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詐欺罪と恐喝罪との関係をめぐる考察 : 「虚喝」と「財産交付罪」の立法史的研究

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(1)詐欺罪と恐喝罪との関係をめぐる考察 ──「虚喝」と「財産交付罪」の立法史的研究── 渡 辺 靖 明. て主張されているとすれば,疑問がある.そも. Ⅰ.はじめに. そも 249 条では「人を恐喝して」としか定めら. 詐欺罪(246 条)と恐喝罪(249 条)とは,刑. れていないので,暴行を含むとの解釈が自明で. 法典中の「第三十七章 詐欺及び恐喝の罪」に規. あるかが問われる.仮に暴行を含むとしても,. 定され,しかも同一の法定刑(10 年以下の懲役). 強盗罪(236 条)とは異なり,恐喝罪には致死. が定められており,理論上も財産領得罪におけ. 傷による加重規定は存在しない.すなわち,立. る「交付罪」として,その構成要件の構造は共. 法者は,恐喝罪の手段としての暴行を生命,身. 1). 通するものと一般的に解されている .. 体に対する危険のない軽微なものとして予定し. しかしながら,一部の学説から,同一の財産. ていると解するのが自然である.そのような軽. 客体の交付であっても,詐欺罪は成立しないが. 微な暴行と詐欺罪の欺罔とを比較した場合に,. 恐喝罪は成立すると主張されている.例えば,. 前者の手段を用いた財産領得の方が常に「重い」. 未成年者が酒や煙草を販売店側から(代金を支. と断定しうるだろうか4).. 払ったうえで)交付させて領得するに当たり,. 確かに,判例及び多数説も,欺罔を手段とす. 成年であるとの欺罔を用いた場合には,詐欺罪. る恐喝事例については,詐欺罪ではなく恐喝罪. の成立は否定すべきであるが,暴行・脅迫を用. の成立を認めている5).しかし,例えば,最判. いれば恐喝罪は成立するとされる2).しかし,. 昭和 24 年 2 月 8 日刑集 3 巻 2 号 83 頁は,その. 現行刑法が,上記のように,両罪の構造を共通. 理由づけとして,虚偽の部分が「相手方に畏怖. するものとして位置づけて,かつ同一の法定刑. の念を生じせしめる一材料となり,その畏怖の. を定めていることからして,そのような差異を. 結果として相手方が財物を交付するに至った」. 両罪に認めることが,果たして立法者の意思に. と判示しているにすぎない.すなわち,恐喝罪. 合致するのだろうか.. の方が詐欺罪よりも重いことを理由として,恐. また,暴行・脅迫を手段とする恐喝罪の方が. 喝罪が成立するとはしていない.この点,両罪. 詐欺罪よりも類型的に重いゆえに,行為者が,. を「詐欺取財罪」として同一の構成要件に定め. 実現意思のない加害を実現するものと偽って告. ていた旧刑法 390 条当時の通説は,後述のよう. 知して,それで畏怖をした相手方から財物等の. に,同条が中国の刑律に由来する「虚喝」の概. 交付をさせた事例(以下では「欺罔を手段とす. 念の影響を受けて立法されたことを踏まえて,. る恐喝事例」と称する. )では,恐喝罪の罰条. 恐喝罪の脅迫は欺罔的手段を用いてなされる場. が適用されるとも主張されている3).この見解. 合を含み,相手方が加害の告知について錯誤に. が恐喝罪の手段に暴行を含むことを特に重視し. 陥っても,財物交付自体が畏怖に基づいてなさ.

(2) 14. (184). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). れた限り,当然に恐喝罪が成立すると解してい. め財を出させ取之類 並に贓を加へ 窃盗に準じ. た.この理由づけは,恐喝罪の方が類型的に重. て論ず 若無罪之人を恐嚇して迫て取ものは 一. いとする見解と比べて,上記の最高裁の判示部. 等を加ふ 卑幼尊長を犯すは 凡人に一等を加ふ. 分により整合的ではないだろうか.. 尊長卑幼を犯すは 親族相盗条に依減科す」. 上記のように,両罪の財産交付罪としての相 互の関係及び限界づけをめぐっては,なお両罪. 2.新律綱領の詐欺罪及び恐喝罪等の規定. の立法過程に遡って確認すべきものが残されて. こ こ で は,1870 年(明治 3 年)制定 の 新律. いる.本稿は,このような問題関心から,仮刑. 綱領の「賊盗律」の章中における「窃盗」,「強. 律から現行刑法に至るまでの両罪の関係をめぐ. 盗」,「詐欺取財」及び「恐喝取財」の各規定を. る立法的沿革とそれに関する学説とを考察する. 同章の記載の順序に従って掲げる7).なお,原. ものである.. 文では,文節毎に句点が置かれているが,読み. なお,資料としての読み易さを考慮し,引用. 易さを考慮し,文末と思われる個所にのみ句点. 文献中の原典の旧字体を新字体に,また片仮名. を残した.. を平仮名に改めて表記したほか,さらに濁点を 付けたり,文節部分等にスペースを入れるなど. 強盗「凡強盗 兇器を持せず 威力を以て 人を劫. した.また,条文番号等については基本的に算. し 財を得ざる者は 皆徒二年。財を得る者は 贓. 用数字を用いているが,原典通り漢数字を用い. を分たずと雖も 贓を併せ 首従を分たず罪を科. た個所もある.さらに,日本人の研究者等の地. す。人を殺す者は 皆斬。人を傷する者 財を得. 位は,基本的に引用文献公表当時のものに依拠. ざるは 首従分ち 財を得る者は 皆絞。. している.. 其兇器を持する者は 財を得ずと雖も 皆流二. Ⅱ.仮刑律及び新律綱領の考察. 等。人を殺す者は 皆斬。人を傷する者 財を 得ざるは 首従を分ち 財を得るは 皆斬。(以下. 1.仮刑律の詐欺罪及び恐喝罪等の規定. 略. ) 」. 1868 年(明治元年)制定の仮刑律では, 「賊. 窃盗「凡窃盗財を得ざる者は 笞四十。財を得. 盗」の章中の「人を詐欺して財を取」の罪名の. る者は 贓を分たずと雖も 贓を併せて 罪を科. 下で「詐欺」と「恐嚇」とを手段とする構成要. す。(以下略.)」. 件が定められている.ここでは,同章の記載の. 恐喝取財「凡恐喝して人の財物を取る者は 贓. 順序 に 従って, 「強盗」 , 「窃盗」及び「人を詐. に計へ 窃盗に準じて論じ一等を加ふ。罪流三. 欺して財を取る」の各規定を掲げる .. 等に止る。若し二等親以下 自ら相恐喝する者. 6). 卑幼 尊長を犯すは 凡人を以て論じ 尊長 卑幼 強盗「凡強盗既に行ふと雖 盗得ざるものは 首. を 犯 す は 親属相盗律 に 依 り 逓減 し て 罪 を 科. 従を分たず皆〔笞百遠流〕既に盗得るものは贓. す。 」. 数並毎人分つ処の多寡に拘らず〔皆斬首〕因て. 詐欺取財「凡官私 を 詐欺 し て 財物 を 取 る 者 は. 人を殺すものは 皆〔斬梟〕 (以下略. ) 」. 並に贓に計へ 窃盗に準じて論ず。罪流三等に. 窃盗「凡窃盗既に行ふと雖も未盗得ざれば 笞. 止る。二等親以下自ら相詐欺する者も 亦親属. 二十 其盗得るものは 各己に入るる之数を計へ. 相盗律に依り 逓減して 罪を科す。. 罪に科す(以下略. ) 」. 若し監臨 主守 監守する財物を詐取する者は. 人を詐欺して財を取「凡人を詐欺して財を取り. 監守自盗を以て論ず。未だ得ざる者は 其詐取. 又は人の物を我と云懸て奪取或は事を構へねだ. せんと欲する数を計へ 二等を減じ 罪を科し 若. り掛て取り若は巧なる手段を仕掛け人を信ぜし. し人の財物を冒認して 己の物と為し 及び誆賺.

