個人と組織の関係性に関する既存概念の再検討―関係性の変化と個人の能動性の視点から―
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(2) 40. (322). 横浜国際社会科学研究 第 23 巻第 3 号(2019 年 1 月). 職をするというデータが公表されている2).山本. 企業が改めて従業員との関わり方について見. (2008)は,2000 年代 に 入 り,転職 に よ る 入職. 直しをする必要に迫られている(八代,2009).. 者の割合の比率が新規採用を上回っていること. このように日本においても,個人,企業の双. や,転職経験のある有職者の割合が 2 人に 1 人. 方に,少しずつ変化が現れ始めている(守島,. になっていることなどを挙げ,すでに転職は一. 2006;山本,2008;八代,2009).. 部の労働者が経験するものではないと指摘して いる.これらの値は,自立的な考え方の影響を. 1―3 正社員からみた組織との関係性. 受けた個人が,自発的に考え行動した結果であ. 働く個人と組織に変化が見られるなか,視点. るか否かは明らかではない.しかし,実社会に. を変えてみると,就業者の約 89% が企業等い. おいても,ひとつの企業で一生勤め上げるとい. ずれかの組織に雇用される形で仕事を得ている. う働き方自体,一般的な形ではなくなりつつあ. 現実がある5).ほとんどの就業者にとって,組. ると推測される.これは現代の勤労者にとって. 織と関わりを持つことが必要であることに変わ. 転職が避けては通れない問題(山本,2008)で. り は な い.そ の よ う な 環境下,正社員 に 焦点. あり,転職を意識しながら仕事に従事すること. を絞ってみると,2017 年度に公表された労働. は,珍しいことではないという認識の現れとも. 政策研究・研修機構(JILPT)の調査では,次. 考えられる.. のような結果が明らかになっている.1 つは,. 働き方を問う必要性は,個人側の変化だけで. 2000 年代に入ってから,日本の大企業におい. はなく,企業側の変化による要因からも見るこ. て男性の転職入職率は上昇しているが,製造大. とができる.守島(2006)は,ホワイトカラー. 企業では安定して推移し,長期雇用慣行がおお. を対象とした調査から,企業において「成果主. むね持続しているという点である.2 つめとし. 義+長期雇用」という内部労働市場のルールの. て,非製造業においても産業の拡大により転職. 変化が起きていることを明らかにしている.そ. 入職率は上昇傾向にあるが,離職率は比較的安. して,この変化は,従業員の高齢化や管理職な. 定している.そして,3 つめ,このような長期. ど人件費の高い層の増加によるプレッシャーの. 雇用慣行の動きは中小企業でも見られ始めてい. 結果であり,この内部労働市場のルールの変化. ること,が最新のデータから示されている(高. と成果主義の導入は,長期雇用による安定性が. 橋,2017) .先に述べた,組織にとらわれない. 欠如していると予想される企業の場合,働く人. 自立型や,転職を視野に入れた働き方とは異な. の意欲を下げ,職場の協業を低下させる可能性. る実態が,正社員という立ち位置からは見えて. があると指摘している(守島,2006) .その後. くる.このような状況から,正社員にとって組. も企業側の変化は続いており,2010 年代に入. 織と長期的な関わりを持つことや,良好な関係. り政府主導で始まった働き方改革 3)や,少子高. 性を築くことは,必要な課題であることが分か. 4). 齢化に伴う定年延長の動き など,それぞれの . 2)平成 28 年度 1 年間の常用労働者における転 職入職者の割合は 9.9% であった.(平成 29 年 8 月 23 日付 平成 28 年雇用動向調査結果の概要) 3)働 き 方改革 は,一億総活躍社会実現 に 向 け た最大のチャレンジとして,政府主導で始められ たアクションである.(平成 28 年 8 月 28 日更新首 相官邸ホームページ) 4)高年齢者雇用安定法第 9 条は,高年齢者の 65. . 歳までの安定した雇用を確保するため,定年年齢を 65 歳未満としている事業主に,高年齢者雇用確保措 置として,① 65 歳まで定年年齢を引き上げ②希望 者全員を対象とする 65 歳までの継続雇用制度導入 ③定年制の廃止のうちいずれかの措置の実施を義務 づけている. 5)2018 年 3 月 の 就 業 者 数 6,620 万 人 , 雇 用 者 5,872 万人(総務省統計局 就業状態別 15 歳以上人 口,産業別就業者数,完全失業者数 データ,2018 年 4 月 28 日公表).
(3) 個人と組織の関係性に関する既存概念の再検討(大橋). (323). 41. る.しかし,年功的処遇の後退に加え,先に述. どのような個人観,組織観に立脚しているのか.. べた働き方に対する様々な議論によって,個人. つまり,どのような個人や組織を想定している. と組織の関係性は,画一的ではなくなり複雑さ. のか,その特徴を抽出する.3 つめは,冒頭で. を増してきている.そして,この複雑な関係性. 示したような変化を前提とした時,個人と組織. は,正社員の意識にも影響を与え始めている.. の関係性をとらえた既存の概念が,いかなる意. その例として,先の JILPT(2017)の調査では,. 味で限界を抱えているのかを明確にする.その. 正社員の範囲が縮小し,年功的賃金・昇進が特. 際,個人の能動性の捉え方の例として,プロア. に男性労働者にとって後退していることなどを. クティブ行動やバウンダリーレス・キャリアな. 反映してなのか,職場の一体感や良好な人間関. ど EOR 以外の概念を参照する.そして最後,4. 係にも陰りが生じていることなどが明らかにさ. つめとして,そのような限界を踏まえたうえで,. れている(高橋,2017).. 今後の方向性を提示する.以上,4 点を明らか. 以上のように安定した組織と個人を前提とし. にすることを目的に,既存概念をレビューし整. た関係性は,両者の側から変化をし始めている. 理していく.. という実態がある.そして, その変化の兆しを, 正社員自身が感じ取り,考える機会が増えてき. 2.既存概念で描かれる個人と組織の関係性. ていると思われる.本稿では,このような環境. 2―1 レビュー範囲の設定. 下にある日本的雇用システムの成員である正社. 個人と組織の関係性に注目したミクロレベ. 員に注目する.そして,働く個人と組織との関. ル の EOR 概念 は 数多 く あ り,そ の 描 か れ 方. 係性,特に長期的な雇用を前提とした正社員か. も 多岐 に 渡って い る(Coyle-Shapiro & Shore,. らみた関係性の変化は,実際起きているのか,. 2007).ここでは先ず,レビュー対象とする概. また,その変化とは,どのようなものなのかと. 念をどのように絞るのかについて説明する.. いうことを問題意識の中心として設定する.. 先に示した問題意識とも照らし合わせ,本稿. その上で,Employee-Organization Relationship. では,次の範囲で対象を考えていく.1 つめは,. (EOR)のコンセプトのうち,個人の視点から. 個人の視点である.今回のレビューは,個人か. みた組織との関係性をミクロレベルでとらえた. らみた組織に注目した概念を対象とする.その. 概念についての先行研究レビューを行う6).ま. ため,本人のモチベーションに関する概念,働. た,レビューを行うにあたり,次の 4 点を整理. く個人と仕事との関係に注目したワーク・コ. し,明確にすることを目的とする.1 つめは,. ミットメント,個人像に注目したリーダーシッ. 個人からみた組織との関係性が,何に焦点を当. プや自己効力感の概念,また,組織像を中心に. てて説明されているのか.既存の概念では,ど. 描かれている組織文化などは対象外とする.さ. のような点に注目し描写されているのか,その. らに,組織がどの程度,自分たちの貢献を評価. 特徴を整理する.2 つめは,それぞれの概念が,. してくれているかという従業員の知覚を描い た組織サポートなど組織側に注目し個人との関. . 6)Employee-Organization Relationship(EOR) の概念を整理した研究には,Coye-Shapiro & Shore (2007)や,組織行動論の研究でどのようなキーワー ド が 頻出 し て い る か に 注目 し た Heath & Sitkin (2001),日本企業の人材マネジメントの変化が日 本企業における EOR の変化にどのような影響を与 えているのか,根底をなす EOR とはどのようなも のなのかを探求した服部(2017)が詳しい.. 係性を説明する概念も除く.2 つめは,関係性 の中身を描くにあたり,具体的に個人がどの ような存在として組織をとらえ,態度と行動に 影響を与えているのかを描いている概念を対象 とする.そのため,個人が自己の属する組織の 規範・価値観・習慣的行動様式を学習し内面化 していく過程を描いた組織社会化,仕事仲間や.
