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先物取引被害の不法行為責任と消滅時効 : <不法行為性隠蔽型>損害における時効起算点

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先物取引被害の不法行為責任と消滅時効

――<不法行為性隠蔽型>損害における時効起算点――

松 本 克 美

* 目 次 は じ め に 一 民法724条前段の「損害及び加害者を知った時」 二 先物取引の継続性と消滅時効の起算点 三 取引終了以後の違法性認識時説 四 消滅時効の援用制限について お わ り に

は じ め に

商品先物取引法1)によれば,先物取引とは,「当事者が将来の一定の時 期において商品及びその対価の授受を約する売買取引であって,当該売買 の目的物となっている商品の転売又は買戻しをしたときは差金の授受に よって決済することができる取引」(同法 2 条 3 項 1 号)など2)のことを * まつもと・かつみ 立命館大学大学院法務研究科教授 1) 先物取引規制については,当初,国内商品市場における先物取引を規制する「商品取引 所法」(1950(昭和25)年法律第239号)が制定され,その後,外国商品市場における先物 取引規制のために,「海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律」(1982(昭和 57)年法律第65号)などが制定され,これらを統合し,改正するかたちで,現行の「商品 先物取引法」(最終改正・2011(平成23)法律61号)に至っている。 2) 本文に引用した先物取引は「現物先物取引」と呼ばれる種類のものである。他に,先物 取引の種類としては,「現金決済型先物取引」「商品指数先物取引」「オプション取引」「ス ワップ取引」がある(商取法 2 条第 3 項 2 号以下参照)。これらの取引については,高島 竜祐・野津山喜晴編『逐条解説・商品先物取引法 業者規制について』(商事法務,2011) 28頁以下参照。

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いう。先物取引の特徴は,現物をもっておらず,資金が少なくても,多額 の利益を得る可能性があるとともに,多額の損失を蒙る可能性もあるとい う投機性にある。すなわち,ハイリスク・ハイリターンが期待できると同 時に,ハイリスク・ノーリターンの可能性もある。 例えば, 1 年後に価格が上昇することを見越して, 1 グラム3000円で 1000グラムの金を購入した場合に,実際には, 1 年後の金の 1 グラムの価 格は4000円に上昇していた場合には, 1 グラムにつき1000円の利益×1000 グラム=100万円の利益が生じる。このとき,先物取引では,現物を受け 取る代わりに,転売することができ,その時の値段で決済することによ り,現物のやり取りが全くないのに,100万円の利益を得ることになる。 しかも,この最初の先物取引に必要な資金 1 グラム3000円×1000グラム= 300万円については,12万円程度の取引本ほん証しょう拠こ金きん(本ほん証しょう)があれば取引が できるのである3) しかし,商品の相場動向は気象,災害等の自然現象から世界の政治,経 済,社会に至るあらゆる要因により左右され,特別の知識・経験を有しな い大衆投資家にはその予測など不可能であるといわれる4)。しかも,先物 取引は,株や現物の売買などとは違って,いったん値下がりしても値上が りまで待つようなことができず,必ず決められた時期に決済しなければな らず,しかも,投資資金が少なくて済む反面,自分が実際に出資した額の 何倍もの損失を抱え込む可能性もあり,リスクが高い。先物取引に関心も なく,知識もない一般市民が,先物取引業者の商品取引員の執拗な勧誘に よって,先物取引に引き込まれ,数か月ないし 1 年, 2 年という短期間 に,数百万円から数千万円の資産を失うという先物取引被害5)が,1960年 3) 先物取引の仕組みについてのこのようなわかりやすい解説として,三次理加『商品先物 市場のしくみ 資産運用からリスクヘッジ機能まで』(PHP 新書,2010)50頁以下参照。 4) 垣口克彦『消費者保護と刑法――悪徳商法をめぐる犯罪――』(成文堂,2003)56頁。 5) 先物取引被害の実態については,日弁連消費者問題対策委員会編『先物取引被害救済の 手引[10訂版]』(民事法研究会,2012)13頁以下(以下,傍点部分で引用)。また,先物 取引業者の悪質商法の手口については,荒井哲朗・白出博之・津谷裕貴・石戸谷豊編 →

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代後半から出現するようになった6)。ある論者は,「先物取引被害とは, 経済的行為のように見える先物取引委託契約の過程で,組織体としての業 者から,仕組まれた欺瞞的なカラクリと不当な勧誘によってもたらされる 構造的詐欺的被害である7)」としている。 悪質な「客殺し商法」と呼ばれる事案は,刑事事件の詐欺罪にも問われ ている8)。例えば,最判1992(平成 4 )・2・18 刑集46巻 2 号 1 頁は,次の ように被告の「客殺し商法」の事実を認定したうえで,詐欺罪を適用した 事案である。すなわち,被告は,「⑴ 勧誘に当たっては,いわゆる『飛び 込み』と称し,一定地域の家庭を無差別に訪問して勧誘する方法を採る。 ⑵ その結果,勧誘対象の多くは,先物取引に無知な家庭の主婦や老人と なるが,これらの者を勧誘するに際しては,外務員の指示どおりに売買す れば先物取引はもうかるものであることを強調する。⑶ そして,右の言 葉を信用した顧客に対して,外務員の意のままの売買を行わせることと し,具体的には,相場の動向に反し,あるいはこれと無関係に取引を仲介 し,しかも,頻繁に売買を繰り返させる。⑷ 取引の結果顧客の建て玉に 利益を生じた場合には,一定の利幅内で仕切ることを顧客に承諾させて, 利益が大きくならないようにする一方で,利益金を委託証拠金に振替えて 取引を拡大,継続するよう顧客を説得したり,顧客からの利益の支払要求 等を可能な限り引き延ばしたりしつつ,それまでとは逆の建て玉をするな どして頻繁に売買を繰り返させる。⑸ 以上の方法により,顧客に損失を 生じさせるとともに,委託手数料を増大させて,結局,委託証拠金の返還 →『実践 先物取引被害の救 済「全訂増補版」』(民事法研究会,2009)124頁以下など。 6) 国民生活センターに寄せられた先物取引被害に関する年度別相談件数は,1993年度で 1863件,2003年度で8899件,2010年度で3593件とされる(前掲注( 5 )手引22頁以下参照)。 7) 浅井岩根「先物取引被害の実態と救済」判例タイムズ701号(1989)77頁以下。 8) なお,先物取引被害に関する刑事責任を論じたものとして,垣口・前掲注( 4 )55頁以下 の他,松田三郎「先物取引の仕組みと悪質商法の実態(上)(下)――警察官の基礎知識とし て――」警察学論集 1 号132頁,同 2 号75頁以下(1988),神山敏雄『日本の経済犯罪―― その実情と法的対応・新版』(日本評論社,2001)175頁以下等。

