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(1)

西独都市再開発における社会計画と社会的現実(?

) : ミュンヘン・ハイトハウゼンの事例研究

その他のタイトル Der Sozialplan und die sozial‑und stadtstrukturellen Folgen bei

Sanierungsmasnahmen : Eine monographische Untersuchung uber die Sanierung des Munchner Stadtteils "Haidhausen"

著者 神谷 国弘

雑誌名 関西大学社会学部紀要

18

1

ページ 85‑122

発行年 1986‑11‑04

URL http://hdl.handle.net/10112/00022715

(2)

関西大学『社会学部紀要』第18巻第1 1986, pp.85122  ISSN 0287‑6817 

西独都市再開発における社会計画と社会的現実 (ill)

—ミュンヘン・ハイトハウゼンの事例研究ー一—

神 谷 国 弘

Der Sozialplan und die sozialund stadtstrukturellen  Folgen bei SanierungsmaBnahmen 

Eine monographische Untersuchung Uber die Sanierung 

des Munchner Stadtteils  "Haidhausen"

― ―  

Kunihiro  Kamiya  Abstract 

Seit  einigen Jahren werden die Probleme um den  Verfal l der  Stadtzentren  der  GroBstadte  von  den Soz i lwi ssenschaft lern und  den  Stadtplanern  wahrgenommen  und diskut•iert. Diese  Situation kann man sowohl in den japaniscen  GroBstadten  als auch  in  den europiiischen  und amerikanischen Stiidten  finden.  In  den Stadt‑

zentren der  GroBstadte zeigen sich  die Verschlimmerung der Wohnsituation, die  Verschlechterung  der  Verkehrsverhiiltnisse und die abnormale Steigerung  der  Bodenpreise besonders deutlich.  Infolgedessen  fli.ichten  die  Einwohner  und  die  Unternehmungen aus den Stadtzentren der  GroBstadte  in  die  Umgebung  oder in  Trabantenstiidte. 

Gegen diese Verhaltnisse wollte man durch  SanierungsmaBnahmen  in  den Stadt‑

zentren etwas unternehmen.  Aber  in  den  japanischen  GroBstiidten  sind  solche  S;inierungsmaBnahmen im  Vergleich  zu den europiiischen  Stiidten  bi sher  haupt‑

siichlich  nur vor  den  groBen, verkehrsreichen Bahnhofen oder  in  den zentralen  Geschiiftsvierteln durchgefi.ihrt  worden.  Aber heute  und  in  naher  Zukunft  werden  SanierungsmaBnahmen auch  in  den  Altbauvierteln der  japanischen GroBstiidte zu  einer besonders dringlichen Aufgabe werden. 

Seit  der  Verabschiedung des Stiidtebauforderungsgesetzes  durch  den  Bundestag  im  Jahre 1971  haben die deutschen Stiidte  hinsichtlich der  Sanierungspraxis  in  den Altbauvierteln  reichliche Erfahrungen.  Wir hier  in Japan k1innen  und  mi.iBen  von dieser Praxis  in  den deutschen Stiidten  und den dabei gemachten Erfahrungen  viel  lernen. 

In  diesem Aufsiitze mochte  ich  als  ein Beispiel  einer  solchen  Altbauviertel‑

Sanierung die MaBnahmen im Mi.inchner  Stadttei l "Haidhausen"  behandeln und die  Probleme untersuchen,  die sich  bei  den sogenannten Sozialplan im  Stiidtebaufor‑

derungsgesetz ergeben  haben.  Ich  mochte auch die sozial‑und stadtstrukturellen  Folgen untersuchen,  die  in  der Sanierungspraxis  der  deutschen  GroBstiidte  festzustellen  sind. 

