「
タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
の
総
合
的
研
究
目
次
序
論
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
三
頁
第
一
章
「
タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
を
め
ぐ
る
論
争
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
七
頁
第
一
節
三
業
惑
乱
に
お
け
る
「
タ
ノ
ム
」
「
タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
の
解
釈
…
…
…
…
…
…
…
一
九
頁
第 一 項三
業
惑
乱
に
つ
い
て
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
九
頁
第
二
項
『
願
生
帰
命
弁
』
に
つ
い
て
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
二
三
頁
第
三
項
『
興
復
記
』
に
つ
い
て
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
三
○
頁
第
四
項
『
横
超
直
道
金
剛
錍
』
に
つ
い
て
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
四
一
頁
第
二
節
三
業
惑
乱
以
降
に
み
ら
れ
る
論
争
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
四
六
頁
第
一
項
占
部
観
順
師
の
所
説
を
め
ぐ
る
論
争
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
四
六
頁
第
二
項
松
山
智
光
氏
の
主
張
を
め
ぐ
っ
て
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
五
一
頁
第
三
節
浄
土
教
と
願
生
心
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
六
○
頁
第
一
項
願
生
思
想
に
つ
い
て
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
六
○
頁
第
二
項
三
願
欲
生
に
つ
い
て
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
六
六
頁
小
結
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
七
○
頁
第
二
章
「
タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
の
国
語
的
検
討
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
八
四
頁
第
一
節
義
門
師
に
お
け
る
「
タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
の
解
釈
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
八
六
頁
第
一
項
義
門
師
に
つ
い
て
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
八
六
頁
第
二
項
義
門
師
の
主
張
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
九
一
頁
第
三
項
義
門
師
の
反
論
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
九
六
頁
第
二
節
義
門
師
以
後
に
お
け
る
「
タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
の
考
察
の
諸
問
題
…
…
…
…
…
…
一
○
○
頁
第
一
項
義
門
師
の
手
法
の
継
承
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
○
○
頁
第
二
項
文
選
読
み
に
よ
る
解
釈
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
○
八
頁
第
三
項
『
竹
取
物
語
』
説
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
一
五
頁
第
四
項
「
許
諾
義
」
に
つ
い
て
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
二
二
頁
第
五
項
「
タ
ノ
ム
」
に
つ
い
て
の
国
語
的
考
察
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
二
六
頁
第
三
節
聖
教
の
解
釈
と
国
語
と
の
関
係
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
三
八
頁
第
一
項
義
門
師
前
後
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
三
八
頁
第
二
項
国
語
に
よ
る
諸
解
釈
の
背
景
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
四
七
頁
小
結
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
五
○
頁
第
三
章
親
鸞
と
蓮
如
の
表
現
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
六
一
頁
第
一
節
親
鸞
の
表
現
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
六
三
頁
第
一
項
親
鸞
の
訓
点
・
仮
名
遣
い
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
六
三
頁
第
二
項
親
鸞
の
文
体
と
用
語
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
七
六
頁
第
三
項
親
鸞
の
表
現
の
特
徴
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
九
三
頁
第
二
節
蓮
如
の
表
現
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
九
八
頁
第
一
項
蓮
如
の
仮
名
遣
い
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
一
九
八
頁
第
二
項
蓮
如
の
文
体
と
用
語
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
二
○
六
頁
第
三
項
親
鸞
と
蓮
如
と
の
表
現
の
比
較
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
二
一
二
頁
小
結
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
二
一
七
頁
第
四
章
「
御
文
章
」
に
お
け
る
「
タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
の
使
用
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
二
二
九
頁
第
一
節
鎮
西
派
一
条
流
と
蓮
如
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
二
三
一
頁
第
一
項
鎮
西
派
一
条
流
と
『
三
部
仮
名
鈔
』
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
二
三
一
頁
第
二
項
一
条
流
と
蓮
如
と
の
交
渉
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
二
四
○
頁
第
二
節
『
三
部
仮
名
鈔
』
と
「
御
文
章
」
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
二
四
六
頁
第
一
項
『
三
部
仮
名
鈔
』
と
「
御
文
章
」
の
性
格
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