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及び利益金の支払を免れる」といういわゆる「客殺し商法」を行い,「先 物取引において顧客にことさら損失等を与えるとともに,向かい玉を建て ることにより顧客の損失に見合う利益をA社に帰属させる意図であるの に,自分達の勧めるとおりに取引すれば必ずもうかるなどと強調し,A社 が顧客の利益のために受託業務を行う商品取引員であるかのように装っ て,取引の委託方を勧誘し,その旨信用した被害者らから委託証拠金名義 で現金等の交付を受けたものということができるから,被告人らの本件行 為が刑法二四六条一項の詐欺罪を構成するとした原判断は,正当である。」 1982年 3 月には先物取引被害者の法的救済のために活動する弁護士の全 国的連絡組織として「先物取引被害全国研究会」も結成され,次第に,被 害者が失った資産の回復を求めて,先物取引業者やその使用者に損害賠償 を請求する訴訟が多発するようになった9)。先物取引被害をめぐって,行 政の対応は消極的10)で,立法による対応も後追い的なものであったが, 徐々に投資者保護の法制度が整備されるようになってきてはいる11) 9) 以上の点については,浅井・前掲注( 7 )79頁以下参照。なお先物取引被害訴訟の裁判例 を分析したものとして,酒巻俊雄・吉井溥『商品取引の判例と紛議処理』(同文館出版, 1976),河内隆史「先物取引に関する判例」判例タイムズ701号(1989)56頁以下,同「商 品先物取引の被害の救済と判例法理――不当勧誘・一任売買を中心として――」法学新報 97巻 1・2 号(1990)319頁以下,今西康人「契約の不当勧誘の私法的効果について――国 内公設商品先物取引被害を中心として――」中川淳先生還暦祝賀論集『民事責任の現代的 課題』(世界思想社,1989)217頁以下,山口和男「商品取引仲介業者の不法行為責任」裁 判実務大系16・不法行為訴訟⑵(青林書院,1987)389頁以下,同「商品取引業者の民事 責任――不法行為責任を中心として――」篠原弘志編『判例研究 取引と損害賠償』(商 事法務研究会,1989)159頁以下,尾﨑安央「裁判例からみた商品先物取引委託者の適格 性」判例タイムズ774号(1992)40頁以下,清水俊彦「投資勧誘と不法行為」判例タイム ズ853号(1994)23頁以下,「同(再論)」判例タイムズ877号(1994) 4 頁以下,大阪地方 裁判所金融・証券関係訴訟等研究会「商品先物取引訴訟について」判例タイムズ1070号 (2001)94頁以下,宮下修一『消費者保護と私法理論――商品先物取引とフランチャイズ 契約を素材として――』(信山社,2006)275頁以下,滝澤孝臣『金融取引訴訟』(青林書 院,2011)87頁以下など。 10) 先物取引被害をめぐる行政の消極性については,浅井・前掲注( 7 )82頁参照,宮下・前 掲注( 9 )246頁以下参照。 11) 先物取引をめぐる法改正の経緯については,前掲注( 5 )手引 7 頁以下参照。

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こうした中で,近時,先物取引被害をめぐる損害賠償請求訴訟の中で, 被告側が消滅時効を援用する事案も見られるようになった(末尾の別表参 照)。これらの事案では,○1 不法行為に基づく損害賠償請求権の場合,民 法724条前段の 3 年間の短期消滅時効の起算点である「損害及び加害者を 知った時」とはいつかが争点となっている12)。また,債務不履行に基づ く損害賠償請求権の場合は,○2 この債権が商事債権として 5 年の短期消 滅時効(商法522)にかかるのか,それとも民事債権として10年の消滅時 効期間が適用されるのか(民167Ⅰ)という時効期間の問題,○3 時効起算 点である「権利を行使することができる時」(民166Ⅰ)とはいつかが争点 となる。 本稿では,裁判例を踏まえた上で,これらの争点のうち,○1についての 私見の展開を試みる。紙幅の都合上,○2○3の論点については,本誌次号で 検討したい。なお,実際の公刊裁判例では,まだあまり主張されていない ようであるが,先物取引被害の事案での業者による消滅時効の援用が信義 則違反ないし権利濫用とならないのかという援用制限の問題も検討してみ たい。 本稿では,不法行為責任や債務不履行責任の成否の問題自体に立ち入る 余裕がない。従来の裁判例上は,適合性原則違反,説明義務違反,新規委 託者保護義務違反,無断・一任売買,転がし(無意味な反復売買),過 当・過大取引,向い玉ぎょく(顧客の建たて玉ぎょく――成立した未決済の契約のこと―― の反対の建玉をして,顧客の損失を商品取引員の利益とすること)などを 理由に違法性が肯定され,不法行為責任ないし債務不履行責任が認められ てきたが,これについては,詳細な分析が蓄積されてきているのでそちら を参照されたい13) 12) 先物取引被害訴訟において,後段の20年期間の適用が争われた事例は未見なので,ここ では,近時問題となっている724条前段の起算点解釈に絞って検討する。 13) 1980年代半ばまでの判例形成期における先物取引と違法性に関する詳細な分析として, 名古屋先物取引被害研究会編『先物取引被害の救済(Ⅰ)違法性について』(1985),同 →

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一 民法724条前段の「損害及び加害者を知った時」

1 民法724条前段が規定する時効期間と時効起算点14) 民法724条前段は「不法行為による損害賠償の請求権は,被害者又はそ の法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは, 時効によって消滅する」と規定する。明治民法典の制定過程における法典 調査会の議論においては, 3 年の短期時効の起算点が「損害及ヒ加害者ヲ 知リタル時」とされていることの意味を巡る詳細な議論はされていな い15)。法典調査会の審議において,起草者である穂積陳重は,起草にあ たり参考にしたイタリア民法典,ドイツ民法典第一草案,第二草案,フラ ンス民法典などが不法行為に基づく損害賠償請求権に 3 年の短期消滅時効 を定めていることを紹介し16),この 3 年という期間が被害者側の証明の 準備期間として短くないかという横田國臣委員の質問に対して,「大概ノ 場合ハ三年ガ宜シイト云フ素人考デ思ツタノデアリマス」と述べている程 →『先物取引被害の救済(Ⅱ)――違法性の立証――』(1986)等。また,前掲注( 5 )「救済」 138頁以下が,先物取引における違法性判断要素をコンパクトに要約・紹介している。投 資取引において専門業者がどのような行為義務を負うかについては,今川嘉文『投資取引 訴訟の理論と実務』(中央経済社,2011)61頁参照。証券業者の行為義務につき,今川嘉 文『過当取引の民事責任』(信山社,2003)157頁以下など。先物取引被害の救済をめぐる 民法上の法的構成の可能性を総合的に検討したものとして,平野裕之「商品先物取引にお ける被害者救済の視点と民法理論」先物取引被害研究27号(2006) 4 頁以下。投資取引と 民法理論については,潮見佳男『契約法理の現代化』(有斐閣,2004)の第 2 部「投資取 引・消費者契約に見る民法法理の現代化」参照。 14) 民法724条前段の起算点解釈一般に関する私見については,松本克美「民法724条前段の 時効起算点――現実認識時説から規範的認識時説へ――」立命館法学286号(2003)243頁 以下(同『続・時効と正義――消滅時効・除斥期間論の新たな展開』(日本評論社,2012) に収録。引用頁は前者による)。 15) 民法724条の立法史については,内池慶四郎『不法行為責任の消滅時効』(成文堂, 1993) 3 頁以下,徳本伸一「損害賠償請求権の時効」星野英一編集代表『民法講座6』(有 斐閣,1985),松本・前掲注(14)658頁以下参照。 16) 『法典調査会議事速記録五』(日本近代立法資料叢書 5 )(1984)459頁。

