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フランスにおける団結権の課題 : 労働組合の代表権能をめぐって

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(1)

フランス1

  こ

労働組合の代表権能をめぐって

おける団結権の課題

大和 田

敢太

(1) (2) (3) (4) 世論調査から エール・フランス事件をめぐって 労働組合の組織問題

①CGTの動向から

②FEN−FSU問題

③失業者と労働組合

労働組合の再生論を  本稿は,フランスにおいて,1993年秋から1994年春にかけて,社会的に注目 を集めた労働運動の高揚のなかから浮き彫りにされた,フランスの団結権をめ ぐる問題状況の諸相を,労働組合の代表権能(代表性)の「動揺」と「再生」 という観点から,検討することを目的とする。この労働組合の代表権能に関す る問題は,近年の労働運動あるいは労働組合の「危機」論とも関連して,団結 権論の再検討とも結び付いているだけに,その分析は,フランスにおける団結 権論の根本にまで遡りうるものである。筆者は,すでに,別稿において,フラ ンスの労働組合運動の「危機」現象の一例証として,労働組合の「同一性」の        1) 危機をとりあげ,労働組合の「代表性」をめぐる問題点を指摘してきた。そこ (*)本研究は,日本学術振興会,国際交流基金,㈲民事紛争処理研究基金の助成による各 研究の成果の一部である。各研究助成にたいして,記して謝意を表する。 1)大和田「ミッテラン政権と労働改革」(西堀文隆編『ミッテラン政権下のフランス』(ミ ネルヴァ書房,1993)所収)249頁以下。

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2  彦根論叢 第290号 で,本稿では,個別的事例を素材としながら,労働組合の代表権能に関わる今 日的課題を明らかにして,今後の研究の手がかりとともに問題提起としたい。 (1) 世論調査から  まず,世論調査結果を手がかりに,今日のフランス社会において,労働組合 の地位や役割が,どのように評価されているのか,その傾向を捉えてみること にする。労働運動や労働組合が,世論調査の対象とされることは稀ではなく,

最近では,1994年2月に,最大手の世論調査会社SOFRESが実施した世論

    2) 調査がある。そこでは,「労働組合は,要求運動を強めなければならない。」と いう見解に,調査対象者全体では46%が,賃労働者では58%が,賛同している。 1992年調査結果では,全体で40%,賃労働者で51%であり,労働組合への期待 が高まる傾向にあることを物語っている。また,「労働組合が,近々,政府の行 動に反対するための抗議行動を呼びかけたならば,参加する意思があります か。」の設問には,全体では27%,賃労働者では37%が,肯定している。後述の CSA調査での類似の設問での比率に比べれば低いものの,運動参加意思の比 率は,相当に高いものがあり,私学援助問題,漁業政策,青年最賃制度などの 最近の政府の政策への反対運動の高揚の基盤と言えよう。

 このSOFRES世論調査以上に,興味深いのが, CSA社の世論調査であ

る。このCSA調査は, CGTの委嘱により,「フランス人における,労働組合       3) およびCGTのイメージ」を調査目的として,実施されたものであるが,この 調査は,フランス社会における労働組合の地位や役割の現状の全体像を明らか にすることに成功している。調査結果もさることながら,以下に一部紹介する ような内容の調査項目を設定したという事実自体に,労働組合側の現在の問題 意識が,如実に現われていると言ってよい。膨大な調査結果の中の一部しか紹 2)1994年2月4−7日,1,000名対象に実施。Liaisons sociales, No 11631 du 22 f6vrier 1994, p. 2. 3)1993年7月1−3日,18歳以上の1,004名対象に実施。CSA, L’image des syndicats et de la CGT aupres des Frangais.

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〈表1:以下の組織は,あたなの利益を擁護するために,どの程度信頼できますか。〉 大変 M頼できる やや M頼できる あまり M頼できない 全く M頼できない 無回答 10 51 20 12 団体 61 32 7 7     31 29      20 企業内の職階制度 38 49 13 7     29 31      25 労働組合 36 56 8 3     14 33      45 政党 17 78 5 (単位%) 介できないのが残念であるが,本稿と直接関連する部分をとりあげてみる。  表1によれば,労働組合への信頼度(「大変信頼できる」と「やや信頼できる」 の合計)は,36%で,政党(17%)よりは上回っているものの,団体(61%) にははるかに及ばず,企業内の職階制度(38%)にも後塵をきしている。36% の回答者が,労働組合に信頼を寄せているという結果は,日本の一般的な状況 からすれば,かなりの高水準であるとも考えられるが,やはり,問題は,信頼 度において,団体の下位であり,企業内の職階制度と同程度となっていること であり,このことは,労働組合への信頼度は,相対的に高くはないという評価 が,フランス社会において受け入れられていることを意味する。このような傾 向は,調査対象者の雇用分類で,労働者の回答結果においても,際立った違い はない。信頼度と非信頼度でみると,「公営・国営企業部門の賃労働者」では, 団体(66%一30%),企業内の職階制度(36%一55%),労働組合(38%一59 %),政党(13%一85%)となっており,「私企業部門の賃労働者」では,団体 (58%一36%),企業内の職階制度(39%一56%),労働組合(33%一62%),政 党(12%一83%)である。  ところで,この設問において,対象となる「団体(association)」について は,政党および労働組合以外の,利益を擁護する組織・結社は広範に存在する

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4  彦根論叢第290号 が,回答者が,どのような種類の「団体」を念頭においているのかが重要であ ろう。その点について,調査報告書では,直接的な言及は全くないが,調査を 準備した労働組合側の問題関心は,近時,労働組合との関連が問題となりつつ ある「調整委員会」に向けられていたことは確実である。それは,次に引用す る設問(表2)からも窺われることである。表1の設問の「団体」への信頼度 と表2の設問の「調整委員会」の評価との関連性に注目するところであるが, そのクロス集計がないので,ここでは,これ以上立ち入らない。  〈表2:労働争議や社会運動の際に,調整委員会が設けられることがあります。      この調整委員会は,労働組合にとって,どのような存在でしょうか。〉 調整委員会と労働組合の関係 全体 使用者 上級 ヌ理職員 中間的 ヌ理職員 事務 E貝 現業 J働者 退職者 競合的であって,調整委貝会は, 凵Xに労働組合に取って代わる 23 25 32 28 20 26 21 補充的であって,調整委員会は, 齊椏Iに労働組合の分裂を克服する 50 41 56 60 53 42 49 無回答 27 34 12 12 27 32 30  (単位%〉  表2は,その調整委員会と労働組合の関連を問うたものである。このような 質問項目を設定したこと,むしろ設定せざるをえなかったこと自体に,労働組 合が直面している問題状況がよく現われているであろう。調査結果によれば, 一般的には,労働組合と調整委貝会との関係を,「補充的」とし,その共存に好 意的である。職種別の集計結果では,管理職員層を除いて,無回答の比率がか なり高いが,無回答者を除外して,回答者のなかでの「競合的」と「補充的」          4) との比率を算出すると,「使用者」では,「37.8%(「競合的」)一62.1%(「補充 的」)」,「上級管理職員」では,「36.3%一63.6%」,「中間的管理職員」では,「31. 8−68.1%」,「事務職貝」では,「27.3%一72。6%」,「現業労働者」では,「38. 2%一61,7%」,「退職者・非就業者」では,「30.0%一70。0%」となる。このな 4)調査報告書では,「使用者」は,回答数がすくないため,その集計結果の分析には注意を 要するとの断り書きがあるが,本稿では,一応の参考値として,「使用者」の集計結果も引 用する。なお,調査全体を通じて,「上級管理職貝」には,「自由業」従事者を含む。

