目次 Ⅰ.はじめに Ⅱ.近代法における土地所有権 Ⅲ.ケニアの植民地化と慣習法における土 地保有形態──以上,本誌 11 巻 4・5 号 Ⅳ.実定法におけるアフリカ人の土地所有 権 Ⅴ.土地制度改革の背景・展開・帰結 1.立法者の認識と土地制度改革の経済 的・政治的・社会的背景 ⑶ 土地制度改革 の 政治的背景──以 上,本誌 12 巻 1 号 ⑷ 土地制度改革の社会的背景 2.土地制度改革の展開 3.土地制度改革の帰結 Ⅵ.おわりに 1.立法者の認識と土地制度改革の経済的・政 治的・社会的背景(承前) ⑷ 土地制度改革の社会的背景 先に,土地制度改革に対する立法者の認識に は,経済領域にとどまらない社会変容について の認識があることをみた(V.1.⑴).そこでは, 土地所有における不安全の感覚の高まりという 問題が指摘され,立法者は共同体的生活形態の 崩壊にその原因を求めていたが,ここでは,も う一つの重要な要因として,共同体間で発生し た土地紛争の問題を検討することにしたい.以 下では,ケニア西部の南ニャンザ県(当時)に おいて,Abamangiti と Abasamsa というクラ ン間に発生した土地紛争を事例として取り上げ る. 当該紛争の発生は 1942 年が最初であるとみ られるが,資料によって確認できた 1955 年前 後の展開を取り上げることにしたい.紛争の争 点を Abamangiti 側の請願状から判断するに, 係争地は慣習法上 Abamangiti に帰属する勢力 範囲であったが,Abasamsa の移住によって侵 奪されたため,係争地の完全な回復,および行 政官が行った係争地の分割による再配分という 決定の取消しを求めたというものである1).そ の展開は以下の通りである. 1954 年に訴訟が提起されたが,再審裁判所 はクラン間紛争の提訴を認めないとするアフリ カ裁判所規則 47 条を根拠に訴えを却下し,「こ の紛争において土地を再分割することは行政 行為(administrativeact)と し て 行 わ れ,そ れは農業上の利益に配慮して行われるべきであ る」と指示していた2).これにより,本件は南 ニャンザ県知事の管轄に移され,県知事は農業 省の担当官に係争地を調査させたうえで,係争 地を 20 区画に再分割することに決定した.こ れら 20 区画を配分するにあたって,県知事は, 「クランにかかわらず最も適した請求者に配分 されるべき」との裁判所の指示に従い,各クラ ンの構成員に自分に最も適した土地区画を申告 させ,リストを作成することにした.しかし, Abamangiti 側はこの再配分を承認せず,あく まで土地全体の帰属を要求して申告を拒絶した
ケニアにおける土地制度改革の法社会学的分析(三・完)
──登記土地法の成立過程を中心に──
平 田 真 太 郎
ため,係争地が相手方に移転する事態に至っ た.こ の た め Abamangiti 側代表 は,1955 年 12 月に総督に対して請願を提起し,「県知事 が,110 名以上もの者を自分の土地から移動す るよう命令した」ことに抗議し,「その土地を 耕作することもできず,さらに将来農業を行え る見込みもない」こと,そして「Abamangiti に帰属している土地を Abasamsa に与え,さ らにワンジェレ地区の数名にそれまで以上の土 地を与えたことは不正である」として3),事態 の改善を要求したというのが背景である. この請願に対して,アフリカ裁判所は「法的 根拠を持たない行政行為による慣習法への介 入にあたっては,提案が多数派の支持を得て いることが重要であり,本件のような土地区画 の配分は,利害関係を有する両クランの協働 (collaboration)によってなされるべき」との 見解を示す一方,請願者に対しては,行政によ る決定を受け入れるよう助言されるべきである と勧告した4).これを受け,ニャンザ州知事は 南ニャンザ県知事に対して土地再配分のやり直 しの可能性を探るよう指示し5),県知事は 1956 年 5 月に両クランの代表による話し合いを行っ た.そこで行政官は,土地を分割し当事者間で 配分すべきとの裁判所の決定は今でも変更でき ないこと,すべての土地区画は適切に耕作され るべきこと,不在地主は許されないことを伝え たうえで,20 区画のうち,両クランに 9 区画 ずつ配分し,ワンジェレに 1 区画と残りの 1 区 画に学校を建設するよう提案した6).しかし, Abamangiti 側は依然としてすべての土地を要 求したため,行政官は土地の境界を見直すこと を決定し,そのうえで両クランに折半すること にした.だが,同年 6 月,Abamangiti 側は再 度請願を提起し,あくまで係争地の完全な回復 を求め,また行政官による土地紛争解決は違法 であることを主張したが,同年 7 月,アフリ カ 人問題担当省(MinistryofAfricanAffairs) から,すでに本件は行政行為によって解決され ており,請願は却下されることが通知された7). この事案からは,当事者の関心と行政官の 関心とのずれが明らかとなる.当事者である Abamangiti 側が土地の再配分を頑なに拒否し, 何度も請願を繰り返す背景には,慣習法のもと での所有権に対する信念があったと考えられる. Abamangiti 側の主張にのみ基づく判断ではあ るが,係争地はその勢力範囲であり,その侵奪 は不正であるとみなされるところ,Abasamsa の移住はこの不正な侵奪に該当するから,侵 奪された土地は回復されるべきというのが Abamangiti 側の関心であろう.それに対して, 行政官の関心はもっぱら紛争を平和的に解決し ようとする点にある.Abamangiti 側の主張を受 け入れるためには,Abasamsa 側が移住しうる 土地が確保されていなければならないが,土地 の稀少化ゆえに退去を強いることが困難になっ ていたと思われる8).10 年以上にわたって続い てきた本件は,県知事自らが暴力の対象になり かねないという危惧を表明するほど険悪なもの となっていた9).この状況で,両者の合意を図り 紛争を解決することが行政に求められた役割で あり,これは司法的解決になじまないゆえ,ク ラン間土地紛争は司法の管轄から除外されてい たと考えることができよう10). 本件の場合,係争地が,土地境界が明確では なく,また一時的な放牧や採集に利用され継続 的な占有の事実を伴っていない勢力範囲という 領域であった点が,紛争解決を困難にした一つ の要因であると思われる.通常,耕作地などの 占有地には立木など境界を明示する標識が存在 し,占有の事実が明白である場合が多く,それ が誰の所有地であるかは当事者を含む共同体の 人々の認識に支えられている.しかし,本件係 争地が継続的な占有の事実を伴っていない勢力 範囲であったことから,かかる土地を占有する ことが占有侵奪と言えるかどうかが問題とな る.さらに,当事者の主張から判断するに,紛 争の性質は,個人ではなく共同体を当事者とし, 一方共同体が他方共同体に対して係争地全体の 正当な帰属を主張したという紛争である.かか
