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花圃作「夜半の埋火」に就いて : 田辺蓮舟傅記資料 (松蔭女子学院大学開学記念特集)

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Academic year: 2021

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Kobe Shoin Women’s University Repository

Title 花圃作「夜半の埋火」に就いて ―田辺蓮舟傳記資料―

On Kaho Miyake's Work—"Yowa No Uzumibi"

Author(s) 塩田 良平(Ryohei Shiota)

Citation 研究紀要(SHOIN REVIEW),第 8 号:26-45

Issue Date 1966

Resource Type Bulletin Paper / 紀要論文

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東 都 風 流 の 士 人 に 柳 北 ( 成 島 惟 弘 ) 桜 痴 (福 地 源 一 郎 ) 蓮 舟 (田 辺 太 一 ) が あ る 。 新 柳 花 街 に 於 い て 、 そ れ ぞ れ 向 島 の 先 生 、 池 の 端 の 御 前 、 番 町 の 御 前 と 持 難 さ れ た 。 何 れ も 旧 幕 臣 で あ る 。 柳 北 、 桜 痴 に 就 い て は 暫 く 措 く 。 本 稿 で は 蓮 舟 に 就 い て 述 べ た い 。 蓮 舟 は 漢 詩 文 に 長 じ 、 ﹁ 蓮 舟 遺 稿 ﹂ ( 田 辺 朔 郎 編 大 正 一 〇 ・ 七 刊 ) 上 下 二 巻 が あ る 。 蓮 舟 の 長 女 龍 子 は 庭 女 作 ﹁ 薮 の 鴬 ﹂ ( 一 = ・ 大 金 港 堂 刊 ) を 以 て 文 壇 に 顕 は れ 、 明 治 女 流 文 学 進 展 の 機 を つ く っ た 花 圃 女 史 で あ る 。 樋 口 一 葉 の 和 歌 の 姉 弟 子 に 当 り 、 一 葉 が 文 壇 に 盛 名 を 得 る ま で 女 流 文 壇 に 先 輩 格 と し て 文 名 を 馳 せ た 。 明 治 三 十 年 代 か ら は 寡 作 に な り 、 大 正 に 入 っ て は 夫 三 宅 雪 嶺 を 扶 け て 雑 誌 ﹁ 女 性 日 本 入 ﹂ に 雑 文 を 発 表 す る 程 度 で 、 文 壇 圏 外 か ら は 離 れ た が 、 著 書 と し て は 前 記 の ﹁ 薮 の 鴬 ﹂ 以 外 に ﹁ み だ れ 咲 ﹂ ( 二 五 ・ 三 春 陽 堂 ) ﹁ 野 村 望 東 尼 傳 ﹂ ( 三 四 ・ 一 金 港 堂 ) 同 続 篇 (三 四 ・ 二 全 上 ) ﹁ 花 の 趣 味 ﹂ ( 四 二 ・ 四 梁 江 堂 ) ﹁ そ の 日 そ の 日 ﹂ (大 三 ・ 一 東 京 社 ) 等 が あ る 。 蓮 舟 に つ い て は 嘗 て 拙 著 ﹁ 樋 口 一 葉 研 究 ﹂ で 略 述 し た が 、 別 に 彼 自 身 が 晩 年 女 の 花 圃 に 口 述 し た 自 伝 の 未 定 稿 が あ る 。 ﹁ 夜 半 の 埋 火 ﹂ と 題 し 、 ﹁ 父 の 昔 語 ﹂ の 副 題 が あ る 。 枚 数 五 十 八 枚 、 花 圃 の 自 筆 に か か り 、 処 々 蓮 舟 自 身 が 補 筆 し た 部 分 が あ

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る。 三宅 家 蔵 す る 処 であ る 。 これ を 参 照 し つ つ 、 幕 末 維 新 当 時 の 一 幕 臣 の生活 を窺 ひ た い。 全 部 を 記 載 す る こと は 不 可能 な ので、 一 応蓮 舟 の生 立 を極 く 簡略 に 説 明 し てお く 。 か つ た ぽ 田辺 家 は 代 々与 力 で初 代 を 次 郎 太 夫 と い ふ 。 五代 目克 忠 の 嗣 と し て が いす け 尾州 海 西 郡 の 医 士 、 村 瀬 厚 英 の 一 子 を 迎 へた。 名 は 認 輔 字 は季 徳 、 号 を 石 庵 と 謂 ひ後 に 新 次 郎 を 名 乗 っ た。 父厚 英 は 名 医 と謳 は れ 病 者 あ っ て不 治 と 見 れば ﹁ こり や あ かん な あ ﹂ と て 投 薬 も せ ず に 去 っ た と い ふ。 果 して 言 の 如 く で あ った ので世 人 ﹁ あ か ん 様 ﹂ と 称 し 、自 か ら も 安 痴 山 と号 し た。 田辺 克 忠 は こ の 三 女 鏑 子 に謳 輔 を 迎 へ 、 田辺新 次郎 を名 乗ら せ た。 新 次 郎 は 佐 久 間 象 山 、渡 辺華 山、 海 保 漁 村 、 頼 山 陽 等 と 交 は り 、 著 書 に ﹁ 清 名 家小 傳 ﹂ が あ る 。 新次 郎 に 二男 あり 、 長 男 を 孫 次 郎 、 次 を定輔 と い ふ。 定輔 は太 一 の 幼 名 であ る 。 天保 二年 九 月 十 六 日 に 生 れ た。 太 一 は十 三歳 より 昌 平 畳 に通 ひ十 八 歳 にし て 学 問吟 昧 の 際 甲科 及 第 し俊 秀 の誉 を 得 た 。 こ の当 時 の 昌 平費 の 学 問所 の 様 子 は 前記 の ﹁ 夜 半 の 埋 火 ﹂ に左 の如 く 記 さ れ て い る。 学 問所 の 稽 古 人 の 事 を いは ん に 、 こは 二 組 に わ か れ たり 。 一 は寄 宿 の 稽 古 人 に て、 こは 校 内 に寄 宿 し ㎡、 賄 をも ら ひ、 稽 古 す る と、 一 は 通 学 の稽 古 人 な り 。 寄 宿寮 は 三棟 に わ か たれ 、 南 寮 は 八畳 、 次 に 四畳 八 間 、次 の四 畳 は、 高 位 の 人 家 来 を 置 く 為 に供 へ し と い へ ど も 、 のち に は こ の 定 め な かり し。 中 の 寮 は 八畳 計 り を 十 間 、 北寮 も同 様、 南 寮 、 中 寮 は 御 目 見 以上 の 人 の 寄 宿 所 にて 、 南寮 中寮 合 せ て 頭取 と い ふも の あ り 。 北 寮 には 世 話 心 得 と いふ も のあ り。 北寮 に は世 話 心得 と い ふも の あ り 。 通 学 に ぱ 、中 寮 の上 に 二 階 あり 。 此 二階 に通 ふ なり 。 二階 に も 御 目 見 以 上 以下 の 区 別 あ り 。 以 下 の 場

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は 三 間 、 ︼ 問 は 広 間 に て 、 輪 読 、 会 読 の 便 に 備 ふ 。 大 方 は 教 授 方 出 役 会 頭 と し て 出 づ 。 毎 日 こ ・ に 開 か る ・ 輪 講 会 の 読 , あ ひ 講 な ど に 、 た ま く は 儒 者 の 出 席 す る 事 も あ る な り 。 北 寮 の 上 に 二 階 あ り 。 此 二 階 は よ り 合 席 の 者 、 即 ち 三 千 石 以 上 の 人 の 稽 古 所 と す 。 こ れ は 四 と 九 の 日 に あ り 。 必 ず 三 千 石 以 上 は 出 ね ば な ら ぬ さ だ め な り 。 四 九 の 外 に は 、 林 家 の 編 輯 物 、 御 代 々 の 実 記 、 日 本 の 地 誌 な ど 調 べ 論 す る 詰 所 と な れ り 。 編 輯 す る も の に は 、 以 上 以 下 の 者 ま じ り て 、 手 当 を う け こ ・ に 出 勤 す 。 御 実 記 地 誌 調 書 役 な ど 称 ふ 。 か く 階 級 や か ま し き 場 所 な れ ば 、 何 く れ と な く 秩 序 た 望 し く と ・ の ひ た る が 、 御 目 見 以 上 の 部 屋 の 隅 に 眼 鏡 を か け 、 温 厚 な る 容 貌 、 正 し き 居 ず ま ひ 、 何 と な く 目 と め ら る る 五 十 余 の 老 人 、 い っ も 書 見 に 余 念 な き を し ば く 見 か け て 、 た れ ぞ と 人 に と ひ た り し に 、 彼 の 田 舎 源 氏 の 著 者 な る 柳 亭 種 彦 、 高 谷 彦 四 郎 と そ い ふ 。 見 か け に よ ら ぬ を 、 い と 可 笑 し く お よ り も ひ 親 し く 言 葉 を 交 は す よ う に な り て 汁 粉 を 何 寄 好 む な ど 物 語 り し も 面 白 か り き 。 此 人 こ の 時 は 十 人 組 の 役 な り し な り 。 其 他 、 稽 古 所 と い ふ も の あ り 、 稽 古 所 に は 毎 朝 願 ひ て 素 読 を 習 ひ に く る も の あ り 、 教 授 方 出 役 教 授 す 。 = ハ の 日 は 稽 古 所 に 講 義 あ り 。 儒 者 つ と む る な り 。 三 八 に は 寄 宿 の 書 生 の 試 業 あ り 。 こ れ は 寄 宿 生 、 儒 者 の 題 に し た が ひ 講 釈 を す 。 又 座 敷 講 釈 と い ふ も の あ り 。 こ れ は 四 九 の 日 平 常 の 稽 古 人 の 外 、 た れ に て も 聞 き に 行 か る 、 よ り 、 番 衆 な ど は つ と め に し て 是 非 聞 き に 行 く こ と ・ な れ り 。 毎 月 十 日 に は 隔 月 に 詩 会 文 会 あ り 。 宿 題 あ り 。 当 座 あ り 。 参 会 し つ る も の に は 、 饅 頭 の 菓 子 出 づ 。 こ れ に は 諸 生 寮 の 生 徒 も あ つ か れ る な り 。 諸 生 寮 は 諸 藩 よ り 修 業 に 出 で 居 る 者 の 集 ま れ る 寄 宿 舎 な り 。 こ れ は 賄 な く し て 、 諸 生 の 中 よ り 人 選 さ れ る 会 長 に は 、 御 手 当 を 上 よ り た ま は る 。 現 存 の 重 野 安 繹 、 南 摩 綱 記 な ど は 、 予 が 通 学 の 頃 此 舎 長 な り し 人 な り 。

