法教育とDeSeCo キー・コンピテンシー~ PISA の視座を越えて
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(2) 西脇 保幸・吉田 浩幸. 84. 社会では,自由・平等な人間像を前提としたこのような個人・社会・国家それぞれの役割, 相互の関係いずれもが,法により規定されるのである。 ここでいう法は直接には,個人と国家の関係は国家の基本法としての憲法に,個人と社 会あるいは個人と個人の関係は社会の基本法としての民法に,それぞれ連なるさまざまな 法律,条例,規則などの実定法を指す。この実定法=「法規範」は,人々の「法意識」の 反映 と し て 制 定 さ れ,「 法 規 範 」に 基 づ い て 設 け られ た 具体 的 な「 法 制度 」 の運 用 によ っ て実現が図られるという,法の生成プロセスにおける3つの要素のひとつとして説明する ことができる。すなわち,この3つの要素のあいだに密接な相互関連性(相互規定性)に よるダイナミズムをもつ法でもある *3。 現代社会においては,法意識・法規範・法制度という3要素のダイナミズムの理解を基 *4. 盤と し た , 法 全 般 に つ い ての 理 解 を め ざ す 法 教 育が 必 要 不 可 欠 と い わ ざ るを 得 な い 。 な ぜならば,法の支配を貫徹するためには,次のような困難を克服しなければならないから である。すなわち,法の支配の下にある社会においては,現実のさまざまな紛争や社会問 題が人々の法意識を喚起し,法的な価値や原理にもとづいて分析され,必要に応じて法規 範や法制度を用いた解決が図られるが,そこでは,分析の基準をどこにおくか,法規範・ 法制度による解決を必要とするかといった判断がそれぞれの場面で,それぞれの当事者に 求められることとなる。その際の,形式的・画一的な法の理解のみに基づいた判断で機械 的に適用するばかりでは,具体的・個別的な問題への柔軟で公正な解決が図られないとい う困難であり,一方での,個々に価値や原理を振りかざすだけでは感情的な対立が泥沼化 し,価値・原理や規範・制度を問い直すこともなされず,やはり公正な解決は遠のいてしま うという困難である。 このように,法全般の理解は,現実の社会問題に対処し ,柔軟で公正な解決を図るため に欠くことのできないものであり,法教育の成果は実社会で活用されることを期待される。 法教育はその意味でまさに「社会参加型」の教育であり,現実の社会事象や文脈を全く無 視した理念にとどまってはならず,またそのような理念はあるべくもない。しかし,それ *5. は知 識 の 軽 視 を 意 味 す る もの で は な い 。 法の 3 要 素 の ダ イ ナ ミ ズム に 即 し て い え ば, 人 々の法意識から法が生まれるが,現実の法規範・法制度について,何を目的に,何をどの ような文言で規定し,どう運用されているかや,どのような歴史的・文化的背景に依拠し て成立したのかといった知識なくしては,法意識の喚起は感情や感覚のレベルだけにとど まってしまうであろう。 したがって,当然ながら,表面的に法を扱えば法教育ということにはならず,その内容 は価値的なものを含み,3つの要素のダイナミズムにおいて把握される法全般の理解をめ ざすものである。 2 法教育の重 要性・固有性をめぐって 法教育が,近代以降の社会および国家を構成する,自由・平等な人間像を前提とする個 人にとって必要欠くべからざる法全般の理解をめざすものであることから,その重要性, 固有性は自明のことにも思われる。しかし,そうした理解が必然であるとは限らず,また, その重要性ゆえにあるべき論が先行し,曲解が生じやすいとも言える。あらためて,その 論点ないし視点として次の4点を挙げ,筆者の理解を整理しておきたい。. - 2 -.
(3) 法教育と DeSeCo キー・コンピテンシー ∼ PISA の視座を越えて. ① 目的. 85. す で に 見 た よう に , 法 全 般 の 理 解 を めざ す こ と へ の 異 論 は 少な い 。 そ れ を 通. じて,法の支配にもとづく現代社会を生きる個人に必要な公民的資質を育成すること と考えれば,社会科教育の目標と大いに重なることとなる。ただし,ここで目指され る人間像については必ずしも明らかでないが,法全般の理解が単に法律用語を知ると いう意味の知識にとどまらず,法をささえる価値・原理や現実社会の問題に対処する ための活動までを広く含むものであることから,現代社会に生きる人間形成において 重要な位置を占めることは確かである。そのように,市民を育てるという意味で, 「学 力の新しいコアを成す」 *6ものと考えることもできる。 ② 対象. 法 全 般 の 理 解を 身 に つ け る べ き は , 社会 を 構 成 す る す べ て の人 で あ る こ と か. ら,法教育はあらゆる人を対象に行われなければならない。法は国家による強制力を 背景に成立するが,対象が国家の構成員(国籍保持者)に限られないのは ,国籍をも たない人々にも法は適用されるからであり,従来の「主権者教育」と区別されるべき 点である。また,その意味において,法曹育成を目的とする「法学教育」とも明確に 区別される。ただし本稿では,義務教育段階(小・中学生)における法教育をとくに 取り上げることとする。 ③ 内容. 価 値 的 な も のを 含 む 法 全 般 に 及 ぶ 。 社会 科 で 主 に 扱 わ れ る 法と 直 接 関 わ る 事. 項(主として公民的分野)のほか,その歴史的な背景や地理的な広がりを含み,法の 支配 に も と づ く 現 代 社 会の 構 成 員 で あ る (「 公 民 的 資 質」 を 備 え た ) 個 人に 必 要な 事 項全般を内容とする。とくに,個人によって構成される社会・国家との関係やそのあ り方,また,個人相互の関係いずれもが法により規定されることを中心に据えること となる。さらに法意識を射程に捉えるものである以上,法規範・法制度の形成に主体 的に関わる自覚と法を守りあう(守らせる)ことによって社会・国家を構成するとい *7. う意味での 「規範意識」 を扱う道徳教育のある一定の部分も含むと考えられる。 ④ 方法. 知 識 型 で な く思 考 型 ・ 体 験 型 あ る い は参 加 型 が 強 調 さ れ る が, そ れ は い わ ゆ. る知識軽視を意味するのでなく,十分な知識に基づいた論理的な思考であり,現実の 社会での文脈に即した思考ということになる。体験や参加によってそうした思考が効 果 的 に な さ れ る 場 合 も あ ろ うが , 法 全 般 の 理 解 は 体験 ・参 加 に よ っ ての み 達 成 可 能 で あるということにはならず,参加型の過度の強調が経験万能主義あるいは動員へと転 化する可能性に自覚的でなければならない。換言すれば,用語や事実を単に知ってい るという意味での知識さえ軽視しようとする思考型・社会参加型志向の主張からは, 無思考で感情論のみに立脚した「参加」しか生まれない。 これら4点は,以後の考察の前提として,さしあたり挙げたものであり,それぞれ相互 に密接なつながりをもつことは言うまでもない。これらを前提として第2章へ進む 。. 第2章. PISAとDeSeCoキー・コンピテンシー. 1 PISAショックと法教育の普及. - 何が目指されているか. - その近しさ. PISA(Programme for International Student Assessment:「生徒の学習到達度調査」)は OECD (経済協力開発機構)が2000年から3年ごとに実施している調査だが,日本で PISA への. - 3 -.
