奈良教育大学学術リポジトリNEAR
放射性体内汚染の除去に関する研究
著者 井上 哲夫, 川口 浩
雑誌名 奈良教育大学紀要. 自然科学
巻 31
号 2
ページ 97‑105
発行年 1982‑11‑25
その他のタイトル Studies on Removal of Radioactive Contaminations in Living Body URL http://hdl.handle.net/10105/2320
放射性体内汚染の除去に関する研究
井 上 哲 夫 川 口 浩 (奈良教育大学保健管理センター) (金 岡 病 院)
(昭和57年4月30日受理)
Studies on Removal of Radioactive Contaminations in Living Body
Tetsuo Inoue* and Hiroshi Kawaguchi**
(* Health Service Center, Nara University of Education, Nara, Japan Kanaoka Hospital, Sakai, Japan)
(Received April 30, 1982)
Summary
The calcium trapping effect of orally administered phytin in digestive tract was studied in rats. This e胞ct appears to be the result of the iorトexchange reaction between the phytin molecule and the digestive juice calcium in acidic medium mainly in stomach and in duodenum. If the elimination of calcium from bone to the blood plasma is accelerated by the injection of EDTA or by any other treatments, the excretion of radiocalcmm or radiostrontium in feces will be increased by the use of phytin.
The diet containing 1. 5% of phytin may be effective for the removal of radioactive contaminations with 45Ca or 90Sr in rats.
緒 言
医,理,農,工の各分野における実験的研究に放射性核種で標識した化合物を非密封で使用す ることは今や日常的に行われており,これに伴い研究者は常にこれら核種による体内被曝の危険 にさらされている.一方,放射性降下物による環境の汚染やい4),核燃料使用施設からの漏洩も まったく無視することはできない.著者らはこのような状況下での放射性体内汚染を防ぎ,また すでに体内に摂取された放射性物質を速やかに体外に排出する手段を見出すためこの研究を実施
した.
放射性核種は体内にとりこまれると,そのいずれもが生体にとって好ましくないのは勿論であ るが,これらの中で特に ‑Srは体内でカルシウムと同様に行動し,速やかに骨に沈着し体外に 排出され難く,半減期もきわめて長い点から,もっとも危険な放射性核種の一つとされている.
著者は9‑Srの体外除去を究極の目標とし ォSrにくらべて比較的危険度の低い 5Caを用いこ の実験を実施した.あらかじめ45Caを投与してこれを骨に沈着させ 6Caの尿,糞中‑の排 出が平衡化したラ ットに ethylenediaminetetraacetic acid (以下. EDTA)を注射すると,
97
98
井上哲夫・川口 浩45Ca の血中濃度が上昇し尿中への排出量も増加する5㌦7),これは血液中に溶存するカルシウムが EDTA と強固に結合し,可溶仕,非解離性の培化合物を形成し,このものが速やかに尿中に排 出されるためである8‑ll)しかし第1図に示したように45Caの体外への排出は,尿中への排出 量にくらべ,糞中に出されるものの方が圧倒的に多い.したがって,骨沈着 5Caの体外への除 去を企てる場合,糞中への排出を増加させる手段の方がより有効であると考えられる・このよう
な観点から,骨カルシウムの血中への動員の促進,消化管へのカルシウム分泌の増加, '{酎ヒ管で のカルシウムの捕捉,糞中排出の増加という図式を想定し, EDTA,およびビタミンDを用い, この考え方による汚染除去が可能であることをさきに報告した12)̲ この報文ではフィチンのカル シウム捕捉作用について行った基礎的実験の結果について報告する.
実 験 方 法 実験動物としては体重300g前後の健常ラットを用いた.
