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『大智度論』における法華経の把握

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(1)

に恥ける法華経の把握

海 淑

1

法華経と﹃大智度論﹄との関係については古来、沢山な学者によって研究がされ来っている。 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ は 竜 樹 造、鳩摩羅什訳出として伝えられ、 ﹃摩詞般若波羅蜜経﹄に対する逐語訳の型をとっているが、 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ が そ の まますべて、竜樹によって密かれたものかどうかについてさえ、疑問が持たれるに至っている。 ( 1 ) すなわち、干潟竜祥教授は﹃大智度論﹄の内容を検討した結果、

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、竜樹の言とは思われないもの。

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明かに竜樹 の言ではなく、訳者羅什の言と思われるもの、

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﹁ 明 か に ﹂ と ま で は 云 え な く と も 、 ﹁恐らく﹂竜樹の言ではなく羅 什 の 言 と 思 わ れ る も の 。

B

、ここは竜樹の言に相違ないという特色のはっきりしているもので、竜樹以外の者少くも 印度外の羅什の如き者の言とは思われないもの。

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、これは

A

ではない、然し

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とすべき特色も見られない部分、即 ち何れとも特色の明かでない部分、ここは致し方ないから伝の通り竜樹のものとしておかざるを得ないもの。という ように分類し、漢訳に際し羅什が加筆した部分のあることを指摘している、などである。 ﹃大智度論﹄を訳出した翌年に﹃妙法華経﹄を訳出した羅什の態度としては、この両者に対する関連を見ることが 出来るのであるが、もし然りとすれば、竜樹と法華経という関連では一考を要さなければならないであろう。 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 鑓 ハ 望 月 ﹀

(2)

﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 揖 ハ 望 月 ﹀ ︿ 3 ︾ ﹃大智度論﹄の中に引用されている法華経の語句の引用についての研究はすでに行なわれているところであるが、 今は、この両者の関連をしらベ、更に覚文法華経における表現を摘し、それにより﹃大智度論﹄が見た法華経、法華 経の説示をどのように﹃大智度論﹄がとらえているのかについて考えてみることになるであろう。 ︹ 許 巴 ハ 1 ︶ 干 潟 竜 祥 ﹁ 大 智 度 論 の 作 者 に つ い て ﹂ ︵ ﹃ 印 度 学 仏 教 学 研 究 ﹄ 七 ノ 乙 1 t 2 0 こ の 外 塚 本 啓 祥 教 授 は 、 そ の 論 文 の 中 で 、 ラ モ ッ ト 教 授 の 説 を 詳 細 に 一 且 っ て 紹 介 し て い る 。 ﹁ 大 智 度 論 と 法 華 経 ﹂ ハ 坂 本 幸 男 調 ﹃ 法 華 経 の 中 国 的 展 開 ﹄ ﹀ 六 四

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六 五 七 。 ハ2 ﹀ ﹃ 大 智 算 論 ﹄ 訳 出 は 後 泰 弘 始 四

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七 年 、 ﹃ 妙 法 華 経 ﹄ 訳 出 は 挑 泰 弘 始 八 年 と せ ら れ て い る 。 ︵3 ︶ ﹃ 大 智 度 論 ﹄ と 法 華 経 に 関 し て の 論 究 と し て 、 山 川 智 応 ﹃ 法 華 思 想 史 上 の 日 蓮 聖 人 ﹄ 四 三 七

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四 回 目 、 勝 呂 信 静 ﹁ イ γ ド に お け る 法 華 経 の 注 釈 的 研 究 ﹂ ハ 金 倉 円 照 編 ﹃ 法 華 経 の 成 立 と 展 開 ﹄ ﹀ 三 六 五

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三 七 回 塚 本 啓 祥 ﹁ 大 智 度 論 と 法 華 経 ﹂ ︿ 坂 本 幸 男 編 ﹃ 法 華 経 の 中 間 的 展 開 ﹄ ﹀ 六 一 −

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、 等 が あ る 。

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﹃ 大 智 度 論 ﹄ 巻 七 に は 、 復 次 有 下 諸 仏 無 = 人 請 者 − 。 便 入 − − 浬 柴 − 而 不 申 説 法 ム 。 如 = 法 華 経 中 多 宝 世 尊 − 。 宝塔 o 証 レ 説 = 法 華 経 − 故 。 一 時 出 新 ︾ 無 三 人 請 − 故 便 入 ニ 浬 集 − 。 後 化 仏 身 及 七 とある。これは﹃大品般若経﹄の﹁能請無量諸仏﹂の句を釈したもので、請うのには二種があるとし、 一 は 仏 の 初 成 道の時で、二は諸仏が無量の寿命を捨てて浬擦に入らんと欲した時だとしている。そして諸仏が目前にいる時は請え るが目に見えない時は詩えないとし、諸仏の法は必ず応に説法して広く衆生を度すベし、請うと請わざるとにせよ、

(3)

法として自ら応に繭るベし、何を以てか請うを須たんや、との質問に対して、諸仏は必ず説法し、人の請を待たずと 難も、請う者は亦応に福を得べし、請う者なき場合は浬柴に入ると語って多宝如来

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” に 言 及 し た も の で あ る 。 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ の 多 宝 如 来 へ の 言 及 は 要 旨 を 語 っ た も か , が あ る が 、 妙 法 華 経 に よ る と 、 多 宝 如 来 は 、 於 ニ 宝 塔 中 一 坐 − 一 師 子 座 − 。 全 身 不 散 如 ν − 一 禅 お ぜ と表現され、仏と成り減度した後、十方の国土において法華経を説く処あらば、わが塔廟はこの経を聴かんがための 故に涌現して、ために証明をなして讃めて善哉といわ勺︾との普願

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官”を作し、多宝如来の身体を人に示さ 内

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んとする時、その時の仏は分身仏を十方世界から集めよ、との普願があったことを示している。党文法華経はこれに

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( 3 ) 関 し て 、 多 宝 如 来 は 、 ︵獅子座に坐り、足をくみ、四肢は干からび、全身は不散で、禅定に入っているかのように見えた。﹀ そ う と 欲 す る 時 に は 、 であったとして、法華経が説かれる時、その時に多宝塔が出現し、善哉と−証明し、諸仏が多宝如来の身体を四衆に示 円 7 v 十方世界の如来の分身

