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集団安全保障体制序説(四) : 「ニュー・リパブリック」とウッドロー・ウィルソンの場合

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(1)集団安全保障体制序説四(進藤). 栄. 一. 集団安全保障体制序説四. 進. 藤.     !﹃ニュー・リパブリック﹄とウッドロー・ウィルソンの場合1. め に. 共通の認識︵以上第八巻第一号︶. 共通の論理. 共通の心情︵以上第七巻第二号︶. 集団安全保障体制を生みだしたもの.  正戦に向かって︵第六巻第二号︶.  両者の接近︵以上第五巻第二号︶.  孤立主義にたいする態度の違い. アメリカ外交の文脈のなかで. 次. 共通の幻想  び. 一113一. 目. む    第   第は  第第第第二第第第一  四三二一・章三二一章じ す節節節節 節節節.

(2) 第二節共通の論理.  この国が、平和主義的な国際組織を擁立してそれを構築できるも. っとも効果的な方法は、武装された不法行為にたいして、法の確立                 へ ロ を、いかなる場合にも主張することがある。.         ー﹃ニュー・リパブリック﹄一九一五年九月i. からをおくことになることである。.  つまり、国際法の権威を否定する国家は、交明国の枠外に、みず             ︵2︶.         ーウッドロー・ウィルン・一八九二年三月ー.  ﹃ニュー・リパブリック﹄の編集者たちと、ウツド冒1・ウイルソンが共有していた、国際主義の論理とは、およそ次 のようなものである。.  すなわち、諸国家間の関係において、普遍的な国際法と国際道義が国家エゴイズムに優先させられるべきである。なぜ. なら、もしこれとは逆に、国家エゴイズムが国際道義に優先させられるなら、諸国家間の関係にあって国家エゴイズム相. 互のいたずらな衝突がくりかえされ、平和はけっして確保されないだろうから。そして、そうした国家エゴイズムの衝突. を解決し、普遍的な国際法と国際道義をひろくゆきわたらせるために、つまり、﹁法の支配﹂を、国際社会という﹁力の. 闘争﹂の場にもたらして、平和を確保するためには、なんらかの形の国際機構がなければならない。なぜなら、それによ. ってはじめて、国家エゴイズムの衝突と、それがひきおこす紛争とを、解決することができるのだから。.  しかし、かれらの国際主義の立場はここで終っていたのではない。さらに、﹃ニュー・リパブリック﹄の編集者たちもウ. ッド冒1・ウィルソンもともに、その国際主義の論理に次のような一項目を書き加えていた。すなわち、そうした﹁法の.                                           ヤ   ヤ       ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ. ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ. 支配﹂と国際機関の進展とによって、国際社会は、ゆくゆくは、単一の権力機構によって﹁統合﹂されるべきであり、か つ統合されうるであろうという一項目である。. 一114一. 説 論.

(3) 集団安全保障体制序説勘(進藤).  そして、この輔項目を書ぎ加えることによって、かれらの、国際主義の論理は、集団安全保障体制を生みだすモメソト として、いっそうポジティヴな役割をになうのである。.  それでは、﹃ニュー・リパブリック﹄の編集者たちと、ウィルソンとは、それぞれ、この国際主義の論理を、どのよう. な形で主張していたのか、そしてその論理はどのような形で、集団安全保障体制の主張と結びついていたのか。それを、 この節で検討してみたいと思う。.  国際法と国際道義を国家エゴイズムに優先させ、それをゆきわたらせなくてはならないという主張は、すでに、﹃ニュ. i・リパブリック﹄発刊二週問後の一九一四年十一月二十一日号で、ドイッのベルギー中立侵犯に沈黙するウィルソンを. 批判しながら、次のような形で、説かれている。編集者たちは、国際法と国際道義を優先させることが、平和への道の第 一階梯なのだといっている。.                      ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ.  ﹁われわれの中立は、われわれみずからのハーグ条約が破られたときにもなお沈黙を守るべき義務を伴うものでない. と、ローズヴェルト大佐がいうとき、かれは、究極的な平和への積極的な歩みを踏みだしている。もしわれわれが、ベル. ギーが侵略されたとぎにその国際道義にたいずる凌辱に抗議していたなら、国際法にたいするわれわれの信頼は、もっと. 確かなものになっていたろう。なぜなら、だれかが、いつか、国際主義のために行動をおこそうとしないなら、国際道義. は今日あるような状態で、つまり、侵略的国家の軽蔑の対象で、ありつづけるだろうから。もし、⋮中立国としてのアメ. リカが、ベルギーの中立を擁護し、ハーグの原則を擁護していたなら、残忍さは、想像されうるかぎりもっとも手ひどい    ポリス. 動揺を受けていたであろう。われわれは、アメリカが参戦すべきであったとは思わない。われわれの力だけによっては、. 世界を監視することはできないのだから。しかし、われわれだけが、他の中立諸国の助けを借りることによって、われわ. れの外交の圧力を用いることができたであろうし、そうすることによって、国際的シニシズムに反対する効果的な世界世                                                ︵3︶ 論の基礎をつくることがでぎたであろう。⋮そして少なくとも平和の希望が現実の姿をとり始めていただろう。﹂. ∼115一.

(4)               ヤ   ヤ   ヤ.  いたずらな国家エゴイズムのばっこは、平和を破るものであり、国際法と国際道義の尊重こそ、国際平和を確保する第 一歩なのである、こう編集者たちは主張していたのである。.  こうした主張をかれらは、くりかえし説きつづける。じっさい、そのためにかれらは、一九一六年初頭までは、ウィル. ソンを批判し、・ーズヴェルトを賛美し、そしてそのためにこそ、一九一六年以降は、・ーズヴェルトを論難し、ウィル ソソを擁立するのである。.  それはたしかに、C・フォシーのいうように﹁権力という火のまわりにむらがる蛾のような﹂変節であったのかもしれ. ない。しかし、かれらが、かれらの指導者を乗りかえたのはたんに、権力という火を求めていたためだけではなかった。. 最初の週である。だが、九月二十三目、そのころすでにリュージュやルーヴアンやナ、・・ユールが爆撃され、マルヌの戦い.  ドイッによるベルギー中立とハーグ条約侵犯にたいする﹁抗議の時期は、一九一四年七月の最後の週か、ないし八月の. いするアメリカの義務を真剣に考慮していなかったのではないかといって、次のように・iズヴェルトを非難する。.  この記事を読んだあと編集者たちは、一九一六年四月八日の論説で、ローズヴェルトはじつは、国際法と国際道義にた.                          ロ カは沈黙を守るべきだ、と主張していたということを暴露していたのである。. が考えていたのとちがって、ウィルソンと同じように、ドイッによるベルギーの中立侵犯というハーグ条約侵犯にアメリ. 事であったことを知っている。すなわち、その暴露記事は、ローズヴェルトがじつは、大戦の勃発した直後には、かれら. ソソヘと乗りかえるきっかけをつくったかれらの﹁変節﹂のカタリストは、あの﹃ハーパーズ・ウイークリi﹄の暴露記.  すでに第一章でわたしたちは、編集者たちが↓九一六年春に、かれらの支持する指導老を、pーズヴェルトからウィル. の、一本の確かな節があったのである。. かれらの﹁変節﹂の背後にはじつに、国際法と国際道義を、どの指導者がより真剣に考えているかという、かれらなり. ロ. があったあとなのだが、ハーグ条約のもとでのわれわれの義務について、あるいはまた、道義一般にたいするわれわれの. 一116一.  ぞ. 説 論.