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かで,「事務職員」の「補充的」の比率と,「現業労働者」の「競合的」の比率 が,抜きんでていることが特徴的である。このような傾向の背景には,この間 の調整委員会運動が,最も成功裡に展開したのが,医療関係者の運動であった こと,他方,労働運動の伝統的理念が,「現業労働者」中心の労働組合主義 (ouvri6risme)であったという事情が指摘されよう。また,管理職員(encadre− ment)の労働組合運動の存在が,管理職員層の回答での「競合的」の比率の高 さを説明しうるであろう。   <表3:あなたの企業あるいは職場における,労働組合の影響力について,       どのように考えますか。〉 より大きな影響力を及ぼすことを望む 40 あまり影響力を及ぼさないように望む 16 影響力の増大も減少も望まない 19 無回答 25         (単位%) 〈表4:今後,社会的成果は,法律や団体交渉によって,全国レベルで獲得されるでしょうか,     あるいは,各企業あるいは事業所において,地域レベルで獲得されるでしょうか。〉 法律や団体交渉によって,全国レベルで獲得される 33 各企業あるいは事業所において,地域レベルで獲得される 48 無回答 19     (単位%)  次に,労働組合の役割・機能についての調査が,表3および表4である。表 3は,企業内での労働組合の役割に関するものであるが,職種によって,最も 評価の分かれた設問である。「より大きな影響力を及ぼすことを望む」ものの比 率の高い順にみると,「現業労働者」(58%),「中間的管理職員」(53%),「上級 管理職員」(43%),「事務職員」(43%),「退職者・非就業者」(35%),「使用者」 (19%)である。また,雇用分類で,「公営・国営企業部門の:賃労働者」では52 %,「私企業部門の賃労働者」では46%が,企業内での労働組合の役割の増大に 期待している。概ね,半数近くが,企業内での労働組合の機能に積極的役割を 認めていると言ってよいであろう。このことは,表4の結果とも合致するので

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ある。すなわち,全体では,48%の人が,「各企業あるいは事業所において,地 域レベルで」社会的成果が獲得されるとしており,職種別の比率は,「事務職員」 (56%),「中間的管理職員」(50%),「現業労働者」(49%),「上級管理職員」 (49%),「退職者・非就業者」(46%),「使用者」(39%)である。もとより, 表4において,「各企業あるいは事業所において,地域レベルで(社会的成果が) 獲得される」ことは,企業内における労働組合の積極的役割を認めることに, 必然的に結び付くものではない。とりわけ,フランスの企業内労使関係制度に おいては,労働組合の地位と役割は,制度面および実態面からして,かなり限 定的であるという事情を見逃すことはできない。このような状況の中で,表3 の設問と表4の設問を連続して設定した調査主体である労働組合側の意図は, 充分に理解できよう。ここには,企業内労使関係における労働組合の影響力の 低下(代表権能の危機)というフランスの労働運動・労働組合が直面する「危 5︶ 機」の分析を通じて,労働組合の代表性と規制力についての可能性を判断しよ うとする企図が読み取れるであろう。      〈表5:労働組合運動の危機について,どう考えますか。〉 危機は,永続的であり,労働組合は,衰退していく 52 危機は,一過性であり,労働組合は,より重要な影響力を回復する 35 無回答 13   (単位%)  フランスの労働運動・労働組合の「危機」に関しては,直接的に質問の対象 となっている(表5および表6)。表3での労働組合の影響力の増大を望むもの の割合(4Q%)は,表5での「危機は一過性であり,労働組合は,より重要な 影響力を回復するであろう」とする比率(35%)とほぼ合致しており,「危機」 の克服の鍵を,企業内労使関係における労働組合の役割の重視に求める見方も, ここに,一定の根拠を見いだすことができよう。他方,「危機は永続的であり, 5)フランスの労働運動・労働組合の「危機」現象については,大和田・前掲論文244頁以 下,長部重康「フランスにおける労使関係の変貌と労働運動の危機」(大原社会問題研究所 雑誌第420−421号,1993.11−12)47頁以下参照。

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労働組合は,衰退していくであろう」とするものの比率に関しては,職種別に みると,「使用者」(64%),「上級管理職員」(59%),「中間的管理職員」(56 %),「現業労働者」(55%),「事務職員」(51%),「退職者・非就業者」(50%) となっている。今日の労働運動・労働組合の「危機」が,「現業労働者」中心の 労働組合主義の「危機」と評されるように,「現業労働者」のなかでの比率の高 さが特徴的である。       〈表6:労働組合は,今日,危機に瀕しています。       その主たる原因は,何であると考えますか。〉 その政治主義化 40 その活動方法 20 失業 39 その戦闘性の欠如 16 個人主義の増大 27 その代表委員の能力不足 15 危機の解決法の欠如 26 指導者 12 賃労働者の問題意識との乖離 24 反組合攻撃 10 労働組合の分裂 24 無回答 6   (単位%:複数回答可)  表6における「危機の主たる原因」については,「労働組合の政治主義化」 が,40%の回答者から選択されている。この問題は,とりわけ,1981年の「左 翼政権」の登場以降,政治権力と労働組合との関係,労働組合と政党との関係 をめぐる問題とも関連し,重要な論点をなしており,別個に検討の課題とされ なければならないが,ここでは,所属あるいは支持する労働組合によって,そ の比率にかなりの相違が見られることを確認しておく。「労働組合の政治主義 化」を選択したものの比率は,CGT加盟組合員で27%,他の労働組合員では 39%,加盟していないものでは41%である。また,支持する労働組合別では, CGTが30%, FOが41%, CFDTが47%,他の労働組合が57%,「支持なし」