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聖 廟 の入 口に、 御 高 門 と い ふあ り 。 こ ・ に 日 講 あ り て、 教 授 方出 役 つと め、 袴 だ に着 す れ ば たれ に て も聴 く こ と を ゆ る さ る 、 に て、 日 々 二十 四 五人 の聴 聞 者 あり 。 毎 年 素 読 吟 味 あり て、 以 上 以 下 も 出 づ 、 以上 は 甲科 な れば 、 丹 後 縞 三 反 、 乙科 は 二反 、 以 下 ば 甲 銀 三枚 、 乙 は 二枚 を 賞 と す 。 右 の如 く 太 一 は学 問吟 味 で ば甲 科 及 第 し た が 、 当 時 漢 詩 文 に 優 れ た 一 歳年 長 の 木 村 芥 舟 は 合 格 し な か っ た と いふ か ら 、 いか に学 問吟 味 が難 関 であ っ た か 察 す る に 足 ろ 。芥 舟 は 楷 堂 とも 号 し、 浜奉 行 より 講 武 所 出 役 と な り 更 に 海 軍 に入 り 軍艦 奉 行 に任 じ、 慶 応 四年 三月 海 軍 所 頭 取 に進 み、 間 も なく 勘 定 奉 行 に転 じ たが 、 幕 府 崩 壊 に 殉 じ て 致仕 し て余 世 を 風 月 に托 し た。 太 一 とは 詩 の 上 で親 交 が あ っ た 。尚 、太 一 が昌 平 塁 時 代 に左 の 如 き 逸 話 が 残 っ て いる 。 其 頃 、 兄 孫 次 郎 、 二 条 の 城 の 在 番 の 宿 割 を 申 付 け ら れ、 道 中 連 な け れ ば 、 予 も と も に と て、 京 阪 見 物 を か ね て行 き 、 兄 城 に入 り て 、 後 一 人 大 阪 へ 行 き、 伊 勢 へ 参 り 、 尾 張 へ 行 き て、 親 の実 家 を と ひ な ど し て、 仲 山 道 の関 が 原 へ向 け て

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行 く 時 、 御 岳 の 立 場 茶 屋 に て 、 大 雨 を さ け て 休 み し に 、 向 ふ よ り 黒 紋 付 の 着 衣 し と . に 濡 れ て 、 さ し た る 大 小 い か め し く 、 瘡 形 に て 、 菊 石 の 大 な る 顔 の 、 何 と な く お そ ろ し き が 、 訣 袖 な ど 此 立 場 の 前 に 立 休 み て し ぼ る 。 さ な が ら 忠 臣 蔵 の 定 九 郎 を 目 の 前 に 見 る 様 に て 、 此 方 は 廿 に も 満 た ぬ 若 年 な れ ば 、 片 隅 に う ち ひ そ み 、 様 子 う か . ふ 程 に 彼 方 は 馴 々 し く 床 几 に こ し か け て 、 強 き 雨 な り し 、 御 身 は 何 方 へ と 行 か る ・ に や 、 わ れ も 江 戸 を さ し て 行 く な り 、 さ ら ば 太 田 川 に て 、 彼 の 泰 鼎 の 碑 を 見 た ま ひ つ や 、 泰 鼎 と い ふ は 、 此 土 地 の 有 名 な る 人 な れ ど 、 狭 量 な る は 彼 の 碑 を 見 て も 知 ら れ た り 、 か 計 り の 風 景 を 、 何 処 無 山 秀 、 何 地 無 水 流 、 借 間 東 西 客 、 有 此 山 水 不 、 と あ ま り 過 た る 事 に あ ら ず や 、 わ れ は か く 直 し て 見 ん と そ 思 ふ 、 借 間 建 碑 者 、 曽 知 東 西 不 、 い か に い か に と 得 意 な る 。 心 に く き 人 の 振 舞 な る か な 、 誰 な ら ん と 、 そ と 名 を 聞 け ば 、 吉 田 寅 次 郎 と そ い ふ 。 わ れ は か く と 名 の り ぬ る を 、 吉 田 は 聞 い て 、 石 庵 先 生 の 御 子 息 な り し よ 。 こ は 失 礼 を し ぬ 、 さ ら ば と も に こ れ よ り 江 戸 に ゆ か む 、 藤 森 弘 庵 佐 久 間 象 山 の も と を と は ん と て 行 く な り と て 、 是 よ り 途 を と も に す 。 森 田 節 斉 よ り お く ら れ し と て 、 後 醍 醐 帝 大 和 吉 野 、 賀 生 の 御 所 の 竹 と い ふ を 杖 に つ き 居 た り 。 宿 に つ け ば 日 記 を か き 、 寝 に 就 く 前 に 刀 引 ぬ き て 、 あ ま た ・ び 打 振 り 、 う ち ふ る 事 、 一 夜 も た が ふ 事 な し 。 江 戸 に 出 で 、 鶏 声 が 窪 の 酒 屋 に て 酒 を の み 、 再 会 を 約 し イ 、 別 れ 、 吉 田 は 番 町 の 斎 藤 弥 九 郎 の 家 を さ し 、 わ れ は 三 味 線 堀 の 宅 を さ し て 帰 り ぬ 。 此 後 吉 田 し ば し ば 我 家 へ と ひ 来 れ ろ を 、 母 は か い ま み て 、 吉 田 と い ふ 人 、 ま こ と に 人 物 の 様 子 に は あ れ ど 、 何 と な く あ や し き さ ま な り 、 若 年 の 者 の つ き あ ふ ま じ き た ち の 人 な れ ば 心 せ よ 、 物 の 是 非 を よ く も 弁 へ ぬ 程 に 、 か ・ る 人 に つ き あ ふ は 、 き は め て 危 き も の な り 、 キ 教 へ 給 ひ し を 、 気 勢 に し て や り け む 、 其 後 は 来 ら ず に な り て 、 呉 服 橋 な る 鳥 山 新 三 郎 の マ ル リ 宅 な ど に て 、 よ り よ り 相 見 し 事 あ り き 。 其 年 亜 米 利 加 よ り は じ め て 使 節 彼 理 来 り し 時 、 浦 賀 へ 見 に 行 き し に 、 早 吉 田 も 此 処 に 来 て 居 つ 。 佐 久 間 象 山 と 同 伴 せ し 様 な り 。 何 事 を も 疎 に せ ず 、 心 用 ゐ の 深 き 人 か な 、 と 其 時 は 思 ひ し の み な り し