(4) 42. (324). 横浜国際社会科学研究 第 23 巻第 3 号(2019 年 1 月). 組織構成員間との関係性などに注目したチーム. 自分の求めるものを与え続けてくれる限り,そ. ワークはレビューの対象外とする.さらに,問. の組織に所属することが,理想を追うことより. 題意識との関連性に鑑み,対象とする先行研究. も賢明という判断のもと,個人と組織の間で経. の概念を選ぶにあたり,組織行動論研究のキー. 済的な交換関係が働いているという考えが基本. ワードに注目し網羅的にレビューをした Heath. になっている.このアプローチは,サイドベッ. & Sitkin(2001)と,服部(2016)の レ ビュー. ト理論と呼ばれ,初期のコミットメント研究. 論文での抽出方法を参考にした.その結果,今. における礎を築いたと考えられている(WeiBo,. 回の対象を,組織コミットメント,個人-組織. Kaur & Jun, 2010).. 適合,心理的契約,組織アイデンティフィケー. 行動的な側面から概念化が進められたコミッ. ション,ディスアイデンティフィケーション,. トメント研究は,その後,組織を対象とした心. アイディールズとする.. 理的な側面に注目したアプローチへと研究者. . 達の焦点が移行した(Porter, Steers, Mowday. 2―2 EOR の古典的概念. & Boulian, 1974; Mowday, Steers, & Porter,. 2―2―1 組織コミットメント. 1979).これらは,態度的コミットメントと称. 組織コミットメントは,組織に対する帰属意. され,行動的コミットメントとは別の,個人が. 識を表すものとして組織心理学の分野で研究が. 組織に抱く心理的な態度に注目した概念として. 蓄積され,尺度開発により実証研究も多く行わ. 定義づけされた.さらに,Mowday, Steers, &. れてきた .なお,組織コミットメント研究の. Porter(1979)は,経済的な契約という側面で. 展開 に つ い て は,鈴木(2002) ,高木(2003). はなく,組織コミットメントを情緒的な態度と. や WeiBo, Kaur & Jun(2010)に詳しい.ここ. してとらえ,①組織のゴールや価値観を強く信. では,先に示した本稿の目的に沿って変遷を追. じ受容すること ②組織の代表として進んで努. いながらレビューを試みる.. 力すること ③組織のメンバーで居続けること. 人が組織に所属し続ける一貫した行動の理由. を強く望むこと,の 3 つの要素と関連付け,評. は何であるかに注目し,コミットメントのコン. 価尺度として 15 項目から成る Organizational. セプトを提示したのが,Becker(1960)である.. Commitment Questionnaire( OCQ: Mowday. Becker(1960)は,社会学の分野で広範囲に渡. et al., 1979)を開発した.. り使用されていたコミットメントの概念を整理. この OCQ は,組織コミットメントを測定す. する必要性を問うた.そして,コミットメント. る尺度として用いられるようになり,その後の. は,組織と個人の交換関係の上に成り立つと考. 実証研究の広がりに大きく貢献をしたが,これ. え,個人がとる首尾一貫した行動について説明. 以降も測定尺度を開発する研究は進められ,尺. を試み,本来,その行動には無関係である,何. 度設計上の定義付けが複雑になるという問題が. かとの関わり合いについて認知する行為を,投. 顕在化 し て い た(WeiBo, Kaur & Jun , 2010).. 資や賭けに例え,「サイドベット」と称した.. この状況下,Allen & Meyer(1990)が概念を. 組織になんらかの投資をする行為を続けること. 整理 し,3 つ の フ レーム ワーク を 用 い た ア プ. により,例えば,条件のよい転職先のオファー. ローチを提案した.これは,Becker(1960)の. を断るなど,将来の行動の選択の自由を失う.. サ イ ド ベット 理論 や,Mowday ら(1979)の. 7). . 7)2018 年 6 月 現 在,Google Scholar で 2,690,000 件の文献が Organizational Commitment をキーワー ドとして検出される .. OCQ を基本に作成された概念として定義付け さ れ,継続的 コ ミット メ ン ト,情緒的 コ ミッ トメント,規範的コミットメントの 3 つの要素 によって示された(Allen & Meyer, 1990).さ.
(5) 個人と組織の関係性に関する既存概念の再検討(大橋). (325). 43. らに,Meyer らは,3 つの要素それぞれについ. 概念は,長期に渡り重要視されてきた(Nadler. て測定尺度を開発し検証をおこなった(Meyer. & Tushman, 1980).そ の 中 の ひ と つ で あ る. & Allen, 1991; Meyer & Herscovitch, 2001;. P-O Fit は,個人と組織が類似した特性を共有. Meyer, Becker & Vandenberghe, 2004) .こ れ. して,お互いの要求を満たす程度に注目し 2 者. 以降,組織コミットメント研究では,この 3 つ. 間の適合を示した概念である(Kristof, 1996).. の尺度を用いた調査が盛んにおこなわれるよう. こ の 概念 の ルーツ は,Schneider(1987)の. になり,多くの研究者によって実証研究が進め. Attraction-Selection-Attrition(ASA)のフレー. られた(WeiBo, Kaur & Jun, 2010) .. ム ワーク ま で 遡 る こ と が で き る(Sekiguchi,. 2000 年代に入ると,モチベーションとの関. 2004). Schneider(1987)は,あ る 状況下 に. 連についても開発が進み(WeiBo, Kaur & Jun,. いる個人は,それを無作為に選択しているので. 2010) ,尺度の整合性が検証され,さらに,こ. はなく,自身にとって魅力的な状況を探し,選. の尺度 に 時間的要素を組み合わせ,規範的コ. 択して留まっていると考えた.そして,この. ミットメントと他の 2 つの発生時期の相違を整. ASA の枠組みは,個人と組織の間でも機能し. 理 す る 研究(Cohen, 2007)や,コ ミット メ ン. ていると言及した.個人は,組織が自分に適し. トが仕事成果に与える影響と 3 つの尺度を統合. ているかについて関心を持ち,選択し留まる. し測定した研究(Somers, 2009)など,新しい. ことを自ら選択しているのである(Schneider,. 視点での探求が進められている.. 1987).. このような変遷を経て研究が蓄積されてきた. このような枠組みを元にした P-O Fit の概念. 組織コミットメントは,個人が所属する組織に. であるが,様々な定義や調査によって混乱し,. 対して情緒や規範,失うものの大きさから離れ. 実証研究においても,①組織に加入する際の視. るに離れられない関係性にあることを認知する. 点として個人が仕事を探し選択する時や組織に. という点に注目している.自分が所属する組織. よる採用時,②個人または組織側からみた社. についてどのように感じ,考えて,のめり込ん. 会化,③結果としての勤務態度や離職意思・人. でいくのかについて議論が展開している一方. 員削減・ストレス・社会的行動・パフォーマン. で,個人の能動的な側面,例えば,個人が組織. スなど,研究者により様々な視点や側面での調. に対して積極的に関係性を構築する,もしくは. 査が実施され統一されていないという課題が. 関係性そのものを変化させるために自ら組織に. あった(Kristof, 1996).この課題について,段. 働きかけるといった行動についてはほとんど触. 階的に整理をする過程で,P-O Fit は,Person-. れられていない .. Environmental Fit(P-E Fit)の 下位概念 で あ. 2―2―2 個 人―組 織 適 合( Person-Organization. り,P-E Fit に 職業・グ ループ・仕事 の 3 つ の. 8). Fit). 構成要素が加わったコンセプトであることが明. 個人 か ら み た 組織 と の 関係性 を 適合(Fit). らかになった(Kristof, 1996).. という側面からとらえた概念が個人─組織適合. さ ら に,Kristof(1996)は,多 く の 研究者 に. (P-O Fit)である.心理学や組織行動の研究分. よって幅広いとらえ方をされている適合の内. 野において適合や合致(Congruence)の一般. 容を 2 つの視点で分類し説明を試みた.1 つめ は,Supplementary Fit と Complementary Fit. . 8)鈴木(2002)は,組織 コ ミット メ ン ト の 変 化に関する研究はほとんど無いという指摘のもと, 日本企業を対象に年齢や勤続年数と結びつけ変遷 を追う実証研究をおこなっている.. の区別である.欠落しているものを補うための 適合(Supplementary Fit)と,既 に あ る 状態 のものを更に完璧にするために補充する適合 (Complementary Fit)の違いを指摘し明確に区.
