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アタヤル語群の文化的語彙 *Ratədを再建するまで

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59 【研究論文】

アタヤル語群の文化的語彙

*Rat

əd を再建するまで

落合いずみ

∗ 要旨 本稿はオーストロネシア語族アタヤル語群(アタヤル語・セデック語)において,「耕地の 区画」を指す文化的語彙を,*Ratud と再建する。この語は現代において atu(アタヤル語),ratuc (セデック語パラン方言),gasut(セデック語トゥルク方言)などの形式で現れる。この語は, それぞれの言語において,ならびにそれぞれの方言において,特有の音変化を経たために,同 源関係が見えにくくなっている。本稿では,これらの形式に起こった音変化を遡り再建形を導 く。 キーワード: アタヤル語,セデック語,再建,粟播種祭,台湾 はじめに 未知の言語のフィールド調査をする場合,対象の言語の語彙を,調査者にとって最も運 用能力が高い言語,例えば日本語に置き換えて理解する。文化的背景の違いにあまり影響 されない語彙,例えばどの種族でも有しているような語彙,身体部位や数詞などなら容易 に置き換えができる。しかし,そのように置き換えが容易な語彙ばかりではない。しばし ば置き換えが困難な語に遭遇する。母語話者がどのように長々とその語彙が指す物や概念 を説明しても,調査者がそれを自分の言葉に置き換えられないために,その長々とした説 明のままで解釈するということがある。このような語を本稿では文化的語彙と呼ぶ。この ような語彙を台湾先住民族の言語において収集した文献として帝国学士院編[1941]によ る『高砂族慣習法語彙』が挙げられる。以下の議論ではこの語彙集中に現れるひとつの単 語を取り上げる。 台湾には先住民族によって話される言語が二十数種類あるとされ,全ての言語がオース トロネシア語族に属する。これら台湾の先住民族の言語は,台湾オーストロネシア諸語と 総称される。しかし,主に台湾の平地に居住していた先住民族(平埔族と呼ばれる)の言 語は漢民族化の影響により消滅した。現存する言語は半数ほどであり,主に台湾の山地で 話されている。山地で話される言語のひとつにセデック語という言語がある。近隣のアタ ヤル語と系統的に近い関係にあり,この二言語はオーストロネシア語族の中においてアタ ヤル語群という下位分類に属する。 ∗ 北海道大学アイヌ・先住民研究センター博士研究員

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島嶼地域科学第 1 号(2020) 60 執筆者はセデック語パラン方言の語彙調査を長年行ってきた。その中に ratuc[ˈɾa.tuʦ] と言う語がある 1)。これは,執筆者が遭遇した訳出の困難な語の代表である。この語は畑 の区画を指す語で,ひとつの ratuc,もうひとつの ratuc というように畑の区画を数えるの にも使うらしいだが,それがどれくらいの大きさかはよくわからない。畑の仕事をする際, 一人がこの ratuc を担当,別の人が,隣の ratuc を担当するなどと言う。一人が一日がかり で作業(種まき,草むしり,収穫など)をし終えるくらいの面積を指すのではないかと想 像される。この語に動詞化の働きをすると考えられる接頭辞 sumu-を付けて派生した語と して sumu-ratuc があり,執筆者の調査では「ratuc における畑仕事に取り掛かる」という意 味を表す。 本稿の目的は,このセデック語パラン方言の ratuc に相当する同源語とそれから派生し た語を,セデック語の他の方言,トダ方言とトゥルク方言において同定することである。 因みに,これらセデック語方言の分類について,小川・浅井[1935: p.559]では,まずパ ラン方言とトゥルク系方言の二つの方言に分れ,トゥルク系方言は,トゥルク方言とトダ 方言に分れるとする。また,セデック語と同じくアタヤル語群に属し,セデック語に系統 的に最も近い言語であるアタヤル語においても,この同源語とそれから派生した語を同定 する。そして,これらセデック語・アタヤル語において同源語の関係にある語が,どのよ うな変化を経て現在の形式に至ったのかを分析し,これらの変化を遡って,アタヤル語群 祖語の形式として*Ratəd を再建する。 本稿は,先行研究の記録と現代の調査とを比較してその変化を明らかにし,その意味を 考察する手法を採る。このような方法を採る言語学的研究はこれまでには希少であった2) 今後,台湾オーストロネシア諸語の研究において行っていくべき方法の一つだろう。 1.同源語のデータ3) この節ではセデック語パラン方言(1-1),セデック語トダ方言(1-2),セデック語トゥ ルク方言(1-3),アタヤル語(1-4)の順に,当該語彙の形式を早期と現代と二つの時代に 分けて紹介する。 1-1 セデック語パラン方言 前述のように現代におけるセデック語パラン方言は,上述のように ratuc「畑の一区画」 という形式があり,これから派生された,sumu-ratuc「畑の一区画で仕事を始める」とい う語がある。1920 年代におけるセデック語パラン方言の形式は,Asai[1953: p.35]に ratut と sumuratut として報告されている4)。そこでは ratut に「農園」という意味が与えられ, sumuratut という派生形に「豊作を祈る儀式を執り行う」という意味が与えられている 5)。 派生形については,浅井のほうが,儀式的な行いであるという,より特定された意味が込 められている。セデック族の伝統的な儀式などは,台湾の日本統治時代(1895–1945)にお ける日本の習慣への同化政策により,大部分が失われてしまった 6)。そのため,派生語 sumu-ratuc は,現代では単に「畑の一区画で仕事を始める」との意味で記憶されているが, より古くは浅井が記録したように,儀式的意味が込められていたと考えられる。