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が 、 後 に 罪 を 得 て 死 し ぬ 。 こ れ を 最 後 の 面 会 と し て 、 今 な ほ 松 陰 神 社 な ど 神 と て あ が め ら る ・ 人 に 、 親 し う し つ る 語 り 草 と な り ぬ れ ど 、 母 の か ね て 人 を し る 明 あ り て 、 交 際 を と 雷 め た ま ひ し も 、 い や 高 き 慈 愛 を く り か へ し て ぞ 思 ひ 出 つ る な る ぞ と 、 父 は 今 な ほ 其 上 を し の び た ま ふ さ ま な り け り 、 以 上 最 後 の 二 三 行 は 女 花 圃 の 感 想 を 述 べ た 部 分 で あ る 。 択 、 太 一 は 廿 四 才 の 十 一 月 、 学 問 所 教 授 方 出 役 と な り 、 更 に 甲 府 徽 典 館 学 頭 を 仰 付 け ら れ 甲 府 に 赴 い た 。 こ ・ は 林 鶴 梁 も 父 石 庵 も 赴 任 し た 処 で 、 も と よ り 学 問 教 授 が 本 職 で あ る が 、 勤 番 支 配 の 大 久 保 豊 前 守 、 小 笠 原 長 門 守 等 は 西 洋 銃 隊 を 指 揮 す る の に 不 馴 の た め 、 兄 孫 次 郎 が 講 武 所 出 役 の 際 見 や う 見 真 似 で 覚 え て ゐ た 太 一 は 、 講 義 の 閑 に は 自 ら 指 揮 し 号 令 を か け た と い ふ 。 学 頭 の 任 満 ち て 帰 府 し て 間 も な く 外 国 奉 行 支 配 下 の 書 物 御 用 出 役 を 命 ぜ ら れ た 。 奉 行 は 水 野 筑 後 守 忠 徳 で あ っ た 。 以 下 ﹁ 夜 半 の 埋 火 ﹂ に よ る 。 其 時 の 外 国 奉 行 水 野 筑 後 守 は 、 性 剛 直 に し て 果 断 な る 人 な り け れ ば 、 雨 都 爾 港 延 期 談 判 の 為 欧 羅 巴 へ 使 節 に 命 ぜ ら る べ き な り け れ ど も 、 先 に 神 奈 川 奉 行 を つ と め し 時 、 ロ シ ャ 人 の 浪 士 に こ ろ さ れ し 際 、 一 時 奉 職 無 状 の 罪 を 以 て 奉 行 の 職 を 斥 け ら れ し を 、 今 又 使 節 に な し て や ら ん に は 、 彼 国 人 の 感 情 い か 撃 あ る べ し と 、 英 国 公 使 ヲ ー ル コ ッ ク の 忠 言 に よ り て 、 竹 内 下 野 守 、 松 平 石 見 守 、 使 節 を 命 ぜ ら れ ぬ 。 さ れ ば 一 方 に は 水 野 の 不 平 を な ぐ さ め 、 か つ は 此 人 程 の 才 な く ば 、 所 置 難 儀 な る べ き 小 笠 原 島 の 巡 検 を 命 ぜ ら れ ぬ 。 折 し も 外 国 の 公 使 よ り 、 同 島 は 日 本 に 属 す べ き や 否 や を 問 合 せ き つ る に 、 老 中 安 藤 対 馬 守 気 を も み て 、 少 し も 早 く 水 野 を 巡 検 に や ら ん と て 、 予 も 随 行 す る 事 と な り 、 こ れ を 機 と し て 、 水 野 よ り 推 著 す る 所 あ り 、 調 査 に 召 出 さ れ 、 世 禄 三 十 俵 を 賜 り 、 新 に 一 家 を な す を 得 つ 。 小 笠 原 島 は も と 無 人 島 な り け る を 文 政 天 保 の 初 め 、 ア メ リ カ 人 住 居 し 、 其 後 、 港 を ひ ら き て 交 易 を す る 頃 、 舟 の 目 録 に ボ イ ン ア イ ラ ン ド よ り 来 り し と い ふ マ ニ フ エ ス ト 事 な れ ど 、 其 頃 は 父 島 母 島 を 合 せ て 人 々 二 十 一 人 皆 西 洋 人 の み な り 。

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水 野 の 一 行 は 、 水 野 筑 後 守 通 辮 堀 某 目 付 服 部 蹄 一 御 徒 目 付 佐 藤 真 一 郎 調 役 由 比 太 左 衛 門 同 松 本 房 之 亟 調 役 並 田 辺 太 一 御 小 人 目 付 林 和 一 定 役 小 花 作 助 御 医 師 小 野 某 同 心 松 波 椹 之 亟 画 工 宮 本 玄 道 以 上 の 人 々 に て 、 感 臨 丸 に の り 、 同 島 に い た り て 、 在 住 の 外 国 人 に さ と し て 帰 化 せ し め 、 日 本 の 法 律 に 遵 が ふ 事 と し て 、 今 迄 開 墾 し つ る 所 は 、 地 券 を 与 へ な ど す 。 全 島 は 地 味 豊 饒 に し て 五 殻 実 の り よ く 、 中 に も 甘 藷 、 馬 鈴 薯 ( 成 長 す み や か な れ ば 、 客 中 の 徒 然 に 、 畠 の ポ テ イ ト こ れ ヤ ァ 小 さ い ナ か う し ち ゃ 置 か れ ぬ 一 思 案 こ や レ か ぬ 次 郎 草 と れ 鉄 五 郎 糞 や れ で つ か 大 う な っ た く と 拳 の 手 振 を つ け て う た ふ 。 唱 歌 は 予 の 作 り し な り 。 か ぬ 次 郎 、 鉄 五 郎 は 、 八 丈 島 よ り つ れ 行 き し 百 姓 八 人 の 中 の 名 な り 。 略 、 全 様 の 事 態 も 運 び け れ ば 、 翌 年 筑 後 守 に 随 ひ 帰 京 せ し 年 の 四 月 、 荒 井 氏 己 巳 子 と 婚 す 。 其 後 、 本 家 の 兄 、 コ ロ リ に て 死 去 さ れ し よ り 、 隣 家 に 引 移 し て 、 家 族 の 後 見 を す る 程 に 、 我 家 に 一 男 を 挙 し も ほ ど な く 死 し き 、 此 の 程 の 世 の 中 の 有 様 す べ て 鼎 の 涌 く や う に お こ り た ち 、 鎖 国 撰 夷 の 説 盛 り に な り て 、 少 し 洋 書 に て も 繕 く も の は 、 擁 夷 家 の 憎 み は な は だ し く 、 予 も 亦 、 外 国 奉 行 調 役 の 職 に あ り 、 開 国 の 利 を と き な ど す る を 、 彼 輩 敵 と し ね ら ひ て 、 或 は 門 前 に 張 札 し て 焼 討 に す べ し と 虚 喝 し 、 あ る は 途 に あ や し き 者 尾 行 し き た り 、 あ る は 上 野 三 橋 な ど 、 人 目 に つ く べ き 場 所 に 、 天 詠 を 行 ふ べ

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し と 張 札 さ れ し な ど 、 家 内 の 者 は 一 日 も 安 き 心 地 は な か り し な り 。 然 り け れ ど も 、 予 は い よ く 志 を 堅 う し て 青 年 輩 の 餓 鬼 大 将 と な り 、 米 田 桂 次 郎 の 英 語 に 熟 せ る を も て 、 こ れ を 家 に お き 、 志 あ る 輩 の 田 辺 の 兄 貴 の 意 に て 田 兄 く と 予 を 推 し て 富 永 冬 樹 、 矢 野 次 郎 、 沼 間 守 一 、 須 藤 時 二 郎 、 尺 振 八 、 乙 骨 太 郎 乙 、 益 田 孝 、 清 水 卯 三 郎 、 又 は 箕 作 真 一 郎 、 麟 祥 な ど 、 一 日 と し て 家 に き た ら ぬ 日 も な く 、 片 言 ま じ り の 英 書 つ Ψ り し て 彼 文 物 を し た ひ 、 鎖 国 の 不 利 を と き な ど す れ ど も 、 時 の 勢 の 詮 方 も な く 、 上 司 は 鎖 国 の 説 勝 を 得 て 、 先 づ 鎖 港 談 判 の 為 、 欧 羅 巴 、 仏 蘭 西 へ 、 池 田 筑 後 守 、 河 津 伊 豆 守 、 河 田 相 模 守 、 さ し 遣 は さ る べ く 命 ぜ ら れ た り 。 予 も 此 時 、 組 頭 に て 、 随 行 を 命 ぜ ら れ つ 。 行 な は れ ぬ べ き 筋 な ら ね ば 、 い さ ぎ よ く こ ・ に て 職 を 辞 さ ま く お も ひ し も 、 水 野 筑 後 守 既 に 退 隠 の 後 な り つ れ ど 、 深 く そ の 不 可 を 忠 告 さ れ た る を も て 、 彼 地 に 赴 き ぬ 。 彼 国 に て は 、 時 の 外 務 大 臣 と 談 判 の 外 さ あ る 用 事 も あ ら ざ れ ば 、 一 行 の 青 年 輩 の 為 、 西 吉 十 郎 を 請 じ 会 頭 と し 、 ホ ウ イ ト ン の 萬 国 公 法 を 会 読 し 、 又 仏 人 レ オ ン ロ ニ ー を 招 き て 仏 語 を 学 び な ど し た り 、 使 節 は も と よ り 、 達 す べ き 筋 な ら ぬ の み か 英 仏 諸 国 等 の 合 同 し て 、 長 州 へ 同 罪 の 師 を つ か わ さ ん と の 事 実 を 知 り 得 た れ ば 、 打 捨 お く べ き な ら ず と 、 筑 後 守 始 め 、 仏 国 政 府 に 公 書 を 与 へ て 、 其 師 猶 予 の 約 束 を な し 、 帰 朝 し て 其 旨 を も 申 上 て 将 た 鎖 国 の 行 は れ ざ る を 極 論 し 、 開 国 の 国 是 を 一 定 す べ し 、 と 一 同 帰 朝 し 、 横 浜 に 上 陸 す る や 、 幕 府 は 大 に 驚 き 、 其 理 由 を も 糾 さ ず 、 出 府 を 差 留 め た り 。 筑 後 守 は こ れ に か ・ は ら ず 、 直 ち に 江 戸 表 へ さ し か ・ り 、 大 森 ま で き つ る 折 か ら 幕 府 よ り は 、 目 付 栗 本 瀬 兵 衛 、 後 ち 安 芸 守 鋤 雲 な ど 立 む か へ て 、 使 命 を 全 う せ ず し て 立 も ど り し は 、 取 も な ほ さ ず 罪 人 な り 、 こ れ よ り は 江 戸 の 前 へ ま か り 通 る 事 か な ふ ま じ 、 と 安 宅 関 の そ れ な ら ね ど も 権 幕 す る ど く い ひ 聞 け ぬ る を 、 心 剛 き 池 田 は い さ さ か も ひ る み た る 様 な く し て 、 こ は い ぶ か し き 事 を う け 給 は る も の か な 、 ま こ と に 使 命 を 果 す か 、 果 さ ざ ら ん か は 、 此 後 の 問 題 な る べ し 、 百 聞 は 一 見 に 如 か ず と そ 、 実 地 の 見 聞 に 得 た る 事 々 の 、 い か に し て も 命 に 随 が ひ が た き を 以 て 、 反

