Title 精神的ストレスがマウスの血小板凝集能に及ぼす影響に関する研究( 本文(Fulltext) ) Author(s) 松久, 葉一 Report No.(Doctoral Degree) 博士(獣医学) 甲第425号 Issue Date 2014-09-24 Type 博士論文 Version ETD URL http://hdl.handle.net/20.500.12099/50395 ※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。
精神的ストレスがマウスの血小板凝集能に
及ぼす影響に関する研究
2014 年
岐阜大学大学院連合獣医学研究科
(帯広畜産大学)
松 久 葉 一
精神的ストレスがマウスの血小板凝集能に
及ぼす影響に関する研究
目次 序論--- 第1 章 精神的ストレスが血小板凝集能に及ぼす影響--- 諸言--- 材料と方法--- 結果--- 考察--- 小括--- 第2 章 慢性精神的ストレスによる血小板凝集能亢進のしくみ--- 諸言--- 材料と方法--- 結果--- 考察--- 小括--- 第3 章 慢性精神的ストレスによる血小板凝集能亢進とストレス ホルモンの関係--- 諸言--- 材料と方法--- 結果--- 考察--- 4 6 7 9 12 14 16 17 18 19 24 28 31 32 33 34 38 40
小括--- 結論--- 謝辞--- 文献--- 図表--- 要旨 (和文) --- 要旨 (英文) --- 42 43 45 46 54 74 77
4 序論 精神的ストレスは神経, 内分泌および免疫機能を調節することにより動物の 行動や恒常性を変化させることはよく知られている。ストレスは急性心筋梗塞 (30, 40) や冠動脈疾患 (31) のような循環器疾患の進行にも役割を果たすこと が報告されている。ストレスに対する生物学的反応は視床下部—下垂体—副腎皮 質系および交感神経—副腎髄質系の両方の活性化に関連する。結果として, glucocorticoid および catecholamine が副腎皮質あるいは交感神経終末と副腎髄 質からそれぞれ放出される (28)。これらのストレスホルモンは生体を防御する とともに攻撃作用ももち, 短期的には適応に必須であるが, 長期的には疾病の 進行を促進しうる (22, 23)。 血小板は止血に重要な働きをし, 炎症, 免疫反応および感染防御にも関与す る (36)。しかし, 血小板は血栓形成, 動脈硬化の発展および癌の進行にも関与す る (24)。血小板は骨髄から放出され, 有意な刺激がなければ約 1 週間血液中を 循環する。血小板は一度血管壁損傷部位に粘着するか, あるいは血漿中で thrombin や ADP のようなアゴニストにより刺激されると, 活性化され, 急激な 形態変化, 凝集および顆粒分泌を導く。Ca2+は血小板活性化に重要な役割を果た す。増加した Ca2+は複数のシグナルイベントを活性化させ, アクチンミオシン の相互作用, protein kinase C (PKC) の活性化, カルモジュリンによる反応, NO 合成および Ca2+依存性プロテアーゼを含む分子の活性化を引き起こす (17)。 活性化した血小板において濃染顆粒より分泌されるADP および細胞質で産生さ れる thromboxane A2はフィードバック因子として周囲の血小板に働き活性化 を拡大させる。血小板機能の亢進は循環器疾患の発症リスクを増加させ (11), 特に精神的ストレスとの関連が示されている急性冠症候群やアテローム動脈硬
5 化性脳卒中などのアテローム血栓症の発症に関与する (21, 39)。 精神的ストレスは血小板に対して凝固促進作用をもつIL-6 の血中濃度を増加 させることが知られている (42)。Grignani et al. (9) は暗算による急性ストレ スが血小板凝集能を増加させることを報告している。一方, Malyszko et al. (19) およびTakeda et al. (37) は急性の拘束浸水および冷所拘束ストレスが血小板 凝集能を低下させることを示している。しかし, Knöfler et al. (15) は肢への電 気ショックによる急性ストレスが血小板凝集能に影響を及ぼさないことを実証 している。これらの違いは研究間におけるストレス条件や血小板凝集測定方法 等の様々な違いによると考えられる。さらに著者の知る限り, 血漿中の凝集に関 与する各種因子の影響を除去して急性および慢性ストレスが血小板凝集能に及 ぼす影響を調べた報告は見当たらない。それゆえ本研究において, 精神的ストレ スとして常用されている移動 (27) および拘束 (1, 8) ストレスを負荷したマウ ス由来の洗浄血小板を用いて, アゴニストによる血小板凝集能に及ぼす急性お よび慢性ストレスの影響を調べた。
第
1 章
7 諸言 精神的ストレスは動脈硬化を基盤にして起こる血栓症である急性冠症候群や アテローム動脈硬化性脳卒中などの循環器疾患の発症に関与することが報告さ れている (21, 39)。ストレス負荷時の IL-6 などの血液凝固あるいは血小板凝集 に関与する血液中の因子の増加が確認されており (42), 血液中の環境の変化に より血栓形成が亢進していることが示されている。また同様に血液中の血小板 活性化の指標である β-thromboglobulin などの血中濃度がストレス時に増加す ることも報告されている (20)。これらの報告は血液凝固の亢進を示し, 間接的 に血小板活性化の亢進も示唆するものであるが, 血小板機能の変化を直接捉え たものではない。 血小板活性化機能には主に形態変化, 顆粒分泌および凝集があり, 特に凝集 は血小板機能の指標として多くの研究で用いられている。精神的ストレスを含 む各種ストレスが血小板凝集能に及ぼす影響に関してはいくつかの報告があり, 暗算による精神的ストレスはヒトの血小板凝集能を亢進するが (9), 急性の拘 束浸水ストレス (19) あるいは冷所拘束ストレス (37) はラットの血小板凝集 能を抑制する。また急性の電気ショック刺激がラットの血小板凝集能に影響を 及ぼさないという報告もある (15)。これらの結果の不一致は研究間の動物, ス トレス条件および凝集測定方法の違いによるものと考えられる。前述の研究は 全て血小板凝集測定時に全血あるいは多血小板血漿 (PRP) を用いて行った実 験であり, 血液中の多種の凝集に関連する因子の影響を除外して血小板自身の 機能変化について調べた研究ではない。また, 全てが急性ストレスに関する研究 であり, 著者の知る限りでは慢性ストレスによる影響については調べた報告は 見当たらない。よって本章では精神的ストレスモデルとして常用されている移
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動 (27) および拘束 (1, 8) ストレスを負荷したマウスの血小板を用いて, 急性 および慢性ストレスが血小板凝集能に及ぼす影響について検討した。
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材料と方法
試薬
Thrombin および fibrinogen を Sigma Aldrich (St. Louis, MO)より, HEPES を同仁科学研究所 (熊本) より, ADP を和光純薬工業株式会社 (大阪) よりそれ ぞれ購入した。その他の試薬については特級および一級のものを用いた。
血漿代用液
血小板の洗浄および凝集能の測定には, Ca2+除去血漿代用液としてHEPES 緩
衝液(125 mM NaCl, 5 mM KCl, 1.2 mM NaH2PO4, 1.2 mM MgCl2, 5 mM
NaHCO3, 6 mM glucose, 25 mM HEPES, 1% albumin, pH 7.4)を用いた。
