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『宗教研究』新第6巻第3号(*48号)

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(1)

――目次―― 1,宗教発達論の転回,宇野円空,Enkū UNO,pp.1-22. 2,神秘主義における智的伝統的要素,増谷文雄,Humio MASUTANI,pp.23-34. 3,大事における二出家経,平等通昭,Tsūshō BYŌDŌ,pp.35-54. 4,起信論における仏三身の原語を論ず,日暮京雄,Kyōo HIGURASHI,pp.55-78. 5,北方民族の巫術の起源について,赤松智城,Chizyō AKAMATSU,pp.79-88.

6,基督抹殺論小考,L.Feiler, Die Entstehung des Christentums aus dem Geiste

des magischen Denkens, 1927,丸川仁夫,Hitoo MARUKAWA,pp.89-94.

7,「宗教学」と「神聖観念論」,赤松秀景,Shūkei AKAMATSU,pp.95-100.

8,基督教社会における「受難」体験,浜田本悠,Honyū HAMADA,pp.101-108.

9,宗教現象の病理学的研究,P.Janet, De l’Angoisse à l’Extase vol.Ⅰ, Un délire religieux;

La croyance, 1926./ vol.Ⅱ, Les sentiments fondamentaux, 1928,古野清人,Kiyoto HURUNO,pp.109-116.

10,新刊紹介,pp.巻尾1-10.

(2)

しと′う〕

こ8こぅ

宇 野 囲 空

−発生論と宗教肇の傾向 一般に民族軍的研究一り興味り中心でJりり、そのまへ与る勒梯とへろたもりは、種々へ㌧ろ文化現象の

登珪的考案であつて、未開民族言■於けるそれらの話形式との比較から、高等な欧州文明の由来をた

つね.八朔の雁虹に於けるその根源にまで翻ることは.最初から未開民族の研究の目的としてみと

められてゐた。そしてこれら諸現象ツフちでも特に法枠や赴合判度に閲するものとゝもに、最も多

くこんへ㌧考察の題材とぢつた■り.が神前や宗教であつた。それでかゝる氏族率的考察や艮族史的資料 に促されて、これ∴と和ならんで進展した宗教史や宗教畢の中心閑地が、何L苛もまづ宗教の教生 的な考察でぁつたことは、むしろ皆然の勢でJのつて、今になほ宗教の起源及び費遽の研究は、多く の場合に宗教史や宗教邸の壬へT心内容だと考へられてゐる。

㌫故山起源といふことはすでに古くから紳畢的研究の問題でもあり、それから宗教背準としては

これ一で特殊宗教から、㌫敏一般に及ばして論議しても凍たじしかしこれは歴史的もしくは心理寧的

ぢ考寧でいくら窄含んではゐても、主義としてそれは北嶺的へ諺而上学的もし︿は認識論的な起源

宗教辣謹話り輯凹

宗教蓉蓮論の樽伺

(3)

284 宗教骨蓮静の何回 諭である。それ故宗教単に於ても時としては一部分こんト与立場から宗教の起源が考へられ一〇ことも あるが、寸でに宗教史の延長として、まに民族畢的研究の結果を多く取入れて成立った宗教畢とし ては、むしろ歴史的ハ㌧意味での宗教の起源が、本務その間心の焦鮎であつたこ とはいふまでもない。 もちろんそれは細畢の領域で諭せられるやうな、特殊の宗教の経典律法など七ついて一の歴史的起源 の問題ではなく、宗教一般もしくは人類全憶に於ける宗敦の螢現を考足しやうとするのでぁつて、 一方で人類に普遍的に具はつた宗教の動機をかへらみつ∼最初人類に宗教が現はれるやうになつた 外部の催件や事情を考へ、それからしていかなる形式の宗教が起ったかを見やうと†るので争0。 故に宗教史宗教学に於ける宗教起源諭は.最密に歴史的といふべき鴇のではうべ′ぺ、 はなれての発生論であり、それは・また宗教心理撃などで諭せられる各個人に於ける宗教劇締駿の螢 生に封して、屡々これと開聯せしめられる宗教の系統教生の問題であり、宗教の人類費生星−j−C ge=︹∝訂と呼ばれるものが、その畢的ぢ努力の中心であつた。かくしてこの間題の解明に大部分民族 畢的研究が取入れられ、そこにまた宗教畢の一つの使命がみとかられたのである。 一般に教生的な考察は第十八世紀頃からの西洋思想にあらはれた、ひかい傾向であつで、暫畢の 名に於てすらこんな考かたが種々の問題の取扱にあらはれ、民族畢的研究もこれによつて支持され、 宗教史もこれから生れたといひ得る。それで宗教についての教生費建といふ考は.ヒュームやヘルダ ーの思想にもいちじるしく現はれ、ヘーゲルに於てはよほど明確に∴豆つて凍る。これには常時の新

(4)

公6 らしい宗教史の知識が大に興ったのであるが、しかしそれは⊥一叢逆に宗教史を斬らしい方向へ導く カとなり、個々の宗教の特殊研究や歴史ではない一般宗教史の基礎観念として、さらにこれ一で単な る記述や絶合から宗教そのもの∼舜化の考察としての宗教史たらしめ、やがてそ・れから比較宗教や 宗教畢をも生むやうに打てるのである。それ故比較宗教といつても賓は単に諸宗教の異同の比較が目 的ではなくて、最初からそれは諸宗教三つに⊥まと竺﹂、これ一ぜ費建と十戒念に一貫せしめて見 やうといふ意周一で合んでゐたのである。しかしこの場合にも本務教生的考察を目的として費屈し、 宗教の教生費達の研究に適切な資料を供給して、宗敬史や宗致単のこんな論議の具健的な内容を形 ったのは、主としてその民族畢的研究であつて、これへ㌧しには宗教革もその形を成すに至らなかっ たかも知れぢい。したがつて宗数の起源や螢達の考察に、ひろい意味では種々なる説明の立場と方 法があ一qけれども、宗教史や票数単に於ては大部分は民族垂的説明に外へ与らないのであつて、少く ともその中で最も進展せしめられたものだといふことはで、きる。 〓 進化論的説明と民族畢的方法の持回 かくして宗教の費生的考察は宗教民族畢の出立薪でも一のり、現在でもへ与ほその主要へ与目的と考へ られてゐるので、この方而から宗教の起源や螢達に関して提起された学説はすこぶるその慶化に富 んでゐる。しかし民族畢でも票数畢でもそれが多少組織立てられた時代は.あたかも生物畢の方南

一ヽ

でも進化論が唱へ出されて、それが形を整へるやうになつたゝめ、それ以前からの宗教の教生的な 膵軟膏蓮論の轄由

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2S(; 見方は、甚しくその作物進化諭の影響字フけ、そい進化とい∴睨念一でそのま1宗故に通用して.再ポ 敢の潜互や進化一で説くことに打ヱ﹁工。︻でれで㌫放り進化とい÷︶とは、もJりろん仰々の㍍敢力照薮 的螢遁ではなく、人類〃歴史に於ける宗教全偶力進化であ・り、人柄・い心理的密通と中行して万ポ放り 進化がへ㌧くてはへ㌧らハ㌧いと云∴根本的州心宰ご∴って、これ′で君波だて↓匂ためにに、宗教進化の初期 の段梯一でホすもリノとして、未聞艮族高話宗教直弼賓がみり、そiLから測って宗教・山池野で推測†る ことも附難でへ㌧︿、さらに文化艮族・り雅史にぁらはれた高等ハ㌧諸宗 教一で加へて、通常にこれを配列 一で了るへ†らば、そこに㌫歓迎化り全段階が典偲的に示されるといlバり︰か、再ポ数登珪論りすべてに共 通へ㌧立場で.ムアリ方はであつた。しかも二んな想定ヰ方ほはも、しろ草的に新しいも・いとして一般に是 認されてゐハトので、そ両日心想的根珪については久しい悶有力ヘ㌧批判や反訴もへ㌧′、、少くとも宗教氏 族挙、り範閲では、たゞその進化〃段階い光後て▼ そ山部分的て宗教▼い形縄心へ÷1に一っいて.是非の論 議がくーりかへJJれてゐハ﹂・いで一の一つっ しか乙に今世記に入一ヱ削授から、人相文化■い進化とかテり甘藷方はについて、氏族坪者り一部に 多少の反省が起T、丑物隼上り進化観念一で文化現象・い歴史に瓦謬的に過用す争りが木常でJ■り六ニ︼と 窒息諭し一\ すべての艮族隼的研究特にテり経堂考察に於て、一号﹁厳密ハ㌧歴史的方法が要求され て凍に。一/、してこの立場からいはゆる薪民族学的方法がま張され一りと同時に、特に宗教比族畢とし てその密度的刷究王も大ハケQ稗匝lが要求されてゐるのである。この要求はたとへばシュミットなどに 宗教俊蓮論の粗品 四

