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続経営学本質論の回顧と展望 : 第三次方法論争を中心に

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続経営学本質論の回顧と展望

第三次方法論争を中心に一

序 昌

 筆者は本誌四十六・七号︵大畑文七博士還暦記念論文集︶にて﹁経営学本質論序説﹂と題して経営学本質論の意義を老え、 次いで本誌四十八・九号︵二水三十五年記念論文集︶にて﹁経営学本質論の回顧と展望﹂と題して経営学本質論争史を考察し、 われわれの課題を展望しようとしたが、歯数の制限から.わずかにその前半、第一次方法論争と第二次方法論争について 問題点を明らかにしだに止る。ここでは残りの後半、第三次方法論争を取上げ、更に全論争史を通しての問題点を回顧 し、われわれの本質論の課題についての展望を取扱うこととする。これら三論文によって経営学本質論の現代における重 要性の意味を、ともかく明らかにし得るのではないかと思うのである。 二 ’

第三次方法論争

 1 時 代 と 人物  第︸次大戦がそうであった如く、第二次大戦もまた経営学の発展に大きな影響を及ぼし、新しい時期を劃することとな る。戦後ドイツ経営学の発展は目覚ましいものがあり、それだけにまた種々の学説が対立することとなるが、それは同時      続経営学本質論の回顧と展望      一

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     続経営学本質論の回顧と展望       二 にまた経営学本質をめぐる凝しい、しかも以前にも増して激しい方法論争−第三次方法論争一に舞台を提供せざるを 得ないのである。  われわれは、第一次方法論争後、特に第一次大戦後の十年闇は私経済実学の勝利の時代で、いわばシュマーレンバッハ 時代であり、第二次方法論争後、特に第二次大戦前の十年闇は経営経済学の優位確立の時代、いわぽニックリッシュ時代で あるといっだ。しかし、それは飽くまで典型化していうのであって、その間他の方針が全ぐ存在しなかったなどというの ではない。そうではなく、それらは絶えず底流として存続しており、終戦を契機とする新時代と共に表面化し、見方によ         っては﹁不明確性﹂と﹁誤解﹂に基づく﹁方法論的混乱﹂とも考えられるが、それらはやがて新時代形成の要素となるの である。         例えば一方ではその間シュマーレンバッハはナチスの政権の確立と共に公職を退くけれども、学的努力は続けており終 戦と共にその活躍はめざましく全体としてクルン学派の地位はいよいよ重くなり、シュマーレンバッハ時代の﹁復活﹂を さえ思わせるほどである。この点、また後で触れるであろう。また他方では、私経済学の方針もリーガー以来全く後を絶 ったとはいい得ない。その際方針を重視するか対象に着目するかによって見方も異り得るが、ともかく、その伝統は迂余 曲折を経ながら底流をなしているのである。つまり、直接に私経済学を主張するものは少くなり、経営経済単という名称 は普遍化するけれども﹁企業の経済学﹂として実質的には私経済学の伝統が受け継がれて行くともいえよう。例えばグー        テンベルクの﹁企業理論⋮﹂︵一九二九︶、ライトナーの﹁私経済学のルネサンス﹂ ︵一九三一︶、ワルターの﹁企業の経済学﹂        ︵一九四七︶、ローマンの﹁経営経済学序論﹂︵一九四八︶、グリヒテングの﹁科学としての私経済学﹂︵一九五一︶、ヒルの﹁科        学としての経営経済学﹂ ︵一九五七︶などをあげ得よう。  そして、この段階において主役を演ずるものとして注意を惹くのは﹁私経済科学﹂或は﹁企業経済学﹂の発展であろう。 、

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       しかし、それはモクスターのいうように、殆んど経営学者の直接的な努力によるというよりは経済学者の努力−古典派 経済学の均衡分析から近代経済学の過程分析或いは動態分析へ或いはマクロ的考察から、・、クロ的考察へ移行する経済学者     の努カーを経営学に取入れることによって行われる。 一般に、経営学者が経済学側の﹁企業理論﹂に注意しなかったの は、恰も経済学者が経営学側の成果に注意しなかったのと同様で、極めて少数の人達の注意を引いたのに止まる。 かの ﹁経営経済理論の対象としての企業﹂︵一九二九︶の著者﹁グーテンベルクが始めてこの経済学側の成果を重大な程度に彼 の﹃経営経済学の原理﹄に利用したのであった。この労作は、時にはワイヤーマン・シェ晶ッツの単に一つのプログラム に止った第一の試み、りーガーの第二の努力  それは常に殆んど味方をもたなかった一に続いて経営経済学庖純粋科        学とし、更には経済学の部分領域として確立しようとする第三の企図と見られるものである。﹂  この新しい試みに対しては伝統的な経営経済学を代表してメレロウィッツが批判者として立向う。そしてこれを契機に         激しい方法論争が行われることとなる。既に、グザテンベルクの原理は詳しい紹介が行われ、邦訳さえされて何人にも近         づき易くなったし、メレロウィッツとの論争も紹介されている。われわれも順序として一応この点に触れておかねばなら ない。

