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〈研究ノート〉企業価値創造にとってのスカンディア・ナビゲータの有効性 : バランスト・スコアカードに関する先行研究を手がかりとして(戸田俊彦教授退職記念論文集)

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〈研究ノート〉企業価値創造にとってのスカンディア・ナビゲータの有効性 89

<研究ノート>

企業価値創造にとってのスカンディア・

ナビゲータの有効性

―バランスト・スコアカードに関する先行研究を手がかりとして―

! はじめに 経営トップや個々の部署における管理者によるマネジメントを企業の経営戦 略と結びつけるマネジメント・コントロールが,R. N. アンソニーによって概 念化されてから久しい。時代を牽引する産業は工業からサービス・情報へと移 り変わり,金融経済の発展や国際競争の激化など企業を取り巻く環境も大きく 様変わりした。これをうけて従来のマネジメント・コントロールのあり方にも 変革の必要性が叫ばれ,その模索が続けられてきた。そして,このような時代 の変化に対応すべく,戦略経営を支援するマネジメント・コントロール・シス テムとして近年注目を集めているのが R. S. カプランと D. P. ノートンによっ て提唱されたバランスト・スコアカード(Balanced Scorecard)である1)。 バランスト・スコアカードは,わが国においても注目され,多方面からの研 究が積み重ねられてきたことは周知のとおりである。このようななか,バラン スト・スコアカードをもとにして考案された,知的資産2)経営のツールがスカ ンディア・ナビゲータである。このスカンディア・ナビゲータについても,す でに多くの論者によって紹介がなされている。しかしながら,スカンディア・ 1)戦略経営を支援するバランスト・スコアカードの意義については,例えば吉川[2001] を参照されたい。 2)経済産業省[2005]によれば,知的資産とは,「知識経済下において,企業の超過収益 力あるいは企業価値を生み出す源泉であり,有形でないもの」(10頁)をいうとされてい る。

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90 戸田俊彦教授退職記念論文集(第365号) 平成19(2007)年3月 ナビゲータの意義に関して詳細な検討をおこなったものは必ずしも多くはな い3)。 そこで本稿は,バランスト・スコアカードがいかに有効であるかについての 先行研究をふまえたうえで,そこからスカンディア・ナビゲータの有効性を類 推しようと試みることを目的としている。というのも,以下でみるようなバラ ンスト・スコアカードとスカンディア・ナビゲータの類似性ゆえに,「バラン スト・スコアカードに関する近年の研究,とりわけその採用や実施や業績への 影響について検討した研究は,スカンディア・ナビゲータ自体の研究にとって も,有効な指針となるはずである」(Ashton[2005]p.86)からである。本稿 での検討が,知的資産経営の発展に多少なりとも資することができれば幸甚で ある。 ! バランスト・スコアカードの一類型としてのスカンディア・ナビゲータ4) バランスト・スコアカードは,もともと,「過去の成果を表す財務指標のみ ならず,将来の業績を占うオペレーション面の指標も入った新しい経営指標」 (カプラン他[1992]81頁)として提唱されたものであった。しかし現在では, バランスト・スコアカードはたんなる経営指標ではなく,戦略経営を支援する ためのマネジメント・システムとして用いられるようになっている。「バラン ス〔ト〕・スコアカードを利用すれば,『長期戦略と短期的な行動をいかに関連 づけるか』という従来のマネジメント・システムではうまい解答が出せなかっ 3)この点に関して,Ashton[2005]は,「企業レベルおよび市場レベルにおける財務的成 果に対して,無形のバリュー・ドライバーが効果をもっているのかを検討した膨大な数の 〔先行〕研究を調査するための体系的枠組みとして,スカンディア・ビジネス・ナビゲー タを用い」(Ashton[2005]p.54),「すでにえられている結果や見解から価値創造に関す る将来の研究のための基礎を導き出そう」(Ashton[2005]p.54)としている点において 特筆すべきものであるといえる。Ashton[2005]については,山田[2006]において詳細 に紹介しているので参照されたい。 4)本節は,基本的に山田[2006]!・1で論じた内容と同一である。しかし,バランスト・ スコアカードとスカンディア・ナビゲータの異同を明らかにすることは,前者の有効性か ら後者の有効性を類推するうえで不可避の作業であると思われるので,本稿においてあえ て重複をいとわず再掲するものである。