測定資料は次のようにして調製した.糞,尿等の資料を磁性容器にいれ,電気炉中で550‑
650‑Cで焼き,灰化が不十分の時は過塩素酸を用い完全に酸化させる.得られた灰を塩酸で溶解 し,一部を化学的定量に,一部を放射活性の測定に供した.カルシウムの定量は篠酸塩とした後 過マンガン酸カリウムによる滴定,また血中カルシウムはFrankによるキレ‑ト滴定法を用い た13).
45Ca標識フィチン酸カルシウム(以下 5Ca標識フィチン)の調製はつぎのようにして行っ た.フィチン酸を0.IN塩酸に溶解し過剰の 5CaCl2を加え1夜放置後水酸化ナトリウムで巾 和し,さらに過剰の水酸化ナトリウムを追加後放置し,沈澱を完成させた後水洗乾燥した.放射
能の測定はガスフローカウンターを使用した・
p a i a j a x ' a m c b
0 4 8 12 Days after Injection
」 ̲o
ヒ二二̲
30
Fig.1. Excretion of radiocalcium. Rats were
injected lOO!Jci of radiocalcium sueト
cutaneously. Activities indicated in this figure are mean value of five rats.
実 験 結 果 5Caの尿,集中への排出
ラットの背部皮下に45Ca lOO〃ciを注射し, 症,嚢中‑の45Ca排出の経過を示したのが 第1図である. 45Caの注射直後の急激な排 出は指数関数的に減少し,注射後約1過以後 は平衡化する.排出量は糞中に出るものが多
く,尿中排出畳の約10倍に達する.
フィチンの溶解度およびカルシウム交換能 と水素イオン濃度との関係
5Ca標識フィチンを種々の希釈度の塩酸 と混合し37‑Cで30分間振過した後上清を 分離し,その放射活性を測定する事により各 pHにおけるフィチンの溶解度を算出した・
第2図に示すようにpH7以上ではフィチン
は不溶であり, pHの減少と共にその溶解 度は上昇する.
フィチン(Ca3C6H12024P6・3H20), (M.
W. 828.3) lOOmg と45CaCl2・2H20 (M.
W. 145.026) 58.4mg (放射活性2〃ci)杏 各希釈度の塩酸10mlと混合する.この場 合のフィチンと塩化カルシウムのモル比は 1 : 3でカルシウムに関しては等価である.
この混合物を37oCで2時間振塗した後 水酸化ナトリウムで中和する.水を加えて 20mlとし30分間室温に放置後遠心分離し, 上清のpHおよび放射活性を測定する.
上清の放射活性の減少率からフィチンのカ ルシウム交換率を算出する.このようにし
品 i m i p x H ‑ n o
9 3 4 pH
Fig.2. The effect of pH on the solubility and the rate of Ca‑exchange of phytm.
‑●‑: solubility, ‑○‑: rate of Ca‑
exchange.
て得られたのが第2図のカルシウム交換率
一一PH曲線である.図に見られるようにこの実験条件ではpH5.5以下ではフィチンのカルシウ ムの50‑60%が溶存するカルシウムイオンと交換される.
ラットの胃および腸内容物の水素イオン濃度
上にのべたようにpH5.5 以下の酸性ではフィチンのカルシウムイオン交換率はかなり大きい.
したがってフィチンを経口投与し,胃液と共に分泌された45Caを捕捉させるためには胃内容の 水素イオン濃度が問題になる.ラットの胃内容のpH測定値を表1に示す. 24時間絶食後,飼
Table 1. pH value of gastric and intestinal content of rats
Stimulated** After feeding*紳 Stomach
Upper intestine Lower intestine
* Fasted for 24 hours, ** Stimultaed by sham feeding, *** 2 hours after feeding.
料による刺激後の胃液はいずれもpH5以下の値を示すが,食後2時間の胃内容のpHはややア ルカリ側に移動する.上部腸管以下の腸内容のpH は深井の測定値14)とも一致しpH7‑8であ るので,ここではフィチンは不溶性となりいわゆるtrapping effect が期待される.
