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交通基本法と交通権保障

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交通基本法と交通権保障

桜花学園大学学芸学部 教授    森田 優己    1 はじめに  2011年1月16日付の日本経済新聞は、「買い物弱者」1)問題が、都道府県の7割 以上において顕在化していると報じた。移動手段がないために、日常の買い物 ができないという現象は、過疎地域だけでなく都市部の住宅団地や中心市街地 にも広がっている。その原因は、郊外のショッピングセンターとの競合による 団地内や駅前の小売店の撤退、高齢化の進展、クルマのない単身の高齢者の増 加にあるという。まちのつくりがクルマによる移動を前提に拡散するとともに、 路線バスや地方鉄道などの公共交通は衰退する。今や、その多くが存続の危機 に瀕している。存続したとしても利便性は大きく低下し、人々はますますクル マに依存するようになり、公共交通の危機はますます深刻化し、廃線に至る。 そして、クルマを使えない人々は「買い物弱者」となる。つまり「買い物弱者」問 題を引き起こした根本的原因は、クルマに過度に依存した社会構造にある。  では、クルマを利用できる人々の生活はどうであろうか。都市部においては、 CO2による大気汚染や渋滞、事故とりわけ高齢者の交通事故の増大などクルマ を利用することによってもたらされる負の結果が深刻さを増している。他方、 地方部特に高齢化や人口減少が著しく、しかも、公共交通が空白または不便な 過疎地ではクルマが命綱であるにもかかわらず、そのクルマを所有していても 特集論文 コミュニティで公共交通を創出する

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利用できない事態が生じている。「給油所過疎」と呼ばれる現象である。経済産 業省が2010年10月末に行った調査によれば、ガソリンスタンドが3店以下の「給 油所過疎地」は全市町村の13.3%に当たる229町村あり、そのうち7町村にはガ ソリンスタンドが1店もない。また、都市部においても競争の激化による撤退 が目立ち、近隣にガソリンスタンドがない地域もある2)  今や、生活を維持するために必要な交通の確保は、離島や過疎地など特殊な 地域の問題ではない。また、クルマを利用できない人々の個人的な問題でもな い。あらゆる地域に暮らす人々、クルマを利用できる・できないにかかわらず すべての人々にとって、「健康で文化的な生活」を維持するためには交通が不可 欠である。それゆえ、すべての人々に平等に交通を保障するために、交通基本 法の制定が望まれるのである。  交通基本法は、いわば「交通の憲法」ともいうべきものである。基本法として の性格上、交通に係わる幅広い課題に応えるための指針を示すものでなければ ならない。と同時に、それは、最も立場の弱い人たち、最も困難に直面してい る人たちにとっての最後のよりどころを提供するものともなる。人が人として 生きるための交通を保障するという視座がその基底に据えられてこそ、交通基 本法は交通政策全般のあり方を指し示す羅針盤と成るのである。  しかし、2011年3月8日に閣議決定され、第177回通常国会に提出される予定 であった交通基本法案には、従来のモード別の発想を乗り越えるなど、交通の 運行に係わる施策面では大きな前進が認められるものの、基本的理念に「移動 権の保障」は書きこまれておらず、クルマ社会への切り込みも弱い。  本稿の課題は、交通基本法案の検討・立案過程に関する報告書等を素材とし て、そこに集約された現段階における交通権保障の到達点と課題を理論的に明 らかにすることである。東日本大震災と政局の流動化によって交通基本法の成 立が危ぶまれる状況にあるが、今回行った作業は、交通における地方分権のあ り方を展望するための基礎作業としての意味ももつと思われる。本来ならば、 新旧の交通基本法案について条文自体の詳細な検討を行うことが必要である が、交通基本法案の法学的見地からの検討は門外漢である筆者の力量の及ぶと ころではない。ご容赦いただきたい。

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2 交通基本法案の特徴  交通基本法案は、過去2回、国会に提出された。第1次案は2002年に、第2次 案は2006年に、共に民主党・社民党から共同提案された。自民党政権下において、 第2次案も、継続審議を経て2009年夏の衆議院解散に伴い廃案となった。しか し、2009年9月に民主党政権が誕生したことによって、交通基本法の制定と関 連施策の充実へむけての大きな一歩が踏み出されたのである。その後、民主党 は、2010年7月の参議院選挙のマニフェストにおいても、人々の社会参加の機 会確保、環境にやさしい交通体系の実現を目的とした「交通基本法」の制定と公 共交通を含む総合的な交通体系の構築を掲げた。交通基本法の制定は、民主党 のマニフェストの実現に他ならないのである。  ところで、2009年11月から開始された交通基本法検討会やパブリックコメン トの対象は、2006年の第2次案であった。その基軸理念には、「移動に関する権利」 の保障が据えられ、環境問題など交通全般に目配せした構成となっている。そ れゆえ、交通基本法をめぐっては、期待感の一方で、警戒感も高まることとなっ た。その結果であろうか。国会提出へむけて、新たな交通基本法案が準備され たのである。以下、上記の第2次案を旧案と呼び、今回公表された交通基本法 案を新案として比較検討することによって、交通基本法案の特徴を明確にした い。  表-1によって、新旧2つの交通基本法案を比べてみると、両者とも上記マニ フェストに掲げられた目的にそった法案構成となっている点は共通している。 しかし、内容的には、旧案と新案には、以下のような大きな相違点があること に気付く。  まず、最も重要な相違点は、基本理念において、旧案で明示された「移動に 関する権利」が、新案では「国民等の交通に対する基本的な需要の充足」に置き 換わっていること。つまり、お金のあるなしにかかわらず交通サービスを受け ることができる権利を保障するという条項が、市場という架空の「場」において 売り買いされる交通サービスを十分に提供しますよという条項に変更されたの である。“権利ありき”ではなく、“市場ありき”の復活と言ってもよかろう。  次に、新案の条項のいくつかに連携という言葉が多用されていること。その

