• 検索結果がありません。

untitled

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "untitled"

Copied!
12
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

)

司会

本日は師走のお忙しい中、たくさんお集まりいただき、誠 にありがとうございます。東京財団の内田晴子と申します。 東京財団では、皆さん一人一人が 自分 という社会的資源に 気づき、回りを巻き込みながら、社会をよくしていくその担い手と なっていただくきっかけや出会いをご提供する場づくりに取り組ん でいます。 今回は「教育現場で成長する大人たち」を代表して、ライターで あり新宿区の子どもの生き方パートナーであられる乙武洋匡さん と、横浜市東山田中学区の校長先生でいらっしゃる本城愼之介さ んにお越しいただきました。 皆様の参加動機を拝見したところ、このお二人の WILL と SKILL に負けんばかりの、外の冷気も吹っ飛ばすような熱い思いを持っ た方々にご参加いただきまして、本当に感謝しております。 それでは本城先生、よろしくお願いします。

本城

こんばんは。今回と次回 21 日、コー ディネーターとして参加させていただきます 本城愼之介と申します。よろしくお願いいた します。 皆さんの参加動機を見ながら、乙武さんと も、僕たちが話すより皆さんの教育に対する思いをそれぞれ喋っ てもらったほうがいいのではないかと話しておりました。 壇上から拝見すると、教育への興味関心という共通点以外、皆 さんバラバラな感じですね(笑)。スーツ姿の方、リラックスした感 じの方、男性、女性でいうと、ちょっと男性が多い感じもしますが 半々ぐらい、年齢層もバラバラですね。どうなるか楽しみです。 今日、お帰りになる時に、皆さんの心の中が少し暖かくなるよう にできたらいいなと思っています。 早速ですが、乙武さんが『五体不満足』を書かれたのは、まだ 大学在学の時。その後、スポーツライターというお仕事をされ、今 回、この 10 月に小学校で教育実習を経験され、これから教育の 中で仕事をしていこうとされている、その辺の変化について、また、 なぜこのタイミングで教育なのか、教えていただけますか。

乙武

大学を卒業してからスポーツライ ターとして、アスリートにインタビューをした り、実際に練習や試合を取材して記事を書 かせていただく仕事をしてきました。 そんな中、一昨年ぐらいから 10 代の少年少女たちが被害者と なるだけでなく、加害者の側になる事件が目立つようになってき ました。 例えば、皆さんの記憶にあるところで、長崎市で当時 3 歳の幼 児が連れ去られ、立体駐車場の上から突き落とされて殺害され た事件。いったい誰がそんなことをするのか、世間を震撼させた 後に捕まったのは、当時 12 歳の中学校 1 年生の少年だったため、 大変な衝撃を与えました。 それから程なくして、今度は佐世保市で小学 6 年生の女子が、 カッターナイフでクラスメートを切り殺してしまうという衝撃的な事 件が起こりました。 そういった事件が相次ぐ中、メディアを見ていると、何と残酷な ことをする少年・少女がいるのか、「酒鬼薔薇」の再来だ、凶悪犯 罪が低年齢化している、といった子どもたちを責め立てる、危険 性を煽るような報道が多くありました。 僕がその事件で感じたことは、少々不謹慎な言い方になるかも しれませんが、「加害者の子もかわいそうだ」ということでした。 勿論、一番気の毒なのは命を落とした被害者であり、そのご遺 族です。しかし、正直なところ、罪を犯してしまった加害者の少年

教育現場で成長する大人たち

∼「教育」+「楽しい」をシゴトにする秘訣 ∼

Time

Speaker



講演録

Speaker

乙武洋匡

(ライター、新宿区「子どもの生き方パートナー」

)

Speaker

&

Coordinator

本城愼之介

(横浜市東山田中学校長)

2006年12月5日 TUE.

(2)

少女たちもかわいそうだと思ってしまったのです。 当然、人間として「おぎゃあ」と産まれてきた時、「犯罪者になっ てやろう」、「人殺しをしてやろう」と思って産まれてくる子は一人も いない。 それなのに、育った環境、経験してきた出来事、出会ってきた 人々、色々なことで心境が変化し、追い詰められて、弱い心が入 り込んでしまったのだと思います。 周囲の大人たちは、おそらく彼らが発していたであろう SOS 信 号に気づき、軌道修正してあげることができなかった。 こんなことをするような子どもが悪いという報道だけではなく、 子どもが育つ過程では、もっと大人が責任を持っていかなければ ならない、という視点の報道がもう少し欲しかった。 と同時に、僕が子どもの頃に接してくれていた大人たちのこと が浮かんできました。 例えば両親や学校の先生、そして地域の大人たち、その方々 が、僕に対して優しさと正しい厳しさをもって接してくれていたから こそ、今の自分があるのだと感じます。 そういう上の世代のおかげで今の自分があるのだから、今度 は自分がこれから社会を担っていく子どもたちのために、何か恩 返しをしていく番だ。 そういう思いによって、これまでのスポーツの仕事から、教育に 対して関心が向いてきたんです。

本城

現在、新宿区の子どもの生き方パートナーとして、非常 勤の立場で教育委員会事務局にも関わられていますが、更に一 歩進んで小学校の先生という現場での関わりを選択されようとし ているのはなぜですか?