(6)

ござT み一句やうに、宗教に閲守る限りでは多少前代の紳草的思想へり復緑を意味し、信仰の影響からす一Q 進化論への故意㌫排斥も令三れてぉるtしかしそれが一般民族軍としては方は諭上の草的な族密一J ㌫十九世紀山姥竿一三通じて興野い全面一で風雌Lたむし・り 一い要求か▲㌧起ってゐ乙ことはき1i賓で一助n、 安情へ㌧進化論的‖心恐が、少︿とも文化税象山考察には今一腰厳寧与批判 のだ・こも考∵しれ乙じともかく二んへ㌧にLて一般的へ㌧方は諭上り某碓取合が疑はれだした以上、宗 教隼として1シ/、の登珪論の立場について、根本的へ㌧反省一で拒むわけ﹁トはlっかへ㌧いであらう。︵こ 読二し 宇野刷空∴諾小り民放闘牛的椚琴ゝポ軟抑宍特輯鞘﹃最近宗教析犬川心潮﹄に民族壁上り=り紙刑にや、詐・tく詑明・し㍗。 攻下り諸折り文献lニついてL=、り一り婁轡り=ヾ㌔︶ 三 従妹い常連論い精算 それて㌫徽・い教生発注に㈲寸こ従妹の躍化諭的説明、二とに諸民族り宗教・い同系的進化力想定に 射して、伯持説や緑一説へ㌧い・Jノで合めて一い傑出ヰ鶉︰㍍撞頭したことは、それが㌫歓比放群山小心問題 に園丁るも∴でJ∵′、カは率い秋本に観れ乙ものでJ−∵っから、異に㌫敢の起源や発一連の一説朋に修正 ﹂で要求†るどかりでハ㌧く、合冊い糾純や理論山上にち大き定舜動一でもた・LJすかも知れぢい。 丹小数川†に於け乙こ㌣三いしぃ食性諭は、現存い未開民放わ問に卑ぃれる行これかゎ㌫数的軌念や俵純 一︸丁こコし、それ一三1∴てい丹小数︰最初山形式と見左し、それから㌫敏一般い食性一で説明し?っしJす こ民放川卜的へ㌧起源論で∴つハ㌧これが簡耶ハ㌧呪物黒井訣十日然告知詭からにじまつて、素朴へ㌧トー 宗教常連論り拘l可 五

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2SS テミ.ス説や精小⋮芸郁井設とにり、これらを綜合すろアニミズム設が一大勢力一でなしたのちに、それに 封抗†る種々打てるブレアニミズムの主張、特に呪術説や非人格的呪力設の接頸によつて、種櫛な方 向から内容づけられて凍たことは、今山々そのあとを顧みる必要もあるまい。だゞこれらの宗教起 源諭は、大健みな宗教の費達といふ観念一で預恐してゐる出で、それは費連過程の出立鮎としての起 源諭であつ︷一示ら、宗教の鹿本的㍍形式の考定は、つねにその後の欒化螢達の問題と伴ってゐた。 そL一一し宗教の起源に謝lする場合と同様に、その螢達についてもいくらかその原因や催件も問題と はへ㌧つたが、すでに大髄が進化論的へ与立場から、自然の費建といふこと一で想定してゐるのであぇか ら、それよりも宗教がいかなろ形式から出立し†、ざん定順序や過程を経て♪ 現在の最も進歩した ものにまで到達するか一で、票数史的串宵山配置によつて跡つける二とに多くの努力が彿はれた。し ′ たがつて宗教費達論としては大ていはその螢連の方向をホすこと一号軍限とし、宗教が進歩費達する 過程の一般的段階一で考足す一っことが、串賓上最も重要な問題であるかのやうに見られた。そしてこ の螢達過程をいくつかの段階に罷劃して見るのは、必やしも宗教史に於け一匂時期り随分とは同じで ハ仏く、種々なる時代や民族に於ける宗教ノで、その費連の程度や特質によつて拓別することになるか ら、それは結局一種の宗教分類とへ㌧る。それに一方で宗教の分類には種々の標準や方法があるけれ ども、宗教をまとして教生的に考察†ることが、久いし問宗致史や宗教畢の中心観念でぁつたため し、多︿の畢者は諸宗教を享の螢達の程度によつて配列し、いはゆ一っ螢連的分類なるも■りを重要戒 宗教費蓮論の相同

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2ミ9 した。かくてこゝにも生物畢的方法の類推が強く影響して、宗教費達の段階とその分類とが共通の 形式に於てあらはされるのが普通であつた。 それはすでにヘーゲルの提示した宗教の分類または螢連投階の観念が、その昔時の人々の考を代 表したものでぁつたが、一コソトの説いた三つの段階なども、多少哲率的に宗教の進化を考察する畢 者にまで取入れられた。そして特に民族畢的号資料にもと.つく費連の観念としては、ラガック、レ井 ユ、マクスミュラーぢどの畢説が重きをなし、ついに一7ィーレに至って、それが一層整頓されたことは いふまでもへ住い。それから優にも一方で暫畢的な考察としては、.高等宗教について一神教と汎神教、 あるひは超越紳軌と内在紳軌との螢連関係が、きわめて重要な問題として展開されると同時に、他 方民族畢的方面では主として初期の段階について、その起源諭と交錯して盛んな論議がつゞいて今 日に至ってゐるわけである。 しかるにこんぢ意味で宗教の教生費連一で取扱ふことは、近年になつて漸くその困難なことが分っ て凍て、形式的に螢達の段階一で決定することなどは、あまり重き一で置かれぢいやうにぢつた。それ は費通論そのぺの■がすでに論じっ︿された問題として、一般に鏡い興味をひかな′\なつたからでも あるが、また一つはこんな研究の内容が益々精密豊富にh︰サつて、大腰な概括が許されぢいやうにな ったからでもある。もちろん今でも二三十年前の宗教費達諭やその段階観念をそのま∼に受け入れ て、それで宗教一般を論じその発生的考察をみたしてゐる聾者も少く.はないが、すでに生物畢的進 宗教敦蓮論の博回

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:t)(1 ハ端歌幣通論の相国 ヽ 一 八 化諭の素朴な頗推が−そのま∼宗教現象に適合†一匂かどうかゞ疑問とハ与つてゐる時.宗教の蓉建と い÷−ともこれまでのやうへ㌧単純な説明では解決されなくぢつてゐる。文化現象としての宗教にあ ろ意味での教ほ一でみとめ一?−とは、可能でもありかつ必要でもあらうが、これ一ぎ決定す一〇には宗教 に㈲す一匂現今・り知識に和應した精密さが要求され、講比族の生活や文化史撃的に取扱ふに邁普なカ 法によらなければならヘケい。かくして宗教の費ヰ的考察には、これ迄のやうへ㌧起源諭や螢蓮の段階 軌念一で全然否定しない⊥一号も、これに多少再修正と制限を加へてゆくことは、牟問・り進歩の上から むLろ常然な要求といつてよからう。そしてその要求は宗教史や宗教学の他の部門からよりは、ま つその民族畢的研究の方南からあらはれ、それはまた一般民族単に於ける進化説に封す一っ侍播説の 提頭、及び心理ま議に封丁匂雁史ま義のま張かち凍てゐるのであ一ん。 四 ラングとシュミソト一派・りま張 . ラリツノやフロペニウ?い謄むま義の系統か■し非にグレブナー及びアンカーマンの文化財訟、ス ミ子む中心とすえマンチェスクー派山エジ.フト本位の樽柿説.及びポアズに点じ一;つてその門下のア メリカ民族学者が多く一致してゐる締一説の立場など、今一々その思想の内容や由凍を説く暇もな くその必要もh㌧い。たゞこれらの学者及びその畢詭は、心理ま義と比較研究法と進化論的立場一でと る蕾凍のいはゆる人類学派に反射して、全惟として歴史を揖重すろ民族革上の贋義の文化史的方法 をま窮するものであるから、その各々が虹技宗教現象に㈲して輿へた説明の大小にか∼わらす、費

(10)