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意味は、徒歩、自転車を含め交通行動の起点から終点までの交通手段間の連携、 施策相互間の連携、および、交通に係わる多方面の関係者間の連携に至るまで 多岐にわたる。条項の中には、類似の意味をもつ協力・協議という言葉も出て くる。このような連携の実施とそのための仕組みづくりが、今回の法案の最も 大きな前進面である。  第三に、「交通の安全の確保」が1つの条項として立てられたこと。ただし、「交 旧案(第165国会 民主・社民共同提出 第171国会廃案) 新案(第177通常国会に提出予定) 目次 第一章 総則(第一条 ― 第十三条) 第一章 総則(第一条 ― 第十四条) 第二章 交通計画(第十四条 ― 第十六条) 第二章 交通に関する基本施策 第三章 交通に関する基本施策  第一節 交通基本計画(第十五条)  第一節 国の施策(第十七条 ― 第二十五条)  第二節 国の施策(第十六条 ― 第二十七条)  第二節 地方公共団体の施策(第二十六条)  第三節 地方公共団体の施策(第二十八条) 附則 附則 基本理念等 第一条 目的 第一条 目的 第二条 移動に関する権利 第二条 国民等の交通に対する基本的な重要の充足 第三条 安全で円滑で快適な交通施設等の利用等 第三条 交通の機能の確保及び向上 第四条 交通体系の総合的整備 第四条 交通による環境への負荷の低減 第五条 交通による環境への負荷の低減 第五条 交通の適切な役割分担及び有機的かつ効率的な連携 第六条 大規模災害時における交通の確保 第六条 連携等による施策の推進 第七条 国際交通機関等の整備 第七条 交通の安全の確保 責務等 第八条 国の責務 第八条 国の責務 第九条 地方公共団体の責務  第九条 地方公共団体の責務 第十条 事業者の責務 第十条 交通関連事業者及び交通施設管理者の責務 第十一条 国民の責務 第十一条 国民の責務 第十二条 法制上の措置等 第十二条 関係者の連携及び協力 第十三条 年次報告 第十三条 法制上の措置等 第十四条 年次報告等 交通基 本計画 第十四条 交通基本計画 第十五条 交通基本計画 第十五条 都道府県交通計画 第十六条 市町村交通計画 国の施策 第十七条 交通条件に恵まれない地域における交通施設整 備の促進等 第十六条 日常生活等に必要不可欠な交通手段の確保等 第十八条 移動制約者に配慮された交通施設の整備の促進等 第十七条 高齢者、障害者等の円滑な移動のための施策 第十九条 都市部における交通の混雑の緩和等 第十八条 交通の利便性向上、円滑化及び効率化 第二十条 運賃又は料金の負担の軽減 第十九条 国際競争力の強化及び地域の活力の向上に必要 な施策 第二十一条 交通に係る投資の重点化等 第二十条 交通に係る環境負荷の低減に必要な施策 第二十二条 有機的かつ効率的な交通網の形成等 第二十一条 総合的な交通体系の整備等 第二十三条 交通による環境の保全上の支障の防止 第二十二条 まちづくりの観点からの施策の促進 第二十四条 災害発生時における交通の支障の防止  第二十三条 観光立国の実現の観点からの施策の推進 第二十五条 外航海運等の中核的拠点となるべき施設の整 備の促進等 第二十四条 協議の促進等 第二十五条 技術の開発及び普及 第二十六条 国際的な連携の確保及び国際協力の推進 第二十七条 国民等の立場に立った施策の実施のための措置 地方の 施  策 第二十六条 地方公共団体の施策 第二十八条 地方公共団体の施策 (出典:国土交通省資料より筆者作成) 表-1 交通基本法案新旧対照表

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通の安全の確保に関する施策については、交通安全対策法等で定めるところに よる」とされ、基本法案そのものに安全を守る要である交通労働に関する記述 が盛り込まれていない。これは、非常に残念である。  第四に、責務等において、交通事業者に加えて交通施設管理者を併記したこ と。従来、駅舎などの交通施設管理者との連携・協力が不十分であったために、 個別交通機関毎のバリアフリー施策が有効性を発揮できないことがあった。そ の打開策が、ここで書きこまれたものと思われる。この責務の明記によって、 上記の連携がよりスムーズにすすみバリアフリー施策の充実がはかられること を期待したい。しかし、施設面の整備だけで、交通における平等性を保障する という意味でのバリアフリーが実現するわけではない。権利保障を伴うことが、 不可欠である。  第五に、旧案では、交通基本計画は政府、都道府県、市町村がそれぞれの交 通計画を定めるとなっていたが、新案では政府のみとなっていること。しかも、 旧案では、閣議の決定を経て、国会の承認を受けなければならないとされてい たが、新案では、国会には報告するだけでよいとなっている。国会の審議を経 ないことは、国民軽視であると言えよう。また、交通における地方分権という 点でも、新案は旧案から大きく後退したようにみえるが、この点については、 本稿執筆時点で入手し得た資料からは判断がつかない。  ここで交通基本計画として想定されているのは、社会資本整備計画に対応す る交通基本計画のことであるようだ。では、生活交通にかかわるような交通計 画は、誰がどのようにして策定するのか。それについては明記されていない。 ただ、責務や施策に関する条項の文言から判断すれば、地方公共団体、交通関 連事業者、交通施設管理者、国民が連携・協力して計画を策定するということ のようである。  第六に、国民の責務において、「自ら取り組むことができる活動に主体的に取 り組む」という“自助努力”が書きこまれたこと。CO2削減のためにクルマ依存 を減らし公共交通に転換するなど、国民自らが交通問題に積極的に取り組むこ とは重要である。しかし、第一の特徴としてあげた“市場ありき”の復活とあわ せて考えるならば、この“自助努力”の明記には小泉政権時代の市場万能論を想 起させるものがある。

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 第七に、新案には、国際競争力の強化、地域の活力の向上、観光立国の実現、 技術の開発・普及など「新成長戦略」を反映した文言が数多く並んでいること。 それゆえ、国の交通計画を誰が策定するのかについても、旧案での国土交通大 臣及び内閣総理大臣に加えて、新案では経済産業大臣が書きこまれたのであろ う。つまり、その意味するところは、「新成長戦略」にそった社会資本整備計画 の促進である。  第八に、新案では、国の施策において「まちづくりの観点」が重視されている こと。まちづくりと言えば、住民が行政と協働しながら地域を活性化させてい く取り組みであり、地方鉄道の再生やコミュニティバスを主体とした交通まち づくりも各地で取り組まれている。この部分は、地方分権の推進という意味合 いで理解することもできるが、以下の点にも注意しておく必要がある。  第二十二条の文言から読み取れるのは、地方自治体の交通施策に、国の意図 する土地利用等との整合性を求めるということである。そのために、まちに係 わる各主体が連携・協力することが必要だという。もっともなことである。交 通計画と都市計画が整合性をもつことは重要であり、これまで不整合であった ために交通問題が発生する場合もあった。しかし、ここで想定されるまちづく りが都市やまちの縮退をすすめることであれば、行政サービスは政策誘導とし て、漸次的に縮小・廃止される可能性も生じる。つまり、地方鉄道やバス路線が、 「まちづくりの観点」から廃止されることも起こるのである。この場合のまちづ くりは、地方分権にもとづく下からのまちづくりではなく、国の政策ありきの 上からのまちづくりであることに留意しなければならない。  以上のように、今般策定された交通基本法案は、旧案に比べて権利保障の明 記という点では大きく後退した。しかし、実質的に権利保障を行うための具体 的施策を策定・実施する主体者の役割分担と責務を明確にするという旧案の方 向性は受け継がれ、従来の交通行政のあり方に大きく踏み込んだ制度設計を打 ち出したところに特徴がある。  ではどうして、交通基本法案から「移動に関する権利」の保障が消えてしまっ たのだろうか。また、ここで提案された制度設計は、どのような考え方を反映 しているのだろうか。以下、交通基本法案の検討・立案過程とそれらに係る報 告書類を素材として検討を進める。

