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小中学校音楽の授業における箏の可能性 ―邦楽器演習の実践から―

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(1)小中学校音楽の授業における箏の可能性 −邦楽器演習の実践から−. 菅生千穂. 群馬大学教育実践研究 第 26 号. 群馬大学教育学部. 57∼65 頁. 別刷 2009. 附属教育臨床総合センター.

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(3) 57. 群馬大学教育実践研究 第 26 号 57 ~ 65 頁 2009. 小中学校音楽の授業における箏の可能性 -邦楽器演習の実践から- 菅 生 千 穂 群馬大学教育学部音楽教育講座. The possibility of the “Koto”in the music classroom at the elementary and the junior high school level, based on the practice in the Applied Japanese Traditional Instruments class. Chiho Sugo Department of Music Education Faculty of Education Gunma University キーワード:箏、和楽器 Keywords: Koto, Japanese Instrument (2008 年 10 月 31 日受理). はじめに. られるが、小中学校間での異動がある群馬県において. 2002 年実施の学習指導要領改定では、 殊に中学校で. は、いつ中学校に異動するかわからない、と不安を抱. わが国の伝統的な楽器演習を含むよう大幅変更がなさ. える小学校教員が見受けられる。今年度行った教員免. れ、第 5 節音楽の第 3、指導計画の作成と内容の取扱. 許更新講習(試行講習) 、10 年目経験者研修において. いにおいて「(4) 器楽指導については,指導上の必要. も、そうした現場の声が聞かれた。. に応じて弦楽器,管楽器,打楽器,鍵盤楽器,電子楽. 2011 年施行予定の次期改訂では、中学校において、. 器及び世界の諸民族の楽器を適宜用いること。また,. なおいっそう取り組みを強化するように2)、また小学. 和楽器については,3 学年間を通じて 1 種類以上の楽. 校においても、中学年では鑑賞の中で、高学年では特. 器を用いること。 」と表記された1)。このことは、音楽. に器楽活動の中で用いる楽器として、和楽器を含むよ. 教育現場に大きな衝撃を与え、現場教員は馴染みのな. う明文化されている3)。こうした教育現場の現状を踏. かった邦楽器について指導することを余儀なくされた。. まえ、本学では邦楽器演習の授業の中で、将来現場に. 対策として、専門の講師を招聘した研修会を自主的に. 立つことになる学生たちに、まずは箏を中心に邦楽器. 企画するなど、日々の激務の中で何とか最低限の対応. に親しみ、その特徴を体得した上で自分なりの表現ツ. をこなしてきたというのが現場の実情であろう。数年. ールの一つとして、積極的に箏を捉えることができる. が経過した今は、中学校教員には和楽器を扱わなけれ. ような演習を行っている。楽器に親しむといっても、. ばならないという意識がようやく定着してきたと感じ. 研修などで期間が 1~2 日と限定されている場合と違.

(4) 58. 菅生千穂. い、15 回にわたる演習は約 4 ヶ月間にわたるというメ. 上記の懸案事項を検証してみる。. リットがある。邦楽器演習を通して、学生たちの中で. まず、尺八は、本来は一本一本が自然の竹そのもの. 不安や恐怖感が消え、親近感へと変化してゆく様子を. であるという点で、量産が難しい楽器である。単価は. 目の当たりにし、この 4 ヶ月という期間が重要な意味. それなりに高価であるが、尺八に関しては樹脂製のも. を持つと確信した。. のが教育用として量産されており、こちらは比較的安. 本論では、 学校現場における和楽器の活用について、. 