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度の説明しかない17)。ただ,穂積の発言につづいて,土方稔委員が,「私 ハ『加害者ヲ知リタルトキヨリ』トアリマスカラ三年デ宜シイト思ヒマ ス」と述べているように18),この場合の 3 年の短期時効期間の妥当性は, 被害者側による加害者・損害の認識を時効起算点としていることとのワン セットで捉えられていると言えよう。 民法典起草者の一人である梅謙次郎の教科書では,この点を,不法行為 に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は,立証・採証の観点から 3 年間 の短期とし,ただ,被害者または法定代理人が損害や加害者を知らないう ちに消滅時効が進行してしまわないように,「損害及ヒ加害者ヲ知リタル 時」を時効起算点にしたのであると説明している19)。このように724条前 段を<期間の短期性-主観的認識を媒介とした起算点>の組み合わせとし て理解する点は,現在の学説が,「一般の債権に比べて, 3 年の消滅時効 は短いので,起算点の要件である『被害者又はその法定代理人が損害及び 加害者を知った時』は厳格に解されている」という理解にも反映している と言える20) なお民法典起草者が参照したドイツ民法典第一草案,第二草案や,プロ 17) 前掲注(16)速記録五・460頁。 18) 前掲注(16)速記録五・460頁。 19) 梅謙次郎『民法要義巻ノ三』(1912年訂正補訂第33版の復刻版,有斐閣,1984)917頁。 梅は,「若シ本条ノ規定ナクンハ第百六十七条第一項ノ通則ニ依リ十年ニ因リテ時効ニ罹 ルヘシ然リト雖モ果シテ不法行為アリタルヤ否ヤ又其不法行為カ何程ノ損害ヲ生セシメタ アルカハ歳月ヲ経ルニ従テ之ヲ証明スルコト極メテ困難ト為リ動モスレハ曖昧ナル訴訟ヲ 提起スルコトアルヘシ是レ力メテ避クヘキ所ナルガ故ニ本条ニ於テハ特ニ三年ノ短期時効 ヲ置ケリ」として,立証・採証の困難の観点から 3 年の短期消滅時効を定めたことを説明 した上で,「唯起算点ハ不法行為ノ時トセスシテ被害者又ハ其法定代理人カ損害ノ事実及 ヒ加害者ノ誰タルヲ知リタル時トセリ蓋シ被害者又ハ法定代理人ノ知ラサル間ニ其請求権 ヲ失フカ如キコトアラサラシメンガ為メナリ」としている(傍点引用者――以下同様)。 20) 内田貴『民法Ⅲ[第 3 版]』(東大出版会,2011)473頁。なお,金山直樹は,端的に, 「不法行為に関しては,三年という短期の消滅時効が規定され,それに対応する形で起算 点につき特則が設けられている」ことを指摘する(金山直樹『時効における理論と解釈』 (有斐閣,2009)372頁。

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イセン一般ラント法,オーストリア民法典なども,不法行為責任に基づく 損害賠償請求権について,被害者が損害及び加害者を知ってから 3 年とい う短期消滅時効を定めているが,その理由は,「権利者の不知という主観 的な権利実現の障害事由を権利者のために例外的に考慮した」などと説明 されている21) 2 「損害及び加害者を知った時」の意味 724条前段の規定する「損害及び加害者を知った時」の具体的意味,ど のような場合に「知った時」と言えるのかの解釈については,その後の判 例・学説に委ねられることになった。次の点が重要である。 ⑴ 事実上の損害賠償請求可能性 損害及び加害者を知った時が起算点とされる理由は,損害及び加害者を 知らなければ損害賠償請求ができないからである。すなわち,損害及び加 害者を知るとは,損害賠償請求が可能になる程度に損害及び加害者を知る という意味でなければならない。この点を明示したのが,最判⑵ 1973 (昭和48)・11・16 民集 27・10・1374(白系ロシア人拷問事件)である。 第二次大戦中の1942(昭和17)年に,樺太に居住していた白系ロシア人 であるXが,軍機保護法違反の容疑で逮捕され,警察官Yらに拷問された 結果,虚偽の自白調書に署名させられ,懲役 4 年の実刑判決をうけたあ と,1945(昭和20)年に釈放されてから,16年たった1961(昭和36)年に ようやくYの住所氏名をつきとめたXが,翌年Yを相手取り不法行為に基 づく損害賠償を請求した事案である。Yは不法行為がなされた1942(昭和 17)年当時に X は Y の顔を知ったのだから,その時に損害及び加害者を 知っていたとして,既に 3 年の消滅時効が完成していると主張した。最高

21) Motive zu den Entwurf eines Bürgerlichen Gesetzbuch für das Deutschen Reich, Bd. II., 1888, S. 743..

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裁は次のように判示して被告の主張を退けた。 「民法七二四条にいう『加害者ヲ知リタル時』とは,同条で時効の起算 点に関する特則を設けた趣旨に鑑みれば,加害者に対する賠償請求が事実 上可能な状況のもとに,その可能な程度にこれを知った時を意味するもの と解するのが相当であり,被害者が不法行為の当時加害者の住所氏名を的 確に知らず,しかも当時の状況においてこれに対する賠償請求権を行使す ることが事実上不可能な場合においては,その状況が止み,被害者が加害 者の住所氏名を確認したとき,初めて『加害者ヲ知リタル時』にあたるも のというべきである。」 この判旨は,極めて妥当な判断を示したものとして学説の支持を得てい るところである22) ⑵ 不法行為による損害であることの認識 被害者に何らかの損害が発生しても,それが加害者の不法行為によって 発生した損害であることが認識できなければ,その加害者に不法行為責任 に基づく損害賠償を請求できない。加害者の不法行為による損害であるこ との認識は,<損害を発生させた加害者の行為が不法行為と評価できるこ と>の認識,すなわち,<違法性の認識>と,加害者の不法行為によって その損害が発生したという<因果関係の認識>を前提としよう。この点が 争われたのが公害訴訟であった。 戦後日本で最大の公害被害を発生させたといわれる熊本水俣病訴訟判決 では,被害の原因究明に長期間を要し,最初の被害発生から20年近くを経 て提訴がなされたため,消滅時効が問題となった。この判決は消滅時効の 起算点につき,次のように判示している(熊本地判 1973(昭和 48)・3・ 20 判時696号15頁)。 22) 吉村良一『不法行為法[第 4 版]』(有斐閣,2010)184頁,潮見佳男『基本講義・債権 各論Ⅱ不法行為法・第 2 版』(新世社,2009)115頁,窪田充見『不法行為法』(有斐閣, 2007)444頁等,

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「民法第七二四条前段が,三年の消滅時効の起算点を被害者またはその 法定代理人が『損害および加害者を知った時』と定めたのは,被害者は, 加害行為の事実を知るのみでは損害賠償請求権の行使はできないが,加害 行為によって発生した『損害』と損害賠償請求権の相手方である『加害 者』をともに知った時に,初めて損害賠償請求権を行使することが可能に なるので,この時点から時効を進行させるのを妥当とするからである。こ の趣旨からすると,ここに『損害を知る』というのは,単に,損害発生の 事実を知ることのみをいうのではなく,同時に加害行為が不法行為である ことを知ることで,当然,違法な加害行為と損害発生の事実との間に相当 因果関係があることを知ることをも含む趣旨に解しなければならない。 そして,同条にいわゆる『知りたる』時とは,被害者の加害者に対する 賠償請求が事実上可能な状況のもとに,それが可能な程度に具体的な資料 にもとづいて,加害者ないし損害を認識しえた場合をいうものと解すべき で,被害者が,具体的な資料にもとづかないで主観的に疑いを抱いたり, 推測しただけでは,事実上損害賠償請求権の行使はできないから,ここに 『知った』ということはできない。」 ⑶ 認識可能性か現実の認識か ○1 問題の所在 724条前段の文言は,損害及び加害者を「知った時」と規定しているの であって,「知り得た時」と規定しているのではない。従って,法文上は, 損害及び加害者についての現実の認識を要求しているのであって(現実認 識時説),認識可能性で足りる(認識可能時説)としているわけではない。 ところで,時効の起算点がいつなのかは,時効の抗弁を主張する被告側が 主張証明責任を負うことになるが,「知った」という被害者側の主観的認 識を加害者側で証明することが容易でない場合もあり得る。そこで,現実 の認識ではなく,知り得た時を証明すれば,そこから時効が進行したとし ても良いのではないかという認識可能時説が一部の学説で主張されてい