Key words : Sanierung, SanierungsmaBnahme, Stiidtebauforderungsgesetz,  Sozialplan, stiidtebauliche MiBstiinde, nachteilige Auswirkungen,  Unmittelbar Betroffene, Eroterrung 

抄 録

21世紀を展望する都市政策の中心課題の一つに都市再開発がある。本稿は住宅・環境 整備型再開発では先進的事例である西ドイツの実態をとりあげる。具1本的には, ミュン ヘン市のハイトハウゼン地区における再開発実践について.とくに「社会計画」を中心

として問題点を究明してみたい。

キーワード:再開発,再開発措置,都市建設促進法,社会計画,都市建設上の欠陥,

不利益な影響,直接の関係者,討議

(3)

関西大学「社会学部紀要』第18巻第1

III.  ミュンヘン・ハイトハウゼンにおける都市再開発実践と社会的現実

19766月,「都市区ハイトハウゼン再開発の総合計画」 (Gesamtkonzeptzur Stadtteilsanier ung Haidhausen)が市議会で可決され,本格的な再開発措置 (SanierungsmaBnahmen)  の展 望が確定した。事業期間は1977年から1991年までの15年の予定であり,現在なお進行中である。

したがって,現段階において,都市再開発実践の社会的成果について,最終的結論を提示するこ とはできない。それはなお,数年あるいは数十年先の作業となろう。ここでは,さしあたり中間 結果の報告で満足するほかはない。ミュンヘンにおける最大規模の再開発事業であるだけに,行 政側もその効果測定については,深甚な関心を寄せ,また,都市研究家にとっても,壮大な実験 素材を前にして,分析関心はいやが上ににも高まっている。各種の行政資料とともに,研究報告 も逐次,積み上げられており,再開発事業の全貌が,次第に浮き彫りされつつある。筆者自身1981 1984年の両滞在時での数次にわたる巡検によって,視覚的にその実態に触れる機会をもった。

もちろん限られた時間内での計画当局者との意見交換や資料取得が限度であり,関係住民との交 流にまで及ぶ余力をもたなかった。そのため,自らの調査実績を踏まえた調査報告にまで昇華し えなかった限界を率直に認めねばならない。ここで紹介するデータはすべて蒐集した資料を素材 とした二次データであることを断っておく。

ミュンヘン・ハイトハウゼンにおける再開発措置 (SanierungsmaB nahmen)の効果測定に関す る中間報告資料として,もっとも体系的かつ包括的なものとしては, ミュンヘン社会調査研究 所(代表, K.M, シュマールスDr.Klaus M. Schmals)が市当局からの委託により,社会局,

計画局との協力の下で行なった第一次年報 (1. Jahresbericht 1980)がある。111) この年報は再 開発の総合計画が市議会で可決され,措置行為が開始されてから 4年間の地域の変貌を社会的な 側面と空間構造的側面の両面から客観的にたどったものである。同資料とならんで,実際にハイ トハウゼンに居住し,再開発措置を体験した一人の社会学者が,関係住民との直接対話を通じて,

彼らが現実に進行している再開発をいかに受けとめているか,いうなれば再開発に対する住民の 主観的な反応を記述した報告がある。この女性社会学者はこの体験を敷術して,再開発について 批判的な視角を提示しながら,「わが家をめぐる不安ー客観的過程ならびに主観的体験としての都 市再開発ー」と題する一書を公刊したのである。112)本稿では,この2つの報告書を軸とし,ミュ ンヘン市再開発担当行政責任者, ミュンヘン大学社会学研究所の都市社会学研究者らとの討議を 通してえた情報や知見を素材として再開発ケースの暫定的な中間報告を試みたものである。

111)  Die  Sanierung des Miinchner Stadtteils  HaidhausenSozial and stadtstrukturelle  Folgen‑Eine  begleitende Langzeituntersuchung.  (1. Jahresbericht 1980  以下 ahresberichtと略記)。

112)  C.  Schachtner, Die Sorge um unser ZuhauseStadtsanierung als objektiver Prozess  und subjektives Erlebnis  (Verlag Olschl~ger 1984) 

(4)

西独都市再開発における社会計画と社会的現実 (III) (神谷)

本報告では,まず,再開発開始後4年間の時間的経過の中で,ハイトハウゼンが経験した社会 構造面での変容を第一次年報のデータに依拠してたどり,続いて再開発地域の住民が再開発をい かに受けとめ,評価しているかという主観面について, C.シャハトナーの面接データを素材と

して明らかにしてみたい。

再開発と社会的現実(その 1) 一 客 観 的 構 造 的 側 面 ―

再開発結果の構造分析データにはデモグラフィック動態,住宅手当受給者比率,建築空間など の統計資料が利用される。ただ,ここでは再開発の結果生じた建築空間的変貌は直接の研究テー マではない。したがって,上記の中,前2項目のみがここでの対象となる。