(4) 西脇 保幸・吉田 浩幸. 86. 認知が飛躍的に高まったのは,2004年末のいわゆる「日本版 PISA ショック」が契機であ ろう 。 公 表 さ れ た PISA2003の 結 果 , と く に 読解 リ テ ラ シー (「 読解 力 」 の 領域 ) で得 点 *8. は平 均 程 度 , 順 位 も 2000年 の 8位 か ら 14位 へと 大 きく 後 退し た と報 じ られ た こと が ,低 学 力 を 懸 念 す る 世 論 と も 共 鳴 し ,「 PISA 型 読 解 力」( あ る い は 「PISA 型 学 力 」) の 育 成 が 大 きく取り上げられることとなった。この時期は法教育への認知が高まり,普及していく時 *9. 期と重なるが,この広まりは法教育が「PISA 型読解力」の育成に有効であるとの風潮 に 後 押 し さ れ た 効 果 も 小 さ く な い と 思 わ れ る 。 本 稿 で は , PISA の 視 座 か ら 法 教 育 と の 共 通 の基盤やちがいを確認する作業が,法教育の固有性を明らかにするために有効と考えて取 り上げていく。 OECD が 3年ごとに 実施する PISA は,義務教育修了段階の15歳の生徒を対象とする国 際調査であり,国際的に見 て自国の教育の現状がどのような水準にあるのか,その位置づ けを示 す指 標へ の要望 から スタートした *10。すな わち,国と して教育政 策の成果を 評価す る必要からその手段として期待されるものである。そこでは,知識や経験をもとに自らの 将来の生活に関する課題を積極的に考え,知識や技能を実生活のさまざまな場面で直面す る課題にどの程度活用する能力があるかが調査され,学校の教科で扱われる知識の習得を 超 え た 部 分 ま で 評 価 し よ う と す る も の と い え る 。 PISA で は , 知 識 と 技 能 を 教 科 領 域 の 横 断的な概念の統合として捉える「リテラシー・アプローチ」が採用され,読解リテラシー, 数学的リテラシー,科学的リテラシーに分けて調査が行われ,3つの領域は次のように定 *11. 義される 。(下線は筆者) 読解リテラシー:自らの目標を達成し,自らの知識と可能性を発達させ,効果的に社会 に参加するために,書かれたテクストを理解し,利用し,熟考する能力。 数学的リテラシー:数学が世界で果たす役割を見つけ,理解し,現在および将来の個人 の 生 活 , 職 業 生 活 , 友 人 や 家 族 や 親 族 と の 社会 生 活 , 建 設 的 で 関 心を 持 っ た 思 慮 深 い 市 民 と し て の 生 活 に お い て 確 実 な 数 学 的 根拠 に 基 づ き 判 断 を 行 い, 数 学 に 携 わ る 能力。 科学的リテラシー:自然界および人間の活動によって起こる自然界の変化について理解 し , 意 思 決 定 す る た め に , 科 学 的 知 識 を 使 用し , 課 題 を 明 確 に し ,証 拠 に 基 づ く 結 論を導き出す能力。 日本版 PISA ショック後の世論を受ける形で文部科学省のワーキンググループは,2005 年に「読解力向上プログラム」を策定して「PISA 型『読解力』」の向上を謳い,その後20 07年からは A 問題(知識を問う)と B 問題(活用を問う)から成る全国学力・学習状況 調査が実施された。そして,2008年に改訂された学習指導要領では,言語活動の充実が大 々的に掲げられ,各教科で取り入れられていくことになる。 これら3つの領域の能力はそれぞれ,学問分野に照らして,読解リテラシー=人文科学 ・社会科学的能力,数学的リテラシー=数学的能力,科学的リテラシー=自然科学的能力 と読み替えることができ,読解リテラシーは国語的能力に限定されるものではない。した がって,読解リテラシーを国語的能力=言語活動と単純化することはできない。強いてい えば,分野による対象の相違こそあれ,根拠に基づいて論理的に思考する能力を問うてい る点は共通して おり,言語を用いて思考することから言語活動を共通項として導くことは 可能である。言語活動を各教科に導入する根拠もここに見出すほかない。. - 4 -.
(5) 法教育と DeSeCo キー・コンピテンシー ∼ PISA の視座を越えて. 87. た だ し , PISA で は 領 域 ご と の 別 個 の 評 価 問 題 に よ っ て 評 価 さ れ る が , 領 域 横 断 的 な 能 力と し て ,「 問 題 解 決 の 筋 道 が 瞬時 に は 明 白 で な く, 応 用可 能 と思 わ れる リ テラ シ ー領 域 あるいはカリキュラム領域が数学,科学,または読解のうちの単一の領域だけには存在し ていない,現実の領域横断的な状況に直面した場合に,認知プロセスを用いて,問題に対 処 し , 解 決 す る こ と が で き る 能 力 。」 *12 ( 下 線 筆 者 ) と 定 義 さ れ た 問 題 解 決 能 力 の 調 査 が 実施されたことに注目したい。しかし,この問題解決能力は2003年に調査されたのみであ った。 ところで,日本の法教育は,さまざまな立場からの憲法教育・司法教育や消費者教育な どの源流をもちつつ,裁判員制度の導入など一連の司法制度改革の動きの中で合流し,法 務省法教育研究会が2004年に発表した報告書が翌年『はじめての法教育』として出版され, 広く普及し ていった 。これは, PISA2003の結果を受 けた一連の 動きとちょ うど時期を同 *13. じくし,2008年には,改訂された学習指導要領に法やきまりに関する教育の充実として法 教育が取り入れられた。その後の法教育の固有性をめぐる議論の概要は,前章でみたとお りである。 こ の よ う に , 法 教 育 は 法 務 省 , PISA は 文 部 科 学 省 を 中 心 と し て , そ れ ぞ れ に 議 論 が 進 められ,現行学習指導要領で時を同じくして取り入れられたと見ることができる。法教育 でめざすものを PISA リテラシーに照らす ならば,学問分野の背景からも読解リテラシー とすることは問題ないが,両者がまったく重なるものでないことも明らかである。あえて いえば,2003年調査での問題解決能力がより近しいのではないだろうか。 2 PISAの概念的枠組みとしてのDeSeCoキー・コンピテンシー PISA は , 知 識 や 経 験 を も と に 自 ら の 将 来 の 生 活 に 関 す る 課 題 を 積 極 的 に 考 え , 知 識 や 技能を実生活のさまざまな場面で直面する課題にどの程度活用する能力があるかの調査と して構想されたが,そこで目指される個人像がどのように社会や国家と関わるかが,法教 育 を 論 じ る 際 に は 重 要 な 論 点 と な る 。 PISA の 背 景 と し て , OECD に お い て , 教 育 の 成 果 と 影 響 に 関 す る 情 報 へ の 関 心 が 高 ま り 、「 キ ー ・ コ ン ピ テ ン シ ー ( 主 要 能 力 )」 の 特 定 と 分析に伴うコンセプトを各国共通にする必要性が強調された。OECD は,DeSeCo(Definition and Selection of Competencies:「コンピテンシーの定義と選択」)プロジェクトを1997年末に スタートし,2003年に最終報告をまとめた。それは PISA 調査の概念枠組みの基本となっ ており,DeSeCo キー・コンピテンシーと呼ばれる。 DeSeCo キー・コンピテンシーは,「個人の人生の成功」と「うまく機能する社会」に資 する *14も のとし て, つまり ,個人と社 会の双方に 有益なもの として析出 され,次の 3つの 一般的な基準にもとづいている。 *15 ① 全 体 的 な 人 生 の 成 功と 正 常 に 機 能 す る 社 会 とい う 点 か ら , 個 人 お よび 社 会 の レ ベ ル で高い価値をもつ結果に貢献する ② 幅広い文脈において,重要で複雑な要求や課題に答えるために有用である ③ すべての個人にとって重要である さらに ,キー・コン ピテンシー の精神的前 提として思慮深さ(反省性):Reflectiveness を 掲げ,その意味を捉えるための概念として次の3点が示される。 ① 社会空間を乗り切ること. (さまざまな文脈を移動する). - 5 -. *16.
