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『金の子牛像事件の解釈史──古代末期のユダヤ教とシリア

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Academic year: 2022

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研究が出てきたというのであるから︑実に感慨深い︒   ただ︑シリア学の研究者としては︑ユダヤ学のほうを専門的に評価できないのが︑残念の極みである︒同様に︑ユダヤ学の研究者が本書を評する場合でも︑シリア学については評価できないことになるので︑本書全体を専門的に評するには︑最低二人の専門家が要ることになる︒それだけ日本では前例がない研究業績ということになる︒その分と言えばなんだが︑シリア・キリスト教︑シリア教父︑シリア地域に関する部分は︑専門的に詳しく分析するように努めた︒つまり︑ユダヤ教そのものではないが︑キリスト教におけるユダヤ性︑ユダヤ観を省察することなら可能である︒というわけで︑以下ではユダヤ学の観点からではなく︑シリア学︑教父学︑解釈学の観点から評させていただく︒

一  テーマ設定

  まず︑副題﹁古代末期のユダヤ教とシリア・キリスト教の聖書解釈﹂からだが︑ユダヤ教とキリスト教というテーマ自体は普遍的である︒また︑どの点で両者を比較するかといえば︑﹁聖書解釈﹂なので︑教典宗教の双方にとって根幹をなすし︑そもそも比較するには共通のプラットフォームが必要なので︑その接点としても申し分ない︒しかし︑そもそも﹁古代末期﹂という時代設定は︑原始キリスト教の時代や中世︑近現代までの各時代と比較すると︑日本ではまだまだ研究が手薄である︒まして︑著者も述べているように︑﹁シリア・﹂が付いている点が特徴的である︒もちろん世界では︑この分野の様々な研究 大澤耕史著

﹃ 金 の 子 牛 像 事 件 の 解 釈 史

││  古代末期のユダヤ教と シリア・キリスト教の聖書解釈 ││

教文館 二〇一八年三月刊A5判  二一七頁  五四〇〇円+税 武  藤  慎  一   シリア教父の研究者としては︑初期シリア教父を主題として扱うモノグラフが︑日本で再び著されたことをまずは素直に喜びたい︒それだけでも十分満足だが︑それが古代キリスト教研究や教父学という既存の枠内に留まらず︑ユダヤ学︑特に初期ラビ文献研究という︑別の枠にも広がる研究であることを初めて知った時は︑驚かされた︒しかも︑これは京都大学を始め︑イスラエルのヘブライ大学などでユダヤ学の専門研究に従事した上での業績とはいえ︑二〇一五年十一月に京都大学大学院人間・環境学研究科に提出された学位請求論文をもとに大幅に加筆修正された︑という比較的短期間に纏められたものである︒ラビ文献研究は評者の専門外だが︑最近はひと頃に比べれば増加傾向にあるとはいえ︑日本ではまだまだ専門家が少なく︑これだけでも習熟するには特別恵まれた能力と相当厳しい専門的訓練が要求されることは想像に難くない︒まして︑教父学は全く別のディシプリンである︒この両方を学問的に扱おうとする

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指して使用しているにもかかわらず︑その二大中心地を﹁アンティオキアとエデッサ﹂︵二二頁︶とするのは︑混乱を招く︒アンティオキアはギリシア・キリスト教の主要な学統の一つ﹁アンティオキア釈義学派﹂の中心地であることからも分かるように︑ギリシア・キリスト教に属すからである︒シリア語圏のキリスト教の本拠地であるメソポタミア地域︵東シリア︶とギリシア語圏のキリスト教の一大中心地アンティオキアを主都とするローマ帝国領シリア︵西シリア︶を区別すべきである︒二重言語︵バイリンガル︶性を考慮して︑東西シリアの共通性を強調するのは構わないが︑その場合でも一旦東西を区別した上で﹁シリア﹂と言うべきである︒

  次に︑タイトルの﹃金の子牛像事件の解釈史﹄だが︑解釈学の研究者としては具体的な解釈史は必要だが︑なかなかそこまで手が回らない領域なので︑今回これを本格的に行っていただいたのは︑嬉しい限りである︒ユダヤ学ではなく︑︵西洋近代︶聖書学でさえも︑聖書注解書EKKを始めとして従来よりも影響作用史を重視する傾向が始まってすでに久しいし︑関連する諸学問領域でも解釈史は重要な位置を占めている︒教父学でも比較的最近︑ACCSという現代版の英訳カテーナまで完成している︒解釈史を研究する場合︑時間と労力に限りがあるので︑どの箇所︑どのテーマを選択して研究するか︑が重要になる︒その点︑出エジプト記三二章の﹁金の子牛像事件﹂はユダヤ教とキリスト教の聖書解釈上の争点となる箇所なので︑その選択はまさに慧眼と言えよう︒