消化液中へのカルシウム分泌量の測定
フィチンを経口的に投与し消化管でのカルシウムのtrapping effectを期待する場合,胃液と 共に分泌されるカルシウムの量が問題となる.そこでGranの方法15'にしたがってこれを測定 した・ラットに与えた飼料は第2表に示した・まずラットをpre‑expenmentaldietで1ケ月間 飼育し,ついでこれを測定用飼料に切換え3日後から実験を開始した・この飼料のカルシウム含 量,カルシウムと燐の比はそれぞれ0.8#, 1.69である.
100
井上哲夫・川口 浩Table 2. The composition of the diet
Substance
Casein
Crystalline egg albumine Arachis oil
Dried yeast Cellulose
Salt mixture, Ca and P free Sodium chloride
Calcium carbonate
Potassium Phosphate (KH2PO4) Vitamin mixture
Choline chloride Wheat flour The figures are in per
P∫e‑experimental diet
10.0 3.0 5.0 3.0
I o i n o o I 1 0 0
76.7
Diet for determination of digestive juice Ca
10.0 3.0 10. 0
5.0 2.0
1.0 2.6 0.1 0. 05 66.2
cent. The ratio Ca/P is equal to 1.69. The salt mixture contained 8. 8% potassium chloride, 24. 9% sodium chloride, 2. 25% magnesium chloride, 0. 05% man‑
ganese sulphate, 0. 09% cupper sulphate, 0. 02% potassium alminium sulphate, 0. 04% sodium fluoride, 3.84% ferric citrate, 0. 01% potassium iodide, 0.005% cobalt chloride and 0.02%
sodium arsenate.
胃管を用い45CaCl2を20/iti宛胃内に注入し,糞尿を別々に採取し,カルシウム童および放 射活性を測定した.
計算方法:上の測定値からの嚢中内因性カルシウムならびに消化液中カルシウムの算出方法の 概要は次の通りである.
摂取したカルシウムをCai(吸収されたカルシウムをCa& とし,消化管でのカルシウムの吸 収率をXとすれば
Y‑‑Ca.
糞中カルシウムをCaf,消化管に分泌されたカルシウムをCa.とすれば Caf‑Ca,+Ca.‑X(Ca,+Ca.)
すなわちCa.‑蔑‑Ca,
(1)
(2)
45Cafを糞中カルシウム, 45Ca;を摂取したカルシウム 45Ca.を吸収されたカルシウム, 45Cae を糞中内因性カルシウムのそれぞれ放射活性とすれば
ォCaf‑ォCaI ‑"Ca.+ォCae ここに ォCa.‑Ca.‑ (S.A.plM。Ul)
ただしS.A., は血渠カルシウムの比放射活性とする・
また Ca.‑(l‑X) Cas
であるから(4), (5)から 45Cae‑(l‑X)Ca,(S.A.pllsma) また 45Caa‑X45Cai
故に), (3), (6), (7)式から
45Caf‑45Cai‑X45Cai‑(トX)(蔑Ca,)(S. A.pla・‑A)
(3) (4)
(5)
(6)
(7)
これをXにつきとくと
Ⅹ二 45Cai‑45Caf+ (Caf‑Ca,) (S. A.
ォCai‑Cal(S. A. plM血&)
Iォサ.)(8)
(8)式からわかるようにカルシウムの吸収率Xは上の測定値から算出できる. Xを求めること ができれば(2), (5)式から消化液中カルシウム,内因性カルシウムをそれぞれ算出することができ る.血祭カルシウムの比活性と尿中カルシウムの比活性はほぼ等しいことが知られているので本
Table 3. The determination of digestive juice calcium in rats Body weight
Dietary intake Ca intake (CaO Ca in feces (Caf)
Percentoforallyadministered45Cainfeces(45Caf)[pe End。gen。usCainfeces(Ca.)*m;cent
/day
EndogenousCainfeces(Cae)*
DigestivejuiceCa(Cas)**:mg/day
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Theratswerekeptonthedietcontaining0.7%Ca,0.5%Pand0.15%Mg.Theyreceived20!lCi of45Cainasingledosebystomachtube.Theexcretawerecollectedoverthefourdayswhich followedtheadministrationofradioactivecalcium.