(6) 西脇 保幸・吉田 浩幸. 88. ② 差異や矛盾に対処すること:「あれかこれか」を越えて ③ 責任を取ること そし て, 最終 的に,〈 1〉「道 具を 相互作 用的 に用 いる」,〈2〉「異質 な人 々から なる集 団で 相 互に か かわ り あう」,〈 3〉「 自律 的 に 行動 す る」 とい う3 つのカ テゴ リー に分類 さ れたコンピテンシー概念が示された。それぞれのカテゴリーはさらに,3つずつの内容に 分 け ら れ , 合 計 9 つ の コ ン ピ テ ン シ ー が キ ー と し て 掲 げ ら れ て い る 。 こ れ に , PISA リ テ ラシーをあてはめると,読解リテラシーと数学的リテラシーは〈カテゴリー1〉の中の「言 語,シンボル,テクストを相互作用的に用いる」を,科学的リテラシーは同じく〈カテゴ リー1〉の「知識や情報を相互作用的に用いる」を具体化したものとされる。(表1) 表1 DeSeCoのキー・コンピテンシー 〈カテゴリー 1〉:相互作用的に道具を用いる 1-A 言語,シンボル,テクストを相互作用的に用いる (PISA の読解リテラシーと数学的リテラシー). 1-B 知識や情報を相互作用的に用いる (PISA の科学的リテラシー) 1-C テクノロジーを相互作用的に用いる 〈カテゴリー 2〉:異質な人々からなる集団で相互にかかわりあう 2-A 他者とよい関係を築く 2-B チームを組んで協同し,仕事する 2-C 対立を調整し,解決する 〈カテゴリー 3〉:自律的に行動する 3-A 大きな展望の中で行動する 3-B 人生計画や個人的プロジェクトを設計し,実行する 3-C 権利,利害,限界,ニーズを擁護し,主張する (松下佳代『〈新しい能力〉は教育を変えるか-学力・リテラシー・コンピテンシー-』22 頁より作成). DeSeCo キ ー ・ コ ン ピ テ ン シー に つ い て は 当 然 日 本に も 紹 介 さ れ , 2008年 の 学 習 指 導 要 領 改 訂 へ 向 け た 中 央 教 育 審 議 会 答 申 で は 、「 生 き る 力 」 を 強 調 す る 中 で ,「 こ の 主 要 能 力 ( キ ー コ ン ピ テ ン シ ー ) と い う 考 え 方 を 先 取 り し た と 言 っ て も よ い。」 *17 と し て 取 り 上 げ て い る 。し か し そ の 脚 注 で,「 主 要 能力 ( キ ー コ ン ピ テ ン シ ー) は 、 OECD が2000年 か ら 開始した PISA 調査の概念的な枠組みとして定義付けられた。PISA 調査で測っているのは 『単なる知識や技能だけではなく、技能や態度を含む様々な心理的・社会的なリソースを 活用して、特定の文脈の中で複雑な課題に対応することができる力』であり、具体的には、 ①社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する力、②多様な社会グループにおけ る人間関係形成能力、③自立的に行動する能力、という三つのカテゴリーで構成されてい る。」と,PISA が DeSeCo キー・コンピテンシーの3つのカテゴリーをすべて網羅して調 査しているかのように説明されている。つまり,「国際的な動向として OECD のキー・コ ンピテンシー及び PISA を提示しているけれども、キー ・コンピテンシーと PISA 型リテラ *18. シーの 区別 と関 係につ いて は不明なまま 」 紹介 され,むし ろ同義のも のとして理 解が広 まってしまったのである。 DeSeCo キ ー・コンピ テンシーは PISA を概念 的に枠づけるもので,PISA はあくまでも そ の 一 部 を 調 査 す る も の に 過 ぎ な い と い う 関 係 を 確 認 し た 上 で 述 べ れ ば , PISA で 示 さ れ たリテラシーは現代社会でめざされる個人に必要な能力であるとしても,それぞれ別個に 独立して調査される(問題解決能力はそれらの横断的能力と位置づけられていたが)こと か ら , め ざ さ れ る 個 人 の 全 体 像 につ い て は , DeSeCo キ ー ・ コ ン ピ テ ン シー か ら 読 み 取 る. - 6 -.