(6) 44. (326). 横浜国際社会科学研究 第 23 巻第 3 号(2019 年 1 月). 分した.2 つめは, 「需要─供給」と「要求─能力」. れる両者の関係性は,長期的なものではなく,. の 視点 で あ る(Caplan, 1987; Edwards, 1991) .. 採用時など,ある時点での適合を評価するとい. 「需要─供給」の 関係 に よ る P-O Fit は,組織 が. う形をとっている.また,既に一定の条件で存. 個人の要求,願望や好みを満たす時に現れる.. 在している組織が,自分自身に合うかどうかを. 対照的に「要求─能力」は,個人が組織の要求に. 見極めるという視点であり,個人から組織に対. 応じる能力を発揮する時に生じる適合を意味し. し適合するように働きかけることや,どのよう. ている(Kristof, 1996) .このような整理をしたう. に関わり合いを持ちたいのかなど,具体的な意. えで,P-O Fit で提示されている適合の持つ意味. 思や行動を示す能動的な個人の側面には触れて. は,①個人または組織の何れかが,もう一方の. いない.. 必要とするものを提供する ②個人と組織が類似. 2―2―3 心理的契約. した基本的な性質を共有する ③もしくは,その. 組織との交換関係を契約という視点から概念. 両方であるとした(Kristof, 1996) .. 化した理論が心理的契約である.Levinson らは,. このように,幅広いとらえ方によって議論が. 組織と個人それぞれ交換当事者が滅多に自覚す. 重ねられてきた P-O Fit 概念を使った実証研究. ることはないが,お互いの関係を規定する一連. で は,規範的 コ ミット メ ン ト と 仕事満足度 に. の相互期待を心理的契約と称した(Levinson et. は正の相関,離職意思とは負の相関があるこ. al., 1962) .Schein(1978)は,相互受容に注目. とが明らかになっている(O’Relly, Chatmen &. し,この相互受容は,新しい従業員と雇用組織. Caldwell, 1991) .日本 で は,Sekiguchi(2004). の関係がより明確に定められてくる一つの主要. が,採用活動 に お け る P-O Fit と Person-Job. な変わり目に意識され,様々な象徴的な実際の. Fit(P-J Fit)について先行研究の整理をして,. 出来事を通じて心理的契約が形成されると説明. 国や文化によって採用活動における P-O Fit と. している.個人が一定の学習や社会化を経て,. P-J Fit の役割の違いがあることを指摘してい. 暗黙のうちに組織に対して様々な期待を抱くこ. る.実証研究では,竹内(2012)が日本の組織. とに加え,組織側もイメージを高め,忠誠であ. を対象に調査をおこなっている.日本では,組. り秘密を守り組織のために最善を尽くしてくれ. 織との適合(P-O Fit)を重視して採用活動を. ることを従業員に期待し,信頼するという相互. 行っている企業が多い一方で,仕事に関して. 期待が働く(Schein, 1980).また,心理的契約. は,特定の「職務(Job) 」よりも幅の広い「職. は,組織の中で幾度も交渉されなおすことや,. 業(Vocation) 」概念に基づいて採用活動や新. 個人側,組織側,そ れ ぞ れ の 要求 も 時間 の 経. 規学卒者の就職活動が行われている現状を捉. 過に伴い変化することも指摘している(Schein,. え,入社前の職務探索行動と入社後の組織適応. 1978).このように心理的契約は,個人と組織,. とを繋ぐ概念として,P-O Fit と個人─職業適合. 両者の間に生じる描き出すことのできない期待. (Person-Vocation Fit: P-V Fit)を測定し,その. 感を反映した概念として定義付けられ議論が進. 結果,入社前のキャリア探索行動が入社後の組. 行してきた(Levinson et al., 1962; Schein, 1978,. 織適応に効果的な影響を及ぼすことなどが確認. 1980).. されている(竹内,2012) .. 初期の研究から少し時間を経て,Rousseau に. P-O Fit は,仕事をする場である組織が自分. よる概念の再定義が行われた.Rousseau(1989). 自身に合っているかという視点を,個人からみ. は,心理的契約を「当該個人と他者との間の互. た組織との適合を基に概念化している.どのよ. 恵的な交換について合意された項目や条件に. うな形で,両者間の適合を見極めるのかを明ら. 関する個人の信念」 (Rousseau, 1989, pp. 123)と. かにすることは必要である.一方,ここで描か. 定義した.それまで心理的契約の定義は,個人.
