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おなつ清十郎五十年忌歌念仏の劇的表現

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一人のまさに中世という時代に生きた、中世的人聞が浮き 彫りにされている o

おなつ清十郎五十年忌歌念仏の

己 サ ヲ ﹃おなつ清十郎五十年忌歌念仏﹄は外題からして明らか なように、事件後五十年自に上演されたものである。その 問、歌謡、歌舞伎狂言、歌祭文、それに西鶴の﹃好色五人 女﹄等のかたちをとって、かなり民衆に親しまれていた。 近松は、この民衆の中にかなり深く根ざしている﹁はなし ﹂を、どのような劇的表現をもって、民衆の要求に応じた のであろうか。近松が脚色をするに最も影響を与えたであ ろうと考えられる西鶴の﹃好色五人女巻一姿姫路清十郎 物語﹄を参考にしてこの点を考えてみたい。 一 素 材 歌謡に歌われたお夏清十郎は、流浪するのを常とした 要 請 襲 様 策 溜 寄 与 実 基 唆 穆 ぬt d 守沼埼 4 A w’ J A戸 河 川 匂 沢 一 拘 援 潟 混 翁 綱 怒 鳴 守 が、実説と思われるお夏清十郎は都市に定着している。近 松よりいちはやく物語化した西鶴は、実説を主としている ことは明らかであるが、二人を駈落させ、そしてお夏を出 家させることによって、即ち実説の定着型に流浪型のお夏 清十郎物語を融合させて成功している。 近松はどうしたであろうか。穂積以貫の﹃難波土産﹄に よれば、浄瑠璃は人の心の慰みにならなければならないと いっている。この浄瑠璃の特性を考膚に入れて、そして先 行作に西鶴の試みがあることを知り、流浪型と定着型の融 和をはかつている。民衆の中に育てられた﹂お夏清十郎の はなし﹂を無視しては浄瑠璃としては成功しないと考えた のである。実説に歌謡の掃情性を持たせ、そして西鶴によ ってできたイメージをも殺すことなく、浄瑠璃としての成 功を遂げねぽならぬ。そこに西鶴よりも後の作ということ で近松の苦心が払われることになる。西鶴とぴったり同じ 趣向では勿論成功しないだろうし、そうかといって全然違 う趣向でも看客は喜ばないだろう。 二 近 松 の 趣 向 前節で述べたように、西鶴より後作ということで、看客 の思みにかなうために相当の苦心をしたと思われるのであ るが、二作品の類似点及び相違点を挙げることによって、 近松の趣向を伺うことができるのではないかと思う o

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初めに類似点からみていくと、

ω

舞台が姫路で二人の名 前をお夏清十郎としたことは全く同じである。

ω

西鶴作で 清十郎の実父は﹁和泉清左衛門﹂であるが、近松作では ﹁和泉の園水聞の里左治右衛門﹂としている。

ω

西鶴作で はお夏の兄を﹁但馬畳九右衛門﹂とし近世作ではお夏の父 を ﹁ 但 馬 屋 九 左 衛 門 ﹂ と し て い る 。 同 志 剖 測 の 楚 端 と し て 、 西鶴はお夏清十郎を駈落のため乗舟させるが、間抜けの飛 脚のために失敗させ、それを悲劇の原型としている o こ れ に対し近松は、舟上で清十郎の父が劫十郊にだまされて悲 劇の発端としている。両者とも舟上ということで一致す る o 同西鶴の清十郎は室、津生れでそこの大勢の遊女からも てはやされているが、近松はお夏の実母を室。女郊である とし、そこでお夏を養育させている。湖周鴇作で二人は花 見幕の中で契るが、近松作では新蚊垂の中で契る。ゆ西鵠 作で清十郎が但馬屋の女性から好意を一ボされるところがあ るが、近松作でも下女の玉が情十郎に汗患を芽せる場面が あ る 。

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西鶴作も近松作も、清十郎に遊金。策提を負わせ ている。湖西鶴作も近松作も、お夏に狂乱出させ出家させ ている。同西鶴作も近松作も当時のはやり唄を取り入れて い る o 以上挙げてきた類似点からみても相当に西鶴の影響をう けていることがはっきりする。しかしそれは単なる模倣と もいうべきものではないはずである。西鶴の与えたイメ