(3) 詐欺罪と恐喝罪との関係をめぐる考察(渡辺). (185). 15. 局騙 拐帯 する者も 亦贓に計へ 窃盗に準じて. 畏怖せしめ 其の財を得る者なり」と述べてい. 論ず。罪流三等に止る。親属ならば亦 親属相. る14).また,井 上 操 判 事も,旧 刑 法 390 条 に. 盗律に依り 逓減して罪を科す。 」. おける「恐喝」の手段について,鶴田と同じく, 清律の恐嚇取財に関する注釈を由来として挙. 3.「恐嚇」と「恐喝」―中国の刑律との関係. げたうえで,「恐喝は恐嚇に同じ」と述べてい. 1 及び 2 で見たように,恐喝罪に当たる規定. る15).すなわち,当時の司法実務家の感覚から. について,仮刑律では「無罪之人を恐嚇して迫. し て も,「恐喝」と「恐嚇」と は,基本的 に 同. て取」 ,新律綱領では「人を恐喝して取る」と. 義のものとして扱われていた.本稿では,これ. して,それぞれ「恐嚇」と「恐喝」との異なる. らの見解に従って,「恐嚇取財」と「恐喝取財」. 手段が定められている.いずれの規定も,中. とをいずれも「恐喝罪」として扱う.. 国の明律を基礎としているとされるが8),明及 び清の刑律には, 「凡恐嚇して人の財物を取る」. 4.詐欺罪,恐喝罪,強盗罪との関係. を構成要件的行為とする「恐嚇取財」の規定が. 仮刑律及び新律綱領では,恐喝罪の手段は相. ある一方で,唐の刑律には, 「諸て恐喝して人. 手方への致死傷の危険はなく,直接的な「暴行」. の財物を取りたる」 を構成要件的行為とする 「恐. は含まれないものと考えられていた.仮刑律で. 9). 喝取財」の規定があり , やはり「恐嚇」と「恐. は強盗致死罪,新律綱領では強盗致死傷罪の結. 喝」との異なる手段が定められている.. 果的加重犯の構成要件が定められているのに対. 清律の注釈書である大清律例彙輯便覧を見る. して,恐喝罪には,同様の加重規定は全く存在. と, 「恐嚇取財」とは, 「事端を仮借し,声勢張. していないからである.新律綱領以降の現行刑. 大にして, 以て平人を恐嚇して之を畏懼させて,. 法に至るまで,強盗罪には致死傷の加重規定が. 10). 而も其の財を取る」 と説明され,唐律の注釈. 常に置かれてきたが,恐喝罪には依然として同. 書である唐律疏義を見ると, 「恐喝取財」とは,. 様の規定は設けられていない.それゆえ,現行. 「人犯す有るを知りて,相ひ告訴せんと欲し,. 刑法でも,恐喝罪の手段につき同様の理解が踏. 11) 恐喝して以て財物を取る者を謂ふ」 と説明さ. 襲されていると見るのが自然である.. れている.そこで,中国の学説には,唐律疏義. また,新律綱領では,強盗罪について「威力. が脅迫の対象を限定して説明していることを重. をもって人を劫(おびやか)」すことが,その. 視して,唐律の「恐喝」の手段の内容を明清律. 手段として定められている.すなわち,恐喝罪. の恐嚇と比べて狭義に解するものがある,とさ. の手段としての脅迫も,強盗罪の「人を劫」に. れる .これに対して,中村茂夫教授は,唐律. は包括しえない軽微なものが考えられていた.. 疏義の上記の説明は,あくまで例示に過ぎず,. 現行刑法の観点からすれば,すでに強盗罪と恐. 12). 「恐喝取財」と「恐嚇取財」とは同義であり, 「恐. 喝罪との構成要件は,相手方の反抗を抑圧する. 喝」 の手段について狭義に解すべき必要はない,. か否かについて,その手段の内容及び程度に差. と論じている13).. 異があるものとして規定されていたことにな. 旧刑法制定前後の当時の理解を見ると,例え. る.. ば,新律綱領の編纂に携った鶴田皓司法省刑法. さらに,詐欺罪及び恐喝罪は,仮刑律及び新. 草案取調掛委員は,ギュスターブ・ボアソナー. 律綱領のいずれでも,明文で窃盗罪に準じる個. ド(Gustave Boissonade)との質疑討論におい. 別の財物領得罪として定められている.しかも,. て, 「日本従前の刑法」 (すなわち仮刑律及び新. 仮刑律では,両罪の構成要件は,同一の条文内. 律綱領)に お け る「恐喝取財」とは, 「事端を. に定められている.これに対して,新律綱領で. 仮借し声勢を張大にして人を恐嚇し 之をして. は,両罪の構成要件が異なる条文で規定され,.

(4) 16. 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). (186). しかも詐欺罪と横領罪とが同一の規定内で定め. 欺取財の罪と為し 二月以上二年以下の重禁錮. られている.とはいえ,詐欺罪と恐喝罪との構. 二円以上二十円以下の罰金に処す. 成要件の構造自体は,極めて類似している.す. 若し此条の罪を犯す為めに官私の文書を偽造. なわち,両罪の構造が共通するとの理解は,日. したる者は 偽造の各本条に照し重きに従て処. 本の近代立法史において,すでに仮刑律及び新. 断す」. 律綱領の段階で形成されていたと言えよう.. 第四百三十五条「幼者の知慮浅薄又は人の精神. 他方で,仮刑律では,恐喝罪には詐欺罪より. 錯乱したるに乗じて其動産物品若くは証書類を. も重い刑が科され,新律綱領でも,両罪の刑の. 授与せしめたる者は 詐欺取財を以て論ず」. 上限は「流三等に止る」として同一であるもの. 第四百三十六条「物件を販売し又は賃貸交換す. の,刑の下限については,恐喝罪では,窃盗罪. るに当りその物質を変じ若くは分量を偽て人に. の刑にさらに一等を加えて科される.この法定. 交付したる者は 詐欺取財を以て論ず. 刑の差異が,旧刑法以降,現行刑法に至るまで,. 此条の罪を犯したる者は 其裁判宣告書を榜. なぜ解消されることになったのか.この点につ. 示公告し且之を新聞誌上に登記するを命ずるこ. 16). いては,後記Ⅲ以下で見ることにしたい . Ⅲ.日本刑法草案の考察. とを得 但登記の費用は これを犯人に科す」 第四百三十七条「他人の動産不動産を冒認し人 を騙瞞して販売交換したる者又は抵当典物と為. 1.詐欺取財罪等の規定と概説. したる者は 詐欺取財を以て論ず. 旧刑法 の 原型 は,1876 年(明治 9 年)に ボ. 自己所有の不動産と雖も已に抵当と為したる. アソナードが原案を作成し,これについて鶴田. を欺隠して他人に売与し又は重ねて抵当と為し. 皓との質疑討論を通じて起草された「日本刑法. たる者 亦同じ 但し判決の前に於いて抵当の金. 17). 草案」である .ここでは,その原案の「第三. 額を賠償したる者は 其罪を論ぜず」. 編 身体財産 に 対 す る 重罪軽罪」中 の「第二章 財産に対する罪」における「第一節 窃盗の罪」. ⑴ 詐欺取財罪の行為の客体. の 410 条・窃盗罪及 び「第二節 強盗 の 罪」の. 詐欺取財罪の行為の客体として,434 条では,. 424 条・強盗罪 の 規定 と「第四節 詐欺取財 の. 動産,不動産及び各証書類が定められており,. 罪」の 434 条から 437 条までの各規定とを掲げ. 現行刑法 246 条及び 249 条の 2 項で客体とされ. る .なお,同節内の 438 条から 441 条の横領. る「財産上 の 利益」は,直接的 に は 規定 さ れ. 罪または背任罪の各規定と 442 条・未遂処罰及. ていない.また,424 条の強盗罪でも,「財物」. び 443 条・親族相盗例の各規定は割愛する.. が定められているにすぎない19).すなわち,強. 18). 盗罪,詐欺罪及び恐喝罪の日本法における個別 第四百十条「他人 の 所有物 を 窃取 し た る 者 は. の財物領得罪としての基本的性格は,フランス. 窃盗の罪と為し 二月以上二年以下の重禁錮二. 法を源流とする本原案がすでにその道筋をつけ. 円以上二十円以下の罰金に処す」. ていた.. 第四百二十四条「人を脅迫し又は暴行を加へて. ⑵ 詐欺取財罪と窃盗罪との法定刑の関係. 財物を強取したる者は 強盗の罪と為し 軽懲役. 434 条の法定刑は,410 条の窃盗罪と同一の. に処す(以下略. ) 」. ものが定められている.しかしながら,日本刑. 第四百三十四条「人を欺罔して無実の成功を希. 法草案の質疑では,鶴田が,詐欺取財罪では相. 望せしめ又は無根の事故を畏怖せしめ其他偽計. 手方の「不注意の落度」に基づく「承諾」があ. を用いて 動産不動産若くは義務の証書義務解. 20) ることを理由に,「窃盗より軽く為さんとす」. 放の証書及び収納の証書を騙取したる者は 詐. として,詐欺取財罪の法定刑を窃盗罪よりも軽.