二
四
六
頁
第
二
項
『
三
部
仮
名
鈔
』
と
「
御
文
章
」
に
お
け
る
「
タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
の
使
用
…
…
二
五
四
頁
第
三
項
「
御
文
章
」
に
お
け
る
「
タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
の
使
用
法
…
…
…
…
…
…
…
…
二
六
二
頁
第
四
項
証
賢
と
蓮
如
の
教
義
理
解
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
二
六
九
頁
第
三
節
「
御
文
章
」
に
お
け
る
「
タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
使
用
法
の
確
立
…
…
…
…
…
…
…
二
八
○
頁
第
一
項
「
タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
使
用
法
の
成
立
過
程
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
二
八
○
頁
第
二
項
「
タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
使
用
法
の
特
徴
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
二
八
六
頁
第
三
項
年
紀
未
詳
の
「
御
文
章
」
と
「
タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
使
用
法
と
の
交
渉
…
…
…
二
九
四
頁
第
四
項
「
聞
き
も
の
」
と
し
て
の
「
御
文
章
」
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
二
九
八
頁
小
結
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
三
○
三
頁
結
論
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
三
二
三
頁
附
録
【
蓮
如
関
連
略
年
表
】
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
三
三
五
頁
〈 凡 例 〉 ① 引 用 文 は 現 行 の 正 字 体 に 改 め て 示 し た 。 ② 引 用 典 籍 の 略 称 は 以 下 の よ う に 統 一 し た 。 『 大 正 新 脩 大 蔵 経 』 → 『 大 正 蔵 』 『 真 宗 聖 教 全 書 』 → 『 真 聖 全 』 『 浄 土 真 宗 聖 典 ( 原 典 版 ) 』 → 『 原 典 版 』 『 浄 土 真 宗 聖 典 全 書 』 → 『 聖 典 全 書 』 『 浄 土 宗 全 書 』 → 『 浄 全 』 『 真 宗 史 料 集 成 』 → 『 史 料 集 成 』
序
序
論
本 願 寺 中 興 の 祖 と 仰 が れ る 蓮 如 ( 一 四 一 五 ~ 一 四 九 九 ) は 、 積 極 的 な 伝 道 教 化 に よ っ て 教 団 の 規 模 を 飛 躍 的 に 拡 大 さ せ た 。 そ の 伝 道 教 化 の 中 心 に あ っ た も の が 「 御 文 章 」 で あ り 、 そ の 「 御 文 章 」 に 頻 繁 に 用 い ら れ た 用 語 が 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 で あ っ た 。『 蓮 如 上 人 御 一 代 記 聞 書 』 に は *1 、 聖 人 ノ 御 流 ハ タ ノ ム 一 念 ノ 所 肝 要 ナ リ 、 故 ニ タ ノ ム ト イ フ コ ト ヲ バ 代 々 ア ソ バ シ ヲ カ レ 候 ヘ ド モ 、 委 ク 何 ト タ ノ メ ト イ フ コ ト ヲ シ ラ ザ リ キ 、 然 バ 前 々 住 上 人 ノ 御 代 ニ 御 文 ヲ 御 作 候 テ 、 雑 行 ヲ ス テ ヽ 後 生 タ ス ケ タ マ ヘ ト 一 心 ニ 弥 陀 ヲ タ ノ メ ト 、 ア キ ラ カ ニ シ ラ セ ラ レ 候 と あ り 、 代 々 「 何 ト タ ノ ム 」 べ き か 明 ら か で な か っ た と こ ろ を 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ ト 弥 陀 ヲ タ ノ ム 」 と 明 か し た と こ ろ に 蓮 如 の 大 き な 功 績 が あ る と 述 べ ら れ て い る 。 さ て 、 筆 者 が な ぜ こ の 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 に 興 味 を 抱 き 、 研 究 の 対 象 と し た の か 、 そ の き っ か け は 非 常 に 素 朴 な と こ ろ に あ る 。 筆 者 は 広 島 県 北 西 の 山 間 部 の 出 身 で あ り 、 広 島 県 西 部 は 北 陸 に 並 ぶ 真 宗 王 国 で あ る 。 安 芸 門 徒 と 呼 ば れ る 篤 信 の 人 々 は 老 若 男 女 を 問 わ ず 「 領 解 文 」 を 当 然 の ご と く 暗 誦 し 、 「 御 文 章 」 に つ い て も 「 聖 人 一 流 章 」 や 「 末 代 無 智 章 」 等 、 著 名 な も の は そ れ を 諳 ん じ る 人 も 少 な く な い 。 そ の よ うな 環 境 で 育 っ た 筆 者 は 、 安 芸 門 徒 の 人 々 が 「 御 タ ス ケ サ フ ラ ヘ 」 「 仏 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と い う よ う に 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 を 述 べ る 姿 を 幾 度 と な く 見 な が ら 育 ち 、 自 ず と こ の 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 が 真 宗 の 信 仰 上 の キ ー ワ ー ド で あ る と い う 認 識 を 持 つ よ う に な っ た 。 そ し て こ の 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と い う 言 葉 を と り わ け 強 く 意 識 す る 機 縁 と な っ た の は 、 大 学 院 の 演 習 の 研 修 で 訪 れ た あ る 宗 教 施 設 で の や り 取 り で あ っ た 。 筆 者 が そ の 施 設 の 担 当 者 に 、 「 そ ち ら の 教 え の キ ー ワ ー ド と は ど の よ う な も の で あ る の か 」 と 尋 ね た と こ ろ 、 返 っ て き た 言 葉 が ま さ に 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 で あ っ た の で あ る 。 い わ く 、 信 仰 対 象 で あ る 神 が あ ら ゆ る 悪 を 払 い の け て 私 た ち に 幸 せ を 実 現 し て 下 さ る こ と を 念 じ な が ら 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と 発 語 す る こ と こ そ が 自 ら の 宗 教 の 肝 要 で あ る と の こ と で あ っ た 。 筆 者 は そ の 方 に 、 真 宗 に お い て も 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と い う 言 葉 は 重 要 な も の で あ り 、 た だ し こ ち ら か ら 救 い を 請 い 求 め て い く も の で は な く 、 先 手 の 救 い を 受 け 入 れ る 許 諾 信 順 の 義 で あ る の で 、 同 じ 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 で あ っ て も こ ち ら と そ ち ら と で は 意 味 内 容 が 異 な る こ と を 説 明 す る と 、 相 手 は 何 か 非 常 に 怪 訝 そ う な 表 情 を 浮 か べ て い た 。 も っ と も こ れ は 筆 者 の 説 明 不 足 に よ る と こ ろ が 大 き い の で あ る が 、 と も か く も 二 つ の 異 な る 宗 教 に お い て そ の キ ー ワ ー ド が 同 じ 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と い う 言 葉 で あ り な が ら 、 そ の 言 葉 の 示 す 意 味 内 容 が 「 求 め る 」 と 「 受 け 入 れ る 」 と い う よ う に 全 く 異 な っ て い る わ け で あ り 、 そ の 宗 教 施 設 で の 一 件 以 来 、 筆 者 の 中 で 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と い う 言 葉 へ の 関 心 が さ ら に 高 ま る こ と と な っ た 。