(5) 集団安全保障体制序説㈲(進藤). 義務について、ローズヴェルト氏はこの国でひとことも語らなかったのだ。われわれが、このことを強調するのは、われ. われがウィルソン大統領を不公平にとりあつかってきたからであり、連合国側でのかれの威信をひどく傷つけたためであ. る。なぜなら、ローズヴェルト氏は、自分ならベルギーが侵略されたとぎに、より崇高な役割を演じていただろうと世界. の人々に思わせ、そして、その義務をアメリカが避けてきたのだという非難に合唱して、自分の名声を高めてきたからで. ある。しかし、資料が示しているように、一九一四年八月にローズヴェルト氏は、不干渉というあの古いアメリカの習慣 から抜けきれずにいたのである﹂.              ︵5のー︶.  こうして、一九一六年初頭まで、編集老たちがウィルソンを非難する論拠のひとつに使ってきた、国際法と国際道義の. 侵犯にたいする不作為という論拠は、そのままローズヴェルト非難の論拠に変わっていたのである。そして、このことか. らわたしたちは、かれらが、国際社会における法と道義の遵守をいかにかれらの国際政治観の基本にすえていたかを、強 く知ることができるのである。.  しかし、それにしても、国際社会という社会は、国と国とがむきだしの力を行使しあう﹁力の闘争﹂の場ではなかった. のか。そして、その﹁力の闘争﹂の場で国際法とか国際道義といったものに、どれだけの価値があるというのか。               ︵5の3︶.  国際社会を﹁力の闘争﹂の場としてとらえるとらえかたは、J・﹂・ルソi審き冒β琴の因o霧器欝をはじめとする. 多くの思想家たちに共有されている。そしてさらに、かれらのいく人かは、そうした認識のうえに立って次のように論ず. る。国際社会では、闘争はいわば変わることのない常態であって、国家がその常態のなかで、自国の利益を追求するのは. ごく当然なことである。そしてその社会の秩序は、利益の均衡によって保たれる。そこでは戦争が新しい均衡と秩序をつ                                      ︵6︶ くりだす機会であって、法と道義は守られるべき十分な意味をもちえないものなのだ。.  国際社会における法の位置はこうした立場から、たとえば、かれらの同時代人、アルフレッド・T・マハン ≧ゆ亀. 円富図霞置浮きによって次のように説かれる。現在の国際社会には、厳密な意味での法は存在しない。 ﹁厳密な意味で. 一117一.

(6)                                                  ︵7︶ の法があるためには、法制定者がまずなくてはならない。しかし、国際法には、いまだ法鋼定者がいないのである。﹂  そしてかれは次のように、法の挽歌と戦争の頬歌をうたう。.  今目の国際社会には、すべての国によって明確に定義され、合意された、そして十分な権威によって強制させうる国際. 的規律は存在しない。そしてそれが存在しないかぎり、国際紛争を解決する手段として、戦争は行使されつづけるだろ. う。じっさい﹁諸国家間の敵対と、差異と、野心のなかで、戦闘精神は、はじめて生きながらえることができる。そして. その戦闘精神だけが、数世紀にわたって人類が確保してぎたすべてのものを内と外から沈めつくしてしまおうとする、破. 壊的な活力をよく処理しうる最後のものなのである。⋮ヨーロッパ文明の運命が示しているように、世界の最上の希望は                                                 ︵8︶ 今日にあって、けっして普遍的な調和にあるのでもないし、破れはてた平和のおろかな夢にあるのでもないのだ。﹂.  しかし、平和の夢は﹁破れはてたおろかな夢﹂にしかすぎなかったのだろうか。そして、諸国家間の法と道義は、守ら るべき価値をもたないものなのだろうか。.  わたしたちは、諸国家間の法と道義を無視する、そうしたマハンたちの主張が、十九世紀の帝国主義外交の根幹にあっ. たことを、そしてそれが、つまるところ﹁強者の思想﹂であって、弱者のたえざる犠牲のうえになりたつものであること. を、そしてそのためにそれがけっして安定した秩序を、国際社会にもたらしえないことを知っている。  ともあれ、それが、マハソたちの思想ではあった。.  ところで、それでは﹃ニュ⋮・リパブリヅク﹄の編集者たちは、国際社会をどうとらえていたのか。.  かれらもまた、マハンと同じように、国際社会を﹁力の闘争﹂の場としてとらえていた。 ︵この点については、第三節. で詳しく検討される。︶しかし、かれらは、マハソと同じように、国際社会を﹁力の闘争﹂の場であるととらえていたに. もかかわらず、法と道義を、遵守さるべぎ価値のないものとはとらえなかった。そして、マハンと同じように国際社会を. ﹁力の闘争﹂の場としてとらえていたにもかかわらず、けっしてそれを、将来も変わりうることのない常態としてはとら. 一118一. 説 論.

(7) 集団安全保障体制序説四(進藤). えなかった。そしてかれらは、国際社会を、むきだしの﹁力﹂が使われることのないより平和な状態に変えることができ. るのであり、法と道義を守ることは、その第一歩なのだと考えていたのである。そして国家を超越した国際機構をつくる こと を 提 唱 す る 。.  国際機構を提唱するかれらの論理はこうである。もし、国際機構ができるなら、それに国家を超越した権力を与えるこ. とによって、国家の利益とエゴイズムの無制約な主張を制限し、それによって、国際社会に法と道義を確立することがで. ぎるだろう。そして、国際社会は、むきだしの﹁力﹂が使われることのない、より平和な状態に変わるであろう。.  これが、﹁力の闘争﹂の場に﹁法の支配﹂を導入することができるのだというかれらの論理であった。そしてその論理 の根底に、国際機構の構築がえがかれていたのである。.  かれらがくりかえし、国際社会における法と道義を守り、それをゆきわたらせることが、国際機構をつくりだす第一歩. であるといったのは、こうした国際主義の論理の文脈のなかではじめて理解できる。たとえばそれを、一九一五年九月四 日の論説で次のようにかれらはいう。.  ﹁国際法のもとでの中立国の権利は明らかに立憲主義的国際体制の始まりである。それはまさに、封建君主によって.                                                  ヤ  ヤ   ヤ   ヤ      ヤ. 与えられた都市の権利の章典が、国内上の立憲主義の始まりであったのと同じである。現存する諸国家の権利は十分な. ものとはけっしていえないものだが、しかし、その権利は実質的なものであり、かつ象徴的なものである。この国が、平. ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ     ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ     ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ     ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ. 和主義的な国際組織を擁立してそれを構築できるもっとも効果的な方法は、武装された不法行為にたいして、法の確立を. ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ. いかなる場合にも主張することである。どんな種類のものであれ、公共の法にたいする遵守と、その価値にたいする信頼.                                                   ︵9︶ と、そして必要ならそれを守るために戦う意志とは、価値ある永続的な国際構造の基礎とならなければならない。﹂.  しかし国家は、みずからすすんで、国家エゴイズムの追求という、これまで慣れしたしんできたやりかたをどうして捨. て去ることがでぎるというのか。そしてそれを捨てて、どうして国際道義に従うことができるのか。. 一119一.