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61 現代と 1920 年代とで異なっているのは語末の子音である。現代では語末が c であるが, 1920 年代では t である。1920 年当時語末 t であったものが,現代では語末 c に変わったと 言える 7)。つまり早期パラン方言の語根形式は,ratut であった。表 1 にセデック語パラン 方言の形式の変遷をまとめる。 1-2 セデック語トダ方言 セデック語トダ方言において同源語をフィールド調査したところ,パラン方言と同様の ratuc という形式が得られ,意味も同様「畑の一区画」であった。また,səməratuc という 派生形も見られた。意味も同様「畑の一区画で仕事を始める」であった。派生の方法もパ ラン方言と同様であるが,ただ多少母音が異なり,パラン方言では接頭辞が sumu-,トダ 方言では səmə-となっている8) この派生形は,『高砂族習慣法語彙』[1941: pp.154]にも収録されており,səmratots とい う表記で挙げられている。意味は「粟播種祭」とある。この日本語訳は名詞的意味のよう に受け取られるが,現代トダ方言で動詞であるように,当時も動詞のはずであり本来「粟 播種祭を行う」という意味であったろう。 パラン方言の形式や現代トダ方言の形式と比較し,この表記を音韻的に再建した場合, 最終音節の母音を u に変え,子音連続の間に曖昧母音を挿入して səmə-ratuc となる。この 文献には語根の形式は挙げられていないが,派生形から推測することができ,当時も ratuc という形式であっただろう。パラン方言では語末が t から c に変わる変化が見て取れたが, トダ方言の場合,早期の文献において語末子音が c で現れ,現代でもこれに変わりがない。 表 2 にセデック語トダ方言の形式の変遷をまとめる。 1-3 セデック語トゥルク方言 トゥルク方言において,同源語と同定した形式はトゥルク方言の辞書[Rakaw 他編 2006: p.244]に見られる gasut と言う形式である。「作業の起点・終点」という意味で挙げられて 語根 派生形 1920 年代 ratut sumu-ratut 現 代 ratuc sumu-ratuc 語根 派生形 1940 年代 ratuc səmə-ratuc 現 代 ratuc səmə-ratuc 表 1 セデック語パラン方言の形式の変遷 表 2 セデック語トダ方言の形式の変遷

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島嶼地域科学第 1 号(2020) 62 いる。 意味が異なるように感じられるかもしれないが,起点から終点に至るまでの農作業の区 画を指すとすれば,パラン方言とトダ方言における同源語 ratuc の意味,「畑の一区画」と 繋がる。形式は一見すると現代におけるパラン方言およびトダ方言の形式,ratuc とはかな り異なる印象を受ける。ただ,母音に限っては二つの母音aと u ともに一致している。子 音の異なりについては 2 章で議論する。

Rakaw 他編[2006: p.244]には語根 gasut の派生形が,səməgasut という形式で挙げられ ている。意味は「作業を始める」であり,パラン方言とトダ方言の「畑の一区画で仕事を 始める」と言う意味と重なる。派生の方法も同様に,語根に接頭辞 səmə-を付けている。 接頭辞の形式もほぼパラン方言の sumu-,トダ方言の səmə-に等しく,トダ方言に至っては 同一である。 この派生形は,『高砂族習慣法語彙』[1941: p.153]にも収録されており,səmgašots とい う表記で挙げられている。意味と説明は「粟播種祭:ここでは部落が一祭団をなし,それ を代表する祭司が初播の行事をなし,簡単な祭宴を行う。この祭儀は実際の播種よりも遥 か早めに行われる」と詳しく述べられている。『高砂族習慣法語彙』[1941]に見られるト ダ方言の派生形で述べたように,本来は「粟播種祭を行う」という意味であったろう。 この表記を音韻的に再建した場合,最終音節の母音を u に変え,子音連続の間に曖昧母 音を挿入して səməgasuc となる。この形式から導き出される語根は gasuc であり,現代の 文献 Rakaw 他編[2006]にみられる形式 gasut とは語末子音が異なる。1940 年代に c であ ったものが,現代では t に変わっていることになるが,この変化は,パラン方言に見られ た語末の t から c への変化の逆である。表 3 にセデック語トゥルク方言の形式の変遷をま とめる。 1-4 アタヤル語 『高砂族習慣法語彙』[1941: p.10]には,本稿筆者がアタヤル語における同源語と判断 した語が,ato という表記で挙げられている。意味および説明は「耕地の単位,区画:畑 の枚数を数えるときの単位,一つの ato,二つの ato などと云ふ。但し ato の広さは一定せ ず,休耕地を数えるときの単位も ato である」というように詳しく述べられている。この 説明は,セデック語の同源語の意味「畑の一区画」とも符合する。この表記を,音韻的に 再建した場合,セデック語の第二母音はすべて u であることを鑑み,第二母音を u に変え て atu となるだろう。ただこの形式も一見,セデック語の各形式,早期パラン方言 ratut, トダ方言 ratuc,早期トゥルク方言 gasuc とはかけ離れているような感を与える。 語根 派生形 1940 年代 gasuc səmə-gasuc 現 代 gasut səmə-gasut 表 3 セデック語トゥルク方言の形式の変遷