(a)  仮説構成

1980年公刊の第一次年報では調査に先立って,各項目毎にそれぞれ,いくつかの仮説を構成し ている。113) ここではデモグラフィック動態と住宅手当受給者比率に関する仮説のみをとりあげ

(a)‑デモグラフィック動態に関する仮説

デモグラフィック動態に関する仮説は①人口構成に関する仮説と②社会動態に関する仮説とに 分けうる。

(a)‑‑1 人口構成とその変容に関する仮説

第一次年報では人口構成に関する仮説を5点にまとめている。114)

①  もし再開発地域において,年令構成,外国人比率,世帯規模分布などの諸点で変化がみら れるならば,そこに人口構成の変貌が認められる。

②  住民特性の変化は再開発地域内の特定プロックに集中することが予測される。

③  再開発地域における年令構成,外国人比率,世帯規模分布の変動は,たとえば出生率の低 下とか死亡率の恒常化などの一般的なデモグラフィックな様態とともに,特定の人ログループ

の移動の有無にも関係する。

④  特定の人ログループの流出による世帯規模分布の変動は家賃の上昇とか当面の近代化措置 にともなう諸状況に影響されたものである。

⑤  再開発地域の人口構成の展開は次第に全都市のそれに近接する。この方向は「ハイトハウ ゼン総合計画」 (GKH)の目標にも合致する。

113)  1.  Jahresbericht,  SS. 78‑86  114)  Ebd.,  SS. 83‑84 

(5)

関西大学『社会学部紀要』第18巻第1

(a)‑‑2 移動に関する仮説

ここでは地域移動について社会動態統計に基づいて10の仮説が提示される。ll5)

①  ハイトハウゼンヘの流入,ハイトハウゼンからの流出によって,人口量と人口構成は変化 する。

②  市区ハイトハウゼンを境界とする人口の流出・流入および市区内移動はミュンヘン各市区 全体の平均水準より高い。

③  時系列的にみるとき,移動に関する傾向は全市とハイトハウゼンとは本質的に一致する。

④  市内移動における移動先は全市的に均等にではなく,特定都市区に集中している。

⑤  再開発隣接地域は再開発地域に比べ,市域境界をこえての広域移動をより多く示す。

⑥  離村向都移動による社会増は再開発地域において,再開発隣接地域より少ない。

⑦  再開発地域,再開発隣接地域ともに, 1976年以降, 1人世帯の移動の増加傾向は多人数世 帯のそれより,いちじるしく大きい。

⑧  再開発隣接地域では再開発地域よりも, 1人世帯の社会増がより顕著である。

⑨  再開発隣接地域,再開発地域を問わず, 1人世帯の増加は外国人世帯の流入よりも,ドイ ツ人世帯の流入の結果であるといえる。

⑩  再開発隣接地域,再開発地域を問わず, 2人以上世帯についていえば,その社会増は外国 人世帯の流入の結果であるとみなしうる。

(a)‑住宅手当受給者比率に関する仮説

住宅手当受給者比率とは,ある地域の住民数の中に占める住宅手当受給者数の比率を指す。ll6)

①  住宅手当受給者比率の分布は1977年以降,ミュンヘン全市,ハイトハウゼン全市区,再開 発地域,再開発隣接地域のそれぞれにおいて,異なった展開をみせている。

②  ハイトハウゼンにおける住宅手当受給者比率は時系列的にみて全都市の傾向とは偏椅して いる。

③  受給者率についてその動向をみると,公式に指定された再開発内部でも,プロック毎に異 なった表れ方を示す。

④  再開発計画の市議会可決以来,住宅手当受給者比率の動向は再開発地域において,それま での展開方向とは逆に経過していく。

115)  Ebd.,  SS.84‑85  116)  Ebd.,  S.84 

(6)

西独都市再開発における社会計画と社会的現実 (ill) (神谷)

(b)  再開発にともなう社会構造の変容 (b)‑デモグラフィック動態の現実

再開発が地域のデモグラフィックな動態の上に,どのような形で影響しているか。上記仮説と の関係で, 1975年ー1980年の間の変化の様相を①年令構成の変化,②外国人比率の変化,③世帯 規模の変化などについてみておく。その際,ミュンヘン全市の動向との比較,再開発地域内のブ