  ただ︑第1章で研究史を扱い︑金の子牛像解釈史研究に関し がすでに行われてきている︒それでも︑﹁キリスト教﹂の中心はギリシア・ラテンキリスト教だったことは︑否定できない︒しかし︑初期キリスト教時代はいざ知らず︑古代末期も四世紀頃になると︑両者の相違点ばかり目立つようになり︑有効な比較にならない場合が多い︒その点︑同時期のシリア・キリスト教の場合は話しが違う︒ユダヤ教との実際の接点が想定できるからである︒

 このように必要な研究領域にもかかわらず︑本書以前は少なくとも日本では本格的な研究が存在しなかったと言える︒領域横断的な研究は︑双方の分野の研究者が必要としてはいるが︑実際にはなかなか手を出せない︒なぜならば︑教父学は元々他のキリスト教の研究領域と比べて手薄な分野である上︑ギリシア・ラテン教父だけで膨大なテクストが存在し︑西洋では研究が長年の間蓄積され︑古典語運用の熟達だけでも相当な訓練が要るからである︒したがって︑教父学というマイナーな領域の中ではメジャーなギリシア・ラテン教父の他に︑だいぶ異なったディシプリンが要求されるシリア教父まで専門的に研究する必要があるので︑海外では研究者が増加しているものの︑残念ながら日本ではマイナーの中のマイナーとなり︑ごく僅かな研究者しかこれを行っていないのが現状である︒もちろん︑この時期のユダヤ教の研究も大変な労力が要るので︑研究したくてもそんな大それたことには︑おいそれとは手を出せなかったわけである︒本書の研究史上の最大の意義は︑ここにある︒

 ただ︑本書では語﹁シリア・キリスト教﹂を実質的にはシリア語で著述した二人のシリア教父︑アフラハトとエフライムを

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第5章  イスラエルの民︑第6章  サタン︑第7章  結論︑補遺  子牛像事件解釈から見るユダヤ教︐ギリシア・ラテン教父︐シリア教父の神観︑一次文献索引・参考文献一覧・あとがき

 第1章についてはすでに述べたが︑本書の基本的な研究方針・方法に関しても評価できる︒名著J. L. Kugel, のように︑カテーナ形式で子牛像事件の解釈を列挙する方法もあるが︑第2章以下はテーマ別の配列になっている︒第2章から第6章までと補遺の各章内は︑互いにほぼ同様の構成である︒確かに︑対象聖書箇所を一つに絞ることによって︑具体的で詳細な分析が可能になったことだろう︒しかし他方で︑テーマはむしろ大きすぎるテーマになったと言える︒つまり︑各テーマの導入部分で︑それぞれの概観を辿るのは必要だろうが︑後半で金の子牛像事件の関連テクストが扱われる際に︑とたんに同一テクストが繰り返し引用される場合が増える︒それよりは︑各章の前半部分と後半部分の間に︑第6章﹁サタン﹂では著者も行っている通り︑二人のシリア教父の他のテクストにおける﹁アロン﹂︑﹁モーセ﹂などの当該テーマをもっと詳しく扱ったほうがよいと思われる︒それには︑アフラハトがテクストが現存する最初のシリア教父︑エフライムは最大のシリア教父であるため︑膨大な研究の蓄積を参照する必要がある︒例えば︑﹁サタン﹂一つ取っても︑Martikainen 1 3978などを必ず参照すべきだと思うが︑少なくとも参照文献には挙げられていない︒また︑子牛像事件に直接言及した﹃ニシビス ては詳述されているが︑ユダヤ教とシリア・キリスト教の関係一般やその聖書解釈一般も踏まえる必要があるが︑それには殆ど触れられていない︒特に二十一世紀に入って︑シリア教父研究におけるユダヤ教関連のモノグラフの公刊が相次いだ︒そのうち︑エフライム研究の﹃反ユダヤ主義とキリスト教の正統﹄︵Shepardson 2 1008︶︑﹃﹁ユダヤの﹂賢者エフライム﹄︵Narinskaya 2010︶には︑本書でも言及されている︒しかし︑アフラハト研究の﹃四世紀ペルシア領メソポタミアにおけるユダヤ教とキリスト教の対話﹄︵Koltun-Fromm 2 2011︶も︑どうしても避けて通れない研究である︒特に︑その第二章﹁選ばれていること││イスラエルの選び﹂では︑まさに神がユダヤ教徒を斥け︑代わりにキリスト教徒を選んだ︑というアフラハトの主張とそれに対して想定されるラビたちの反駁が主題であるから︑本書にかなり近い内容を扱ったものである︒続く第三章では︑アフラハトとラビたちの間の具体的な聖書解釈の類似性も指摘され︑第四章には金の子牛像事件自体への言及もある︵一四〇頁︶︒もちろん︑必ずしも肯定的に扱う必要はないが︑これだけ関連性の高い比較的最近の研究があるのだから︑少なくともそれを参照しない理由を説明すべきだろう︒

