新行革審答申(89.12.20)と地方分権--現在の課題と
今後の展望
著者
坂田 期雄
著者別名
T. Sakata
雑誌名
東洋法学
巻
33
号
2
ページ
51-81
発行年
1990-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00003540/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja新行革審答申︵89・12・2
0︶と地方分権
ー現在の課題と今後の展望ー
坂 田 期 雄
はじめに 一 地方分権の必要性 二 地方分権が進まない要因 三 分権化を進める具体的方策 四 新行革審答申にみる地方分権と課題 ユ 権限委譲 2 国庫補助金の見直し 3 地域中核都市 4 連合構想 は じ め に 昭和六三年から二年近くをかけて審議が行われていた臨時行政改革推進審議会︵以下﹁新行革審﹂という︶から、東洋法学
五一新行革審答申︵89・E・20︶と地方分権 五二 平成元年十二月二〇日、﹁国と地方の関係等に関する答申﹂が出された。 丁度この時期は、政府において﹁ふるさと創生﹂が大きな施策の柱として打ち出され、また、全国の市町村に一律 一億円を配分するといういわゆるコ億円事業﹂がこの時期に展開され、 “地方”が大きくク担ーズアップされ、注 目された時であった。そしてこれと相侯って、新行革審において、国から地方への権限委譲を主なテーマとして﹁国 と地方との関係﹂が審議されたのである。 以下には、この新行革審の答申の中から、権限委譲、国庫補助金による干渉、地方中枢都市、連合構想等を中心 に、現状、答申に盛られた内容、さらに今後の課題等を見てみることとする。なお、それに先立ち、地方分権が何故 必要なのか、地方分権の必要性、何故、今日まで分権が進まなかったのか、から見ることとする。 ︵一︶ 地方分権の必要性 まず、わが国の政治、行政の形態として、何故、地方分権が必要なのか、中央集権より望ましいのかをみてみよ ︵1︶ う。その理由としては、次のようなことがあげられよう。 ω 国民の意識、価値観の変化により、行政の重点が国から地方へ 国民の意識、価値観が、高度成長期から低成長期への移行に伴って、それまでの﹁経済成長﹂から﹁もっと落ち着 いた身の回りの環境、生活﹂へと変わってきたが、これに伴い住民に身近かな行政に関しては、それを担う主役が国 ではなく、地方自治体へとバトンタッチが必要とされてきたこと
また、国民の生活水準の向上に伴い、国民の意識も﹁人なみに﹂という画一志向でなく﹁自分なりのものを持と う﹂という、個性、多様化の方向に転換してぎた。このため、自治体の行政も、これまでのような上からおろされて くる画一行政でなく、それぞれの自治体がその特性を生かしながら多様なまちづくりを進めることが求められてぎた こと ㈲ 国と地方との多重構造は、行政の最大のムダ、できるだけ一重構造に 今の日本の行政機構は、﹁中央“分権”地方“集権”﹂といわれるように、中央がいくつにもタテ割りに分断され、 これを総合化するのが地方になっている。そして国、国出先機関、府県、府県出先機関、市町村という三重、四重の 多重構造になり、何千何百という国庫補助金がこの段階を通って下りてくる。したがって、最初から、実際に仕事を する自治体に一般財源として渡す、つまり、一重構造にすれば、その上で補助金を配るために座っている国やその出 先機関の多くの公務員は、大半いらなくなる。極めてスッキリする。これこそが、最も重要な行政改革の柱とされな ければならない。 ③ 地方は住民に身近か、住民監視の中、効率的運営が行われやすい 地方は中央に比べると、比較的住民監視の中にあるため、行政の効率的運営、ムダの少ない行政が、国よりずっと 行われやすいということである。この点、住民から遠い中央各省庁には、そういう意識がなかなか生まれない。昭和 五五、六年に行われた臨時行政調査会に対しても、中央各省庁の姿勢は、いかにして自己省庁を守るか、防ぐかとい うことであった。
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五三新行革審答申︵8 9・扮・20︶と地方分権 五四 ところが地方の方はかなり様子が違ってくる。住民に近いだけに自らの減量・行革は、直ちに住民への新たなサー ビスとなって成果があらわれてくる。国は臨時行政調査会等という機関を設けて、外部から言って貰わなければ何ひ とつ改革できないが、自治体はこのような外部の機関に頼らず、自らの力で行政改革を進めてきているといえる。か なりの自治体が昭和五〇年以降、国に先がけていろいろな減量にかなり自主的に取り組んでぎている。 ㈲ 地方現場を知らない中央省庁、地方にムダや非能率をもたらす 前述ωのような大きな状況変化σ中で、地方現場から遠い東京霞ケ関にいる中央省庁の人達は、次第にモノが分か らなくなってぎている。現場や実態を知らない人達が、中央で余計な干渉、関与をするから地方にはそのために大変 な非能率やムダを生じている。これを住民に近い地方に任せれば、国民の税金はもっとムダなく有効に使える。 ⑤ 東京一極集中の是正、多極分散を進めるためにも必要 現在、我が国は政治、経済、行政面において、東京︵中央︶へ来なければほとんど用が足りない。東京︵中央︶で 最終意思決定される仕組み︵中央集権システム︶になっているが、これを改めるには、それぞれの地方の問題は、東 京に来なくても地元で意思決定できるよう、決定権を地方に渡すこと、地方分権システムに改めることがまず何より も基本的に必要である。 これが改革されれば、地方自治体や民間企業は、中央省庁︵東京︶まで来なくても用が足りる、地方で最終決定が できることとなり、また、民間の事務所など業務管理機能も東京集中でなく地方に誘導することが可能と考えられ る。