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省 を 乞 は む 為 に 、 立 戻 り し の み に て 、 あ な が ち に 使 命 を は つ か し め し と は い ひ 難 か る べ し 、 断 じ て わ れ は 、 今 一 度 此 議 を 申 開 き 、 か ね て の 素 志 も 合 せ の ぶ べ き 機 会 な り 、 通 さ せ た ま ふ べ し 、 と 乞 ひ け れ ど も 、 ゆ る す べ く も あ ら ぬ 気 色 に 、 色 を 正 し う し て 、 よ し さ ら ば 、 君 の 力 の 与 ふ 丈 け と サ め 給 へ 、 わ れ は わ が 力 の 与 ふ 丈 通 ら む と す 、 御 使 者 等 の 一 命 も ら ひ う け む 迄 も 、 と 刀 そ り う っ て 立 か ・ る に 、 栗 本 は し さ り 、 ま つ く 待 た 待 た 待 た ま へ 、 さ ら ば 心 の 儘 な る べ し 、 命 計 り は 助 け た ま へ と 手 を 合 せ て 拝 し ぬ と そ 。 ま こ と の 事 な り し や 、 席 に 居 合 せ ず し て 見 ざ り し が 、 人 々 は 後 の 笑 ひ 草 に な し た り き 。 池 田 は か く し て 、 と に か く 江 戸 に は 入 立 つ れ ど も 、 思 ふ 事 ば か な ひ が た く し て 、 遂 に 罪 に と は れ 、 改 易 と な り 、 予 も 亦 、 小 普 請 入 百 日 の 閉 門 を 甲 付 ら れ き 。 若 人 の 血 気 な る 心 に は 、 何 も く 心 外 な る 事 の み な る に 腹 立 た し く 、 大 小 す て 、 町 人 に な ら ば や 、 写 真 屋 こ そ よ け れ と 、 道 具 な ど 買 と ・ の へ な ど す る に 、 又 少 し く 心 の な ぐ さ め 草 ぞ 出 来 た る 。 其 頃 、 洋 癖 家 と 聞 え た る 松 前 伊 豆 守 は 、 は じ め て テ レ ガ ラ フ を 家 に か け な と し つ る 程 の 人 な れ ば 、 全 じ 心 の 親 し う 行 か よ ふ に 、 又 成 瀬 弥 五 郎 と い ふ 人 あ り 、 こ は 故 石 庵 先 生 門 人 に て 、 予 が 幼 時 よ り の 友 な り け れ ば 、 毎 夜 の 如 く 行 き 通 ひ て 、 物 語 ふ か し ぬ る に 、 松 前 は 御 老 中 に て 、 成 瀬 は 御 目 付 の 、 連 絡 つ き て 、 予 に 意 見 を と は れ 、 又 は 予 の の べ し 意 見 は 、 多 く 世 に 行 は れ 、 所 謂 黒 幕 の 位 置 に あ り て 、 先 づ 海 外 留 学 生 を お く ら む 事 を 思 ひ つ き て 、 説 き す ・ め 志 事 に 、 其 言 行 は れ て 留 学 生 派 遣 の 幕 議 定 ま り 、 箕 作 奎 吾 ( 菊 地 大 麓 ) 外 山 捨 八 ( 正 一 ) 中 村 敬 甫 ( 敬 宇 ) な ど 英 国 へ 送 ら れ き 。 程 な く 予 は 、 再 度 外 国 局 に 出 頭 し 、 組 頭 の 待 遇 も て 、 外 交 文 書 を 専 ら 担 任 す べ し と 委 ね ら れ け れ ど も 、 局 に あ り て も 、 か ・ る 世 の 中 の 事 な れ ば す み 付 あ し く 、 今 迄 の 外 国 と 往 復 の 書 類 の 乱 雑 に な れ る を 整 理 せ ん と 、 役 所 に は 出 勤 せ ず 、 山 下 の 我 家 へ 局 を お き 、 書 物 方 、 広 沢 、 浅 野 な ど い ふ 人 々 は 、 こ の 所 に 出 頭 す る 事 と し て 、 通 文 一 覧 百 八 十 巻 を 編 輯 し つ ・ 、 た 穿 世 の 有 様 の お し う つ ろ を 手 を 束 ね て 見

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過 し ぬ 。 右 文 中 、 太 一 が 組 頭 に 昇 進 し た 時 は 、 本 高 三 百 俵 役 科 二 百 俵 で あ る 。 又 池 田 筑 後 守 に 従 っ て 欧 州 に 赴 い た の は 文 久 三 年 十 一 月 で 、 小 普 請 入 、 百 日 閉 門 を 仰 付 け ら れ た の ば 元 治 元 年 七 月 、 太 一 計 四 歳 に 当 る 。 然 ろ に こ の 閉 門 中 、 父 石 庵 の 門 人 だ っ た 目 付 役 成 瀬 弥 五 郎 か ら 、 洋 癖 家 と 聞 え た 老 中 松 前 伊 豆 守 に 口 添 へ が あ っ て 、 再 び 外 国 奉 行 下 外 国 局 に 出 任 す る こ と に な っ た 。 こ の 頃 幕 府 で も 開 国 説 が 勢 力 を 得 て 、 箕 作 杢 吾 等 が 英 国 留 学 生 と な っ た こ と は 前 文 の 通 り だ が 、 慶 応 二 年 十 月 十 五 日 、 太 一 も 組 頭 に 復 し 、 外 国 奉 行 向 山 隼 人 正 が フ ラ ン ス 公 使 に 任 命 さ れ る に 当 っ て 再 び 随 行 す る こ と に な っ た 。 し か し 又 も や 国 内 に 急 変 あ っ て 一 ヶ 月 な ら ず し て 本 国 に 呼 び 戻 さ れ 、 太 一 は 帰 路 セ イ ロ ン で 将 軍 大 政 返 上 の 報 を 新 聞 で 見 て 、 愴 怪 と し て 横 浜 よ り 江 戸 に 入 っ て 直 ち に 差 控 伺 を 出 し て 罪 を 待 っ た 。 慶 応 三 年 十 二 月 二 十 九 日 で あ る 。 翌 四 年 正 月 鳥 羽 伏 見 の 戦 で 幕 軍 敗 走 し 、 慶 喜 は 江 戸 に 潜 か に 逃 れ 還 っ た 。 太 一 は 時 勢 を 察 し て 致 仕 徴 乞 う た が 許 さ れ ず 、 大 久 保 一 翁 の 奨 め に 従 っ て 目 付 役 に 就 任 、 江 戸 城 警 固 に 当 っ た 。 話 は 違 ふ が 樋 口 一 葉 の 父 為 之 助 も 同 心 と し て 同 城 警 備 役 に 就 い て ゐ た の で あ る 。 し か し 江 戸 開 城 に 決 し 、 慶 喜 は 上 野 に 謹 慎 、 更 に 江 戸 を 去 っ て 水 戸 に 赴 き 、 江 戸 城 が 征 討 総 督 に 占 め ら れ る に 及 ん で 城 内 警 備 役 は 消 滅 、 太 ] は 上 野 山 下 の 自 邸 に 戻 っ た 。 こ の 時 四 辺 が 騒 乱 の 巷 と な る を 恐 れ て 、 妻 己 巳 子 、 男 次 郎 一 を 千 住 在 竹 塚 の 梅 田 に 移 し 、 更 に 本 所 番 場 な る 別 邸 に 移 し た 。 花 圃 は こ の 年 (明 治 元 ) 十 二 月 二 十 三 日 に 本 所 で 生 れ て ゐ る 。 (同 三 年 池 の 端 に 還 る ) 太 一 の 本 邸 の 池 端 の 家 は 花 圃 の 記 憶 に よ れ ば 左 の 如 く 宏 大 な も の だ っ た ら し い 。 池 の 端 の 家 は 、 屋 敷 の な か を 忍 川 の 水 が 流 れ 、 橋 を 渡 る と 、 そ の 向 う が 一 面 の 田 圃 に な っ て ゐ る と い ふ 大 き な 家 だ っ た