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〈研究ノート〉企業価値創造にとってのスカンディア・ナビゲータの有効性 91 た問題を解決することが可能となる」(カプラン他[1997]92頁)。すなわち, バランスト・スコアカードは,上述のような「時代の要請に応えようとして開 発された,戦略経営時代の革新的マネジメント・システム」(吉川[2001]34 頁)なのである。 周知のように,バランスト・スコアカードでは,「財務」,「顧客」,「内部業 務プロセス」,「学習と成長」という4つの視点から業績が観測される。まず1 つめの財務の視点は,企業の過去を表している。「財務指標は,〔企業が〕すで にとった行動の経済的結果を即座に要約するのに便利である。〔しかも〕財務 業績指標は,企業戦略の立案と執行が業績の改善に貢献しているかどうかを表

す測定尺度の役割を果たしている」(Kaplan and Norton[1996]p.25)のであ

る。2つめの顧客の視点および3つめの内部業務プロセスの視点は,企業の現

在を表すものである。顧客の視点は,「適切に立案し執行した戦略によるすば

らしい成果を評価するための〔……〕業績評価指標を含んでいる」(Kaplan and

Norton[1996]p.26)。また内部業務プロセスの視点は,「他社に比べて秀でて

いなければならない重要な業務プロセス」(Kaplan and Norton[1996]p.26)

を明らかにするものである。すなわち「内部業務プロセスの指標は,顧客満足 度に大きなインパクトを与え,企業の財務目的を達成するような内部プロセス

に焦点をあてている」(Kaplan and Norton[1996]p.27)のである。さらに4

つめの学習と成長の視点は,企業の将来を表すものである。すなわち,これは, 「長期の成長や向上を確保するために企業が構築しなければならない基盤を明

らかにする」(Kaplan and Norton[1996]p.28)ものである。

これに対して,スカンディア・ナビゲータは,「財務」,「顧客」,「プロセス」,

「革新・開発」,「人材」という5つの視点からなっている。まず財務の視点は,

「企業の過去であり,特定の時点で企業がどこに位置したのかを正確に測った

もの」(Edvinsson and Malone[1997]p.68)である。この財務の視点は,スカ

ンディア・ナビゲータの5つの視点のなかで唯一の財務的領域に関する視点で

ある。顧客の視点は,「顧客との多種多様な関係」(Ashton[2005]p.64)を示

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92 戸田俊彦教授退職記念論文集(第365号) 平成19(2007)年3月 の効率や有効性に関係している」(Ashton[2005]p.64)。革新・開発の視点は, 「人材の視点・プロセスの視点・顧客の視点の領域を現在において支援し将来 において改善するためにおこなわれた投資に関係」(Ashton[2005]p.64)す るものである。そして人材の視点は,「顧客ニーズをつかんだり,また別の価 値付加的サービスを組織に提供したりできるようにする従業員の知識・技能・ 能力に関連」(Ashton[2005]p.64)するものである。 以上のように,バランスト・スコアカードおよびスカンディア・ナビゲータ のそれぞれに含まれる視点をみる限り,両者はきわめて似通ったものになって いる。これは,スカンディア・「ナビゲータは,Edvinsson が中心となり Kaplan と Norton の BSC(本稿にいう「バランスト・スコアカード」のこと,以下同 様)をベースとして独自開発したシステム」(望月[2006]31頁)であるから である。したがって,スカンディア・ナビゲータは「BSC の一類型として位 置づける」(望月[2006]31頁)ことができるのである。 とはいうものの,両者はまったく同一のものであるというわけではない。Ash-ton[2005]は,両者の相違点として,次の2点をあげている(Ashton[2005] p.87)。 ・人材の視点がバランスト・スコアカードでは独立の範疇にはなっておら ず,学習と成長に含まれている。 ・ナビゲータにおける革新・開発の視点の一部は,バランスト・スコアカー ドの内部業務プロセスの範疇に,とりわけ『革新プロセス』という下位範 疇に含まれる。 また望月[2006]は,両者の相違点として,次の2点をあげている(望月[2006] 31頁)。 ・BSC はトップダウン型であるのに対して,ナビゲーターはボトムアップ 型である。 ・視点(フォーカス)の配置に関して BSC の「学習と成長の視点」に該当 するものとして「革新・開発」及び「人材」の2つのフォーカス(視点) を配置している。