価である。尺八の最大の問題点は、音を発音すること. 尺八、三味線、和太鼓の導入について所見を述べた上. が非常に困難なことである。この点では、竹製のもの. で、箏を用いることで音楽の授業がいかに広がりや深. より樹脂製のものの方が、構造が画一的で発音しやす. まりを見せるか、邦楽器演習の実践例から観察、検証. い。専門家が演奏すれば樹脂製と本来の竹製のもので. した点をふまえて述べたいと思う。. は、音色の深みや個性という点で、本物(竹製)に軍 配が上がるのは言うまでもないが、教育現場では樹脂. I.楽器の選択. 製のもので充分対応できると考える。しかし、樹脂製. 学習指導要領には「1種類以上の和楽器」の導入が謳. のものでも、実際にはなかなか音が出ないのである。. われているが、 「和楽器」といっても種類は豊富である。. 音が出るまでに、膨大な努力と工夫、時間が必要な楽. 馴染みの薄い和楽器を授業で扱うにあたり、まず、楽器. 器が長く生徒の興味をひきつけておくとは到底考えら. を購入することからはじめる場合、どの楽器を選択する. れない。. かが第一の課題となる。和楽器は基本的に木や皮などの. 次に、三味線であるが、三味線は主たる共鳴体の胴. 自然の素材から作られている。そのためほとんどが手作. 部分に、表裏両面にわたり猫または犬の皮が張られて. りで、同種の楽器でも個体差が大きく、概して価格も高. いる。強い張力で薄く張られている猫の皮のほうが高. 価である。また気温や湿度に敏感で、保管に関しても非. 級で、音色もよく響くが、気温や湿度に敏感で、急激. 常にデリケートな面を持っている。その点で和楽器の維. な変化があるとすぐに破れてしまうのが、最大の問題. 持管理には、 一定の予算確保が必要だと考える。 例えば、. 点である。専門家でも演奏会用の高級三味線のみに両. ピアノに関しては毎年予算づけをし、卒業式の前には一. 面猫皮を用いるほどなので、教育用の現場で導入する. 年に一度調律をすることが定例になっている学校も多い。. ものは全て犬皮であるが、破れやすいことは、程度の. ピアノと同等の対策を講じて頂きたいが、他の教育用楽. 差こそあれ同様である。ひとたび破れると、片面を修. 器について、そのような措置はしていないとの反論が上. 理するのにも 1 万円程度費用を要し、初期購入金額が. がるかもしれない。しかし、戦後の器楽教育において、. たとえ8万円程度であったとしても、維持管理費がか. ハーモニカ、リコーダー、鍵盤ハーモニカなどが隆盛し. さむことは明らかである。また、三味線は演奏するこ. た理由の一つは、それらが扱いやすく、量産により安価. とにより撥が皮面を打ち、より破れにくいというが、. なマーケットを形成したことが挙げられる。初期費用も. 一年に1~2度取り出されるだけの環境だとすると、. 安く、個人購入も可能であり、維持管理費もさほど必要. さらにコストパフォーマンスは悪化するといえるだろ. ないこれらの教育用楽器と比較すると、必修という位置. う。教科書で紹介されているものは長唄三味線である. づけで「和楽器」を導入することは設備面においても容. が、三味線には、長唄(小唄) 、地唄、津軽など比較的. 易ではない。. 知られているだけでもジャンルが異なり、それぞれの. また、購入する数量は、題材や取り組み方に伴い変 化するわけだが、慎重に検討する必要がある。今日、. 楽器の仕様や撥の大きさ、撥の使い方や奏法まで異な るという点にも触れておく。. 音楽の授業数削減に頭を悩ませる現場において、和楽. 尺八や三味線を授業で扱う場合、同時に多くの生徒. 器を扱う題材に費やす時間数はどちらかといえば少な. が演奏に係わるためには相当数の楽器の用意が必要で. いと考えるのが妥当で、使用頻度という点も、購入の. ある。これに対し、和太鼓や箏においては、一つの活. 際には検討事項に含まれるであろう。中学生の器楽の. 動において比較的人数を消化しやすいと考える。. 教科書に重点的に紹介されている和楽器は、 箏、 尺八、. まず、和太鼓(締太鼓、櫓太鼓など)は、なんとい. 三味線、和太鼓の4種類であるのでこれらについて、. っても叩けば音が出るということが最大の魅力である。.