(5) 詐欺罪と恐喝罪との関係をめぐる考察(渡辺). (187). 17. くすべきことを主張した.これに対して,ボア. 「欺罔」に基づくがゆえに,恐喝罪ではなく詐. ソナードが「窃盗は事主に不注意なる落度ある. 欺罪の手段となる.要するに,詐欺罪との関係. べきなれも 詐偽取財は犯人にて欺くに道を以. でも,恐喝罪には独立して規定すべき意義が認. てする者に付 其の事主に不注意の落度なし 故. められていなかったのである.. 21). に之を軽く為すの理なければなり」 として, むしろ詐欺取財罪の法定刑を重くすべきことを 主張した.なお議論が続いたが,最終的に,両. 3.‌鶴田皓による恐喝罪と詐欺罪及び強盗罪と の関係. 者が妥協して,最終稿でも両罪に同一の法定刑. 鶴田は,詐欺罪を「事主の承諾上より渡すを. を科すことで決着したのである22).. 27) 得て財物を取りたる者」 として明確に交付罪. ボアソナードの論拠は,詐欺取財罪の相手方. として位置づけていた.恐喝罪についても,ボ. の財物交付は, 形式的な同意に基づくとはいえ,. アソナードからの「元来 日本語の恐喝と脅迫. 結局のところ,行為者の欺罔によって真意に反. とは 其字義に如何なる区別ありや」との質問. する形で行われているために,詐欺取財罪に窃. に対して,次のように述べている. 「恐喝とは. 盗罪よりも軽い法定刑を科すことはできない,. 人の恐怖すべき虚喝を云ひ 自ら金を出す様に. とすることにある.鶴田も,その論拠を完全に. 仕向け 竟に其金を取るの類にて 畢竟人に対し. は崩せず,両罪に同等の法定刑を科すに留めざ. 間接に金を出すべしと云ふ者に係る 脅迫とは. るを得なかった23).現行刑法でも,上記の質疑. 即人に対し直接に金を出すべしと云ふ者に係る. での結論を正当なものとして継受した結果,窃. 故に 恐喝は 脅迫より少しく軽き情状ある者と. 盗罪と詐欺罪とに同一の法定刑が定められたと. 28) す」(文字強調 は 原文通 り.) .す な わ ち,恐. 見るのが自然である24).. 喝罪と強盗罪とは,単に情状の程度に差異があ. ○. ○. ○. ○. るに留まらず,強盗罪は「脅迫」によって相手 2.‌ボ アソナードによる恐喝罪,詐欺罪,強盗 罪の関係. 方から「直接」的に即座に財を出させる「奪取 罪」であり,恐喝罪は「虚喝」によって相手方. 434 条では,欺罔を手段とする詐欺罪の構成. から財を「間接」的に出させるよう仕向ける「交. 要件に加え, 「恐嚇」または「恐喝」の文言は欠. 付罪」として,明確に区別されていた.. けているが, 「無根の事故を畏怖せしめ」と定め. また,「虚喝」とは,Ⅱの 3 で見た清律の注. られており,恐喝罪の構成要件も定められてい. 釈書の説明を踏まえたうえで文字通り理解する. る.しかし,ボアソナードは,434 条の作成時. ならば,相手方を脅かして畏怖させるために,. には, 「無根の事故を畏怖せしめ」が恐喝罪の手. 騒動やいざこざに名を借りて虚勢をはって財を. 段に当たるものとは,およそ考えていなかった.. 取る行為である.すなわち,恐喝罪の脅迫は,. すなわち,恐喝罪の手段は「脅迫暴行創傷」等. すでに欺罔的手段を用いてなされうるのであ. 25). を手段とする強盗罪に 「含蓄すべき者」 として,. り,詐欺罪と恐喝罪とは,「交付罪」としての. 強盗罪から独立して恐喝罪を規定すべき意義を. 構造のみならず,その行為も密接な関係にある. 認めていなかったのである.. るものと解されていた.. また,ボアソナードは, 「無根の事故を畏怖 せしめ」とは,「恐喝取財とは自ら異なる者と. 4.日本刑法草案の最終稿の考察. す」として,「詐欺取財の目的を遂ぐる為め其. 434 条は,その後の鶴田とボアソナードとの. の詐欺を行う方法の一部分なり」 と考えてい. 質疑を通して,下記の原案第二稿(最終稿)に. た.すなわち,相手方を「畏怖せしめ」るにも. おける「第四節 詐欺取財の罪」の 438 条へと. かかわらず,その畏怖が「無根の事故」という. 修正された 29).. 26).

(6) 18. (188). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). 第四百三十八条「人を欺罔して無実の成功を希. 日本法に定着していた「虚喝」の概念に譲歩せ. 望せしめ又は無根の事故を畏怖せしめ其他偽計. ざるを得なかったものとも推測される.. を用ひて金額物品若くは義務の証書義務解放の 証書及び収納の証書を付与せしめたる者は 詐. Ⅳ. 旧刑法の考察. 欺取財の罪と為し 二月以上三年以下の重禁錮. 1.‌詐欺罪と恐喝罪とを併せて規定した詐欺取. 四円以上四十円以下の罰金に処す (但書は略. ) 」. 財罪等の規定と概説 旧刑法は,日本刑法草案を下に起草された刑. こ の 438 条 へ と 至 る 質疑 の 過程 で,ボ ア ソ. 法審査修正案についての元老院の審議修正を経. ナードは,なお「元来『無実の成功を希望せし. て,1881 年(明治 14 年)に公布された35).こ. め』と『無根の事故を畏怖せしむる』とは 其被. こでは,「第三編 身体財産に対する重罪軽罪」. 害者を喜ばしむると懼れしむるとの二事に付て. 中の「第二章 財産に対する罪」における「第. 区別したる者なり 但し 仏語には 何分 恐喝との. 一節 窃盗 の 罪」の 366 条・窃盗罪及 び「第二. 30) 字義に適当すべき好訳語なきを如何せん」 (文. 節 強盗 の 罪」の 378 条・強盗罪 の 規定 と「第. 字強調は原文通り. )と述べている.この発言. 四節 詐欺取財 の 罪」の 390 条 か ら 393 条 ま で. を受けて,鶴田は, 「然らばその説に従い 恐. の詐欺取財罪に関する各規定とを掲げる36).な. 喝取財は 此『無根の事故を畏怖せしむる為め. お,395 条及び 396 条の横領罪または背任罪に. 云々』に含蓄する者と見做すべし」31)と述べて,. 関する規定及び 394 条・有期の監視,397 条・. この点に関する質疑を打ち切ってしまった.. 未遂処罰,398 条・親族相盗例の各規定は割愛. しかも,その後の質疑で,鶴田から「日本にて. する37).. ○ ○. 所謂恐嚇取財は 此『無根の事故を畏怖せしめ』 の罪と為すべきならん」との最終確認を求め. 第三百六十六条「人の所有物を窃取したる者は. られて,ボアソナードは,「然り」と答えてい. 窃盗の罪と為し 二月以上四年以下の重禁錮に. 32). る .. 処す」. ボアソナードの上記の発言にもかかわらず,. 第三百七十八条「人を脅迫し又は暴行を加へて. 当時のフランス刑法典では 1863 年に,悪事・. 財物を強取したる者は 強盗の罪と為し 軽懲役. 醜行を暴露して名誉を棄損すると脅迫して金銭. に処す」. の交付等を強要する chantage の規定が新設さ. 第三百九十条「人を欺罔し又は恐喝して財物若. れていた33).後述のように,ボアソナードは,. くは証書類を騙取したる者は 詐欺取財の罪と. 旧刑法の制定後に自ら起草した旧刑法の改正案. 為し 二月以上四年以下の重禁錮に処し 四円以. 435 条で,詐欺取財罪の基本構成要件を定める. 上四十円以下の罰金を附加す . 同 434 条の規定とは別に chantage に類似する. 因て官私の文書を偽造し又は増減変換したる. 規定を置いている.このことからすると,ボア. 者は 偽造の各本状に照し重きに従て処断す」. ソナードは,少なくとも原案 434 条の構想段階. 第三百九十一条「幼者の知慮浅薄又は人の精神. では,chantage 自体を強盗罪または詐欺罪か. 錯乱したるに乗じて其財物若くは証書類を授与. ら独立した「恐喝罪」として理解すべきか否か,. せしめたる者は 詐欺取財を以て論ず」. またこれに類似する規定を日本法に設けるべき. 第三百九十二条「物件を販売し又は交換するに. か否かについて態度を決定しかねていたとも考. 当り其物質を変じ若くは分量を偽て人に交付し. えられる .それゆえ, 「無根の事故を畏怖せ. たる者は 詐欺取財を以て論ず」. しめ」が恐喝の行為であるかと迫る鶴田に対し. 第三百九十三条「他人の動産不動産を冒認して. て明確な反論ができず,当初の理解に反して,. 販売交換し又は抵当典物と為したる者は 詐欺. 34).

