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「魂」の行方一中国における「鬼神」論の伝統一

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「魂」の行方

一中国における「鬼神」論の伝統一

※平成13(2001)年度・国士舘大学哲学会〔倫理学専攻講演会]講演要旨

伊東貴之

、「鬼神」の存在と儒教の「宗教」性について

「儒教」=「宗教」説と「儒教非宗教」説をめぐって

伝統中国の思想・宗教に関して、よく「三教」という言い方がなされます。これ はもちろん、儒教・道教・仏教の三つを総称するものですが、儒教を他の二者と並 称することには、若干の問題が残ります。すなわち、本来、インド伝来の外来宗教 である仏教と中国固有の信仰形態である道教はさておき、儒教はそもそも「宗教」

なのか否か、という疑念です。実際、儒教は、一般には、むしろ世俗的な道徳的教 説の体系と観念されています。他方で、冠婚喪祭などの人生上の通過儀礼を具え、

「孝」の延長線上に、「気」の連続性による生命的な連鎖を基底とする祖先祭祀の 伝統を有するなど、ある種の「宗教」性をその本質としていることも、紛れもない 事実です。にも拘わらず、そうした通念が生まれる背景には、儒教が実際に政治社 会において果たした機能とともに、元来、孔子その人が、死後における人間の魂の 存在といった問題について、性急な論断を回避し、きわめて慎重な態度を堅持して いたらしいことが挙げられます。

すなわち、孔子の言と伝えられる「民の義を務め、鬼神を敬してこれを遠ざく」

(「論語』雍也篇)、「怪力乱神を語らず」(「論語」述而篇)、「季路、鬼神に 事えんことを問う。子の曰わく、未だ人に事うること能わず、焉んぞ能<鬼に事え ん。曰わく、敢えて死を問う。曰わく、未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん」

(『論語』先進篇)といった表現がそれに当たります。ここで「鬼神」とは、人間 の死後の霊魂的なるものと自然界に充満するアニミズム的な存在の総称です。もっ とも、一方で、儒教的伝統においては、同時に「子曰く、鬼神の徳たる、其れ盛ん なるかな。之を視れども見えず、之を聴けども聞こえず、物に体して遣す可からず。

天下の人をして、斉明盛服して、以て祭祀を承けしむ。洋祥平として其の上に在す

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が如く、其の左右に在すが如し。詩に曰く、神の格る、度る可からず、矧んや射う

可けんやと。夫れ微の顕なる、誠の構う可からざる、此の如きかな」(『中庸」第 十六章)などとして、「鬼神」の存在をむしろ積極的に意義づける言説も見出され

るのです。

総じて、ここには、「鬼神」の存在それ自体の肯定とこれに対する概ね「淡白」

な態度とが、奇妙なことに共存しています。もちろん、『論語」に記載された孔子 の言葉は、まず第一義的には、現世内的な政治・社会上の責務の重要性の認識を示

したものであって、所詮は、いわば「優先権」の問題に帰せられるべきものかも知

れません。また、「論語」の言説を、一種の精妙な不可知論と見倣すことも可能で しょう。しかしながら、こうしたある種の「合理」的で慎重な態度に潜在する、両 義的で暖昧な姿勢こそが、やがて、さまざまな哲学的・思想的な論点を惹起してい くのです。因みに、古代中国の,思想界においては、他にも、「鬼神」の存在を主張 する「墨子」明鬼篇のような議論と、桓證の「新論』や王充の『論衡」などの、一 見、唯物論的な、いわゆる「無鬼論」とが並在していました。

二、「魂」「魂」「鬼」「神」というカテゴリー

ここで、古代中国の伝統的な死生観・宗教観を概括的に整理しておきましょう。

より精確には、それは「魂」「槐」「鬼」「神」という四つのカテゴリーで表現さ れます。これら相互の関係は、テクストにより、やや錯綜していますが、「魂気は 天に帰り、形槐は地に帰す」(「礼記」郊特牲篇)、「衆生必ず死す。死すれば必 ず士に帰る、此れを之れ鬼と謂う」(「礼記」祭義篇)などと称されるように、

