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図書館員の文献紹介と
資料の活用
ル ・ コ レ ク シ ョ ン よ り
62『捕
ほ え い も ん ど う影問答』前編(文化四﹇₁₈₀₇﹈年)・後編(文 化五﹇₁₈₀₈﹈年)
(₃)など、国を憂いた著作も含ま れています。特に、同書の前編は『環海異聞』
と同じ年に成立しており、ロシア使節レザノフ が訪日途上で行ったイギリスに対する交渉部分 など、津太夫たちが持ち帰った情報が記述され ています。
■大槻の社会活動と彼の支援者
大槻が活躍していた天明半ばから寛政、享和、
文化の年間は、徳
とくがわいえなり川家斉が₅₀年間にわたって₁₁ 代将軍の座にあった時代でした。家斉の将軍就 任後、重商主義政策を主導した老中田
た沼
ぬまおきつぐ意次が 失脚し、厳格政治を掲げて登場した松
まつだいら平 定
さだ信
のぶも
「寛政の改革」を主導しますが、芳しい業績を 残せないまま老中を退任します。その後の幕閣 人事では松平の影響を断ち切れず、幕府は経済・
財政面で苦境に陥っていきます。また、対外的 な問題では外国船の不法来航が顕著になってき た時代でもありました。
このような中、大槻は私塾の蘭学塾である
「芝
し蘭
らん堂
どう」を開設して多くの門人を輩出してい ました。ここで育った四天王とされる人物に は、橋本宗吉をはじめ、稲
いな村
むら三
さん泊
ぱく、宇
う田
だ川
がわ玄
げん真
しん、山
やま村
むら才
さい助
すけなど錚々たる蘭学者が名を連ねて います。また、大槻は寛政六(₁₇₉₄)年閏十一 月十一日(₁₇₉₅年₁月₁日)には、新元会、俗に いう「オランダ正月」として芝蘭堂に幅広い分 野の蘭学者を集めて宴を催し、斯界の中心的な 役割を果たしました。
こうして力をつけた大槻は、若き頃に長崎遊 学で培ったオランダ通詞との交流を重んじ、ま た、この遊学の資金提供者とされる福知山藩主 で蘭癖大名の朽
くつ木
き昌
まさ綱
つなや、仙台藩主伊
だ達
て周
ちか宗
むねの 叔父で江州堅田藩主になっていた堀
ほっ田
た正
まさ敦
あつの支 援を受けています。特に『環海異聞』については、
堀田の影響力のもとで編纂が進められたとされ ています。学術文化の庇護者といわれ、通算₄₃ 年間にわたり幕府の若年寄を務めることになる 堀田も本書の早期完成を望んでいたようです。
(₄)『環海異聞』本学図書館所蔵