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る。例えば,加害者が被害者の現実の認識を証明することの困難性という 点から,「何らかの形で擬制的認識 (constructive notice) を認めなければ ならない」23)(四宮和夫),「『損害及ヒ加害者ヲ知』らないことについて 被害者にむしろ非難に値する事情があるときには,賠償義務者の利益を優 先させるという考え方をとるべき」であり,「事実認識であれ,法的判断 であれ,被害者が現実に要件の存在を認識(知リタル)していなくても, 一般人ならば認識するであろうという事情があれば,『知リタル』ものと してよいのではないか」(森島昭夫24)),「被害者に実際の認識が欠けてい るとしても,別段の労力・費用を要せずに損害や加害者を容易に推定でき るような場合には,被害者に不知の主張を許すことは公平でない」(内池 慶四郎25)),「現実の認識がない場合でも,被害者が特別の努力をしなく ても知ることが可能であったときから時効が進行を始めるとすべきであろ う」(潮見佳男26))などと主張されているのである。次に掲げる東京高裁 平成 8 年判決のように下級審でも認識可能時を起算点とする裁判例が散見 されるようになってきた。 ○2 ロス疑惑事件被告名誉毀損・プライバシー侵害事件・最高裁判決 そのような中で,この点が正面から争点とされたのがロス疑惑刑事被告 人名誉毀損事件における上告審判決(最判⑶ 2002(平成14)・1・29 民集 56・1・21827))である。 いわゆる「ロス疑惑」事件で妻Aに対する保険金殺人の被疑者として殺 人罪で昭和60(1985)年に逮捕・起訴され,刑事裁判を続行中である X ( 1 審は無期懲役, 2 審は逆転無罪で,現在上告審で審理中)が,逮捕か 23) 四宮和夫『事務管理・不当利得・不法行為・下巻』(青林書院,1985)647頁。 24) 森島昭夫『不法行為法講義』(有斐閣,1987)438頁以下。 25) 内池・前掲注(15)132頁。 26) 潮見佳男『不法行為法』(信山社,1999)291頁。 27) 本判決の詳細な事案と各審級の判断の違いについての筆者の分析については,松本・前 掲注(14)668頁以下,同・判批・民商129巻 3 号(2003)378頁以下参照。

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ら 2 日後に Y1 発行の地方新聞の紙面上で名誉を毀損されたとして,その 10年後に,Y1 及びこの新聞記事の基礎となっている記事を配信した Y2 通信社を相手取り,慰謝料を請求して提訴した事件である。Y1 らは,民 法724条前段の消滅時効の起算点は認識可能時であり,本件では時効が完 成しているとして争った。一審判決,原審判決ともに Y1 らによる時効完 成の主張を認め,Xの請求を棄却した。 原審(東京高判 1996(平成 8 )・9・11)は次のように判示する。「とこ ろで,民法七二四条にいう『損害及ヒ加害者ヲ知リタル時』とは,被害者 において,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに,その可 能な程度にこれを知った時を意味するものと解するのが相当であり(最高 裁判所昭和四八年一一月一六日判決・民集二七巻一○号一三七四頁),被 害者に現実の認識が欠けていたとしても,その立場,知識,能力などか ら,僅かな努力によって損害や加害者を容易に認識し得るような状況にあ る場合には,その段階で,損害及び加害者を知ったものと解するのが前同 条が短期消滅時効の起算点に関する特則を設けた趣旨に適うというべきで ある。」 これに対してXは認識可能時を時効起算点とすることは,損害を知りた る時を起算点とする民法724条の文言と趣旨に反する等として上告した。 判決は次のように判示して時効起算点に関するYの主張を退け,現実認識 必要説を前提に,なお損害の認識時点につき審理を尽くせとして破棄差戻 をした。 724条にいう「被害者が損害を知った時とは,被害者が損害の発生を現 実に認識した時をいうと解すべきである。」「被害者が損害の発生を容易に 認識し得ることを理由に消滅時効の進行を認めることにすると,被害者 は,自己に対する不法行為が存在する可能性のあることを知った時点にお いて,自己の権利を消滅させないために,損害の発生の有無を調査せざる を得なくなるが,不法行為によって損害を被った者に対し,このような負 担を課するのは不当である。他方,損害の発生や加害者を現実に認識して

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いれば,消滅時効の進行を認めても,被害者の権利を不当に侵害すること にはならない。」 民法724条の趣旨は,「飽くまで被害者が不法行為による損害の発生及び 加害者を現実に認識しながら 3年間も放置していた場合に加害者の法的地 位の安定を図ろうとしているものにすぎず,それ以上に加害者を保護しよ うという趣旨ではないというべきである。」 このように本判決は損害の認識可能時説を否定し,現実認識時説に立つ ことを正面から明らかにした。また,民法724条前段の短期消滅時効の加 害者保護の側面は,被害者が損害の発生および加害者を現実に認識しなが らこれを放置していることを前提としていることを強調することで,まず は被害者の保護,次に加害者の保護という序列をつけている点が重要であ る。 ○3 私見――規範的認識時説 私見は,最判平成14年が原判決の時効起算点論を否定し,本件では消滅 時効が完成していない可能性があるとした点には賛意を評する。本判決 は,そのような結論の根拠付けを現実認識時説に求めているが,むしろ, 本判決の核心は,原判決のような認識可能時説によると「被害者は,自己 に対する不法行為が存在する可能性のあることを知った時点において,自 己の権利を消滅させないために,損害の発生の有無を調査せざるを得なく なるが,不法行為によって損害を被った者に対し,このような負担を課す るのは不当である」とする点,すなわち,被害者における損害発生調査義 務を否定した点にあると考える。 「損害及び加害者を知った時」の意味を被害者及び法定代理人がこれら を「現実に知った時」と解す現実的認識時説に立った場合でも,先物取引 被害の事案を含め実際の裁判例で争われているように,<どのような事実 があれば現実に知った>と言えるのが問題とされているのであり,これは 事実認定の問題であるだけでなく,<このような事実があれば損害及び加