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〈研究ノート〉企業価値創造にとってのスカンディア・ナビゲータの有効性 93 これらの相違のなかでも,Ashton[2005]と望月[2006]の両者がともに, 人材の視点が独立していることをあげている点は,特筆に値するであろう。こ の点に関して,Olve et al.[2003]は,人材の視点を独立させるに至った理由お よびその意義を以下のようにのべている(pp.40―41)。 スカンディアでは,この〔人材の〕視点をモデルに追加するにあたって, いくつかの議論があった。1つには,人的資源は組織のなかでもっとも重 要な資源であるとみなされていることを強調するために,人材の視点が独 立に必要であったのである。したがって,当該視点はモデルの中心に位置 している。人材の視点に関するもう1つの議論は,人材の視点には他の視 点の領域の価値を増大させるという乗数効果が組み込まれているとスカン ディアの経営陣が唱えていたというものである。人材の視点を可視化する ことによって,この増大の結果がよりいっそう明確になるのである。 以上によって,バランスト・スコアカードおよびスカンディア・ナビゲータ の異同関係が明らかになったものと思われる。では,以下では節を改めて,こ れまでに明らかにされたバランスト・スコアカードの有効性についてみていく ことにしたい。 ! バランスト・スコアカードの有効性をめぐる先行研究 内外を問わずバランスト・スコアカードに関する研究は枚挙に暇がないが, その有効性に関する研究については,規範的な議論を展開するものがほとんど であり,実証的な研究はけっして多いとはいえない。本節では,その数少ない 実証的な研究をみていくことにしたい。 1.顧客満足が財務業績に与える影響(Banker et al.[2000]) 本研究は,インセンティブ契約に顧客満足という非財務指標を組み込むこと によって業績にいかなる影響があるのかを検証したものである。本研究では, 18のホテルを経営するホテルチェーンの72ヶ月に渡るデータが用いられ,その 影響が実証的に検討されている。 その結果,「顧客満足という非財務指標は,将来の財務業績を予測するのに

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94 戸田俊彦教授退職記念論文集(第365号) 平成19(2007)年3月 役立」(Banker et al.[2000]p.86)ち,「顧客満足の指標は〔……〕将来の財務 業績と密接な関係がある」(Banker et al.[2000]p.89)ことが明らかにされて いる。しかも,「顧客満足は当期の財務業績ではなく将来のそれに影響を与え る」(Banker et al.[2000]p.82)ことも明らかにされている。また,「マーケティ ングの文献によれば,顧客満足の上昇が利益の増大に結びつきうるのは,企業 が価格をあげて儲けを大きくすることができるからであり,そして/あるいは, 再び〔同一の顧客との〕取引がおこなわれるからであるといわれている」(Banker et al.[2000]p.84)が,本研究では後者の取引高(ホテル業界では稼働率)の 影響が効いているという。 また本研究では,業績をあげるうえで顧客満足が重要であるということにホ テルの管理者は気づいてはいたが,その関係のタイミングや深さがわからない がゆえに,顧客満足指標がインセンティブ契約に組み込まれるまで,顧客満足 を向上させるために努力することがいかによいかを管理者が実感できなかった ことが明らかにされている(Banker et al.[2000]p.90)。このことは,「バラン スト・スコアカードを実践することによる重要な効果は,管理者の裁量と将来 の財務業績との関係のタイミングや深さを理解できることであるというキャプ ランとノートンの〔……〕主張と首尾一貫している」(Banker et al.[2000]p. 90)のである。 2.バランスト・スコアカードが財務業績に与える影響

(Davis and Albright[2004]) 本研究は,バランスト・スコアカードの採用によって財務業績がいかに改善 されるのかを検証したものである。本研究では,アメリカ南東部にある銀行の 各支店の1999年6月から2001年6月までのデータが用いられ,バランスト・ス コアカードを採用したグループと採用しなかったグループとの間で9つの財務 数値(貸付残高,無利息の預金額,貸付利率,受取利息以外の収益,純損失処 理額,預金利子率,支払利息以外の費用,貸借契約違反率,収益/給料)を統 合した指標にいかなる違いがあったのかが検討されている。 その結果,バランスト・スコアカードを採用したグループの業績の方が採用

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〈研究ノート〉企業価値創造にとってのスカンディア・ナビゲータの有効性 95