●1√ 生的研究の根本についてこれまでの宗教起源説や螢蓬諭に大なる修正を要求することは明かでぁる。 しかし特に宗教の教生に関して第一にその進化論的説明に反抗したのはラングでぁつて,すでに一 入九人年その名著﹁宗教の作生﹂に於て、常時一般に是認されてゐた宗教螢連諭に根本的な疑問を 提示したのである。すぢはちラングは宗教の起源に閲してその頃塾界の信催のやうになつてゐたア ニミズム説い立場を疲じ、原始的一紳観山光正を想定して、ティーレハ㌧どのいふやうに宗教の倫理的 要素が必ゃしも後代の教生に屈するものではハ㌧いこと一曾力説L、︰方で幾多の民族畢的部賓が宗教 の退化一でもホしてゐ与︼とを指摘して、すべての宗致の費蓬を単一な方向にまと空し見ようとする 進化説の立場一で、脛虹的串軍でかへりみない葬想だと断言したのであつた。 もつともそれ一三、しにも紳坪的抑究山似域では、酢水一い退化説山立場を固執して、横曾のあ”ニJと に進化論的へ㌧宗教り発生説に反抗しようと†る傾向はたえハ㌧かったのであるが、こゝにまに新たな 科隼的根琴−とに民放邸的串質にもとづいての退化説があ﹁りはれて、少くとメェポ敢進化論に封寸る 反射直立場が成たつ砕地が見出され仁一誓しある。それでこのあと熱心たラング一で支持して、原鮨的.一 紳軌によ乙起源軍で発展せしめ、進化論的発生論−り打破に向つて閉ひつゞけてゐ乙シュミットの努力 の枇杷にも∵一ノ、いカトリック隼掟としてり信念がはたらいてゐることは覆はれ定い。しかトその節設 の方法がざこまても隼的で一項・り、新らしい民放隼的串賓にもとづいてゐることば拒まれないのであ って//三に㌫数隼に拾けろ教井諭上山射らしい立場が提示されてゐラ ︼とは認めへ㌧ければへ㌧らな ハポ杏 it−

(11)

29コ 宗教設連諭の織l山 ヽ 一〇 い。シュミットが一般民族撃上の文化史的方法、特にグレブナーやアンカーマンの文化圏設にもとづ いて、さらにこれ一で精密ぢらしめ.近代文化一で別にしての文化り段階として、原始文化.初期文化 及び後期文化の三つの屠一で分ち、その一各段階に三または四の・地方的文化財一で劃して、夫々れの敢官 制度や経済生活及び宗教の特徴と系統一で指示したことは.あまりに陶式的であるとはいへ、畢的に ︵一︶ 無用へ㌧努力であつたとはいはれぢい。そして原始文化の一つの幽一で代表するピグミー講族に於て、 原始的一紳軌が最も純粋にぁらはれてゐることから、それが他の文化圏や段階にうつ∼て、漸次ア ニミズムや呪術が交るやぅにぢり、祀先の観念との混同も起るといふのは、民族畢的事質の配列が や1技巧に†ぎるきらひはあるけれども、とにかくそれ一で時庭の関係に於て精密に考察したもので ふ∵り、宗教の私淑や蓉生に閉じてあて車りに概括的ぢ進化論的説明とは、大にその趣を異にしてゐる。 それでシュミット自身も単に宗教の民族畢的研究のみを目的としないで、ひろく一般民族畢の各方 面、ことにその方法論の根本について考察をつゞけ、 年一年その畢設を改修することを怠らないの であつて、その﹁アント二リボス﹂やその他の機関一軍通じての畢的努力は、一般民族畢の範囲に於て ′ も益々みとめられて充た。ことにその奮著﹁紳観の起源﹂の前審は最近著七く相補されて第二版一ピ 出し、欺洲戦寧に妨げられて久しく期待されてゐたその第l一巻も、速からす公にすると預告されて ゐるので.宗教民族単に於てその牢記が漸く重き一でなさんとしてゐることも、必ゃしもその派の畢 徒の自費ばかゎではない。それに﹁宗教民族撃退間﹂一で中心とする同志の畢着こJにブ︰やブレ −・l 1 1 =、 し −−,−.′γ一・ しー ・

(12)

293 イハーども、シュミットを地承しっ∼たえすこれを補正して、少くとも宗教民族畢の方法論や教生諭に 於て、この派の畢設一ざ完成に導かんとしてゐる。そのほかアンカーマンやグレブナーの宗教に関す る近葺 ことに後者の宗教の発生についてのアニミズム読やブントの畢詭に封する修正は、同じ畢 ︵二︶ 系からする発生論の見解を一そう明瞭にするものでぁる。 ぢはエーレンライヒはつとに紳話や宗教思想の尊卑に蹄一六〇l−∃gつ=虫の原理があるこ て、燭立の螢達である民族思想雲〓ハつrgつd書keと見なすべき らねばぢらへ甘いことをま張したが、・いはゆる臨一説は進化説と侍播説との中間に任するものとして. 大横上アメリカの民族尊者の多くが一致する立場となつた。そ.してゴールデンワイザー、.ヰよラ.−、 ロヰーなどはことに宗教の説明にこんな方法一ぜ取るべきこと一ぞ葺張して、進化論的な シティクー、 寮生諭を攻撃したのであるが、それは侍播のほかに民族燭自の費学でも 的説明の必撃ぞみとめはするけれども、一そう具健的に地理的分布にぁらはれた異同と.その歴史 的舜蓮を忠賓に見ろことを要求し、宗教発達の性急ぢ概括を排斥す.るのでぁる。†ンチェスクー派の 汎エジブト主義の侍播説にいたっては、あまりに機械的でもあり客想的でもあ■るが、.、その歴史重義 が宗教螢生論に通用されて、少くとも進化説に封する批判とへろでかる限りに於ては、滑極的に容 認さるペき余地がないとはいへないのであつて、ベリーの諸著ことにそみ右ソトネシアに関するも のは、宗教の地方的侍播と交錯の考澄として意義あるものチのる。したがってこの 宗教既達論の相国

(13)

こミり ハ.小詑の川 一二 ー、ズいチ、の稽作ミ、㌫敦の発雄に閻 り †ら方法論として、また太中澤訪島に於ける宗教佃梼 の考察とLて、従華い部化率い催事で要求するに和カな根披一ざもたら了ものでぁる。 註︵ 叫︶ 才⋮ご㌢㌻宣−∴C=h≡rと⋮こ︼ニこCr′・l告uきーく=房iきー.≒ぎ︼琶ニーワー︰缶⊥畠∴≡十㌫・. ︵二︶=・ゝ二F二=≡⋮−ごiCヒニキぎ1L=・㌘1uコ・空室︵⋮ニーuLldしr21glu−一蔓窄≡ニュっ・dニ完Pu彗呈ご′阜 ゴニーニーモ二C∵︼レこ・.・二1享=き︼︶︰仁一一.Cニhi己L壬−ご≡iti一≦こl賢F−1こ岩十 王 進化論に対する歴史ま義の要求 これらの伯持説や㌫軍り立場から人類に於ける宗教の寮生を考察すると、.それは全然宗教の認 邁を所定するのではないが、各㌫敦が諸民族豆於て猫立に自費的な進化一ざ遂げ・またそれが阿藤で も同じやうな過稚や段階に於て進むといふことは容認し得へ∼いのである。進化説は宗教の費蓮に賓 節約な虹鱈山奥へられ互い多︿の場合にいつもこれを心理革的説明をもつて補ってゐるCそこにや やもすると現代人一∽心理よ未開人の心理の混同にもとづく針誤が起り易いが、他方でまたこの方法 は、人間の知識や愁求がいつイ・l∫準じゞも同じであるといふ蝦定一曾ふくんでゐて、ために種々なる比 放に於ける宗教再発生一で同じ原因に録し、その過程や形式主でを略々同盲見なすから∵そこにいは 柑左側系的推化の強張が伴って琴£てJ︰ソQ。しかし人間山心叩作用号いものは時代や人稀によつ で著しい差異がぢいとーしても、その意識特に観念の内容は、風土や侍承によつて民族的にちがつて凍 るばかりでだ︿、宗教の教生にはその折折的拝所の様式や自然−の環琴また敢骨の軌織制度などの差

(14)