(7) 個人と組織の関係性に関する既存概念の再検討(大橋). (327). 45. と組織,双方の視点を対象として考えられてい. る.ここでは,組織の義務としての長期雇用保. たが,Rousseau(1989)は,個人からみた信念. 障と従業員の義務としての権限受容について,. であるとした.この個人側からの視点,個人の. 転職経験者は未経験者に比べそれらを重視して. 知覚であるという定義付けは,先に紹介した. いないという違いを確認し,転職経験を持つ個. Levinson ら(1962)や Schein(1978)とは異な. 人においては,互恵的な関係がもはや成り立っ. る見解であり,その後の研究に大きな影響を与. ていない可能性を示唆している(服部 , 2008).. えた.服部(2011)は,Rousseau の概念の再定. しかし,組織との関わりあいを長期的で従属的. 義に含まれる,個人の信念(individual’s beliefs) ,. なものとは考えていないが,一方で,その組織. 合意(agreement) ,項目(terms) ,互恵的な交換. に所属している限りは,援助を期待しながらも,. (reciprocal exchange)の,4 つのキーワードに注. 自身も組織のために献身しようとする姿を見出. 目し,これ以降の心理的契約の研究にもたらし. すなど(服部,2008) ,新しい個人像をとらえる. た影響について次のように指摘をしている.心. データも出てきている.. 理的契約のコンセプトは,個人と組織の両者の. このような流れを経て概念化が進んできた心. 視点を対象としたため,組織と個人両者間の認. 理的契約は,個人が組織に対し期待と義務を認. 識をどのように測定するのかという課題があっ. 識し,それに従い行動することや時間的な変化. た.しかし,Rousseau の再定義により,従業員. にも注目しているという点に特徴をみることが. による知覚現象としたことで,測定上の問題が. できる.また,組織と個人の関係性の本質を,. 回避され,分析単位の転換が起こった.これに. 両者の間の相互期待が成立し,且つ,それをお. より実証研究や測定が可能になり,心理的契約. 互いがきちんと履行し続けていることを求めて. は初期の散発的な段階から実証研究が蓄積的に. いる概念であり,ここでは,愛着や価値観の一. 展開 さ れ る 段階 へ と 移行 し た(服部,2013) .. 致など,お互いが何らかの意味で入れ込んでい. そして,これ以降,心理的契約研究は,主に心理. る,強い結びつきにあることを前提としていな. 的契約の内容に関わる研究群と,組織側による契. い.そのような意味で,組織コミットメントや. 約の履行/不履行に注目する研究群が占めるよう. P-O Fit と比較すると,個人と組織の一歩引い. になり,近年ではある程度の研究蓄積がなされて. たドライな関係性に注目したものと言える.一. きたことを受けて,より複雑なモデルの検証へと. 方で,他の概念と同様に,前提とされている個. 研究者の関心が移ってきている (服部,2013) .. 人像は,組織に対して受け身であり本人が契約. 2000 年代に入り,日本でも安定雇用を前提. 履行のために積極的に組織に働きかけるという. とした関係性の変化により,心理的契約が変わ. 視点はない.組織に目を向けると,先に紹介し. ることや崩れる影響について研究が進められて. た概念同様に,強く安定的な存在として描かれ. いる.守島(2001)は,成果主義の導入により,. ているが,Schein(1978)の定義では,組織は. 社員間の競争意識が高まり職場が厳しい場に変. 変化し状況によっては期待を裏切ることについ. 化したことにより,働く個人の心理的契約が,. ても言及するなど,揺るぎない組織が前提とは. これまでよりも企業から自立的な形で影響して. されていない.また,Schein(1978)は,時間. いる効果が見受けられることを指摘している.. 的な側面にも注目し組織は状況によって変化す. また,個人側の変化について,服部(2008)は,. ると想定している.. 転職経験の有無に注目した調査を実施してい. 2―2―4 組織アイデンティフィケーション. 9). . 9)心理的契約の研究の包括的なレビューについ ては服部(2011, 2013)に詳しい .. 組織に対する個人の知覚された一体性に焦点 を当て,個人の視点からみた組織との関係性を 概念化した研究が,組織アイデンティフィケー.
(8) 46. (328). 横浜国際社会科学研究 第 23 巻第 3 号(2019 年 1 月). ション で あ る.こ れは,個人の目標と組織の. アイデンティフィケーションの構造を明らかに. 目標の統合をとらえた概念であり(Schneider,. し,その規定要因と及ぼす影響について検討す. Hall & Nygren, 1974) ,組織との一体性や,帰. ることを目的とした調査研究などが実施され始. 属していることに対する認知として定義され. めている.小玉(2017)は,組織アイデンティ. ている(Ashforth & Mael, 1989) .組織へのア. フィケーション が,自己認知 と 価値内在化 に. イデンティフィケーションは,近代組織論の誕. よって構成されることを定性調査で確認し,日. 生の頃から注目されていたが,概念の規定が曖. 本の組織で働く成員の実態を反映した尺度開発. 昧であり,組織コミットメントとの類似性が多. を行っている.また,組織コミットメント概念. くあった(高尾,2013) .また,コミットメン. との類似点についても検証をし,2 つの概念に. ト研究に注目が集まったことで,組織アイデン. は高い相関が認められるが,職務満足と組織構. ティフィケーションの研究は,下火になってい. 成員のパフォーマンスに結びつく変数に対する. た(西脇,2001) .. 効果が独立していることから弁別が可能である. このような状況下,Ashforth & Mael(1989). ことを実証し,その結果をもとに,組織アイデ. は,個人からみた組織を,その個人の社会的な. ンティフィケーションは,組織構成員の認知と. アイデンティティを構成する存在のひとつとし. 価値の内在化を伴う組織との絆の強さであると. てとらえた.人間は,自分自身とそれ以外を様々. 再定義している(小玉,2011).. な社会的なカテゴリー,親密度,ジェン ダー,. 一方,高尾(2013)は,この両者の相関係数. 世代などを用いて区別する傾向があり,それら. が極めて高い点を指摘し,別の視点から概念の. を認知的に分類することによって「私は誰なの. 弁別性を検証している.そこでは,組織コミッ. か」という問いに対して答えを得ている.その. トメントが組織と個人の社会交換的な側面を. ような社会との関係性を現すものの 1 つとし. 取り上げているのに対し,組織アイデンティ. て,個人は,組織を通じて自分自身を理解して. フィケーションでは個人の自己概念との関わり. いると考えた(Ashforth & Mael, 1989) .この. に注目している違いに着目した実証研究を行. ように,社会的アイデンティティ理論と自己カ. い,2 つの概念の弁別性を支持する結果を得て. テゴリー化理論に依拠し,帰属していることに. いる.また,日本の環境の流動化にともない組. 対する成員の認知や組織との一体性,自己概念. 織に絶えざる変革が求められる中で,組織と個. との結びつきから捉える枠組みを提示したこと. 人の関係性に関する期待も変化し,個人にとっ. により,再び組織アイデンティフィケーション. て組織がアイデンティフィケーションの特別な. の概念は,焦点を当てられるようになった(高. 対象ではなくなっている点について指摘をし. 尾,2013) .その後,実証研究も行われた結果,. ている.そのような理解のもと,仕事関連のア. 組織アイデンティフィケーションは,個人,グ. イデンティティを問い直す必要性を認識し,個. ループ,組織のレベルにおいて重要な影響を持. 人側からみた組織アイデンティフィケーション. ち,結果変数として共同行動や組織市民行動に. に改めて注目する必要性を問うている(高尾,. はポジティブな影響,離職意思や実際の離職に. 2013).. 対してはネガティブであることが認められてい. 以上 の よ う に,組織 ア イ デ ン ティフィケー. る(高尾,2013) .. ションでは,組織と自分をオーバーラップさせ. 2000 年代に入り,欧米では組織アイデンティ. ることで,組織との一体感を求める個人像に基. フィケーション 研究 を多く見るようになった. づいて組織と個人の関係性が描かれている.そ. が,日本での研究は多いとは言えない状況に. こでの個人は,自分のアイデンティティを証明. あった(高尾 , 2013) .2010 年代 に 入 り,組織. するための標識として組織を捉え,同一化とい.