乙武

実は最初に教員免許を取ろうと思った理由は、今とは少 し違ったのです。 作家の重松清さんとお話する機会があり、ちょうど教育に関心 が出てきて、色々取材に行ったりしていた時期だったのですが、 重松さんから、「乙武君が教育に関心を持ち、色々な活動をする のはすごく嬉しいし、応援したい。でも、いつかきっと壁にぶち当 たる時が来ると思う。」と言われたのです。 驚いて、「重松さん、その壁というのは何ですか?」と、お伺い したら、「実は、僕も子どもや学校をモチーフにした小説をいっぱ い書いているけど、お手紙や実際にお会いした方から、『お前に 教育の何が分かるのだ』、『大体、教員免許を持っているのか』と 言われる」と。 実際のところ、重松さんは教育学部を卒業されていて、教員免 許をお持ちらしいのですよ。 それで、「私、僭越ながら持っております」と返すと、相手はぐう の音も出なくなると。「ばかばかしいけど、教育界ってそういうとこ ろがあるのだよね」と仰ってました。 それを聞いたとき、僕も本当にばかばかしいと思いましたが、 同時に 15 年前の母の言葉が蘇ってきたのです。 中学 2 年の時、だんだん高校受験が近づいてくるにつれ、思春 期ですし、ストレスがすごくたまって勉強したくない、何とか勉強し なくていい論拠を見つけたいと思いある日母に、「大体、学歴社 会とか意味ないし、勉強してもしょうがない」というようなことをぶ つけたのです。 母の返答は、「あなたの言うとおりだと思う」という前提で、「学 歴社会なんて、まるで意味がないと思う。でも、それを学歴のない 人間が言っても、世の中の人は誰も耳を傾けてくれない。学歴が ある人が社会に出て、そうはいっても学歴なんて関係ないと言っ たら、初めて説得力を持つ」というものでした。 その頃は反抗期の一番ひどい時期で、「おはよう」と言われて も「うるせえ」と言ってしまうような、そんな年頃だったにも係わら ず、母の言葉はすとんと胸に落ちてきて、それ以来勉強するよう になりました。 15 年振りに、その母の言葉が重松さんの言葉によって蘇り、 「教員免許を持たずして教育を語るな」なんてばかばかしいと、負 け犬の遠吠えをしているより、免許を取得した上で、やはり意味 がないと思うのか、または、免許を取ったほうがいいと思うのか、 それは取ってみないことにはわからないと思い、当時 29 歳、20 代 ラストイヤーということで一念発起し、明星大学の通信課程に入り、 小学校の教員免許取得のための勉強を始めたわけです。 当初は、門前払いされたくない、評論家だけで終わりたくない、 一緒に仲間として働きたい、という思いから、いわば印籠のような 教員免許取得を目指したのですが、その後、新宿区の「子どもの 生き方パートナー」になってからは大分変わりました。 この仕事は、新宿区立の小中学校を回って、教育現場の実態 を勉強させていただき、そこで感じたことを新宿区に向けて提言さ せていただくといった活動です。 そんな活動の中で、織田裕二さん主演「踊る大走査線」という 映画の有名な台詞、「事件は会議室で起こってるんじゃない。現 場で起こってるんだ」、にすごく共感できてしまったのです。 教育とは、文科省の会議室で起こっているんじゃない。教室と いう、ひとつひとつの現場で行われているのだと。 そこで、教室にいる 30∼40 人の子どもたちは僕が担任教師と してお預かりしているという責任感のもと、初めて見えてくること、

(3)

感じられることもあるのではないか、と思い始め、いよいよ本当に 教員になってみたいという思いに変わってきました。

本城

なるほど。教育実習期間中は、1 ヶ月弱、現場にどっぷり だったと思いますが、実際に現場に入ってみて、何か感じるもの はあったでしょうか。

乙武

実は、新宿区の活動の中でも子どもたちとの触れ合い は多く、時々ゲストティーチャーとして授業を持たせてもらってい たので、子どもたちとの係わりという意味では、ある程度、 想定 内 だったんです。 教育実習での一番の発見は、子どもたちを帰した後の忙しさ、 ですね。これはすごく意外でした。これほど現場の先生方は大変 なんだ、と感じました。 例えば、3 時に子どもたちを帰した後、まず先生方の会議があ る。それも、月 1 回の職員会議だけではなく、保健委員会や入学 委員会といった色んな名前が付いた委員会があるんです。 それから学年会では、例えば 1、2 年生の担任となった先生方 が、授業内容の打ち合わせをしたり、とにかく、会議の多さに驚か されました。 結局、先生方が、採点やら翌日の授業準備をするのは、5 時を 回ってから。勤務時間後ということですよね。 更に、中学校では5時∼5 時半まで部活動の顧問という仕事が あり、それから会議、授業準備をして、たぶんもっと遅くなってしま う。これは相当忙しい職場だというのが、第一の実感でした。

本城

それでもなお、いつかはまだ分からないかと思いますが、 いつかの時点で、教師として現場で仕事をしていこうという気持ち に、変わりはないのですよね。

乙武

スポーツの現場は夜型なので、教育実習中の 6 時起き というのは、正直、ツラかった(笑)。 でもそれ以上に、自分自身、得られるものも大きかったです。 本当は、子どもたちに何か教える立場なのにも係わらず、子ども たちと一緒に自分も切磋琢磨していける環境ということにすごく魅 力を覚えました。やはり、一度は飛び込んでみたい職場であり、 環境だなと感じましたね。

本城

ちなみに会場の皆さんの中で、教員免許を持っている 方?小中高でなくても、保育園や幼稚園も含めて持たれているか た?手を挙げてください。10 人弱ですね。 ということは、今日の参加者の方も、おそらく教育に興味、関心 を持ってはいるが、僕も含め、免許は無い方が多いのですね。 実は僕も、中学の社会科の教員免許を取ろうと大学の通信教 育学部に入学しました。スクーリングも受けたのですが、断念しま した。一人で学習するって、本当に大変ですよね。乙武さんは通 信でよくやられたなと思います。 結局今でも無免許なのですが、やはりこの業界、免許を持って いることが前提になっているところはあると思います。

乙武

でも、免許を持ってない本城さんが、楽天の副社長とい う立場から、中学校の校長になられたというのも、僕も含め皆さん 驚きだったと思いますよ。 本城さんが、教育の現場に身を投じようと思われたのは、どう いった経緯だったのですか?

本城

まず 30 歳になったら、楽天から離れて自分で別の仕事 をやろうとずっと考えていました。それは、楽天の三木谷社長が 30 歳の時に前職の日本興業銀行を辞めたから、という単純な理 由だったのですが。 ただ、教育への興味関心は高校時代からずっとありました。僕 は寮生活でしたから、寮の先生への憧れもありましたし。 こんな経験はありませんか?例えば、A4 何枚かの紙のコピー を誰かにお願いした場合、ある人は両面印刷にしたり、別な人は ホッチキスで止めたり、他の人はクリアケースに入れたり、中には 原紙が折れ曲がって返してくる人もいたり。楽天では経営者とし て色々な人の仕事の仕方に触れました。 なぜ、人の仕事の仕方は全然違うのかと想像した時に、もしか したら受けてきた教育の違いかなと。 では、教育の違はとは何か。それは、回りにいた大人の違い、 大人とのコミュニケーションの違いなのではないかと仮説を立て たのです。 そうだとするならば、教育の、いわゆるど真ん中であると僕が 考えている学校教育に携わってみたいと思い、ました。 独立してから、学校法人設立を目指して一生懸命に活動してき ましたが、なかなかハードルが高く難しいかなと思っていた矢先、 横浜市の新設公立中学校で校長を公募すると聞き、更に年齢制 限がないということを知りました。 確かに、世の中、公立に通っている子どものほうが多い。東京 都や横浜市など首都圏だと少し私立も多いですが。確か乙武さ んも、小中高と公立ですよね。僕も小中公立です。 やはり、公立校の教育が変わらないと、日本はもっと住みやす

(4)

くならないのではないかと考え、応募しました。 応募するのは、とにかくチャレンジ。採用するほうとしては色々 なリスクがあったにも係わらず、僕を採用していただきました。 僕はみんなの仕事の仕方ひとつで、世の中が如何様にも変わ ると信じています。 では、どのようにしたら いい仕事 をする大人になるのか。勿 論、企業で働くことだけではなく、NPO や NGO、主婦、色んな立場 の人々がそれぞれの世界でいい仕事をする。 そういうかっこいい大人を作っていきたいという思いで教育に 携わり、校長になって今やっと 1 年半が経ちました。

乙武

私立校設立を目指してきて、今は公立校の校長先生に なられたわけですが、驚きや相違点はどこか感じますか?