 2 批判と反批判

 経営学を純粋科学として、少くともそれに類するものとして基礎づけようとする試みが何等かの抵抗に突ぎ当ることは 上述の歴史から当然予想されるところである。しかも、グーテン、、ヘルクの無心な支持者の一人なるシュヴァンクークが紹        介を試みたので、かえって反批判を挑発することとなった。シュヴァンタークはいう。 ﹁記念祝典の贈物の如く昨年の夏 (一 繻ワ一年の夏のこと︶一著作の第一巻が現われた。その著作はこれまでの発展を洗練せる結論ともまた陣しい展開への 基礎ともいうことが出来る。﹂そこには﹁同時に今後の研究に方向を示す﹂公式が見られる。      続経営学本質論の回顧と展望       三

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     続経営学本質論の回顧と展望       四  グーテンベルクの所説を真に理解することは必ずしも容易ではないが、モクスクによれば、メレロウィッツは上述の論 文﹁経営経済学の新方針?﹂においで﹁上述の著書におけるグーテンベルクの方法論的見地がメレロウィッツの見解に従        ⑮ って表現せられる限りにおいては、非常に鋭い形でこれを攻撃する。﹂ 彼はグーテンベルクが経営経済学の任務を誤解し        ﹁経営経済学の起源やその意味を忘れた﹂と非難する。彼はグーテン.、ヘルクの方法を﹁国民経済的方法﹂﹁違警的、数学、        ゆ 孤立化的方法﹂と呼び、次の諸点を批判する。m経営学の実践性と抽象性過度の問題、吻経済学の方法と経営学の方法と    ⑳       @       ⑲ の相違性、團数学的方法は精神科学たる経営学の決定的方法でないこと、ω数学的方法の前提の誤りなること、⑤この方 法が経営の動的過程を尽し得ないこと。  グーテンベルクは﹁﹃方法論⋮争﹄のために﹂なる論文をもって、このメレロウィッツの批判に対して早速反批判を試み る。﹁経営事象の科学的研究の要求する抽象の度合は⋮⋮科学的研究の現実接近や実践接近︵名華押。算①箒己妻牢即臨撃聾①︶        ゆ とは何等関係するものではない。﹂彼は﹁科学的見地から見れば﹂﹁分析において経営的に重要な問題が取扱われるか重要        ならぬ問題が取扱われるかを規準と見なし得ない﹂と考える。彼は経営学の任務を﹁科学的概念  事物の内的論理を探 求し、経営的事象関係を精神的に滲透せしめること⋮⋮全体を部分のうちに見られるようにし、個別的なものを全体の説        明と見ることを可能ならしめるような科学的概念﹂に見るのである。  これまでの論争におけると同様にここでも、この経営学の認識目的すなわち経営学の性格の問題と並んで、観察方法の 問題すなわち対象規定の問題や隣接科学、特に経営科学、労働科学及び経営社会学に対する限界づけが論ぜられる。その際、 ﹁経営における人間の問題﹂を如何に老うべぎかが第三次方法論争の一つの特徴をなすともいうことが出来よう。﹁経営に       の おける人間の問題﹂は古い問題であるが、最近においては特にその重要性がレーマン、シュマーレンバッハ、ハックス、 ハ        ゆ 差手ナック、フィッシャーなどによって指摘せられたが、シェーファーはこれを経営学の範囲内において取扱うべきでない

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       と考える。彼は人が﹁専門の研究目的﹂と﹁教育目的﹂とを取違え、﹁科学的学科としての経営経済学の本質を誤解した﹂ と主張し、シュマーレンバッハを批判するのである。これは今日の問題でもある。

 3 論争 と 成 果

 以上われわれは最近の方法論争をグーテンベルクとメレロウィッツとの対立に焦点を合せて述べたが、それは直接間接 にこれをめぐって集中的に行われた議論及びその後の発展が今日のドイツ経営学本質論の問題状況の簡潔にして端的な表        げ 現を意味するのである。それは経営学本質をめぐって今日まで四十年間或いは六十年間続けられた対立発展の縮図に外 ならない。いな対立の尖端であり結論である。このような対立や対立の尖鋭化は精神科学には不可避的なものであるか否         か別に詳論せられねぽならないが、対立の﹁大部分は、ここでは興味のない大入的事々の外には︵概念の︶不明確性と相互       ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 誤解による﹂ともいえよう。最近の方法論争の示すように、﹁論理の声が感情的偏頗的な議論1それは方法の論⋮争を論争 へ へ ぬ        の方法たらしめる−iの反響に打消され﹂てはならず、従ってそこでは﹁絶えざる一般科学論への反省が必要である。﹂し かも第一次方法論争の時代には方法論は方法論として説かれ実質的研究が伴わなかったが故に余り生産的ではなく、方法 論的﹁早産﹂と考えられたが、近時の論争においては、小数の労作を除けばむしろ反対に科学論的基礎づけの薄弱なこと が、特色をなしているといえる。ドイツ経営学は﹁岐路に立つ﹂とか、 ﹁危機に面する﹂とか、 ﹁破産に瀕する﹂とかい われるがそこに特に今日経営学の本質を問題とする根本的な方法論的研究の必要な理由がある。この点については既に詳 述した通りである。モクスターのいうように、﹁かかる研究によって、現存する不明確性や誤解を発見し除去し得るなら ば、現存する対立  それはしばしば表面的形式的なものにすぎない  に架橋することもさほど困難ではあるまいとい       の う希望も正当となるであろう。﹂これに対しては勿論上述のレッフェルホルツの察爵。山。昌日。巳。。日臣であるとしての反対 もあるが、われわれが第二次方法論争においてシェシプルークが示したりーガーとシュマーレンバッハの統一からりーガ      続経営学本質論の回顧と展望      五