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ジを匙えさせることによって、看客をぴったりと引き寄せ て離すまいと意図したのであろう。こうすることによっ て、近松は看客の心を握ることに成功しようとした。その 上に近松独特のお夏清十郎を造り出していこうとするので あ る 。 近松独特の雰囲気は二作品の相違点をあげることによっ て、ある程度明らかになると思う。次に相違点をあげる。

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西鶴、が、清十郎を富裕な造酒屋の息子にしているの比し て、近松は貧乏百姓の父に仕送りをしなければならぬ清十 郎 に 描 い て い る 。

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両鶴のお夏が主人の妹であるに比し て、近松のお夏は主人の娘である。

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近松は、悪人勘十 郎、源十郎を設定した。

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西鶴が清十郎所刑笠原因に盗金 罪を使用したが、近松は殺人を使った o 仙 川 西 鶴 は 駈 落 失 敗 後二人を会わせなかったが、近松は再会させている。帥西 鶴作では、清十郎の死後事件は解決されるが、近松作では 事件の解決を待って死んでいる。 以上挙、げてきた相違点から、大体の近松独特の趣向を探 り出すことができはしないだろうか。

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から、近松は西 鶴と比較して、お夏と清十郎の環境を相当に窮屈に設定し ていることがわかる o これは近松が﹃難波土産﹄で 浄るりは憂が肝要也とて、多くあはれ也なんどいふ文 句を書き又は語るにも、ぶんやぶし様のごとくに泣くが 如くかたる事、我が作のいきかたにはなき事也。某が憂 n p

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はみな義理を専らとす。芸のりくぎが義理につまりであ はれなれば、節も文句もきっとしたる程いよ/

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、 あ は れ なるもの也。との故にあはれをあはれ也といふ時は、含 蓄の意なふして、けつく其の情うすく、あはれ也といは ずしてひとりあはれなるが肝要也と 自負しているように、義理人情を以て、﹁お夏清十郎物 語﹂を展開させようとする条件となるものである。但馬 屋から勘当させられることは、実父左治右衛門を思う孝行 の息子としは、到底できないという条件と、子同然に育て てくれた主人を裏切りたくないという条件、が二人の恋愛を 複雑にしていくのである。

ω

!近松は﹁愛の人﹂といわれ ている。その近松の愛は清十郎が殺人罪を犯しても悪人に はさせたくなかった。そしてまた看客も主人公が悪人であ ることには不満であったろう。そのために、悪人勘十郎、 源十郎を設定している。これは全く彼自身の独創であっ た。例制!また彼の愛は二人を別れたまま死なせることは できなかった。再会をさせ、そして事件の解決と、めでた いうちに清十郎を成仏させている。これは外題からも明ら かなように、芸能の場で、怨霊を慰撫するという目的があ ったことも働いているとみてよかろう o だいたいの構造は間鶴作から取り、それに彼の義理人 情、勘十郎の設定、彼の愛などが関係して相当に複雑した 趣向をとっている。 三段としての構想 前節に述べたような趣向のもとで、近松は浄瑠璃として どのような構想をみせているだろうか。 世話物の段様式は三段組織である。一つの物語をとにか く三段で終了しなければならない。それに一段につき一場 しか設定できないという舞台上の制約もあるから、かなり の圧縮が必要である 0 だいたい、上の巻が発端、中の巻が 展開、下の巻が道行という構想をとることが多い。 まず上の巻からみると、舞台は大阪の船着場であり・、こ こで田舎者の清十郎の実父が、息子の傍輩である悪役の勘 十郎からだまされて悲劇の発端をつくり出している。お夏 と清十郎の恋は勘十郎の口から相当に進行していることが わかる。二人の恋愛のいきさつの発端から描かないで、既 に悲劇の頂点に近いところから描き始めている。このこと は、西鶴が、二人の恋物語を展開する前の清十郎の前歴と もいうべき場面を、五章のうち一章のスペースを使用じて いるのと比較してみると相当の圧縮である。しかし西鶴が 二人の恋愛を好色的に小説化しようとすれば、そのような 清十郎の前歴までも必要になるのであり、近松が浄瑠璃で もって、お夏と清十郎の霊を慰めるという目的のもとに脚 色する時には不必要な部分である。 上の巻は中の巻をスムーズに展開させるための準備段階 である。近松は勘十郎にお夏清十郎の事件がおこるべき原 同~ ~o