本城

今は公務員という立場なのですが、友人や家内に言わ せると、僕は最も公務員が向いていないタイプだそうです(笑)。 市長はビジョンを描く人です。そして公務員はそのビジョンを遂 行していく立場にある。教育も当然行政の一部ですから、教育行 政を司る人のビジョンにある程度従っていくことが校長としての大 きな役割だと思います。 その点で、楽天で仕事をしていたとき、また独立し私立の学校 を作ろうとしていたときとは、現在はやはり大きなギャップがあり ます。今までは、自分でビジョンを描いてきましたが、今は他の人 のビジョンに従うわけですから。

乙武

なるほど、自分でこうしたいと思ったことをやる環境と、 別の人がこうしてほしいという視点に従って、その手足となって実 行する立場は違ってくるわけですね。

本城

公務員という仕事の面白さもありますし、今まではなかっ た制約条件の多い中で仕事をすることで、自分自身を成長させる ためにもすごくよかったと思います。

乙武

僕も教師になりたいと色々なところで言うと、ほとんどの 場合で「私立に行かれるんでしょう」と言われます。 やはり、僕のようなイロモノを雇うなら私立のほうが制約も少な いでしょうし、これまでのような多様な活動も継続しやすいのかも しれない。でも、僕自身、最初は公立にこだわりたいと思っている のです。 それは、なぜか。「格差」をリセットするためです。今「格差社 会」と言われていますが、その格差は、今後ますます拡大していく。 「ヨーイ、ドン」で行われた正当な競争の末の格差であれば、それ はある程度是認していいと思います。 いまの日本の教育のおかしなところは、結果にまで「平等」を求 めようとすること。あくまで平等にすべきなのは「チャンス」であっ て、チャンスさえ等しく与えたのなら、あとは思い切り勝負すれば いい。僕はそう思っているんです。 家にお金があれば塾に行けて、私立にも行けて優れた教育が 受けられる。自分の可能性をどんどん伸ばせる環境がある。 逆に、家にお金がないだけで才能があったり、がんばりたいと いう意志があっても、なかなか伸ばしてもらえる環境にない。この ような格差が世代を超えて引き継がれている現状は、決してチャ ンスが平等だとは思えません。 それをリセットするためにはどうしたらいいのか。お金がない家 庭の子でも、公立校できちんと基礎学力を身につけることができ るようにすればいい。リセットする機能を公立校が果たすというこ とが大切なのだと思います。 今後ますます格差が固定する社会になっていくという危惧を感 じずにはいられません。それを打開するために、まずは公教育が どこまでできるのか、その可能性を試してみたい。そういう思いで 公立校で力を尽くしたいと思っているのです。

本城

本日のテーマに「人を引きつける WILL と SKILL」とありま す。これまでスポーツライターとして、これからは教育に携わる身 として、おそらく、仕事の仕方、また仕事への気持ちの持ち方とい う部分で共通すること、異なること、両方あると思いますが、その 辺どうでしょうか。

乙武

共通している部分は、相手の気持ちに寄り添って本音を 聞きだす、ということです。 スポーツライターと一口に言っても、色々なタイプの方がいます。 例えば、後半何分にこの選手を投入したから、試合の流れがどう 変わるという分析を得意とする方。また、ディフェンダーを 3 人、ミ ットフィルダーを 4 人、フォワードを 3 人、3-4-3 が今ヨーロッパで 流行っている、というフォーメーションのことばかりひたすら書くラ イターさん。 僕の場合、インタビューする側でもあり、される側でもある、とい うのが自分の強みではないかと思っています。 両者の気持ちがわかる分、他のインタビュアーよりも選手の本 音を聞きだすことができなければいけない。その武器が無いと、 なかなか飯が食っていけない。

(5)

そういう覚悟でやってきたので、色々な角度から相手に迫って、 本音を聞きだすことは得意なつもりです。 初めて教育現場に実を投じた時、実は子どももアスリートと一 緒で、自分について言葉で表現することが苦手ななのだと知りま した。ただ、サインは出している。そのサインをいかに見逃さずに、 気持ちにすっと寄り添うか。 積極的に話しかけては来ないけど、こちらが寄り添ってあげる ことで、例えば、いじめられているとか心の奥底に抱える問題を、 ふと漏らすことがある。 それを見逃さずにキャッチして、すばやく対応してあげることが 大事だという点で似ています。 違いについては、僕の場合、会社に所属したサラリーマンでは なくフリーランスのライター。本当に弱肉強食の世界です。 腕があればお仕事をもらえる代わり、ヘタな記事を書けばどん どん仕事が減っていく怖い世界。つまり、個人の頑張り、実力が そのまま反映されるわけです。 しかし、教育の世界では、個人がいくら頑張っても、それがスタ ンドプレーでは意味がない。周囲と連携し、いかにチームとして力 を発揮していくかが問われくるのだと思います。それは、職員室 の先生同士だけでなく、学校と学校、学校と教育委員会、学校と 保護者、学校と地域――あらゆる関係のなかでチームワークが 必要になってくる。そこがスポーツライターと教育の世界との一番 の違いなのかなと感じています。

本城

私も、チームワークが必要だとよく学校の現場で言われ ます。ただ、なかなか具体的な行動に移せないケースがありま す。 ちょうど昨年度から今年度にかけて、東山田中学校では学級 増によって 10 数名の職員が新しく入ってきました。36 名が 44 名 まで増えると、やはり別の雰囲気になる。 そこで、チームビルディングのファシリテーターに来てもらいア クティビティ研修を実施しました。例えば、フラフープを 8 人で人差 し指の上に乗せて、誰も絶対に指を離さないで下に降ろす。ただ 単に落とさずに 8 人で下に置くという作業。 やったことがある方もいらっしゃると思いますが、これが不思議 と、下に降ろすはずなのに、どんどん上がってしまうのです。やっ たことのある人?結構いますね。 離してはダメだと思っていると、なぜか分からないのだけど上 がったり、あるいはどちらかが下がったりすると落としてしまったり。 これがけっこう難しいのです。 そのような具体的なアクティビティを通して、みんなの心をひと つのするのはけっこう難しいことだとわかる。自分でも時々、合唱 際の時などに「みんなで心をひとつにして歌ってみよう」と言ってし まいますが、心の中では「実際、心をひとつにするなんて難しい」 と思っています。 このような実験で、みんなで心を一つにするのは難しい、難し いからこそ事前に打ち合わせしたり、ゴールを明確にすることが 大事だという確認をするのです。 そして、そういう確認作業をすることが私たち大人にとっても必 要なのだと日々感じます。心を一つに、というのは大人ができて ないことなのです。 僕自身、楽天で仕事をしていた時と今とでは、違う部分と同じ 部分があります。違う部分はスピード。スピードの何が違うかとい うと、スピードの速さではなくスピードの質が大きく違います。 企業のスピード感、当然、色々な企業があると思いますが、僕 の知っている楽天でいうと、楽天のスピード感はジェットコースタ ーのような感じなのです。 乗っている人は当然スピードを感じる。風を受けぐるぐる回って いる、落下している、上がっていく、これから 3 回転だ、ということ が分かる。同時に、見ている側も、あのジェットコースターは怖そ うだ、これからどうなるんだろう、といった恐怖感、スピード感を感 じる。 学校はどちらかというと、滝のような感じ。滝はものすごいスピ ードで、轟音を立てて、どんどんと流れている。学校現場は本当 にスピーディーに動いていて、日々の意思決定や、即座に動くと いうことが必要とされている。 ただ少し離れると、滝は白く霧がかかり、しぶきで実際の流れ が見えないこともある。もっと離れれば、音も聞こえなくなり流れ は見えず綺麗な風景画のようになる。まるで止まっているように 見えるんです。 その様なスピードの質の違いがあります。一方で、同じところは、 マネジメントという視点でいうと、企業でも学校でも、チームとして ゴール、ビジョンに向かって前進するということに変わりはない。 それが、楽天にいた時はグランドの上を走っていた感じですが、 学校という環境に変わった途端、プールに飛び込んだような感じ です。 プールで陸地と同じように走っていては、水の抵抗があって前 に進めない。しかし、みんなで前に進むという目的は同じなので、 前進するよい方法を考える。要は、泳ぐという方法を取る。走ると 泳ぐでは使う筋肉が違うのだけど、体の動かし方、トレーニング方