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     続経営学本質論.の回顧と展望      六 一とこックリッシュの統 へ発展させた考え方を徹底することに思いを致すならばそれが必ずしも無理であるとはいえま い。それこそモクスターの狙いであるといえよう。彼は従来の科学論を解釈し直し実践科学と規範科学との近似性をと き、実践科学と理論科学との統一を説くのである。そしてその背後にいわば﹁イドール﹂としてシュマーレンバッハが見

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られるのである。その意味にて戦後は薪らしい意味でシュマーレンバッハ,時代の復活とも云えよう。グーテンベルクをめ ぐる論争、ハックスやハーゼナックその他の努力も結局はこれを示していているように思われる。しかしそれは果して如 何なる論理によって基礎づけられるであろうか。それこそ今後注目すべき中心問題である。 ①ζo×g5蝉.pO.︸ω.刈■ ② 土岐政戴、経営計算論、三七七頁以下参照。 ③〇三9げ震αQ︸甲L︶冨d三①羅馬B§αq巴。。Ω①σqΦ霧叶き亀げΦ巳①び。。三ほ。。。訂︷島。冨目8冨。ユ£O悼O● ④い①詳器き閃;図窪巴。。ω碧8儀臼即ぞ象三昌ω。訂州邑Φ年①=8﹁ ⑤芝巴8♪︾こ曽ほ口年巷σq一口象Φ生口。・。訂︷む。町Φ亀Φ目d艮Φ毎9ヨ巷σQ仏.じdpづ負一£刈. ⑥ い。ザヨ§p﹂<[.一曽ほ葺ず同ロロσqヨ島①しσ2ユΦげ。。三二ω島島邑①冨ρ一£c。. ⑦のユ9二ゆαq”閣;嘗Φ℃ユ︿讐芝躍富。訂︷邑①年Φ巴ω芝冨.Φ房。冨豆ち9. ⑧出圃貫≦こゆ2二①びし・≦躍θω。ゲp津。。冨ぼ①舜。﹃芝冨。。①コω。丁9。隔ゴお雪● ⑨霞。讐Φ♪鋤■卑○一ω﹄。。噸 ⑩ドイツでは例えば、ω。げコΦ箆Φが国﹄U錺○Φ。・ざ冥αΦ﹃芝三8訂坤ω臣8ユ①ロづ。・霞臼N洋白自昌α山国QD9降口目ユ臼≦マ→  。。oξ津。。霜冨。。o蕊畠昧け曾︸一〇鳶■∪臼ωこ国ぎ鵠即ロロσqヨ象①芝算冨。訂津ω臣8﹁5タ︾ロ︷r一個日 ⑪]≦o×3び鋤.Q’○;ω.卜⊃。。● ⑫ 高田馨、グーテンベルクの一般経営学とその批判︵経営学全集第六巻︶参照 ⑬高田馨、岐路に立つ経営経済学、会計、第六三巻第三号、同、ドイツ経営学界の新傾向、会計、第六三巻第六号、同、グーテンペ  ルクの反駁、会計、第六五巻第二号、溝口一雄、経営費用論、後藤幸之助、経営の費用理論など。 、

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    続経営学本質論の回顧と展望      八 ⑫ 固。・3Φ﹃︸○こUΦ目ζo霧。げ一日切Φ茸一Φび.U一①○同①冒ΦロN盲冨。﹃①口bu2ユ①げω≦一腎。。oげ鍬里山①年ρωoN一〇一〇σq冨ニロ窪℃し。閤げ。δαq一Φ“駅しdゆ          器●旨σqこ一8PUΦ話こ℃興ωoまτ巽毒虫εロσq昌昌畠ζΦ霧。げ①口診げ忠臣σq一目bd①叶目一Φρヨ”︾犀ε①=①切Φ同一①げω甫冒母畠鉱ρ一〇田・ ⑳ω。訂粘。♪国二⇔げ興忠巳αq①O目詰年憲σQ窪目霞しdΦ三Φび。。註二。。。訂h邑①冨pN︷buおp旨σQ■=oαρωρα♂1まω・ ⑭ ω雷まΦが四.pO︸QQ■♂ω● ⑳ ωoザ鋒。♪⇔.pO二ω’誤轟・      . ⑳ いσ頃①臣。ドH二∪葭ω雷ロ匹匙2日①臣。匹90σq一ωoゲ①昌昌。冨昏鐸づσq貯匹巽bd①町一①ぴ。。ミ一詳ωo﹃鋒富一9HρN臨φ悼N臼σq二一8刈.2﹁−O  はこれを肯定しようとする。 ⑰]≦o×8♪ppO;ω・G。一. ⑳ 国=一一節.pOこQり 霜● ⑲ ζo蓉①♪蝉.穿○;ω.こ心一● ⑳ 市原季一、シュマーレンハソハからグーテンベルクへ、研究年報皿︵一九五七︶参照。