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こ と を 覚 え て を り ま す 。 邸 内 の 長 屋 に 、 青 い 着 物 を き た 仲 間 や 馬 丁 が 家 族 つ れ で 住 ん で を り 、 玄 関 に は 五 人 位 家 来 の 者 が 詰 め て ゐ ま し た し 、 台 所 で は 四 人 位 の 女 中 が い つ も 働 い て を り ま し た 。 (神 崎 清 筆 記 ・ 私 の 歩 ん だ 道 1 現 代 婦 人 伝 -昭 一 五 ・ 五 中 央 公 論 社 ) 次 の 文 は 、 幕 臣 か ら 見 た 維 新 当 時 の 動 静 を 具 さ に 写 し た 注 目 す べ き も の で あ る 。 長 文 で は あ る が 、 ﹁ 夜 半 の 埋 火 ﹂ の 眼 目 と な ろ と こ ろ な の で 引 用 す る 。 か ・ る 程 に 前 将 軍 は 上 野 大 慈 院 に あ り て 、 謹 慎 待 罪 の 折 か ら 、 徳 川 家 本 宗 の 相 続 紀 州 家 に 譲 ら る べ し と 朝 廷 へ も 奏 上 あ り 、 天 下 に も 布 告 さ る べ き よ し 聞 ゆ る に 、 予 の 思 ふ や う に は 、 清 水 の 昭 武 公 子 こ そ 現 在 前 将 軍 の 令 弟 な り 、 殊 に 田 安 一 橋 清 水 の 三 家 は 、 幕 府 儲 嗣 な き 時 の 準 備 と し て 立 て お か れ た る あ れ ば 、 此 御 方 を す ゑ ま ゐ ら せ む 事 は 、 仏 蘭 西 留 学 の 折 、 彼 三 世 那 破 器 翁 が い た く 優 待 し た り し 公 な れ ば 、 我 邦 現 在 の 有 様 を 必 ず 坐 視 せ ん こ と あ る べ か ら ず 、 さ る 外 援 あ る を 聞 か む は 、 諸 藩 も な び き て 一 致 や せ む 、 さ て の ち は 大 勢 一 変 す べ き よ し も あ る べ し と て 、 私 に 会 計 総 裁 た る 成 島 大 隅 守 (柳 北 ) に 語 り し に 、 い た く 賛 成 し て 、 こ れ を 大 久 保 一 翁 に 建 言 せ し に 、 一 翁 も 強 ち に こ れ を 拒 み は あ へ ず 、 兎 に 角 、 自 か ら 前 将 軍 に 謁 し 、 思 召 を 伺 ふ べ し と あ り し か ば 、 直 ち に 上 野 に 赴 き ぬ 。 み ち す が ら の 人 の 足 と り も 、 今 日 は 何 と な く さ だ ま り て 、 さ だ ま り が た き 世 の さ ま を 、 あ ゆ み わ づ ら ふ さ ま な る に 、 日 影 か げ ろ ふ や よ ひ の は じ め 、 今 は 世 を 忍 が 岡 の 奥 深 き 大 慈 院 に 謹 慎 せ さ せ 給 ふ 御 上 を 、 い と 恐 れ 多 く お も ひ や り た て ま つ り 、 散 し く 一 重 、 盛 り の 八 重 、 山 の 桜 も よ そ な ら ぬ 。 目 の 前 の 栄 枯 盛 衰 を あ は れ と 見 つ ・ も 、 春 の 山 風 に 露 け き 袖 を 刀 の 柄 に お き て 恐 る く 彼 の 寺 に 伺 候 す れ ば 、 直 に こ れ へ と 近 侍 し て 導 か し め 給 ひ ぬ 。 先 は 物 み な こ と そ ぎ 給 へ る さ ま に 胸 つ づ れ な が ら 、 八 畳 計 り 敷 き た る 御 居 間 と 覚 し き に 這 ひ 入 れ ば 、 前 将 軍 は ひ た す ら に つ ・ し み 深 く 、 口 髭 、 月 代 も そ の ま ・ に 、 床 の 上 に け う そ く に よ ら

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せ ら れ 、 病 者 の 体 に ま し ま せ り 。 予 は 下 賎 の 出 身 に し て 、 こ れ ま で 謁 見 せ し こ と も 余 り 度 々 は な き 程 な れ ば 、 あ ふ き 奉 お も て ろ 面 も む け た が き 心 地 を は げ ま し 、 彼 の 儲 君 の 事 申 す 、 め 奉 り 、 而 し て 上 に は 局 外 に あ り て 、 世 の 形 勢 を 傍 観 あ ら せ ら れ ん に は 、 勢 の 趨 く 所 、 仏 蘭 西 に て も あ だ な ら ず 尽 力 す べ し 、 と 申 述 か け つ る に 、 将 軍 は 俄 に 色 を 正 さ せ 給 ひ 、 予 が 祖 宗 百 年 の 基 業 を 捨 て 、 大 政 を 返 上 し 、 今 ま た 一 時 の 行 違 ひ よ り 、 不 白 の 冤 を 蒙 る も 、 ひ た す ら 垢 を 含 み て 謹 ん で 罪 を 待 つ に 、 譜 代 の も の ど も の 、 歯 が ゆ き お も ひ あ る は 、 理 な り と は お も は ぬ に あ ら ね 共 、 い か に せ ん 、 邦 内 に 干 犬 を 動 か す こ と あ り て 、 ひ ま を う か が は れ 、 大 や し ま の 外 な る 国 々 よ り 噛 を い る ・ が ご と き こ と あ ら ん か 、 萬 世 そ ∼ ぐ べ か ら ざ る 国 辱 た ら ん 、 深 く 遠 く お も ひ は か ら ん の 末 に 、 か く 慎 し め る 身 の 、 我 よ り さ る べ き 端 を ひ ら か む な ど 思 ひ も よ ら ず 、 今 の 場 合 は 徳 川 一 家 の 敗 亡 に か ・ は る の み な る を 、 日 本 国 未 来 の 患 を 胎 す が ご と き こ そ 然 る べ か ら ね 、 さ る 不 心 得 の 徒 あ ら ん に は 、 わ が お も ふ 所 を も つ た へ よ か し 、 恭 順 の 外 は な き 時 世 ぞ 、 と す こ し く や つ れ 給 へ る 御 顔 を そ む け が ち な か ら 、 兼 て 辮 舌 よ き 君 の 事 な れ ば 、 こ と 爽 に 諭 さ せ 給 ふ に 、 か さ ね て は 、 い か で 申 述 ぶ べ き 言 葉 も な く 、 た だ 御 心 の 中 お し は か ら れ 、 お の が 浅 ま し き 考 へ も 悔 い ら れ つ ∼ 、 う ち 向 ひ 奉 ら ん も 面 ぶ せ に 、 鼻 し ろ み つ ・ 、 あ わ た 穿 し く 罷 り 出 ぬ 。 ま こ と よ 、 前 将 軍 は 、 い と も 賢 明 に お は し つ れ ば 、 世 を 見 給 ふ こ と の 敏 く し て 、 と に か く 恭 順 を 守 ら せ 給 ひ つ れ ど も 、 下 々 の 輩 は 、 か く ま で に は い か で 思 ひ い た る べ き 、 た Ψ 世 を 常 闇 の 心 地 し て 、 徳 川 の 天 下 、 徳 川 の 社 稜 と の み 思 ひ つ め 、 そ の 危 急 を 救 ひ 、 そ の 勢 力 を 復 せ ん と 、 脱 走 四 散 し て 、 事 を 挙 る も の 多 か る 中 に 、 作 州 藩 主 松 平 三 河 守 の 隠 居 確 堂 は 、 文 恭 公 の ︼ 子 に し て 、 慎 徳 公 の 弟 た り 、 徳 川 に あ り て は い と 近 し き 親 族 な れ ば 、 こ れ を 擁 し 、 恢 復 の 策 を 図 ら む と て 、 其 旧 臣 に て 、 今 は 幕 府 の 士 籍 に 列 り た る 箕 作 秋 坪 を も て こ れ に 説 か し め 事 を 挙 ぐ べ し と 、 古 賀 筑 後 守 (増 、 謹 堂 ) 西 吉 十 郎 ( 成 度 ) 等 の 陰 に 謀 る 所 あ ら ん 、 予 の 同 意 を 得 ん と 、 相 談 を 受 け し 事 あ り 。 人 々 の 見 る 所 、 一 わ た り は 尤 と お