39;j 典がよほど影響して、時代と民族とによつてそれは決して同系的なものと想定することができない。 もつともこの鮎については侍括試でも錆一説でも、進化説の心理主義に代・ヱ﹂けの雁史的説明・で もつてゐるわけではへ㌧く、ことに崇敬の起漉については明確へu虹賓が得られ一匂とは容易に辣想され へ甘い。それ故現在の最も低級な未開民族に見出される最高薪の観念が.宗敦の根源に於ける形式一で 示すといふシュミットなどの主張も.その論理に於てはかへって進化論的詭明と固巧奥曲のものでぁ り、史賓り不足を禰ふためには心理弥推測一で加へすには、宗教の起源や覆生を諭することのできへ・㌧ いのが現在の草間としては止むを得ぢい賓情でみる。しかし心理学涯といひ政令撃滅と呼ばれるも のが、民族学的串軍で根城とするといひ定がら、そい欝Jの⊥一石に串賓一で超えて説明しすぎる鮎は、 賓澄ま義の立場からはたしかに反省に伍す乙ものがぁるのであつて、たとひ暇設としての宗教の起 源を説くにしても.それは今少しくその資料とする民族的串賓に忠賓でへ㌧くてはへ与らへ㌧い。これは 宗教民族撃として長小限度■り要求で偽って、宗教の費生的説明に於ける歴史と心埋との方法論的関 係は、ロヰーなどの立場が最小碓賓であつて.ブロスが心理畢説明一でいはゆ一Q文化史的方法の範囲 ︵一︶ で に収入れて考へたのも意味のあることでJのる。 また宗教の費生に閲すろ樽柿説の説明が、あるひはそれ一でエジプトの原始文化の一源に締したり. あろひはまた二三の文化圏に還元したり、その後の螢蓬一ざ等らその伺播と交錯によ一っとするのは 歴史的にはぢほ疑問の多い侶設であるが、反封に各民族に猫立な衰薮石蕗足芸エとめて、しかもそ 宗教費蓮譲り靖国

(15)

三96 三96 宗教費蓮論の持回

二四

れらの一様な起源と同系的な螢達を想定する進化説の立場は、あまりに歴史を如⋮成した簡単な概括 でぁる。こんな詑明は賓は諸民族の宗教の歴史に局部的にあら恨れた事軍ぞ.その心理畢的もしく は論理的構想に都合よく適合せしめたものにすぎないので、賓誇的に史賓から締約したものではな い。現在宗教民族学の知識として輿へられた串賓だけを見ても、賓際の諸宗教の螢生は極めて複雑 多様であつて、こんな同系的へ与進化の観念に雷はまるものではない。たとひ問題の性質が個々の宗 教の歴史ではな︿て、ティーレのいふやうな人類文化史上に於ける全憶としての宗教の螢草ピ考へ るのであつても、今少し串賓の舜化をかへb見なくては.いはゆる宗教進化の法則もたゞの哲畢的 概念一で出でないものになぇ。それで宗敦の教生に諸民族の間の少からぬ類似一でみぃめるにしても・ 少くともそれ一で綜一の現象として説明寸るなり、・また一方で博播ヤ交錯による宗教の慶化一でもでき るだけ歴史的にあとづけて、土地と民族によつて密生の原因や形式の異る革質を明かにすることは、 宗教学としては最後の概括に到達するまでの一そう重要ハ号一仕事である。 ことに宗教の起源を説くに雷って、進化説はその民族畢的事賓の意義を過常に理解し・少くともそ れらの惜低の制限をかへりみない傾がある。現在の未開民族を不蕾に野蟹親した頃の考がもとにな って、これを直に原始人と呼び、その宗教を原始宗敦と見ぢして.種々の群解を加へながらも、厳 密な意味での頂始人類との区別皇心れ、やゝもすると年代の慶化を度外成して・そこにぼてた宗教 の超折の姫鱒が示されてゐるかのやうに速攣うるのは.たとひ年代的窒息簸ではへ甘い起掠諭として

(16)

ご9丁

も、あまらに歴史的襲化を超越するきらひがある。一概に未開民族とか自然人とかいつても、その間

には可﹁アり文化の程度の差があるばかりで甘く.精密にこれを観察し、親しみをもつて撃っいてみる

ならば、その最も低級なものでも簡単にこれを原始人とみることは困難にぢつて凍る。そして一方で

先史時代の民族や文化を一そう細かに注意してみると、それらと現存民族との間にでも少からぬ距

離のみることをみとめざるを得ぢいので、現在の未開民族は宗教の起源を考足するのに一つの有力

ぢ資料ではあつても、そのま∼これを厳密ぢ原鮨宗教の保持者と見なすことほ許されちい。たとひ

他民族との間に文化倍播の疑がないやうな隔離された民族であつても、これに進化か退化か多少の

歴史的鼻化のあつたことをみとめなければ、これを教生論の根按として引許することは誤である。

一般に進化論的な立場になる民族学的研究が、時庭の関係を無成して、すべての事質を年商的に

概括する傾向ノでもつてゐることは前にも述べたが、これは多くの事象の差異を見るよトノも、その類

似のみに窒息しようとするからで偽る。そしてこの類似の概琴で教生的説明にも適用するところに、

素朴ハ与比較研究法の欠陥があるのでJのつて、歴史ま轟から見た宗教進化論の難鮎は要するにこれか

ら準しゐる。もちろん多︿の民族の宗教的観念や儀祀には、土地や時代を超越して放くべき頼朝が

螢見されることは少くへ㌧い。しかしこんな場合にはl方ではその時虚の関係一軍注意し、それが侍括 や暇偶による同一根源からの分布である場合の多いことをみとめて、単一Lこれを心理的類似の仮定 から燭立にかつ一様に進化したものと説明し辛J一、㌧いだけの用心を必要とする。同特に、一︶た他方で 宗教常連論り相川

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ご9$ はいはゆる類似そのもの∼性質に注意して、単にそれらの事象の皮相的形態のみから軽率にこれ一ぜ 同一視しぢいやう、よくその生活に於ける機能的本質に着目しへ㌻itばへ盲へ与い。民族的研究に於 て類似と見なされてゐるものが、賓は極めて皮相的へ与ものが多く、屡々概括的へ仏用語に或はされて、 ウ・ての客観的差異が見失はれてゐることは、霊魂やマナはどについても甚だ多く、これも粗雑な比較 研究の一つの弊である。それで民族畢的事象の外観や形態によるいはゆる類似一ピさけて、,′、の機能 的意味の理解によることは、これ一で締一といふ立場から説明する場合には必然の要求であつて、こ とに宗教現象などの螢生的説明には最も重要な鮎であるだけ、漣化説の多くに一のらはれたこれまで ︵二︶ の比較研究法に封して、特にその修正が要求されるのである。 ︵一︶ R.ど毛iヅヲ㌢己づし冒︼ig㌻コーpp・︼簑−gごA・守OS、巳ヨ11n〇才乳わ1・んニgi蓋てp∵望、I−︰汚 ︵二︶ 勺.許已告βR意㌢コp︰1d Cu︼lule、pp・雲1芦 六 宗教費連諭の制限 かくして進化論的立場に於ての宗教費生諭は、民族畢的事官主二もとづいて締約され陀ものだと自 任してゐるけれども、これらの事賓の一そう忠賓な観察の結果から見ると、到るところに矛盾と撞 着があ一つて、決して賓詮的な断案だといはれない。これを腫史ま義の立場から批判したら、その時 虞一で超越して概括のごときは.むしろ概念的想定を骨子として、これに邁昔な事賓だけ一ざ摘例付合 したものにすぎない。ティーレのいふやうに全燈の進化螢蓮を見るために、個々の退化の革質を度外 宗教敦蓮論り樗同

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親することは許されるとしても、それは除うに革質とかけはなれた概括とへ㌧り、宗教仝憬の螢蓬と