が39%である。CFDTを支持するもののなかでの比率が高いのは, CFDT

第41回大会での,「脱政治主義」路線の選択と密接に関連しているであろう。  このように,労働運動・労働組合の前途は,一見悲観的ともみえるが,表7 は,別の展望と可能性を与えるであろう。とくに,「示威運動」の参加意思の比 率の高さは,フランス社会に根強くのこる「直接行動」的問題解決志向性の現

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彦根論叢 第290号   く表7:あなたの利益を擁護するために,       以下の行動に参加するつもりはありますか。〉 参加する意思がある 参加する意思はない 無回答 請願署名 77 16 7 示威運動 55 39 6 ストライキ 43 42 15 組合加盟 41 49 10 職場占拠 27 54 19     (単位%) われであり,また,「ストライキ」や「職場占拠」への支持は,一度争議が開始 されれば,労働組合組織の枠を越えた参加がみられ,頻繁に「職場占拠」型の 争議が展開されることの裏付けであろう。  以上,CSA調査結果を抽出し,その特徴点を概観してきたが,フランス社 会のなかで,労働組合の代表権能をめぐっての問題意識が,明確に醸成されて いることが確認されよう。 (2) エール・フランス事件をめぐって  1993年秋,フランス社会を揺るがせた大争議が,エール・フランス事件であ る。ストライキの影響で,日本とパリを結ぶ航空便が,欠航したこともあって, その模様は,わが国でもニュースとして報道された。争議の発端は,大規模な 人員整理を柱とする大合理化計画であるが,EC統合に伴う,資本や商品,そ して人の「移動の自由」の促進が,欧州の各航空会社間の提携・再編を必然化 しつつあるなかで,エール・フランス社が,そのような欧州規模での航空業界        6) のりストラ再編に乗り遅れてしまったという事情が背後にあるだけに,労使紛 争自体が,解決されたわけではなく,今後の推移を注意深く見守る必要があろ う。本稿では,エール・フランス事件を,労働争議の事例研究の対象としてで 6)1994年5月に表面化した,イギリスの航空機の「強行着陸」という事態の一歩手前まで 行った,フランスの航空会社が半独占的に使用しているオルリー空港の「開放」をめぐる 問題,それに関連するエール・アンテール社の争議もその一例証である。

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はなく,別の視点から,すなわち,フランスの企業内労使関係における労働組 合の地位の低下を象徴する事例として,労働組合の代表権能の限界性を露呈し た事例として,紹介し,分析の対象とする。その意味で,争議の展開過程全体 の詳細な追跡は,省略するが,重要な事実にかぎって列記し,争議の展開過程        7) の特徴点を整理しておく。  <争議の推移>  9月15日 会社側は,1994年末までに,4,000名の従業員の削減を骨子とする収支改 善案(PRE2)を発表する。運輸大臣は,この提案に同意を与える。  10月12日 FO・CGTの提起により,公営企業部門での,全国的行動が組織さ れ,エール・フランスの労働者も参加,罷業が始まる。貨物部門では職場占拠が始ま る。  10月16日 会社側は,労働組合に,PRE2の具体案を提示。  10月18日 滑走路の占拠が始まり,パリ発の飛行便が欠航。罷業運動が高揚・続 行。  10月24日 運輸大臣は,PRE2の撤回を発表。同案に固執するアタリ社長は,辞意を 表明。  10月26日 エール・フランスおよびエール・アンテールの労働者が,総罷業。エー ル・フランスの業務は,全面的に麻痺。政府は,エール・フランスおよびエール・ア ンテールの社長の更迭を決定。  10月29日 労働再開が,一部で始まり,正常化され,た飛行便数が徐々に増える。新 社長は,罷業参加者と現場で会見し,合理化案を白紙撤回することと罷業参加者への 責任追求をしないことを確約。  11月8日 新社長と労働組合の問で,交渉形態をめぐる折衝が始まるが,難航。  以上のメモにも記したように,争議が大規模に広がる転回点となったのは, 10月12日の「全国統一行動」であった。CFDT中央は,この行動への不参加 7)事実経過については,CGT(Le Peuple), C F D T(Syndicalisme)およびFO  (HEBDO)の労働組合機関誌および新聞の一連の特集記事参照。

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10  彦根論叢 第290号

を表明していたが,そのCFDT加盟組合, FEN・FSUを含めた多くの公

営企業部門・公務員部門の労働組合の行動日となり,エール・フランスの労働 者もその運動の一翼を担った。この運動を画期に,エール・フランスの争議が 急進展し,とくに,争議の展開のうえで重要な意義を占めていた職場占拠が開 始されたことは,本エール・フランス争議の開始における労働組合の重要な役 割を認めざるをえない。しかし,争議のその後の展開においては,労働組合の イニシアテiヴは発揮される余地がなかった。もちろん,組合横断的な罷業参 加者の集会によって,争議の運営がなされたということは,フランスでは例外 的な現象ではない。というのは,このような「罷業委員会」という形態の組織 が争議の運営・指導機関となる事実自体は,フランスにおける団結形態として        8) の「コアリシオン」の一典型例であって,フランスの争議一般に共通した特色 だからである。本事件において注目されるのは,合理化案の撤回と社長の辞任 が決定し,争議が労働者側の勝利に確定した後,罷業参加者の「労働再開」の 決定とその後の新社長と労働組合側との交渉舞台の設定をめぐる問題と,そこ における労働組合の介在と役割である。  前者の「労働再開」の手順と手続きに関しては,労働組合の意向は重視され なかった。それどころか,一部の労働組合組織が,「労働再開」を決定したにも 拘らず,罷業参加者は,それを拒否あるいは無視し,運動を継続したのであっ た。12月まで罷業が続いた機内食部門では,会社側が,従業貝にたいして,「労 働再開」に関する郵送による賛否投票を組織し,87.8%の賛成を集約し,争議 終結にこぎつけたのであった。この会社側の対応に,組合代表(DS)は,反 対投票を組織するにとどまった。  他方,新社長と労働組合側との交渉に関して問題となったのは,交渉当事者 として,労働組合組織とともに,「(従業貝から選出される)全従業員の代表者」 を列席させる問題であった。罷業参加者の間から,自分達の代表を,従業員の 8)「コアリシオン」とは,「永続的団体としての性格をもつものではなく,争議状態をも含 む,一時的な労働者の集団活動」と定義される。大和田「フランスにおける罷業権の生成 過程についての一考察(一)」(法学論叢第102巻2号,1977.11)93頁参照。

