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ストレス関連精神疾患とエピジェネティクス 057 [ 総説 ] 行動医学研究 Vol.22, No.2, ストレス関連精神疾患とエピジェネティクス Stress related mental illness and epigenetics * 松澤大輔 Daisuke MATS

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千葉大学大学院医学研究院 認知行動生理学 Daisuke MATSUZAWA

松澤大輔

Department of Cognitive Behavioral Physiology, Chiba University Graduate School of Medicine

Stress related mental illness and epigenetics

ストレス関連精神疾患と エピジェネティクス

[ 総 説 ]

遺伝子DNAが出生後も環境と生体との相互作用によるエピジェネティックな修飾を受けて発現調節されることが注 目されている。DNAメチル化はその一つであり、脳内神経細胞のDNAメチル化も様々な外部刺激により後天的に変化がもたらされ る。近年では精神疾患においてもその影響を示唆する研究が相次いでいるが、不安や恐怖の記憶が症状に関わるストレス関連精 神疾患ではエピジェネティックな現象の関与について現在でも知見が少ない。本稿では、ストレス関連精神疾患で発症脆弱性や治 療抵抗性を示す背景としてのDNAメチル化の関与を、筆者の教室で得られた結果を紹介しながら論じたい。精神疾患におけるエピ ジェネティックな機構は、ストレス応答の変化など獲得した行動の次世代への継承にも役割を果たしている可能性もあり、今後の研 究結果の蓄積が待たれている。

要約

DNA methylation is one of the essential factors in the control of gene expression. Alteration of the DNA methylation pattern in the brain links to various neurological, behavioral, and neurocognitive dysfunctions. Recent studies have pointed out the importance of epigenetics in brain development and functions including learning and memory as well as mental illnesses. Consolidation and extinction of fearful memory affect the symptoms of stress−related mental illnesses such as post−traumatic stress disorder and panic disorder, thus epigenetic mechanism might be included in the pathogenesis. In this review, possible role of DNA methylation on the vulnerability or treatment resistance for such mental illnesses is discussed tuhrough our recent results, which suggested chronic dietary lack of methyl donors in the developmental period in mice affected learning, memory and gene expressions in the hippocampus. Changed behavior affected by the alteration of epigenetic status might be inherited to next generations, although future studies should be needed.

Summary

エピジェネティクス、DNAメチル化、不安症、次世代 キーワード

epigenetics, DNA methylation, anxiety, next generations Key words

行動医学研究 Vol.22, No.2, 57-64 2016

(受付日:2016年10月11日/受理日:2016年10月26日)

千葉県千葉市中央区亥鼻1−8−1(〒260−8670)

Department of Cognitive Behavioral Physiology, Chiba University Graduate School of Medicine, 1−8−1, Inohana, Chuo−ku, Chiba 260−8670, Japan

©2016 Japanese Journal of Behavioral Medicine

(2)

はじめに

 ヒトのゲノム情報はほぼ全ての体細胞が保持し、基 本的には一生遺伝子DNAの配列情報は不変だが、そ の配列情報に依らない遺伝子発現調節機構がエピ ジェネティクスである。代表的なエピジェネティック 機構としては、DNAメチル化、ヒストンアセチル化 と脱アセチル化、そしてマイクロRNAなどがあり、遺 伝子情報発現すなわちタンパク質合成が生後も変化 する。本稿で話題とするDNAメチル化は、特定部位 のシトシン塩基に対してメチル基が付加されるもので ある。特にプロモーター領域のCpGアイランドへ のDNAメチル化は基本的には下流の遺伝子発現に 対し抑制的に働く。通常そのDNAメチル化はDNA methyltransferase (DNMT)で維持されているが、

生殖細胞の形成過程では再編成されることが知られ ている。従来、出生後は比較的安定していると考えら れていたが、近年、様々な外部刺激によって脱メチル 化が生じたり、逆に増加することが判明してきた。例 えば、一卵性双生児のゲノムは同一であり、外面およ び行動上の類似点が強調される反面、その両者にも 相違が成長とともに顕在化する。その要因の一つが DNAメチル化の変化であり、年齢と共に2人の間に ゲノム上対応するDNAメチル化の乖離が強くなる。

つまりDNAのメチル化が若年期では一致している一 卵性双生児も年齢を重ねると双方のメチル化パター ンに大きく差異を生じ1)、出生後の環境が疾患発症や 治療反応性に影響を与えることを強く示唆する。