しなかったグループの業績よりもはるかに改善され,「バランスト・スコアカー

ドを採用することによって,〔……〕〔上記の9つの〕財務数値を統合した指標

に著しいプラスの影響があった」(Davis and Albright[2004]p.149)ことが明

らかにされている。すなわち,「財務指標のみに注目する従来の業績測定シス

テムと比べ,バランスト・スコアカードの技法は財務業績の改善を促しうる」

(Davis and Albright[2004]p.150)ことが立証されているのである。

3.バランスト・スコアカードと企業規模や市場要因との関係

(Hoque and James[2000]) 本研究は,企業規模・製品ライフサイクルの段階・市場シェアと,バランス ト・スコアカードの利用とがいかなる関係にあるのか,またそれにともなって, 企業業績とバランスト・スコアカードとの関係を検証したものである。本研究 は,66に及ぶオーストラリアの製造業の企業の経理部長にアンケート調査をお こない,上述の関係が検証されている。本研究では,企業業績として,投資利 益率,売上高利益率,操業度,顧客満足,製品品質という5つの指標が想定さ れている。 その結果,「バランスト・スコアカードをよく利用している〔企業〕ほど, 企業規模が大きく,また製品ライフサイクルが初期の段階であるという仮説は

支持された」(Hoque and James[2000]p.10)が,「バランスト・スコアカー

ドをよく利用している〔企業〕ほど,市場シェアが高いという仮説は支持され

なかった」(Hoque and James[2000]p.10)。また,企業規模が大きい/製品

ライフサイクルの段階が初期である/市場シェアが大きい方が,バランスト・ スコアカードの利用が企業業績に及ぼす影響はプラスに大きいという仮説は棄

却されたことから,「バランスト・スコアカードをよく利用している〔企業〕

ほど企業業績は優れているものの,この相関関係は企業規模や製品ライフサイ

クルや市場シェアに有意に起因するものではない」(Hoque and James[2000]

p.12)ということが明らかにされている。

さらに,「企業規模はバランスト・スコアカードのすべての視点と〔……〕

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クルの段階はバランスト・スコアカードの革新〔すなわち学習と成長〕の視点

とのみ相関している」(Hoque and James[2000]p.10)ことが明らかにされて

いる。 4.業績評価における主観性(Ittner et al.[2003]) 本研究は,相反する業績尺度(財務業績尺度と非財務業績尺度,定量的業績 尺度と定性的業績尺度など)が,主観的なバランスト・スコアカードにもとづ くボーナス制度のなかで,どのように重みづけられているのかを検証したもの である。本研究では,アメリカの金融機関のデータにもとづいて考察がなされ ている。 その結果,「非財務的尺度につけられた重みは,その尺度が業績の将来の変 化を予測できることを示すものであるという仮説を裏づける証拠はほとんどな い」(Ittner et al.[2003]p.746)ことが明らかにされている。そして,「バラン スト・スコアカードにもとづくボーナス制度において尺度を主観的に重みづけ ることは,管理者が多くの業績尺度を無視することを可能にしてしまい,結局 は,財務業績がボーナスの主たる決定要因となった」(Ittner et al.[2003]p.753) という。 5.一般的な業績尺度と固有の業績尺度が業績評価に与える影響

(Lipe and Salterio[2000]) 本研究は,企業内の複数の単位に適用できる一般的な業績尺度と特定の単位 にしか適用できない固有の業績尺度とからなるバランスト・スコアカードが, 管理者の業績評価にどのような影響を与えるのかを検証したものである。本研 究では,58人の M.B.A. の学生を対象として実験がおこなわれ,上記の影響が 考察されている。 その結果,「一般的尺度にもとづく業績の方が管理者の評価に影響を与えた

のに対し,固有の方は影響を与えなかった」(Lipe and Salterio[2000]p.293)

ことが明らかにされている。そして,この「一般的尺度の方が固有の尺度を凌 駕するという〔……〕見解は,バランスト・スコアカードの場合についてもあ

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そもそも「バランスト・スコアカードは非財務的尺度を経営判断や意思決定に

組み込むことを明示的におこなったものであるにもかかわらず,〔個々の部署

に固有の〕非財務的な事前の尺度を軽視することは,バランスト・スコアカー

ドのその目的を台無しにする」(Lipe and Salterio[2000]p.294)ことを意味す

る。

6.コミュニケーション,コントロールとバランスト・スコアカードの有効性 (Malina and Selto[2001]) 本研究は,戦略的コミュニケーション・ツールおよび戦略的マネジメント・ コントロール・ツールとしてのバランスト・スコアカードの有効性を検証した ものである。本研究は,バランスト・スコアカードの設計者,管理者,利用者 に対するインタビュー調査にもとづいている。 その結果,「少なくとも,ある〔……〕状況の下では,戦略を発展させ,伝 達し,実践する重要な機会をバランスト・スコアカードはもたらす」(Malina and Selto[2001]p.74)ことが明らかにされている。管理者は,次のような場合 には,バランスト・スコアカードに好意的に反応し,その意味に注意を払うと いう(Malina and Selto[2001]p.75)。

