Mezlocillinの
内 科 的 感 染 症 へ の 応 用
辻 本 兵 博 ・山 口 防 人 ・丸 山 博 司
星ケ丘厚生年金病院内科
新 し く開 発 さ れ たBAY f 1353(Mezlocillin)はN-置 換ureidomethylpenicillin系 の 半 合 成Penicillinで あ る 。 本 剤 はAmpicillin(ABPC),Carbenicillin(CBPC), Cephalothin(CET)よ り も 強 い 抗 菌 力 を 有 して い る と い わ れ,ま た 広 範 囲 の 抗 菌 ス ペ ク ト ラ ム を 有 し,H. influenzae,Klebsiella,Enterobacter,Serratiaな ど に 対 し て も抗 菌 力 を も つ と い わ れ て い る 事 は 注 目 に 値 す る1)。 他 方,胆 汁 へ の 排 泄 も 良 好 で あ り,胆 道 感 染 症 に も 有 利 に 作 用 す る と 考 え ら れ る2)。 今 回,こ の よ う な 特 性 の あ る 抗 生 剤 を 使 用 す る機 会 を 得,呼 吸 器 感 染 症 を 中 心 に 臨 床 的 検 討 を 行 っ た の で,そ の 概 要 を 報 告 す る 。 1.研 究 方 法 治 療 対 象:当 院 に 入 院 し た 呼 吸 器 感 染 症7例,リ ン パ 節 炎1例,胆 嚢 炎1例,不 明 熱1例,合 計10例 を 治 療 の 対 象 と し た 。 投 与 方 法:投 与 前 に 皮 内 テ ス トを 施 行 し,陰 性 で あ る こ と を 確 認 した 上 投 与 を 決 定 した 。Mezlocillin2gを 電 解 質 溶 液200mlに 溶 解 し,約1時 間 を か け て 点 滴 静 注 した 。 朝 夕2回,1日49の 計 算 とな る。 た だ し,症 例No.10の 重 症 の肺 炎 には1回49,1日89を 投与 した 。投 与 期 間 は 症 例 に よ り異 な るが,4∼23日 間 で あ る。 他 の抗 菌 製 剤 は 併 用 しな か った。 副作 用:患 者 の 訴 え と臨床 的 観察,血 液 ・生 化 学 的検 査 所 見 か ら,血 液,肝,腎 な ど に対 す る副 作用 の検 討を 行 った。 効 果 判 定:治 療 前後 の臨 床 症 状,血 液 な らび に血 清検 査,細 菌 学 的 検査 及 び胸 部X線 像 か ら,総 合 的 に 著効 (♯),有 効(+),無 効(-)と 判 定 した 。 II.治 療 成 績 臨 床 効 果:症 例 とそ の 治 療 成績 の概 要 をTable1に 示 した 。 著効4例,有 効5例,無 効1例 で,有 効率 は90 %と い う好 成 積 を得 た 。 症 例No.8は 原 疾 患不 明 であ り,客 観性 に 乏 しい の で 判 定 保留 す る と,9例 中8例 に 有 効,有 効 率89%と な る。 この成 積 に 関 す る限 り,症 例 数 は 少 な いの で決定 的 な こ とは 言 え ない が,本 剤 の 有効 性 は他 の抗 菌 製 剤 と較 べ 勝 る と も劣 ら な い と考 え られTable 1 Clinical evaluation of Mezlocillin treatment against respiratory and other infectious diseases
る。 細 菌学 的 に も検 討 した が,起 炎菌 と考 え られ る細 菌 を 分 離 し得 た のは3例 に 止 ま った 。 した が っ て,細 菌 学 的 効 果 に つ い て の総 括 的 な 判 定 は 不 可能 で あ っ た。 症 例No.10で は,治 療 前 後 とも喀 痰 中 よ りS. aureus が,そ れ ぞれ1×108/ml,7×103/ml検 出 され た。ABPC
Fig. 1-(1) Case No.4
Roentgraphic
picture before
Mezlocillin treatment.