三現代経営学の課題

 1 方法論争皮と現代ドイツ経営学  われわれはこれまでの研究において近代ドイツ経営学六十年置歴史を特に経営学本質をめぐって対立する二つの流れの       ヘ   ヘ   へ    も   あ      ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ    へ 間に行われる方法論争史として考察した。それは明らかに経営の発展に対応する経営学の発展を反映している。この点に 着目しながら発展と対立の時代性によって三時期に分け、それぞれにおける時代性と代表者、論争の問題点とその成果に つき考察し、更に三時代の内面的推移についても触れ、問題の発展をも指摘した一。少くとも現代のドイツ経営学.はかかる 方法論争の成果の上に立っているのである。方法論的発展の三段階は単に歴史的背景であると、いうよりは、重り合ってそ の地盤を形成しているといわねばならない。何となれば三時代の方法論的問題は単に過去の歴史的事実でおるばかりでな

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く、何等かの形で、或いは幾分異った形ではあるが、今日もなお問題として生ぎていると見ねばならないからである。そ の意味ではこれまで方法論争の問題点として述べたところはまた、洗練され精練されて当然受継がるべき現代ドイツ経営 学の方法問題でもあるといわねばならない。特に第三次方法論争の問題点はそのまま現代ドイツ経営学の問題であり、わ れわれの問題でもある。この点それぞれのところで指摘しておいたのではあるが、ここで、改めて総括することによっ て、われわれの問題を明・らかにしよう。  さて、このような長い間行われ、現在もなお続いている方法論争の結果はどうであるか。先ず卒直にいって、それは学 説の多様性と対立性を促進し尖鋭化したかに見える。シュマーレンバッハのいったようにドノ・ツ経営学は明らかに方向喪 失性にあるといわねばならず、またモクスターのいう如く、﹁方法論的混乱﹂にあると見なければならないであろう。.まこ とに、一九二五年の頃には、シェーファーでさえ﹁この科学の内容と目的とについて次第に整理統合され基礎固めが完成        コ       する﹂と楽観説を述べたが﹁二十五年後には、このような楽観論は跡かたもなく消滅した﹂といわれるほどである。その 点われわれが既に本誌四十六・七号の論文にて詳しく述べた通りである。  しかし、それでは経営学本質を問題とする方法論的研究は無用であろうか。前に詳説したように決してそうではない。 方法論争と方法論的研究とを混同してはならない。方法論争やその結果こそ却って真の方法論的研究の必要を示している ともいえるのである。この点特に注意しておぎたい。経営学とは一体何なのか、それは対立する学説を総称するための便 宜的な名称にすぎないであろうか。事実、経営学という名称は用いられながら実は経営学でない経営学さえも存在し得る こと前に述べた通りである。経営学的研究が進めば進むほど対立が広くなり、方法論的研究が進めば進むほど対立が激し くなるということはどうしたことであろうか。それはレッフェルホルツのいう如く文化科学、精神科学には止むを得ない ことで、統一を考えること自体無理なのであろうか。

     続経営学本質論の圓.顧と展望   九,

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     続経営掌本質論の回顧と展望       一〇 .決してそうではない。ドイツ経営学が系統的に理解されるのも実は方法論的研究の結果であるといわねばならない。方 法論争の結果が表面上却って対立を増し統一への道を妨げているかに見えるが、それは上述の如く﹁方法の論争が論争の 方法﹂に堕したがために外ならない。方法論争こそ真の方法論的研究を要求するのである。ドイツ経営学を静的平面的に 見れば、対立や相違が強く目立ち、方伺喪失性の方が現われるけれども、動的発展的にみれば対立や相異が次第に弱まって 統一の可能性さえも見られるのである。不明瞭や誤解を指摘し相異や対立のうちに共通点を見出し、共通の地盤の上に統 一の道を求めることこそ方法論的研究の意義であり目的であるといわねぽならない。それは決してζ⑦爵。繁昌日。巳ω日窃 を主張するものではないのである。単なる研究の方法ではなしに研究の方向の統一、研究の協力を可能ならしめる方向の 統一を意味している。各学説の根拠を明らかにし、これに﹁架橋﹂するところに方法論的研究の意味がある。この点にお いてその成果はともかくシェンプルークやモクスターの努力が高く評価されねばならない。  方法論的研究はドイツ経営学の特色であり、またあんなにしばしば方法論争も繰返されたのに、その成果が十分といえ ないのは何故か。それは既に明らかにした如く、自己の主張に急にして相手方を十分理解しようとせず、不必要な感情的 対立を激化することさえ少くなかったということである。方法論争は方法論的研究を要求する。それは当然に現代ドイツ 経営学の本質論の問題、対象や方法、これに固有必然的観点の方法論的反省を必要的ならしめる。この点も前に述べた通 りであってそれはかかる歴史的考察に基づくものである。この点につき以下結論的に概観しよう。  2 ドイツ経営学の方法論的反省  われわれはドノ・ツ経営学の歴史、従って三次の方法論争を通じて、互に対立する二つの流れを見る。 一方はワイヤーマ ン、リーガー、グーテンベルグに見られる科学主義、論理主義、形式主義の流れ、他方はシュマーレンバッハ、メレロゥ ィッツを代表者とする実用主義の流れがこれである。前者は経営学を問題とするというよりは﹁科学﹂を問題とする。経