二 方法と形式   本書の章立ては︑以下の通りである︒ 序文︑第1章  先行研究およびユダヤ教とシリア・キリスト教の比較の意義︑第2章  罪︑第3章  アロン︑第4章  モーセ︑

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で扱うことはあり得ない︒ギリシア教父の聖書解釈も膨大な数があるので︑﹃出エジプト記注解﹄と銘打った著作以外にも数多くある︒したがって︑今回のようにその中からごく僅かなテクストだけを選んで扱うとしたら︑それを選んだ根拠を説明する必要がある︒特に︑この時代の聖書注解者として最も重要なギリシア教父の一人で︑﹃出エジプト記講話﹄も著しているオリゲネスの不在は︑説明を要する︒これも直接︑子牛像に言及したテクストに集中した本書の方法に帰因すると思われる︒

 このようにテクスト中心に文献学的に扱う場合︑原典を使用して厳密に検討するのが当然の前提になる︒その点は︑ユダヤ教文献のほうは大丈夫かもしれないが︑キリスト教文献では特にギリシア語・ラテン語の原文が殆ど引用されていない︒ギリシア語・ラテン語文献の場合は︑﹁既存の現代語訳に基づ﹂いた︵一二頁︶︑とすればこれ以上精査しても仕方がないが︑もちろんすでに学問上信頼できる邦訳がある場合はそれを使用してもよいが︑その場合でも通常は一部改訂したり︑注で個々の翻訳の信頼性の検討結果を逐一付記すべきである︒これを明確にしなければ︑引用テクストに基づく議論を安心して辿ることができない︒それに対して︑ヘブライ語・アラム語と並んで﹁シリア語文献の訳はすべて直訳調の拙訳﹂︵同頁︶とされている︒

  しかし︑シリア語の原典と対照してみたが︑実際は直訳されていない︒意訳が多すぎる︒特に︑エフライムの詩歌で多用されるように︑シリア教父は同語根の語を使用しているのに︑わざわざ全く別の語に訳されている︒また︑文と文を結ぶ接続詞 の歌﹄五三︵一七〇頁︶についても︑この一つのテクストだけではきちんと理解できず︑エフライムの死生観におけるサタンという広い背景を踏まえた上で︑理解しなければならない︒それについては︑Buckan 2 4004を参照する必要がある︒しかも︑この箇所だけではないが︑エフライムの詩歌テクストはそれ自体解釈を要する文学作品であって︑ただ翻訳するだけではなく︑著者自身によるテクスト理解も開示しない限り︑実際は用をなさない場合が多い︒散文テクストの場合は︑確かにエフライムの﹃出エジプト記注解﹄は比較的研究が少ないが︑これと関連性が高い﹃創世記注解﹄のほうは多くの研究があるので︑十分に参考になる︒スウェーデンの出版社から出た優れた二つのモノグラフHidal 1974︑Kronholm 1978は挙げられているが︑もっと重用すべきではないだろうか︒

  また︑各章の前半と後半の間に挙げられている︑主要テーマ外の﹁ギリシア・ラテン教父﹂の部分の議論が荒い︒教父学者からすれば︑そもそもギリシア教父とラテン教父とでは︑使用言語も環境も相当異なっているので︑まずは別々に扱うべき対象である︒結果的に︑対ユダヤ教関係で似た傾向を示したとしても︑まずは別々の枠で論じなければ︑最初から結論ありきでその結論に適合するテクストだけを扱っているのではないか︑と勘ぐられよう︒しかも︑対象とする時代が﹁古代末期﹂全体︑と相当長いので︑結果的には時代を貫く共通性が見いだされたとしても︑もっと細かく分けて扱い︑例えば各世紀ごとの個別性を尊重しなければならない︒特に︑この枠で一世紀の新約テクストも扱っているが︵一三〇頁︶︑これを﹁教父﹂という枠