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3 基本法案に反映された「民意」  2009年11月13日の第1回交通基本法検討会資料によれば、検討会の目的は、 「『コンクリートから人へ』の政策転換の中で、公共交通を維持・再生し、人々 の移動を確保するとともに、人口減少、少子・高齢化の進展、地球温暖化対策 等の諸課題にも対応するため、交通政策全般にかかる課題、将来の交通体系の あるべき姿、交通にかかる基本的な法制のあり方等について検討を行う」こと にあった。  この目的を実行するために、「政治主導」による検討体制が打ち出された。同 じく第1回資料には、「辻本副大臣および三日月政務官が検討会を主催し、外部 の有識者・事業者からヒアリングを行う。検討会の検討状況は、適宜、政務三 役会議に報告するとともに、検討の成果を政務三役会議に報告、了承を得る」 という体制で検討を始めるということが宣言されていた。議員立法の少ない日 本では、法律づくりは官僚の仕事であり、政治家の仕事にはなっていない。こ の現状を「政治主導」に転換し、しかも、公共交通の再生・維持、移動の確保を 前面に掲げた交通基本法を策定するという意気込みには、大きな期待が寄せら れた。しかし、この検討過程における「民意」の聴取過程において、交通基本法 案の基軸理念と「政治主導」は大きく揺らぎ、「官僚主導」へと逆戻りしていく。 以下、交通基本法検討会の経緯をみておこう。  交通基本法検討会は、表-2にあるように、2009年11月13日から2010年6月7日 まで計13回開催された。毎回、テーマにかかわる研究者、NPOなど市民団体、 福祉法人、地方公共団体の首長、地方鉄道の事業者や離島航路運行事業者、大 都市部の交通事業者、労働組合、自動車工業会、物流業界に至るまで、広範な 人々および団体からのヒアリングが行われた。交通に係るあらゆるステークホ ルダーを対象として、交通の現状や要望、改革方向について広く意見聴取が行 われた。  この会は、「検討会」という名称を冠した会議でありながら、単なる意見収集 の場にすぎなかったのである。主催者側からのフィードバックや意見交換が行 われた形跡は、見られない。また、 検討会に関連して行われた3回のパブリッ クコメントに対しても、フィードバックは行われなかった。従来のパブリック

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表-2 交通基本法検討の経緯(1) 年月日 交通基本法検討会等 パブリックコメント 備考 2009年11月13日 第1回交通基本法の意義、移動 の権利についての考え方 2009年9月民主党政権誕生、「交 通基本法」の制定を国土交通大 臣が表明。「交通基本法案」は第 165回国会(2006年)に民主党・ 社民党が共同提出。第171国会 (2009年)で衆議院解散となっ たため廃案。 2009年12月8日 第2回環境負荷低減のための交 通施策やインセンティブ、交通 政策の費用便益分析 2009年12月25日 第3回地域交通の現状・課題と 取組み(過疎地の公共交通) 2010年1月20日 第4回地域交通の現状・課題と 取 組 み( 中 規 模 都 市 の 公 共 交 通) 2010年2月1日 第5回離島の交通・観光 2010年2月1日 ~ 3月2日 「交通基本法」の制定に向けた 意見募集 361件(うち、交通基本法の制定 に肯定的354件) 2010年2月16日 第6回交通とまちづくり 2010年3月1日 第7回福祉輸送(高齢者、障害者 等にやさしい輸送) 2010年3月8日 第8回バリアフリー 2010年3月30日 「交通基本法の制定と関連施策 の充実に向けて―中間整理―」  発表 目次:1.交通基本法の制定と 関連施策の充実に向けて―中 間整理― 2.参考資料 3.交 通基本法案 4.交通基本法検 討会の開催状況 5.交通基本 法の制定に向けた意見募集の 結果概要 2010年4月8日 ~ 5月7日 「交通基本法の制定と関連施策 の充実に向けて―中間整理―」 に関する意見募集 208件(交通基本法の制定に賛 成40件、 慎 重 に 対 応 す べ き15 件、その他施策的な意見152件) 2010年4月14日 第9回「交通基本法の制定と関 連施策の充実に向けて―中間 整理―」及び交運労協の要請に ついて 2010年4月22日 第10回幹線交通 2010年5月17日 第11回大都市の交通 2010年5月24日 第12回物流 2010年6月7日 第13回くるま社会のあり方 2010年6月22日 「交通基本法の制定と関連施策 の充実に向けた基本的な考え 方(案)」公表  目次:1.交通基本法の制定と 関連施策の充実に向けた基本 的な考え方(案) 2.交通基本 法検討会の開催状況 3.交通 基本法の制定に向けた意見募 集の結果概要 2010年6月23日 ~ 7月22日 「交通基本法の制定と関連施策 の充実に向けた基本的な考え 方(案)」に関する意見募集 351件(交通基本法の制定に賛 成37件、 慎 重 に 対 応 す べ き10 件、その他施策的な意見304件)