精神疾患とDNAメチル化

 心的外傷後ストレス障害(PTSD)、社交不安症や パニック症のような不安症群はストレス関連精神疾 患であり、生涯有病率が高い。何らかの不安を持つ 人は生涯に3割を超え、発症年齢の中央値は疾患にも よるが、10代以下から20代前半であることが多い2)。 一方で、治療反応性、再発の有無には個人差が大き い。例えば、児童期のトラウマが抗うつ薬や精神療法 に対する治療反応性に影響する3)。加えて、発症脆弱 性や治療反応性には個人因子として特に遺伝的因子 が強く働いていることが予想されるが、これという決 め手になる遺伝的因子は同定されていない。

 近年、うつ病、依存症や統合失調症をはじめとし た精神疾患や記憶・学習においての脳内DNAメチル 化の変化が発症や病態に関与する報告が相次いでい る。そのような遺伝子にエピジェネティックな影響を

もたらす社会的要因としては例えば児童虐待がある。

うつ病をはじめとする気分障害ではストレスに対する 生体反応に強く関わる海馬グルココルチコイド受容体 のDNAメチル化が、児童虐待の動物モデル4)だけで なく、人の児童虐待経験者の自殺者の脳5)でも確認さ れている。また、そのような一旦生じたDNA上の

「傷」が、ある種の薬剤により回復可能な点は臨床的 に注目したい(Weaver et al. 2004)。さらに、例え ば、ラット海馬においてDNAにメチル基を転移する DNA methyltransferase(DNMT)3a/3bの発現が 恐怖条件付けパラダイムの行動実験でアップレギュ レーションを受け、DNMT阻害剤の海馬への注入が 恐怖条件付け後の恐怖記憶固定の阻害をもたらす6)。 このように、エピジェネティクスが脳機能、特に学習 と記憶に重要な役割を果たしている研究が相次いで 報告されている7, 8)。海馬は恐怖記憶の学習、それに よる不安症疾患の発症と治療過程に大きな役割を果 たしており、発症脆弱性や治療反応性を考えるにあた り、海馬におけるエピジェネティックな機構がどのよ うに役割を果たすかは興味深いテーマである。

幼少期のメチルドナー欠乏による行動異常と 遺伝子発現の変化を探る

 先述したように一卵性双生児では成長とともに DNAメチル化パターンに相違が見られる。DNAメチ ル化が動的な変化をするものであれば、出生後発達 期に脳組織内の遺伝子がある種の要因によってエピ ジェネティックな変化を受けることで、成長後のスト レス応答性や行動を変化させうるだろう。そうであれ ば、その後の精神疾患の発症脆弱性や治療抵抗性に 影響する可能性は高い。このような発想に基づき、筆 者らの研究室では、マウス成長期にメチルドナー制限 食を用いて、食事による脳内DNAメチル化再編を試 みた。それによる海馬におけるDNAメチル化の変化 が、成長後のストレス耐性、不安や社会性、恐怖記 憶の獲得と固定等の行動面に影響を与えることを多 角的に検証、精神疾患への影響を検討した内容を紹 介したい9)

 使用した動物は3週齢オスのC57BL/Jマウスであ る。DNAメチル化を維持する酵素DNMTの基質とな るS-アデノシルメチオニンが生成されるには、メチル 基の供給が必要であり、供給源(メチル基)としては、

葉酸、コリン、メチオニン、ベタイン、ビタミンB6、 さらにはビタミンB12などが挙げられる。我々の実験 では葉酸・コリン・メチオニンの3種類のメチルドナー

(3)

は独立したマウス個体に行ったが、これは②の恐怖条 件付けとその消去課題は強く情動に影響し、この実 験を行うことで他の行動実験に影響を及ぼさないた めである。Table1に各実験の簡単な概要を記す。

 Fig.2に有意差もしくは傾向のあった実験結果を示 す。物体認識試験において、CON食群は、2日目に 新しい物体B2をより多く探索していたのに対し、

FMCD食群は新しい物体に対する新規性を示さな かった(Fig.2a)。社会的認識試験においては有意で はなかったが、2日目の1日目とは異なる個体に対す る 探 索 時 間 はFMCD群 は 少 な い 傾 向 に あ っ た