(9) 個人と組織の関係性に関する既存概念の再検討(大橋). (329). 47. う形で組織との関係性を認知することで自分の. と組織,この両者の置かれる環境は,変化して. 存在意義を表現している.組織コミットメント. いる現実がある.変わりつつある環境下におい. と同様に,組織に対し自分はどのような影響を. て,EOR において研究が蓄積されてきた概念. 及ぼす存在なのか,どのように関わり合いを持. の根底にある,安定的で強い存在として設定さ. ちたいのかという視点や,積極的な組織に対す. れた組織に合わせて同一化すること,一体化す. る働きかけや,能動的に関係性を築いていく行. ることが,個人と組織の双方にとって望ましい. 動には注目していない.. と考える関係性には,何らかの変化や概念自 体に限界が生まれている可能性はないのだろう. 2―3 個人と組織の関係性にみられる前提. か.また,実社会において,積極的に考え行動. このように個人の視点からみた組織との関係. する個人像に注目が集まる中,組織に対して個. 性を描いた概念を俯瞰してみると,大きく 2 つ. 人が関係性をどのように受け止めるかという受. の 特徴 が み ら れ る.1 つ め は,同一化,没入,. 動的な側面だけではなく,個人の考えや行動を. 一体感や適合という形で個人が組織を身近に感. 能動的な側面から捉えること,個人が組織との. じることが,組織にとってはもちろん個人にも. 関係性をどのように構築したいと考えているの. 良好な状態としている点である.組織は安定し. か,そして,その考えが実際の行動にどのよう. た強い存在であり,そのような組織を個人がど. な影響を与えているのかを明らかにすることも. のように受け止めているのかという前提が読み. 必要ではないだろうか.. 取れる.個人が組織を自分自身に近いものと認 知すること,組織コミットメントや組織アイデ. 3.変化の兆候. ンティフィケーションが強いことが,職務満足・. 3―1 能動的な個人像. 離転職意向・役割外行動などと高い相関関係が. 個人 と 組織 の 関係性 に つ い て の 古典的 な. あることと結びつけ,良いことだとされている.. EOR 研究 レ ビューで は,前提 と し て,受動的. 但し,心理的契約は,少し異なり,そこまで入. な個人像,安定した組織像,そして両者の関係. れ込んだ関係性ではない組織と着かず離れずの. 性は同一化や一体感などの表現から連想される. 一歩引いた状況を描いている.2 つめは,現状. ように個人が組織により近い存在であることが. の組織に対する個人の受動的な側面である.個. 良いという特徴が見受けられた.本章では,こ. 人の価値と組織の価値との一致,組織との一体. れら EOR 古典的概念の前提とは異なる個人の. 感や帰属意識などに焦点を当てているが,それ. 姿や組織との関係性を描いている概念に注目. ぞれの概念では,組織に所属している個人が,. し,能動的に考え行動をする個人像について,. その組織をどのように感じ,認識しているのか,. 少し枠を広げ説明を試みる.. その状態を説明している.個人が組織との関係. 3―1―1 プロアクティブ行動. 性を能動的にとらえ,組織に何らかの形で働き. 能動的な個人の行動に注目し,焦点を当てた. かけ,自分に合致するように考えアクションを. 概念のひとつにプロアクティブ行動がある.こ. とる意味での意思や行動についてはあまり焦点. れは,個人と組織の関係性ではなく,組織社会. を当てていない.この点においては,心理的契. 化を促す作用について個人の行動そのものに注. 約も同様であり,現状に対して自分自身が期待. 目して説明を試みた概念である.. 感を持ち理解しようとしているが,自らが積極. 社会学の分野では,組織が個人の行動をどの. 的に交渉し,自分が期待する形に会社との関係. ように型にはめて統制していくかについて説明. 性を変えていく能動的な側面は含まれていない.. されてきた(Ashford & Black, 1996).しかし,. しかし,問題意識でも指摘したように,個人. 個人は受動的な存在として,ただ組織による社.
(10) 48. (330). 横浜国際社会科学研究 第 23 巻第 3 号(2019 年 1 月). 会化戦術の作用を受けるのではなく,自らも職. に提示された概念が,バウンダリーレス・キャ. 場の人間関係構築に励み,情報収集し,制度な. リアである(宇田,2007).バウンダリーレス・. どに体現された組織からのメッセージを解釈す. キャリアは,ひとつの組織にとらわれない個人. ることで,組織環境に適応するための主体的役. に 注目 し 概念化 さ れ た(Arthur & Rousseau,. 割を発揮している(小川,2012) .組織へと一. 1996).個人からみた組織との関係性をキャリ. 方的に染められる新人という仮定を見直し,個. アの観点からとらえ実証研究が行われているこ. 人の主体的行動を捉えたのが,プロアクティブ. の概念は,能動的な個人像を描いており,組織. 行動である(小川,2012) .. の枠を超え個人が行動する姿は,今回の問題意. この概念を使った研究では,情報収集やフィー. 識をより明確に説明するために参考になると考. ドバックから学ぶことで意味の付与をすること,. えた.また,個人と組織の関係性が変化した現. 関係性を構築すること,仕事や役割の変更交渉,. 状を受け,既存概念が抱える限界に向き合い概. 肯定的な枠組みの意味付けに分類し,成果や. 念化された経緯にも,問題意識との共通点があ. 満足度との関係性を測定する(Ashford & Black,. ると考え,以下に特徴を説明する.. 1996)などの調査が行われて来ているが,どの. バウンダリーレス・キャリアは,特定の組織. ような行動がプロアクティブ行動なのかは,異. と安定した関係性を築くという前提で描き出さ. なった方法で多岐に渡った実証研究が行われて. れたオーガニゼーショナル・キャリアに対し,. いる(Grant & Ashford, 2008) .. 複数の組織でキャリアを形成する個人が存在す. プロアクティブ行動の概念では,従業員が自. ることに焦点を当てた概念である(Arthur &. 分自身やその環境に影響を与えることを先読み. Rousseau, 1996).Arthur & Rousseau( 1996). し行動する姿に注目している.組織の中での個. は,組織内キャリアが安定した雇用の古い幻想. 人の能動的な行動を,具体的に理解するための. と結びつき,既に衰退し始めているという認識. 一助となる概念である.しかし,その行動の内. のもと,新しい環境の下ダイナミックなキャリ. 容の主たる目的は,自分の所属する組織に対し. アのひとつとして,バウンダリーレス・キャリ. て適応することである.個人が組織に合わせる. アという働き方を提示した.社会環境の変化に. 必要性を感じ,それが行動として現れる姿を描. 伴い企業の置かれる立場も変化した現状におい. いている点から,強い組織像が前提とされてい. て,キャリアを自ら主導して形成していく必要. るとも考えられる.能動的に考え行動する姿を. 性を感じた個人が,長期的なキャリア・ビジョ. 捉えているが,その目的は組織に同調して積極. ンを築くための手段として選択した方法を理論. 的に順応することである.組織の影響ではなく,. 化したものである.この概念では,能動的に考. 自分の考えを持ち意思を貫くことも能動的な考. え行動し,組織に依存するのではなく,対等な. えや行動には含まれると思うが,この概念では. 立場で交渉し働きかけることにより,組織との. 注目していない.. 関係性を築く個人の姿を描いている.. 3―1―2 バウンダリーレス・キャリア. 日本における正社員を対象とした実証研究で. 個人や組織の変化は,キャリア論においても. は,武石 & 林(2013)が,自律的 キャリ ア 概. 同様に注目すべき課題として捉えられている.. 念に注目しプロティアン・キャリアとバウンダ. 伝統的 な 長期雇用慣行 が 安定的 に 整って い る. リーレス・キャリアを測定する尺度を使用して. 企業環境を前提としたオーガニゼーショナル・. 調査を行っている10).ここで実施されたクラス. キャリアの概念では,説明できない事象が存在 するという限界を抱え,そのような企業内キャ リアが内包する限界を直視し,乗り越えるため. . 10)プロティアン・キャリアとは,Hall(1996, 2002)によって提唱された概念である.企業組織.
