• 検索結果がありません。

<活動記録><教育事業>2013 年度先端社会研究所リサーチコンペ

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "<活動記録><教育事業>2013 年度先端社会研究所リサーチコンペ"

Copied!
5
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

<活動記録><教育事業>2013 年度先端社会研究所リ

サーチコンペ

著者

谷岡 優子, 小田二 元子, 山森 宙史

雑誌名

関西学院大学先端社会研究所紀要 = Annual review

of the institute for advanced social research

11

ページ

147-150

発行年

2014-03-31

(2)

活動記録 ◆ 教育事業 ◆

2013 年度先端社会研究所リサーチコンペ

◆採択された研究の中間報告

◎地方花柳界の民俗学

−〈芸〉と〈色〉の境界線をめぐって− 谷岡 優子(社会学研究科博士課程前期課程 1 年) 地方都市の社会・文化のあり方を立体的に究明しようとする際、花柳界(芸妓、料亭、待合茶 屋、検番、置屋、芸事の師匠などからなる社会)に着目することは、一定の有効性を有していると 考えられる。しかしながら、これまで地方都市を対象とした花柳界研究は、まったく行なわれてこ なかった。 各地の地方花柳界には、その「しくみ」、伝承文化、地域文化との相互関係などにおいて、さま ざまな多様性と変遷を見出すことができる。本研究では、このうち花柳界をめぐる〈芸〉と〈色〉 の境界線に関して、そのあり方を検討する。 かつて日本各地の花柳界には、〈芸〉を売る「芸妓」と〈色〉を売る「娼妓」という 2 つの異な る特色を持つ職業を生業とする女性たちがいた。しかし、この両者の境界は、時代、地域、個人の 意思などによって、多様かつ流動的なあり方をしていた。 この〈芸〉と〈色〉の多様性、流動性を物語るものとして、芸妓であるものの、客の誰とでも肉 体関係を持つ者を揶揄した「不見転(みずてん)」の例、「芸妓」と「娼妓」の看板を二枚持ち、宵 の口は芸妓として宴会に侍るが、客からの要求があれば娼妓ともなる「二枚芸者」、「有芸娼妓」の 例などをあげることができる。これらの例からも、かつて芸妓と娼妓の境界は現在のようには明確 に分けられたものではなく、流動性のあるものであったことがわかるが、その一方で、芸妓の間に は、「芸妓」と「娼妓」を明確に異なるものとする意識が存在していたこともまた事実であった。 このことから、〈芸〉と〈色〉の境界は、複雑で動態的であったことが推測される。 本研究では、かつて〈芸〉と〈色〉の両方が存在し、現在も芸妓による活動が行なわれている長 野県諏訪湖沿岸部をフィールドに現地調査を実施し、諏訪花柳界の実態を明らかにするとともに、 当該地域内で行なわれてきた〈芸〉と〈色〉の境界の変遷、つまり、〈芸〉と〈色〉が必ずしも明 確に区別されていない状況(〈色〉が〈芸〉に「包摂」されている状況)に対し、〈色〉を〈芸〉か ら切り離して〈芸〉の世界に対する「他者」として「排除」する現象が、どのような時代、社会、 状況において生じたのかを調査した。 諏訪湖沿岸部では、製糸工業、精密機械工業、寒天製造などの近代産業の展開が見られ、これら の産業を背景に諏訪湖沿岸部の上諏訪、下諏訪、岡谷、茅野などの各地域にそれぞれ花柳界が展開 した。各地域の花柳界はそれぞれ独立した存在であり、かつては芸妓の行き来が禁じられ交流はな

(3)

かったものの、その後の需給関係の変化に対応して、花柳界同士の関係は柔軟に再編された。しか し、それより以前、花柳界のあり方を大きく変動させる再編が行なわれている。 昭和 32 年の売春防止法以前、法的には〈芸〉の花柳界、〈色〉の遊廓という線引きが存在した が、現実の花柳界と遊廓では〈芸〉と〈色〉が混在しており、花柳界と遊廓は「地続き」となって いた。〈芸〉を売るものとする花柳界でありながら、内部では「泊まり」や売春を頻繁に行なう 「不見転」「枕芸者」が存在していたほか、地域住民から「大手遊廓」と呼ばれる、花柳界内部に存 在した、置屋側が芸妓に「泊まり」や売春を積極的に奨励するタチの悪い置屋の集まる地域、「サ ボシ」と呼ばれる私娼、これらの存在が確認できた。 売春防止法(昭和 32 年)以降、諏訪湖沿岸部に置かれた遊廓は廃止となったが、その一部は形 態を変え、〈芸〉を隠れ蓑に花柳界に潜りこみ、生き残ったものもあった。芸妓と娼妓の両方を抱 えていたものの、防止法施行以降、抱えていた娼妓にも芸事を習わせ、商売を続けた貸座敷、花柳 界として認識されていたもの、若い女性を多く在籍させ、芸事をあまり重要視しなかったことか ら、もう一つの見番と対比して、「〈芸〉の見番」「〈色〉の見番」と呼ばれた見番などが現地で確認 された。 その後、昭和 50 年代から、諏訪湖沿岸部花柳界は徐々に衰退し、次第に各地の見番や置屋の廃 業が目立つようになったが、平成 18 年、上諏訪の大手見番が有志の支援を受けて復活し、「文化資 源」としての花柳界のあり方の模索が行なわれている。 以上の成果を、『先端社会研究所紀要』に投稿する予定である。