(6)

法に応用を利かせることが出来る。 よく企業と学校のマネジメントの違いを言われますが、実際は それほど違わない。所詮、人間が働いているだけで基本的には 同じだと感じます。

乙武

僕が教育現場を覗いて感じたのは、ここままでは成り手 がどんどん減ってしまう、ということ。とてつもなく忙しい上に、批 判しかされない(笑)。 実際、本城さんが教育現場に来たことを後悔したこと、そのきっ かけ、逆に来てよかったと思えた瞬間があれば聞かせて下さい。

本城

そうですね、来るんじゃなかったと思うことは、あまり納得 できない施策が出てきたとき。例えば、小学校英語。親として自 分の子どもは、小学校英語があるところには通わせないと思いま す。 しかし、施策としてバンと出てくると、中学校の校長としては「こ んな施策が進んでいくのか。公務員にはやはり向いてないなぁ」 と、正直思います。教育よりも、公務員であるということへの違和 感のほうが大きいです。 教育に携わって良かったと思うことは、子どもたち、教職員、保 護者などからフィードバックがある時。朝会で挨拶をし、終わった 後に生徒から「校長、今日の話はねつまんないし、長い」と言わ れたり、「今日のは、感動した」と言ってくれる生徒もいる。 先生からもアドバイスをもらったり、保護者の方からも僕が教育 目標に掲げている言葉『正解よりも回答』について家でも話したと 聞かされると「ああ、やっぱりよかったな」と思います。 これは教育現場だけに留まらず種々の仕事でも言えることだと 思いますが、フィードバックによって自己肯定感が高まり、「この 仕事をやっていてよかった」という以上に、大げさかもしれません が、「生きていてよかった」とか「ここにいてよかった」という気持ち になる。自分の存在を認めてくれる他人の言葉というのは、仕事 をやっていて幸福になる瞬間だと思います。 乙武さんは、教育実習で良かったという瞬間はありましたか。

乙武

6 年生の算数を見ていた時の話ですが、算数だとチーム ティーチングといって、たとえば担任の先生が全体を指導し、もう ひとりの先生が子どもたちの間を回って、わからなそうにしている 子を中心に見てあげる、というやり方があるんです。 その日は僕が後者として参加し、後ろの方の席のわからない 子を教えてあげたら、できたんですよ。その時の「できた!」とパッ と輝いたその顔を僕のほうに向けてくれた時、「ああ、教師の喜び はここにあるんだろう」と思いました。 その瞬間、分からなかったことがわかるようになる、できなかっ たことができるようになる。その手助けをできたこと、それは人に ものを教える教育者としての原点、喜びなのだと思います。 それを一瞬でも、一回でも、教育実習中に感じることができたこ とは僕にとってすごく大きかったです。 これから教員という立場になれば、色々な批判もあるでしょうし、 困難にもぶち当たるときもあると思いますが、あの瞬間を知って いることでいくらか救われると思うのです。それはすごく大きかっ たと思います。

本城

なるほど、人の成長の瞬間に一緒に立ち会えるというこ とは、教師や教育に係わる仕事においての大きな魅力ですね。 僕も先生を採用する際、公立の場合は採用ではなく配当といっ て当てがわれて面接をするのですが、「子ども、好きですか?」と いう質問をします。 そこで、「好きです」と答える教師を僕はあまり信じません。なぜ なら、子どもが成長し大人にしていくことが学校の役割だと思って いるので、子どもが好き、子どもといると元気になる、というだけ だと僕は心配になります。 今日は「教育現場で成長する大人たち」というテーマになって いますが、僕たちもこれまで成長して大人になってきて、これから も成長していくわけです。 自分自身、乙武さん自身が、自分が成長していく、もしくは色々 な人に成長する楽しさを伝える時に大事にしていること。今回で いうと WILL と SKILL。日本語にすると難しい言葉でもありますが、 日々大事にしている WILL と SKILL はありますか。

乙武

まず WILL の方ですが、これまで自分に言い聞かせてき たことは、「言い訳を作らない」ということです。 僕は、やってみたいと思うことがちょこちょこと出てくる人間で、 とにかく色んなことをやり始めてみる。当然、どんなことでも、何か ひとつのことを成し遂げよう、達成しようと思うと、そんなに簡単に はいくはずもなく、山あり谷あり行く手を阻まれる。 そうなった時、もうひとがんばりして、または、もう一工夫して、 目の前の山を突き崩して前進するよりも、「こうだから自分はでき ない」という言い訳を見つけるほうがはるかに楽。 そんな言い訳はいくらでも探せてしまう。例えば年齢や性別、 また住んでいる地域や家族構成、そういったものが、もっとこうだ

(7)