・CalculatedasCae‑(1‑X)Cas,**CalculatedasCa.‑^V‑Cai 1‑JV
実験では後者を用いた.得られた結果は第3表に示す・表に見られる通りこの実験条件では消化 液中カルシウムは1日量平均約20mgであった・
消化管中でのフィチン酸塩によるカルシウムの捕捉
ラットを3群に分ち,24時間絶食後,第1群は幽門部を,第2群はそれより4cm肝門側を, 第3群は廻腸末端部およびそれより口側4cmの2か所をそれぞれ紙製した・フィチン酸カルシ ウムまたはフィチン酸ナトリウムの0.12mmoleを2mlの水に懸執または溶解し,各群のラッ トの半数宛に,胃および分節腸管内に定量的に注入した・処置完了後異常のない事を確認した後, それぞれの背部皮下にキャリヤ‑フリーの5CaCl20/jciを注射した・注射2時間後ラット腹腔 より胃および分節腸管を採取し,内容物を希アルカリ性溶液中にとり出し,遠心分離,水洗後放 射活性を測定した.得られた結果は第4表に示す・表に明らかなように,フィチンによる45Ca 捕捉効果は胃および十二指腸の方が下位腸管より効率がよく,特に十二指腸部に高い捕捉効果が 認められた・
Table4.Theuptakeof45Cabyphytateinthedigestivetractofrats
Site of administration
Stomach
Duodenal segment Heal segment
Ca‑phytate activity, ×103 cpm
8.64士0.18 (5) 13.43土0.49 (5) 3.25土0.13 (5)
Na‑phytate activity, ×103 com
10.4士0.32 (4) 28.6土0.31 (4) 12.4士0.21 (41
1...1t ̲ ‑ I ‑ 1 1̀̀̀̀̀̀̀̀̀̀̀̀̀
Under the ether anesthesia, 0. 12m moles of phytates in 2 ml of water were injected into the stomach or intestinal segments as described in text. Carrior free 45Ca was injected into the back of rats subcutaneously. The animals were killed 2 hours after dosing.
Figures within parenthesis indicate numbers of rats.
井上哲夫・川口 浩
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Fig.3. Specific activities of blood calcium fo‑
1lowing the infusion of 45Ca‑phytate into stomach, duodenum or ileum of rats.
a : Stomach, b : stmach ligated at pylorus, c : duodenum ligated at pylorus, d : ileum ligated at oral end.
45Ca標織フィチンの消化管からの吸収 ラットの胃および腸管内に 5Ca標識フ ィチンを注入し,その放射活性の血中への 移行を観察したのが第3図である.調製し た標識フィチン標品は5500cpm/mgの比 活性のもので, lOOmg (0.12mmole)を各 部位に注入した.血液の放射活性の測定は, 尾端を切断して採取した全血を折紙に吸着 乾燥したものについて行った.図に明らか なように 5Caの吸収は十二指腸で最も 著しく,腸からはほとんど吸収されない.
図の曲線aで示されるように,胃から十二 抱月射こ45Ca フィチンが移動するにしたが い45Caの血中移行は増加し,十二指腸に 注入した場合(図C)とほぼ同じ値を示す.