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コメントでは、行政側が原案を示し、それに対して表明された意見についてコ メントを返すという手続きが行われる。しかし、今回のパブリックコメントで は、集計結果は公表されたが、いっさいフィードバックは行われなかった。し かも、意見表明に対する素材として提示されたのは、上述の第2次案そのまま であった。とはいえ、パブリックコメントに寄せられた意見の大半が交通基本 法の制定に肯定的であったことは、交通基本法の制定と関連施策の充実へむけ て大きな原動力となっていることは間違いない。  ところで、検討会で具申された意見をみれば、そこには、対立する「民意」が 存在することがわかる。一方には、検討会の前半部分でヒアリング対象となっ た、生活交通が危機的状態にある地域の人々や障害者など移動に制約を受けて いる人々を中心とした「移動に関する権利」の保障に対する大きな期待感があ る。他方、後半部分でヒアリングが行われた自動車産業に係る人々や、交通サー ビスの供給者側としての地方公共団体や事業者側からは、「移動に関する権利」 の保障に対する不安や脅威が表明された。このような「民意」の対立は、2010年 3月に公表された「交通基本法の制定と関連施策の充実に向けて―中間整理―」 (以下、「中間整理」)から、同年6月にまとめられた「交通基本法の制定と関連施 策の充実に向けた基本的な考え方(案)」(以下、「基本的な考え方」)への変更をも たらした。これがひいては、交通基本法案の基軸理念を揺るがすこととなる。  まずその変化は、なぜ交通基本法の制定が必要であるのかという現状認識に ついての文言にあらわれた。「中間整理」は、「交通の格差社会」、「くるまに依存す る社会となったため、気がつくとお年寄りや体の不自由な方々にはとても不便 な社会になってしまいました」という現状認識を示していた。それが、「基本的 な考え方」では、「移動の自由に格差」、「公共交通が衰退し、気がつくと自家用車 を自ら運転することができないお年寄りや体の不自由な方々にはとても不便な 地域が生じています」、と変更されたのである。この変更は、何を意味するの であろうか。  上記の「交通の格差社会」も「移動の自由に格差」も、地域における生活交通の 存亡の危機、「買い物弱者」の出現などの現状を捉えた点では同じであるように 思われよう。しかし、交通は移動よりも広い概念であり、本来的には、移動権 ではなく交通権とすべきところである。移動は、人の出発地から目的地までの

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場所的移動を意味するが、交通は、人の移動に加えてモノの輸送を含むだけで なく、もっと広く人間の社会的な生活そのもの、つまり、交流を含めた社会的 文化的概念である。それゆえ、人々が社会的な人間として生活することを保障 するための権利である交通権は、人の移動手段を保障する移動権をはじめとし て、安全に安心して歩ける権利、外出する権利、道路の沿線地域から地球規模 にいたる環境保全などを含めた、そして、人が人と交わる権利つまり交流をも 含めた権利概念である3)。このような視点からみるならば、交通権ではなく移 動権としている点で旧案そのものが概念的に不十分であった。しかし、移動権 を前提にして考えても、上記の変更が意味するところは、軽視できない。  つまり、「中間整理」においては、交通における不平等の原因を、くるまに依 存する社会のあり方に求めているのに対し、「基本的な考え方」の場合は、移動 手段の供給が不足している地域が生じているという問題に矮小化しているので ある。交通権保障や移動権の保障のためには、クルマに過度に依存した社会構 造が引き起こした地域格差の解消、そして、その社会構造そのものの転換が必 要なのである。そのために、市場経済原理の枠組みを超えて、誰もが平等に利 用することのできる公共交通が必要であり、公共交通優先政策が実施されるべ きなのである。  しかし、環境にやさしい交通体系の実現方策について「中間整理」に書き込ま れた「くるまから環境負荷の少ない公共交通への利用転換」との文言は、「基本的 な考え方」においては「自動車から環境負荷の少ない交通機関への誘導」へと変 更された。つまり、公共交通優先への政策的転換ではなく、市場機構を前提と した誘導へと、大きくトーンダウンしたのである。  このような変更は、検討会における総体としての「民意」を反映した結果なの であろうか。議事録等によって検討会の経緯を見る限り、利害関係が異なる人々 の間や政策立案者との間で議論がなされ、それが蓄積され原案が練り直される という過程はみられない。先に意見を聞いた人々の「民意」が、後から意見を述 べた人々の「民意」によって上書きされ、あたかもそれが検討会としての「民意」 であるようにまとめられたように思われてならない。  それはともかくとして、検討会におけるヒアリングやパブリックコメントに は、「移動に関する権利」の保障を基軸理念とする法案策定へむけて、解決すべ

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き多くの問題点が示唆されていた。これらの問題点を、「政治主導」によってど のように乗り越えるかを検討することが、交通基本法立案へむけての課題で あったはずである。にもかかわらず、現実の動きは、そうではなかった。 4 消えた「移動に関する権利」の保障  上記の検討会終了後、交通基本法立案への過程は「官僚主導」に移行した。 2010年10月8日、国土交通大臣が、交通政策審議会および社会資本整備審議会 に対して、「交通基本法案の立案における基本的な論点について」の諮問を行っ たのである。これを受けて、両審議会が、交通基本法案検討小委員会(以下、 小委員会)を設置し、合同で審議を行った。両委員会によって小委員会が構成 表-3 交通基本法検討の経緯(2) 年月日 検討委員会等 テーマ 備考 2010年11月15日 第1回交通基本法案 検討小委員会 1.交通基本法案検討小委員会 の進め方について 2.新たな 時代に対応して、どのような交 通政策が求められているか  3.「移動権」、「移動権の保障」 を法律に位置づけることにつ いてどのように考えるか 審議事項の絞り込み、論点例の 提示、交通をとりまく現状に 関する資料、福岡市「公共交通 空白地等及び移動制約者に係 る生活交通の確保に関する条 例」、移動権(交通権)に関する 訴訟例、我が国の基本法一覧 2010年11月29日 第2回交通基本法案 検討小委員会 1.「移動権」、「移動権の保障」 を法律に位置づけることにつ いてどのように考えるか 2. 国民目線・利用者目線に立って 行うべき対応について 2010年12月8日 第3回交通基本法案 検討小委員会 1.事業者、地方公共団体アン ケート結果について 2.国民 目線・利用者目線に立って行う べき対応について①まちづく りとの関係②地球環境問題と の関係③観光立国推進との関 係 3.関係者の責任・役割分 担 4.交通基本法案検討小委 員会のスケルトン案 骨子案の検討 2010年12月24日 第4回交通基本法案 検討小委員会 小委員会報告(案)の検討 2010年12月 交通基本法案の立案 における基本的な論 点について(案) 国土交通大臣への報告書案、委 員会資料としての公表 2011年2月 交通基本法案の立案 における基本的な論 点について[報告書] 国土交通大臣への報告書、委員 会資料としての公表

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されたことは、交通計画と社会資本整備重点計画が国土交通行政の車の両輪で あるとの考え方を反映したものである4)  小委員会の経緯は、表-3にまとめた。同表からは、小委員会の審議期間が、 ������������������������ ������������������������ �� ����� ������� ������������ ������� ������������������������������ ��� �������������� ��� ������������������������������ ��� ���������������������������� ������� ������������ ����������� ����������� ���� ������� ����������� ����������� �������� � ����������� ������� � ����������� ��������� � ����������� ���������� �� ������� ����������� ���������� � ������������ ���������� ������� � ����������� ����� ������������������� 図-1 国土交通省による論点絞込み *年内に4回程度開催し、12月末に小委員会報告をとりまとめ (出所:第1回交通基本法案検討小委員会資料)