いふことは全く年代と触繭係な段階の罷割にすぎす、時として民族的系統をも蕪親した億低的分布

に外ならないことすらぁる。こんへ㌧ににつては諸段階の舜化や連結を論じてみたところで、それは

史質に㈲係のない耕経論的考察のほか何ものでもない。こんな考かたが宗教撃として全然無用では

ないまでも、もはやこれに螢生的研究とか費達諭とかいふ名は奥へられす、ましてこれを眞正の宗

教史だと誇解することは不昔の甚しいものである。したがってこの立場からする宗教起源諭も、歴

史的な宗教起源とは全く別の問題と亨り、諸宗教のうちで最も幼稚なまた最も低い惜低のものは何

かといムーつの批判か、lぁるひは仮想された原始民族なるものに於て、それがどんなにして現はれ

るかといふ抽象的ぢ想像としてのほか、何等畢的窒息味をもたないことになる。ともかく宗教進化

論は輿へられたる歴史的事貰をそのま∼では成立せす、これを超越してその井本観念を守ってゆく

ためには、少くともま我としてこんな抽象的な内容をもつ以上に出ることはできへ甘いのである。

しかし一方で歴史主義を極端に主張するならば、これまた諸宗教の翠ぢる記述の外、教生的の考

察はほとんど塵意味になつて凍る。侍播・説の一面のみを固執すると、諸氏次の文化の歴史は、たゞ

移動と交錯による機械的な慶化であつて、自費的な進化や費達はあり得ないことになる。進化説に

於けるごとき事賓をはなれた非謂論的概念としての費建といふことは否定しても、個々の宗教の歴

史には少くとも費生的連鎖がみとめられるはすであるが、もし極端な侍播設の考が正しいとすると、

宗教謙連論の持回

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3ぐ0 一八 宗教曹蓮論の持回 それすら外部的へ与原因による偶然の舜化でしかないことになる。こんな意味の宗教の歴史に於て、 その起源といふことだけは問題としてのこるとしても、それはたゞ史賓としての一つもしくは多数 の宗教の根源の記述にすぎす、しかもそれすら現在の歴史や考古畢の知識では全く不可能なことで ある。先史考古畢的研究も今までのところその領域が欧州と地中海の附近にかぎられてゐるばかり でなく、その費掘された骨骸や造物は、想定された時代の宗致を直接には示さす、それから或る呪 術的儀殖や葬儀及び薮魂観念などを推定するのは、ほとんどすべてが民族拳的類推の結果である。 そしてかりにその年代が多少確定されたところで、それを直に宗教の根源と.見なし得ないことは、 民族畢的革質に於けると大差はない。また歴史的記叙によつて或る宗教系統の慶化を見るにしたと ころで、これは時代としても民族としても限られた範囲に於てのことであつて、部分的かつ断片的 へ㌧記述の集合がのこるだけである。それ故単純な侍播説の立場から宗教の起源や螢速一で諭すること は、無用のことでもあり不可能でもめる。 それでもし宗致の教生的考察といふことが必然なそして可能なものだとすれば、それは普然個々 一方では槻播ヤ暇偶にもとづく鼻化があつたにしても、他方では の系統に於て燭自の螢通があり、 またこれに應する自費的ぢ連結舜化があつたことだけは認め二ければヘアっへ.㌧い。これは原始文化わ 多源′ピ仮定寸るシュミットなどの文化圏詭にも預想されてゐるのでぁつて、こ∼に各文化既に於ける 宗教的要素については.翠ハ与る炭化の記述ではGい螢佳諭が成正たち、その起源や費蓬を考へろこ

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とができるのである。さらに文化の系統聖二この根汝に限らないで、少くとも文化要素の一つとし ての宗教には、なほ幾多の根源と燭自の費達があり得ることを想定する鯨一説の立場からは、それ ら各系統の発生を一々歴史的にたどつて.これらを全憶として或る程度まで概括することも不可能 ではない。すなはちこの見方によれば進化説のやうぢ抽象的な費達観念や、また一源とも多源とも 決定しない宗教仝憶の一様な教生といふことは考へられないが、一方で移動侍捧による類似がある と同棲に、またこれを自費的な教生の綜一として説明すべきものもあり、㌻らに反封の分化dざer・ ge−1Ce もあつて、諸宗教の費蓮はきわめて多様であよエ仏がら、しかもそれら一ぞ時代と場所との関係 ︵︼︶ に配列することによつて、そこに宗教仝億の異に歴史的ぢ寮生を見ることの可能が隷想される。か くして諸民族の宗教の類似と差異、及びその地理的分布一ざまづ事賓について確め・かつそれらの年 代的礎化L移動を別々に考足することを研究の基礎とする鮎では、それはどこまでも歴史ま義でな くてはならないが、その皐化のうちには偶然的ではない連結的な蓉連もあら、自然的な起源をもつ ものもあつて、それらがまた倍持説や侶借をも合めて、相互に時虞と因果の関係をもち∵仝憶とし て教生的考察を要求するものであることは凝はれない。賞は燭自の螢生と侍播といふことも、その いづれかを唯一の説明原理として、他を排斥すべきものではなく.個々の場合についてみとめら いはゆる殉立の貴明にも ペき事賓なのであるが、それも賓際には紀卦的に区別されるものでなく、 ニー︶ 間接の伸播ヤ模倣が伴ひ、仮借にも部分的な滴應や同化のぢいのはまれである。それ故これらの原 宗教費蓮論の畔回

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30三: 二〇 宗教費達論の輔画 理もしくは串賓を充分に理解しっ∼、さらにそれを併せての鼻化を蓉生費建として見ることは、宗 教現象に関しては可能でもあり特に必要でぁるやうに思はれる。 ︵一︶ l−●珂ざr昌−・をl−−DiO已︼ge≡e訂○試ミhO︼Ogぎpp・琶柏−・っ芦 ︵二︶ ゴ・リ〓㌻○考毀−↓heI・i才Or︹u一tu−e︵Clニt2■巾こl−ODi芦乳三一︵ぎt−・〇完rき冒竜YOrぎ︼篭↓、pp・諾−き巴−芦 七 研究の困難左方針 こんなに限定して考へた宗教発生論は.進化論的に宗教の費蓮を説く人々から見たら.単に記述 的な宗教史にすぎぢいといはれるかも知れない。現にティーレは最密な宗教史は諸宗教の歴史とは ちがふといひ、宗教形感諒としてはすべての宗教を統一しての宗教そのもの∼螢連を考察すべきだ とし.それが形式に於て一様であつたのが、楼々の種類をもつやうになり、しかも内面的には雑然 たるものが簡単に就lされ、かつ他の生活や文化との混合から燭立して、宗教として特殊の存在を ︵一︶ 示すやうにハ与るのがその費連の本質だと見る。こん窒息味の宗教の寄生的考察は、全然不可能では ぢからうけれども、多くの場合にそれが一種の宗教の歴史膏畢か、そうでなければ宗教史の常識的 な概枯にすぎないことは、すでにいく度か繰返した通であつて、かりにこんな見方が畢的に或る必 要をもつとしても、それはむしろ宗教背畢の領域に於て企てらるべきではなからうか。宗教学︼と にその民族畢的研究に射して、こんぢ概括的な考察を要求することはまちがひでJのつて.宗教畢に 於ける費生諭は、たゞの歴史的襲化の記述ではハ与いと同時に、またこんハ︰け抽象的へ㌧概括であつては

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303 ならない。それはどこまでも具髄的ぢ事貫之しての諸宗敦の密生発達をあとづけるのであつて、そ れが人々のむしろ哲畢的な思索の要求に應じ得るかどうか.またそれが特別な意味の宗教史とか宗 教形藩論になるかどうかは問ふところではない。 しかし一種の歴史としての傾向を多分にもつこん皇ポ敦寮生諭は、その畢的過程がきわめて困難 なものであゎ一、畢なる仮定としての外は、進化説のやうに簡単にその結論に到達し待ないことは云 ふまでもない。すなはちこの場合の宗教の起源といふことは、宗教の一源的寮生を想定してその時 代や事情を考足するのでもなく.またその多源的費生を理想しっ∼、その最初のもの、形式や年代 を論じたり、あるひは時代と系統を度外成してすべてに共通な抽象的な起源官設くものでもない。 それは各系統の費年竺々事賓について確めた上に、さらにそれらを歴史的に配列して、具債的に 仝憬の費生を見るのであるから、資料の不足による歴史重義としての困難は債括詭に於けるーナりも 大なるものがあり、その間に多少の心理的類推を許すとしても、貰澄主義を失はないだけの組織立 は容易に賓現で.きるものではない、その費蓮諭に至ってはなは一そう複雑なものがあ♭、宗教の費 生かこ≡の系統に踪着せしめる文化飴説ですら、現在のピグミー諸族に於ける宗教を大憬原始文化 の拝殿と見なtて.、その他の文化圏についても辛うじてその先史時代の諸文化との封應を想定して ゐるにすぎないのであるから、そこによーり多くの燭立の根源と多様な費蓮をみとめる以上は、それ らの嘩化を一々について賓記し.かつそれ一里歴史的に組織だて∼みることは、ほとんど不可能に近 宗教微速釜の轄回

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3(I4 二二 宗教費達者の持匝l いといはれるかも知れへ・㌧い。しかしpヰーも云ふやうにこんな民族畢的研究には清水の完成に向つ ての払耐が必要であ㌻ヮ.歴史的組織の可能だけは珠想されるのであるから、もしこんぢ宗教登生論 が理論的に承認され得る唯・lのものだとすれば、今直ちに費生的考察を否定したり、また性急に邁 ︵二︶ 化訟の簡易なのに興することば、思案な研究者として避けへ与ければならない。そして宗教の菅生的 研究の可能と必要をみとめ、一方でその目的や方法についての制限を明かにしつゝ、歴史的な立場 ′ から民族的小甘考察一でつゞけて、その複雑な起源や螢連の問題年 少しつ∼でも具憶的に解決に導く ことが.現在の宗教撃として最も謙虚なまた正普な要求であろう。 ︵一︶ GT山e︼e、E︼e≡e已≡〓︼一e警昌︹e〇、討已山gぎニー写けsT苫P ︵二︶ 声∴ど扇ぎ:︶r㌻−三吉一打﹂i粥ぎご岩・︼召1−ヨ・