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営学よりは科学を問題とし、科学として成立っ認識対象の構成が問題とせられ、﹁価値の流れ﹂を問題とするにせよ﹁生産 の要素結合﹂を問題とするにせよ、経営学は経済学でなければならないと考えられている。これに反して、後者では科学 か実学かというような学問論は第二義的なもので、経営学は﹁経営経済﹂の学として経営主体の実践的立場から考察せら れるもので、それは﹁国民経済﹂の学から独立すると考える。要するに同じく科学や経済学、経営や経済や経営経済など という言葉は共通に用いられても、その意味するところ、その概念は異るのである。概念の﹁不明瞭性と相互誤解﹂が指 摘せられ、そこに方法論的研究の課題が指摘せられる所以である。  方法論争が﹁派閥争い﹂や﹁学派争い﹂に終るべきでないならば、それは一歩進めて真に経営学本質の方法的研究たる べきである。つまり、これら二つの流れの統一を試み、われわれの繰返しいう如く、論理的であると同時に歴史的、歴皮的で あると同時に論理的な経営学を確立することが現代ドイツ経営学の課題をなすといわざるを得ない。そしてそれはシェン プルークがすでに示した通りであって、その意味にて彼の努力は高く評価されねばならない。 一方ではワイヤーマン、ゼ ルハイム、リーガーの科学理論的形式を、他ではシュマーレンバッハ、ニックリッシュの実践理論的内容を共に取入れ、 一つのジンテーゼを実現せんとした着想は、この点だけからしても、ドイツ方法論史上劃期的なものといってよい。ザイ シャープが戦後︵一九五四年目シェンプルークの﹁方法問題﹂の第二版を未改訂のまま刊行するに当りその序文にて、方法 論としては﹁まだこれ以上のものは現われていない。あちらこちらで疑問とされはするけれども、その正当性と正確性に        おいてこれに勝るものはない﹂とし、﹁シェンプルークの業績は現在の経営学研究にとっても方法論的反省のための欠くべ         からざる手段を意味している﹂というのもゆえなしとはしない。もちろん、シェンプル;クの﹁方法問題﹂や﹁認識対 象﹂が出てから既に二十数年、特に第二次大戦後の世界の情勢もドノ・ツ経営学界の情勢も﹁顕著な変化過程﹂にあり、そ        れも単なる﹁小波動﹂ではなく﹁薪形態への移行﹂を示しており、右の言葉がそのまま妥当するというのは言いすぎであ      続経営学本質論の回顧と展望       一一

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     続経営学本質論の回顧と展望      =一 るが、しかしその着想は現代ドイツ経営学の進むべぎ方向としてこれを今日にも生かすことが出来るし、また生かさなけ ればならない。そして歴史的背景と新情勢を老疑しつつ、実践科学としての現代ドイツ経営学の方法論的基礎理論の研究 を試みるところにモクスターの意義のあること上述の如くである。  このよな試みは、一方では経営の発展に基礎をもつ。今日、経営を単に経済的一面にて取扱うだけで、果して真に経営 を理解したいい得るかどうかに疑問が持たれ初めるほど複雑な存在となっている。特に﹁経営における人聞の問題﹂、経営         的社会の問題、人聞関係の問題、組織の問題などは経営学に対して、その問え方の反省を迫るものである。ブレットのグ ーテンベルク批判はこれを示すものといえよう。彼は経営を全体として把握することを主張している。  他方において、このような試みはアメリカ経営学の影響或いはアメリカ経営学とドイツ経営学との交流の問題によって         促進され、不可避的となる。アブロマイトによるアメリカ経営の紹介を初め、アメリカの著書の独訳は椙次いでおり、ドイ ツの経営学雑誌には最近殆んど毎月アメリカ経営学が紹介せられ、]≦角§αQ①日Φロ∬国二日9p園。語弊。ロρ℃口げ一ざ即Φ冨臨8。。”ζ㌣ 暴09興などという歪面がそのまま用いられているのは何人も知るところである。ドイツ経営学はもはや超然としてアメリ カ経営学を無視するを得ないのである。これを方法論的に如何に取扱うかはドイツ経営学に課せられ允課題であって、こ れに対するいろいろな試みのあること上述の如くであるが、現代のドイツ経営学−1実は経営経済学一がアメリカ経営 学一実は経営管理論1との関係においてその性格を反省せざるを得ないのは否定し得ない。つまり、ドイツ経営学は 自ら比較経営学の上に立たねばならないこととなる。その意味でドイツ経営学は同時に一般経営学たる性格をもつのでな ければならない。ドイツ経営学は経営経済学と呼ばれるを常とするが実質的には経営を経営とし問題とする﹁経営の学﹂ とならざるを得ないと思われる。しかしそれは如何なる論理において可能であるかそこに今後の問題があるのである。