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響や前提を色濃く残しながらもギリシア・ラテン教父からの影響も受け入れるシリア教父﹂︵一九一頁︶という結論は︑あり得ない︒相互影響関係については︑教父学内の一般的傾向を踏まえるべきである︒つまり︑ギリシア教父とラテン教父の関係︑さらにシリア教父との関係はある程度はっきりしている︒現代の研究領域でさえ︑ギリシア語とラテン語の間の垣根はまだしも︑シリア語︵アラム語︶とのそれとなると︑大きな垣根が歴然と存在する場合が多い︒ましてや︑古代においては各言語圏内だけで完結される場合が普通で︑多言語を併用するほうが珍しい︒特に︑セム系の言語とギリシア・ラテン系の言語の間ではそうである︒特に︑書記言語においてそう言える︒

  したがって︑少なくともアフラハトにおいてはギリシア教父との類似点は基本︑直接の影響関係によるものではなく︑両者の共通の源泉である︑パウロ書簡を始めとした新約聖書を中心とする原始キリスト教からのそれぞれへの影響と見るべきである︒まして︑アフラハトとラテン教父との類似点は︑さらにそうである︒エフライムの場合は︑主に耳学問でギリシア語圏のことをある程度知っていたとしても︑少なくとも彼の中心的な思想・聖書解釈に大きな影響を与えることはなかった︒それは︑同じシリア教父でギリシア・キリスト教からの影響がほぼ皆無のアフラハトとの共通性の大きさを考慮に入れれば︑明らかである︒ギリシア教父とラテン教父の間では︑前者から後者への影響は十分考えられるが︑後者から前者への影響は二重言語話者など特別な場合を除き︑あまり考える必要はない︒むしろ︑ユダヤ教と﹁ギリシア・ラテン教父﹂が別枠で扱われてい や副詞の意味が取られていないため︑各文が短く孤立して訳されていて︑原文では明確な文と文とのつながりが反映されていなかった︒例えばKD︵シリア語は︑ここでは大文字で表記する︶で︑特に仮定文の場合である︒そして︑Dである︒未完了型動詞による︑﹁〜するようにと﹂という目的文の意味など︑特に関係代名詞としてのDによる関係詞節の意味が取られていない︵例えば︑﹃論証﹄八・九︵一三七頁︶︶︒そもそも︑動詞類の時制が何種類もあるのに︑訳し分けられていない︒また︑名詞類では代名詞の性数が対応していない場合が多い︒もちろん︑主語などを明示していない場合には︑補って訳すのは構わないが︑解釈によっては別の名詞を指す可能性が残るので︑本書では若干しか用いられていない﹇  ﹈などの記号をもっと使って︑補ったことを明記すべきである︒これは︑特に詩歌に当てはまる︒学問的な著作では︑できる限り直訳のほうがよい︒もちろん直訳すれば︑日本語としてある程度読みにくくはなるが︑読みやすさを多少犠牲にしてでも︑正確さを優先すべきだと考える︒

三  内容   ここで︑形式から内容に入るが︑類似するテクストが存在する場合の影響関係については︑﹁不明﹂としたり︑曖昧な表現でお茶を濁すことが多いが︑せっかく最重要の問題を扱っているのだから︑ここでもう一歩踏み込んで︑全体の傾向から判断すべきではないか︒本文の最後では︑珍しくそれに言及されているが︑言及されたとたん︑的がずれている︒﹁ユダヤ教の影

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れ以後かが判明する場合があるだろう︒類似点は多くあるのだからこの地道な作業を各類似点・相違点ごと︑各テクストごとに積み重ねていけば︑その研究成果を総合することで︑年代決定にかなり使えるのではないだろうか︒今後の研究に期待したい︒

  ただ︑共通する内容があっても︑それぞれヘブライ語聖書︵旧約聖書︶からシリア教父︑ヘブライ語聖書からラビたちへの直接的影響の可能性も考える必要がある︒例えば︑偶像崇拝を﹁姦淫﹂に直接結びつける︵第2章︶のは何も特別なことではなく︑ホセア書などにある比喩として︑むしろ当然なのではないか︒

  他の残された課題としては︑全体と部分の両方の相互関係が重要になるだろう︒今回は︑特定のテクスト解釈史に特化した研究だが︑その場合でも個々の解釈︑釈義の背後には必ず解釈学︑解釈原理といった全体の文脈が伏在するので︑これらを踏まえておかなければ︑個々の聖書解釈の理解もおぼつかない︒これは本書では︑僅かに本文の最後で触れられているが︑全く異なるアレクサンドリア学派とアンティオキア学派を一括りにして︑彼らの聖書解釈の手法は﹁多様な解釈を行うために生みだされた技術﹂︵一九一頁︶としているが︑実際にはアレクサンドリア学派は全く逆である︒むしろ︑この解釈の多様性はシリア教父の特徴に当てはまる︒いずれにせよ︑本書の個々の解釈の研究に専念する方針は評価できるが︑その背景の解釈原理も空白のままではあり得ないので︑十分考察してから言及すべきである︒ るので気づかれにくいが︑同じキリスト教内のギリシア教父からラテン教父への影響よりも︑宗教の枠を越えて︑同じアレクサンドリアのギリシア語著述者であるユダヤ教のフィロンからアレクサンドリア学派を始めとするギリシア教父への影響のほうが大きいくらいである︒