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301 ∴ 論及の範囲を宗教的紳秘ま鶉に限る。 宗教的侍統や紳畢や信健や理論は、普通に非神秘的或は反神秘的のものと考へられでをる。しか し両線ま義はこれらのもの ー 約言して智的または侍統的要素 − と全然燭立無関係に存在するも のではない。かくて紳秘ま弟に於けう︼れらのものヽ影響.これらのもの∼神秘主義に於ける役割 の問題が存する。 宗教における紳秘主義は、固随なぇ形式ま鶉に満足し得ない心である。樽統に固執する人々に警 告せんとする心である。自己の内紹に最高の構成一ざま張して、理性の規梓する所に第一義的意義を 許さゞらんとする傾向である。従って.、紳秘家の紳は常に自己の修澄によつて得たる紳とま張ぎれ る。その信仰はつねに自己の経験を通じて得たる信仰とま張される。ロイスと共に言へば、﹁紳秘家 ︵一︶ は徹底せる踵陰論者﹂であり、ジョーソスと∼もに言へば、﹁神秘主義は新しい経験の宗教︵reニgぎOr ︵二︶ 苧芋︼亘lユeH−−eriつ1弓︶﹂である。約言すれば、宗教の坤性的侍統的傾向に画する不信任である。 紳副生哉に於けろ智的俸紙的要素

神秘主義に於ける智的侍統的要素

檜 谷 文 雄

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306 紳終生哉lニ於ける智的薄紙的事変 306

二田

紳締ま義に僻するかくの如き見解は決して誤まつてゐない。併しこの見解の強調から直ちに神秘

主義に於ける智的侍統的要素の映除を想像することは誤まりでぁる。細線家は自己の励または信仰

の創始的繹陰着でみる。従って彼らの神秘なる経該の内容は新しい光に充ち手をる。しかし﹁新し

い光に充ちて字Q﹂ことは必ずしも﹁新しいLことを意味するものではない。却って彼等の﹁新し い先に充ちたる﹂紳または信仰は、多く.は悼統的の紳であり樽就的の信仰である。この意味におい ︵三︶ てホツキングは﹁醐秘家は古き眞埋の創始的知得者。ri昔已打n。ヨrOrO−dtrutl一である。Lと言った。 ︵門︶ 神秘家は特称的自由人である。彼等は宗教の鼻輪紳に対する借賃によつては正統派であり、象徴 ま義によつては保守派であり、反形式ま鶉によつては急進派である。しかt彼等を精細的無政府主

義者と見ることは、過去の神秘主義の歴史の恐らく支持せぎるところでぁらう。多くの大師秘家の

′ 侍記は、樽統ま義の人々の無理解による異端或は受けたとはいへ、結局は患賓なる既成宗教の子で

ぁったことを示してをる。空祀や信仰の神秘はつねに紳秘家にとつて支持鮎となつた。忘我の成就

に大きな役割一ざ試じたのは度々それらの象徴でぁつた。基督致紳泌家の大部分が椎茸に前の子キ,

ストの信仰に定着してゐたことを、攣しの紳秘ま兼併究者は認めてをる。

かくて吾々は、醐継室義の高顔形式が自己が費展して水雲不敬に多くを負ってゐることを疑はな

い。この形式は生きられたものと考へられたちのとの永久の交互作用一ざ示してをるC即ち経験と中

行して常に智的要素が存在する′し密約要素は回想と荘原とによつて経験を結論するのみならす、徴

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307 妙なるうごきによつて軽壌を葡萄し着色する。例へば青々は、時代の流行粗金または停統的形式に ● 影響されない耗瞼一ぜ考へることは出奔ない。この意味においてジョーソスは﹁純粋な綴瞼といふもの ︵九︶ は存在しない。Lと言った。如何ぢる個人的経験に於ても、多少とも侍雛的形式一ぞ具へ多少とも嘗人 に受納された幾分かの智的構成物即ち概念がつねに存在すろ。吾々は決して、紳秘家の経験そのも のが、そ■い最深部において、保守的に受納れた偽統的智的形式の畢なぇ沈澱であるとは言はないけ れども、しかし明かに、その憎統的智的形式から覇立してゐるものではない.︶・要するに、如何なる 刷秘家の経瞼も.敢骨的環境の無意識的暗示一ぜ脱し待す、つねに彼が屈する集囲の優勢軌念によつ て浸潤され、或ほ彼が威する時代の預望を反映するのである。﹁つまり、神秘的啓示はこれをたどつ て、神秘家自身の形式的朕媛に至ることが出水る。⋮⋮:神秘家は、彼の非神秘的隣人がなすが如く にして、即ち習慣的になつた樽統と致へと反省約分析とによつて、自己の宗教的確信を得るのであ る。紳秘家は彼の醐学的信仰を紳秘的経験に持参するのであつて、神秘的経験から紳畢的信仰を抽 ︵六︶ 出するのではない。Lこれはブラットがヒッバート・ジ†−ナルの論文から引用したコーの言菜を扇引用 したのであるが、吾々もブラットと共に﹁感にこの最後の句はうまく言ってぁる。Lと賛意を表するも のでぁる。かくて、厳密な意味に於いて、特別に隠別された純粋に神秘的な真理獲得の方法或は信 仰把持の道がぁるかと言ふことにハ与れば、吾々は断じて無いと答へねば㌧らぬ。紳秘主義を解して、 左ほな全然樽統的智的要素一で超離した完全に燭立自存的ハ㌧人間経験でぁると主張するところに、所 前節主義に於ける智的愕統的畢菜

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S015 謂排他的神秘家が債神秘家と言はれねばならぬ大きh与誤謬が出費する。 ホッキングに徒へば、ジェームスその他の紳秘ま義研究者や一般神秘家が、神秘的智識と概念的智 識とを敵射的封立の関係に置くことが、そも′1の誤りである。雨着の牌係はそうではない。﹁直接 山⋮一一乙㌻つ︸と観念i計↑とは異様の素材ではない。それらは同じ素材の異なれる段階でぁる。﹂直税 と解滞とは共に眞坤独得のために映く可からぎるものである。直観たけでは重患である。﹁この二つ ︵七︶ の方法によつて、形而上畢的努力の頼もしき牧獲の造が開かれるのである﹂と彼は云ふ。 かくて紳秘ま我が或る程度まで、構成された宗教に立脚すること、成就した侍統に影響されるこ と、確立した軌念に浸潤されることを結論することが出水る。過去の大神秘家の生涯のあとは、生 活と思想、経壌と敢説との交互作用によつて錯雑した位相を呈してをるが、その錯雑した位相は、 紳泌経壊そのもの∼﹁特積の諸相﹂によると1もに、種々へ与侍欣の軌道に治ひ、色々な観念の指針に 糖尊者色されたこと・で示してをる。沸教の紳秘ま義はヨーガとサンクヤとの綜合によつて成就し. 其督敦の紳秘ま義は狗太の経験と希膿の思索との結合に出費するが.執れの紳秘家もその思索的燈 ︵入︶ 系に徒ひ、侍統の軌道を踏んで、﹁忘我が描出する賓カと忘我が斎らす心理的形憩との交流内で﹂自 己の特栗を邁揮したのであつたっ かくの如き紳秘主義の研究が、謹厳的個人的事象と理論的侍統的形膿との閉におけるこの不可避 的相互関係に射する充分なる関心のもとに違げらるべき研究でJのることは言ふまでもない。そして 紳祓主義に於けろ智的倦統的要素

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309 現在の神秘主義房究の傾向一般はどうかっ骨っては、直接的個人的経験の事柄に閲する讃凌が、紳 畢的概念や信催儀式の・研究に邦倒されて.全然研究者の前週†ぺとこ一ハとへ㌧つてゐた時代があつた。 しかる今は、全く反封の極端が行はれつ∼ある。フ1.ン・ヒューグルはその■著﹁宗致における神秘的要 ︵hノ 素﹂︵±−つヨリま▼i乙ヨつ⋮つ−ユニ﹀f.芽一掌≡こ≡∽︶の第二谷に於て、アイネ〝教授の︺一訂 ︼山戸‡1ニrニーつ

ぞirit21︵一〇=−−つぞirぎi−1こ−つ竺l︶ゝ︼芸t01ic A讐;誓いとジェームスのノ1≒㌻t山つS Or︼≡だぎsヨ?