(5) 小中学校音楽の授業における箏の可能性. 59. 小学校においても、器楽合奏でハッスルしがちなエネ. を全て具現化できる楽器である。本学の邦楽器演習で. ルギーあふれる子供たちにぴったりの楽器である。大. は、学校現場で箏をどのように活用できるのか、また. きめの櫓太鼓を床に置けば、一台を囲んで2~4人が. そこからどのような教育的効果が生まれるか模索して. 立つことができ、 その後ろに列を作って順番に叩けば、. いる。以降具体的に、箏の楽器の特長について、五音. 数小節ごとに交代をして一つの流れをつくり、同じ音. 音階と自由調絃がもたらす幅広い可能性と創作活動へ. 楽を創造することが可能である。また、撥の数は太鼓. の活用という観点から、また、3 人で1面の箏を使う. の数に関係なく全員分を用意し、順番待ちをする間に. 活動や、箏の豊かな響きなどの点から、小中学校の音. 撥打ちで合いの手のリズムを入れさせるなどの工夫を. 楽の授業における箏の可能性を論じる。. することにより、実際に太鼓を叩けない時間も合奏に 参加することができ、授業への集中度が高まる。リズ. II. 箏の特長. ム楽器である太鼓は、他のどの楽器とも合奏がしやす. 箏には、楽器の構造や演奏方法に関して、いくつか. いというメリットもある。木魚や拍子木、ささらなど. 特筆すべき特長がある。本章ではそれらを、ア)五音. 日本の打楽器を加える、篠笛(リコーダーでも代用で. 音階で自由に調整可能な調絃のシステム、イ)創作活. きる)を2~3本用意して祭囃子風の創作をする、な. 動に非常に適した楽器であること、ウ)箏の楽譜シス. ど工夫をすれば活動が広がり、運動会や学習発表会な. テムである絃名譜がもたらす利点、という観点から述. ど、学校行事でも活躍する可能性を和太鼓は十分に持. べる。. っている。 では、箏についてはどうか。和太鼓ほどに庶民的な. ア)五音音階と自由調絃の魅力. イメージはないが、箏は伝統的邦楽器の代表格であり. 箏にも大型楽器があるが、一般に広く普及している. ながら、三味線や尺八などに比べて音を出すこと自体. 普通サイズの箏は 13 絃ある。絃には「一、二、三、・・・. に苦労がないことは大きな利点である。箏の価格は安. 十、斗、為、巾」と名前がつけられており、その調絃. いとはいえないが、洋楽との融合も可能であり、伝統. は柱(音程を決める駒)の位置により自由に調整する. 的奏法のみにとらわれず、歌唱の伴奏など他の音楽の. ことができる。一般的によく使われる伝統的な音律と. 授業や学校行事など幅広い場面で活用できる柔軟性を. しては「平調子」 「雲井調子」 「古今調子」などがあり、. 持っている。近年学校での普及を意識して「教育用短. いずれも五音音階(ペンタトニック)である。ここで. 箏」と銘打った簡易式の箏が多少安価で販売されてい. は基本となる「平調子」と日本古謡や民謡に用いられ. るが、サイズが小さめで、これで箏の音色の魅力を味. る「民謡音階」を紹介する(図1) 。. わうことは難しい。購入単価の安い短箏を1面でも多. と. い. きん. じ. 図1:平調子と民謡音階(一=D、壱越). くと考えるより、フルサイズの箏の購入が望ましい。 本物の音に、より多くの時間触れる機会を増やす方向 に授業展開して頂きたい。 一つの学校で何面もの箏を備えるのは大変なことだ が、群馬県では伊勢崎市の総合教育センターから借り 受けることも可能であるし、 それが不可能な場合には、 近隣の学校間において数週間ずつ計画的に貸し借りを して対応することも可能ではないだろうか。授業で扱. 「平調子」は、一の絃から順に「ミラシドミファラシ. う時期だけ面数を工面するなどして、授業ではフルサ. ドミファラシ」 (階名)となり、いわゆる「陰音階(陰. イズの箏を扱うことが望ましい。. 旋法) 」である。また、民謡音階は平調子から四と九、. 様々な和楽器の導入について検証してきたが、和太. 六と斗の絃を各全音上げた「ミラシレミソラシレミソ. 鼓と箏の 2 種類が、最も取り組みやすい楽器だと考え. ラシ」(階名)となり「陽音階(陽旋法) 」である。伝統. る。中でも箏は、太鼓がリズム楽器であるのに対し、. 的な呼称では「大楽(花雲)調子」とも呼ばれている. リズム、メロディー、ハーモニーの「音楽の三要素」. が使用頻度は少なく、むしろわらべ唄や民謡に用いら.