(Fig.2b)。恐怖条件付けとその消去実験においては、

恐怖条件付けは両群とも差がなく学習される一方で、

恐怖消去実験時FMCD群は、フリージングの減少が 緩やかであり、つまりは恐怖消去が遅れていた。さら に28日後の再発テストでは、FMCD群で、恐怖消去 最終日に比べ、有意にフリージングが多く、つまり学 習したはずの恐怖消去効果が固定していないという結 果であった(Fig.2c)。社会的相互作用は両群に有意 差を認めなかったが一定の傾向は示唆された。

を離乳間もない3週齢マウスの食事から欠乏させた。

本研究でメチルドナー欠乏食を摂餌させる期間、生 後3–6週だが、これはマウスにおいては、離乳後通常 食の摂餌が可能になった時期から、生殖可能になる までの期間である。この期間は脳の発達と成熟期間 であること、ヒトにおいて児童虐待の犠牲になりやす い発達期に相当することを勘案し設定した。メチルド ナー制限食群には低メチオニン(0.18%)で、コリ ン・葉酸を完全に欠いたメチルドナー制限食(Folic- Methionine-Choline Deficiency; FMCD diet)を、

対照群にはコントロール食(0.5%メチオニン、0.3%

コリン、及び2㎎/㎏葉酸を含有)を与えた。FMCD 食でメチオニンを完全に除去してしまうと低体重が著 しく、成長を阻害させるため僅かだが含めている。

FMCD食群はその制限食を3–6週目にわたって給餌 され、6週目以降はコントロール食(CON)に切り替 えた。行動実験は6週目に開始、大まかなスケジュー ルをFig.1に示す。

メチルドナー制限食がもたらした行動変化

 行動実験は、それぞれの食餌群に対し、①オープ ンフィールドテスト、物体認識試験、社会的認識試 験、社会的相互作用と②恐怖条件付けと消去課題の 大きく2種類を行った(Fig.1)。①の実験群は列挙し た実験のすべてを各個体が順番に行った。②は①と

Fig.1 行動実験の概要

・通常食(CON) AIN93G

・ メチルドナー欠乏食(folate-, methionine- and choline-deficient: FMCD)

配合: 葉酸・コリン0%, メチオニン0.18%

ー 飼料

3週齢 6週齢

行動試験① (n=9-10/group) 

行動試験② (n=10/group)

脳サンプル採取 (n=5-6/group)

CON 食 FMCD 食 C57BL/6J

ー 行動試験

①オープンフィールド ②恐怖条件付け、消去課題

①と②は別のマウス

恐怖条件付け

Day1

恐怖消去(FE1~5)

Day2-6

再発テスト(RE)

Day29 物体認識試験

社会的認識試験 社会的相互作用

(4)

Table 1 行動実験の概要

実験 目的 使用機器・条件 解析

オープン

フィールドテスト 運動量・

不安の計測 白色アクリルパネルで覆われた四角い

フィールド(50㎝×50㎝) 10分間の移動量と中心で過ご した時間(秒)

物体認識試験 新規物体の認識・

興味 1日目に2つの物体(A, A’)、2日目に1日

目のAと新規物体B 2日目の10分間の新規物体探

索時間(秒)

社会的認識試験 新規個体の認識・

興味 1日目マウスAの探索(5分×4)、2日目異

なるマウスBを探索 1日目の探索時間(秒)、2日目 の新規マウス探索時間(秒)

社会的相互作用 社会的行動異常

の観察 ボックスに入れたマウスへの接触時間やア

プローチ法を測定 コンタクト時間、アプローチ、

スニッフィングなどの時間(病)

恐怖条件付け・

消去 条 件付け恐 怖 記 憶の固定と消去、

その再発

フットショックチャンバー(22.8×19.7×

13㎝)使用。Day1:フットショック(2 秒、0.75mA)3回、Day2-6:恐怖消去  Day29:恐怖記憶の再発テスト

恐怖反応(フリージング)時間

(秒)

Fig. 2 行動実験の結果

(c)恐怖条件付けと消去

50 40 30 20 10

0Pre min

1 2 3 4 5

応(%

恐怖条件づけ 恐怖消去 再発テスト

(a)物体認識試験 (b)社会的認識試験

Day 1 Training Day 2 Test

CON FMCD

Recognition index%

70 60 50 40 30 20 10 0

Novel/Total(%

p=0.082

間(sec)

