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ショウジョウバエ脳における神経伝達物質受容体の網羅的可視化と発現解析

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ショウジョウバエ脳における神経伝達物質受容体の

網羅的可視化と発現解析

著者

高橋 貴裕

学位授与機関

Tohoku University

学位授与番号

11301甲第19368号

URL

http://hdl.handle.net/10097/00127814

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博士論文

ショウジョウバエ脳における神経伝達物質受容体の網羅的可視化と発現解析

令和元年度 東北大学大学院生命科学研究科 生命機能科学専攻 高橋 貴裕

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2 目次 1. 要旨 ………3 2. 序論 ………5 3. 方法 ………9 3.1 ショウジョウバエの交配と脳の解剖 3.2 脳サンプルの染色とマウント 3.3 共焦点イメージング 3.4 自動細胞数カウント 3.5 画像レジストレーション 3.6 クラスタ解析 3.7 データとコードの公開 4. 結果 ………12 4.1 全脳における細胞数自動カウント法の確立 4.2 本パイプラインを用いた GAL4 系統の発現細胞数定量化 4.3 神経伝達物質受容体 GAL4 系統の網羅的細胞数解析 4.4 標準脳上における受容体発現データベースの作製 4.5 神経伝達物質受容体 GAL4 系統の網羅的発現パターン解析 5. 考察 ………28 6. 謝辞 ………29 7. 参考文献 ………30

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3 ショウジョウバエ脳における神経伝達物質受容体の網羅的可視化と発現解析 神経行動学分野 高橋 貴裕 【背景】 神経科学の主要な目的のひとつは、情報処理における神経ネットワークの基盤原理を理解す ることである。近年の組織イメージング技術と電子顕微鏡の発達により、今までにない解像度 で全脳レベルにおける神経の投射とシナプス接続の再現が可能となった。しかしながら、神経 接続の記述のみでは回路においてどのように情報が処理されるのかを理解するには不十分であ り、神経伝達物質とその受容体の知見が不可欠である。100 種を超える神経伝達物質がこれま でに同定されており、それぞれ固有の細胞効果と有効範囲を持っている(Hyman, 2005)。さら に複雑なのは、多くの神経伝達物質が複数の同系受容体を持っていることである。In vitroにお いて、一部の受容体の分子的特性はよく調べられているが、全脳レベルにおける発現と機能に ついてはあまり多くは知られておらず、受容体多様性の意義は明らかにされていない。ここ で、ショウジョウバエDrosophila melanogasterの脳は、容積が小さく、神経伝達メカニズムが 進化的に保存されていることに加え(Yoshihara et al., 2001)、使用できる遺伝学的ツールの種類 が豊富であるため(del Valle Rodriguez et al., 2011; Venken et al., 2011b)、理想のモデルシステ ムであると言える。本研究のために新たに作製された C 末端特異的カセット挿入による受容体 2A-GAL4 系統を用いて、全受容体の発現データベースの作成と受容体多様性の意義に踏み込 むことを試みた。 【方法】 受容体 2A-GAL4 系統を用い、受容体発現を体系的にプロファイリングするため、histone-RFP によって可視化された発現細胞核数の自動定量化パイプラインの確立、および mCD8::GFP によって可視化された投射パターンをサンプル間で相互比較・解析するための brp-SNAP シグナルをランドマークとしたレジストレーション(座標補正)の最適化をまず行 った。伝達物質受容体発現細胞の核と投射パターンの可視化のため、各 2A-GAL4 系統と w; su(Hw)attP5{10XUAS-IVS-myr::GFP}; UAS-His-RFP、または w; TI{TI}brpSNAPf-tag; attP2{20XUAS-IVS-mCD8::GFP をそれぞれ交配した。摘出した脳は共焦点レーザー顕微鏡を 用い、全脳を三次元的にスキャンした。得られた his-RFP 発現データから、各 2A-GAL4 系統 の発現細胞数を定量化した。また得られた mCD8::GFP データは全て IS2 標準脳(Cachero et al., 2010)へのレジストレーションを行った。Hierarchical nomenclature system (Ito et al., 2014) に基づく脳領域ごとの平均発現強度を算出し、得られたデータを python および Matlab スクリプトを用いてクラスタ解析した。

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4 【結果】 His::RFP チャネルを用いた細胞数自動カウントパイプラインの確立によって、高精度かつ短時 間で任意の GAL4 系統の全脳発現細胞数を定量化することが可能となった。ベンチマークとし て行った全脳細胞数と全グリア細胞数は、先行研究によって報告されている数値と非常に近似 していることが確かめられた。本パイプラインと受容体 2A-GAL4 系統を用いて、ショウジョ ウバエゲノムで確認されている 113 種の神経伝達物質受容体のうち 75 種の全脳発現細胞数の 定量化を行った。その結果、受容体によって脳内発現細胞数がほぼ皆無のものからほぼ全脳細 胞に発現しているものに至るまで多様であることが確かめられた。また定量解析によって、ひ とつの脳細胞あたり平均で 30 %(75 遺伝子のうち 22 遺伝子)の神経伝達物質受容体を共発現 していることが示唆された。また興味深いことに、イオンチャネル型受容体は代謝型受容体と 比較して細胞数に二極的な分布があることが明らかとなった。すなわち多数の脳内細胞におい て発現しているものとほとんど発現していないものに分類された。