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法律の立案にかかわる審議会としては、異例の短さであったことがわかる。そ のことに違和感を表明した委員もいる。官僚が図-1のように審議事項を絞り込 み、委員は法案全体について深く審議する時間的余裕を与えられなかった。最 終回である第4回小委員会に「交通基本法案の立案における基本的な論点につい て(案)」(以下、「基本的な論点(案)」)が提案され、2011年2月中旬に「交通基本法 案の立案における基本的な論点について[報告書]」(以下、「報告書」)がまとめら れた。この「報告書」は、第1回小委員会において配布された図-1の「ご審議いた だきたい事項」の指示通りに行った検討結果を、そのまま文章にした構成となっ ている。それは、以下の通りである。 はじめに 1.交通をめぐる状況及び交通に対する基本的な認識  (1) わが国の交通をめぐる状況の認識    ①少子高齢化・人口減少    ②地球環境問題の深刻化    ③国際競争の激化  (2) 交通に対する基本的な認識  (3) 基本的な認識を踏まえた問題意識 2.移動権について  (1) 移動権が問題とされる背景    ①地域における生活交通に関する論点    ②高齢者、障がい者等の移動に係るユニバーサルデザイン化に関する論点  (2) 交通基本法において「移動権」の保障を支持する、との考え方  (3) 「移動権」又は「移動権の保障」に関する問題点    ①法制論    ②行政論    ③社会的実態論  (4) 本件に関する交通基本法案における取り扱い 3.「利用者目線・国民目線」への視点の転換に当たってのその他の論点  (1) 交通の分野における「利用者目線・国民目線」の考え方    ①従来の行政の視点の是正    ②行政の進め方における視点の反映  (2) 「利用者目線・国民目線」の視点への転換に当たって特に問題となる論点   ⅰ) まちづくり、地球環境問題、観光立国推進との関係    ①まちづくりとの関係

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   ②地球環境問題    ③観光立国推進   ⅱ) 関係者の責務について おわりに  「移動に関する権利」の保障は、旧案および「中間整理」においては、明確に、 基軸理念として書き込まれていた。さらには、その理念が揺らぎを見せた「基 本的な考え方」にも、「地域公共交通確保維持改善事業~生活交通サバイバル戦 略~」(以下、「サバイバル戦略」5))にも明記されていた。  しかし、「報告書」は、「交通基本法に文字通り『移動権』若しくは『移動権の保 障』と規定することは、現時点では、時期尚早である」と結論づけた。この結論 に至るまでに、小委員会の委員からは、移動権よりもさらに広義の人権概念で ある交通権の規定についての提案も行われている。それは、「交通基本法におい て(2)「移動権」の保障を支持する、との考え方」の項において、紹介されている。 検討小委員会の議事録をみると、移動権の規定に関して賛意を示す委員もいた が、他の基本法同様にプログラム規定とするべきであるのか、具体的な権利と して規定するのかについて意見がわかれた。その理由の一端は、移動権や交通 権に関する理解が、委員それぞれ異なったことにあると思われる。  それはともかくとして、「時期尚早」という結論を導き出した有力な根拠は何 であったろうか。「報告書」は以下の3つの観点から結論を導き出した。①法制論: 個々人の請求権として法的な権利を保障しようとする場合は、権利の具体的内 容が法令で定義される必要があるが、現状では個々人の移動に関するニーズは 千差万別であり、権利内容について国民のコンセンサスが得られない。また、 過去の交通権訴訟では原告が敗訴していること6)。②行政論:移動権を権利と して法定した場合、行政府がその責務を有することとなり権利内容を給付する ための財源が必要となるが、それが整わない場合、行政は不作為を問われるこ とになる。拡散した現状の都市構造を前提としたまますべての人々に移動権を 認めれば、集約型の都市・地域づくりに支障をきたす。現場が混乱する。③社 会的実態論:交通を権利として定めた場合には、当事者間に対立意識が生じ、 それがかえって「新しい公共」の構図を崩しサービス向上の妨げになる可能性も ある。また、移動でしか実現できないものと、それ以外の方法で可能なものと

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を適切に判断するなど広い視野での検討が重要である。  ここに挙げられた意見は、小委員会の審議の一環として実施された地方公共 団体、運輸事業者、各種団体等に対するアンケート結果(総数743件)にも共通 する。「移動に関する権利」の保障について、もしできなければ、行政の不作為が 問われるのではないか、国の支援など財源措置が明確にならないまま、責任だけ を明記されても困る、など強い危惧が示された。政府案の全体像が示されない中 での意見募集であることを勘案すれば、当然の結果であると言ってもよかろう。  また、過去3回のパブリックコメントを提出意見数という点からみれば、圧 倒的多数を占めたのは財源問題である7)。しかも、内容的には、「公共交通に関 する財源を確保し、助成制度を充実すべき(大都市の交通事業者の利益を地方 へ再配分、ユニバーサル料金や交通税の導入、ガソリン税等)」(検討会のまと めとしての「基本的な考え方(案)」に対して寄せられた意見項目)などの具体的 な提案が寄せられていた。移動権や交通権を法定するためには、移動権や交通 権に関する理論的深化と具体的な権利規定の内容、それを支える地方自治体へ の権限移譲と財源配分の方針、および、それらを可能とする制度設計ついて明 確な方針が提示される必要がある。これらが欠落した現状においては、小委員 会が「移動に関する権利」の保障を明記することに関して「時期尚早」という結論 を導きだしたことは、妥当であると思えるかもしれない。  しかし、交通基本法案を審議すべき小委員会において、これらの点について 議論がなされないならば、一体、どこで、いつ、議論されるというのであろう か。現段階において移動権の明記が「時期尚早」であるとすれば、それは、いつ になれば可能となるのだろうか。また、移動権という権利規定によって救済さ れねばならないような差し迫った状況を解決するための、指針となるべき交通 基本法の基軸的理念は何であろうか。それこそが、移動権の保障(本来は、交 通権の保障)なのではなかろうか。  しかし、「報告書」が描いた問題解決法は、異なるものである。それは、以下 のように要約することができる。少子高齢化・人口減少、地球環境問題の深刻化、 国際競争の激化が、社会のあり様を根底から変え、未知の時代の到来をもたら しているのが、交通をめぐる現状である。よって、この大きな転換点における 交通基本法の課題は、人の活力の源泉たるべき交通が、このような大きな転換