ロック別の態様などについても立ち入ってとりあげる。

(b)‑‑ 1  人口構成とその変容

①年令構成別人口動態

17は公式に指定された再開発地域における1975年と1980年の年令構成比別人口を示したもの である。再開発地域全体としては5年間に, 1,428人,約1割強の減少をみている中で, 22 45 オの中間年令層が増加し, 0 5オの幼児, 6 15オの学令期児および65オ以上の老令層が いずれも減少傾向を示している。その理由,背景の1つに,外国人の増加が寄与していると考え られる。外国人の多くは,地中海沿岸諸国からの出稼ぎ労働者とその一部の家族からなり,青壮 年階層が主体であるからである。ミュンヘン全市と再開発地域との間には,次第にその年令構成

17再開発地域年令構成比別人口動態

年~ 1975年(%) 1980   ミュンヘン全市(%)

0 ‑ 5  5.4  4 2 1.8 (イツ人)

2.4 外 人 ) 3.8  6 ‑ 15  9.5  8 5 4.5   ドイツ人)(

・  4.0  外国人) 9.3  16  ‑ 21  6.5  6 1 3.9 (イツ人)

2.2 外 人 ) 7.5  22  ‑ 45  40.0  46 27.4 (イツ人)

18.8 44.6  46 ‑ 65  20.2  18 153..04 (イツ人) 20.3  65  ‑ 18.5  16 5 16.0 (イツ人)

0.5 15.9  人口総数 12,613 

11,185  1,299,774  (7,423) 

Jahresbericht S.95 Tab.lより作成

(ド悶:は:温闊悶~:.'盟悶悶岱::ば:。されたもの。

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(7)

関西大学『社会学部紀要』第18巻第1

上の差は縮小しつつあることがわかる。このような変化が特定の人口階層の流入もしくは流出の 結果か,あるいは一般的な出生率の低下にもとづくものか, 1人もしくは2人からなる若年世帯 の高い流入によるものかは,現資料のデータ操作によっても,決定的な要因指摘はできない。

上記の年令構成の変化をさらに,再開発地域内の個別ブロック別にみたのが表18である。ただ し,資料的に若干問題となるのは, 65オ以上の年令層について, 1975年のデータがないこと, 15 オから21オの年令において, 1975年と1980年のおのおのについて,若干のズレがあることの2 であるが,その限定つきでみておく。人口の絶対数は表17の動向と異なっているのは, 1975年に 関するデータが再開発のための準備的調査のアンケートから得られたものであることによる。(表 17の人口総数の数字が住民登録からの数字であることやその異同に注意)。

表18 再開発地域内プロック別年令構成の動態

年令 人 口 数 0‑5 146‑1515211621 22‑45 46オ以上 内65J:)

1975  1980  1975  1980  1975  1980  1975  1980  1975  1980  1975  1980  1980  377  491  4.2  2.0  11. 7  7.7  7.2  7.7  37.1  41.9  39.8  40.5  14.0  148  213  4.1  3.3  4.1  7.5  6.8  10.3  36.5  37.5  48.6  41.3  19.2  11  188  177  3.2  1. 7  7.4  11.9  8.5  9.6  36.7  37.8  44.2  39.0  19.8  12  159  333  5.0  4.8  10.7  8.7  8.2  7.2  41.5  49.5  34.6  29.7  12.3  13  107  142  5.6 