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”を集めなければならないことを示している。 しかして、四肢が干からび全身不散であるという時、それは全身の舎利を意味するであろうから、減度した仏であ る こ と に な る 。 ﹃大智度論﹄により﹁使入浬梁﹂といわれるところであるが、法華経が説かれる時、浬擦の後であっ ても、哲願によって出現し証明法華経するというから、多宝如来は入混架しているのではなくて、塔の中から音声を ﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 握 ︵ 望 月 ﹀

(4)

﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 抱 揖 ハ 望 月 ﹀ ハ 8 ︾ 放って大衆に呼びかけているから、現在している仏陀である、とも考えられる。 ﹁ 減 度 之 後 ﹂ と 妙 法 華 経 が 訳 出 し て 党文法華経は前世において菩薩行を修行したが、 は、決して無上等正覚に達しなかった、 v と し て い る か ら 、 妙 法 華 経 、 い る の に 対 し 、 教菩麓法仏所説念の妙法蓮華の法門を聞かない間 ﹁使入浬襲﹂とした﹃大智度論﹄とは異ってい る。しかし、干からび全身不散という時、実質的には浬擦を意味するから、妙法華経がいう哲願力、焚文法華経のい う法華経を聞くまで、という働きが現在している仏という窓につながるのであろう。このことは活動せずして、しか も現在している仏、法身仏たる多宝如来を表現したことを示したものと思われる。しかし、妙・党両法華経とも法身 仏の何たるか、多宝如来が法身仏であるのかについて、言明をしているわけではない。 ﹃大智度論﹄は、仏法は等しく衆生を観て、貴なく賎なく、軽なく重なく、人の請う者あらば、その請のための故 雄 一 一 一 衆 生 不 ν 面 − − 詩 仏 − 。 仏 常 見 − − 其 心 一 亦 閲 − − 彼 請 − 。 仮 令 諸 仏 不 レ 閲 不 ν見。請 ν 亦 有 一 − 福 徳 − 。 に 、 使 ち た め に 法 を 説 く と し 、 としている。すなわち、仏法が請に応じて法を説くことあるを示しているが、仏法が法を説くことそれは法身仏の説 法であり、多宝如来がそのように理解せられたことを意味するであろう。しかも、衆生は目前に仏を見なくとも、仏 に説法を請う心が大切なことを示しているから、仏が法として遍在することあることを意味しているであろう。

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﹃ 大 智 度 論 ﹄ 巻 九 は 、 如 − − 大 月 氏 西 仏 肉 普 住 処 園 、 一 仏 図 中 有 = 人 頼 風 病 − 。 来 = 至 適 吉 菩 薩 像 辺 、 一 心 自 帰 = 念 遍 吉 菩 薩 功 徳 − 。 顕 除 = 此 病 − 。 是 遍 吉 菩 瞳 像 。 即 以 = 右 手 宝 奨 光 明 − 。 摩 − 一 其 身 一 病 即 除 愈 。 復 一 国 中 有 = 一 阿 蘭 若 比 丘 、 大 読 − − 摩 詞 祈 − 。 其 国

(5)

王 常 布 レ 髪 令 − 一 括 ν 上 而 過 − 。 有 三 比 丘 − 語 レ 王 言 。 此 人 摩 詞 羅 不 − − 多 読 P経。何以大供養如レ是。王言我一日夜半欲 ν 見 = 比 比 丘 − 。 即 往 − − 到 其 住 処 − 。 見 − − 此 比 丘 − 在 = 窟 中 − 読 = 法 華 経 − 。 見 下 一 金 色 光 明 人 騎 一 一 白 象 − 合 ν 供 養 占 。 我 転 近 便 滅 。 我 即 間 = 大 徳 − 以 − 一 我 来 − 故 。 金 色 光 明 人 減 。 比 丘 言 。 此 即 遍 吉 菩 薩 。 遍 吉 菩 薩 自 言 。 若 有 レ 人 語 − 一 読 法 華 経 一 者 。 我 当 下 乗 − − 白 象 − 来 教 包 帯 之 主 。 我 諭 − − 法 華 経 − 故 遍 吉 自 来 。 と法華経に言及している。これは、今、此の衆生は多く三悪道の中に堕つ。若し十方無量無辺の諸仏及び諸菩薩あら ば、何を以てか来らずや。との質問に対したものである。これに対し﹃大智度論﹄は、衆生は罪重きが故に諸仏菩薩 が来ると難も見ず。叉、法身仏は常に光明を放ち常に説法しても、罪を以ての故に見ず聞かず、として、衆生の心情 浄 な ら ば 、 則 ち 仏 を 見 、 十 方 の 仏 及 び 菩 蕗 あ り て 、 来 り 衆 生 を 度 す と 難 も、而も、見ることを得ず、とし更に、十方の仏が来らずは、衆生は罪垢深重で見仏の功徳を種えざるを以て、であ 若し心不浄ならば則ち仏を見ず。今実に、 り 一切衆生の善根が熟し結使が薄らぐを知って、然して後に来り度すとのペ、その上で前掲のように法華経に言及 ( 5 ) し た 上 で 、 人 あ り て 罪 垢 の 結 論 附 く 、 一心に仏を念じ、信が浄く疑わざれば必ず見仏を得て、終に虚しからざるなり、 と 述 べ て い る 。 すなわちこれは、見仏のあり方について述べたところであるが、見仏に関し﹃大智度論﹄は、普賢菩藍の功徳と来 至の挿話を使用して答えたことになる。 門

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遍吉の訳語は

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普賢の訳であるが、妙法華経は、﹁有人癒風病﹂等に関して、若し後の世に於て、 是 の 経 典 を 受 持 説 諦 せ ば : ・ : ・ 所 願 虚 し か ら ざ ら ん : ・ ・ : ︽ 悶 ︾ 若 復 見 下 受 = 持 是 経 − 者 占 。 出 − 一 其 過 悪 − 。 若 実 若 不 実 。 此 人 現 世 得 三 白 顕 病 一 。 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 揖 ハ 望 月 ﹀

(6)

﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 握 ハ 望 月 ﹀ とのベ、顕風病を白顕病とし、法華経の受持者を排−誘する者がうける病であるとしている。そして、普賢が自象に乗 り あ ら わ れ る 所 を 、 是 人 若 行 若 立 読 − − 諦 此 経 − 。 我 爾 時 乗 − − 六 牙 自 象 王 − 。 与 = 大 菩 薩 衆 − 倶 詣 − − 其 所 − 。 而 自 現 ν 身 と、供養し守護してその心を安慰せん。亦、法華経を供養せんがための故ない匂と述べている。 党文法華経は、後の時機、後の時、後の五百年が時に、この法門を受持するであろう僧たち、:::かの法師たちは 素直であり、三解脱を得るであろう。現世、来世に彼等は成就されるであろう 0 ・ :