(11) 個人と組織の関係性に関する既存概念の再検討(大橋). (331). 49. ター分析では,自律的なキャリア意識を持ちつ. しい.また,自ら組織と交渉する能力が求めら. つ現在の組織外への移動に対しては慎重な態. れるため,個人と組織の力関係が均衡していな. 度を示し組織との関係を維持しようとする従業. ければ,個人にとって有利な条件を引き出すこ. 員のタイプを見出している(武石・林,2013) .. とや良好な関係性を築くことは困難であり,本. さ ら に,武石 & 林(2013)で は,キャリ ア 形. 意でない条件で組織とかかわる可能性もある.. 成において,個人が主体的に関与していくキャ. こういった懸念は,武石 & 林(2013)の実証研. リア自律の重要性が注目されているが,その具. 究の結果にある,組織外への移動に対しての慎. 体的な内容や,キャリア自律を進めると組織と. 重な態度からも読み取れるのではないだろうか.. の関係性はどのように変質していくのかについ ての研究の不十分さを指摘している. この点は,. 3―2 従業員意識の変化. 先に示した問題意識と通じるものがある.. 個人の積極的な組織への適応行動であるプロ. 正社員が対象ではないが,バウンダリーレス・. アクティブ行動は,自ら考え行動する個人の姿. キャリアの概念を用いた人材の流動化の進展に. を捉えた概念であった.また,バウンダリーレ. 注目した研究として,二神(2004)は,派遣人. ス・キャリアは,能動的な個人に注目したとい. 材を対象としたプロフェッショナルワーカーの. う点において,2 章でレビューをした古典的概. 調査を実施している.その結果から,今後,個. 念にみられた共通点,前提とされていた受動的. 人がバウンダリーレス・キャリアを形成してい. な個人像とは異なる姿を表現した概念である.. くうえで,専門性・仕事への自発性・キャリア. では,もうひとつの特徴,一体感や同一化に. ビジョンを明確に持つことの 3 点が特に大切で. ついてはどうだろうか.その変化の兆候が見受. あると指摘している(二神,2004) .個人が自. け ら れ る データ が,2017 年 の 労働政策研究報. ら将来のキャリアを考える必要性については,. 告書11)で得られている.企業・法人に勤務す. Arthur & Rousseau(1996)の主張と同じであ. る 管理職・正社員 を 対象 と し た 調査項目 の 中. り,Gratton(2011)や Pink(2002)が注目して. で,会社との関係を問う選択式の設問,「賃金. いた,個人が自らネットワーク構築や継続的な. を得るために雇われているだけの関係である」. 学習を行っていく必要性にも言及している .. では, 「かなり当てはまる」,「ある程度当ては. このように組織の変化に伴い概念化が進めら. まる」と答えた従業員が 31.6% 存在していた.. れたバウンダリーレス・キャリアであるが,こ. 「他によい会社があれば今の会社を辞めたい」. こで前提として描かれている個人像は,非常に. は 23.6% と,意識の上では,割り切った,長期. 特徴的であり,強さを持ち合わせている.キャ. 雇用を前提としていない従業員の存在が読み取. リア形成のために,個人が組織と交渉を行うに. れる.また,「会社に忠誠をつくしていれば雇. は,仕事のスキルや専門性,精神的なタフさや. 用は保障される」という設問では,「あまり当. 周囲との関係性構築など,必要となる要素は多. てはまらない」,「まったく当てはまらない」が. い.特に日本では,組織と対等に渡り合うこと. 49.2%,更に,「努力していれば会社はやがて報. 自体,一般的になっていると言い切ることは難 . と個人の心理的契約が変化して,組織ではなく個 人が主体的にキャリア形成に取り組み,他者から 評価されることよりも,個人の仕事における満足 度や成長感などの心理的成功と目指す自己志向型 キャリアを指す(武石・林,2013).. . 11)2017 年に公表された労働政策研究機構報告 書 No.196 第Ⅲ部「企業内 の 育成・能力開発,キャ リア管理に関するアンケート調査」 (企業調査・職 場管理職調査・従業員調査)で は,従業員 300 人 以上の企業・法人と,これら企業・法人に勤務す る管理職・正社員に対するアンケート調査を実施 し(平成 28 年 1~3 月) ,その結果を分析..
(12) 50. 横浜国際社会科学研究 第 23 巻第 3 号(2019 年 1 月). (332). いてくれる」という問いに対して「あまり当て. Ashforth, 2004).また,組織からみると,同一. はまらない」,「まったく当てはまらない」が. 化を避けることで社会的なカテゴリーを構築す. 40.6% と高い値となっている.この結果は,忠. る姿,対立した行動を支持することや公に批評. 誠を尽くしていれば組織が期待に応えてくれる. するなどネガティブな影響をもたらす (Elsbach. という心理的契約の前提の変化や,同一化や一. & Bhattacharya, 2001).. 体感を得られ組織と近くあることが,安心や安. ここで描かれる個人は,組織に反抗し行動. 定には結びつくという古典的概念とは異なる考. を引き起こすことで,自己の居場所や立場を創. えを持つ個人の存在を示唆している. 4.EOR の新展開. 造している.単なる特徴の不一致やミスマッ チではなく,組織からの積極的な分離であり (Elsbach, 1999) ,この個人の能動的な意識,組. 4―1 組織との乖離. 織に対して積極的な関わりを反発する形で持つ. 受動的な個人像に加え EOR の古典的概念の. という点がアイデンティフィケーションと異な. レビューからみえた特徴には,同一化,一体感. る特徴である.単に対極の意味を持つ概念で. や適合という形で個人が組織を身近に感じるこ. は な く,そ れ ぞ れ 社会的 な 存在証明 を 維持 す. とが,組織と個人にとって良好な状態という前. る目的ではあるが,そこから見られる現象や目. 提をみることができた.しかし,日本において. 的への道筋はかなり異なっている(Kreiner &. も一体感や没入とは異なる意識を抱いて組織を. Ashforth, 2004) .この概念は,個人の能動性が. 捉えている従業員の存在がデータで示されてい. 組織に反発する方向に働き,組織との乖離によっ. た(JILPT, 2017) .では,組織と離れるとはど. て自分の存在意義を確認する姿を表現している.. のような現象なのか.組織と乖離する個人の姿. こ の よ う に,拡張 モ デ ル で は,個人 が 所属. に注目した概念のレビューを行う.. する組織と矛盾する,または異なる意識を持っ. 4―1―1 ディスアイデンティフィケーション. た 場合,自分自身 を ど の よ うに 認識 し て い る. 組織と近い関係性と異なる視点は,既存概念. のかという点に視点を向けている(Kreiner &. を拡張する形で発展した研究から読み取ること. Ashforth, 2004) .認識が完全一致するという単純. ができる.組織アイデンティフィケーションの. 化したとらえ方ではなく,個人から見た組織と. 拡張モデルであるディスアイデンティフィケー. の関係性の複雑な意識の側面に注目をしている. ションは,アイデンティティの複雑性を捉えた. 点において,初期の概念とは異なった視点を持っ. 概念のひとつである.. ている.しかし,既存概念で描かれていた同一. この概念では, 個人が認知する組織との乖離,. 化や一体感を持ち,組織を近い存在と捉えるこ. 分離 に 注目 し 議論 が 展開 し て い る(Elsbach,. とが個人と組織の両者に良い影響をもたらすと. 1999; Pratt, 2000; Ashforth, 2001) .これは,自. いう考え方と根底にある部分は同じで,近いと. 己を知覚する① 個人のアイデンティティと組. は逆に,組織と離れることは,基本的に個人と. 織のアイデンティティの認知的分離であり,組. 組織の両者にとって望ましくない傾向があり,. 織を競争相手や敵のようにとらえるといった②. ネガティブなこととして描かれている点が大き. 個人と組織のネガティブな関係のカテゴリー化. な特徴であり,注目すべき論点であると考える.. である.その認識は,個人が考える特性や信条 が組織の持っているものとは異なる時に明確に. 4―2 組織との交渉. なり(Elsbach & Bhattacharya, 2001) ,組織に. 先に紹介したプロアクティブ行動やバウンダ. とってメンバーとの間に深い対立の結果をもた. リーレス・キャリアは,受動的な個人とは異な. らすなど望ましくない傾向がある(Kreiner &. る,能動的な姿を描き出した概念の例であっ.
