龍谷大学論集 五 四
阿閤世王への釈尊の
﹃
浬
繋
経
﹄
説法について
松
尾
とと,g
昭
父王の足を削って幽閉したがために、結果的に父を死に至らせてしまった阿闘世王は、激しい後悔に苛まれ、堕地 獄の恐怖の虜となる。六師外道の説をそれぞれ伝える六人の家臣が王を繰り返し慰めるが、それらの言葉は王の心に は全く届かなかった。王は七番目に登場した家臣、者婆によって釈尊のもとに連れてゆかれ、その説法に触れて初め て救われた。﹃教行信証﹄﹁信巻﹂のいわゆる﹁逆誘摂取釈﹂において引文されている有名なエピソードである。 ところが、そのときの釈尊の説法がどのように阿閤世の心に届き、どのようにして彼の心を破ったかについては、 ﹁信巻﹂引文を見ている限り、必ずしも明らかではない。一つには、当該引文に大きな省略があるためである。省略 なしに﹃浬繋経﹄の当該筒所を通読するならば、前段落にて傍点を振った﹁救われた﹂とは、阿関世が苦・無常・無 我を体得したということであることは、直ちに判明す伝。即ち、﹃浬繋経﹄当面にいう阿閤世の﹁無根の信﹂とは 苦・無常・無我を説く釈尊の教法に対する信のことなのである。これに対し、﹃教行信証﹄の引文の文脈においては、 しかるべき省略により、またこの引文が寸信巻﹂に置かれることにより、くだんの寸無根の信﹂が阿闘世における弥 陀信心獲得を意味することが、強く示唆される結果となってい&。しかし他方では、この省略が施されたがために、 今度は釈尊の説法がどのようにして阿闘世を獲信させたのかが、今ひとつ不鮮明となった。以上、要するに﹃浬繋経 ι 当面では、苦・無常・無我の観察が阿闘世をして釈尊の教法へのゆるぎなき信を確立させたことが容易に読み取 れかに対し、寸信巻﹂では、その部分が全て省略された結果、どのように受け取ったらよいのかいささか戸惑わせる 可能性のある釈尊の説法が、残されることとなったのである。 このいささかありうる J 戸 惑 い L は 、 かねてから多くの論者によって指摘されてきた。即ち、ここでの釈尊の説法 を二見論弁と鹿無思想にして、外道の所説と何等簡ぶなきもの﹂のように思う人がいてもおかしくない、ト判。そこ で、当該説法をどのように受け止めたらよいのかが問題とされてきた。例えば当該の﹃浬般市経﹄引文では、釈尊の説 法に先立つところの阿閑世の漸憐、および漸悦の功徳を説く脅婆の説法、そして釈尊の月愛三昧こそが、阿闘世を廻 心せしめた決定的な契機とされているのだ、という見方がある。なるほど、それらは、六師外道の説には全く伴われ ていなかったものである。漸悦と月愛三昧の重要性については否定すべくもないロけれども、だからといって、もし 説法に先立つそれらにおいて救済の本質的な部分はほぼ果たされていたというのなら、最後の釈尊説法は、ほとんど 省略してもかまわなかったことになるはずである。つまりそのような見方では、なぜ二見詑弁と虚無思想に﹂見え る説法のここまで長大な引文がなされなければならなかったのかについての説明が、つかないのである。さらにまた、 釈尊説法の場に出る直前において、備悦し月愛三昧を既に受用した阿閣世が、それでもなお堕獄の恐怖に打ち震えて いたという記述│寸なんぢ捉持してわれをして堕としめざれ﹂│が、引文において省略されていない。こうした事 情をかんがみるならば、阿閣世の廻心はやはり釈尊の説法によって果たされたというのが﹁信巻﹂の見方だったのだ、 と受け取るべきであろう。 それでは、くだんの釈尊の説法の何が、 どのようにして、阿閣世の心を破ったのだろうか。本稿ではこの問題につ まず六大臣が披歴する六師外道の説と釈尊の説法の概要を確認することから始めたい。 いて考える。そのために、 阿 閑 世 王 へ の 釈 尊 の 叶 浬 般 市 経 ﹄ 説 法 に つ い て ( 松 尾 ) 五 五
能谷大学論集 五 六 阿闘世王に対する家臣らの発言(脅婆を除く)の主要なものは次の通りである。六師外道の説を披歴したものでは あるが、六師の各々をここで区別しなければならない必然性は認められないので、類似のものは一括して扱うことに す
&
D
a
、地獄など、賢者と称される者たちが﹁ある﹂と言っているだけであって、実際に行って見て来た者など誰もい ない。地獄など存在しない。b
、普業なるものも悪業なるものも、ない。だからその報いもない。c
、出家者なら蟻一匹殺しても罪になるが、王位纂奪に伴う殺人は王家の﹁自然﹂である。父を殺し王位を纂奪し た者は大勢いたが、そのことに悩んだ者は誰もいない。何事も自然のなりゆきである。d
、過去になした行為の結果がまだあらわれていないものがある。父王が死に至ったことは父王の過去の行為の結 果のあらわれだったのだとすれば、悩むことはない oe
、そもそも殺害ということすら実は存在しない。なぜなら、もし実体としての霊魂が存在するとするならば、そ れは実体つまり不滅なのだから殺すことは不可能であり、他方、もし実体としての霊魂など存在しないというの であれば、人は一瞬一瞬生滅を繰り返していることになるので、寸殺す者﹂﹁殺される者 L と称される存在たちも 一瞬一瞬生滅していることになり、そのような持続しない存在に対して寸殺した﹂ことの責任を負わせることは 不可能であるからだ。 これら五種類の説の中には、b
とd
のように両立しないものもあるが、それは今は問題ではない。これらは全て阿 閣世王の行為を免罪するための理屈である。そしてこのようにあれこれ言われても王の心はついに動かなかったという点でも、これらは共通する。 ところが前にも述べたように、釈尊の説法においても、王の行為を免罪する理屈にすぎないようにもみえる言葉が、 確かに存在するのである。阿闘世に対する釈尊の説法は、次の九種類にまとめることができるであろう。(最後のも のは便宜上、更に三つに分けてある。) ①心と口で造る罪は、心と口と身で造る罪よりも軽い。阿閤世王は口で命じただけであり、しかも父王の殺害を命 じたのではなく、起を削って幽閉することを命じただけである。 かりに殺害を命じたとしても、自ら手を下していな ければ、自ら手を下した場合よりも罪は軽い。ましてや、王は殺害は命じていないのだから、寸いかんぞ罪を得ん﹂。 ②父王の頻婆裟緩は諸仏を供養した功徳によって王位についた。もし諸仏が彼の供養を受けなかったなら彼は王位 につくことはなかった、つまり阿閥世が父王を死に至らしめることもなかった。