 3 現代経営学の課題

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 以上われわれはドイツ経営学に即してその本質論争発展の跡を顧み、現代ドイツ経営学の課題がどこにあるかを考察し て来た。そしてそのような課題は近代ドイツ経営学を越えるという意昧にて正にその現代的課題に属するの、である。とこ ろで、hそのようなドそツ経営学の現代的課題はまたわれわれの本質論の課題、すなわち経営学︸般の現代的課題でもある といわねばならない。われわれは、ドイツ経営学を真に理解することはこれを越えることを意味するといい、或はドイツ 経営学に即しつつこれを越える立場においてのみ可能であるといったが、われわれがこれまでドイツ経営学を考察して来 た立場こそ実はそのような立場であったのである。われわれはドイツ経営学を問題としつつわれわれの立場の形成を聞題 としていたのである。そしてドイツ経営学に即しつつこれを越えるということは、ドイツ経営学という一の特殊経営学を 他の特殊経営学との比較を通じてその否定としての一般経営学の立場に立つということでなければならない。比較経営学 を.通じて特殊経営学から一般経営学へ発展することである。具体的にいえば、ドイツ経営学とアメリカ経営学との比較研 究を通じて、両者を超容する一般経営学の立場へ進み出ることである。そしてそれこそわれわれが現代経営学の課題とし て前から主張しているところである。それも、単に抽象的に経営学の対象や方法を考察することではない。これを経営の 現実に即し、現代経営において具体的に考察するのでなければならない。経営史と経営学皮に即しつつ考察しなければな        らない。その意味にて経営特に現代経営の認識が基礎となるのであって、これについては前にも述べたが、別の機会に更 に詳説したい。  この意味にて現代経営学は何等かの学説として既に出来上ったもの  いわば死せる知識一と考えられるのではな く、常に形成すべぎ課題としい現に研究され形成されつつあるもの一いわば生げる知識一と考えられるのである。学 問も形成されたるものとしてではなく形成の課題として常に動的主体的に把握される外はない。経営学は現代経営学とし て課題性においてあるといわねぽならない。      続経営学本質論の回顧と展望         ﹂      一三

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     続経営学本質論の回顧と展望       一四  さて、このような現代経営学の課題の自覚は特にわが国経営学の特殊な任務であり、また特権であるともいえよう。近 頃、日本経営学の建設ということが問題とされるが、それは論者のいう如く、単に日本的なる経営学、単に特殊経営学と しての日本経営学であるのではなく、特殊即普遍としてどこまでも一般軽営学の特殊限定でなければならない。そこにわ れわれの根本問題がある。わが国の経営学はよく戦前はドイツ的であり、戦後はアメリカ的であるといわれ、また確かに そのような傾向がないわけではない。しかしそれだけでは表面的な皮相の観察であって、そこには一貫して批判的精神が 脈々と流れていたしまた現にいることを見落してはならない。それにもいろいろな傾向ないし方針がある。そのうち最も 特異なものは批判経営学説すなわちマルキシズム経営学派であるが、それは結局経済学説に露ならずその基礎もなお十分 でないからここでは暫くおき、ここで問題となるのはドイツ経営学の理論性とアメリカ経営学の実践化とを共に学びつつ       ヘ  ヘ  ヘ  へ これを超客統一せんとする動きである。それにもいろいろあるがその代表として池内信行博士の経営経済学説と馬場敬治      ヘ ヘ ヘ へ       博士の経営組織学説をあげねばならない。これについては嘗って詳しく研究したことがあるが、要するに、池内博士は主体        の理論に立ちつつ経営学は経済学でなければならないとされる。これに対して馬揚博士は現実め総関連を考えながら経営 学は﹁経営組織の組織理論﹂に外ならずとされる。それは﹁経営学の対象たる亭亭のもののもつ性質﹂に従って狭義にお ける組織理論を中核とする各種経営研究の綜合統一、即ちドイツの﹁価値の流れ﹂の経営学、米糠に伝統的な﹁仕事の組        織﹂の経営学、最近特に問題となれる﹁人間.組織﹂の経営学⋮⋮などの綜合統一として成立つものである。  われわれは池内博士および誰々博士の共に三十数年におよぶ真摯な努力と輝かしい業績には敬服するものであるが、そ の経済学説や組織学説にはそのままでは承服し得ないのを遺憾とする。﹁池内博士は経営の客体としての事業  経済− 資本という客体側に注目し、馬場博士は経営の主体としての組織活動という主体側に着目するといえる。このことを理解す        ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へ るならば、また解決への道も明らかとなるのではなかろうか、そしてその両者を止揚するところにこそ、正に真の意味での