に感 性 を示 して い たが,臨 床 的 に は無 効 で あ った 。 本 症 例 で は 基礎 疾 患 と して縦 隔 洞腫 瘍 が あ り,既 に 副 腎 ス テ ロイ ドを使 用 中に 肺 炎 を 併 発 した もの で,重 篤 な 状 態 に 悪 条 件 が重 な った た め に 無 効 で あ った と考 え られ る。 症 例:著 効 を得 た 肺 炎,気 管 支 拡 張 症,胆 嚢 炎 の各 症 例 に つ い て詳 述 す る。Fig. 1-(2) Case No.4
Its right lateral view.
〔症 例No.4〕 33才,男,熔 接 工 昭 和51年10月9日,咽 頭 痛,発 熱 あ り近 医 で 治 療 を う け た 。 軽 快 せ ず,呼 吸 困 難 を 伴 う よ う に な っ た の で,10 月12日 当 院 を 紹 介 さ れ 入 院 した 。 入 院 時,体 温37.0℃,脈 拍90/分,呼 吸 数26/分,血 圧 120/70mmHg,球 結 膜 黄 染 な く,胸 部 全 般 に 呼 吸 音 粗 で あ る 他 に 異 常 所 見 を 認 め な か っ た 。 赤 血 球483×104/ mm3,Hb14.7g/dl,白 血 球15,800/mm3,CRP8mm,
GOT 21u,GPT 23u,ALP 4.6u,α2-グ ロ プ リ ン15.7 %,マ イ コ プ ラ ズ マCF抗 体1:8以 下 で あ っ た 。 胸 部 X線 像 で は 全 肺 野 に 及 ぶ 散 布 性 陰 影 と特 に 両 上 肺 野 に 濃
Fig. 2 Case No.4 X-p, after 1 week treatment
厚 な 陰 影 を 示 し,重 篤 な 肺 炎 が 想 定 さ れ た(Fig.1-(1) ∼1-(3))。 入 院 直 後 か らMezlocillinの 投 与 を 開 始 した 。 投 与2 日 目 よ り呼 吸 困 難 消 失,3日 目 に は 解 熱,1週 後 に CRPは 陰 性 化 した 。 胸 部x線 像 もFig.2に 示 す よ う に,1週 間 治 療 で 大 幅 な 陰 影 の 減 少 を み,治 療3週 目 に は ほ ぼ 消 失 に 近 く迄 改 善 し た(Fig.3)。 11月2日 に 突 然38.6℃ の 発 熱,翌 日に 全 身 に 発 疹 が 出 現 した 。Table 2に 示 す よ う に,11月5日 の 血 液 像 で はHb12.8g/dl,白 血 球2,200/mm3,血 小 板7.6×104/ mm3,桿 状 核 球11%(242),リ ンパ 球71%(1,562)と な
Fig. 3 Case No.4 X-p, after 22 days treatment.
* High fever with eruption appeared
, the administration was interrupted.