(6) 60. 菅生千穂. れる際に「民謡音階」と呼ばれることが多い。箏の調. 図2:名前呼びリレー. 絃も西洋音階のように5度調との関連が深く、種類や それらの関係についてまとめられているものもあるが 、ここでの詳説は省略し教材に適した平調子と民謡. 4). 音階の紹介に留める。 さて、ここで 2 つの点に注目したい。1点目は図1 に↑で示したように、 平調子から民謡音階への転調は、 わずか 4 つの音(四と九、六と斗はそれぞれオクター. 創作の要素も含まれるこの活動において、学生たちは. ヴの関係にあるので、2組のオクターヴ)を調整する. 急激に楽器に親しむようになる。邦楽器演習ではこれ. だけでよく、違う調子への移行が簡単だという点であ. にアイデアを得て、2~3 人1組でオリジナルの問答. る。五音音階の利点の一つと言えるだろう。2 点目は. を考えて発表する形へと発展させた。その結果、名前. これらが「旋法」であり、移調が可能な音の集合であ. の文字数や高低によるバラエティにとどまらず、あだ. るという点である。例えば三味線や尺八と合奏する時. 名で呼ぶ組、返事を工夫して「はぁい?(七六八) 」と. には、同じ曲でも違う高さで演奏する場合があるし、. 」と下げ 高さを上げたり、 「なんですか(七六五五五). 楽器や喉の調子によってはその日、その場面で高さを. たり、また「なに?!(七五) 」と短くスタカートで答. 変える場合もあるという。. える人、 「な~にしてた?(七ー六六七八) 」と続く会. ラ ソ シ. ラ ソ ミ ミ ミ. ・ ・. ラ ミ. ラ. じ. ソ ソ ラ シ. このように、箏は可動式の柱により自由に調絃を行. 話にまで発展した組などもあり、発表の場は非常に盛. うことができ、また、その調子は移動ドの五音音階を. り上がった。はじめは恐る恐る楽器に触っていた学生. 基本とした音律であり、移調も簡単に行えるという特. が、この活動を通して他の組に負けない工夫を試み、. 長がある。このことは学校現場において、フレキシブ. 積極的に音探しを始めるうちに、次第に箏に親しみを. ルな対応を可能にする。具体的な移調の例としては、. 持ってゆく様子が見て取れた。. 伝統的調絃では平調子を「一=D(壱越(いちこつ)) 」. 五音音階は順番に鳴らすだけで、古謡風や沖縄風と. で合わせるのが一般的だが、教育現場においては合奏. いった、ある雰囲気をもつ音律となり創作活動に最適. するリコーダー、鍵盤楽器など他の楽器の調性を考慮. である。カール・オルフやルドルフ・シュタイナーも. して、 「一=E(平調(ひょうぢょう)) 」と一音高い調子. 教育実践の中で、ペンタトニック(五音)の笛や木琴. にすることで対応することが可能である。ただし、合. を用いた自由なメロディーの創作を取り入れている6)。. 奏の必要がない場合には D を基準にするほうが、より. 箏で『さくらさくら』を弾くと、ほとんど跳躍せずに. 情緒のある響きが得られ、箏の響きの良さが最大限に. 隣の絃を弾いていくだけで、フレーズが完成する。ま. 活かされることも書き添えておきたい。. た、何気なく腕を引っ張って「一~巾」と鳴らせば、 立派な「引き連」という技法(西洋のグリッサンド奏 法)になるのである。琉球音階も五音音階であり、箏. イ)創作活動に最適 音を出すことが容易であり、前述の通り五音音階を. に非常に適している。邦楽器演習では『花』や『てぃ. 基調としている箏は、創作活動に非常に適している。. んさぐぬ花』 、 『島唄』7)をグループ演奏で扱ったが、. どのような創作が可能か、本学の邦楽器演習で箏の導. 学生の活動回顧録にはこう書かれている。. 入として行っている『名前呼びリレー』の活動を例に 述べる。この活動は『楽しい箏楽譜集~授業や音楽会 ですぐに使える~』山内雅子・大原啓司編著(音楽之 友社)5)に紹介されており、民謡音階の六と七の絃の ソ ラ ラ ラ ラ. みを用い、「すずきさん(六七七七七 )」「はぁい ラ ソ ラ. ・ 調子が変わるとこんなにも雰囲気がかわるの か、ということに感動しました。 (Y) ・ 沖縄の音階に調弦するだけで、ただ音階をジ ャラランと弾いたり、装飾を入れたりするこ. (七六七) 」などと、弾きながら歌って相手に呼びかけ. とで一気に沖縄風になり、改めて音階の力を. るものである。 (図2). 感じた。 (I).