動物 動物として ddY 系の雄性マウス (日本 SLC, 静岡) を用いた。マウスを一定 の温度 (22 ± 2℃) および明暗条件下 (明期: 7:00 ~ 19:00) で, 4 ~ 6 匹ずつポ リプロピレンのケージ (縦 37 cm × 横 21 cm × 高さ 24 cm) において飼育した。 餌 (CE-2, CLEA) および水についてはストレス負荷時を除いて自由摂取を行わ せた。なお, 全ての実験は国立大学法人帯広畜産大学動物実験等に関する規程に 基づいて行われた。 ストレス負荷 マウスを 9 週齢時に無作為に対照群 (Control), 急性ストレス群 (Acute Stress) および慢性ストレス群 (Chronic Stress) の 3 群に分けた (Figure 1-1)。 慢性ストレス群についてはマウスを飼育室より拘束ストレス負荷を行う部屋へ
10 移動し, 1 匹ずつポリエチレンの通気口を装備したチューブ (直径 4 cm × 長さ 8 cm) に容れ拘束し, 終了後再び飼育室に戻した。慢性ストレスとして 9 週齢よ り3 週間連続して毎日 2 時間, 10:00 ~ 15:00 の間に負荷した (33)。そして最終 ストレス負荷の翌日採血を行った。急性ストレス群のマウスについては12 週齢 時に8:00 より 2 時間, 慢性ストレス群と同様の方法で単回のストレスを負荷し た (32)。そして拘束ストレス負荷終了後 15 分間飼育ケージにて安静にした後, 採血を行った。本実験で用いた拘束ストレスはマウスに物理的な圧迫や傷害を 与えない。対照群については飼育ケージにて12 週齢まで安静状態で飼育し, 採 血した。慢性ストレス負荷期間中, 対照群および慢性ストレス群のマウスの体重 および摂餌, 摂水量を毎日測定した。 血漿corticosterone 濃度測定 概日リズムによる血漿 corticosterone 濃度の変動を避けるために, 採血を 8:00 ~ 10:00 の間に行った (Figure 1-1)。麻酔ジャーを用いた isoflurane 麻酔 下でsodium citrate 添加 (9:1, v/v) シリンジを用いて腹大静脈より採取した血 液から遠心 (380 × g, 5 分間) により血漿を分離し-80℃で冷凍保存した。血漿 corticosterone 濃度については Glick et al. (7) の方法で測定した。すなわち, 200 μl の血漿に 900 μl の isooctane を加え撹拌し, 300 × g, 5 分間の遠心後, 上層の Isooctane 層を除去した。その後 900 μl の chloroform を加え, 良く撹拌し, 300 × g, 5 分間の遠心を行った。上層を除去し, 下層の chloroform 層を 800 μl を回 収し, それに 320 μl のアシッドアルコール (65% H2SO4, 35% Ethanol) を加え 撹拌した。300 × g, 5 分間の遠心後, 下層のアシッドアルコール層をキュベット に移し, FP-770 型分光蛍光光度計 (日本分光工業株式会社, 東京) を用い励起波 長 350 nm, 蛍 光 波 長 520 nm で 蛍 光 強 度 を 測 定 し た 。 測 定 後 , 血 漿
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corticosterone 濃度を標準曲線より算出した。
マウス血小板分離
麻酔ジャーを用いたisoflurane 麻酔下で sodium citrate 添加 (9:1, v/v) シリ ンジを用いて腹大静脈より採血した (Figure 1-1)。採取した血液を室温におい て380 × g, 5 分間の遠心後, 上清を回収し, 1,200 × g, 5 分間の遠心を行った。分 離された血小板のペレットを1 ml の血漿代用液に懸濁し, 1,200 × g, 5 分間の遠 心洗浄を 3 回行った。得られた血小板を血漿代用液に再懸濁し, 1.0 × 108 platelets/ml に調整した。 血小板凝集能測定 血小板凝集能測定をBorn (3) の方法に従って行った。すなわち, 0.5 ml の血 小板懸濁液 (1.0 × 108 platelets/ml) に 1 mM CaCl2を添加後10 分間インキュ
ベーションを行い, thrombin (0.01 ~ 0.5 U/ml) あるいは ADP (0.1 ~ 10 µM)で 刺激し, 最大 18 分間, 37℃および 1000 rpm の条件下で, 透過光法により CAF-110 型細胞内イオン測定装置 (日本分光工業株式会社, 東京) を用いて凝 集を測定した。さらに血漿代用液を 100%, 血小板懸濁液を 0%として, 凝集能 を算出した。なおADP による凝集については 0.1% fibrinogen 存在下で測定し た。 統計処理 全てのデータを平均 ± 標準誤差で示した。統計学的有意差については Student’s t-test, Dunnett’s test あるいは two-way ANOVA の後に Tukey’s post hoc test により検定した。なお危険率 P < 0.05 を有意とした。
12 結果 体重, 摂餌量および摂水量 慢性ストレスの生理学的な影響を確かめるために, ストレス負荷期間中のマ ウスの体重, 摂餌量および摂水量を測定した。慢性ストレス群の負荷期間中の体 重増加率は対照群に比較して低下した (F1,476 = 97.78, P < 0.05, Figure 1-2)。初 回ストレス負荷前の体重に対する最終ストレス負荷の翌日の体重増加率は, 対 照群および慢性ストレス群でそれぞれ106.4 ± 0.4% (n = 57) および 102.2 ± 0.5% (n = 64) であった (P < 0.001)。しかし, 慢性ストレス期間中の摂餌量およ び摂水量は対照群と慢性ストレス群の間に有意な差は認められなかった (Food: F1,60 = 0.02, P > 0.05, Table 1-1; Water: F1,60 = 0.19, P > 0.05, Table 1-2)。
血漿corticosterone 濃度 急性ストレスの生理学的な影響を確かめるために, 急性ストレス負荷後のマ ウスの血漿corticosterone 濃度を測定した。急性ストレス負荷終了 15 分後の血 漿 corticosterone 濃度は対照群に比較して増加した (t20 = 6.39, P < 0.001, Figure 1-3)。一方, 慢性ストレス群の血小板採取時の血漿 corticosterone 濃度は 対照群と比較して有意な差は認められなかった (t21 = 1.79, P > 0.05, Figure 1-3)。しかし, 慢性ストレス負荷期間中の 1 週目 (t10 = 4.56, P < 0.01) および 2 週目 (t9 = 3.38, P < 0.01) のストレス負荷終了 15 分後の血漿 corticosterone 濃 度は対照群に比較して増加した。なお対照群における血漿 corticosterone 濃度 はSilberman et al. (35) の報告と一致した。 血小板凝集能
13 対照群, 急性ストレス群および慢性ストレス群の血小板数は, それぞれ 4.25 ± 0.34 × 108 platelets/ml (n = 14), 3.31 ± 0.13 × 108 platelets/ml (n = 6) および 3.51 ± 0.87 × 108 platelets/ml (n = 11) であり, 3 群間に有意差は認められなか った (F2,28 = 2.45, P > 0.05)。血小板活性に及ぼす急性および慢性ストレスの影 響を調べるために, 対照群, 急性ストレス群および慢性ストレス群において血 小板凝集能を測定した。Thrombin および ADP は濃度依存的に血小板凝集を増 加させた (Thrombin: F2,129 = 259.76, P < 0.001; ADP: F2,117 = 13.16, P < 0.001,
Figure 1-4A, B)。慢性ストレスは 0.05 U/ml の thrombin (P < 0.001) および 10 nM の ADP (P < 0.05) による血小板凝集能を促進したが, 急性ストレスは全て の濃度の凝集において影響を及ぼさなかった (Figure 1-4A, B)。