る共同体間の紛争で納得いく解決を提示するた めには,共同体間で通用する事実認識や規範を 新しく成立させる必要がある. では,共通の事実認識や規範をいかに形成す ることができるか.第一に,当事者同士の話し 合いと合意という手法がありうる.本件におい ても,アフリカ裁判所は両クランの協働を求め ているが,当事者は土地の分割に同意していな い.第二に,第三者の判断によって規範を形成 する手法がある.裁判所はその任務を行政に委 ね,行政自身の判断と手段でもって紛争を解決 するよう求めた.そして,行政は,土地の分割 と均等な配分により両当事者の合意形成を図ろ うと試みたわけである.共通の規範が成立して いない状況では,係争地が自己の所有地である との主張は一方的な要求にとどまり,それが直 ちに当事者間の紛争を解決する根拠になるわけ ではない一方,所有の安全を確実に予期できる 状況が少なくなりつつあるなかで,当事者間の 交渉と合意を基礎とする紛争解決では,この予 期を保障するために必ずしも十分ではないとい う問題が生まれていたといえよう. この状況において,共同体間での土地紛争の 発生を減少させ,土地所有を継続できるとの予 期に確かさを与えるためには,実定法は,単に 慣習法の効力を維持するだけでは足りず,諸 共同体間に共通して適用されるよ・ ・り普遍的な ルールを予め備えていなければならないことに なる.この点に,土地所有のルールを実定法 化する必要性が生じた要因の一端があり11),ま た,土地価値の上昇や土地の稀少化といった経 済的・社会的影響は,共同体保有か個人保有か という土地保有形態の選択にとどまらず,慣習 法によっては扱いきれない性質の紛争を生み出 すことで,この選択を慣習法ではなく実定法 において行うという法形式の選択にまで及ん でいると理解することができる.これを背景 にして見れば,慣習法のもとで認められてい た諸利益を権利確定・登記したうえで,登記 簿上の所有者に絶対的所有権を付与する土地 制度改革 と は,慣習法上 の 諸利益 を リ セット して,新たに登記された権利として妥当させ る,いわば大規模な権利の整理事業であるとみ ることができる.そして,この必要性は,権利 や事実関係を明確にすることで,土地紛争を 裁・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・判上扱いうるものにするという法制度の機能 と結びついていると理解できよう12). 2.土地制度改革の展開 以下では,新しく成立した登記土地法につい て検討していきたい13).1957 年に設置された 制度改革の作業部会は,「ケニアの原住民領地 の特定地域で個人的保有が出現し,また細分 化された保有区画の統合や囲い込み,さらに は個人所有者の権利要求が高まっていること に関して,すべての原住民領地に適用しうる 土地保有制度を導入するために必要な施策に ついて解説し,勧告すること」を任務として いた14).そして,作業部会の作成した法案に基 づき,1959 年,原住民土地登記令(theNative LandsRegistrationOrdinance)お よ び 土地統 制(原住民地域)令(theLandControl(Native Area)Ordinance)が制定された15). 慣習法上の諸権利および諸利益(以下,「権 利等」と略す)を実定法化するという土地制度 改革は,慣習法上の権利等の内容とその権利者 および土地区画を確・ ・定する段階(Adjudication), 土地区画を経済的要請に合致する規模へと統・ ・合 する段階(Consolidation),確定された権利を 登・ ・記する段階(Registration)からなり,原住民 土地登記令(以下,「旧法」と呼ぶ)はそのすべ てを規定していた.独立後,各段階に応じて, 土地権利確定法(LandAdjudicationAct,「土 権」と 略 す),土地統合法(LandConsolidation Act,「統合」と略す),登記土地法(Registered LandAct,「登土」と略す)へと制定法が区分 された.本節では,主として現行法によりなが ら各段階の手続をみたうえで,導入された絶対 的所有権の性質を,判例法の展開も含めて,確 認したい.
なお,1960 年ケニア(土地)枢密院令(the Kenya(Land)OrderinCouncil)は,ケニア における土地は,①王領地(独立後は政府所有 地16),②信託地(旧原住民領地),③私有地 の いずれかであると確認的に宣言している.独立 後も,信託地では,土地制度改革によって私有 地への転換が実施されない限り,慣習法が適用 されることが憲・ ・ ・ ・ ・ ・法によって保障されている(憲 115 条 2 項). ⑴ 権利確定 特定地域における権利確定手続の開始は,旧 法のもとでは所管大臣の裁量によったが,現 行法 で は,所管大臣 の 裁量 に 加 え,地方政府 (countycouncil)の要請により開始することも できる(土権 3 条 1 項). 手続 は,権利確定官(AdjudicationOfficer) という専門の担当官が所管する17).権利確定官 は,権利確定手続の監視と統制をなす責任を負 い,実施過程において生じた担当官の作為また は不作為に対する請求,および権利確定記録簿 記載事項への異議申立てを聴取し決定を下さな ければならない(土権 9 条)とともに,対象地 内の土地における利益に係わるすべての請求に 対して管轄権(jurisdiction)を有している(土 権 10 条 1 項).その裁決過程は審理過程である ことを要し,可能な限りで民事訴訟法の適用を 受ける18).また,権利確定官は権利確定委員会 (AdjudicationCommittee)お よ び 仲裁審議会 (ArbitrationBoard)を設置することができる (土権 6 条,7 条).これに関して,前記作業部 会は,「諸権利の確定,土地の再配分,土地保 有区画の境界画定,および私的権利保持者の登 記はすべて,住民自身が選んだ長老から構成さ れ,通常は利害関係を有する部族の土地に対し て伝統的権威を有している合議体によって行わ れるべき」と勧告していた19).これに従い,権 利確定委員会は「対象地に居住する者」から任 命され20)(土権 6 条),「⒜境界画定官または記 録官によって付託された問題を,承認された慣 習法に従って,裁定し決定する権限,⒝権利確 定官およびその下級官吏に対して,指針になる と思われる承認された慣習法の問題について助 言する権限,⒞不在者または制限行為能力者の 利益を保護する権限,⒟なんらかの理由で請求 がなされていない利益を権利確定に従事する官 吏に認知させる権限,⒠一般的に権利確定過程 を支援する権限」を有している(土権 20 条). また作業部会は,権利確定委員会の決定が裁判 所の判決と矛盾する可能性があることを指摘 し,その対策として,権利確定の権限を裁判所 から除外することを勧告した21).現行法でも, 権利確定手続が完了するまでは,権利確定官の 文書による同意がない限り,権利確定対象地に おける権利に係わる訴えを裁判所に提起するこ とはできない(土権 30 条). 土地における慣習法上の権利等を有する者 は,定められた期間内に,自らの権利等を記録 官に申告しなければならない.その申告は,「現 存権利記録簿(RecordofExistingRights)」 に記載される.60 日の間に申告に対する異議 がなく,申告された権利等が権利確定委員会の 裁決を経て確定され,境界画定,公図作成を経 た後には,その者の権利等は「権利確定記録 簿(AdjudicationRegister)」に記載される(土 権 23 条以下).権利等の申告に異議が申立てら れ,あるいは権利をめぐる紛争が存在する場合 には,権利確定委員会において審議・裁決され る.同委員会が裁決に達しえなかった場合は, 仲裁審議会へ移送される.また,権利確定記録 簿の記載に対する異議は権利確定官に申立てる ことができ,その決定に不服あるときは所管大 臣に上訴でき,その決定が最終となる(土権 29 条).かかる一連の過程が正常に完遂された 限り,登記簿の情報は真正であるとの推定が働 く22). かかる権利確定手続の性質については,慣習 法上の権利等を確定するためには基準となる絶 対的所有権の定義が必要ではないかという問い のなかで論点となっていた.論争では,定義が 必要であるとするアフリカ法研究者のアロット