これとは別に brp::SNAP; UAS-mCD8::GFP 系統を用いて、標準脳上に全 2A-GAL4 系統の 投射パターンをレジストレーションした受容体発現データベースを作製した。ここで同一のリ ガンドに対する受容体において非常に近似した発現パターンを持つものと大きく異なる発現パ ターンを示すものが存在することを確かめた。さらに脳領域ごとの受容体発現プロファイル を、スペクトラルクラスタリングを用いて解析した結果、これらの領域が三つの「機能的」構 造に分類できることを突き止めた。 【考察】 受容体 2A-GAL4 系統の網羅的コレクションによって、高解像度かつ全脳レベルでの神経伝 達物質受容体の内在発現プロファイリングを行うことに成功した。細胞数カウントの結果か ら、単一細胞あたり少なくとも平均 22 の受容体を共発現していることが示唆された。このよ うに受容体を複合的に発現させることで、外部からの入力に対する細胞応答の多様化を可能に していると考えられる。本研究の結果、脳全体を通して神経伝達物質受容体の発現パターンは 極めて複雑であることが明らかとなった。解析の結果から、同じリガンド分子や同じリガンド 種に対する受容体は近似した発現パターンを示すことが明らかとなった。同一ニューロンにお いて発現する特定の受容体は、ヘテロダイマーを形成し異なる G タンパク質を共役することに よって、あるいは異なる特性のイオンチャネルを形成することによって、共役して機能する可 能性がある(Jordan and Devi, 1999)。これらの受容体複合体の特殊な機能は細胞応答における さらなる多様性に貢献し、これによって神経回路の計算能力を増幅させうると考えられる。 さらに脳領域のクラスタ解析によって、キノコ体と中心複合体を構成する脳領域は残りの脳 領域から際立って異なっていることが明らかとなった。キノコ体と中心複合体はいずれも周辺 の神経系との明確な接続を持っておらず、脳の高次元統合中枢とみなされている(Vogt et al., 2015; Namiki et al., 2018)。この 2 つの中枢における受容体の特徴的な組み合わせが情報統合に おける多様な情報処理プロセスの基礎を築いているものと推測される。

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5 2. 序論 神経科学の主要な目的のひとつは、情報処理における神経ネットワークの基盤原理を理 解することである。近年の組織イメージング技術と電子顕微鏡の発達により、今までにない 解像度で全脳レベルにおける神経の投射とシナプス接続の再現が可能となった。これらの 巨大なデータは、脳内でこれまで同定されてこなかった動物の複雑な生理学と行動の根底 にある回路の発見に寄与する強力な枠組みとなっている(Kasthuri et al., 2015; Eichler et al., 2017; Takemura et al., 2017)。しかしながら、神経接続の知見のみでは回路においてどのよ うに情報が処理されるのかを理解するには不十分であり、神経伝達物質とその受容体の知 見が不可欠である。 神経伝達物質は大別するとアセチルコリン、アミノ酸系、モノアミン系、ペプチド系と分 類される。100 種を超える神経伝達物質がこれまでに同定されており、それぞれ固有の細胞 効果と有効範囲を持っている(Hyman, 2005)。さらに複雑なのは、非常に多くの神経伝達物 質に対して受容体が複数種保存されていることである。例えば、主要な神経伝達物質のひと つであるグルタミン酸は AMPA 型、Kainate 型、塩素チャネル型、NMDA 型受容体といっ た複数種のイオン型受容体に加えて、G タンパク質シグナリングを活性化する代謝型受容 体を持つ(Nakanishi, 1992)。ショウジョウバエにおいては、20 の遺伝子がグルタミン酸受 容体をコードしていることが予測されている(Meinertzhagen and Lee, 2012)。In vitroにお いて、一部の受容体の分子的特性は非常によく調べられているが、全脳レベルにおける発現 と機能についてはあまり多くは知られておらず、受容体多様性の特徴はほぼ不明である。こ こで、ショウジョウバエDrosophila melanogasterの脳は、容積が小さく、神経伝達回路が 進化的に保存されている(Yoshihara et al., 2001)ことに加え、使用できる遺伝学的ツールの 種類が豊富であるため(del Valle Rodriguez et al., 2011; Venken et al., 2011b)、理想のモデ ルシステムであると言える。

内在タンパク質の可視化は、従来は免疫染色技術によって行われてきた。しかしながら、 近年の抗体の可用性とイメージング技術の向上はあっても、神経伝達物質受容体の免疫検 出はしばしば感度と解像度の低さが問題となることが多い(Saper and Sawchenko, 2003; Uhlén et al., 2015)。これは例えば、ほとんどの神経伝達物質受容体が検出可能なレベルで 発現していないこと、このような細胞膜に局在している受容体に対する特異性の高い抗体 を作製することが困難であること(Takeda et al., 2015)に由来する。さらに、特定の細胞内 構造物に抗原が局在する場合、抗原を発現する細胞の全体像をつかめず、同定することが困 難になる可能性がある。 強力な代替手段として挙げられるのが、内在遺伝子の発現パターンを再現する遺伝子レ ポータを用いる手法である。GAL4/UAS システム(Brand and Perrimon, 1993)は、特定の細 胞種を標識するのに広く用いられている。エンハンサートラップ法およびプロモーターフ ュージョン法によって作製された GAL4 系統は 10,000 を超えるが(Brand and Perrimon,