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ハこのようにすぐれた経典を受持する僧たちの非難を聞かしめるだろう彼等は、現世において身体に顕病が生ずる で あ ろ う ﹀ と 述 べ 、 更 に 、 音色仰

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ハその法師がこの法門について思索の行に専念し、経行所に登るであろう時に、世尊ょ、私は六牙の王侯のような 自象に乗り、菩薩の集団に固まれて、この法門を護るために、その法師の経行所の庵に近づくであろう﹀

(7)

と 述 べ て 、 こ の 法 門 か ら 一 旬 、 一字でも見落すようなことがあれば、六牙の王侯のような自象に乗り法師の前にあら われて、この法門を欠けるところなく発戸させるであろう。かの法師は私の姿を見て、この法門を欠けるところなく 私から聞き、満足し悦び歓喜し極喜し欣喜と倫悦を生じ、この法門に十分に精進をおこすでしょう、と述べている。 すなわち妙党両法華経倶に、後者に関しては普賢菩躍の行願として法華経の法師に対しての守護を述べ、前者は、 普賢の言葉を聞いた釈尊が法華経を受持する者をそしる人が受ける報いとして述べたものである。これに対し﹃大智 度論﹄は、普賢︵遍士口﹀菩麗がその︵行願によって﹀法華経を読請する人のところへ、金色光明の身をもって自ら現 われ、又、績風を病める人が、遍吉菩薩に帰依をし念じたところ病除却したと述べているから、表現は法華経が示す ものよりも一一周積極的であることになる。そしてこれは見仏のあり方について述べたものであるから、仏の実在を信 ずる心、心のあり方を示すために、法華経に対する受持の姿が用いられたのであろう。

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﹃大智度論﹄巻十は、若し皆東方の諸仏を供養せば、諸仏は甚多し、何の時か当に詑って此の間に来るべきや、と の質問に対して、諸の菩薩は人天の法による供養をするのではなく、菩薩の供養の法を行ず、それは、身禅定に入っ て 、 其 の 身 を 直 進 し 、 其 の 身 辺 よ り 無 量 身 を 出 し 、 種々な供養の物を化作して諸仏の世界に満たす、 の だ と し て い る。そして、更に、此の諸の菩醸は釈迦牟尼仏に詣んと欲す、何を以ってか中道で諸仏を供養するのか、との聞に対 し、諸仏は第一の福田なり、若し供養せば大果報を得る、この故に供養するのだし、菩薩は常に仏を敬い重んずるこ と、人の父母を敬い重んずるが如くで、菩醸は仏の説法をうけ三味・陀羅尼・神力を得ているのだから、恩を知るが 故に広く供養するのだ、として法華経に言及している。すなわち、 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 撞 ︿ 望 月 ﹀

(8)

﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 揖 ハ 望 月 ﹀ 知 − − 法 華 経 中 薬 王 菩 薩 − 。 従 ν 得 二 切 変 現 色 身 三 昧 − 。 作 = 是 思 惟 − 我 当 s 何 供 − − 養 仏 及 法 華 三 昧 − 。 即 時 飛 到 = 天 上 − 。 以 = 三 味 力 − 雨 = 七 宝 華 香 幡 蓋 − 供 = 養 於 仏 − 。 出 三 ニ 昧 − 己 意 猶 不 レ 足 。 於 = 千 二 百 歳 、 服 = 食 衆 香 − 飲 = 諸 香 油 − 。 然 後 以 − − 天 白 畳 − 組 ν 而 焼 。 自 作 = 普 言 − 。 使 s我身光明照=八十恒河沙等仏世界−。是八十恒河沙等世界中。諸仏讃言。善哉 善 哉 善 男 子 。 以 レ 身 供 養 是 為 コ 等 一 勝 − 。 以 = 圏 域 妻 子 − 供 養 百 千 万 倍 。 滅 。 不 ν 下 以 − − 響 喰 − 為 A V比 。 於 = 千 二 百 歳 − 身 燃 不 ν として、このように仏を供養すれば無量の利を得、この故に菩薩は仏を供養するのだ、としている。 塚本啓祥博士によると、この部分は法華経の直接引用の状況で、妙法華経とは部分的相応関係を示%、︾とされてい るが、妙法華経は﹃大智度論﹄の文章よりも、はるかに詳述しており、党文法華経は更に詳しい。今、紙数の関係も あり、その全文を紹介することが出来ないので、要をとって見ていくことにする。 法華経によると、この箇所は薬玉菩薩の前生、一切衆生喜見菩薩

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の焼身供養の場面であ り、この菩麓が現一切色身三昧

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色 刷 世 間 M H 1 何 W M M M M 仰 ω忠弘と法華経に供養しようとして三昧に入った。すると虚空白宮民

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ハ千二百年﹀燃え続けて消え%よ。すなわち、妙・党両法華経は数字の差こそ一部にはあれ、大よそ同一内 容 を 示 し て い る 。 而して﹃大智度論﹄の表現は、法華経を要約したものであることが知られるが、法華経が仏と法華経に対する供養 としているのに、論が法華三昧に対する供養となした理由は解らない。法華経は一切衆生喜見菩薩が仏と法華経のた る

めに焼身供養をなし、その供養が諸施の中で最尊最上であるから、薬王菩薩として現世に出現したことを説示してい ﹁ 如 ν 供 − 一 養 子 得 − 一 種 種 無 量 利 一 。 以 レ 是 故 諸 菩 薩 供 − − 養 白 日 と い ﹃大智度論﹄が、薬王菩薩の焼身供養を語り、 う時、仏に対する供養の心が如何なるものかを示さんとしたものと思われる。そして、釈尊に至らんと欲すのに、何 故に中道で諸仏を供養するのかとの聞に対する答えでもあり、菩薩は諸仏を見て供養すれば仏たる果報を得るとなす から、釈尊と諸仏との関係について、釈尊の中に諸仏が含みこまれるのか、どうかは考えてみなければならない。