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害者を現実に知ったと解すべきである>という規範的な判断を必然的に 伴っている28)。従って,<現実認識時説>に立った場合でも具体的な起 算点解釈は一つに限定されない。この意味で,「損害及び加害者を知った 時」としての認識時は,<規範的認識時>(その時点では損害及び加害者 を知ったと解すべき)と位置づける方が正確であるというのが私見であ る29)。それ故,問題の核心は,<認識可能性か現実の認識か>ではなく, その時点で「損害及び加害者を知った」として時効を進行させるべきか否 かの規範的判断であり,その中心的な判断要素は,被害者側がその時点で 「損害及び加害者を知らなかった」と主張する場合に,「知らなかった」こ とにつき不利益(時効の進行)を蒙ってもやむを得ない損害調査義務,損 害発見義務,或いは自らを不法行為の被害者として自覚する義務(被害者 自覚義務30))の存在とその義務違反があったか否かに求めるべきである。 また仮にこのような義務がその時点で認められるとしても軽微な落ち度に よって加害者を免責し,被害者救済を無に帰するような時効の進行を認め るべきではないので,重過失がある場合にのみ31)「知った時」と同視で きると考えるべきである。こうした観点からすれば,前掲最判平成14年 は,原判決が起算点と解した時点における原告の損害調査義務とその違反 28) 平井宜雄は,判例においては,「一般人を基準として『知リタル』か否かを判断」して おり,「そのかぎりで『知リタル』か否かの判断にあたって規範的要素が介入しているこ とは,否定できない」とする(平井宜雄『債権各論Ⅱ不法行為』(弘文堂,1992)170頁)。 29) 松本・前掲注(14)論文は,このような意味で副題に「現実的認識時説から規範的認識時 説へ」とつけた。その意味については,同668頁以下参照。 30) これらの義務は,不法行為上の過失の前提となるような注意義務ではなく,その不履行 が自らに不利益をもたらすという意味での間接義務(ドイツ法上の Obligenheit のような もの)と考える(松本・前掲注(14)690頁)。 31) 筆者が重過失に限定するのは,ドイツ債務法の現代化による民法典の改正の際に,不法 行為に基づく損害賠償請求権の特則を排して,一般の消滅時効期間(従来30年であったの を 3 年に統一)と起算点に統合した際に,「債権者が請求権を根拠づける諸要件と債務者 となる者を認識し或いは重大な過失なく (ohne grobe Fahrlässigkeit) 認識すべき年」(ド イツ民法典199条 1 項 2 号)とした立法改革の示唆を受けたものである。ドイツ債務法の 時効改革については,半田吉信『ドイツ債務法現代化法概説』(信山社,2003)55頁以 →

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を否定したものと捉えられる。 ⑷ 不法行為における損害発生類型と時効起算点 「損害を知った時」の解釈において,その損害がどういう類型の損害で あるのかという類型的特質に従った解釈が必要となる32) ○1 <単純型> 1 回の不法行為によって損害が発生する場合である。 これを更に 2 類型に分けることができる。 ア <単純顕在型> わき見運転の車にひかれて足を骨折した場合の, 骨折被害のように損害が顕在化している場合である。このような場合は, その損害を知った時が起算点となることは言うまでもない。 イ <単純潜在型> 1 回の不法行為の結果が潜在していて,後で顕在 化する場合,典型的には後遺症の発現のような場合である。この場合は, 後遺症が発現したことを知った時がこの後遺症に対する損害賠償請求権の 消滅時効の起算点と解すべきである。最判⑶ 1967(昭和42)・7・18 民集 21・6・1559(後遺症事件)はこの理を次のように判示する。 「被害者が不法行為に基づく損害の発生を知った以上,その損害と牽連 一体をなす損害であって当時においてその発生を予見することが可能で あったものについては,すべて被害者においてその認識があったものとし て,民法七二四条所定の時効は前記損害の発生を知った時から進行を始め るものと解すべきではあるが,本件の場合のように,受傷時から相当期間 経過後に原判示の経緯で前記の後遺症が現われ,そのため受傷時において は医学的にも通常予想しえなかったような治療方法が必要とされ,右治療 → 下,同『ドイツ新債務法と民法改正』(信山社,2009) 9 頁以下,斎藤由紀「ドイツの新 消滅時効法――改正の議論を中心に」金山直樹編『消滅時効法の現状と改正提言』(別冊 NBL 122号,2008)156頁以下。 32) 筆者は,かつて,不貞慰謝料との関係で,この問題を論じた(松本克美「判批」判時 1518号(1997)197頁(判評434号35頁)。なお,松本克美『時効と正義――消滅時効・除 斥期間論の新たな胎動』(日本評論社,2002)221頁でも同旨を展開している。

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のため費用を支出することを余儀なくされるにいたった等,原審認定の事 実関係のもとにおいては,後日その治療を受けるようになるまでは,右治 療に要した費用すなわち損害については,同条所定の時効は進行しないも のと解するのが相当である。けだし,このように解しなければ,被害者と しては,たとい不法行為による受傷の事実を知ったとしても,当時におい ては未だ必要性の判明しない治療のための費用について,これを損害とし てその賠償を請求するに由なく,ために損害賠償請求権の行使が事実上不 可能なうちにその消滅時効が開始することとなって,時効の起算点に関す る特則である民法七二四条を設けた趣旨に反する結果を招来するにいたる からである。」 ○2 <蓄積型> 不法行為の継続によって損害が蓄積していく場合である。 ア <可分損害蓄積型> 不動産を不法占拠することによる不法行為に よる損害賠償請求権の消滅時効の起算点につき,判例は,「不法行為ソレ 自体カ継続シテ行ハレソレカ為メニ損害モ亦継続シテ発生スルカ如キ場合 ハ……其損害ノ継続発生スル限リ日ニ新ナル不法行為ニ基ク損害トシテ民 法第七百二十四条ノ適用ニ関シテハ其各損害ヲ知リタル時ヨリ別個ニ消滅 時効ハ進行スルモノト解セサルヘカラス」とする(大連判 1940(昭和 15)・12・14 民集19巻2325頁)。不法占拠の場合の財産上の損害を賃料相 当額の損害として評価するのであれば,日々新たに,一日あたりの賃料相 当額の損害が量的に可分的に発生し蓄積していくことになる。従って, 「損害を知った時」の解釈としては,日々新たに損害を知ることになり, 従って,日々別個に消滅時効が進行していくという日々進行説もその限り では妥当と評価できよう33) イ <不可分損害蓄積型> 不法行為の継続により,損害が蓄積してい 33) 内田・前掲注(20)は,「新幹線騒音や航空機騒音のような事件では,不法占拠と同様に 同質の損害が継続的に発生するから,逐次進行説の処理で良いだろう」とする(475 →

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くのだが,過分損害蓄積型のように一日分の損害を分けて評価できるので はなく,損害が蓄積していくことによって損害が深刻化・拡大していくよ うな場合である。このような場合は,継続した不法行為を一個の不法行為 と評価し,提訴時点でまた不法行為が継続しているのであれば,その時点 での損害をその不法行為により蓄積された一個の損害と把握して,提訴時 点でその蓄積された損害を知ったのだから,それまでは提訴時点での損害 についての時効は進行しないと解すべきである。 大気汚染公害をめぐる千葉地判 1988(昭和63)・11・17 判タ 689・40 (千葉川鉄大気汚染訴訟判決)では,「被告が行った侵害行為と,患者原告 ら及び死亡患者らが被った健康被害との間には,時間的に一対一の対応と して割り切ることのできない関係があるのであるから,被告の侵害行為に ついては,目録九及び一〇の各一覧表の『侵害行為』欄記載の各始期から 終期までを通じて,被害者ごとに連続した一個の不法行為に当たるものと 見るのが相当であり,患者原告ら及び死亡患者らの健康被害についても, 被害者ごとに包括して一個の損害に当たるものと見るのが相当である」と する。 また,大阪地判 1991(平成 3 )・3・29 判時 1383・22(西淀川大気汚染 訴訟)も,「原告らの健康被害は,今もなお継続しており(但し,死亡者 については死亡の日まで),このような健康被害に基づく損害は,包括し て一個の損害と見るべきものであると解され,その間,消滅時効は進行し ないものと解される」とする34) → 頁)。私見は,騒音被害の場合のように長期間の不法行為の継続による継続的な精神的苦 痛は不法占拠のような賃料相当額の損害として, 1 日ずつ同質なもの,可分のものとは評 価できず,長期にわたる精神的損害の蓄積を損害と把握し,後述のような大気汚染の場合 と同様に全体として一個の損害と捉えるべきと考える(松本克美「環境・公害訴訟と時 効・除斥期間」富井利安編集代表)『環境・公害法の理論と実践』(日本評論社,2004) 314頁。松本・前掲注(14)続所収)。 34) これらの判決については,松本・前掲注(32)正義315頁以下。内田・前掲注(20)も, →

