都市﹂への着目は︑︿都市﹀をグローバルな変動の中に位置づけたという意味では︑重要な意義があった
︵﹁グローバルーローカル結合﹂︶︒これは︑単に世界都市間ヒエラルキーに注目させただけではなく︑現代世界都 き 市の﹁二重都市﹂性あるいは﹁分裂都市﹂性へと関心を向けさせる︒つまり︑都市間関係への着目と︑都市内関係
への着目といった異なった関心を有していた︒ローカル政治にとってとくにかかわるのは後者の関心である︒何度
も指摘しているように問題はどのようにグローバルと︿都市﹀政治が関係しているかどうかである︒
ここ二〇年にわたってメディアやアカデミズムで流布している﹁グローバルに考え︑ローカルで行動する
︵旨爵ひQδ富ξも&碧二〇8一乞﹂といったスローガンは︑現場で活動している人々がより広い視野を有するこ
とを強調したことについて評価されてよい︒しかし︑市民や市民運動が活動できる主要な場はローカルであるとい
う発想をともなっている︒換言すれば︑﹁グローバルに考えること︵島凶爵範3巴ζ﹂は︑﹁ローカルに考えること パレロ ︵夢一爵一8巴5﹂に優位する︑といった発想を有しているのではないだろうか︑というR・A・ボウリガードの
1 7 6
ステム論をとりあげる︒前者は︑グローバルなアクターの無視によって︑また︑後者は︑都市構造の変容のメカニ
ズムについて無視したことによって︑採用できない︒﹁現代のグローバル分業における都市の社会経済的な編成を
説
どのように概念化するのか﹂﹁この分業は日々の生活やローカル政治の領域とどのように結び付いているのであろ
うか﹂といった問題意識に基づいた理論が台頭しているとい見︒こうした理論の基底となるものがすでにのべた世
三ゐ、
日間
界都市仮説であるということができよう︒ ω ﹁世界都市﹂パラダイムの枠組み ー﹁グローバル l
ロ ー
カ ル
結 合
﹂
の論理 l
﹁ 世
界 都
市 ﹂
への着目は︑︿都市﹀をグローバルな変動の中に位置づけたという意味では︑重要な意義があった
(﹁グローバルーローカル結合﹂)︒これは︑単に世界都市間ヒエラルキーに注目させただけではなく︑現代世界都
市の﹁二重都市﹂性あるいは﹁分裂都市﹂性へと関心を向げさせる︒ つまり︑都市間関係への着目と︑都市内関係
への着目といった異なった関心を有していた︒ ローカル政治にとってとくにかかわるのは後者の関心である︒何度
も指摘しているように問題はどのようにグローバルと︿都市﹀政治が関係しているかどうかである︒
ここ二 O
年にわたってメディアやアカデミズムで流布している﹁グローバルに考え︑
ローカルで行動する
( P E r m ‑ o ず 巴
‑ F R S
同仏‑ o
ロ可)﹂といったスローガンは︑現場で活動している人々がより広い視野を有するこ g
とを強調したことについて評価されてよい︒しかし︑市民や市民運動が活動できる主要な場はローカルであるとい
う発想をともなっている︒換言すれば︑﹁グローバルに考えること
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F E r ‑
︒ ︒
包 守
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といった発想を有しているのではないだろうか︑という R ・ A‑ ボウリガ l
ド の
ローカル政治におけるグローバリゼーション
問題提起を参考に議論をすすめていこう︒ ︵13︶ 世界都市論も同様の思考を基底にしている︒つまり︑①支配的なグローバルなアクターは経済である︑②これら
のアクターは不平等にローカルな場に侵入する︑③グローバルなアクターは時には包囲され抵抗にあう︑④グロー
バル︑ナショナル︑ローカルといったように経済的アクター︑政治的アクター︑社会的アクターはさまざまな空間
で行為している︑⑤結果的にそれぞれの場は相対的に自立しているためにグローバルなアクターが下の方に侵入し
た時には調整される︑といった前提を有している︒
この視座では︑多国籍企業がグローバルな政治社会秩序の形成にとって︑第一義的に重要なアクターとみなされ
る︒同時に︑︿都市﹀および︿都市﹀政治の変動にとってもこれが第一義的重要なアクターとみなされる︒その場