(8)  この問いに編集者のひとり、リヅプマンは、一九一五年九月に上梓した﹃外交の賭け﹄↓鳶 恥ミ評吻呈黛黛。溝§紀の なかで答えて、次のような提言をする。.  まず、モ・ッコとかコンゴとかいった後進地域に国際政府をつくることである。そこでは、たんに︵パルカン戦争のあ. とに開かれた︶ロンドソ会議や、アルジェシラス会議が行なったように、特定地域にかんする国際協定が取り結ばれるだ. けではない。その協定を実施し、その地域を管理する常設的な国際機関がつくられるべきなのである。.  こういって、リヅプマンはさらにつづける。それは、国家が国家エゴイズムの追求というこれまでのやりかたを、国家. に捨てさせることを可能ならしめるだろう。なぞなら、もし国家エゴイズムを越える国際機関が後進地域における限定さ. れたものであるなら、それは超国家機構をつくることの困難さを緩和するであろうし、しかも、そうした、国際機関をつ. くることによって、たとえそれが特定地域にかんする限定的なものであっても、その地域での国際協力を通じて国境の壁 を低くし、ナショナルな感情を徐々に緩和してゆく始まりとなるだろう。  そしてかれはいう。.  ﹁それは、万能ではないがしかし、ひとつの方法であり、そしてひとつのやりかたの始まりである。それは、人類の議.                                センスオブ ソヴレニテイ      セペレ シヨニズム. 会といったほど広く薄い国際主義ではないが、しかし、国際主義がもっとも必要とされている紛争地域に明確に限定され. た国際主義なのである。その効果は、国境をあいまいなものにさせ、主権の感覚を減少させ、分離主義を弱めることにな. るだろう。そして今日﹃国家的必要﹄によって強められゆがめられている、財と通商と労働と科学と人間的共感の諸力                                        ︵如︶ が、真に国際化される力が思いきって羽をのばす、より自由な機会が与えられるだろう。﹂.                                               センスロオブ アイデンデイテイ. センスむオブのセキユゆテイ.  しかもここで、リップマンは、国家モコイズムを支えるナショナルな感情は、本来人間が国家のなかに同 一 化 感.      ︵”︶. と安 全 感とを見いだすことができるためにこそ存在するのだという、あのフ・イト的分析を駆使して、次のような論. 理を展開する。もし、国家を超越した国際機構が、これまで国家が人間に与えてきた同一化感と安全感とを、国家に代わ. 一120一. 説 論.

(9) 集団安全保障体制序説㈲(進藤). って与えることができるなら、そうした地域的国際機構が、地球のすべてをおおう世界国家へと発展することが可能とな                                           ︵稔︶ るだろう。そして世界は、ひとつの権力機構のもとに﹁統合﹂されることが可能となるだろうと。  つまり、国際主義の論理のかなたに、かれは、世界国家への夢をえがいたのである。.  しかも、こうした考えは、リップマンばかりでなく、ニューヨーク六番街の編集室に陣取ったかれの同僚たちによって. もまた同じように■共有されていたのである。じっさい、かれらは、くりかえし、その誌上をかりて、そうしたかれらの夢 を説きつづけていたのである。.  一九一五年六月二十六目の論説で、それは次のようにのべられている。.  ﹁平和連盟のもつ巨大な意味は、それを重要なものにさせるものである。そして、人類にたいしてそれが行なう真の貢. 献は、それが世界市民権への最初の出発点をつくることにあるといってよい。そうした市民権の発達は、今世紀の偉大な. 道徳上、教育上の諸問題のひとつである。それは、あいまいなコスモポリタニズムのことではない。それは、人々が国際. 的忠誠を不可能ならしめないように、自国の国家政策を修正することを教えるような訓練を意味するのである。この戦争. はそうした市民権の好例を提供している。フランダースやダーダネルスで戦っているヵナダ人やオーストラリア人やニュ. ージーランド人は、世界がこれまで知っている最大の政治的組織のために生き、かつ死のうとしているのだ。英連邦にお.                      フエテラリズム                          . ハおヤ. けるかれらの忠誠は、人類の四分の一を包含するひとつの国家にたいしてである。⋮かれらは、世界連盟がもっとも知り. たがっていることを、つまり、広大な規模での連邦主義が愚者の夢ではないことを、例示しているのだ。﹂.                                   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ.  もっとも、わたしたちは、その後かれらが、かれらの平和連盟の構想のなかから、世界国家の構想をはずし、主権国家. の存続を認めたうえで、とりわけ、戦争と軍備と経済問題の解決にあたる、目的において限定的な国際機構を、かれらの. 構想としてかかげるにいたることを知っている。たとえば、終戦直後の一九一八年十一月二目に次のようにいって。.  ﹁われわれは、われわれが信ずるコトバの真の意味において、国際主義者である。われわれは、独立し、自我をもった. 一121一.

(10) 強力な諸国家のうえに、強力な国際連盟をつくるという方策の正しいことを信ずる。われわれは、国家の管轄権が一部た. りとも、連盟にゆだねられるべきであるといったようなことは、提案しない。⋮しかし、戦争と軍備と経済的関係のよう. な分野、つまりどの国家も、一国だけで生きていくことができず、自国の政策を他国の政策に適合させていかなければな. らず、そして他国の政策を自国のそれに適合させるように強制しなくてはならないような分野では、われわれは、論理的 必要として国際主義を認めるのである。﹂.                  ︵理︶.  しかし、たとえ世界国家がその後のかれらの具体的プ・グラムのなかから欠落していったにしても、少なくともその前. の段階にあって、かれらがその国際主義の論理のかなたに、世界国家を﹁夢﹂見ていたことは、疑いのない事実であっ.                                      ︵鱒の2﹀ た。そして、そのためにかれらの国際主義は、いっそうの輝きをましていたのである。 ︵なぜなら、論理的につきつめて. いくなら、国際主義の原理は、かれらの考えるように、世界国家のなかでこそもっともよく働きうるものであるのだか ら/︶.  これが、国際関係の原理として国際主義をとるべきであるという、かれらの論理の大要であった。  それでは他方、ウィルソンの場合はどうであったのか。.  かれもまた、かれらと同じように国際関係の原理として、国際主義をとるべきであるという論理をもっていた。そして. その論理の中核に、かれもまた、﹃ニュー・リパブリック﹄の編集者たちと同じように、国際法と国際道義の遵守をおい ていたのである。.  じっさいかれは、大統領として、大戦が始まる前にも、始まってからも、国際法と国際道義の遵守をくりかえし説いて いる。.  ウィルソンが、国際関係における国際法の重要性を説きつづけていたのは、大統領就任前に、学者としてかれが、国際 法にとりわけ造詣が深かったということと、深い関係があった。. 一122一. 説 論.

