の電気伝導特性
著者
一ノ倉 聖
学位授与機関
Tohoku University
二重量子井戸構造を用いた
量子ポイントコンタクトの電気伝導特性
東北大学大学院理学研究科
物理学専攻
一ノ倉 聖
平成
24
年
目次
第1章 序論 3 1.1 研究の動機 . . . 3 1.2 研究の目的・課題 . . . 6 1.3 本論文の構成 . . . 6 第2章 研究の背景 7 2.1 量子ポイントコンタクト . . . 7 2.1.1 ポテンシャル障壁 . . . 8 2.1.2 トンネル電流の表式 . . . 9 2.1.3 鞍点型ポテンシャルを通過する電気伝導 . . . 11 2.2 縦型結合ポイントコンタクト . . . 13 2.2.1 対称・反対称状態の形成 . . . 14 2.2.2 結合QPCの電気伝導特性 . . . 17 2.2.3 結合QPCのトランスコンダクタンス . . . 18 2.2.4 結合の面内磁場依存性 . . . 18 2.3 0.7構造 . . . 21 2.3.1 磁場、電子密度依存性 . . . 21 2.3.2 電子密度と電子間相互作用 . . . 22 第3章 実験の方法 25 3.1 縦型結合ポイントコンタクト構造 . . . 25 3.1.1 二重量子井戸基板 . . . 25 3.1.2 デバイス作製工程 . . . 27 3.1.3 ゲート電極の絶縁破壊電圧と測定時のパラメータ . . . 27 3.2 測定系 . . . 29 3.2.1 低温 . . . 29 3.2.2 電気伝導測定 . . . 31第4章 実験結果 33 4.1 二層二次元系の電子密度 . . . 33 4.2 デバイスAの特性 . . . 35 4.2.1 二つのQPCの電子密度制御 . . . 35 4.2.2 QPCの結合特性 . . . 36 4.2.3 非整数構造. . . 39 4.3 デバイスBの特性 . . . 43 4.3.1 ゲート電極の特性 . . . 43 4.3.2 空乏層の対称性による結合の変化 . . . 44 4.3.3 磁場依存性. . . 45 4.3.4 スプリットゲート電圧にオフセットを与えた場合 . . . 47 4.3.5 結合エネルギーの見積もり . . . 48 第5章 結論と今後の課題 53 5.1 結論. . . 53 5.2 今後の課題 . . . 54 第6章 付録 57 6.1 デバイス作製工程図説 . . . 57 謝辞 65 参考文献 67
物理定数
本論文で用いる物理定数の記号、値を示す。 • 素電荷e = 1.6∗ 1019(C) • 電子質量me= 9.11∗ 10−31(kg) • プランク定数h = 4.14∗ 10−15(eV· s) • ディラック定数¯h = h/2π = 6.58∗ 10−16(eV· s) • ボルツマン定数kB = 8.62∗ 10−5(eV/K)第
1
章
序論
1.1
研究の動機
今日の我々の生活はパーソナルコンピュータを始めとした半導体製品に支えられ ている。それらの心臓部であるプロセッサやメモリの基本素子はシリコンを用いた MOSFET、すなわちゲート電極に電圧を印加することによって電流のオン・オフを変え る(電界制御)スイッチである。初めは室内を占拠するほどに巨大であったコンピュータ が、小型化と処理能力の向上を同時に進め、今日のように携帯端末ですら高機能を備える ようになったのは、シリコンMOSFETの微細化技術の発展により、集積化が進んだこと が大きく貢献している。しかし、その微細化は物理的な限界が近づいており、また、環境 問題への関心の高まりから省エネルギー化も望まれ、コンピュータ産業では、既存の素子 に代わる次世代のデバイスが必要とされている。シリコンMOSFET は物理的原理・構 造の単純さゆえに、量産され、広く使われてきた。しかし、より斬新なデバイスを構築す るには、量子力学を始めとした基礎的な原理に立ち戻って新しい物理的概念を開拓し、そ れに基づいた技術開発を行う必要がある。スピントロニクスや量子計算はその代表例であ り、近年は、応用物理分野を中心に材料開発、微細加工、理論計算など多方面からこれら の研究が盛んに行われている。 そのような動きの一つとして、メゾスコピック系と呼ばれる数百ナノメートルの系にお ける物理現象の探索がある。メゾスコピック系は20世紀の終わりに始まった分野であり、 その発展は、一つには結晶成長技術の進歩に伴い、化合物半導体GaAsとAlGaAsを接 合させた構造(ヘテロ構造)が作られ、その界面に移動度が低温で106cm/Vsにも及ぶ、 理想的な二次元電子系が実現したことによる[1]。さらに、電子ビーム描画などの半導体 上に微細なゲート電極を作製する技術が発展したことにより、電界制御によって二次元電 子を面内方向にも閉じ込めることができるようになった。これらの技術を用いて作製した デバイスと、液体ヘリウム等を用いた極低温環境を利用することで、二次元、一次元、果てはゼロ次元といった低次元空間における電子の振る舞いを調べることができ、量子力学 の基本的な原理に基づいた多くの現象が見出された。最近では、量子ドット構造を用いた 単電子トランジスタなど、量子計算素子としての応用を目指した研究も盛んである。 さて、本研究で扱うのは「量子ポイントコンタクト(QPC)」と呼ばれる一次元系であ る。量子ポイントコンタクトとは、電子の平均自由工程よりも短い一次元系のことを言 い、典型的には先に述べた高移動度二次元電子面と微細なゲート電極を用いた閉じ込めを 組み合わせることによって実現される。その時、電子は不純物による散乱を受けずに、す なわちバリスティックにQPCを通過し、電気伝導度が2e2/h に量子化される[2]。この 普遍的な物理定数の組合せを単位とする量子化は、電子間相互作用を考慮しない一体問題 として理解できる(ランダウアー理論[3])。古くは、電子波の干渉や、不純物散乱による 整数量子化からのずれが論じられてきたが[4, 5, 6, 7, 8]、近年では「0.7構造」[9]に代表 される、量子化単位の非整数倍の値をとる伝導度異状が注目を集めている。それらの起源 は一体問題としては説明できず [10]、電子間相互作用の影響であろうと考えられている。 しかし、具体的なメカニズムについては統一的な見解に至っておらず、バリスティックな 一次元系における基礎物理として代表的なトピックと言える [11, 12, 13]。特に、低電子 密度の領域においてはクーロン相互作用の影響が顕著となり、より複雑な非整数構造が観 測されているが[14, 15, 16]、それらはフェルミ液体ではなく、ウィグナー結晶状態、ある いは朝永-ラッティンジャー液体といったモデルによりしばしば説明されている[18, 19]。 従って、QPCにおける量子化現象の観測はそれらの理論的予想への実験的なアプローチ となりうる。また、それらの議論においては0.7構造がゼロ磁場における自発的なスピン 偏極状態であるとも言われており[9, 11, 20, 21]、スピントロニクスへの応用も期待され る。その他、応用という観点では、十分に幅の細い一次元系においては散乱の抑制が予言 されており[22](無散逸トランジスタ)、また、電荷量子ビットの読み出しへの応用 [23] や、核スピン量子ビットデバイスにおける利用 [24]といった研究があり、QPCを対称と した、または利用した研究は枚挙に暇がない。 このように、基礎物理的な観点から研究され、あるいは量子効果に基づいた応用デバイ スにおいても利用されてきた量子ポイントコンタクト構造であるが、最近は単にQPCに おける輸送現象を観察するだけでなく、ノイズ測定[25]や、あるいはスピン軌道相互作 用のある物質系を用いる [26, 27]など、多様な実験方法を用いることでその本質を理解 しようとする、あるいは新機能を開拓しようとする動きが主流である。その中の一つに、 二つの量子ポイントコンタクトが結合した系を用いる方法がある。その目的は、一つに は前述した電子間相互作用の効果を明らかにすることにある。例えば、0.7構造の起源と して提唱されているのが、ポイントコンタクトが非常に狭いときに自発的に局在スピン が生じ、近藤効果によってコンダクタンスに影響を与えるとする理論である[28]。単一の QPCを用いると、閉じ込め強さに対する電気伝導度の変化の中から電子間相互作用の効