(7) 法教育と DeSeCo キー・コンピテンシー ∼ PISA の視座を越えて. 89. のがふさわしい。そこで,あらためて表1にある合計9つのコンピテンシーの構成と内容 を検討したい。 DeSeCo キー・コンピテンシーは,その3つのカテゴリーがすべて,「生活への思慮深い ア プ ロ ー チ を 必 要 と し て お り 」,「 道 具 を 使 う だ け で は 不 十 分 で あ り , そ れ を 『 相 互 作 用 的に 』 使 わ な け れ ば な ら ない 。 ま た , 他 者 と 交 流す る だけ で は不 十 分で あ り,『 社 会的 に *19. 異質な』集 団の中で他 者と交流し なければならない。」 とされるように,「他者」や「集 団」との「交流」を重要視することから,社会の中で生きる個人を前提としていることは 間 違 い な い 。〈 カ テ ゴ リ ー 1 〉 は , こ こ に 含 ま れ る 読 解 , 数 学 的 , 科 学 的 の 3 つ の PISA リテ ラ シ ー を 相 互 作 用 的 に用 い る こ と も 含 め,「 道具 」 レベ ル の個 人 還元 的 な能 力 とす る ことができる。それに対し〈カテゴリー2〉と〈カテゴリー3〉は,最終的には個人に還 元 さ れ る が ,「 社 会 生 活 」 上 の 能 力 で あ る 。〈 カ テ ゴ リ ー 2 〉 は 「 社 会 」 レ ベ ル で の 他 者 との相互の関わりであり,範囲としては,身近な部分社会や全体社会までさまざまな社会 が想 定 さ れ る。〈 カ テ ゴ リ ー 3 〉は そ う し た 社 会 にお け る, ひ とり の 構成 者 とし て の「 個 人」レベルでの行動ということができよう。 以上から,DeSeCo キー・コンピテンシーは, ①3つのカテゴリーに分類されたコンピテンシー概念の相互作用であり,さらに各カテ ゴリー内でのコンピテンシー概念の相互作用として捉えられる。また, ②「個人の内的な属性と文脈との相互作用の産物」であり,さらに, ③3つのカテゴリーが「並列されているのではなく,3次元座標のような布置(constellation)を も つ も の 」 と み な さ れ ,「 文 脈 に よ っ て そ の ウ ェ イ ト や 内 容 は 変 わ る も の の , 常に3つのカテゴリーは組み合わさって機能する」 *20 と い う 複 雑 に 絡 み 合 っ た 構 造 を も っ て い る 。 そ れ は , DeSeCo キ ー ・ コン ピ テ ン シ ー が 3つのカテゴリーの相互作用としてめざすのは,社会を前提とした「包括的(ホリスティ ック)で動的なもの」 *21だからである。 それに対し PISA リテラシーは,「DeSeCo キー・コンピテンシーの中の『道具を相互作 用 的 に 用 い る 』 能 力 (〈 カ テ ゴ リ ー 1 〉: 筆 者 註 ) の 一 部 を 測 定 可 能 な 程 度 に ま で 具 体 化 した も の 」 で あ り , し た がっ て 本 来 は,「 他 の キ ー・ コ ンピ テ ンシ ー と相 互 関連 性 をも ち ながら 形成 をは かるべ きも の」 *22であ り,しかも 評価問題の 文脈への活 用に限定さ れたも のなのである。 3 日本における誤解とPISAの限界 以上のように,PISA は DeSeCo キー・コンピテンシーに概念的に枠づけられた,きわめ て限定的なものとして構想され,実施されてきたが,日本では,そうした枠組みが深く顧 みられることはなかった。平均点によるランキングにもっぱら注目が集まり,中でも読解 リテラシーの低下が問題視され,結果,「(PISA 型)読解力」向上が至上命 題となり,「言 語活動」への取り組みへと収斂していった。そもそも,「PISA は教育成果を『学力』に限 定して調査し,それを教育システムと安易に相関させる発想そのものを否定する立場に立 っ て い る 」 に も か か わ ら ず で あ る 。 そ こ に は , た と え ば , PISA で 測 定 し よ う と す る 能 *23. 力と実際に測定している能力が同じものか(評価問題は適切か)といった,冷静で客観的 な議 論 は 後 景 に 退 き , 本 来,「 人生 を つ く り 社 会 に参 加 する 力 を問 題 にし た 調査 結 果が ,. - 7 -.
(8) 西脇 保幸・吉田 浩幸. 90. いつのまにかいわゆる学校知的学力と同一視され,後者の意味での学力の競争・測定・公 表 を 正 当 化 す る 手 段 に さ れ て い る 」 と も 指 摘 さ れ る 。 ま ず は 日 本 的 に 誤 解 さ れ た PISA *24. の視座から脱却する必要がある。 また,PISA では評価が個人還元的になされ,「小集団やインターネットによる協働的な 学 び ま で は カ バ ー 出 来 な い 」 *25 と も 言 わ れ る な ど , PISA の 性 格 か ら 当 然 と は い え , 自 身 の内に限界を抱えている。PISA がもつ限界を自覚しつつ,日本における誤解を,PISA の 概念的枠組みとなっている DeSeCo キー・コンピテンシーの全体像を通して今一度解きほ ぐす必要がある。 そ の 作 業 か ら は ,「( PISA 型 ) 読 解 力 」 だ け を こと さ ら に 取 り 上 げ て 育成 し よ う と す る 取 り 組 み 自 体 が , PISA が 構 想 し た 文 脈 か ら 著 し く 逸 脱 し , 皮 肉 に も , 文 脈 を 読 み 解 く と いう 「( PISA 型 ) 読 解 力 」 を 備え な い誤 っ た読 解 に基 づ くこ と が明 ら かに な ろう。「 PISA が示しているのは,生徒たちの数学リテラシーや読解リテラシーだが,その受け止め方に は各国の大人たちの市民的リテラシーが如実に現れる」*26との指摘を甘受せねばならない。 その上であらためて法教育に立ち返ると,「PISA 型読解力に有効な法教育」なる言説は PISA へ の 大 い な る 誤 解 に 基 づ き , 法 教 育 を 矮 小 化 す る も の と も 言 え る 。 そ し て , あ ら た めて PISA の 視座を越えた DeSeCo キー・コンピテンシーの全体像を通しての考察を次章 で試みたい。. 第3章 法教育とDeSeCoキー・コンピテンシー 1. PISAの視座を越えて すでに確認したように,法の支配の下にある現代社会では,個人・社会・国家はそれぞ. れ,相互の関係いずれにおいても法により規定されていることから,広く法全般の理解を 図 る 法 教 育 が 不 可 欠 で あ る 。 ま た , PISA で は 3 つ の リ テ ラ シ ー に 分 け て 調 査 が な さ れ る が, 法 教 育 に お い て は,「 テ ク スト を 理 解 し , 利 用し , 熟考 す る能 力 」と い う読 解 リテ ラ シーの「テクスト」を,法という形で表されたものと限定して読み取ることができる。こ れは,法教育がめざす法全般の理解にとって欠くことはできないものであり,法教育で扱 われる法的なものの考え方(法的リテラシー)と,法というテクストを必ず媒介とするか どうかはともかく,同じ基盤に立つものといえる。しかし,法教育が,現実社会の文脈(紛 争や対立など)を理解(事実認定など)し,法(という形で表されたテクスト)を用いて (あ る い は 用 い ず), 現 実 的 に 対処 し よ う と す る もの で ある こ とか ら ,読 解 リテ ラ シー の 範 疇 に は と ど ま ら ず , PISA の 2003年 調 査 で 取 り 入れ ら れ た 「 問 題 解 決 能力 」 に よ り 近 し いと考えられる。ただし,その定義=「問題解決の筋道が瞬時には明白でなく,応用可能 と思われるリテラシー領域あるいはカリキュラム領域が数学,科学,または読解のうちの 単一の領域だけには存在していない,現実の領域横断的な 状況に直面した場合に,認知プ ロセスを用いて,問題に対処し,解決することができる能力」には「領域横断的」の表現 や DeSeCo 事業 への言 及 は 見られ るが ,先 述した 「他 のキ ー・コ ンピ テンシーや リテラ *27. *28. シーと 相互 関連 性をも ちな がら形成を図 るべき」 とする積 極的な姿勢 までを読み 取るこ と は で き な い 。 こ れ は , PISA が あ く ま で も 調 査 に と ど ま る こ と に よ る 限 界 で あ ろ う 。 い. - 8 -.