よって、もし阿闘世に罪があるなら 諸仏にも罪があることになる。﹁なんぢ独りいかんぞ罪を得んや L O ③頻婆裟羅王は以前に仙人を殺害させたことがあった。すぐに後悔してその屍を供養したので地獄にこそ落ちなか ったが、このたび阿閣世王の手によって死に歪らしめられるという報いを受けたのである。 ④阿閣世王の行為は王位を得たいという食欲に狂つてのものであって、寸本心 L からのものではない。ならば寸い か ん ぞ 罪 を 得 ん ﹂ 。 ⑤凡夫は殺害は実在すると思っているが、諸仏はそれは実在するものではないことを知っている。ちょうど夢を夢 と知らない者が夢の中の事柄を実在すると思うのに対して、夢から覚めた知者はそれらは実在しないと知っているよ うなものである。 ⑥殺害の仕方や結果について知っているだけでは罪にはならない。酒について知っていても、 酔わないようなものである。寸王もまたかくのごとし﹂。 それを飲まなければ 阿悶世王への釈尊の﹃泥繋経﹄説法について(松尾) 五 七
龍谷大学論集 五 1¥ ⑦月が出た時にだけ盗みを働く者がいたとせよ。月はこの盗みの縁であるが、だからといって月に罪があるとは言 え な い 。 ⑧殺害は術協ある人には有ではなく、断悦なき人には無ではない。漸惚なき人は殺害の報いを受けるので、彼には 殺害は有である。ちょうど、浬繋は(迷いの立場においては)有ではなく、(悟りの立場においては)無ではない、 つまり浬擦は(それを証する者には)有であるのと、同じようなものである。 ⑨
ω
あらゆるものには実体がなく空であると悟った人は(殺害を)有ではないとする。あらゆるものには実体があ ると固執する人は(殺害を)有でないことなどない、即ち有であるとする。なぜなら、後者の人は行為の果を受ける からである。前者の人には︹そもそも行為なるものもなければ、故にその︺果もない。ω
浬 般 市 の 常 住 を 倍 っ た 人 ( つ まりあらゆるものは本来空にして寂滅であると悟った人)は(殺害を)有ではないとする。浬繋の常住を悟らぬ人は (殺害を)無ではないとする。︹この後者の人および︺浬繋の常住に閏執する︹悪取空の︺人は(殺害を)無とする ことができない白なぜなら、後者の人は悪業の果を受けるからである。ω
衆生の本来は空であるから殺害も空である。 諸仏が﹁殺害︹有りごと説くのは単に世間の見方に倣つてのことである。 以上九種類を先ほどの家臣らの披歴した説と見比べるに、表面的にも類似が認められるのはd
と③のみである。た だ 、e
と⑤(あるいは⑨)は、場合によっては類似しているものと誤解されるかもしれない。さらに、表面的には似 ていないが内容的に言ってb
(
ひいてはa )
と⑤(あるいは⑨)が関連していると誤認される可能性がないこともな い。いずれにしても、表面上の類似は意外と少ない。にもかかわらず、全体的に類似しているような印象を与えかね ないところがあるのは、第一に釈尊の説法全体が、少なくとも阿閣世王の行為を免罪するかのような方向性において 家臣らの発言と類似しているように見えるからであり、第二に、釈尊の説法の一部(⑤⑨)がしばしば﹁虚無思想﹂ と誤認されがちな勝義諦に触れるものであるから、であろう。そこで以下では、まず右に指摘した三種類の類似ないし関連性について少し立ち入って調べた上で、続いて釈尊の 説法全体に認められる外見上の免罪的性格について、そして最後に阿閣世に対する勝義諦説法について、どのように 理解すべきかを考えてみることにする。
(
1
)
まずd
と③の類似について。両者は、頻婆裟羅王の死は彼自身の業の報いであるとする点ではなるほど共通 してはいる。けれども二点において決定的な違いがある。第一に d ( 実徳大臣)の方は、単に﹁一切衆生みな余業 ︹ H いまだ報いがあらわれていない過去の業︺あり。業縁をもってのゆゑにしばしば生死を受く。もし先王に余業あ らしめば、王いまこれを殺さんに、つひになんの罪かあらんしという短く抽象的な語りにとどまっているのに対し、 ③(釈尊)の方は、﹁頻婆裟羅むかし悪心ありて、毘富羅山にして遊行し、鹿を射猟して畷野に周一遍しき﹂より始ま る、かなり長めの具体的な過去の事実を述べている点である。また第二に、実徳大臣の方は、父王の死は父王自身の 業の報いであると実は断定してはいない。﹁もし先王に余業あらしめば﹂という仮定に立てば、先王の死は父王自身 の業の報いということになる、と一言っているだけである。それに対し釈尊の方は、﹁先王みづから作りて、還ってみ づからこれを受く﹂との断定であって、仮定的要素は一切ない。要するに、実徳大臣の方は、言うなれば寸このよう な考え方もできるのだからあまり心配しなさるな﹂という人間的な慰めにとどまっているのに対し、釈尊の方は、宿 命通に基づいて過去の事実に遡行し、寸頻婆裟羅王の自業自得である﹂と断定するのである。 既に釈尊の月愛三昧によって皮府病を癒されるという体験をしている阿閣世にとって、釈尊が語り出す頻婆裟羅王 の過去の物語は、そのまま心に入ってきたはずである。月愛三昧によって皮膚病を治癒してもらい、思わず寸彼れは 天中の天なりしと岐かずにはおれなかった阿閤世の心は、察するにあまりある。月愛三昧による治療にせよ宿命通に 阿閤世王への釈尊の﹃浬繋経 ι 説 法 に つ い て ( 松 尾 ) 五 九龍谷大学論集 六 O せよ、文字通りの事実として受け取るか、何らかの言語を絶する体験の象徴表現として受け取るかはともかくとして、 いずれにせよ釈尊の③の説法は、実徳大臣の一言葉のような単なる人間的な慰めの有する力とは隔絶した力をもってい た、と見なければならない。言葉の上では類似しているようで、その内実には天地の隔たりがあったのである。
( 2
)
次 に 、e
と⑤(あるいは⑨)の擬似的な類似について。なるほど、e
の吉徳大臣も⑤の釈尊も、殺害なるも のは実は存在しないとする点では同じであるが、一つ決定的な違いがある。それは、吉徳大臣の発言が中立的な理論 の装いであるのに対し、釈尊の発言の方は、凡夫と仏陀との先鋭的な対比によって賀かれている点である(⑨も同 様)。換言すれば、吉徳の発言全体が概念的推論であるのに対し、釈尊の発言には何の推論も入っていない。それは ただ、凡夫には到底わからぬだろうが仏陀の眼から見れば殺害など存在しない、と断定しているのである。凡夫の限 に映る世界と仏陀の限に映る世界との問には天地の差があり、凡夫が何を言おうと全く話にならないーといった厳 しさは、吉徳の発言には、ない。この点を意識して改めてe