果を検出することは困難である。Yoonらは、閉じ込めを変化させて局在スピンの形成を 狙うQPCと、閉じ込めを一定にして電気伝導度の変化をモニターする検出用QPCの二 つが結合した系を用い、一方が非常に狭くなった時にもう一方の電気伝導度が増大するこ とを実験的に示した[31]。これは、独立制御ができる二つのポイントコンタクトが電子間 相互作用の研究に有用たる一例である。応用的にも、結合ポイントコンタクトに磁場を印 加した場合、後方散乱が一つのポイントコンタクト内では禁止され、ポイントコンタクト 間のみに限定されるために移動度の更なる向上が起こるとする理論的予測がある[29]。ま た、端が結合した二つの量子細線は二経路干渉計としても用いられ[30]、いずれの経路を 電子が通っているのかという情報を量子ビットとして定義できることから、量子計算素子 としても注目されている。 結合QPCの作成方法にはいくつかの例があるが[31, 32, 33, 34, 35]、本研究では、二 重量子井戸基板を応用することで作られる、縦に二つの量子ポイントコンタクトが並んだ 構造に着目した。一層の二次元電子面中に、表面ゲートによる閉じ込めによって横方向に 並んだ二つのポイントコンタクトを作製する方法[31, 32]と比べ、二層系を応用する方法 では、層間の障壁が薄い基板を用いることで、ポイントコンタクト間の距離を数ナノメー トルまで近づけることができる[34]。このような縦型結合ポイントコンタクトでは、層間 のトンネル結合の影響がより顕著となり、結合状態による輸送の特性が研究されてきた [33, 35]。しかしながら、単一のポイントコンタクトでは電子密度が十分に小さい領域で の伝導特性を測定することで多体効果が論じられている一方で、結合ポイントコンタクト 構造においてキャリア密度を制御して電子間相互作用の効果を検証した例は少ない。ま た、過去の研究では、磁場を用いて波数空間において波動関数の重なりを変化させること により、トンネル結合を変調しているが[35]、波動関数の重なりは実空間における分布に も依存する。従って、ゲート電圧による結合の制御も可能であると考えられる。磁場は各 状態のスピン分離も誘起するため、多体効果を検証する際には自発的スピン偏極の検出を 妨げる可能性が高い。よって電気的制御が望ましく、結合の制御性についても研究の余地 を残している。
1.2
研究の目的・課題
以上の動機に基づき、本研究ではQPC 間の電子相関について調べることを最終的な目 標とする。具体的には次の三つの課題を行った。 デバイス作製 電子密度の独立制御が可能な縦型結合量子ポイントコンタクトの作製 電子密度依存性の測定 同構造において電子密度を変化させた場合の電気伝導特性の測定 結合の電気的制御 電界制御パラメータの調整による、結合の変調1.3
本論文の構成
この章では、本研究の動機、目的、課題について述べた。第二章以降では以下のような 構成をとる。 第二章 本研究の物理的背景として、量子ポイントコンタクトにおける量子化現象、及び結 合ポイントコンタクトにおける伝導の理論的な解説をする。また、非整数構造の代 表例である0.7構造について、過去の研究から本研究に関連する特徴をまとめる。 第三章 本研究で用いた実験手法について述べる。デバイスの構造、作製方法、極低温環境 を得る方法、そして電気伝導測定方法について、実験の条件を記す。 第四章 本研究で得られた測定の結果を示し、考察する。二つのデバイスについて異なる目 的の測定を行ったので、デバイスごとに結果をまとめる。 第五章 測定を通じて得られた本研究の結論、今後の課題を述べる。 第六章 デバイス作製方法について、イメージ図を用いた再度の解説を付録として掲載する。第
2
章
研究の背景
本章では、本研究を論ずる上で重要となる概念、あるいは比較対象として有効な実験的 研究について解説する。まず2.1節では単一の量子ポイントコンタクトにおける整数量子 化を導く。次に、2.2節で縦型の結合量子ポイントコンタクトにおける電気伝導特性を示 す。最後に、非整数量子化について代表的な現象である0.7構造の特徴を2.3節で挙げる。2.1
量子ポイントコンタクト
序論でも述べたように、QPCは電子の平均自由行程よりも十分に短い一次元系のことを 言い、典型的には図2.1に示すようなデバイス構造において実現される。GaAs/AlGaAs へテロ界面、あるいはAlGaAs/GaAs/AlGaAs量子井戸内に二次元電子面(2DEG)が 形成されている。デバイス表面には、スプリットゲートと呼ばれるサブミクロンスケール の間隙部分を持った一対のショットキーゲートが設けられる。このスプリットゲートに負 電圧を印加していくと、ゲート直下のポテンシャルが持ち上げられていき、やがて2DEG 中に空乏領域ができる。電流は間隙部分の直下をチャネルとして流れることができるが、 負電圧を大きくしていくと空乏領域は広がり、チャネルは狭くなる。チャネルのポテン 図2.1 QPCのデバイス構造図2.2 ポテンシャル障壁 シャル構造はいわゆる鞍点型で近似され、ポイントコンタクトの電気伝導は、ポテンシャ ル障壁に対するトンネル伝導の表式を鞍点型ポテンシャルに応用することで理解できる。
2.1.1
ポテンシャル障壁
まず、一次元自由空間でポテンシャル障壁に電子が入射した場合の透過率・反射率の記 法を簡潔にまとめよう。図 2.2に示すように、障壁の前後で解は平面波であり、入射波、 反射波、透過波の振幅をそれぞれA, B, C とすると、障壁での波動関数ψ(x)とその微分 ψ0(x)の接続条件より、A, B, C は互いに線型結合で表せる。そのうち、障壁左側の波か ら右側の波を与えるような関係は次のように書ける。 µ C 0 ¶ = T µ A B ¶ (2.1) 行列 Tは、障壁の左右での波数k1, k2 によって、すなわちエネルギーによって決まる定 数を成分とする2× 2行列である。 T = µ T11 T12 T21 T22 ¶ (2.2) 透過率、反射率は入射、反射、透過の確率密度流の比である。各確率密度流は以下の表式 で表せる。 jin = ¯ hk1 me |A|2 (2.3) jre = ¯ hk1 me|B| 2 (2.4) jtr = ¯ hk2 me|C| 2 (2.5)図2.3 バイアス電圧が印加された矩形障壁型ポテンシャル 従って反射率R、透過率T は、 R = jre jin = |B| 2 |A|2 (2.6) T = jtr jin = k2 k1 |C|2 |A|2 (2.7) これは行列Tの要素を用いて書き換えることができる。 R =¯¯¯¯T21 T22 ¯¯ ¯¯2 (2.8) T = k2 k1 ¯¯ ¯¯T11T22− T12T21 T22 ¯¯ ¯¯2 = T (E) (2.9) T は障壁をトンネルする確率であり、このようにして障壁前後の波数、ひいては電子のエ ネルギーによって表される。
2.1.2
トンネル電流の表式