  この点で︑シリア語もアラム語の方言であるから︑同じアラム語圏のシリア・キリスト教とユダヤ教の影響関係は︑十分想定できることになる︒特に知りたかったのは︑具体的にどのように︑どの程度影響関係があるか︑である︒この問いに本書は答えてくれている︑と言える︒ただ︑類似する内容のテクストが存在する場合︑個々の影響関係が相互なのか︑前者から後者への︑あるいは後者から前者へのものなのか︑は判断が困難なので殆ど明らかにされてない︒しかし︑確かに困難ではあるが︑不可能ではないのではないか︒確かに︑この時代のユダヤ教文献は年代決定が困難なものが多いだろう︒しかし︑もう一方の研究対象のシリア教父の場合はそんなことはなく︑アフラハトが三三七年から三四五年︑エフライムがざっと三五〇年から三七三年の間など︑ユダヤ教文献と比較するとかなり狭く年代決定が可能である︒したがって︑シリア教父とユダヤ教文献との間で共通する伝承が用いられていれば︑それは四世紀が下限である可能性が高く︑さらに同様にシリア語聖書ペシッタや二︑三世紀まで遡れるシリア・キリスト教文書︑新約聖書などを比較対象に使用すれば︑比較的古いか否かはある程度判明しよう︒次に︑アモライーム期のものと比較すれば︑同じものが見いだせるか否かで︑少なくとも四世紀以前に遡れる伝承かそ

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をつけていなかったユダヤ教の聖書解釈との本格的な比較を行い︑具体的な形でその類似性を指摘していただいたことには︑感謝の念に堪えない︒ギリシア教父を中心とする教父学も専門とする者としては︑今後の研究の発展に心より期待を寄せるものである︒

注︵

︵ いては略記するに留めた︒   1︶二次文献は多数に上るので︑本書に載っているものにつ   Naomi Koltun-Fromm, 2︶

, Piscataway, 2011.︵

︵ , Åbo, 1978.     Jouko Martikainen, 3︶

︵ 2004. , Piscataway,  ”’   Thomas Buckan, 4︶

研究﹄第二四号︑二〇〇四年︶︑四九︱六四頁︒ 教││そのマイノリティーとしての自己意識﹂︵﹃基督教学   5︶拙論﹁四世紀イラクにおける地域文化としてのキリスト ヤ教と共有したとも言える︒ ア・キリスト教は前者を他のキリスト教と共有し︑後者をユダ ユダヤ性は前者に︑ユダヤ性は後者に当たる︒いわば︑シリ の聖書解釈は後者に当たる︒エフライムの場合も︑彼の中の反 性の対立でもある︒この場合︑解釈方針は前者に当たり︑実際 ーバル︵キリスト教全体︶性とローカル︵メソポタミア地域︶ ものと無自覚的なものに相当する︒これは︑普遍と特殊︑グロ だけ述べると︑理論と実践はそれぞれ︑アフラハトの自覚的な フラハトに関しては︑すでにその研究があるので︑簡単に結論 5 いてだが︑この二つの間の乖離が重要になる︑と思われる︒ア   最後に︑シリア教父側の対ユダヤ教の理論と実践の関係につ   細かい問題点については逐一指摘できなかったが︑例えばヨアンネス・クリュソストモスの﹃創世記講話﹄は二作品あるので︑当該テクストが﹃六七の創世記講話﹄であることを明示しなければならないが︑本書はそれをしていない︵一〇七頁︶︒このような細かい今後改善すべき点が多々あるにしても︑それも非常に意欲的かつ有意義な挑戦の結果だからであり︑研究対象がユダヤ学と教父学という全く異なる分野に跨がり︑しかも一つの教父学分野だけでも長い専門的訓練を経てようやく研究を開始できる困難な分野なのだが︑とりわけラテン教父とギリシア教父︑シリア教父をこのような形の単著で同時に扱うのは︑少なくとも日本では前例なきことだと思うので︑非常に困難なことを試みた志に敬服する次第である︒特に︑評者がシリア教父の聖書解釈を研究する中で長年︑気になっていながら手

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