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﹃大智度論﹄は巻二十六の中で、仏の滅度にふれて、若し仏衆生を度せんと欲して未だ息まざれば、何を以てか浬 撲に入るや、との聞を設け、その答として、衆生を度すに二種あり、或は現前の得度あり、或は滅後の得度あり、と して、法華経の説示を例証に挙げ、 如 − − 法 華 経 中 説 − 。 薬 師 為 = 諸 子 三 ロ ν 薬 与 レ 之 而 捨 。 是 故 入 − − 浬 鍵 − 。 復 次 有 − − 衆 生 − 鈍 根 徳 薄 故 。

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可 ν = 福 徳 因 縁 一 。 是 故 入 − − 浬 紫 一 。 不 ν 能 ν − − 大 事 − 。 但 と述べている。仏の現前の得度は当然のことであるから、法華経を挙げたのは滅後の得度に関するもので、薬師云々 の語は如来寿量品の説示の良医の響を意味している。すなわち妙法華経は、父︵良医︶の留守中に誤って毒薬を服し ﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 握 ハ 望 月 ﹀

(10)

﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 握 ︿ 望 月 ﹀ た子等が、父の調合せる色香美味の薬を見て、不失心者は服したが、失心者は服しなかったので、薬を留めて旅に出 て方便を以て父は死すと告げさせる、これを開き失心者も父の言葉をうけ薬を服し癒えたり、という話を記し、父が ︽ 沼 ﹀ 仏であることを示している。党文法華経も同様の意を伝えているが、失心者について、

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脚 苦 ︵ 賢 明で明断で知的で立派で全ての病を癒す良医がいるとしよう﹀とせられるから、これは失心者とは相反するものであ る

﹃大智度論﹄が、鈍根にして徳薄きと称したのは、まさに失心者のことであり、この故にこそ福徳の因縁を種え るために仏は浬撲に入るとせられたのであろう。 川﹃大智度論﹄巻三十には、阿修羅は天に非ず人に非ず、地獄の苦多く帝生の形と異なるとし、五道の摂するところ だとし、更に、経には五道ありと説く、云何なれば六道というのかとの質問に対し、仏去ってから久しく経の流れ遠 し、法伝わって五百年の後、多く別異あり部々同じからず、或は五道といい、或は六道という、若くは五と説く者は 仏の経において文を廻して五と説き、若くは六と説く者は仏の経において文を廻して六と説くのだとし、 ︽ お ︾ 摩 詞 街 中 法 華 経 説 レ 有 = 六 趣 衆 生 − 。 観 − − 諸 義 旨 − 応 ν − − 六 道 一 。 と述べて、六道説を示している。この句は説示のごとく法華経序品の

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︵この仏国土で六趣の人々が知られ、彼等は一切すべて見られた﹀ をうけたもので、法華経により六道説をとっていることを示している。 川﹃大智度論﹄巻三十こには、経の三千大千世界の大地、諸山、徴鹿数を知らんと欲せば、般若波羅蜜を学すベし、 の語をうけて、仏は何故に六度等の諸の功徳を讃歎せず、大力を讃歎するのかの質問を設け、衆生には普法を楽しむ 者と善法の果報を楽しむ者の二種があるとし、前者には諸の功徳を讃歎し後者には大神力を讃歎する心があるのだと し て い る 。 そ し て 、 一石土の徴鹿すら尚数うべきこと難し、 何に況んや三千大千世界の地、 及び諸山の徴塵の数を や、との質問に対し、声聞僻支仏の智選、尚知ること能わず、何に況んや凡夫をや。是の事は諸仏及び大菩麓のみ知 る 所 な り 、 と し 、 如 − − 法 華 経 説 − 。 替 輸 三 千 大 千 世 界 地 及 諸 山 末 以 為 レ 座 。 東 方 過 = 千 世 界 − 下 − ニ 塵 − 。 如 レ 是 過 = 千 世 界 − 復 下 二 塵 − 。 如 ν 尽 = 三 千 世 界 諸 塵 − 。 仏 告 = 比 丘 − 是 徴 座 数 世 界 算 簿 量 可 ν レ 知 不 。 諸 比 丘 言 。 不 レ 可 レ 得 レ 知 。 仏 言 。 所 下 可 レ 著 − − 徴 塵 − 不 レ 著 申 徴 鹿 よ 諸 国 。 尽 皆 末 以 為 ν座。大通態仏出世己来劫数如 ν是。如 ν是無量恒河沙等世界徴座。仏大菩薩皆

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悉能知。何況一恒河沙等世界 c としている。すなわち、衆生の普法の果報を楽しむ者のために仏は大神力を示したもので、法華経化城愉口聞の大通智 勝如来の三千盛点劫の説示を、そのことを証するために引用しているといえるであろう。 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 握 ︵ 望 月 ﹀

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﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 揖 ハ 望 月 ﹀ 妙法華経と焚文法華経とが、大通智勝如来宮

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の 寿 命 に つ い て 述 べ る 表 現 は 、 ︽ 却 ︾ おおむね﹃大智度論﹄の引用するところに似ているが、ただ引用の後半の﹁尽皆末以為 ν盛﹂の箇所は、妙法華経に おいては﹁尽末為レ盛一塵一劫﹂として塵点劫が示されており、党文法華経では﹁

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邑ハ比丘たちょ、それらの最も徴細な鹿がおかれた り、おかれなかったりしたそれらの世界を、誰か数学者か大算者が計算によって、正しくつくし知ることが出来るだ ろうかととされているだけで、﹃大智度論﹄の引用に近い。そして引用末尾の如来の寿命を悉知しているとするとこ ろは、妙法華経は﹁如来知見力﹂を以ての故にとしており、党文法華経は、﹁

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ハ如来の知見力を執することごとなしているから、鹿点劫を知るためには如来の知見力が必要なことを示している。 すなわち﹃大智度論﹄が三千盛点の数を知らんと欲せば、般若波羅蜜を学すべしといい、そのような数が算せられる わけがないので不可信という質問に対して、法華経の説示が語られるのであるから、凡夫の智から如来の知見力への 転 換 と し て 般 若 波 羅 蜜 を 捉 ら 与 え て い る か と 思 わ れ る 。 川 又 、 ﹃大智度論﹄巻三十二は、経の菩薩摩詞薩は一毛をもって三千大千世界中の諸の須弥山王を挙げ、他方無量の 世界に欝げるところをとりあげて、菩薩は何を以つての故に須弥山及び諸山を挙げて他方の世界に過着するのかとの 質問を設け、菩薩の力は能く之を挙げることを明すのみで、菩薩は仏が当に説法をなすが故に、先ず三千大千世界を 荘厳し、諸山を除いて地を平盤ならしむ、 の だ と し 、 如 − − 法 華 経 中 説 − 。 仏 欲 レ 集 = 諸 化 仏 一 故 先 平 − − 治 地 一 。