(7) 詐欺罪と恐喝罪との関係をめぐる考察(渡辺). (189). 19. 取財を以て論ず」. ⑶ 詐欺取財罪と窃盗罪との法定刑の関係. 自己の不動産と雖も已に抵当典物と為したる. 詐欺取財罪の法定刑は,罰金刑が併科される. を欺隠して他人に売与し又は重ねて抵当典物と. 点で 360 条の窃盗罪よりも重い.その理由は定. 為したる者 亦同じ」. かではないが,旧刑法の立法者は,結論的にボ アソナードの主張を受け入れ,少なくとも窃盗. ⑴ 詐欺取財罪の基本構成要件. 罪よりも詐欺取財罪の方に軽い法定刑を定める. 旧刑法 390 条の手段は,日本刑法草案第二稿. との選択はしなかったことになる.. の 438 条と比較すると, 詐欺罪については, 「無 実の成功を希望せしめ」及び「其他偽計を用ひ. 2.「恐喝」の行為態様をめぐる学説の理解. て」が共に削除され, 「人を欺罔し」に単純化. 上記Ⅲ で 見 た よ う に,390 条 が,「詐欺取財. された一方で,「無根の事故を畏怖せしめ」が. の罪」として詐欺罪と恐喝罪とを同一の構成要. 38). 端的に「恐喝して」へと修正されている .鶴. 件に定めたことは,中国の刑律に由来する「虚. 田らの立法関与者にとって, 「無根の事故を畏. 喝」の概念の影響である.それでは,当時の学. 怖せしめ」とは,まさに日本法に定着してた. 説は,恐喝罪と「虚喝」との関係をどのように. 「虚喝」を意味していた.それゆえ, 「恐喝して」. 理解していたのか.. と単純化しても,その行為の内容を示すものと. ⑴ 恐喝は「虚喝」であるとする見解. して充分であると判断されたのではないか.ま. 恐喝とは,立野胤政編『刑法註解』によれば,. た,恐喝罪の行為は「虚喝」として欺罔的手段. 「虚偽 の 説 を 以 て」41)行 う こ と,村田保書記官. を含むゆえに,犯罪構成要件として,詐欺罪と. 42) によっても,「無根の説を唱えおどしつける」. 恐喝罪とは近接する.それゆえ,法定刑も統一. ことと解説されている.両見解は,立法の経緯. されたうえで,両罪が「詐欺取財罪」の同一の. において,恐喝罪の行為が「虚喝」または「無. 構成要件に定められたものと考えられる.. 根の事故を畏怖せしめ」を由来として,本条が. ⑵ 詐欺取財罪の行為客体. 制定されたことに忠実である.. 390 条では,行為の客体も単純化され,不動. また,いわゆる「鶴田文書」中の『刑法註解』. 産が削除されたうえ, 「財物若くは証書類」と. では,窃盗罪及び強盗罪等の「盗罪」は「暴行. のみ定められた.. 脅迫を加へ 非理に強奪する者にして 被害者に. なお,不動産は,393 条でも,冒認による販. 於ては決して之を与ふるに意なき者とす」とし. 売等がなされる場合にのみ,その対価物の領得. たうえ, 「本条は否らず」43)とする.すなわち,. の手段として間接的に客体となるにすぎない.. 「欺罔恐喝を受けたる者 真の承諾に非ずと雖も. さらに,392 条及び 393 条では,債権取得また. 其の欺罔恐喝に騙瞞せられ 多少之を容すの心. は債務免脱等の利益が客体となりうるが39),そ. を生じ これを与ふる者なるを以て 窃盗と之を. れも相手方から販売交換等の対価として交付さ. 44) 別ちたる者なり」 .この見解では,詐欺取財. れる金銭等の領得に,先行または後行する場合. 罪の構造が,強窃盗罪とは区別されて,相手方. に限られる.この限りで,旧刑法の詐欺取財罪. の瑕疵ある意思を利用する「交付罪」であるこ. には, 「無形の利益の保護をも図った」40)面が. とが明言されている.しかも,その瑕疵ある意. あったとしても,その保護は動産及び証書類の. 思は,欺罔または恐喝によって「騙瞞」されて. 領得のために間接的になされるにすぎない.む. 生じる.この解説には,本条の立法関与者であ. しろ,詐欺取財罪の個別の財物領得罪としての. る鶴田の理解が如実に反映されている.. 基本的な位置づけは,日本刑法草案と比べると. さらに,井上操も,「無根の事故を畏怖せし. 一層顕著である.. め」のみならず,Ⅱの 3 で触れたように清律.

(8) 20. 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). (190). の恐嚇取財の注釈書の説明に依拠して, 「恐喝」. して, 「独り無根の事故の畏嚇のみに解するは. の手段について, 「辞柄を仮設し,之を以て人. 50) 狭きに失する」 と論じ,亀山貞義元判事(司. を脅迫し,その畏懼に乗じて財物を授与せしむ. 法省参事官)も,「恐喝の語は 草案の無根の事. るを恐喝取財といふ,故に詐欺取財も恐喝取財. 故云々の語を訳出したるものに非ずして 旧律. も,共に被害者をして承諾せしめて,之に其財. の恐喝の語を其儘踏襲したるもの」と述べたう. 物を授与せしむ」45)と述べる.すなわち,詐欺. えで,「其畏怖の材料の無根なると否とを問わ. 罪と恐喝罪とは, 「辞柄を仮設」する点で,そ. ず 広く之を恐喝の語中に包含せしむるを可な. の手段は共通するものであった.他方,強盗の. りと信ず」51)と論じる.. 手段としての脅迫は, 「即時直ちに我より危害. その帰結として,相手方の犯罪行為や醜聞の. を加えんとするなり」としたうえ,これとは異. 原因の存否にかかわらず,行為者が自己に口止. なり「恐喝は即ち虚喝にして,他事の為に危害. め料を支払わなければ,それらを告発するとの. の及ぶべく,我亦時に或は危害を加へざるを得. 加害を告知して畏怖させた相手方から金銭の交. ざるに至るべきを告げ,即ち其の事実を説き其. 付を受けた場合には,恐喝罪が成立する52).ま. の事理を述べて,危害に及ぶべき所以を示して. た,行為者が天災のような架空の加害を相手方. 畏怖せしむるなり」46)とされている.すなわち,. に告知したうえで,自己が祈禱などをすればそ. 強盗罪の手段である「脅迫」の内容は,直ちに. の加害を回避できるかのように装って,相手方. 害悪を加えるかのような現実的で切迫したもの. を畏怖させて祈禱等の謝金として金銭の交付を. でなければならないが, 「恐喝」では,基本的. 受けた場合にも,恐喝罪が成立する53).特に,. に「虚喝」としてなされるがゆえに, 「危害に. 岡田は, 「虚偽の手段を用ひ畏怖心を利用して」. 及ぶべき所以を示して」相手方を畏怖させる脅. 54) 財の騙取をする場合には, 「断然恐喝取財なり」. 迫で足りるものと解されている.. として,行為者が新聞記者であるかのように. ⑵ ‌恐喝で告知される加害の真偽は問わないと. 装って相手方の不名誉な事実を記事にすると告. する見解. げて,「誤信畏怖」させた相手方から財を交付. 告知された加害に欺罔的要素が含まれない場. させた場合にも,恐喝罪が成立するとする55).. 合にも,恐喝罪の成立を認めるべきことを確認. ここでは,欺罔を手段とする恐喝事例につい. する見解がある.. て,結局のところ,脅迫によって相手方が畏怖. 例えば,堀田正忠検事は, 「恐喝とは 虚喝を. したことが重視されて,恐喝罪の成立が認めら. 以て人を畏怖せむるの謂にして 欺罔と猶ほ其. れている.すなわち,加害の実現について「錯. 47). 帰を同ふす」 としたうえで, 「唯 欺罔は 専ら. 誤」があっても,財物の交付自体が「畏怖」の. 不実の信用を得若くは無根の事を希望せしむる. 心理的状態でなされれば,詐欺罪ではなく恐喝. をいひ 恐喝は 人をして畏怖の念を生ぜしむる. 罪が成立する.それゆえに,反対に,行為者が. をいふの差あるのみ 然れども茲に少く注意を. 告知した加害につき実現意思を有していて,そ. 要するものは 欺罔は 事必ず不実に係るも 恐喝. こに欺罔的手段が含まれていないとしても,そ. 48). は 其事の実否を問わざること是れなり」 と論. の相手方の財物交付が畏怖に基づいている限. じる.. り,当然に恐喝罪の成立が認められる.⑴ の. ま た,岡田朝太郎博士 も,旧刑法 390 条 で. 見解も,この後者の場合に恐喝罪の成立を否定. は「恐喝と云へる汎き語は…新律綱領 賊盗律の. するものではないのかもしれない.しかし,⑵. 49). 文字と精神とを其儘襲用したるには在らざる歟」. の見解では,この点が積極的に確認されてお. (…は本稿筆者による略. )とするが, 「虚喝」. り,その理論的背景として,両罪における財物. ではなく「恐喝」との文言が用いられていると. 交付への心理的状態の差異が示唆されている..