14 考察 本章において, ddY 系マウスにて単回の移動および拘束ストレス負荷の 15 分 後に血漿 corticosterone 濃度が上昇していることを確認した。ストレスによる 生理学的反応は視床下部—下垂体—副腎皮質系および交感神経—副腎髄質系の活 性化により増加する glucocorticoid および catecholamine により引き起こされ る。よって, 本章における急性ストレスの条件がマウスにストレス反応を生じさ せるのに有効であることが示され, 血漿 adrenaline/noradrenaline 濃度も増加 している可能性が示唆された。加えて, 3 週間の慢性ストレス負荷期間終了の翌 日に血漿 corticosterone 濃度の増加が認められなかったことから, 本章におけ る慢性ストレス条件では急性ストレスの影響を除外していることが示された。 以前の研究において, ddY 系マウスでの 3 週間の反復の移動および拘束ストレ ス負荷時に, 最終ストレス負荷から 15 分後の血漿 corticosterone 濃度は増加し ていることを明らかにしている (33)。さらに本章において, ストレス負荷期間 1 週間目および2 週間目におけるストレス負荷 15 分後の corticosterone 濃度の増 加も示された。また, C57BL/6J 系マウスでは 3 週間の反復拘束ストレスにおい て各ストレス負荷終了後1 時間以内に血漿 corticoterone 濃度がストレス負荷前 の値付近まで低下することと, ストレス負荷後ただちに測定した corticosterne 濃度の増加がストレス負荷期間中維持されることが報告されている (25)。これ らのことから, 本章における慢性ストレス条件はストレス負荷期間に渡って反 復的に血漿corticosterone 濃度を増加させていると推察される。 慢性ストレスによりストレス負荷期間中のマウス体重増加率が低下すること が示された。このことから本実験で用いられた慢性ストレス条件がマウスにス トレス反応を導く上で有効であることが確かめられた。しかし, 慢性ストレスは
15 マウスの摂餌および摂水量に影響を及ぼさなかった。そのため, 本章で見られた 体重増加率減少は代謝機能の変化によるものであると推察される。ストレスに よる体重減少は摂食量低下によるという報告はいくつかあるが (6, 13), この結 果の違いは研究間の動物種, ストレス方法および飼育方法の違いによるもので あると考えられる。 本章では慢性ストレスがアゴニストによる血小板凝集能を促進し, 急性スト レスは影響を及ぼさないことが明らかとなった。Collagen による凝集が急性ス トレスの影響を受けない (15) という一方で, 急性ストレスにより collagen (19) および ADP (37) による凝集が抑制されるという報告がある。これらの報 告との不一致は動物種, ストレス条件あるいは血小板アゴニストの違いによる ものであると考えられる。また, これらの研究は全血あるいは PRP を用いた実 験であり, 多くの血小板凝集に関与する血液中の因子を含んでいることから、ス トレスが直接血小板に及ぼす影響を調べた研究ではない。本章では血小板を血 漿代用液に懸濁した洗浄血小板を用いて血小板凝集能を測定しており, ストレ スが血小板に及ぼす直接的な影響を示している。
16 小括 精神的ストレスは循環器疾患の発症に関与することが報告されている。しか し, 血栓症等の循環器疾患の発症に重要な役割を果たす血小板に精神的ストレ スが及ぼす影響に関しては未だに不明な点が多い。本章では急性および慢性の 精神的ストレスがマウス血小板凝集能に及ぼす影響を調べた。ストレスには精 神的ストレスのモデルとして常用されている移動および拘束ストレスを用いた。 単回のストレス負荷を急性ストレス, 3 週間の反復ストレス負荷を慢性ストレス として, それぞれストレス負荷の 15 分後および翌日採血を行い, 分離した血小 板を用いて透過光法により血小板凝集能を測定した。なお, 急性ストレス負荷マ ウスの血漿 corticosterone 濃度の増加および慢性ストレス負荷マウスの体重増 加率の低下を確認しており, 本章のストレス負荷は有効であると考えられる。急 性ストレス群ではアゴニストによる血小板凝集は変化しなかったが, 慢性スト レス群ではthrombin および ADP による血小板凝集が増加した。したがって慢 性ストレスは血小板凝集能を促進し, 急性ストレスは影響を及ぼさないことが 明らかになった。
第
2 章
慢性精神的ストレスによる血小板凝集能亢進の
しくみ
18 諸言 第1 章において, 慢性精神的ストレスが血小板凝集能を亢進し, 急性精神的ス トレスは影響を及ぼさないことが示された。そこで本章では, 慢性ストレスによ る血小板凝集能亢進に関与する血小板活性化の機序を明らかにすることを目的 とした。血小板はアゴニストによる刺激を受けると細胞内の Ca2+がセカンドメ ッセンジャーとして重要な働きを果たし, 形態変化, 顆粒分泌および凝集とい っ た 活 性 化 反 応 を 引 き 起 こ す (17) 。 ま た シ グ ナ ル 伝 達 因 子 で あ る phospholipase C (PLC), Protein Kinase C (PKC) および phosphoinositide 3-kinase (PI3K) は活性化の調節に関与する (14, 41, Figure 2-1)。
凝集の形成は活性化した血小板から生じるフィードバック因子の働きにより 促進される。血小板の濃染顆粒から分泌されるADP と細胞膜より遊離したアラ キドン酸から産生される thromboxane A2がその主要なフィードバック因子で
ある。ADP シグナルは P2Y1およびP2Y12受容体を介して引き起こされる。P2Y1
受容体はGq 共役型であり, PLC を活性化させ, Ca2+動員およびPKC のリン酸 化を引き起こし, 血小板を活性化する。一方 P2Y12受容体はGi 共役型であり, ア デニル酸シクラーゼの抑制と PI3K の活性化を引き起こし, 血小板の反応を促 進する。Thromboxane A2シグナルはGq と共役する thromboxane A2受容体を 介して引き起こされる (38)。 本章では, 慢性ストレスによる血小板の細胞内遊離 Ca2+濃度 ([Ca2+]i) の変 化を調べるとともに慢性ストレスによる血小板凝集能亢進における各種シグナ ル伝達因子の関与を検討した。また正のフィードバック因子であるADP および thromboxane A2の凝集能亢進における関与についても検討を行った。
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材料と方法
試薬
Thrombin, fibrinogen, MRS2179, 2MeSAMP および U73122 を Sigma Aldrich (St. Louis, MO)より, Fura-2-acetoxymethyl ester (Fura-2-AM) およ びHEPES を同仁科学研究所 (熊本) より, ADP および indomethacin を和光純 薬工業株式会社 (大阪) より, GF109203X および抗 β-Actin 抗体を Gene Tex (Los Angeles, CA) よりそれぞれ購入した。抗 PKCδ 抗体, 抗 phospho-PKCδ (p-PKCδ) 抗体, 抗 PI3K p85 抗体, 抗 phospho-PI3K p85 (p-PI3K p85)抗体, 抗Akt 抗体, 抗 phospho-Akt (p-Akt) 抗体を Cell Signaling Technology Japan (東京) より, 抗 P2Y1抗体をSanta Cruz Biotechnology (Dallas, TX) より, 抗
P2Y12抗体をNovus Biologicals (Littleton, CO) よりそれぞれ購入した。その他