さ て 、 本 願 寺 を 巨 大 な 教 団 へ と 発 展 さ せ た 蓮 如 は こ の 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 を 「 御 文 章 」 に お い て 多 用 し 、 蓮 如 の 伝 道 教 化 を 語 る 上 で も こ の 語 は 非 常 に 重 要 な 位 置 を 占 め て い る 。 そ こ で そ の 本 願 寺 教 団 の 歴 史 を 紐 解 い て み る と 、 い く つ も の 大 き な 法 論 と い う も の が 惹 起 し て お り 、 わ け て も 承 応 の 鬩 牆 ・ 明 和 の 法 論 ・ 三 業 惑 乱 は 三 大 法 論 と し て そ の 名 が 知 ら れ て い る 。 そ の 三 大 法 論 の 中 で も 、 教 団 史 上 最 大 の 法 論 と 位 置 づ け ら れ る も の が 三 業 惑 乱 で あ り 、 三 業 惑 乱 の 解 決 に 獅 子 奮 迅 の は た ら き を み せ た の が 真 実 院 大 瀛 師 で あ っ た 。 筆 者 が 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と い う 語 が 人 口 に 膾 炙 し た 土 地 に 生 ま れ 育 っ た こ と は 既 に 述 べ た が 、 大 瀛 師 も 筆 者 と 同 じ 安 芸 の 出 身 で あ り 、 数 年 前 に は 大 瀛 師 二 百 回 忌 法 要 が 師 に ゆ か り の 各 寺 院 で 勤 修 さ れ 、 地 元 の 新 聞 等 で も 師 の 業 績 や 三 業 惑 乱 に つ い て 取 り 上 げ ら れ た 。 筆 者 も そ れ を 縁 と し て 三 業 惑 乱 の 概 要 に つ い て 学 ん だ と こ ろ 、 三 業 惑 乱 の 争 点 の 一 つ が 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 の 解 釈 に あ る こ と を 知 り 、 こ の こ と も ま た 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 へ の 関 心 を 高 め る こ と と な っ た 。 こ の よ う に 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と は 、 本 願 寺 中 興 の 祖 と 仰 が れ る 蓮 如 の 伝 道 教 化 の 中 核 を 担 っ た 語 で あ り な が ら 、 本 願 寺 史 上 最 大 の 法 論 の 中 心 問 題 と も な っ た 語 で あ り 、 こ の 言 葉 の 特 異 性 へ の 関 心 の 高 ま り が 筆 者 の 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 研 究 の 大 き な 動 機 で あ っ た と い え る 。 そ の よ う な 経 緯 に よ り 、 ま ず は 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 に 関 す る 先 行 研 究 を 渉 猟 し た と こ ろ 、 そ れ ら の 研 究 の 多 く は 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 は 祈 願 請 求 の 義 を あ ら わ す も の で は な く 、 許 諾 信 順 の 義 を あ ら わ す も
の で あ る と い う こ と を 様 々 な 角 度 か ら 論 じ た も の で あ っ た 。 そ し て 、 先 行 研 究 を 読 み 進 め る 過 程 で 筆 者 が 特 に 関 心 を 抱 い た も の が 、 国 語 的 視 点 か ら 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 を 解 釈 し た 諸 論 文 で あ る 。 中 で も 文 選 読 み と い う 特 殊 な 訓 読 法 を 用 い て 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 に 信 順 の 義 を み よ う と す る 説 は 、 学 部 生 時 代 に 漢 文 訓 読 史 を 囓 っ た 経 験 の あ る 筆 者 に と っ て 非 常 に 興 味 深 い 論 考 で あ っ た 。 そ こ で そ の 文 選 読 み に よ っ て 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 に 信 順 の 義 を 結 論 付 け た 説 が 真 宗 学 の 論 文 の 中 で ど の よ う に 受 け 止 め ら れ た の か を 確 認 し た と こ ろ 、 そ こ で は 国 語 は 専 門 で は な い と い う 理 由 か ら こ の 説 の 正 否 に 言 及 し な い も の や 、 逆 に こ の 説 を 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 信 順 義 を 明 か す 一 つ の 論 拠 と し て 容 認 す る も の 、 あ る い は 他 の 論 拠 を 示 し て 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 信 順 義 を 論 証 す る こ と で 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と 文 選 読 み と は 無 関 係 で あ る こ と を 示 す 論 文 等 が 見 受 け ら れ た 。 し か し 、 私 の 管 見 の 限 り 、 文 選 読 み そ の も の の 性 質 や 構 造 か ら こ の 説 の 正 否 に 言 及 し た も の は 見 当 た ら ず 、 国 語 と い う 視 点 を 取 り 入 れ て 提 示 さ れ た こ の 論 は 未 だ 宙 に 浮 い た 状 態 で あ る と い え る 。 そ こ で さ ら に 、 そ も そ も 真 宗 学 と 国 語 と の 関 係 と は い か な る も の で あ る か を 調 べ た と こ ろ 、 国 語 と い う 視 点 を 取 り 入 れ て 著 さ れ た 真 宗 学 の 論 文 と い う も の も 決 し て 少 な く な い と い う こ と を 知 り 、 ま た 同 時 に 真 宗 学 と 国 語 と の 関 係 を 語 る 上 で 欠 く こ と の で き な い 重 要 な 人 物 に た ど り 着 い た 。 そ れ が 国 語 学 の 泰 斗 、 東 条 義 門 師 ( 一 七 八 六 ~ 一 八 四 三 ) で あ っ た 。 義 門 師 の 名 と 、 師 が 真 宗 の 僧 侶 で あ る と い う こ と は 既 知 で あ っ た が 、 義 門 師 の 著 作 に お い て 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 及 び 「 タ ノ ム 」 の 語 の 解 釈 に ひ と き わ 労 力 が 注 が れ て い る と い う
事 実 は そ れ ま で 認 識 し て い な か っ た 。 さ て そ こ で 、 義 門 師 に よ る 研 究 を 契 機 と し て 真 宗 学 と 国 語 と が 以 降 親 し く 交 渉 を 持 つ よ う に な っ た か と い え ば 、 残 念 な が ら そ の よ う な 状 況 と は な ら な か っ た よ う で あ る 。 も ち ろ ん 、 瓜 生 津 隆 雄 氏 の よ う に 真 宗 典 籍 の 研 究 に は 国 語 の 知 識 が 欠 く べ か ら ざ る も の で あ る こ と を 主 張 し た 研 究 者 も 存 在 す る わ け で あ る が 、 そ の よ う な 視 点 か ら の 研 究 が 幾 人 に も 受 け 継 が れ て い る か と い え ば 必 ず し も そ の よ う で は な い 。 こ の よ う に 、 真 宗 学 者 に お い て 国 語 と い う 視 点 を 切 り 口 と し た 研 究 が 現 在 あ ま り 盛 ん で は な い わ け で あ る が 、 一 方 で 、 最 近 の 国 語 学 者 の 動 向 に 目 を 向 け て み る と 、 近 年 真 宗 聖 教 の 閲 覧 が 比 較 的 容 易 と な り 、 ま た 原 本 の 写 真 版 等 が 刊 行 さ れ た こ と に よ っ て 、 親 鸞 の 著 作 を 中 心 に 真 宗 典 籍 に 関 す る 研 究 論 文 が 年 間 数 本 ず つ 発 表 さ れ 、 そ の 成 果 は 日 進 月 歩 の 様 相 を 呈 し て い る 。 