り,血 小板 と顆 粒 白血 球 の 減 少 が 認 め られ た。 直 ち に本 剤 の投 与 を中 止 した 所,翌 日に 解 熱,1週 後 に は血 液 縁 の正 常 化 と発 疹 の消 失 をみ た 。 この 間,特 に治 療 を加 え る必 要 は な か った 。 〔症 例No.6〕 65才,男,無 職 50年2月 か ら気 管 支 拡 張 症 で当 院 に受 診,入 退 院 を繰 り返 して い る。52年8月19日 か ら喀痰 量1日 約200ml と増 量,発 熱 をみ る よ うに な った 。9月10日 には 呼 吸 困 難 出 現14日 に 入 院 した 。 入 院 時,体 温36.6℃,脈 拍84/分,呼 吸 数26/分,聴 診 上 背 面 に湿 性 ラ音 を 聴 取 した 。 そ れ 以外 に異 常 所 見 を 認 めな い。 検 査 上 貧 血 な く,白 血 球 数7,300/mm3と 正 常 だ が,CRP9mm,α2-グ ロ ブ リン11.0%,血 沈1時 間 値 93mmで あ る。 胸 部X線 像 に は新 しい異 常 影 を 認 め な い 。 入 院 後 の経 過 はFig.5に 示 す よ うに,当 初 ホ ス ホ マ イ シ ン(以 前 に既 使 用)1日4g点 滴 静 注 した。 一 時, 解 熱 傾 向 を示 した が,再 び38℃ 以 上 の 弛 張熱 が続 き, 喀 痰 量 も350mlと 著 明に 増 加 した。9月22日 か らKM 1日2g筋 注 に 変 更 した が病 状 改 善 を み な か った 。28日 か らMezlocillin投 与 開始 した と こ ろ,3日 目 に は 解 熱,呼 吸 困難 消 失,投 与1週 間 目に は 喀痰 量75mlに 減 量,全 身状 態 は 著 し く改 善,著 効 を得 た。 〔症 例No.9〕 76才,男,無 職 51年10月13日 か ら発 熱 と右 季 肋 部 痛 あ り,近 医 受 診 し た が軽 快 せ ず,黄 疸 出現,疼 痛 増 強 の た め,10月20日 入
Fig. 6 Case No.9 H. K. 76 M Cholecystitis 院 した 。 入 院 時,体 温40.2℃,脈 拍120/分,皮 膚 の 黄 染 著 明 で あ っ た 。 肝1横 指 触 知,胆 嚢 は 腫 脹 し,激 しい 有 痛 性 の 腫 瘤 と し て 触 知 した 。 検 査 で,赤 血 球411×104/mm3, Hb13.3g/dl,白 血 球11,700,肝 機 能 はII49,GOT60, GPT58u,ALP23.2u,LAP712と い ず れ も上 昇 し, Choline E 0.55△pH,CRP9mm,α2-グ ロ ブ リ ン14.7 %,血 沈1時 間 値100mmと 重 態 で あ っ た 。 胆 嚢 炎 と 診 断,Mezlocillinを 投 与 開 始 し た と こ ろ, Fig.6に 示 す よ うに,投 与2日 目 に 解 熱,全 身 状 態 は 徐 々 に 回 復 し た 。6日 目に はII18と な り,GOT,GPT, ALPが 正 常 化,胆 嚢 腫瘤 も消 失 し,著 効 を得 た。 本例 で は激 症 のた め 治 療 前 に十 二 指 腸 液 の採 取 不 能 で あ っ た。 治 療3日 目に 採 取 し得 たB胆 汁 では 細菌 を検 出 し 得 なか った 。 副 作 用:上 述 した よ うに,症 例No.4で は本 剤投 与 21日 目か ら発 熱,発 疹 が 出 現,翌 日に 軽 度 の 顆 粒 球 減 少,血 小 板 減 少 を み たが,投 与 中 止 に よ り約1週 間 で正 常 に 回 復 した。 同時 にGOT,GPTの 軽 度 の上 昇 も投 与 中 止 に よ り正 常化 した。 こ の間 全 く治 療 な しで回 復 して い る。 そ の 他 の症 例 につ い て も,検 査 値 を 表3,4に 一覧 し
Table 3 Hematological findings before and after treatment
Table 4 Biochemical finding before and after treatment
B: before treatment A: after treatment