合︑国家はどのように位置づけられているのであろうか︒国家とグローバルなアクターを並列させるか︑あるいは
国家はみずからの存続のために多国籍企業に依拠せざるを得ないために︑﹁世界は第一義的には経済的に統合され︑ ︵14V 第二義的に政治的に統合される﹂といったように理解される︒グローバルなアクターが︑国家とともに︑あるいは
それ以上に重視されるという視点を採用している︒
もちろん︑世界都市形成のための﹁空間プロジェクト﹂に対して︑国家︑ローカルや近隣からの抵抗あるいは調
整が生じている︒両者の関連を調査したM・カステルは︑この点に関して︼つのパラドクスを提起する︒︸方で︑
都市社会運動は︑世界経済システムや国家に抵抗することはあるが︑それは抵抗であって変革の可能性は存在して
いないという︒﹁地方政府を標的としたローカルに根ざした都市運動が増加しているが︑ローカルコミュニティは ︵15︶ 実際に︑世界的支配やコンピュータ化された官僚主義の中では無力なのである﹂と︒こうした観点に立てば︑ 問題提起を参考に議論をすすめていこう︒
世界都市論も同様の思考を基底にしている︒ つまり︑①支配的なグローバルなアクターは経済である︑②これら
のアクターは不平等にローカルな場に侵入する︑③グローバルなアクターは時には包囲され抵抗にあう︑④グロ l
て レ
︑
ノ・
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ナ シ ョ ナ ル ︑ ローカルといったように経済的アクター︑政治的アクター︑社会的アクターはさまざまな空間
で行為している︑⑤結果的にそれぞれの場は相対的に自立しているためにグローバルなアクターが下の方に侵入し
た時には調整される︑ といった前提を有している︒
この視座では︑多国籍企業がグローバルな政治社会秩序の形成にとって︑第一義的に重要なアクターとみなされ
る︒同時に︑︿都市﹀および︿都市﹀政治の変動にとってもこれが第一義的重要なアクターとみなされる︒その場
合︑国家はどのように位置づけられているのであろうか︒国家とグローバルなアクターを並列させるか︑あるいは
国家はみずからの存続のために多国籍企業に依拠せざるを得ないために︑﹁世界は第一義的には経済的に統合され︑
第二義的に政治的に統合される﹂といったように理解される︒グローバルなアクターが︑国家とともに︑あるいは
それ以上に重視されるという視点を採用している︒
もちろん︑世界都市形成のための﹁空間プロジェクト﹂に対して︑国家︑ ローカルや近隣からの抵抗あるいは調
整が生じている︒両者の関連を調査した M ・カステルは︑この点に関して一つのパラドクスを提起する︒
一 方
で ︑
都市社会運動は︑世界経済システムや国家に抵抗することはあるが︑それは抵抗であって変革の可能性は存在して
いないという︒﹁地方政府を標的としたローカルに根ざした都市運動が増加しているが︑
実際に︑世界的支配やコンピュータ化された官僚主義の中では無力なのである﹂と︒こうした観点に立てば︑
ローカルコミュニティは
論 説 178
﹁人々が世界をコントロールすることは無理だと気がつけば︑世界をローカルの大きさに縮めてしまうことに
︵16︶なる﹂︒
しかし︑カステルは︑この都市社会運動の中に︑世界経済システムや国家に対抗し︑変革する芽をも同時に見い
出しているのである︒﹁それでも︑都市運動は︑われわれの世界をおおっている支配や新しいかたちの搾取に対す
る最後の抵抗であるがゆえに︑その他の選択肢は存在しない﹂︒﹁都市運動は︑新しい歴史的な意味をつくりだして
︵17︶
いる﹂︒都市社会運動がそうするのは︑﹁野蛮な力﹂に屈服しないために︑みずからが築いた理想郷の内に﹁明日の
社会運動の芽︵Φ日ぼo器︶﹂を育てることによってである︒しかし︑この﹁芽﹂は︑今後成長し花を咲かせたり︑
大木となる保証はない︒
以上のように︑世界都市論が有するグローバルなアクターの強調は︑グローバルなアクターが主体で︑︿都市V
構造やメカニズム︑さらには都市の発展が客体であるという発想を有しているのである︒もちろん︑都市は︑単に
グローバルな勢力によって影響を受けるだけではない︒都市の構造や条件によって調整されることも指摘されてい
る︒