と⑤を比べるなら、両者には共通点が全くないことがわ かるロ吉徳大臣は凡夫の推論に基づいて﹁殺害は無い(はずだ)﹂と結論した。釈尊は、凡夫には絶対に理解できな い意味での﹁殺害は無い﹂との断定を下した。両者は﹁殺害はない﹂の言葉の上では一致してはいても、その内実は まるで違うのである。 即ち、凡夫たる吉徳のいう寸殺害はない﹂は凡夫の理屈にすぎないので、同じく凡夫たるわれわれの思いである 寸殺答はある﹂と真っ向から対立する。吉徳は彼の妻子を殺されても﹁殺害はない﹂と平然と言い続けられるであろ うか。コ安あり﹂寸子あり﹂﹁われあり L の思いから逃れられない凡夫にはそれは無理である。それに対し、釈尊の ﹁ 殺 害 は な い L は、凡夫の思いとしての﹁殺害はある﹂を完府なきまでに否定し切るような高みからの宣告である。 仏陀にはそもそも﹁父あり L 寸 子 あ り ﹂ ﹁ わ れ あ り L 寸人あり﹂の思いがないのである。⑤に関して深励師は言う。 ﹁﹃度すべき衆生なし﹄と︹﹃論注﹄に︺あるのはここである。人を殺すの殺されるのと言うのは、空を廃した実我や実法の見地である。それに対し、実大乗の教えによれば、(一切無差別平等であるから︺人というものもなく、父と いうものもない。ゆえに﹁殺す﹂も守殺される L も実在しない。これが q 浬般市経﹄の所説である。よって、今の経の 文に、︹繰り返し︺守諸仏世尊は L J 嗣仏世尊は﹄と出ているのである。限をつけておくべし。二切諸法が平等である から殺罪も空である﹄とのことわりを証し尽くした者は諸仏世尊より他はない﹂(私訳)。⑨もまた、この一切無差別 平等にして空なりとの真相を体得された仏陀の見地からの発言であることは、容易に見てとれるであろう。 ( 3 ) 最 後 に 、
b
(
ひいてはa )
と、⑤(あるいは⑨)との問に誤認されるかもしれない見かけ上の類似について口 前段で確認したように、一切平等無差別の真相(⑤あるいは⑨)からすれば、人なく、衆生なく、殺害なく、いかな る行為もないことになる。ならば、その論理的帰結として、善業もなく慈業もなく(日b
)
、怒業の境界としての地 獄もないことになる ( I a ) 。これについてはいかに解すべきか。 前項(
2
)
の考察を経た今となっては答えは簡単で、もはや善悪の業なく地獄もないという、これこそが仏陀の境界 であり、だからまた凡夫の境界ではない、ということである。﹁われあり﹂の思いが絶滅してしまった仏陀の限には、 一切が無差別平等に映っている。自分と自分以外のものとの区別がことごとく消失している。仏陀にとっては、われ なく、人なし。だから行為なく、故に殺害なし。従って仏陀にとっては、善悪の業もなく、故に地獄もない。仏陀の ﹁行為﹂とか、その﹁普業力﹂とかいうのは、仏陀以外の者に合わせた言い方なのである(託⑨ω )
。他方、﹁われあ り L ﹁妻あり﹂﹁子あり﹂の思いから逃れられない我々凡夫からすれば、殺害あり、悪業あり、だから地獄ありという ことになる。⑤の比轍が的確に描き出しているように、凡夫と仏陀とでは、どんなに(いわば)距離的に近くとも、 住んでいる世界が全く違うのである。母に抱かれて深い眠りに落ちている三歳児を思い浮かべてみるとよい。その児 は延々と夢を見続けている。夢の中にいろんなものがあらわれる。自分がいる、親がいる、小動物を助けて褒められ た(善因楽果)、小動物を殺して叱られた(悪因苦果)、病気になった、死んだ、生まれ変わった、ここは地獄だ、釜 阿閣世王への釈尊のぷ山繋経﹄説法について(松尾) _._,
、
龍谷大学論集 -'-/¥ で茄でられる、熱い!痛い!:::しかし、それらの全てが夢にすぎない。だがその児自身はそれが夢だとは判らず、 そこから覚めることができない。その夢では視覚聴覚のみならず味覚嘆覚触覚もすべてそろっているのだから、その 児にとってはその悪夢の中のものこそが寸実在﹂なのである。母に抱かれているにもかかわらず、その児は延々と悪 夢の中で生死を繰り返している 以 上 に よ っ て 、
b
と⑤(あるいは⑨)との見かけ上の類似は錯覚だったと判明する。a
もb
も、先 ほど検討したe
と同様、あたかも中立的な理論の装いをまとっている。一見中立的な観点に立って﹁善悪の業は実は 存在しない﹂﹁地獄は実は存在しない﹂と語っているように見えるのである。これに対し、⑤と⑨は、その寸実は﹂ という次元を披いて真如実相にふれることができるのは、仏陀だη
であることを、強く宣告している。地獄(悪夢の 中身)が実は存在しないものだとしても、そのことがわかるのは、悪夢から目覚めた(輪廻から解脱した)仏陀だけ なのであって、仏陀以外の者がどれほど中立的視点を装って寸実は地獄はない﹂と語ったとしても、悪夢から目覚め る因が彼において成就されていない以上は、彼は次のステージとして、悪夢の中で悪業に牽かれて地獄に落ちる悪夢 を体験することになる。a
やb
の一見中立的に見えた視点は、実は凡夫の視点だったにすぎない。たとえ凡夫の視点 からのものであったとしても仏陀の下した結論と一致しているならばよいではないか、という反論は無効である。と いうのも、先ほどの議論より今や明かなことであるが、仏陀のいう寸地獄は実は存在しないしという結論は、要する に﹁あなたは実は存在しない﹂﹁あなたの妻子も財産も実は存在しない﹂というのと同じことだからである。あなた はこうした結論を、何か気の利いた台詞として以外には受け入れることはできないはずだ(﹁いや私は自分など実は 存在しないと本当に思うのだ﹂と言う人は、そのように本当に思っているというだけのことである。思いが本当にそ の通りであったとしても、身のあり方はその思いとは一致していない。例えば虎が近づいてきたら逃げるであろう。a
の 月 称 大 臣 も 、b
の蔵徳大臣も、﹁われあり﹂寸妻子あり﹂の方は都合 ( ひ い て はa )
﹁虎あり﹂と寸われあり﹂は同時である)。よく保存しておいて、﹁地獄あり L だけを否定したいのだ。それは仏陀のいう﹁地獄なし﹂とは全く違うものなので あ る 。 以上によって、六師外道の説と釈尊の説法とのうち、外見上類似しているものについて少し立ち入って検討した結 果、両者は似ても似つかぬものであることが判明した。 次に、釈尊の説法全体に認められるところの、阿閑世の行為を免罪するかのような論調│六家臣らの慰めと共通 するように見える論調