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-因をつくらせ、そして片手に、清十郎の境遇、お夏との恋 の置かれている位置など、展開に必要な条件を語らせるこ とによって、一挙にその務めを果させている。それは勘十 郎の口から間接に理解されるという形式をとっているため に、説明的、静的な印象を与えている。そしてまた、その ことは中の巻での盛り上りを助けているのである。 中の巻は、劇としては眼目の段である。舞台は但馬屋で あり、いよ/︿\お夏と清十郎は看客の前で悲劇を展開す る。世話物は中の巻で劇的最高頂点を一つ設けるのを常と する。しかし本作では、お夏と清十郎の蚊屋の中での密会 を源十郎が発見する場、清十郎が無実の罪を受けて勘当さ れる場、そして源十郎を殺して我身の最後的な破滅を導く という三つの緊張すなわち、劇的頂点を持っている o 発見 の場から勘当の場へと頂点は高くなり、殺し場において最 高の頂点をつくっている o 頂点を三つも設定し、それが次 第に高くなっていくに従って、看客も興奮の絶頂に達して くる。その直後に持って来たお夏の狂乱は成功である。 最高度にふくれあがった絶頂のま L 、下の巻に引き継が れる。狂乱したお夏と、清十郎の行方を追うため妹のお俊 と許嫁お三に歌比丘尼に身をやっさせての静かな道行の場 である。そこには上の巻から中の巻への進行にみられた自 然さはなく、断絶した感がある。山ばが中の巻の中間にな く、最後にきているのが原因である。しかし清十郎の殺人 という興奮の渦はゆるやかに静まりつ L 、清十郎成仏と同 時にようやく消えることになる。すなわち、中の巻の興奮 が強すぎたので、下の巻にも余韻として残っていき、中の 巻で静まるべきもの、が、干の巻でようやく落着きをみせる のである。そのような背景に、道行を構成しそこで歌謡を ふんだんに折り込み、道行としての持情性を醸し出してい る。道行の成功は歌謡を利用することによっている。それ は、お夏清十郎物語の主人公は必らず流浪するものである という看客の期待に応じたものであった。 この道行の場面で、本曲終了とすることができたなら傑 作といわれるかもしれない。しかし劇と

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て完結せねばな らない。事件の解決を完了しなければならない。非常な動 きをみせた中の巻の数々事件に終末をつけることは容易で なかった。それ相応の面倒な手続きを経なければならな い。この事務的な作業がせっかくの道行の野情性をこわし ているのが残念である。 -31-場面の表現 浄瑠璃において、各場面は、必らずしも戯曲全体と緊密 な有機的関係を持っていないにも拘らず、一曲の焦点的場 面として、看客の感動を強くうながす力を持っている。つ まり筋よりも、む

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ろ見せ場を中心に設定する場合が多い のであるが、ここで、勘十郎、が左治右衛門をだます場面、 四

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密会発見の場面、勘当の場面狂乱の場面、殺しの場面、事 件解決の場面を近松がどのように表現しているかみていき た い 。 勘十郎が左治右衛門をだます場面 清十郎の実父左治右衛門は、妹お俊、許嫁お三を連れて 大阪見物にやって来て、さて明日は出舟だという時、大阪 川口の船着場で勘十郎と出合う。そしてこの田舎者の老爺 が、但馬屋の悪手代勘十郎にうまくかたられ証文に印判を 据えてしまう。左治右衛門と勘十郎の出合いはあまりに も偶然すぎて不自然である。が、このような無涯な設定 も、三場面という制約から来る仕方のないことであろう。 この場面は劇的忘藤がすぐれているとはいえない。むし ろ写実酌な枯写が巧みである。だから、当時の君客には、 感動を与えなかったかもしれなレ。貧乏百姓の愚かな老爺 が、都会の悪人に船着場でまんまとだまされるという光景 は現在でも駅などでお上りさん対都会のごろつきという場 J 面であってよく見られるものである。そのような光景が実 によく浮き出ている。それは左治右衛門の描写がすぐれて い る と い う こ と 、 が 助 け て い る 。 近松は﹃難波土産﹄で次のようにいっている。 昔の浄るりは今の祭文同然にて、花も実もなきもの戚 りしを、某出て、加賀様より筑後稼へうつりて作文せし より、文句に心を用る事昔にかはりて一等高く、たとへ ば、公家武家より以下みなそれ/\の格式を分ち、威儀 の別よりして詞遣ひ迄其のうつりを専一とす。此のゆへ に同じ武家也といへ共、或は大名或は家老、その外稼の 高下に付てその程々の格をもって差別をなす。是れもよ む人のそれ/\の情によくうつらん事を肝要とする故 也 。 この場では、清十郎の父左治右衛門、が、いかにも田舎の 百姓らしい、町人に対する恐怖感、純心なゆえに人を疑う ことを知らない愚かさが、滑稽なまでによく表現されてい る 。 娘達に町の恐ろしさをいってきかせる件の お 隠 さ か け λ く わ お ほ か た さ う は き は も ん こ と す 大阪の晴一嘩は大方相場は極って﹄十文では事が済む、 け ん ︿ わ ふ り も め わ ど れ う た ち も L も と と 喧嘩は降物、税御寮達万一の事があったりと J b、いか去 く も ん き な カ カ ん に ん ま カ 臼 L L

