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小林大祐『ドイツ都市交通行政の構造―運輸連合の形成・展開・組織機制』

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Academic year: 2021

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小林大祐『ドイツ都市交通行政の構造―運輸連合の形成・展開・組織機

制』(晃洋書房、2017年)

村 上 弘 1 この本の概要 本書は、ドイツの都市交通政策1において特徴的な「運輸連合」(Verkehrsverbund) の形成を、歴史記述とケーススタディを組み合わせて研究する。同時に、その背景とな る交通政策の歴史と最近の動向についても詳しく知ることができる、手堅い研究であ る。なお、運輸連合とは、「地方自治体や公共交通を供給する企業が相互に連携し、都 市圏内における交通サービスを一元的に管理ないし調整する組織」であり、日本には類 似の組織がない(p.10)。 全体の編成と概要はつぎのとおり。 「序章 行政学による都市交通研究―本書の目的と課題」のあと、「第1章 地域交 通組織のとらえ方」では、「空間ガバナンス」の分析枠組みとして、以下2および3で 紹介する2種類の理論モデルを設定する。 続く歴史研究においては、「第2章 ドイツ都市交通行政の歴史過程」が、19世紀後 半から第2次世界大戦までの地域交通政策を扱う。興味深いことに、交通事業の公営化 は、第1次大戦までは都市社会主義的な生存配慮の観点から進み、ナチス政権のもとで は、国家による生存配慮の観点から旅客運送法によって強化された。「第3章 戦後ド イツの都市交通行政」では、1970年代以降、各地で運輸連合が創設された経緯をたど り、その原因を考察する。 「第4章 都市交通行政の分権改革」は、1990年代の国鉄民営化に伴って、連邦政府 から州政府に権限が移譲されたことの、都市交通へのインパクトを探る。それによる運 輸連合の急増と、その組織や機能の変化が、「第5章 地域交通組織の質的転換」の テーマである。さらに事例研究に進んで、「第6章 各都市の地域交通組織」が、4つ の州の8都市を取り上げ、交通政策と運輸連合について比較分析する。 「終章 都市交通行政の可能性」は、全体の要約、知見そして日本への示唆について 述べている。 2 分析枠組み⑴:交通政策の研究 本書は、2種類の分析枠組み(理論モデル)を用いる。第1の枠組みでは、都市交通 政策の特徴そして分析の視点として、政府と市場の関係(p.24∼、p.34∼)、中央政 府と自治体の関係(p.30∼)、そして空間性・広域性(p.17∼)の3点が重要である (p.7∼10)。それぞれ、各種の先行研究が整理されている部分も、参考になる。本論 での考察をたどると、自動車との競争による市場の圧力(乗客減)、1934年の国の旅客 運送法による市への公共交通提供の義務づけ、1971年の国の都市交通改善助成法に基づ く補助金、90年代の国鉄民営化に伴う近距離旅客交通政策の州への分権化(地域化)の 168

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4点に、運輸連合の増加発展のおもな原因が求められている。分権化と、市場の圧力 が、資源と責務を与えられた自治体に作用して、広域レベルでの運輸連合の形成を促し た、というシナリオになるようだ(p.109∼110)。 これは理解できるが、政府・市場関係の特徴も、中央地方関係の特徴も、単純でなく 両義性を含んでいる。後者では、連邦政府が地方に権限を委ねつつも、財政補助は拡大 し た 点 が 興 味 深 い。前 者 に つ い て は、ド イ ツ の 都 市 交 通 機 関 は 市 営 企 業 が 多 く (p.90、p.150)、収支均衡を求められるという意味では市場原理のなかにあるが、民 間の事業者が少ないので、それとの関係では主導権と自律性が持てるのではないか。日 本の場合、大都市圏の民鉄やJRは巨大な経営体であるために、市営交通が運輸連合 (経営統合)を呼び掛けても、むずかしい。(なお、大都市圏では、巨大な民鉄の分立 と競争は、都市拠点や郊外宅地を整備する「公共的」効果をもたらしている。) 著者が指摘する市場化、分権化、広域化と、それに関連する「政府の資源」、さらに 「交通サービス・経営」という5つの要因によって、運輸連合の普及を含む都市公共交 通政策を説明できるかもしれない。ドイツでは、鉄道政策を分権化された州政府や、公 共交通を担当してきた市が権限・正統性と財源を十分持っているからこそ、市場原理に 圧倒されずに、広域的な運輸連合を作る力があったというシナリオである。そこでさら に、自動車との市場競争に耐える、魅力的な交通サービスの提供を含む経営(本書の直 接のテーマではないが)が進めば、成果が上がることになる。 なお、政策決定過程のポイントである、運輸連合を形成する利益、あるいはその特定 アクターにとっての不利益は、6章を見ても具体的記述が少ないように感じた。全国的 な普及から考えると、そもそも反対者が少ないのかもしれないが(ただしp.186)。 3 分析枠組み⑵:利益、制度、配置 第2に、政策過程分析などで有力な「3つのⅠ」モデルは、アクターをめぐる利益、 制度、アイデアに注目するが、著者は、ここからアイデアを省き、代わりに「配置」を 追加する。分析枠組みとしてのアイデアの採用を見送る理由は、事例間で差異がみられ ない(p.38)などと説明されるが、普遍的なアイデアでも政策に影響するなら重要で はないか(参照、表2―3)。 アクターの「配置」はその「数、影響力、関与の程度」(p.38)とされ、評者が連想 したのは、政党システムの類型や市町村合併の成否の研究だった。たしかに、アクター の個数や中心的なアクターの存否は、交渉や意思決定に影響しそうで、それはあとの事 例研究で示されている(例、p.108∼109)。ただ「配置」はややあいまいで、著者も述 べるように、制度、利益とのあいだに重複部分がある(p.216∼217)が、それを認識 したうえでなら有用な概念だろう。 気になったのは、政策に関する理念・知識などの「アイデア」を枠組みから外す点 だ。近年の世界的な公共交通リバイバルは、環境への配慮や、中心市街地活性化(コン パクトシティ)のアイデアによって、大いに支えられている。あるいは、公共交通(や 水道、郵便、教育など)を担当するのは政府か、民間企業かという選択は、制度や利益 ドイツ都市交通行政の構造 169

