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大 船 渡 市 と 気 仙 沼 市 の 都 市 構 造

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大 船 渡 市 と 気 仙 沼 市 の 都 市 構 造

須 藤 つ ね子 1.は じめ

大船渡市 と気仙沼市は、 1)7ス式の陸中海岸の南部 に位置す る都市 である. この両市の比戟研究 は、 まだ取

b

上げ られたことがない.そ こで聾者は、都市構造の比較か ら両市の特 色を明 らか に し

よ うとした.その場合、部分地域の比較 のみでは窮難 と在る.そ こで両市 の市街地が拡大 してい く 過程 とそ の部分地域 の結合関係 とか ら、それぞれの都市 の特 色を明 らかに しようと したのである0

2.大船渡市の市街地拡大

大船渡市の地名は岐 (クナ ト)の転化 であろ うと言われる。思 うに、古来海陸交通 の分岐点 とし て重要を位置 を占めていたのであろ う、大船渡港は明治14年軍艦雷電が入港 したのに始 れ 明治

52在雨宮、榎本氏等の認許す るところ と在 れ 地元 と相計 って大船渡港開港、鉄道事業会社の創 立 をみ るに至 れ 更にその後夢 15帝国議会においては、商港 としての建議案及び前記事業 に対 し

4 08万円の国庫補助建議案が可決され る等 きわめて有利をスタ ー トを した.そ して、昭和11 には5 0 00 t級岸壁、その他附帯施設の一部 を完成す ると共に、相前後 して国鉄大船渡藩 の開通 をみ るに至 った. これ らの交通施設の整備に よb昭和1 1年には東北 セメン ト株式会社大船渡工場 が赤崎村 に立地 し、又、 日本石油株式会社 において も6000t、25DOtの重油 タンクを建設、更昭芽ロ14年には、大船渡及びその周辺町村 を含む区域が都市計画法の適用を受け新 しい構想の もと に総合的 を都市建設を計るべ くスタ ー トし.着 々と発展 の基盤 を育成 して きたので ある.そ して、

更 に戦後は、北上特定地域の一環 として大船渡地区の工業開発が検討され、昭和2 8年北上特定地 域総合 開発計画 の閣議決定に エb大船渡地 区を重点 とす る工業振興の方 向が 明確に打 出され、港湾、

漁港、道路及び鉄道等の事業が横極的托すすめ られ ることにそ ったのであるo

この ようを発展経過 を辿 ってきた大船渡市 の市街地は、盛町 と大船渡町 を中心に拡大を続けて来 た。特 に大船渡町は、大船渡港の開港、そ して戦後 の数々の建設事業、更に昭和24年か ら県単独 事業に よる港湾修築工事 と小野田セ メン トの活況に よる港の利用の増大及び経済事情の好転に刺激 されて、飛躍 的に発展の一途 を辿 って きた.従 ってその市街地 も拡大の一途を辿 D、背後の丘陵地 にまで住宅が建設され、現在宅地は飽和状態に達 してい るが、市街地は更に南北 に伸 びるもの と思 われ る.盛町 も明治の初め頃か ら市街イ四 三なされ、特 に合併以後は大船渡町 と共 に市の中心地 とし て発展 を続け現在に至 っている。その他に、今後の市街化が よb期待される ものと しては、猪 と立横町が ある。両町は共 に比鞍的平適地 に恵まれ、又、盛町か らの中学校や高校の新築移転、 あ.

るいは増設、市営住宅の建設を どもあ れ 特 に立横町は国道45号線沿いで交通の俵が良い ことを

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ども重な って近年の住宅の増加はめざTiLい ものが ある。 従 って両町 と市街 地の主要拡大方 向 と見 て よいであろ う.

5: 大 船渡市の内部地域分化 (港湾地区 )

大船渡湾は、工業港区域 と漁港区域 に分け られてお D、現在までの工業港的施設をま とめてみ る 、‑5000t岩壁2バ ース、10ロロOt岩壁1バ ースのほか,上屋野積場、船舶補給施設等 の公共 施設 と小野 田セメン ト専用1

0口Ot

機構 2バ ース、亀井商店専用桟橋、渋谷鉱業専用港、及び川崎 鉱 業石灰石積 出施設等が ある.漁港的施設は、大船渡町下船渡 と末崎町細浦に魚市場が あD、 これ 2つ の魚市場 を囲ん で製氷冷凍工場が両町に集中 している.更に、重要港湾、関税法 に よる開巻

、検疫法 に よる検疫港、植物防疫法 に よる植物防疫港 な どの指定 を うけた こともあ って港湾 の管理 機能 も集中 してお D、 これ らが港湾地区 を形成 してい る.