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も ひ な が ら も 、 前 将 軍 の 親 し く 諭 し き け 給 ひ し は こ ・ に こ そ と 、 其 旨 を も て 人 々 に も さ と し ぬ る に 、 時 過 ぎ て 、 こ れ も 成 立 ず 成 り は て ぬ 。 其 他 さ ま く の 団 体 よ り 、 誘 勧 め も う け つ れ ど も 、 い つ も 面 諭 の 趣 を お も ひ 出 で 、 こ れ に 応 せ ず 、 親 し き 中 な れ ば い ひ さ と し も し た り き 。 か ・ る 中 に 早 く も 四 月 の 十 日 と な り ぬ 。 此 日 は 前 将 軍 は 水 戸 に 退 去 せ ら る べ き 日 取 な り 。 予 は 生 た る 心 地 も な く 、 ひ た す ら 胸 の み せ ま り 、 お 退 去 あ る べ き 日 こ そ 、 世 は た え ぬ べ き さ ま に お も ひ な し つ ・ 、 今 は 望 み な け れ ば 此 御 出 立 の 日 見 送 り を お は り な ば 、 身 の 暇 を 賜 は り た し と は 、 兼 て よ り 大 久 保 一 翁 ま で 聞 え お き た る 事 な が ら 、 其 前 夜 よ り 上 野 に 至 り 、 重 役 の 輩 と 共 に 、 涙 な が ら に 夜 を 明 か し 、 其 日 の 朝 、 御 駕 籠 に 召 さ せ ら れ 、 か へ り 見 が ち な る 東 の 空 を あ と に し て 、 つ き し た が へ る 者 も 多 か ら ず 、 御 見 立 申 上 る も の だ に 、 数 少 き 山 下 の 道 を 、 し づ し つ と ゆ ら れ ゆ ら れ て 、 お は し ま す 駕 籠 の 中 に は 、 な ほ 夢 心 地 に や お ぼ す ら ん と の び 上 り つ ・ 、 か き く ら す 朝 霞 の 立 お ほ ふ を 心 な し と 見 送 り 奉 る 心 の う ち も 、 ま た は れ や ら ぬ ほ ど な が ら 、 こ の 御 退 去 に つ 官 き て 、 江 戸 城 引 わ た し 、 又 海 陸 軍 を も 引 渡 す ぺ き な れ ば 、 海 軍 総 裁 矢 田 堀 讃 岐 守 は 、 姻 戚 の 間 な り 、 且 は 年 来 の 友 な れ ば 、 今 し ば し 目 付 の 役 を 其 ま ∼ に 此 引 渡 し に 立 合 ひ て よ と 請 は る ・ に 、 も だ し が た く 、 こ の 場 に て 辞 職 す べ き 心 積 な り し を 、 ま た 思 ひ か へ て 、 さ ら ば そ の 事 は て ・ 後 、 と 山 下 な る わ が 家 へ 、 一 ト 先 立 帰 り た る に 、 軍 事 総 裁 安 房 守 (安 芳 ) も 、 矢 田 堀 と 共 に 来 り て 、 こ こ に 朝 飯 を 食 し な が ら 、 勝 は 人 の 気 を 覗 ふ ご と き 目 に 、 予 を ぬ す み 見 て 、 人 の 噂 に よ れ ば 、 榎 本 は ど う か 他 に 考 へ も あ る や う な れ ど 、 兼 て 別 懇 (註 -太 一 の 妻 己 己 子 の 兄 は 幕 府 海 軍 奉 行 荒 井 郁 之 助 で あ る ) の 間 な れ ば 、 足 下 の 知 り て お は さ ぬ 事 は あ ら じ 、 と 且 責 め 且 問 は る れ ど 、 も と よ り 事 実 は よ く も し ら ず 、 こ と に は 前 将 軍 の 諭 旨 を 体 し 、 人 の 心 を な だ め る お の れ な れ ば 、 よ し 親 し き 中 な り と て 、 か た ら ひ ぬ べ く は あ ら ず 、 さ り な が ら 引 渡 し を 肯 ん ぜ ず し て あ ら が は ん と は 思 ひ も か け ず と い へ ば 、 勝 は さ あ ら ば 心

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安 し と は い へ ど 、 な ほ お ち ゐ が た き も 風 情 も 見 え つ 、 い ざ や 時 お く れ ぬ ほ ど に と も に 行 ん と て 築 地 海 軍 所 に 赴 き ぬ 。 こ Σ に は 肥 田 浜 五 郎 、 塚 本 恒 輔 、 伴 鉄 太 郎 、 其 外 海 軍 の 将 校 等 つ ど ひ 来 り ゐ て 、 兼 て 引 渡 し の 為 調 べ た る 書 類 な ど 取 ま と め 居 た る も 、 肝 腎 の 副 総 裁 た る 榎 本 和 泉 守 は 影 だ に 見 え ず 、 い か に せ し や と 尋 ぬ れ ど も 、 た れ も や う す 知 り た る も の も な く 、 た 撃 お ぼ つ か な く 待 わ た る 。 此 日 は 風 吹 き 浪 荒 れ て 、 陸 上 は 一 面 に 砂 姻 を あ げ 、 海 面 は も や 立 こ も り て 腿 尺 を も 弁 ぜ ず 、 沖 に 船 繋 り せ し 軍 艦 の 姿 は 見 え わ か ず 、 殊 に 此 シ ケ に て は 、 ボ ー ト を 出 さ ん に も い か Ψ と か た ら ふ ほ ど に 、 矢 矧 某 と い へ る 士 官 、 身 の 内 か ひ く し く と り な し て 馳 来 り 、 そ こ に あ る 人 に は 目 も か け ず 、 直 に 水 夫 部 屋 に 赴 き 、 ボ ー ト を 出 せ と 呼 は り つ ・ 、 目 先 も 見 え ぬ 大 浪 の 上 を 、 か ひ あ や つ り て 立 出 ん と す る 、 あ と よ り 引 つ Ψ き た る 少 壮 の 士 官 達 、 我 お く れ じ と ひ し め き て 、 沖 の 方 へ と こ ぎ 出 し ぬ 。 さ て は 何 事 か し め し 合 せ て 事 あ る な れ 、 と い ふ ほ ど に 、 榎 本 は 海 軍 引 渡 し の 事 を 拒 み て 、 今 は あ ら ゆ る 軍 艦 を 率 ひ て 何 地 へ か 落 行 き 、 品 川 の 沖 に は 一 艘 も 見 え ず と 注 進 も あ り し か ば 、 勝 は ヂ レ に ヂ レ て 有 あ ふ 手 槍 の 鞘 を は ら ひ 、 何 と い ふ 目 的 も な く 柱 を つ き 立 て な ど し て 、 物 ぐ る は し う 気 を い ら ち た り 。 榎 本 等 の 所 業 、 理 非 の 論 は さ て 置 き 、 雄 々 し き 武 士 の 志 な り し と は 、 あ り あ ふ 人 々 も さ す が に 心 ゆ き 思 ひ な か ら も 、 目 前 に さ し せ ま れ る 引 渡 し は い か に す べ き 、 実 物 な く て は お さ ま る ま じ 、 か く の ご と き 風 浪 こ そ 幸 な れ 、 沖 の 軍 艦 の 方 に は 、 と て も 行 き か た き さ ま な る は 、 誰 し も 見 る ご と く な れ ば 、 今 日 の 所 は こ れ を 口 実 と し て 、 先 づ 調 整 を し 、 船 目 録 将 佐 士 官 水 夫 名 簿 、 据 付 の 兵 器 、 員 数 書 な ど の み を 引 渡 し て 、 眼 前 の 処 を す ま し 、 又 其 後 の 事 は い か に と も な り の ま ・ に 任 せ な む 、 一 寸 の び れ ば と い ふ 諺 も あ れ ば 、 と 大 原 主 賢 の 官 軍 総 督 と し て 品 川 東 海 寺 に あ る 許 に 、 矢 田 堀 も ろ と も に 赴 き ぬ 。 暫 く 待 つ べ し 、 こ な た へ と 導 か れ た る は 、 東 海 寺 本 堂 の 脇 手 、 地 上 に 荒 莚 を 敷 た る 所 な り 。 暦 は 四 月 に 入 た れ ど も 、 こ と し は 閏 あ り て ま だ 寒 さ の 退 か ざ る に 、 大 風 吹 き あ れ て さ え さ ゆ る 御 殿 山 颪 、 麻 上 下 の 袖 挟 に 泌 と ほ り 、 地 気 の