(11) 集団安全保障体制序説㊨(進藤).  法学者として、ウィルソンが、国際法にたいしてどのような考えをもっていたかは、早くも、一八九〇年代初頭のプリ. ンストン時代の﹁国際法講義録﹂のなかからうかがうことができる。かれは、その国際法講義のなかで、国際法は﹁法﹂. であるのか、また、もし﹁法﹂であるなら、それはどのような機能をもつのか、そしてもし﹁法﹂であるならそれは、合. 衆国法に優先するものであるのかどうか、この三つの問いをみずから投げかけ、そしてそれに次のように答えているので ある。.  いったい、国際法は﹁法﹂であるのか。この問いにたいして、かれは、オースチン冒ぎ︾岳酔ぎとメインG。貯則①鷺閲. 冒目。ω留目昌R鼠鉱器の相対立する見解をあげる。オースチンは、国際法は制裁をもたないがゆえに、そしてそれがも. っぱら世論に依拠しているがゆえに、コトパの厳格な意味での法とはいえない、つまり道徳のようなものである、という      ︵15︶. 立場をとる。.  これにたいして、メインは国際法は法なのだという。なるほど、国際法の創設者たちは、制裁をつくりだしはしなかっ.                                   フアンダ ズ. たけれども、しかしかれらは、﹁古い︵生来的︶過程のもとにおける法をつくりだしたからである。法の歴史を見るなら. 法は支配階級の意思と、社会の他の構成員の黙認とを通じて生まれる。そして、国際法もまた、そうして生まれたものな   ヒユーマンoデイスプレジヤー                                          ︵15の2︶. のである。この点で﹃国際法﹄は、E・H・クラーク教授国傷≦ぎO富二90宣蒔の法のより一般化された定義にーつ まり、人々の不快感を法の制裁として考える、法の定義に、合致するものなのである。﹂.  こうかれは、国際法を定義したあとで第二の間いに答える。国際祉会で法はどのような機能をもつのか。かれは﹁国際. 法は、すぐれて戦争の法なのか、平和の法なのか﹂という間いにふれながら、この間いに次のように答える。.  ﹁それは、戦争の法でもあるし、平和の法でもある。しかし、それは、最初は戦争の法であった。そして平和がその目. 的であったーたとえ、それが緩慢なものであろうとも、しかし、部分的に実効的なものであったのである。その目的は. 人道を、野蛮さに代え、戦争をひきおこす放縦と侵略と権利とを、秩序ある関係と広く認められた義務とに代えることで. 一123一.

(12)                        ヤ   ヤ   ヤ   ヤ. ある。っまり、諸国家のあいだに、道義の感覚と、共同社会︵コ、・・ユニティ︶をつくりだすことなのである。人道が戦争. の法であり、諸国家の道義的人格と平等とが平和の法なのである。﹂.                             ︵16︶.  そして、かれは、グ・チゥスの次のようなコトバを引用して、国際法の機能にたいするかれの見解を結んでいる。.  ﹁武器のただなかでは、法を沈黙させよ。しかし、たとえそのただなかでも、平和に属する法は別である。つまり、市. 民生活と正義の裁判所の法は別であり、四六時中あてはまる、永遠に存在する法ではなく、自然が命令し、諸国家の合意                                      ︵怖︶ が、純粋で神聖な戦争に⋮⋮あてはまるものとして確立させてきた法は別なのである。﹂.  かれの、第二の問いにたいする答えは明らかである。つまりかれは、国際法は、戦時にあってもまた機能するものでな くてはならないといっていたのである。.  それでは、国際法と合衆国の国内法とが衝突したときには、どちらが優先さるべきなのか。ウィルソンの答えはこうで ある。.  ここでは、メインの説を引用して、次のように答えている。.  ﹁合衆国の法律は、諸国家の共通の原則と慣行と、そして国際法の一般原則を犯すような形で解決されなくてはならな. い。⋮⋮裁判所は、その規則を、国家が、文明国家社会酔①雷旨凶ぞ亀9≦評a墨識o蓼にはじめて受け入れられる条. 件の、主要な部分とみなしている。こうした見解は、たとえ明示的にのべられてはいないにしても、国際法の創設者たち. が提示した見解と、実質的に異なるところはないし、じっさい、今目の文明主義社会の政府と法律家たちによって、⋮提. 示されている見解なのである。その見解を別のコトバでいいかえるなら、おそらく次のようになるだろう。つまり、国際.                                        ︵18︶ 法の権威を否定する国家は、文明国の枠外にみずからをおくことになるということである。﹂.  つまりウィルソンは、国際法は、合衆国の国内法に、優先されるべきなのだと考えていたのである。. 一124一. 説 論.

(13) 集団安全保障体制序説㈲(進藤).  こうして、ウィルソンにとって、国際法は、法として遵守さるべきものとしてとらえられていたばかりでなく、すでに. のべてきたような形で、戦時にも遵守され、国内法にも優先して遵守さるべきものとしてとらえられていたのである。.  かれが、第一次大戦の勃発にともなって、中立国としてのアメリカの権利が、自国の軍事的経済的必要という名のもと. に、交戦国双方によって脅やかされたときに、くりかえし、強い抗議の覚え書きを発し、国際法の遵守を訴えていたの. は、かれの国際法観からみるなら、ごく自然な行為であった。じっさい、かれは、かれの外交政策の批判者たちによって. ﹁法律主義﹂というレッテルをはられるほどまでに、くりかえし、国際法の遵守を交戦国に要請していたのである。.                                                    ︵19︶.  一九一六年一月、そうしたウィルソンの立場は、かれによって次のようにのべられている。.  ﹁アメリカは、全世界の平衡を保つことが期待されております⋮⋮。しかしアメリカは、それ以上のなにかをなすこと. を要請されていたのであります。それはたとえ不可能ではないにしろ、きわめて困難なことではあるのだが、アメリカ. は、戦時にあってもなお、平時の基準を主張するよう要請されていたのであります。古いことわざに、法は、戦争の前.                スタンタワズ. に沈黙するというのがあります。悲しいかな、その通りかもしれない、なぜなら、個、々の国の国内法ばかりでなく、諸国. 家間の関係を支配する法もまた、ときに沈黙し、完全に無力であるかの感を呈せざるをえないかに見えるからでありま. す。しかしこの闘争を通して、国際法と国際礼譲の偉大な原理が停止されることは一度たりともなかったし、戦争に加わ. っていない国のなかで、もっとも偉大で強力なアメリカのような国が、諸国家間の関係を支配すべきそうした諸基準をし っかりと遵守するよう期待されてきているのであります。﹂.                         ︵20︶.  しかし、ウィルソンの国際主義の論理は、そこにとどまっていたばかりではない。かれはまた、﹃ニュー・リパブリッ. ク﹄の編集者たちと同じように、国際社会に﹁法の支配﹂をもたらすためには、国家を超越した、なんらかの国際機構が. 必要なのだという論理をも共有していたのである。                                                     へねり  そうした、ウィルソンの論理は、かれが、ハーグ会議に深い関心を寄せて、それを見守っていたことからうかがえる。. 一125一.