電商業地区 〉

大船渡市の商業地区は大船渡地区 と盛地 区 である。両地区は歴史的に見て も市 の発 展 の中心的 を役割 Dを果 してか D、また、

東側に工業用地が あるので連担 して市 の中 心部 とを b業務,居住地帯 を形成 し、水産 基地、商港、工業港 の拡充 に よって大船渡 市 の海の玄関 口ともな ってい る.従 って各 種施設 も配置され商店 の集積の慶合い も大 きい.特 に買廻品店は両地区に集中 してい

電行政地区 》

大船渡市 で行政棟 関の集 中がみ られ るの は市 役所を中心 として合同庁舎、中央 公民館 、警察署の集合 してい る盛地区である.大船渡に港 湾 の管理機能が集中す るのに対 して、盛町は市内のほほ 中央 に位置 し、国鉄大船渡線 の終着駅、三 陸縦貫鉄道盛湊 の始発駅 であ D、又、バスセ ンタ ーの存在 などに よって市 内の交通 の要点にな って い ることもあ って管理機能を発揮す るには好適を位置 であ D、行政地区 と して分化 して きた.

(工業地区 )

市 は大船渡港の背後、盛川南貴地区、それに小野 田セ メン ト工場が立地す る赤崎町跡浜地区を工 場適地 と してお D、今後赤 崎地区の埋立工業団地造成剖画な どと相Tiって、増 々これ らの地域 は工 業地区 と して分化 してい くことと思われ る. しか し、 これ らの=場はいずれ も原料立地型工場 をの

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で、従業員のほ とん どは地峡住民で占め られ、従 って工場設立 に伴 う社宅の建設を どはあまD見 ら れをい.そのため、工業地区 に住宅地が付加され るとい う現象はみ られ浸い。

(住宅地区 )

市では、現在は つきDと住宅地区が分化されるに至 ってお らず商店荷や工場地区に一般住宅が混 在 しているのが現状である. しか し、その中で も、比戟的平坦地の広が っている猪川町 と立横町は 中学校及び高校 の移転新築や、市街地に近 く交通の優が良い ことを どもあ れ 住宅が増加 してお b 将来は住宅地区 として分化 され ることが予想され る。

4.気仙招市 の市帯地拡大

気仙宿は、大正 9年 と昭和4年の二度にわ た る大火災 を契機 として町の区画整理、海岸 線 の整理、 内港 の一部埋立等市街地的整理 を 行 をい、また、同 じく昭和4年には気イ山沼港 が第二種漁港 に編入され、以後数にわた b 漁港修築工事が起工され、昭和10年には、

気仙宿魚市場 を開業す る夜 ど逐次膨張 を示 し て来たo昭和2 8には気仙沼町、鹿折町、

松岩町の合併を行い市を施行 し、更に昭和 5 0年には新月 村、階上村、大島村 も加わ b 市域 を拡大 した。昭和5 1年には、気仙沼魚 市場が内ノ脇地区に移転開業 し、それに伴い、

国鉄臨港線が開通 し、更 に昭和522月には 三陸鉄道が開通 し、南気仙沼駅が開設され る

とこに市帯地が形成され、北か ら伸びて来た市街地 と連結された。更に市帯地は、九条 ・田中地 区を中心 とした平垣地、及 び赤岩、舘森 夜 どの丘陵地うで住宅が伸びてい くに従い、大川、神山川 沿 いの平痩地は勿論、 これまでの市帯地 の北方 と南方の国道4 5号線沿いの平担地や、三陸鉄道の 各駅前に形成されつつ ある。

5,気仙溶市 の内部地域分化 (港湾地区 )

気仙沼の発展 を支えて きた港湾地区は、水産的機能の集に よって形成された。 気仙沼の水産業 は、大正4年、昭和4年の二度にわたる大火災、同 じく昭弁口4年の上水道の通水等 に よb画期的を 向上 を行ない、昭和5年には第一期漁港修築工事、昭和1 0年魚市場の建設な どが行 われた。 更

昭和25年には主要設備を外港 に移 し、水陸相互の設備の結合 によって港の利用度 を高に発拝せ

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しめ ようとい うね らいで第二期漁港修築=事が始め られた。そ して昭和5 1年には、現在地 に新 し い魚市場が開設され、更に この年には国鉄臨港線 も開通 し陸上運送が容易に売 った8 そ して新魚市 場 の近

には、新 しく水産加工場 や製氷、冷凍工場、鰭詰工場 をども建て られ、又、船舶修理工場 や油版売所、漁協事務所 をども集中 し、漁港の機能を受け持つ に至 っている.一方、昭和5 99には 内ノ脇地区に 1000t級船舶及び5088t級船舶接岸の岩壁工事が実蔑 され、漁港機能か ら 分離 した商港機能を持つ地域が形成された.港湾の背後 には、三 陸鉄道南気仙沼駅があることと相 ま って、急速 に市債地が発展 し、港湾に特有の飲食娯楽衝 も十 分 な発達 を示 してい る。

(商業地区 )

気仙沼の中心商店衝 は三 日町 と八 日町であるが、市衝地の拡大 に伴 い更に港 に沿 って拡大 されて 来た。その特 色は、港の近には対船舶船員 関係主体の商店街 や、盛 b場的性格の強い飲食、娯楽、

サ ービス業種の多い商店衝 がみ られ ることである 電官公庁地区 )

市布地の拡大 に伴 い多 く官公 庁は移転新築 を した蘇果現在はか

をD

の散在 を示 している. だか ら 官公庁地区 として明確に分化は していないが、行蚊関係は舌町か ら市役所のある八 日町にかけて、

司法 関係は河原 田に、港湾関係は港湾沿いにある程度の集中が見 られ る.