つまり︑①グローバル勢力は非常に強力であるがゆえに︑空問規模間相互作用の考察にとって出発点となる︒②
それぞれの空間規模に存するアクターや勢力は︑さまざまな利害と資源を有してるいがゆえに︑高位から低位への
調整が生じる︒③ローカルは︑あらゆる空間規模で作動している勢力の調整された結果である︒このように考えて
も︑世界都市論の視点は︑都市︑近隣からの抵抗が︑副次的なものとして理解されることに変わりはない︒つま
り︑国家やリージョンそしてローカルといった﹁中間の規模で作動している勢力︹の強調ー引用者注︺は︑グロー
1 7 8
﹁人々が世界をコントロールすることは無理だと気がつけば︑世界をローカルの大きさに縮めてしまうことに
な る
﹂ ︒
説
し か
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カステルは︑この都市社会運動の中に︑世界経済システムや国家に対抗し︑変革する芽をも同時に見い
るゐ、首冊
出しているのである︒﹁それでも︑都市運動は︑
われわれの世界をおおっている支配や新しいかたちの搾取に対す
る最後の抵抗であるがゆえに︑その他の選択肢は存在しない﹂︒﹁都市運動は︑新しい歴史的な意味をつくりだして
いる﹂︒都市社会運動がそうするのは︑﹁野蛮な力﹂に屈服しないために︑みずからが築いた理想郷の内に﹁明日の
社会運動の芽(命日官︒ヨ)﹂を育てることによってである︒しかし︑この﹁芽﹂は︑今後成長し花を咲かせたり︑
大木となる保証はない︒
以上のように︑世界都市論が有するグローバルなアクターの強調は︑︑グローバルなアクターが主体で︑︿都市﹀
構造やメカニズム︑
さらには都市の発展が客体であるという発想を有しているのである︒もちろん︑都市は︑単に グローバルな勢力によって影響を受けるだけではない︒都市の構造や条件によって調整されることも指摘されてい
つまり︑①グローバル勢力は非常に強力であるがゆえに︑空間規模間相互作用の考察にとって出発点となる︒② る
それぞれの空間規模に存するアクターや勢力は︑
さまざまな利害と資源を有してるいがゆえに︑高位から低位への 調整が生じる︒③ローカルは︑あらゆる空間規模で作動している勢力の調整された結果である︒このように考えて も︑世界都市論の視点は︑都市︑近隣からの抵抗が︑副次的なものとして理解されることに変わりはない︒
つ ま
り︑国家やリージョンそしてローカルといった﹁中間の規模で作動している勢力(の強調
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き バ る ル O l 口
1
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に 複 雑 性 を 付 加 し て い る が
、
その本質的方向をかえるものではない﹂ として把握することがで ︵18︶
179 ローカル政治におけるグローバリゼーション
二
世界都市論の構図とその問題
ー﹁グローバルーローカル結合﹂図式批判1
世界都市論が有している﹁グローバルーローカル結合﹂図式について検討してきた︒そもそも︑この﹁グローバ
ルーローカル結合﹂図式は︑グローバル・レベルとローカル・レベルとを分析上明確に区別し︑それぞれに比較的
固定した︑しかも空間規模によって異なった能力を有するアクター︵ローカルに優位するグローバル︶を設定す
る︒M・P・スミスの言葉を借りれば︑世界都市論はさまざまであるが︑交差点の再配置としての世界都市を概念
化するという共通戦略があり︑これを内部と外部を明確に区別した上での再配置のグローバル過程を分析するとい
︵19︶ うものである︒ ︵20︶ R・A・ボウリガードによれば︑この図式には相互に関連した二つの前提からなりたっている︒一つは︑空間規
模はそれぞれは比較的安定していることである︒ここでは︑グローバル︑ナショナル︑リージョナル︑そしてロー
カルといった空問規模それぞれに適合的な︑あるいはそれぞれだけに存在しているアクターを想定している︒もう
一つは︑空間規模は︑アクターの地理的範囲として捉えられるだけではなく︑その地理的範囲は権力とコントロー
ルと一致していることを想定することである︒
