斉藤 忠・岩田豊太郎・林 由季子
発見して自生を知る場合が多い.開花期には,落葉や腐植層 と同系色の小さな花は見つけ難く,今回の調査でも目印をつ けても容易に蕾や花を見つけられないことを実感した.目立 たない茎頂の蕾に気づくことができたのは,礫混じりで,腐 植層の薄いところから蕾が出ていたことによる. 本種は多年性草本で栄養分を菌類に依存する植物で,塊茎 に栄養分を蓄えられなければ消滅することもあろう.蒴果を 数多くつけた個体は,翌年には地上部に現れないこともある. 一方,報告した自生地は特殊な環境下にあるとは考えられず, 実際に自生地B,C の丘陵地一帯では周辺にも自生を確認し た.いずれも3 箇所に比べて十分な生育環境ではなく,個体 数も少なく点在している状態である.このことからも,本種 は微細な種子を散布することから菌従属栄養植物としての生 育条件が整えば,他所でも発生する可能性があると考えられ る.自生する地域は秩父盆地に限らない.埼玉県平野部に分 布していても不思議ではない.花期後に伸長した蒴果に注目 して調査することで,本種の分布をさらに明らかにすること ができると考えられる. 謝 辞 本報告にあたっては,ご助言をいただいた埼玉県立自然の 博物館学芸員・須田大樹氏,文献及び情報提供をいただいた 群馬県在住の植物研究家・松井雅之氏に,この場を借りて厚 く御礼申し上げる. 文 献 福永裕一・川又明徳,2007.愛媛県新産クロヤツシロランに ついて.愛媛県総合科学博物館研究報告,12:23-24. 福永裕一・澤進一郎・澤完,2008.四国におけるハルザキヤ ツシロラン,アキザキヤツシロラン,及びクロヤツシロ ランの分布.分類,8:141-147. 石川県環境部自然保護課(編),2010.改訂・石川県の絶滅の おそれのある野生生物 いしかわレッドデータブック〈植 物編〉2010.Online.https://www. pref.ishikawa.lg.jp/sizen/red data/rdb_2010/index.html.2019 年9 月21 日最終確認. 伊藤 洋,1998.埼玉県植物誌 1998 年版.833p.,埼玉県教 育委員会,浦和. 気 象 庁 ホ ー ム ペ ー ジ . 過 去 の 気 象 デ ー タ 検 索 , https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php.2019 年 9 月21 日最終確認. 根本秀一・末次健司・堀江 満・伊賀和子・黒沢高秀,2017. 東北地方新産のクロヤツシロラン(ラン科).日本植物分 類学会,17(1):67-70. 埼玉県環境部自然環境課,2012.埼玉県の希少野生生物 埼玉 県レッドデータブック 2011 植物編.433p.,埼玉県環境 部,さいたま. 澤 完,1980.高知県中部のラン科植物.高知大学学術研究 報告 自然科学,29:59-71. 末次健司・山下大明,2018.クロヤツシロラン(ラン科)を 屋久島に記録する.植物地理・分類研究,66(1):43-46. 栃木県林務部・栃木県立博物館(編),2005.レッドデータブ ックとちぎ―栃木県の保護上注目すべき地形・地質・野生 動植物―.335.898p.,栃木県林務部,宇都宮. 遊川知久,2015a.日本のランハンドブック 1 低地・低山編. 75.135p.,文一総合出版,東京. 遊川知久,2015b.ラン科.In 大橋広好・門田裕一・邑田仁・ 米倉浩司・木原浩(編),改訂新版 日本の野生植物 1 ソ テツ科~カヤツリグサ科.pp. 178-231.平凡社,東京.A new locality of Gastrodia pubilabiata Y.Sawa (Orchidaceae)
from Chichibu city, Saitama Prefecture, Japan
Tadashi SAITO
1),Toyotaro IWATA
2)and Yukiko HAYASHI
3)1) Shimokagemori 1131-13, Chichibu, Saitama, 369-1871 JAPAN 2) Nakamura-machi 4-11-4, Chichibu, Saitama, 368-0051 JAPAN
3) Saitama Museum of Natural History, Nagatoro 1417-1, Nagatoro, Saitama, 369-1305 JAPAN
Keywords:
New locality,Northern distribution limit埼玉県立自然の博物館研究報告(Bull. Saitama Mus. Nat. Hist. [N. S.]) No. 14,33-36. March 2020
短 報
埼玉県におけるコマルケシゲンゴロウの初記録
岩田朋文
1)・渡部晃平
2)・岩田泰幸