点 。

九女半銭でも、堪忍はしめさるなと、主践に言ひしも殊 L ょう 勝 な り 、 とか、勘十郎に対する無沙汰のレいわけに、 し よ う じ ん び ん ぽ ひ ま も 巴 つ く り こ 之 い に い と ど き わ た 正莫の貧乏隙なし、品物作の事なれば、いや大根時の緋 ど き う り ま な す び っ く と ん ば ぼ た け ま 比 ば t 付 島 民 き ひ 時の、瓜を詰くは亦子を作るは、午喪畠豆昌、東よ一奈よ 左 ゐ ど き む ぎ ま あ か う く さ と 藍時ょ、安を蒔くぞ赤らむぞ、回を柏ゑては亭を取る、 陪 で ‘ も み す と め 穂が出れば刈りまする籾になれば磨りまする、米になれ 士 め し ば炊きまする鉱になれば食べまする・ と調子にのって馬鹿なことまでいわぜている。当時の百姓 に対して、近松はひどすぎるほどに皮肉っている。この種 - 32=-

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-の 皮 肉 は 、 せ が れ い の ち た す ゃ う ご し あ ん た む た て ま っ た れ に 枠が命助かる様に御思案頼み奉る、さりとでは誰に似 げ し ん わ る せ が れ ど こ き な て、下心の悪い枠めと、何処で聞いてかいふことム泣い く ど あ は れ て 口 説 く 、 そ 哀 な る ・ にもよくでている。下心の悪いという浄瑚璃のお定り文句 を、この愚かな田舎者にいわせているとは、近松もたいし た 皮 肉 屋 で あ る 。 当時は、なんといっても封建社会である。士農工商の制 は厳格であり、特に農民は、名義上は、土の次に位してい るけれども、実際は最もみじめなものであったらしく、斎 藤隆三氏は次のようにいっておられる。 幕府は素より農を尊ばざるにあらず、商を刈引けて農を 揚げつるはその始終の方針なりき、然れども要するに為 政者の重視せし所は、﹁農﹂なる一の業務にありてその 人にあらず、されば農を重視し保護せる丈げ其れ丈け之 に携ふる百姓に多く干渉し、殆ど機械視し動物視するま でには至りしなり。堂々たる法文にも﹁百姓は愚かなる ものに候へば﹂或は﹁百姓は分別もな︽先きの考もなき ものに侯故﹂といへるが如き語を成すに至りでは、軽視 し蔑視せるの甚だしきものといふベく・

. . .