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点において、経済活動及び社会活動の基盤としての人やモノを移動するという その機能を、どうすれば十全に発揮することができるのかを確保することであ る。そして、それを確保するために必要なのは、移動権の保障ではなく、行政 の「利用者目線・国民目線」への転換である。  つまり、ここにおいて、交通機能の十全な発揮の確保とそのための方策が、 「移動に関する権利」にかわって、交通基本法の基軸的理念として登場すること となったのである。いや、より正確には、理念が施策によって置き換えられた と言った方がいいかもしれない。いわば、理念なき交通基本法の誕生である。 5 連携と「新しい公共」  以上みてきたように、「報告書」の考え方は、理念的なそもそも論の部分につ いては国民的コンセンスが得られないので、その議論にこだわらず、制度的・ 政策的な枠組みを転換し、連携をキーワードとした新しい仕組みをつくること によって問題解決をはかろうとするものである。以下、「報告書」の内容を論点 にそって要約しておく。  まず、解決すべき問題とは何か。それは、少子・高齢化による移動制約者の 増大を背景として、生活交通が危機に瀕している地域における交通サービス確 保という差し迫った問題、運輸部門におけるCO2排出量の削減、わが国産業の 国際競争力の強化、新成長戦略の一分野としての観光の促進、とりわけ、訪日 旅行者にとっての交通機関利用上のバリア除去など、である。これらの問題は、 優先度をつけず、並列的に記述されている。  次に、どのようにして、上記の問題を解決するのか。それは、交通行政にお ける新たな仕組みをつくることによって可能となる。そして、そのキーワード が「利用者目線・国民目線」への転換である。具体的には、利用者の立場にたっ て利便性を向上させるため、出発地から目的地までの各交通手段の最適な組み 合わせ(ベストミックス)を確保できるようにすること。これまで、交通事業者 というサービス提供者の視点にたっていた運輸行政を、サービス利用者側の視 点もとりいれて再検討すること。市場機能を有効にするための総合的な施策を 展開すること。外部性や公共の福祉などを考慮すること。そして、市場の歪み

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が生じている場合への対処の仕方を検討すること、などが挙げられている。  つまり、「利用者目線・国民目線」への転換と言っても、その前提はあくまでも、 交通事業は市場を前提とした営利事業である、との捉え方にある。一部枠組み の変更があるとしても、交通事業が独立採算制原則から完全に脱皮することは、 今のところ想定されていない。それどころか、財政危機下においては、地方自 治体が運行するコミュニティバスにも、ますます営利的観点が導入される可能 性もある。  このような危惧を抱く根拠は、「報告書」に突如として現れた“自助努力”とい う言葉である。これは、小委員会で議論の対象とされた「交通基本法案の立案 における基本的な論点について(案)」(「報告書」の原案に当たるもの)には記載 されていない。小委員会終了後、原案に対する修正意見を踏まえて作成された のが、「報告書」であるはずだ。しかし、審議過程における議事録を見る限り、 住民や利用者の意識改革を求める意見はあったが、“自助努力”という表現は使 われていない。このような重要なキーワードが、小委員会終了後に書き込まれ たことは、「官僚主導」の典型であると言ってもよかろう。  とはいえ、このような根本的な問題点を内包しつつも、「利用者目線・国民目 線」への転換は、施策展開における制度設計の変更をもたらすものである。こ のことは、現状打開への重要な可能性を含んでおり、大きな前進である。なぜ なら、「利用者目線・国民目線」への転換において強調された連携とは、交通手 段間・交通事業者間の連携、行政と交通事業者、利用者との連携を意味するか らである。言い換えれば、市場の構成要素としての交通事業者と利用者の連携、 市場内部の交通事業者や利用者と交通市場外部にあるコミュニティバス等との 連携、行政とNPOや市民団体などとの連携となる。つまり、交通分野における 従来の枠組みを取り払った「新しい公共」の仕組みを創出することによって、問 題解決へむけた新たな動きをつくり出すことができる。  なかでも最も注目すべきは、出発地から目的地までの各交通手段の最適な組 み合わせ(ベストミックス)を確保するための施策を打ち出したことである。こ の視点にもとづいた施策の実施は、現状における交通モード別発想による事業 法のアプローチを根底から見直すことにつながる。それは、現在のバリアフリー 施策にみられるような単なる施設整備に偏ることなく、運行ダイヤの調整等ソ

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フト面も含めた、抜本的見直しによる利便性の向上をもたらすこととなる。もし、 この施策が実現されるならば、バリアフリー・利便性の向上という点で交通権 保障を大きく前進させ、2007年の「公共交通活性化及び再生法」では乗り越える ことができなかったモード別発想の壁8)を乗り越えることになるだろう。  さらに、「報告書」の(2)「利用者目線・国民目線」の視点への転換に当たって特 に問題となる論点ⅰ)①において、「まちづくりの一環として公益性の範囲内で 税その他による財政的支援等を公共交通に関して行うことが必要である旨を改 めて明確に示す」という文言が入っていることにも、注目しておく必要がある。 この内容が実現されれば、2007年の「公共交通活性化及び再生法」によって登場 した上下分離、公設民営化手法による新しい補助制度に対して、安定的に国庫 補助を導入する仕組みを構築することができることになるかもしれない。これ らの意味で、「報告書」には、交通権保障を実質的に前進させる提言が盛り込ま れているのである。ということは、交通基本法の制定とそれにともなう関連施 策の実施によって、これら施策が実現される可能性があるということである。 しかし、法案に明言されているわけではないので、この点についても、今後の 交通基本法関連施策の動向を見た上で注意深く見守り、その実現にむけて、さ らに、働きかける必要があろう。  ところで、交通基本法案第十六条には「日常生活に必要不可欠な交通手段の 確保等」の条項が設けられている。しかし、旧案で基軸理念とされた「移動に関 する権利」の保障を欠いたまま、人々の交通権をどのように保障しようとする のか。また、交通基本法関連施策の内容は、どのようなものとなるのであろうか。  この点を検討するための素材は、先にふれた「生活交通サバイバル戦略」が提 供してくれる。この事業の目的と効果について、「元気な日本復活特別枠」の申請 書には、「毎年、稚内から鹿児島までの直線距離を超える2000km以上のバス路線 が廃止されており、また、地方圏(三大都市圏以外の道県)居住者の約半数、過 疎地居住者の約4分の3が公共交通に対して不満足という現状を踏まえ、移動権 の保障をめざす第一歩として、生活交通の存続危機地域において最適な移動手 段の確保が可能となる社会の実現を目指し、このような生活交通の確保維持改 善を地域の主体的取り組みを前提として支援するとともに、バリアの解消促進 を支援することにより、元気な日本の復活に資するものです」と記載されている。