−弓r山つ弓つ︶岩︺ごと一箪翠げて、同じよう行二日吻一竺漏したが、リューバ教授の≠つl︶蔓ユ1〇一〇gてちー≡亨蓋 ヨy乳ic訂1−−−−諾ごは更にその最左翼に置かれるべきものでJりらうっ 〓 次に、以上の抽象的説明一でもつと具惜的に説明したいと思ふっ例へば、基督敦紳秘ま義の如何な る特色が基督敦の紳畢または伯承の着色を示してをるか。また印度暫畢の燭白の傾向 − 印度では 背畢は同時に紳畢である ー が印度紳秘宝義の如何へ巨ケる特質一で誘導したか︹″更に一般論的に、如何 なる神秘ま義は如何なる形而上的観念の努導を受けるか。へ㌧どのことについて、至極概観的の説明 を試みてみたいと思ふ。 ヽヽ ﹁秋吉.歓喜、欺軍歌喜の涙㌧と決定的へ与紳秘経験の瞬間に際してパスカルは叫んだ。■lわがたま ヽヽ しひはよろこびの海原に群ぐ㌔とへへ±−C呂コ・〇r OrSi⋮−︺︼つS茎−−、の著者は書きつけた。塑フランシ スの全種涯が、ごー○=警≡C:⋮⊇㌢ュ一l・⋮掌こ1つヨユユ﹀であつた﹁Jとは事新しく言ふに及ばぬ。 紳祓主義に於けろ智的倦統的要兼

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310 紳植生我に於ける智的愕統的黎栄 二八 ﹁どの鳥よりもご雀を愛した﹂この糞薪には.よろこびを歌ふことが精神の第一の職能であろかに思 へた。シーナの聖女カザリソは、絶へざる苦難のうちにありながらも.いつも快活で幸福そうであ った。病上やつれ果てた時にも、彼女は悦びと楽しみに溢れて、﹁まの中の笑は充ち、欣喜堰躍して ′ をつた﹂。かくの如、き事例は非難敬神秘家の小に欺限ト∴は︿発見される。極言すれば、教学ぜ歌はな ︵一〇︶ い基衡敦紳秘家はない。この歓喜こそ基督数神秘主義の最も著しい特貿をなすものである。 しかるにこの歌喜ば、逓督教徒一い仝宗教生活を貫く超自然的恩寵の観念よト凍れるものであり. この超自然的恩寵は本概論的性貿のもので、単なる直蕗痙虚の事柄ではへ甘い。﹁父における心臓なる 御子より.永速なる天国の歌寺は湧く′∵−は寧ハクワの云へるが如く︵コリント前書こノ九︶、限い ︵−︰︶ まだ見す、耳いまだ開かす、人の心いまだ思はぎりし軟滋でぁる﹂。とべーメは書き造した。しかし ヽヽヽ 超自然的恩寵が異なる直接緯壌の封象となト待ないといふことは、必すしも恩寵が絆瞼的封象とな り得ぢいといふ意味ではハ甘い。﹁しかし、若し人この地上に於て.イエス・キトストぢる泉よ人ソ出づ る空室に光耀さるれば.かくの如き軌書は心臓に昇り、血管にみなぎり亙り、全身は震ひ、精神は 恰も撃二位一億の中にあろが如くに勝ち琴乙る。しとべーメは績けて書いたじカソリックの言ひ方で 言ふなちば功業とな畠べき行秀の超自然的啓示︵g邑i⋮−eノ・⋮︶は、道徳的書を追求する人間の自由 意志の努力に封して輿へる紳のカろる援助︵讐こ㌻主=く⋮−エと別々のものではへ1い。そして前者は 直接に紆鹸的腑序に現はすことはできないが、後者は必ず経験的順序に於て行はれるじそこでこの

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311 趣旨森岡息寵が心理的経頓の対象となる。しかしかくの如き恩寵の仝慎一曾純僻に経臆的前件によつ て解辞し、純粋なる締納によつて恩寵の作用を論語せんとする心理聾者があるh与らば、彼は科挙的 楽天ま義の泥酔者といはねばならぬ。純粋に自然的ハ之不敬的行男と、本懐諭的観念によつて超自然 化されたる宗教的行男との間には、看過すべからぎる相異が存するっそれは心理学的形式の相異で はなくて、倍伍と目的とに関する相典である。之を要する、基督数両和ま義のこ︼の特質はまとして 紳学的のものであると言へる。 アンダヒル女史は、基督数神秘重義の最も著しい特色として、﹁蛋の上昇の最後としての綜無の教 ︵l二︶ 設を、欺洲紳私家の草しが断然拒否する﹂。ことを拳げてをる。基督敦紳私室義においては、忘我が 彼等に薄らすものは常に光耀または啓示の確信である。彼等の紳詔なる精神の旗はいつも紳との直 接なる融合を目指してをる。そしてこの紳との融合なる最高形式は彼等を滑極的生活に導かすして 栢極的行動へ牽ける。コーは﹁基督教の紳私家は心一軍客虚にし又充賞しょうとして矛盾した努力一ぜ する。即ち紳の深淵に自ら・ぞ沈め、同時に塵史的の姿のキリストに於て把握しょぅとする。更に言 へば、自争で忘れようとしながら自分の罪深い事を意識しょうとし、受動的ぢ恩寵に身一で委せハヰが ら碓動的な変の命令に徒はうとしたり、或は自分だけの精神的享欒にひたりながら十字架を負ふた ︵一三︶ キリスト一で奉じようとする﹂。と言った。ドラクロアは更に簡明に﹁基替歌神秘家は無限から有限へと 動く。圭・⋮彼等は意識より意識下へ行き、また意識下より意識へと行く﹂。といつた。クタラーは﹁キ 潮創生華に於ける智的愕統的要素

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312 三〇 紳成立我に於けろ軒的憾統的要嘉 リストは決してこれらの人々 ︵排他的紳私家︶の語るような虚無には到達しなかった﹂。と警告した が∴一−うした・1−蒜が基替敦紳醒ま義にお里ては、つねに神秘家の如⋮制限な奔放をしめくゝる手綱で あつたし即ちこの特質を努導し凍れるも浴はまとして基楷数の侍統と紳畢である。 次に.恩寵の観念と榊達したもの一であるが、姦智敬神秘家は、神秘的合一の賓現のためには.自 己わカによる瞑想の紀射的無力一ざま張する。印度榊秘重義または沸教神秘主義に於ては、賓践的行 法は紳秘的三昧の賓現に必要且つ有力ハ㌧る催件であつたし回教紳秘ま義の披典はこの鮎に脚して確 言的ではない。基督敢紳秘家も必ずしも賓践的行法の舶⋮用を説かないJしかしその行法は、彼等の 好んで使った言菓で言ふならば↓花嫁を迎へ入れるための用意﹂であつて、合一の成就は専ら紳の 思報によるもGであると彼等は信する。この特色は心理的でJのると共に紳畢的のものである。 かく兆腎教紳秘ま義の特贋なる二三瓢を検討して凍ると、吾々は必然的に基督敬神秘ま義のもつ と根本的な特栗に思ひ若かねばならぬ。即ち﹁基腎数の教義及び遺徳の仝慣的受納﹂である。1すべ ︵一正﹂ ての西方沖秘家は決定的に基督教徒であるL′・︶といつたアン〆ヒル女史の論断は誇張ではない。しか もこの特貿そのものが、基督数的ぢ即ち一細論的な排他的ぢ琴督教わ倦統的色彩から凍てをるとも 考へられろ。 かくの如き基衡敢紳秘重義の特質と封蹟的ハけ特貿Jで有†ろものに印度神秘ま義がある。 印度宮邸−印度王於ては背畢は同肺に神学であま丁−1の世界観人生観は、言′で三し.もなく極超

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:jl:; に厭世的であこ、印度山瀬人にとつては、こり世界は離臆せねばならぬ世界でふ丁,.この色身は破 砕せねば㌧し出陣柑であつたし彼等の串念チエ止別はこれらの有限ヘサ?ものよりの解脱であり、 し か与避n然的に忠海を垂る∼紳のあ一三じになく、たゞ彼等の業む冷やかに衡.1.≠する業法があつた′︶ かくい如き市費︵碑隼︶の影墾下に克つ印度の紳躍ま義は如何ぢる新色,でうけたか﹁一彼等は審美的 麓接字小寸ことが抑はかった・.哲理小紋等の世界は離脱せねば左ら拍世東であると教へるが故に一︶ 彼等の紳秘絆蟻の重商⋮管しは軟真の歌が八一√、椚隼が最高珊想の境地として彼等に教ゆるところ ま、一朝り精柳沼勃が停止して封琴いみひとり輝く城地であるが故に。彼等の禁欲的色彩は極めて 濃厚てあ乙、粥草は彼等の色身に破砕すべき色女であ一心と致へるが故に。彼等は賓践的如法の絶対 的必要を説き、そい如法の整備は他に乙の獅′で比ラ1とが出水ない∴督隼は冷餓の如き業法を支持 して∩莞はn得なりと教へ.一Jl.の避n然的恩寵をも認めざるが故に。Ⅰ印腔紳和ま議はかくの 如き利的要素によつて、か︿の・如■き緯簸り潜導新色一箪ホして一でる′いこの歪曲を考慮す一Qニーこなし ︵〓ハリ ′ には、印撲神秘ヰ義の完全なる理鹿t二ほ到通し難い、例ヘビリューバ教授 のヨーガ粗の如き.マレ シ∵ルも﹁1−ガを㍍護しょうといふのが花々の什射では互いが、リューノ教授の断定は少し早急に すぎ乙Jと許Lてわ︼る。 三 ジー.−ムスに、■赫秘緯般JJ轟・−担架にに︰定両替隼伯方伎一で凱ハへ乙こと︰㍗出凍る。そり一つは聖天的傾 紳祀差薬に於けろ軒的悔統的せ来