門 司 二 ︶ このような時代に、池田弥三郎氏がいわれるように姓名を 近松門左衛門と変え、町人になりきろうと努力したとはい え、なんといっても作者が武家の出身であるということを 無視することはできない。そういう彼の限から見た﹁百姓 ﹂が実によく描かれている。 この場面は、左治衛門と勘十郎の交渉で終始している o 何の変化もなく進行するのである。看客の退屈をはらすた めに近松はよく適所で息抜きを入れるが、この場開では左 治右衛門にその役をやらせている。 道具屋は、左治右衛門の無理に強いとこんをみせようと つくろって詰めよるのを見破り、廻者に追いないという。 そ れ に 対 し て 、 を と と ま は し わ か と き こ ず ま ォ、男ぢやもの揮をせいでよいものか、若い時は小相 A ば ん ひ ね を と こ こ と ば ま は し 撲の一番も捻ったおれぢや﹄男に一ソがふ詞がある、樟か こ み す そ か ら む ね た 1 り き み い た か か L ぬか、来い見せうと裾表げ、胸を叩いて力身 け る ・ − と答える o 上品とは義理にもいえない。しかし、当時の看 客がかなりの教義があったといわれているものの、何とい っても大衆である o 息抜きには、こういう馬鹿げたものが 効果的であったのだろう o 注一﹁近世世相史﹂九三頁 注二日本歴史新書﹁江戸時代の芸能﹂ -33-一 一 二 頁 密会発見の場 舞台は但馬屋、お夏の気にいらない剥が決めた持参金め 2

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あての祝一吉も決まり、今日は新蚊屋の祝儀とて、屋中浮き /\している。そういう雰囲気は、お夏に一一層清十郎に対 する気持ちを強くさせている。そこに今まで商用で留守に していた清十郎が帰って来るや、お夏のせつない気持ちは ひ と と ま か そ か L げん 爆発してしまう。﹁人の来ぬ間にあの獄屋の際眼をせまい か﹂と皮肉にも蚊屋の中で契りを結んでしまう o ﹁ こ は ふ る 巳 る か ぜ ひ 、 と め L の も じ か や ふ\顧ふ春風も、人目を忍ぶ振子の蚊屋・・・・﹂とそこ には一程奇怪な描写が、何か次に起るのではないかとレう 期符と疋怖を誘い出しそうな雰囲気を持っている o そ こ に 突すお夏を呼びに来た内手代の源十郎に発見されてしま む ろ て う う。はっと気付いた時はもう遅レ。﹁はツと応、げし手もれ たれず﹂と具体的な拍写で、人形の動作が日に映るようで 日 λ ある o 発見されてもお夏は騒がす袖で隠し、﹁これ綜十 ら う そ む た を と こ ひ LZ あ せ い ぞ う み 此、﹃去方も豆万ちゃ引かせはせぬ、忍んで逢ふは寵十町見 の が た 一 も さ 士 す し さ L は は 遁しにして絵らぬか、沙汰をするなら為ると言や、幸ひ兄 、 理 C Z A す ぐ P A たち L 止す 杉も山肌処に怠る﹄直に二人が死ぬまで、サア臥けてたもる ご む き っ 1 乙 吐 L 4 b ん ろ 吋 た ま 日 よ 甘 み み か怒しゃるか、佐度した誓文で意らうと京身を見せず﹂責 めつけるのである。密会露見の瞬間のこのお夏の美しい強 い言穿は震客の胸に響いて来て、相当に反望、があったろう と思土れる。しかし、いくら手代に対してとはいえ、実際 こうも車い女性が存在するだろうか。それに現代ならとも かく、当時の封建社会においてである o 前 述 し た よ う に 、 作者は写実主義を称えている o にも拘らずこのお夏の言葉 1111 は現実性に乏しい o ここで﹃難波土産﹄の次の彼の一言葉に 注意する必要がある。 持瑠璃の文句みな実事を有りのま与にうっす内に、又 芸になりて長主ゃになき事あり。近くは女形の口上おはく 実の女の口上には得いはぬ事多し。是等は又芸といふも の に て 、 せ + R m u 女の口より得いはぬ事を打出していふゆへ 其の実情

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去らはる L 也。此の類を実の女の情に本づき て つ L みたる院は、女の底意なんどがあらはれずして、 却って慰みに立らぬ故也。さるによって芸といふ所ヘ 気を付けずして見る時は、女に不相応なるけうとき詞な ど多しとそしるべし。然れどもこの類は芸也とみるべ し 。 -34-写実を離れて↑設の女の得いはぬ事を打出していふ﹂よう に措くのも、そわによって感情や意志を、あらわに表現す ることを肝ら木はならなかった封建担会の女性の表情をあ らわし、軍第に居住に強く訴えるためなので怠る。﹁実﹂ に近く表監す之と点に一虚﹂でなければならない c 即 ち ﹁虚﹂にょっ屯人形に愛情を植えつけ、そして看客の感情 に 強 く 内 一 匹 か β 2 ¢ ﹁ 比 一 六 ﹂ を 訴 え る の で あ る o 実に﹁芸とレ ふものは安と d Mとむ皮膜の間にあるもの也﹂といった近松 の言葉がよく拒きている o 事 件 館 、 払 の 場 面 中の巻、が抜走した数々の問題を解決し、平安のうちに、 6