教授に対して23),シンプソン技術協力局土地保 有顧問(LandTenureAdvisor)は定義するこ と自体が不要であると主張した24).なぜなら, 土地制度改革は,「原住民の法と慣習における 用語をイングランド土地法の用語へと翻訳する ことではなく,原住民の法と慣習に由来する権 原とイングランド土地法に由来する権原との両 方に対して適切に供される単一の制度を構築す る」ことが目的だからである.そして,慣習法 における誰のどのような権利が絶対的所有権に 達しているかを確定する点が問題になるとはい え,「ここでも,所有権を定義したところで役 に立たない」.その根拠は,「たとえ劣位する 権利であっても所有権として記載すべきかどう かを決定する裁量を,権利確定官に委ねておい たほうがよいことが経験的に示されている」か らであり,「この決定は,法または事実の問題 であると同時に,政策の問題でもあろう.これ には競合する権利間での合意を図る手法も含ま れるが,仮に合意がある,あるいは競合する諸 権利がない場合は,所有権は争いなく記載でき る」からであると言う25). それに対して,アロット教授は,定義の問題 とは異なる法体系において知られている権利を 他に「翻訳」しようとする人に対していかなる 指示をなすべきかの問題であり,何が所有権で あるかは素人でも自明であるとするシンプソン 氏に対して,日常語においてさえ明確でない所 有権という言葉が権利確定官に明確であるとは 想定できないとする.そして,慣習法上の諸権 利の優劣を決するためにこそ定義が必要なので あって,それを権利確定官の裁量に委ねるべき 理由はないと批判する26). 論点となったのは,①土地制度改革は,性質 の異なる権・ ・利自体を変更(翻訳)するものであ るか,それとも異なる権利はそのままに,権利 を扱うための制・ ・度を構築するものであるか,② 権利の確定において,絶対的所有権の客観的基 準を定立したうえでその基準との適合性によっ て慣習法上の権利等の性質を判断すべきか,そ れとも当事者間での合意や権利確定官の政策的 判断による利益調整も含めて権利を確定すべき かであった.それぞれの判断は,慣習法上の権 利等がどれほど私的所有権として成熟している かによって異なってこよう.いずれにせよ,土 地制度改革が経済政策の一環として位置づけら れる限りは,いまだ共同体の制約が強く残って いる場合でも実定法上の所有権を付与すること で経済変化を促進するとの政策が優先され,慣 習法上認められるよりも広範な支配権能が単一 の帰属先としての所有者に付与されることにな るが,これは慣習法上の権利や利益を消滅させ るため,新たな紛争をもたらすことになったと いうのが実態である. ⑵ 統 合 土地統合は,同一所有者の土地が地理的に分 散している場合や,保有面積が経済的な適正規 模を下回る場合に,「場所,地質,自然的性質, 面積」を考慮して所有者間で対等に交換し,土 地区画を統合する手続であり,通常は権利確定 過程のなかで,それに付随して行われる.かか る過程において発生した損害に対しては賠償の 請求をなすことができる. ⑶ 登 記 以上の権利確定および統合が完了し,権利確 定記録簿への記載が終了した後,当該土地は土 地登記官(LandRegistrar)の管轄である登記 地となる.登記簿は,①権利部,②所有者部, ③負担部に分かれ,権利確定記録簿に従って登 記される27). 登記に関して注目すべき点は,初登記(first registration)に関する規定である.詐欺また は錯誤による登記に対しては,裁判所が登記の 抹消または変更を命令できるが,かかる登記 が初登記である場合は除かれる(登土 143 条 1 項).したがって,初登記の場合は,詐欺また は錯誤による登記によって取得された所有権ま たは定期不動産権であっても変更できない.ま た,詐欺または錯誤による登記によって発生し た損害の賠償請求権も初登記の場合は発生しな
い(登土 144 条 1 項 b 号).かかる条項が存在 する理由について,コールダムは政治的理由を 挙げている.曰く,土地制度改革が実施された 時期は反植民地闘争により非常事態が宣言され ており,「多くのキクユ人が,拘留あるいは闘 争への参加により不在であって」,かかる不在 者の権利は保護されず,不在者の土地は「土地 統合により植民地政府支持者への報酬として利 用され」,このようにして登記された権利を保 護するために上記の規定が存在する28).ソレン ソンは,これに加え,訴訟の氾濫を防止するこ とと,権利確定手続における権利確定委員会や 権利確定官の決定に対する訴訟を防止すること を理由に挙げている29).いずれにせよ,瑕疵あ る初登記の抹消または変更をなしえないこと は,現在でも不公正な帰結を生ぜしめる原因と なっており,法改正が求められている30). ⑷ 登記された権利の性質 登記土地法は,登記の効力として,土地の所 有者31)(proprietor)として登記された者には 絶対的所有権 が,不動産賃借(lease)の 所有 者として登記された者には定期不動産権が帰 属すると規定している(登土 27 条 1 項).そし て,「初登記または有償による承継もしくは裁 判所の命令によって取得されたかどうかにかか わらず,所有者の諸権利は,本法に規定されて いるほかは負かされる責任を負わず(shallnot beliabletobedefeatedexceptasprovidedin thisAct),その諸権利に付随するすべての特 権および従たる権利(appurtenances)とあわ せて,その他のいかなる利益および請求からも 自由なものとして,所有者に保有される.しか し,⒜登記簿に記載された定期不動産権,担保 権(charges)その他の負担(encumbrances), 条件(conditions),不動産制限(restrictions), ⒝登記簿に反対が記載されていない限り,所有 者の権利に影響を与え(affect),30 条によっ て登記することを要しないと宣言されている 責任,権利,利益に服する.ただし,本条は, 所有者が受託者である場合,その責務または 義務を免れさせるものではない」と規定する (登土 28 条).こ の 意味 で,登記 に は 確定力 (indefeasibility)が認められる32). 登記 な く し て 対抗 で き る 権利(overriding interests)には,次のものがある(登土 30 条). ①初登記時点において存在する通行権,水利権, 採取権(profits)(a 項),②日光,大気,水, 地盤の自然の権利(b 項),③他の制定法によ り認められる公用収用権,取戻権,立入権,捜 索権,使用権(c 項),④ 2 年を超えない定期 不動産権またはその合意,46 条に該当する自 動更新定期不動産権(periodictenancy),期限 の未確定不動産権(d 項),⑤本法に基づく登 記に言及することなく制定法によって明示的に 土地担保権であるとされている未払地代および 他の金銭の担保権(e 項),⑥出訴期限または 取得時効に関する制定法によって取得された権 利,または取得されつつある権利(f 項),⑦ 占有 ま た は 現実 の 所持(possessionoractual occupation)にある者の権利で,この者の調査 が実施され,その者の権利が開示された場合を 除き,かかる占有または所持によってのみ与え ら れ る 権利(g 項),⑧電線,電話線等 の 敷設 権(h 項). 