(13)

と法華経に関説し、希有の事を現じ衆生をして見せしめんと欲するのだ、としてい持 この化仏︵分身仏︶来集は、法華経見宝塔口聞が示すところであるが、妙・党両法華経ともに﹁平=治地こといわれ た裟婆世界のありさまを、細かく具体的に表現している。そして、 ﹃大智度論﹄の須弥山等の諸山を他方の世界に過 着 さ せ る の に 対 し 、 無−一大海江河及目真隣陀山摩詞目真隣陀山鉄囲山大鉄囲山須弥山等諸山王−。通為三仏土−。宝地平碕 として、諸山がなく通一仏土で宝地平正だとしている。党文法華経は同巴

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円 割 ︾ もなく整えられ、仏国土は瑠離からなり云云と続けられて、平正・平治地にあたる語はない。しかし五百弟子受記品 ︽ 弱 ︾ ハ お ︾ の﹁地平如 ν 挙 レ ﹂ に お い て は 、

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ヨハ手の平のように平で﹀として仏国土を表現しているから、 (13 ) 仏国土は地平正というのは定着していたものと思われる。したがって、地平正は仏の説法の現場面を表現するために 示されるものであるとの立場を示し、そのために法華経が引用されたものと思われる。

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﹃ 大 智 度 論 ﹄ 三 十 三 巻 は 、 菩 薩 摩 詞 薩 は 、 一切の声聞野支仏の前にあること、諸仏に給侍すること、諸仏の内春属 たること、大谷属を得ること、菩薩の春属を得ること、浄報大施を得ることを欲せば、般若波羅蜜を学すべしとの経 の語をうけて、若し菩薩は未だ漏尽を得ずんば、云何ぞ漏尽の聖人の前に在るや、との質問を設け、菩薩について言 及 し て い る 。 即ち、菩躍は功徳智慧大なるが故に、初発意の時すでに一切衆生の前にあり、世々に常に大いに声聞畔支仏を利益 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 握 ハ 望 月 ︶

(14)

﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 盤 ︵ 望 月 ﹀ すとし、衆生は菩薩の思を知るが故にどこにても尊重し、諮問薩はどのような場にでも衆生を利益すとし、舎利弗・目 鍵連等の聖人、弥助・文殊師利等の菩薩は大巻属であり、更に、仏には無量無辺阿僧紙の一生補処の菩薩が前に在っ て 導 き 、 後 に 従 っ て 出 ず と し て 、 叉 如 ニ 法 華 経 説 − 。 従 レ 地 踊 出 菩 薩 等 皆 是 内 春 属 大 春 一 喝 と述べている。従地涌出は明らかに従地涌出品の説示を意味している。妙究両法華経は、出現に関して、 裟 婆 世 界 三 千 大 千 国 土 地 皆 震 裂 。 而 於 − 一 其 中 − 有 ニ 無 量 千 万 億 菩 薩 摩 詞 薩 一 同 時 踊 出 日 可 制

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︿この裟婆世界は一面に裂け聞いて、その裂け目から百千万億那由他という沢山な菩薩が出現した﹀ この菩薩たちが釈尊と旧知であることを示し、 と し て お り 、 弥 勅 菩 薩 等 は 、 地涌菩薩を昔より己来、 見ず聞かず ︵ 白 色 吋

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(15)

て、地涌菩薩が教化されたもので、八十年という有限な中ではないことを法華経は示している。 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ が 地 涌 菩薩は内春属・大巻属だというのは、久遠実成の中で考える時に、認めうることを意味しているであろう。 制﹃大智度論﹄巻三十八は、鈍根とは二十二根の中の何者か是なる、との質問に対し、悲根能く諸法を観ずるも久し く禅味を受著するを以つての故に鈍なり、信等の五根は皆道法を助成するも受報著味を以つての故に鈍なり、菩薩は 清浄の福徳智慈の因縁の故に十八犠皆利なるも罪の故に則ち鈍なり、と有人の意見をそれぞれ照介した上で、

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限 等 六 根 如 − − 法 華 経 説 − と 述 べ て い る 。 法華経の中で限等の六根にふれているのは法師功徳品であり、そこでは法華経を受持・読・諦・解説・書写する人 ( 15 ) は、八百限功徳・千二百耳功徳・八百鼻功徳・千二百舌功徳・八百身功徳・千二百意功徳を得、六根を荘厳し皆清浄 ならんとせられてい匂ここでは法華経に対する五種法師の行が六根をして荘厳し清浄ならしめるとしていることが 明 白 で あ る が 、 ﹃大智度論﹄は前述の引用文に続いて、命根は老病等のために悩まされず安隠に楽を受く、是を命根 の利となす、と利なることを種々挙げ、利と相違するが故に鈍なり、としているから、 ﹁ 限 等 六 根 如 法 華 経 説 ﹂ で 表 現しようとしたものは、利であるということなのだろうと思われる。

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そして又、巻三十八は、いかなるを劫と名づくるやの質問に対し、百由旬四方の誠と芥子、百由旬四方の石を磨す 故 話 を 挙 げ 、 時の中の最小なるは六十念中の一念、 大 い な る 時 を 劫 と 名 づ く と し 、 劫には大劫小劫の二種があると し、法華経に関説した有人の説を示している。それは ﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 盤 ハ 望 月 ﹀

(16)

﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 握 ハ 望 月 ︶ 時 節 歳 数 名 為 − 一 小 劫 − 。 如 − − 法 華 経 中 説 − 。 舎 利 弗 作 仏 時 正 法 住 レ 世 二 十 小 劫 。 像 法 住 レ 世 二 十 小 劫 。 仏 従 = 三 味 − 起 。 於 = 六 十 小 劫 中 − 説 = 法 華 経 コ 是 衆 小 劫 合 名 為 − 一 大 劫 − 。 としている。これは有人の説であるから、そのまま﹃大智度論﹄の説示とは出来ないが、妙法華経は 内 総 ︾ 華 光 仏 寿 十 二 小 劫 : : : 正 法 住 ν 三 十 二 小 劫 。 像 法 住 レ 世 亦 三 十 二 小 劫 。 とし、発文法華経は