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莚 を と ほ し て し ん く と 足 腰 冷 ゆ る も 、 心 の 中 に は 、 い か で か ・ る 事 に お も ひ 及 ぶ べ き 、 も し も 風 や み 空 晴 れ て 、 品 川 沖 の な ぎ な ん に は 、 一 葉 う か べ し い さ り 船 だ に か げ な く し て 、 見 わ た し ひ ろ き 海 原 の い つ く に 軍 艦 あ る ぞ 、 い ざ も ろ と も に 行 か む と い ざ な は れ な ば 、 い ひ と き ぬ べ き 言 葉 も な み 、 こ ・ に 果 な ん 身 の 契 り な る べ し 、 と 矢 田 堀 と 目 を 見 合 せ つ ・ 待 つ ほ ど い と 長 し 。 午 飯 過 し て の ち 、 乗 切 て 築 地 よ り こ こ に 来 つ る も 、 い ま だ に 取 次 ぐ べ き 人 も 出 で 来 ず 、 や 、 か た む け る 日 影 を 心 細 げ に あ ふ ぎ な が ら 、 た ㌢ 風 い や た け く 吹 け よ か し と 心 に い の る の み 。 と に も か く に も 、 今 と な り 遁 れ ん 術 は あ ら じ か し 、 腰 に さ し は さ め る 両 刀 に 、 文 弱 の 身 な り と も 、 腹 切 る す べ は 心 得 た り 、 た Ψ き た な び れ ず あ ら む 、 と 両 人 と も 口 に こ そ い は ね 、 互 に 心 に こ た へ つ ・ 、 端 坐 し て 待 つ ほ ど に 、 う す く ら き 燭 は 持 運 ば れ た れ ど 、 そ よ や と 人 の 出 で く べ き 衣 の 音 な ど も な し 。 こ は 軍 艦 の 有 無 を 見 と ど け ん 為 、 人 な ど や り て 、 そ の 帰 ら む を 待 つ な る べ し 、 弥 我 身 の 上 な り と 息 を つ め て 待 ち に ま つ ほ ど に 、 い つ し か 四 つ 時 は 過 ぎ 午 后 十 時 と な り し 頃 、 シ イ と い ふ 声 あ る 方 を 見 あ ぐ れ ば 、 今 ぞ 軍 営 の 御 逢 あ る べ し と て 、 菊 の 御 紋 の 幕 し ぼ り あ げ て 縁 の 上 に あ ら は れ し は 、 浜 口 と か 浜 田 と か い へ る 佐 賀 藩 の 参 謀 な り 。 こ な た は こ ・ ぞ と 気 は 上 づ り た り 。 か な た は 国 か ら ポ ッ ト 出 の ク ヤ ! \ 言 葉 、 さ な が ら こ と さ え ぐ か ら 人 の さ え づ り 、 う る ま の 島 の し ま 人 の こ と ∼ ふ 声 に 似 た る の み 。 彼 方 の い ふ こ と わ き か ぬ れ ば 、 こ な た ば か け 引 あ る 応 対 な り 。 何 と 答 へ て 然 る べ き や 、 と あ き れ た る は 此 方 の み な ら ず 、 彼 方 も そ れ と 見 て 、 呼 よ せ し は 、 奥 青 助 と い ふ 藩 士 な り 。 こ の 人 は 江 戸 に 居 た り し 事 の あ る に や 、 や ・ 辞 の 筋 な ど 分 り 、 と ひ つ 答 へ つ す る 程 に 、 島 団 右 衛 門 と い ふ 人 出 で 来 り ぬ 。 こ は 曽 て 矢 田 堀 の 塾 に 在 り 、 海 軍 の 術 を 学 び し 人 な り け れ ば 、 互 に 心 も と け 合 ひ て 、 風 浪 の 為 に 実 地 の 引 渡 し は 出 来 兼 ぬ れ ど も 、 期 日 の 事 な れ ば 先 づ 不 取 敢 目 録 に て 御 引 渡 し 申 す べ し と の 意 味 も と よ り 理 解 せ ら れ 、 猶 此 方 よ り 沙 汰 あ る を 待 つ べ し と て か へ る こ と を ゆ る さ れ ぬ 。 全 く 官 軍 の 方 に て は 、 軍 艦 の 脱 走 せ し を し ら ぬ さ ま な る に 、 は

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じ め て 心 落 居 て 、 こ こ を 立 出 れ ば 、 昨 日 の 風 は 吹 や み て 、 日 影 ほ の く と さ し 出 る 頃 な り け り 。 直 に 大 久 保 ↓ 翁 の 家 (今 三 番 町 井 伊 邸 の 前 ) に 行 き て 、 あ り し こ と ど も 報 告 し 、 引 渡 の 手 数 丈 け は 、 か た の ご と く す ま し た る 旨 を も 復 命 し つ 。 こ 、 に 予 は 憐 な る 暇 乞 の 願 書 を さ し 出 し て 、 致 仕 の 申 次 ぎ を 頼 み 、 先 づ 事 終 れ り と 思 ふ と 全 時 に 、 俄 に 空 腹 を お ほ え そ め ぬ 。 ま こ と 昨 日 の 午 飯 を 海 軍 所 に て 食 し て 後 、 夜 一 夜 、 茶 一 杯 も 飲 ま ず 、 煙 草 一 服 く ゆ ら さ ず 、 気 を も み 心 を 労 せ し な れ ば 、 空 腹 も 一 し ほ な り 。 取 あ へ ず 矢 田 堀 と 共 に 、 糀 町 の 鰻 店 丹 波 や へ か け つ け 朝 食 を 食 し ぬ 。 今 も あ る か の 四 丁 目 の 丹 波 屋 、 黄 表 紙 の お 俊 伝 兵 衛 の 内 に も し る さ れ る 老 舗 に て 、 麹 町 の 名 物 な れ ど も 、 か く ま で う ま し と 食 せ し 人 は あ ら ざ ら む と て 、 舌 つ 望 み う ち つ つ 呵 々 と 笑 ひ 給 ふ 、 こ の 物 語 り の か な し さ 。 お そ ろ し さ 。 胸 と き め き て う ち き ・ つ 、 、 つ ひ に ホ と た め 息 と 共 に 筆 な げ す て 、 さ こ そ お い し く お は し け め と て 、 は じ め て こ こ に 腹 を よ り て わ ら ひ つ 。 ﹁ 夜 半 の 埋 火 ﹂ は 更 に 続 い て 、 こ の 軍 艦 引 渡 書 類 の 提 出 が 終 っ た 翌 日 は 、 天 候 晴 れ て 榎 本 等 の 脱 走 が 判 明 し た が 、 官 軍 は 強 ひ て 之 を 追 は ず 、 徳 川 を 懐 ふ 忠 節 を 賞 で て 、 も し 帰 順 せ ば 艦 隊 の 半 分 は 徳 川 に 与 へ る 意 糟 あ り と い ふ 風 説 を 傳 へ て ゐ る 。 又 池 の 端 の 邸 に 突 然 錦 き れ の 官 兵 が 二 人 訪 れ た 時 家 人 が 震 へ 上 っ て 、 彼 等 に 茶 を 出 す 際 震 へ が と ま ら ず 、 官 兵 の 前 に 茶 碗 を お い た 時 は 、 一 滴 の 茶 も 残 っ て ゐ な か っ た と い ふ 笑 話 を 傳 へ 、 い か に 江 戸 人 が 錦 き れ を 恐 れ て ゐ た か を 彷 彿 さ せ る 記 述 が あ る 。 択 太 一 は 使 命 を 果 す と 直 ち に 辞 職 し た が 、 上 野 界 隈 は 彰 義 陳 の 横 行 で 騒 然 と し て ゐ る の で 、 妻 子 を 千 住 在 に 移 し 、 自 身 は 池 の 端 と 本 所 番 場 の 別 邸 を 往 復 し て 、 時 の 経 過 を 傍 観 す る 、 と い ふ 所 で 、 こ の ﹁ 夜 半 の 埋 火 ﹂ は 中 断 し て ゐ る 。 太 一 即 ち 蓮 舟 は 大 正 四 年 に 残 し て ゐ る か ら 、 恐 ら く こ の 口 述 は 明 治 末 年 か 大 正 初 年 、 寄 寓 す る 三 宅 雪 嶺 宅 に 於 て 成 さ れ た も の で あ ら う 。 口 述 と は い へ 、 文 飾 は 花 圃 に よ っ て 成 さ れ て ゐ る 。 元 来 花 圃 に は 聞 書 で 優 れ た も の が 多 く 、 ﹁ そ の 日 そ の 日 ﹂ に 於 け る 師 中 島 歌 子 の 描 写 や ﹁ 野 村 望 東 尼 傳 ﹂ ( ﹁ も と の し つ メ 一 ) に 於 け る 傳 記 的 描 写 に そ の 才 筆 が 窺 は れ る 。

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こ の聞 書 が完 成 さ れ たら 、 数 奇 な 徳 川 士 人 の 一 生 が彷 彿 さ れ た で あ らう が、 三宅 家 には 残 闘 と し て 残 っ て ゐ る だ け で あ る 。 恐 ら く こ の 続 き は執 筆 さ れ な いで中 絶 し たも のであ ら う 。 以上 花 圃 資 料 によ る 太 一 傳 を 説 明 し た が 、 そ の 後 の太 ﹁ の 社 会 的 活 動 は 周 知 の通 り で あ る。 世 嗣 家 達 が駿 河 七 十 万 石 に 移 封 さ れ た時 、 之 に従 って移 住 し 沼 津兵 学 校 で 教 官 と な っ た が 、 版 籍 奉 還 で帰 京 し た 。 こ の 年 ( 二 年) 外 務 少 丞 と なり 傍 ら 太 政 官 日誌 編 輯 に 当 っ た が 、 四年 十 月書 記 官 と し て岩 倉 大使 に 随 行 し て 欧 米諸 国 を廻 っ た 。 七年 外務 大 丞、 十 月 清 国 辮 理 大 臣 大 久 保 利道 、 同 全権 公 使 柳 原 前 光 と共 に清 国 に使 し て 台 湾 事件 解決 の 衝 に当 って功 を 立 て た 。 八年 十 月 より 九年 一 月 に か け て小 笠原 諸 島 に派 遣 さ れ 島 状 を審 さ に報 告 し 開 墾 の必 要 を上 申 し た。 外 務 省 四等 出 仕 時代 で あ る。 明治 十 年 大書 記 官 、続 い て 元老 院議 官 、 二十 三年 以 降 は貴 族 院 議 員 、 後 に 退 いて錦 鶏 間 砥 候 とな ったが 、 晩 年 は 維新 資 料 編 纂 委 員 に挙 げ ら れ 、 大 正 四年 九月 十 六 日硬 し た。 著 書 と し て は前 記 の 詩 文 集 以 外 に ﹁ 蘂 外 交 談 ﹂ が あ 発