の試薬については特級および一級のものを用いた。
血漿代用液
血小板の洗浄および凝集能の測定には, Ca2+除去血漿代用液としてHEPES 緩
衝液(125 mM NaCl, 5 mM KCl, 1.2 mM NaH2PO4, 1.2 mM MgCl2, 5 mM
NaHCO3, 6 mM glucose, 25 mM HEPES, 1% albumin, pH 7.4)を用いた。
動物
動物として ddY 系の雄性マウス (日本 SLC, 静岡) を用いた。マウスを一定 の温度 (22 ± 2℃) および明暗条件下 (明期: 7:00 ~ 19:00) で, 4 ~ 7 匹ずつポ リプロピレンのケージ (縦 37 cm × 横 21 cm × 高さ 24 cm) において飼育した。 餌 (CE-2, CLEA) および水についてはストレス負荷時を除いて自由摂取を行わ
20 せた。なお, 全ての実験は国立大学法人帯広畜産大学動物実験等に関する規程に 基づいて行われた。 ストレス負荷 マ ウ ス を 9 週 齢 時に 無 作 為 に 対 照 群 (Control)お よ び 慢 性 ス ト レ ス 群 (Chronic Stress) の 2 群に分けた。慢性ストレス群のマウスを, 第 1 章と同様に, 飼育室より拘束ストレス負荷を行う部屋へ移動し, 1 匹ずつポリエチレンの通気 口を装備したチューブ (直径 4 cm × 長さ 8 cm) に容れ拘束し, 終了後再び飼育 室に戻した。慢性ストレスとして9 週齢より 3 週間連続して毎日 2 時間, 10:00 ~ 15:00 の間に負荷した (33)。そして最終ストレス負荷の翌日採血を行った。本 実験で用いた拘束ストレスはマウスに物理的な圧迫や傷害を与えない。対照群 については飼育ケージにて12 週齢まで安静状態で飼育し, 採血した。 マウス血小板分離
麻酔ジャーを用いたisoflurane 麻酔下で sodium citrate 添加 (9:1, v/v) シリ ンジを用いて腹大静脈より採血した。採取した血液を室温において380 × g, 5 分間の遠心後, 上清を回収し, 1,200 × g, 5 分間の遠心を行った。分離された血小 板のペレットを1 ml の血漿代用液に懸濁し, 1,200 × g, 5 分間の遠心洗浄を 3 回 行った。得られた血小板を血漿代用液に再懸濁し, 1.0 × 108 platelets/ml に調整 した。 血小板凝集能測定 血小板凝集能測定をBorn (3) の方法に従って行った。すなわち, 0.5 ml の血 小板懸濁液 (1.0 × 108 platelets/ml) に 1 mM CaCl2を添加後10 分間インキュ
21 ベーションを行い, 0.05 U/ml Thrombin で刺激し最大 18 分間, 37℃および 1000 rpm の条件下で, 透過光法により CAF-110 型細胞内イオン測定装置 (日本分光 工業株式会社, 東京) を用いて凝集を測定した。なお, 血漿代用液を 100%, 血小 板懸濁液を0%として凝集能を算出した。100 µM MRS2179, 50 µM 2MeSAMP, 10 μM indomethacin, 5 µM U73122 あるいは 10 µM GF109203X についてはそ れぞれCaCl2と同時に添加した。 血小板[Ca2+]i測定 血小板の[Ca2+]iを Ca2+蛍光指示薬である Fura-2 を用いた蛍光法により測定 した。1 ml の血小板懸濁液 (1 × 108 platelets/ml) に 5 μM Fura-2-AM を添加 し, 37℃で 30 分間インキュベーションした。その後, 1,200 × g, 5 分間の遠心洗 浄を3 回行い, 5 ml の血漿代用液に再懸濁した。その血小板懸濁液 0.5 ml をキ ュベットに入れ, 1 mM CaCl2を添加後37℃の撹拌条件下でインキュベーション
を10 分間行った。その後, thrombin (0.01 ~ 0.5 U/ml) あるいは ADP (0.1 ~ 10 µM)で刺激し, [Ca2+]iの変化を測定した。なお, ADP 刺激時の[Ca2+]iについて
は0.1% fibrinogen 存在下で測定した。Fura-2 蛍光測定には CAF-100 型細胞内 カルシウム測定装置 (日本分光工業株式会社, 東京) を用いて, 340 nm と 380 nm の 2 波長で励起し, 500 nm での蛍光強度比 (340 nm/380 nm) を測定した。 [Ca2+]iをGrynkiewicz et al. (10) の方法に従って算出した。また, 細胞外に漏
出したFura-2 と Ca2+の結合による蛍光については, 50 μM Mn2+を用いること
により補正した (16)。Thrombin および ADP は刺激後急激な増加とその後の持 続的な増加という2 相の増加を引き起こすため, それぞれ Peak I, Phase II とし た (Figure 2-2)。
22 血小板顆粒分泌測定 血小板の濃染顆粒分泌量はLUMI-COUNTER NU-2600 (マイクロテック・ニ チオン株式会社, 千葉) を用いてルシフェラーゼ発光法で測定した。37℃の撹拌 条件下で, 0.5 ml の血小板懸濁液 (1.0 × 108 platelets/ml) に 1 mM CaCl2を添 加後10 分間インキュベーションを行った。その後 0.05 U/ml thrombin で刺激 し, 血小板濃染顆粒より分泌される ATP 量を 6 分間測定した。なお, 血小板の 総ATP 含有量については TRITON 処置により測定した。 血小板thromboxane B2測定
血小板thromboxane B2量をCayman Chemical (Ann Arbor, MI)の EIA キッ
トを用いて測定した。0.5 ml の血小板懸濁液 (1.0 × 108 platelets/ml) に 1 mM
CaCl2 を添加後 37℃の撹拌条件下で 10 分間インキュベーションを行い, 0.05
U/ml thrombin で 14 分間刺激した。その後 2 mM EDTA と 50 µM indomethacin を加え, 12,100 × g, 10 分間の遠心を行い, 上清中の thromboxane B2量をEIA キットの手順に従い測定した。 ウェスタンブロット解析 0.5 ml の血小板懸濁液 (1.0 × 108 platelets/ml) に 1 mM CaCl2を添加し, 37℃の撹拌条件下で 10 分間インキュベーションを行い, 0.05 U/ml thrombin で 10 分間刺激した後, 2 倍量の SDS 処理液を添加し煮沸した。その後氷冷し, SDS-PAGE により電気泳動を行った。PVDF メンブレンにブロッティングを行 い, スキムミルクでブロッキングを行った後, 抗 PKCδ, 抗 p-PKCδ, 抗 PI3K, 抗p-PI3K, 抗 Akt あるいは抗 p-Akt 抗体溶液でインキュベーションした。洗浄 後二次抗体溶液でインキュベーションを行い, さらに洗浄し, ペルオキシダー
23 ゼ用発光検出試薬により発光させ, LAS-3000 (富士フイルム, 東京) を用いて検 出した。同様に0.5 ml の洗浄血小板 (1.0 × 109 platelets/ml) を SDS-PAGE で 電気泳動を行い, PVDF メンブレンにブロッティングし, 抗 P2Y1, 抗 P2Y12ある いは抗 β-Actin 抗体溶液でインキュベーションを行い, 二次抗体による反応後, ペルオキシダーゼ用発光検出試薬により発光させ, 検出を行った。 統計処理 全てのデータを平均 ± 標準誤差で示した。統計学的有意差については Student’s t-test, Dunnett’s test あるいは two-way ANOVA の後に Tukey’s post hoc test により検定した。なお危険率 P < 0.05 を有意とした。