㈲ 国依存の姿勢から脱却するためにも必要 今臼の我が国社会は、住民がとかく行政に依存し、また、自治体も、現在の国ー地方のシステムの中ではどうして も中央に依存しがちになるという風潮を生んでいる。 我が国が八○年代から二一世紀に向けて﹁活力ある社会﹂を形成していくためには、このような住民の行政への依 存体質を改め、 ﹁自分達のことは自分達で﹂という“自立” “セルフヘルプ”を取り戻すことが極めて重要である。 ﹁何でも行政へ﹂という甘えの姿勢でなく、住民もまちづくりの主人公として主体的に参加してもらうことが必要で あるが、そのためには、その前提としてまず﹁国から地方へ﹂権限や財源をおろし、地方に自主性と責任を持たせる こと、そしてその中で地方は、行政と住民とがそれぞれ責任を分担し合いながらまちづくり、都市経営を進めていく ことが必要である。 ︵i︶ 坂田期雄﹁国と地方とのあり方︵上︶1地方への権限委譲、分権化をめぐって、新日本法規﹁国会月報﹂一九八九年十月 号 ︵二︶ 地方分権が進まない要因 ところでこの地方分権は、戦後四〇年余、掛け声ばかりで全く進んでいない。そこにはさまざまな抵抗、障害があ る。このため、総論だけの地方自治、地方分権論はいつも賑やかに論議されるが、各論になるといつも強い反対、抵 抗にあってなかなか進まない。 東洋法学 五五
新行革審答申︵89・翅・20︶と地方分権 五六 そこで、地方分権が進まない要因は一体何なのか、この点を次にみてみよう。 ① 中央省庁の強い権限意識 地方分権を阻むものーいうまでもなく、その第一は、中央省庁の強い権限欲、官僚体制、自治体への不信感、政 治力の弱さなどである。戦後、制度は変わったが、制度を動かす中央省庁の役人の意識構造やその官僚体制は少しも 変わらなかったといえる。戦前、戦後を通じてタテ社会の中での上下の権限と支配意識、メカニズムはそのまま引き 継がれて現在に至っている。それに加えて、戦後は国庫補助金が競って各省庁によって拡充がはかられ、これが中央 が地方を統制する大ぎな用具となっている。 ③ 政権党、国会議員も強い中央集権志向 地方分権を阻むものの第二は国会議員、政党である。たとえば国庫補助金についてみてみると今目では、国庫補助 金は中央省庁だけの問題として見るだけでは改善できない。立法機関である国会も、政権党も、その常任委員会や自 民党政調各部会は各省庁とぴったり結びつき、ゆ着もたれあいの関係になっている。そしてこれら中央省庁、政党、 国会議員が選挙の票ともからんで関係団体と強く結ばれているため、いわゆる運輸族、道路族などといわれるよう に、それぞれごとに強く一致して補助金拡大の方向に動く。だから補助金の整理、縮小ともなると、関係団体と関係 議員族が強力な運動を展開し、政権党に揺さぶりをかける。 また、国会議員一人ひとりも、補助金の削減縮小には強い抵抗を示す体質を持っている。議員にとって国庫補助金 は、本人と選挙区との間をつなぐ極めて重要なパイプを果たしているからである。たとえば、各省庁で国庫補助金や
起債が決定されるときには、自分の選挙区に関連するものについてはすべて、国会議員名で選挙区関係団体に正式発 表より一足先に電報で知らされる。それが国会議員秘書の重要な仕事にもなっている。だから国会の常任委員会の所 属希望も、建設、農林など国庫補助金の多い省庁の委員会に殺到する。このような状況であるから、国庫補助金の縮 小というような話になれば、内容のいかんを問わずまず反対と強い抵抗が示されるわけである。 ③ 自治体側の足並みの不揃い 第四は、自治体側の問題である。総論と各論のズレである。地方六団体全体では、 ﹁国庫補助金の整理、地方一般 財源への振り替え﹂を主張するが、個々の自治体、特に現局職員は、決して補助金の廃止は望んでいないという矛盾 である。むしろ自分の仕事に熱心であれぱある程各省庁との連絡を密にし、少しでも多く補助金を引き出し、それに よって仕事をしたいという意識がかなり強固である。 もちろん、補助金交付事務についての複雑な手続きとか膨大な資料要求に対する不満の声は多くあるとしても、補 助金そのものが不合理なもの、整理縮小すべぎものだという認識はほとんど持っていない。 地方の側としては、当面は国庫補助金が欲しい︵国庫補助金がないとまちづくりができない︶ので、理想論より現 実に走る。また、自治体が結束しようとしても、中央省庁から個別に切り崩されるという状況もある。 ︵三︶ 分権化を進める具体的方策 ところで、地方分権という場合、その内容としては、
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現在中央省庁の持っている 五七②①
新行革審答申︵8 9・扮・20︶と地方分権 財源膝国庫補助金 権限縫許認可権 自治体の組織・定員についての必置規制 中央による干渉、関与をなくし、 最近の論議は、 五八 を地方にできるだけ要請し、 地方の創意にまかせることである。 ただ、 右の②の権限委譲だけが大きくとりあげられているが、現在、中央が地方の隅々まで支配し ている力は、この権限委譲よりもむしろ①の国庫補助金の力が大きい。地方分権化の主眼は、この国庫補助金の整理 縮小におかれる必要がある。 ︵四︶ 新行革審答申にみる地方分権と課題 1 権限委譲 今回、新行革審に地方が最も期待と関心を寄せたのは、地方への﹁権限委譲﹂だが、この答申によると、農地の転 用許可、都市計画の決定、公有水面埋立の認可等について、文章の上では明確には示されていないが、新行革審関係 責任者の話によるとすでに各省との話合いが進められ、次のようにかなり大幅に委譲が行われることになっている模 ︵1︶ 様である。 ω 農地転用の許可ニヘクタ⋮ル以上の﹁農地の転用許可﹂は、地域整備立法の計画の区域内にあるものは農水大臣から都道府県知事 に権限がおろされる。