「気」によって構成される人間の形体(身体)のうち、最も霊妙なものが「魂」と

「槐」であり、肉体が消滅した後も存続する「魂」「魂」が、それぞれ「天」と

「地」に辿り着いたものが、「神」と「鬼」と定義することが出来ます。いま、こ の関係を簡単に図示するなら、次のようになります。

◇「魂」→(天)→「神」/「槐」→(地)→「鬼」。

なお、ここで「鬼神」、特に「神」とは、前述したように、死者の霊魂のみなら ず、自然界に遍在する、人知を超えた霊妙不可思議な現象、いわゆる天神地祇の類 をも包摂するものです。また、「天」に帰した不滅の「魂」に対して、時に「槐」

の方は、肉体の消滅とともに滅ぶものとして対比されたり、取り分け「鬼」は、非 業の死を遂げるなどして票りを為すものとして観念されました。そして、こうした

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存在が、しばしば我々の吉凶禍福に深く関わっていると考えられたのです。

儒教それ自体も、原理的には、概して、こうしたむしろ民俗的な世界と鯵透し合

って存立していました。それは、儒教が、人間にとって最も枢要な行為と考えた祖 先祭祀の意義づけの問題とも、その根抵において密接に関わっていたのです。

三、「神滅不滅」論争(魏晋・南北朝時代)におけるボレミック

こうした伝統的な習俗とも近接した考え方は、本来、外来宗教である仏教の受容

に際して、ひとつの大きな問題を引き起こしました。そこでの論点が、「形」(肉 体)と「神」(精神・霊魂)の関係をめぐる、魏晋南北朝時代の有名な「神滅・不 滅」論争です。これは、「形神」の一致・不一致という、いわば身体論的な問題と も絡んで、死後にも永続する一種の個我の有無が問われ、「神」の減・不滅が議論 されたものです。一体、仏教は本来、輪廻からの解脱を志向し、縁起説とも相俟っ

て、もとより実体的な霊魂の存在を認めない立場と考えられますが、当時、中国で は、因果応報的な輪廻(三世説)を説く教えとして、何らかの業報の主体を認める ものと理解されました。このため、仏教陣営では、慧遠の「形尽神不滅」論(同

「沙門不敬王者論」『弘明集」所載)に代表される、いわゆる「神不滅」論が説か れ、これに対して、仏教批判者の側からは、萢鎭の『神滅論』などの「神滅」の議

論が主張されました。

そして、仏教者たちが標楴した「輪廻」を前提とする場合はもとより、「形神」

の相即不可分を論じて、「形」(肉体)の消滅とともに「神」もまた滅びることを 説く「神滅」論も、同様に、祖先祭祀を基幹とする伝統的な中国の習俗とは、論理 的な齪鵬を来す結果となってしまいます。なお、「神滅」論側のこうした矛盾を鋭

く突いたのが、沈約の『難萢鎭神滅論」でした。

四、朱子学と「鬼神」、伝統的な習俗をめぐる諸問題

さて、中国古来の自然観は、存在論的には、基本的に「気」一元論であったと考 えられますが、人間の生死を含む全ての自然現象を「気」の離合聚散という観点か ら、整合的かつ法則的に説明し尽くそうとしたのが、まずは北宋の道学系の,思想家

・張載(横渠)、次いで、彼らの`思想を集大成した、南宋の思想家・朱喜(朱子)

と彼の学術.,思想体系としての朱子学でした。そして、朱薑(朱子)の「鬼神」論

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|ま、張載(横渠)の「鬼神は二気の良能なり」(『正蒙」太和篇)、また、「鬼神 は往来屈伸の義なり」(同.神化篇)という命題と程頤(伊川)の「鬼神は天地の 功用にして造化の述なり」(「易傳』乾卦)との定義を折衷・統合したものでした。

具体的には、朱喜(朱子)は、魂・魂・陰・陽・理・気といった概念を交錯させ ながらこれを論証しています。彼によれば、[鬼神」とは、陰陽二気のすぐれた、

霊妙なはたらきではありますが、それ以上でも、勿論、それ以外の何者でもあり得 ません。ここに見られるのは、ある意味で、きわめて「合理」主義的で「理`性」的 な態度ということが出来ますが、それは「唯物」論的と言うよりは、-面で、むし ろ汎神論的な世界観・自然観を呈しています。すなわち、彼は、「鬼神」が筒した とされる数多の事象を「合理」的に説明しはしましたが、その存在それ自体を明確 に否定したわけではありません。彼の論理が、「鬼神の自然化」であると同時に、