ったら、ああだったら、と。 僕の場合、見てのとおり、ものすごく分かりやすい言い訳を持 っています。「手足がないからできなくて仕方ない」、「車椅子だか ら無理だ」と。誰よりも見つけやすい言い訳を持ってしまっている ので、そこに頼るのは簡単です。 しかし昔から、「それをやったらおしまいだ」と思っていて、何で もやりたがりなだけあって、100%、120%、もうこれ以上は無理だと いうところまで努力して、それでもダメだったら仕方が無いと思う ようにしています。 大人は案外嘘つきなものです。平気で子どもに嘘をつく。「がん ばれば夢はかなう」というのも、僕は嘘だと思っています。やはり、 誰もがイチローになれるかといったら無理なのです。 ただ、夢をかなえようと最大限の努力をしたことが、後に目標を 軌道修正した時に、糧として、経験として生きてくるその経験が生 きてくる。だから夢をかなえることが重要なのではなく、かなえる ために最大限の努力をすることが大事だと思っています。 その努力をせずに簡単に言い訳を見つけて、「やっぱり無理だ った」という人間にはなりたくない。強いて言うならそれが僕の WILL のような気がします。 SKILL はすごく難しい。難しいがゆえに、僕の中ではわりとシン プルに捉えています。 僕の両親は、僕にとってはいい親で、あまり口うるさいことを言 わなかった。それは相性の問題でもあって、口うるさく言われた方 が伸びる子どももいると思いますが、僕はすごく反発してしまうタ イプの人間なので、あまりあれこれ言われないほうがよかった。 そんな親が唯一、口を酸っぱくして言っていたのが、「挨拶ので きる人間になりなさい」ということ。「ありがとう」という感謝の気持 ち、「おはよう」「こんにちは」「さようなら」という挨拶。小学校に上 がるか上がらないかぐらいの時からずっと言われてきたことです。 これは、人を味方につけるときなど、すごくシンプルで簡単なこと のように見えて、大事なことだと思っています。 今回、4 週間教育実習に行ってみてびっくりしたのは、挨拶の できない大人、教員が結構多い。「おはようございます」と言って も返事がなかったり・・・。 そんなふうに子どもたちに接しちゃうのかと思ったらショックでし た。例えば、その先生が困難に直面している姿を傍目で見た時、 同僚として、正直な人間として、そして自分もたくさん色々なことを 抱えている時だったとして、普段挨拶しない先生に手伝ってあげ ようと思うか・・・。正直、やっぱり思えません。 自分でもチームワークの重要性をわかっていますが、なかなか 心からは思えない。やはり、挨拶は重要だなと思います。 反対に、休憩などで他愛のない話をしている時、「よし、では、 また後半もがんばりましょう」なんていう言葉が出ると、職場の雰 囲気も変わるし、その人に対する見方も変わります。別れ際、「今 日も疲れたけど、がんばりましたよね。また明日も、がんばりまし ょう」と言い合うだけですごく変わってくる。 それが僕の中での、特に両親から与えてもらった SKILL のよう な気がします。

本城

なるほど。本当にシンプルなだけに実は難しい SKILL な のかもしれないですね。 僕の WILL というと、やはり、「かっこよくある」ということはすごく 大事だと思っています。 見た目ではなく、今の自分がかっこいいと思えること、自分が かっこいいと思えるものに対し憧れを持つことがすごく大事だと思 います。 これはつまり、「成長する」ということ。誰でも、成長する姿って いいなと思います。 現在、僕は子どもが 3 人いますが、立てるようになったり、文字 が読めるようになったり、こぼさずに水が入っているコップを置け るようになったり、人が何かができるようになる、分かるようになる、 という成長の瞬間はすごく輝いていてかっこいいなと思います。 ですので、僕自身も、成長したい、成長していこうと思っていま す。そういう思いが、新しいことに挑戦するエネルギーになってい たりとか、逆に、今いる環境を大事にしようと思うエネルギーにな っていたりします。 成長したい、かっこよくいたいという気持ちが、ここでいう WILL になっていると感じます。 そのためにどんな SKILL が大事かと考えると、「巻き込んでいく こと」。一人ではなかなかできないことがあります。誰かを巻き込 んでいく力と、誰かに巻き込まれる力が大切です。 乙武さんとの出会いは、「シブヤ大学」(www.shibuya-univ.net) という場所でした。社会教育の講座でのスピーカーに乙武さんが 声をかけてくれた。つまり巻き込まれたんですね。 今回は私が乙武さんを巻き込んだのですが、そういう巻き込む、 巻き込まれる力、平たく言うとコミュニケーション力というのかも知 れませんが、そのスキルが大事。 それによって、日々の目標達成や問題解決がなされていくと実 感しています。

(8)

その中で、先ほど乙武さんが仰っていた挨拶や、ゴミ拾い、「お 先にどうぞ」という細かい心配り、できそうでできないこと、そういう 当たり前のことが当たり前にできることが難しい。大人でもやはり 難しいと感じます。 現在、子どもの規範意識が薄くなった、もしくはなくなったと言 われていますが、考えてみると、規範意識というのは誰かを真似 すること、お手本をしっかり習うことです。なので、そう指摘する僕 ら大人たちは、本当に子どもたちのお手本になるような言動をし ているのか、正直自信がないです。 そう考えると、教育は子どもの問題だけではなく、僕ら大人の 大きな課題なのだと思います。 乙武さん、教育の現場に入られ、10 年 20 年、もしくは 4、5 年か もしれませんが、そこで思う存分やった後、次にやりたいことは何 ですか?教育現場で成長して後にやりたいと思っていることは何 かありますか。

乙武

最近「将来の夢は?」と聞かれる度に答えることなので すが、最後まで「平和」ということに貢献していきたいです。 『五体不満足』を出した時もそうでしたが、生涯をかけて伝えて いきたいのは「多様性を認める」というテーマ。 教育現場でも、僕が一番やっていきたいことは、多様性を認め るということを子どもたちに植え付ける、理解してもらう、浸透させ るということです。 「平和」の反対は「争い、戦争」ですよね。なぜ争いや戦争が起 こるのか。それは、互いの違いを認められないということも関係し ていると思います。勿論様々な利権が絡んでいると思いますが。 「みんな違って当たり前だよね」という感覚を、まずクラスの中 で持てれば、いじめも無くなるとまでは言いませんが、数が減る かもしれない。 それがもっと広く同心円状に広がって、国際レベルでは国家と 国家が、民族と民族が違って当たり前だ、相手の良さと自分の良 さは違って当然だと尊重しあえるようになれば、戦争もなくなると は言わないけれども、争いは減ると僕は思っています。 これは、明らかに皆さんとは違った体を持っている自分だから こそ、より貢献できる可能性が高いのではないか。 そう思うので、教育現場でも世界の平和に係わることでも、 色々な多様性を認めることでみんなが少しでもハッピーな人生を 送れるよう自分が活躍する場所を求めて行きたいです。

本城

ありがとうございました。お互い、まだまだこれからも成 長し続けて、色々な形で刺激し合いながらやっていきたいです ね。 そろそろ時間ですので、会場からの質問を受けたいと思います。 質問ある方、所属があれば所属、あとお名前を言って下さい。3 ∼4 名の方に質問を言ってもらい、それらと、事前にお寄せいた だいている質問を編集しながらお答えしたいと思います。

質問1

私もお二人と同世代で、教育ビジネスをやっています。 お二人とも公教育に携われる中で、教育委員会がもっとこういう ふうになったらいいのではないか、というご意見があればお聞か せ下さい。