・戦略や,変化・修正・改善に対する信頼のおける指針と連携させて,効果 的にバランスト・スコアカードの要素が測定されるとき。 ・バランスト・スコアカードが,効果的な経営の必要性を反映した包括的な 業績尺度であるとき。 ・バランスト・スコアカードの要因がお互いに因果関係をもっており,有意 義な報酬と結びついているとみなされているとき。 ・バランスト・スコアカードの基準は評価に適しており,変化のための有効 な指針となるとき。 ・バランスト・スコアカードの相対的な業績が,改善のための指針となると き。 しかしながら,「次のような要因は,バランスト・スコアカードの理解に悪 影響を与え,企業と利用者との間に重大な対立や緊張を生じさせることが明ら

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98 戸田俊彦教授退職記念論文集(第365号) 平成19(2007)年3月

かにされた」(Malina and Selto[2001]p.75)。 ・尺度が不正確であったり,主観的であるとき。 ・バランスト・スコアカードに関するコミュニケーションが一方向(すなわ ち,トップ・ダウン型であり,参加型でない)であるとき。 ・基準が適切ではないにもかかわらず評価に用いられているとき。 要するに,「バランスト・スコアカードの要素がしっかりと設計され,〔……〕 効果的に伝達された場合には,バランスト・スコアカードは下層の管理者が企 業戦略に従って行動するように動機づけ,また影響を及ぼすようである」

(Ma-lina and Selto[2001]p.49)が,「バランスト・スコアカードの設計を誤ったり,

その伝達が戦略的にできなかった場合には,〔企業の〕上層部と中間管理者と

の関係にマイナスの影響を与える」(Malina and Selto[2001]p.49)のである。

7.多様性と主観性が業績評価に与える影響(Moers[2005]) 本研究は,業績尺度の多様性や主観性が業績評価の偏向にいかに影響を及ぼ すのかを検証したものである。ここで業績尺度の多様性とは,「動機づけのた めに複数の業績尺度を用いること」(Moers[2005]p.68)をいい,また業績 尺度の主観性とは,「質的な業績指標についての上司の主観的な判断」(Moers [2005]p.68)のことをいう。本研究では,オランダの造船関連の個人企業の データが用いられている。 その結果,評価の甘さに関して,「主観性が入った場合には上司はより甘い 業績評価をおこなっている」(Moers[2005]p.75)こと,および「複数の客 観的な業績尺度を用いた場合には上司はより甘い業績評価をおこなっている」 (Moers[2005]p.75)ことが明らかにされている。また評価のばらつきの幅 に関しては,「主観的な側面にもとづいて業績を評価した方が,客観的な側面 にもとづいて業績を評価するよりも,より中央値に近い」(Moers[2005]p. 77)こと,および「複数の客観的な業績尺度を用いた方が,より業績のばらつ きの幅が狭くなる」(Moers[2005]p.77)ことが明らかにされている。 「業績尺度の多様性は,より甘い業績評価をもたらし,従業員間の〔評価の〕 ばらつきが狭くなる結果となる」(Moers[2005]p.79)。「したがって,バラ