現在、農地転用許可は全体の九割以上がすでに都道府県知事におりているようだが、この答申 のように実施されると、現在、農水大臣の権限として残されているもの︵全体の一割程度︶のうち、さらに半分程度 が新たに都道府県知事に委譲されることになる。 ③ 都市計画の決定 ﹁都市計画﹂の決定権は、今回の答申によると都道府県知事から市町村長へ、また認可権も建設大臣から都道府県 知事へとかなりおろされる。すなわち、﹂定の規模未満”の﹁住宅街区整備事業﹂﹁第一種市街地開発事業﹂に係る 都市計画決定や﹁公園、緑地、広場﹂に係る都市計画の決定権は、今後市町村長におろされ、認可権は建設大臣から 都道府県知事におろされる。その際、右の“一定規模未満”というのは建設省との間ではおおむねコヘクタ!ル未 満﹂ということで話しあわれているという、そうするとかつて行われた新橋駅前再開発の規模が一ヘク未満であった ので、この程度の規模の再開発は今後建設大臣まであげなくてもすべて地方で決定できることとなる。また、公園、 緑地等については、四ヘクタール未満︵現在一ヘクタール未満︶までは建設大臣にあげないで地方で決定︵市町村 長︶、認可︵都道府県知事︶できるようにしようと話しあわれている。そうなると通常の公園は今後は殆ど地方で全 部決定、認可ができるようになるという。 ③ 公有水面埋立認可 ﹁公有水面埋立認可﹂もかなり変わる。現在、甲号港湾︵特定重要港湾︶は全国に七八あるが、この区域内の埋立 東洋法学 五九
新行革審答申︵8 9・鷲・⑳︶と地方分権 六〇 てはほんの小さい面積であっても運輸大臣の認可が必要である。これが答申によると、今後は、 ﹁国家的重要度の高 いものに限定﹂される。実際には一九程度にしぼられる予定のようであり、そうなると残り五九の港湾は乙号港湾と 同様にその埋立には運輸大臣の認可は要らないこととなる。④このほか、厚生省関係では、特別養護老人ホームや身 障者更生援護施設等への入所措置権限や母子保健の普及事務等が府県から市町村に委譲される。 こうみてくると、今回の答申は、若干の事項ではあるが、かなり具体的に権限の委譲等を各省庁に約束させた。地 方分権に実際に一歩を踏み入れたともいえよう。ただ間題は、それが現段階ではすべて各省庁との口約束にとどまっ ているので、一日も早く法令等の改正へと持ち込み、実施に移すことである。さらにそれで終りということなく、平 成二年度以降、第二回、第三回の改革がひきつづきなされるよう期待したい。 なお、今回の報告書の別表王の権限委譲項目には、地方から強く望まれていた﹁保安林解除の認可﹂ ︵林野庁︶と か、 ﹁バス路線の認可、停留所の位置決定﹂︵運輸省︶とか﹁教育長の文部大臣承認制﹂︵文部省︶などが、のせられ ていない。今後の課題として残されている。 また、この別表iに掲げられたものは、総じて各項貝とも﹁一定規模以下のものについて﹂とかコ層の弾力化を はかる﹂とか﹁認可対象範囲を縮小する﹂ ﹁市町村が決定する範囲を拡大する﹂等、いずれも制度の枠がはめられて いるものが多く、しかも抽象的な表現であるため、このままでは実際にどの程度の権限が委譲されるのか全くわから ない、という問題がある。 ︵1︶ 坂田期雄﹁国と地方との関係−現在評価と改革の方向﹂︵ぎょうせい﹁法律のひろば﹂一九九〇年二月号︶。
2 国庫補助金の見直し 9 地方のすみずみまでを支配している国庫補助金 国が地方のすみずみにまで、干渉支配の網をはりめぐらしているーその仕組みは、国庫補助金、許認可権、必置 規制、機関委任事務等によってであるが、このうち、最も大きな力を持ち、強い影響力を及ぼしているのは、前述の ように国庫補助金を通ずる統制支配である。何千何百という国庫補助金によって、まちづくりをはじめ、福祉、環 境、教育、文化行政等あらゆる領域にわたって、国からの細部にわたる関与、指示を受け、自らの創意、チエを生か す余地は極めて制約されている。また、そのために、国への依存姿勢からなかなか抜け出せないでいる。 国庫補助金こそが、地方の自主、自立を阻害する最大のガンであり、したがって、国と地方との関係の改善、地方 分権はここに焦点があてられなければならない。地方はヵネをもらうためにやむを得ずそれに従わざるを得ない。こ れによって中央は実際に地方を動かしているのである。 この点﹁許認可権による中央の関与﹂は、一つの事業について通常一年に一回か二回程度であり、しかもこの許認 可権は自治体としてはあまり本気では欲しがっていない。むしろ総論賛成、各論反対の場合が多いが、これに対し、 国庫補助金による関与は、その数何千何百、自治体行政のほとんど全分野を蔽い︵自治体の部課で、国庫補助金を持 たない課は、人事、財政、総務等の内部管理的な課を除けばまずほとんどないといってもよいくらい、全部課の行政 を蔽っている︶、しかもその関与は年に一、二回とか、時たまというのではなく、β常かなり頻繁になされるもので あるため、多くの自治体関係者にとっては何とかその束縛、干渉から逃れたいというのが切なる願いなのである。折
東洋法学 六一
新行革審答申︵8 9・鷲・20︶と地方分権 六二 角、地方で考え出したすばらしいまちづくりのチエや創意が地方現場を知らない霞が関の役人によってつぶされてし まい、画一的な行政が押しつけられる。 そしてその指示は、必ずしも法令に根拠があるものでない。中央省庁担当官の単なる事実上の指導として行われる ものも多いが、国庫補助金という“カネ”の力と一体となっているため、極めて強力なものとなってくるのである。 地方自治経営学会が平成元年十月に行ったアンヶート調査結果でも、 ﹁現在、地方側が、臼常、中央によって一番 しばられているもの、その干渉、束縛から解放して貰いたいと願っているものは何か﹂との問いに ・国庫補助金による干渉が六九・○%で断然第一位を占め、あと ・許認可権による干渉 三四ニニ% ・組織や定数に対する必置規制 二〇・四% ・機関委任事務による干渉 八・三% ︵注︶ 重復回答を認めたため、合計は一〇〇%を越えている。 ︵1︶ となっている。 近時、新行革審や地方制度調査会における議論が、主に権限委譲︵許認可権︶の面に大きく向けられている感があ るが、たとえどんな権限が委譲されたとしても、それにかかる財源である国庫補助金の仕組みがその震までは、国と 地方との関係は、実質的には殆ど従前と同じ、実効性ある改革とはならないといえる。地方分権の推進にあたって は、まずこの国庫補助金にメスを入れ、この改革からはからなければならない。