(9) 詐欺罪と恐喝罪との関係をめぐる考察(渡辺). ⑶ 恐喝で告知される加害は無形の害悪に限る とする見解. (191). 21. 詐欺取財に在りては被害者自ら進みて之を提出 したるの差異あり」(文字強調は原文通り.…. 勝本勘三郎博士は,恐喝罪の行為につき, 「人. 62) は本稿筆者による略) .ここでは,⑵ の見解. の名誉を毀損すべき醜事を摘発し若くは犯罪を. と比べて両罪の財物交付の心理的状態の差異が. 申告せんと恐嚇し以て人の財物または証書類を. 積極的に論じられている.しかし,勝本は,さ. 奪取する等 要するに人の身上に無形の害悪を与. らに「汝に剣難の相あり余為めに除厄すべくれ. ふべき行為を為すべしと威嚇し 之を為すの自由. ば財を与ふべしとて財を得たるが如きは 純然. を放棄するの対価として不正に財物又は証書類. たる詐欺取財にして恐喝取財に非ず」63)として. 56) を獲得するもの」 (文字強調は原文通り. ) とす. いる.この主張を素直に解すれば,⑵ の見解. る.. の結論とは大きく異なり,加害の実現について. 勝本 に よ れ ば,日本刑法草案 の 原案 434 条. であっても,欺罔に基づく相手方の錯誤が存在. の「無根の事故を畏怖せしめ」が「恐喝」を意. する限り,畏怖は財物交付への遠因となるにす. 味するものとされたことは,旧刑法の立法者の. ぎず,どこまでも詐欺罪が成立することになる.. 、 、 、 、 、 ○ ○ ○ ○ ○ 、 、. 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、. ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○. ○. 、 、 、. ○ ○. ○ ○. ○. ○ ○. 、 、. 、. 、. 、 、 、. 、 、 、 、 、 、 、. 57). 外国法への理解不足に基づく速断である .恐. もっとも,ここでは,単に「剣難」自体が行為. 喝罪の由来は,むしろⅠの 3 で見た唐律疏義. 者自ら支配可能な加害ではないがゆえに「脅迫」. が 説明 す る「恐喝取財」の 行為 や Ⅲ の 4 で 見. の要件が欠け,行為者の除厄の能力への信頼に. た chantage であり,その行為は財物等の領得. ついて錯誤に陥ったうえでの「自ら進みて」の. の手段として醜事の暴露や犯罪の申告をすると. 交付であると解されているのかもしれない.こ. 58). の「無形 の 害悪」の 告知 で あった .他方 で,. の点は必ずしも判然としないが,両罪の相手方. 勝本は,強盗罪の手段としての「脅迫」は「生. の財物交付の心理的状態に差異を認める点で. 命身体又は財産に現実の危害を与へんと云ふが. は,⑵ の見解と軌を一にしていた.. 如き有形の害悪」59)の告知であると述べている. ここでは,強盗罪では除外される「無形の害悪」. Ⅴ.明治 23 年草案及び明治 34 年草案の考察. を恐喝罪の脅迫の内容と解することで,恐喝罪. 旧刑法から現行刑法へと改正されるまでに. を「強盗に近迩するもの」として位置づけるこ. は,改正草案が議会に 5 度提出されている64).. とが意図されていた .この理解は,Ⅲの 2 で. ここでは,その第 1 次草案である 1891 年(明. 見たボアソナードの構想とも合致している.. 治 24 年)議会提出の明治 23 年改正刑法草案(以. また,勝本は, 「取財の行為が受働的なるの. 下,「明治 23 年草案」と称する.)と,1901 年(明. 60). 61). 点に於て些か相類似する」 として,恐喝罪と. 治 34 年)議会提出の第 2 次草案である明治 34. 詐欺罪とが「交付罪」として共通する構造を持. 年改正案(以下では,「明治 34 年草案」と称す. つことは認める.しかし,相手方の瑕疵ある意. る.)とを扱う65).. 思には,明確に差異があるとして,次のように 論じる.すなわち,「恐喝取財に在りては 猶ほ 強盗に於けるが如く 被害者が物品を奪取せら ○. ○. 1.‌明治 23 年草案 の 詐欺罪及 び 恐喝罪等 の 規 定と概説. れるるは加害者の行為に恐怖したるに原因し. こ こ で は,明治 23 年草案 の「第六章 財産. 詐欺取財に於ては被害者が物品を奪取せられた. に関する罪」中の「第一節 盗罪」における「第. るは加害者の詐術を真実なりと誤信したるに原. 一款 窃盗の罪」の 352 条・窃盗罪及び「第二. 因するもの…なるが故に 二者の間大に手段を. 款 強盗の罪」の 361 条・強盗罪の規定と「第. 異にすると同時に 取財の点に付ても恐喝取財. 四節 詐欺取財及び背信の罪」の 372 条・詐欺. に於ては止むことを得ずして被害者之を提出し. 罪及び 374 条・恐喝罪の規定とを掲げる66).な. ○. 、 、 、 、. 、. 、. 、. ○.

(10) 22. (192). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). お,第四節内の 373 条・準詐欺罪,377 条から. 第三者に不法に得させる意図で,虚偽の事実の. 381 条までの横領罪または背任罪,375 条・有. 仮装又は真実の事実の歪曲若しくは隠ぺいをし. 期 の 監視,376 条・常習犯加重,382 条・未遂. て錯誤を生じさせ又は維持させて,他人に財産. 処罰,383 条・親族相盗例の各規定は割愛する.. 69) 上の損害を生じさせた者」 と規定されていた.. 明治 23 年草案 372 条は,利得の意図を要求す 第三百五十二条「暴行,脅迫を用ひずして盗罪. る点や欺罔の具体的内容を定める点で,このド. を犯したる者は 窃盗の罪と為し 二月以上四年. イ ツ 帝国刑法 263 条 1 項 に 類似 し て い る.し. 以下の有役禁錮に処す」. かし,372 条の構成要件には,「財産上の損害」. 第三百六十一条「暴行,脅迫を用ひて盗罪を犯. は規定されていない.それゆえ,372 条の起草. したる者は 強盗の罪と為し 三等有期懲役に処. に当りドイツ法が参考とされたとしても,同条. す(以下略. ) 」. の起草者は,仮刑律以来の伝統を排斥して,ド. 第三百七十二条「自己又は他人を利するの意を. イツ法と同様に詐欺罪を全体財産に対する罪と. 以て虚偽の事を構造し又は真実の事を変更,隠. して位置づけることまでは意図していなかった. 蔽し其他詐欺の方略を用ひて人を錯誤に陥れ以. と言えよう70).. て不正の利益を得たる者は 詐欺取財の罪と為. ⑵ 恐喝罪の構成要件. し 二月以上四年以下 の 有役禁錮及 び 十円以上. ①ボアソナード改正案との関係. 百円以下の罰金に処す」. 旧刑法 390 条とは異なり,372 条は純粋に詐. 第三百七十四条「人の悪事,醜行其他の陰私を. 欺罪の規定となり,恐喝罪は,374 条に規定さ. 摘発,漏告せんと脅迫して不正の利益を得たる. れ,その手段として「人の悪事,醜行其他の陰. 者は 詐欺取財を以て論ず」. 私を摘発,漏告せんと脅迫」することと定めら れた.. ⑴ 詐欺罪の構成要件. 本草案の理由書では,374 条についての記述. 旧刑法 392 条及び 393 条の詐欺取財罪の補充. がないため,その規定を新設した理由は不明で. 構成要件は,明治 23 年草案の理由書によれば,. あ る.し か し,そ の 構成要件 は,Ⅲ の 4 で 述. 「別に詐欺取財を以て論ずと言に及ざる也」 な 67). べたように,ボアソナードが日本刑法草案の原. どとして削除された.. 案を下敷きにして自ら起草した,次の旧刑法の. 他方で,372 条では,旧刑法 390 条の詐欺取. 改正案(以下では「ボアソナード改正案」と称. 財罪の基本構成要件の手段が, 「人を欺罔して」. する. )435 条の構成要件に極めて類似してい. から「虚偽の事を構造し又は真実の事を変更,. る71).. 隠蔽し其他詐欺の方略を用ひて」へと具体的な ものへと改められている.この「人を錯誤に陥. 第四百三十五条「裁判所に対し又は公衆若くは. れ」る行為は, いずれも「不正の利益を得たる」. 一私人の面前に於て誣罔誹譏に捗る書面口頭上. ための手段として規定されている.これとは異. の脅喝を為し以て金額其他の物件又は財産譲渡. な り,349 条 で は,強窃盗罪 の 客体 を「動産」. しの証,義務の証,義務釈放の証を記載する証. とすることが定められている68).すなわち,詐. 書類を自己に交付せしめたる者は 三月以上三. 欺罪については,個別の動産のみならず,財産. 年以下 の 重禁錮 五円以上五十円以下 の 罰金 に. 上の利益一般が客体として定められた.. 処す」. この点,1871 年制定の当時のドイツ帝国刑. この同 435 条を新設した理由について,ボア. 法典 263 条 1 項の詐欺罪の構成要件は,現行ド. ソナードは,「強取の場合の如き害を加ふるの. イツ刑法典と同様に「財産上の利益を自己又は. 脅迫なしと雖も 名誉を毀損せんとするの脅喝.