(7) 小中学校音楽の授業における箏の可能性. 61. また箏では、アンサンブルをする際に、伴奏を作る. 創作したふしやリズムを発表する際には、教師はわず. ことも簡単である。これも五音音階の利点で、四六、. かな違いにも気を留め、ひとりひとりの個性として高. 図 3:伴奏例(民謡音階) (○数字はピチカートを示す). や五七など一本. く評価することにより、同時にそれをクラス全員で認. おきの絃を一緒. め合うことができるだろう。. に弾くだけで、. このように、箏の楽譜のシステムが絃名譜であると. 簡単に和音を形. いう特長もまた、音楽の授業に付随する「読譜」とい. 成することがで. う能力的ハードルを下げる大きな役割をしていると言. きる。図 3 のよ. える。. うな決まったパ ターンでの伴奏 を、オスティナ. III. 3 人で 1 面の箏を使う活動. ートとして演奏. 冒頭で述べたように、学校現場ではまず、十分な数. し続けると曲が. の楽器を用意するだけでも大変である。生徒 1 人に付. 一層華やかにな. き1面の箏を用意することはおよそ不可能で、多くの. る。. 学校では授業時期に箏を調達したとしても、3~5 人で 1つの箏を使っているのが現状ではないだろうか。 しかし、フルサイズの箏であれば 180cm の長さが. ウ)絃名譜の利点. あり、1台を使って 3 人で同時に演奏することが可能. 上記のような簡単な伴奏は、パターンとして覚えて. である。3 人で1面の箏を使えば、人数が消化できる. しまうことが可能だが、こういった活動が抵抗なく行. だけでなく、活動としてもたくさんの利点があるので. える理由の一つは、楽譜のシステムにもあることに注. 具体的に述べていきたい。. 目したい。箏の楽譜は、流派や時代によって縦譜や横 譜、升目の有無などの違いはあるが、いずれも一~巾 までの、絃名の漢字が示されている。つまり、漢数字. まず、3 人1組となり座り方は図4のいずれかのよ うに座る。 図4:3 人での演奏位置の一案. が書いてある糸を奏すれば良いのである。また上記譜 例のように、五線譜の音符に漢字を添えても良い。 読譜は、音楽の授業のあらゆる活動において難関の 一つとなる。それに加えて、歌唱においては音程を正 しく取ることが出来るか、器楽では正しいリズムや運 指が出来るかなど、個人の身体能力が問われる。教師 からの評価だけでなく周囲の友達からの評価について、 生徒らは非常に敏感であり、楽しいはずの音楽の時間. 奏者 I は伝統的な演奏位置に座り、奏者 II はそのすぐ. なのに、実際には彼らはさまざまな精神的ストレスを. 左側に座ると奏者 I と重ならないような絃を用いてハ. 感じている。しかし、箏においては書いてある数字の. ーモニーや合いの手を入れることができる。奏者 II の. 絃を鳴らせばよく、さらに五音音階のおかげで多少間. 演奏位置では、奏者 I より絃の中央付近を弾くことに. 違えようとも、極論を言えばおよそ何をやっても、恥. なり、おのずと竜角に近い位置を演奏する奏者 I と、. ずかしいほどに間違えたような響きはしない。合いの. 音色にコントラストがつく。また、ピチカートにより. 手を創作した時も、絃名をメモしておくだけでよく、. 爪をはめずに弾く音色も、効果的な対照を生む。奏者. 五線譜を書く知識も必要ないのである。活動が楽しく. III は、スペースが許せば図4右側のように2人の反対. なると、創作活動においても生徒たちは徐々に自発的. 側、一の絃の側に座ることもできる。そして爪をはめ. に取り組み始め、このような精神状態においてこそ、. ずに一や二の絃をピチカートして、ベースラインをオ. 内面から発露する独創的なふしやリズムが生まれる。. スティナートのように形成する。この時、小柱を用い.

(8) 62. 菅生千穂. て一の絃を五の乙(1 オクターヴ下の音)に下げてお けば、より一層、低音部の豊かな響きを得ることが可 能である。. も1台でできてしまう。すごい楽器だ。 (Y) ・ 3 人だと 1 人ひとりはそんなに技術がなくて も、演奏が華やかになって、生徒たちもきっと. こうすれば 3 人が一度に演奏に参加できるだけでな. 楽しく活動ができると感じた。 (Y). く、パート別に難易度の差が生じることが功を奏すだ ろう。つまり、適したパート割りにより、生徒は手先 の器用さの個人差を あまり感じることな く、全員で楽しみな. パートが異なっているのに、同じ楽器を友達と同時 に演奏することができる楽器は、確かに稀である。共. 図 5: 『さくらさくら』 (○数字はピチカートを示す). 鳴体が同じ楽器であるので、自分の出したベースの音 が、友達の奏でるメロディーを支え、響きを増幅させ. がら演奏し、達成感. るのを実感することができる。 “響き合う”という音の. を得ることができる. 根本的な性質が、 「一緒に」 「協力して」演奏するとい. と考える。特に奏者. う活動を通して、音そのものだけではなく、人と人と. III は簡単な作業で. のハーモニーをも自然に形成してゆくのである。まさ. はあるが、低音があ. に音楽活動の醍醐味である。実際に、学生たちからは. ることで音楽の広が. 「童心に返ったようで、とても楽しかった!」という. り、重厚さが増し、. 感想が後を絶たず、小学生にぜひやらせてみたい、と. パートの重要性を自. 現場での実践を想定して取り組んでいる。. 他ともに実感するこ. 3 人一組で1面の箏を使う活動は、和楽器が初心者. とができる。 譜例 (図. の教師でも行いやすい活動形態であり、どのレベルの. 5)の『さくらさく. 生徒においても活発な活動が期待できると言える。. ら』のように「一」 、 「二」 、と繰り返すだけ、時折「三」が入る、程度の楽 譜であれば、リズムに変化を持たせてみるなど、個性 も発揮できる。. IV. 箏の響き 箏の響きは、 「心の琴線に触れる」という慣用表現が. 邦楽器演習でも、この 3 人で1面の箏を使う活動に. 生まれるほど美しい。本章では、ア)箏の音色や響き. 重点をおいている。グループ発表を重ね、同じ曲でも. の豊かさについて、その一因が倍音共鳴にあること、. 違うグループでは全く異なった印象を持つ音楽へと変. イ)豊かな響きが日本古謡の情緒をかもし出すこと、. 化する様子をみて、次の曲の発表の際には、伴奏形を. ウ)奏法の違いにより様々な音色や演奏効果を得られ. 工夫して変えてみたり、楽譜にはないアドリブの合い. るということ、について順に述べていきたい。. の手を入れてみたりと、学生たちの自発的な表現が見 られるようになった。一定期間この活動を行うことで. ア)倍音共鳴による豊かな響き. 学生たちが、知識としてだけでなく体験として、箏の. 3 人で演奏する際に奏者 III が担当する、一や二の. 響きの豊かさや、箏が多様な活動形態に応用できる楽. 絃のピチカートは、驚くほどによく響く。これは、楽. 器であることなど、表現媒体としての楽器の可能性を. 器自体が 180cm の長さと桐をくり抜いた胴体という. 感じ取っていることが、 次の活動回顧録からも伺える。. 共鳴体を持つこともさながら、五音音階の調弦と2オ クターヴ半にもわたる音域にも大きな原因がある。つ. ・ 一つの楽器なのに、複数の楽器でアンサンブル. まり、自然倍音列を考えた時、8 度、5 度の低次倍音. をしているかのような豊かさが感じられた。. が楽器本体の調弦のうちに多く含まれ、共鳴している. (K). のである。五音音階であるということにより、13 絃の. ・ 大きい楽器だから 3 人で弾けるんだと改めて. 間に 2 オクターヴ半が形成されることにも注目したい。. 思った。1台を3人で演奏できる楽器はなかな. 図6のように、一を五の乙(オクターヴ下)に調絃し. かない。音色も多様だから、旋律、伴奏、何で. た時、平調子、民謡音階ともに、一の絃に対しては第.

(9) 小中学校音楽の授業における箏の可能性. 63. 6倍音まで、二の絃に対しては第 4 倍音まで多くの調. ように洋楽器との比較や、題材と音色についての考察. 絃された絃があり、共鳴体を楽器そのものに内包して. がなされてくる。活動回顧録から引用する。. いる。三の絃も第 3 倍音が欠けるが、2オクターヴ上 の音まで内包し 5 度下(D)の絃も多く含まれるので 比較的よく響く。 図 6:箏の調絃と倍音. ・ わらべうたのような日本の音楽は、より趣の ある演奏になっていた。 (K) ・ ピアノで弾いた感じより、箏の方がより日本 的な音楽の良さが表現できて面白い。 (S) ・ ピアノも響きが豊かだけれど、箏の方が長く 響くし、味わいのある感じ(雑音が混ざって いるような)がする。昔から日本にあるから 日本らしい心地よい響きがするのだと思っ た。 (Y) 「和」 の情緒をいかに伝えようかと言葉を選ぶよりも、. 図7:西洋音階の調絃と倍音. 楽器の響き自体がそれを語り、皆が何か感じ入るもの があるのだと痛感した。実際に、私自身も小学校での 音楽専科時代に、この「情感」をどうやって児童に伝 えたらいいのかと、言葉を並べては、むやみに話をし 続けた経験がある。しかし今思えば、伴奏をピアノで はなく、箏による和音やアルペジオ、ベースラインの オスティナートで行えば、 『さくらさくら』 『うさぎ』 『荒城の月』など、特に陰旋法や民謡音階の曲につい. こうして考えると、箏は自由調絃により西洋音階を. て、曲の持つ情感を容易に伝えられたのではないだろ. 作ることは出来るが、ドレミファソラシドを省略なし. うか。