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314 紳成虫為に於けろ智的傍流的要素 三二 向であり.他の一つは一元論的傾向である。﹂と言って一でる。これは神秘経験の結果にのみ就ての軌察 であつて、彼の断定はその範囲内において安富であるときぺよう。しかし神秘経験の全憶を着色軒 導するものは必ずしも欒天軌と一元軌のみではない。例へば否定的神秘ま鶉と桝されてゐるもの、 または禁欲的及び苦行的紳秘重義のあるものは、二元軌または厭世軌の論理的結果と見られうる。 例へば印度神秘主義の典型たるヨーガは︰ハタンジャリのヨーガ・スートラによれば、教諭再挙の二元 軌亡二立脚し、紳我と自性と・官立て、醐我の燭存の賓現を策するものであつて、稔伽の八支と捕せら れるその修行法は、五感の活動の抑止であり、物質的原理よりの離脱である。即ち二元軌に♯つ否 定的紳秘ま童であり、禁欲的苦行約分子をも大いに企む。偶数の世界観は二元軌ではなく、賓際的 不可知論であるが、その傾向は著しく厭世的である。そこで∵彿敦の神秘ま義の根本形式た・り四碓 二九︶ においては.行者はまづ﹁五欲を呵し五蓋を除き、五法を行じて初野で得﹂ることから始め、その 最高頂なる四碍においては、苦なく欒なく、たゞ不動の智慧のみありと云はれるっ即ち純粋なる否定 的神秘ま義、翠ぢる解脱の神秘ま義でぁる。たゞ所謂中道の理想によつて極端なぇ苦行は存在せぬ けれども、禁欲的色彩は粕常に濃厚である。其督敬神秘主義にも多くの苦行的禁欲的神秘家を見る ことができる。これは特にバクロやオーガスチンの思想的影響の下に立てる小世の紳秘家に著し い。1我は肉のうちに善の宿らぬを知る。⋮⋮:我は肉なる常にて罪の下に申られたり。⋮⋮:喝 われ 僻める人なるかな。此の死の燈より我を救はん訂のは誰ぞ﹂とっ.♪クロはか︿の如き二元的人性軌

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315 に立ってゐた。また若き頃の放逸な生活の慣恨と熱烈な亜弗利加的性情とによつて、オーガスチソ が峻烈な二元軌の捕虜に完つてゐたことを吾々は知ってをる。﹁胃袋が肉で充さ斎lると直ちに大きな 非悪が湧き出ろ﹂。.ハクロのこの言ひ方を、彼の後に凍る多くの紳秘家は信じて疑はなかつた。そし て彼等が撰んだ解決の道は、肉憤の抑魔による精神の高揚であつた。然し基督敦紳秘家の中には殆 んど否定的神秘ま鶉を見ない。これは韮軒数神秘ま義の第二にあげた特質によるものである。こゝ で問題になるのは償デイニッスである。彼は全く否定によつて絶対眞理を記述した。しかし、﹁彼の 論理においては、神秘家はへ害et−1。dederAbs。l已ell穿g註壬賢−によつて.肯定的眞理の極に向つ ︵ニー︶ て放する﹂といふだけである。この意味に於て彼もまた否定的神秘主義を説いたのではなかった。 形而上畢との関係において見たる紳秘ま義は、その他に汎紳諭的紳秘主義、石鯛諭的醐秘重義な どがあるが、こゝでその一々に触れる必要はあるまい。むしろその他に言及し待なかった色々の問 題が残ってゐることを退城に思ふ.。

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︵西︶ ドラクロア﹁宗教心理﹂青野清人詩、三一六頁三一七賀。

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︵六︶ ︿㌢e、Theぎ一−r蓋っ〓︼一eヨyノtぎーぎTC︼已i⋮一コ享eユJ211〓已、Jロコ三日r¥ ︼弓ん●弓∴ヨー︵1−r芸−Tl一e 冒︼亘Ou−

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31(1 ︵七︶ ︵八︶ ︵九︶ ︵一口︶ ︵〓︶ ︵三︶ ︵三︶ 叫r風㌧内 ︵一J∴︶ Ⅶ=空Ⅷ頗 ︵l七︶ ︵完︶ ︵完︶ 卸汀l姻洞 ︵二︶ 糾躍主薬に於け・0智的博紙的要素 ;テl・iこ⊂⋮壬二⊂きー・■−−C● より和引川︶ 〓=ユハ㌻㌘、−一一“CソⅠ蔓−㌻仇﹁︸rソ︻三㌻㌢=こ芦−二h一・⋮−掌it払P︶・・乙⋮一よヒ巳i⋮一−軍∴rンレーこ2ドワ声 ドラクロア﹁宗教心理﹂三〇〇封。 ワノ・〇=〓=脹阜ドごCリーレ・とcL︼芦⋮ellニーr︼㌢︼をu=−一■C︼・〓∴−・いCP 誓C1−C一︰蚤ンー・芸l㌻ノ・−ソ丁己㌻⋮2−︹l二1仁︼㌃t昌1⊇⋮・Cl−ニーニー︸㌢Cl一望=bこ・ユの中のJこ︸i−1ンtレ・裟c㌢−の章な参照。 べーメ﹁サローこ第三輩。征矢野晃靴の諾わり。 ﹁一〓ニ雫−−i〓、巳一・巴i仁山望〓、;〓二一●㌍声 CこC−T一一e−、童ユ1G︼○モO﹁︼訂︼釘i⋮− D仁一芦・−Ciざごu′︼認S≡二c已︶・乙㌻≡′・●−き旬二㌻n“い・ Un︵一eユ己√ソ︻ノ・裟ei壬−−〓ト ︼J⋮一手T︼−C︻ぎ二lC㌻my e、P︼年uu←巳一丈㌻i蔓、︼汚研■C11=亨〓−●

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J≡戸J ThCノ、≒i代こeレCr−㌢一i富Juニパと一己⊆﹂ごl︺●三戸

大智腰論、 − 川謂大赦経論部第一懸六二五頁。

ロマヨtU第七草十囚、十九、二十四。

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●l ■ り二J ︼、大事の〓出家短 大串璧喩諌︵芝乙−きを⋮ノ・2㌻≡︶には二つの出家紅︵ヒー㌻壱き⋮亭〒をー・エが和続いて存在してゐ 乙。而して両者はその結構・M心想・言離に於て甚しく典ってゐる。第一出家緯︵二∴一束−二二三︶に 彿畢で素朴で.文畢〓心懲共に甚しく原始的で古色−忘Wぴ、阿合斐典の彿樽記述に似てゐ乙。第二出 家綻は第一出家鮭に和紙いて出るもレで争りが、記述も新郷準肛で、離句思想共に進歩して、教連 休傍■り記述と同柁でJ︰りるじ同一文献中にか∼る向山さーi頃■で記述†る典った二紅が出ること自憶が典 柁−りことでJ−レ一Qが 、更にチい二出家紅が如何へ㌧乙系統に威L、如何なる緯典と闘係がんり−如何ぢ 一三一差⋮的⋮心想的l勺容︺でれす乙かは、節要なる興味深き問題一室鱒供するし而してニーり二出家綜の討究 は大串い一結構両性賀・成井緯過を推定せしむ乙に役立つ串が多いと思はれる。 二、第−出家経とその地位 ヽ′ ﹁ 大事第一出家経の硬概と史的地位し第一出家紆は俳が介結城にある蹄.彿が弟子に述べた言集 書かれ二.比丘等よ︵−芋ニハーユ1≒C︶の呼び掛けで初って£る。彿は太子であつて、父王は彼の鰯 として 大都に於けろ二出家鍾

大事に於ける二出家経

等 通 昭

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