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賀川豊彦著『小説キリスト』(ミルトス,2014 年 )

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賀川豊彦著『小説キリスト』(ミルトス,2014 年

著者 中山 弘正

雑誌名 明治学院大学キリスト教研究所紀要 = The

bulletin of Institute For Christian studies Meiji Gakuin University

巻 47

ページ 449‑451

発行年 2015‑01‑31

その他のタイトル Toyohiko Kagawa, "Novel Christ", 2014

URL http://hdl.handle.net/10723/2336

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賀川豊彦著 『小説キリスト』 

(ミルトス,2014年)

中 山 弘 正

 ミルトスという出版社から,2014年3月に出版された。「復刻版」と 小さく印刷されていて,上記のタイトルが大文字で入っている。表紙も 入れると厚さは4センチもある。表紙の帯に「80年ぶりに復刻!」と記 されている。そして「本書は,賀川文学の集大成」とも書かれており,

次のように続いている。

「世界的なキリスト教伝道者・大ベストセラー『死線を越えて』の 作者・生協の父と呼ばれる賀川は,渾身5年の歳月をかけて,この 小説にキリストの愛の姿を描く。」

 小さな著者紹介によれば,彼は1888年神戸生まれ,明治学院で学ん だが,その後の自伝小説『死線を越えて』(1920年出版)は大正時代最 大のベストセラーになり,国内外で広く知られるようになった。敗戦後 の働きのひとつ「世界連邦運動のリーダーとして平和運動を推進。ノー ベル平和賞候補および文学賞候補にも推挙されている。」1960年4月逝 去,とされている。

 目次を記すと,1章 ガリラヤ湖畔のイエス,2章 エルサレムの弟 子,3章 北に旅するイエス,4章 エルサレムのイエス,5章 ギレア デの山々,6章 テベリアとカイサリアの宮廷人,7章 ペレアのイエ ス,8章 真夜中の訪問者,9章 民の罪を負う神の子羊,10章 最後

書 評

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の晩餐,11章 不法な裁判,12章 十字架への道。

 聖書を読んだことのある人ならば,マタイ伝に始まる4福音書がベー スになっていることはすぐにわかるであろう。しかし,本書が「小説」

とわざわざことわってあることからも推測されることであるが,ひと つ,ひとつの出来事とか発言とかの「出典」をいちいち指摘するという ことは全くなされていない。まさに,小説を読むように読んでいく,と いうことになる。例えば,4 章は,9 節に分かれていて,「ベタニアの 宿,ざくろの花,賽銭箱の傍,地に描くもの,人の罪を己の罪として,

エルサレムの搾取者,アンナスとカヤパ,贖罪日,真理と自由」といっ たふうに,順次に展開していく。例えば,マリアが野の百合の花のよう になるって,どうすればいいでしょうね?とたずねると,イエスは「そ れは,天真爛漫になってさ,神の心を人間の心として,その日その日を 送ってゆけばいいのさ」と答える。「先生,神の子にされるっていうの は,そういう気持ちをいうんですか?」イエスは,にっこり笑った。そ してマリアの二つの眼の視線と,イエスの二つの眼の視線が,瞬間的に 結ばれた。マリアもにっこり笑った。「そうだ,そうだ,君はよく分 かっているね,こうして腰掛けている瞬間でも,天地の神様の胸のうち に抱き締められている有り難さを,刻々忘れないで,すべてをそこから 出発して仕事をするんだね。」(174頁)

 本書の全体が,ざっとこうした形で進められていく,まさに「小説」

なのである。福音書そのものを読んでいるときとは無論,異なった何か やわらかさ,あるいは優しさ,身近さも感じられるのである。

 ところで,ここで,明治学院引退後,永年,賀川豊彦松沢資料館の館 長を務められた加山久夫先生の「編者あとがき」に目を移してみたい。

そこには「正直に言って,新約聖書を研究分野とする私には,本書の復

刻に少なからざる逡巡がありました。」とあり,最近の数多い「イエス

本」,資料的研究面での目覚ましさ,などを考えると,「70年以上も前

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書評 賀川豊彦著『小説キリスト』

に刊行された本書の復刻にどれほどの意味があるのか」が逡巡の理由で あったが,「しかし,この度,この作品を読み返してみて私のその思い は少しずつ変えられてゆきました。」(532頁)とされている。しかし,

諸般の点から考えると「本書はまさしく『賀川のイエス・キリスト』な のです。つまり,本書のキリスト像には賀川像が投影されており,著者 賀川にはキリストが生きているのです。」(534頁)加山師は続けて,賀 川が聖地を二度訪ね,広く諸資料にあたり,想像力をはたらかせてプ ロット,人物,仕掛けなどを創出していることも評価しておられる。

 加山師が刊行の底本にされた『小説キリスト』は,昭和13年・改造 社版,とされていて,わたしはびっくりした。私自身の生年なのであ る。私自身は,すでに70才台も後半。私自身が生まれた頃,もうこれ ほどに広く・高く・深いキリスト像が日本でも示されていたのだ,と思 うだけでも,主イエス・キリストの大きな強い力,また素晴らしさに胸 が熱くなる。

 書評というよりも小紹介といった方がよいと思うが,ぜひ本書が大勢

の日本人の手にとられることを願いたい。加山師が言っておられるよう

に,「本書がキリスト(教)への関心をもつ糸口となり,…… 聖書その

ものをお読みになる動機を提供すること」を強く願う。

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