(9) 法教育と DeSeCo キー・コンピテンシー ∼ PISA の視座を越えて. 91. ずれにせよ,法教育を論じるにあたっては,限界をもつ PISA の視座を越え,その概念的 枠組みである DeSeCo キー・コンピテンシーの全体像をとの対話が必要となる。 そこでは,法教育において扱われる,法を必要とする(あるいはしない)社会事象(文 脈 ) の 捉 え 方 や 法 に よ り 相 互 に 規定 さ れ る 個 人 ・ 社 会 ・ 国家 の あ り 方 と , DeSeCo キ ー ・ コンピテンシーの3つのカテゴリーに示されたことがらとそこで重視される相互作用とを 近しく扱い,対比させることができると思われる。それぞれが立脚する普遍的な枠組みの 確認という観点からも不可欠の考察として次に検討する。 2 法教育とDeSeCoキー・コンピテンシー. - 文脈と個人・社会・国家. (1)現実の文脈への活用 DeSeCo キ ー ・ コ ン ピ テ ン シ ー で 示 さ れ る 主 要 な能 力 の ひ と つ は , さ まざ ま な 「 道 具 」 を相互作用的に,現実の問題(= PISA 調査のような評価問題の文脈に限定されることの ない現実の問題 )へ具体的に活用することである。このことは,法教育においては,法全 般の理解にもとづいて,法的なものを活用して現実の社会事象や紛争に具体的に対応しよ うとすることと言える。これは基本的には〈カテゴリー1〉 (相互作用的に道具を用いる) に 示 さ れ た 内 容 で あ り , し た が っ て , PISA で 調 査 さ れ る 読 解 リ テ ラ シ ー だ け に 限 定 さ れ るも の で は な く,「 言 語 , シ ン ボル , テ ク ス ト 」 を含 む より 広 汎な も のの 活 用で あ る。 さ らに,これまでのさまざまな経験や社会的関係をも「道具」として総動員しようとする「活 用」であり,〈カテゴリー1〉の枠内にとどまらない。 すなわち,法に照らすならば,現実の社会問題としての紛争解決のための制度化やその 運用 に あ た っ て の 議 論 に は,〈 カテ ゴ リ ー 2 〉 や 〈カ テ ゴリ ー 3〉 の キー ・ コン ピ テン シ ーが 欠 か せ な い の で あ る 。具 体 的 に は , 端 的 に 「対 立 を調 整 し, 解 決す る」〈カ テ ゴリ ー 2 -C 〉 こ と で あ り , そ の た め に は 他 者 の 協 力 を 得 な が ら 「 チ ー ム を 組 ん で 協 同 し , 仕 事 する」〈カテゴリー2-B〉ことも必要である。そして,その紛争解決にあたっては,当事 者の「権利,利害,限界,ニーズを擁護し,主張する」〈カテゴリー3-C〉ことや,究極 的に個人の尊重が保障されるものかを問うこと(たとえば公共の福祉など)といった「大 き な 展 望 の 中 で 行 動 す る 」〈 カ テ ゴ リ ー 3 -A 〉 こ と が 求 め ら れ る 。と す る と ,「 他 者 と よ い関係を築く」 〈カテゴリー2-A〉とは,表面的,予定調和的な「他者の尊重」や「共感」 にとどまるのではなく,ときには主張の対立を抱えながらも隣人であり続けるような,あ 、、 るいは,より「よい関係」を構築するために,時には対立することも厭わない関係を築く こ と で あ る 。「 人 生 計 画 や 個 人 的 プ ロ ジ ェ ク ト を 設 計 し , 実 行 す る」〈 カ テ ゴ リ ー 3-B 〉 についても,往々にしてこれが他者のものと衝突して紛争の契機となることも多く,また, 他者との関係において支 援を受けたり,反対に自制をしたりすることもあることから, 「思 慮深 さ」(= キ ー・ コ ンピ テ ンシ ー の精 神 的前 提 )を も って 「設 計」,「 実行 」す ること が 求め ら れ る 。 こ の よ う に,〈 カ テゴ リ ー 2 〉 や 〈 カテ ゴ リー 3 〉も 含 めた す べて の コン ピ テンシーが絡み合った,さらにその精神的前提までを包括した全体像を通した考察が常に 求められることになる。 こ の よ う に , 法 教 育 で は ,「 対 立 を 調 整 し , 解 決 す る」〈 カ テ ゴ リ ー 2 -C 〉 に と ど ま ら ず,他のすべてのコンピテンシーを含めた統合的なアプローチが可能であり,また不可欠 なのである。. - 9 -.
(10) 西脇 保幸・吉田 浩幸. 92. (2)個人と社会,そして国家 第1章で見たように,自由・平等な人間像を前提として,個人を尊重し,その人権を保 障する目的での国家形成がなされた近代以降今日まで,法は人権保障にとって重要な機能 を果 た し て い る 。 そ れ は 何よ り も , 各 個 人 が そ うし た 法を 欲 した か らで あ り( 法 意識), それ を 規 範 化 し ( 法 規 範), 制 度と し て 運 用 す る (法 制 度) こ とに よ り実 効 ある も のと し てきた。そこに生きる個人は,天賦固有の人権を享有する主体(人権主体)であり,同時 に,自らの人権を保障する国家を形成する主体(主権主体)であるという二つの側面をあ わせもつ。このような個人と国家の関係は主として憲法に規定される。そして個人はまた, 近代国家成立以前から他者と契約を結んだり,さまざまな社会に属してきたが,そうした 個人と個人や個人と社会の関係はおもに民法に規定される。憲法と民法の関係論には立ち 入らないが,国家から自由に取り交わされた契約であって も,たとえば裁判において当事 者の人権をより保障するために,国家が履行を迫ったり,契約の無効を宣告したりするこ とも法の名において行われるように,個人の人権保障に果たす国家の役割は大きい(社会 権を 保 障 し た 現 代 国 家 で はな お さ ら で あ る)。 法 教育 が 理解 を 図ろ う とす る 法全 般 には , こうした国家像が含まれる。 あらためて DeSeCo キー・コンピテンシー全体(表1)を法教育,とくに法の3要素の ダイ ナ ミ ズ ム に 引 き 寄 せ て見 て み る と,〈 カ テ ゴ リー 1 〉で は ,現 実 の社 会 問題 に つい て 的確 な 知識・ 情報 を収 集(1 -A )し ,そ れに 基づい て分 析( 1-B)す るこ とで 法意識 を 形 成 し た り , 道 具 と し て 法 規 範 や 法 制 度 を 適 切 に 利 用 ( 1 -A ) し た り す る こ と が で き る 個人=法を自らのものとして用いることができる個人が示されている。これは、法規範を 生成するための法意識の主体であり,同時に既存の法規範・法制度による恩恵を享受する 主体でもある。 〈カテゴ リー2〉では,広く社会において関わり合う個人が浮かび上がる。 個 人 が も つ 法 意 識 を 社 会 の 中 で 他 者 の 法 意 識 と 交 流 す る ( 2 -A ) こ と か ら , 必 要 に 応 じ てチームを組んでより広汎な法意識を結集して法規範・法制度の生成や改廃を図る(2B ) こ と や , 法 を 持 ち 出 す こ と な く 解 決 を 図 る ( 2 -C ) こ と が で き る 個 人 で あ る 。 こ れ は,社会の中で自由に自治的に行動する個人であり,社会の中でそうした権利・自由を(ほ とん ど 無 自 覚 に ) 行 使 す る私 的 自 治 の 主 体 で あ る。 こ のよ う に,〈 カ テゴ リ ー1 〉 と〈 カ テゴリー2〉だけに現れる個人からは,自治的に形成される社会で他者と協調して能動的 に活動する個人像・社会像を見て取れるが,直接にはっきりと国家を見出すことはできな い。あえて見出すならば,自治的な社会の外側で,権力行使にきわめて禁欲的な存在とし ての夜警国家である。. 、、 しかし,そうした社会の中にあって自治的に,自由に活動する権利を自覚するならば,. たち ど こ ろ に 国 家 の 存 在 が浮 上 す る 。〈 カ テ ゴ リ ー3 〉 には , その よ うに 自 覚し た 個人 が 示されている。端的には,「権利」を主張する(3-C)個人である。社会において権利・ 自由(自治)が侵害される場合には,個人は国家に対し,権利としてその侵害の排除とそ れによる権利・自由の保障を求める主体となり,先に述べたような「大きな展望の中で行 動 す る」( 3 -A )。 そ の 行 動 に あ っ て , 権 利 の 自 覚 こ そ は 法 意 識 で あ り ,そ こ か ら 民 主 主 義的に議会を通じて法を形成し,制度化することによって権利・自由の保障をめざす方向 (法意識→法規範→法制度)と,立憲主義的に裁判や違憲審査制により裁判所に法形成的. - 10 -.