信託は,「エクイティによって受託者に課さ れる命令的義務であり,これにより受託者は受 益者の利益のために財産を管理処分するよう拘 束される」ものであるが33),登記土地法 163 条 は,「エクイティ原理によって修正されたイン グランドのコモンローが,本法に基づいて登記 された土地,不動産賃借,担保,およびそれら における権利に関して」ケニアに適用されると 定める.「土地,不動産賃借,担保を受認者資 格(fiduciarycapacity)に お い て 取得 し た 者 は,そ の 資格 を 権利取得証書(instrumentof acquisition)に記載することができ,そのよう に記載された場合は,『受託者として』との用 語を付加して登記される.しかし,登記官は, 信託の個別事項について登記簿に記載すること はできない」(登土 126 条 1 項).受託者は,未
登記信託の責任,権利,利益に服すが,登記官 および第三者に対しては,当該土地の処分にお いて,絶対的所有権者とみなされる(同 3 項). では,登記が完了した場合に,登記の効力と して認められる実定法上の絶対的所有権は慣 習法上の権利といかなる関係に立つか.登記 土地法に定めがあるほかは「他のいかなる利益 および請求からも自由な」権利である絶対的所 有権に対抗して,登記後に慣習法上の権利が主 張された事案において,判例は,「所有者の登 記がなされた時点で慣習法に基づく権利は消滅 し」ており,また「慣習法に由来する権利は 登記土地法 30 条に列挙されている登記なくし て対抗できる権利には含まれない」としてい る34).ただし,登記土地法 11 条 3 項は,「この 法律 の 目的 に とって,権利確定記録簿 に 記載 されたアフリカ慣習法に基づく所持の権利(a rightofoccupation)は,年極め定期不動産権(a tenancyfromyeartoyear)であるとみなされ る」と規定している.年極め定期不動産権は自 動更新定期不動産権 に 該当 し,登記土地法 30 条にいう登記なくして対抗できる権利であるか ら,慣習法に基づく所持の権利は,権利確定記 録簿に記載された場合には,所有者に対抗でき る35). したがって,権利確定記録簿に記載されない 慣習法上の所持の権利は消滅するのが原則であ るが,その場合でも判例は,慣習法にのみ基づ く所持者の利益(特に,各妻やその子の用益 権)について,とりわけ詐欺または錯誤による 初登記から生じる不利益に対して救済を与える 必要のある場面で,信託法理を用いて柔軟に対 応することがある36).これは,登記簿上の所有 者を受託者,慣習法上の所持者を受益者として 信託関係を構成し,受託者の権限行使に一定の 制限を課し,慣習法上受益者に認められていた 利益の保護を図るものである.かかる信託の法 律構成について,かつては,登記土地法 30 条 g 項は占有の事実だけでなく占有から生じるエ クイティ上の権利をも保護すると解したうえ で,所持者の利益をエクイティ上の権利と構成 して同項により保護されるとした傍論もあった が37),いまでは所有者と所持者との慣習法上の 関係をもとに信認関係(fiduciaryrelation)が 構成され,この信認関係に基づいてエクイティ 上の権利が成立し,それは 28 条但書により登 記簿上の所有者が服すべき負担になるとの構成 が採用されている38).かかる信託は,「慣習信 託(customarytrust)」と呼ばれている39).特に, キクユ慣習法上の muramati の地位は,被相続 人の各妻やその子のための信託において土地を 管理する者であり,たとえ muramati が所有者 として登記されていても,この信託に基づく義 務を免れることはできないとの判例が確立して いる40). かかる信託は,当事者の明示的な意思によっ て設定されたものではないため,擬制信託また は黙示信託の構成を採り,前者の場合は裁判所 が信託を擬制すべき状況があるとした場合に41), 後者の場合は当事者間の関係または四囲の状況 から信託設定の意思が推測される場合に42),裁 判所が認めるものであった.この場合,登記土 地法 126 条 1 項は信託を権利取得証書に記載で きる旨規定しているが,判例は,同条項は任意 規定であり,受託者として記載する義務を生じ させるものではないとし,証書に記載なき場合 でも裁判所は受託者資格を認定できるとした43). しかし,これらに対して,1988 年の控訴院判 決は,原告が,被告は慣習信託に基づいて土地 を保有していると主張する場合,慣習信託の存 在を立証する責任は原告にあり,立証に成功し ない限り,裁判所は慣習信託の存在を否定する との姿勢に転じた44).以後,慣習信託は事実の 問題であり,証拠により立証されなければ存在 しないものと扱われている45). では,慣習信託は,第三者との関係では,い かに扱われるか.登記土地法は,「土地,不動 産賃借,担保の所有者が受託者である場合,そ の者は,それらの取引において,それらの絶対 的所有者であるとみなされ,受託者による善意
有償の買主への処分は,当該処分が信託違反に 該当するという事実を理由としては,無効にな らない」とのルールを明定している(登土 39 条 2 項).受託者は,土地の処分において,第 三者に対しては絶対的所有権者であるとみなさ れるから,受託者からの買主は,登記制度の原 則に従って登記簿を調査すればよいことにな る.ただし,慣習法上の権利保持者が購入予定 地を占有している限りは,購入予定地を調査せ ず,占有者の権利を開示できなかった買主は, 登記土地法 30 条 g 項に基づき,登記なくして 対抗できる権利に拘束される.これに該当しな い場合は,第三者との関係で慣習信託は存在し ないものと扱われ,信託違反に基づく受益者と 受託者との関係が残されるだけである. 3.土地制度改革の帰結 以下では,実定法において土地所有のルール が転換されたことで,いかなる帰結や問題が法 システムにおいて生じてきたかを明らかにした うえで,それらに対するケニア法の対応を概観 したい.その際には,共同体保有/個人保有お よび慣習法/実定法というルールの関係それ自 体に注目することにする. ⑴ 所有を保護する機能 誰もがその「私のもの」の安全な享受を期待 することは普遍的な現象であるとしても,当該 期待をいかに充足するか,その手段選択におい て何を考慮すべきかについては,当該期待を揺 るがす問題や当事者を取り巻く状況の性質など により変わりうる.ここでは,自己の所有物が 侵奪された場合に,何が生じると合理的に予期 できるかが問題となる.何も生じないと予期さ れれば,自己は所有物を失うから,当該期待を 確かなものとするには自分(たち)で保護する しかない.そして,事実的に保護できる範囲の 土地が「私(たち)のもの」であることになる. しかし,この状況は土地をめぐる暴力的紛争を 引き起こしかねない46).実際,ケニアにおける 民族紛争は,政治的原因と並んで,土地をめぐ る紛争にも原因があると報告されている47).そ こで,土地紛争を平和的に解決して,所有の安 全を確立するために,第三者の役割や機能が分 出してくるであろう48).