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○3 <進行型> 不法行為が止んだ後でも被害の特質から損害が進行蓄 積していく場合である。じん肺症などがその典型である。この場合,損害 発生の当初においては,確かにその損害についての賠償請求は可能である が,その後,どのように症状が進行していくのか予見できないような場合 には,結局,提訴時点で進行蓄積した損害はその時点で「知った」と評価 することになるのではなかろうか。結局,この場合は,症状が進行をやめ るまではその症状による損害の賠償請求権の消滅時効が進行しないことに なる35)。鉱業被害の損害賠償請求権の消滅時効の起算点を「進行中の損 害についてはその進行のやんだ時」と定める鉱業法115条 2 項は,この趣 旨を明文化したものと言える36)。下級審裁判例の中には,進行中の後遺 症につき「損害を知った時」とは,後遺症の進行が止み症状が固定した時 とするものがあるが,これもこのような考え方を反映したものといえる (名古屋高判 1980(昭和55)・3・31 判時977号41頁)。 ○4 <不法行為性潜在型> 自分が何か損失を蒙った,疾病を発症したことを自覚したような場合で も,その原因が不法行為によるものであることを認識できなければ,<損 害及び加害者を知った時>にならないことは当然であろう。なぜなら,損 失,疾病等を知ったとしても,それが加害者による不法行為による損害だ と認識しなければ,その加害者の不法行為責任に基づく損害賠償請求権を 行使しようがないからである。こうした<不法行為潜在型>損害の類型と → 大気汚染のように「損害が累積的で分断すべきではないものについては,損害の全体を 知った時,すなわち,加害行為がやんだ時に全体についての時効が進行を始めると考える べきだろう」とする(476頁)。 35) なお,筆者は,じん肺訴訟における安全配慮義務違反の債務不履行を理由とする損害賠 償請求権の消滅時効についても,死亡時まで時効は進行しないとする「死亡時説」を唱え ている(松本・前掲注(32)正義271頁以下,309頁以下)。 36) 吉村良一は,「鉱業法115条 2 項は,進行中の損害については,その進行のやんだ時から 時効が進行するとしており,その他の累積的な不法行為についても,同条にならった処理 が妥当であろう」とする(吉村・前掲注(22)186頁)。

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しては,詐欺的取引による被害の場合や,霊感商法のようなマインドコン トロールによる被害の場合37),病気の進行のせいだと思っていた体調の 不調が実は医師の治療の不適切さによることが判明した場合などをあげる ことができよう。とくに,前者の場合の損害は,加害者が自らの行為の不 法行為性を隠蔽し,故意に被害者における損害の認識を阻害しているので あるから,「不法行為性隠蔽型」損害ともいうべきものである。これらの 類型の724条前段の起算点論につき,注目される裁判例を挙げておこう。 ⅰ)京都地判 1973(昭和48)・10・19 判時765号89頁 これは,次のような事案である。新生児 X1 が生後間もなく,出生した A国立病院で黄色ブドウ球菌に感染し治療を受け退院した。X1 が一歳に なっても言語を解せず,両親が話しかけても何ら反応を示さないため,複 数の病院で診察を受けたところ極度の難聴と診断された。そして,X1 が 2 歳近くになった時点で,難聴の原因はA国立病院での前記の治療の際に 投与されたカナマイシンの投与にあることが判明し,両親 X2,X3 がこれ を知ってから約 2 年 7 か月後にA病院の設置者である国を被告として損害 賠償請求をした。被告は,X2,X3 が X1 の難聴を知ってから 3 年を過ぎ て提訴したので,724条前段の 3 年間の消滅時効が完成していると主張し た。しかし,判決は,X2,X3 らが X1 の難聴の原因がA病院におけるカ ナマイシンの投与の副作用にあることを知った時から提訴まで 3 年が経過 していないとして消滅時効の完成を否定した。 ⅱ)東京地判2000(平成12)・12・25判タ1095号181頁(法の華事件) 宗教法人 Y が足裏診断士の研修と称して,月収14,15万円しかない者 37) 村本武志「消費者取引における心理学的な影響力行使の違法性――不当威圧法理,非良 心性ないし状況の濫用法理の観点から」姫路ロージャーナル 1・2 合併号(2008)193頁 は,詐欺的取引や霊感商法などにおける心理学的セールスの問題性を分析していて興味深 い。霊感商法については,平野裕之「霊的サービス取引の法的問題点」津谷裕貴弁護士追 悼論文集刊行委員会編『消費者取引と法――津谷裕貴弁護士追悼論文集』(民事法研究会, 2011)248頁以下,紀藤正樹「霊感商法被害の救済とその必要性――宗教法人世界基督教 統一神霊協会の活動の問題点をてがかりにして――」同上497頁以下等。

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に,1225万円もの多額の支出をさせたことが,社会的に許容できない違法 性のある不法行為であるとして損害賠償請求がされた事案である。被告 は,原告らの出資時から 3 年以上を経過しての提訴なので,消滅時効が完 成していると主張したが,判決は,次の理由で消滅時効の完成を否定し た。「不法行為に基づく損害賠償請求権の起算点たる『損害及ヒ加害者ヲ 知リタル時』とは,単に損害を知るにとどまらず,加害行為が不法行為で あることをも併せて知ることを要すると解すべきであるところ,本件のよ うに組織的にされた不法行為の場合は,被害者である原告らにおいて事実 関係を把握するだけの情報や資料等を入手することは極めて困難であるの みならず,宗教的行為において詐欺的・脅迫的勧誘が行われた不法行為に おいては,当該宗教行為を教義の一環として受け入れている限り不法行為 であると認識できないから,当該宗教における教義を信仰する心理状態が 継続している限りは,時効は進行しないというべきであり,原告らにおい て,右心理状態から解放された時期は,マスコミ報道等を見て被害対策弁 護団の存在を知り,同弁護団の弁護士と相談した時点であると考えられる から,平成八年の時点で弁護士と相談し,平成九年一月に提訴している本 件においては,消滅時効は完成しておらず,被告らの主張は理由がない。」 ⅲ)東京地判 2011(平成23)・10・27 判タ1367号182頁 本判決は,Y 宗教法人が詐欺的手段を用いて,X に祈祷料と称して934 万円を支出させたことが,社会的に相当な範囲を逸脱した違法な行為であ るとして不法行為に基づく損害賠償請求と認めた。被告は原告が祈祷料を 支払ってから 7 年を経ての提訴なので, 3 年の短期消滅時効が完成してい ると主張したが,判決は次の理由でこれを否定した。「前記 1 の認定事実 のとおり,Aは,祈とうや供養塔の建立等が必要であるなどと宗教的行為 に関連する原告を不安に陥らせる社会的相当性を逸脱する勧誘を行ったも のであったところ,原告は,このままではBは死に至る, Bを救うために は先祖の供養塔を建てて祈願をしなければならないなどとのAの発言を信 じていたものであった。そして,原告は,経済産業省による被告Yに対す

