日本認知・行動療法学会 第44回大会 一般演題 P2-62 420
-認知行動的心理教育プログラムの援助者の違いが主観的幸福感や抑うつに及ぼす影響
○北田 里奈1)、長谷川 晃2)、願興寺 礼子3) 1 )東海学院大学大学院人間関係学研究科、 2 )東海学院大学人間関係学部、 3 )中部大学人文学部 【目的】 認知行動療法の研究では,主観的幸福感や自尊感情 といったポジティブな側面も向上させることが示唆さ れている。例えば,根建・田上(1995)の認知行動的 プログラムは,実験参加者の悩み事の原因となってい る認知の歪みについて実験者がコメントした後,実践 可能な行動的宿題をホームワークとして課すという方 法で実施した。これらの特徴は,プログラムの対象者 を専門的ケアが必要ではない人とした点,一般的な人 が持つ悩み事の改善を扱っている点の 2 点ある。根 建・田上(1995)は,これら 2 つの特徴を持つプログ ラムを一般的な人を対象に実施し,主観的幸福感の上 昇と不安を低下させる効果があることを明らかにし た。 既存の認知行動的プログラムでは,心理教育を行 う,個人にホームワークを課すということは共通で行 われているが,変容させようとしている認知や行動の 気づかせ方はプログラムによって異なっている。先行 研究においては,グループディスカッションや専門家 からの指摘を受けたことを通して,変容すべき認知や 行動について気づく形態でプログラムが実施されてい た(金築ら, 2008; 白石, 2005)。しかし,友人・同 級生からの指摘や内省によって自ら気づくことができ ると考えられるが,この可能性については検証されて いない。そこで,本研究では,友人・同級生からの指 摘,あるいは自らの内省によって,認知の歪みに気づ きプログラムを実施した場合も抑うつを低下させ,主 観的幸福感を上昇させることが可能か検討する。具体 的には,援助者を実験者(以下,実験者群),実験参 加者の友人や同級生(以下,友人群),実験参加者自 身(以下,自分群)とした 3 群に対して,根建・田上 (1995)を基にした認知行動的プログラムを実施し, その効果を比較する。なお,友人群に関しては相談す る人と相談を受けた人,両者ともに同様の調査を実施 し,その結果も分析に含める。加えて,プログラムを 受けた感想等についても記述を求め,質的な分析も行 う。 【方法】 2017年 5 月上旬から 6 月下旬にかけて,大学生45名 を対象に実験を行った。そのうち,質問紙で欠損が認 められた者と,ドロップアウトした者を除き,39名 (男性18名,女性21名,平均年齢18.5歳)を分析の対 象とした。各参加者を実験者群( 8 名),友人群(14 名),自分群( 8 名),統制群( 9 名)に振り分けた。 各参加者には,実験室に来室を求め,インフォームド コンセントを得た。続いて,主観的幸福感尺度(伊藤 ら, 2003), ロ ー ゼ ン バ ー グ 自 尊 感 情 尺 度( 桜 井, 2000),攻撃性を測定するBAQ(安藤ら, 1999),抑うつ を測定するCES- D(島ら, 1985)に回答を求めた。そ の後,実験者群,友人群,自分群の 3 群には,心理教 育を実施した。心理教育の内容としては,大野(2003) を参考に,認知の歪みとプログラムの実施方法に関し てパワーポイントを用いて説明を行った。なお,プロ グラムで扱う内容は対人関係に関することに限定し た。 次に,実験者群,友人群,自分群の 3 群には, 4 回 の認知行動的心理教育プログラムを約 2 週間実施し た。 3 日に 1 回プログラムの用紙に沿って記述を求め (Table 1),それを基に 1 回30〜45分程度の面接ない し内省を実施させた。実験者群の参加者には実験室に て実験者が対面で面接を行った。友人群の参加者に は,どちらが相談をする側になるか,受ける側になる かを相談して決めた後,任意の場所で面接を開始し た。自分群の参加者は任意の場所で内省を実施した。 3 群の参加者には 4 回目のプログラムの終了後に質問 紙に回答を求めた。統制群の参加者には,質問紙の回 答のみを求めた。さらに, 1 ヶ月後に実験室にて質問 紙への回答を求めた。なお,実施後テスト,実施 1 ヶ 月後テストに関しては,プログラムを受けた感想等に ついても記述を求めた。 倫理的配慮:研究に先立ち,研究の内容や、研究に 参加しなかったり、途中で研究参加を取りやめても不 利益を被らないことを説明し,同意が得られた者のみ 研究を実施した。 【結果】 尺度ごとに実験者群,友人群(する側・される側), 自分群,統制群の 5 群× 3 回の質問紙の実施時期の 2 要因分散分析を行った(Table 2)。どの尺度において も,交互作用が有意ではなかった。抑うつ尺度におい て援助者の違いの主効果に有意差が生じたため,多重 比較(HSD法)を行った結果,統制群の方が実験者群 より抑うつが 5 %水準で有意に高かった。 実験者群,友人群,自分群の 3 群のプログラムを受 けた感想は以下の通りであった。実験者群では,「悩 みごとを人に話してよかった」,友人群の相談する側 では,「頼りになる友人の存在に気付けた」といった日本認知・行動療法学会 第44回大会 一般演題 P2-62 421 -感想がみられた。友人群の相談を受ける側では,「相 談に乗ることへの困難さ」や「負担感」といった感想 がある一方で,「相手を深く理解することができた」 や「友人に対する接し方を考えるいい機会になった」 といった感想がみられた。自分群では最も多く「冷静 に考えられるようになった」など内省の効果について の感想がある一方で,「自分で気づくことへの困難さ」 といった感想がみられた。 認知の歪みに気づいた人数,認知行動的心理教育プ ログラムを使用した人数は自分群が最多であった。認 知の歪みに気づいた回数は自分群が最多で,プログラ ムを使用した回数は実験者群が最多であった。 【考察】 認知行動的心理教育プログラムの援助者の違い(実 験者・友人・自分自身)が主観的幸福感,自尊感情, 攻撃性,抑うつに及ぼす影響について検討した結果, 有意な結果が得られなかった。その原因としては,心 理教育に問題があったこと,プログラムの実施期間が 2 週間と短かったこと,質問紙の構成に問題があった ことが考えられる。 各参加者がプログラムを受けた感想から以下のこと が示唆される。実験者群と友人群の相談する側の「他 人に相談してよかった」という感想より,内面を話す ことによる抵抗感よりカタルシス効果が上回ったた め,相談することにポジティブな感想を持ったのでは ないかと考えられる。 友人群の相談を受ける側が述べた「相談を受けるこ とに対する難しさ」は「相談を理解する困難さ」と「相 談相手にコメントすることへの困難さ」の 2 つに分類 できる。前者は相談相手の悩み事や置かれている立場 を理解する,想像し共感することへの困難さが含まれ ているのではないかと考えられる。後者は,対人行動 に関する資質の乏しさから生じたのではないかと考え られる。一方で,相談を受けたことに対する肯定的な 感想もえられ,相手の立場を理解しようとする過程 で,一定の内省の効果があったためと考えられる。 自分群の感想から,体感的に「内省」を含むプログ ラムの有効性に気づいたことが伺えた。一方で,「自 力で行うことの困難さ」に関する感想もみられ,適正 にプログラムを実施できているかという不安を抱えて いたことが明らかになった。