⇔ 国庫補助金改革のスケジュ蓋ル ところで、国庫補助金の整理、縮小、自主財源の増強ということは、戦後四〇数年いわれながら、一向に前進を見 ていない。国庫補助金という権限に固執する各省庁の抵抗が極めて強いからであるが、今後の具体的な改革のスケジ ュールとしては ①少額な補助金や地方の事務に同化しているような奨励的補助金から漸次整理して、これをヒモのつかない新たな ﹁総合交付金﹂に切り替えていく。 また、新たな奨励的補助金は、原則としてつくらない ②国庫補助金申請にかかる膨大な手間、手続を思い切って簡素化する ことが、当面急がれよう。 ◎ 新行革審答申にみる国庫補助金改革案 このように﹁国庫補助金による地方への干渉、関与の排除﹂ ︵国庫補助金の整理、廃止︶は、地方分権で最も大ぎ な課題であるが、今回の新行革審の答申では、整理合理化をはかるという視点に立ち、 ①会館等の補助金は、極力抑制する︵他施設との複合化を進める︶。 ② 人件費に対する補助金は、原則として一般財源措置への移行をはかる。 ③ 零細補助金は、原則として廃止又は一般財源化する。 ④類似目的を有する補助金等は、統合、メニュー化を進める。
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六三新行革審答申︵8 9・12・20︶と地方分権 六四 ⑤ 交付金化が可能なものは極力これを進める。 ⑥ 補助金の事務手続の簡素化を進める。 など、改革の方向、その考え方が整理されて述べられている。 もちろん、これらのうちの殆んど大部分は従来からも言われてぎたものであり、とくに目新しい内容のものではな いが、今回の新行革審の答申の中であらためて正式にとり上げられたところに意義があるともいえよう。 ただ、同答申別紙に掲げられた具体的な改革事例をみると﹁事業の整理統合をはかる﹂﹁運用上の細部関与の廃止﹂ ﹁使途の弾力化をはかる﹂ ﹁事務手続を簡素化する﹂等、殆ど抽象的な表現にとどまり、右に見た本文に掲げられた ような具体的な改革にまでは殆んど踏み込まれていない。各省庁の強い抵抗の中で新行革審事務局が大変な苦労をし ながら︸つひとつ折衝を続けた努力のあとが見られるようだが、国庫補助金の改革の困難が感じられる。 ただ、今回の答申では、地方からこれまで強く要望のあった手続の簡素化に力が入れられ、別紙3に掲げられた各 補助金ごとの整理合理化の一覧表でも、添付書類の簡素化等事務手続を簡素化すると随所にうたわれ、また各省庁と もその方向で具体的な要請、折衝が行われたようである。したがって、この補助金事務の簡素化が答申の線にそって 今後どの位具体的に実効をあげるか、大変注目されるところである。 なお、国庫補助金のについては、これが地方自治体のチエと創意を押しつぶし、画一化してしまう悪の根源だとも いえるが、これを今後直ちに整理廃止し自主財源に振り替えることが困難だとすれば、当面運用面で、国は地方のす ぐれたチエやまちづくりプランをできるだけ尊重し︵干渉しないで︶、国は側面から﹁支援する﹂﹁.ハックアップす
る﹂という方向にまず転換することからはじめるよう、強く望まれる。 ︵1︶ 地方霞治経営学会報告書﹁ふるさと創生と地方分権﹂︵平成二年十月︶ 3 地域中核都市 このほか、今回の新行革審答申では﹁地域中核都市﹂も一つの目玉としてあげられている。これはさきに全国市長 会が打ち出した第二政令指定都市構想を進めたもの。国から地方へではなく府県から市町村への権威委譲だが、具体 的要件等は今後地方制度調査会で検討されよう。これからの九〇年代は、まちづくりは府県より市町村が主体となる ﹁市町村の時代﹂ ﹁都市の時代﹂だといえるが、そういった市町村重視の方向にそった提言として評価される。 なお、この地域中核都市については、 ① 現在、政令指定都市が持っている特別の権限は、福祉、衛生などの一七項目程度であり、最も望まれるまちづく りに関する権限は殆んど一般市と同様である。この大事な権限を与えないと政令指定都市なみにしても、あまり大 した実効はない。 ② さらに、この三〇万以上市への権限委譲と併行して、現在の政令指定都市︵コ市︶には、国及び府県からさら に新たにより多くの権限委譲がなされる必要がある。 ③このほか、大阪府や神奈川県のように、三〇万以上市が六市及び五市もあり、その人口が府県人臼の半分以上 ︵五七・七多及び七一・六%︶も占めるところについては、今後の府県のあり方、役割をどう考えるのか。 ④東京都下特別区︵二三区︶では、人口三〇万以上の区が二二にものぼっているがこれをどうするか。