◎日本におけるレズビアン・コミュニティの変容

−大阪界隈のレズビアンバーを中心に− 小田二 元子(社会学研究科博士課程前期課程) 日本におけるレズビアンの歴史に関して、杉浦郁子が赤枝香奈子(著)の『近代日本における女 同士の親密な関係』(角川学芸出版、2011 年)を分析し以下のように述べている。赤枝は日本の近 代化にともなう親密性の変容に着目し、明治末から戦前昭和初期の、近代日本形成期の史資料を検 討している。その中で、女同士の親密な関係に注目し、「ロマンティック・ラブ(現代を生きる私 たち(とくに女性たち)が「恋愛」と見なすような親密性のこと)」の理念がどのように日本に根 づいていったのか、という受容過程の一端を明らかにしている(杉浦 2012 : 117)。「ロマンティッ ク・ラブ」は西欧で出現、近代に普及し、日本には明治期半ばに入ってきた。それが広く実践され るようになるのは戦後、高度経済成長期とされており、伝来から普及までにかなりの時間を要して いる。その間、この概念がどのように受け容れられていったのかは不明な点が多いという。「おめ」 「オデヤ」「同性の恋」「エス」などと呼ばれて明治半ば頃から女学校で広まった女同士の親密な関 係は、結婚がゴールとなり得ない関係であったものの、「単なる友情」と切り捨てられないような 関係であった。それは、近代の「新しい女」が主体的に、一対の永続的なつながりを求めた関係、 まさにロマンティック・ラブの理念が体現された関係である(杉浦 2012 : 117−118)。 また杉浦は、こういった“女同士の親密な関係”に対する社会の側からの認識の変容に注目し

(4)

た。しかし、ここで注目したいのは、社会の側からの視点とその認識の変容と同時に、“レズビア ン”である彼女たち自身がどのように自身を認識していたかということである。彼女たちが用いて きた「ダイク」や「フェム」などの外来語は、日本に元来あった“女同士の親密な関係”や、そこ で生み出されていた文化体系にどのような影響を及ぼしたのだろうか。 また、杉浦は『日本のレズビアン・コミュニティ−口述の運動史−』の中で、レズビアン活動家 達のインタビューから運動を中心とした日本の、とりわけ東京を中心にしたレズビアン・コミュニ ティに関して、その形成やコミュニティを取り巻く人々の実践をつまびらかにしている。その一方 で、関西やその他の地域に関する研究は、ことのほか進められていないといえる。さらに、フェミ ニズム運動や、ウーマンリブの活動を中心としたコミュニティの歴史はさることながら、運動から 距離を置いていたレズビアンやそういったコミュニティが形成してきた文化や言説に関する資料は さらにその数が少ない。 そこで、今回、本研究においては、東京ではなく大阪界隈をその対象とし、運動と密接に結びつ いていたコミュニティと、その一方で、運動から距離をおいて成立していたコミュニティにも焦点 をあてていきたい。そのなかで、「レズビアン」として定義づけられる以前の「女同士の親密な関 係」を構築する主体であった彼女たちが、“レズビアン”をはじめとする外来の言葉、概念、イデ オロギーの襲来によっていかに変化してきたのかを、今後の調査を行っていく中で、当事者である 彼女たちの語りを通じて分析していきたい。 参考文献 杉浦郁子,2012,「近代日本形成期における「ロマンティック・ラブ」の受容過程を問う−「同性愛の女性化」 と「愛情の女性化」の関係」『論叢クィア(5)』116−123 杉浦郁子 編,2009,『日本のレズビアン・コミュニティ−口述の運動史−』