骨沈着45Caの体外排出におよぽすフィチンの効果
ラットの背部皮下に 5CaCl2を20〃ci宛隔日5回計100〃ci注射し60日間飼育したものを実 験材料とした.この状態で糞および尿‑の45Caの排出はそれぞれ1日量5.2×103cpm および 1.6×102cpm程度で,平衡に達している.ラットを5群に分け,第1群にはEDTA‑2NalO^溶 液を1.0ml宛実験期間中隔日に背部皮下に注射,第3, 5群にも同様にEDTAを注射した・
第2群にはEDTA‑Ca塩を3%の割合で飲用水に混じて自由にのませた・第3群には注射と経 口投与を併用した.第4群にはフィチンを1.5#の割合で混じた実験飼料を与えた・第5群では
Table 5. The effect of EDTA and phytin on the excretion of 45Ca Treatment
Group 5 (5)
‑‑‑q一一 一
EDTA EDTA Phytin Phytin
Fecal ecxretion 1st week
activity. ×103 cpm 5.32土0. 21
5.40土0.24 5. 54土0.3 6.82土0.4
5.23ア0
5.25ア。霊5.20ア0.20 5.4。ア。.24
5. 83土0.25
Urinary excretion
1st week 3 rd week
activity, ×102 cpm
1.73ア0.161.54ア0.16 4.03ア0.133.40ア0.31 1.55ア0.111.83ア0.15 3.87ア0.103.45ア0.12 1.43ア0.081.36ア0.11 4.12+0.152.96ア0.14
1.56土0.16 3. 86土0. 12 1. 62士0. 09 3. 62士0. 15 0. 99土0. 12
×103 cpm 16.22土0. 61 17.03土0. 74 17. 28士0. 89 20. 41士1. 14 1. 800土0. 77 4. 45士0. 1621. 28土0. 85 60 Days before the experimental treatment rats were injected total 100 /jci of 45Ca every other day five times.
Figures within parenthesis indicate numbers of rats.
* Ten per cent solutin of di‑Na‑EDTA, adjusted to a pH of 7.4 by addition of sodium hydroxide, was injected subucutaneously every other day.
** Rats were administered the diet containing 1. 5 per cent of phytin or the drinking water contain‑
ing 3 per cent of Ca‑EDTA ad libitum.
EDTA の注射とフィチンの経口投与を併用した.これらのラットの糞,尿中のカルシウム量お よびその放射活性を測定した結果が第5表である.表にみられる通り EDTAの注射のみでは放 射活性の尿中への排出は増加するが糞中‑の排出には影響を認め難い.またEDTA あるいはフ ィチンの経口投与のみでは45Caの尿中排出量には変化なく,糞中排出はやや増加する. EDTA の注射と経口投与を併用した第3群およびその注射とフィチンの経口投与を併用した第5群では 糞尿のそれぞれに明らかな放射活性の増加が認められた.
考 察
45Caをラットに投与しその排出の状態を観察すると,嚢中に排出される45Caの方が尿中に 排出されるものより圧倒的に多い.したがって 5Caの体内汚染を除去する手段としては糞中排 出を増加させる方法がより有利である.この目的に沿う薬剤としては,経口的に投与した場合, 消化管内で消化液と共に分泌されたカルシウムを捕捉するような性質のものが好ましい.すなわ ち, 1)カルシウムと強く結合すること. 2)この結合物が吸収され難いこと. 3)毒性が少な
く長期間の使用に耐えられること,が要求される.これらの条件をみたす化合物としてはethy‑
lenediaminetetraacetic acid (EDTA), diethylenetetraaminopentaacetic acid (DTPA)のよう なポリアミン系化合物や16,17)修酸,クエン酸,フィチン酸等のようなキレ‑ト化剤が考えられ