(14) しかし、それよりも、かれが大統領就任早々、かれの国務長官ブライァンのイニシァティヴによって始められた、いわゆ                                                   へぬレ るブライアソ条約の交渉に、積極的、かつ全面的な支援を送っていたことから、それは、いっそう明らかにされる。. 3︶.  ブライァン条約は、一九ニニ年四月二十三日の上院外交委員会に、﹃ウィルソソ大統領の平和提案﹄と題して、提出さ                          ︵2 れたものであるが、それは、次のような内容をもっていた。.  すなわち、 ﹁外交が解決できない、紛争中のいっさいの間題は、国際委員会に付託され、委員会の調査と報告があるま. で、宣戦が布告されてはならず、かつ敵対行為が開始されてはならない。﹂そしてその﹁国際委員会は、みずからのイニ. シァティヴにもとづいて行動する権限をもち、五名からなる。そのうち、二名は、両当事国が選び、しかもその二名のう. ち一名は自国の国民であってはならず、そして︵最後の︶五人目は、両当事国の合意による。また、調書と報告のために                へびレ. 許される時間として一年を提案する。﹂.  この条約は、国家エゴイズムの衝突を中立的な立場に立つ国際機関にゆだね、それによって、国際社会に﹁法の支配﹂. をうちたてることを意図していたのである。そしてウィルソソは、この意図と構想にたいする積極的な支持を、一九一三 年十二月二日の、大統領就任後はじめての例年教書のなかで、次のようにいう。.  ﹁近年ますます諸国家は、条約によって、平和の手続と、公平な譲歩の公開の手続とに、自国をしばりつける意志を明. らかにしている。これまでのところアメリカは、そうした交渉の先頭に立っている。そしてわたしは、アメリカが、上院. の承認を待っている、あのいくつかの仲裁裁判条約に批准することによって、国際友好の新たなあかしを与えることを真. 剣に望み、かつ心から信じている。そのうえわが国務省は、この条約の交渉に、原則として世界の人口の五分の四を占め. る少なくとも三十一力国の同意を得るよう努めてぎている。そしてこの条約では次のようなことが合意されるだろう。す. なわち、外交の通常のプ・セスによっては解くことのできない、利益ないし政策の衝突が生じたときには、つねに、その. 衝突は、両当事国が自国の行動の方針を決める以前に、その衝突は、当事国によって選ばれた法廷において、公けに分.                                           トリビユナル. 一126一. 説 論.

(15) 集団安全保障体制序説㈱(進藤).                                  ハガレ 析され、討議され、そして報告されることになることが合意されるのである。﹂.  疑いもなくウィルソソは、国家エゴイズムの衝突を回避し、国際社会に﹁法の支配﹂をうちたてるために、たとえ、ア. ド・ホックでプリミティヴなものであれ、国際裁判機構をうちたてるべきであるという、ブライアンの構想を支持し、そ の成果に大きな期待をよせていたのである。.  ウィルソンもまた、 ﹃ニュー・リパブリック﹄の編集者たちと同じように、国際社会に﹁法の支配﹂をもたらすために は、国家を超越したなんらかの国際機構が必要なのだと考えていたのである。.  しかし、かれの国際主義の論理の糸はそこでとまっていたわけではない。かれもまた、その論理のかなたに、世界国家. への夢をえがいていたのである。つまり、国際社会に、常設的で、より普遍的な国際機構がつくられ、国際社会がゆくゆ くは、単一の権力機構によって統合されるであろうという夢である。.  ウィルソンが、国際社会は、ゆくゆくは、単一の権力機構によって統合されるだろうと、いや、たとえ、世界国家のよ. うな形ではなく、連邦体のような形であるにせよ、国際社会が統合されるだろうという夢を、早くからもっていたこと. は、ハリー・ノヅター団弩一身20辞窪によってつとに指摘されているところである。この点については、ここでは深く. たち入らない。ただ、そうしたかれの初期の国際社会観を示すものとして、早くもかれが、一八八七年に、その講義のな.      ・26︶. かで、次のように語っていたことを例示しておきたいと思う。すなわち、世界政治の急速な発展によって、国際社会は将. 来、 ﹁名誉ある平等と名誉ある服従を伴い、共通の諸目的を追求するために諸政府が結合しあう﹂﹁連邦体﹂として統合.                                            コンフエメプレしシヨン. されるだろう、と、語っていたことである。.                   ︵27︶.  ウィルソンはその後、一九〇八年九月に、﹁アメリカ平和協会﹂︾謹鼠B昌蜀畠80りo爵2に加入する。その﹁アメリ. カ平和協会﹂がじつは、国際社会の未来について、同じように、統合への道を構想する国際主義的平和運動団体のもっと. も有力な団体のひとつであったことを考えるなら、ウィルソンの国際社会の未来にたいする初期のころの考えが、このこ. 一127一.