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~ t予 清十郎を成仏させてやりたいのが近松の情であった。持ち 込まれた問題が複雑な勘十郎らのいりくんだたくらみから 来たものであるから、下の迭だけで一度に解決するには、 それだけ一印刷川な手続きが必要であり、看客にとってはうる さく感じられるきらいがないではない。しかし殺人までや ってしまった市十郎を無事成仏させ、そして看容の同情を ひきょせるために、近松はいろ/\と苦心をしている。そ れは、市

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郎は盗人命の時民をかげられ、そして殺人主でや ってのげたがそれはあくまでも助十郎ら敵役のなすわざに よるのであり、決して清

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の身から出た罪ではない。と い ﹀ つ こ と で あ る 。 r h 一訟は幾度もそのことを中の迭で述、べて いるにかかわらず清十郊の口から、勘十郎のしわ、ざによっ て所刑されると君存に訴えている。 こ こ ろ か う さ つ し ゅ じ ん か ね り ゃ う ね F み 心にか tふるはこの高札、主人の金七卜丙盗むとは身に と お デ え あ ひ て か ん ら P っ き り こ ろ お も あ や ま 取って党な

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、相子助ト郎を斬殺さんと思ひしに、過つ ひ と ら ぷ の が ご ふ よ ろ こ こ ろ ご ふ な げ て人達ひ、活る与も業悦びならず、殺さる与も業歎きに そ 九 が し せ い ね ん さ い さ い ま る ほ う こ う L ゆじん あらず﹄某生年二十五歳、卜一歳の春より奉行し主人の は 亡 く な さ け あ き う ど み ち ひ と L 汲 り 庁 い の も ん じ も と す え ひ と な み 養育み情にて、商人の道一通芸能文字の一子十今よで、人並 λ な し う ご h う お ん あ 庁 く れ L う を し 込 ま か になったるも、皆これいね主の御高恩、明暮主の教に任せ お や か う れ う し う ち う し 上 う じ き ま も ど F U いつまり 親 に 孝 行 主 に 忠 ﹁ 只 正 直 を 守 っ て 、 一 一 一 一 日 を 偽 を い ふ ま じ ま い て う 亡 ん だ う う ち が み い 白 わ か も り が な と、毎朝天道氏神を祈りしかども﹄若き者の悲しさは、 た に い ま ひ と ふ し お も よ ぷ つ は ふ ベ ん 只今非業に死なんとは忠ひも寄らず、仏とも法とも一一温 h p u ぶ つ こ と い ま く や せ ん が た の、念仏なぜし事もなく、今の一口惜しさ詮方なく・. と か か ん ら う 品 ろ せ か い お の れ く ち せ 乃 ん て だ い やい/\勘十郎、広い世界を汝が口から、世間手代の な ら ひ ﹁ き 弘 正 く わ る 己 と な ら ひ L う 慣とは、えらが過ぎて聞憎い、悪い事を慣といは父、主一 ころ h o ヤ こ ろ が 、 、 空 ハ う 江 う せ ナ 七 な ら ひ ゆ る ひ と こ ラ わ が 殺し親殺し家焼遇政世間の慣と訴さうか、人を殺せば我 な し こ 31r い ら う り ゃ う り ゃ う 身も死ぬる、北青ト郊が七十両や八ト両の金に換へる命 だむ工 J 一 F L 也 つ 主 主 な さ げ ﹁ お も み でなし、日一郊の却色お夏伎の情に捨てうと思ふ身を﹄お くら h u 三 う そ 乃 う ら だ つ ひ と う ち のれが口一つこて勘当させた比︿恨 7でおのれを只に一討 し お 沿 ? λ リ し ず て こ な , 、 ち ど し 守 ュ 心 乙仕舞はうと思うたに、仕損うて口惜、ェー λ エ L 無念な くち E h h げ な つ き ま じ 引 い 日を利かする L d ァ、ハツ/ t\我らゆゑにお夏様の白書、 ゴ 同 ん だ ら 主 コ く 三 一 ぞ ま さ な さ け と し 御恩の旦那の憎しみも燃や増らん情なや、この