(13) 個人と組織の関係性に関する既存概念の再検討(大橋). (333). 51. た.個人と組織の関係性をとらえた EOR の概. れている.1 つめは,① Recruiting I─deals である.. 念にも,この古典的概念の特徴とは異なる能動. 求職者が仕事を探す際,雇用者側に条件提示を. 的な個人に注目した概念が誕生している.ここ. おこない,それを踏まえた雇用契約を結ぶこ. では,積極的に考え行動する個人の姿に注目し. となどが挙げられる.2 つめ② Opportunistic. た概念,アイディールズについてレビューを行. Recruiting は,この逆となり,雇用者側が従業. う.. 員に条件提示を行うことを指している.次に,. 4―2―1 アイディールズ(I-deals). 雇用後のパフォーマンスに関する I─deals とし. 心理的契約 の 概念 を 再定義 し た Rousseau. て,③ Proactive I─deals と ④ Reactive I─deals. は,2000 年代 に 入 り 社会環境 の 変化 に よ り,. がある.これらは,従業員自らが望み申し出た. フリーエージェントとして組織から独立した形. 職務変更や,企業側の要求で起こる変化に対し. で個別交渉をして働く個人だけではなく,企. て従業員が特別な措置を申し出ることなどが含. 業に所属する個人も組織と労働条件を交渉す. まれる.最後は,継続雇用に関する分類である.. ることが必要になってきているという考えの. ⑤ Threat-Based I─deals は,従業員 が,他企業 か. も と,I─deals と い う 新 し い 概念 を 提唱 し た. らの引き抜きを断る条件として現在の雇用条件見. (Rousseau, 2005) .I─deals とは,Idiosyncratic. 直しを申し出るケースなどであり,⑥ Retention-. deals を略した造語であると同時に,理想を意. Based I─deals は,長く働いてもらうリテンション. 味する単語 Ideal,2 つの要素を持ち,従業員. の手立てとして,キャリアステージの変化に伴う. が自ら雇用者と交渉し合意を得た特別な条件と. 必要な措置を企業側が提示し対応することが例と. 定義付けられた(Rousseau, 2005) .I─deals で. して考えられている.. は,組織に所属する従業員が日々の仕事に関し. しかし,この概念はまだ実証研究が少ないた. て組織と交渉する姿に注目し,個人が自ら組織. め,定義された I─deals が,実際の組織のなか. に働きかけ,積極的に働く環境を整える行動を. でどれほど確認できるのか定かではない.また,. 概念化している.. 組織や雇用主との交渉が必須であるため従業員. この概念では,① 従業員が主体的に個別交. 側の交渉能力や明確な職務範囲の設定が必要で. 渉をすること,② 雇用者と従業員相互のニー. ある.特に,日本のように,職務ではなく職能. ズのもと取り交わされた個々の合意であるこ. での評価が中心の場合や,詳細な職務範囲を設. と,③ 雇用者と従業員の相互に利益がもたら. けていない組織,同質性や横並び重視の企業文. されること,④ 雇用関係における個別の特徴. 化では,個別交渉での対応を実行すること自体,. があるため目的が様々であること,が必要とさ. 困難なケースもあると思われる.実証研究を進. れている.さらに共に働く同僚や関係者の理解. めるにあたり,様々な要素,特に本人だけでは. や了承が必要であり,行使するには重要なこと. なく共に働く同僚との関係性,妥当性や正当な. と捉えられている.I─deals は,気に入られ優. 評価などを考慮したうえで調査を進める必要も. 遇されること(Favoritism, Politics)や,非公. あるなどの課題が考えられる.. 認で暗黙の了解のもと行う行為(Shady deals). I─deals は,個人が組織との関係性をどのよ. などとは異なり,組織で働く従業員と雇用者の. うに認知しているかという視点だけではなく,. 間の新しい関係性に注目し構築された定義でも. 組織と関わりを持つうえで必要な条件や契約と. ある(Rousseau, 2005) .. いった取引関係に焦点を置いている.また,組. Rousseau(2005)は,I─deals を提案者 と タ イ. 織を交渉相手としていることも,先の古典的. ミングの 2 軸により 6 つに分類している.まず. EOR の概念とは異なる視点である.組織に対. は入社前,採用時の交渉として次の 2 つが示さ. し受動的な存在として設定されていた個人像と.
(14) 52. (334). 横浜国際社会科学研究 第 23 巻第 3 号(2019 年 1 月). は異なり,組織内で能動的に考え,具体的に行. ていくかという点に注目し,積極的な意思や行. 動する姿が描き出されている.この能動的な側. 動は描いていないという共通の特徴があった.. 面は,既存概念ではあまり見られない特徴であ. 安定的で変化をしない組織像が垣間見られた. り,個人から組織への自発的な働きかけによる. が,心理的契約 の Schein(1978)の 概念 で は,. 交渉が,自ら働きやすい環境を築いていくには. 変化する組織についても言及していた.2000. 必要であることを示唆している.また,組織は,. 年代になると,I─deals など,異なる視点を持. 従業員に個別対応し,リテンションも含め交渉. つ概念が登場し,そこでは,能動的に考え行動. する必要性を問うている点から考えると,安定. する,組織と条件交渉し,自立的にキャリア形. 的ではなく変化をする対象と思われるが,明確. 成をする個人の姿が描かれている.また,組織. な組織像の説明はほとんどなされていない.. と近いことが,必ずしも良いという視点ではな. 5.個人と組織の関係性の複雑化と課題. い,対等に交渉し,組織を依存対象としていな い,距離をとった立ち位置も読み取れる.組織. 5―1 EOR で描かれる関係性と個人観/組織観. については,あまり言及されていないが,従業. ここまで,個人の視点からみた組織との関係. 員に対してリテンションプランを提案すること. 性をとらえた EOR の概念についてレビューを. などに鑑みると,環境変化によって組織も変わ. 行ってきた.先に示したとおり今回のレビュー. ると想定されている.. は,4 点について整理することを目的としてい. さらに,組織と乖離することに注目したディ. た.. スアイデンティフィケーションでは,個人が能. 既存概念を整理すると,1 点め,何に焦点を. 動的に考え行動する姿をとらえているが,組織. 当てているのかについて,個人と組織の関係性. と離れることはネガティブなもので,個人と組. を描いた古典的な EOR の先行研究である,組. 織の関係性において否定的な意味を持つという. 織コミットメント,P-O Fit,組織アイデンティ. 前提に立っていた.この視点は,組織と近いこ. フィケーションや心理的契約の概念には,共通. とが良く,遠いことは良くない,という点にお. 点がみられた.それは,個人の受動的な側面や. い て,先 の 古典的 EOR 研究 と 共通 で あった.. 態度に焦点を当てている点である.逆に,個人. このような個人観と,組織観を元に関係性を捉. の能動的な側面としての認知,意思や行動には. え,それぞれの概念を整理すると図 1 のような. ほとんど注目していない.また,前提とされて. 分類ができる.. いる個人と組織の関係性は,ある程度,安定し. 以上のような整理から,3 点めの目的である,. 一定したものであり変化については触れられて. 個人と組織の関係性をとらえた既存のコンセプ. いない,または,ある特定の時点に注目して焦. トがいかなる意味で限界を抱えているのかを考. 点を当てているという特徴があった.さらに,. えてみると,今回レビューの対象とした概念に. その関係性には,同一化や一体感という個人が. は次の 3 つの課題が見えてくる.. 組織を近く感じることは両者にとって良好な状. 1 つめは,個人の能動的な行動の捉え方,ど. 態,乖離や離れることは両者にとって望ましく. のような目的で行動しているのかという点であ. ない傾向があるという前提が存在していた.. る.I─deals では,自分自身が働きやすい環境. 2 点めの個人観,組織観には,次のような特. を整えることが目的であり,個人の積極的な行. 徴が見られた.個人観は,受け身の姿勢,受動. 動に注目しているが,組織の捉え方や関係性構. 的な個人をベースにした概念が多く見受けられ. 築については,ほとんど注目していない.日常. た.特に,古典的概念では,個人が所属する組. の多くの時間を過ごす組織との関係性という視. 織に対して,どのように感じ,認知し,合わせ. 点で考えた場合,個人が組織をどのように捉え,.