質問2

本城さんに質問ですが、他の校長先生の方と比べる と、自分は楽天での経験があるからこそできると思うもの。そして、 楽天での経験があるからこそ、しなければならないと思っているこ と。自分への責任感ということもあると思いますが、この 2 点お願 い致します。

質問3

先ほど乙武さんにお目にかかったとき、すごく気持ち のいい声で挨拶していただきました。挨拶の大事さは、大人にな ってから初めて気づくもので、なかなか子どもの頃は気づけなか ったことだと思います。その様な大人になって初めて気づくような 大事なことを、どのように子どもに伝えようとしているのか、乙武さ んの考えをお聞かせいただきたい。

質問4

高校生です。つい最近まで小学生、中学生だった者と して、お二人がすごく高い志を持っていらっしゃることは理解でき たし、教育に対する情熱も伝わってきました。しかし、子どもという のはすごく狭い世界の中で生きていて、その中でスクールカース トといって、いわゆる子どもの中での身分制度のようなものがあっ たりします。すごく狭い中で、いじめの苦痛があった場合、どのよ うにしてお二人が介入していくのか、方向性のようなものでもいい ので、お聞かせ願えますか。

本城

はい、ご質問をひとまず打ち切りましょう。ではどこから 行きましょうか。いじめの話は非常に大事な問題ですね。また、そ の問題に対する教育委員会の対応という点もありますので、その 2 つをつなげてお話いただけますか。

乙武

文科省も学校も、「いじめをなくそう」、「いじめゼロ」とい う目標を謳っていますよね。僕はまずそこから間違っている気が

(9)

しています。勿論、聞こえはいいし、理想です。しかし現実的には 相当厳しいと思います。 どんな組織でも、弱い立場の人間が出てきてしまったり、その 人に歪みが行ってしまうことがあります。嫁姑問題も、家庭という 組織の中における、ある種のいじめだと僕は思っています。どん な小さな組織でもどうしても起こるもの。 いじめの根絶はまず実現不可能だし、それを謳うことで実際に 身の回りに起きた時に、「なかったことにしちゃえ」という隠蔽体質 にも繋がってくると思うのです。 いじめはあることを前提に、いじめられた子をどう救っていくか という考え方のほうが現実的だし、子どもには効果があると思っ ています。 まさに質問者の方が言ってくださったように、「ではどういう形で 子どもたちを救っていったらいいか」ということですが、勿論教師 が心の中に入り込んでいって、いじめられている本人も教師に心 を開くということが理想だと思います。 しかし、ある中学校で 6 人のグループと給食を食べたとき、「悩 みがあった時に、誰に相談するの?」、「何回でも手を挙げていい よ」と聞きました。 親に相談すると答えたのは 6 人中 2 人、兄弟は 1 人、友だちは 3 人。それが、教師は 0 だった。それが現実だと思います。 勿論、生徒から信頼され、悩みを受け止められる教員もいるで しょうが、全員が全員そうではない。だから教師が子どもたちを救 えるという前提があると、必ず救われない子どもが出てきてしまう わけです。 ではどうするか。僕は、子どもが所属するコミュニティを増やし てあげることが、すごく重要だと思っています。 特に小中学校の頃は、子どもにとっては学校が全てで社会の ほとんどを占めてしまうと思います。そこで否定されると、自分全 てが否定されてしまったかのように感じてしまう。 しかし最近、オタクの研究をしている方とお話をしていて、「なる ほど」と思ったことがあります。よく、オタクは現実逃避をしてその バーチャル空間に住んでいるという言われ方をしますが、そうで はなく、「現実をうまくやっていくための一時避難場所としてそこを うまく活用しているのだ」という言い方をその方はしていました。 僕は、それまで塾をどちらかと言うと否定的に捉えていました が、子どもたちの話を聞いていると、そう悪いものでもないと思っ てきた。それは、学校以外の勉強ができるからではなく、学校で はいじめられて居場所がない子でも、塾に行くと違う学校の友だ ちがいて、普通の生活ができる、受け入れてもらえる。 また、授業中私語が多く勉強もできなくて先生からは問題児扱 いされてしまう子も、地元の野球チームではリーダーで、みんな から頼られている。そういう居場所を確保するという観点は大事 だと気づきました。 そういう居場所がないと、いじめられた時に八方塞りになってし まって、最悪、死に向かってしまうケースも出てきてしまう。 確かに学校にも所属しているけど、塾もあるし、ボーイスカウト もある。野球チーム、サッカーチームもある。色んな組織がある中 で、所属する場所を自分で選べる状況であったら、例えば学校で いじめられていても、別の場所の友だちと生きていこうという一時 しのぎの場所があって、死から救ってあげられるのではないかと いう気がしています。

本城

時々、他の小中学校を見学すると、「今日はいじめストッ プデーです」というポスターが貼ってあったりしますが、これには 驚きですよね。他の日はどうなの?と思ってしまう。 大人の世界のどんな組織でも、プロのスポーツ界でも、芸能人 でも、やはりいじめはある。それは、コミュニケーションミスから始 まるもの、暴力を伴うもの、色々な形があると思いますが、とにか く存在するという前提に立って問題解決のための一歩を踏み出 すという点で、僕は今のお話にすごく共感します。 また、子どもが所属するコミュニティを増やしていくというのも、 すごく大事なことだと思うと同時に、学校の中に大人がうようよい ればいいと思っています。監視ではなく、色んな大人と子どもが 触れ合うことを狙って。 現在、私の中学校には 680 人ぐらいの生徒がいますが、そのぐ らいの規模だと 100 人ぐらいでしょうか、朝から晩まで、地元の方、 保護者、NPO・NGO の人、色んな国籍の人たちが大勢学校にい るのが理想です。当然、大人と子どもの相性もありますから、あ の人は嫌いだけども、この人だったら少し話してもいいな、と合う 人が見つかると思うのです。 そういうことは、地域の人々と密着し、保護者がすぐ近くに住ん でいるという状況である公立だからできることだと思います。 現在、不審者対策で学校には門がいっぱいありますが、時々 こっそりと大人がやってくるから、その中に変な人が混じるのであ って、銀座の歩行者天国では通り魔はあまり起こらないわけです し、やはりたくさんの大人が常にいるという状態が不審者対策に もなると思いますし、子ども同士のトラブルも、少しは解消される のではないでしょうか。勿論、僕も乙武さんと同意見で、ゼロには ならないだろうと思います。

乙武

ただ、誤解していただきたくないのは、大人が、いじめは

(10)