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る業務停止命令が発せられたことを知り,被告Yの被害者弁護団が存在す ることを知って同弁護団に連絡を取り, C 弁護士と相談した時点で初め て,Aや被告らによって社会的相当性を逸脱する違法な方法で勧誘行為を 受けて金銭を支払わされたことを知り,Aや被告らの勧誘行為が不法行為 を構成するものと認識したということができるものであるから,早くとも 原告が C弁護士の事務所を訪れた平成20年 8月上旬から時効が進行してい るというべきである。 そして,原告は,平成22年12月に本件訴訟を提起しているものであるか ら,本件に係る請求について消滅時効は完成しておらず,被告らの主張を 採用することはできない。」 ⑸ 小括 以上の考察をふまえ,民法724条前段の「損害及び加害者を知った時」 の解釈にあたり,重要な点を要約すれば以下のようになる。 3 年という短期時効期間は,不法行為の有無,損害の程度などについて 時がたつと立証・採証が困難になることを配慮して,一般債権の10年の時 効期間よりも短期にしたものである。しかし,短期であるがゆえに,被害 者が現実に権利行使できないうちに時効が進行するのは背理なので,損害 及び加害者についての現実の認識時を起算点としている。従って,「損害 及び加害者を知った時」の解釈基準は,被害者側が提訴している損害賠償 請求のその損害を賠償請求可能な程度にいつ現実に認識したかという点に 帰着する。判例は,この認識は認識可能性ではなく現実の認識であるとす るが,<どのような事実があれば現実の認識があったと解すべきか>とい う問題は,前述したように単なる事実認定の問題に還元されず,規範的な 判断を要する。また,この場合の「損害を知った時」とは,当該加害者の 不法行為により当該損害が発生したことを知った時の意味であるから,加 害者の行為の違法性及び加害行為と損害発生の因果関係についての認識を 前提とする。さらに,損害を知った時の解釈にあたっては,当該損害の発

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生類型の特質に応じた解釈がなされるべきである。結論を先取り的にいえ ば,先物取引被害における損害は,上述の「不法行為性潜在型」損害,な かでも,「不法行為性隠蔽型」損害に分類できよう。

二 先物取引の継続性と消滅時効の起算点

1 個々の取引終了日か,一連の取引の最終終了日か 先物取引被害に対する不法行為責任の追及は,当初は,不当勧誘の違法 性に焦点をおいてなされ,次第に,勧誘による先物取引委託の基本契約の 締結から,その後の,個々の委託契約過程を含めた一連の取引の不法行為 性を問題とする,いわゆる一体的不法行為の構成がとられるようになって きたと言われている38)。訴訟でまず争点とされたのは,個々の先物取引 委託契約の終了時点で発生した損害について,その個々の損害についての 不法行為責任に基づく損害賠償請求権の消滅時効が進行して行くのか(個 別取引終了日説),それとも,一連の取引の最終終了時点で,それまで蓄 積された損害全体についての損害賠償請求権の消滅時効が進行するのか (一連取引終了日説)という点であった。 下級審裁判例は,この点で,一連取引終了日説に立っていると評価でき る。この点を明言した初期の裁判例が大阪地判 1996(平成 8 )・6・14 先 物20号170頁(○3判決――数字は末尾の判例リストの番号)である。この 訴訟で,被告は,商品先物取引においては,原告の建玉が手仕舞いされる とそれにより一個の委託契約は終了し,その時点で直ちに損益金の支払い 義務が発生するから,個々の取引に係る損害についての不法行為責任に基 づく損害賠償請求権の消滅時効は,個々の取引が終了した時点で個別に進 行するという時効起算点を主張した。これに対しては大阪地裁は,本件取 38) 今西・前掲注( 9 )222頁以下のほか,同「公設商品先物取引における商品取引員の不法 行為責任」法律時報59巻 9 号(1987)94頁。

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引は「被告 Y2 (Y1 被告先物取引会社の営業課長――引用者注)の誘導に より,無意味な反復売買がなされ,これによって原告に損失が生じたもの と言わざるを得ないところであって,結局,被告 Y1 の行為は,本件取引 全体として不法行為を構成するもの」とし,時効の起算日も「本件取引が 全て終了した」時点として,それから 3 年以内に原告が提訴している本件 では,消滅時効は完成していないとした。以後,同趣旨の理由により一連 の取引の最終日をもって時効起算点とする裁判例が蓄積されている(名古 屋地判 2003(平成15)・4・18 先物35号206頁(○5判決),東京高判 2003 (平成15)・4・22 判時1828号19頁(○6判決),名古屋高判 2005(平成17)・ 6・30 先物56号507頁(○9判決),神戸地判 2006(平成18)・2・15 先物42 号535頁(○10判決),大阪地判 2007(平成19)・7・30 証券30巻57頁(○14判 決),大津地判 2009(平成21)・5・14証券35巻104頁(○17判決)など)。 これらの裁判例は,不法行為の一体性に着目して,一連の取引の終了日 を時効起算点とするものである。しかし,先物取引被害における損害発生 の特徴からいえば,個々の取引の時点で損失が生じても,後の取引で利益 がでれば損害は減少するわけだし,逆に,後の取引でまた損失が発生すれ ば,損害が拡大するのであるから,結局,一連の取引が終了した時点でな ければ,損害の有無や程度が確定しないという点が一連取引終了日を起算 点とする正当化根拠と言える。その意味で,先物取引被害の損害は,前述 した損害類型における「単純型」「蓄積型」「進行型」のいずれにもあては まらず,一連の取引が終了しなければ損害の有無も確定しない「損害不確 定型」ともいうべき類型である。ただ,損害額が確定すれば,「損害及び 加害者を知った」と言えるのかは別問題である。次にこの点を検討しよう。 2 損害額の確定と消滅時効起算点 上記の判決は,いずれも,一連の取引の最終日を時効起算点とすること によって,被告が主張する消滅時効の完成が否定した事案であるが,近 時,この起算点により消滅時効が完成したとして原告の請求が棄却される

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判決が出現している。 ⅰ)福岡地判 2011(平成23)・3・31 公刊裁判例集未登載(以下未登載 と略す)――最終取引日から約 8 年後に提訴(○18判決) このうち○18判決は,最終の清算金を受領した時点で,「原告は,被告に 委託して商品先物取引を行うことにより損失を生じさせられたと認識して おり,遅くとも,本件取引終了後,原告に対して清算金が支払われた平成 15年 6 月30日には,損害と加害者を知っていたものと認められる」とし て,時効の完成を認めている。この事案における原告は,被告の消滅時効 の援用に対して,「原告は,本件取引終了後も被告から取引の詳細を知ら されておらず,平成21年12月11日に,被告から送られてきた損益証明を初 めて見て,損害及び支払手数料の額を知り,被告の行為が不法行為に当た ると認識した」から,「原告が,被告の不法行為や損害を知ったのは,早 くとも平成21年12月11日のことであり,消滅時効の起算日は同日である」 と主張していた。そこで,損害額を認識したのかが争点となったので,○18 判決は,損害額を認識したのは,最終の清算金を受領した時点であるとし て,この日を起算としたものと解される。 しかし,本来,先物取引によって損失が生じることは当然のことであっ て,問題は,その損失が被告の不法行為によって発生した損失であるの か,それとも適法な先物取引の委託契約から生じたに過ぎない通常の取引 上の損失なのかであって,原告が前者の違法性をいつ認識したのが問題な のであるから,損失額をいつ認識したのかという問題に還元されないはず である。 ⅱ)千葉地判 2011(平成23)・10・21 未登載――最終取引日から約 8 年 後に提訴(○21判決) 同様に○21判決も,「原告は,平成13年 8 月20日の本件取引の終了による 売買差損金の確定により,同日の時点で損害の発生を現実に認識したと認 められるのであるから,本訴の不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時 効の起算点は同日である」とする。しかし,損失額を認識しても,それが