(11) 法教育と DeSeCo キー・コンピテンシー ∼ PISA の視座を越えて. 93. なはたらきを促すことによる権利保障をめざす方向(法意識→法制度→法規範)が考えら れる。いずれに向かうにせよ,こうした行動をする個人は,他のキー・コンピテンシーを 相互作用的に用い〈カテゴリー1〉ながら,また,他者や社会と相互作用的に関わり〈カ テゴリー2〉ながら,自らの権利・自由の実現をめざす(3-B)個人像に収束していく。 し た が っ て , こ の よ う な ,〈 カ テ ゴ リ ー 3 〉 に 見 ら れ る 権 利 に 自 覚 的 な 個 人 が ,〈 カ テ ゴ リー 1 〉 の 道 具 を 用 い た り,〈 カテ ゴ リ ー 2 〉 の 集団 で 相互 に かか わ りあ う 行動 に は, そ の 対 象 と し て 国 家 を 見 る こ と が で き , そ の 国 家 像 は 〈 カ テ ゴ リ ー 1 〉,〈 カ テ ゴ リ ー 2 〉 に示された行動をなす自由を積極的に保障し,その実現に努める現代的国家そのものとな る。. 、、 以 上 の よ う に , 権 利 を 自 覚 し た 個 人 を こ と さ ら に 取 り 上げ る こ と に よ り , DeSeCo キ ー. ・コンピテンシーの内容は,法教育で扱おうとする個人・社会・国家像と重 なることが明 ら か に な っ た 。 し か し な が ら , DeSeCo キ ー ・ コ ンピ テ ン シ ー は , 多 く の国 家 に よ る 組 織 で あ る OECD の 手 に よ る も の で あ り , グ ロ ー バ ル な 経 済 発 展 を 担 う こ と が で き る 個 人 に 必要な能力を「個人の人生の成功」と「うまく機能する社会」に資するものとして析出し たものである。したがって,そこに国家の姿が明確に描かれることはなく,ことさらに触 れられていないことは理解できよう。しかし,個人が今日の現実の社会を生きる上で,国 家との関わりを無視することはできず,また個人の権利保障が国家によってなされる以上, めざされる国家像を反映したキー・コンピテンシーが論じられて然るべきであり,国家像 を透明化したグローバル経済のもとで個人は人権保障の後ろ盾を失う恐れがある。各国家 の内情による具体的な法規範・法制度個々の違いを認めつつ,それでもなお共通する普遍 的なるものを考察しようとする法教育の視点に立ちつつ,国家権力に よる強制を背景とし *29. て成立 する 法 を扱 うこと で,人権保 障の拠り所 を失いグロ ーバル社会 を漂流しか ねない 個人を引き留めることができる。 DeSeCo キ ー ・ コ ン ピ テ ン シ ー と 対 応 さ せ て 考 察し た 結 果 , こ こ に 法 教育 の 固 有 性 を 見 出すことができる。第1章で整理した論点ないし視点に照らすならば,目的と内容に関わ る法教育の固有性が際だつことになり,したがって,対象と方法については目的・内容に 応じて適切に判断されるべきであると言えよう。. *30. さ ら に い え ば , DeSeCo キ ー ・ コ ン ピ テ ン シ ー にお い て は , め ざ さ れ る「 正 常 に 機 能 す る社会」と「人生の成功」について,自由な経済活動が阻害されないという意味での「正 常」と経済的な意味での「成功」といった一面的な捉え方に傾きがちな個人像がある。 DeSeCo プロジェクトでは,「正常に機能する社会」の特質として,経済生産性,民主的プ ロセス,連帯と社会的結合,人権と平和,公正・平等・差別観のなさ,生態学的持続可能性 が,また「人生の成功」の要因として,経済的地位と経済資源,政治的権力と政治力,知 的資源,住居と社会基盤,健康管理と安全性の確保,社会的ネットワーク,余暇と文化活 *31. 動,個 人的 な満 足感と 価値 志向が列挙さ れており ,経済的 意味だけに 限定してい るとは 言い切れないが,経済生産性を重視する社会での経済的地位の向上をめざす個人像が大き な 存 在 感 を 示 し て い る こ と は 間 違い な い 。 こ の , DeSeCo キ ー ・ コ ン ピ テン シ ー に お い て めざされる個人をあらためて,経済的自由の体現者としてだけに限定することなく,広く *32. 人権保 障の 視点 から問 い続 けることが大 切であり ,そうし た問いを発 し続けられ る個人 を育てようとするのが法教育なのである。. - 11 -.