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 ここでのキーワードは、公共交通に対して不満足、移動権の保障、最適な移 動手段の確保、地域の主体的取り組み、バリアの解消促進の4つであった。し かし、政策コンテストを経た事業認定後の計画では、不満足を解消するではな く、地域のニーズを踏まえるという表現に変わっている。これは、2010年3月 の「中間整理」が、「交通基本法は移動に関する不安や不満をしっかりと受け止め る」と記載していた表現を、同年6月の「基本的な考え方」において、「交通基本法 は、移動に関するニーズを受け止める」と改めたことと合致する9)  国民の移動の必要性に応えることは、政策課題であるが、必要性を超え得る 不満や不安に応えることは、政治的課題である。上記の変更にも、「政治家主導」 から「官僚主導」への転換が表れているようである。さらに、移動権の保障とい う言葉も、事業認定後の計画からは消滅している。ただし、この時期に作成さ れた資料には、「全国のどこでもだれでもが移動手段の確保が可能となる社会の 実現をめざす取り組みを一括して支援」という表現が見られることもある。こ こにも、官僚のとまどいが表れていると言えよう。  それはともかくとして、「生活交通サバイバル戦略」の事業内容は、①地域公 共交通確保維持事業、②地域公共交通バリア解消促進事業、③地域公共交通調 査事業、の3つから構成されている。①地域公共交通確保維持事業は、地域の 多様な関係者で構成される協議会での議論を経たモード横断的で地域最適な公 共交通に関する計画に基づく取り組みを支援するものであり、陸上交通と離島 交通に関するスキームを提示している。この事業の特徴は次の3点にある。第 一に、計画策定主体が、地域協議会であること。第二にその支援のあり方が、 地域ごとに定める上限の範囲内で、効率化された収支に基づくとされているこ と。第三に、これまで参画が義務付けられてはいなかった関係者たちに協議会 への参画が義務付けられ、その協議会に対して補助金が支給される仕組みとな ることである。  協議会を主催する地方自治体に補助金が支給されるのではなく、協議体であ る地域協議会に補助金が支給されることになるのであるが、その実施体制や従 来の地域協議会10)との関係など不明確な部分も多い。特に、各主体の参画の義 務付けの内容および住民参加の実質化などについては、今後注意してみておく 必要がある。いずれにしても、その補助金の支給は、地域最適なネットワーク

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の選択や効率的な運営に対して弊害となっていた、モード毎、事後的支給から、 モード横断的、事前支給に切り替えられることになる。2つめの事業である② 地域公共交通バリア解消促進等事業では、バリアフリー化、利用環境の改善、 地域鉄道の安全性の向上という3つのスキームにおける支援が想定されている。 また、③地域公共交通調査事業は、地域の公共交通の確保・維持・改善に資す る調査の支援等を行うものである。  これら事業に対する予算は、関連する地域公共交通に対する支援制度の統廃 合によって措置される。予算制度の面からも、「利用者目線・国民目線」の視点 への一定の転換がなされていることは、確かだと言えよう。支援制度の統廃合 は、表-4の通りである。 おわりに  以上述べてきたことをまとめると、①交通基本法の制定によって、交通権保 障のための施策展開は、利便性の向上やバリアフリーという点で一定程度前進 するであろうこと、②これを可能とするのは、「利用者目線・国民目線」への交 通行政のあり方の転換によること、③しかし、交通権保障において最も重要で ある平等性の確保は保障されないこと、④その理由は、交通基本法案の基軸的 理念が権利から市場に置き換えられたことによること、である。  ここで重要なことは、良きにつけ悪しきにつけ否応なく、交通における地方 表-4 地域公共交通に係る国の支援制度の統廃合 2010年度 2011年度 地域公共交通活性化・再生総合事業 地域公共交通確保維持事業、ただし経過措 置あり 地方バス路線維持対策 地域公共交通確保維持事業 離島航路補助 地域公共交通確保維持事業 離島航空路運行費補助 地域公共交通確保維持事業 LRTシステム整備費補助 地域公共交通バリア解消促進事業 鉄道軌道輸送対策 地域公共交通バリア解消促進事業 交通施設バリアフリー化設備等整備費補助 の一部(鉄道) 地域公共交通バリア解消促進事業 公共交通移動円滑化(バス) 地域公共交通バリア解消促進事業 (出所:国土交通省資料より作成)  

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分権は進展するという事である。地方鉄道や交通事業者が運営するバス路線の 廃止をめぐる議論も、地域協議会が取り扱わなければならなくなるだろう。地 域にとって必要な交通体系をつくるには、どのような交通手段をどのように組 み合わせればよいのか、地域における「買い物弱者」問題をどのように解決して いくのか、コミュニティバスの事業費をどのように賄うのかなどなど、地域自 らが地域的課題を抽出し、問題提起をし、それを解決する方向を検討し、具体 化していく力量をもたねばならなくなる。  それだけではなく、まちづくりの中で、国の土地利用政策等とどのように整 合性を持たせていくのか、もしくは、独自の計画をもって国と対峙していくの かは、交通における地方分権のあり方を左右する問題である。その際、地域が、 教育・医療・福祉などと連携した交通計画を策定する力量を持つことができる かどうかを問われることとなろう。 【注】 1) 杉田聡氏は、2003年~ 2005年にかけて全国調査を4回行い、その結果を『買物難民』 (大月書店、2008年)にまとめている。この本の刊行によって、この問題が注目を集め るようになった。 2) 日本経済新聞、2011年2月3日付。 3) 交通権学会『交通権憲章 21世紀の豊かな交通への提言』(日本経済評論社、1999年) より交通権憲章前文と交通権憲章を転載しておく。 交通権憲章(1998年版) 前 文  交通権学会は、交通を権利として探究する学際的・実践的な学会であり、1986年 に誕生した。交通権の思想は、重度障害者らの「私も外へ出たい」という移動・交通 保障、私的モータリゼーション政策への批判といった1970年代の先駆的研究と運動 の成果を継承しながら、とりわけ、1980年代の「国鉄の分割・民営化問題」への理論 的探究から生まれた。交通権学会の発足以来、わが国初の交通権訴訟である「和歌山 線格差運賃返還請求事件訴訟」をはじめ、国民の交通権をめぐる種々の課題に取り組 むとともに、「21世紀の交通像」を視野にいれた「交通権憲章」草案を検討してきた。  交通権とは「国民の交通する権利」であり、日本国憲法の第22条(居住・移転およ び職業選択の自由)、第25条(生存権)、第13条(幸福追求権)など関連する人権を集 合した新しい人権である。すなわち、現代社会における交通は、通勤・財貨輸送な どの生活交通はもちろん、物流・情報など生産関連交通、旅行などの文化的交通、 さらに災害救助の交通など広範にわたるため、国民が安心して豊かな生活と人生を 享受するためには交通権の保障と行使が欠かせない。もちろん交通権の行使には、 交通事故や交通公害など他者の権利の侵害を含まないし、長距離通勤などの苦役的