(11) 詐欺罪と恐喝罪との関係をめぐる考察(渡辺). (193). 23. 72) あるものなり」 と述べている.しかし,同時. 他証書類を交付せしむるを以て条件と為し脅迫. に(脅迫の相手方に) 「帰責する事実は真に存. したるとき」79)と定める.. すると誣告及び誹譏なると」を区別しないと述. 321 条 1 号は,強要罪の規定であるが,実質. べて73),その脅迫が欺罔的手段を用いてなされ. 的には脅迫による「金額,有価証券,其他証書. ることを認めている(この点で,chantage を. 類」の領得の未遂行為を定めている.しかし,. 日本法の恐喝罪の由来の一つとしながら,脅. 旧刑法にはそもそも強要罪の規定自体が存在し. 迫が欺罔的手段を用いてなされる限り,詐欺. ていなかったにもかかわらず,本草案の理由書. 罪の成立を認める勝本勘三郎の見解とは相違. では同条の新設理由について,説明がない.財. がある) .しかも,同条は,強窃盗罪とではな. 物を交付させる手段として,374 条の恐喝罪の. 74). く,詐欺取財罪と同節に規定されていた .こ. 手段に当らない生命,身体等への軽微な脅迫が. こには,ボアソナードが,chantage としての. 用いられた場合に,およそ 360 条の強盗罪の成. 恐喝罪は財物等の奪取罪ではなく交付罪とし. 立することを回避することが意図されていた. て詐欺罪と共通的性格を有すると決断したこ. のかもしれない.いずれにせよ,321 条は,意. 75). とが示されている .もっとも,改正案の 434. 思決定の自由と財産処分の自由との関係を再考. 条では,日本刑法草案の原案 434 条の規定がほ. させる契機を含むものである80).しかし,明治. ぼ踏襲されて,詐欺取財罪の構成要件的行為と. 34 年草案では,261 条で現行刑法 223 条に類似. して, 「仮想の危害を以て恐懼を懐かしめ又は. する強要罪の規定があるのみで 81),明治 23 年. 76) 虚偽の利益を希望する念慮を生ぜしめ」 と定. 草案 321 条 1 号は継受されなかった.. められている.この限りでは,改正案 435 条の 新設された意図は,欺罔的手段を用いる場合を 含むとはいえ,恐喝罪の脅迫の対象を限定した. 2.‌明治 34 年草案 の 詐欺罪及 び 恐喝罪等 の 規 定と概説. うえで,同 434 条との対比から,当初の構想通. 「明治 34 年草案」では,「第十四章 財産に対. り, 「仮想の危害を以て恐懼を懐かしめ」 (無根. する罪 第一節 賊盗の罪」(273 条から 288 条). の事故を畏怖せしめ)とは,あくまで欺罔の一. の中で,節や款による区分けはなく,窃盗罪,. 態様であることを強調することにあったのでは. 強盗罪,詐欺罪及び恐喝罪等の各規定が置かれ. ないか.明治 23 年草案の起草には, ボアソナー. ている.ここでは,273 条・窃盗罪及び 274 条・. 77). ド本人も関与していたとされるが ,日本側の. 強盗罪の規定と 280 条・恐喝罪及び 281 条・詐. 起草者は,上記の意図を踏まえて,恐喝罪を詐. 欺罪の規定とを掲げる82).なお,282 条・背任. 欺罪から独立して規定して,両罪の区別を明確. 罪,283 条・準 詐 欺 罪,285 条・親 族 相 盗 例,. 78). にしようとしたものとも考えられる .ただし,. 287 条・未遂処罰の各規定は割愛する.. 372 条が新設されたそれ以上の具体的な根拠は 推測できない.. 第二百七十三条「人 の 動産 を 窃取 し た る 者 は. ②強要罪との関係. 窃盗の罪と為し 十年以下の懲役に処す」. 明治 23 年草案 で は,320 条 の 脅迫罪 の 構成. 第二百七十四条「暴行を用ひ又は現に被害者又. 要件として,その 1 項で「人を殺さんと脅迫し. は被害者に於て救護す可べき者の生命,身体,. 又は家宅に放火せんと脅迫したる者」 ,同 2 項. 自由若くは財産に対し危害を加へんと脅迫して. で「其他 人の身体,財産に対し害を加へんと. 動産を強取したる者は 強盗の罪と為し 三年以. 脅迫したる者」と定める.また,321 条では 「左. 上の有期懲役に処す. に記載したる情状ある者は前条の刑に一等を加. 前項の方法を以て不法に財産上の利益を得又. ふ」として,その 1 号に「金額,有価証券,其. は他人をして之を得せしめたる者 亦同じ」.

(12) 24. (194). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). 第二百八十条「第二百七十四条に記載したる以. 述べられている.すなわち,窃盗罪と詐欺罪及. 外の脅迫を用ひ人の動産を奪取したる者は 十. び恐喝罪との罪質の同一性がさらに確認・強調. 年以下の懲役に処す. されて,その法定刑が統一されている86).. 前項の方法を以て不法に財産上の利益を得又. ⑶ 恐喝罪と強盗罪との関係. は他人をして之を得せしめたる者 亦同じ」. 上記の理由書は,旧刑法 378 条の強盗罪の規. 第二百八十一条「人を欺罔して動産を騙取した. 定では「暴行脅迫に関する規定簡に過ぐるが為. る者は 十年以下の懲役に処す. め 往往疑義を生ずるのみならず 恐喝に依り賊. 前項の方法を以て不法に財産上の利益を得又. 盗を為す場合との区別不明に陥るの虞れある. は他人をして之を得せしめたる者 亦同じ」. を以て 本案は 新に暴行脅迫の種類を定め 強盗 の意義を明にしたり」87)と説明している.そこ. ⑴ 行為客体. で,274 条 1 項の強盗罪の規定を見ると, 「脅迫」. 法典調査会による本草案の理由書では,274. の対象には「名誉」は含まれていない.また,. 条の強盗罪について, 「窃盗とは異なり単に動. 260 条 の 脅迫罪 の 構成要件 で は,「人 の 生命,. 産を強取するのみならず 其他の財産上の利益. 身体,自由,名誉又は財産に対し害を加えんと. をも取得する場合あるを以て 本条第二項に於. 脅迫した」と定められている88).これらのこと. て之が規定を設けたるなり」とされ,詐欺罪及. を 踏 ま え る と,280 条 1 項 は,「第二百七十四. び恐喝罪についても,同じ理由から「第一項に. 条に記載したる以外の」 「名誉」を脅迫の対象. は明に動産に関し第二項に於て其の他の財産上. とするものであり,実質的には明治 23 年草案. 83). の利益に関する規定を設けたる」 とされてい. 374 条 と 同 じ く,chantage と 同様 の 構成要件. る.これに関連して,福鎌芳隆検事は,不動産. 的行為を定めているようにも見える.. の騙取は実質的に権利の騙取であるにもかかわ. もっとも,司法省が 1897 年(明治 30 年)に. らず,詐欺取財罪の客体と解すべきか,議論の. 裁判所や弁護士会等に提示した草案(以下では. あったところ,「新法は 明らかに動産と掲げ以. 明治 30 年草案と称する.)では,強盗罪(299 条). て是等の論を瞭然氷解せしめたるは頗る好良の. 及 び 恐喝罪(306 条)に つ い て,明治 34 年草. 84). 改正」 と述べている.. 案の 274 条及び 280 条の各 1 項とほぼ同一の構. すなわち,明治 34 年草案では,旧刑法での. 成要件が定められている89).その理由書では,. 解釈・運用上の不都合を解消するため,窃盗罪. 306 条の構成要件について,(旧刑法では)「単. を除く財産移転領得罪の各 2 項で,動産に当ら. に人を恐喝して…騙取したる者は云々と規定し. ない不動産やその他の権利をも含む財産上の利. たるが故にその所謂恐喝とは何ぞやとの疑問を. 益が広く行為客体とされた.この 1 項と 2 項と. 生じ 学説 裁判例 区々に出でて一定せず 改正. で異なる客体を定める型式は,現行刑法へと継. 案は 此幣慮り第二百九十九条所載の以外の脅. 受されることになる.しかし,明治 23 年草案. 迫を用ひて人の動産を強取したる者が恐喝盗な. 372 条等との対比では,各 1 項において, 「動. りとし 之を明瞭ならしめたるなり」としたう. 産」が客体として定められている点で,詐欺罪. え,「第二百九十九条の脅迫…を除き 苟も脅迫. 及び恐喝罪の個別の財物領得罪としての性格が. たる以上は 被脅迫者の如何及び其事項方法の. 明確にされている.. 如何に論なく 之を罰するため本条を設けたる. ⑵ 法定刑. 90) なり」 (…は本稿筆者による略. )と述べられ. 詐欺罪及び恐喝罪の法定刑について,上記の. ている.すなわち,明治 30 年草案では,勝本. 理由書では,「窃盗に比し其の罪状略同一なり. 勘三郎やボアソナードが意図していたように,. 85). と認むるを以て其刑期を同じく為したり」 と. 恐喝罪の脅迫の対象を名誉に限定すべきものと.