(16) ろにもなお、生きつづけていたことが類推されうるだろう。.                          ︵28︶.  しかし、だからといってわたしたちは、ウイルソンが、国際社会の統合について、それが容易に実現されうるものとし. て、その可能性を楽観視しつづけていたのだと考えてはならない。iたとえかれが、それをたえず夢見つづけていたの だとしても。.                                         ワ ルド フエデレワシヨン.                                  ︵㎎︶  じっさい、政治にたずさわり始めてから、いや、それよりもかなり以前から、かれはもはや、国際社会が、世界国家ヘ. 向かって進んでいるなどということは、ひとこととして述べていなかった。そして、逆に、世界連邦をつくるため. に、具体的な行動を起こすべぎであると、 一九一五年一月に、大統領に進言する、プリンストソ時代からの友人、ヒー. ス・ダブニー空o富こ類窪夢Oぎgξに、次のような手紙を書き送っているのである。.  わたしは、世界連邦をつくることに﹁非常な興味をもっています。しかし、この考えにたいする大衆の賛意を取りつけ. るために、いま思いきって動くことはできません。わたしは、その問題を押しつけようとしているように見られないため. に、いまは毅然としていなければならないと思うのです。その問題は、きわめて慎重に取り扱われなくてはならないもの                           ︵30︶ であり、実際に可能な第一歩しかとることがでぎないのです。﹂.  おそらく、世界連邦をかれが、その国際主義の論理のかなたに、なおもかぎつづけていたことは、疑いがなかろう。し. かし、かれは、現実の政治家として、政治の現実を知っていたし、世界連邦を実現することのいちぢるしい困難さに気づ. いていたにちがいない。だからこそ、かれはいうのである。 ﹁その問題は、きわめて慎重に、取りあつわれなくてはなら. ぬものであり、実際可能な第︼歩しかとることができないのです﹂と。.  そこでウィルソンは、かれの論理の糸をつぎのようにのばしていたのである。.  すなわち、もし、国際社会の統合が現実の政治的課題として実現困難なものであり、しかも、国際社会に、なんらかの. 形でのより発達した、より普遍的で常設的な国際機構がつくられなくてはならないのであるなら、そこから生まれてくる. 一128一. 説 論.

(17) 集団安全保障体制序説四(進藤). 具体的なプログラムは、主権国家を残しながら、常設的で普遍的な国際機構をつくることである。いうまでもなく、その. 具体的プβグラムこそ集団安全保障体制、つまり、国際連盟なのである。しかも、すでにふれたところから明らかなよう. に、こうした論理の糸は、ウィルソンばかりでなく、 ﹃ニュー・リパブリック﹄の編集者たちもまた、共有するものであ ったのである。.  国際主義の論理はかくして、﹃ニュー・リパブリック﹄の編集者たちの場合と同じように、ウィルソンの場合にもまた、. 集団安全保障体制を生みだすモメントとして、よリポジティヴな役割をになっていたのである。  しかし、ここでわたしたちは、次のような疑問にぶつからざるをえない。.  もし、主権国家を存続させながら、同時に、その主権国家の行動を制約する常設的、普遍的な国際機構をつくるという. のなら、いったいその常設的で普遍的な国際機構は、いかにして﹁超国家﹂たりうるのか。つまり、その国際機構は、い かにして主権国家の行動を制約することができるのか。                              ポリテイカルリサゾ シズ.  いったい、大統領と、編集者たちは、国際機構に、どのような政治的資源を与えることによって、主権国家の行動を 制約しようとしていたのだろうか。.  この問いにたいする答えは、つまるところ、かれらが、国際社会における力、あるいは実力閏08。の役割をどう認識 していたのかという問いに答えることによって、与えられるだろう。.  そして、大統領と編集者たちは、この点にかんしてもまた、共通の認識をもっていたのである。それを次節で検討した いと思う。   ︵ー︶≧。肉。<o一。斜●20。ム♪℃●コごωΦ℃●♪お窃∼. 。且圧の匿ωo。翼Φω︵89y臼鳶、愚ミ動&ミ8辱。ミミ騨§︵国宣。98協お8y<o一●Nも9δ9蜜霞。   ︵2︶︾●ω●ぼ畠9     o。=o。紹・. 一129一.

(18) ︵3︶≧肉●<o一●ご20・曾暑●下c。”20<。Nごお辱. ︵4︶ρ句o厩8ざ8●鼻こ署●一G。㎝ム。。9 ︵5︶≧︾<o押貸2ρ①㎝●冒昌●鵠二⑩一9暑●虫⑩−ω﹄・ ︵5の2︶≧。︾<o一。92ρ凝博︾胃●oQ︸お一9づ雪悼器ゐ望。. 0F爵o望舞9鋤ロq ︵5の3︶ルソーの国縢蛙会イメージについてけ、次の雲飛もっ>汰ナぐれていろ。 図窪需夢2■毛巴言矯崔9   嶺畦u鯵↓冨o器餓8一︾欝なω一9︵2●鴫こお蜜︶”唱﹂紹ムc。①●.    なお、ウォルッ教授は、ルソーのほかに、スピノザ、モソテスキュ!、カソトたちの国際社会イメ1ジについても分析を加える。.    ルソーの国際政治恩想については、次を参照。ト警殉窪器$F卜曾駐醤喰評§晒ミ導鳴ミ§q亀肉ミ8ぎ導㊧㌧蕊恥§&,.    ご醤&肉魁&む謹O、要&霧導き黛い︾導驚笥&塁&ご醤O、閏ミO鷺§駄熱鴨曽§偽も、ミミリ↓壁昌巴讐aげ矯O●国●<鋤信σqげ”β.    ︵H998︾おく︶こ臼鳶、◎∼駐ら&ミミミ腹。∼計§∼禽嶋§防肉G篶砺象貸●a●び嘱ρ戸くきαQ富♪鴎<o固q駐。︵O餌旨ぼ一,    儀αqP6窃︶●.    また、ルソーの国際政治にかんする論稿葬離理したものに次がある。 冒b扇o誘讐F国。蜜。︾.国ΦΦ塁−ω8R斡”α坦.    蔦下一c 。9また、かれとかれの周辺の思想を検討したすぐれた書として次を参照。ω雷巨薯缶o矯目§ツ↓冨ω欝$o地毛畦︵罫.   ω鋤く赫8♪↓壽臼蒔ミ紀o、国蕊ミ醤&ごミN肉乳&ご蕊%簿詩亀&噛馬§防、ミ§O§瓢鞭討目、無讐罫奮︵ピob3戸おNOyb℃。.   磯●お密y田畑茂二郎他﹁ルソーの平和思想﹂桑原武夫編﹁ルソー研究﹄第二版︵岩波書店、一九六八年︶ ︵6︶たとえぽ、マハソがそうである。. ︵7︶︾年88ピ箔。富詳払§瓢ミ偽鳶防§駄辱婁鳩禽馬§︶ミ琴恥ミ§“9さミ鷺罫軸∼蕊軸ミ禽嘗ミ寄N禽む虜亀砺ミ婁   ︵2。帰●節いo麟血o戸おゴ︶︸PqO.. ︵8︶冒普効F↓鳶噛ミ禽§o、﹄§瓜試ミ憩防ミ、。器ミ︾㌧鳶防§妹§駄肉§ミ鳴︵切028二〇。箋︶︸署。ωc。60●. ︵9︶≧・塑<oだ♪2ρ食・ω①P♪お窃”Pコド 強調点は編集者。. 一130一. 説 論.