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『高砂族習慣法語彙』[1941: p.152]には,この語根の派生形も挙げられており,səməato という表記を用いている。意味および説明は「粟播種祭:実際の播種に先立つ数か月前, 秋期に行われる。部落或は若干部落共通の祭司が初播きの行事をなし,豊作を願う…行事 をなすこと」と詳しく述べられている。この説明にある,豊作を祈願する儀式という点は, セデック語パラン方言の同源派生形にみられた Asai[1953: p.35]の説明 “to observe the ritual for the good growing of the crops”と重なる。

アタヤル語の派生形に用いられている接頭辞も səmə-であり,セデック語トダ方言およ びトゥルク方言と同一の形式をしている。セデック語パラン方言については sumu-だが, 弱化した母音の現れが他の方言と異なるだけである(注 8 参照)。これら接頭辞の形式を総 合し,アタヤル語群祖語における接頭辞を再建すると*səmə-が得られる。 現代のアタヤル語について,執筆者が調査により得た語根の形式は atu であり,単に「畑 の端」を意味するということである。この派生形は səməatu であり,単に「種を撒く」を 意味するということである。この儀式が行われなくなって長いため,語根・派生形ともに, 語の意味が次第に薄れてきたことが窺える9)。表 5 にアタヤル語の形式の変遷をまとめる。 1940 年代と現代の形式は,語根と派生形ともに一致する10)。 この派生形には,sə-atu[帝国学士院 1941: p.152]という別の形式も載っている。接頭 辞が səmə-か sə-かの形式があるわけだが,これは səmə-がさらに s<əm>ə-という二つの要 素に分解できることを表す。一つが sə-という接頭辞で,もう一つが<əm>という接中辞で ある。この接中辞はアタヤル語群において動作主態(一種の能動態)を表すものであり, 他の態を表す接辞が付く場合には脱落する。一方,接頭辞の sə-は黃・呉[2018: p.29]に よると,名詞を動詞化するもので,開始・起動を表すとある。表 4 の派生形について,接 辞の分節を正確に表記するなら s<əm>ə-atu となる。セデック語についても同様,パラン方 言 s<um>uratuc(表 1),トダ方言 s<əm>əratuc(表 2),トゥルク方言 s<əm>əgasut(表 3) と分節できることになる(ここでは全て現代の形式を用いた)。 語根 派生形 1940 年代 atu səmə-atu 現 代 atu səmə-atu セデック語 パラン方言 セデック語 トダ方言 セデック語 トゥルク方言 アタヤル語