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違法な行為による損害であることの認識がされていたとは限らない。この 事案では,原告は,本件における一連の取引の最終日とは,先物取引委託 契約の終了時点ではなく,本件取引における帳尻損金の分割払い金を最後 に入金した平成20年12月29日に損害が確定したのであるから,この時点が 消滅時効起算日であるとの主張をしていた。この点について○21判決は,分割 金の最終支払日が時効起算点とならない理由を次のように判示している。 「本件取引が終了したのは,平成13年 8 月20日であり,このときをもっ て本件取引の損失額が確定し,本訴の損害賠償請求権は具体的に発生した のであり,原告は,同日から,本訴の損害賠償請求権を行使することがで きたことは明らかであるから,原告が,同日から平成20年12月29日までの 間,帳尻損金の分割払金を毎月 3 万円を支払ったことにより,本訴の損害 賠償請求権の時効の進行が妨げられるものではない。」 3 検討 民法724条前段が規定する「損害及び加害者を知った時」とは,後述す るように当該損害が違法な行為によって発生したことの認識を前提とする のであるから,一連の取引の最終終了日が即,時効起算点となるわけでは なく,最終取引終了日に確定した損失について,それが被告の不法行為に よって発生した損害であることを認識していたかが問題となる。その意味 で,一連の取引終了日説は,個々の委託契約が終了したとしても一連の取 引の全体が不法行為なのであるから,<一連の取引が終了しなければ消滅 時効は進行しない>という意味で解すべきである。 ○18判決と○21判決の事案では,消滅時効の起算点との関係で,損害額を認 識したのはいつかが争点となり,損害額を認識したとしても,違法な行為 から生じた損害であることを原告が認識していたかが争点となっていな かったために,結果的に損害額認識時である最終取引日をもって時効起算 点とされた例と位置づけることができる。従って,控訴審で,原告が違法 性の認識時点を争うことによって時効起算点が遅れる可能性もある事案と

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もいえる(○21判決を維持した○22判決につき,原告側が上告中)。

三 取引終了以後の違法性認識時説

一連の取引が終了した日から 3 年以上を経て提訴がされた事案では,被 告は,遅くとも一連の取引を終了日した時点が時効起算点であるとして, 消滅時効の援用を主張することになる。これに対して,原告側は,一連の 取引が終了して,損害額が確定したとしても,民法724条前段の「損害及 び加害者を知った時」とは,その損害が違法行為により発生したことの認 識を前提とするのであり,違法性は取引終了日には認識されず,提訴前 3 年以前に違法性の認識はなかったとして,時効の完成を争っている。 1 消滅時効完成肯定例 ⅰ)大阪地判 1993(平成 5 )・3・26 判タ931号266頁(○1判決) 一連取引終了日から 5 年以上を経て提訴した事案につき消滅時効の完成 を認めた初期の事案である。原告は一連取引終了日の時点では,違法性を 認識できていなかったと主張したが,判決は次のように判示して原告の主 張を排斥している。 「本訴の提起は,取引が終了し最終清算がなされてから五年半近くも経 過してからであり,原告の損害は九〇〇万円を上回り,さらに原告の供述 からすると,本件取引期間中,原告は苦情相談所に架電しているというの であり,取引に関する書類は原告の許に送付されていて,原告において専 門家に相談する機会は充分あったことはもちろん,自分でなんらかの調査 をする機会もあったのである。 確かに,原告の主張するように商品先物取引による不法行為の成否は専 門的判断を要するであろうが,右のとおりその機会は充分にあったのに, 原告は平成元年七月頃になって新聞記事を見てはじめて被告に違法があっ たのではないかと考えるようになったというのである。

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右のような経過からすると,被告が関係書類の交付を拒絶したので原告 代理人において不法行為があったと判断し,その時が消滅時効の起算点と なるとの原告の主張は採用できないところで,取引終了後五年半を経過し てからの訴えの提起という事情に鑑み,本件にあってはいずれにしろ消滅 時効が完成しており,被告の援用により原告の損害賠償請求権は理由がな くなったと判断せざるを得ない。」 ⅱ)大阪高判 1996(平成 8 )・4・26 判タ931号260頁(○2判決・○1の控 訴審) ○1判決の控訴審判決であり,上記の起算点解釈を維持している。 ⅲ)神戸地裁姫路支判 2011(平成23)・5・9 先物63号 1 頁(○19判決)最 終取引日から約 5 年後に提訴 ○19判決は,「原告が,本件取引終了後間もなくである平成15年 8 月22日, 本件取引で騙されたのではないかと考えて,市役所の法律相談に行ってい ること(甲14〔 9 頁〕)に照らせば,原告は,本件取引が終了した同年 7 月10日の時点において,損害の発生及び加害者を知ったものというべきで ある」とする。「商品先物取引の顧客が外務員の違法行為を認識すること は法律専門家等の助言のない限り困難であり,弁護士から被告らの違法行 為が行われた可能性がある旨を告げられた平成19年 2 月16日が消滅時効の 起算点となる」という原告の主張に対しては,「原告は,本件取引終了後 間もなく騙されたと考えて法律相談に赴いていることに照らせば,法律専 門家の助言を受ける前から,被告らの違法行為を認識していたといえるか ら,原告の主張は採用できない」としている。 ⅳ)東京高判 2012(平成24)・3・29 未登載(○22判決) 原審(○21判決)同様に,本件における取引最終日は,帳尻損金の分割払 い金の最終支払日ではなく,一連の取引の最終日であるとしたうえ,控訴 審で原告が新たに主張した「弁護士に法律相談をした日が起算点であると する主張については,そのように解することはできないものというべきで ある」と判示して,これを認めなかった。

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2 時効完成否定例 ⅰ)神戸地裁尼崎支判 1999(平成11)・9・14 先物27号 1 頁(○4判決) この点で,注目されるのが,当該事案では最終取引日から 3 年以上を経 て原告から提訴されているから消滅時効が完成しているとの被告の主張を 斥けた○4判決である。この判決は次のように判示する。 「民法七二四条にいう『損害及ヒ加害者ヲ知リタル時』とは,単に損害 を知るに止まらず,加害行為が不法行為であることをもあわせ知ったとき を意味するとするのが確立された判例である。そして,先物取引の取次行 為自体は通常の商行為であってそれ自体に不法行為の要素がないこと,前 示のとおり原告 X1 は先物取引の素人であり,また,法律の知識がとくに あったわけではないことに照らすと,原告 X1 が先物取引により損失が発 生したことを知ったからといって,それにより原告らが,被告に不法行為 責任があることを知ったとは到底いえない。他に,消滅時効の起算点に関 する被告の主張を認めるに足る的確な証拠はなく,かえって,証拠(甲一 四,原告 X1) 及び弁論の全趣旨によれば,原告らが損害及び加害者を 知ったのは,早くとも原告 X1 が日本商品取引員協会へ苦情の申入れをし てアドバイスを受けた平成六年六月頃と認められる。被告の消滅時効の抗 弁は理由がない。」 同様に,最終取引時点および提訴前 3 年以前に原告における違法性の認 識がなかったことを理由に,消滅時効の完成を認めなかった判決に以下の ものがある。 ⅱ)京都地判 2006(平成18)・11・24 先物46号314頁(○11判決) 最終取引日から10年近くを経て提訴された事案である。この判決は次の ように判示する。 「ア 不法行為による損害賠償請求権は,被害者又はその法定代理人が損 害及び加害者を知ったときから 3 年間行使しないときは,時効によって消 滅する(民法724条)。ここに『損害及び加害者を知った時』とは,被害者 において,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能

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