箏や三味線はもともと「唄い」の伴奏楽器であ. に作る場合、13 絃には1オクターヴ半程度しか収まら. るので、歌唱授業に取り入れることは本来の楽器の姿. ない(図7) 。さらに、半音を多く含む西洋音階の調絃. にむしろ近いとも言える。その響きが自ずと日本古謡. では、一や二の音に共鳴する倍音は極端に減少する。. の情緒をかもし出すことは間違いない。. 西洋音階では気のせいか少し明るめの鋭い響きになる. また、ものがたりに音楽を取り入れる題材にも、箏. 印象があるが、それは調絃に内包する倍音の共鳴度の. の情緒ある響きが生きる。邦楽器演習では、小学校の. 違いに起因するのではないだろうか。. 教科書掲載曲である『かさじぞう』9)を取り上げてい る。活動では、繰り返される伴奏形がまるで雪がしん. イ)日本古謡の情緒ある響き. しんと降る様子を描いているようで、調べにのせても. 邦楽器演習を始めて間もない学生たちの活動回顧録. のがたりを彷彿とさせる雰囲気を漂わせた。これも、. には、 「初めて箏に触りその音色に聴き入ってしまいま. 先に引用した回顧録の中で学生 Y が、 「雑音が混ざっ. した。 」という声が数多く見られる。授業では、 『うさ. ているような」と記した通り、倍音構成が複雑で趣の. ぎ』 『数え唄』 『花嫁人形』8)などの日本古謡を取り上. ある響きや、余韻が長いという箏の特長に起因すると. げている。 『数え唄』や『花嫁人形』などは響きも陰旋. 考える。 『かさじぞう』の他にも教科書には『つるのお. 法で暗い感じがするので、現代の子どもたちの受けは. んがえし』など民話を題材にしたものが掲載されてい. 良くないだろう。これらの昔ながらの唱歌は、生活の. るが、箏の味わいのある響きが活動に風情ある彩りを. 西洋化に伴いポピュラー音楽が台頭し、次第に圧迫さ. 添えることは間違いない。. れて音楽の教科書からも消えていった曲である。現学 生の中にはこれらの曲を知らない者もいるが、活動を 通して親しみを持ち、箏で演奏することにより、次の. ウ)様々な音色や演奏効果 前項では情緒ある豊かな響きについて述べたが、そ.

(10) 64. 菅生千穂. れは箏の音色の一面に過ぎず、箏はその他にも多彩な. つ糸に紙を挟むなどの簡単な細工をする」という工夫. 音色を具現化できる楽器である。3 人で 1 面の箏を使. により 「ひびきづくり」 も無理なく行うことが出来る。. う活動の項でも、奏者 I~III は三者三様の対照的な音. さらには、日本民謡に限らず中国の楊琴、ペルシャ. 色を生みだすことに触れた。ここでは、箏の様々な音. のサントゥールなどを模倣することにより、箏を用い. 色やそれによる演奏効果について述べる。. ながらも諸民族の音楽への入り口ともなり得る。これ. 箏の伝統的古典奏法の中には、八橋検校による「右. については、今後邦楽器演習で取り上げる機会を増や. 手十七法、左手八法10)」と呼ばれるさまざまな手法が. し、具体的な工夫と効果について研究を続けたいと考. ある。これらは、生田流の角爪を活かして「輪連」や. えている。. 「掻き爪」など日本音楽特有の「さわりの音色」 (無声 音を含む雑音に近いもの)を生み出す手法が多い。そ して、明治以降、近代奏法としてピチカートやハーモ ニクスなど、西洋音楽から取り入れた奏法が加えられ. 結び 本論では、和楽器の学校への導入に際して、尺八、 三味線、和太鼓などについて触れたあと、箏について. た。 これらの様々な技法も紹介して活用することが望ま. その可能性の大きさを述べてきた。. しいが、中でも、一から巾までの絃を撫でるようにし. 西洋化の進んだ現代日本においては、箏に馴染みの. てグリッサンドを用いることは、簡単だが音楽的効果. ない方が多いのは事実であるが、使い始めてみると非. が大きい。学生たちも大変気に入って、アドリブで合. 常に親しみやすく、またさほど難しくもない。それど. いの手にグリッサンドを入れる様子がしばしば見受け. ころか、楽器の特長を本論で述べてきたとおり、親し. られた。 『かさじぞう』の発表では、通常のグリッサン. みやすく創作活動にも適した五音音階による調絃や、. じ. ドではなく、柱の左側(音程の定まらない方)をグリ. 自由に音を組み合わせることができる調絃システム、. ッサンドしたグループがあった。聴き入っていた学生. 楽器の大きさや楽譜のシステムにおいても、利点が多. たちから思わず驚きの声が上がったのだが、その演奏. く挙げられる。最も特筆すべきはその響きが醸し出す. 意図は、歌詞の中で「不思議な音に目を覚まし、雨戸. 日本情緒ではないだろうか。. を開ければ米俵…」とあるので不思議な音を表現した. 学習指導要領には、 「A 表現」として「歌唱」 「器楽」. かった、というものだった。