し か し ま た 、 そ れ ら 国 語 学 者 の 論 文 に お い て は 、 み ず か ら は 真 宗 教 義 を 専 門 と す る も の で は な い と い う 理 由 か ら 真 宗 学 の 論 文 と は 一 線 を 画 し 、 国 語 学 的 考 察 の 範 疇 を 越 え た 内 容 に は 言 及 さ れ な い も の が ほ と ん ど で あ る 。 も ち ろ ん 国 語 学 を 専 門 と す る 研 究 者 の 執 筆 し た 論 文 で あ る の で 、 中 に は 非 常 に 専 門 性 の 高 い 内 容 に 終 始 し て い る も の も あ り 、 真 宗 学 と 交 渉 の 余 地 が あ る の か 直 ち に は 判 断 し 難 い も の も 存 在 す る 。 し か し 、 い ず れ の 論 文 も 親 鸞 ・ 蓮 如 等 の 表 現 上 の 特 徴 や 傾 向 を 指 摘 す る も の で あ り 、 個 別 の 論 文 と し て は 高 次 な 専 門 性 を 有 す る も の が あ る と し て も 、 い く つ も の 論 文 全 体 か ら 把 握 さ れ る 親 鸞 ・ 蓮 如 の 表 現 の 特 徴 や 傾 向 と い う も の は 、 や は り 真 宗 学 の 論 文 執 筆 に も 益 す る と こ ろ 大 で あ る と い え る 。 例 え ば 蓮 如 は 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 あ る い は 「 機 法 一
体 」 の 語 を 他 宗 か ら 転 用 し た と 指 摘 さ れ る が 、 こ の よ う に 他 で 用 い ら れ て い る 用 語 を 自 宗 に 転 用 す る と い う そ の 態 度 は 、 蓮 如 の 表 現 上 の 特 徴 の ど の あ た り と 関 係 性 を 持 つ も の で あ る の か 、 国 語 系 の 論 文 の 中 に 求 め て い く こ と は 可 能 で あ る 。 あ る い は 親 鸞 は そ の 訓 点 に お け る 読 み 替 え に 代 表 さ れ る よ う に 、 表 現 の 独 自 性 と い う こ と が い わ れ る が 、 果 た し て 親 鸞 の 表 現 と は そ の よ う に 「 独 自 性 が 強 い 」 と い う 評 価 の み で 捉 え き れ る も の な の で あ ろ う か 、 こ の 点 に つ い て も 国 語 学 者 の 論 考 に 目 を 向 け て い か な け れ ば な ら な い 。 ま た 、 上 に 紹 介 し た 文 選 読 み の 説 の よ う に 、 国 語 的 視 点 を 切 り 口 と し て 聖 教 の 文 の 解 釈 に つ い て 提 示 さ れ た 論 も あ る の で あ り 、 そ の よ う な 論 に 対 し て は 、 賛 意 を 示 す に し て も 反 論 す る に し て も 、 国 語 の 視 点 を も っ て 臨 ま ざ る を 得 な い の で あ る 。 ま た 国 語 的 視 点 よ り 真 宗 学 の 論 文 を 執 筆 す る の か ど う か と い う こ と に か か わ ら ず 、 そ も そ も 教 学 と は ま ず も っ て 聖 教 の 文 に 基 づ く も の で あ り 、 聖 教 の 文 を 読 解 し て い く 際 に は 正 し い 国 語 の 知 識 を 持 っ て お く こ と が 極 め て 重 要 で あ る こ と は 言 を 俟 た な い 。 こ れ は い わ ゆ る 「 文 に よ っ て 義 を 立 て 、 義 に よ っ て 文 を さ ば く 」 と い う こ と の 「 文 に よ っ て 義 を 立 て 」 る と い う こ と と 関 係 す る わ け で あ る が 、 真 宗 学 と 国 語 的 知 識 と い う も の は 本 来 非 常 に 親 し い 関 係 に あ る べ き も の で あ る と い え る 。 以 上 の よ う に 、 筆 者 が 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 に 興 味 を 抱 い た 動 機 は 、 ま ず も っ て 自 身 の そ の 生 い 立 ち と 関 係 が 深 く 、 加 え て 三 業 惑 乱 決 着 の 立 役 者 で あ る 大 瀛 師 が 同 郷 の 人 で あ っ た こ と か ら 、 三 業 惑 乱 に お い て 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 が ど の よ う に 解 釈 さ れ た の か と い う 点 に つ い て も 関 心 を 抱 い た わ け で あ る 。 こ れ に 加 え
て 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 を 国 語 的 視 点 を も っ て 解 釈 し た 論 文 の 存 在 や 、 国 語 学 の 大 家 で あ り 真 宗 の 学 僧 で あ っ た 義 門 師 の 功 績 、 あ る い は 国 語 学 者 を 中 心 に 真 宗 典 籍 の 研 究 が 隆 盛 し て い る 現 状 等 、 筆 者 の こ れ ら 複 数 の 関 心 事 項 に つ い て 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と い う 語 を 軸 と し て 考 察 し て い く こ と で 、 そ れ ら が 有 機 的 関 連 性 を 持 っ て 一 つ の 論 文 と し て 成 立 し 得 な い で あ ろ う か と 試 み た も の が 本 論 文 で あ る 。 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 研 究 を 始 め た 当 初 は 国 語 的 問 題 を 中 心 に 扱 っ て い た が 、 後 に そ の 関 心 が 多 岐 に 亘 る よ う に な っ た こ と で 、 本 論 文 も 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 に 関 連 し て か な り 広 い 範 囲 ま で 扱 う も の と な っ た 。 こ れ が 本 論 文 を 「 〈 タ ス ケ タ マ ヘ 〉 の 総 合 的 研 究 」 と 題 し た 所 以 で あ る 。 基 本 的 な 問 題 意 識 と し て は 、 蓮 如 の 伝 道 の 中 核 に あ り な が ら も 、 教 団 史 上 最 大 の 法 論 の 中 心 問 題 と も な っ た 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 に つ い て 、 こ の 語 が 使 用 さ れ た 背 景 と そ の 使 用 法 と を よ り 明 ら か に す る こ と 、 そ し て 三 業 惑 乱 以 降 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 が 特 に 国 語 的 視 点 を も っ て ど の よ う に 解 釈 さ れ 、 ま た そ こ に ど の よ う な 問 題 が 生 じ て い る の か を 指 摘 ・ 検 討 す る と い う も の で あ る 。 さ て 、 研 究 の 動 機 や 問 題 意 識 は お よ そ 以 上 の よ う で あ り 、 以 下 に 本 論 文 の 各 章 で 取 り 扱 う 内 容 に つ い て 概 観 し て お く 。 第 一 章 で は 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 及 び 「 タ ノ ム 」 の 語 の 解 釈 を め ぐ っ て 惹 起 し た 論 争 に つ い て 考 察 す る 。 既 に 述 べ た よ う に 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 解 釈 を め ぐ る 論 争 と し て は 三 業 惑 乱 が よ く 知 ら れ て い る が 、 実 は 三