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6 1993; Hayashi et al., 2002; Jenett et al., 2012; Kvon et al., 2014)、内在遺伝子と正確に同様 の発現パターンを示すのはそのうちのわずかである。内在遺伝子の発現をより忠実に再現 するレポータ系統を作出する試みはいくつか行われており、例えばターゲット遺伝子導入 (”gene knock-in”とも呼ばれる; Rong and Golic, 2000; Deng et al., 2019)や遺伝子トラッ プトランスポゾンシステム(Morin et al., 2001; Venken et al., 2011a)等の手法によって作製 されている。これらの系統ではレポータ遺伝子は内在転写物の一部として翻訳される。さら に近年、MiMIC システム(Nagarkar-Jaiswal et al., 2015a)を用いた大規模研究によって、 15,000 以上の遺伝子トラップ系統が作製されており、トラップされた遺伝子と同様のパタ ーンを示す GAL4 発現系統に置換することができる(Diao et al., 2015; Lee et al., 2018)。し かしながら、これらのトランスポゾン法による挿入は挿入部位を特異的にターゲットする ことができないため、遺伝子の特定クラスを包括的に網羅する新規の遺伝子導入リソース を開発することが必要である(Deng et al., 2019)。 既存のリソースを補完するため、国立遺伝学研究所の近藤周博士の協力のもと、T2A-GAL4 カセットを内在遺伝子の終止コドン直前に挿入することで、Knock-in 系統を体系的 に作製するためのゲノム編集パイプラインが開発された(図 1)。このパイプラインを用い て、私は神経伝達物質受容体遺伝子をターゲットとする大規模な T2A-GAL4 knock-in コレ クションを作製した(図 2)。このコレクションを用いて、体系的イメージングと発現パター ンの解析によって、受容体の構成と中枢神経系における多様性を初めて明らかにした。

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7 【図 1】内在遺伝子に対する C 末端への特異的遺伝子導入システム

CRISPR/Cas9 を用いて、任意の遺伝子の終始コドン直前に GAL4 カセットを挿入する。導入マーカー である 3xP3-RFP は導入確認後に Cre-loxP を用いて除去することが可能である。ターゲットの遺伝子と GAL4 は同一の mRNA として転写され、そこからそれぞれターゲットのタンパク質と GAL4 が翻訳され る。ここで、GAL4 はターゲットとなる遺伝子と同一の 3’UTR による転写制御を受けているため、内在 的な遺伝子の発現を忠実に模倣することが可能となっている。

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8 Acetylcholine Amino acid Monoamine Neuropeptide

mAChR-A GABA-B-R1 5-HT1B AkhR Dh31-R mAChR-B GABA-B-R2 5-HT2A AstA-R1 Dh44-R2 nAChRα1 Grd 5-HT2B AstA-R2 Gyc76C nAChRα2 Lcch3 5-HT7 AstC-R1 hec nAChRα3 GluClα Dop1R1 AstC-R2 Lgr1 nAChRα6 GluRIB Dop1R2 CapaR Lgr3 nAChRα7 GluRIIA Dop2R CCAP-R Lgr4 nAChRβ1 GluRIIB DopEcR CCHa1-R NPFR nAChRβ2 GluRIIC Oamb CCHa2-R Pdfr nAChRβ3 GluRIID Octβ2R CCKLR-17D1 PK-1R

GluRIIE Octβ3R CCKLR-17D3 PK-2R2 KaiR1D Ort CG13229 rk mGluR TyrRII CG13575 RYa-R

Mtt CG13995 SIFaR Nmdar1 CG32547 SPR Nmdar2 CG33639 TkR86C CG12344 CG43795 CG7589 CrzR 【図 2】Knock-in が完了している受容体系統リスト

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9 3. 方法

3.1 ショウジョウバエの交配と脳の解剖

T2A-GAL4 系 統 の 体 系 的 発 現 プ ロ フ ァ イ リ ン グ に は 、 各 GAL4 系 統 の 雌 と w; su(Hw)attP5{10XUAS-IVS-myr::GFP}; UAS-His-RFP の 雄 ま た は w; TI{TI}brpSNAPf-tag; attP2{20XUAS-IVS-mCD8::GFP の雄を交配した。サンプルには 3-7 日齢の雄を用いて、冷 却麻酔をかけた上で、PBS 中で解剖した。解剖後の脳は 1 % パラホルムアルデヒド(PFA) / PBS 中で 30 分を限度に氷上で仮固定を行い、その後 2% PFA / PBS 中で、室温で 1 時間 の固定を行った。固定後の脳は PBT (0.1% Triton X-100 in PBS)を用いて 10 分、3 回洗浄 した。 3.2 脳サンプルの染色とマウント

Brp::SNAP を可視化するため、SNAP-Surface Alexa Fluor 647 (1:1000; NEB; S9136S)を 使用した。核カウントに用いた脳サンプルは 86 % Glycerol、発現解析に用いた脳サンプル は SeeDB2S (Ke et al., 2013)をそれぞれマウンティングメディウムとして使用した。

3.3 共焦点イメージング

脳サンプルは Olympus FV1200 高感度 GaAsP センサー付き共焦点レーザー顕微鏡を用 い て スキ ャン した 。レン ズ は 30x/1.05 silicone immersion objective (UPLSAPO30XS, Olympus)を使用した。細胞数カウント用の T2A-GAL4 脳サンプルは組織深部のシグナル 減衰を補正するため、深度に応じたレーザー強度調整を行った。核カウントにおけるバイア スをなくすため、RFP チャネルは全てのサンプルで同一条件を保持した(Laser power: 1.0-3.0 %; ND Filter: 25%; HV: 500)。発現解析用の T2A-GAL4 脳は系統ごとにシグナル強度 のダイナミックレンジが異なるため、系統ごとにレーザー強度を 0.1~1.0 %の間で調整し た。全脳イメージを作製するため、各脳の左右の半球は別途にスキャンを行い、オープンソ ースソフトウェア Fiji (Schindelin et al., 2012)上の Pairwise Stitching plugin (Preibisch et al., 2009)を用いて自動合成を行った。イメージのボクセルサイズは 0.41 um x 0.41 um x 0.79 um(x, y, z)であった。