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新行革審答申︵8 9・鷲・20︶と地方分権 六六 等の問題がある。 これらは地方制度の中の問題でもあるので、別途、地方制度調査会でその面からの検討が必要である。 4 連合構想 新行革審答申のもう一つの目玉は、 ﹁連合制度﹂である。これは都道府県や市町村の区域を超える広域行政への対 応策として、また国から地方への権限委譲の受け皿としても考えられているようである。 答申によると、関係都道府県や関係市町村による広域的な計画、基準、施策の調整・策定等を行うため、特別地方 公共団体として﹁都道府県連合制度﹂ ﹁市町村連合制度﹂を導入する、とされている。これは、都道府県や市町村の 区域を超える広域行政への対応策として、また国から地方への権限委譲の受け皿としても考えられているようであ る。 O 昭和三八年に出された﹁府県連合法案﹂ ところで、都道府県連合については、昭和三八年に﹁府県連合法案﹂として国会に提出され廃案となったいきさつ ︵1︶ がある。 昭和三八年、関西では大阪・奈良・和歌山三府県の合併論が、また、中部経済圏でも愛知・岐阜・三重三県の合併 論が台頭してきた。地域的合併への動きが最も活発なのは、関経連や関西経済同友会などが音頭をとっている“阪奈 知”︵大阪・奈良・和歌山︶ブ賞ックであった。 この関西財界に呼応して中京財界からも愛知・三重・岐阜三県合併のノ諏シが上がった。伊勢湾臨海工業地帯に三
河臨海工業地帯を加え、三重の内陸工業地帯に精密機械工業、軽工業を配して総合的な発展を図るという三県統合計 画である。三県の中心的な推進はもちろん愛知県であった。 このような府県統合の機運が次第に強くなってくる中で、昭和三八年八月、 “日本式EEC”ともいうべき﹁府県 連合﹂構想が打ち出された。これは府県の“政治的独立性”を保ちながら“経済的”には数府県を統合しようとする (2 ) もの。 当時、自治省としては﹁府県合併﹂を進める方向であったが、早川大臣のEEC構想がマスコミににぎやかに取り ︵3︶ 上げられるようになったため、方針を﹁合併﹂から﹁連合﹂へと転換、同年二一月には、第九次地方制度調査会から ︵4︶ も﹁地方公共団体の連合制度﹂として答申がなされ、いわゆる“府県連合” “市町村連合”を内容として、法案準備 の段階へと入った。 ﹁地方連合﹂は、元来、カナダのウィニベクやト諏ントなどで実施されている“都市と都市との連合方式”であ り、自治体相互間の事務や事業の共同処理方式の一つである。これを市町村だけでなく、もう少し拡大して、府県問 の連合をも成立させ、明治以来の府県制度の矛盾を幾分か緩和し、政治的独立性を保ちながら、水資源、道路、港 湾、住宅、し尿処理など、主に経済的な問題を広域的に解決しようというのがそのねらいである。 したがって、構想そのものは別に珍しいものではなく、特に市町村段階での連合は、相当実現性もあり、政治的統 合のむずかしい地域ではそれ相当の効果も期待されると考えられた。 ところで当時、このような府県の連合あるいは合併の論議が大きく持ち上がってきた背景は、いうまでもなく広域
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六七新行革審答申︵89・1 2・20︶と地方分権 六八 行政への対応を強く主張する財界の要請ではあったが、それとともに、もし、府県がその規模、能力に限界があり、 広域行政の要請に応じられない場合には、中央官庁による統制方式︵出先機関の強化、府県の機能、権限の中央への 吹上げ︶に、府県自治がとって代わられる恐れがある︵中央集権への逆行︶という自治擁護の観点からの要請があっ ︵5︶ た。府県の側においても自治防衛のためにヨコの協調、連けいによる自自らの体制を整えなければならないという要 請である。 事実、当時において、 ① 臨時行政調査会第二専門部会の﹁地方庁﹂構想など﹁国の総合出先機関の設置﹂構想︵三九年︶ ② 地方農政局の新設︵三八年︶、地方建設局の拡充強化︵三八年︶、など﹁国の出先機関の新設強化﹂ ③水資源開発公団︵三七年︶、阪神高速道路公団︵三七年︶、など、政府機関としての公団、事業団等の設立によ る広域開発事業の実施 ④河川法改正等にみられる府県︵又は府県知事︶の権限の国への吸上げ など、広域行政という名のもとに、これら国による統制方式が府県行政にとって代わる勢いでもあった。 しかし、他方、これに対する地方団体側の認識は必ずしも十分でなく、統合によるヨコの連帯性への機運は、全国 的にみれば一部の地域の問題にとどまり、このため、抵抗とマサッを避け、法案成立の可能性なども考え“連合”と ︵6︶ いう、いわば“妥協の形”になったともいえる。 ︵7︶ このため、この連合案は、財界など合併推進派からは、やや中途半端、かなり弱い、 ﹁府県合併に水をさす﹂とさ
え評価批判され、他方、これとは逆の慎重派からは、警戒の目をもって見られ、双方の側からの不満、非難の声が次 第に高まっていったのである。 府県連合についての具体的な問題点、批判としては、当時すでに次のような点があげられていた。 ①一部事務組合と変わらない 不満、批判のその一は、この地方連合は従来からある一部事務組合や、協議方式と比べても、条例の制定権や起 債の権限が新しく与えられるくらいで、さして違うところはないのではないか。連合体の財政は原則として分担金 でまかなうことになっているが、強力な広域行政の推進母体となるためには、もっと強力な財政上の裏付けが必要 だ。起債や特別交付税を与えるぐらいでは、実際的に事業を行うことはほとんどできないのではないか。起債や交 付税には一定のワクがある以上、連合が増加すればするほど、一連合当たりの額は非常に小さなものになるからで ある。 ②全員一致でないと決まらない。 その二は、連合の事業は、各自治体の長で組織される理事会で全員の意見が一致しなければ計画が決定できない ことである。このことは、連合を構成する知事が一人でも自己府県の利害に結びついた不当な主張をすれば、どん な立派な計画も決定不可能となる危険性をはらんでいる。さらに、その理事会で決まったものも、各地方議会の議 決を要することになっているが、これは、よほど利害の一致した間題でない限り実施不可能、これでははたして広 域行政の実をどこまで挙げ得るか疑わしい。重要な間題ほど関係府県とも﹁議して決せず﹂の事態に陥る恐れがあ