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移動からの解放も含まれる。  新しい人権である交通権は、政府・自治体・交通事業者などによって積極的に保 障され充実される。すでにフランスでは社会権の一つとして初めて交通権を明記し た「国内交通基本法」(1982年)が制定され、アメリカでは交通上の差別を禁止した「障 害をもつアメリカ人法(ADA)」(1990年)が制定されている。わが国でも「福祉のまちづ くり条例」の制定などによって交通面のバリアフリーが少しずつ保障されつつある。  人類5000年の歴史は、自然や社会的障壁と闘いながら、自分の意思による歩行と 移動から始まり、交通手段の開発と利用、さらには交通自体を楽しむ国内外の旅行 といった限りない生活圏拡大の歩みでもあり、日本国憲法でいう「人類の多年にわ たる自由獲得の努力の成果」といえよう。いまや21世紀を目前にして、世界的には 地球環境問題、わが国ではさらに少子・高齢化社会の急速な到来によって、交通権 にもとづく新しい交通像とその実現が求められている。交通権は人間の夢と喜びを 可能とする。  ここに、交通権学会の英知である「交通権憲章」草案を提案する。  交通権憲章(1998年版) 第1条(平等性の原則) 人は、だれでも平等に交通権を有し、交通権を保障される。 第2条(安全性の確保) 人は、交通事故や交通公害から保護されて安全・安心に歩行・ 交通することができ、災害時には緊急・安全に避難し救助される。 第3条(利便性の確保) 人は、連続性と経済性に優れた交通サービスを快適・低廉・ 便利に利用することができる。 第4条(文化性の確保) 人は、散策・サイクリング・旅行などを楽しみ、交通によっ て得られる芸術鑑賞・文化活動・スポーツなど豊かな機会を享受できる。 第5条(環境保全の尊重) 国民は、資源を浪費せずに地球環境と共生できる交通シ ステムを積極的に創造する。 第6条(整合性の尊重) 国民は、陸・海・空で調和がとれ、しかも住宅・産業施設・ 公共施設・都市・国土計画と整合性のある公共交通中心の交通システムを積極的 に創造する。 第7条(国際性の尊重) 国民は、日本の歴史と風土に根ざした交通システムの創造 と交通権の行使によって、世界の平和と福祉と繁栄に積極的に貢献する。 第8条(行政の責務) 政府・地方自治体は、交通に関する情報提供と政策決定への 国民の参画をつうじて、利害調整に配慮しながら国民の交通権を最大限に発展さ せる責務を負う。 第9条(交通事業者の責務) 交通およびそれに関連する事業体とその従事者は、安 全・快適な労働環境を実現し、その業務をつうじて国民の交通権を最大限に保障 し発展させる責務を負う。 第10条(国民の責務) 国民は、交通権を享受するために国民の交通権を最大限に実 現し、擁護・発展させる責務を負う。 第11条(交通基本法の制定) 国民は、交通権憲章にもとづく「交通基本法」(仮称)の 制定を国に要求し、その実現に努力する。

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4) 2011年1月5日、繰り下げ馬渕大臣会見要旨より。 5) 「サバイバル戦略」とは、元気な復活政策コンテストのために創設された事業であり、 国土交通省は、2010年8月27日付けの2011年度国土交通省予算概算要求において、交 通基本法関係予算として453億円を要求した。政策コンテストにおけるこの事業に対 するパブリックコメント数は全189事業中9位に位置し、提出意見数は5,526件であっ た。事業に対する肯定的な意見は95%以上を占め、ここにも生活の足確保への国民の 期待の大きさが現れている。評価会議における評価はB判定ではあったものの、12月 24日の閣議決定において、305億円の予算を獲得した。前年度の関連予算を大幅に上 回った額である点は評価できるものの、政策コンテストの評価会議によって、「地域交 通において国が真に保障すべきナショナルミニマムについての行政刷新会議の指摘に 基づく低コスト化、真に必要な分野・地域への重点化」という条件づけがされている 点も含めて、今後の補助制度のあり方や運用については注視しておく必要がある。つ まり、地方鉄道に対する支援が切り捨てられる可能性がある。 6) 交通権に関する訴訟例としては、和歌山線格差運賃返還請求事件判決(和歌山地裁 判決1991年2月27日)、信越本線廃止許可処分取り消し請求控訴事件判決(東京高裁判 決2000年2月16日)がある。これら訴訟が敗訴したことが、旧基本法案において、交通 権ではなく移動権という言葉が用いられた理由であったとも言われている。 7) 移動権の明記について尋ねた項目では、移動権についてはさらに検討が必要である とする意見が過半数を占めていることも、アンケート対象者がサービス供給者である ことを勘案すれば、これまた当然の結果である。この点について言えば、小委員会開 催以前に行われた3回におよぶパブリックコメントの結果も、同様である。しかし、 移動権の明記自体に対する提出意見数自体は少なく、理念的議論への関心の低さが表 れている。 8) 詳しくは、拙稿「『地域公共交通の活性化及び再生に関する法律』と交通権実現への 課題―地方分権と基礎自治体の役割の視点から―」、交通権学会『交通権』、第27号を 参照されたい。 9) 「生活交通サバイバル戦略」の内容をみると、この事業スキームが「基本的な論点 (案)」が示した交通基本法のおぼろげな姿や最終的な「報告書」に合致していることが わかる。前者の予算要求は2010年8月、後者のための小委員会の立ち上げは11月である。 小委員会の審議内容は、みごとに「官僚主導」によって誘導されたと言える。 10) 現在は、2つの協議会が併存しどちらを選択してもよいことになっている。この点 については、拙稿「地域公共会議の現状と課題―東海地区の事例から―」、自治体問題 研究所『住民と自治』、第571号、2010年11月を参照のこと。 【参考文献】 ・交通基本法案:http://www.mlit.go.jp/report/press/sogo/2_hh_000032html ・交通基本法検討会資料および交通基本法検討小委員会資料:http://www.mlit.go.jp/ sogoseisaku/transort/index.html ・交通権学会、2011、『交通基本法を考える』、かもがわ出版。

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Can Transport Basic Act assure Human Right to Transport?

MORITA, Masami

 The Transport Basic Bill was approved in the cabinet meeting on March 8, 2011. Government should have submitted the bill to the 177th Congress if the East Japan Earthquake didn't occur. Will the Transport Basic Act be successful in assuring human right to transport? Will it be useful to resolute many transport problems especially in transport poor area and transport poor people? This article approaches that question through studying the bill and some reports published by Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism.

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