早 期 ratut ratuc gasuc atu

現 代 ratuc ratuc gasut atu

表 4 アタヤル語の形式の変遷

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島嶼地域科学第 1 号(2020) 64 1-5 セデック語・アタヤル語のデータのまとめ 同源関係にある語の語根について,表 1 から表 3 のセデック語各方言と表 4 のアタヤル 語の形式をまとめて示したのが表 5 である。セデック語トダ方言とアタヤル語は早期の形 式と現代の形式に変わりがないが,セデック語パラン方言とセデック語トゥルク方言では 語末子音に変化が見られる。パラン方言では語末子音が t から c に変わり,その逆にトゥ ルク方言では c から t に変わった。 セデック語の各方言とアタヤル語における意味を総合し,アタヤル語群祖語における意 味を再建するならば,「耕地の単位,区画:畑の枚数を数えるときの単位」ということにな るだろう。 また,この語根にアタヤル語群祖語の接頭辞 *səmə-を付けることで派生される語につい ても,セデック語の各方言とアタヤル語における意味を総合し,アタヤル語群祖語におけ る意味を再建するならば,「粟の豊作を願う種播きの儀式を執り行う」ということになるだ ろう。 ここでは,語根と派生形の意味の再建をしたが,次節からは,語根における様々な子音 の現れがどのような音変化に由来するものかを議論する。 2.音対応と再建 本章では,当該語彙における 5 つの分節音 CVCVC のうち,第一音節の母音以外の分節 音を再建する。2-1 はセデック語の形式による語頭子音の再建,2-2 はアタヤル語における 語頭子音の消失,2-3 はセデック語トゥルク方言の派生形を手掛かりにした語末子音の再 建,2-4 はセデック語トゥルク方言の派生形を手掛かりにした最終音節母音の再建,2-5 は語中子音の再建を議論する。 2-1 セデック語における r と g の揺れと語頭子音の再建 表 5 にあるように,セデック語の語根の形式において語頭子音に違いが見られる。語頭 子音がパラン方言とトダ方言では r であるのに対し,トゥルク方言では g である。本節で はこの子音の違いについて考える。 執筆者の調査による語彙データが豊富にあるパラン方言とトゥルク方言とを比較し,パ ラン方言の r がトゥルク方言でどのように現れるか,またトゥルク方言の g がパラン方言 でどのように現れるかを見ていく。執筆者がトゥルク方言の辞書[Rakaw 他編 2006]に おける語彙とそのパラン方言の同源語を確認した限り,ほぼ全ての同源語においてパラン 方言の r はトゥルク方言の r に対応する。一部の例を表 6 に挙げる。以下トゥルク方言の 形式は Rakaw 他編[2006]によるが,多少表記に変更を加えている。最終行の例において, トゥルク方言の語末子音 r は,パラン方言の語末子音は n で現れる(左の形式)。ただ,こ の子音は後部に接尾辞が付加された場合(右の形式),r で現れる11) また,ほぼ全ての同源語においてトゥルク方言の g はパラン方言の g に対応する。一部の 例を表 7 に挙げる。最終行の例において,トゥルク方言の語末子音 g は,パラン方言では現 れない(左の形式)。しかし後部に接尾辞が付加された場合(右の形式),g が現れる14)

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65 表 6 と表 7 にあるように,パラン方言とトゥルク方言において r は r に対応し,g は g に 対応する。だとすれば,問題となっている語根 ratuc と gasut のように,パラン方言の r が トゥルク方言の g に対応するのは奇妙である。 ただし,少数ではあるがパラン方言とトゥルク方言において,r と g とで揺れる語が見 られる 15)。見つかった例を表 8 に列挙する。これら揺れがみられる例の多くにおいて,パ ラン方言の r がトゥルク方言の g に対応している。問題となっている語根 ratuc と gasut も この部類である。最終行の例に限り,パラン方言の g がトゥルク方言の r に対応する。 さらに,トゥルク方言の内部においても,g と r が揺れる語が見られる。トゥルク方言 に rabi「夜」という語があるが,この語に接尾辞 -an がついて派生された形式に,gəbiy-an 「夕方」がある。接尾辞の前にある y は,前舌母音と後舌母音の間に渡り音として挿入さ れたものである。語根では r で現れる語頭子音が,派生形では g で現れる。 まとめると,パラン方言とトゥルク方言の間で r と g が揺れる語が少数ではあるが見ら れ,この揺れはトゥルク方言内部においても見られることから,当該語根 ratuc (パラン パラン方言 トゥルク方言 注 釈 語頭 rima rima 「五」 語中 kari kari 「言葉」

語末 hetun, huter- hətur 「遮る」

パラン方言 トゥルク方言 注 釈 deheran dəxəgal 「土地」 rehaq gəhak 「樹皮」 rupun gupun 「歯」 pusirak pusigak 「ムカデ」 tara taga12) 「待つ」 keguy kərig13) 「苧麻」 パラン方言 トゥルク方言 注 釈 語頭 gakac gakat 「腰掛」 語中 baga baga 「手」

