要旨 本稿は,消費者教育に関わる教員免許更新講習の受講者(長野県内の幼・小・中・高校教師)を対象に, 各学校における金融・経済を中心とする消費者教育実践の現状を把握するために実施したアンケート調査の 結果を整理したものである。その結果,金融・経済を中心とする消費者教育の必要性が(とても・まあ)あ る」と考えている教師は全体の約 88%であるが,「消費者教育への意欲が(とても・まあ)ある」と考えて いる教師の割合は 69%であり,金融・経済に関わる消費者教育の必要性は感じてはいるものの,実際に実 践しようとする意欲とは約 19%の差があることが明らかとなった。 キーワード:消費者教育,経済教育,幼稚園(保育園)・小学校・中学校・高等学校教師
Ⅰ.問題の所在と本研究実施に至った経緯
警察庁の発表1)によると,2017 年の我が国の特殊 詐欺件数は 18,212 件(前年比 28.7%)で,7 年連続の 増加であり,被害総額は約 395 億円(前年比 3.2% 減 少)である。被害者の約 73% は 65 歳以上の高齢者で あるが,若者をターゲットにした種類の詐欺や加害者 側(簡単に金銭を稼げるバイト感覚による受け子など。 検挙者数は 2,448 人で前年比 3.3% 増加)にする手口も あり,詐欺事件は被害者側だけの問題ではない。 平成 24 年に消費者教育推進法(以下,推進法と略 す)が成立・施行されてすでに 6 年が経過した。消費 者庁や金融広報中央委員会のホームページ等では,消 費者教育に関わる様々な学習指導案例や教材が紹介さ れており,教師の金融・経済分野を中心とした消費者 教育を実践し易くなったと考えていた。 しかし,2016 年 11 月の消費者教育に関する教員免 許更新講習時に第 1 回目の予備アンケート調査を実施 したところ,「金融・経済を中心とした消費者教育の 実践は難しい」と回答した教師が約 80%であった2)。 この第1回目の予備調査時のアンケート回答者は51名 (長野県教員全体の 0.266%)であり,これで長野県内 の学校における消費者教育の全体傾向を把握すること は難しいと判断した。 さらに,推進法施行 5 年経過(本調査時点)した段 階で,どの程度,金融・経済に関わる消費者教育が実 践されているのか,実践上の課題の有無とその背景に あるものを再度明らかにする必要があると考え,2 回 目の予備調査を実施した。なお,本稿は紙幅の関係で 第 2 回のアンケート調査に関わる部分のみ記述する。Ⅱ.調査の概要と対象教師の属性
1.調査の概要 ・調査時期 2017(平成 29)年 11 月 18 日(土) ・調査対象 教員免許状更新講習の受講者 58 名 長 野県全教員の約 0.3%「消費者教育をどう行うか (B)」 ・設問数 25 問(属性に関すること以外) ・回答方法 選択式・自由回答記述式 ・回答者(受講者) 全員が長野県内の教師(退職者 含む) *長野県内の幼・小・中・義務教育学校・高・特支・ 中等教育学校の本務教員数 19,159 名(公立小中は市町金融・経済分野を中心とする
消費者教育に関する一考察
─長野県内の幼・小・中・高校教師に対す
る第 2 回予備調査の分析結果に着目して─
The Journal of Economic Education No.38, September, 2019A consideration on consumer education focusing on finance and economy: On the analysis of the second preliminary survey for
teachers from kindergarten to high school in Nagano prefecture
TAMURA, Yoshimichi
村費負担講師を含む)平成 28 年 5 月 1 日現在 2.回答者の属性 (1)回答者の性別 男性 26 人(44.8%),女性 32 人 (55.2%),合計 58 人 (2)教科の全体構成 表 1 中学校・高等学校籍の教師のみ 26 人 (3)各学校男女数と年齢層比率 表 2 年代・校種・男女別
Ⅲ.アンケート
1.アンケート項目と結果分析 表 3 教師の金融・経済に関わる消費者教育に関する 意識 17 項目 (1)結果 表 3 より ・「消費者教育の必要性が(とても・まあ)ある」と 感じている教師が約 88%であるが,「消費者教育へ の意欲が(とても・まあ)ある」では 69%(約 19% 差)である。 ・「現実の経済事象と消費者教育の内容を結びつけて 考えられる」と回答した教師は約 30%であるが, とても思わない・あまり思わないと回答した教師が 約 40%である。 ・授業時間が十分あると回答している教師は約 12% しかいない。 ・学校全体の雰囲気として「お金に関する教育を行う ことをタブー視していると感じるかどうか」につい ては 70%の教師が「感じない・あまり感じない」 と回答している。 ・「自分自身は消費者教育に興味がある」と回答した 教師は 70%超であるが,どちらでもないが 19%で ある。 ・「消費者教育に関わる教材(資料)収集がしやすい」 と回答した教師は,わずか 14%弱である。 ・「授業内容・方法について相談できる相手がいる」 と回答した教師は約 22%である。 ・「消費者教育の内容を(まあ)理解している」と回 答した教師は約 16%程度である。 ・「生徒に分かりやすく教える方法を(まあ)知って いる」と回答した教師は 2 人(3.5%)である。 消費者教育に直接的に関わる教科として,社会科・ 公民科・家庭科・商業科の教師が 10 名(38.5%)い る中で,消費者教育の内容を知っていると回答した 教師が 15%程度ということから,特に社会科・公 民科の教師への講習等が必要と考える。また,社会 科・公民科以外の教師は,経済の専門的な内容の授 業をする必要はないが,希少性,トレード・オフな 教科 国語 社公 数学 理科 英語 家庭 音楽 保体 美術 商業 工業 技術 人数 1 6 1 7 2 3 1 2 1 1 1 0 表 1 中学校・高等学校籍の教師のみ 26 人 表 2 年代・校種・男女別 年 代 校 種 男 女 30 歳代 15 名 25.9% 幼・小学校 2 5 中学校 3 1 高等学校 3 0 特支・その他 0 1 40 歳代 18 名 31% 幼・小学校 4 3 中学校 1 2 高等学校 3 1 特支・その他 2 2 50 歳代 25 名 43.1% 幼・小学校 5 6 中学校 4 0 高等学校 5 3 特支・その他 0 2 合 計 58 名 32 26どの基本的な経済概念に関わる内容のことを特別活 動の時間などで実践することが望ましいと考える。 (2)17 項目中の相関関係(一部抜粋) *相関係数が 0.6 を超えたものは 12 組(すべて 1%水 準で有意)。 ・「10 教授方法を知っている」と「12 自分が教え る内容を理解している」は相関係数 0.743 で,やや 強く正の相関がみられる。 ・「8 補助教材が手に入りやすい」と「10 教授方法 を知っている」は相関係数 0.720 で,やや強く正の 相関がみられる。 ・「12 自分が教える内容を理解している」と 「14 経済事象と消費者教育を結びつけて考えられる」は 相関係数 0.663 で,やや強く正の相関がみられる。 ・「1 消費者教育の内容を理解している」と「10 教 授方法を知っている」 は相関係数 0.661 で,やや強 く正の相関がみられる。 ・「10 教授方法を知っている」と「14 経済事象と 消費者教育を結びつけて考えられるは相関係数 0.630 で,やや強く正の相関がみられる。 ・「教師の性別,校種,年齢層(経験年数)─他項目の 関係」と「担当教科─消費者教育の重要性・今後の 意欲」について大きな差は見られなかった。 ・消費者教育に関わる授業方法(技術)を向上させる 背景として教師自身の金融・経済の分野に関する知 識と情報収集能力の向上を図る必要があると考える。 (3)因子分析 金銭を中心とした消費者教育の実践について教師の 意識(実態)がどのようにかかわっているかを明らか にするために,本アンケートで得られた結果を基に教 師の意識に関わる共通因子を分析した。 スクリープロットでは固有値 1 を超えているものが 4 つ存在していたが,上位 3 因子による累積寄与率が 50%を超えていたため,因子数を 3 個と推定した。因 表 3 教師の金融・経済に関わる消費者教育に関する意識 17 項目 1 とても思 わない 2 あまり思わない もいえない3 どちらと 4 まあそう思う 5 とても思う 平均 * 消費者教育の必要性を感じる 0(0,0%) 7(12,1%) 0(0,0%) 29(50,0%) 22(37,9%) 3.26 1 消費者教育の内容を理解している 5(8,6%) 29(50,0%) 15(25,9%) 9(15,5%) 0(0,0%) 2.48 2 自分の専門教科で消費者教育に関する授業を行う 必要がある 2(3,5%) 10(17,2%) 10(17,2%) 29(50,0%) 7(12,1%) 3.5 3 消費者教育は社会科・公民科・家庭科の授業でし てほしいと思っている 1(1,7%) 5(8,6%) 27(46,6%) 18(31,0%) 7(12,1%) 3.43 4 消費者教育を行う授業時間は十分ある 12(20,7%) 26(44,8%) 13(22,4%) 4(6,9%) 3(5,2%) 2.31 5 学校の雰囲気としてお金に関する授業をタブー視 している感じがする 16(27,6%) 25(43,1%) 14(24,1%) 2(3,5%) 1(1,7%) 2.09 6 消費者教育に関わる経済事項は簡単である 15(25,9%) 23(39,7%) 19(32,7%) 1(1,7%) 0(0,0%) 2.1 7 消費者教育に関わる資料収集でどの HP を見れば よいか知っている 11(19,0%) 18(31,0%) 14(24,1%) 15(25,9%) 0(0,0%) 2.57 8 適切な補助教材(DVD やパソコンソフト)が手に 入りやすい 15(25,9%) 21(36,2%) 14(24,1%) 7(12,1%) 1(1,7%) 2.28 9 消費者教育の授業内容や方法について周囲に相談 できる人がいる 17(29,3%) 