業 惑 乱 は そ の 知 名 度 こ そ 非 常 に 高 い も の の 、 論 争 の 発 端 の 書 で あ る 功 存 の 『 願 生 帰 命 弁 』 で さ え 、 こ れ ま で 十 分 な 翻 刻 研 究 す ら な さ れ て い な い 状 況 で あ っ た 。 ま た 三 業 惑 乱 に つ い て は 、 従 来 よ り 功 存 の 『 願 生 帰 命 弁 』 と 大 瀛 師 の 『 横 超 直 道 金 剛 錍 』 と の 内 容 を 対 比 さ せ た 研 究 が 多 く な さ れ て き た が 、 三 業 惑 乱 で は 『 願 生 帰 命 弁 』 に 対 し て い く つ も の 反 論 書 が 著 さ れ た こ と に よ っ て 論 戦 が 展 開 さ れ て お り 、 『 願 生 帰 命 弁 』 と 『 横 超 直 道 金 剛 錍 』 と の 内 容 を 引 き 比 べ る こ と の み で こ の 論 争 を 捉 え る こ と は で き な い 。 も ち ろ ん 多 く の 先 行 研 究 で こ の 二 つ の 書 が 頻 繁 に 比 較 さ れ る こ と は 、 三 業 惑 乱 に お い て こ れ ら 二 つ の 書 物 が と り わ け 重 要 な 位 置 に あ る こ と を 示 し て い る こ と に 他 な ら ず 、 本 論 文 に お い て も 当 然 両 書 を 扱 う わ け で は あ る が 、 近 年 、 三 業 惑 乱 関 係 資 料 の 翻 刻 を 中 心 と し た 研 究 も 進 め ら れ て お り *2 、 筆 者 も そ の 研 究 会 に 参 加 さ せ て い た だ く 縁 を 賜 っ た 。 そ こ で 本 論 文 で は 『 願 生 帰 命 弁 』 へ の 反 論 書 の 嚆 矢 で あ る 宝 厳 の 『 興 復 記 』 を 取 り 上 げ て 、 『 願 生 帰 命 弁 』 へ の 反 論 書 に お い て 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 が ど の よ う に 解 釈 さ れ て い る の か そ の 内 容 を 検 討 し た い 。 と こ ろ で 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 解 釈 に 関 す る 論 争 と は 三 業 惑 乱 だ け で は な い 。 真 宗 大 谷 派 に お い て も 、 真 宗 大 学 の 初 代 学 監 で あ る 占 部 観 順 師 の 所 説 を め ぐ り 論 争 と な り 、 観 順 師 は 大 谷 派 を 追 わ れ る こ と と な っ て い る 。 こ の 論 争 で は 、 三 業 惑 乱 で 正 義 と さ れ た 「 タ ス ケ タ マ ヘ = 信 順 」 と い う こ と を 主 張 し た 観 順 師 が 異 安 心 と し て 調 理 さ れ て い る こ と か ら 、 当 時 の 大 谷 派 の 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 解 釈 の あ り 方 を 知 る 上 で も 興 味 深 い 論 争 で あ る 。 ま た 、 時 代 は 下 っ て 昭 和 三 十 年 代 に お い て も 、 真 宗 高 田 派 の 松 山 智 光 氏 が 蓮 如 の
「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 を 祈 願 請 求 の 義 で あ る と す る 論 文 を 発 表 し 、 そ れ に 対 し て 本 願 寺 派 の 村 上 速 水 氏 が 反 論 す る と い っ た こ と が あ り 、 そ の 内 容 に つ い て も 考 察 し た い 。 そ し て 本 章 最 後 で は 、 そ も そ も 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 に つ い て 考 え て い く 際 、 先 の 『 願 生 帰 命 弁 』 と い う 書 名 に も あ る よ う に 、 「 願 生 」 と い う こ と と の 関 係 性 が 一 つ の 大 き な 問 題 と な る こ と か ら 、 浄 土 真 宗 に お け る 願 生 ( 心 ) の 位 置 付 け に つ い て 検 討 す る 。 第 二 章 で は 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 国 語 的 解 釈 に つ い て 考 察 す る 。 三 業 惑 乱 以 降 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 に つ い て の 研 究 と は 、 こ の 語 が 祈 願 請 求 の 義 で は な い こ と を 明 か そ う と す る も の で あ っ た 。 そ し て 、 三 業 惑 乱 期 も 含 め 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 が 許 諾 信 順 の 義 で あ る こ と を 論 証 す る ひ と つ の 視 点 と し て 国 語 的 視 点 と い う も の が 頻 繁 に 持 ち 出 さ れ て い る 事 実 が あ る 。 そ こ で 第 二 章 で は 国 語 学 の 大 家 で あ り 、 真 宗 の 学 僧 で あ っ た 義 門 師 に 注 目 し な が ら 、 義 門 師 が 登 場 す る そ の 前 と 後 と で 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 に つ い て の 国 語 的 解 釈 と し て ど の よ う な も の が 提 示 さ れ て い る の か を 考 察 し た い 。 そ し て 、 そ こ で は 先 に 研 究 動 機 の 中 で 述 べ た 文 選 読 み と い う 訓 法 を 根 拠 と し た 説 に つ い て も 、 そ の 主 張 内 容 の 正 否 に つ い て 検 討 し た い 。 ま た 、 義 門 師 は と り わ け 言 葉 の 活 用 の 研 究 に お い て 大 き な 成 果 を 残 し た 人 物 で あ る が 、 そ の 成 果 と 研 究 手 法 と が そ の 後 ど の よ う に 継 承 さ れ て い っ た の か と い う こ と に つ い て も 論 じ た い 。 そ し て 、 国 語 的 視 点 よ り 提 示 さ れ た 諸 説 を 考 察 す る こ と で 、 同 じ 国 語 と い う 視 点 を 持 ち な が ら 、 内 容 の 異 な る 説 が い く つ も 提 示 さ れ て き た そ の 背 景 、 あ る い は 国 語 と い う 視 点 の み に 偏 っ て 聖 教 の 言 葉 を 解 釈 し て い く こ と の 問 題 性 に つ い て 考 え 、 語 学 と
義 学 と い う も の の 関 係 性 に つ い て も 検 討 し た い 。 第 三 章 で は 蓮 如 の 表 現 の 特 徴 に つ い て 考 察 し た い 。 第 二 章 第 三 節 に お い て は 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と い う 語 を 解 釈 す る 際 に は 、 こ の 語 を 特 定 の 語 法 や 文 法 と い う 視 点 の み か ら み て い く の で は な く 、 こ の 語 を 用 い た 人 物 が ど の よ う な 表 現 上 の 特 徴 や 使 用 背 景 を 持 ち 、 ま た ど の よ う な 文 脈 に お い て こ の 語 を 使 用 し た の か を 考 察 す る こ と が 不 可 欠 で あ る こ と が 述 べ ら れ る の だ が 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と は そ も そ も 浄 土 宗 鎮 西 派 を 中 心 に 用 い ら れ た 言 葉 で あ り 、 そ れ を 蓮 如 が 転 用 し た と 指 摘 さ れ る も の で あ る 。 蓮 如 は 他 に も 浄 土 宗 西 山 派 で 用 い ら れ た 「 機 法 一 体 」 の 語 を 意 味 内 容 を 変 え て 自 宗 に 転 用 し て お り 、 他 派 の 用 語 で あ っ て も 柔 軟 に 自 宗 に 取 り 入 れ て い く と い う 表 現 態 度 を 示 し て い る 。 そ こ で 本 章 で は 蓮 如 の 表 現 の 特 徴 に つ い て よ り 広 く 考 察 す る こ と で 、 こ の よ う に 蓮 如 が 他 派 の 表 現 を 自 由 に 取 り 入 れ て い っ た 表 現 態 度 の 、 そ の 源 泉 は ど こ に あ る の か を 検 討 し た い 。 ま た そ の 際 、 親 鸞 の 表 現 の 特 徴 と 比 較 す る こ と で 、 蓮 如 の 表 現 の 性 質 を よ り 明 ら か な も の と し た い 。 特 に 親 鸞 の 表 現 上 の 特 徴 を 確 認 す る 際 に は 、 先 に 述 べ た よ う に 、 現 在 、 国 語 学 者 を 中 心 に 親 鸞 著 作 に つ い て 次 々 と 論 文 が 発 表 さ れ て い る こ と か ら 、 そ の 内 容 を 積 極 的 に 紹 介 す る こ と で 、 親 鸞 の 表 現 の 特 徴 を 考 察 す る 一 助 と し た い 。 第 四 章 で は 、 第 三 章 に お い て 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 を 用 い た 蓮 如 の 表 現 上 の 特 徴 を 確 認 し た こ と か ら 、 こ こ で は 「 御 文 章 」 に 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 が 使 用 さ れ た そ の 使 用 背 景 に つ い て 考 察 し た い 。 特 に 、「 タ ス ケ タ マ ヘ 」