(13) 詐欺罪と恐喝罪との関係をめぐる考察(渡辺). (195). 25. は考えられていない.むしろ, 「其事項方法の. 異があるものの,両罪には,相手方の財物交付. 如何に論なく」相手方を畏怖させる加害の告知. への心理的状態について差異があると理解され. を恐喝罪の「脅迫」として広く包摂することが. ていた.恐喝罪の財物交付が「余儀なく渡させ. 意図されている.. る」との発言には,まさに同様の理解が含意さ. この点,明治 34 年草案の起草者である倉富. れている.なぜならば,両罪での相手方の交付. 有三郎政府委員 も,第 16 回貴族院会議 に お い. は,いずれも真意に反するとはいえ,欺罔によ. て,次のように発言している. 「強取の中には. る錯誤に基づく場合には,自己の真意に反する. 謂はゆる無理取り,暴行を以て取ることを極め. との認識が欠けるゆえに,「余儀なく渡させる」. たのであります,本条(280 条.本稿筆者注. ). ものとは言えないからである.すなわち,明治. の方が脅迫を用ひますけれども,余儀なく渡さ. 34 年草案 の 起草者 は,こ の 理解 に 従って,上. せると云ふ場合が多い,随分自分が手掴みに持. 記のような差異がある限り,両罪を「詐欺取財. つて行くと云ふやうな事は即ち恐喝取財には無. 罪」として同一の構成要件に定めることは相応. い,此奪取は即ち現行刑法にありまする所の恐. しくないと考えたのではないか.. 喝取財に当る積りであります」 .としたうえ,. 上記の考察を裏づけるものとして,大判明治. さらに,「本条には脅迫を用いて取る,暴行と. 36 年 4 月 7 日刑録 9 輯 487 頁(以下 で は 明治. 云ふことは少しも無いのでありますから,奪取. 36 年判決と称する.)がある.その事案は,被. と云ふ字は…矢張り不正に取ると云ふことの意. 告人が,相手方に対して,「星祭り」をしなけ. 味で御解釈を願いたひ」 (…は本稿筆者によ. ればその相手方の夫が死亡すると誤信させたう. る略).ここでは,恐喝罪の手段には強盗罪と. え,自らが「星祭り」をすればその危難を除去. は異なり「暴行」を含まないことが明言されて. できると装い,その「星祭り」の対価として相. いる.この点も注目されるが,恐喝罪の脅迫の. 手方から金銭を交付させた,というものである.. 対象を名誉に限定することも,全く言及されて. 明治 36 年判決は,「犯人が其所為に因りて被. いない.この限りで,280 条 1 項の構成要件的. 害者に危害を加へんと威嚇することと被害者が. 行為 は,明治 23 年草案 374 条を継受せず,明. 畏怖の念を生じ其意に反して財物を交付するこ. 治 30 年草案 306 条の起草理由に基づいて,相. と は 恐喝取財罪 の 構成要件 た る と 同時 に 犯人. 手方の瑕疵ある意思すなわち(強盗罪の程度に. が被害者に加へんとする危害の実在するや否や. 至らない)畏怖の心理的状態を生じさせる「脅. は犯罪の成立に何等の影響を及ぼさざるものと. 迫」を広く含むものと考えられていた.. す」としたうえ,「犯人が自ら危害を加へんと. ⑷ 詐欺罪と恐喝罪との関係. 威嚇したるにあらずして実在せざる危害を実在. 詐欺罪の構成要件は, 「人を欺罔して動産を. せるものの如く詐はり被害者の脳裏にその危害. 騙取したる者」として再び単純化された.し. は実在せりとの誤信を生ぜしめ架空の危害に対. かし,明治 23 年草案と同様に,詐欺罪と恐喝. する被害者の畏怖心を利用し被害者の為めにそ. 罪とは,別の条文で規定されている.法典調査. の危害を除くを名とし其対価として任意に財物. 会による上記の理由書では,明治 23 年草案の. を交付せしめたるときは犯人の所為は恐喝取財. 理由書と同じく,この点について全く述べられ. 罪を構成せずして詐欺取財を構成するものとす. ていない.その実質的な根拠を考察するに当た. 何となれば此場合に於ては財物の交付は犯人の. り,上記 4 の ⑵ で見たように,倉富が恐喝罪. 恐喝せられ止むことを得ずして為したる被害者. での相手方の交付は「余儀なく渡させる」と発. 不任意の行為にあらずして犯人の欺罔手段によ. 言していることが注目される.Ⅳの 2 の ⑵ ⑶. り錯誤に陥りたる被害者任意の行為なるを以て. で見たように,当時の学説は,その結論には差. なり」と判示して,詐欺罪の成立を認めた.. 91).

(14) 26. (196). 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). ここでも,詐欺罪と恐喝罪とは,相手方の財. 詐欺 の 罪」中 の 271 条・詐欺罪及 び 274 条・. 物の交付が「止むことを得ず」してなされるか. 恐喝罪の規定とを掲げる93).なお,37 章中 272. 否か,すなわち,財物交付への心理的状態には. 条・背任罪,273 条・準詐欺罪,275 条・未遂処. 差異のあることが示されている.しかも,明. 罰及び 277 条・親族相盗例の各規定は割愛する.. 治 36 年判決 は,両罪 が「詐欺取財罪」と し て 同一の構成要件で定められていたにもかかわら. 第二百五十九条「他人の財物を窃取したる者は. ず,上記の差異を重視して,両罪の成否を明確. 窃盗の罪と為し 十年以下の懲役に処す」. に限界づけて論じるべきとの判断をしている.. 第二百六十条「暴行を用ひ又は現に被害者又は. このことは,大審院が,明治 23 年及び同 34 年. 被害者に於て救護す可き者の生命,身体,自由. の草案における両罪の構成要件の独立化の方向. 若くは財産に対し危害を加へんと脅迫して財物. を,上記の観点から妥当なものと評価していた. を強取したる者は 強盗の罪と為し 二年以上の. ことを意味するのではないか.逆に言えば,明. 有期懲役に処す. 治 36 年判決 か ら は,上記の差異に基づいて,. 前項の方法を以て不法に財産上の利益を得又. 両罪の構成要件を明確に区別して解釈すべきと. は他人をして之を得せしめたる者 亦同じ」. の理解が,学説のみならず,司法実務において. 第二百七十一条「人を欺罔して財物を騙取した. も強く意識されていたことを窺わせる.. る者は 十年以下の懲役に処す. 他方 で,明治 36 年判決 は,行為者 が 加害 に. 前項の方法を以て不法に財産上の利益を得又. ついて自ら支配可能な外観を備えていなければ. は他人をして之を得せしめたる者 亦同じ」. ならないとの判断をしているものの, 「犯人が. 第二百七十四条「第二百六十条に記載したる以. 被害者に加へんとする危害の実在するや否や」. 外の脅迫を用ひ他人の財物を奪取したる者は. を問わず恐喝罪が成立するとしており,その加. 十年以下の懲役に処す. 害の告知が欺罔的手段を用いてなされることは. 前項の方法を以て不法に財産上の利益を得又. 承認している.すなわち,Ⅱの 2 ⑵ の見解と. は他人をして之を得せしめたる者 亦同じ」. 同様に,脅迫が「虚喝」でなされた場合であっ ても,相手方の財物交付への心理的状態が畏怖 でなされたか否かが重視されている. Ⅵ. 「刑法改正案」の考察 1.‌ 「刑法改正案」原案  の 詐欺罪 お よ び 恐喝罪 等の規定. 2.‌法律取調委員会での詐欺罪と恐喝罪とに関 する審議の考察 ⑴ 審議の概要 第 27 回の総会では,第 1 改正案の 36 章及び 37 章の審議がなされ,260 条 1 項の強盗罪につ いて,勝本勘三郎委員から,「『暴行を加へ又は. 現行刑法典は,法律取調委員会が 1906 年(明. 脅迫して財物を強取したる者は強盗の罪と為. 治 39 年)に明治 34・35 年草案等を修正して起. し』と修正したし」94)と提案され,賛成多数で. 草した原案を同委員会が再び審議して修正を加. 可決されている95).. え, 「刑法改正案」として 1907 年(明治 40 年). また,271 条の詐欺罪と 274 条の恐喝罪との. に第 23 回帝国議会に提出された案を両院協議. 関係については,勝本が,37 章の章名を「『詐. 会等が審議して制定された .. 欺取財の罪』としたし」96)と提案したが否決さ. こ こ で は,法律取調委員会 に よ る 最初 の 原. れ,富井政章委員からの「 『詐欺及び恐喝の罪』. 案(以下では「第 1 改正案」と称する. )の「第. としたし」との提案が賛成多数で可決された97).. 三十六章 窃盗及び強盗の罪」中の 259 条・窃. さらに,勝本の「 『人を恐喝して財物を交付せし. 盗罪及 び 260 条・強盗罪 の 規定 と「第三十七章. 98) めたる者は』と云ふ趣旨にしたし」 との提案に. 92).