3, 4) 1) 富山市科学博物館 〒939-8084 富山県富山市西中野町一丁目8-31 2) 石川県ふれあい昆虫館 〒920-2113 石川県白山市八幡町戌3 番地 3) 公益財団法人 文化財虫菌害研究所 〒160-0022 東京都新宿区新宿2-1-8 4) 埼玉県立自然の博物館(外部研究者)〒369-1305 埼玉県長瀞町長瀞1417-1 キーワード:湿地,絶滅危惧種,レッドデータブック はじめに 埼玉県におけるマルケシゲンゴロウ属Hydrovatus に関する 報告は,これまでに1 種1 例についてのみである.亀澤(2011) がマルケシゲンゴロウHydrovatus subtilis Sharp, 1882(以下,「マ ルケシ」と略記)として報告し,亀澤・渡部(2018)により サメハダマルケシゲンゴロウH. stridulus Biström, 1997(以下, 「サメハダ」と略記)に訂正されたものである.第一著者は, 埼玉県未記録のコマルケシゲンゴロウ H. acuminatus Motschulsky, 1859(以下,「コマル」と略記)を寄居町におい て採集したので,同県における本属2 種目の記録として報告 する. 採集記録 4exs. (2♂含む),埼玉県大里郡寄居町桜沢,17. IX. 2011,岩 田朋文採集,1♂は埼玉県立自然の博物館蔵(SMNH-In25547), 3exs.は岩田朋文保管(図1,2). 生息環境と採集状況 今回の採集地点は丘陵地帯の谷地にある湿地化した面積約 5500 m2の休耕田で,日当たりは良く,単子葉植物が繁茂して いた(図3).採集した個体は,水深が1 cm 前後のきわめて浅 い部分を泥ごとタモ網で掬いあげ,それらを白いバット内で 丹念に観察することで得られた.得られた個体はすべて外骨 格が柔らかい状態であったことから新成虫と判断した. 種同定について 本州から記録があり,体長と形態が酷似しているマルケシ ゲンゴロウ属には,マルケシ,サメハダ,コマルの3 種が知 られているが(Biström & Watanabe, 2017),今回はオス交尾器 中央片先端部が扇状となること(森・北山,2002;渡部,2016) (図2A),上翅背面の網状印刻が弱く,光沢が強いこと(森・ 図1.埼玉県産コマルケシゲンゴロウ全形(スケールバーは1.0 mm). 図2.埼玉県産コマルケシゲンゴロウ拡大(スケールバーは0.1 mm). A,陰茎先端;B,上翅の網状印刻. 33-岩田朋文・渡部晃平・岩田泰幸
北山,2002)(図2B)を観察し,コマルであると判断した. 考 察 今回の記録個体が採集されたのは,水深が浅く,植物が繁 茂する県内でも平野や丘陵地でみられる環境である.また, 埼玉県周辺においては,東京(上田,2014),神奈川(例えば, 佐野ほか,2018),千葉(例えば,中村,2017),茨城(柳田, 2007),長野(森・北山,2002)の各都県で本種は確認されて おり,千葉のライトトラップでの採集例(中村,2017)と長 野の詳細不明な記録(森・北山,2002)を除くと,東京では 水田(上田,2014),神奈川ではビオトープ(佐野ほか,2018), 茨城では湿地化した人工調整池(柳田,2007)にて得られて いる.記録地点数は多くないものの,関東甲信地方における 分布傾向に偏りは無く,また,水中から得られた前述の3 記 録と今回の記録をふまえると,水深が浅く,植物が繁茂する 湿地があれば,今後,県内全域において本種が発見される可 能性がある. 一方で本種は,他の多くの水生昆虫と同様,生息地が減少 傾向にあるとされ(北野,2015),最新の環境省版レッドリス ト(環境省,2019)では準絶滅危惧に選定されていることか ら,本県においても生息状況の把握が急務といえる. さらに,埼玉県春日部市からは形態が酷似する近似種のサ メハダが江戸川河川敷の灯火の下で夜間に発見されている (亀澤,2011;亀澤・渡部,2018).コマルとサメハダは,南 西諸島(西表島)では同所での生息が確認されているほか(稲 畑,2016),本州(例えば石川県)においても,同所ではない ものの同一県下で生息が確認されている(渡部,2016).埼玉 県内でも両種の生息域は重なる可能性が考えられることから, 本属の同定には森・北山(2002),稲畑(2016),及び渡部(2016) などで言及されている形質を顕微鏡等で拡大して観察し,慎 重に判断する必要がある. 謝 辞 本稿を記すにあたり,各県のコマルの記録状況について御 教示いただいた疋田直之(水戸市),亀澤 洋(川越市),茶 珍 護(ぐんま昆虫の森),惣名 実(射水市)の諸氏に御礼 申し上げる. 図3.コマルケシゲンゴロウを採集した環境(2011 年9 月17 日岩田朋文撮影). - 34 - 35-岩田朋文・渡部晃平・岩田泰幸