第三者による救済は, 共同体内部での救済と国家内部での救済に区別 され,さらに後者は行政による救済と裁判所に よる救済とに区別される.登記土地法上の絶対 的所有権という制度は,裁判所による救済が実 効的であることを前提にしているが,救済制度 が競合しているケニアの状況では,これを最初 から前提とするわけにはいかず,漸進的な制度 発展の試行錯誤が行われている. ケニアでは,独立後の 1967 年に,二元化さ れていた司法制度が,治安判事裁判所を第 1 審 とし,高等法院,控訴院へと上訴できる統一的 司法制度へと改組され,かかる司法制度が登記 土地法を含む実体法を運用する体制が整備され た.しかしながら,厳格な技術性を備える民事 訴訟手続は,司法アクセスの実質的な制限や司 法汚職に由来する裁判所不信とあいまって,あ えて利用するに足る利益と知識がある人を除い て,多くのケニア国民にとってはいまだ進んで 利用されるものではなく,また裁判所の法運用 の結果が人々の行為規範となり,社会のルール の形成・変更に寄与することも,一部の人を除 いて,稀であるのが現状だと思われる.その一 方で,土地紛争を当事者の実力に依存しないで 平和的かつ合理的に解決する制度の整備は,土 地紛争が民族紛争の原因の一つともなっている 現状に鑑みて,急迫な課題でもある.したがっ て,自力救済に代わる第三者の紛争解決を可能 にすると同時に,民事訴訟手続の厳格な諸要件 を緩和し,国民が利用し易く,かつ実効的であ る司法制度の構築が課題となる. この点で,ケニアは次のような改革を行ってき た.1981 年の治安判事裁判所改正法(Magistrateʼs Courts(Amendment)Act)に よって,農地 の 場 合の,①土地の受益的所有権,②土地の分割と 境界の画定,③土地の利用権の請求,④不法侵 奪(trespass)に係わる訴えについては,これを
治安判事裁判所の管轄から除外し,新たに設置 された長老会議(panelofelders)によって仲裁 されるものへと改正された49)(9A 条). 1990 年には,この改正部分を廃止して,土 地 紛 争 審 判 所 法( LandDisputesTribunals Act)が 制定 さ れ た.土地紛争審判所[以下, 審判所と略す]は,登記所のある県に設置され, 長老会議の構成員リストから県知事が任命する 長,およびリストから選抜された 2 名または 4 名の長老から構成される.長老とは,「紛争を 提起した両当事者の単一または複数の共同体に 所属する者であり,当該共同体において,年齢, 経験その他の観点により,当事者間の紛争を解 決する資格があると,慣習によって承認された 者を意味する」(2 条).ただし,審判員の構成 は多様であり50),伝統的な制度の復活であると 一概には言えない点に注意が必要である.本法 にいう「土地」は,土地統制法所定の農地を意 味し51),土地権利確定法および土地統合法が適 用されている土地を除くほかは,登記土地法に 従って登記されているかどうかは問わないとさ れている(2 条). 審判所は,①共同で保有されている土地を含 む,土地の分割または境界の画定(a 号),② 土地の所持または利用(work)の請求(b 号), ③土地の不法侵奪(c 号)に関する民事の性質 を有する訴えを聴取し決定することができる (3 条 1 項).3 条 7 項は,「審判所は,紛争の当 事者,および当事者が召喚を要請し,または付 託に合意した証人を聴取したうえで,承認され た慣習法に従って,請求を裁定し(adjudicate), 決定(decision)を下さなければならない」と 定め,上記類型の訴えについては「承認された 慣習法」が適用されることを法定した.この場 合,2 条により,3 条 1 項所定の訴えは登記土 地法に従って登記された土地に係わる訴えで あっても審判所が決定できるから,3 条 7 項は 登記された土地への慣習法の適用を排する登記 土地法の規定と矛盾する.これが問題となった 事案で,高等法院は,「登記土地法に従って登 記された土地に係わる紛争の場合,1990 年土 地紛争審判所法に従って当該紛争を扱う土地紛 争審判所および土地紛争上訴委員会は,特に登 記土地法 30 条 a,b および g 項に該当する紛 争だけを扱う管轄権を与えられており,かかる 紛争については登記土地法その他の法令の条項 に従って裁決する権限を与えられているものと 解すべきである」として,両法の調和を図って いる52).また,審判所は土地の権原については 管轄権を有さず,権原について下した決定は無 効になる53).判例には,権原の問題は裁判所に おける正式事実審理を経て判決が下されるべき だからとの理由が見られる54).このように,土 地紛争を実効的に解決する制度が模索されるな かで,慣習法の効力が一定の範囲で復活されて おり,絶対的所有権の貫徹が制限されている. ある判決は,裁判所と共同体とでは慣習的利益 および争点が「コード化」される形態のレベル ですでに異なっており,土地紛争審判所はこ の相違に対応した立法であると述べている55). 他方で,同法は審理手続の法制化を進めてお り56),慣習法の運用を手続による規制を通し て適正化するとの意図が窺える. さらに,司法機関とは別に,行政機関が依然 として土地紛争の解決に大きな役割を果たして いる.その理由として,土地紛争が暴力的な紛 争へと発展する可能性があり,実効的かつ迅速 な紛争の解決が要求される点,行政と司法の区 別が必ずしも明確ではなく公的機関として住民 の要望に答えることが期待されている点が考え られる.しかし,行政に私人間の権利義務を裁 決する一般的権限はないから,行政決定の無効 を確認する訴訟が提起されることもある.その 一方で,暴力的紛争の場合は,政府による私人 の財産権保護義務を定立したうえで,当事者か らの通報にもかかわらず,行政機関がこの義務 を懈怠し,土地あるいは家畜の不法侵奪を放置 したことに対して,政府の義務違反を認定し, 損害賠償を命じる判決が出されており57),行政 の積極的介入が求められることもある.土地紛
争の性質に応じて,司法と行政とがいかなる範 囲で協働すべきかが課題になっているといえよ う. ⑵ 帰属を確定する機能 「所有権を有する」との言明は,ある物があ る人格に正当に帰属している状態を表示し,当 該物は所有者以外の人格には帰属しておらず, また法定された以外の原因によっては帰属が変 動しないという状態が社会のなかで成立してい ることを意味する.伝統的社会では,土地と人 格との帰属という構図ではなく,共同体の一員 として承認され,その構成員資格を維持してい るかどうかが,土地の占有・利用を決定する原 因であるのに対して,登記土地法は,土地と人 格との帰属関係を法定されたルールに従って決 定するとの実践を導入するものである.では, この両者はどのような関係にあるだろうか.こ こでは,⒜土地の帰属先となりうるのは誰か(所 有主体),⒝いかにして帰属は判断されるか(帰 属判断方法)について,両者の関係を検討した い. ⒜ 所有主体 複数人による所有について,登記土地法は 合有(jointtenancy)および共有(tenancyin common)について規定するが,部族やクラン といった共同体は権利能力なき社団とされ,原 則としてそれ自体では,権利主体となることは できない58).ところが,実際は,ある土地領域 を「先祖の土地」として共同体に帰属させる慣 行は根強く残っている.