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代表という資格から,労働組’合組織(企業内労働組合支部・企業内労働組合) と同列で,交渉に参加させるという要求が出され,労働組合側も,その要求の 「正統性」を認めたのであった。  これらの経過を通じて明白になった事実は,企業内の争議に象徴される,企 業内労使関係における労働組合の地位とりわけ労働組合による従業員の代表権 能の低下である。ル・モンド紙は,本件エール・フランス事件について,「労働 組合の姿は見えたが,影響力はなかった(pr6sents mais absents)。」と論評し, 「この争議は,労働紛争の古典的な規範すべてからかけ離れていた」と評価し 9︶ た。特に,「従業員から選出された代表者」の団交出席要求は,「労働組合が, その固有の存在価値,その独自の正統性,その代表権能にもはや確信を持てな くなっている」ことを立証したものであり,「代表的労働組合」というフランス        10) の労使関係制度の基盤の脆弱さを強調するものとなったと指摘する。このよう な状況は,当然,労働組合の側にも,深刻な自省を迫るものであった。一例を 挙げれば,FO機関誌は,率直に,「労働組合の役割」と題する論説を掲載し,       11) 「労働紛争の古典的な規範」の重要性の確認を試みたのであった。また,整備 関係などの地上職従業員と客室乗務員や運航乗務員などの乗員従業員という異 なる職種を組織対象として包含する労働組合組織のあり方と各職種によって異 なる要求運動との関係についての問題提起や,労働組合と政党との関係をめぐ る問題についての発言なども登場したが,これらの問題については,別項でふ れることとする。本稿では,新たな法的問題として表面化しつつある別の問題 に注目する。それは,争議終結後,新たな合理化案の作成過程で登場した「従 業員による全員投票」問題である。若干の事実経過を整理しておく。 <新合理化計画の策定> 12月15日 会社側は,新計画策定のために,約42,000名の従業員に質問票配布。 9) Le Monde du 6 novembre 1993, p. 22. 10) Le Monde du 4 novembre 1993, p. 25. 11) Force ouvriere HEBDO, NO 2179 du 4 novembre 1993, p. 16.

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12  彦根論叢 第290号 (1994年)  2月15日 35%の従業員が回答した上記質問票の結果について,全従業員に資料を 送付し,新計画について,趣旨説明。  2月28日 上記資料・説明を労働組合側に提示。  3月26日 再建基本計画について,会社側と労働組合間の団体交渉。  3月31日6組合が,基本計画協定に署名するが,8組合は,拒否。そのため,会 社側は,全従業貝投票実施。  4月11日 投票結果公表。       投票率 83.5%(投票有資格従業員数42,645名中35,628名投票)       賛成  81.3%(28,951名)       反対  16.5%(5,886名)       無効   2.2%(791名)  7月1日一5日 労使基本協定正式署名(12組合)・発効  会社側は,新たな計画の策定にあたって,全従業員を対象としたアンケート       12) 調査を実施した後,作成した計画案を,まず,各従業員に提示した。その後に, 労働組合組織との交渉に入り,再建基本計画を労使協定として,各労働組合組 織に同意を求め,基本協定文書への署名を要求した。エール・フランス社内に は,「代表的労働組’合」は,14組織存在したが,すべての労働組合が,この労使 基本協定に署名しない場合には,会社側は,この再建基本計画の賛否を,全従 業員を対象とした全貝投票にふするとしたのであった。結果的に,8組合が署 名拒否したため,全員投票が実施され,上記のように,81.3%の従業員が,再 建基本計画に賛同したのであった。会社側は,この再建基本計画が,8労働組       13) 合によって反対されているため,労使協定として法的には発効したが,実質的 12)その骨子は,政府からの援助を前提とし,従業員株の取得を条件に賃金凍結(3年間)  ・労働時間延長・人員削減(5,000名)・保有機数の削減・関連ホテルの売却などである。 13)当初協定に署名しなかったCFDTは,「全貝投票」実施中の4月6日,労使基本協定に  同意した(労働法典第L132−9条による,「加入」手続き)。その後,6月には,運航乗務員  の3労働組合と客室乗務員の2労働組合も,労使基本協定に合意し,署名することになつ  たため,最:終的に,署名を拒否したのは,CGTの2労働組合である。

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実効1生を確保できない恐れがあったために,従業員の全員投票により,支持を 得たことを根拠に,計画の実行を保証されることになったのである。  この「従業員による全員投票」は,前述のように,12月段階で,争議終結の ための手段として,会社側により利用されたことが明確に示しているように, 労働組合の「頭越し」に,従業員の意向や支持を取り付けることができる可能 性があるだけに,企業内の労働組合の存在価値を根底から覆しかねない問題で ある。しかも,最近,「不況」を背景とした合理化案の作成に絡んで,「従業員 による全員投票」の実施によって,労働組合の抵抗を封じ込め,とくに人員合 理化を進めようとする動きが目立っているだけに,今回のエール・フランス事        14) 件での「従業員による全貝投票」の実施は,その先鞭をつけたものとして,本 稿で,特に注目する由縁であるが,フランスの研究者の間でも,最近,その重        15) 要性が認識され,論議の対象となり始めていることも,偶然の符合ではないの である。「従業員による全員投票」問題についての全面的な検討は,別の機会に 譲るとして,本稿では,以下,簡単に,その問題点を指摘するにとどめる。   「従業貝による全貝投票」は,本稿で対象としている使用者によって提起さ        16) れるものと,労働組合あるいは企業池貝会によって組織されるものがある。後 者の労働組合あるいは企業委員会による,「従業員による全員投票」は,一種の 14)エール・フランス事件以前の,「従業員による全員投票」の事例では,マルタ・アリス社  において,経営者側から,部分的失業(操業短縮)を回避するために,有給休暇の先行一  斉取得が計画されたが,労使協定化できなかったため,全員投票が実施され,従業員が「合  意」した例(Liaisons sociales, Num6ro sp6cial, avril 1992, Cong6s pay6s, p.40.)があ  るが,労働組合の合意取り付けに失敗し,労使協定が締結できなかったために,その代替  手段として実施されたところに,「従業貝による全員投票」の役割が象徴的に現われている。 15) Jacques Barthelemy, Le r6ferendum en droit social, Droit social, NO 1, janvier 1993,  p. 89. ; Jean Grimaldi d’Esdra, Nature et r6gime juridique du referendum en droit  social, Droit social, NO 4, avril 1994, p.397.; Marie−Armelle Souriac−Rotschild,  Regards sur le r6f6rendum, Liaisons sociales, Mensuel, NO 84, decembre 1993, p. 88. ;  Fr6deric Lemaitre, Les r6ferendums se banalisent, Liaisons sociales, Mensuel, NO 83,  novembre 1993, p. 78.なお,「最:近のフランスにおける雇用及び労使関係の展開」(J I L  国際講演会講演録第16号,1994.6)11頁以下(Xavie Blanc−Jouvan W告)参照。 16)Fr6d6ric Lemaitre, op. cit.は,労働組合が,この「従業員による全員投票」という戦  術を重視していることを指摘している。

