特集◎漢民族をどう見るか中国研究における漢族社会研究の位置付け
多民族国家中国の最大人口を擁する漢族︒変貌する中国社会のなかで漢族もまた変化している︒漢族社会研究の到達点を振りかえり︑あらたな視点を提起する︒
末成道男︿.兀東京大学教授﹀×瀬川昌久く蝶算擁麹.v×
秦兆雄︿神戸市外国語大学助教授﹀×田村和彦︿翻鱗鰍﹀×周星︿慶撲蒲雛鯵.﹀
高本日の座談会開催にあたって︑三つ
の大きな枠組みを設けました︒今日はそ
れに基づいて議論を進めたいと思いま 企画・司会
す︒では末成先生から漢族社会における
社会結合についてこ発言をお願いしま
す︒ 高明潔︿愛知大学現代中国学部助教授﹀
一漢族社会における社会結合の特色
末成中国漢族の伝統社会について話せ
ということだと思うので︑橋本萬太郎さ
ん編集の﹃漢民族と中国社会﹄(山川出 版社︑一九八三)にそってお話ししたい
と思います︒一九七〇年代当時︑私は台
湾を中心に調査しており台湾モデルと 言っていたのですけれども︑その特徴が
はたして大陸であるいは香港で言えるか
どうかということも本当は吟味しなけれ
ばなりません︒それ以上にすでにこのモ
デルは三〇年以上前のものなので︑この
モデルが現在どうあるのか︑今同じよう
な形でフィールド調査した方がいたらお
そらく相当書き直すことになると思いま
す︒私自身その変化に関心があります︒
中国研究 における漢族社会研究 の位置 付け
M
ですから︑伝統的な三〇年前の台湾モデ
ルにおいてはこういう伝統的な特質が見
られたということで簡単にまとめてみた
いと思います︒
中国の社会というと家族・親族︑親族
というと父系社会・父系制として有名で
すけれども︑実は父系以外の紐帯も非常
に大事なのです︒この他︑ギルドやさま
ざまな非血縁︑地域的な紐帯も扱わない
といけないのでしょうけれども︑話が複
雑になるので︑家族・親族・村落の三つ
にまとめて︑最後にどのような人間関係
の特色が見られたかということをお話し
します︒
人類学における家族の見方
末成まず家族ですけれども︑人類学的
な研究が始まるまでは︑伝統的に大家族
と小家族という大小の差異で見ていて︑
大規模な集落を一家族で作っているとい
う特殊現象に目を奪われて︑中国の漢族
は大家族という常識がありました︒それ
に対して歴史研究者によって︑実は古代
から小家族が基本的なものであったのだ という見方も提出されていました︒どち
らが当っているかは後で述べますが︑ど
のレベルでそれをみるか︑あるいは階層
差などにもよると思います︒
人類学の見方から言うと︑中根千枝先
生が一番はっきり示されていて︑中国の
漢族は︑婚姻時にすぐ分財し(財産を分
け)別々の生計となるタイプ︑しばらく
残って後に分財するタイプ︑あるいは一
人の子供だけ親と一緒に残ってあとは出
て行くタイプなど︑いろいろなタイプが
ありますが︑少なくとも親が健在のうち
は息子全員が残って世帯一家族としてい
くのが理想とされたわけです︒こういう
例は稀ではないけれども︑理想とされな
がらも現実にはなかなかそれに従えない
ほうが多いという報告があります︒大小
というよりは︑この構造的な形態分類の
ほうが適当だろうと思います︒
もう一つは︑家族を機能ごとに分類す
る見方があって︑例えば居住家族︑経済
家族などという言葉を使っていました︒
経済と言っても細かく分ければいろいろ
なレベルがあり︑生産消費・家計を単位 にしたまとまり︑家業や家財・財産︑あ
るいは扶養という機能と親族としての家
族的な紐帯性を組み合わせることもあり
ます︒また一つの機能であっても特定の
範囲に収まらずいろいろなレベルがある
場合もあります︒例えば祖先祭祀を共同
にする単位をとっても︑どの祖先を中心
にするかで祭祀者の範囲がずれてくるわ
けです︒漢族の家族というのは実はそう
いう機能ごとに広がりが違って見えてく
るのが特色で︑一応︑重層構造と言って
きました︒それをはっきり示すには︑機
能プラス親族関係の家族という組み合わ
せで表すのが分かりやすいだろうと思い
ます︒
特にエミックレベル︑つまり地元の
かまど人々で竈を共にするという単位が非常
に重視されています︒この竈というのは
基本的な生計を共にするということです
から︑共計家族(これは私の造語ですけ
れども)︑あるいは世帯と称されていま
す︒多くの場合この単位が基本的だとさ
れていて︑村の祭りなどでも一つの寄付
ないし割り当ての単位であったりしま
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末 成 道 男[SuenariMichio]
す︒これは居住面で言うとコ房﹂という
形で言われることが多い︒ただし房とい
うのはこのような単位だけでなく︑夫婦
が結婚するとともに一つの房ができるわ
けで︑少し大きな房では︑宗族の始祖の
二人息子などという場合には︑二大房に
分かれるし︑三人であれば三大房に分か
れる︒房というのは宗族の一番上から一