の 使 用 に 多 大 な 影 響 を 与 え た こ と が 指 摘 さ れ て い る 浄 土 宗 鎮 西 派 の 典 籍 『 三 部 仮 名 鈔 』 に お け る 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 使 用 法 と 、『 御 文 章 』 に お け る 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 使 用 法 と を 比 較 し た い 。 ま た 蓮 如 は 当 初 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 を 否 定 的 に 用 い て い る こ と か ら 、 蓮 如 が こ の 語 を 肯 定 的 に 用 い る よ う に な っ た そ の 使 用 法 の 変 遷 に つ い て も 検 討 し た い 。 そ し て 、「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 を 肯 定 的 か つ 積 極 的 に 用 い る よ う に な っ た 以 後 も 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 語 の 前 後 に 配 置 さ れ る 言 葉 は 年 代 に よ っ て 変 化 し て お り 、 こ の 点 に 注 目 す る こ と で 、 年 紀 未 詳 の 「 御 文 章 」 に つ い て も あ る 程 度 の 年 紀 の 推 定 が 可 能 で は な い か と い う 試 論 も 提 示 し た い 。 ま た 最 後 に は 、「 御 文 章 」 は 「 聞 き も の 」 で あ る と い う 視 点 か ら 、 聞 き も の に お い て 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と い う フ レ ー ズ が 聴 衆 に ど の よ う に 領 解 さ れ て い っ た の か と い う こ と を 論 じ て み た い 。 お よ そ 各 章 は こ の よ う な 内 容 で あ り 、 本 来 で あ れ ば 時 系 列 か ら し て 、 ま ず は 「 御 文 章 」 に お け る 蓮 如 の 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 、 あ る い は そ こ に 影 響 を 与 え た 、 鎮 西 派 に お け る 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 に つ い て の 考 察 を 第 一 章 に 立 て る べ き で あ ろ う 。 し か し 、 先 に も 述 べ た よ う に 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 研 究 が 盛 ん に な っ た の は 三 業 惑 乱 を 契 機 と し て お り 、 ま ず は 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 解 釈 が 中 心 問 題 と な っ た 諸 論 争 を 考 察 す る こ と で 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 解 釈 に つ い て 、 そ の 問 題 の 所 在 を 明 ら か に す る た め に こ の よ う な 章 立 て と し た 。 そ し て 、 三 業 惑 乱 以 降 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 を 許 諾 信 順 の 義 で 解 釈 す る 過 程 で 、 国 語 と い う 視 点 が 頻 繁 に 持 ち 出 さ れ て く る よ う に な る が 、 そ こ で は 国 語 的 視 点 に あ ま り に 重 き を 置 き す ぎ る こ と で 、 「 御 文 章 」 に 「 タ ス ケ タ
マ ヘ 」 の 語 が 用 い ら れ た 背 景 や 文 脈 、 蓮 如 の 表 現 の 特 徴 と い っ た こ と を 考 慮 す る こ と が な お ざ り に さ れ て し ま っ た ケ ー ス も 多 い 。 そ れ ら の こ と を 第 二 章 で は 確 認 し 、 さ ら に 第 三 章 で は 蓮 如 の 表 現 上 の 特 徴 を 、 親 鸞 の 表 現 と の 比 較 か ら 明 ら か に す る 。 そ し て 第 四 章 で は 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 使 用 背 景 と 使 用 法 の 変 遷 と に つ い て 、 細 か い 表 現 の 差 異 に ま で 注 目 し て 考 察 し て い く と い う も の が 、 本 論 文 の 流 れ で あ る 。
*1 『 原 典 版 』 一 二 五 四 頁 *2 龍 谷 大 学 仏 教 文 化 研 究 所 共 同 研 究 「 三 業 惑 乱 関 連 書 籍 の 翻 刻 と 註 釈 」( 代 表 : 殿 内 恒 )
第
一
章
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ぐ
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論
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タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
を
め
ぐ
る
論
争
は
じ
め
に
蓮 如 の 用 い た 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 お よ び 「 タ ノ ム 」 と い う 語 を 対 象 と し た 研 究 が 盛 ん に 行 わ れ る よ う に な っ た の は 、 蓮 如 在 世 時 よ り か な り の 年 数 を 経 て 後 に 、 こ れ ら の 言 葉 の 解 釈 が 教 団 を 二 分 す る ほ ど の 大 法 論 を 惹 起 し た こ と に 帰 因 す る 。 い わ ゆ る 三 業 惑 乱 で あ る 。 言 う な れ ば 本 論 文 も 三 業 惑 乱 以 後 よ り 盛 ん に な っ た 「 タ ノ ム 」 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 研 究 の 延 長 線 上 に あ る も の と い え る 。 そ こ で ま ず 、 こ れ ら の 言 葉 の 解 釈 を め ぐ っ て 生 じ た 論 争 と は 具 体 的 に ど の よ う な も の で あ っ た の か 、 そ の 内 容 を 確 認 す る こ と で 問 題 の 所 在 を 明 ら か に し た い 。 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 お よ び 「 タ ノ ム 」 の 解 釈 を め ぐ る 論 争 と し て は 三 業 惑 乱 が あ ま り に も 有 名 で あ る が 、 実 際 に は 三 業 惑 乱 以 外 に も こ れ ら の 言 葉 の 解 釈 を め ぐ っ て い く つ か の 論 争 が 起 こ っ て お り 、 そ の 内 容 に つ い て も 考 察 し て い き た い 。 ま た そ れ ら の 論 争 に お い て は 、 浄 土 教 に お け る 願 生 思 想 、 お よ び 真 宗 に お け る 願 生 心 の 位 置 付 け と い う も の も 重 要 な 争 点 に な っ て い る こ と か ら 、 こ の 点 に つ い て も 検討
し
た
い
第
一
節
三
業
惑
乱
に
お
け
る
「
タ
ノ
ム
」
「
タ
ス
ケ
タ
マ
ヘ
」
の
解
釈
第
一
項
三
業
惑
乱
に
つ
い
て