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新行革審答申︵89・E・20︶と地方分権 七〇 るのではないか、など。 ③“ヨコの連合”できるか その三は、我が国の国民性や、住民の郷土意識からみて、自治体間の“ヨコの連合”という方式では、各自、我 が田に水を引くことのみに急で、本当の効果はなかなか期待できないのではないか。従来からある一部事務組合や 協議会方式がさして効果がなかったことからみても、その効果が疑問視される。 ④中小府県からの不安感 その四は、中小府県からの不安感である。たとえば、岐阜県だが﹁結局は大府県、大都市だけの発言権が強ま り、遅れた地方や農村が一番取り残されてしまうのではないか。名古屋への“奉仕”だけに終わってしまう﹂と。 その他、府県連合は屋上屋を重ねるものではないか、中央集権化につながるのではないかなどの疑問、批判であ る。 このような各種の疑問点が指摘される中で自治省が最も期待した阪奈和三県のうち、大阪府議会が反対の議決を 行い︵三九年三月二日︶、さらに名古屋の中部経済連合会も、逆に、この連合案では中途半端だと反対の態度を みせてきた。 こうした地元の意向を反映し、自民党内でもこの連合法案は“なまぬるい”との批判が強くなり、同党の地方行政 部会では奥野誠亮氏が中心となって、 ﹁都道府県合併促進特別法案﹂をまとめ、議員立法で提出しようという動ぎに までなった。この﹁合併促進法案﹂というのは、あくまで下からの盛り上がりをまって都道府県の合併に国ができる
だけの便宜を与えるというもの。 しかし、結局これは国会提出までには至らず、 のである。 一方、 ﹁連合法案﹂も審議未了廃案となって、この国会は終わった
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︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ 坂田期雄﹁地方自治の制度と進路﹂ぎょうせい刊﹁明沼の地方自治﹂第一巻 日本経済新聞三八年八月一九日 朝日新聞三八年九月一六日夕刊 奥野誠亮﹁期待したい府県制度の改革と骨のある官界﹂自治省憩年の歩み ﹁⋮⋮そんなことから、合併方式を進めることとならず、次官という女房役の立場で、若干の異論を排し、省議で連合案 をとりまとめることにしたのであった。﹂ なお、奥野誠亮氏は、その秋、衆議院の解散とともに選挙に立候補、翌年、国会議員として府県について自主合併の道を 開く﹁都道府県合併促進特別措置法案﹂︵議員立法︶策定の推進の中心となった。 この調査会答申では、地方公共団体の連合は、特別地方公共団体とし、①経織としては、⑦執行機関として、構成団体の 長をもって構成する﹁理事会﹂、◎調査審議の機関として二〇人程度の委員︵半数は構成団体の議会の議員、半数は学識経 験者︶をもって構成する﹁審議会﹂を置く、②財政としては、⑦構成団体の分担金のほか、④起債能力を認める等、等を骨 子としている。 なお、このうち◎の審議会は、後に法制局との調整で諮問機能と同時に議決機能を持たせた﹁評議会﹂とされ、評議会の 議決機能の及ぶ範囲は、連合事務局の人件費、事務費などの予算決算及び連合の運営についての条例制定などに限ることと し、地方公共団体議会の権能を犯さない範囲にとどめることとされた。 田中二郎ほか﹁東海三県統合構想﹂︵中部経済連合会︶ 長野士郎﹁東海三県統合構想﹂を読む 東洋法学 七一新行革審答申︵89・E・20︶と地方分権 七二 ︵6︶ 朝日新聞三九年二月七日 ︵7︶ 朝日新聞三九年四月一〇田 ◎ 新行革審連合制度をアドホック的なものにとらえる ところで、今回の新行革新のこの﹁連合制度﹂については、自治省あたりでは、ここにみたような昭和三八年当時 の﹁府県連合﹂のように自治体の行政全体をまとめて連合とするのでなく、たとえば瀬戸内各県にまたがる海の環境 を守るとか、関東臨海部の各都県・市にまたがる水と緑の道づくり等、アドホック的に必要なものを取り上げて連合 をつくるという考え方が言われているが、そのような新しい連合制度が何故必要なのか、一部事務組合など現行制度 では何故対応できないのか、そのようなものをつくってほんとうに機能するのか等今後全国的に地方現場の上に立っ て実証的に十分検討されることが必要であろう。 ㊧ 新行革審答申の﹁市町村連合﹂と現在の﹁広域市村図﹂その問題 なお、新行革審答申の﹁市町村連合﹂と類似したもの、すなわち、合併にまで至らないで市町村同志ヨコに連けい する方式としては、現在﹁広域市町村圏﹂があり、またその制度としてはコ部事務組合﹂があるが、このような ﹁ヨコ﹂につながる方式はわが国ではなかなか育ち難い。次のような種々の問題点があり、一つの限界が感じられ る。 ω ﹁施設の共同利用﹂にとどまり﹁広域的なまちづくり﹂にはほとんど進んでいない 広域市町村圏の現状と問題点の第一は、従来からあったごみ、し尿等の﹁施設利用﹂にとどまり、 ﹁広域的なまち
づくり﹂へとはまだほとんど進んでいない、ということである。 たとえば、比較的進んでいるものとしては、 ウり観光面では ・広域対策協議会の設置 ・広域的観光ルートの設置︵長崎県の歴史探訪遊歩道、自転車道など︶ ・観光パンフ、観光ガイド、案内板、石柱の設置︵新潟県、青森県、長崎県など︶ ・広域観光マップの作成︵三重県、青森県など︶ ・イベントを主体とした交流事業︵沖縄県、那覇市︶ ・観光宣伝隊の派遺︵山口県︶ ω 環境整備面では ・河川の美化、清流の里づくり︵長崎県︶ ・ほたるの里づくり︵長崎県︶ などがあげられるが、全般的には、まちづくりはそれぞれの市町村だけにとどまり、市町村の枠を超えた広域的なま ちづくりに具体的に取り組んでいる圏域は極めて少ない。 施設の共同利用についても、従来からあったし尿や下水道等を除ぎ、ほとんど進展していない。 ③ 広域市町村圏計画は、個々の市町村の事業計画の単なる寄せ集め