(12) 西脇 保幸・吉田 浩幸. 94. 関 連 し て , DeSeCo キ ー ・ コ ン ピ テ ン シ ー に 国 家像 を 見 い だ す 契 機 と なっ た 「 権 利 」 に 関し て も 同 じ こ と が 言 え る。 す な わ ち,「 権 利 」 の理 解 が他 者 との 経 済的 利 害の レ ベル に とどまっている限りは,そこから社会権を広く保障しようとする現代的な国家像を導くこ とはできないということである。 このように,広く法全般の理解をめざし,権利・自由を自覚的に扱う法教育により, DeSeCo キ ー ・ コ ン ピ テ ン シ ー の 個 人 ・ 社 会 ・ 国 家像 を 補 強 し , 誤 用 や 逸脱 を 防 ぐ こ と が で き る は ず で あ る 。 さ ら に , DeSeCo キ ー ・ コ ン ピテ ン シ ー が 精 神 的 前 提と し て い る 思 慮 深さ(反省性)を,個人の尊重という側面から価値的に枠づけることで,一層の補強とな るであろう。 おわりに. まとめと今後の課題. 日本における法教育の普及と日本版 PISA ショックの時期的な重なりへの興味から発し た本稿は, 法教育との考察にあたり PISA の概念的枠組みである DeSeCo キー・コンピテ ンシーとの対話を必然的にこころみた結果,法教育の固有性をその目的と内容において確 認 す る こ と が で き た 。 DeSeCo キ ー ・ コ ン ピ テ ン シー は , 経 済 的 に 成 功 を収 め て い る 人 の 行動特性の分析から導き出されたものであり,OECD という組織の性格上からも,経済的 な視点から読みやすく書き上げられているのは当然であろう。近年,教育の分野にも民間 企業の経営理論や手法が導入され,成果の評価がなされようとしている中,筆者の周囲で も数値目標や PDCA サイクルといった語句が日常的に使われている。そこで「達成すべき 目標 は ,『 人 間 像 』 な ど の よ う に『 人 格 』 の 全 体 にか か わる も のよ り は、 特 定の 行 動特 性 と し て 明 確 に 限 定 さ れ た も の 」 でな け れ ば な ら な い と す る動 向 は , DeSeCo キ ー ・ コ ン ピ テンシーと「親和性が高い」. *33. と 指 摘 さ れ る と お り で あ ろ う 。 PISA に お け る 3 つ の リ テ. ラシーがそれぞれ別個に調査され,評価も別個になされることがそれをよく示している。 教育は人格の完成を期して営まれるが,それは細分化された行動特性を単純に足し算して で き る 集 合 体 で は な い と い う こ とを 忘 れ て は な ら な い 。 ただ し , DeSeCo キ ー ・ コ ン ピ テ ンシーの複雑な相互作用性を全体として俯瞰できるならば,さらに,法的な思考のフィル ターを通して現実の社会,国家との関係を踏まえるならば,現実の社会に生きる個人のめ ざされるべき全体像にかなり迫ることができるであろう。 すなわち,法教育は PISA リテラシーの視座を越え,その概念的な枠組みである DeSeCo キー・コンピテンシーにおける3つのカテゴリーどうしの相互作用を意識的に,必然的に 扱い,その上で個人,社会,国家の全体像を示そうとするものである。この意味において, これまでに示されている PISA の視座を越えるだけでなく,DeSeCo キー・コンピテンシー の 枠 組 み に さ え と ど ま る こ と な く, DeSeCo キ ー ・コ ン ピ テ ン シ ー を よ り 充 実 さ せ る 契 機 を内包するものといえる。 ところで最後に,社会科教育の範疇から法教育を考えることを提起しておきたい。これ に関連して,大杉昭英は DeSeCo キー・コンピテンシーを論じる中で,まず教育課程を「要 素主義的アプローチ」と「ホリスティックアプローチ」に二分した上で,ホリスティック な 「 DeSeCo キ ー ・ コ ン ピ テ ン シ ー を 育 て る 最 適 な学 習 領 域 は 総 合 的 な 学習 の 時 間 」 で あ ると す る 。「 要 素 主 義 的 」 と さ れる 各 教 科 は 「 他 教科 に 比較 優 位す る もの に 重点 化 して 指. - 12 -.
(13) 法教育と DeSeCo キー・コンピテンシー ∼ PISA の視座を越えて. 95. 導を行うべき」とし,「〈 カテゴリー2-C〉(対立を調整し,解決する)と〈カテゴリー3C〉( 権利 , 利 害 , 限 界 , ニ ー ズを 擁 護 し , 主 張 する ) が社 会 科に お いて 比 較優 位 」で あ *34. る と述 べ,本 稿で 述べる ような法教 育のもつホ リスティッ クな側面を 社会科で扱 うこと には否 定的 であ る。たし かに,〈 カテゴリー 2-C〉〈カ テゴリー3 -C〉 は,法教育 で扱う 内容を端的に述べるものであるが,他のすべてのコンピテンシーとの相互作用的な関わり の全体像こそが法の働きであり,法全般の理解につながるということと,そこで用いられ る「道具」である法を扱うにふさわしい領域は,教員が法について専門的な知識を備えて いる必要があることから,やはり社会科で中心的に扱われるべきである。そこからは,社 会科を要素主義的な領域に押し込めている考え方そのものに無理がないかを問い直す契機 が生じよう。この点についての詳細な検討は,今後の課題としたい。. *1. 高木八尺他編『人権宣言集』岩波書店(1957年)133頁。. *2. したがって,(国家は)「その授権の範囲を超えて権限を行使することはできないから,. 授権 規 範で あ る憲 法 は,同 時に 制 限規 範 とな る」(芹 沢 斉「 立 憲主 義 」杉 原 泰雄 編 『新 版 体系 憲 法 辞 典 』 青 林 書 院 (2008年) 137頁 )と さ れる 。 近年 の 「権 力 を制 限 する た めの 憲 法」を謳う「立憲主義」は,こうした授権規範としての憲法を自明の前提として導かれる ことを看過してはならず,法教育実践で扱う際にも注意が必要である。 *3. 北川善英「『法教育』の現状と法律学」『立命館法学』321・322号(2008年)66~67頁。. 3 つ の 要 素 に つ い て は , 長 谷 川 正 安 『新版 憲法学の方法』日本評論社(1968年)48~64頁を 参照せよ。 *4. このような法教育の必要性については,近代市民社会における公教育の成立の背景と. しても考察する必要がある。詳しくは拙稿「法教育と社会科教育-身近な ルールを扱う視 点から-」(横浜国立大学大学院教育学研究科修士(教育学)学位論文)(2011年)17頁以 下を参照せよ。 *5. このことについて,法務省法教育研究会の報告書である『はじめて法教育』ぎょうせ. い( 2005年 ) は, 法 教育 の 特色 の ひと つ とし て,「法 律 の条 文 や制 度 を覚 え る知 識 型の 教 育ではなく,法やルールの背景にある価値観や司法制度の機能,意義を考える思考型の教 育であること,社会に参加することの重要性を意識付ける社会参加型の教育であること」 を挙げ,思考型・社会参加型の教育であることを強調している(同書2頁)。その結果,知 識型の教育が後景に退き,知識を学習することを軽視していると捉えられることは否めない。 知識をどのように捉えるかは古代ギリシアより多く論争となってきたところであり,法 教育における位置づけについては別の機会に論じることとするが,深い思考・有効な社会 参加のためには豊かな知識が必要不可欠 であるとするのが,本稿の立脚点である。 *6. 小玉重夫『学力幻想』筑摩書房(2013年)24頁。ただし,ここで小玉が念頭に置くイ. ギリスのシチズンシップ教育をそのまま「新しいコア」と置き換えることについては,改 めて検討が必要である。 *7. 単に法を遵守することのみを強いる「遵法意識」と同義にならないことには,十分な. 注意が必要である。. - 13 -.