(15) 詐欺罪と恐喝罪との関係をめぐる考察(渡辺). (197). 27. 対して,岡松正太郎委員から, 「 『脅迫を用い財. 及び学説の解釈に委ねることが意図されたとも. 物を交付せしめたる者』としたし」との提案が. 考えられる.この限りでは,chantage のよう. なされたが, 「 『勝本説に付採決可とする者』大. に,脅迫の対象を名誉等に限定することは,必. 99) 多数にて可決す」 とされた.. ずしも立法者の意思には反しない102).しかし,. ⑵ 恐喝罪,詐欺罪,強盗罪の関係. 現行刑法に至るまでの判例及び学説の動向と恐. 上記 ⑴ で見た審議では,章名が「詐欺及び. 喝罪に関する史的沿革とを踏まえるならば,そ. 恐喝の罪」とされ,恐喝罪には詐欺罪から独立. のように狭義に解する必要はなく,虚喝の類型. した意義のあることが強調された.他方で,恐. も含めて,相手方を畏怖させる加害の告知を広. 喝罪の手段が「脅迫」から「恐喝」へと修正さ. く含むと解するのが自然である103).. れたが,その提案者である勝本は,前述のよう. また,恐喝罪の手段に「暴行」を含むことは,. に,旧刑法 390 条の恐喝罪の手段を名誉等に対. 上記の審議の過程で肯定も否定もされていな. する「脅迫」と限定的に解していた.それにも. い104).し か し,恐喝致死傷罪 の 加重規定 を 設. かかわらず,なぜあえて「脅迫」から「恐喝」. けることもおよそ検討されていない.この限り. への修正を提案したのか.その真意は不明であ. では,すでにⅠで指摘した通り,恐喝罪の手段. る.しかし,多数の委員がその提案に賛同した. に暴行を含むとしても,それはなお生命,身体. 理由は,次のことが関連していると思われる.. に対する危険のない軽微なものであり, 「脅迫」. まず,260 条の強盗罪の手段が端的に「暴行. と等価的なものと解することが,恐喝罪の史的. を加へ又は脅迫して」へと修正されたため,恐. 沿革に則している105).. 喝罪の手段でも「脅迫」と定めると,強盗罪の 手段との構成要件上の差異が不明確になってし まう.また,第 1 改正案 246 条の強要罪の構成. 3.‌ 「刑法改正案」に  お け る 詐欺罪及 び 恐喝罪 等の規定. 要件は, 「暴行を用ひ又は生命,身体,名誉若. 刑法改正案 で は,「第三十六章 窃盗及 び 強. くは財産に対し害を加ふ可きことを以て脅迫し. 盗の罪」と「第三十七章 詐欺および恐喝の罪」. 人をして義務なき事を行はしめ又は行ふ可き. が置かれた.36 章及び 37 章の規定は,第 2 改. 100). 権利を妨害したる者」 と定める.すなわち,. 正案の 96 条が削除されたことに伴って,条文. その手段には,相手方の瑕疵ある意思を利用. 数が 1 つ繰り上げられたことを除き,議会での. する場合だけでなく,強盗罪と同じく反抗を. 大きな修正はなされず,現行刑法典の正文とな. 抑圧する絶対的強制による場合も含むものと. る106).ここでは,上記のことを踏まえて,37. 解しうる101).それにもかかわらず,恐喝罪の. 章中の 247 条・詐欺罪及び 250 条・恐喝罪の規. 手段についても「暴行」または「脅迫」を定め. 定のみを掲げる107).. ると,絶対的強制による場合も含むとの誤解を 生じさせかねない.つまり,日本法の伝統的理. 第二百四十七条「人を欺罔して財物を騙取した. 解に則り,恐喝罪を強盗罪から独立して規定す. る者は 十年以下の懲役に処す. る意義を明確にするために,あえて「恐喝」と. 前項の方法を以て財産上不法の利益を得又は. の文言を維持することが選択されたのではない. 他人をして之を得せしめたる者 亦同じ」. か.. 第二百五十条「人を恐喝して財物を交付せしめ. 他方,恐喝罪の手段は,上述のように,学説. たる者は 十年以下の懲役に処す. でも,その一般的な内容は必ずしも一致してい. 前項の方法を以て財産上不法の利益を得又は. なかった.それゆえ,上記の審議では,その手. 他人をしてこれを得せしめたる者 亦同じ」. 段についてあえて明確に定めず,その後の判例.

(16) 28. 横浜国際社会科学研究 第 18 巻第 3 号(2013 年 9 月). (198). Ⅶ.むすびに. なかったはずの財産の交付があった場合にも, 原則として財産領得を認めるべきである.. 現行刑法 の 政府提出理由書では, 「現行法は. 他方で,欺罔を手段とする恐喝事例における. 欺罔取財と恐喝取財を同一の条に規定するも . 両罪の限界づけをどのように解すべきか.これ. 本案は之を別条と為したり 二者其性質を同ふ. については,なお判例及び学説の詳細な検討を. せざるを以てなり」108)と述べられている.本稿. 要するが 110),本稿での考察を踏まえて,現時. の考察によれば, 両罪が別の条文に分けられた,. 点では次のように考える.明治 36 年判決やⅣ. その実質的な根拠は,相手方の交付が詐欺罪で. で見た旧刑法当時の学説が論じるように,両罪. は錯誤,恐喝罪では畏怖によるとの心理的状態. における相手方の交付への心理的状態には差異. の差異が判例及び学説により強調されたことに. がある111).しかも,恐喝罪での財産交付への. よる.. 心理的状態は,加害の実現についての欺罔・錯. し か し,日本 の 近代立法史 に お い て,詐欺. 誤があったか否かに関わりなく,加害が告知さ. 罪と恐喝罪との関係は,基本的に常に交付罪. れ畏怖することによって生じる112).それゆえ,. として共通するものとして考えられ,現行刑. 少なくとも欺罔を手段とする恐喝事例では,畏. 法も両罪の規定を同一章に置くことでその伝. 怖に基づく財物交付の心理的状態しかないとし. 統を踏襲した. 109). .また,旧刑法 390 条では, 「虚. て, (虚喝の類型としての)恐喝罪のみが成立. 喝」の概念に基づいて,両罪が「詐欺取財罪」. するとしてもよいのではないか.もっとも,欺. として同一の構成要件に規定されていたが,両. 罔と脅迫とが併用された場合に,錯誤と畏怖と. 罪の規定が独立化した明治 23 年草案から現行. に基づく心理的状態を明確に区別しうるのか. 刑法に至るまでも,依然として両罪には同一の. は,なお個別の事例ごとの詳細な分析が必要で. 法定刑が定められてきた.すなわち,両罪には. ある.. 相手方の財物交付への心理的状態に上記のよう. この点,ドイツ法に目を向けると,欺罔を手. な差異があるとはいえ,それが少なくとも法定. 段とする恐喝事例について,日本法と同様に,. 刑の重さの差異に直結するものとは考えられて. 判例は恐喝罪の成立を認め,学説もその結論を. こなかった.もちろん,軽微なものとはいえ,. 支持している113).すでに,ライヒ裁判所の判. 暴行が恐喝の手段となりうる限り,詐欺罪より. 例には,その根拠として,加害の実現について. も恐喝罪の方が犯情として「重い」との法的感. の 欺罔 が あった と は い え,相手方 の 財産処分. 覚が一般的に定着していることは否定しえな. が畏怖の心理的状態でなされたことを重視す. い.しかし,立法過程に裏打ちされた両罪の共. るものがある114).また,学説では,欺罔にの. 通的性格を踏まえるならば,財産領得罪の成立. み関与した共犯者の罪責との関係で,詐欺罪の. 要件としての欺罔と恐喝(軽微な暴行または脅. 構成要件該当性をおよそ否定すべきか議論があ. 迫) とは可能な限り等価的に理解すべきである.. る115).このドイツ法の動向には,日独におけ. この限りで,同一の財産客体を交付させる手段. る両罪の構成要件等の差異を踏まえたうえで. として欺罔が用いられたか,暴行・脅迫が用い. も,なお比較法的考察として参考になる点があ. られたかによって,個別財産の損害(財産領得). ると思われる.この考察についても,他日を期. の成否について,当然の如く差異を認めるので. したい.. はなく,可能な限り統一的に考える努力をすべ きだと思われる.すなわち,恐喝されなければ 交付しなかったはずの財産の交付により財産領 得を認めるのならば,欺罔されなければ交付し. 注 1)例 え ば,団 藤 重 光『刑 法 綱 要 各 論』 (3 版・ 1990)622 頁..

参照

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