た 。症 例No.9,10で 貧 血 が 発 生 した よ うに み うけ られ るが,食 事 を 全 く摂 取 しえ な い 飢 餓 状 態 の 経 過 を た ど り,輸 液 のみ に 頼 った 症 例 な の で,薬 剤 に よ る赤 血 球 の 減 少 とは考 え難 い 。No.9に お け るBUN84.8mg/dl とい う投 与 前 の 値 も同 様 の 理 由 に よる と考 え られ る。 症例No.10で 好 酸 球 の 軽 度 上 昇 を 認 め て い る。 逆 に,治 療 前GOT,GPTの 軽 度 上昇 を認 め た 症 例 No.8,さ らに 胆 嚢 炎 の 為 肝 機能 障 害 を併 発 し たNo.9 は,治 療 後 に 正 常 値 に 回 復 して い る。 III.考 案 そ の半 数 が 重 症 であ る臨 床 例10例 に,Mezlocillinを 点 滴 静注 に よ り投 与 し,効 果 判定 し うる9例 中8例 に 明 瞭 な効 果 を得 た 。 特 に,症 例No.4,5,6,9,10は 重 症 に 属す る症 例 であ った 。No.4は 全 肺 野 に 及 ぶ 肺 炎 で呼 吸 困難 を伴 っ てい た 。No.6は 喀 痰 量350ml/日 で他 剤 無 効 とい う重 態 であ り,No.9は 高 令,高 熱,黄 疸 と全 身 衰弱 とい う不 利 な 条件 が重 な っ て い た。 無 効 であ った がNo.10で は ステ ロイ ド投 与 の必 要 な悪 性 腫 瘍 に 伴 っ た肺 炎 であ った 。 この 重 症 例 中4例80%に 著 効 及 至 有効 例 がみ られ た こ とは,本 剤 の 有効 性 を示 す も の とい え よ う。 No.9の この悪 条件 と重 症 な状 態 の胆 嚢 炎 に 著 効 を得 た ことは,本 剤 の 胆 汁 中 へ の移 行 が 良好 で あ る とい う実 験成 績2)と の 関連 性 の あ る こ とが 推 察 され る。 副 作 用 と して,1例 に発 熱 発 疹,顆 粒 球 減 少,血 小 板 の減 少 を み た。 骨髄 検査 を実 施 して い ない の で,骨 髄 機 能 抑 制 が あ った か ど うか,さ らに は ア レル ギ ー性 の も の か ど うか は 不 明 で あ るが,好 酸 球 の増 加や 発 疹 を伴 っ て い る ことか ら,ア レル ギ ー性 の もの と推 定 した い 。 こ れ らの所 見 は 一 過 性 の もの で投 与 中 止 に よ り,無 治 療 に 拘 らず,速 か に 正 常 に 回復 した 。 Mezlocillinに つ い て臨 床 的 応 用 を 試 み た結 果,重 症 例 に 著効 を うる こ と,有 効 例 では 翌 日に解 熱 や 病 状 の 改 善 を うる こ とが 多 い こ とか ら,本 剤 は切 れ 味 の よい 効 果 を示 す抗 生 物 質 と考 え られ る。 す な わ ち,他 抗 生 物 質 に 勝 る と も劣 らな い 効果 が期 待 で き る と考 え られ る。 間 も な く,double blind試 験 も開 始 され,本 剤 の正 しい 評 価 も下 され る であ ろ う。 IV.ま と め 新 しい 半 合 成 ペ ニ シ リ ン製 剤 で あ るMezlocillinを 呼 吸器 感 染 症 を中 心 とす る 内科 的 感 染 症 に応 用 し,10例 中 4例 に著 効 を,5例 に 有効 とい う良 好 な 結果 を得 た 。 副作 用 と して,1例 に発 熱,発 疹,GOT,GPTの 上 昇 を含 む 顆 粒 球 と血 小板 の減 少 を み た が,投 与 中止 に よ り,無 治 療 で速 か に 回 復 した 。 〔本 論 文 の要 旨は52年10月20日,日 本 化学 療 法学 会 東 日本 支 部総 会,於 札 幌,で 発 表 した 。〕 文 献
1) BODEY, G. P. & T. PAN: Mezlocillin: In vitro studies of a new broad-spectrum penicillin. Antimicrob. Agents Chemother. 11 (1): 74•`79, 1977
2) 第24回 日本 化 学 療 法 学 会 東 日本 支 部 総 会, 新 薬 シ ン ポ ジ ウ ムII, BAY f 1353(Mezlocillin), 1977 (札 幌)