120 100 80 60 40 20

0 T1 T2 T3 T4 CON FMCD

CON FMCD

25 20 15 10 5

0 FE5 RE FE5 RE CON FMCD

応(%

25

20 15 10 5

0 FE1 FE2 FE3 FE4 FE5

n=10/group

応(%

CON

FMCD **

Discrimination index(%80

70 60 50 40 30 20 10

0 CON FMCD

**

間(sec)

40 35 30 25 20 15 10 5

0 CON FMCD

(5)

(a) mouse AMPAR GluR1 gene

(b)

非メチル化シトシン メチル化シトシン

CON (c)

n=5-6/group

率(%

100 80 60 40 20

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 10

9 8 7 6 5 4 3 2

1 12345678910 FMCD

b/c)。Gria1遺伝子によってコードされるGluR1サブ ユニットが含まれるAMPA受容体は長期増強に必要 であり10)、海馬のAMPA受容体活性化は記憶試験の 結果を向上させることが知られている11, 12)。今回の結 果は若年期にメチルドナーを制限されたFMCD群で見 られた物体認識試験成績の低下や恐怖消去の固定障 害につながった基礎に、Gria1遺伝子が過剰なメチル 化によって発現低下し、AMPA受容体機能が低下し た可能性を示唆している。

 恐怖記憶消去記憶の固定障害は、例えば心的外傷 後ストレス障害(PTSD)の患者において恐怖消去に 抵抗性を持ち、再発率も高い13)ことに関係していると 考えられるが、本研究のような海馬におけるDNAメ チル化の変化がそのような疾患脆弱性に寄与してい る可能性もあるだろう。AMPA受容体サブユニットの GluR2/GluR1比率の高さ、すなわちGluR1が相対的 に少ないことがストレス脆弱性に関連しているとの報 告もある14)

 ところで、今回我々の研究では、FMCD食群で AMPA受容体サブユニット遺伝子Gria1のメチル化 が過剰になっていた。FMCD食はメチルドナーが欠 けていることを考えると矛盾しているようだが、同じ ように長期間メチルドナー欠損食で飼育したラットで は、肝臓でDNAのメチル化が低下したのに対し脳で はメチル化が更新していた15, 16)。メチルドナーの不足

メチルドナー制限食がもたらした 海馬AMPA型グルタミン酸受容体遺伝子

(Gria1)発現変化

 6週齢マウスの脳より切り出した1㎜厚の海馬切片 から総RNA抽出後cDNAを合成し、リアルタイム PCR(RT-PCR)による遺伝子発現解析を行った。特 に、海馬において、恐怖記憶の固定とその消去過程に 重要(Miller and Swatt)な長期増強に関わるイオン チャネル型グルタミン酸受容体、すなわちalpha- amino-3-hydroxy-5-methyl-4 isoxazolepropionic acid(AMPA)受容体サブユニット遺伝子である Gria1-3とN-methyl-D-aspartate acid(NMDA)受 容体サブユニット遺伝子のGrin1, Grin2a/2bを解析 した。結果、AMPA受容体サブユニットGluR1をコー ドする遺伝子Gria1の発現が、FMCD食群は有意に CON食群よりも低かった。そこでGria1遺伝子の発 現へのDNAメチル化の関与は、バイサルファイト処理 をしたDNAを用いて直接DNA塩基配列解析にて解析 した。解析領域はプロモーター領域の-1461〜-

812と-262〜-48領域である(Fig.3a)。-1461

〜-812領域がFMCD食群において全体的にメチル 化され、ことにメチル化される領域である9番目の CpG領域においてFMCD食群のメチル化がCON食群 よりも有意にメチル化が高いことが示唆された(Fig.3

Fig. 3 AMPA受容体プロモーター領域のメチル化

**

CON FMCD

−1461 −812 −48

(Bourge & Dingledine, 2001)

−262 n.s.

(6)

は、組織のDNAメチル化と必ずしもパラレルには動 かず、臓器によって異なる効果を持つ可能性が強い。

DNAメチル化の変化は 次世代に継承可能か?