24 結果 血小板[Ca2+]i 慢性ストレスが血小板の Ca2+恒常性に及ぼす影響を調べるために, 静止時 [Ca2+]i を測定した。静止時[Ca2+]i は, 対照群に比較して慢性ストレス群におい てわずかに減少しており (t25 = 2.78, P < 0.05), それぞれ 101.9 ± 3.5 nM (n = 13) および 89.8 ± 2.3 nM (n = 14) であった。さらに thrombin および ADP を 用いて, アゴニストによる[Ca2+]iの変化を調べた。Thrombin (0.01 - 0.5 U/ml)
およびADP (0.1 - 10 μM) はそれぞれ Peak I および Phase II [Ca2+]iの両方を
濃 度 依存 的に 増加 させ た (Thrombin Peak I: F1,50 = 328.11, P < 0.001;
Thrombin Phase II: F2,73 = 89.78, P < 0.001; ADP Peak I: F2,71 = 36.4, P <
0.001; ADP Phase II: F2,71 = 29.33, P < 0.001; Figure 2-3A, B)。慢性ストレス
群において, 両アゴニストによる Peak I および Phase II [Ca2+]iには亢進は認め
られなかったが, 10 μM ADP による Peak I [Ca2+]iにおいてのみわずかな抑制が
見られた (P < 0.05, Figure 2-3A, B)。 PLC および PKC 阻害時の血小板凝集能 血小板の活性化において主要なシグナル因子であるPLC および PKC が慢性 ストレスによる血小板凝集能の亢進に関与しているのかどうかを調べるために, それぞれの阻害剤であるU73122 (5 µM) あるいは GF109203X (10 µM) を前処 置した血小板を用いて, 凝集能を測定した。PLC 阻害時 (t21 = 1.46, P > 0.05) およびPKC 阻害時 (t20 = 0.66, P > 0.05) には, 0.05 U/ml thrombin による凝集 に対照群および慢性ストレス群の間で有意な差は認められなかった (Figure 2-4)。
25 PKC, PI3K, および Akt の活性化 血小板のシグナル因子であるPKCδ, PI3K および PI3K の反応の下流で活性 化を受ける Akt の活性化に対する慢性ストレスの影響を調べた。0.05 U/ml thrombin による活性化は, PKCδ (t10 = 1.32, P > 0.05), PI3K (t10 = 0.12, P > 0.05) および Akt (t10 = 1.85, P > 0.05) において対照群および慢性ストレス群 の間に有意な差は認められなかった (Figure 2-5A, B, C)。 血小板濃染顆粒分泌 慢性ストレスが血小板の濃染顆粒分泌に及ぼす影響を調べるために, 濃染顆 粒中に含まれるATP の分泌量をルシフェラーゼ発光法により測定した。対照群 に比較して慢性ストレス群では0.05 U/ml thrombin による ATP 分泌量が増加 した (t22 = 3.39, P < 0.01, Figure 2-6)。血小板の ADP 受容体である P2Y1ある
いはP2Y12受容体のアンタゴニスト (100 µM MRS2179, 50 µM 2MeSAMP) を
前処置した血小板では, 対照群および慢性ストレス群の 0.05 U/ml thrombin に よるATP 分泌量には有意な差は認められなかった (P2Y1: t21 = 2.06, P > 0.05;
P2Y12: t21 = 1.49, P > 0.05; Figure 2-6)。また血小板中の ATP 含有量は, 対照群
と慢性ストレス群の間に有意な差は認められず (t22 = 1.40, P > 0.05), それぞれ
1.52 ± 0.14 ×105 RLU (n = 12), 1.84 ± 0.18 ×105 RLU (n = 12) であった。
P2Y 受容体阻害時の血小板凝集能
血小板の濃染顆粒中に含まれるADP による二次的な血小板凝集能を調べるた めに, 血小板の ADP 受容体である P2Y1あるいはP2Y12受容体のアンタゴニス
26
おいては, 慢性ストレス群では対照群に比較して 0.05 U/ml thrombin による凝 集が増加したが (t17 = 2.25, P < 0.05), P2Y1 受容体のアンタゴニストである
MRS2179 (100 µM) 存在下では, 慢性ストレス群の凝集が減少し (F40,3 =
16.64, P < 0.05), 対照群と比較して有意な差は見られなかった (t17 = 0.94, P >
0.05, Figure 2-7)。また P2Y12受容体のアンタゴニストである 2MeSAMP (50
µM) 存在下では, 対照群 (F28,3 = 3.72, P < 0.05) および慢性ストレス群 (F40,3
= 16.64, P < 0.001) 共に 0.05 U/ml thrombin による凝集は阻止され, 両群間に 有意な差は認められなかった (t17 = 1.58, P > 0.05, Figure 2-7)。
血小板P2Y1およびP2Y12受容体発現
血小板のADP 受容体である P2Y1およびP2Y12受容体の発現に及ぼす慢性ス
トレスの影響をウェスタンブロット解析により調べた。P2Y1受容体発現は慢性 ストレス群において対照群と比較して増加したが (t8 = 5.71, P < 0.001), P2Y12 受容体発現は対照群および慢性ストレス群の間で有意な差は認められなかった (t8 = 0.87, P > 0.05, Figure 2-8)。 血小板thromboxane B2産生 慢性ストレスが血小板のthromboxane A2産生に及ぼす影響を調べるために, その安定代謝物であるthromboxane B2量をEIA キットを用いて測定した。静 止時のthromboxane B2量は, 対照群および慢性ストレス群の間に有意な差は見
られなかった (t10 = 2.19, P > 0.05, Figure 2-9)。また 0.05 U/ml thrombin 刺激
後の慢性ストレス群のthromboxane B2量は, 静止時に比較して増加が見られた
ものの (t5 = 2.62, P < 0.05), 対照群に比較して減少していた (t10 = 2.83, P <
27 Thromboxane A2産生阻害時の血小板凝集能 血小板で産生される thromboxane A2の二次的な作用が慢性ストレスによる 凝集能亢進に関与するのかどうかを調べるために, thromboxane A2産生阻害剤 である indomethacin を前処置した血小板を用いて, thrombin 刺激時の凝集を 測定した。Indomethacin (10 μM) の非存在 (t18 = 3.73, P < 0.01), 存在 (t18 = 2.95, P < 0.01) に関わらず, 慢性ストレス群では対照群に比較して 0.05 U/ml thrombin による凝集が増加した (Figure 2-10)。
28 考察 第 1 章において, 慢性精神的ストレスが血小板凝集能を促進することを明ら かにした。そこで本章の研究において, 慢性ストレスが凝集能を促進する機序を 明らかにすることを目的として検討を行った。細胞内の Ca2+はセカンドメッセ ンジャーとして働き, 血小板アゴニストは暗調小管系やリソソームから Ca2+の 放出を導く (12)。本章では, 慢性ストレスは thrombin および ADP による血小 板の[Ca2+]i 増加を促進しないことが明らかとなり, 慢性ストレスによる凝集能 亢進はCa2+に依存しないことが示された。ヒト血小板において, fibrinogen 受容 体活性化 (29) および濃染顆粒分泌 (26) を含む血小板活性化反応には Ca2+非 依存的なシグナル経路も存在することが報告されている。したがって慢性スト レスはこれらの経路に影響を及ぼしている可能性が考えられる。静止時の[Ca2+]i は慢性ストレスによりわずかに低下したが, 血小板の Ca2+恒常性はNa+/Ca2+交 換機構 (4) および Multi-Ca2+-ATPase (5) により主に調節されることから, 慢 性ストレスがこれらの機構のいずれかもしくは両方に影響を及ぼしていること が推察される。 PLC は G タ ン パ ク 質 共 役 の 受 容 体 に よ る 経 路 に よ り 活 性 化 さ れ , inositol-1,4,5-trisphosphate (IP3) と diacylglycerol (DAG) の産生を導く。IP3