(19) 集団安全保障体制序説㈲(進藤). ︵10︶名巴8帰配b噂B鋤昌コ目書恥ミ隷防o、b骨ごミ§史︵2。属︶。”お蕊︸℃●一c。。。. ︵η︶リップマソは、一般向け著書のなかでフロイドに言及した、アメリカで最初の評論家であった。その著書とは、次の著書である   マ。=℃℃目節け9﹄、還、§馬ミ㌧o凝織塁︵2。磯こおお︶.  なお、両者の関係については次を参照。卜旨ゴ畦曽匡器言σqoさ冒●︵a。︶ 肉ミむ嶺註瓢薦薯薄&帖禽卜愚㌧§§爲︵2.団二  おざ︶博りP鵠N−ωOごωω一︾酵。 ︵2 1 ︶ミ。ピなb目鋤昌コ↓ぎ留寒題o、b賊黛§ミら8戸一〇 。㊤●.   なお、 リップマソとフロイトと国際主義の関係については次書を参照。 ︾昌名弩国盛器3ω器αこ8●9けこ竈。窒山釧   o。㊤⊥8● ︵13︶≧●知<o一●ω︸20●ωわ甘昌o酌9お一9℃。おO ︵桝︶≧●肉●<o一●一ン20.曾20︿。碧お一〇Q博戸P8●. ︵照の2︶この点にかんしては、A・H・シド教授は、確かな誤りを犯している。教授は、リップマンの国際主義の論理のかなたに、.   世界国家は存在していなかったとされる。いや、たとえ存在していたにしても、その実現可能性にかれは悲観的であったとされ. ︵世界政府の実現にたいする︶楽観主義的発言は、かれの本音ではなく、世論を喚起するためのプロパガソダであったとして、次. る。そして、リヅプマンの一九一七年四月の、︾目⑦二8昌︾o&⑦B嘱亀層9一膏包毬似の8一巴ω鼠窪8ωでの演説における. のようにいう。 ﹁世論とプロパガソダにおけるマヌーヴァーとして、問題の演説は、そうした世界政府の実際の樹立がまじかい. という考えを、大衆に印象づけることによって、世界政府の考えにたいする大衆の承認されつつある興味を惹きたてようと意図 されたものであったろう。﹂診●類。ω矯①脅oP9紳こP筆●. しかし、それではいったい、リップマソと、 ﹃二1・リパブリック﹄の編集者たちが、他の機会にくりかえし語っていた、世界. 政府への﹁夢﹂ ︵とその実現可能性︶は、どう説明するのか。それもまた、政治的マヌーヴァーとして説明するのだろうか。だ. が、かれらがーたとえば一九一五年の時点にあって∼ウィルソソ外交の批判者であったことを考えに入れるなら、そうした. 一131一.

(20)   説明によっては、とうてい説朋Lきれないことに、わたしたちは気づく。.   こうした、解釈における困難さは、じつは、シド教授の枠組に起図すると思われる。つまり、シド教授は、リップマソを﹁現実.   主義者﹂ととらえ、かれの国際政治思想に流れる、国際政治思想に流れる、国際主義的理想主義を過少評価するために、リヅプ.    マソの国際主義思想を十分評価しえないのである。しかし、実際のリップマソの国際政治思想のなかには、権力政治観と同じく.   らいの比重をもって、国際主義的理想主義が重要な位置を占めていたのである。こうした、リップマソの思想のとらえかたにか.    んしては、R・E・オズグッド教授も、同様の誤りを犯しているようである。こうした誤りが、アメリカ外交の解釈と、集団安.   全保障体制の起源と意味にかんする誤りにつながることは、指摘するまでもない。.   また、同じ誤りは、C・フォーシー教授も犯している。ρ男98ざo野9f. ︵褐︶︾。ω.ピ酵犀鋤昌幽露ω︾のω8一”8ω ︵&y﹃隷、負㌧ミ防oS薄8駄ミ弩ミ騨§︾<o一6N.bPまやδ㎝●竃弩●o。”一G 。鴇●. ︵15の2︶Hび置二PPδ㎝ム㎝9. ︵裕︶窃崔こ箸●δ?δがいずれも、一八九年三月八目の、ウィルソンの講義ノートからである。なお、ウィルソソは、次の国際.   法学者の学説を、そのコースで順次紹介している。国ロαqoO8試信9留目器一勺仁駿窪儀9抄些o冨鼠No8FOo暮貯一a項箒   ﹃巴目ピΦ一9一冒い<g8一”匹q巨ω畠F巧三㌶目煙国巴一● ︵7 1 ︶一び箆こダδ9. ︵18︶H寓儀こ℃戸δ①−δNQ. ︵四︶その批判者は、当の﹃ニュー・り。ハブリック﹄がそれであった。 ︵20︶>>ミ●ミ●8・息けこ℃P㎝c。−器●冒β●ωごおお● ︵餌︶園●ω●国爵oき↓書緊奇§駄卜匙ミ吻o、ミo&塙、o弩ミ騨§鴇<o一●ム”b.oQα。 ︵22︶たとえば、Hび置こ冨●o。㊤,8。. ︵23︶肉ミ恥お爲肉戚禽&§も、導恥q註妹&勲&2おお︸ダ㊤■. 一132一. 説 論.

(21) 集団安全保障体制序説四(進藤). ︵24︶団鋤冨びob。o一け●y8●. ︵25︶勺●、●劇●ミ‘8●o一紳こPNご∪Φρざお一ω● 。圏、ωωごω紹. ︵26︶戸乞o菖①ぴoP9こ署●ムω=宝ム。貸二♪三ドω。下ω。・。”。. ︵27︶団曽吋○びoP息酔こbb。8ムー鴎8●. ︵28︶冒箆こPo。㎝。. ︵28の2︶この点にかんしては、かれの義弟アクソソ医師ω80匿舅︾蓉惨のメモが興味深い。かれにょると、 一九一四年八月末に、.   ウィルソソは、あるべき国際秩序の原則として四つの原則をあげ、その第四番目の原期として、国際連盟の構築をあげている。.   劇欝oさ目嘗Q誉§駄卜轟ミ鱗o、舶8駄き弩ミ騨§・<o一●斜マお馬伊ちなみに他の三つの原則とは ①、侵略と征服の   禁止、 ︵2︶小国と大国の権利の平等、 ︵3︶軍需品生産の国有化、である。. 真に文明化された社会組織が、武力の効果的に行使によって保持され. ︵29︶少なくとも、一九〇七年ごろより、かれは、世界連邦の﹁統合﹂の可能性を語るのをやめている。戸298♪oPo搾 og犀Φさ<o一。9PPO㎝。 ︵30︶G. 第三節 共通の認識. ていないなら、その社会組織は、地球上からすぐにも消えてしまうだ ろうQ.  ︵1︶.       l﹃ニュー・リパブリック﹄一九一四年十二月i.                         ︵2︶ けっぎょく、社会の平和は武力によって獲得されるのです。.        ーーウッドロー・ウィルソソニ九一五年五月t. 主権国家の並存する世界で、国際機構は、いかにして﹁超国家﹂たりうるか。いったい国際機構は、どのような政治的. 一133一.