それだけであれば問題 はないが,この観念は,植民地化によって奪わ れた先祖の土地を回復するとして,売買契約や 土地再配分事業に基づく移住者を暴力的に排除 する行為の正当化根拠として用いられている. 判例は,暴力によって占有を奪われた所有者の 占有回復請求に対して,被告が提出した係争地 が「先祖の土地」であったことを根拠とする権 原の抗弁を,有効な抗弁とは認めていない59). その一方で,ケニアの既存の土地所有秩序には 植民地時代の不正義が刻印されていることも否 定できない60).そして,この不正義への取り組 みなしに既存の所有秩序を保護せよと言うこと はできない点に,ケニア土地法の抱える大きな 問題がある.正当な土地所有秩序を構築するに は,原初の権原に遡るのではもはや十分ではな く,なんらかの人為的な手法に頼る必要がある が,土地再配分といった国民的合意を要する政 策には,土地所有秩序における正義を回・ ・ ・ ・復する との観点(回復的正義)が取り入れられる余地 もあろう. 次に,土地制度改革は土地所有における女性 の地位を悪化させたのではないかという問題が 提起されている61).慣習法においては,未婚女 性を除いて,土地を所有することは許されてい なかった.翻って,登記土地法は土地所有者に なることに性別による差別を設けていない.む しろ,女性であっても,所有者として登記でき る可能性を開いている.この可能性を利用でき ない原因は,女性に土地所有を認めない共同体 の慣習が継続していることに求められる.した がって,問題は女性が土地の権利を取得できる かどうかであり,これは第一に相続または婚姻 に関する法または慣習の問題であって,女性が 土地所有権の主体になることが認められるなら ば62),権利の確定と登記はこの権利を保護する 役割も果たしうる点を見落とすべきではない. また,土地所有に人種差別を設ける二元的土 地制度は撤廃された.「ハイランド」を取引で きる主体はヨーロッパ人に限定されていたが, 1960 年ケニア(土地)枢密院令 16 条は,独立 に向けて入植者所有地をアフリカ人へと開放 するために必要な制度と手続を確立するため, 「1959 年 10 月 13 日以降において,ケニアにお けるすべての土地に関して,特定人種の構成員 であること,または特定人種の構成員でないこ とを理由に,土地の所有もしくは占有,または 土地における権利の取得を妨げるよう設定され た約款,条件,不動産制限は,無効である」と 定め,ハイランドについても,人種とは無関係 に不動産売買契約を締結できることになり,入
植者所有地のアフリカ人への売渡しが可能と なった. 最後に,ケニアのすべての土地に法的権利が 創出されたことに伴う問題がある.土地制度改 革による権利関係の明確化は,土地に対してい かなる権利も持たない土地なし階層を法律上つ くり出すという効果と表裏の関係にある63).た だし,これは土地制度改革だけに起因する事態 ではなく,1920 年の植民地化による主権者の 最終的権原の創出によって,すべての土地に権 利が存在するという観念がケニア社会に導入さ れたことに遡る.この結果,無主地はもはや存 在せず,合法的に権利取得できない者は無権利 者となる事態が生み出された.権原は事実的占 有から独立した人為的な権利関係の変動を可能 にするものであるが,逆に事実的占有にも関わ らず,無権利占有ないし不法占有となる可能性 を開くものでもある.特に深刻な問題は,権利 取得に対価を要する場合であり,この対価支払 い能力の欠如ゆえに権利を取得できない場合で ある64).この問題に関連して,親族的身分秩序 の内部では,土地なしになったとしても,親族 の一員であることを理由として共同体の土地を 与えられることがあり,これが土地への平等な アクセスを保障していると指摘されている65). その一方で,なんらかの理由で親族ないし共同 体から追放された者の土地へのアクセスは,か かる慣行では保障されない点に注意が必要であ る. ⒝ 帰属判断方法 次に,土地の帰属を判断する方法に関しては, ①登記土地法を利用しないで行われた土地取引 による権原取得の効果,②登記土地法のルール に従ったのではない土地紛争審判所の決定の効 力について検討する. まず,①から見ていこう.制度改革後でも, 登記制度を利用した土地取引が期待されたほど 多くないとの事実はかねてより指摘されてき た.具体的には,権利確定と登記が取引の態様 や経済の展開に与えたインパクトは疑わしいこ と66),権原証書を登記所から受領している人が 少ない事実67)(ただし,登記所に預けておいて もよい),土地取引や相続が発生した場合でも, 登記簿の名義変更がなされず,登記簿が実態を 反映していない事実68)が指摘されている.ただ, これにも地域差があり,農業経済の発展した地 域や入植者所有地が独立後に再配分された移住 地域(SettlementArea)などでは,登記制度を 用いた土地の譲渡や担保利用が行われていると の事実があることを無視するべきではない69). そのうえで,登記を利用した取引と登記を利 用したのではない取引の関係について考えてみ たい70).伝統的に承認されたやり方に基づいて 正当に土地を取得した買主が,登記簿上の名義 を変更せず,占有も取得していない間に,登記 名義人から土地を取得し名義変更を行った第二 買主が現れたという二重譲渡事案を考える.こ の場合,登記を信頼して取引した者を保護する 趣旨から登記に確定力を認める登記土地法のも とでは,登記を利用したのではない取引に基づ く権原移転の効力は認められず,登記を得た第 二買主が権原を得るのが原則である.それに対 して,伝統的な方法での取引は長老等の面前で 行われるのが通常であり,長老等は一種の公証 人として機能し,かかる取引に起因する紛争 は長老等によって解決される.当然,長老等は 自ら証人となった取引の有効性を認めるであろ うから,第一買主が権原を得ることになる.さ らに,第二買主も取得した土地を自分で利用す る場合には,土地を取り巻く共同体のなかで利 用しなければならないという事情に制約される が,この制約が強く,それに反してまで土地を 取得する利益がないならば,第二買主は登記を 信頼して取引したことを理由に正当な権原を主 張するまではいかず,契約責任を追及するにと どまるであろう.勿論,法律上は原則通りの処 理がなされるから,買主にとっては登記を利用 した取引/伝統的に正当な取引のどちらをする かの選択肢が開かれたことになり,どちらを選 択するかは現実に何が生じると予期されるかに