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〈研究ノート〉企業価値創造にとってのスカンディア・ナビゲータの有効性 99 ンスト・スコアカードは多くの業績尺度を含んでいるため,上司が当該尺度の 重みづけを自由におこなえるのであれば,業績評価および報酬のためのシステ ムとしてバランスト・スコアカードが有効であるかどうかは疑わしい」(Moers [2005]p.79)という。また,「従業員を評価して報酬を与える際に主観性が 介在すればするほど,上司はより高い業績評価をおこない,そのばらつきは狭 くなる。その結果,企業は高い技能をもった従業員とそうでない従業員とを区 別できなくなってしまう」(Moers[2005]p.79)のである。 8.バランスト・スコアカードの概念およびその実施状況の体系的整理 (Speckbacher et al.[2003]) 本研究は,バランスト・スコアカード概念を基本的なものから応用的なもの まで3種類に分類し,バランスト・スコアカードの内容および利用についての 偏りのない姿を描き出そうとしたものである。本研究は,ドイツ・オーストリ ア・スイスのドイツ語圏にある174の公開会社に対するアンケート調査にもと づいている。 多くの知見のなかでも,「質問を受けたほぼすべての企業が,『財務』,『顧客』, 『内部業務プロセス』という3つの〔……〕視点を用いている」(Speckbacher et al.[2003]p.370)のに対して,「3分の2未満の企業しか『学習と成長』の 視点は用いていない」(Speckbacher et al.[2003]p.370)ことは注目に値する。 また,「長期的な企業業績の向上」,「非財務的業績要因の重視」,「株主価値に もとづいた経営システムの支援」の3つが,バランスト・スコアカードの効果 としてとくに重要であると考えられているという(Speckbacher et al.[2003]p. 376)。さらには,バランスト・スコアカードがステークホルダーのための経営 を支援することや,無形資産への投資を促進することは,注目されていないと いう。これに対して,「バランスト・スコアカードは,とりわけ,株主価値概 念のフレームワークのなかでの財務業績を向上させるツールとして用いられて いる」(Speckbacher et al.[2003]p.376)ことが明らかにされている。 またバランスト・スコアカードを採用しない,あるいは採用をやめた理由と しては,「既存のマネジメント・システムにすでに同様の技法が含まれている

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100 戸田俊彦教授退職記念論文集(第365号) 平成19(2007)年3月 ため,採用のメリットを感じない」(Speckbacher et al.[2003]p.380)こと,「バ ランスト・スコアカードの導入にともなう苦労が大きすぎる」(Speckbacher et al.[2003]p.380)こと,「期待されるメリットが不確かすぎる」(Speckbacher et al.[2003]p.380)こと,「(市場が違ったり,多様な生産プロセスや顧客構造 をもった)別々の部署〔の業績〕を下位グループや企業レベルのグループに統 合すると,ほとんど必然的に,純粋な財務尺度になってしまう」(Speckbacher et al.[2003]p.380)ことなどがあげられている。 ! スカンディア・ナビゲータの有効性 前節でみたバランスト・スコアカードの有効性に関する先行研究を大別する と,その有効性に肯定的なものは Banker et al.[2000],Davis and Albright[2004], Hoque and James[2000]5)であり,否定的なものは Ittner et al.[2003],Lipe and Salterio[2000],Moers[2005]であり,Malina and Selto[2001],Speckbacher

et al.[2003]はその中間となっている。この結果をみる限りでは,スカンディ ア・ナビゲータの有効性を即断するわけにはいかないであろう。 Banker et al.[2000]で明らかにされた顧客満足が財務業績にプラスの影響を 与えることは,「顧客満足は,顧客の定着率の向上にも収益の増大にも関係し ている」(Ashton[2005]p.78)という近隣諸科学における先行研究と整合的 である。これに対して,近隣諸科学の先行研究においては「R&D 支出は,売 上拡大・株価収益・時価簿価比率などの財務的成果と正の相関をもっている」

(Ashton[2005]p.84)とされているが,Speckbacher et al.[2003]によればバ

ランスト・スコアカードで学習と成長の視点が用いられている割合は他の視点 と比べて低く,バランスト・スコアカードが無形資産への投資を促進すること

も注目されておらず,整合的ではない。とはいえ,Hoque and James[2000]

によれば製品ライフサイクルの段階と学習と成長の視点との相関が指摘されて

5)ただし Hoque and James[2000]は,バランスト・スコアカードと業績の関係を直接的に 検証しているわけではなく,バランスト・スコアカードを採用している企業の業績のよさ が企業規模などに起因しているかどうかを検証している点に注意が必要である。