は暗調小管系に作用しCa2+を遊離させ, その Ca2+とDAG により PKC が活性化 され, 血小板活性化を促す (41)。また Gi 共役型の受容体による経路により活性 化されるPI3K は Akt のリン酸化を導き, 血小板を活性化する (14, 34)。よって これらのシグナル伝達因子が慢性ストレスによる血小板凝集能亢進に関与する のかどうかを検討した。慢性ストレスの負荷および非負荷に関わらず, PLC お よびPKC 阻害時には, 本章で用いた濃度の thrombin による血小板凝集はほと
29
んど出現しないことから, PLC および PKC は thrombin による凝集に必要な因 子であることが示された。また, PKC のアイソフォームのなかで凝集に重要な 役割を果たしているPKCδ (41) , PI3K および Akt の thrombin 刺激時の活性化 には, 慢性ストレスによる影響が認められないことから, これらの因子は慢性 ストレスによる凝集能の亢進に関係する因子ではないと考えられる。しかし, 血 小板には PKCδ 以外にも様々なアイソフォームが存在しており, 他のアイソフ ォームの関与に関しては更なる研究が必要である。同様にPI3K に関しても, 慢 性ストレスによる凝集能亢進に対するアイソフォーム特異的な反応の関与につ いては不明である。 血小板活性化は濃染顆粒から分泌される ADP および細胞内で産生される thromboxane A2が周囲の血小板に二次的に作用することにより促進される。濃 染顆粒にはADP 以外にも様々な物質が含まれるが, 本章ではその中の一つであ るATP の量をルシフェラーゼ発光法にて測定することにより濃染顆粒分泌量を 算出した。慢性ストレスはthrombin による血小板濃染顆粒分泌を促進すること が示された。またこの促進は血小板のADP 受容体である P2Y1およびP2Y12受
容体のアンタゴニスト処置により阻止されることが明らかとなった。さらに P2Y1受容体アンタゴニスト処置は慢性ストレスによる血小板凝集能亢進を阻止 し, P2Y12受容体アンタゴニスト処置は, 慢性ストレスの負荷および非負荷に関 わらず, 凝集能亢進を示す濃度の thrombin による凝集を消失させることが示さ れた。これらのことから慢性ストレスによる凝集能亢進には, 活性化した血小板 から分泌されるADP および P2Y1受容体を介する経路が関与することが明らか となり, 増加した ADP が最終的に P2Y12受容体に作用して凝集を導くと考えら れる (Figure 2-11)。慢性ストレス負荷マウスの P2Y1受容体の発現量は増加す るが, P2Y12受容体では変化しないことから, 慢性ストレスによる P2Y1受容体
30 を介した凝集能の亢進に受容体の発現の増加が関与している可能性が考えられ る。 Thromboxane A2 は 不 安 定 な 物 質 で あ り, そ の 安 定 代 謝 物 で あ る thromboxane B2量を測定することにより血小板のthromboxane A2の産生につ いて検討を行った。Thrombin による thromboxane B2量の増加は慢性ストレス 負荷マウスにおいてわずかに認められたものの, その値は慢性ストレス非負荷 マウスの静止時の値と変わらないことから, 本章で用いた濃度の thrombin は凝 集に必要なthromboxane A2の産生を引き起こさないと考えられる。さらにこの ことは慢性ストレスによる血小板凝集能亢進が thromboxane A2の産生阻害に よる影響を受けなかったことからも支持される。したがって, 慢性ストレスによ る凝集能亢進にはthromboxane A2は関与しないことが明らかとなった。
31 小括 第1 章にて, 慢性ストレスがマウス血小板凝集能を促進することが示された。 そこで本章ではその促進作用に関与する血小板の活性化機序について検討した。 第1 章と同様の慢性ストレスを負荷したマウスを用いて, Ca2+動員, 濃染顆粒分 泌, thromboxane A2産生および血小板の主要なシグナル因子の活性化について 調べた。慢性ストレス負荷マウスでは Ca2+動員の亢進は認められず, PKCδ, PI3K および Akt の活性化にも影響が見られなかった。血小板活性化において二 次的な作用を引き起こすthromboxane A2および濃染顆粒から分泌されるADP に関しては, 慢性ストレスにより thromboxane A2の産生は影響を受けなかった
が, 濃染顆粒分泌能は亢進した。ADP 受容体である P2Y1および P2Y12受容体
の阻害は濃染顆粒分泌能の亢進を阻止した。さらにP2Y1受容体の阻害は凝集能
亢進も阻止し, P2Y1受容体発現量は慢性ストレスにより増加した。よって, 慢性
ストレスによる血小板凝集能亢進には Ca2+非依存的な経路における濃染顆粒分
泌および分泌されるADP による P2Y1受容体への作用が関与していることが明
第
3 章
慢性精神的ストレスによる血小板凝集能亢進と
ストレスホルモンの関係
33 諸言 第 1 章において, 移動および拘束による慢性ストレス負荷を行ったマウス由 来の血小板は凝集能が亢進することが明らかとなった。ストレス反応は一般的 に視床下部-下垂体-副腎皮質系から分泌される glucocorticoid および交感神経-副腎髄質から分泌される catecholamine により引き起こされ, 長期的には疾病 を進行させる (22, 23)。よって本章では, 第 1 章で示された血小板凝集能亢進が 副腎から分泌されるストレスホルモンによる作用により引き起こされているの かどうかを調べるために, 副腎を摘出したマウスを用いて慢性ストレスが血小 板凝集能に及ぼす影響を検討した。 血小板は骨髄において巨核球より産生され, 血液中での寿命は約 1 週間であ る (18)。よって第 1 章で示された凝集能亢進は, ストレスホルモンが血液中の 血小板に直接作用した可能性と骨髄中における造血幹細胞から巨核球を経て血 小板が産生される過程に作用した可能性の両方が考えられる。本章では慢性ス トレス負荷期間後, ストレス負荷期間中に存在した血小板の寿命を超える期間 通常飼育を行ったマウス由来の血小板を用い, 血小板凝集能亢進の持続につい て検討を行った。
34
材料と方法
試薬
Thrombin および fibrinogen を Sigma Aldrich (St. Louis, MO)より, HEPES を同仁科学研究所 (熊本) より, ADP を和光純薬工業株式会社 (大阪) よりそれ ぞれ購入した。その他の試薬については特級および一級のものを用いた。
血漿代用液
血小板の洗浄および凝集能の測定には, Ca2+除去血漿代用液としてHEPES 緩
衝液(125 mM NaCl, 5 mM KCl, 1.2 mM NaH2PO4, 1.2 mM MgCl2, 5 mM
NaHCO3, 6 mM glucose, 25 mM HEPES, 1% albumin, pH 7.4)を用いた。
動物 動物として ddY 系の雄性マウス (日本 SLC, 静岡) を用いた。マウスを一定 の温度 (22 ± 2℃) および明暗条件下 (明期: 7:00 ~ 19:00) で, 4 ~ 6 匹ずつポ リプロピレンのケージ (縦 37 cm × 横 21 cm × 高さ 24 cm) において飼育した。 餌 (CE-2, CLEA) および水についてはストレス負荷時を除いて自由摂取を行わ せた。なお, 全ての実験は国立大学法人帯広畜産大学動物実験等に関する規程に 基づいて行われた。 副腎摘出手術 マウスを 7 週齢時に無作為に偽手術群および副腎摘出群の 2 群に分けた (Figure 3-1A)。副腎摘出群のマウスについては pentobarbital sodium 麻酔下 (40 mg/kg) で副腎摘出手術を行った。背側を剃毛し, 正中で皮膚を切開した。