る17)
上にあげた化合物のうち特にフィチンはわれわれの主食である米の中にも含まれ,われわれは 日常多少ともこのものを摂取しており,毒性も少ないので著者らはこれに着目し,このものの作 用機序について基礎的な検討を試みた・
第2図に示したようにフィチンはpH5以下ではかなり水に溶解しまた溶媒との間にカルシウ ムの交換を行う.第1表に示すようにラットの胃内pHは5以下と考えられているので,フィ チンとカルシウムのモル比が3 : 1の場合,少なくとも胃液のカルシウムの40%がフィチンのそ れと交換する.このようなフィチンが腸に移動しpHがアルカリとなれば,フィチンは不溶性 となりカルシウムの交換も停止する・
このようにフィチンによるカルシウムの捕捉はイオン交換によるため,フィチン酸,またはフ ィチン酸ナトリウムとして投与した場合にくらべ,カルシウムの吸収を減少させることなく長期 の投与に通している・
フィチンの投与量をきめるため消化管内‑のカルシウム分泌量を測定した・第3表に示したよ うにこの実験では消化液中カルシウム量は1日約20mgである・このカルシウム量の50‑60#
がフィチンにとりこまれるためには約135mg のフィチンが必要であるが,これは飼料摂取量の 平均値8.7gの約1.5#にあたる・
あらかじめラットの胃,十二指腸,廻腸内にフィチンを注入しておき体内の<5Caのとりこみ をみたのが第4表であるが,これによるともっとも効率よく捕捉効果をあらわす部位は十二指腸 であった.このことは1)胃内容が十二指腸に移行してもすぐにはpHは上昇せず,時間的な ずれがあること, 2)十二指腸部に分泌される45Ca量が多いことによると考えられる・
Singer ら19'は犬で消化液のうちで最も多くカルシウムを分泌するのは小腸であるとのべ, GreenbereおよびTroescher20'はラットの腸管へのカルシウムの20%は胆汁中に排出される と のべているが,これらはL記の推定を裏づけるものである.
104
井上哲夫・川口 浩5Ca標識フィチンを胃,上位腸管, f位腸管に注入した場合の 5Caの血中‑のとりこみを 第3図で示したが,この場合下位腸管からの吸収はほとんど認められない・胃,十二指腸ではむ
しろ十二指腸の方が大で,幽門部を結繋せずに胃に標識フィチンを注入すると胃内容が十二指腸 に移行したと考えられる3時間後から血中放射活性の上昇が認められる.これは胃内容が十二指 腸に移動した直後はpHがまだ酸性に傾いており,カルシウム交換が盛に行われているためか もしれない.また,千二指暢内に45Caフィチンを注入した時にみられる 5Caの著明な血中移 行は,十二指腸粘膜にフィクーゼの存在することとかかわっているのかもしれない21'
上述の考察から明らかなようにフィチンを経口的に投与すると,消化管のフィチンはイオン交 換により消化液中の45Caを捕捉し,腸管内を移行しpHが増大するにつれて不溶性となり,莱 中に排浬される.このフィチンにとりこまれた部分が正常な排漣に加算されることになるから長 期にわたりこのような処置を継続するならば 5Caによる体内汚染の除去手段として有用であ ると考える.またこれに加えて骨カルシウムの血中への動員を促すならば,本法はさらに有効と なるであろう.
以上の想定に基づき骨カルシウムの動員にはEDTAの皮下注射を,消化管内の45Caの捕捉 のためにはEDTA (Ca塩)またはフィ チンの経口投与を行ないその効果を検討した.第5表 で示したようにEDTAの注射とEDTAまたはフィ チンの経口投与を併用した場合の15Caの 排出量がもっとも多く予想通りの結果が得られた.
結 論
消化液と共に分泌されるカルシウムの,経口的に投与されたフィチンによる捕捉効果をラット を用いて検討した.この効果は主としてフィチン分子と消化液中に存在するカルシウムとの問の イオン交換にもとづく.これが活発に行なわれるのは胃・十二指腸で溶媒が酸性に傾いている間 であって,腸内容がアルカリに傾くと共にフィチンは不溶性となり糞中に排潤される.
ラットの消化管に分泌されるカルシウム量を測定し,これに基づきフィチンの投与量について も検討した.生体内におけるカルシウムとストロンチウムの行動の類似性から判断して本法は
‑Sr による汚染の除去に対しても有効であると考えられる.
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