北山,2002)(図2B)を観察し,コマルであると判断した. 考 察 今回の記録個体が採集されたのは,水深が浅く,植物が繁 茂する県内でも平野や丘陵地でみられる環境である.また, 埼玉県周辺においては,東京(上田,2014),神奈川(例えば, 佐野ほか,2018),千葉(例えば,中村,2017),茨城(柳田, 2007),長野(森・北山,2002)の各都県で本種は確認されて おり,千葉のライトトラップでの採集例(中村,2017)と長 野の詳細不明な記録(森・北山,2002)を除くと,東京では 水田(上田,2014),神奈川ではビオトープ(佐野ほか,2018), 茨城では湿地化した人工調整池(柳田,2007)にて得られて いる.記録地点数は多くないものの,関東甲信地方における 分布傾向に偏りは無く,また,水中から得られた前述の3 記 録と今回の記録をふまえると,水深が浅く,植物が繁茂する 湿地があれば,今後,県内全域において本種が発見される可 能性がある. 一方で本種は,他の多くの水生昆虫と同様,生息地が減少 傾向にあるとされ(北野,2015),最新の環境省版レッドリス ト(環境省,2019)では準絶滅危惧に選定されていることか ら,本県においても生息状況の把握が急務といえる. さらに,埼玉県春日部市からは形態が酷似する近似種のサ メハダが江戸川河川敷の灯火の下で夜間に発見されている (亀澤,2011;亀澤・渡部,2018).コマルとサメハダは,南 西諸島(西表島)では同所での生息が確認されているほか(稲 畑,2016),本州(例えば石川県)においても,同所ではない ものの同一県下で生息が確認されている(渡部,2016).埼玉 県内でも両種の生息域は重なる可能性が考えられることから, 本属の同定には森・北山(2002),稲畑(2016),及び渡部(2016) などで言及されている形質を顕微鏡等で拡大して観察し,慎 重に判断する必要がある. 謝 辞 本稿を記すにあたり,各県のコマルの記録状況について御 教示いただいた疋田直之(水戸市),亀澤 洋(川越市),茶 珍 護(ぐんま昆虫の森),惣名 実(射水市)の諸氏に御礼 申し上げる. 図3.コマルケシゲンゴロウを採集した環境(2011 年9 月17 日岩田朋文撮影). 埼玉県におけるコマルケシゲンゴロウの初記録 文 献Biström, O. & K. Watanabe, 2017. A new species of the genus
Hydrovatus (Coleoptera, Dytiscidae) from Iriomote Island,
Southwestern Japan, with a key to the Japanese species. Elytra,
Tokyo, (n. ser.), 7: 5–13. 稲畑憲昭,2016.サメハダマルケシゲンゴロウの日本からの 初記録.さやばねニューシリーズ,21:46–47. 亀澤 洋,2011.埼玉県からマルケシゲンゴロウを記録.月 刊むし,485:44. 亀澤 洋・渡部晃平,2018.埼玉県からのサメハダマルケシ ゲンゴロウの記録とマルケシゲンゴロウの記録抹消.寄せ 蛾記,170:39–40. 環境省,2019.別添資料2 環境省レッドリスト2019,129p., https://www.env.go.jp/press/files/jp/110615.pdf(accessed 2019 -7-31) 北野 忠,2015.コマルケシゲンゴロウ.環境省自然環境局 野生生物課希少種保全推進室(編)レッドデータブック 2014—日本の絶滅のおそれのある野生生物—5.昆虫類, p. 392,ぎょうせい,東京. 森 正人・北山 昭,2002.図説日本のゲンゴロウ(改訂版), 231pp.文一総合出版,東京. 中村 涼,2017.成田市で採集した甲虫類(3).房総の昆虫, 59:44–45. 佐野真吾・苅部治紀・吉﨑真司,2018.横浜市の止水域にお ける水生昆虫の生息状況,水生甲虫.神奈川自然誌資料, 39:51–60. 上田茂生,2014.東京都府中市におけるコマルケシゲンゴロ ウと水生甲虫2 種の記録.さやばねニューシリーズ,16: 33. 渡部晃平,2016.石川県におけるマルケシゲンゴロウ属の分 布.さやばねニューシリーズ,24:53–56. 柳田紀行,2007.柳田茨城町でコマルケシゲンゴロウを採集. るりぼし,34:45–46. 35
-岩田朋文・渡部晃平・岩田泰幸
First record of Hydrovatus acuminatus Motschulsky, 1859
(Coleoptera, Dytiscidae) in Saitama Prefecture, Honshu, Japan
Tomofumi IWATA
1)・
Kohei WATANABE
2)・
Yasuyuki IWATA
3) 4)1) Toyama Science Museum, 1-8-31 Nishinakano-machi, Toyama, 939-8084 JAPAN 2) Ishikawa Insect Museum, Inu-3, Yawata-machi, Hakusan-shi, Ishikawa, 920-2113 JAPAN
3) Japan Institute of Insect Damage to Cultural Properties, Shinjuku2-1-8, Shinjuku-ku, Tokyo, 160-0022 JAPAN 4) Saitama Museum of Natural History, Nagatoro 1417-1, Nagatoro, Saitama, 369-1305 JAPAN