3.4 自動細胞数カウント

自動細胞数カウントは全脳イメージの Histone::RFP チャネルを用いて行った。取得され た RFP シグナルはまず Fiji 上の Median 3D filter (1.0 pixel for each axis)を用いて平滑化し た。続いて、オープンソースソフトウェア Icy (de Chaumont et al., 2012)上の Adaptive Histogram Equalization (half size XY=4; half size Z=2; maximum slope=8)を用いて局所コ ントラスト増強を実施した。さらに ImageJ 上の Parallel iterative deconvolution 3D plugin (Wendykier and Nagy, 2010) (iteration=1)を用いてぼやけ補正を行った。なおここで用いた

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10 point spread function は同ソフト上の PSF 3D plugin を用いて作製した。続いてイメージ中 の核はオープンソースソフトウェア FARSIGHT toolkit (Bjornsson et al., 2008)を用いて検 出した。出力された 16-bit イメージは用意した Python アプリケーションと scikit-image (van der Walt et al., 2014)を用いて 32-bit イメージに変換した。各核の重心、体積、表面積、 球形度、主モーメントは SimpleITK (Yaniv et al., 2017)を用いて計算した。体積の小さい検 出物(32 voxel 以下)は主にノイズ由来であったため、これらを切り捨てることで核由来の 検出物のみを抽出した。

検出精度の評価には、作成した Python アプリケーションと SimpleITK、SciPy (Millman et al., 2011)を用いて、Ground truth(GT)と FARSIGHT 出力結果の核局在を比較するこ とで定量化した。評価方法の詳細は結果の項(4.1)参照のこと。評価の計算に用いたソフト ウェアのソースコードは下記の「データとコードの公開」から利用可能である。

3.5 画像レジストレーション

Brp::SNAP チャネルをリファレンスとして、ImageJ 内の Computational Morphometry Toolkit (Rohlfing T., 2009)プラグインを用いて、取得したイメージスタックを IS2 標準脳 (Cachero et al., 2010)にレジストレーションした。全てのレジストレーション画像はその後 に目視で標準脳と合致しているか検証しており、成功しているもののみをその後の解析に 用いた。各脳サンプルに対し、hierarchical nomemclature system に基づいてセグメントさ れた IS2 標準脳画像をリファレンスとして、ImageJ 内の MorphoLibJ プラグイン(Legland et al., 2016)を用いて、脳領域ごとの gray value の平均を計算した。同一受容体のサンプル で平均をとり、さらに半球をまたぐ反対側の脳領域を平均化した。Central brain のスキャ ンによって optic lobe の一部が含まれていないため、optic lobe 上の脳領域は排除した。

3.6 クラスタ解析

スキャン時のレーザー出力設定に従い、post-hoc でシグナル強度の補正を行うことで、最 終的に遺伝子毎に 37 脳領域の受容体発現データセットを作製した。データは MATLAB コ ード (version 7.10.0 (R2010a), Natick, Massachusetts: The MathWorks Inc.)と Jupyter Notebooks (Kluyver et al., 2016)に統合されている Python コード (RRID:SCR_008394)を 用 い て 解 析 し た 。 遺 伝 子 と 脳 領 域 デ ー タ は 、 Spearman’s rank correlation coefficient (Zwillinger and Kokoska, 2000)の 2 乗を distance metric として、または Mulitclass Spectral Clustering (Yu and Shi 2003; Implementation: Spectral clustering module of scikit-learn, RRID: SCR_002577, Pedregosa et al., 2011)を用いて、それぞれクラスタ化を行った。クラ スタ化した脳領域(図 23)は FluoRender (Wan et al., 2012)を用いて画像化した。

3.7 データとコードの公開

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https://gin.g-11

node.org/Tanimoto_lab/T2A-GAL4_Library)。本研究に用いたコードは GIthub から取得可

能である。<https://github.com/tanimoto-lab/nuclearSegQualityMetrics>, version 0.3 and <https://github.com/tanimoto-lab/FarsightOPConversionAndMetrics>, version 0.3.

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12 4. 結果 4.1 全脳における細胞数自動カウント法の確立 T2A-GAL4 系統を用いて神経伝達物質受容体の脳内発現をプロファイリングする上で、 大きく投射パターンと発現細胞数の 2 つの側面から解析を行うことを計画した。後者に関 しては定量化を行う上で、多数の脳イメージを短時間で処理するためのパイプラインが必 要である。はじめに T2A-GAL4 系統と UAS-his::RFP 系統を交配し、GAL4 陽性細胞の核 を可視化した。His2A-RFP はヒストンのひとつである His2AvD と mRFP1 の融合タンパク 質であり、クロマチンに局在する(Ckarkson et al, 1999; Pandey et al., 2005)。ショウジョウ バエ脳は幅が約 600 um 程度であり、20 倍レンズを用いて全脳がスキャンできることが特 徴である。しかしながら、今回は単一細胞の核を識別する必要があるため、30 倍レンズを 用いて左右の半球をタイリングスキャンした。左右の脳半球はオーバーラップした領域を ランドマークとして全脳イメージへと統合した(図 9)。GFP, RFP シグナルはともに単一ニ ューロンの鮮明な形態・核を可視化するのに十分であったため、免疫染色を行わず、本来の 蛍光シグナルとして取得した。FARSIGHT toolkit (Bjornsson et al., 2008; Mathew et al., 2015) を用いて核の自動セグメンテーションを試みたところ、生データにおける各検出の 成績は組織深部に行くほど悪化することが分かった(図 3)。