(14) 西脇 保幸・吉田 浩幸. 96. *8. 文部科学省,国立教育政策研究所の資料では「読解力」とされるが,OECD の原文で. は Reading Literacy であり,後述する数学的リテラシー,科学的リテラシーと並列に表され ている(The PISA 2003 Assessment Framework (http://www.oecd.org/edu/school/programmefor internationalstudentassessmentpisa/33694881.pdf) p.15) こ と か ら , 本 稿 で は 「 読 解 リ テ ラ シ ー」と表記する。 *9. 法教育と「PISA 型読解力」とを直接に結びつけた論考は,次のように述べる。「例え. ば,裁判員として実際に関わった人物の新聞記事を読み,その心境を読み取りながら『こ の人が決めた判断は本当に○○でよかったのでしょうか』と考えさせ記述させることによ り PISA 型読解力が身に付く。」(金子幹夫「学校現場において法教育を 普及させるための 方 策 に つ い て 」( 2010年 ) 4-5頁 , http://www.moj.go.jp/content/000071968.pdf) こ れ は , 平 成22年度法教育懸賞論文入選作品であり,法務省の HP からも読むことができるので,一 般的には違和感なく受け入れられている考え方を反映したものと言えよう。また,千葉大 学教育学部・附属連携研究社会科部会編「社会が見えてくる“法”教材の開発」明治図書 (2008年)は,本書中には PISA と法教育を直接に結びつける記述は見受けられないにも か か わ ら ず , 副 題 に 「 PISA 型 テ ス ト 問 題 に も 活 用 で き る 7 + 10」 と 付 けら れ , 表 紙 を 飾 っている。営業上,この副題が有効と判断されたのはやはり,こうした風潮があればこそ と考えられる。 *10. OECD が1988年にスタートさせた INES(International Indicators of Education System:教. 育インデ ィケータ事業)以降の流れの中でのことであるが,本稿では PISA と DeSeCo のみ を取り上げ,それ以前については立ち入らない。 *11. OECD /国立教育政策研究所監訳『PISA2003年調査 評価の枠組み』ぎょうせい(20. 04年)9頁。 *12. 前掲*11『PISA2003年調査 評価の枠組み』9頁。. *13. 法 教 育 の 源 流 を め ぐる 考 察 に つ い て は , 北川 善 英 「 拙 稿 前 掲 *4「 法教 育 と 社 会科 教. 育-身近なルールを扱う視点から-」10~13頁を参照せよ。 *14. 松 下 佳 代 『〈 新 し い 能 力 〉 は 教 育 を 変 え る か - 学 力 ・ リ テ ラ シ ー ・ コ ン ピ テ ン シ ー. -』ミネルヴァ書房(2010年) *15. 21頁。. ド ミ ニ ク ・ S・ ラ イ チ ェ ン , ロ ー ラ ・ H・ サ ル ガ ニ ク 編 著 『 キ ー ・ コ ン ピ テ ン シ ー. -国際標準の学力をめざして』明石書店(2006年)88~90頁。 *16. 前掲*15『キー・コンピテンシー -国際標準の学力をめざして』98~101頁。. *17. 中 央 教 育 審 議 会 「 幼 稚 園 、 小 学 校 、 中 学 校、 高 等 学 校 及 び 特 別 支 援学 校 の 学 習指 導. 要領等の改善について(答申)」(2008年)9~10頁。これについて松下佳代は,「内容にお いても理論的根拠づけにおいても『生きる力』と DeSeCo キー・コンピテンシーの間には大 きな 隔 たり が ある」( 前掲 *14『〈 新 しい 能 力〉 は 教育 を 変え る か- 学 力・ リ テラ シ ー・ コ ンピテンシー-』37頁。)と述べている。 *18. 中野啓明「キー・コンピテンシーと PISA リテラシー」『敬和学園大学研究紀要』21号. (2012年)173頁。 *19. 前掲*15『キー・コンピテンシー -国際標準の学力をめざして』103頁。. *20. 前 掲 *14『〈 新 し い 能 力 〉 は 教 育 を 変 え る か - 学 力 ・ リ テ ラ シ ー ・ コ ン ピ テ ン シ ー. -』21~22頁。. - 14 -.
(15) 法教育と DeSeCo キー・コンピテンシー ∼ PISA の視座を越えて. 97. *21. 前掲*15『キー・コンピテンシー -国際標準の学力をめざして』69頁。. *22. 前 掲 *14『〈 新 し い 能 力 〉 は 教 育 を 変 え る か - 学 力 ・ リ テ ラ シ ー ・ コ ン ピ テ ン シ ー. -』23頁。 *23. 岩川直樹「誤読/誤用される PISA 報告」岩波書店『世界』第739号(2005年)124頁。. *24. 前掲*23「誤読/誤用される PISA 報告」122頁。. *25. 安藤輝次「PISA から真正評価へ」明治図書『社会科教育』581号(2007年)9頁。. *26. 前掲*23「誤読/誤用される PISA 報告」128頁。. *27. 前掲*11『PISA2003年調査 評価の枠組み』133頁以下。. *28. 前 掲 *14『〈 新 し い 能 力 〉 は 教 育 を 変 え る か - 学 力 ・ リ テ ラ シ ー ・ コ ン ピ テ ン シ ー. -』23頁。 *29. 北 川 善 英 は , 法 の 特質 と し て , ① 当 事 者 を対 等 ・ 平 等 な 存 在 と し て捉 え る 。 ②適 用. 範囲は全体社会であり,したがってその内容は一般的・普遍的である。③規律対象は人間 の外的行 為に限定される。④権利と義務の対応関係が中心となっている。⑤サンクション (制 裁 ・賞 罰) は物 理的強 制装 置(警察・ 刑務 所な ど)を 独占 する 国家権 力に よっ てなさ れ る。 の 5点 を 挙げ て いる。( 前掲 *3「『 法 教 育』の 現状 と法 律学」 79頁。)法 以外 の「き ま りごと=規範」もこのうちのいくつかを備える場合もあるが,5点すべての特質を備える 、、 のは法だけであり,とくに②と⑤の特質は,通常他から見出すことはできず,したがって 法を直接扱うことによってしか学習できないことから,筆者は,法教育における「ルール づく り 」 の 限 界 と 可 能 性 を示 し た 。( 拙 稿 「 ル ー ルか ら 法へ - 私的 自 治の 視 点か ら “身 近 なルール” をとらえる 」法と教育 学会『法と教 育』vol.2(2011年)79頁以下。)あらため て, 全 体 社 会 へ 適 用 さ れ (② ),国 家 権 力 に よ り 強制 さ れる ( ⑤) と いう , 国家 の 作用 と しての法にしか見られない特質を扱うことの意義と,法教育は国家像か ら離れられない宿 命を見て取れよう。 *30. こ の こ と か ら , 知 識型 か 思 考 型 ・ 社 会 参 加型 か と い う 方 法 論 は 法 教育 の 固 有 性を め. ぐる 本 質 的 な 議 論 で は な いこ と が 理 解 さ れ よ う 。し た がっ て,「ル ー ルづ く り」 や 「模 擬 裁判」が必須なものかどうかも同様である。 *31. 前 掲 *15『 キー ・ コン ピ テン シ ー - 国際 標 準の 学 力を め ざし て 』144~ 148頁 (ハ イ. ンツ・ジロメン執筆)。 *32. 何 を も っ て 「 人 生 の成 功 」 と す る こ と が でき る か は , 自 ら の 意 志 をも っ て 自 律的 に. 判断し生きる主体性に支えられた個人の選択にゆだねられるべきであり,自分の欲求の満 足を最大化させる行動の帰結としての成功と必ずしも一致させなければならないものでは ない。長谷部恭男はラズやスキャンロンを参照しつつ,比較不能な選択肢からの意思決定 の 必 要 性 と , そ れ を 保 障 す る 憲 法 13条 の 意 味 を 指 摘 し て い る 。( 長 谷 部 恭 男 『 憲 法 の 境 界』羽鳥書店(2009年)115~128頁) *33. 宮 嶋 秀 光 「 人 格 と キー ・コ ン ピ テ ン シ ー 」名 城 大 学 『 大 学 ・学 校 づく り 研究 』 第2号. (2010年)53頁。 *34. 大杉昭英「社会科とキー・コンピテンシー」『岐阜大学教育学部研究報告人文科学』. 第59号第2巻(2011年)38頁. - 15 -.
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