◎戦後書店空間における「成人向けマンガ」の自主規制の変遷と

「客体化される読者」に関するメディア論的研究

山森 宙史(社会学研究科博士後期課程 3 年) 本研究の目的は、戦後以降の新刊書店における「成人向けマンガ」出版物をめぐる自主規制措置 のメディア史的分析を通じ、「有害図書」の社会的構築過程と出版メディア規制において「客体化」 される「読者」の在り方を顕在化することである。 その際、本研究では主に(1)自主規制に関する取次側の書店への指導・アドバイスの状況、(2) 書店・取次双方における成人向けマンガ出版物に対する見解、(3)店舗レイアウトにおける成人向 けマンガコーナーの位置付けの三点に主眼を置き、大手出版取次会社が書店向けに発行する『日版 通信』(日本出版販売発行)と『しゅっぱんフォーラム』(東京出版販売)を通時的に検討した。具 体的な調査概要としては、2013 年 9 月 2 日から 7 日までの 5 日間にかけて、東京国立国会図書館 にて上記の資料を収集分析した。今回の調査を通じて、『日販通信』は 1951 年 9 月号∼2000 年 8 月号までを、『しゅっぱんフォーラム』に関しては 1985 年 1 月号(創刊号)∼1993 年 12 月号まで

(5)

をそれぞれ確認することができた。加えて、「成人向けマンガ」をめぐる産業側の自主規制に言及 している各種文献資料の整理を行った。本報告書では現時点における調査結果について、先に挙げ た 3 つの分析観点に沿う形で説明したい。 まず(1)については、『日販通信』『しゅっぱんフォーラム』の二誌とも直接的な言及や立場の 表明は十分には確認することはできなかった。条例の制定・改正の動きとそれに伴う自主規制措置 が具体的に施行され始めた各年度において、規制の流れに反対する記事はいくつか掲載されている ものの、「どう取り扱うべきか」という販売方法の問題が俎上に挙がることはほとんどなかった。 この傾向は 1970 年代半ば以降、毎年積極的に議論されるようになったコミックス(単行本)の販 売方法と比較すると極めて非対称的であり、むしろ、「成人向けマンガ」がこれまで流通・販売セ クションにおいていかに言説化されえない存在であったかを改めて確認することができた。 次に(2)に関しては、(1)と同様に言及は少ないものの、90 年代以降になるといくつか散見さ れた。その背景にはやはり 91 年以降の「有害コミック騒動」を発端としたいくつかの書店・販売 店の摘発とそれに伴う大量返本による書店経営の損失があったと考えられる。またこの事件後、90 年代半ばより「成年コミック」マークと区分陳列が取扱書店において徹底された結果、むしろ「成 年コミック」の売上げが以前より急上昇することになる。そのため、90 年代半ば以降の『日販通 信』においても、特集が組まれるまでは無いものの、成人向けマンガ出版社の紹介や新刊の「成年 コミック」の告知が掲載されるなど、それ以前とは異なる様相を呈していたことが確認できた。 そして最後に(3)に関しては、『日販通信』において 60 年代頃より毎号連載されている巻頭の 「新店舗紹介」のコーナーに掲載される店舗レイアウトを中心としつつ、その他コミック販売促進 に関する特集記事を収集した。結果としては、こちらも(1)と同様、明確に「成人コーナー」と 明記している書店は少数だった。しかし一方で、90 年代以降に僅かながら紹介されるようになっ たマンガ・アニメ専門店の店舗レイアウト図や販売方法の記事などからは、それ以前に紹介された 一般新刊書店の「成人コーナー」と比較しても、「成人向けマンガ」に対して独自の陳列方法を展 開している点を確認できた。こうした傾向からは、一般新刊書店とマンガ・アニメ専門店とで「成 人向けマンガ」の意味付けが異なると共に、書店側の「読者」の捉え方に少なからず差異が生じう る点を指摘できる。 以上が今回の史料調査を通じて明確になった点である。これらの調査結果は主に「成人向けマン ガ」規制に対する書店側の自主規制の取り組みがいかに当初の不透明な形からその輪郭を次第に明 瞭にしていったのかを映し出しているが、同時にそれは本来不問な存在として位置付けられていた 「成人向けマンガ読者」の存在を顕在化していくものでもあったと考えられる。それゆえ、今回の 調査から得られた知見は、本研究の目的である〈客体化される読者〉を理論的に導出するうえでも 意義のあるものとなった。今後は 1 月末までに『日販通信』の 2000 年から現在までの記事を収集 ・分析し、それを含めつつ理論的知見の精緻化を進めていく予定である。

参照

関連したドキュメント

  

対象期間を越えて行われる同一事業についても申請することができます。た

それゆえ︑規則制定手続を継続するためには︑委員会は︑今

⑤  日常生活・社会生活を習得するための社会参加適応訓練 4. 

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から

● 生徒のキリスト教に関する理解の向上を目的とした活動を今年度も引き続き

● 生徒のキリスト教に関する理解の向上を目的とした活動を今年度も引き続き

社会的に排除されがちな人であっても共に働くことのできる事業体である WISE