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「宗教間の共生は可能か」シンポジウム概要 利用統計を見る

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「宗教間の共生は可能か」シンポジウム概要

著者

渡辺 章悟

雑誌名

国際哲学研究

別冊6

ページ

9-10

発行年

2015-03-10

URL

http://doi.org/10.34428/00008133

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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宗教間の共生は可能か」シンポジウム概要 9

「宗教間の共生は可能か」シンポジウム概要

辺 章 悟

東洋大学国際哲学研究センター第 3 ユニットでは、2013 年 11 月 30 日(土)14:00∼16:30、 東洋大学白山キャンパス 6 号館 2 階 6211 教室にて、「宗教間の共生は可能か」と題するシンポ ジウムを開催した。これは、昨今特に問題とされている宗教間の相剋と共生ということに焦点 をあてて、主に仏教研究者を中心として、共生の可能性を探ろうという意図のもと行われたシ ンポジウムである。具体的には、宗教間のディベートの記録を参考に、それぞれの宗教は生命 の根源をどのように考えたのか、その相違と共通性を探り、宗教の相剋の実態、およびその対 立から見る共生の実現について分析し、問題の解決へ向けた可能性を考えることを意図したも のであった。企画立案者の筆者による開会あいさつの後、3 名の提題者が提題を行った。 釈悟震先生((公財)中村元東方研究所専任研究員)は、「異宗教間の共存は可能か―仏教国 スリランカを中心に」と題する提題を行った。19 世紀後半にスリランカで行われたパーナド ゥラー論争と呼ばれる仏教徒とキリスト教徒の論争を題材とし、「宗教の理解を通じて、異文 化に対する認識を広げ、ひいては人間理解を深める」必要があり、「異宗教間の対話はより深 く行われなければならない」と結んだ。バイカル客員研究員(桜美林大学准教授)は、「モン ゴル帝国時代の仏教とキリスト教―カラコルムの宗教弁論大会を中心として―」と題し、1254 年、モンケ・ハーンの治世下、モンゴル帝国の都であるカラコルムのネストリウス派キリスト 教礼拝堂において開催されたキリスト教徒、イスラム教徒と仏教徒による弁論大会を取り上げ、 「世界の三大宗教の信徒、またカトリック教に異端とされていたネストリウス派キリスト教徒 が、このような平和な環境の中、平等な立場で弁論できたことは有史以来、はじめての出来事 だと言っても過言ではない。これはモンゴル遊牧文化を継承した帝国のハーンたちの寛容性と 調和性がもたらしたものであると考えられる」と結んだ。最後に、菅野博史先生(創価大学教 授)が、「富永仲基と平田篤胤の仏教批判」と題する提題を行った。富永は、明治以降の近代 仏教学において常識となった大乗非仏説論、つまり、大乗経典は歴史的釈尊が直接説いたもの ではないとする説を、すでに江戸時代、『出定後語』において歴史的観点から提唱した思想家 である。他方、平田は、それを受けて仏教研究に取り組み、『出定笑語』を著した国学者であ る。その両者の仏教批判を詳しく紹介した上で、特に平田について、「日本の古伝説を補うた めと、それの普遍性を論証するために、中国、インドの古伝を研究する必要があったこと、国

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シンポジウム「宗教間の共生は可能か」 10 学の宗教化にともなって、同じ土俵の競争相手とも言うべき仏教を厳しく批判する必要があっ たことなどを理由として、仏教の研究に取り組んだと思われる」と指摘し、さらに、「彼が仏 教界の制度的改革にはまったく消極的であったことも見逃せない事実」として指摘した。 続く総合討論では、フロアからの共生についての展望、一神教と多神教の間の共生の可能性 など、さまざまな質問に対して、提題者が丁寧に答えた。最後に、宮本久義研究員(第 3 ユニ ット長)が閉会のあいさつを行った。シンポジウムは 40 名ほどの参加者があり、共生の可能 性に正面から切り込んだ有意義な会となった。

参照

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