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七三新行革審答申︵89・鷲・20︶と地方分権 七四 第二は、各広域圏において作成される﹁広域市町村圏構想︵計画とは、やく一部の圏域では策定過程において広 域的視野からの調整、議論がなされているところもあるが、全般的には、個々の構成市町村の事業計画の単なる寄せ 集め︵集合計画︶、分類、整理したものに過ぎない、という感が否めない。生きた計画とはなっていないということ である。 当初、広域圏計画の構想は、構成市町村の事務担当者が共同で作業されたものであるが、現計画においては、そのような共 同化されたものではなく、各市町村の独自の計画の寄せ集めでしかない。 もちろん、その計画が、広域的な地域経営としての指標として利用されている場合もあるが、その際でも、利用さ れるのは、一部事業のための基礎設計となるくらいで、生きた計画にはあまりなっていない、と評価されている。 それは、事業や予算は、関係市町村それぞれに帰するものであるため、どうしても広域的な振興整備のための生き た計画となりにくい、という状況である。 ③ 計画、ソフト面の共同化にもほとんど入れていない 第三は、広域市町村圏事業としては、当初の﹁物的面、施設面の共同化﹂から、第二段階としては、 ﹁ソフト面﹂ とか﹁計画面﹂の共同化が期待された。 そこで、このようなソフト面の共同化の状況をみてみると、最近では、 ・職員の共同研修︵山口市、兵庫県、金沢市︶ ・電算機による共同処理
・イベントの開催︵兵庫県︶ ・文化財調査研究 ・広域広報紙の発行︵神奈川県︶ ・スポ⋮ツリーダーバンク登録者研修会 ・広域圏身体障害者スポーッ大会 ・くらし生き生きシンポジウム開催 ・健康管理セソター運営︵岡山県︶ ・休日歯科医療サ⋮ビス︵ 〃 ︶ ・休日救急医療確保︵ 〃 ︶ ・青少年補導センター運営︵ 〃 ︶ ・女子短期大学設置運営︵ 〃 ︶ ・村づくり学習館︵しいたけ、山菜栽培︶ 等がみられるが、全般的には、計画、ソフト面での共同化にはまだほとんど入れていない。 められていない。 ㈲ 住民の広域圏に対する認識がない 第四は、広域市町村圏に対する住民意識、認識が極めて薄いということである。住民は、
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具体的な事業はあまり進 広域市町村圏というもの 七五新行革審答申︵89・12・20︶と地方分権 七六 を知らない、あるいは、自分がいま住んでいる地域はどのような広域市町村圏に属しているのかなど通常は知らない 住民が大部分である。だから広域市町村圏に対する地域住民の帰属意識も極めて稀薄だということになる。 これは、事務局があってなきに等しいような弱体であること、PRされることがほとんどないこと、それに一部事 務組合などという長たらしい名前でイメージとしてピンと浮かんでこない、現代の感覚にピッタリとこないという面 がある、などが原因としている。 さらに問題なのは、この一部事務組合には、制度的にも﹁住民が存在しない﹂ということである。すなわち、現 在、広域市町村圏の複合事務組合は、 ﹁特別地方公共団体﹂であるが、住民が直接選挙することがない。住民の直接 請求も組合には認められない︵自治法七四∼八八︶。 ただ、問接的には住民意思が反映するよう、①公選の長、議員が広域市町村圏の機関を構成し、また、②組合議会 の事務処理にあたって、住民の意思が十分反映されるような仕組みと運営が今後考えられることが必要であろう。 本来、地方自治においては﹁税負担﹂と﹁サービス﹂とが直結していることが一番望ましいのだが、広域市町村圏 にはその結びつぎがない、こう考えてくると、広域市町村圏というのは過激的な制度、形態で窮極的には合併までい かないとダメなのではないか、という気もする。 なお、現在、広域市町村圏の組合自身で、住民にもっと認識を持ってもらおうと広報、広聴の活動を積極的に行っ ているところもある。たとえば、 ①独自の広報紙を発行ー⋮石巻地域︵宮城︶、七尾鹿島地域︵石川︶
②住民に対するアンケートー飛騨地域︵岐阜︶、六日町地域︵新潟︶︵今後の広域市町村圏策定の上で、住民の意 見を十分に反映させようとするもの︶ などが挙げられる。 ⑤ 広域圏より我が市町村優先、我がまち意識 第五は、広域市町村圏にあっても、どうしても市町村単位の施策の遂行が優先され、広域圏単位での十分な調整が できないということである。 ごみ、し尿、火葬場等の迷惑施設の共同設置は、広域圏行政としてよく進んだが、それ以降、文化、スポーツ、レ クリエ;ショソ、コミ三一ティなど住民に喜ばれる施設となると、特に財政基盤が充実しているところでは各自治体 がそれぞれ自前で施設整備をしようとする。その間に十分な調整もできない。 市町村のトップが広域圏の意義をさほど重視していない、広域的な発想や感覚が不十分だという指摘があるが、現 状をみると、首長、住民ともに市町村自体への帰属意識が強い。構成市町村は市町村としてますます固まる方向にあ る。そのため、本来の狙いとする広域市町村圏の機能が固定化、形成化してきている。広域市町村圏という制度には 限界があるのではないか、タテに結びつくタテ社会の日本には、このようなヨコに結びつく広域圏構想はあわないの ではないか、という悲観論も出ている。 計画作成事務局が、現在では、広域圏事務をお荷物と見るくらい、評価されていないところもある。 雛﹁タテ﹂社会の体質の中で﹁ヨコ﹂の連携が根づくか、申心市と周辺市の問題 東洋法学 七七