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14  彦根論叢 第290号 「意向投票」の性格を持つ。特定の労働組合による単独の「全員投票」の実施 が,「組合複数主義」との関連で問題になりうる余地があることを除いては,少 なくとも,代表的労働組合が,労働協約・協定に署名しているかぎりは,「従業 員による全員投票」の実施,そしてその結果の如何は,労働協約・協定の実効 性に影響を及ぼすものではない。しかし,使用者による「従業員による全員投 票」は,単なる「意向投票」にとどまるものでなく,実際の機能として,労働 協約・協定に代替するものとなっており,重大な問題点をはらんでいる。  確かに,「全員投票」は,フランス憲法においても重要な地位を占める民主主 義的制度(「国民投票」)であり,その系譜に属するものとして,「従業員による 全員投票」が,「賃労働者の直接的かつ集団的表現形式」という位置づけを与え        17) られることは可能であるが,フランス法は,この使用者による「従業員による 全員投票」を,二つの事例において制度化しているにすぎない。従業員の利益

     18) 19)

参加の制度化および退職手当制度の実施・変更手続である。しかし,これらの 二事例を例外として,フランス法は,「従業員による全員投票」を,企業内の規       20) 範設定制度として認めていないと指摘されてきたところである。その根拠には, 憲法上の,団体交渉・労働協約の権利の承認という背景もあるが,なによりも, この方式による,企業内の規範設定機能を承認することは,労働組合のみなら        21) ず企業委員会をはじめとする企業内従業貝代表制度全体の機能の軽視さらには 否認につながるからである。とりわけ,労働組合については,企業内労働組合 17)1982年8月4日法による「発言の権利」は,一種の「賃労働者の直接的かつ集団的表現  形式」であるが,「従業員による全員投票」がこの「発言の権利」の一態様と位置づけられ  うるものかどうか,検討の余地があろう。 18)1986年10月21日目ルドナンス第1条・11条。利益参加制度め実施要件の一つとして,「従  業員による全員投票」の三分の二以上の賛同を定める。 19)社会保障法典eg L 731−1条。対象賃労働者の過半数の賛同により,退職手当制度が,設立  あるいは変更されることができる。判例によって,この「全員投票」結果は,企業協定と  同視されている(Soc.,5janvier 1984, Droit social, No 3, mars 1985, p.192.)。 20) Yves Chalaron, Negociations et accords collectifs d’entreprise, LITEC, 1990, p. 148. 21)フランスの企業内従業員代表制度については,大和田「ミッテラン政権と労働改革」256  頁以下参照。同論文のフランスの企業内従業貝代表制度の一覧表(260頁以下)では,「従  業員による全貝投票」を対象としていないが,追加すべきか,検討を要する。

(15)

権の承認と定着をめぐる長年の苦難の末に,企業内での労働組合の存在価値が 認められてきただけに,「従業員による全員投票」の濫用ともいえる活用の傾向 は,企業内での労働組合権保障という歴史的意義を減殺させる恐れがあるもの        22) との警戒心は解けないのである。 (3) 労働組合の組織間題  これまで,主として,労働運動あるいは労使関係に注目してきたが,次に, 幾つかの労働組合の組織問題を通じて,フランスの労働組合の代表権能をめぐ る問題の他の側面を見ることにする。

 ①CGTの動向から

 エール・フランス事件で問われた,労働組合運動の問題点として,先に,地 上職従業員・客室乗務員・運航乗務員といった航空産業に従事する多様な職種 の労働者の,多様な要求の統合化にたいする,フランス労働組合の組織形態の 22> 「従業員による全員投票」と労使協定(労働協約・企業協定)および労働組合の関係を  分類化すると,以下の3類型に大別される。(a)労使協定代替型 労使協定が締結されて  いない場合に,その役割を代替するが,労使協定未締結の主たる原因に関して,団体交渉  の決裂により労使合意の条件を欠き,労使協定の締結が不可能となる場合(註14の事例)  と,「代表的労働組合」不在により労使協定締結の可能性がない場合に分かれる。 (b)労使  協定共存型 エール・フランス事件が典型的であるが,労使協定は,一部の「代表的労働  組合」との間に,一応締結されているが,未署名の「代表的労働組合」による「拒否権」  を封じ込める役割をはたす。 (c)労使合意実施型 「従業員による全員投票」の実施につ  いて,労働組合の同意が存する場合であるが,労使協定に関し存在・不存在の両方の可能  性があるし,労働組合の同意についても,全体ではなく一部の組織の可能性もある。いず  れの類型でも,「従業貝による全貝投票」の対象事項の法的性格(法律上の協約事項や協約  による労使協議手続の存在)の問題もあるし,労使協定の要件・効果論や「労働組合複数  主義」の評価にも絡み,複雑な問題状況を呈することになる。   なお,最近の世論調査によれば,「企業内での全員投票」方式に,賛成80%,反対13%と  いう結果が報告されている(Liaisons sociales, No 11672 du 21 avril 1994, p.3.)。労働組  合の側からの反応は不明であるが,ノタCFDT書記長は,「全員投票」が,フランスの流  動的な社会関係において,「舗装」の役割を果たしていることを認めつつ,「使用者のイニ  シアティヴによる全員投票が一般化する」ことには懸念を表明している(Le Quotidien du  19 avril 1994, p. 3.).

(16)

16  彦根論叢第290号 適応性を挙げた。その背景には,フランスの労働組合の組織構造が,一般的に, 職業別と形容される産業別組合組織を重視し,その外縁に,職種別組合組織を 位置づけてきたという伝統的傾向がある。しかし,労働条件の細分化と多様化, 企業レベルでの労働条件決定の重要性などの事情は,多くの労働組合組織に, 組織構造の手直しを求めることとなり,職業別組織形態の重視という,伝統的 傾向の変更を迫ってきた。他方,企業内労働組合活動は,企業内労働組合支部 という形態で,立法上保障されるに至っているが,この企業内労働組合支部は,        23) 労働組合の企業内への「アンテナ」と位置づけられ,企業内での固有の法的存 在(法人格)を否認されているため,企業内の問題への適応性の不十分さが指 摘されてきた。このような状況のもとで,いわゆる「企業内組合」が,企業レ ベルでの職種別組合とととも,増加する傾向が見られるのであった。  このような新しい傾向の中にあっても,伝統的な職業別労働組合という組織