起こって当たり前だと容認の態度を見せることは、絶対に違いま す。絶対に僕ら大人は、いじめは許さないという態度を見せ続け ることがとても大事なのです。 先頃、文科大臣や東京都の教育長が、自殺予告の手紙が届 いた時に声明を出しました。報道でご存知の方もいらっしゃると思 いますが。 でも、紙を持って、いじめは絶対によくない、命を絶つことは許 されないと読み上げても、伝わらないですよね。 本当にダメだと伝える気持ちがあれば、紙なんか要らない。テ レビカメラに向かって、「いいか君、君の命はね…」と語りかけても 伝わるか分からないぐらいなのに、あれはないんじゃないかと僕 は思いました。 そういうメッセージを投げながらも、それでも起こるいじめに対 してどう対処していくかが大事。最初から「いじめは起こって当た り前だよ」と、大人が言っていいわけはない。

本城

そうですね。そこは大人として「いじめは絶対に許されな い」という断固たる姿勢を見せることが大事ですね。 それと、私立校にも回っているか分かりませんが、全国の公立 校には、現在、「文部科学大臣からのお願い」という紙が配布され ています。文部科学省から教育委員会を通じて、生徒・児童生徒 全員分を印刷して配布するよう指示が来ています。 どういうふうに子どもたちに手渡すか、配布するか。ただ単に 配布しておしまいなのか。学校現場の色々な取り組み方にもよる でしょう。 さき程の乙武さんの話にもありましたが、これを読んだとき、正 直、これで気持ちが伝わるのかなと思い不安になって、配布は見 合わせましょうかという話を校内でしました。 ところが他の学校の方にに聞いてみたら、「配らなくて、もし学 校で万が一、何か事件が起こったら、配らなかったせいだと絶対 言われる」とか「配っておいたほうがいいよ。毒にはならないでし ょう」という意見がでまして、結局は配りました。 裏面は、「お父さん、お母さん、ご家族の皆さん、学校や塾の先 生、スポーツ指導者、地域の皆さんへ」となっており、地域の回覧 板や保護者の方に配布してくださいということでした。 いじめという問題を解決するための取り組みだと思うのですが、 これだけでは足りない。制度政策費として 30∼40 億円でしたか、 それぐらいの予算が新しく付くようですが、それ以外に、やはり現 場で働く先生たち、保護者の方、地域の方がもっと活動すること が大事なのです。 ぜひ皆さんも、ご自身の母校ではなくて、住んでいる近くの学 校、公立でも私立でも行ってみて下さい。拒否されるかもしれませ んが、最近はかなりオープンになってきています。 見学する、子どもの様子を見るということだけでも、変化を起こ す大きな一歩になると思いますし、ぜひ学校の現場を見ていただ きたいと思います。

乙武

先述の「教育は文科省の会議室で起こってるんじゃない。 教室という現場で起こっているんだ」ということを更に強く思ったこ とが、新聞記事にありました。 皆さん、ご覧になりましたか?いじめた子を出席停止へ、という 教育再生会議の記事。本当に分かってないのだなと、びっくりし ました。「いじめやったら、出席停止だからな。」で、いじめが解決 するんですかね。

本城

色々な解決策があるとは思いますが、やはり、必死にな って生きている姿勢を、大人が見せることが大事だと思います。 次に、挨拶は大事だというような大人になってからの気づきを、 子どもに対してどう伝えるかというご質問がありました。乙武さん だったらどのように伝えていきますか。

乙武

先ほどの母の言葉が 15 年振りに蘇ってきたというのは、 一旦その時に受け入れたことが、また蘇ってきたという例でした が、言われた時にはまったく理解できなかったことが大人になっ て、そういうことだったのかと気づいたということもありました。 僕が小学 4 年生ぐらいだった時、人間はなぜ死んでいくのかと いう話をしていて、母が「人は使命があって生まれてくる、その使 命を果たした時に死んでいく」というようなことを言ったのです。 当時 10 歳ぐらいで、その意味が全く分からなかったのですが、 20 歳ぐらいになってから、「あれ、なぜ他の人は皆、手と足がくっ ついて生まれてきているのに僕だけないのだろう」と思った時、そ の 10 年ぐらい前に言われた母の言葉が蘇ってきて、「こういう人 とは違う体で生まれてきたことも使命がある。そういう体でしかで しかできないこと、そんなことがあるのかな」と漠然と考えたりしま した。 また、戦争の映像がテレビで流れるのを見て「なぜこの人たち は死ななくてはいけないのか」と思った時にも、母の言葉がまた 出てきて、「もし本当に、人は使命を果たしたから死ぬんであれば、 この人たちはまだだろうな」と。 では、母が言ったことは間違いなのかと思った時に、「いや、こ の人たちは、もしかしたら死ぬことで僕たちに何かを伝えようとし

(11)

ているのかもしれない。であれば、僕らがこの人たちの死から何 かを必死に学び取らなければ、本当に無駄死にになってしまう」と 思って、僕はそこから何かを得ようと必死になった。 その時に伝わらなかったからといって、一生伝わらないかとい うと、決してそんなことはない。種だけ植えつけておけば、ある環 境に行った時、ある出来事に遭遇した時、ある出会いがあった時 にパッと芽が出て、「そういえばあの時、あの大人がこんなことを 言ってくれたな」と思うときが来ると思います。 なので、この歳では言っても分からないと諦めず、いつかこの 言葉が生きてくる時が来るかもしれないと思って、誠心誠意伝え ることは、僕自身の経験からいうとすごく大事だと思います。

本城

僕も、5∼6 歳の頃から、父から何百回も言われたことが あります。例えば、人生はバトンリレー、とか、夫婦になったらとに かく子どもの前では夫婦喧嘩をしない、学校の先生の悪口を子ど もの前で言わない、というようなことですが、繰り返し言われまし た。やはり回数も大事かなということもあります。 次に、楽天の経験がある僕だからできることは?というご質問 ですが、「どんな学校を作りたいですか」と就任前後度々聞かれ た時にも一貫して答えているのですが、「真似したくなっちゃう学 校を作る」ということです。 公立校ですので、特殊なことをしようと思えば、色々な人脈や 手法を使ってできると思います。しかし自分たちのところだけでそ れをやっても広まっていかなかったら意味がないと思うのです。 他の学校が真似したくなるような魅力を持つこと。そして、真似 してもらえる仕組みを作る。魅力と仕組みを大事にしたいです。 魅力とは、やはり、生徒みんながしっかりとゴミを拾うこと、挨拶 ができること、そういう当たり前のことが当たり前にできることが魅 力だと思います。 その上で、仕組をしっかり作ることができれば、民間から登用さ れた人間としての特色や役割が果たせるのではないかと思って います。 公立校なので普遍性、不易流行の不易の部分をしっかりと追 求していきたい。今後、私立校に僕がもし係わることができるのな ら、その際は、不易の部分ではなく別のスタイルを追求していき たいと思っています。 次に、教育委員会がこうなったらというご質問ですが、いかが でしょうか。