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ヘ  ヘ  へ 経営学への道が開.けるといい得るのではなかろうか。そしてそれは外ならぬ経営の現実を経営の現実として経営の立場に おいて把握する外ならない。経営を一つの行為的主体存在として把握するものに外ならない。⋮⋮⋮﹂       ヘ  ヘ  へ      ヘ  ヤ  ヘ  へ  ともあれ、経営皮によって深く現代を理解し、現代の経営の構造的特質を把握し、その基礎に立ち、経営学史特に経営        ヘ  ヘ  ヘ  へ 学本質論史によってその発展の動向を理解し、現代経営に即した経営理論を確立することが経営学の現代的課題であり、 そして同時に経営学本質論の課題である。経営学の学的性格、対象と方法、隣接科学との限界づけの問題を単に抽象的論 理的に行うのではなく、具体的に経営の現実において存在論的に行わねばならないこと繰返し述べたところである。  ③ωo訂ho貫国ご切σ巳①ぴu。芝一毛。・。冨︷邑①穿①¢降餌、℃ユ轟響博富。豊津。。8プ鴎ρN田b顧︸σq=89ω.置ω齢  ②ζo讐①さp帥.O.︸QQ■B讐浮漂ωω8叶pω。訂貼①♪⇔げ霞①一汁ひqΦO暑⇒亀鑓αq三山興口d①什ユ①げ。。乱錺。冨臣邑①冨①”N窃bP旨σQL8ρ   のρ誤G。−まω.  ③ ω筈9覧﹃σqb■卑○ごく。国零○昼ω.<り  ④ω畠g鳳﹃σq闇四﹄.○;<oH毛03ω.<H.  ⑤じdΦ詳冨σq①N員9叶=①びω壁画けωo冨州岳畠8男。開票βコσq霧笛瘍αq①αq①び曾く80ロ8昌び禽αq噛寓話Φ慈。ぎ出口麟ロコ伍QQ。げ紘㊦♪ゆF囲り   零Φげ①一℃;U一①堕器江N幽酔馨号。。ヒu①叶﹁一①げ①。。=O望噂O①一目冒。穿  ⑥bdHaけ一○二∪δ囚ユし・①自2切①艮。げ。。三冨ω。訂津巴。﹃器弘8ρω■蕨●  ⑦末松玄六、ドイツ経営学へのアメリが経営学の影響、PR、第七巻第七号、山田一郎、西ドイツ経営学の動向、1主としてアメ   リカの影.響を申心に一PR、第八巻第一二号など参照。         鵠.○■ ⑧ ︾寓○ヨ①一ゴ   一︾ヨ①ユ籔三ω。冨ゆ①三Φげ。・a腎ω。冨臨什﹁U一①津畏一ω匙①Hq暮①旨9書きσq冒畠窪qω︾匿 ⑨拙稿、経営学と共同決定の経営形態︵小島昌太郎博士古稀祝賀記念論文集︶、参照。 ⑩拙稿、経済学、組織学と経営学、PR、第六巻第九号参照。 ⑪池内信行、現代経営理論の反省、参照。 ⑫馬場敬治、経営学と人間組.織の問題、その他多数の論稿のうち、特に理論経営学及び経営政策論の主要内容について、  巻第九号、本格的なる経営学の現成を覚めて、PR第八巻第八号を参照。     続経営掌本質論の團顧と展望       一五 PR、第七

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続経営学本質論の回顧.と展望 一六       四結言一課題の困難性と重要性  1 経営学本質論の課題.  われわれは本誌第四十六・七号で経営学本質、論の研究が何故行われねばならないか、しかも特に今日何故急を要する問 題であるかを考察して、経営学本質論の意義を明らかにしょうとした。続いて第四十八・九号と本号においては、この経 営学の本質をめぐる方法論争の跡をたずねて本質論の論点の癸展を老察し、現代経営学の課題従ってまたわれわれの経 営学本質論の直面する課題が何であるかを考察した。これによって経営学本質論の意義を一層深め得たのではないかと思 う。かくてわれわれにとってはいまや経営学は単なるドイツ経営学でもなければ単なるアメリカ経営学でもなく、また単 なる日本経営学でもない。経営学は一面それらの如く特殊経営学であると同時に他面その特殊性を越える一般経営学の形 成でなければならない。  経営学は現にある経営学であるのみならず、あるべき経営学、形成さるべぎ課題としての経営学でなければならない。 われわれの経営学本質論の課題はかくて、現にある経営学の比較研究を通じて経営学の現存性を明らかにすると共にその 当来性をも明らかにしなければならない。経営学本質論は前に述べたように、理論的方法論であると同時に政策的方法論 でなければならない。しかも今日では後者がますます重要性をもつに至っている。これがわれわれの結論であった。  2 経営学本質論の困難性  しかし、このような課題が如何に困難であるかもまた自明のことである。経営学の本質は単に頭の中で抽象的に構成し 得るものではなく、一方では諸学説を媒介に経営学史的に、他方では経営の現実を基礎に経営史的に、根源的な﹁経営 の論理﹂の確立において形成せられるの外はないであろう。いつもいうように歴史的に論理的、論理的に歴史的である外