語末 tabu, tubug- tabug 「餌をやる」

表 6 セデック語パラン方言rとセデック語トゥルク方言のr

表 8 セデック語パラン方言とセデック語トゥルク方言において r と g が揺れる例 表 7 セデック語パラン方言 g とセデック語トゥルク方言のg

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島嶼地域科学第 1 号(2020) 66 方言)と gasut (トゥルク方言)もこの少数の例外のひとつと考えられる。 歴史的な観点からすると,このように r と g で揺れる音素は,オーストロネシア祖語の 音素 *R に由来すると考えられる。オーストロネシア祖語の *R は,Li [1981: p.274]に よると,アタヤル語群祖語の段階において音韻的条件の下で *r と *g とに分かれる。アタ ヤル語群祖語の *r は,アタヤル語とセデック語において母音 i の前では r として現れる。 アタヤル語群祖語の *g は,アタヤル語とセデック語において,母音 i 以外の母音の前では g として現れるとしている。 確かに,このような分岐の傾向は認められるものの,実際には表 8 にあるセデック語方 言間の r と g の揺れに見られるように,g で現れるべき条件下で r が現れる例(パラン方 言における最終行以外の例)や,トゥルク方言内部で r と g で揺れる形式が存在する。つ まり,アタヤル語群祖語の段階で,全てのオーストロネシア諸語の音素 *R が Li の述べる 音韻的規則によって *r か *g かにきれいに振り分けられるわけではない。 Li[1981]の説を踏襲するならば,当該語根の語頭子音として,アタヤル語群祖語に再 建されうるべき音素は,後続の母音が i ではなくaであるため,*g になる。しかし本稿で はアタヤル語群祖語における *r と *g の振り分けが明確ではないという立場を取り,アタ ヤル語群祖語の音素を,オーストロネシア祖語と同様 *R と立てることにする。これによ り,アタヤル語群祖語の *R は r にも g にもなりうる潜在力があることを示す(表 10 参照)。 2-2 アタヤル語における語頭子音*R の消失 前節ではセデック語における各方言の形式を比較することで,アタヤル語群祖語におけ る,当該語根の語頭子音を *R と再建した。この音素は,表 5 にあるようにセデック語パ ラン方言とトダ方言において r,トゥルク方言において g で反映される。一方,アタヤル 語の形式 atu では,語頭子音が消失している。本来なら,g(または r)で反映されるべき ところである。例えば,アタヤル語において *R が語頭で反映された例として,オースト ロネシア祖語の *Ritu「枇杷」が挙げられる。アタヤル語では gitu[小川 1931: p.321],セ デック語パラン方言でも gitu である16) ここでは,アタヤル語の当該語根おいて,突発的に語頭子音 *R が消失したと分析せざ るを得ない。しかも,アタヤル語において突発的に語頭子音 *R が消失する例は,表 9 に 挙げたように他の語彙にも見られる17)。アタヤル語側では語頭子音が見られないが,セデ ック語側では *R の反映形,r または g が見られる。語頭子音 *R の消失は突発的ではある が,アタヤル語において起きやすい傾向にある音変化と言えるだろう。 二行目のアタヤル語 abi は,「眠る」という動詞の語根であるが,Egerod[1980: p.4]に よるとこの語根には接尾辞-an を附加した派生形もあり,その形式は gəbi-an「夕方」であ る。派生形には語頭に,*R を反映した音素である g が見られる(しかもこの語は,セデッ ク語トゥルク方言の rabi と gəbiyan との同源語である)。同一の語において,語頭の g が現 れる場合と欠ける場合とがあることになる。

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67 2-3 セデック語トゥルク方言における接尾辞の付加した形式を基にした語末子音の再建 当該語根の語末子音はセデック語においては t または c で現れる。トダ方言では早期の 形式も現代形式も c であるが,パラン方言では早期の形式において t だが現代では c,トゥ ルク方言ではその逆である。子音 t か c かが時代ごとに,方言ごとに錯綜している。どち らの音素をアタヤル語群祖語の形式として建てるべきか定まらない。 語末子音の再建に当たって手がかりとなるのが,接尾辞の付いた形式である。表 6 (3 行目)と表 7 (3 行目)のパラン方言での語末子音の形態音韻論的変化に見られるように, 接尾辞が付くと語根の語末子音は,歴史的に古い形式で現れるからである。当該語根につ いて,求める接尾辞の付いた形式が,トゥルク方言に記録されていた。Rakaw 他編[2006: p.244]に,当該語根の派生形 s<əm>ə-gasut に対し,対象態(一種の受動態)を表す接尾 辞-an が付いた形式として sə-gəsəd-an「作業を始める」が挙げられている。これは,動作 主態の接中辞<əm>が取れた語基 sə-gasut に対して,接尾辞 -an が付いた形式である。ここ で重要なのは,接尾辞の付いた形式では,語根末の子音が t から d に変わって現れている ことである。トゥルク方言のこの音韻変化について,月田[2009: p.121]は,音素 d は接 尾辞が付いて派生語の語中として現れる場合 d のままだが,語末として現れる場合は t に 変化すると説明している。つまり,当該語根の語末子音の本来の音素は d ということにな る。セデック語パラン方言とトダ方言,それからアタヤル語において,接尾辞の付いた形 式は得られなかったが,このトゥルク方言の語末音素 d が,歴史的に古い音素だと考えら れ,アタヤル語群祖語としても語末に*d が再建されうる。 セデック語における,この語末子音 *d の歴史的変遷について考えてみたい。パラン方 言では 1920 年代には語末 t だが現代では語末 c,トダ方言では変わらず c,トゥルク方言 では 1940 年代には語末 c だが,現代では t である。小川・浅井[1935]の分類のように, トゥルク方言とトダ方言がグループを成すとすれば,図 1 に示したように,このトゥルク・ トダ方言において語末 *d が c になる変化があったと予想される。そしてその後トゥルク 方言で破擦音 c が破裂音 t に変わった。一方,パラン方言において語末 *d は t になり,そ の後,語末 t が破擦音 c に変わった。 アタヤル語 セデック語 パラン方言 セデック語 トゥルク方言 アタヤル語群祖語