よって決せられる.親族的身分秩序に基づく土 地の管理統制が強い社会の場合,登記簿を信頼 して取引をすればよいとの予期は,共同体に受 容されなければ土地を利用できないとの予期に 劣位するであろう.そうであるほど,登記制度 を利用した取引は行われにくくなると考えられ る.逆に,伝統的な取引の方法がもはや実効性 を持たず,あるいはそこに潜む様々なリスクが 顕在化してくると,登記制度を利用した取引を 行うことが合理的になるとも言える. ②については,土地紛争審判所は権原につい て決定することができず,決定したとしても無 効になるところ,実際は,判例集を見ただけで も,土地売買のように権原に係わる事案につい て審判所が決定を行ったため,その無効確認を 高等法院に求める事案が複数報告されている. 注目すべきは,かかる事案について審判所が適 用した慣習法と登記土地法のルールとが対立す る場合である.詳細を論じるには審判所の実態 調査を待たなければならないが,一例として次 の事案を取り上げたい.売主と買主とは,1.5 エーカーの土地を 7 万ケニアシリング(Ksh) で売買することに合意した.ところが,買主が 5 万 Ksh を払い終えた時点で売主は心変わり し,当初,取引の中止を主張したが,後に 1 エー カーしか譲渡しないと言い,最後は 1 エーカー さえも譲渡しないと言い出した.買主の履行請 求に対して,審判所は,売主は 1 エーカーを譲 渡する一方,買主は不足額 2 万 Ksh を支払え とする決定をなした.高等法院は,本件は契約 に係わる紛争であり,審判所の管轄に属さない として,その決定を無効にしている71). 審判所は,当初の合意について,買主には その完全履行を命じる一方,売主については 1 エーカーの移転だけを命じている.その具体的 な判断理由は不明であるが,合理的になされた と想定する限りは,紛争の実質を考慮して,当 事者が納得しうる解決を提示したものと解され よう.慣習法の領域では,当事者間の事情にま で配慮して,実質的な正義や衡平に基づく解決 が志向されることが多い.その場合,ある一つ の客体が 2 人の請求者のどちらに絶対的に帰属 しているかという問いの立て方は,両当事者を 含む共同体の全体にとってどのような解決が最 善かという問いに劣位し,人格と土地との帰属 を確定する実定法上の所有権という制度が引き 合いに出されることは少なくなる.それに対し て,高等法院への上訴権は,審判所での長老の 決定を受諾するか,あるいはその決定が権原を 扱うゆえに無効とし,実定法のルールの適用を 求めるかの選択肢を開くものであり,しかも, そのいわば選択権は審判所での敗訴当事者に与 えられることになる.敗訴当事者が高等法院へ 上訴しない限り,審判所の決定は維持される, つまり実定法と対立する慣習法のルールが存続 するから,これはまた慣習法と実定法のどちら のルールが社会で妥当するかの選択権が敗訴当 事者に与えられることを意味する.敗訴当事者 の判断が,法システムの発展方向(慣習法の存 続か,実定法の優越か)を左右するのである. ⑶ 支配権限を調整する機能 第三に,土地の支配権限の調整の側面につい ては,所有者の絶対的所有権と慣習法上の諸利 益の関係が問題となるが,既述の慣習信託のほ かに,ここでは,①絶対的所有権者の処分権と 家族の利益の関係,②父─子関係と所有者─占 有者関係の交錯,③絶対的所有権者と慣習法上 の借地人の関係について検討したい. まず,絶対的所有権者の処分権に関しては, それを「家族の利益」によって制限すること ができるかという争点がある.原告の夫(売 主)と被告(買主)とが,夫名義で登記されて いる土地の一部を被告に売却する契約を締結し 代金を支払い終えたのに対して,妻である原告 が,当該土地が 10 人の子どもを含めた「家族 の経済的安全を確保する」ための「家族の土地 (familyland)」であるとの主張を根拠に,かか る目的に反し家族の同意を得ないでなされた夫 による譲渡が無効であることの確認と,被告か らの土地の返還が請求された事案がある72).判
決は,当該土地は夫名義で登記されており,し たがって夫に譲渡権能も含めた絶対的所有権 が帰属することを確認し,「適法な権原保持者 が,彼の生存中にその権利を行使するに際し て,家族の選好に考慮を払う法的義務のもとに あるとは言えない」と述べ,これは「財産権に 対して,善意有償の第三者を保護する取引適合 的性質(marketablequality)を付与したこと の効果である」とする.そのうえで,本件売買 契約は売主である夫と買主である被告との排他 的二者間取引関係にあり,善意有償である買主 の権原は「家族の道徳的主張(moralclaimsof family)に基づく請求によっては破られない」 とした.また,本件のような場合,妻が土地に おける権利を得るには,①相続による継承的 財産設定,②婚姻関係財産設定(matrimonial property),③エクイティ上の信託設定による べきとした73).近年では,単独で所有者として 登記された者がその意思に基づいて土地を処分 することは,法に従ってなされている限り,適 法であるとの判例が妥当しているように思われ る74).所有者の処分権に対する共同体の制約が 弱まるなかで,取引の安全と土地を生活の安全 網とする家族の安全との関係が争点になってい る. 次に,絶対的所有権者として登記されている 父親の所有地を,子が出生以来父親の認容のも とに居住および耕作し続けていたところ,父親 が所有権に基づいて土地の明渡しを請求した という事案がある.これについて,控訴院は, 「係争財産の登記簿上の所有者である父親…の 財産は,彼個人が当該財産を再分割して配分 しようと自由意思に基づいて決定したのではな い限り,彼の妻や子の間で再分割して配分する ことはできない.彼は,自らの自由意思に反し て,そうするよう促され,指示され,または命 令されることはない」と判示していた75).この 事案は当初から係争地が父親の所有財産であっ たのに対して,①係争地は子が利用を始めた当 初は慣習法に基づいて保有されていたが後に制 度が変更された事案であり,②子が係争地に投 下した資本を直ちに償還する資力が父親にはな いとともに,③子に受益者資格を認めることが できると判断された事案では,先例から区別さ れ,明渡請求が棄却されている76).子に帰属さ せるべき経済的利益の存在が,重要な判断材料 になったと思われる. 最後に,慣習法上借地人とされる者の占有 は,取得時効の成立要件を充足する占有態様で あるかどうかの問題を取り上げたい.慣習法上 の借地人は,実態は共同体に構成員として受容 された者が共同体の土地を利用収益しているの であり,この者の地位や権利をいかに法律構成 するかが一つの争点となる77).その際,親族的 身分秩序を背景に構成するか,経済秩序を背景 に構成するかという枠組みの選択が結論に影響 するように思われる. キクユ慣習法における muhoi の地位が裁判 上初めて問題となった事案では78),取得時効の 成否 を め ぐって79),① キ ク ユ 慣習法上 muhoi は所有権を取得できないとされているが,本件 でかかる慣習法を適用すべきか否か,② muhoi の 法律上 の 地位 は コ モ ン ロー上 の 立入権者 (licensee)か 任意借地人(tenantatwill)か の 2 点 が 争点 と なった.控訴院判決 は,本件 係争地は登記土地法に基づいて登記されてお り,この場合制定法は慣習法に優先するとした うえで80),登記土地法 163 条によりコモンロー が適用されることから,問題は被上訴人(慣習 法上 muhoi とされる者)の地位がコモンロー 上のいかなる地位に対応するかであるが,その 場合,貸借関係の存否は当事者の意思に依存し, その意思を確定するためには占有へ至った状況 および当事者の行為から判断すべきとし81),「排 他的占有が立証されたならば,それを否定する 状況が存在しない限り,任意借地権が推定され る82)」とのコモンローのルールを適用した.そ して,原審認定事実のうち,上訴人の父親であ る亡き所有者が,被上訴人が係争地において, 家屋の建造,土地改良,永続的作物の栽培,亡