l
については、どう受け止めればよいかを考える。特に①から④において、﹁いかんぞ罪を得 ん﹂という言葉が繰り返し現れている。罪はない、と言っているように聞こえるのである。 通常、このことは、自分は極重罪を犯して堕地獄は免れ難いと決め込んでいる阿閣世のかたくなな心を解くための 言葉であると解釈される。例えば深励師。﹁釈尊がこのようにお説きになるのは、四悉檀のなかの為人悉檀の御説法 である。なぜなら、阿閤世は、自分は重罪を犯したが故に助からないと思い切っている。そこへ仏陀が、なるほど確 かに重罪じゃと言っては、ますます疑いが晴れない。そこで、たとえ殺せと言ったとしても︹自ら手を下さなかった のだから)あなたの罪は軽い、︹ましてやあなたは殺せと言ったわけではなく、ただ足を削れと言っただけだ︺、 って、疑いを払うのである﹂(私和 ) 0 と 一 吉 田 しかし言うまでもなく、相手のかたくなな心を解くためにな ら何を言ってもかまわないわけではない。とりわけ今の場合は、六師外道の説に似たような印象があるわけであるか ら、たとえ為人悉胞の説法であるにしても、それはあくまでも仏教的真理に基づいたものでなければならないはずで ある。それならば、ここでの釈尊の説法が依拠するところの│一見六師外道説に類似した印象を与えかねない│仏 このような解釈は確かに妥当であるとは思われるが、 阿閤世王への釈尊のぷ同捜経﹄説法について(松尾) ←ι. /、龍谷大学論集 六 四 教的真理とは何であるかが、関われなげればならないだろう。私の知る限り、このことにまで踏み込んでいると読め るのは、金子大栄と岡亮二の手になる解説だけである。最初に金子師、続いて岡師のそれを検討しよう。 金子師によれば、釈尊の説法が基づくところの仏教的真理とは、そこにおいてすべての﹁差別の現実﹂が﹁包ま れ﹂るところの﹁平等一如ヘすなわち﹁浬繋﹂である。空性といってもよい。浬繋において仏陀と阿閥世は一如で あるから、仏陀は阿関世を﹁大悲同感﹂せずにはいられない。仏陀の説法①は一見六師外道同様寸余りに弁解的のや う﹂に見えるかもしれないが、仏陀には、六師外道にはない浬繋ーその象徴が月愛三昧│に基づく大悲同感がある。 この点において六師外道とは決定的に違う。かくして寸阿閣世の罪に大悲同感せる釈尊は、やがてその罪を自己に背 負わねばならなかった﹂。これが②の説法である。しかるに罪を背負うべきはこの両者ばかりではない。寸そこにまた 頻婆裟羅王の罪業が顧みらる、ふこととなった﹂。これが③の説法である。﹁かくして大悲月愛の光﹂に照らされる者は ーひたすらに彼岸を偲ばしむる聖なる虚無感﹂に包まれる。この﹁聖なる虚無感にありては、人の世の悲劇はそのま ま喜劇﹂であり、ただ﹁そらごとたはごと﹂である。このように﹁覚め来れば L 阿閣世の逆罪も﹁狂酔﹂のものと見 抜かれる。これが説法④であるロこうして、寸聖なる清涼の光に於てみれば、殺せりと悩むその殺も、幻師の幻作の 如く﹂﹁その実のなきものである﹂(説法⑤)。﹁かくして罪の正体を知る時、われらは罪から解脱する L 。それはあた かも、月が出るときに窃盗する盗賊がいた場合に月は彼に窃盗せしめる縁ではあるけれども、月に罪があるのではな いようなものである(説法⑥⑦)。かくして釈尊の説法全体は、月愛三昧に象徴される一如平等の聖なる虚無、すな わち浬繋によって導かれてきた。﹁而してその帰結は遂に浬繋界の暗示となる﹂のである(説法③⑨)。 さて以上のように、金子師は、釈尊の説法に終始一貫している仏教的原理を空性として明かし、その原理が説法に どのように反映しているかについて逐一説明し、六師外遊の説と釈尊の説法との根本的な相違を明らかにしてみせた。 しかしながら一つ、大きな問題があるように思う。それは、いわゆる勝義諦の説法全般について言える問題であって、
一言で言うなら、凡夫には勝義諦説法を正しく理解することができないという問題である。金子師の言葉を使って言 うならば、凡夫には、釈尊の説く﹁聖なる虚無﹂が暖昧な概念としてしかわからない。だからそれは、例えば六師外 道の一人である唯物論者の説くような﹁段無﹂、つまり誰でも寿命が終わればその生前の善悪とは無関係に皆平等に 虚無と化してくれるという説における虚無、言い換えるなら夢一つ見ずまた二度と覚めることのない深い睡眠との類 比によって考えられる虚無の概念と、つい混同されてしまう、という問題である。後者、いわば﹁俗なる虚無 L の 方 は、熟睡と類比的に考え得るという点で、少なくとも﹁型なる虚無﹂のような暖昧模糊たる概念ではないだろう。 前段の問題を説明するために、少し回り道となるが、﹃浬繋経 L 当面における釈尊の説法の次第を簡単に振り返っ ておきたいけ。阿閤世に対し、釈尊は、まず、自らの身の上において二十の事柄をよく観察するようにと言って、一つ 一つを具体的に述べてゆく。一通り聞き終わった阿闘世が、自分はこれら二十の事柄について全く考えたこともなか ったがために悪を犯し続けたことに気づき、﹁私が地獄に堕ちることは決定的ですね L と釈尊に言うのである。それ に対し釈尊は、阿閣世が言ったような寸決定的に﹂地獄に堕ちるようなことなどありえないと説く。﹁固定的なもの はなにひとつない L からである。未来は固定されていない。地獄に堕ちない因を今獲得するならば、未来は地獄に堕 ちないのである。ここから﹁信巻﹂の引文│それは全体として勝義諦の説法であると言っていいだろう
l