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〈研究ノート〉企業価値創造にとってのスカンディア・ナビゲータの有効性 101 いるので,未成熟な製品を多く扱う企業においてはスカンディア・ナビゲータ の有効性が期待される。さらには,業績尺度の主観性・多様性・固有性の問題 は,いずれも非財務的尺度を導入するというスカンディア・ナビゲータの根幹 の否定につながりかねない問題であり,さらなる慎重な検討が必要である。 前節でえられた知見をふまえ,スカンディア・ナビゲータの有効性を高める ためには,その設計や実践において,以下のことに配慮する必要があるであろ う。まず第1には,スカンディア・ナビゲータ特有の特徴である人材の視点に ついてである。Ashton[2005]では,人的資源と人的資源の実践とを明確に区 別することが重要であり,最近の研究では人的資源それ自体よりも人的資源の 実践に対象が移ってきているとのべられていた(pp.75―77)。さらに人的資源 の実践は技術的な側面と戦略的な側面とに分かれるという。近隣諸科学におけ る先行研究によれば,「戦略的活動の方が企業の業績と強い関連をもっている ということが,〔……〕明らかになっている」(Ashton[2005]p.77)という。 したがってスカンディア・ナビゲータを実務において設計する際には,戦略的 マネジメント・コントロールの支援を促進するようにコミュニケーションの円 滑化が必要であると思われる。さらには上述の人的資源の実践における技術的 側面には個人の業績評価や報酬などが含まれるが,報酬制度にバランスト・ス

コアカードを組み込んだ先行研究(Malina and Selto[2001])から類推すると,

スカンディア・ナビゲータの要因がお互いに因果関係をもっており,有意義な 報酬と結びついているとみなされているならば,その有効性が期待できるであ ろう。ただし Ittner et al.[2003]にもあるように,主観性が介在する余地が大 きい場合にはスカンディア・ナビゲータは有効ではなくなる可能性があると考 えられる。 第2には,スカンディア・ナビゲータの実践にあたっての主観性の介在につ いてである。Ittner et al.[2003],Malina and Selto[2001],Moers[2005]によ れば,主観性が介在する余地が大きければ,業績にマイナスの影響を及ぼすと いう。スカンディア・ナビゲータには定性的な情報である非財務的尺度が含ま れるため主観性が介在する余地があることは否定できない。かといって非財務

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102 戸田俊彦教授退職記念論文集(第365号) 平成19(2007)年3月

的尺度を除くと,Lipe and Salterio[2000]がバランスト・スコアカードについ

てのべているのと同様に,非財務的尺度を含むというスカンディア・ナビゲー タの利点を否定することになってしまう。したがって,スカンディア・ナビゲー タの実践においては,主観性ができる限り入らないようにすることが求められ る。例えば,その対策として,複数の管理者による評価などが考えられるであ ろう。 第3には,スカンディア・ナビゲータの設計にあたっての指標の多様性につ いてである。Moers[2005]によれば,業績尺度の多様性はバランスト・スコ アカードの有効性にマイナスの影響を及ぼすという。上述の主観性の問題と同 様に多様性はスカンディア・ナビゲータの利点の1つであるため,業績指標の 適正な数については慎重に判断しなければならない。 ! おわりに 「スカンディア・ナビゲータは,革新的な経営・事業展開をおこなっていく 際の指針となるように開発されたものであった。〔……〕このナビゲータは, 実効性のある立案や戦略的革新を支援する経営ツールなのである」(Edvinsson and Freij[1999]p.196)。このことは,スカンディア・ナビゲータがバランス ト・スコアカードをもとにして開発されたものであることを考えれば,何ら不 思議ではないであろう。スカンディア・ナビゲータの意義と限界もまた,同一 ではないにせよ,バランスト・スコアカードのそれに起因している。バランス ト・スコアカードの有効性に関する先行研究から類推されるスカンディア・ナ ビゲータの有効性は前節でみたとおりである。 ただし,本稿での考察には以下のような限界がある。まず第1には,取り上 げた先行研究の数が少ないことである。スカンディア・ナビゲータの有効性を 実証した研究はいうに及ばず,バランスト・スコアカードの有効性を実証した 研究も数が限られている。これら少数の研究からえられた結論は,あくまでも 暫定的なものでしかない。第2には,本稿で取り上げた先行研究は,特定の国 のデータにもとづいたものであるということである。国ごとに異なる文化や社

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〈研究ノート〉企業価値創造にとってのスカンディア・ナビゲータの有効性 103 会制度などについては考慮されていないため,本稿での結論を単純に一般化す るのは慎重でなければならない。そして第3には,バランスト・スコアカード とスカンディア・ナビゲータの相違点の検討が不十分であるかもしれないこと である。Speckbacher et al.[2003]でのべられているようにバランスト・スコア カードの概念は多様に用いられているため,見過ごされている違いによって, スカンディア・ナビゲータの有効性に関して何らかの影響が生じてくるかもし れない。これらの点の立ち入った検討については,今後の課題としたい。 参考文献

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