次に、ポテンシャル障壁の前後にバイアス電圧V を与えた時のトンネル電流の表式を導 く。矩形障壁ポテンシャルにバイアス電圧を与えた場合、その形状は図2.3のように変化 する。熱平衡状態が著しく乱されていないとして、次の仮定によって電流を計算できる。 仮定1. 電子は障壁を透過した後、戻ることはない。(障壁への入射波のみ考える) 仮定2. 障壁の前後でそれぞれ独立にフェルミ分布に従う。 仮定3. 障壁の前後で電子密度は等しい。 これらの仮定により、障壁左側ではポテンシャルの底ULからフェルミ準位µL、障壁右側 ではポテンシャルの底URからフェルミ準位µRまで電子状態が占有され、µL−µR = eVが成り立つとすることができる。左側から入射する電子によるトンネル電流は、次式で与 えられる。 IL= Z ∞ 0 2dk 2πf (E(k), µL) ev(k)T (k) (2.10) 表式中の各因子の意味は以下の通りである。 Z ∞ 0 :全ての右向き進行波に対する積分 2 :スピン縮退度 dk 2π :微小量dk区間にある状態数 f (E(k), µL) :フェルミ分布関数 e :一電子の運ぶ電荷 v(k) :波数k の状態の速度 T (k) :トンネルして右側へ流れる確率 これを、v(k) = ¯hk/me 及び自由電子の分散関係E = ¯h2k2/2me を用いて、エネルギー に関する積分に書き換えることができる。 IL= 2e h Z ∞ UL
dEf (E, µL) T (E) (2.11)
先に述べたように、トンネル確率T はエネルギーの関数であるから計算に支障がない。同 様にして、右側から入射する電子によるトンネル電流を計算できる。 IR=− 2e h Z ∞ UR
dEf (E, µR) T (E) (2.12)
ここで、トンネル確率T (E)の関数形は、左右から見た障壁の高さが同じである(すなわ ちバイアスをかける前の障壁の高さに同じである)ことから、両式で違いがない。総電流 はこれらの和になるが、右側の電子のうちエネルギーUR < E < ULにあるものは左側に 入れる状態がないため、電流に寄与しない。 I = 2e h Z ∞ UL
dE [f (E, µL)− f (E, µR)] T (E) (2.13)
これが前述の仮定における一般的な結果であるが、ここでは極小バイアス、極低温下の実 験を想定して極限をとり、単純化する。バイアスV が非常に小さいとき、µを熱平衡時の フェルミ準位としてµL= µ + 12eV、µR = µ− 12eV とおき、フェルミ分布関数をµにつ いてテイラー展開し、V の最低次までを採ることができる。 f (E, µL)− f (E, µR)≈ eV ∂f (E, µ) ∂µ =−eV ∂f (E, µ) ∂E (2.14)
図2.4 (a)鞍点型ポテンシャルの形状、(b)断熱的に伝播する波動関数 最後の等式では、フェルミ分布関数がexp(E− µ)/kBT の形を持っていることを用いた。 この近似を式(2.13) に適用してV を一次に落とすと、電気伝導度G = I/V の表式を 得る。 G = 2e 2 h Z ∞ UL dE µ −∂f ∂E ¶ T (E) (2.15) さらに、極低温ではフェルミ関数がE ∼ µで急峻に変化し、絶対零度では−∂f/∂E = δ(E− µ)となる。すると電気伝導度はフェルミ準位におけるトンネル確率のみで表すこ とができる。 G = 2e 2 h T (µ) (2.16) 有限温度では、温度が高くなるにつれ−∂f/∂E が広がりを持ち、透過率の特徴をぼかし てコンダクタンスに反映させることとなる。
2.1.3
鞍点型ポテンシャルを通過する電気伝導
ここまでで、純粋な一次元系にトンネル障壁がある場合、コンダクタンスがフェルミ面 における電子の透過率を用いて表されることを見た。ポイントコンタクトはごく短い導波 路であり、鞍点型ポテンシャルとみなすことができる。図2.4(a)のように、横方向(y)に ついては、閉じ込めにより複数の離散化された状態(サブバンド)が生じるため、厳密な 一次元系を離れ、”擬”一次元系になる。閉じ込めをパラボリックと近似することによる、 離散的なエネルギー ²n = ¯hω µ n + 1 2 ¶ (n = 0, 1, 2,· · ·) (2.17)図2.5 (a)電流方向(図中ではz)についてのサブバンドの変化[36] (b)観測された 量子化コンダクタンス[2] を持つ調和振動子の固有状態が横方向の状態としてよく用いられる。このようにサブバン ドをnで識別して、横方向の定在的な波動関数をun(y : x)、固有エネルギーを²n(x)と する。 ポテンシャル変化が十分に滑らかで、断熱近似を適用できる場合を考えよう。すなわ ち、あるモードnの波が入射したとき、横方向の状態un(y : x)は量子数nを保存して連 続的に波長を変え(図2.4(b))、エネルギー²n(x)は閉じ込めの強さに従って、電流方向x に連続的に変化しながら伝播すると考える。鞍点での最も強い閉じ込めにより²n(x)はゆ るやかなピークをとり、従って、サブバンドはx方向について図2.5(a)のように変化し、 フェルミエネルギーµまで電子が詰まる。鞍点のピークをポテンシャル障壁と考えるこ とで、問題を式(2.16)を導いた状況に帰着できる。断熱近似の範疇ではモード間散乱は 考えないため、コンダクタンスは各サブバンドのトンネル電流の和になる。すなわち、n 番目のサブバンドのフェルミ面における透過率をTn(µ)とすると、コンダクタンスは G =X n 2e2 h Tn(µ) (2.18) となる。鞍点において²n(x) < µを満たすサブバンドについては明らかに Tn(µ) ≈ 1で あり、フェルミ面よりも上にピークがあるサブバンドによるトンネル電流と比べ、コンダ クタンスへ支配的に寄与する。従って、²n(x) < µを満たすサブバンドの数をN とする と、コンダクタンスは次の式で表される。 G≈ 2e 2 h N (2.19) こうして、コンダクタンスは鞍点においてフェルミ面以下のエネルギーを持つ、すなわち 電子に占有されているサブバンド数によって決まることになる。スプリットゲートを用い
た閉じ込めの場合、鞍点におけるピーク高さはゲートに与える負電圧Vsg を大きくしてい くと持ち上がるため、N が変化する。そのため、図2.5(b)のような階段状の特性(量子 化プラトー)が得られる。十分にチャネルが狭くなり、フェルミ面以下にサブバンドが存 在しない状態を本論文では「ピンチオフ」と呼ぶこととし、以後この用語を用いる。 この節は[36]を参考にした。
2.2
縦型結合ポイントコンタクト
縦型結合ポイントコンタクトとは、図2.6のように、一対のスプリットゲートによって 二重量子井戸基板の各層にポイントコンタクトを形成したものである。2.1節で述べたよ うにポイントコンタクトのポテンシャルは鞍点型で近似され、二つのポイントコンタクト それぞれが閉じ込め方向 (y方向とする)に量子化され、サブバンドを生じる。ソース・ ドレイン電極を二層に共通でとっており、二つのポイントコンタクトが独立の場合(例え ば、二層が十分に離れている場合)は、コンダクタンスは鞍点でのサブバンド占有数の合 計∗2e2/hになる(図2.8(a))。一方、二層が十分に近接している場合、面直方向(z方向と する)の波動関数は相手の井戸まで染み出す。ポイントコンタクトのない単純な二重量子 井戸構造であれば、双方の井戸の基底状態が縮退したとき電子が井戸間を飛び移り対称・ 反対称状態を形成して縮退が解ける[37]。加えて、ポイントコンタクトがある場合には、 y方向についても状態が離散化しており、二つのポイントコンタクトの電子状態が結合す るには、y方向の波動関数の直交性も考慮する必要がある。まずはその様子を摂動論を用 いて定式化する。 図2.6 縦型結合ポイントコンタクトの構造2.2.1
対称・反対称状態の形成