このように、ものがたり. 「創作」と分類があるが、とかく現場では歌唱授業で. と音楽を融合する活動においては、挿入する効果音を. は歌うのみ、器楽授業では楽器を鳴らしているのみ、. 工夫する過程で、さまざまな「音素材」に注目し活用. となりがちではないだろうか。本論の「III. 3 人で1. していくという効果も期待できる。多種多様な「音素. 面の箏を使う活動」で紹介したように、箏を用いる活. 材」が得られること、また、その味わいある響きの伴. 動の中では歌いながら楽器で伴奏をつけ、さらに、合. 奏が「語り」を一層ひきたてることを鑑みても、箏は. いの手や装飾、間奏を創作して挿入するといった総合. 一台で何役も演じることが可能な楽器といえる。. 的な活動を自然に行うことができる。また、ピアノ伴. また、箏には打弦楽器としても活用できる一面があ. 奏だけでは演出しづらかったような日本古謡の情緒あ. る。授業では『楽しい箏楽譜集』11)掲載の『八木節』. る世界を、箏の響きが醸し出す。子どもたちの心の中. を扱っているが、群馬大学では当地の民謡ということ. から湧き上がってくるものを表現する「創作活動」 、彼. もあり、譜読みは驚くほど早く、学生たちの嬉々とし. らの心の中に浸み込んでゆく「響き」を味わうなど、. て取り組む様子が見られた。さらに、合奏を盛り上げ. 常に理想とはしているものの、なかなか実際の授業に. たのは、楽譜に“スティックを用いて3本の絃を一度. おいて実現できないこのような活動に一歩近づくため. に叩く”という指示があったことである。 “叩く”と. に、箏は心強い道具となるはずである。. いう予想外の指示に驚きつつも音を出してみた学生た. ここで、さらなる提案としては、箏を音楽担当の先. ちは、その響きに喜び、スティックを裏返すなど工夫. 生だけの楽器に留めておくことを避け、学校中の先生. をして、出したい音色を探していた。発音原理がシン. に利用して頂きたいということである。音楽を専門と. プルな箏では、 「糸をこする」 「揺らす」 、あるいは「打. しない教師にも、時間が許す範囲で、和楽器の授業や.

(11) 65. 小中学校音楽の授業における箏の可能性. その準備を気軽に手伝っていただくことから始めてほ. 引用・参考文献. しい。繰り返すようだが、音楽の先生とて箏にあまり. 1.. 文部科学省 『中学校学習指導要領』1998.. 馴染みがなく、他の先生もスタートラインは同じと言. 2.. 文部科学省 『中学校学習指導要領解説 音楽編』 教 育芸術社, 2008.. えるだろう。また、調絃さえしておけば操作も簡単で あり、その響きは専門的というよりも、むしろ感性に. 3.. 育芸術社, 2008.. 訴えるもので親しみやすい。学級担任と音楽担当教員 が協力し合い、総合的な学習の時間、文化祭、音楽会. 4.. 5.. 6.. ベルン自由教育連盟編・子安美知子監訳 『授業からの 脱皮』晩成書房, 1980, pp.78-87.. の血が騒ぎました!」と言ったことが非常に印象的で あった。さらに、学年が変わって新しい学生たちが来. 山内雅子・大原啓司編著 『楽しい箏楽譜集~授業や音 楽会ですぐに使える~』 音楽之友社, 2002.. だけではもったいない。 私の初回授業の感想で、ある学生が「日本人として. 東川清一・平野昭編著 『音楽キーワード事典』春秋社, 1988, pp.115-119.. などでの発表を試みていただきたい。せっかく導入さ れた和楽器が、1年に数回音楽室のみで取り出される. 文部科学省 『小学校学習指導要領解説 音楽編』 教. 7.. 山内雅子・大原啓司編著. 前掲同書,. pp.28-30,. pp.55-57.. ると、彼らもまた、 「聴いていると落ち着き、日本人だ なぁ、 と思う。 」 と言うのを聞くにつけ、 和の世界は我々. 8.. 山内雅子・大原啓司編著 前掲同書, pp.20-23.. の中に存在すると強く思う。箏の限りない可能性を活. 9.. 山内雅子・大原啓司編著 前掲同書, pp.25-27.. かして、学校現場において、心に響く音色が広まるこ. 10. 吉崎克彦 『箏入門のための小品集』大日本家庭音楽会,. とを願ってやまない。. 1990, pp.84-87. 11. 山内雅子・大原啓司編著 前掲同書, pp.31-33. 12. 吉川英史監修・安藤政輝著 『生田流の箏曲』講談社, 1986, pp.90-91.. (すごう ちほ).

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参照

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