【図 3】FARSIGHT toolkit を用いた Raw イメージからの細胞核検出

DopR1-GAL4 / UAS-his::RFP の Raw イメージから FARSIGHT toolkit を用いて細胞核を自動検出した。 表層側では全ての核が検出されたが、裏層側ではシグナルの弱い核が検出されなかった。

そこで自動核検出能を向上させるため、画像処理アルゴリズムを適用することを検討し た。ここで核検出の精度を定量的に評価するため、最も細胞が小さく密集しており、かつシ グナルの弱い尾側の視葉からおよそ 100 細胞程度が収まる立方体を切り出した。具体的に は、Act5C-GAL4; UAS-his-RFP (16um x 16 um x 16 um)のキノコ体(MB) Kenyon 細胞

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13 の細胞体領域を目視でトレースすることで作製した(図 4)。

【図 4】Optic lobe 深部から Ground Truth を作成

(A) Raw イメージのスライス (B) 同スライスにおける目視ラベリング

Ground Truth (GT) を も と に 様 々 な 画 像 処 理 後 の 核 検 出 デ ー タ の 重 心 を 照 合 し 、 FARSIGHT 出力結果に含まれる核をそれぞれ True Positive (TP), False Positive (FP), False Negative (FN)のいずれかに分類した。GT の核領域が 1 つの FARSIGHT 検出核の重心を 含む場合、これを TP とした。GT の核領域が複数の FARSIGHT 検出核を含む場合、最も GT 核の重心に近いものを TP、その他を FP とした。GT 核領域がいずれの FARSIGHT 検 出核も含まない場合、これを FN とした(図 5)。これらの値から以下の式を用いて、Precision, Recall, F-measure を算出し、画像処理の影響の評価を行った。 Precision = 𝑛(𝑇𝑃) 𝑛(𝑇𝑃) + 𝑛(𝐹𝑃) Recall = 𝑛(𝑇𝑃) 𝑛(𝑇𝑃) + 𝑛(𝐹𝑁) F − measure = 2 × 𝑃𝑟𝑒𝑐𝑖𝑠𝑖𝑜𝑛 × 𝑅𝑒𝑐𝑎𝑙𝑙 𝑃𝑟𝑒𝑐𝑖𝑠𝑖𝑜𝑛 + 𝑅𝑒𝑐𝑎𝑙𝑙 Precision は TP と予測したデータのうち,実際に TP であるものの割合であり、Recall は 実際に TP であるもののうち,TP であると予測されたものの割合である。ノイズや過剰分 割の度合いの評価には Precision、弱いシグナルの検出能の評価には Recall を用いている。 F- measure は Precision と Recall の調和平均であり、これを最終的な精度の指標として最 大化するよう以降の画像処理のパラメータを最適化した。

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14 【図 5】自動検出された核の真偽の定義方法

まず FP となりうる画像上のバックグラウンドノイズを除去するために、Median 3D filter を適応した。半径(pixel)のパラメータを検証した結果、1.0 pixel において Precision が最大 となり、FP を減少させることが示された(図 6)。

【図 6】Median 3D filter 適応半径の与える検出精度への影響

続 い て 、 低 Signal-noise ratio な 核 の 検 出 能 を 向 上 さ せ る た め に 、 Local contrast enhancement 3D を適用した。これは画像を一定の細領域に分割し、それぞれに対する輝度 のヒストグラムを求め、それをもとに輝度を再配分する手法である。分割する領域の大きさ を検討したところ、4 pixel において Recall が最大となり、比較的弱いシグナルも検出され ることが示された(図 7)。 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1 raw 1 1.5 2 Score radius (pixel) Precision Recall fMeasure GT centroid

True positive

False negative

False positive

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15 【図 7】Local contrast enhancement 3D 適応半径の与える検出精度への影響

ここではいずれの GT 核内にも収まらない FP を Noise-FP、GT 核内に存在する TP 以外の検出核を NonNoise-FP と分類し、それぞれ Noise-precision と NonNoise-precision と分けて計算を行っている。

その後、本カウントのために最適化した FARSIGHT toolkit を用いて、細胞核の検出を行 った。ただし、Recall はおよそ 0.9 と高かったものの、高精度なカウントには Precision を さらに向上が必要と考えた。Precision の低下は誤検出されているノイズ由来の FP が主因 であると考えられたため、それを除去することが可能か続いて検討を行った。自動セグメン トによって検出されたオブジェクトを TP, ノイズ由来の FP, 非ノイズ由来の FP に分類し、 球形度、体積、表面積、半径を計算した(図 8)。この中でノイズ由来の FP は体積が小さい 傾向にあることが確かめられ、32 voxel 以下のものを除去することで F-measure を最大に することが示された。一連の試行によって画像処理の最適条件を洗い出し、最終的に 88 % の精度で核の自動検出が可能となった(図 9)。 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1 med 2 4 8 16 32 64 S co re radius (pixel) Recall Noise-precision NonNoise-precision fMeasure

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16 【図 8】自動検出された核のプロファイル 【図 9】細胞数自動カウント法のパイプライン 4.2 本パイプラインを用いた GAL4 系統の発現細胞数定量化 前項で設計した画像処理パイプラインの有効性をさらに示すために、細胞数が同定され ているショウジョウバエの全脳細胞数ならびに脳グリア細胞数を用い、ベンチマークテス トを行った。全脳細胞核の標識にはアクチンプロモーターを用いた Act5C-GAL4 (107727; Kyoto Stock Center) を、全グリア細胞核 の標識に は repo-GAL4 (7415; Bloomington