相互に関連したこの前提に対して︑ボウリガードの立論を参考に相互に関連した二つの論点を提起することにし パ
ル
l ローカル議論に複雑性を付加しているが︑ その本質的方向をかえるものではない﹂として把握することがで
え ﹂
?Q
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世界都市論の構図とその問題
ー﹁グローバル│ローカル結合﹂ 図式批判ー
世界都市論が有している﹁グローバル l ローカル結合﹂図式について検討してきた︒そもそも︑この﹁グロ l パ
ルーローカル結合﹂図式は︑グローバル・レベルとローカル・レベルとを分析上明確に区別し︑それぞれに比較的
固 定
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︑ しかも空間規模によって異なった能力を有するアクター(ローカルに優位するグローバル)を設定す る ︒
M ・ P‑ スミスの言葉を借りれば︑世界都市論はさまざまであるが︑交差点の再配置としての世界都市を概念
化するという共通戦略があり︑これを内部と外部を明確に区別した上での再配置のグローバル過程を分析するとい
うものである︒
R ・ A‑ ボウリガ l ドによれば︑この図式には相互に関連したこつの前提からなりたっている︒ 一つは︑空間規
模はそれぞれは比較的安定していることである︒ここでは︑グローバル︑
ナ シ
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そしてロ l
カルといった空間規模それぞれに適合的な︑あるいはそれぞれだけに存在しているアクターを想定している︒もう
一つは︑空間規模は︑ アクターの地理的範囲として捉えられるだけではなく︑その地理的範囲は権力とコントロ l
1 7 9
ルと一致していることを想定することである︒
相互に関連したこの前提に対して︑ ボウリガ l ドの立論を参考に相互に関連した二つの論点を提起することにし
論 説 180
たい︒前者に対しては︑アクターは︑そもそもさまざまな地理的利害や影響を有しているのであり︑多重な性格を
有するものである︒したがって︑多重的なアクターは︑空間規模の多重性を生み出すことを確認したい︒︿都市V
あるいはローカルなだけの閉鎖的なアクターを︑あるいはグローバルなだけのアクターを想定することはできなく
なる︒ たとえば︑一方では︑グローバルなアクターとして想定される多国籍企業は︑立地をめぐってはそのローカルの
安全性︑税金の程度に関心を向ける︵グローバルなアクターのローカル志向︶︒他方では︑ローカルなアクターと
しての地方政府は︑多国籍企業を含めた企業立地に関心を向けている︵ローカルなアクターのグローバル志向およ
びナショナル志向︶︒﹁純粋に﹂グローバルなアクターが︑﹁純粋に﹂ローカルなアクターによって調整されると語
ることは︑経験的にも理論的にも不適切である︒
また︑﹁グローバルーローカル結合﹂図式によれば︑グローバル・レベルとローカル・レベルを区別するが︑ロ
ーカルなアクターによるグローバルなアクターの調整﹁後﹂のローカルをどのように想定すればよいのであろう
か︒つまり︑ローカルはもはや純粋なローカルではない︒この図式には︑ローカルあるいはグローバルは一時的に
のみ存在することになるといった問題点を有しているといえよう︒
それぞれのアクターを︑ローカル・レベルやグローバル・レベルとして実態的に分離することなく︑それぞれに
利害を有する多重性を有するアクターを想定する必要がある︒つまり︑﹁非常に挑戦的な問題は︑アクターは多重
的空問規模で同時に利益を有する可能性がある︒すなわち︑それぞれの行為はさまざまな地理的範囲を越えて広が
︵21︶
っている﹂のである︒
1 8 0
たい︒前者に対しては︑
そもそもさまざまな地理的利害や影響を有しているのであり︑多重な性格を
ア ク タ ー は ︑
有するものである︒したがって︑多重的なアクターは︑空間規模の多重性を生み出すことを確認したい︒︿都市﹀
説 あるいはローカルなだけの閉鎖的なアクターを︑あるいはグローバルなだげのアクターを想定することはできなく
三A、 再開
な る