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とともに、アイデアによるところが大きい。公共サービスの専門性や公平性と、効率性 や「経済活力」のいずれの理念を重視するかが、影響する。また日本では、政治家やマ スコミは「官から民へ」という、公務員を悪者にしかねないポピュリズム的な表現を好 み、行政学も「民営化」と呼ぶので、官僚のお役所仕事を国民・住民に近づけるというイ メージが醸成される。英語やドイツ語では「私企業化」(privatization, Privatisierung) と呼ぶので、公共サービスを、国民・住民が政治的に統制できない、儲からない事業を 廃止縮小しかねない私企業に委ねるデメリットも、認識されやすい。 4 運輸連合の政策効果は? 各都市圏で、運輸連合が早くあるいは遅く形成された、あるいは形成されないという 事実に注目するのは、従属変数(被説明変数)の設定としてはクリアーだが、さらに続 きとして、運輸連合によって公共交通がどう改善されたかも知りたい。連合を作れば、 利用者が増えるのか、経費(どの経費?)が削減できるのか、両方の効果があるのか。 ・・ ドイツ全体では、インターネットで見ると、公共交通(OPV)の利用者数はやや増 えつつある。各都市圏ごとに、利用者数、さらに収入、経費の経年データを示せば、運 輸連合の成立との関連を推測することはできるだろうが、他の原因もありうるので確定 はできない。なお、公共交通の競争力を高める政策として、ドイツでは、LRTの高速 化(都心部での地下化を含む)、パークアンドライド、鉄道、バスの運行頻度の確保な ども進めてきた。 5 日本の公共交通政策および中央地方関係への示唆 かつて「外国研究」は欧米の先進事例の紹介が盛んで、日本の政策発展に貢献した が、良い点だけ紹介する「出羽の守」で理論性を欠くとからかわれた。今日では逆に、 細部の「変数間の因果関係」の実証的証明に専念する場合、行き過ぎると、現実社会か ら遊離し見捨てられてしまうかもしれない。 本書の最後で、ドイツ研究から得られる日本への示唆に触れる部分が、私には興味深 く、実証や理論化を踏まえたいっそうのご研究を期待したい。 著者によれば、ドイツの運輸連合の発展条件と比べると、日本では自治体への財源の 保障、および広域調整を担当する都道府県の役割の明確化という2つの条件が、欠けて いる。「この点を勘案すれば、地方自治体と交通事業者との間で、これまで以上の連携 が行なわれる可能性は低い」などとしつつも、日本が運輸連合を直接的に導入するのは 現実的でないが、連携の要素を取り入れていくべきだと提言している。 日本でも、第3セクター鉄道での県・市町村の協力、大都市での郊外鉄道と地下鉄の 相互乗り入れ、ICカードによるスムーズな乗り換えといった、個別の連携は見られ る2。しかし著者が言うように、ドイツに学ぶとすれば、国は自治体に権限を委ねつつ も、自治体の財源保障と役割の明確化のため一定の関与もおこなうことが望ましいわけ で、これは「集権か分権か」というモデルに、新たな視点を加えるかもしれない。つま り「自治体への分権化のもとでの、国の責任ある政策分担・支援」は、中央地方の双方 に「利益」があるとともに、地方創生3の政策にとっては必要条件だろう。 170

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【注】 1 著者の小林氏は「交通行政」という呼称を使うが、行政機関だけではなく首長、議会や企 業も参加するので、ここでは「交通政策」と記す。 2 評者は30年前ドイツで研究したとき、都市の歴史景観、LRT、歩行者専用エリア、オープ ンカフェ、芝生の公園、専門職や女性も議員になりやすい地方議会の比例代表制、ファシズ ム・戦争も伝える国や市の歴史博物館を見て感激し、その一部について小論を書いた。でも 今では、後ろの2つ以外は日本でもかなり実現しヨーロッパ気分が味わえる。政策をめぐる 制度や利益は異なっても、アイデアだけ学ぶ過程もありうる。 3 たとえば、小磯修二・村上裕一・山崎幹根『地方創生を超えて―これからの地域政策』岩 波書店、2018年、p.4∼14、58∼59を読むと、安倍政権下の地方創生では、国が市町村の 「自由な政策案を査定」して財政補助するが、国自らの施策は弱い。 ドイツ都市交通行政の構造 171

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