Lf)気仙沼市役所

(参気仙沼公共職業安定所

④ 気仙沼労政事務所

④ 気仙溶警察署 (参気仙沼中央公民館

@ 気仙溶市民会館

⑦ 気仙沼市図書館

⑧ 気仙沼 消防署 (9気仙沼保健所

⑲ 検察庁

⑯ 簡 易裁判所

⑲ 気仙沼裁判所

㊥ 仙台法務局気仙沼支局

⑭ 気仙沼税務署

⑯ 気仙溶営林署

⑯ 日本専売公社気仙沼出張 所

㊥ 気仙溶 郵便局

⑯ 気仙沼電報電話局

㊥ 気仙溶・水産事務所

@ 気仙溶漁港事務所

㊥ 東 北海運局気仙沼支局

@ 東北海運局気仙沼船員職業安定所

@ 塩釜海上保安部気仙溶分室

㊨ 第二管区海上保安部気仙沼航路標語事務所

㊧ 公立気仙沼総合病院

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(工業地区 )

気仙沼市 の工業は、漁港の機能 と関連 して発展 してきた水産加工業及び冷凍、製氷工業 と造機が 中心で、その大半が中小零細企業である. これ らの=場 や事業所 な どは、市街地 に混在 しているの が現 状であるが、それで も、水産加工、冷凍、製氷 な どの工場 は弁天町、潮見町、魚市場前な どの 魚市場 を中心 とした港湾地区に比戟的集中 してお れ 造船造機工場は浪板地区に集中がみ られ るO

(住宅地区 〉

気仙沼市 では、住宅難緩和 のため昭和26年度か ら、九条、田中地区に市営住宅の建設を行 な っ たoそ の後、三陸鉄道の開通 などに よ9交通条件が良 くな った ことや、地形的に平坦 及びゆるやか を丘陵である こと、 しか も市帯地 や商工業地域を囲んで通勤 に便利 を ことな どか ら「般住宅 もそれ を核 として増加 を続けたoそ して現在は、赤岩、舘森を どに も伸びている。

6.むすび

両市は、共 に地方の′都市 であるため、現在充分に市街地が拡大 し地域分化 している状態 とはい え ないo従 って、は つきDと した特色を持つに至 っていないのが現状である。 しか し、その中で も、

両市 の市街地 形成過程をみ ると、大船渡市 の場合は漁港 としての影響を もちろん見逃すわけにはい か をいが、それ よbもむ しろ、国、県及びに よる積極的を工業開発政策 に よる=業発展が直接の 原動力 とな って、市街地が拡大された とみ るべ きであるO従 って中心商店街 も、歴史的な条件 と相 ま って大船渡地区 と盛地区に決定 された8 そ して、更に工業用地の造成、港湾の整備、河川改 修等 が計画され、岩手県南臨海地城の工業開発拠点都市 を市の大 目標 に掲げている現在、工業地区は比 戟 的は つきDと分化 され るに至 ってかD、中心商店に も工場従業員が利用す ると思われ る契茶店 やバ ーが分散 してお 9、 この構成率は高いo この ように大船渡市が工業都市 としての性格を強める のに対 して、気仙沼市 は漁港 としての性格 を示 しているO気仙沼市 は、水産業の発展 と港湾の充実 に よって市街地が拡大されて来てお 9、従 って、魚市場 を囲ん で水産加工業地区が分化 してか 9、

更 にその囲

D

に水産業従事者が利用す る食堂やバ ーが、又、魚市場周辺の商店

に も漁業に関連す る商店が比較的集中 してい る。そ して今後 も気仙沼市は、全国的にす ぐれた水産基地 の機能 を一層 強化す ることを市の発展 目標 としている ことか らも、増 々その性格 を強めるもの と思 う,

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参考文献 ・資料

大船渡市( 1958) :大船渡市 における石油精製工場立地 に関す る調査 田津隆一 ( 19 89) :大船渡 市おけ る=業団地の性格

東北地理2 1‑ 4 上 下克彦(1989) :岩手県大船渡 ,陸前高 田市の生活 圏

東北地理22‑ 1 大 船渡.if ( 197 1) :大船渡市新総合開発基本計画書 大 船渡市( 1975) :大船渡 市勢要覧

気仙沼町誌編纂委員会( 1955) :気仙蒋町誌

気仙沼市 (197 1):気仙沼市商 業診断結果 の所見 と勧告事項 気仙沼市( 197 2) :総合計画基本計画

気仙招市( 1972)・総合剖画基本計画 気仙沼市( 197 5) :気仙招市勢要覧

参照

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