 さてこのように、後天的に組織特異的なDNAメチ ル化の変化が引き起こされた場合に、それは次世代 に継承されうるのだろうか? 配偶子形成の段階で は、卵でも精子でもDNAのメチル化は一旦大幅に解 除された上で再び増加していく。一部の個体発生や 成長に重要な働きを持つ遺伝子に関してはゲノミッ ク・インプリンティング(ゲノム刷り込み)の機構に よってそのようなDNAメチル化の解除を免れること も知られている。

 本稿ではメチルドナー欠乏食を若週齢時に暴露さ せたマウスが長じての行動異常を示した我々の研究 を紹介してきた。実は予備的にではあるが、その個体 をオス親とする次世代マウスが、通常食で成長したオ ス親を持つ次世代に比べて恐怖消去やその記憶固定 に関して異常を示す結果を得ている(Fig.4a)。親世 代が獲得した行動が次世代に継承されるのであれば、

かつて否定されたラマルクの「獲得形質の遺伝」のよ うだが、この過程にDNAメチル化が関わっている可 能性がある。Diasらは、マウスを用いて、特定の化学 物質(acetophenone)の匂いに条件付けされた恐怖 反応が子供世代(F1)のみならず孫世代(F2)に引 き継がれることを示した17)。興味深いことに、親世代 に認められた精子におけるacetophenone受容体

(Olfr151)のDNAメチル化の減少が世代を超えて継 承されていることが確認された。即ち、成体の獲得し た恐怖行動が、エピジェネティックな過程を経て次 世代に伝わった可能性が高いことが示唆された。

Diasらの白眉は、対象物質の受容体が特異的に定ま るような匂い受容体を解析対象としたところにある。

匂い受容体は嗅細胞特異的に発現し18)、精子DNA上 に見られたDNAメチル化の変化は匂いによる条件学 習の結果を反映した可能性が強いと考えられる。一 方で、例えば海馬で働く多くの遺伝子は決して海馬 特異的に発現しているわけではなく、行動変化のメカ ニズムに海馬が関与していたとしても、ダイレクトに 生殖細胞のDNAメチル化へ影響を及ぼすかは証明が 困難である。例えば、特定の環境下(妊娠中に暴露さ

Fig.4 次世代(F1)の行動実験結果と見かけの世代間遺伝

(a)F1 male 8wks old

20

10

0

FE5 RE

%Freezing

(C)

(A)

80

60

40

20

0

%Freezing

PRE POST

%Freezing

(B)

FE5 FE4 FE3 FE2 FE1

Ctrl(n=12)

FMCD(n=10)

35 30

20 25

15 10 5 0

50 40 30 20 10 0

%Freezing

(B')

(b)

F0

F1 M

M M

M

Epigenetic programming

Epigenetic programming

(Szyf, 2015)より改変 F1

F2

(7)

れる化学物質や出生後の母親の養育態度)によって、

ある組織の体細胞にエピジェネティックな変化が必 ず生じるとすれば、その環境に育つ複数世代において 同じ形質発現が見られるだろう19)。Weaverらは母親 の養育態度によって子供の海馬グルココルチコイド受 容体遺伝子のメチル化が変化することを報告したが、

その子供が学習により次世代(孫)に同じ養育態度を 取れば同様の変化が継承される4)。それは外見上、形 質が遺伝によって継承されているように見えるが、環 境が変化すなわち養育態度が変わればグルココルチ コイド受容体遺伝子のメチル化が変化し、形質発現 が異なる。これは「見かけ上」の世代間遺伝である

(Fig.4b)。我々の予備的研究結果も、脳機能的には 海馬機能の減弱で説明がつくが、例えばそれがDNA メチル化の変化を通じて世代間遺伝をしているかは、

ゲノム特定部位の変化が配偶子を通じて継承されて いるかを検証する必要がある。

おわりに

 異常なDNAメチル化のパターンが現在では多くの 精神疾患、すなわちPTSD、うつ病、統合失調症やア ルツハイマー型認知症に関与していることが報告され

ている3, 17, 18)。出生後もDNAメチル化をはじめとした

エピジェネティックな現象が脳内に起きているのであ れば、環境へのストレス応答に個人差が大きいことを 説明するメカニズムの一端である可能性は高い。ゲノ ムに依らない遺伝子と環境の相互作用の持つ、精神 疾患の発症脆弱性と治療抵抗性への関わりの基礎的 メカニズムの解明は今後の治療に貢献するはずであ る。エピジェネティックな現象の関与を末梢からいか に検出するのかについても今後の研究を待ちたい。

謝辞

 研究遂行にあたり、日本学術振興会科学研究費

(24791176)及び公益社団法人浦上食品・食文化振 興財団による助成を受けました。千葉大学大学院医 学研究院認知行動生理学教室の教室員、スタッフの 皆様にも普段からの研究へのご支援、心より感謝申 し上げます。

文献

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参照

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