原則を堅持してきた労働組合が,CGT出版労働組合であった。このCGT出

版労働組合(Syndicat g6n6ral du Livre)は,名実ともに,1936年以来,出版 業界の一般労働組合として,多様な職種の労働者を包含してきた。その出版労 働組合において,職種間の利害対立が表面化した。発端は,印刷技術の近代化 に伴う,職種転換と早期退職問題であった。そして,1993年秋,印刷・輪転機 部門の労働者が,職種別労働組合(syndicat de m6tiers)を設立するという計        24) 画を,秘密投票で決定したのであった。この印刷・輪転機部門の労働者の職種 別労働組合設立の提案にたいして,ヴィアネCGT書記長は,「職種間の対立 は,組合分裂よりも不幸である。」と応酬し,双方の間で,激しいやりとりが繰 り返された。最終的には,分裂必至と見られていた1994年1月の出版労働組合 の大会で,印刷・輪転機部門の労働者が,提案を撤回したため,当面の独立は 23) G6rard Lyon−Caen, Les groupements et organismes sans personnalite juridique en  droit du travail, Travaux de 1’association Henri Capitant des amis de la culture  juridique frangaise, Tome XXI, 1974, p. 20e. 24)96.6%の圧倒的多数の賛同を得た。一連の事実経過については,以下参照。Le Monde  des 23 novembre 1993, p. 18, 6 janvier 1994, p. 14 et 7 janvier 1994, p. 15.; Liaisons  sociales, NOS 11598 du 6 janvier 1994, p,2 et 11609 du 21 janvier 1994, p. 4.

(17)

見送られたのであった。  この出版労働組合をめぐる一連の動きは,上記のエール・フランス事件で露 呈された,多様な職種の労働者の,多様な要求を統合すべき労働組合の代表権 能の限界性が,組織問題として現われたものとして,特記されるのであるが, 最近のCGTの組織問題をめぐって,最も話題1生に富んだのは,むしろ,次に       25) 取りあげる,CGTのオバディア書記の共産党中央委員不再選問題である。フ ランスの労働組合にとって,解決困難な最も根本的な課題である「労働組合と 政党」の関係をめぐる問題である。  従来から,CGTの書記長は,フランスi共産党(PC)の政治局員に就任し, さらに,総同盟書記の主たる幹部が,政治局員であるとともに,少なからぬ幹 部が,PC中央委員に就任していた。 CGT書記長とPC政治局員の兼務を核 とする,CGT幹部とPC中央委員・政治局員の兼務は, PCの労働組合対策 の組織的保証であり,CGTの側からは,その「政治主義」路線を具現する人 事制度となっており,CGTとPCとの緊密な組織的関係の証しであった。  PCは,1994年1月に第28回大会を開催したが, CGT管理職員・技術者労

働組合(UGICT)書記長だった1982年以来PC中央委員であったオバディ

アCGT書記は,大会直前の12月23日付けのマルシェPC書記長宛の書簡で, 新中央委員会には加わらないことを明らかにした。その書簡の中で,オバディ ア書記は,「同次元の決定権限を有する政党の政治的役職と労働組合の役職を兼 務するという,これまで曖昧にされながら,時に論議の的となってきた状態を 継続することは,有害であると考える。というのは,このような状況は,多く の賃労働者の間に,労働組合の独立について疑義をかきたてており,この労働 組合の独立の原則が,民主主義の活性的な実施のために基本的な条件と受け取 られている(だけに放置できない)」と指摘し,「労働組合の独立」の原則を理 由に,CGT書記とPC中央委員の兼務に反対したのであった。インタヴュ記 事では,より明確に,「同一の決定次元の政党の役職と組合役職の兼務は,CG 25) V., Liaisons sociales, NOS 11593 du 30 decembre 1993, p. 2, 11601 du 11 janvier 1994,  p. 3 et Mensuel, NO 86, fevrier 1994, p. 29.

(18)

18  彦根論叢第290号 Tにとっても,PCにとっても,有害である。」と述べたのであった。結果的

に,PC大会において,ヴィアネCGT書記長とデュティユCGT書記は,政

治局員(新設の全国事務局員)に再選されたが,オバディア書記は,中央委員 に再選されず,また,政治局員だったクラズキー前CGT書記長も,再選され なかった。  オバディア書記は,CGTにおいて,書記長に次ぐ,ナンバー2の地位にあ り,「穏健派」の指導者と目されていただけに,反響は大きいものがあったが, ヴ/アネ書記長は,その厳しい批判を,「労働組合の独立という新たな理念によ るよりも,むしろPCとの意見の不一致に起因している。」と,専らオバディア 書記とPCとの個人的関係に向けようとした。実際,オバディア書記の中央委 員不再選問題は,社会党主導の左翼の新しい結集体と運動への彼の参加という, フランスの政治状況との関係で捉えられ,労働組合の組織原則といったレベル の問題としては,あまり深められて議論されなかったが,政党と労働組合との       26) 関係について,一石を投じたことは確かである。  政党と労{動組合の関係をめぐる問題については,先のエール・フランス事件 に関する,PCの「総括」を引用しておこう。 PC第28回大会で辞任したマル シェ書記長は,その最後の報告となった11月の中央委員会総会報告で,「PC は,『社会的かつ政治的に多様な』労働組合組織に代替しようとしたり,不満意 見のすべてを代表したり,PCの回りにその結集を実現しようとは考えていな い。意見の多様性を尊重するだけでなく,それを実践しなければならない。」と   27) 述べた。フランス社会では,政党が部分的利益を代表し,労働組合が全体的利 益を代表するという主張である。フランスにおける労働組合の「危機」に絡ん 26)労働組.合の「政党に対する独立」は,1906年アミアン憲章で宣言されて以来,フランス  の労働組合運動の原則であったが,その実質化が問われている。CFDT, FO, FEN  では,労働組合の役職と政党の役職の兼務禁止が明記されている(大和田「フランス労働  組合規約に関する資料集(2)」(高知論叢第31号,1988.3)参照)ことと対比しても,C  GTの突出ぶりは目立つが,政党の役職と労働組合の役職の兼務問題が,この原則との関  係で,どのように捉えられるべきか,未だ回答を与えられていない課題のひとつである。 27) L’Humanite du 18 novembre 1993, p. 9.