上下のポイントコンタクトそれぞれについてのハミルトニアンHj(j = u, l)、電子の波 動関数 Ψj(j = u, l)、固有エネルギーEj(j = u, l)から出発する。T (x, y, z)を三次元的 な運動エネルギー演算子、Uj(y)(j = u, l)を横方向の調和振動子的な閉じ込めポテンシャ ル、Vj(z)(j = u, l)を量子井戸のポテンシャルとすると、 HjΨj = [T (x, y, z) + Uj(y) + Vj(z)] Ψj = EjΨj (2.20) が成り立つため、Ψj(j = u, l)は次のように変数分離形で書ける。 Ψj(x, y, z) = eikxxφj,m(y)Zj,m(z) (2.21) ここで、mはサブバンドのインデックスであり、上の層であればm = p、下の層であれ ばm = qと書き分ける。φj,m(y)は、y方向の調和振動子的閉じ込めに対するm番目の 固有関数、Zj,m(z)はz 方向の波動関数で各々の量子井戸の基底状態だが、鞍点でのキャ リア密度が大きいと上下層でクーロン反発を及ぼしあい、井戸内で変形する。従ってサブ バンドのインデックスmに依存するとする。これらの非摂動状態が縮退したとき、つま りEu = El = E のとき、状態が混合して対称・反対称状態を形成するが、実効的なエネ ルギーギャップが生じる条件を以下で見ていこう。 一般に、一次元の二重量子井戸や二原子分子において対称・反対称状態が形成される場 合、エネルギーギャップを与えるのはハミルトニアンの非対角項に現れるトンネル積分で ある。我々の二重ポイントコンタクトの場合、全系のハミルトニアンHは次のように書 ける。 H = T (x, y, z) + Uu(y) + Ul(y) + Vu(z) + Vl(z) (2.22) 式(2.20)を用い、このハミルトニアンの非対角項を求める。 < Ψu|H|Ψl>= E Z Ψ∗u,p(x, y, z)Ψl,q(x, y, z)dxdydz + ZΨ∗u,p(x, y, z) [Uu(y) + Vu(z)] Ψl,q(x, y, z)dxdydz (2.23)
す。第二項の積分を分解すると次のようになる。
Z
Ψ∗u,p(x, y, z) [Uu(y) + Vu(z)] Ψl,q(x, y, z)dxdydz
= Z
φ∗u,p(y)Uu(y)φl,q(y)dy
Z
Zu,p∗ (z)Zl,q(z)dz
+ Z
φ∗u,p(y)φl,q(y)dy
Z
Zu,p∗ (z)Vu(z)Zl,q(z)dz (2.24)
ここで、第一項の y に関する積分についてだが、上下層にできている二つの調和振動
子型の閉じ込めポテンシャルの層内での位置 (x, y) と幅がほぼ等しいと仮定すると、
Uu(y)φl,q(y)≈ ²qφl,q(y)と置き換えることができる。従って、
≈
Z
φ∗u,p(y)φl,q(y)dy
µ ²q Z Zu,p∗ (z)Zl,q(z)dz + Z Zu,p∗ (z)Vu(z)Zl,q(z)dz ¶ (2.25) となる。括弧内の二つの項を比べると、第一項は双方の井戸の基底状態同士の非直交因子 であるため、第二項よりも寄与は小さい。以上から、二重ポイントコンタクトにおいて二 つの状態が縮退したとき、結合によるエネルギーギャップを与える主要な項は < Ψu|Vu(z)|Ψl >= Z
φ∗u,p(y)φl,q(y)dy
Z Zu,p∗ (z)Vu(z)Zl,q(z)dz (2.26) であることがわかる。特に、サブバンド同士が結合するか否かを決定するのはy方向の重 なり積分であり、I とおく。 I = Z
φ∗u,p(y)φl,q(y)dy (2.27)
I は、二つのQPCの面内での位置関係、及びy方向の波動関数の形状によって決まる。 面内での位置がずれている時、一般に I 6= 0となり、任意の固有状態は結合する。ずれ がなく、閉じ込めの幅が異なる場合には、対応する固有状態の波長が上下のポイントコン タクトで異なるため、双方の波動関数のインデックスについて偶奇が一致すると重なりが 生じ、I 6= 0となる。閉じ込め幅も等しい場合には、y方向固有状態は完全に一致する。 従って、波動関数の直行性からI = δp,q である。その時、p = q = nとすると、対称状 態、反対称状態は次の関数で与えられる。 Fn(y, z) =
φl,n(y)Zl,n(z) + βφu,n(y)Zu,n(z)
p
1 + β2 (2.28)
Fn∗(y, z) = βφl,n(y)Zl,np(z)− φu,n(y)Zu,n(z)
1 + β2 (2.29)
波動関数の重みβ は、閉じ込めの幅と、キャリア密度によって決まる。(これが実験的に はゲート電圧で決まることを後に示す。) β → ∞の時は上のポイントコンタクトの波動
図2.7 交差・反交差を生じるサブバンド 関数に一致し、β → 0の時は下のポイントコンタクトの波動関数になる。β = 1の時、二 つの波動関数の重みは等しくなり、次のようにトンネル積分の値が結合エネルギー、すな わち対称・反対称状態のエネルギーギャップを与える。 ∆nSAS = 2 Z Zu,n∗ (z)Vu(z)Zl,n(z)dz (2.30) エネルギーダイアグラム上でサブバンド同士が縮退した時、結合する条件を満たせば図 2.7のようにサブバンド同士は反交差し、∆n SAS 分のギャップを生じる。満たさなければ 結合は起こらず、交差となる。
図2.8 (a)独立な二重ポイントコンタクトの電気伝導特性[34]、(b) 結合した二重ポ イントコンタクトの電気伝導特性[35]
2.2.2
結合
QPC
の電気伝導特性
実験的には、波動関数の重みβ を変えながらコンダクタンスを測定する。そのために、 縦型結合ポイントコンタクトはスプリットゲートに加え、図2.6に示したようなスプリッ トゲートの間に位置するセンターゲート構造[34, 35]や、あるいは量子井戸の下に絶縁層 を挟みバックゲート構造にする[33]など、上下のQPCのキャリア密度に差をつけるため のゲート電極を持つ。図2.8は、(a)二層が十分に離れた(30nm)、(b)二層が十分に近接 した(2.5nm)センターゲート付き縦型二重QPCについて、センターゲートに印加する電 圧(ここではVmid と呼ばれている)を変えながらスプリットゲート電圧 Vsg の関数とし てコンダクタンスを測定したものである。いずれの場合も、左に行くほどセンターゲート 電圧は正に大きく、右に行くほど負に大きい。測定結果は三つの領域に分けられる。図の 左下はセンターゲート電圧が正にかかっているため上の層のQPCのキャリア密度が大き く、それが単独で作る通常の量子化コンダクタンスステップに一致し(β → ∞の極限)、 右下はセンターゲート電圧が負にかかっているため下の層のQPC単独の量子化コンダク タンスが見られる(β → 0の極限)。その間のV字に挟まれた領域では、両方のQPCが 電子に占有されている。二層が十分に離れている場合には結合が弱く、二つの QPCは独 立にコンダクタンスに寄与する。従って、図2.8(a)のようにそれぞれの QPCによる明 確なプラトーを重ね合わせたような特性が得られる。例えば、V字の谷底にあたる部分で は、双方の第一サブバンドが縮退しているため、同時に占有されたことを示す4e2/hのス テップが見られる。一方、二層が十分に近い図2.8(b)の場合には、谷底の部分でも第一 プラトーが残っている。これは、双方の第一サブバンドが縮退したときに対称状態と反対称状態が生じ、対称状態のみによる2e2/h分のコンダクタンスが現れるためである。他の 場所でも、先述した結合条件に従ってサブバンド同士が結合しており、対称状態や反対称 状態に対応するプラトーが現れるため、このように複雑にステップが生じる。
2.2.3
結合
QPC
のトランスコンダクタンス
