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「奉公人」の旅

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Academic year: 2021

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「奉公人」の旅

「旅」という詞から連想される想いは、人それぞれの人生経験により異なったものがあるでしょう。近 世の「近江商人」に奉公に上がった子供たちにとって、「旅」は多くの場合、「商内」と結びつくものでした。 文政六年(1823年)8月、代表的な近江商人である日野の中井源左衛門は、「家定録」という店則の なかで、 可愛い子に旅させよと言うことであるが、旅は物憂きならい、世界の者の憐れみを知り、金銀の大切 なることを弁(わきま)え知るものである。空しさを知る者は空しさに逢わず、不自由なる事を知るものは 不自由に逢わず、かえって不自由を堪えるものは何事に逢っても痛みなく、立身の便りになるものであ る。壱銭なくては小河も渡ることはできないことだから、金銭の徳をよくよく弁えれば、無益なることには 壱銭も費やされぬものであると記しています。これは主人である中井源左衛門が入店間もない「子供」 (丁稚)に向けて奉公すること、すなわち労働することの動機付けを鼓舞した一条に付則する文章とし て示したものの一節です。 「可愛い子には旅させよ」という諺は、すでに江戸時代では一般的であったことがよく分かるのですが、 現代社会では「可愛い子」に「なぜ旅をさせるのか」ということの説明は、案外と考えていないものです。 中井源左衛門を初めとする近江商人は、実社会における経験を経ることによって、「憐れみ」「金銀の 大切さ」「空しさ」「不自由」を知ること、そのことが「立身」するための重要な要素であることを諭したわ けです。「立身」とは、近江商人にあっては店内の職階を昇進することでした。この「旅」は、決して楽な ものではありませんでした。しかし、終着駅には自営者としての世界が待ち受けていました。 「旅」は物見遊山・遊興という側面があるとともに、一人の人間として人生を生きていくということでも ありました。「旅」には苦楽がつきものですが、今回の展示は前者の「旅」に焦点を当てたものです。ひ とまず、「楽」の世界を楽しんでいただき、「苦」にも想いを馳せていただければ幸いです。 (史料館長 宇佐美英機)

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