15(25,9%) 13(22,4%) 12(20,7%) 1(1,7%) 2.4 10 消費者教育を生徒に分かりやすく教える適切な 方法を知っている 21(36,2%) 17(29,3%) 18(31,0%) 2(3,5%) 0(0,0%) 2.02 11 生徒が消費者教育に興味や関心を示している 9(15,5%) 13(22,4%) 20(34,5%) 16(27,6%) 0(0,0%) 2.74 12 消費者教育として教える内容を理解している 12(20,7%) 19(32,7%) 16(27,6%) 11(19,0%) 0(0,0%) 2.49 13 自分自身が消費者教育に対して興味・関心を持 っている 0(0,0%) 5(8,6%) 11(19,0%) 35(60,3%) 7(12,1%) 3.76 14 現実の経済事象と消費者問題を結びつけて考え られる 1(1,7%) 22(38,0%) 18(31,0%) 16(27,6%) 1(1,7%) 2.9 15 学校の授業において消費者教育を行うことは必 要(重要)である 0(0,0%) 2(3,5%) 8(13,8%) 26(44,8%) 22(37,9%) 4.17 16 今後,消費者教育を積極的に取り組もうと考え ている 1(1,7%) 3(5,2%) 14(24,1%) 31(53,5%) 9(15,5%) 3.76 *小数点第 2 位以下四捨五入(100%になるように修正箇所あり) *平均欄の太字は 3.00 以上
子抽出法は主因子法とした。因子間の相関があると仮 定したため,回転方法はプロマックス法とした。 ①消費者教育実践性に関する尺度の分析 ・消費者教育実践性尺度 17 項目について得点分布を 確認したところ,いくつかの質問項目で得点分布の 偏りが見られた。最高平均 4.17(消費者教育は重要), 最低平均 2.02(分かりやすく教える方法を知ってい る)表 3。得点分布の偏りが見られた項目の内容を 吟味したところ,いずれの質問項目においても消費 者教育実践への意識という概念を測定する上で不可 欠のものであると考えられた。そこで,ここでは項 目を除外せず,すべての質問項目を分析対象とした。 ・本データが因子分析を行うことに妥当性があるかど うかを確かめた。結果,KMO(カイザー・マイ ヤー・オルキン)の標本妥当性の測度が .790 であっ たので,因子分析を行うことの妥当性が確かめられ た。 ・この 17 項目に対して主因子法による因子分析を 行ったところ,固有値は 6.108,2.168,1.555,1.317, 0.972・・・であった。固有値 1.00 を超える項目が 4 個あったが,上位 3 項目で累積 50%を超えていたの で,3 因子構造 が妥当であると考えた。そこで再度, 3 因子と仮定して主因子法・Promax 回転による因 子分析を行った。その結果十分な因子負荷量(0.40 未満)を示さなかった 3 項目(2 自分の専門教科の 授業で実施 5 お金のタブー視, 11 生徒の興味 関心)を分析から除外し,再度,主因子法・Pro-max 回転による因子分析を行った。主因子法・ Promax 回転後の最終的な因子パターンと因子間相 関を表 4 に示す。なお,回転前の 3 因子で 17 項目の 全分散を説明する割合は 57.825%であった。 第 1 因子は因子負荷量から 3 項目で構成されている と判断した。「教授方法」「補助教材取得容易」「自分 の内容理解」など,自分自身に関わる内容の項目が高 い負荷量を示していた。そこで「自力情報」因子と命 名した。 第 2 因子は因子負荷量から 3 項目で構成されている と判断した。「消費者教育は重要である」「消費者教育 は必要である」「今後消費者教育に取り組んでいく意 思がある」など現在と今後のことに関する内容の項目 が高い負荷量を示していた。そこで「希望」因子と命 名した。 第3因子は2項目で構成されており,「社会科か家庭 科で実践するべき」 「授業時間がある」など,直接関 わりが強い教科であれば授業時間が確保されると考え られることから「依存」因子と命名した。 表 4 消費者教育実践に関わる因子パターンと因子間相関 因子 1 自力情報 因子 2希 望 因子 3依 存 10 教授方法 .93 .00 -.09 1 自分の内容理解 .84 .06 -.08 8 補助教材取得 .83 -.02 .01 14 自分の経済事象と関係性 .72 .07 -.23 7 HP 検索知っている .68 -.03 .09 9 他者への相談 .57 .16 .10 6 経済事項簡単 .56 -.31 .11 12 内容理解 .53 .13 .28 15 消費者教育重要 -.21 .93 -.02 * 必要性 .07 .70 -.12 16 今後の意欲 .11 .67 .04 13 自分の興味関心 .11 .54 .13 4 授業時間あり .05 .10 .71 3 社会科か家庭科で実践 -.08 -.09 .71 因子間相関 Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅰ - .46 .39 Ⅱ - .06 Ⅲ -