結合が波動関数の直交性に従っていることを確認するには、コンダクタンスのスプリッ トゲート電圧による微分、トランスコンダクタンス dG/dVsg をとるのがよい。トランス コンダクタンスが極大となるのは、コンダクタンスが急激な変化を示すプラトー間の領 域である。それは、Vsgの変化によってフェルミエネルギー以下のサブバンド数が変化す る点であるため、Vsg, Vmid の関数としてのトランスコンダクタンスのグレースケールプ ロットをとると、連続的につながった極大点がサブバンドを表す。図 2.9(a)は先と同じ 構造における電気伝導測定によって得られたトランスコンダクタンスである。挿入図の 軸aは波動関数の重みβ に対応し、bはエネルギーに対応する。左上はβ = ∞の極限で 上のQPCのサブバンド、右下は下のQPCのサブバンドが並ぶ。中央のb軸上はβ = 1 で、同じインデックスを持つサブバンドが結合し、反交差を生じている。コンダクタンス に戻って考えると、Vsg を変化させた時に、サブバンドの交差点を通過したときには二単 位分の4e2/hだけコンダクタンスが変化し、反交差している場合には対称・反対称状態が それぞれ一単位 2e2/hのコンダクタンス変化を与える。結合エネルギーは閉じ込めエネ ルギー、つまりサブバンドのエネルギーギャップよりも大きく、n番目の対称、反対称状 態を ns, nasと書くと、下から 1s, 2s, 1as, 3s, 2as, ...と並んでいる。その他の場所では反 交差は起きておらず、交差していることから、このケースでは上下の閉じ込め位置と幅は 一致していることが分かる。2.2.4
結合の面内磁場依存性
2.2.1節で、空間的な対称性が崩れた場合にはI = δp,q が成立しないことを述べたが、 面内磁場を印加する事によっても変調することができる。電流方向をxとして、面内磁場 をB = (B~ x, By, 0)とすると、ベクトルポテンシャルは A = (B~ yz,−Bxz, 0) と書ける。 すると、ハミルトニアンの運動エネルギー項はz に依存した次の修正を受ける。 ¯ h2 2me kx2 → ¯ h2 2me µ kx− eByz ¯ h ¶2 (2.31) ¯ h2 2me ky2 → ¯ h2 2me µ ky + eBxz ¯ h ¶2 (2.32)図2.9 結合QPCにおけるトランスコンダクタンス(a)B=0T (b)By=8T (c)By=2T (d)Bx=2T [35] z の値は上下のポイントコンタクトによって異なるため、波動関数は波数空間におい て異なる大きさのシフトを受ける。まず電流方向の磁場である Bx の影響を考える。 φj,m(y)(j = u, l) のフーリエ変換をφ˜j,m(ky)(j = u, l) とすると、それぞれ ∆ky,j = −eBxzj/¯h(j = u, l)だけもとの関数からシフトする。ここで、zj(j = u.l)はそれぞれ上 下の層の座標である。すると、y方向の重なりI を波数空間で計算すると、 I = Z ˜ φu,p µ ky− eBxzu ¯ h ¶ ˜ φ∗l,q µ ky − eBxzl ¯ h ¶ dky (2.33) となる。従って、同じインデックス同士の波動関数の重なりは小さくなり、一方で異 なるインデックスでも重なりは有限の値を持つ。次頁の図 2.10(a)(b)に各々(a)Bx=0、 (b)Bx 6=0の場合のサブバンドの交差・反交差の様子を示した。(a)では同じインデック
図2.10 面内磁場の効果 スのサブバンド同士のみが反交差して∆nSAS のギャップを生じている。しかし、(b)では 全てのサブバンドが反交差を生じ、また同じインデックスのサブバンド同士のギャップは ∆n SAS よりも小さくなる。実際にトランスコンダクタンスを見ると、図2.9(d)では様々 な組み合わせでの反交差が観測されている。一方、閉じ込め方向の磁場By はx方向の運 動量を変えるため、y 方向の重なりに起因する結合法則は変化しない。図2.10(d)(e)は、 同じインデックスのサブバンドがBy の効果によって底をずらした様子を表す。磁場が小 さいときには依然として結合法則に変化はないが、強磁場になるとずれが大きくなり、図 2.10(e)のようにフェルミ面の下に反交差がなくなり、独立な二つのポイントコンタクト による伝導特性と等価になる。すると、図2.9(c)のように小さい磁場ではゼロ磁場と同 様のトランスコンダクタンス特性が見られるが、図2.9(d)のように強磁場中では、全て のサブバンド同士が交差する。なお、Bxの場合でも、十分に大きい磁場を与えれば、同 様に全ての結合を切ることができる。
図2.11 0.7構造[9]
2.3
0.7
構造
2.1節では、電子間相互作用を考慮せずに単独の量子ポイントコンタクトにおける電気 伝導度を導いた。結果は、普遍的な物理定数の組み合わせ 2e2/hを単位とした整数量子 化である。図2.5(b)のように、整数プラトーを観測する実験結果は、このような一体問 題としての理解を裏付けるものである。ここで、量子化単位中の係数の 2はスピン縮退 度であった。磁場中ではゼーマン分裂によってスピン縮退が解ける。従って、十分な強磁 場を印加すると 0.5∗ 2e2/hを単位としたコンダクタンスステップが見られる。しかし、 Thomasらはゼロ磁場で0.7∗ 2e2/h の値を持つプラトー的構造を報告した[9]。図 2.11 に示したこの「0.7構造」は電子間相互作用の影響により生じる自発的なスピン偏極状態 であると言われている。2.3.1
磁場、電子密度依存性
図2.12(a)は第一プラトー付近で測定された、QPCのコンダクタンスのスプリットゲー ト電圧 Vg 依存性を、B = 0Tから13Tまで1Tごとに測定した結果である。B = 13T では値0.5∗ 2e2/hの明確なプラトーが見られ、前述したようにスピン偏極状態に対応す るプラトーである。磁場を小さくしていくと、B = 8T程度からプラトーの値が0.5から 上昇していくが、B = 0Tにおいても1∗ 2e2/hまで上昇せず、0.7構造に一致している。 この変化に対して可能な説明は、0.7構造はゼロ磁場でも生じる部分的なスピン偏極状態 であるということである。図2.12 (a)0.7構造の磁場依存性[9] (b)同電子密度依存性[39] 図2.12(b)は、図2.8(b)の測定と同じ縦型結合QPCデバイスを用い、センターゲート に大きな負電圧を印加することで、電子密度が希薄な下の層のQPCのみの伝導を測定し たものである。各コンダクタンスプロットは印加されているセンターゲート電圧の値が異 なり、左は-1.2Vで右は-5.4Vである。電子密度がより小さくなるにつれ、0.7構造が現れ るコンダクタンスの値が小さくなって0.5に近づいている。先の磁場依存性と併せて考え ると、電子密度が小さいほど系は完全なスピン偏極状態に近づくことになる。
2.3.2
電子密度と電子間相互作用
一体問題の仮定が成立するか否かは、運動エネルギーとクーロンエネルギーのいずれが 支配的であるかによる。運動エネルギーを与える指標はフェルミエネルギーであり、一次 元では電子密度nを用いて次のように書ける。 EF = (π¯hn)2 8me (2.34) 一方、クーロンエネルギーはnと誘電率εを用いて EC = e2n ε (2.35) である。従って、クーロンエネルギーが運動エネルギーを上回るには、 n¿ 1 aB = mee 2 ε¯h2 (2.36)を満たせばよい。aB は有効ボーア半径と呼ばれ、物質固有の定数である。 ここからわかるように、電子密度が小さいほど電子間相互作用の影響が重要になる。図 2.12(b)の変化はこのことに一致する。チャネルが閉じる間際のQPC内は電子密度が小 さくなっていると考えられており、低電子密度の仮定の下、いくつかの理論計算により自 発的なスピン偏極が理論的に導かれたが、特にBerggrenらは交換相互作用によって部分 的なスピン偏極が生じ、0.7∗ 2e2/h に値をとるコンダクタンスプラトーが現れることを 示した[20]。 一般に、式(2.36)のような低電子密度極限では、電子はクーロン相互作用のエネルギー を下げるために互いに離れた位置に局在する傾向を示す[40]。これをウィグナー結晶状態 といい、最近ではQPCのような有限の長さを持つ一次元系に応用され、多様な非整数量 子化現象を予測することで注目されている[18, 19]。