き母親の埋葬をすることを許可し,また係争地 を被上訴人自身がなす借入金の担保とすること を認めていた事実をもとに,被上訴人を受け入 れた亡き所有者は被上訴人に対して慣習法上の muhoi が有しうる以上の権限を与え,排他的占 有を認めていたと判断し,取得時効の成立を認 めた. これに対して,ミラー判事の反対意見は,制 定法が承認している慣習法の効力を裁判所が否 定すべきではないとしたうえで,単なる占拠者 と異なり muhoi となるためには,この地位を 取得するという当事者間での意思の合致を要す ることに注目し,「muhoi は所有権を取得でき ない」というキクユ慣習法を知ったうえでの muhoi になるとの合意は,かかる者が自ら排他 的占有を認めていない証拠であり,よって立入 権者にすぎず,取得時効は成立しないと判断し た. 排他的占有の成否は,所有者の土地が占有者 によって占有侵奪されていると言えるかどうか によって判断される.法廷意見は,所有者の経 済活動と一体化していない muhoi 自身による 経済活動のために土地が占有・利用されていた 事実から,かかる占有に排他性を認めている が,その判断の前提には,現に存在する経済的 利益を誰に帰属させるべきかという経済秩序に 由来する関心があると思われる.Muhoi 自身 に帰属させるべき経済的利益が土地に存してお り,その利益と muhoi との帰属関係を所有者 が認容していたという場合には,かかる占有に 排他性を認めるとの判断が妥当なものと現れよ う.それに対して,親族的身分秩序に由来する 関心を前提にすれば,ミラー判事のように,当 事者の合意が重要な判断材料となる.合意が明 確でない場合でも,ケニア法上,家族構成員は 所有者の「黙認」により土地の占有にあるので あって敵対的占有の要件を満たさないから,取 得時効は成立しないとされているが83),muhoi を家族構成員に準じる者と扱うならば,この法 理が準用されうる.親族的身分秩序を背景とし た慣習法に従う限り,この判断が妥当なものと して現れよう.このように,本判決はどちらの 秩序に由来する関心を背景において判断するか によって,結論の妥当性の現れ方が異なってく るように思われる. 以上からは,裁判所が,親族的身分秩序に由 来する家族ないし共同体の維持継続の関心と, 土地に係わる経済的利益の関心との間で選択を 迫られ,後者の観点からする判断を優先してい ることが明らかになる. ⑷ 国家権力と私人の関係 財産は,経済秩序の対象であるだけでなく, 親族的身分秩序の対象であると同時に,政治秩 序の対象ともなりうる.さらに,土地は財産で あるだけではない.様々な利害関係者や公共の 利益に配慮した支配権限行使の規制が必要にな る.最後に,この点について,国家権力と私人 の関係として簡単に検討しておきたい. ケニア土地法の歴史は,立法権行使も権力行 使であり,土地制度を形成・変更する立法行為 が個人の私権を否定するまでに用いられうる事 態への対応が必要であること,ゆえに土地制度 改革においても,制度改革過程を規律する制度 にまで配慮しなければならないことを示してい る.その際,最も基礎的な制度となるのは憲 法上の財産権の保障であろう84).現憲法 75 条 1 項は,「いかなる種類の財産(property)も, 強制的に占有を剥奪されることはなく,いかな る種類の財産における,または財産に対する 利益も強制的に取得されることはない.ただ し,次の条件が満たされた場合を除く. ⒜ 占 有の剥奪または取得が,国防,公共の安全,公 共の秩序,公共の道徳,公共の衛生,都市およ び地方の計画,公共の恩恵を促進するような財 産の開発もしくは活用の諸利益のために必要 であり,かつ ⒝ 前号の必要性が,財産におけ る,または財産に対する利益を有する者に帰結 するであろう困難の原因に合理的な正当性を与 えることができるようなものであり,かつ ⒞ 完全補償の即時支払いが,占有の剥奪または取
得に対して適用される法律に従って,なされる ことである」と定めている.財産権の保障は, 私人と政府とを同じ土俵の上で扱うことを可能 にし,立法による財産権制限に制限を課すとと もに,その制限が法の適正手続によるべきこと を命じ,政治的責任とあわせて,立法判断を 合理化・適正化するよう要請するものである. 近年 で は,憲法 75 条 は 公共信託 の 原理(the doctrineofpublictrust)を想定しているとし て,「強制的に取得された土地は,そのために 取得された公共目的のためにだけ利用すること ができ,政府は,当該土地を市民に対する信託 において保有している」とされている85). 次に,土地は財産であるだけではないため, 土地所有権には,マクロ・ミクロの経済,権力 構造,家族形態,農業経営,土地利用と自然資 源保護といった各種の政策的観点を取り入れた 公法上の制限も要請される点について検討す る.公法上の制限も,予め法律に規定しておく べき部分と,私人による公益実現86),個別具体 的な事案ごとにルール形成を行う司法機関,政 策的観点もいれて利益調整を行う行政機関(委 員会等)による継続的規範形成に委ねるべき部 分とを組み合わせる必要があろう87).ここでは, 土地統制委員会(LandControlBoard)につい て触れておきたい.ケニア法は,個人に土地の 処分権を付与する一方,その処分行為が公共の 利益,さらには家族ないし共同体の利益に適 合することを確保するため,土地統制法(Land ControlAct)による制限を課している88).この 法律の目的は,議会への法案提出理由によると, ①非経済的規模への土地の細分化を防止するこ と,②投機目的での土地集積を防止すること, ③非生産的な債務超過を防ぐこと,④所有者の 家族に悪影響となるような土地取引を禁止する ことである89).農地につき,土地統制委員会の 同意のない処分は無効となるが,上記の目的か らすれば,土地統制委員会には,公共政策の執 行主体として機能するとともに,伝統的に共同 体が担っていた土地処分への監督機能を代替す ることも期待されている.そこで,土地統制委 員会は,県知事を議長とし,2 名以下の政府代 表,2 名 の 地方政府代表,3 名以上 7 名以下 の 住民代表から構成される.ただし,伝統的共同 体による土地統制の関心と,農業経済や環境保 護などの公共政策的関心とが,常に一致するわ けではない点には注意したい.近年では,土地 の管理統制制度の見直しが課題とされ,新しい 制度が模索されている現状にある90). Ⅵ.おわりに 以上に検討してきたように,土地制度改革に よって,絶対的所有権を中心とした実定法の土 地制度が,親族的身分秩序を基盤とした慣習法 の土地制度に完全に置き換わったわけではな い.両者の関係は,次のように整理できよう. 土地の権利確定により,慣習法上の権利や利益 も登記により保護されうるが,登記されなかっ た場合でも,裁判所は慣習信託の法理を用いて 保護している.1990 年以後は,「長老」が慣習 法を適用して土地紛争を解決する土地紛争審判 所の制度が設立され,特定の事案については慣 習法が優先的に適用されるようになった.その 場合でも,裁判所は,実体的ルールについては 権原の問題に管轄権を有するほか,審判所を手 続的に統制してもいる.これらのほかに,私設 裁判である長老の裁判も存在し,そこに事案が 提訴され,終局的に決定されることもある.か かる状況で,当事者にとって重要なのは,土地 紛争をいかなる観点でもって構成し,どの制度 に紛争解決を委ねるかである.法システムに とって重要なのは,共同体や行政による紛争解 決をいかに法制度のなかに組み込み,所有権の 諸機能についてそれらが有する比較優位を生か しつつ,その欠点を克服していくかである.そ して,それによって,多様化しつつある土地に 係わる諸利益を調整していくことが,法システ ムの課題であり,貢献であるといえよう.