乙武

教育現場に係わらせていただくようになって、色々な事 態の原因が少しずつ見えてきた気がします。犯人探しはあまりよ くないのですが、保護者が鍵を握っていることがわかってきまし た。 例えば、いじめが起こると、「教師は何をやっていたんだ、いじ めに気づかなかったのか」という批判がきます。そこを辿っていく と、おもしろいことがわかります。 まず、保護者が教室での出来事を聞いて、「そんなことでいい のか」と思った時、僕だったら、やはり担任にぶつけるのがベスト だと思っているのですが、いきなり学校長さえ越えて、教育委員 会に抗議してしまうのです。 実際、僕が実習に行っていた学校の先生も、父兄から教育委 員会へ直接何か言われて、「あなたの教育はどうなっているの か」と問合せがあったそうです。 そうなると、教育委員会も、「いや、知りませんでした」では済ま なくなるので各学校に対して「問題点があったら上げてください、 状況を分かるようにしておいてください」となる。 そうなると今度は学校でも、現場の先生が校長、副校長にどん どん情報を上げていかなければいけなくなる。 ではどうやって情報を上げるのか。言った言わないでトラブル になったりしますし、意外に学校はまだアナログの世界です。 先述の色んな委員会や会議が全部、メーリングリストを作って やり取りをすれば、1 時間半の会議が 5 分で済むと思っているの ですが、そういった環境にはまだないので、手書きの書類で情報 を上げていくしかない。それがとても時間がかかる。それが先生 の忙しさのかなり大きな原因だと僕は思っています。 そうすると、子どもに向き合う時間が削られてしまって、結局、 保護者が「先生が子どもに向き合ってくれない」と教育委員会にク レームを入れ、それによって更に先生が子どもと向き合う時間を 奪っているのです。 そこで、教育委員会に何をしてもらいたいかという話に戻ると、 そういうクレームに対し、「学校現場を信じてほしい」と訴えること もしてほしい。 保護者に何か言われたとき、すぐに状況説明をするために学 校現場を忙しくするのではなく、「そういうこともあるでしょう。でも、 それはきちんと担任の先生と話し合ってみてください」と言う勇気 を持ってほしい。難しいかも知れないけど。 それによって学校現場は時間的な猶予ができるし、よりやりた いと思っている教育ができる環境を整えることが出来るはずです。 そこを教育委員会にがんばっていただきたいと思っています。

(12)

本城

僕も 3 ヶ月間、準備のために教育委員会に籍を置かせ てもらいましたが、正直言って驚きました。皆さん本当に一生懸命 に忙しくお仕事をされています。 これは教育委員会のレベルではどうしようもない、こんなことま でしないといけないのか、ということまで指導主事の方々は抱え ています。例えばアンケート集計作業といった事務的な仕事が本 当に多いと痛感しました。 今は公立の学校であったとしても、全国一律に同じという考え が通用しなくなってきていると思います。横浜市の中でも、地域特 性があり、やっぱりやるべきこと、取り組むべき課題もそれぞれ違 います。 なので、教育委員会が持つ種々の権限を、もっと学校現場に 委譲していったらどうでしょう。学校現場といっても、教職員だけで はなく、地域の方、保護者の方、また子どもたち自身。そこに委譲 できる権限は委譲することで、教育委員会なり行政は、本来取り 組むべき、出口、結果のチェック、学校の評価をしていく。そして その結果を公開していく。それこそが教育委員会の流れだと思い ます。 学校の現場で、それぞれの立場の人が責任持って、子どもた ち、保護者、地域の方に対して、しっかり説明できるような権限を 持つ。 例えば、職員の採用や予算の割り当てというものは現場に任 せ、それがきちんと的確に行われているかという透明性の部分を、 教育委員会や行政がチェックしていくというのが、当たり前なこと を当たり前にやるための前提だと思います。 そろそろお時間になりました。今後、乙武さんも僕も、教育現場 で仕事をしていく時に、もしかしたら今日ここでこうして皆さんと会 えたことで、お互いにサポートし合ったり、刺激し合うようなつなが りをいただけるのかも知れません。 今日は乙武さんや皆さんと時間を共有できたことをありがたく 思っています。本当にありがとうございました。

司会

本城さん、乙武さん、本当にありがとうございました。 お二人とも、普段から色々なメディアでもお話をお伺いするチャ ンスがありましたが、本日はお願いした通り、本当に率直なお話 を伺えました。もう一度大きな拍手をお願いいたします。 皆様全員のご質問にお答えする時間がなくて申し訳ございま せんでしたが、この後、お時間が許す限り、交流していっていただ ければ幸いです。本日は本当にありがとうございました。 次回は、今月 21 日に本城さんと山本シュウさんに再度、教育 をテーマにお話いただきます。 山本シュウさんは、ラジオ DJ をされながら品川区の公立小学 校で PTA 会長を 5 年、今年は顧問として係わられています。『レ モンさんの PTA 爆談』という本も出ています。とても楽しいお話を 伺えると思いますので、ぜひご参加下さい。 乙武洋匡氏 プロフィール 1976 年、東京生まれ。大学在学中に著した『五体不満足』(講談社)が 500 万部を超えるベストセラーに。大学卒業後は、『Number』での連載を 皮切りに、スポーツ・ライティングの分野で活躍していたが、2005 年度より、 新宿区教育委員会の非常勤職員「子どもの生き方パートナー」として学校 に赴くなど、教育活動にも携わる。また、同年からは明星大学にて小学校 の教員免許を取得すべく勉強を開始。今秋には 4 週間の教育実習も経験 した。早ければ、来年 4 月から教壇に立つ可能性もある。 本城愼之介氏 プロフィール 1997 年 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同年 「楽天市場」を運営する楽天株式会社の創業に参画。取締役副社長とし てシステム開発を中心に、楽天の基盤を構築する。2002 年 11 月より社外 取締役を務める。2002 年 12 月に教育事業に取り組むため、株式会社音 別を設立、代表取締役に就任。2004 年 12 月、横浜市が新設する横浜市 立東山田中学校の校長公募に応募。応募者 68 名の中から選抜される。 2005 年 4 月、横浜市立東山田中学校開校。同校の初代校長として着任。 現在、全国最年少の公立校の校長として日々奮闘中。 ※本講演録中の名称・肩書等は、意見交流会開催当時(2006 年 12 月 5 日付)のものです。

参照

関連したドキュメント

○ 4番 垰田英伸議員 分かりました。.

これはつまり十進法ではなく、一進法を用いて自然数を表記するということである。とは いえ数が大きくなると見にくくなるので、.. 0, 1,

児童について一緒に考えることが解決への糸口 になるのではないか。④保護者への対応も難し

点から見たときに、 債務者に、 複数債権者の有する債権額を考慮することなく弁済することを可能にしているものとしては、

黒い、太く示しているところが敷地の区域という形になります。区域としては、中央のほう に A、B 街区、そして北側のほうに C、D、E

 筆記試験は与えられた課題に対して、時間 内に回答 しなければなりません。時間内に答 え を出すことは働 くことと 同様です。 だから分からな い問題は後回しでもいいので

学側からより、たくさんの情報 提供してほしいなあと感じて います。講議 まま に関して、うるさ すぎる学生、講議 まま

大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場