第
3
章
実験の方法
冒頭に述べたように、本研究は極低温環境を必要とするデバイス物理の一種である。こ こでは、デバイスの構造と電気伝導特性を得るための測定条件について述べる。特に 3.1 節で解説する、二つのポイントコンタクトの結合とキャリア密度の制御を可能とするデバ イス構造が肝要である。3.1
縦型結合ポイントコンタクト構造
3.1.1
二重量子井戸基板
一般に二次元電子系としてよく用いられるのはAlGaAs/GaAs/AlGaAsの積層構造で ある。GaAsで1.4eV、AlGaAsで1.6-1.8eVとバンドギャップが異なるために、伝導帯図3.2 (a)表面ゲートの電子顕微鏡写真 (b)同電極の光学顕微鏡写真 の底は積層方向に矩形量子井戸構造となる。十分な低温では電子は量子井戸の基底状態の みを占有し、擬二次元系となる。さらに、近年のメゾスコピック系の研究では、AlGaAs 層よりも表面側にのみδドープを施した変調ドープ構造が盛んに用いられている。通常の 方法では、伝導を担う層にドーピングを施すために電子を放出したドナー不純物の作るポ テンシャルによるキャリアの散乱が移動度を低下させるが、変調ドープ構造においては、 ドナー層が量子井戸から空間的に離れており、不純物ポテンシャルの影響を劇的に減らす ことができる[41]。そのような高移動度基板は分子線エピタキシー(MBE)を用いて成 長されており、単原子層の精度で層構造が積み重ねられている。図 3.1(a)は、実際に使 用した基板の積層構造を示したものである。厚さ 2.2nmのAlGaAs層に隔てられている 厚さ20nmの二つのGaAs層が、二層二次元系として振舞う。障壁が2.2nmとごく薄い ことから、層間のトンネル結合は 1.5meV(約15K相当)と非常に強くなっている。この 基盤において特徴的であるのが、三つのδドープ層は全て二重量子井戸よりも上にあるこ とである。この構造では、ドナーから供給される電子は基本的に上の層に全て溜まり、下 の層にはキャリアは存在しない。二層系として運用するために用いられるのが、超格子層 を隔てて設けられたバックゲートである。低温でこの超格子層は絶縁層として働くため、 バックゲートに正電圧を印加することで二重量子井戸ポテンシャルを歪め、下層にもキャ リアを導くことができる。これらの特徴から期待されるのが、ドナー不純物ポテンシャル の影響が上の層の電子によってスクリーニングされ、下層がより移動度の高い二次元系と なることである[39]。さらに、バックゲートを用いてゼロからキャリアを誘起するため、 電子密度が希薄な状態を実現できる。これらの条件は、電子間相互作用の影響を実験的に 検証する上で不可欠となる。
3.1.2
デバイス作製工程
このような基板の二次元系としての伝導特性を測定するため、図3.1(b)のように、量子 井戸層を含む、六本脚を持つ台地状構造(ホールバーと呼ばれる)を470nm程度のエッ チングにより基板上に切り出した。二次元系の面積は 90µm*30µmとしている。二次元 系への電気的コンタクトをとるのはオーミック電極である。これらは六本脚の先端を覆う ようにNi(30nm)/AuGe(470nm)/Ni(5nm)の三層の金属膜を蒸着し、熱処理(アニール) によって二次元電子系まで金属を浸透させることにより得られる。ここで重要なのは、膜 厚などの蒸着条件とアニールの温度、時間の条件である。浸透が不十分であると低抵抗の 良質なコンタクトが得られず、逆に浸透が過剰であるとバックゲートとオーミックコンタ クト間の絶縁破壊電圧が小さくなり、キャリアを十分に誘起できなくなる。金属膜を三層 に分けて蒸着しているのは、この熱処理の成功率を向上させるためであり、最初に蒸着す る5nmのNi層が過剰な浸透を抑える役割を果たす [42]。我々は水素雰囲気中で一分間 420℃にさらすことで、バックゲートの絶縁性を保ちながら、数百Ω程度の二層に共通の オーミック電極を実現した。 次に、二次元電子面にポイントコンタクトを形成するためのスプリットゲート、さら に、[35]と同様にセンターゲートを設けた。このような微細電極のパターン形成には電子 ビームリソグラフィーを用い、スプリットゲートの間隔は600nm、チャネル方向の長さ は400nm、その間に幅200nmのセンターゲートのパターンを描画、60nm程度のエッチ ングを施してからTi/Au膜を蒸着した。図3.2(a)はこれらのゲート電極の電子顕微鏡写 真である。ホールバー上にある微細表面ゲートには直接配線できないため、図3.2(b)の ように、ゲートの端に重ねて台地の外まで続く電極を最後に蒸着する。 これらの加工を施した基板を、図3.3(a)のように銀ペーストを用いてチップキャリア に接着する。チップキャリアの底から銀ペーストまで導通がとれるため、バックゲート電 圧を印加できる。他の端子からもチップキャリアの端子に配線し(図3.3(b))、チップキャ リアの脚を通じて測定プローブの信号線への導通をとることになる。図3.3(c)は実際の 配線の写真、(d)は完成したデバイスの写真である。3.1.3
ゲート電極の絶縁破壊電圧と測定時のパラメータ
本研究では、以上のプロセスを数回行った。条件は前節で述べた値に揃えているが、 バックゲートの絶縁破壊電圧や、表面ゲートについては絶縁破壊電圧に加えて実効的な電 界の広がりにも個体差が生じた。考えられる原因としては、ゲート電極の蒸着前に微細な 範囲に施したウェットエッチングが一様でなかった可能性がある。測定では二層のキャリ図3.3 (a)デバイスの接着の様子 (b)配線の様子 (c)配線後の基板の光学顕微鏡写真
(d)完成したデバイス
ア密度のバランスや、左右の空乏層の対称性を変化させる必要があった。、次章で実験結
果について述べる際に、印加したゲート電圧を記しているが、それらはデバイスの個体差 を考慮して調整したものである。
3.2
測定系
3.2.1
低温
測定はトップローディング式希釈冷凍機中で行った。希釈冷凍機で用いる3He-4He混 合液(Mixtureと呼ぶ)は、0.87K以下の温度で3Heがほぼ100%の濃厚相(Concentrated phase)と約6.5%の希薄相(Dilute phase)に分離する。実際には、図3.4のようにMixing chambarと呼ばれる空間にMixtureが溜まり、重さの関係から上に濃厚相、下に希薄相 という形で相分離する。希薄相の液面はStillと呼ばれる空間に達しており、Stillが0.7K
から 1K程度に保たれていれば3Heのみが選択的に気化する。Mixtureが平行状態にあ るときに希薄相の3He の濃度が下がると、濃厚相からの蒸発が起こり、この時の潜熱に より、Mixing chambarは100mK以下まで冷却される。Stillで蒸発した3Heを1Kpot