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凶 可 制 W 目 ︿華光妙来の寿命は十二中劫:::正法は三十二中劫続くであろう、正法滅尽の後、像法ハ正法に似た﹀は三十二中 劫 続 く で あ ろ う ﹀ ﹃大智度論﹄と妙党両法華経の表現とでは非常に異っていることが ︽ 絹 ︾ 解る。尚、正法華経はここのところを﹁正法像法住二十中劫﹂として華光如来の寿命を除いた劫数では、﹃大智度論﹄ の表現と一致している。これがどのような理由によるものか解らないが、仏が六十小劫の中において法華経を説くと ︽ 錨 v a いう﹃大智度論﹄の説示は、以下に述べるところの序品第一の表現と合一している。叉、 としているから、正法・像法の続く劫数に関し、 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ は 劫 に は 大 小 の二劫があるとしているが、正・党両法華経は中

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劫とし妙法華経のみ小劫として一致しているのも疑問であ ろ う 。

(17)

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﹃大智度論﹄巻五十は、仏すでに須菩提の所聞を知る、今何を以って更に称して答うか、との質問に対し、この摩 詞般若波羅蜜経は十万偏・三百二十万言あり、四阿含と等しきなり。これは一坐に説き尽すに非ずとし、二事は時を 異にし日を異にすとし、声聞法の中には不可思議の事あることなく、 一日一坐の中に説き尽すことを得ず、との有人 の言に対し、仏は無擬解脱あり、菩醸は不可思議三味あり能く多時をして少時と作さしめ、少時を多時と作し、亦能 く大色を以て小に入れ小色を大と作すとし、法華経に関説し 又如下六十小劫説=法華経−人事静岡子向︾ と 答 え て い る 。 これは大乗と一切智に言及しそこにおける菩薩の心のあり方にふれたものだが、六十小劫という長い時間も従日至 せて大乗経の妙法蓮華教菩薩法仏所護念と名づくるを説き、六十小劫座を立たず、 時 会 聴 者 亦 坐 三 処 − 。 六 十 小 劫 身 心 不 レ 動 。 聴 − − 仏 所 説 − 謂 ν − − 食 拘 ∼ とのべており、発文法華経は ( 11) 食と思われたという記述は、法華経では序品の中に見られる。すなわち、日月灯明如来は三昧より起ち妙光菩薩によ

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︿すべての集った人々は同一の坐にて六十中劫の閥、この世尊の法を面前で聞いた、かの集った人々の中では一人 と し て 身 体 の 疲 労 や 心 の 疲 労 が な か っ た 。 ︶ とのぺて、従日至食、調如食頃を心の疲労

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”がなかったと抽象的にのべている。心の疲労がないとは ﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 撞 盆 因 。

(18)

﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 握 ハ 望 月 ﹀ 心が緊張し充実していることを示すから、短い時聞に感じたということで差はないと思われるが、法華経はこれを説 法の場面に使用しているのに、 ﹃大智度論﹄は経典に対する菩躍の不可思議三味の力の説明に使用している。

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﹃ 大 智 度 論 ﹄ 巻 七 十 九 は 、 仏亦名為 ν 。 亦 名 為 − − 無 上 福 岡 − 。 若 人 従 ν 仏 種 = 善 根 − 。 必 以 三 二 乗 法 − 入 = 湿 梁 − 不 レ 虚 。 如 − − 法 華 中 説 一 。 有 ν 人 或 以 = 一 華 − 或 以 − − 少 香 − 供 = 養 於 仏 − 。 乃 至 一 称 = 南 無 仏 − 。 如 レ 是 等 人 皆 当 − − 作 仏 − 。 として、有人の但五波羅蜜を行じ作仏せんと欲する時、乃ち空を観ず、何ぞ用いて常に般若波羅蜜の知り難く得難き 空行を行ぜんや、との質問を挙げている。これに対しての答は、要ず三乗を得て浬梁に入るとも、まさに了了に六波 白 捌 ︾ 一切種智を了了に行ずるが故に疾く仏道を得るのだとなしている。 羅 蜜 を 行 ず ベ し 、 法華経の方便品は 是故舎利弗 我 為 設 − 一 方 便 一 説 − 一 諸 尽 苦 道 − 示 ν 以 − − 浬 柴 一 我難 ν = 浬 梁 是 亦 非 コ 真 滅 諸法従 ν 本来 常自寂 滅 相 仏子行道己 来 世 得 コ 作 仏 − 我 有 = 方 便 力 − 閲 三 不 三 乗 法 − 一 切 諸 世 尊 皆 説 三 乗 道 − − − − と説示し、更に若し人が塔廟・宝像及び画像において華香幡蓋を以って敬心に供養す、若し人散乱の心乃至一華を以 って画像に供養せば漸く無数の仏を見る、塔廟の中において一たび南無仏とすれば皆己に仏道を成義々と示して いる。党文法華経は ロ

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一 一 ︿舎利弗よ、私は彼等に苦を滅せよと方便を語り、苦に遭っている衆生らを見て減度を見せる。このように一切の 法は最初から寂静で常に滅度していると私は語る。仏の息子らは行をみたし未来世にジナとなるであろう。三乗を 現わすのは私の善巧方便である。しかし、実に一乗であり、道理は一つであり、指導者の教えも一つである﹀ とし、乱れた心であっても一本の花を捧げ絵像に供養しても幾万の仏に順次にお会い出来、 一 度 だ け で も 南 無 仏 と 唱 えれば最高の菩提に到達する、とせられている。 すなわち﹃大智度論﹄が質問の中で引用した法華経説は、三乗を説いて来たが実は一仏乗だけであるとする説示に おける表現のみをとったものであるといえよう。 ( 19)

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﹃ 大 智 度 論 ﹄ 巻 八 十 四 は 、 曽って仏の功徳の能く人の老病死の苦を度するを聞き、 若くは多く若くは少く供養 し、及び名字を称すれば、無量の福を得、亦苦を畢って尽きざるに至るとした上で、須菩提の世尊よ、若し諸法実相 は壊すること無きが故に二仏異なること無しとせば、今仏分別して諸法は是れ色、是れ受想行識、乃至是れ有、是れ 無為法なりと説くは、まさに諸法の相を壊すること無きや、との質問を挙げて、仏は種々に分別して諸法を説くと難 も、但、言説を以って衆生をして解を得、心に所著すること無からしめんと欲す。若し二仏共に語るも諸法の名字を 説くべからず。衆生は仏に及ぶ者なく牽引して解せしめんと欲するを以つての故に是は普 1 是は悪と説くのみ、と答 ぇ 、 更 に ﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 握 ハ 望 月 ︶