「自然の鬼神化」(三浦國雄氏)としても捉えられる所以です。

そして、このこともまた、儒家の本分とされる祖先祭祀の意義づけとの関連に由 来しているのです。「気」の離合聚散と「魂槐」の散逸という、現実主義的な「自 然」解釈を施した朱喜(朱子)においてさえ、未だ散逸しきらない死者の魂槐との

「感応(感格)」が当然にも信じられ、期待されていたことの意味するものは、実 に重大であると言わねばなりません。ここにも、自らの身体を「父母之遣体」と見 倣し、同一の宗族を「同気」と考える、「孝」の観念にも媒介された、伝統的な習 俗のきわめて強靭な拘束力を見て取ることが出来ます。

なお、興味ぶかいことには、清代以降、さまざまな局面で、宋学・朱子学的な

「合理」主義や「主知」主義への懐疑や留保が表明されるのに伴って、文芸の世界 などを中心に、むしろ「鬼神」や「異界」の存在に対する肯定的な見方が露頭して きたことが挙げられます。具体的には、蒲松齢の「miD斎志異』から、衰枚(随園)

の『子不語」、紀的(暁嵐)の『閲微草堂筆記」を経て、魯迅の『祝福』にまで至 る系譜が指摘出来ますが、こうした点からも、単純な進歩主義的な史観のみでは、

歴史の推移を論証し尽くせないことが分かります。

かくして、人間の生死や「鬼神」の存在などの厄介でナイーブな問題に深入りせ ず、それと殊更に関わることを周到に避けながらも、一面で巧妙に共存していた伝

統的な儒教の立場は、自らの守備範囲を!慎み深く限定する、きわめて思慮に富んだ 態度とも評せましよう。なお、私見ではありますが、全般的な状況としては、即物 的な経済至上主義が社会を席巻し、他方、そこから取り残された-部の人びとが、

過度の内面志向から安直な「魂」の救済を求める現代の風潮に対し、こうした伝統

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中国の知恵が示唆するものは、存外、大きいのではないでしょうか。

※〔主要参考文献〕

池田秀三『自然宗教のカー-儒教を中心に』(岩波書店、叢書・現代の宗教16,1998)。

加地伸行「儒教とは何か』(中公新書、1990)。

同「沈黙の宗教儒教』(筑摩書房・ちくまライブラリー、1994)。

同『家族の思想儒教的死生観の果実』(PHP新書、1998)。

子安宣邦『鬼神論儒家知識人のデイスクール」(福武書店、1992)。

滋賀秀三「中国家族法の原理」(創文社、1967)。

澤田瑞穂『鬼趣談義」(国書刊行会、1976)。

島田虚次『朱子学と陽明学』(岩波新書、1967)。

竹田晃『中国の幽霊怪異を語る伝統」(東京大学出版会、1980)。

永澤要二『鬼神の解剖」(汲古書院、1985)。

西岡弘『中国古典の民俗と文学」(角川書店、1986沁 蜂屋邦夫『中国の思惟」(法蔵館、1985)。

丸尾常喜『魯迅「人」「鬼」の葛藤』(岩波書店、1993)。

三浦國雄『気の中国文化気功・養生・風水・易』(創元社、1994)。

同『朱子と気と身体」(平凡社、1997)。

マツクス・ウェーバー〔木全徳雄訳]『儒教と道教』(創文社・名著翻訳叢書、1971)。

神塚淑子「有神と無神」(『岩波講座・東洋思想l3-中国宗教思想1」、岩波書店、1990)。

子安宣邦「朱子「鬼神論」の言説的構成一一儒家的言説の比較研究序論」(「思想』第七

九二号〔特集:儒教とアジア社会]、1990年6月号)。

蜂屋邦夫「萢績く神滅論〉の思想について」(『東洋文化研究所紀要』第六十一冊、1973)。

伊東貴之「鬼神・怪異・ユートピア中国近世の思想・文学に見るく異界〉の変奏」

(『文学」隔月刊、第二巻・第六号〔特集:増殖する異界〕、2001年11,12月号)。

参照

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