1.9  7.7  3.7  3.5  39.3  40.8  49.5  47.9  25.3 

14  115  126  1. 7  5.5  6.1  8.7  7.0  6.3  39.1  39.7  46.0  39.7  23.8  14C  210  234  3.8  3.4  9.0  14.5  6.2  8.1  37.1  36.7  43.8  37.2  14.5  16  240  722  5.8  5.8  8.3  8.0  6.7  3.6  44.6  50.7  34.6  31.8  12.0  17  203  258  7.9  6.2  6.4  12.8  8.4  3.5  41.9  46.9  35.5  30.6  15.5  18  456  688  4.6  4.9  6.1  6.7  9.9  3.9  46.1  57.1  43.4  27.3  11.5  19  429  833  3.5  3.1  9.3  5.2  5.6  4.8  36.8  50.8  44.7  24.1  14.8  20  481  804  4.0  2.1  7.3  7.0  5.8  4.3  33.1  43.6  50.1  41. 7  21.9  22  576  846  6.6  5.1  8.0  7.8  8.0  7.6  39.9  47.3  37.7  20.4  16.4  25  659  1158  4.7  5.8  11.1  9.4  6.8  7.6  41.4  48.9  36.0  28.3  11.6  36  296  732  6.8  3.7  6.8  6.7  6.8  3.7  37.5  34.0  42.4  51.9  38.5  37  418  678  5.7  3.8  8.9  10.0  7.4  6.0  36.1  49.8  41.9  30.2  13.0  38  513  819  3.9  4.5  9.4  8.9  8.4  6.6  39.0  45.4  39.4  34.5  16.1  39  342  590  5.0  5.1  7.6  9.5  4.7  6.9  40.6  46.3  42.1  32.2  12.0  40  518  795  4.6  4.6  8.7  11.3  6.0  7.5  44.6  45.4  36.1  31.1  14.2  49  155  378  2.6  4.2  4.5  7.9  9.7  7.9  28.4  43.4  54.9  36.5  16.1  76  109  168  3.7  1.2  7.3  8.9  8.3  5.4  38.5  48.2  42.2  36.3  20.2  Jahresbericht S.99 Tab.3より作成

(8)

西独都市再開発における社会計画と社会的現実 (III) (神谷)

就学前の幼児について,1975年調査では16, 17,  22,  36プロックに集中.とくに17プロック 7.9%と最高値を示す。対照的に14プロックで1.7%と最低となっている。 1980年の住民登録デ ータでは,14,  16,  17,  22,  25および39プロックで高い値を示し.とくに17ブロックでは6.2% 最高値となっている。 6 14オもしくは6 15オまでの年令層(学童期)比率の分布の変動 は大きい。プロック 725では6 14オの年令層比率は1975年でそれぞれ11.7%11.1%で最 高値を示したが,1980年段階では.プロック14C17において.それぞれ14.5%, 12.8%と最高 値となっている。 65オ以上の老令層比率の分布をみると,大養老院が存在する36プロックの38.5

%を除外すると,13および14プロックがそれに続いて高い集中度を示している。総括的にみて.

17,18における年次比較から,再開発地域全体でも.その内部のブロック・レベルでも,年 令構成上の変動が起きたのは,居住人口のいくつかの年令層が不均等に減少した結果であると推 定できる。ただ.その変動が移動によって生じたものか.それとも出生率,死亡率といった他の

ファクターに起因するものかは,現存資料では確認のすべがない。

②外国人比率別人口動態

国籍別人口動態は再開発準備的調査以来の人口構成の量的質的変動を測る有力な指標となる。

19が示すように,外国人比率は 1割以上も上昇した反面. ドイツ人は1割強の減少を示してい る。その間.全ミュンヘン市レベルでは16.8%から16.4%とほぽ横ばいであることを考慮するこ と,再開発地域ハイトハウゼンにおける外国人比率の増大は顕著である。もっとも資料的には若 干問題があるようで.「第1次年次報告」も認めているように}17>1975年の数字は準備的調査におけ るアンケート調査からのものであり,回収率自体が80%で.この際.多くの外国人が落ちていた と推測され,また,1978年度の住民登録カードでは,すでに流出した外国人が.転出届けを出さ ないため.カードからの抹消作業が行なわれなかったという可能性もある。したがって,1980 段階での外国人の数は実状より少ない筈である。それを差し引いても,外国人比率の上昇は明白 であるが.それが外国人の流入によって生じたものか. ドイツ人の流出に起因するか,両者の相 乗作用によるものかは,国籍別の年令,世帯構成などのデータの欠如のゆえに,経験的に有効な 検証は不可能である。

外国人比率を再開発地域内のブロック別にみたのが表20である。同じ再開発地域内でも.ブロ ックによって異なった動態が予想される。外国人とくにその主流たるGastarbeiterとその家族の 凝離現象 (Segregation)の問題は.いわゆる統合政策 (Integrationspolitik)との関連で.こん にち.西独主要大都市の中心問題の1つとなっている。とりわけ,特定のプロックや棟への集中 は.しばしばゲットー化(Ghettoisierung)の名称でよばれ.その問題が指摘されている。ここで は,いちおう実態についてのみ概観しておく。

117)  Ebd.,  S.103 

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