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精神保健分野におけるダイバーシティ(特集 多様 性と向き合う)

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精神保健分野におけるダイバーシティ(特集 多様 性と向き合う)

著者 内田 知宏

雑誌名 尚絅学院大学紀要

号 75

ページ 8‑10

発行年 2018‑07‑20

URL http://doi.org/10.24511/00000364

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精神保健分野におけるダイバーシティ

内 田 知 宏(人間心理学科准教授)

はじめに

 多様性と向き合うためダイバーシティ化の動きは世界の課題と言われている中、果たして日 本ではどの程度浸透しているのだろうか。試しに Google で「ダイバーシティ」と検索してみ ると下のようである。

 ガン○ム好きの私としては胸が熱くなる検索結果である。私自身もこの言葉を初めて聞いた とき「お台場がどうしたんだろう」と頓珍漢な思いをした覚えがある。日本人においてダイ バーシティが浸透するには、まずはこの検索結果を逆転させる必要があるのかもしれない。

 余談はさておき、私の専門分野である精神保健とダイバーシティを関連付けて論じてみた い。精神保健分野においてダイバーシティに向けた動きは進んでいるように思われる。ただ、

精神保健を促進する上で、いつも課題となるのが「スティグマ(stiguma)」の問題である。ス ティグマとは、ギリシャ由来の言葉で、古来において奴隷や罪人への刻印された烙印を意味し、

現在においては社会が障害者や疾患をもつ者に対して刻印されたイメージと負の影響を含めて 概念化したものを意味する。つまり、精神疾患(もしくは精神疾患をもつ患者)に対する陰性 イメージ全般(偏見、差別など)を指すと考えられている。メンタルヘルスの話題がさまざま なメディアなどで取り上げられるようになった今日、不安症やうつ病などのスティグマは少し ずつ緩和され、自分で判断して精神科外来に自主的に来る患者が増えている一方、まだ多くの 人にとって精神科に対するスティグマが根強く残っている疾患があることも伺われる。本稿で はとくに「発達障害(自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害)」について扱うことに する。

「発達障害」とダイバーシティ:スペクトラムという概念

 近年の日本において「発達障害」への関心は高い。なかでも、知的障害を伴わない自閉症、

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つまり従来で言うところのアスペルガー症候群(現在の診断基準では「自閉スペクトラム症/

自閉症スペクトラム障害」に集約されている)の日常への広がりは顕著であるように感じられ る。たとえば、インターネット上の某巨大掲示板では空気が読めないことや場違いなことを やってしまう相手に対してアスペルガー症候群を省略した「アスペ」という言葉で揶揄した り、類似した文脈の中で「コミュ障」という言葉を学生が用いている場面をよくみかける。日 本における人と人の間の雰囲気、場を大切にする文化の存在は、アスペルガー症候群への関心 を(精神)医学の領域を超えて、一般の人々へ普及させるのに十分な土壌であったのだと考え られる。また、日本の学校教育においては、コミュニケーションに対して特殊な注意を払う側 面が強い。その中で、空気の読めないことは問題である、という意識が人々に共有されており、

それが「できないこと」は社会から逸脱する構造を作ってしまう。

 そして、これをさらに強化したのが、自閉症「スペクトラム」という考え方である(Wing, 1997)。スペクトラムという概念は、異常と正常を二元的に分けるのではなく、強弱あるいは 濃淡の連続帯(連続体)で捉えていくとする考え方である。ただ、この言葉は統一的な定義が なく、国によって、さらには研究者によって意味が異なっている。自閉症スペクトラムについ ても、大きく2つの捉え方ができる。一つは「自閉的な特徴のある状態をすべて連続したもの として捉える考え方(宮本、2015)」である。この場合、スペクトラムの母集団はおそらく患 者群(予備群含む)が想定されており、自閉症の中でも自閉性には強弱があり、呼びかけても 反応がないケースがあれば、一方で自分から積極的にいろいろな人に声をかけていくケースも ある、という考え方である。視覚的に表すとすれば図1のようになるだろうか。ちなみに、世界 的な精神疾患の診断基準である DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)

は、この立場の色が強い。一方、「自閉症が片方の極にいるとし、もう一方の極に正常がある とする考え方(本田、2015)」もある。この立場では、スペクトラムの母集団は全人口という ことになり、どんな人も、スペクトラムのどこかにマッピングされるというより拡大された考 え方である(図2)。

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図1.宮本(2015)でいうところの自閉症スペクトラム

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図2.本田(2015)でいうところの自閉症スペクトラム

 日本では、一般的に、そして専門的にも後者の拡大された自閉症スペクトラムの解釈が用い られることが多いように見受けられる。DSM が前者の立場をとっているにも関わらず、であ る。自閉症概念が広くなり、多くの人がなっているものなのだから、となれば社会は自閉症を 特殊なことだと思わなくなるかもしれない。しかし、なぜ人々を障害で区分する必要があるの

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かということが、この解釈では見落とされてしまう。スペクトラムという概念は、異常と正常 を分けないと謳いつつ、段階的に人々を障害の概念で分けている点に注意しなければならな い。異常と正常の間を消失させることは、一見すると非常に良いアイデアのように思えるが、

日本の医療・福祉の枠組みでは、当人が一般的な人とは質的に異なる体験をしていなければな らないので、結局、最終的にはどこかの時点で人々を分けなければならない。そもそも、自閉 症におけるコミュニケーションの困難は質的障害と言われるように「多少空気が読めないこと とは質的に異なる体験である」という最も基本的な自閉症への理解も十分になされているかど うかも疑問の残るところである。その中で「空気が読めない」ということの延長上に自閉症が あるとみなされてしまうことによって、本当の困難性が理解されず、必要な人に適切な支援が なされなくなってしまうことは避けなければならないだろう。

 また、拡大された自閉症スペクトラムの解釈を用いることで、自閉症に対するスティグマを かえって強める恐れがあるという考えもある。コミュニケーションが下手なことを逸脱とみな す日本の文化と拡大した自閉症スペクトラム概念が結びつくことによって、コミュニケーショ ンが下手なことは障害である、とみなされるようになる。今まではコミュニケーションが下手 という程度の理解であったものが、障害であるというスティグマを突きつけることになってし まうということである。

おわりに

 精神保健分野において、ダイバーシティがもたらす「副作用」についても留意しなければな らない。これは一般の人のみならず専門家においても、慎重に取り扱うべき問題である。概念 が広くなったから、正常と異常は明確に区分できるものではないから、といって安易に「あな たには障害がある(かもしれない)」と言うべきではないだろう。大事なのは、本当に必要な 人に適切な支援をできるだけ早く届けることなのだ。ダイバーシティ化と支援の充実を両立さ せていくためには、人々の十分な理解が欠かせない。理解のない普及は、ともすれば暴力にな りかねないことを忘れてはならない。

参考文献

本田秀夫、「自閉症スペクトラムがよくわかる本」講談社、2015 宮本信也「自閉症スペクトラムの本」主婦の友社、2015 Wing L., “The autistic spectrum.” Lancet, 350, 1761-1766, 1997

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