0.6 0.7 0.8 0.9 1 1.1 1.2 1.3 1.4 S phecif ic it y 0 100 200 300 400 500 600 700 800 V o lume (vo xe l) 0 50 100 150 200 250 300 350 400 450 500 S urf ace are a (pi xe l) 0 1 2 3 4 5 6 Ra d iu s (pi xe l) TP N oi se -FP N on N oi se -FP TP N oi se -FP N on N oi se -FP TP N oi se -FP Non Noi se -FP TP N oi se -FP N on N oi se -FP Segmentation Tiled 3D images 30x lens Median 3D CLAHE 3D 3D Deconvolution T2A-GAL4 x UAS-myr::GFPUAS-HisRFP

Stitching

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17 Drosophila Stock Center) をそれぞれ使用した。本パイプラインを用いて細胞核をカウント した結果、ラミナを除去した全脳において、全脳細胞数は雌で 109,000 個、雄で 118,000 個 とカウントされた(図 10, 11)。ショウジョウバエの全脳細胞数は既存研究において 95,000 から 110,000 個程度と推定されており(Shimada et al., 2005)、今回の結果と非常に近似して いた。 【図 10】Act5C-GAL4 / UAS-his-RFP を用いた全脳細胞核の可視化 【図 11】Act5C-GAL4 / UAS-his::RFP 脳における全脳細胞数の定量化

n=4, 5(male and female, respectively)、バーは標準誤差(SEM)を示す。

また、グリア細胞数は 15,800 個(図 12)とカウントされた。Repo 陽性細胞数は既存研 究において 15,700 個とカウントされており(Kremer et al., 2017)、こちらも同様に非常に近 0 2 4 6 8 10 12 14 Act5C(♂) Act5C(♀) # C el l (10 4) front back Act5C ♂

(19)

18 似した結果であった。よって、前項で設計したパイプラインは試験的な GT 領域におけるス コアとともに、全脳レベルにおける核の自動検出においても良好なスコアを得られること が確かめられた。 【図 12】repo-GAL4 / UAS-his-RFP を用いた脳内グリア細胞核の可視化と定量化 4.3 神経伝達物質受容体 GAL4 系統の網羅的細胞数解析 神経伝達物質受容体の発現を規定する全脳レベルでの共通原則を理解するため、これら 受容体の遺伝子の発現細胞数を網羅的にプロファイリングすることを試みた。受容体のシ スエレメントが進化的に保存されているならば、これら受容体の脳内発現細胞数は受容体 の構造や受け取るリガンド種によって特徴があるのではないかと仮定した。ショウジョウ バエには、現時点で 113 種の神経伝達物質受容体をコードしていると考えられる遺伝子が 存在する。国立遺伝学研究所の近藤周博士によってこのうちの 75 種の T2A-GAL4 Knock-in 系統の作製が完了しており、ゲノム中の神経伝達物質受容体遺伝子の 2/3 をカバーして いる(図 13)。ここで、各 T2A-GAL4 系統と UAS-His2A-RFP を交配することにより、GAL4 陽性細胞核可視化し、全脳レベルにおける各々の神経伝達物質受容体を発現する細胞数を 網羅的に定量した。

Repo

(15,805±334) front

(20)

19 【図 13】UAS-myr-GFP による GAL4 発現細胞の投射パターンの網羅的可視化

(21)

20 それぞれの系統に関して細胞数を定量化したところ、そこに極めて大きな多様性が存在 していることが明らかとなった(図 14)。個々の受容体の脳内発現細胞数はほぼ皆無からほ ぼ全脳細胞に至るまで様々であった。定量解析を行ったところ、ひとつの脳細胞あたり平均 で 30 %(75 遺伝子のうち 22 遺伝子)の神経伝達物質受容体遺伝子を発現していることが 示唆された。 【図 14】脳内における神経伝達物質受容体の発現細胞数 n=3, バーは標準誤差(SEM)を示す。 細胞数データをリガンド毎に分類すると、神経修飾物質、特に神経ペプチドの受容体は小 分子神経伝達物質の受容体と比較して細胞数の少ない傾向にある(図 15)。 0 2 4 6 8 10 12 14 細胞数 x104 Ach Amino acid Monoamine Neuropeptide Act5c

(22)

21 【図 15】リガンド種毎の平均発現細胞数

n=10, 18, 13, 34(Ach, Amino acid, Monoamine and Neuropeptide, respectively)、バーは SEM を示す。

加えて、イオンチャネル型受容体と代謝型受容体の比較では、イオンチャネル型受容体の 細胞数に二極的な分布があることが明らかとなった(図 16)。これらは脳内において広く発 現しているか、発現していたとしても極めて少数にしか発現していない。対称的に、代謝型 受容体の細胞数はより幅広く分布している(図 16)。 【図 16】イオンチャネル型受容体と代謝型受容体の発現細胞数分布 (A) イオンチャネル型(黃)と代謝型受容体(青)に色分け (B) 累積頻度 N um ber of cel ls (x10 4) 15 10 5 0

*

0 20 40 60 80 100 0 2 4 6 8 10 12 Ionotropic Metabotropic Ionotropic Metabotropic N u m ber of c el ls C u m ul at iv e fr eq uency ( %) Number of cells (x104) 1 75 Receptors 102 103 104 105 106

(23)

22 脳において発現の見られない T2A-GAL4 に関しては、脳以外の組織や成熟前の段階にお ける発現を検証した(図 17)。これによって多くのイオンチャネル型受容体は神経外組織に おける神経伝達物質シグナリングの伝達に使われていることが示唆された。