で再び液化し、濃厚相に戻し続けることで、低温を連続的に生成できる。トップローディ ング式の場合、プローブをMixing chambar上方から挿入し、試料を Mixtureに直接漬 けることで冷却する。そのメリットは、循環を保ったままでもプローブの出し入れができ るため試料交換が容易であること、また直接漬けるためにMixtureと試料の熱的接触が 良いことが挙げられる。本研究で用いた冷凍機では、ロータリーポンプを用いてStillか ら1Kポットへ3Heを循環させており、それだけで100mKから250mK程度の低温が得 られるが、さらにターボ分子ポンプを用いてStillを減圧し、循環の効率を上げることで 20mKから80mK程度の極低温が得られる。
図3.5 線型電気伝導度測定の回路図 図3.6 直流バイアス印加時の回路図 ゲート電圧は省いてある
3.2.2
電気伝導測定
線型電気伝導度の測定は、ロックイン法を用いた四端子測定により行った。回路図を図 3.5に示す。10nA以下の微小電流での定電流測定を行うため、分圧用抵抗100MΩ及び 電流測定用の標準抵抗100kΩをデバイスのドレイン端子に直列につなぐ。分圧器に十分 に大きな抵抗を用いたことで、ポイントコンタクトのチャネルが閉じ切る直前、すなわち 量子化抵抗一単位の約13k Ωよりも大きな抵抗まで測定することができる。交流発信は 周波数 13.3Hz、振幅は0.1∼1Vrmsの正弦波を用い、標準抵抗と試料の縦抵抗にかかる 電圧をロックインアンプを用いて検出、電気伝導度を求めた。各ゲート電極にはバイアス 電圧を印加するが、そのときに電極に流れる電流、いわゆるリーク電流を同時にモニター している。左右のスプリットゲート、センターゲート、バックゲートに印加する電圧をそれぞれ VsgL, VsgR, Vcg, Vbg と呼ぶこととする。各ゲート電極に電圧を印加することの意 味をもう一度まとめる。 VsgL ソース端子から見て左側に空乏層を形成する。 VsgR ソース端子から見て右側に空乏層を形成する。 Vcg QPC 内のキャリア密度を増減する。上層にキャリアが存在するときには、スク リーニングのため主に上層にのみ効果がある。 Vbg 二次元電子系のキャリア密度を増減する。下層にキャリアが存在するときには、ス クリーニングのため主に下層にのみ効果がある。 エネルギーギャップを見積もるためのバイアススペクトロスコピーを行うときには、図 3.6の回路を用いる。デバイスのソース・ドレイン電極間に数 meVの直流バイアス電圧 を印加するために、直流電源に10k Ωの抵抗を接続し、ドレイン電極に接続する手前で 10Ωを挟んで接地している。試料にかかる電圧はこの10Ω抵抗と同程度になるため、直 流電源からは数 Vの電圧を出力すればよい。この直流バイアスに加えて1M Ωの抵抗に より十分に減圧した交流電圧を乗せ、試料の縦抵抗にかかる電圧とソース電極に接続され た電流アンプからの出力をロックイン検出し、電気伝導度を求めた。
第
4
章
実験結果
本研究では数回のプロセスの結果得られた二種類のデバイスについて測定を行った。一 方は左右のスプリットゲートがほぼ対称に二次元系を空乏化しており、もう一方は著し く非対称に空乏層を形成した。前者をデバイスA、後者をデバイスBと呼ぶこととする。 デバイスAについては、センターゲートに加えてバックゲートを用いることで、二つのポ イントコンタクトの電子密度を様々に変化させ、結合特性を観測できることを示す。さら に、詳細な測定によって観測された結合領域に特徴的な非整数構造を示し、単一のポイン トコンタクトでよく知られる0.7構造も考慮して考察する。デバイスBについては、ま ず各スプリットゲート電極によりどのように空乏領域ができるのか、次に、その非対称性 が結合に及ぼす影響について、磁場による結合の変化と比較することによって論ずる。な お、バイアススペクトロスコピーを行った4.3.5節以外では、線型電気伝導度を測定して いる。4.1
二層二次元系の電子密度
まず、本研究で用いた基板の二層二次元系としてのキャリア密度の特性を示す。図4.1 は、表面ゲートを蒸着する前の状態のサンプルについて、古典ホール効果の測定によって 得られた、二層合計のキャリア密度をバックゲート電圧Vbg の関数としてプロットしたも のである。このようなバックゲート付き二層系基板では、Vbg <0V では下の層にはキャ リアは存在せず、従ってトータルのキャリア密度 nT はそのまま上層の電子密度nU を意 味する。Vbg >0Vでは下層nLにキャリアが入り始め、スクリーニングによりnU は一定 となる[43]。このことを仮定し、nT をVbg の一次関数としてフィッティングすると次の図4.1 キャリア密度のバックゲート電圧依存性 結果が得られる。 nU = 2.7 + 1.0Vbg nL= 0 (∗1015/m2) (Vbg < 0V) (4.1) nU = 2.7 nL= 1.0Vbg (∗1015/m2) (Vbg > 0V) (4.2) この結果を用いて二次元系としてのフェルミエネルギーを見積もると、Vbg=2.0Vで上の 層は9.6meV、下の層は7.1meVである。
図4.2 デバイスAの電気伝導度特性
4.2
デバイス
A
の特性
まず、我々のデバイスにおいて、結合特性が観測されることを確認する。次いで、セン ターゲートとバックゲートを用いることによって二つのQPCの電子密度を独立に制御で きることを確かめ、電子密度が結合領域の電気伝導特性にどのような影響を及ぼすのかを 調べる。4.2.1
二つの
QPC
の電子密度制御
図 4.2(a) に、デバイス A で得られた電気伝導特性を示す。希釈冷凍機の Mixing chamber の温度は約60mK、交流電流は10nA に設定して測定した。バックゲートの電 圧Vbg を+0.9V に固定することで、下の層に電子を引き込んで二層化しており、セン ターゲートの電圧 Vcg を、左は +0.3V右は-0.7Vまで、50mV ずつ値を変えながら電 気伝導度Gのスプリットゲート電圧依存性を測定した。左右のスプリットゲートには同 じ値の電圧 Vsg を印加している。測定スキームを図4.2(b)に併せて示す。図2.8(b)[35] と同様に三つの領域が見られ、左下は上層、右下は下層単独のQPC の特性、その間で は二つのQPCが同時に占有された特性が見られる。これは、Vcg によって上層の電子密 度が変化していることを示している。双方の QPCの第一サブバンドが一致する点では、 G = 2e2/h のプラトーが観測されている。これは第一サブバンド間の対称状態に対応す るプラトーであると考えられるが、傾きがゼロになっていないことから、図2.8(b)[35]の ケースよりも結合が弱く、対称状態と反対称状態が明確に分離していないことが推定される。同じセンターゲート電圧の振り幅において、バックゲートに印加されている電圧 を段階的に変化させた結果を図4.3に示す。バックゲート電圧が大きくなるにつれ、下層 QPCの領域と結合領域が広がっていることから、Vbg による下層電子密度の変化が有効 であることがわかる。
4.2.2
QPC
の結合特性