abaw「葉」 rubag-an「夏」 r<ən>abaw「葉」 *RabaR「葉」

abi「眠る」 (gəbian「夕方」)

rabi「夜」 rabi「夜」 *Rabi「夜」

ariŋ「始める」 radiŋ「始める」 raʥiŋ「始める」 *Radiŋ「始める」

atuk「つつく」 gatuk「つつく」 gatuk「交尾する」 *Ratuk「つつく」

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島嶼地域科学第 1 号(2020) 68 パラン方言語末 t パラン方言語末 c アタヤル語群祖語語末*d > セデック祖語語末*d トダ方言語末 c トゥルク・トダ方言語末c トゥルク方言語末 t 図 1 アタヤル語群祖語語末 *d のセデック語内における変化 再建されたこの音素 *d はアタヤル語においても符号する。Li[1981: p.254]によると, アタヤル語群祖語の語末 *d は,アタヤル語の語末において消失する。例えば,Li の挙げ た例には,アタヤル語群祖語 *palid「羽」>アタヤル語 pali(セデック語パラン方言 palic), アタヤル語群祖語 *qawlit「鼠」>アタヤル語 qoli(セデック語パラン方言 qolic)などがあ る 18)。表 5 にあるようにアタヤル語の当該語根 atu においても,語末 *d は消失している。 2-4 セデック語トゥルク方言における接尾辞の付加した形式を基にした語末母音の再建 表 5 にあるように,セデック語の三つの方言の形式においても,アタヤル語の形式にお いても,当該語根の最終音節の母音は u である。このことから,アタヤル語群祖語におい ても,最終音節の母音は *u と再建されそうである。ところが,前節で見たセデック語ト ゥルク方言の接尾辞の付いた形式 sə-gəsəd-an では,語根の最終母音に当たる分節音(太字 で示した)が,u では現れず ə で現れる点が気にかかる。もしアタヤル語群祖語において *u であるとしたら,トゥルク方言において接尾辞のついた形式は,sə-gəsud-an というよう に,u のまま現れるべきところである。 Ochiai[2018]によると,セデック語パラン方言において最終音節に母音 u を持つ語に 一音節から成る接尾辞を付加し,この母音 u が次末音節に移動した際,u のままで現れる 場合と e に変わって現れる場合があることを観察した。そして前者は u に由来し,後者は ə に由来すると説明している。つまり最終音節における母音 ə は歴史的には u に変わって しまったが,接尾辞が付いてアクセント位置である次末音節に移動した場合は e として現 れる。これはトゥルク方言にも当てはまると説明するが,トゥルク方言では接尾辞が付い た場合,ə に由来する最終音節の u は,そのまま ə として現れる19) 例えば,パラン方言の seku「蓄える」に命令形の接尾辞 -i を付けた形式 suku-i では,語 根最終音節の母音はどちらも u である。一方,rebu「漬ける」に命令形の接尾辞 -i を付け た形式 rubeg-i では,語根最終音節の母音が e に変わる。これはトゥルク方言でも同様で, 同源語の səku「蓄える」の勧誘形は səku-ay であり(セデック祖語*səku),rəbug「漬ける」 の命令形は rəbəg-i である(セデック祖語* rəbəg)。

問題となっているトゥルク方言の派生形 sə-gəsəd-an では,語根 gasut の最終音節母音 u

が,ə に変わっている。ということは,語根の最終音節母音 u は ə に由来し,アタヤル語

群祖語として *ə が建てられることになる(表 10 参照)。つまり,セデック語では最終音 節において *ə が u に変わる変化が歴史的に起きた。アタヤル語においても同様の変化が