(20)

﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 握 ハ 望 月 ﹀ 如 s 華 経 説 − − 火 宅 − 以 − − 一 一 一 乗 − 引 = 出 諸 子 − 。 但 以 − 一 名 相 − 説 − − 諸 法 − 不 ν 壊 = 第 一 義 − 。 とし、名相を以って衆生のために説くと難も実事有ること無くんば、まさに虚妄なること無からんや、との質問に対 し、聖人は世俗に随って言説するも、中において名相に著する処有ること無し、仏は此の中に自ら因縁を説く、凡夫 内 悶 ︾ の如きは苦を説かば名に著し相を取る、諸仏及び弟子はロに苦く説いて心に著せず等と答えている。 二仏とは真仏・化仏のことであり、供養等をなすものは倶に無量の福を得、仏の説法は種々に分別して説かれるも 倶に第一義のための故であるとし、それを証するために法華経の響喰品の説示を引用したものである。 妙 法 華 経 は こ の 箇 所 で 、 如 下 彼 長 者 初 以 = 三 車 − 誘 − 一 引 諸 子 − 。 然 後 但 与 − 一 大 車 宝 物 荘 厳 安 隠 第 一 − 。 無 申 虚 妄 之 径 九 如 来 亦 復 如 レ 是 。 無 レ 有 − − 虚 妄 − 。 初 説 三 二 乗 一 引 − 一 導 衆 生 − 。 然 後 但 以 − − 大 乗 − 而 度 = 脱 お ザ とし、党文法華経は

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F F削 君 。 け ︿たとえば、舎利弗よ、かの人が三乗を示しながら、かの子供らすべてに唯一の大乗を与えた。七宝づくりですべ ての装飾でかざられ、同じ色の素晴らしい乗、すべてに最高の乗を与えたからといって、かの人に嘘言があるので は な い ﹀ と し て 、

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如来は方便によって三乗を示しながら大乗によって衆生等を浬柴させたとしても嘘言者ではないとしてい

(21)

すなわち﹃大智度論﹄で第一義となされているのは、法華経では大乗自制

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﹃ 大 智 度 論 ﹄ 巻 八 十 八 に は 、 若 し 衆 生 あ り 菩 麗 を 割 識 し 、 或 は そ の 肉 を 食 わ ば 当 に 罪 あ る べ し 、 云 何 ぞ 得 度 せ ん ゃ、との質問に対して、この菩薩には本願あり、若し衆生有って我が肉を敬わば当に得度せしむべしと。経中に説く が 如 し 。 衆 生 菩 薩 の 肉 を 食 わ ば 則 ち 慈 心 生 ず 。 : : ・ ・ 肉 を 吸 う を 以 つ て の 故 に 得 度 す る に 非 ず 、 慈 心 を 起 発 す る を 以 つ ての故に畜生を免るるを得、善処に生じ仏に値い得度す。菩麓有り無量阿僧紙劫において深く慈心を行じ、外物を衆 ( 21) 生に給施するも意なお満たず、並に自ら身を以って布施す、として 白 凶 V 如 − − 法 華 経 中 − 。 薬 王 菩 麓 外 物 珍 宝 供 − − 養 仏 − 。 窓 猶 不 レ 満 。 以 ν身為 ν 供 = 養 於 仏 − 。 爾 乃 足 ν 満 。 と、薬王菩薩本事品の説示をとりあげて関説している。これに関し法華経は、薬王菩麗の本生たる一切衆生喜見菩薩

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の故事をとりあげ、この菩薩が楽って苦行をなし、仏を供養した上で、 我 雌 下 以 − − 神 力 − 供 − − 養 仏 エ 。 不 ν 如 − − 以 レ 身 供 養 − 。 と考え、自ら身を灯した時に諸仏が、善哉善哉、これ真の精進なりとし、 以 = ・ : 如 ν 是 等 種 種 諸 物 − 供 養 。 所 レ 不 ν 能 ν及。仮使圏域妻子布施亦所 ν 不 ν 及 。 善 男 子 。 是 名 コ 第 一 之 施 −

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− 諸 施 中 − 最 ︽ 町 V 尊最上。以 ν 供 − − 義 諸 如 来 − 故 。 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 握 ︿ 望 月 ︶

(22)

﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 盤 ハ 望 月 ﹀ としており、党文法華経もまた

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︵神通力の奇跡を示して世尊への供養をしたとしても、自分の身体を捨てるには及ばないと。:::善男子よ、これ は最高の布施であり、王位を捨てて布施しても、愛する息子や妻を捨てて布施しても及ばない。亦、善男子よ、自 分の身体を捨てることは、最勝最高、最妙、上妙の法供養である。﹀ としており、同様の意味を伝えている。すなわち﹃大智度論﹄が外物の珍宝となしているのは、単に珍宝だけではな く、自分の身体以外の愛妻・愛子をも含むことになるが、人聞が本当に愛するものは自分の生命だということを暗示 す る の で あ ろ う か 。 ﹃大智度論﹄は布施に二つありとし、外物の布施と身を以つての布施として、後者が勝れている ことを説くのは論を待たないが、この捨身供養は菩薩の本願慈心によるとするが、薬王菩薩の本生の生きざまが影響 し た も の で あ ろ う 。

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﹃ 大 智 度 論 ﹄ 巻 九 十 三 は 、 一 切 仏 若 人 好 心 開 ν名皆当 ν レ 仏 。 如 − − 法 華 経 中 説 − 。 福 徳 若 大 若 小 皆 当 − 一 作 仏 場 との質問を挙げている。妙法華経の方便品には

(23)

若 関 ν法布施 或持戒忍辱 精進禅智等 種 種 修 − − 福 徳 − 如 ν是諸人等 ぬ 刷 V 皆 己 成 = 仏 道 一 とあり、発文法華経には

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ハ彼等の面前で法を説き、或は聞いた衆生等は、布施を施し、戒を持ち、忍障の行、 一 切 の 行 を 成 就 し た 。 精 進 、 禅 定 へ の 努 力 を な し 、 般 若 に よ っ て 法 が 思 惟 さ れ 、 種々な福徳がなされた。彼等の一切は菩提を得るものとなっ た 。 ﹀ ( 23 ) となされて、ともに六波羅蜜を行じ福徳を積んだものが仏道︵菩提