(19)

       28) で,政党と労働組合の「代表性」をめぐる競合関係が指摘されることがあるだ けに,興味深い言明である。いずれにせよ,フランスの労働組合の代表権能が, 政党との関係で,どのように意義づけられなければならないか,本稿では,C

GTの動向を追跡したが,「脱政治主義」を宣言したCFDTの問題なども含

       29) め,今後も,論議が深められなければならない課題である。

 ②FEN−FSU問題

 労働組合の代表権能が,労働組合間の問題として,深刻に争われているのが,

FEN−FSU問題である。全国教貝組合連盟(FEN)の分裂問題の経緯の

     30) 詳細は省くが,従来は,FENが,教員の労働組合の代表として,代表権能を 独占し,とりわけ,各種公的機関や審議会における委員を確保してきた。しか し,FENから,一部の労働組合組織が除名され,それらの労働組合によって 28) Michel Noblecourt, La lente mutation du syndicalisme, Le Monde du 20 mars 1984,  p. 40. 29)一般には,CGT一共産党系, CFDT一社会党系とされているが,少なくとも,幹部  の政治的立場は別にして,CFDTについては,その根拠が薄れてきたとともに,実態調  査を通じて,組合員一般と政党との親近性について否定する研究調査が出されていること  に注目する必要があろう。V., Paul Bacot et Denis Barbet, Les degus du syndicalisme,  La desyndicalisation chez les instituteurs du Rh6ne, CEPSA, 1984.   なお,1994年4月末,ロカール社会党第一書記(6月に欧州選挙敗北により辞任)とヴ  ィアネCGT書記長が会談し,「労働組合の独立」が「真に必要である」との見解で一致し  たとのニュース,その数日後,ヴィアネ書記長は,「これまでの,一あるいは複数の政党の  綱領に拘束されるという誤りは,再び犯さない。われわれが,自身の行動や提案を行うつ  もりだ。このような前提から,政党と会談するのだ。」と述べたことは興味深い(Liaisons  sociales, NOS 11678 du 29 avril 1994, p.2 et 11679 du 30 avril 1994, p. 2.). 30)大和田「ミッテラン政権と労働改革」273頁註(7)参照。その後の経過としては,1992  年12月のFEN臨時大会で,反主流派の多くの労働組合が, FENを脱退し, FENも,  新規約を採択した。FENの分裂は,公務員関係の共闘組織にも影響を及ぼし,「10組合共  闘(Groupe des Dix)」も分裂し,1993年2月に,「自主・改革労働組合連合(UNSA)」  が設立された。FEN脱退側は,「教育・研究・文化労働組合連合」を結成した後,1994年  3月に,15労働組合により,FSU設立大会を開催した。その後,5月には,文化事業全  国労働組合が,FENからFSUへの移行を決定するなど,余波は続いている。公務員部  門全体では,UNSAによる代表権能の要求が問題となっている(バラデュール首相は,  7月に,UNSAの代表権能を承認)。

(20)

20  彦根論叢 第290号 FSU(統一教員組合連盟)が結成されるに及んで, FENの代表権能の正統 性が,労働者代表委員の選出や補助金の配分をめぐって,争われることになっ たのである。とくに,1993年末に実施された,国民教育関係の職業選挙(従業 員代表選出選挙)の得票結果が明らかになるにつれ,問題が重大化したのであ る。1月に公表された公式選挙結果によれば,初等教育分野とコレージュ分野

では,FENがFSUを上回ったものの,中等教育分野で, FSUがFENに

圧勝したため,全体でも,FSU(201,187票)が, FEN(112,357票)の優     31) 位にたった。そのため,政府は,議席の配分数の変更を余儀なくされたのであ った。  しかし,4月には,FSUは,「全国人事同数審議会」選挙で,37.9%の得票 を獲得したにも拘らず,国家公務員の従業員代表機関である国家公務員制度審 議会の委員から,排除されたままであった。  フランスの労働組合法制の原則をなす「組合複数主義」の影響もあって,従 来,FENは,その組合内部で確立した「組合内潮流(派閥)別役貫構成原則」 を通じて,代表権能の配分を行ってきたのであるが,その分裂により,この原 則も,名実ともに放棄されることになった。そして,対抗的な連合体組織が設 立されるに及んで,代表権能の独占の根拠が失われるに至ったのである。  今後の推移としては,FSUの代表権能が承認されることになるであろうが, このように,代表権能の再配分の実現が困難を極めるのは,労働組合の代表権 能が,「労働組合の制度化」と結び付いているからである。すなわち,組合複数 主義のもとでの「代表的」労働組合による「代表権能」が「制度化」されてい るのであって,FSUのような「代表的」の資格を付与されていない労働組合 は,このシステムへの新規参入を容易には認められないからである。しかし, 最近の動向として,「企業内労働組合」の代表権能が拡張していることはあるも のの,全国レベルでの労働組合連合組織が,新たに代表権能を承認されること 31)全体(高等教育・農業教育・青少年保護機構を含む)の投票数が不明のため,全体の得  票率の算出はできないが,初等教育分野と中等教育分野の合計では,FEN(23.0%)に  たいして,FSU(39.2%)が圧倒的に上回った。

(21)

は稀有である。その意味で,FSUが,組織勢力として, FENを凌駕するこ とによって,伝統的な「労働組合の制度化」政策の限界を克服し,代表権能を

獲得して行く状況,さらにFENおよびFSUを含めた公務員関係の労働組合

組織の再編により,労働者代表委員の選出問題や補助金の配分問題を介して, この分野での労働組合の代表権能が,再配分されていく経過が,注目に値する のである。  ③ 失業者と労働組合  フランスにおいて,失業者と労働組合の問題,一般的に言えば,労働組合の       32) 構成員に関する問題は,歴史的経緯もあって,複雑な問題であるが,現行の労 働法典の解釈としては,失業者が,労働組合の構成員になることは認められて いるが,失業者だけを構成貝とする労働組合の存在については,争われている。 一般に受け入れられている見解の結論のみを示すと,失業者だけの労働組合は, 労働法典の意味での「労働組合」としての法的資格を否認されており,1901年 法による「非営利法人」としての法的地位を有するものとされている。  しかしながら,昨今の失業問題の深刻化は,失業者の権利と利益の擁護のた めに,既存の労働組合組織が有効に対処しているかどうかという議論を巻き起 こさせることになった。特に,失業者数が増大していることとともに,失業状 態の半固定化傾向が,失業者の社会関係からの「排除(exclusion)」事象を促す という傾向が強まってきただけに,労働者一般の問題に帰しえない「失業者固 有の問題」解決に有効な運動と組織が模索されてきている時,労働組合が,そ のような役割を果たしうるのか問題視される条件が揃ってきたのであった。  このような状況のなかで,労働組合が,失業者の代表権能を充分に備えてい るのかどうか,論議が交わされた。しかも,その問題提起の一石を投じたのが,        33)前労働大臣だったために,一層議論に拍車をかけることになった。 32)詳しくは,大和田「フランスにおける労働組合権と結社の自由(1)」(高知論叢第39号,  1990.11)54頁・89頁参照。 33) V., Le Monde des 25 janvier 1994, p. 18, 26 janvier 1994, p. 16 et 28 janvier 1994, p. /