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69 起きたことが,Huang[2018: p.271-274]で議論されている。 ただ,多少懸念されるのが,この *ə の再建は,セデック語トゥルク方言の接尾辞が付 いた形式のみを頼りにしていることである。セデック語の他の方言とアタヤル語では接尾 辞の付いた形式が得られなかった。さらに Ochiai [2018: p.35]ではトゥルク方言につい て,*u に由来する最終音節母音 u を持つ語に一音節から成る接尾辞が付加しこの母音が次 末に移動した際,本来なら u で現れるべきだが,過度の曖昧母音化が起こり ə に変わる例 が見られると指摘する。Ochiai[2018: p.28]に挙げられている例では,セデック語パラン 方言の hubehuk「蒸し暑い」に接尾辞が付加した形式は hubuhub-i であり,語根の最終音節 母音はどちらも u である。ところが,トゥルク方言の同源語,həbəhuk に接尾辞が付加し た形式は həbəhəb-an である。パラン方言の対応関係から推測すると,語根の最終音節母音 はトゥルク方言でも,接尾辞が付加した形式において u で現れるはずだが,ə に変わって いる。 問題となっている接尾辞の付加したトゥルク方言の形式 sə-gəsəd-an における次末音節ə が,もし *u の過剰な曖昧母音化によるとすれば,本来の形式は sə-gəsud-an というこ となり,アタヤル語群祖語として *u が建てられることになる。本稿では,sə-gəsəd-an の 方を重視し,最終音節の母音を *ə と再建するが,*u と再建される可能性も完全に除外さ れたわけではない。 2-5 セデック語トゥルク方言における接尾辞の付加した形式を基にした語中子音の再建 表 5 にあるように,当該語根の語中子音は,セデック語トゥルク方言の s を除き,全て t で現れる。このことから,アタヤル語群祖語においても *t で再建するのが妥当である。 そのためトゥルク方言では,*t が突発的に s に変わったと考えざるを得ない。この突発的 変化の引き金となったのは,閉鎖音の連続であったかもしれない。再建形では,語中子音 が閉鎖音 t であり,語末子音が閉鎖音 d である(表 10 参照)。この調音点・調音法ともに 同一の子音の並びを避けるために,語中の t を摩擦音 s に変えたのかもしれない。さらに トゥルク方言が他のセデック語の形式と違う点は,語頭に g を持つことである。月田[2009: p.58]によると,現代トゥルク方言では音声的に摩擦音[ɣ]として発音されるそうだが, Ross[2015: p.32]がアタヤル語群祖語の *g について音声的には[g]または[ɣ]である と分析するように,破裂音 g で発音されていた時期があったかもしれない。そうすると, 語中の t は前後から破裂音に挟まれることになり,破裂音の三連続(g, t, d)を避けるため に,語中の t が摩擦音 s に変わったとも考えられる。 おわりに アタヤル語群祖語における当該形式の再建に関わる議論をまとめたのが表 10 である。 セデック語の形式としてここに挙げたのは,1920 年代から 1940 年代の早期の形式である。 セデック語トゥルク方言に,括弧内に接尾辞が付加した際に現れる分節音も記した。第一 音節の母音については議論しなかったが,全ての同源語の形式において a で現れるため, 議論の余地なく *a と再建した。これらを総合し,最終的に得られるアタヤル語群祖語の

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島嶼地域科学第 1 号(2020) 70 形式は*Ratəd となり,「耕地の単位,区画:畑の枚数を数えるときの単位」を意味する。 アタヤル語群祖語の段階において,この語根から派生され「粟の豊作を願う種播きの儀 式を執り行う」という意味を持つ動詞の形式があったと考えられる。表 1 から表 3 までの セ デ ッ ク 語 パ ラ ン 方 言 , ト ダ 方 言 , ト ゥ ル ク 方 言 の 同 源 形 式 ( 順 に s<um>u-ratuc,s<əm>ə-ratuc,s<əm>ə-gasut)と表 4 のアタヤル語の同源形式(s<əm>ə-atu) を基に,その動詞は *s<əm>ə-Ratəd と再建される。 アタヤル語群において再建されたこの文化的語彙 *Ratəd とその派生形 *s<əm>ə-Ratəd であるが,今後,他のオーストロネシア諸語においてこれらの同源語が見つかることを期 待する。 本稿に助言をくださった査読者二名に感謝する。本稿の不備は執筆者の責任である。 注 1)セデック語パラン方言の音素は母音が/a, e, i, o, u/,子音が/p, b, t, d, k, g, q, ʦ, m, n, ŋ, s, x, h, l, r, y, w/である。セデック語トダ方言・トゥルク方言では,母音 e を欠き,代わりにə が加わる。 子音音素は,トゥルク方言において ts に欠ける他はほぼ同一である。音素 ts は本稿において c で表記することとする。アクセントは方言に関わらず次末音節に置かれる。アクセント位置 より前の音節は母音が弱化する。 2)このような手法を用いた数例の研究として落合[2016b],落合[2016c],Ochiai[2016]が 挙げられる。 3)執筆者が 2019 年に記録したセデック語パラン方言のデータは南投縣仁愛郷清流集落の出身 の女性 Lubi Mahung,セデック語トダ方言のデータは南投縣仁愛郷春陽集落出身の女性 Awe Walis,アタヤル語は桃園市復興区比亜外集落出身の女性 Sugiy Tosi による。ただし,本稿の 不備はすべて執筆者の責任である。また,セデック語トゥルク方言は未調査のため,本稿で は先行研究の引用のみである。 4)Asai の調査は 1927 年に行われたものである。 5)浅井は国際音声字母を用い発話を音声的に表記しているが,本稿では音素表記を用いるこ ととし,浅井の表記に多少変更を加えている。 6)セデック語パラン方言において,ratuc とその派生語 sumuratuc は,執筆者の聞き取り調査 セデック語パラン方言(早期) r a t u t セデック語トダ方言(早期) r a t u c セデック語トゥルク方言(早期) g a s u (ə) c (d) アタヤル語 a t u アタヤル語群祖語 *R *a *t *ə *d 表 10 アタヤル語群祖語における *Ratəd の再建