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と え
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一方では︑グローバルなアクターとして想定される多国籍企業は︑立地をめぐってはそのローカルの 安全性︑税金の程度に関心を向ける
(グローバルなアクターのローカル志向)︒他方では︑
ローカルなアクターと しての地方政府は︑多国籍企業を含めた企業立地に関心を向けている
(ローカルなアクターのグローバル志向およ
びナショナル志向)︒﹁純粋に﹂グローバルなアクターが︑﹁純粋に﹂
ローカルなアクターによって調整されると語
ることは︑経験的にも理論的にも不適切である︒
また︑﹁グローバルーローカル結合﹂図式によれば︑グローバル・レベルとローカル・レベルを区別するが︑
ロ ーカルなアクターによるグローバルなアクターの調整﹁後﹂のローカルをどのように想定すればよいのであろう カ ユ
ローカルはもはや純粋なローカルではない︒この図式には︑ ローカルあるいはグローバルは一時的に
つ ま
り ︑
のみ存在することになるといった問題点を有しているといえよう︒
それぞれのアクターを︑ ローカル・レベルやグローバル・レベルとして実態的に分離することなく︑ それぞれに
利害を有する多重性を有するアクターを想定する必要がある︒ つまり︑﹁非常に挑戦的な問題は︑
アクターは多重
的空間規模で同時に利益を有する可能性がある︒すなわち︑
っている﹂のである︒
それぞれの行為はさまざまな地理的範囲を越えて広が
なお︑グローバルなアクターがローカルなアクターに優位するという﹁グローバルーローカル結合﹂図式の後者 ︵22︶ の論点に対して︑ボウリガードは︑﹁ローカルな行為がグローバルな結果を有する場合があることを認める﹂こと
を提起している︒最初の論点とかかわって︑グローバルなアクターは︑最も空間的に広大で︑最も強力な権力とコ
ントロールを有し︑逆にローカルなアクターは︑空間的には限定づけられ︑権力もコントロールも弱い︑と想定す
ることは︑現実的にも経験的にも妥当ではない︒
そもそも︑権力やコントロールは︑なんらかの場で生じるのである︒このように考えれば︑世界都市は︑常に脱
ローカル化する権力とコントロールの︑ローカルな場での集積なのである︒したがって︑権力やコントロールは︑
都市の外側で行使されるかもしれないが︑ローカルな場での空間的集積を否定するものではない︒ローカルに立地
したグローバルなアクターの影響が広範に広がっていると考えれば︑ローカルがグローバルに影響を与えているこ
とは十分想定されてよい︒つまり︑グローバルなアクターは︑ローカルなアクターの組織なのであり︑ローカルな
場なしには︑グローバルなものは存在できない︒﹁グローバルなアクターは︑グローバルな規模で発生したわけで
はない︒つまり︑それらはグローバルに生まれたわけではない︒むしろ︑それらは︑少なくとも端緒はローカルか ︵23︶ ら外側に向かって作動している﹂のである︒
このように考えれば︑ローカルはグローバルによって調整されるという主張を逆転させることになる︒つまり︑ ︵24︶ マ霞爵屯o富ξ9 ︒且碧け一〇Sξを逆転させよう︒その代わりに︑跨一嘗一8巴辱鋤a鋤9牲9巴ζになるべきだ﹂
という言明も理解できよう︒
なお︑この点に関しては︑社会運動がグローバルなものに影響を与えることをより強調したスミスは︑﹁草の根
なお︑グローバルなアクターがローカルなアクターに優位するという﹁グローバル│ローカル結ム巳図式の後者
(幻
)
ボウリガ l
ドは︑﹁ローカルな行為がグローバルな結果を有する場合があることを認める﹂こと
の論点に対して︑
を提起している︒最初の論点とかかわって︑グローバルなアクターは︑最も空間的に広大で︑最も強力な権力とコ ントロールを有し︑逆にローカルなアクターは︑空間的には限定づけられ︑権力もコントロールも弱い︑
と想定す
ることは︑現実的にも経験的にも妥当ではない︒
そもそも︑権力やコントロールは︑
なんらかの場で生じるのである︒このように考えれば︑世界都市は︑常に脱
ローカル化する権力とコントロールの︑ ローカルな場での集積なのである︒したがって︑権力やコントロールは︑