35 左右の腹膜を切開し, 両副腎を周囲の脂肪組織から分離して摘出した。腹膜およ び皮膚を吸収糸を用いて縫合した。偽手術群のマウスについては副腎の摘出を 除いて副腎摘出群と同様の処置が施した。なお, 手術後副腎摘出群のマウスには 水の代わりに0.9% NaCl 水を与えて飼育した。 ストレス負荷 9 週齢時に偽手術群および副腎摘出群をさらに無作為にそれぞれ非ストレス 負荷の対照群 (Sham, ADX) および慢性ストレス群 (Sham + Chronic Stress, ADX + Chronic Stress) の 2 群に分けた (Figure 3-1A)。慢性ストレス群につい てはマウスを飼育室より拘束ストレス負荷を行う部屋へ移動し, 1 匹ずつ通気口 を装備したポリエチレンのチューブ (直径 4 cm × 長さ 8 cm) に容れ拘束し, 終 了後再び飼育室に戻した。慢性ストレスとして9 週齢より 3 週間連続して毎日 2 時間, 10:00 ~ 15:00 の間に負荷した (33)。そして最終ストレス負荷の翌日採血 を行った。なお本実験で用いた拘束ストレスはマウスに物理的な圧迫や傷害を 与えない。対照群については飼育ケージにて12 週齢まで安静状態で飼育され 採 血した。 慢性ストレス期間終了後のストレスの影響の持続について調べるために, 9 週 齢の無処置マウスを対照群 (Control) と慢性ストレス群 (Chronic Stress) の 2 群に分けた (Figure 3-1B)。上記と同様のストレス負荷処置を慢性ストレス群に 行い, 対照群については飼育ケージにて安静状態で飼育した。対照群および慢性 ストレス群の両群のマウスを12 週齢時より 3 週間通常飼育し, 15 週齢時に採血 を行った。
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概日リズムによる血漿 corticosterone 濃度の変動を避けるために, 採血を 8:00 ~ 10:00 の間に行った (Figure 3-1A)。麻酔ジャーを用いた isoflurane 麻酔 下でsodium citrate 添加 (9:1, v/v) シリンジを用いて腹大静脈より採取した血 液から遠心 (380 × g, 5 分間) により血漿を分離し-80℃で冷凍保存した。血漿 corticosterone 濃度については Glick et al. (7) の方法で測定した。すなわち, 200 μl の血漿に 900 μl の isooctane を加え撹拌し, 300 × g, 5 分間の遠心後, 上層の isooctane 層を除去した。その後 900 μl の chloroform を加え, 良く撹拌し, 300 × g, 5 分間の遠心を行った。上層を除去し, 下層の chloroform 層を 800 μl を回収 し, それに 320 μl のアシッドアルコール (65% H2SO4, 35% Ethanol) を加え撹 拌した。300 × g, 5 分間の遠心後, 下層のアシッドアルコール層をキュベットに 移し, FP-770 型分光蛍光光度計 (日本分光工業株式会社, 東京) を用い励起波長 350 nm, 蛍光波長 520 nm で蛍光強度を測定した。測定後, 血漿 corticosterone 濃度を標準曲線より算出した。 マウス血小板分離
麻酔ジャーを用いたisoflurane 麻酔下で sodium citrate 添加 (9:1, v/v) シリ ンジを用いて腹大静脈より採血した (Figure 3-1A, B)。採取した血液を室温に おいて380 × g, 5 分間の遠心後, 上清を回収し, 1,200 × g, 5 分間の遠心を行った。 分離された血小板のペレットを1 ml の血漿代用液に懸濁し, 1,200 × g, 5 分間の 遠心洗浄を 3 回行った。得られた血小板を血漿代用液に再懸濁し, 1.0 × 108 platelets/ml に調整した。 血小板凝集能測定 血小板凝集能測定をBorn (3) の方法に従って行った。すなわち, 0.5 ml の血
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小板懸濁液 (1.0 × 108 platelets/ml) に 1 mM CaCl2を添加後10 分間インキュ
ベーションを行い, 0.05 U/ml thrombin あるいは 10 µM ADP で刺激し, 最大 18 分間, 37℃および 1000 rpm の条件下で, 透過光法により CAF-110 型細胞内イオ ン測定装置 (日本分光工業株式会社, 東京) を用いて凝集を測定した。さらに血 漿代用液を100%, 血小板懸濁液を 0%として, 凝集能を算出した。なお ADP に よる凝集については0.1% fibrinogen 存在下で測定した。 統計処理 全てのデータを 平均 ± 標準誤差で示した。統計学的有意差については Student’s t-test あるいは two-way ANOVA の後に Tukey’s post hoc test により 検定した。なお危険率P < 0.05 を有意とした。
38 結果 血漿corticosterone 濃度 副腎摘出手術がストレスホルモン分泌に及ぼす影響を確かめるために, 慢性 ストレス負荷期間の初日のストレス負荷終了15 分後の血漿 corticosteroen 濃度 を偽手術群および副腎摘出群のマウスの血液より測定した。単回のストレス負 荷は偽手術マウスの血漿corticosterone 濃度を増加させ (t15 = 11.19, P < 0.001), 一方副腎摘出マウスは有意な増加を引き起こさなかった (t16 = 0.87, P > 0.05)。 偽手術群および副腎摘出群のストレス負荷後の血漿 corticosterone 濃度はそれ ぞれ296.9 ± 11.2 ng/ml (n = 6) および 185.0 ± 12.1 ng/ml (n = 5) であった。 血小板凝集能に及ぼす副腎摘出の影響 偽手術群および副腎摘出群それぞれの非ストレス負荷マウス間で血小板数に 有意な差は認められず (t19 = 0.95, P > 0.05), それぞれ 2.79 ± 0.19 × 108 platelets/ml (n = 10) および 3.18 ± 0.35 × 108 platelets/ml (n = 11) であった。 血小板活性に及ぼす副腎由来のストレスホルモンの影響を調べるために, 偽手 術群および副腎摘出群それぞれの非ストレス負荷マウスおよび慢性ストレス負 荷マウスにおいて血小板凝集能を測定した。偽手術マウスでは慢性ストレスは 0.05 U/ml thrombin による血小板凝集能を促進したが (t20 = 5.96, P < 0.001, Figure 3-2), 副腎摘出マウスでは凝集能の亢進が認められなかった (t21 = 1.74, P > 0.05, Figure 3-2)。 慢性ストレス負荷期間終了3 週間後におけるストレスの影響 慢性ストレス負荷期間終了後, ストレスによる血小板凝集能亢進が持続する
39
のかどうかを調べるために, 3 週間の慢性ストレス負荷終了後さらに 3 週間通常 飼 育 を 行 っ た マ ウ ス の 血 小 板 を 用 い て 凝 集 能 を 測 定 し た 。 ア ゴ ニ ス ト は thrombin および ADP が用いられた。3 週間の通常飼育後でも慢性ストレスに よる0.05 U/ml thrombin (t20 = 3.90, P < 0.001, Figure 3-3A) および 10 μM