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一 ま で の 工与し乞うゴおん E う こ と ご く ろ う と と 御一届倒湖思か一淑ずる事もなく、御苦労たかくる事これぞ T み じ 3d り 黄泉の障となる・ とにかく清十郊の祈刑される原因は、活十郎の内部でな く、外部にあるの、だ、助ト郎らの仕業なのだということを 強調している。店十郎は殺人までやってしまった。しかし 勘卜郎の悪だくみがそれにも増して一石客に恋人としての印 象を強くするように迂訟は脚色している。近松の巧みな脚 色で、看客ぽしら、ずふ\のうちに、主人公に同情の念をょ せるのである。それ故に、清ト郎の叩拝金も弱点をも殆んど 暗所に葬り去って、敵役に対する増悪のみを著しく心眼に 浮き上がらせ、これがために、主人公をいわゆる悪人に対 する詩人の地位に推し進めるようにさえなるのである。当 時の道徳観念からして、主人公は善人でなくてはならなか - 35

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-ったのである o 冷静に読めば矛盾が目につくが、義太夫が語り、それを 耳で受けとるという浄瑠璃の観賞態度、それに筋が通った 物語というより、場而/\を重視した脚色であること等か ら、決して看客は不満足ではなかった−ろうと思われる o 事件の解決も、下の巻もバはや半ば過ぎの頃それも清十 郎の自害後、ようやくそのきざしが現われ始める。それま でお夏との対同を描き十分に看客の同情をよせようと仕組 んだのだろう伊れども、あまりにも間延びしている感を抱 かせる o 事件がなかば解決し、あとは勘十郎が白状すれば、 万事解決となるところまで進行しながら、なか/

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、勘十 郎に白状させない。清十郎と勘十郎の、たいして意味をな ぎない会話を含ませたりして、少々だれ気味な感を与える のである。大詰めになって、それこそ幕が降りる寸前に代 官職の機知にだまされて、勘十郎が白状する o これで勘十 郎は骨の髄から悪人であるという印象を看客に植えつけ、 L う は き ょ せ い ら う り し レ じ う 日 号 証 さ つ hF 一 ス 寸 妄 識 も 晴 れ つ 一 L A 清き清十郎、臨終顔も封薩のが、二 さ し L q 予 き う き な り と 十五歳の命は消えて浮名は今に残りける・・・・﹂と笑い のうちに清十郎の成仏、お夏の出家となっている。大詰の 事解解決の場において、登場人物全員を揃えてめでたし /\、で終っているところは、今だに歌舞伎の域から脱しき れずにいる名残りがみられる o ︵ 枚 数 の 関 係 上 、 第 一 章 第 四 節 勘 当 の 場 面 、 狂 乱 の 場 面 、 殺 し の 場 面 、 第 二 章 、 民 間 に お け る ﹁ お 夏 清 十 郎 物 語 ﹂ 、 第 三 章 、 第 五 節 登 場 人 物 の 想 定 、 第 六 節 、 ﹁ お な つ 清 十 郎 五 十 年 忌 歌 念 仏 ﹂ の 位 置 、 第 四 章 、 結 び 、 は 省 略 し た 。 ﹀ ・ ・ 昼...

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俳句から小説への道

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以 下 は 、 お 年 度 提 出 の 、 国 文 学 科 卒 u 議 論 文 の 抄 で あ る 。 論 文 の 性 質 上 ︵ 白 犬 証 研 究 で あ る た め ︶ ま と め る 事 は 困 難 で 、 あ れ も 、 こ れ も 、 と 整 理 が つ い て な い 感 じ も す る 。 大 筋 を 辿 っ た だ け で あ る こ と 故 、 自 分 で も 不 満 足 な も の と な っ た 。 不 明 瞭 な 点 は 、 研 究 室 で 、 製 本 さ れ た も の を 読 み 直 し で い た だ き た く 思 う 。 -36-研究対象の紹介 小説家としての虚子研究は、今迄盲点とされてきた。そ れは、虚子研究が主に俳壇内でなされていた事、稀に小説 家として研究されても、激石の陰になり勝ちであった事が 理由である o 虚子が小説家へ移行する動機、道程を実証す る事をテ 1 7 と し た 。

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