ローカルな場での空間的集積を否定するものではない︒ 都市の外側で行使されるかもしれないが︑ ローカルに立地
したグローバルなアクターの影響が広範に広がっていると考えれば︑
ローカルがグローバルに影響を与えているこ
ローカルなアクターの組織なのであり︑ とは十分想定されてよい︒ つまり︑グローバルなアクターは︑ ローカルな
場なしには︑グローバルなものは存在できない︒﹁グローバルなアクターは︑グローバルな規模で発生したわけで
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それらは︑少なくとも端緒はローカルか
それらは︑グローバルに生まれたわけではない︒
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という言明も理解できよう︒
なお︑この点に関しては︑社会運動がグローバルなものに影響を与えることをより強調したスミスは︑﹁草の根
論 説 182
の政治的実践は︑昔ながらのローカル政治の境界にはあてはまってはいない﹂という︒グローバリゼーションの時
代には︑草の根の社会運動もローカルにとどまらず︑さまざまな空間やアクターに影響を与えるのである︒かれ自
身は︑三つのセット︑跨一爵一〇Sξ≦巨の碧砕閃一〇訂ξ蓉窯爵qきω轟什一9ξ零匡①8樽B三巳08一ぎ爵3匹轟きα
8江轟ω冒巳富器o拐ζ卑ヨ三江巳Φωo巴①を提示し︑﹁グローバルーローカル結合﹂図式の二重性の批判とともに︑ ︵25︶ ﹁﹃草の根政治のグローバリゼーション﹄の出現している輪郭を理論化および描写﹂しようとしている︒ともかく︑
草の根の社会的実践は︑さまざまな空問レベルに影響を与えている︒
ボウリガードの立論を参考に﹁グローバルーローカル結合﹂図式が有する前提とその問題点について確認してき
た︒単一のアクターは︑複雑な地理的範囲があり︑しかもさまざまな空問規模でそれぞれ異なった利害を有してい
ること︑さらには︑グローバルなアクターがローカルなアクターに優位するものではない︑というものであった︒
こうした批判を参考に︑グローバリゼーションとローカル政治について考える視点を提起することにしたい︒
三 ﹁ローカル政治におけるグローバリゼーション﹂の発想
﹁グローバルーローカル結合﹂図式が採用できないとすれば︑グローバリゼーションとローカル政治との関係を
どのように理解すればよいのであろうか︒ボウリガードは︑グローバルとローカルの議論の再理論化にあたって︑ ︵26︶ 五つの問題提起を行っている︒①空間は︑政治的社会的構造物である︒つまり︑空間は普遍的安定的なものではな
く変化する社会的構造物なのである︒②アクターが空問を創造し︑したがってアクターなしには空間は存在しな の政治的実践は︑昔ながらのローカル政治の境界にはあてはまってはいない﹂という︒グロ!パリゼ l ションの時
1 8 2
代には︑草の根の社会運動もローカルにとどまらず︑ さまざまな空間やアクターに影響を与えるのである︒ かれ白
説
身は︑三つのセット︑円
F E w ‑ o g
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を提示し︑﹁グローバル l ローカル結合﹂図式の二重性の批判とともに︑
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﹁ ﹃
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根 政
治 の
グ ロ
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シ ョ
ン ﹄
草の根の社会的実践は︑ さまざまな空間レベルに影響を与えている︒
ボウリガ l
ドの立論を参考に﹁グローバルローカル結合﹂図式が有する前提とその問題点について確認してき
た︒単一のアクターは︑複雑な地理的範囲があり︑ しかもさまざまな空間規模でそれぞれ異なった利害を有してい
る こ
と ︑
さらには︑グローバルなアクターがローカルなアクターに優位するものではない︑ というものであった︒