が始まる のだが、この勝義諦説法の意図は、﹃浬繋経﹄当面においては、決定的に地獄に堕ちると決め込んでいる阿闘世の誤 りを崩すためだけに置かれていることは、以上の文脈の流れからいって、明らかである。実際、勝義諦説法を一通り 終えた釈尊は、再び当初に戻って、自己の上に苦・無常・無我を観察することを説くのである。そして阿閤世は実際 にその観察を修し、その成果を得たことが記されている。中心となるのが勝義諦説法ではなく、苦・無常・無我の観 察であることは明らかなのである。 それに対し、﹁信巻 L の 引 文 で は 、 ﹃ 銅 山 繋 経 L 当面の中心である観察行のことが完全に省略されて、勝義諦説法だけ 阿凶世主への釈尊の吋出般市経﹂説法について(松陪 J 、.• 4 ・b i ' ' ' 1 噌 ・龍谷大学論集 4 、 、 ﹂ 句 、 、 t a ︺/白/ が残された。そして金子師の解説によれば、釈尊は阿閥世に、この勝義諦について語りたかったのだということにな る。浬繋においては(先ほどの深励師も言うように)もはやいかなる衆生もなく、だから殺すも殺されるもないと、 釈尊は阿閣世に対し、積極的に諮ったのだということになる。 けれども凡夫であり、かつ吋浬繋経﹄当面の阿閣世とは違っていかなる観察をも修することのできない我々には、 湿繋という﹁聖なる虚無﹂は、体験することは無論のこと不可能、概念としてもぼんやりとしか掴めないものであら ざるを得ない。そのためそれは、二度と目覚めぬそして夢ひとつ見ぬ熟睡ーその中では確かに殺すも殺されるもな いーのような﹁俗なる虚無 L と、混同されがちになる危険を伴っていふ。この種の危険性にもかかわらず、親驚聖 人が q 浬繋経﹄当該文脈から勝義諦説法のみを抽出して示されたその窓図は、どう窺えばいいのだろうか。これは確 かに親驚には思いもよらない問題であるかもしれないが、少なくとも一人よがりの奇妙な問題では決してない。なぜ なら、本論の始めあたりで述べたところの、多くの論者の指摘する当該釈尊説法と六師外道(例えば唯物論者)説と の類似的印象をどのように理解すればよいのかという問題の本質は、結局はここに関わってくるからである。一般的 に言うならば、これは、勝義諦など理解できないかさもなくばニヒリズムと誤解しがちな凡夫に対して、仏陀はなぜ 勝義諦説法をされるのであろうか、という問題なのである。 凡夫であっても、勝義諦を体得すべく修行させることが仏陀の意図に含まれている場合であれば、問題は少ない。 本来は言亡慮絶である勝義諦を求道者に得証させるために、とりあえずは言葉で示す。ただし言亡慮絶であるものを 正確に理解することはできないので、直ちに修行に入ってもらう。先述のように、﹃浬繋経﹄当面における阿閣世は、 凡夫ではあっても、釈尊の教導に従って、苦・無常・無我を観ずる修行者として描かれている。だが寸信巻﹂引文に おいてその部分は全て省略された。﹁信巻﹂引文では、阿闘世は仏陀の言葉をただ聞くだけの者として、描かれてい る。そして、このように観察行へと結びつけられることのない勝義諦説法に、上述の問題が生じてくるのは明らかで
あ ろ う 。 もし勝義諦説法を優しいニヒリズムのように誤解したならば、本節当初の問題、即ち、釈尊の説法が阿閣世の行為 を免罪する六家臣のそれと類似の響きを持っていることをどのように解すべきかという問題は、そもそも解答不可能 になってしまう。もし勝義諦説法が優しいニヒリズムなのであれば、釈尊の説法はまさに六家臣の説法と本質的には 異ならないことになるからであふ。ここに到って、金子師の説には、少なくともそのままでは従えないことが判明す る ところで、空性の教説の基礎は縁起の教説であると言い得るが、この縁起の観点から当該の釈尊説法を読み解いて いるのが岡亮二師である。そして師の見方によるならば、釈尊は阿闘世の行為を決して免罪してはおらず、阿閣世も また決して免罪されたとは思っていない。つまり釈尊の説法は優しいニヒリズムなどでは全くないことになる。次に この説を調べてみることにする。
四
附師の解釈によれば、当該の説法において釈尊は、縁起説という仏教的原理を淡々と説いているだけなのであるロ 釈尊説法の例の区切り(①1
⑨)に沿って、その解釈をうかがってみよう。 ①ここでの釈尊の意図は、阿関世を免罪することにあるのではなく、(﹃浬繋経﹄当面に関して本稿でも先に述べた が ) 1 定めて︹ H どんなことがあっても︺地獄に入らん﹂という彼の思い込みが縁起の法に反することを、彼に自覚 させることにある。阿閤世はなるほど﹁もし脅婆の諸に随順せずは、来月の七日に必定して命終して阿品獄に堕せ ん﹂という状態であった。しかし彼は脅婆の助言に従い、釈尊に遇うという縁を得た。なのに﹁定めて﹂堕獄すると 悶執するのは、縁起の法を無視するものだ。さらに、その罪の捉え方自身も、縁起の法に則したものとは言えない。 阿閑世王への釈尊のぷ比繋経﹄説法について(松尾) F七龍谷大学論集 4 、 、 , ‘ 、 、 J/fJ なぜなら縁起の法に従えば、身口意の三業が揃った罪業を因とする結果よりも、口意二業にとどまったものを因とす る結果の方が、苦痛の量が軽くなるはずだからである。このような縁起について阿閣世は全く考えられなかった。 ②さらに、阿閣世の行為は何もないところに突発的に起こったことではなく、複雑きわまりない因縁が絡み合った 結果なのだ、として、釈尊はその一例を示される。阿閣世の行為は頻婆裟羅が王位にあったからこそなされた。頻婆 裟羅が王位についたのは諸仏が彼の供養を受けたからであった。とすれば、阿閣世の罪業の一端に諸仏も加担してい ることになる。これも阿閣世には罪がないといっているのではなく、一つの殺という事件も無数の複雑因縁によって 成り立っていることに、注意を促しているのである。③もまた、阿関世の﹁殺﹂にまつわる別の因縁を説くものであ その内容は先述したので省略してよいだろう。とにかく阿関世はこのような複雑因縁に思いが全く及ばなかっ る が 、 た ④次もまた縁起の法の説示である。煩悩に狂った中で犯した罪は罪にならない。なぜならその狂気から覚めた者は ーなぜ自分はこんなことをしてしまったのだろう﹂と激しく後悔するからである。後悔が起こればなぜ罪にならぬか 仰 というと、後悔する心は必ずやこれからは罪を犯すまいと思うからであるロ狂気の行為は後悔をもたらし、後悔は自 戒をもたらす。これも縁起の法なのである。 ⑤様々な響えを挙げて、真実の眼を持つ仏陀と、不実の限しか持たない凡夫の見方の相違を説明される。凡夫はも のごとを必ず錯覚的にしか見ることができない。ある出来事の本当の原因、複雑な因果を全く見抜くことができない。 これに対し仏陀は全てを見通し、凡夫があれこれと思っている事柄が全て錯覚であることを知っている。阿閑世は自 分の錯覚の中で愚かな考えをいろいろとめぐらせて、恐れ悩み傑いているだけなのである。繰り返すが、釈尊は阿関 世に罪はないと言っているのではない。阿閣世が錯覚的に心に抱いているような罪はない、と一言っているのである。 凡夫の阿閑世は縁起の法をついに見ることができないから、何を考えても、すべて間違っているのである。
剣先の④に述べたように、漸悦(後悔)の人には自戒が起こって罪が消え、殺害をしなかったと同じ結果となる ため、漸悦の人には殺害は有ではないとなる。無備の人はそうでないため、殺害の罪は残り続け、無ではないとなる。 やはり縁起の法に他ならない。 最後に⑨であるが、その