【図 17】イオンチャネル型受容体の非脳組織における発現

(A-D) GluRIIA, GluRIIB, GluRIIC, GluRIID の筋組織 (E) nAChRβ3 の脂肪組織 (F) CG7589 のマルピ ーギ管 二極分布のもっとも顕著な例ではイオンチャネル型グルタミン酸受容体ファミリーが挙 げられる。GluRII 種の受容体は全て筋組織において発現しており(図 17, 18)、脳において はいずれも顕著な発現は見られなかった(図 18)。これはグルタミン酸が昆虫の神経筋接合 部における主要な神経伝達物質であるということと一致する。GluRII 以外の残りのイオン チャネル型グルタミン酸受容体は、脳において豊富に発現しており(図 18)、イオンチャネ ル型受容体は、それぞれの組織に特化した受容体を用意することで、適切なレベルの情報伝 達を可能にしていると考えられる。 GluRIIA

A

GluRIIC

C

GluRIIB

B

Larval muscle GluRIID

D

CG7589

F

myr::GFP HisRFP nAChRβ3

E

Larval muscle Fat body Malpighian tubule

myr::GFP HisRFP

(24)

23 【図 18】グルタミン酸受容体の脳組織と非脳組織における発現

(A) GluRIIB (B) GluRIIE (C) GluRIIE の筋組織における発現 (D)GluClα (E) KaiR1D (F) Nmdar1

4.4 標準脳上における受容体発現データベースの作製

細胞数カウントの結果より、受容体の脳内発現は極めて多様であることが明らかとなっ た。ここで、発現する受容体の組み合わせが脳の高次機能や柔軟性を生み出すために必要で ある可能性が考えられ、脳領域ごとに発現プロファイルが異なることが予想される。これを 確かめるために、同時に各 T2A-GAL4 系統を brp::SNAP; UAS-mCD8::GFP 系統と交配さ せ、受容体発現細胞の脳内投射パターンを可視化した。Brp::SNAP を用いることで化学染 色による迅速なニューロピル染色が可能であり、取得したイメージの GAL4 発現細胞の座 標補正(レジストレーション)(Kohl et al., 2014)を行う際のランドマークとして使うことが 可能となる。GFP シグナルは単一ニューロンの鮮明な形態を取得するのに十分であったた め、免疫染色を行わず本来の蛍光シグナルとして取得した。

GAL4 発現細胞の投射パターンを体系的に解析するため、Computational Morphometry Toolkit を用いて、取得した脳イメージをショウジョウバエの標準脳 IS2 template(Cachero et al., 2010)へと重ね合わせた。続いて、レジストレーションされたイメージを階層的命名 法(Ito et al., 2014)に従って 37 脳領域に区分し、領域ごとの GFP レベルを定量化した(図 19, 21)。 GluRIIE GluRIIE GluClα KaiR1D GluRIIB Nmdar1 Larval muscles A B C D E F

(25)

24 【図 19】発現パターンの定量化パイプライン 4.5 神経伝達物質受容体 GAL4 系統の網羅的発現パターン解析 ここで、特定のリガンドに対する受容体において非常に近似した発現パターンを持つも のを特定した。例えば、ムスカリン性アセチルコリン受容体である A と mAChR-B はキノコ体(MmAChR-B)のケニオン細胞(KCs)と触角葉(AL)の局所介在ニューロンにおい て強い発現が見られた(図 20)。この 2 種の受容体の共発現は、哺乳類のオルソログで示さ れているように(Goin and Nathanson, 2006)、おそらくヘテロダイマーを形成することを示 唆していると考えられる。

【図 20】同種受容体における近似的発現パターン (A) mAChR-A (B) mAChR-B (C) 受容体ヘテロダイマーの模式図

さらに、レジストレーションと脳領域ごとの GFP シグナルの定量化によって、各々の受 容体遺伝子を発現する細胞の投射パターンが非常に多様であることが明らかになった(図 21)。小分子神経伝達物質に対する受容体の多くは脳の広範囲に発現していたが、しばしば キノコ体などの特定の脳領域に強く発現が見られた。一方、神経ペプチド受容体の多くは限 定的な発現パターンを示しており、これらを合わせると小分子神経伝達物質受容体と神経 ペプチドで異なる転写制御が行われていることが示唆された。 Quantification T2A-GAL4 3D images 30x lens x UAS-mCD8::GFPbrp-SNAP Registration

Rotation, scaling, warping

IS2 template Rece p to r Brain region S ign a l max min 発現パターン解析(図 21) mAChR-A mAChR-B

C

mAChR-A mAChR-B

A

B

(26)

25 【図 21】脳構造ごとの受容体発現強度ヒートマップ

(27)