「 タ ノ ム 」 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 の 解 釈 を め ぐ る 論 争 と い え ば 、 三 業 惑 乱 が ま ず 挙 げ ら れ る で あ ろ う 。 教 団 史 上 の 三 大 法 論 の 一 つ に 数 え ら れ 、 そ の 規 模 た る や 全 国 の 門 末 の み な ら ず 、 他 派 ま で を も 巻 き 込 み 、 そ の 裁 定 が 最 終 的 に 幕 府 に 委 ね ら れ る に 至 っ た ほ ど の 大 論 争 で あ っ た 。 今 そ の 概 要 を 示 せ ば 、 論 争 の 発 端 と な っ た の は 第 六 代 能 化 功 存 ( 一 七 二 ○ ~ 一 七 九 六 ) の 著 し た 『 願 生 帰 命 弁 』 ( 以 下 、 本 文 中 で は 『 帰 命 弁 』 と 略 す ) の 所 説 で あ っ た 。 『 願 生 帰 命 弁 』 と は 、 宝 暦 年 間 に 越 前 の 龍 養 が 唱 え た 「 無 帰 命 安 心 」 の 邪 義 を 破 す こ と を 目 的 と し て 著 さ れ た も の で あ る 。 す な わ ち 龍 養 が 「 ア ヽ ト 信 ズ ル バ カ リ 」 が 真 宗 の 信 心 で あ る と 主 張 し た こ と に 対 し て 、 功 存 は そ こ に は 「 後 生 タ ス ケ タ マ ヘ ト 弥 陀 ヲ タ ノ ム 」 と い う 一 念 が 欠 落 し て い る と 指 摘 す る の だ が 、 た だ し こ の 「 弥 陀 ヲ タ ノ ム 」 と い う 初 起 の 一 念 は 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と い う 願 求 の 思 い で あ り 、 ま た そ の 一 念 帰 命 の 相 は 身 口 意 の 三 業 に 表 さ れ る べ き も の で あ る と 主 張 し た の で あ る 。 い わ ゆ る 「 願 生 帰 命 説 」 及 び 「 三 業 帰 命 説 」 で あ る 。 『 帰 命 弁 』 の 所 説 に つ い て は 道 粋 ( 一 七 一 三 ~ 一 七 六 四 ) や 僧 樸 ( 一 七 一 九 ~ 一 七 六 二 ) と い っ た 当 時 の 学 僧 が 意 見 や 疑 義 を 呈 す る 一 幕 も あ っ た の だ が 、 つ い に 宝暦 十 四 年 の 正 月 に は 『 帰 命 弁 』 が 開 版 さ れ る に 至 っ て い る 。 開 版 に あ た っ て は 先 ほ ど の 道 粋 が 序 を 認 め て い る こ と か ら 、 一 時 は 本 書 の 内 容 に 疑 義 を 呈 し た 道 粋 も 最 終 的 に は そ の 内 容 を 認 め 、 あ る い は そ れ 以 上 問 題 と は し な か っ た よ う で あ る 。 し か し 、 『 願 生 帰 命 弁 』 の 刊 行 以 後 、 や は り そ の 内 容 は 物 議 を 醸 し 、 つ い に は 学 林 を 中 心 に 功 存 の 所 説 を 奉 じ る 新 義 派 と 、 在 野 を 中 心 に 功 存 の 主 張 に 反 論 す る 古 義 派 と い う よ う に 、 教 団 を 二 分 す る 大 法 論 へ と 発 展 し て い っ た の で あ る 。 ま た 、 『 帰 命 弁 』 に 対 し て は 多 く の 論 難 書 が 著 さ れ て 論 戦 が 繰 り 広 げ ら れ て い っ た の で あ る が 、 そ の 論 戦 に 加 わ っ た 面 々 は 真 宗 本 派 の み な ら ず 、 他 派 の 学 僧 ま で も が 含 ま れ て お り 、 こ の 論 争 が 教 団 内 の 問 題 に と ど ま る も の で は な か っ た こ と が 窺 わ れ る 。 さ て 、 今 は そ の 法 論 の 顛 末 を 事 細 か に 述 べ て い く こ と が 主 題 で は な く 、 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 お よ び 「 タ ノ ム 」 と い う 語 が そ こ で ど の よ う に 解 釈 さ れ て い っ た の か を 中 心 に み て い く こ と を 目 的 と し て い る 。 そ こ で 話 を こ の 法 論 の 発 端 の 部 分 に 戻 す と 、 先 に も 述 べ た よ う に 、 も と は 龍 養 の 邪 義 に 対 し て 功 存 が 著 し た 『 帰 命 弁 』 の 内 容 が 物 議 を 醸 し た こ と で 問 題 と な っ た わ け で あ る 。 龍 養 の 一 件 に つ い て は 『 龍 養 異 解 始 末 』 な る も の に ま と め ら れ て い る が 、 本 書 は 小 部 の も の で 、 実 際 に 龍 養 本 人 が い か な る 説 を 主 張 し た の か と い う こ と は 詳 ら か に は 窺 い 知 れ な い 。 中 井 玄 道 氏 も 『 龍 養 異 解 始 末 』 に お け る 龍 養 の 主 張 に 関 す る 記 事 に つ い て *1 、 無 帰 命 と は 機 受 の 領 解 を 論 ぜ ぬ も の で な け れ ば な ら ぬ が 、 龍 養 が 果 た し て 機 受 の 領 解 を 無 視 し た か 何
う か は 、 こ れ だ け の 記 事 で は 甚 だ 明 瞭 で な い が 、 併 し 当 時 龍 養 の 唱 う る 所 が 越 前 に 於 い て 旧 来 の 信 仰 を 動 揺 せ し め た こ と 、 及 び 当 時 の 学 者 が 一 般 に こ れ を 無 帰 命 の 邪 義 と 認 め た こ と は 事 実 で あ る 。 と 述 べ 、 龍 養 の 主 張 に つ い て は 甚 だ 不 明 瞭 で は あ り な が ら も 、 そ の 主 張 が や は り 無 帰 命 安 心 に 類 す る も の で あ っ た こ と を 指 摘 し て い る 。 さ て 、 龍 養 の 主 張 に つ い て そ の 正 確 な 内 容 は 知 り 得 な い わ け で あ る が 、 今 問 題 と す る 所 は 、 そ れ に 対 し て 功 存 が 唱 え た 願 生 帰 命 説 及 び 三 業 帰 命 説 で あ り 、 こ れ ら の 主 張 が な さ れ た 『 帰 命 弁 』 の 内 容 を こ そ 、 ま ず は 正 確 に 把 握 し て い か な け れ ば な ら な い 。 そ こ で ま ず 三 業 惑 乱 に 関 す る 先 行 研 究 に 目 を 向 け る と 、 功 存 の 所 説 に つ い て 考 究 さ れ た も の が 多 く 存 在 す る 。 そ こ で は 概 し て 『 帰 命 弁 』 で 主 張 さ れ た 願 生 帰 命 説 お よ び 三 業 帰 命 説 の 問 題 点 が 指 摘 さ れ 、 ま た 大 瀛 師 の 著 し た 『 横 超 直 道 金 剛 錍 』( 以 下 、 本 文 中 で は 『 金 剛 錍 』 と 略 す ) の 所 説 が 功 存 の 邪 説 に 対 す る 正 当 教 学 の 鑑 た る も の と し て 評 価 さ れ て い る 。 こ の よ う に 、 先 行 研 究 で は 『 帰 命 弁 』 の 問 題 点 の 指 摘 と 、 大 瀛 師 の 『 金 剛 錍 』 に よ る 邪 説 の 論 破 と い う こ と が 中 心 に 論 じ ら れ て き た わ け で あ る が 、 上 に も 少 し 触 れ た よ う に 、 実 際 に は 三 業 惑 乱 と は 『 帰 命 弁 』 の 刊 行 以 来 、 宝 厳 師 ( 生 没 年 未 詳 ) 著 『 興 復 記 』 『 帰 命 本 願 訣 』 、 大 麟 師 ( 生 没 年 未 詳 ) 著 『 真 宗 安 心 正 偽 編 』 等 を は じ め 、『 帰 命 弁 』 に 対 す る 多 く の 論 難 書 が 著 さ れ 、 ま た そ れ ら に 対 し て は 三 業 派 の 学 僧 か ら 、 玄 仗 ( 一 七 三 八 ~ 一 七 九 一 ) 著 『 弾 妄 釈 義 篇 』 、 崇 廓 ( 一 七 二 九 ~ 一 七 八 六 ) 著 『 傍 観 正 偽 篇 』 等 が 著 さ れ て 激 し い 論 争 と な っ て