こうした批判を参考に︑グロ 1 パリゼ l ションとローカル政治について考える視点を提起することにしたい︒
﹁ローカル政治におけるグロ l バリゼ l
シ ョ
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の発想
﹁ グ
ロ ー
バ ル
l ローカル結合﹂図式が採用できないとすれば︑グロ l パリゼ l ションとローカル政治との関係を
どのように理解すればよいのであろうか︒ボウリガ 1 ドは︑グローバルとローカルの議論の再理論化にあたって︑
五つの問題提起を行っている︒①空間は︑政治的社会的構造物である︒ つまり︑空間は普遍的安定的なものではな
く変化する社会的構造物なのである︒②アクターが空間を創造し︑
したがってアクターなしには空間は存在しな
い︒さらにアクターは︑多重な利害を有している︒③あらゆる社会過程は︑統合と非統合の過程である︒あらゆる
行為は︑他のアクターや場とより密接に結び付くことになるか︑あるいは既存の結び付きを減少させることになる
が︑両者は同時に起こることもある︒④アクターは︑金融︑政治︑文化︑社会︑美学それぞれが結び付いた世界に
存在しているのであって︑利潤追及が経済的行為だけというわけではないのと同様に︑あらゆる行為は結び付いて
いる︒⑤場は歴史性を有し︑アクターは場の中に位置し︑そしてその場にかかわっている︒したがって︑アクター
の利害や行為が空間をどのように創造するかを無視できない︒
かれの提起は︑アクターが多元的な場で︑しかも多重な利害を有しているといった理論のダイナミクスを作りだ
すだけではなく︑空間を創造し︑あるいは空間を分割し再編成するアクターの社会関係に関心を向けさせていると
いってよい︒こうした提起から︑ローカル政治の問題群を念頭に置きつつ︑再度この提起を組み替えておくことに
したい︒ 第一には︑﹁グローバルーローカル結合﹂図式が強調するようにグローバルなアクターが︑ローカルに侵入する
場合はあるが︑それは歴史︑制度︑ローカルなアクターによって限定づけられ︑あるいはそれらに拘束されること
の確認である︵︹G←︺LGはグローバル︑Lはローカルの略︶︒この確認には︑いくつかの位相がある︒
︵α︶すでにグローバルなアクターは存在し︑対立と共生が生じていることから出発すべきである︒外国籍居住
者の増大や多国籍企業の立地などがクローズアップされることになるが︑すでにローカルにはグローバルな状況が
十分浸食している︒衣食住について考えても︑グローバルな動向と無縁では決してない︒また︑日本の場合は︑ニ
ューカマーが強調されるが︑中国籍︑韓国籍︑北朝鮮籍の二世︑三世をも含めて多数の居住者が日本国籍住民との い︒さらにアクターは︑多重な利害を有している︒③あらゆる社会過程は︑統合と非統合の過程である︒あらゆる 行為は︑他のアクターや場とより密接に結び付くことになるか︑あるいは既存の結び付きを減少させることになる が︑両者は同時に起こることもある︒④アクターは︑金融︑政治︑文化︑社会︑美学それぞれが結び付いた世界に 存在しているのであって︑利潤追及が経済的行為だけというわけではないのと同様に︑あらゆる行為は結び付いて いる︒⑤場は歴史性を有し︑ アクターは場の中に位置し︑ そしてその場にかかわっている︒したがって︑ アクター
の利害や行為が空間をどのように創造するかを無視できない︒
かれの提起は
しかも多重な利害を有しているといった理論のダイナミクスを作りだ
アクターが多元的な場で︑
すだけではなく︑
空間を創造し︑あるいは空間を分割し再編成するアクターの社会関係に関心を向けさせていると
いってよい︒こうした提起から︑ ローカル政治の問題群を念頭に置きつつ︑再度この提起を組み替えておくことに
し た
い ︒
第一には︑﹁グローバル│ローカル結合﹂図式が強調するようにグローバルなアクターが︑ ローカルに侵入する
場合はあるが︑それは歴史︑制度︑ ローカルなアクターによって限定づけられ︑あるいはそれらに拘束されること
L はローカルの略)︒この確認には︑
(
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G
← ︺
いくつかの位相がある︒ の確認である L 一 G はグローバル︑
( α )