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71 によって引き出された語彙である。その聞き取りというのは,日本統治時代に報告されたこ れらの語をもとに,この語が使われるかどうかを聞いたものであった。調査協力者の一人(南 投縣仁愛郷清流集落出身)は,それは昔聞いたことのある表現だと説明した。現代において, この語を用いることはほとんどないらしく,執筆者はこれらの語を自然発話の中で聞いたこ とは無い。この語が廃れたのは日本統治時代の水稲の導入とともに,粟播きの儀式が行われ なくなって久しいことに要因があるだろう。 7)この歴史的音変化について,早期のパラン方言の記録 Bullock[1874]と現代パラン方言を 比較した論文 Ochiai[2016: p.219]にも言及している。 8)これらの形式に見られる母音の違いは,母音の弱化の現れ方の違いによるものである。ア クセント位置の次末の音節より前の音節では母音が弱化するが,弱化母音はパラン方言では u として,トダ方言ではə として現れる。 9)アタヤル語語彙集[Egerod 1980: p.47]においても,語根が atu として載せられており,意 味は「境界」となっている。派生形は,səmʔatu(表記上,執筆者が子音連続間に曖昧母音を 挿入している)として載せられており,意味は「春の種まき,開始,春の祭り」となってい る。 10)ちなみにここで示したアタヤル語のデータは,アタヤル語の二つの方言,スコレック方言 とツオレ方言のうち,スコレック方言の方である。ツオレ方言のデータは管見の限り,得ら れなかった。 11)パラン方言におけるこの音韻規則については落合[2016a: p.113]に言及されている。 12)この形式は Pecoraro[1977: p.290]からの引用。 13)トゥルク方言の側で語中子音が g ではなく r なのは,語末子音が g であることから異化の 作用が働いたためではないか。 14)パラン方言におけるこの音韻規則については楊[1976: pp.655–656],落合[2016a: p.113] に言及されている。 15)この点について,Ochiai[2019: p.138]も言及している。 16)この語もまた,Li[1981: p.274]の分析に対する反例である。*R が母音 i の前にもかかわ らず r ではなく g で現れている。 17)この表におけるアタヤル語の形式は Egerod[1980]を引用した。 18)Li[1981: pp.254]では,語末母音の後に声門閉鎖音を付けているが,音声的に付け加わ った声門閉鎖音との区別が明確でない。そのため本稿ではこの声門閉鎖音を省いた。また, Li によると全てのアタヤル語の方言において語末*d の消失が見られるわけではない。本稿 で扱っているスコレック方言では消失するが,ツオレ方言においては,その下位方言にお いて t として残っている場合もあれば,単語ごとに残る場合と消える場合とに分かれること もある。 19)最終音節において*ə が u に変わることは,トダ方言では議論されていないが,他のセデ ック語の方言とアタヤル語においてそうであることから,トダ方言でもこの変化があったこ とが予想される。

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島嶼地域科学第 1 号(2020) 72 参考文献 小川尚義(1931)『アタヤル語集』台湾総督府,台北. 小川尚義・浅井恵倫(1935)『原語による台湾高砂族伝説集』台北帝国大学言語学研究室,台 北. 黃美金・吳新生(2018)『泰雅語語法概論』第二版,原住民族委員會,新北市. 落合いずみ(2016a)『セデック語パラン方言の文法記述と非意志性接頭辞の比較言語学的研究』 博士論文,京都大学. 落合いずみ(2016b)「傾斜を軸とするセデック語パラン方言の民俗方位」『神戸市外国語大学 外国学研究 』92 号,pp.25–47. 落合いずみ(2016c)「『臺灣蕃語蒐録』のシャボガラと眉蕃:セデック語ではなくアタヤル語と しての分類」『東京大学言語学論集 』37 号,pp.171–190. 月田尚美(2009)『セデック語(台湾)の文法』博士論文,東京大学. 帝国学士院編(1941)『高砂族慣習法語彙』ヘラルド社,東京. 楊秀芳(1976)「賽德語霧社方言的音韻結構」『中央研究院歷史語言研究所集刊』47 号,pp.611– 706.

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(投稿 2019 年 12 月 30 日) (受理 2020 年 7 月 9 日)

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73 【Scholarly Article】

Reconstructing *Rat

əd:

A Cultural Lexicon in Atayalic Languages

OCHIAI Izumi

Center for Ainu and Indigenous Studies, Hokkaido University,

(Received on 30 December, 2019; Accepted on 9 July, 2020)

This paper reconstructs *Ratəd in Proto-Atayalic subgroup of Austronesian language family, which is a cultural lexicon meaning “a section of arable land,” on the basis of present-day forms in Atayal and Seediq such as atu (Atayal), ratuc (Paran Seediq), and gasut (Truku Seediq). The cognate relationship between these words are opaque due to innovative phonological changes that occurred in each language as well as in each dialect. This paper traces these phonological changes that leads to the proto-form.

表 4  アタヤル語の形式の変遷
表 9  語頭子音  * R がアタヤル語において消失する例

参照

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