(22) 資源によって、主権国家の行動を制約することができるのか。       フオヨス.  この問いにかんして、大統領と編集者たちのあいだには、ひとつのコンセンサスができていたようである。すなわち、.  しかし、両者がそうしたコンセンサスをもつにいたるためには、政治の世界−とりわけ国際政治の世界における権力. 国際機構に、武力という歯を与え、その武力によって主権国家の行動を制約すべきあるというコンセソサスである。                                                      パワヒ. の役割にかんする正当な認識がなくてはならなかった。そして、大統領も編集者たちも、それを共有していたのである。.  そこでこの節では、両者が共有していた認識について、検討を加えたいと思う。いったい、大統領と編集者たちが政治. の世界における権力の役割にかんしてもっていた共通の認識とは、どのような内容をもち、どのような意味をもつもので あったのか。.  まず、編集者たち の 場 合 か ら 見 て み よ う 。               パワき.  一般に、政治の世界にあって権力は、ある政策の目標を達成する手段として機能する。しかし、よく知られているよう. に、その権力の役割について、とりわけ国際政治の世界における権力の役割について、ある人々は正当な認識をもつが、. 他の人々は、それを正当に評価できない。そして、いわゆる権力政治モデルのなかで、一般に、前者は、政治の世界にお. けるリアリストとよばれ、後者はアイデアリスト︵あるいは、E・H・カー国・団・O陣誉によってはユートピアニスト、                                    へ ゾ R・E。オズグツド頻・国・○茜8伽によってはアルトウィスト︶とよばれる。.  そして、もし、このモデルを編集者たちの場合に適用するなら、疑いもなくかれらは、リアリストの立場に立っていた. といえるのである。そうしたかれらの立場は、とりわけ、一九一四年暮から一九一六年にかけて激しく国内で争われた軍. 備増強問題をめぐる論争のなかで明らかにされていた。第一章で見たように、編集者たちは、あの軍備論争のなかで、終. 始、 ﹁なんのための軍備か?﹂という視点から、論陣をはっていたのだが、かれらのリアリストとしての立場は、軍備増.                                  ︵4︶. 強に反対する平和主義者たちにたいするかれらの批判のコトバのなかにあらわれている。早くも、一九一四年十二月十二. 一134一. 説 論.

(23) 集団安全保障体制序説㊨(進藤). 日号の論説のなかで、かれらは、リアリストの高みにたって、平和主義者とよばれるアイデアリストたちを次のように論 難している。.  ﹁偽善的な平和主義者たちは、アメリカの軍備問題を考えようとさえしない。かれらは、陸海軍事費の支出増大を見る. とすぐに、その目的や限界のいかんを間わず、ひどく軍国主義的なものであるとしてそれを非難する。かれらは、たとえ. アメリカ以外のすべての国が完全武装を行なっても、事実上無防備に等しい政策こそアメリカの平和主義のとるべき道な. のだとしようとしている。⋮⋮こうした偽善的な平和主義は、無抵抗主義の原理にその基礎をおいている。﹂そして平和. 主義者たちは﹁戦争を防止したり減少せしめたりする唯一の効果的な方法は、けっして戦わないことだと主張する。かれ. らにとって平和と戦争は、まったくあい入れない対立的なコトバなのである。だから、まじめな平和主義者であろうとす. るなら、どんな事情のもとでも、どんな目的のためにも、いっさいの戦争に反対しなくてはならないのであり、あらゆる                                  ︵5︶ 軍備にたいして、岩のような反対をしなくてはならない、ということになる。﹂.  こうして、編集者たちは、平和主義者たちの平和論の基礎にある無抵抗主義の原理を指摘し、そしてそのあとでその無 抵抗主義の原理に、次のように反論する。.  ﹁もし、平和主義的確信に基いて行動する唯一の確かな道が、戦うことを、個人としてであれ国家としてであれ、絶対. 的に拒否することであるなら、平和はけっして到達しえない理想となる。みずからが望むものを手に入れるために、ちゅ. うちょせず戦おうとする人々は、戦いつづけるにちがいないし、そのようにしてみずからが望むものを手に入れるために. 戦おうとしない人々は、たとえそうした人々が数の上では多数を占めてはいても、望むものを手にすることができないと. いう窮境に甘じなくてはならないだろう。いや、せいぜい手にすることが許されたとしてもそれはただ、相争う列強のジ. ャソグルのなかで逃げ込むことのできるわずかばかりの避難所ぐらいのものだろう。そしてそこで支配するのは猛獣たち なの だ 。 ﹂.   ︵6︶. 一135一.

(24)  疑いもなく編集者たちは、国際社会を、列強があい争う﹁力の闘争﹂の場としてとらえていたのである。そしてかれら. は、こういっていたのだ。いったい﹁力の闘争﹂の場で、どうして力を無視して平和と秩序を語ることがでぎるのか。.                                    パワし        フオヒス.  ところで、こうしたかれらの国際社会観が、じつは、政治の世界における権力1とりわけ武力1の役割にたいする冷徹 な認識に基礎づけられていたことにここで注意を払いたいと思う。.  ﹁戦争と平和というコトパがあらわす道義的な価値は、けっしてあい入れない対立的なものではない。じっさい武力を.  平和主義者を論難するかれらの筆は、さらに、それを次のように明らかにしている。                                                     フオロス. 人間の生活から除去することはできない。できるのはただ、その使用を道義的なものにし、合理的なものにすることだけ. だ。だからもし、真に文明化された社会組織が、武力の効果的な行使によって保持されていないなら、その社会組織は、                  ︵7︶. イズム   ペシヴイズム. 地球上からすぐにも消えてしまうだろう。﹂                                                      パシフ  そして、こうした認識のうえに立ってかれらは、次のようなコトバでまた平和主義者たちをまた批判する。真の﹁平和. 主義と消極主義とは、明白に区別されなくてはならない。⋮⋮消極主義はただミリタリズムの居心地をよくさせるだけで.                                  ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ   ヤ. ある。それは、レッセ・フユールの唱導者たちが国内政治でしばしば犯してきた誤りを、国際政治という広い領域でくリ 、、、  、、、、、、、、、、、、、、、、、、、    ︵8︶. かえしているのだ。消極主義は、国家的無責任をドグマにまでしたて、武力の道義的行使がなければ達成できないような. 結末を、道義的説得によって達成しようとしているのである。﹂.  明らかに編集者たちは、リアリストの立場に立って、アイデアリストの立場を批判していたのである。コトバをかえる なら、権力政治論の高みから、道義政治論を批判していたのである。.  そして、そのかれらのリアリストとしての立場を支えていたものは、政治の世界における権カーとりわけ武力1の役割 にたいする冷徹な認識であったことは、くりかえすまでもない。.  わたしたちは、前節で、国際祉会を﹁力の闘争﹂の場としてとらえる、リァリストの立場が、じつは、かれら﹃一こー. 一一136一. 説 論.

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