ω
ω
が縁起の法を説いていることは、先の第二節における⑨に関する論述より明らかであ ろ う 。ω
は、殺害が有であるのは、あくまでも空を体得していない寸世間﹂の者、即ち凡夫にとってのことであるこ とを言っている。従って、修行し凡夫を脱却して空を体得するならば殺害は無となる。これも縁起の法に他ならない。 岡附による以上のような見方に従うなら、釈尊の説法は一貫して縁起の法を説いているのであって、それは結果的 に、自己の罪に執する阿閣世のかたくなな心を解きほぐすという効果を確かにもたらしたにしても、必ずしも、それ をl
少なくともそれのみを│目的としてなされたものであるとは、一一一口えなくなる。この点において、釈尊の説法に 認められると以前に述べたところの、阿閣世の行為を免罪するかのような論調は、我々読み手の錯覚にすぎないとい う可能性が、出てくるのである。少なくとも、その論調は、六家臣らの免罪の慰めとは少しも共通しないことになる 四 だろう。岡師は次のように述べる。釈尊の説法が始まるまでの阿閤世の心は罪悪感と堕獄の恐怖から逃れたいの一心 であった。釈尊の説法を聞いて、何とか罪を消そうと願っていた。しかし、釈尊の説法を聞き終えた阿閤世は、これ で罪が消えたと喜んだのではない。もしそうであればそれこそ無漸無協の者になってしまう。寸したがってこの場合 むしろますます自分の愚かさを漸悦しているといわねば﹂ならぬ。それは﹁もはや自分は地獄へ堕ちる の 阿 閲 世 は 、 ことは逃れられない。その姿をはっきりと認めた心であるといってもよい L 。そして﹁いかなる無間地獄にあっても、 自分は仏とともにあるという心が成り立っている凡ここにおいて寸もはや、地獄そのものが恐れの対象ではなくな って﹂いる。つまり﹁地獄に堕ちないとか、地獄があるとか無いとかが、問題でなくなってしまう勺寸自分はどこへ 行くのか、自分の未来の姿はどうなのか、そういうことが、自分の関心事から消える﹂のである。 阿閣世王への釈尊の﹃浬繋経﹄説法について(松尾) /'¥ 九龍谷大学論集 七
。
堕獄の恐怖で一杯だった阿閣世の心はガラリと転じた。堕獄の恐怖で一杯だった心が転じて堕獄を免れた喜びで一 杯になったのではない。仏陀への尊敬で一杯となったのである。それは裏返せば、おのれの凡夫性をそのまま受け容 れたことでもある。自分は地獄を怖がる資格さえなかった、なぜなら罪の何たるかもまるで知り得ない者が自分だか らである。仏陀への尊敬は﹁むしろますます自分の愚かさを漸慨している﹂心と一体なのである。五
金子師の見解によるなら、﹁信巻﹂逆誘摂取釈における﹃浬繋経﹄引文は﹁極楽無為浬繋界﹂を暗示するものであ り、つまりは寸証巻﹂の説示をいわば先取りしたものであるということになるだろう。﹁殺はない﹂とは、浬撲界に おいてそう言える、ということであるロこれに対し、岡師の見解によるなら、くだんの﹃浬繋経﹄引文は、縁起を完 全に透見できる仏陀とそれができない凡夫との対比を示すものであり、一言うなれば二種深信のひとつのかたちを描き 出したものということになるだろう。﹁殺はない﹂というのは、凡夫が考えるような殺はないということである。 金子師の見解と岡師の見解は必ずしも相対立するものではない。なぜなら、縁起を見る者は逆襲界を得証する者で あり、その逆もしかりだからである。﹁殺はない﹂とは浬繋界においてのみそう言えるのであり、そして縁起を見ず、 だから修行もしない凡夫は、自身の力にとどまる限り永遠に浬繋界には到達しない!と、このような仕方で両師の 見解を総合することも可能だろう。 ﹃浬繋経﹄引文が単に縁起説を説示するにとどまらず、空性の勝義諦説法をも展開していることについては、否定 できないと思われる(特に⑤)。すると、やはり以前の問題、即ち、なぜ釈尊は凡愚には理解できないはずの勝義諦 説法をされた(という印象を与えるような引文の仕方を﹁信巻﹂は取った)のかという問題が、再浮上してくる。だ が、岡師の見解を参照検討した今となっては、この問題については次のように答えることができるように思われる。空性を体得するならば、われなく、人なく、だから殺すも殺されるもない、という縁起を釈尊は説かれた白この縁 起の説法を凡夫がわが身の上に引き当てて聞くと、どうなるか。自分は絶対に空を体得できないことに気づかしめら となるはずである(﹁絶対に﹂という表現は縁起説に背くというのであれば、空を体得する因は自分の内には れ る 、 全くないし、自らの力によっては全く造作できないということに気づかされる、と言い換えてもよい)。﹁人はない、 だから殺すはない L 。凡夫であっても、ここまでなら、無理をして行くことが、あるいはできるかもしれない。だが 寸われはない、だから殺されるもない﹂。ここには凡夫は絶対に行けないのだ。他人を殺そうとするナイフなら﹁夢 の産物であって笑在はしない﹂(釈尊説法⑥)としてただ眺めているだけでありえても、自分を殺しに来るナイフに は、たとえそれが本当に夢の中のナイフであったとしても、そのような態度は取れない。寸われなし、故に殺される もなし﹂というような見方は、金輪際、凡夫には取れない、つまりは凡夫は空を体得できないのだ。存在する一切は 物質に還元される、死ねばみな平等に虚無になれると涼しい顔をしている唯物論的ニヒリストにとっても、﹁自分の 身体﹂という名の物質だけは、比類なきもの
l
文字通り他に類例が一つもないという意味で!なのである。執着し、 特別扱いせずにはいられない。 凡夫にとって勝義諦は、完壁なまでに受け容れ不可能な教説という意味で、理解不可能な教説なのである。という ことは、凡夫にとって勝義諦とは、おのれの凡夫性を逆照してくれる教説だ、ということになる。かくて、釈尊が、 凡夫には理解不可能な勝義諦を説法された意図は、阿闘世に対しておのれの凡愚性を悟らしめるためであった、とい うことになる D 勝義諦説法とは、汝にはここまで空ずることができるかという反問なのである。この点を見落とすと、勝義諦説法 は優しいニヒリズムと混同され、﹁聖なる虚無﹂は寸俗なる虚無﹂と区別できなくなってしまうであろう。仏陀が勝 義諦を凡夫に向かって説く意図は、汝は空性を見ることができない、即ち徹頭徹尾凡夫にすぎないということを思い 阿 閥 附 王 へ の 釈 尊 の 可 仰 は 般 市 経 ﹂ 説 法 に つ い て ( 松 尾 ) -じ龍谷大学論集 七 知らせるため以外には、ないと思われる。 註 本文における引用文、ならびに以下の注における引用文の中で、中括弧( 尾)による補充を表わす。