26 脳領域は担う機能によって地理的にセグメント化されており、受容体発現の組み合わせ が脳機能に重要であるならば、受容体発現プロファイルの類似性によっても脳領域は区分 される可能性が考えられる。そこで、受容体間の発現類似性を Spearman 順位相関係数とし て算出し、スペクトラルクラスタ解析を用いて、37 脳領域の分類を行った(図 22)。興味深 いことに、キノコ体を構成する全ての脳領域、中心複合体と触覚葉はそれぞれ個別のグルー プを作った。この結果より、このような高次脳中枢は特定の受容体発現の組み合わせによっ てその他の脳領域とは異なるように特徴づけられていることが示唆された。 【図 22】受容体発現プロファイルの近似性に基づくクラスタ解析 (A) 37 の脳領域は 3 つのクラスタに分類される (B) クラスタ 2, 3 領域の視覚化 また、細胞数解析から示唆されたように、受容体の遺伝子内部に存在する発現調節因子が 進化的に保存されているならば、これら受容体発現ニューロンの投射する脳領域は類似性 を示すことが考えられる。そこで次に、脳内における発現の類似性を同様に Spearman 順位 相関係数として算出し、75 受容体のクラスタ解析を行った(図 23)。結果、受容体は 4 つ のグループに分類された。その中でクラスタ 2 は脳内における発現の少ない受容体が主と なっており、クラスタ 3 は神経ペプチド受容体が多数派を占めた。クラスタ 1 とクラスタ 4 は脳内に広く発現している受容体を主として構成されているが、特にクラスタ 4 に分類さ れた遺伝子の大多数は小分子神経伝達物質受容体(アミノ酸系とアセチルコリンに対する 受容体)であった(図 23)。よって、同じリガンド(またはリガンド種)に対する受容体同 士は類似した発現パターンを示す傾向にあることが示唆された。

(28)

27 【図 23】発現プロファイルに基づく受容体 GAL4 系統のクラスタ解析

(29)

28 5. 考察 T2A-GAL4 系統の網羅的コレクションによって高解像度かつ全脳レベルでの神経伝達物 質受容体の内在発現プロファイリングを行うことに成功した。 脳領域の体系的クラスタ解析によっていくつかの神経伝達物質受容体の特徴的な発現プ ロファイルを持つ脳領域が特定された(図 22A)。とりわけ、キノコ体と中心複合体を構成 する脳領域は残りの脳領域から際立って異なっていた(図 22B)。この結果は既存のコネク トーム解析によって明らかとなっている脳領域間の独特な接続性と一致する(Chiang et al., 2011; Ito et al., 2013; Yu et al., 2013)。キノコ体と中心複合体にはいずれも下行性ニューロ ンが存在せず、またいずれも周辺の神経系との明確な接続を持っていないことから、独立し た脳の高次統合中枢とみなされている(Vogt et al., 2015; Namiki et al., 2018)。よって、これ ら中枢における受容体の独特な組み合わせが多様な情報統合における情報処理プロセスの 基礎を築いていると推測する。 細胞数解析によって、1 つの細胞あたり 30 種もの受容体が発現していることが明らかと なった。単一細胞レベルにおいて受容体を複合的に発現させることで、外部からの入力に対 して細胞応答の多様性を生み出すことが可能となることが考えられる。細胞数解析と受容 体のクラスタ解析から、脳全体を通して神経伝達物質受容体の発現プロファイルは極めて 複雑であることが明らかとなった(図 14, 21)。細胞数解析の結果から、イオンチャネル型 受容体と代謝型受容体に特徴的な分布が見られ、リガンド種によって発現する細胞数に傾 向があることが明らかとなった。またクラスタ解析の結果から、同じリガンド分子や同じリ ガンド種に対する受容体は近似した発現パターンを示すことが明らかとなった(図 23)。こ れらより、シスエレメントによる受容体の発現調節は進化的に保存されてきたことが示唆 された。これは遺伝子上の発現調節部位の配列の近似性を比較することで確かめられると 考えられる。同一ニューロンにおいて発現する特定の受容体は、ヘテロオリゴ体を形成し異 なる G タンパク質を共役することによって、あるいは異なる特性のイオンチャネルを形成 することによって、共同体として機能する可能性がある(Jordan and Devi, 1999)。これらの 受容体複合体の特殊な機能は細胞応答のさらなる多様性に貢献し、これによって神経回路 の計算能力を増幅させうると考えられる。 本研究で用いた受容体 2A-GAL4 系統は 2AGAL4 を蛍光タンパク質に置換することで、 受容体と傾向タンパク質の複合体として発現する系統を作製することが可能である。これ を用いることで、2A-GAL4 系統では見ることのできなかった受容体の細胞内局在を調べる ことが可能であり、生体内においてどの程度タンパク質として存在しており、どの細胞構造 において働いているのかを明らかにすることができる。

(30)

29 また本リソースの重要な応用は、各神経伝達物質受容体を発現する神経の接続をマッピ ングすることである。受容体タンパク質の局在や活性を細胞特異的に可視化することで、既 存の神経回路マップを補完することが可能である(Talay et al., 2017; Simpson and Looger, 2018)。結果作成されたショウジョウバエ脳における神経伝達物質アトラスは既存のコネク トームデータに機能に関する情報を付加し、情報が実際に神経回路でどのように処理され ているのかを理解するための一助になると期待される(Chiang et al., 2011; Jenett et al., 2012; Yu et al., 2013; Ito et al., 2013; Shih et al., 2015; Takemura et al., 2017; Costa et al., 2016)。

(31)

30 6. 謝辞 研究を遂行するにあたり、多大なるご指導いただきました東北大学大学院生命科学研究 科の谷本拓教授に謹んで御礼申し上げます。また、実験を進めるにあたり様々な助言をいた だき、指導をしていただきました谷本拓研究室の山方恒宏准教授に御礼申し上げます。また、 本研究で使用したノックイン系統を作製して頂きました共同研究者の国立遺伝学研究所の 近藤周博士に心より御礼申し上げます。博士論文の審査をして頂きました東北大学大学院 生命科学研究科の杉本亜砂子教授、梅津大輝助教に御礼申し上げます。ハエを送って頂いた Bloomington Drosophila stock center、Kyoto Stock center に感謝申し上げます。研究生活を送 る上で大変お世話になりました、谷本拓研究室のメンバーに心より御礼申し上げます。

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31 7. 参考文献

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