い る 。 つ ま り 、 法 論 の 発 端 の 書 物 で あ る 『 帰 命 弁 』 と 、 そ の 邪 説 を 破 し て 正 当 教 学 を 主 張 し た 大 瀛 師 の 『 金 剛 錍 』 と の 内 容 を 押 さ え る こ と の み で は 、 い ま だ 三 業 惑 乱 と い う 論 争 の 全 貌 を 把 握 し た こ と に は な ら な い の で あ る 。 た だ し 、 そ れ ら 論 難 書 を は じ め と す る 関 係 文 献 だ け で も 数 十 冊 に 上 り 、 加 え て そ れ ら の 大 半 が 未 翻 刻 で 、 ま た 中 に は 入 手 困 難 な も の も 存 す る た め 、 本 論 文 に お い て そ れ ら の 内 容 を 網 羅 的 に 紹 介 し 検 討 す る こ と は か な わ な い 。 し か し 、 そ も そ も 法 論 の 発 端 の 書 物 で あ る 功 存 の 『 帰 命 弁 』 で さ え こ れ ま で に 翻 刻 さ れ た 機 会 は 滅 多 に な く 、 三 業 惑 乱 と は そ の 知 名 度 に 比 し て 、 『 帰 命 弁 』 を は じ め と す る 関 係 典 籍 の 翻 刻 研 究 や 内 容 考 察 は い ま だ 不 十 分 な 状 態 で あ る と い え る 。 そ の よ う な 状 況 の 中 、 近 年 、『 帰 命 弁 』 の 本 文 翻 刻 が 発 表 さ れ *2 、 本 文 の 確 認 が 容 易 と な っ た 。 そ こ で ま ず 『 帰 命 弁 』 本 文 の 内 容 と 構 成 と を 確 認 し な が ら 、 そ こ に お い て 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 お よ び 「 タ ノ ム 」 の 語 が ど の よ う に 解 釈 さ れ て い る の か を 確 認 し た い 。 そ し て 、 従 来 で あ れ ば そ の 内 容 と 大 瀛 師 の 『 金 剛 錍 』 の 所 説 と が 対 照 さ れ る こ と が 多 か っ た わ け で あ る が 、 先 に 述 べ た よ う に 、 三 業 惑 乱 に お い て は 『 帰 命 弁 』 の 発 刊 を 契 機 と し て 多 く の 論 難 書 が 著 さ れ た こ と で そ の 論 争 が 激 化 し て い っ た と い う 経 緯 が あ る 。 資 料 的 な 問 題 も あ り 、 現 時 点 で そ の 論 争 の 過 程 を 詳 述 す る こ と が で き な い こ と は 先 に 述 べ た 通 り で あ る が 、 そ こ で 本 論 文 で は そ れ ら 論 難 書 の 嚆 矢 で あ る 宝 厳 の 『 興 復 記 』 の 内 容 を 検 討 し 、 『 帰 命 弁 』 の 所 説 に 対 す る 論 難 書 の そ の 嚆 矢 た る も の に お い て 、 『 帰 命 弁 』 の 所 説 の 何 が 問 題 と さ れ 、 い
か な る 論 理 を 以 て 『 帰 命 弁 』 の 所 説 に 反 駁 が 試 み ら れ た の か を 考 察 し た い 。 そ れ で は ま ず 、 以 下 に 功 存 の 『 帰 命 弁 』 の 所 説 を み て い き た い 。
第
二
項
『
願
生
帰
命
弁
』
に
つ
い
て
ま ず は 『 帰 命 弁 』 の 内 容 に つ い て で あ る が 、 そ こ で 問 題 と さ れ る 願 生 帰 命 説 お よ び 三 業 帰 命 説 に つ い て 、 こ れ ら の 説 の 萌 芽 は 功 存 以 前 の 諸 学 僧 の 書 物 に も 散 見 さ れ る こ と は 既 に 指 摘 さ れ る と こ ろ で あ る *3 。 し か し 、 三 業 惑 乱 に お い て は や は り こ の 『 帰 命 弁 』 こ そ が 三 業 派 の 主 張 の 根 幹 を な し た 書 物 で あ り 、 ま ず は こ の 『 帰 命 弁 』 に 展 開 さ れ る 主 義 主 張 を 知 る こ と が 必 要 不 可 欠 で あ る 。 そ れ で は ま ず 『 帰 命 弁 』 の 構 成 に つ い て ふ れ て お く と 、 そ の 中 は 六 門 に 分 け ら れ て い る 。 す な わ ち 、 ① 「 先 釈 名 義 」 ② 「 正 挙 相 状 」 ③ 「 通 弁 道 理 」 ④ 「 明 出 文 証 」 ⑤ 「 因 引 例 証 」 ⑥ 「 広 通 妨 難 」 の 六 で あ る 。 こ れ ら 六 門 の 内 容 を み て み る と 、 前 三 門 で は 願 生 帰 命 説 ・ 三 業 帰 命 説 に つ い て そ の 論 理 が 説 明 さ れ て お り 、後 半 の 三 門 で は そ の 文 証 と 例 証 と を 挙 げ 、 あ る い は 他 か ら の 論 難 に 対 し て は 反 駁 を な し て い る 。 そ こ で 今 は 、 『 帰 命 弁 』 の 主 張 の 中 心 で あ る 前 三 門 に つ い て 、 特 に 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 及 び 「 タ ノ ム 」 の 解 釈 に か か わ る 部 分 の 内 容 を 確 認 し て い き た い 。 は じ め に 、 第 一 門 「 先 釈 名 義 」 で は 「 弥 陀 ヲ タ ノ ム 」 と い う こ と に つ い て *4 、 今 、 ワ ガ 宗 ニ 伝 フ ル 弥 陀 ヲ タ ノ ム ト イ フ コ ト ハ 、 本 願 ノ 三 信 ヲ 統 括 シ テ 近 ク 六 字 ノ 名 号 ナ ル コ ト ヲ 示 シ 、 三 信 即 一 ノ 欲 生 ノ 一 心 開 発 ヲ ア ラ ハ シ タ マ フ ス ガ タ ト 見 ヘ タ リ 。 と 述 べ ら れ 、 「 弥 陀 ヲ タ ノ ム 」 と は 「 三 信 即 一 ノ 欲 生 ノ 一 心 開 発 ヲ ア ラ ハ シ タ マ フ ス ガ タ 」 で あ る と さ れ る 。 ま た こ の 「 三 信 即 一 ノ 欲 生 ノ 一 心 開 発 」 と い う 義 に つ い て は 、 続 い て 『 願 々 鈔 』 の 「 彼 国 ニ 生 マ ル ル 信 心 歓 喜 ノ 念 仏 衆 生 、 一 念 欲 生 ノ キ ザ ミ ニ 正 定 聚 ニ 住 ス 」 *5 と い う 一 文 が そ の 文 証 と し て 引 か れ て お り 、 こ の 『 願 々 鈔 』 の 文 は 三 業 派 の 各 人 の 書 に も 頻 繁 に 用 い ら れ 、 そ の 主 張 の 根 拠 と さ れ て い る 点 か ら も 重 要 で あ る 。 そ し て ま た 『 帰 命 弁 』 で は こ の 「 タ ノ ム 」 の 語 に つ い て *6 、 タ ノ ム ト イ ヘ バ ト テ 、 頼 ・ 憑 ・ 恃 ・ 怙 等 ノ 字 ヲ モ テ 解 ス ベ カ ラ ズ 。 ソ ノ 頼 字 ハ タ ノ ミ ニ ス ル コ ト ナ リ 。 憑 ハ ヨ リ カ ヽ ル ナ ド ノ コ ヽ ロ ナ リ 。 今 ノ タ ノ ム ト イ フ ハ 、 願 文 ノ 欲 生 我 国 、 成 就 ノ 文 ノ 願 生 彼 国 ト 説 キ タ マ ヘ ル 、 如 実 ノ 欲 ト 願 ト ノ オ モ ム キ ナ リ 。 と し て 、 今 問 題 に し て い る 「 タ ノ ム 」 は 「 頼 」( タ ノ ミ ニ ス ル ) や 「 憑 」( ヨ リ カ カ ル ) の 字 義 を あ て る も
の で は な く 、 願 文 と 成 就 文 と に 根 拠 を 置 い た 「 如 実 ノ 欲 ト 願 ト ノ オ モ ム キ 」 で あ る と 述 べ ら れ て い る 。 ま た そ の 「 如 実 ノ 欲 ト 願 ト ノ オ モ ム キ 」 に つ い て は 、 続 い て 「 最 初 帰 命 一 念 開 発 ノ ス ガ タ ナ リ 」 *7 と し て 、 つ ま り 「 タ ノ ム 」 と は 一 念 開 発 の 際 の 帰 命 を 表 す も の で あ り 、 す な わ ち 欲 生 ( 願 生 ) 帰 命 を あ ら わ す 言 葉 が 「 タ ノ ム 」 で あ る と 解 釈 さ れ て い る 。 ま た こ の 後 に は *8 、 然 ル ニ 異 解 者 流 、 偏 ニ 頼 ノ 字 ノ 訓 ニ テ タ ノ ミ ニ ス ル コ ト ナ リ ト テ 、 三 業 ニ 亘 リ タ ス ケ タ マ ヘ ト タ ノ ム コ ト ヲ 、 怨 ノ ゴ ト ク キ ラ ヒ ニ ク メ リ 。 コ レ 大 イ ニ 宗 教 ニ 違 背 ス 。 と 述 べ 、 異 解 者 ( 龍 養 ) へ の 批 判 を 通 し て 、 「 タ ノ ム 」 と は 「 頼 ノ 字 ノ 訓 」 で は な い こ と 、 そ し て 、「 三 業 ニ 亘 リ タ ス ケ タ マ ヘ ト タ ノ ム 」 こ と こ そ 本 宗 教 で あ る と い う 三 業 帰 命 説 を 主 張 し 、 あ る い は 続 い て こ の 「 タ ス ケ タ マ ヘ 」 と は 「 求 念 」 の 義 で あ る こ と を 述 べ て い る *9 。 ま た 『 帰 命 弁 』 で は 「 タ ノ ム 」 と い う こ と に つ い て 、 「 タ ノ ム コ ヽ ロ モ ワ レ ト オ コ ラ ヌ 」 *1 0 と も 述 べ ら れ 、 願 生 帰 命 と は い っ て も た だ 自 ら が 願 求 し て い く の で は な い と い っ た 趣 旨 の 記 述 も 見 え る の だ が 、 先 に み た よ う に 、 一 念 開 発 の 際 に は み ず か ら の 三 業 に 表 し て 帰 命 す べ き で あ る と い っ た 、 一 念 開 発 に 衆 生 の 造 作 が 拘 わ る と す る 主 張 が な さ れ る こ と は や は り 宗 義 上 問 題 が あ る と 言 わ ざ る を 得 な い 。 さ て 、 こ の 第 一 門 「 先 釈 名 義 」 の 終 わ り に 「 タ ノ ム 」 の 語 義 に 関 す る 問 答 が 設 け ら れ て い る 。 そ の 問 い と は 、「 タ ノ ム 」 と 「 ネ ガ フ 」 と い う 言 葉 に は 違 い が あ る の か と い う も の で あ り 、 こ れ に 答 え て 、「 ネ ガ フ 」