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阿闘世の﹁無根の信﹂の表白の直前の、﹁信巻 L 引文にて省略されている以下の場面による。(以下、﹁無根の信 L の 表 白がなされるまでの要所を引用する。)ョ大王よ、色は無常なり、色の因縁も亦た無常なり。無常の図より生ずる色が、 云何ぞ常ならんや。乃至、識は無常なり、識の因縁もまた無常なり。無常の因より生ずる識が、云何ぞ常ならんや。無常 なるを以ての故に苦なり。苦を以ての故に空なり。空を以ての故に無我なり。︹後略︺﹄ 0 . 簡の時に、阿閑世王は、仏が説 きたもう所の如く、色を観じ、乃至、識を観ず。この観を作し己りて、即ちに仏に白して言わく、﹃世尊よ、我れは今、 始めて色は無常なり、乃至、識は無常なりと知る。我が本より若し能く是くの如く知らば、則ち罪を作らざりき。世尊よ、 我れは昔、曾て﹁諸仏世尊は常に衆生の為に父母となる﹂と聞けり。是の語を聞くと雛も、猶お未だ審らかに定まらざる を、今乃めて定かに知れり。世尊よ、我れは亦た曾て寸須弥山王は四宝の成ずる所なり、所謂る金・銀・瑠璃・頗梨なり。 若し衆くの烏有りて、集まる所の処に随えば、則ち其の色を同じうす L と聞けり。是の言を聞くと雌も、亦た審らかに定 まらざるも、我れは今、仏なる須弥山に来至たれば、則ち与に色を同じうせり。与に色を同じうすとは、則ち諸法が無 常・苦・空・無我なるを知るなり。世尊よ、我れは世間に、伊間の子より伊聞の樹を生ずるを見るも、伊聞のより栴胞の 樹を生ずるを見ざりき。我れは今始めて、伊聞の子より栴樹の樹を生ずるを見たり。伊聞の子とは我が身が是れなり。栴 檀の樹とは即ち我が心の無根の倍なり。︹後略︺﹄ L ( 新国訳大蔵経守大般浬繋経(南本 ) H h 五四七 j 五 四 八 頁 ) 。ω
阿閣世の寸無根の信﹂は弥陀回向の真実信心の獲得のことではないとする説(例えば三木照国﹃教行信証講義信宋・ 証﹄永田文昌堂、平成十二年、三=二1
三三三頁)は、当該の﹃浬繋経﹄引文直後の御自釈が﹁ここをもって、いま大聖 の真説によるに、難化の三機、難治の三病は、大悲の弘相官を慰み、利他の信海に帰すれば、これを持哀して治す、これを 憐慨して療したまふ﹂となっていることからみて、成り立たない。﹃浬繋経 L 当面の﹁無根の信﹂が 1 弘容を磁む﹂こと ではないということであれば、それは自明である。親鷺は省略や読み替えによって l 深 励 師 の 一 言 葉 で い う と 寸 断 ・ 草 取 義 にして勝手のよきやうに窓を取りて引くこと﹂によって勺教行信託諮義集成第七巻 ι 九七頁)ーその 1 無根の信﹂が ︺で括られた語句は、すべて筆者(松寸弘替を惣む﹂ことと重なるように、工夫されているのである。ここにみられる釈尊観は、釈尊を弥陀の化身とするもの である(﹁久遠実成阿弥陀仏/五濁の凡愚をあはれみて/釈迦牟尼仏としめしてぞ/迦耶城には応現する﹂守浄土和讃﹄ ﹁ 諸 経 讃 ﹂ ) と 言 っ て よ い と 思 う 。
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註ω
にて引用の経文に加えて、他の省略筒所を参照(例えば前出 1 大 般 担 般 市 経 ( 南 本 ) H L 五 四 一 頁 ) 。 も ち ろ ん 、 苦・無常・無我の﹁観察﹂とはさらにどのような仕方での観察であるのか、あるいはまた、阿閣世が諸法の苦・無常・無 我を寸知﹂った(註ω
所引経文の強調箇所)だけで、どうしてあれほど堕獄を恐れていたのが翻って一切衆生のために地 獄に落ちるとも苦としないなどという菩薩の心になれたのか、といった聞は残るであろう(後者は右の寸知(ったごとは さらにどういうことなのかという問と同じである。右で傍点を振った﹁だけで L というところが誤解なのである)。だが それらの疑問は本文でこれから問題にしようとしている疑問とは異質のものであり、少なくとも本稿で論ずる必要はない。ω
金子大栄﹃教行信証講読信証巻 L ( 吋金子大栄著作集第七巻 L 春秋社、一九八一年)三一二頁。以下の諸氏においても ほぽ同様の見解が示されている。曽我泣深﹃教行信託寸一信の巻 L 聴 記 ﹂ ( 1 曽 我 叶 一 深 選 集 第 八 巻 ﹂ 弥 生 計 一 関 、 昭 和 四 六 年 ) 四二三頁。星野元豊﹃講解教行信証信(続)証の巻﹄(法施館、昭和五四年)一O
五三頁。信楽峻麿﹃教行証文額講義 6 L ( 法 蔵 館 、 二CC
四年)三四四頁。岡亮二叶教行信証口述五十譜第三巻﹄(教育新潮社、平成九年)二三八頁。石田鹿和 司親鷺﹁教行信証﹂を読む﹄(筑摩書房、一九八五年)二六二頁。気多雅子﹃宗教経験の哲学﹄(創文社、一九九二年)一 六四頁。藤場俊基吋親鷺の教行信証を読み解く H L ( 明石書底、一九九四年)二七七頁。ω
例えば気多前掲書一六四頁、藤場前掲害二七七頁、あるいは信楽前掲書三四凶1
三四五頁もこれに近い見方と言えるか も し れ な い 。ω
例えばc
は蔵徳大町と悉知義大臣の説をまとめたものである。また吉徳大臣の説の前半は論ずるにも値しないと忠われ るので省略した om
以上の⑧と⑨における、丸括弧()内は星野元豊の解釈に依る(星野前掲昔、一OO
二1
一OO
五 頁 ) 。 ⑨ のω
ω
に お け る 中 括 弧 ( ︺ 内 は 私 見 に 依 る 。 ま た ⑨ のω
のまとめは﹃浄土真宗聖典顕浄土真実教行証文類(現代語 版)﹄本願寺出版社の現代語訳による。ω
この最後のものは、拙論ョ輪廻転生﹄考(三)﹂(吋龍谷大学論集 L 第四七六号)の註ω
にて言及した問題である。 山間因みに、釈尊が文字通りに病を癒すという奇蹟を起こし、また他者の過去を見てきたように語ったという、いわば超能 阿 閤 世 主 へ の 釈 尊 の 吋 担 雛 経 ﹄ 説 法 に つ い て ( 松 尾 ) 七龍谷大学論集 七 附 力的把握は、まだしもわかりやすく、また必ずしも﹁非科学的﹂とも一言えない。それに対し、これを象徴表現として受け 取るということは、そんなことよりももっと恐るべき何かがあったが、それはあまりにも恐ろしくて原理的に一言い得ない、 と言うに等しく、全く﹁非科学的﹂なことである。しばしば、象徴ということが、心理現象の形象的比輸のように│そ れなら象徴とは単に大袈裟に言ってみたということにすぎなくなるであろう│軽く受け止められる場合があるので、あ えて一言しておきたい。