新行革審答申︵89・招・20︶と地方分権 七八 我が国の長い伝統的な﹁タテ﹂社会構造、体質の中で、はたして、このような﹁ヨコ﹂の連携による体制、システムがどこ まで成功し、根づくかという問題である。 我が国の地方自治の風土は、各自治体が分担金を出して共同でやるという﹁ヨコ﹂の線より、県に持ち上げ、国に持ち上げ て、なんらかの助成を引き出す、あるいは県事業、国事業に昇格してもらうことを望むなど、 ﹁タテ﹂のラインで、上にすぐ 結びつく、さらには財政的なカネの魅力で動かされるという体質が根強く残っている。これはなにも、中央各省ー県ー市町村 という関係の中だけの特質ではない。日本の社会構造全体の基本的体質でもある。 ﹁この集団が機能を発揮するということ は、﹁タテ﹂線をフルに使うことであるため、﹁ヨコ﹂の連絡・調整は必然的にその機能の低下を招き、 ﹁ヨコ﹂の関係をして 機能させうるということは、構造的志向に横車を押すことになりかねない﹂ ︵中根千枝氏︶と言われているが、このような環 境の中で、市町村がどこまでそれを克服して新しい行政の広域化への道を開き得るか、大きな課題である。 ㈲ 広域行政機構が弱体 第六は、広域行政機構が弱体だということである。 ①まず事務局職員ーー通常は、中心市に置かれているが、その市の仕事との兼務が多く、このため、組織が弱体 で広域行政の要になれない。また、圏域各町村の広域事務担当老も、ほとんど兼務であるため、どうしても自分 のところの自治体事務が主となり、広域圏事務は形式的となる。 ② 次に、中心市も広域行政機構も、広域圏の行政に関して行政機能や権限がなく、自らの財源を持たないため、 調整機能が発揮できない、りーダーシップがとれないという状況にある。 これまで、ごみ、し尿処理施設など︸部事務組合方式による事務の共同処理は定着したが、それ以外のものに ついては広域市町村圏計画に基づいて実施する事業であっても、実際には各市町村事業であり、広域圏が主体と
なって取り組む事業でないため、広域行政機構は、結局、単なる連結調整団体になりがちである。しかも、この 広域市町村圏の機能である連絡調整も、実際には広域機能自体でなく、市町村がそれぞれ配慮して行っていると ころも多い実情にある。こうみてくると、広域行政機構の企画調整能力、実施体制の強化が何よりも望まれよ うo ③ このほか、協議会方式をとっているところでは、法人格がなく、財産権の主体ともなり得ないため、事務の実 施管理に十分でない面が出てくる。 広域行政機構に、法的裏付けと財源︵交付税︶をこのような現状からみて、今後、広域行政機構を強化する方策と して、 ① 法的裏付けを与える。現在は法的位置づけが不明確である。 ② また、財源を直接広域行政機構に付与したらどうか。 という声もある。いかに強力な事務局、優秀なスタッフをそろえても、権限がなければ何もできない。 現在、広域行政機構の運営は、すべて構成市町村からの負担金でまかなわれているが、これを改め、いま各市町村 に交付されている広域行政のための交付税︵一圏域当たり三億円︶を、直接、広域行政機構に交付するようにしたら どうかという指摘である。広域圏の経常経費について広域圏固有の財源を持たせるという考え方である。 いくつかの地方課の話によると、この三億円の交付税は、道路整備に積極的な市町村以外は、他の行政経費に振り 向けている。交付税は事業を実際に執行しなくても配分されている。 ﹁交付税三億円は実績配分とし、その把握と配 東洋 法学 七九
新行革審答申︵89・鷲.20︶と地方分権 八○ 分を広域行政機構にやらせたらどうか﹂ ﹁今のままでは、広域市町村圏を育てる目的でできた、せっかくの交付税が 生かされていない。死に金になってしまう、逆にマイナス面すら出ている﹂という。たとえば、広域消防ーその必 要な経費が一部事務組合から各市町村に負担金として割り当てられるが、それを見て﹁こんなにも多く﹂と市町村議 会では驚き騒ぐ。交付税で各市町村に別途十分措置されているわけなのだが、そういうことは誰もほとんど知らな い。 ﹁広域事務組合にこんな多額の金を出させられている、金をとられている﹂1そういう気持ち、認識だけが強 く残る。 ㊨ 剛部事務組合とも類似ーその問題点 このような広域市町村圏の問題点の相当部分は、そのまま一部事務組合の問題点としてあげられる。主な聞題点を あげると、 ︵1︶ ①長年﹁タテ社会﹂の中でその運動方向が“タテ”︵地方←中央︶に持たれてきた我が国の地域社会において、こ のような4ヲの方向の連けい、調整、グループ化がなかなかむずかしく、構成団体相互の一体的な連帯感がま だ稀薄であること ② このことは特に共同処理事業が構成団体の利害と対立する場合︵たとえば、迷惑施設を共同設置する場合のその 場所をめぐっての対立︶とか、費用負担問題になると表面化し、めんどうになる事例があること ③この結果、一部事務組合についてみても、個々の構成団体のエゴに引きずられ、あるいはその拒否権によって全 体の計画がでぎない、又は壊されるという制度自体の弱さがあること
④ 一部事務組合については最近、実態に合わせるように四九年から複合事務組合の制度ができたが、なお、組合に は住民が存在せず、したがって住民との直接の結びつぎがない、特に、し尿、ゴミ処理施設など住民生活に密接に 関連した共同施設が多くなり、しかもその施設場所をめぐって住民の反対運動が激しい今β、制度的にも住民との かかわりあいを持たせる必要はないか ⑤ 一部事務組合という用語が古い用語で一般住民にはなじめず、地方自治体関係者以外の住民はほとんどこの言葉 を知らない ⑥ そのほか設置手続が煩雑であること ⑦ さらに大都市圏においては、その抱える広域的処理を必要とする多くの大都市問題に対してこの方式ではほとん ︵2︶ ど適応でぎないこと などの問題点、限界が指摘されている。 ︵1︶ 中根千枝﹁タテ社会の人間関係﹂ ︵2︶ 成田頼明﹁自治体と大都市圏広域行政﹂︵ジュリスト一九七〇年五月一日︶