四肘

﹃難

縮韓

法 制 を議 定 す る処 であ る が 、 実 際 は 政 治権 力 と は関 係 な く 、 一 種 の栄 誉 職 にす ぎ な い。 主 と し て薩 長 藩 閥外 の 者 で功 労 あ る者 を 奉 り 置 く 隠 居 職 の や う な も のであ る 。 太 一 が蓮 舟 と し て風 流 に耽 り 詩 文 を 弄 ん だ のは こ の 頃 であ る 。 花 圃 に よ れ ば 、 父 は新 政 府 に出 仕 し た と は い へ、薩 長 の 横 暴 を 、 心 中 では 快 か ら

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ず 思 っ て ゐ た 様 子 で ご ざ い ま し た 。 あ る と き 、 西 郷 従 道 さ ん や 黒 田 清 隆 さ ん に 招 か れ て 、 屋 形 船 を 繰 り だ し て 、 大 川 で 舟 遊 び を し て を り ま す う ち に ﹁ 二 人 の 脛 の 毛 を シ ガ ー の 火 で み ん な 焼 い て し ま っ た ﹂ と 、 帰 っ て か ら の 話 に 申 し て を り ま し た 。 ( ﹁ 私 の 歩 ん だ 道 ﹂ 前 掲 ) つ ま り 徳 川 者 の す ね た 気 持 が 、 旧 幕 臣 に は 多 か れ 少 か れ あ っ た ら し い 。 成 島 柳 北 は そ の 好 典 型 で あ る 。 江 戸 気 質 が 薩 長 と い は ず 地 方 出 身 者 の 趣 味 と 根 本 的 に 相 容 れ な か っ た か ら で あ ら う 。 こ の 頃 の 東 京 に は 未 だ 江 戸 前 と い ふ 言 葉 が 回 顧 的 な 意 味 を 呈 め て 残 存 し て ゐ た の で あ る 。 再 び 花 圃 の 言 を ひ く と 、 そ れ ま で の 父 は 、 ず ゐ 分 謹 直 な 人 の や う に 聞 い て を り ま し た が 、 徳 川 の 瓦 解 後 は す っ か り く だ け ま し て 、 心 中 欝 憤 を 晴 ら す た め で せ う が 、 さ か ん に 花 柳 の 巷 に 出 入 し ま し て 、 私 が 物 心 つ き ま し た 頃 は 、 ほ と ん ど 家 に ゐ た こ と が ご ざ い ま せ ん で し た 。 そ れ も 、 塀 も な い 遊 び で 、 ﹁ 金 の 出 て 行 く う し ろ 姿 が よ い ﹂ な ど と 申 し ま し て 、 お 金 を 湯 水 の や う に 使 っ て よ ろ こ ん だ の で ご ざ い ま す 。 ( 前 掲 書 ) 明 治 九 年 に は 彼 は 池 の 端 の 家 を 売 却 し て 麹 町 一 番 町 に 移 っ た 。 英 国 大 使 館 の 近 傍 で 千 坪 余 り あ る 旗 本 屋 敷 で 、 天 井 が 神 代 杉 の 一 枚 板 、 緑 側 は 黒 柿 と 桜 の 材 を 用 ひ た 評 判 の 数 寄 屋 造 り で あ っ た と い ふ 。 蓮 舟 が 麹 町 の 御 前 と し て 栄 華 を 極 め た の は こ の 頃 で あ っ た 。 市 川 團 十 郎 、 尾 上 菊 五 郎 、 三 遊 亭 円 朝 の 如 き 役 者 、 芸 人 や 、 花 街 の 女 等 が 常 に 出 入 し て 、 そ の 生 活 は 極 め て 派 手 で あ っ た ら し い 。 花 圃 の 記 憶 に よ れ ば 、 幼 い 私 の 家 の 状 は 、 芸 人 を し げ く し て ゐ た や う に 思 ふ 。 (中 略 ) 外 妾 な ど と い ふ 今 お も ふ と 実 に 情 け な い 者 も ゐ た 。 其 中 で 、 温 順 な 質 素 な ま じ め な 母 上 は 何 時 も く も か は ら ず 針 箱 の 前 へ ち ゃ ん と 坐 し て 居 ら れ た 。 冷 静 な 態 度 で 辛 棒 を け つ 払 て を ら れ る 母 上 ば ど こ ま で も 消 極 的 に 家 を 守 っ て 居 ら れ る 。 父 上 は 私 と 兄 上 と た っ た 二 人 の 子 の 事 も 忘 れ て お 仕

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舞 に な っ た と も お も は れ る 程 、 他 人 の 為 に 欺 か れ た り 、 利 用 さ れ た り 、 遂 に は 莫 大 の 借 財 も な さ れ た 。 世 に め づ ら し い 才 気 を 持 っ て 生 れ た 兄 上 ( 註 ・ 次 郎 一 ) ば 満 二 十 歳 を 一 期 と し て 英 国 に 死 去 せ ら れ て 後 ち 、 い よ い よ 家 の 様 は 難 か し く な っ て き た 。 其 中 を 母 上 を 静 寂 に 家 政 を 処 理 し て 、 と に か く に 今 日 ま で 荒 ぶ る 波 風 を 凌 い で こ ら れ た の で あ っ た 。 ( ﹁ そ の 日 そ の 日 ﹂ ) と あ り 、 母 己 巳 子 を 中 心 に 書 い た も の で は あ る が 、 と に か く 蓮 舟 の 豪 遊 振 り が 窺 は れ る 。 勝 海 舟 は 別 と し て も 、 当 時 の 旧 幕 臣 で 憤 慰 の 余 り 身 を 持 崩 し た 例 は 勘 く な い 。 夜 雨 洗 憺 端 。 無 復 咋 雪 封 。 小 園 回 微 暖 。 己 見 梅 蕾 籟 。 憶 起 去 年 夢 。 美 人 林 下 逢 。 翻 裾 翠 羽 舞 。 憐 渠 好 ヰ 容 。 相 暗 莫 相 疑 。 遺 有 形 管 形 。 人 生 如 寄 耳 。 難 尋 鴻 爪 躍 。 独 傾 酒 一 盃 。 澆 此 嘉 塊 胸 。 丙 戌 二 月 即 ち 十 九 年 の 作 で あ る が 、 恐 ら く 自 邸 に 於 け る 旧 遊 哀 歓 を 詠 ん だ も の で あ ら う 。 大 沼 枕 山 は 之 を 評 し て 、 詩 経 、 東 坂 の 句 か ら 引 い て 典 雅 貴 ぶ 可 し 、 と あ る が 、 一 見 風 流 の 感 懐 に 似 て 、 旧 幕 臣 の 持 つ 欝 屈 の 情 を も ら し た も の で あ ら う 。 だ か ら 同 気 相 求 む る の 士 成 島 柳 北 を 追 福 し て 左 の 句 を 作 っ た 。 侠 骨 豪 懐 冠 一 時 。 江 湖 人 骸 此 才 奇 。 身 経 離 乱 化 虫 冑 。 天 遣 文 章 留 豹 皮 。 鴎 渡 空 余 浮 白 地 。 柳 橋 伍 唱 岡 紅 詞 。 風 流 未 歌 典 型 在 。 定 有 英 霊 泉 下 知 。 蓮 舟 の 詩 に は 柳 北 の 奇 警 な く 詰 諺 な く 、 当 代 の 漢 詩 人 と し て 第 一 等 と は い へ な い が 、 春 石 を し て 評 せ し め れ ば 、 ﹁ 使 筆 如 舌 ﹂ と あ り 、 意 を 尽 し て 余 さ ず 、 と い っ て 風 韻 に 欠 け る こ と な く 温 雅 流 麗 の 句 が 多 い 。 従 っ て 舌 端 火 を 吐 く 慷 慨 の 調 は な く 所 謂 名 家 流 の 端 正 に 尽 き る 。 晩 年 に 至 っ て 酒 脱 の 気 が 現 れ て 来 た 。 世 人 元 老 院 議 官 田 辺 太 一 を 謂 ひ 、 漢 詩 人 蓮 舟 に つ い て 其 功 を 挙 げ な い の は 失 当 で あ る 。

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迎 舟 の 一 番 町 の 寡 は 間 も な く 借 金 の 抵 当 に な っ て 他 手 に 謎 り 、 一 時 元 園 町 の 小 屋 に 巡 塞 し た こ と が あ る 。 そ の 時 は 山 本 と い ふ 元 家 湘 の 表 札 を 掲 げ て 暮 し た と い ふ 。 晩 年 は 蛮 花 刷 の 嫁 ざ 先 な る 三 宅 暴 に 住 み 、 金 婚 式 を 無 事 に 済 せ て 大 正 四 年 九 月 十 穴 口 、 八 十 五 歳 の 一 生 を 終 へ た .

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