次に、このデバイスについてより詳細な測定を行った結果を示す。図4.4(a)は、Vbg=1.5 Vに固定し、Vcg を左は+0.8V、右は-0.4Vまで6mVずつ値を変えながら電気伝導度G のVsg 依存性を測定したものである。式(4.2)より、Vbg=1.5Vを二次元電子密度に換算 すると次の値を得る。 nU = 2.7, nL = 1.5(∗1015/m2) (4.3) 冷凍機温度は約100mK、交流電流は1nAに設定した。交流電流の値を小さくしたことに よって電子温度が低くなり、図4.2に比べてプラトーがより明確になっている。図 4.2と 同様、上下それぞれの単独QPCと結合QPCの三つの領域が観測されている。また、第 一サブバンド同士の対称状態に対応するプラトーに傾きが残っていることから、結合エネ ルギー、すなわち対称・反対称状態のエネルギーギャップが小さいことが予想される。サ ブバンドの交差・反交差の様子を見るためトランスコンダクタンスを計算した。Vsgを横 軸に、Vcg を縦軸にとったカラープロットを図4.4(b)に示す。赤線が微分の極大、すなわ ちサブバンドを表す。右下に下層QPCのサブバンドが順に並び、上のQPCからのサブ バンドは左上に並ぶ(この図では第一サブバンドしか見えていない)。中央の領域におい て上下のQPCそれぞれに由来するサブバンドのエネルギーが縮退するが、同じインデッ クスを持つサブバンド同士は反交差して対称・反対称状態をつくり、異なるインデックス を持つサブバンドは交差していることが見て取れる。このように、デバイス Aの結合特 性は I = δp,q の条件を満たし、2.2.1節で述べたように、二つのQPCの位置、幅は一致 していると考えられる。図 4.3 バ ッ ク ゲ ー ト を 用 い た 観 測 領 域 の 変 化 (a)Vbg=0.4V (b)Vbg=0.5V
図4.4 Vbg=1.5VにおけるデバイスAの詳細測定 (a)電気伝導度 (b)トランスコン ダクタンスのカラープロット
4.2.3
非整数構造
さらに、この実験結果において特徴的であるのは、結合領域に非整数の値をとる複数の プラトーが存在することである。結合のない場合と比較するため、図 4.5に、(a)結合の ない二重QPCのコンダクタンス測定結果を縦軸のスケールを変えたもの[34]、(b)デバ イスAの測定結果 (図4.4(a)を拡大したもの)を載せた。(a)では各単独ポイントコンタ クトのステップで0.7構造が現れており、結合領域に入っても1.7, 2.7, 3.7, ...の位置に、 もう一方の層のステップに乗る形で構造が見られる。0.7構造同士の和も明確に現れてお り、G = 1.4∗ 2e2/hにプラトーがある。一方、(b)では、第一サブバンド同士の反対称状 態に対応するG = 2∗ 2e2/hのプラトーの近傍に、G = 1.6∗ 2e2/hとG = 1.8∗ 2e2/h を持った二つのプラトーが存在する。改めて、トランスコンダクタンス図4.4(b)の結合 領域を拡大したものを図4.5(g)に示す。非整数プラトーに対応する二つの状態が上層第 一サブバンドの上に存在することがわかる。これが、結合やスピン分離によって生じる のかを考える。図4.5(c)-(f)は、二つのQPCのサブバンドが結合の効果やスピン分離の 効果により変化する様子を表した概略図である。(c)は結合がない場合、上層の第一、第 二、下層の第一、第二、第三サブバンドが交差する様子を示している。サブバンドの間の 領域はコンダクタンスプロットのプラトーに対応し、2e2/hを単位としたコンダクタンス の値を書き入れてある。同じインデックスを持つサブバンド同士が結合して反交差するこ とを考慮すると(d)のようになり、非整数プラトーを除けば(g)と一致する。(c)に加え て、両層QPCの第一サブバンドの下に0.7構造が生じた場合を(e)に示す。1.4∗ 2e2/h と1.7∗ 2e2/h、2.7∗ 2e2/h...プラトーがあり、(a)の結果をよく説明する。0.7構造がス ピン分離であるとして、上下層QPCに由来する同スピン・同インデックス状態同士が結 合すると仮定すると、(f)のようになる。(g)と比べると、1∗ 2e2/h < G≤ 2 ∗ 2e2/hに 三つの状態が存在するという点では一致するが、(g)では通常の0.7構造が見られず、非 整数構造に対応する状態が上の層のサブバンドに沿って現れているという点で異なる。 比較のため、下の層の電子密度が小さいVbg=1.0Vについても測定を行った。各層の 二次元的な電子密度は次の値である。 nU = 2.7, nL = 1.0(∗1015/m2) (4.4) 図4.4と同様、冷凍機温度は約100mK、交流電流は1nAに設定し、Vcg を左は+0.5V、 右は-0.5Vまで10mVずつ値を変えながら電気伝導度GのVsg依存性を測定した。図4.6 に結果を示す。Vbg=1.5Vの場合と結合特性はおおむね一致しているが、非整数構造は見 られない。2.3節でも述べたように、電子間相互作用の影響は電子密度が小さいほど顕著 に現れるが、この場合には下層の電子密度が小さいと非整数構造が現れないことになる。図4.5 (a)結合のない二重QPCのコンダクタンス測定結果([34] より) (b)デバイ
スAの測定結果 (c)結合がない場合のサブバンド図 (d)結合した場合のサブバンド図
(e)0.7構造があるときのサブバンド図 (f)0.7構造同士も結合した場合のサブバンド図
図4.6 Vbg=1.0VにおけるデバイスAの詳細測定 (a)電気伝導度 (b)トランスコン ダクタンスのカラープロット
以上、非整数構造の特徴をまとめると、以下のようになる。 • 二つのQPCが結合し、波動関数が上下層間で非局在化した領域で現れる。 • 上下QPCのサブバンドに対して非対称に生じている。 • 下の層の電子密度に依存する。 今回、結合領域にのみ非整数構造が見られた理由を考察する。2.3節で述べたように、単独 のポイントコンタクトにおいて非整数構造はスピン偏極状態に対応すると言われる [20]。 つまり、電子密度が十分に小さく、クーロン相互作用が重要になった場合には交換相互作 用によって系はスピン偏極しうるということである。この機構が成り立つとすると、もう 一層にも電子が存在し、かつQPCが結合して飛び移りが許される場合には、層間の交換 相互作用も働き、よりスピン偏極する傾向が顕著になる可能性がある。すると、上下層の 結合の強さが、電子の交換相互作用に直接関係するパラメータになると考えられる。ま た、上下の電子密度の違いも、上下の QPCの幅の違いにつながるため、結合の強さに関 係しており、本質的に非対称性を生んでいる可能性もある。
図4.7 (a)左側のスプリットゲート電圧に対するコンダクタンスの変化 (b)左右のス プリットゲート電圧に対するコンダクタンスのカラープロット
4.3
デバイス
B
の特性
2.2.1節で述べたように、結合QPCにおいてサブバンド同士が結合するか否かを決め るのは、スプリットゲートによる閉じ込め方向の波動関数の重なりである。二つの閉じ込 めポテンシャルが、幅も層内での位置も一致した場合には同じ波動関数のインデックスを 持つサブバンドは結合し、異なる場合には波動関数の直交性から結合は生じない。しか し、閉じ込めが左右非対称に形成された場合、上下のQPCの中心位置にずれが生じる可 能性がある。ここでは、そのような非対称性が結合に与える影響を実験的に検証した。4.3.1
ゲート電極の特性
まず、左右のスプリットゲートについて、電圧と空乏層の広がりの対応に違いがある かどうかを調べた。図 4.7(a)では、Vbg = +1.5V、Vcg = +1.6Vにそれぞれ固定して、 一方のスプリットゲート電圧 VsgR を0V から-7Vまで 100mVずつ変化させながらもう 一方のスプリットゲート電圧VsgL の関数としてコンダクタンスを測定した結果である。Mixing chamberの温度は約30mK、交流電流は3nAに設定した。後に確認できるが、こ の条件では下層一層の伝導を見ている。VsgR の値によって、ピンチオフするVsgL の値 は異なる。(b)ではVsgR、VsgL に対してコンダクタンスのカラープロットをとった。黒 の領域はピンチオフした状態にあたる。有限のコンダクタンスを持った領域からピンチ オフする境界の推移を見よう。VsgR = 0,−7V に対し、VsgL = −5.7V, −4.1V でそれぞ れピンチオフする。この境界の変化を線形とみなすと、VsgR の変化1V で広がる空乏層 はVsgL では約0.2V 分の変化に対応すると言える。次に、左右にできる空乏層がそれぞ