ADP (t19 = 3.24, P < 0.01, Figure 3-3B) 刺激時の血小板凝集能の亢進は認めら
40 考察 本章の研究において, 慢性ストレス負荷期間初日のストレス負荷 15 分後の血 漿 corticosterone 濃度は副腎摘出マウスにおいて増加が見られなかった。マウ スにおいて主要なglucocorticoid である corticosterone はストレスによる生理学 的反応において副腎皮質より分泌される。よって, 本章で施した副腎摘出処置は 副腎からのストレスホルモンの分泌を阻止するのに有効であることが示された。 第1 章において, 3 週間の反復的な移動および拘束ストレスは血小板凝集能を 促進することが明らかとなり, 本章では副腎摘出マウスにおいて同様のストレ スは血小板凝集能に影響を及ぼさないことが示された。よって, 副腎から分泌さ れるストレスホルモンによる作用が慢性ストレスによる血小板凝集能亢進に関 与すると考えられる。副腎から分泌されるストレスホルモンにはglucocorticoid と catecholamine があり, これらのどちらか片方もしくは両方が凝集能亢進に 関与すると推察される。Catecholamine は直接血小板の凝集を引き起こすこと と, 他 の ア ゴニ ス トに よ る 凝 集 を 促進 する こ と が 報 告 され てい る が (2), catecholamine もしくは glucocorticoid の慢性的な増加が血小板機能に及ぼす影 響に関しては未だに不明である。 本章の研究においてはさらに, 慢性ストレス期間終了後も少なくとも 3 週間 は血小板凝集能の亢進が持続することが明らかとなった。血小板は骨髄におい て巨核球より産生され, 血液中での寿命は一般的に約 1 週間であり, げっ歯類で は5 日前後である (18)。慢性ストレスが血小板に直接影響を及ぼしているとす ると, 慢性ストレス期間終了 1 週間後以降には, 凝集能亢進は見られないはずで ある。よって, 第 1 章において血小板数は慢性ストレスの影響を受けていなかっ たが, 慢性ストレスは骨髄における血小板産生過程において影響を及ぼしてい
41
ると推察される。したがって, 慢性ストレス負荷時に副腎から分泌されるストレ スホルモンは骨髄における造血幹細胞から巨核球を経て血小板が産生される過 程に影響を及ぼし, 血小板凝集能亢進を導いていると考えられる。
42 小括 第 1 章にて, 慢性ストレスがマウス血小板凝集能を促進することが明らかと なった。そこで本章ではその促進作用と副腎から分泌されるストレスホルモン の関係を調べた。外科的に副腎を摘出したマウスを用いて, 第 1 章と同様の 3 週間の慢性ストレスを負荷し, 血小板の凝集能を透過光法により測定した。なお, 副腎を摘出したマウスではストレス負荷による血漿 corticosterone 濃度の増加 が認められないことから, 本章で施した副腎摘出手術は副腎由来のストレスホ ルモンの影響を除くのに有効な手法である。副腎摘出マウスでは慢性ストレス による凝集能亢進は見られなかった。したがって慢性ストレスによる血小板凝 集能亢進は副腎から分泌されるストレスホルモンの作用により引き起こされる ことが明らかとなった。さらに慢性ストレス負荷期間終了3 週間後においても, 血小板凝集能の亢進は持続していた。よって, 慢性ストレスは血小板産生過程に 影響を及ぼすことが示唆された。
43 結論 本研究において, 精神的ストレスとして常用される移動および拘束ストレス の急性的 (2 h) および慢性的 (2 h/day, 3 週間) 負荷がマウス血小板凝集能に及 ぼす影響に関して検討を行った。血小板は血液中に存在する凝固および凝集に 関連する各種因子の影響を受け, その活性化を変化させる。よって, 本研究では 血小板を血漿代用液に懸濁した洗浄血小板を用い, 血小板自身の変化に焦点を 絞り各種実験を行った。 急性ストレス負荷マウスでは血漿 corticosterone 濃度の上昇を, 慢性ストレ ス負荷マウスでは体重増加率の低下をそれぞれ示しており, ストレス負荷とし て有効であることを確認した。慢性ストレスはアゴニスト刺激時の血小板の凝 集能を亢進し, 急性ストレスは影響を及ぼさないことが明らかとなった。しかし アゴニストによる血小板[Ca2+]i上昇は慢性ストレスにより亢進しないことから, この凝集能亢進は Ca2+非依存的に引き起こされることが示された。次に血小板 活性化において重要なシグナル伝達因子である PKCδ および PI3K の活性化に は慢性ストレスは影響を及ぼさないことから, この凝集能亢進に関与する因子 の候補として血小板活性化において正のフィードバック因子として働くADP お よびthromboxane A2が考えられる。Thromboxane A2は, 凝集能亢進を示した 濃度のアゴニスト刺激ではほとんど産生されず, thromboxane A2産生を阻害し ても慢性ストレスによる凝集能亢進は変化しなかった。一方, 血小板において ADP を貯蔵している濃染顆粒の分泌量は慢性ストレスにより増加が認められ, ADP の受容体の一つである P2Y1受容体のアンタゴニスト処置により慢性スト レスによる凝集能および顆粒分泌能の亢進は阻止された。したがって濃染顆粒 分泌および ADP による P2Y1受容体への作用が, 凝集能亢進へと導くことが明
44
らかとなった。血小板のもう一つのADP 受容体である P2Y12受容体のアンタゴ
ニスト処置は慢性ストレスの負荷および非負荷に関わらず凝集を消失させたこ とから, P2Y1受容体を介したシグナルにより増加した ADP が最終的に P2Y12
受容体に作用して凝集を導くと考えられる。副腎摘出マウスでは慢性ストレス による血小板凝集能亢進が認められないことから, 慢性ストレスによる凝集能 亢進は副腎から分泌されるストレスホルモンの作用により引き起こされること が明らかとなった。さらに血小板の寿命は1 週間前後であるにも関わらず, 慢性 ストレス負荷期間終了 3 週間後においても凝集能亢進は認められたことから, ストレスホルモンが血小板に直接作用しているのではなく, 骨髄における造血 幹細胞から巨核球を経て血小板が産生される過程に影響を及ぼしていることが 推察される。 結論として, 本研究において, 慢性精神的ストレスが副腎から分泌されるス トレスホルモンの作用によりマウス血小板凝集能を促進すること, およびその 促進は血小板の濃染顆粒分泌およびADP による P2Y1受容体シグナルを介して 引き起こされることが明らかとなった。
45 謝辞 本稿を終えるにあたり, 本研究に際し, 終始御指導, 御鞭撻を賜りました帯広 畜産大学動物・食品検査診断センター毒性解析分野の佐藤栄輝教授に深甚たる 謝意を表します。 本研究の遂行に際して懇篤な御指導, 御鞭撻を賜りました帯広畜産大学基礎 獣医学研究部門形態機能学分野の北村延夫教授ならびに岐阜大学応用生物科学 部共同獣医学科基礎獣医学講座獣医薬理学研究室の海野年弘教授に謹んで深謝 の意を表します。 本稿作成に際し, 御指導, 御助言を賜りました東京農工大学農学部共同獣医 学科獣医薬理学研究室の下田実教授ならびに岩手大学農学部共同獣医学科産業 動物臨床学研究室の山岸則夫教授に深謝致します。 本研究の遂行に際し, 御協力頂いた帯広畜産大学動物・食品検査診断センター 毒性解析分野の各位に感謝の意を表します。 最後に本研究に際して犠牲となったマウスに謹んで哀悼の意を表します。
46
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54
図表
Table 1-1
慢性ストレス期間中の摂餌量
1st week 2nd week 3rd week
Control 34.7 ± 0.6 g 33.9 ± 0.6 g 33.2 ± 0.8 g
Chronic Stress 34.4 ± 0.8 g 33.8 ± 0.7 g 33.8 ± 0.8 g
摂餌量を飼育ケージごとに計測し, 1 週間にマウス 1 匹あたりが摂取した量を 算出した。データは平均 ± 標準誤差を示している。(n = 9 ~ 13)