ω
深励﹃教行信証講義﹄(司教行信証講義集成第七巻﹄法蔵館、昭和五一年)一O
一 頁 。ω
深励前掲脅九八頁。以下の諸師もほぽ同様の解釈である。星野前掲脅九八七頁、山辺赤沼九二三頁、石田前掲書二六二 頁、信楽前掲脅三四O
頁 。ω
以下、金子前掲書、三二一1
三二四頁。部分的に誌を汲んで換言ないし敷術したところがあるが、一々断らなかった。ω
﹁ 真 仏 土 巻 L には寸解脱は名づ付て虚無といふ。虚無はすなはちこれ解脱なり。解脱はすなはちこれ如来なり、如来は すなはちこれ雌無なり、非作の所作なり﹂という点は柴経﹄﹁四相品﹂からの引文がある。ω
金子師が指摘するところの寸道徳感情を麻締せしめんとせる所に外道の外道たる所以があ﹂るという側面(前掲脅、三 二二頁)!この指摘自体私には無条件に正しいとは思われないが│は、ここでは度外視する。ω
田上前掲訳書、三五九1
三 六 九 頁 。m w
例えば柳津桂子﹃生きて死ぬ智慧﹄(小学館、二OO
四年)の読者で(著者については沙汰せず)この種の混同を免れ ることのできた人は何人いるだろうか、甚だ疑問に思う om
﹁言説はこれ世俗なり﹂(青目釈、鳩摩羅什訳﹃中論﹄(﹃国訳一切経中観部一﹄所収)一五九頁)。つまり言葉による 説明は世俗諦に属する。即ち勝義諦は本来的には一言亡慮絶だということになる。ω
もちろん金子師の解説は、勝義諦説法でいう混繋の意味での﹁虚無﹂と、例えば六師外道の一部である唯物論者のいう 意味での虚無 l 寿命が終わればその生前の普惑とは無関係に誰でも皆平等に虚無と化すーとの根本的な相違を示すこと を意図しているし、言葉の上ではそれに成功していると言うべきだろう。即ち、本文中にも述べたように、仏陀には、唯 物論者にはない、浬繋に基づく大悲同感があるので、このことに基づいて、説法内容にもおのずと相違が出てくるはずだ、 と。けれども、説法を受ける阿閤世(ひいては我ら凡愚)にとって寸浬繋﹂は絶対に今生では得証できないものである以 上、それは差当りは単なる言葉でしかない。つまり、仏陀の(浬繋に基づく)大悲同感と、道徳的唯物論者の(凡夫的な)心からの阿情との区別は、説法内容によって、即ち言葉によって付けられ得るのでは、ないのである。阿闘世がたま たま出会った・気回たちは阿閣世の罪の懐悩をまともに受け止めなかったがために、阿閣世を救うことはできなかった。が、 もし家臣の一人が次のような道徳的唯物論者であったとしたらどうか。それは人に心から親身になることができ、現世で の善悪の区別であれば厳格につけており、だから罪の存在も、良心の珂賓という心理をも、当然のように認めているよう な唯物論者である(金子師は認めないかもしれないが、現にそのように道徳的な唯物論者は数多く存在していると忠われ るし、少なくとも、唯物論者であるということから道徳的に下等であるということは、論理的には決して帰結しはしな い)。道徳的唯物論者には、先ほどの(金子師の再構成における)釈尊の説法と、同じような語りを、阿閣世に諮ること ができる。即ち(以下の番号は釈尊の説法のそれに対応)、君の行ったことは私としてもとても痛ましい(①)。君の罪の 武任は単純に有一人にあるとは言えない。社会全体で負うべき問題であり(③)、その社会の現状を追認してきた私にも 責任の一端がある(②)。この点からみるなら、君はある意味では、その犯罪行為をするように追い詰められたとも言え る(④)。勿論、君の行ったことは人として到底許されることではない。だから今君が自分の行為を激しく後悔している ことはとても普いことだ(者婆の応答を想起)。それだから私たちも、君の行為は憎むけれども君自身をは許すことがで きるのであり、かくして君はかつての孤独地獄からは免れることができたのだ(⑧)。君は償いとして死刑にはなるけれ ども、死すれば善人も悪人もみな全く平等に、無と化してくれる(⑤⑥⑦)。虚無が君を優しく受け容れてくれるのだか ら安心してよいのだ(⑨)│と。さて、阿閤世(そして我々)には、このような慈愛あふれる唯物論者の虚無の説法と、 釈尊の 1 大悲同感﹂からなされた﹁型なる虚無﹂の説法とを区別することは、差当りはできないはずである。我々は両方 の﹁虚無﹂を体験した上で│それは端的に不可能!両者を区別するのでは、ないからだ。釈尊も道徳的唯物論者もどち らとも、凡夫たる私の罪を嘆き、心から私の償悔を受け容れ、私を励ましてくれている。両者の違いは│﹁道徳的﹂唯 物論者の定義からして│少なくとも両者の説法においては、現れない。どちらの人格も、ともに、相手の苦悩を解消し たいと心から思って真撃に対座しているからである。それでは、両者はいかなる点において決定的に違うのか。それは、 釈尊の方は寸虚無 L 寸 平 等 一 如 ﹂ 1 浬繋﹂を体得しているのに対し、道徳的唯物論者はもちろんそれを体得してはいない (し、彼みずからが言うところの﹁虚無﹂すら体得はしていない)という点においてである。釈尊には﹁われあり﹂﹁彼 あ り ﹂ 寸 殺 あ り L ﹁死あり﹂などの心が絶滅しているのに対し、単なる道徳家にはこれらは絶滅してなどいないどころか、 最初から問題にすらなっていないのである。だが、この相違は、単なる説法行為においては露見しない。従って、もし仏 阿閣世王への釈尊の﹃浬繋経 ι 説 法 に つ い て ( 松 尾 ) 七 五
龍谷大学論集 七 /¥ 陀と道徳的唯物論者の表而上の類似が破れるとしたら、それは極限状況においてでしかないだろう。極端な例を挙げるな ら、例えば説法の最中に飢えた虎が出現したとする。仏陀には可われあり L の思いが絶滅しているので、ただ相手(阿閣 世)のことだけを考え、自らをかえりみる余地がない。従って仏陀は、飢えた虎に喰われてしまうかもしれない。あるい は飢えた虎でさえ、その無我の態度で手なずけてしまうかもしれない。どちらにしても、唯物論者の道徳家には絶対に真 似できない態度である。唯物論者は、いかに道徳的であっても、﹁われあり﹂の思いを根底にして生きているので、虎が 出現したならば、自分の身を守ることしか考えられなくなるだろう。 側以下、岡前掲害、二三八