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同じ巻九十三は、上の阿韓政致品の中に如是相を説く、これ阿碑故致なり、如是相は阿稗践致に非ず、阿稗駿致は 即ちこれ畢定なり、須菩提、今何を以ってか更に問うとの質問を挙げている。これについての答の中に、般若波羅蜜 には種々問あり、阿稗肢致はこれ一門の中の説なり、今畢定を聞い更に異門を問うとし、仏心の中には一切衆生、 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 撞 ハ 望 月 ﹀

(24)

﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 揖 ハ 望 月 ﹀ 切法は皆畢定なり云去とのベた後において、 間三法華経中説−。於=仏所作少功徳−。乃至戯笑一称=南無仏−。漸々必当=作仏、 叉 間 三 阿 縛 敏 致 品 中 有 − − 退 不 退 − 。 叉 復 閲 忌 戸 聞 人 皆 当 = 作 仏 − 。 若 爾 者 不 レ 応 ν ν 退。如z法華経中説=畢定−。余経説 s ν退 有 − − 不 退 − 。 是 故 今 問 為 − − 畢 定 − 為 − − 不 畢 定 − 。 として、その上で、菩薩は畢定なり、不畢定は二乗なり但だ大乗の中において畢定なり、畢定とは必当作仏なし惜しゲな している。これによってみると、阿韓抜致品や余経は退不退︵畢定不畢定﹀を説くが法華経は畢定だけを説き必当作 仏を説くということで迷うということであるが、法華経の方便品は、 乃至童子戯

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成 − − 仏 道 − 来 ν 沙 為 − − 仏 塔 − 如 ν是諸人等 皆 己 成 − − 仏 道 − : : : 如 ν是諸人等 漸 漸 積 = 功 徳 − 具 − − 足 大 悲 心 皆己 と示し、党文法華経は ω

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︿又、幼児らが遊びにおいてそこここにジナのために砂づくりの塔をつくる、彼等の一切は菩提を得るものとなっ た。大人でも幼児でも壁に︵像をかけば﹀一切の彼等は慈悲あるものとなり、幾千万の生命あるものを救い、沢山 な菩薩たちを導いた﹀ であり、妙法華経と党文法華経とでは微妙な相異が認められるが、大意においては大差なく、僅かな功徳でも成仏道

(25)

となることを示している。この皆己成仏道は一仏乗の開顕に起因するのであるが、 ﹃ 大 智 度 論 ﹄ が ふ れ る 法 華 経 中 の 説はそのことを意味していると思われる。 仰更に巻九十三は、菩薩は退して不畢定といい、ある時には菩薩は畢定して不退なりと仏はいうが、何れが実である かとの聞に対し、二事みな実なりとし、阿縛多羅三貌三菩提を僻怠し牢固ならざる者、かくの如き人は戸間道に従っ て得度し、而も戸聞を求めず久しく生死の中において苦を受くべきであるから、発心するものは恒河沙の如きも、阿 稗故致を得るものは若は一若は二と説き、大悲心薄く自ら身を愛し重んず、この人は仏は得がたく多く退する者あり と聞いて、我は仏を得ること能わずと思う人のために、 ︽ 鑓 ︾ 為 − − 是 人 − 故 説 二 切 菩 盛 乃 至 初 発 心 皆 畢 定 − 。 如 = 法 華 経 中 説 − 。 ( 25) となしている。この法華経中説に闘し、妙法華経の序品の末侮の 諸人今当 ν 若 有 − − 疑 悔 者 − 仏 当 z為除断 令 − − 尽 無 P 有 レ ム 時 合 掌 一 心 待 : : : 諸 求 = 三 乗 − 人 ︽ 鴎 ︾ の句が、それに該当すると思われている。これに対する党文法華経は、

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ハよき心で自制し、合掌せよ、世間のために慈悲深き人は︿法を﹀説く。:::何か菩提にむかう菩藍たちが、この 世で不確実で疑いや惑いがあるならば、賢者は自分の子供らのためにとり除くであろう。﹀ ﹃ 大 智 度 諭 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 揖 ハ 望 月 ︶

(26)

﹃ 大 智 度 論 ﹄ に お け る 法 華 経 の 把 握 ハ 望 月 ﹀ となされており、ともに仏を一心合掌する人々に対して仏が疑惑等を断ち切られることを示している。そしてこの表 現が﹃大智度論﹄が法華経中説としたものだと思われる。 側同じ巻九十三は更に、阿羅漢の先世の因縁にて受くる所の身は必ずまさに減すベし、何処にか住在して仏道を具足 するや、との質問に対して、 得 − − 阿 羅 漢 − 時 。 三 界 諸 漏 因 縁 尽 。 更 不 s 復 生 三 ニ 界 − 有 − − 浄 仏 土 − 出 − − 於 三 界 − 。 乃 至 無 − − 煩 悩 之 名 − 。 於 = 是 国 土 仏 所 − 。 開 − − 法 華 経 一 具 コ 足 仏 道 − 。 如 − − 法 華 経 説 − 。 有 = 羅 漢 − 若 不 レ 聞 − 一 法 華 経 − 自 調 ν − − 滅 度 − 。 我 於 コ 余 国 − 為 説 − − 是 事 − 。 汝 皆 aNV 当 = 作 仏 − 。 と示している。この文の後半のところが法華経の説示となされているが、化城喰品は、この諸の衆生にして今、戸閲 地に住することある者に、我常に阿梼多羅三貌三菩提を教化す。この諸人等はまさにこの法を以って漸く仏道に入る ベ し 、 と し た 上 で 、 我 滅 度 後 。 復 有 = 弟 子 − 不 ν − − 是 経 − 。 不 ν 三 不 ν − − 菩 薩 所 行 − 。 自 於 = 所 得 功 徳 − 生 − − 滅 度 想 − 。 当 レ 入 = 浬 梁 − 。 我 於 = 余 国 − 作 仏 。 更 有 − 桑 名 古 是 人 難 下 生 − − 滅 度 之 想 − 入 申 於 浬 築 主 。 而 於 = 彼 土 − 求 = 仏 智 慧 − 。 得 ν 開 = 是 経 − 。 唯 以 = 仏 乗 − 而 得 − − 滅 度 − 。 と し て 、 一切衆生をして作仏させることをのべている。党文法華経は、声聞の地位にいるものが、無上等正覚に向っ て成熟せしめられているとして、

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参照

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