(15) 個人と組織の関係性に関する既存概念の再検討(大橋). (335). 53. <個人観> 能動的 個人と組織の関係性. <. I-deals. ディスアイデンティフィケーション 安定(一定). 変化 心理的契約(Schein). 組織コミットメント 個人 ─ 組織適合. >. 組織アイデンティフィケーション 心理的契約 受動的. 図 1 EOR 概念で描かれる個人観と個人と組織の関係性 . 図1:EOR 概念で描かれる個人観と個人と組織の関係性. 認知し,それがどのような行動に結びついてい. 以外に組織との良好な関係性を構築することは. るのか,要因も含め詳細に紐解いた上で組織の. できないのかという点である.乖離を描いた. 中で個人がとる能動的な行動とはどのようなも. ディスアイデンティフィケーションのように,. のなのか,今一度,考える必要性があるのでは. 個人が組織と離れた関係性を構築すること,距. ないだろうか.. 離をおいた関係性は,両者にとって悪影響を及. 2 つめとして,問題意識で示した個人側,組. ぼすだけなのかという視点である.既存の概念. 織側双方の変化について,安定的な関係性が前. では,同一化か乖離かという視点のみで,十分. 提となっている既存概念では,十分に説明しき. な説明がなされていない.3 章で示した通り,. れないと思われる.個人と組織の関係性の変化. 労働環境の変化を反映し,組織と一体化してい. は,先に取り上げた先行研究の中でもデータや. ない個人の存在が明らかになった調査データの. 課題が示され,兆候を読み取ることができた.. 傾向からも,この点について丁寧に説明するこ. 心理的契約では,組織との関わりあいを長期的. とは必要であり,注目すべき課題だと考える.. で従属的なものとは考えていないが,一方で,. 一体感を持つことができない,帰属することに. その組織に所属している限りは,援助を期待し. 安心感を得られない個人は,組織の中でどのよ. ながら自身も組織のために献身しようとする姿. うな存在として捉えることができ,その両者の. が見出されている(服部 , 2008) .高尾(2013). 関係はどのようなものなのか.既存概念の尺度. も,日本の環境の流動化にともない組織に絶え. を使用して,コミットメントやアイデンティ. ざる変革が求められる中で,組織と個人の関係. フィケーションが弱い,と結論付けて説明する. 性に関する期待も変化している点について指摘. には,不十分だと考える.. している.また,キャリア研究では,長期的な. このように既存研究における課題を捉えた上. 雇用慣行の見直しが進む中で,個人と組織の関. で,4 つめの目的である方向性を考えてみると,. 係性の変化を捉える必要性からバウンダリーレ. 変化する組織との関係性の中で能動的に考え行. スキャリアの概念が生まれていた.. 動する個人,図 1 の左上の部分に注目する必要. 3 つめは,個人が組織と同一化し,近い存在. があると考えられる.さらに,組織に依存する.
(16) 54. (336). 横浜国際社会科学研究 第 23 巻第 3 号(2019 年 1 月). のではなく,一体感や同一視とは異なる距離を. な複雑な環境下で働く個人の姿を把握したうえ. 保ちながら,能動的に考え行動する個人を説明. で,丁寧に説明することは重要である.特に,. するための概念生成も必要ではないだろうか.. 変化する組織との関係性の中で能動的に考え行 動する個人の姿は,実際に企業で働く従業員の. 5―2 今後の研究課題. 現状を理解し説明するための一助になると考え. 本稿では,日本における働き方の潮流を捉え. る.既存概念の中,例えば組織コミットメント. た上で,正社員からみた組織との関係性に注目. では,個人が組織と距離を置くことはネガティ. し レ ビューを 行って き た.2018 年現在 の 日本. ブなもの,望ましくないものとして捉えられて. は,個人から見た組織との関係性をミクロレベ. きた.また,プロアクティブ行動では,組織に. ルで捉えた古典的な EOR 概念では想定できて. 積極的に溶け込み同化する形での能動性に注目. いない変化の過渡期にあり,個人は,組織との. していた.そういった概念とは異なる,距離を. 関係性をどのように構築していけば良いのか模. 置く形で組織との関係性を捉え行動する個人と. 索をしている段階にある.このような兆候につ. は,組織にとって何をもたらす存在なのか.個. いては,既存研究や調査データを通してみるこ. 人の能動的な考え方が自身の所属する組織の中. とができた.それは,正社員であっても同様で. で,どのような形で構築されていくのか.それ. あり,社会の変化の影響により,自立的な視点. は,個人のどのような意思に基づき行動として. を持ち,会社に依存するのではなく能動的に考. 現れているのか.また,それらが個人と組織に. え行動することの必要性については,認識し. どのような形で影響し関係性が変化しているの. ていると思われる.しかし,組織との関係性が. かを明らかにする,このような視点から行う研. 常に変化する状況下であっても,バウンダリー. 究は,必要であり意義は大きいと思われる.. レス・キャリアや I─deals のように,自らが組 織と交渉し対等に渡り合うという個人の考えや 行動は,現時点の日本において,まだ一般的な ものではない.企業側も長期雇用を前提として 個人との安定的な関係性構築,特に正社員の雇 用を守るべきという規範意識を保持している. ワークライフバランスやダイバーシティなどの 取り組みは, 自社で働く社員側の立場をとらえ, 関係を維持することを目的とした企業側の行動 の現れのひとつであると思われる.では,個人 の考え方や行動は,どのような形で現れ始めて いるのだろうか.この点については,今後の研 究が必要である. 今回は,個人と組織の関係性をとらえた既存 概念 を 概観 し,そ の 前提 に あ る 個人観,組織 観,さらにその関係性のとらえ方や要素をみて きた.その結果,変化の兆候については捉えら れるものの,過渡期にある個人と組織の関係性 を説明するために十分な既存概念が存在してい ないことが明らかになった.しかし,このよう. 参考文献 Allen, N. J., & Meyer, J. P. (1990) . The measurement and antecedents of affective, continuance and normative commitment to the organization. Journal of Occupational Psychology, 63, ⑴, 1─18. Arthur, M. B., & Rousseau, D. M.(1996). The boundaryless career as a new employment principle, in Arthur, M. B. and Rousseau, D. M.(Ed.), The Boundaryless career: A New Employment Principle for a New Organizational Era, 3─20, NY: Oxford University Press. Ashford, S. J., & Black, J. S.(1996) . Proactivity during organizational entry: The role of desire for control, Journal of Applied Psychology, 81, ⑵, 199─214. Ashforth, B. E., & Mael, F.(1989).Social identity theory and the organization. The Academy of Management Review, 14, ⑴, 20─39. Ashforth, B. E.(2001) . Role transitions in organizational life: An identity-based Perspective, NJ: Lawrence Erlbaum Associates. Becker, H. S. (1960). Notes on the concept.
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