番下のセグメントまでを示す非常に多元
的な言葉です︒もともとは男子とその配
偶者︑子供たち︑その子孫を指す単位と
いうような意味があって︑それがさまざ
まなレベルで使われているわけです︒
それから︑社会学の家族論には時系列
で見てデベロップメンタル・サイクルと
して家族を捉えるやりかたがあります︒
これを人類学にも応用して︑一つの時代
の一つの集落をとって︑例えば大家族と
いうか拡大家族を理想としていても最初
のスタートは夫婦ですから︑子供が生ま
れて︑長男が結婚し子供が生まれるとい
わゆる直系家族になって︑それから子供
たちに複数の夫婦︑子供の単位ができて
いく︑そういう家族の生成と拡大をサイ クルとして描くと︑一つのコミュニティ
に必ずしも理想型だけが存在するわけで
はない︒それは人口学的なもので︑割合
は違うけれども︑いろいろな形態が常に
発展し︑また小さくなったりするといっ
たサイクルが世帯なり屋敷の中で繰り返
されていて︑家族というのはその総和と
して捉えられるわけです︒
居住を中心にすると非常に目につくの
は屋敷という存在です︒これはいろいろ
な呼び方があり︑そのローカルタームの
どれか一語で代表させるわけにはいかな
いので︑むしろ中国では使わない屋敷と
いう言葉がいいかもしれません︒基本的
には竈を共にする非常に小さな生計単位
の家族が︑全くばらばらに分散するので
はなくて︑多くは生まれた家︑親の家の
近くに住む︒もっとも親の家というのは
中国では必ずしも固定していないので︑
兄弟がそれぞれ家を建てても屋敷は共有
にしておくことが多い︒しばしば︑一つ
の屋敷を囲んで周りを塀をめぐらせたり
します︒例えば︑広東省梅県などでは半
円形の屋敷になったり︑さらにそれが立
中国研究 における漢族 社会研究の位置 付け
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体的になると円筒家屋になるわけです︒
平場の治安の良いところではそれほど凝
集力はもたないけれども︑だいたい近所
が同じ系統の集団で︑何十世帯と棟を連
ねています︒それは家族の発展型という
か︑発展していろいろな家族が分かれ
て︑それが同じところに住んでいるとい
うことなのですが︑見方を変えると父系
親族集団にほかならないわけです︒だか
ら︑中国の場合の家族と親族というの
は︑例えば日本のように明確に分かれる
わけではなく︑連続的に機能を上げてい
くとだんだん親族の領域になっていくと
いう性格を示しています︒
親族・宗族・同姓結合
末成次に親族のレペルですけれども︑
この場合︑宗族という単位があって︑こ
れが今お話ししたように屋敷集団として
存在している場合が多い︒ただこれに
は︑M・フリードマンのモデルの一つと
して示されているように︑分散してし
まった宗族というのももちろんあります
が︑見えやすい形としては︑屋敷や土地 を分けないで集合している典型的な場合
があるわけです︒そうすると結合の中心
は︑その土地に移動してきて屋敷を作っ
た入郷祖つまり開祖で︑中央に祀られま
す︒少し解説を加えると︑客家の場合は
祖先を祀る時には家の屋敷の中央の建物
や部屋の中央の祭壇に祖先の位牌を置
みんなんく︒他の閾南系だと神様と祖先を一緒に
する場合には神様の方が上だということ
で︑神様が中央になることもあるけれど
も︑神様を別の部屋で祀るような場合に
はあくまで祖先が中央にきます︒
この祖先というのは︑系譜上の祖先を
理念的に延々と遡るというよりは︑入郷
祖を据えることが多いです︒その上の祖
先は︑中央だけれども少し上の方におく
とかあるいはもっと一般的な祖先全般の
位牌というものを作って︑その手前に入
郷祖の位牌を据えて︑その子孫たちが︑
七月のお盆の時はそれほどでもないけれ
ど︑除夜とか正月︑命日に一番盛大に祀
ります︒また︑祖先の忌日や上元節にも
一族が集まってくる︒そういった形で祖
先を共有して結合をはっきりさせるのが 屋敷集団です︒
それからその範囲をもっと大きく超え
たつながりは︑後から説明しますけれ
ど︑漢族の場合は︑父系的な紐帯だけで
はなくて︑いろいろなレベルで使える紐
帯は利用して結合を活性化するという動
きがあって︑屋敷集団を超えた父系関係
をいくつか結んで連合を厚くする︒その
場合に︑一番自然なのは︑父系的な紐帯
をたどって上のレベルの祖先までさかの
ぼってどんどん大きくして︑全体を巨大
な集団にして機能を持たせる︒これは例
かいとうえば︑政治的な勢力を増すとか︑械闘(武器を使った宗族︑地域︑集団︑族籍
問の争い)などがあった場合︑あるいは
盗賊︑匪賊が非常に多かった時代があり
ましたが︑そういったものに対して一族
として団結し︑多くの人口を糾合するた
めには︑そういうことが大事だったわけ
です︒
それを極端に大きくしていったのがク
ラン的結合︑同姓結合と︑一応姓が同じ
だから血縁もつながっているはずだ︑あ
るいは同じ始祖から分かれているはずだ