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はない。ところが、経営学本質論の困難はまさにこの点にある。経営学説の多様性、複雑性、対立性においてこれを統一 し得る根源的なる﹁経営の論理﹂の発見の困難性にある。  個々の経営問題についてさえ見解の相異は避け難いのである。まして経営学の性質というような根本問題についての見 解の統一は無理であるともいえるであろう。その点レッフェルホルツがζo跨。血汐ヨ。巳ω専掌に反対する理由も理解に難 はない。世界観、立揚、方法の相異は同時に対象の相異を意味し、学問の構造や性格をも異にするからである。例えば上 述せる今日の学問論における伝統的なカント以来の近代的認識論的立場︵観念論︶からの経営学説、プラグマティズムの 立場からの経営学説、 マルクシズム︵唯物論︶の立場からの経営学説、存在論の立揚からの経営学説などそれぞれ異り、       ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   へ 同一の立場もまた種々の理由から様々に異り得ることわれわれの上に示した通りである。かくて異るという方面から見れ ば、結局、嘗ってゾンバルトが経済学についていったように、そこには月に関する学問と地球に関する学問とほどの差が 見られることとなる。人はシェンプルークにならってドイツ経営学を規範的.と経験現実的との二に或は規範的、技術的、       ヘ   ヘ   へ 理論的の三に分けるを常とするが、これらをただ概念的に考えると、なる程同じく経営学とはいってもそこには月に関す る経営学と地球に関する経営学とほどの差が見られるであろう。しかし、例えば昌ックリッシュを規範学派、りーガーを理        ヘ   ヘ   ヘ  ヘ   へ 論学派、シュマーレンバッハを技術学派として対立せしめ特徴的に把握することは、なるほど論理的には便利であるが、 果してこれを根本的に理解する道といい得るであろうか。あまりにも公式主義的にすぎ、はしまいか。要するに、経営学説 の多様性は否定し得ない事実である。しかしその根砥たる﹁経営﹂そのものに同一性は認め得ないであろうか。これまで 盛んどすべての研究は何れかといえば見地の相異性を問題とし特異性を目立たせることを申心にして来たよ,うに見える。 しかし、見地の相異性、対立性の根抵に対象の同一性、存在の同一性があることこそ学問の問題としてはより重要ではあ. るまいか。個々の枝葉の問題ならばともかく、学問の根本問題についてはそのような対立や相異の根抵に統一性への要求      続経営学本質論の回顧と展望       一七

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     続経営学本質論の回顧と展望       一八 があるともいえるのではあるまいか。真理は一であるべきだからである。この点も上に述べた通りである。       ヘ   へ  かく考えるならの、経営学特に比較経営学にとっては、もとより分析的研究によって事実の相異を確認することの重要 はいうまでもない。学問は﹁分つ﹂こと﹁差別﹂を見出すことから始まるからである。しかし、それと同時に、更にそれ       ヘ   へ を契機とする綜合的研究による同一の基礎を見出すことの必要と重要性を指摘しなくてはならない。しかも、ただ異るも のを捨象して共通性のみを抽出するというのではない。それらの相異や対立を単に救い難い相異や対立と見るだけでな く、それらは相異や対立であると共にまた深くその存在性を経り下げることによって同一の根源を発見し、対立するもの が実は同時に同一であるという根拠を見出そうとする。そこにおいて初めて、諸学説は対立しながらもそれぞれ不可欠の 契機として真の経営学の確立という同一方向への努力として把握しうることなる。対立はどんなに鋭いにもせよ、結局は ヘ   ヘ   へ   で   ヘ   ヘ   ヘ       ヘ   ミ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   へ 経営学内の対立、経営の把握における対立であって、経営存在の同一性を理解するとき、見地の統一の確立・も、困難では あっても不可能ではないといわねばならない。

 3対立から統一へ

 課題は如何に困難でも、その困難の所在が明らかになれば困難打開の鍵が与えられることとなる。しかしそれをどんな によく理解してもそれで困難が減じないことはシェンプルークの例が示している。彼はこの点につき次の如く先哲の言葉 に従い自戒しながら研究を進めたのであった。﹁特に、この種の研究に関して私はいつもライプニッツの言葉を念頭に思い 浮べたのであった。曰く﹃手入の著書の中に私は他人の見解を克服するための材料を探すよりもむしろ好んで自分のため        になるものを探した﹄﹂またズラニイの次の言葉を引用する。﹁各理論は国民経済生活の真実の関連という同一の高嶺を認 識しようと努力するものである。この山頂をこちらの側から観察しあちらの側から観察するにつれて、またその全貌をよ り広い視野から研究し或いはこれを高く登ってその個々の岩場を直接近くから研究しようと努力するにつれて、人は常に

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それについて異った局面を得るものである。その際、科学的論議や大きな世界観の争いにおいて、この種々に異なる局面 や映像が相互に比較せられ、表面的な対立が内面的一致と認められて常に多くの個別的関連が弾力的に解明されるなら ば、その時には人は次第に明瞭さを増す唯一の中心的真理に到達するであろ㌔。﹂モクスターについても同様のことがいえ   る。もちろん彼等がこれらの言葉の通り果して唯一の真理に到達し得たかどうかについては一言したところでありそれは ここでの問題ではない。ただわれわれも以下のわれわれの研究において謙虚に他人の説を聞き一人よがりを自.戒.したいと 思うのである。だから、われわれはわれわれの課題を解決したなどと主張するものではない。課題へ向って一つの﹁導き の星﹂を求めようとするささやかな一つの努力を試みようとするに止まる。ただ、われわれの研究にて、モクスターと共 に希望するところは次のことである。 ﹁なお多くの領域においてわれわれの学問の目的に通ずるところの、力強い方法の 認識から、更にわれわれの現在の認識とわれわれの学問によって満さるべき課題との間に横わるところの、かの巨大な未 知の国︵リ︷一①5PP口αoo一蝉声侮︶の認識から、われわれの学問の建設者のそれにも似た新しい霊感が起るということも全く可能で         あろう。そしてこの霊感こそ建設者と同様にわれわれにもあの方法上の多くの障害を克服せしめ得るものである。﹂ われ. われは更に優れた研究の捨て石となれば幸である。

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参照

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