(22)

22  彦根論叢 第290号  オブリ前労働大臣は,テレビの討論番組(1994年1月)において,「私は,か って,失業者の独立した代表制度に反対していたが,今では,例えば,失業手 当基金の財政問題を討議する場合には,失業者を代表する団体が当事者になっ ていてもいいのではないかと考えている。私は,これまで,間違っていた。」と 述べ,「失業者の独立した公認の代表権能(代表制度)」の創設を提唱したので あった。  「失業者の独立した代表制度」というこの提案は,後日にも繰り返されたが, 当然のことながら,既存の労働組合組織の猛反発をかった。討論番組に同席し ていたブロンデルFO書記長は,ジロー現労働大臣とともに,労使当事者の対 話を強めることが必要であり,オブリ提案は,労働者階級を分裂させるもので あると反駁した。  CFDTは,この提案が,「CFDT傘下の労働組合組織の正統性」を危うく するものであるとし,「集団的代表制度の細分化と極小化を促すことになる。こ のような方針は,現に雇用を有するものと一時的に雇用を奪われているものと の間に必要な連帯を組織し,発展させるのではなく,相互の対立を激化させる ことになる。雇用から排除されているものの発言と組織化の必要性を認めるこ とは,墓穴を掘ることに等しく,越えてはならない一線がある。」と厳しく批判 した。CGTも,「失業者を,失業者という地位に確定的に閉じ込める」提案で       34> あると非難iした。       35)  他方,失業者団体は,オブリ提案を歓迎したが,一部の労働組合組織からも, X 28.;Liaisons sociales, NOS 11610 du 24 janvier 1994, p. 4, 11611 du 25 janvier 1994, p.2  et 11614 du 28 janvier 1994. p. 3. 34)CFTCは,「失業者の受け入れと擁護は,社会階層の分裂にたいする,労働組合の絶対  的な優先課題である。」として,「失業者の擁護のための労働組合活動の権限と有効性」を  再確認する。CFE−CGCも,「失業者や退職者の代表制度が,(労働組合組織によって  担われている)賃労働者の代表制度と分離されないことを望む。」と批判的な見解を表明し  た。 35)失業者組’合(Syndicat des ch6meurs)のパが議長は,失業者の「独立した代表制度」  の設置のために,労働組合,政府当局,失業者団体の間の協議を要求した。「労働者階級を  分裂させるものである」というFO書記長の発言にたいして,「失業者は,激怒しており,/

(23)

賛同発言が現われたことに着目する必要がある。それは,CSL(自由労働組 合連合)であるが,CSLは,前記の諸労働組合組織のように,「代表的」労働 組合と認定されていない。つまり,オブリ提案は,「労働組合の制度化」の枠内 に存立する労働組合の利害と衝突するが,その「特権」から排除されている労 働組合にとっては,その代表権能と矛盾するものではないからである。その意 味では,標的にされている「労働組合の代表権能」は,労働組合一般に関わる ものではなく,特定の「制度化された労働組合の代表権能」であることを示唆 しているのである。  社会党のホープと目されているオブリ前労働大臣の提案が,社会党の政策提 言とみなしうるものか,彼女の個人プレイにすぎないのか判断が分かれるとこ     36) ろであるが,この問題の社会党のコミュニケの中に盛り込まれた以下のような 文章は,「労働組合の代表権能」への疑義が,同党の中に根深く存することを物 語っているとともに,社会党と労働組合(とくにCFDT)との関係の現状を 暗示している。  「失業の現状は,明らかに,伝統的制度が,その努力にも拘らず,失業者の集団的 な利益を考慮し,擁護すること,そして,その排除の原因である孤立を断ち切ること をできなかったことを示している。………排除されている人達を結集し,地域から, 集合と対話の場をつくりだして行かなければならない。」 このように,失業者の問題は,労働組合の代表権能問題の一端を照らしだし \コルポラティスム,エゴイズム,無政府主義がはびこっていることを理解しなければなら  ない。」と反論した。なお,その後,失業者組合と,CGT・CFDT・CFTCとの公式  会談が実現したことは,オブリ提案の成果である。 36)社会党の中では,エマニュエリ前国民議会議長(ロカール辞任後の臨時第一書記)は,  「失業者の独立した代表制度を提唱することは,労働組合が失業者のために行っている活  動を無視することである。」として,オブリ提案を拒否した。しかし,社会党執行委員会  は,労働組合との関係を考慮しつつ,本文引用のようなコミュニケを発表し,これは,オ  ブリ提案を事実上受け入れているものと評価されている。

(24)

24  彦根論叢 第290号        37) たが,退職者の運動の位置づけとともに, て,今後の展開を見守る必要があろう。 労働組合が直面する重要な課題とし (4) 労働組合の再生論を  ここまで,労働組合の代表権能に関わって,労働運動および労働組合組織の       38) 両面から,最近の動向を概観した。すでに指摘したように,問題となっている のは,「代表的」労働組合の「代表権能」であって,これは,「労働組合の制度 化」の矛盾の現われでもあった。その意味では,労働運動・労働組合の「危機」 の中に位置づけて考察すべきものであり,本稿では,事件の表層を追跡したが, より根本的な検討を必要とするであろう。そして,このような「危機」現象の 分析に終始すべきではなく,そこから,労働組合の再生論を構築しなければな らないことは,自明の理である。かって,筆者は,そのような労働組合再生論       39) のひとつに,「調整委員会」運動の登場を位置づけたが,既存の労働組合の運動 論と組織論の両面から,労働組合の代表権能の再評価が必要であろう。フラン スにおいても,労働運動・労働組合の「危機」の分析を扱った研究は出尽くし た感がしないでもないが,ようやく,「危機」を克服している労働組合の実態調 査を基にした研究が登場し,このような課題を掲げる研究も盛んになりつつあ 40) る。今後深めるべき課題となるであろう。 37)CGT退職者連合は,退職者労働組合運動が,「今世紀末の特徴的な政治的事件」になる  と位置づけている。Liaisons sociales, No 11634 du 25 f6vrier 1994, p.4. 38)本稿では,「労働組合の代表権能」問題をめぐる立法動向にはふれなかったが,雇用計画  5ヵ年法(1993年12月20日法)が,従業員代表(DP)と企業委員会(CE)の同時選挙  や委員兼務など,企業内従業員代表制度の改善を目指したことに留意する必要がある。 39)大和田「フランスにおける労働組合権と結社の自由(1)」55頁以下。なお,長部・前掲  論文49頁以下参照。 40) V., p. ex., Dominique Labbe, Jacques Derville et Maurice Croisat, La syndicalisation  ti la CFDT dans les annees 1990, IRES, 1993.

参照

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