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刑法を斬る

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Academic year: 2022

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(1)刑法を斬る 著者 著者別名 雑誌名 巻 号 ページ 発行年 URL. 吉田 常次郎 T. Yoshida 東洋法学 20 2 p67‑77 1977‑03 http://id.nii.ac.jp/1060/00006062/. Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja.

(2) 法を斬. 吉. 田. 常次. B. 良. 新約聖書ヨハネ︵すダ押H︶によれば﹁初めに言葉ありき︒そして言葉は神と共に︑また神は言葉なりき云々. る. すなわち理性︑悟性の意味であろう︒ハイゼスの外語辞典︵六〇三頁︶によれば︑新約聖書にある言. 葉は久遠の昔︑神自身万有の創生力として現われ人間を導びくに道徳的にはより高い精神生活を︑学問的には賢明な. ゴス︵一〇αqoωy. とある︒この章旬はドイッの諺となっているほど有名であるが︑言葉の意味は筆者にはよく理解できない︒これは頂. 一. 刑 刑法を斬る. 六七. キリスト教では神は万有の創造者としているがサタンをも創造したのだろうか︒サタンは誰が創造したのか︒またイ. 表象されている︒ー黙示録は難ーマ当局者特に皇帝に対し強烈な反感を表示している︒. であって︑サタンの支配する罪と闇黒と虚偽の世界に打勝ち︑彼を信じて神に属する者を救い出す救主として. 哲学辞典九三一頁参照⁝これによればイエスは神の永遠の子ロゴスの肉を取れるもの︑光と真理と生命との源. 王︑ヨハネの福音書及び書翰︵U8穿きαQ魯器皿︐象①㌍醒Φ︶並びに黙示録︵○δ○欝菩鍵欝αq︶ー岩波︑. 行為をする意味であると︒ヘイゼスのこの解説が妥当のように考える︒. ヤ.

(3) 東洋法学. 六八. エスはサタンの支配する罪と闇黒の世界を完全に支配する力がなかったのだろうか︒単にこれと対抗して勝利を収め. わたくしは初めに生命欲があると考える︑山川草木亦然り︒万有は生きる欲望.しかもより長く.より快適に. るだけで依然サタンの支配する世界を認めるのか︒切に大方の高示を仰ぐ︒. 二. 生きようとする欲望がある︒この生命欲が環境の影響を受けて種々雑多の万物が生ずる︒人間について言えば善人と. もなり悪人ともなる︒善人でも時には悪行をなし.悪人も時には悪行をなし.悪も時には善行をする︑生まれてから. 死ぬまで終始遜∬のみをなし.悪行のみをする者はない.孟子は性善説を嘱え.測隠の心は仁の端であると主張し.. 僑賞必罰は古来鉄則とされてきた︒将来は善行をしてもこれを褒賞しなくても世人は善行を励み.悪行をして. 筍子は性悪説を唱え.瀞︑の善は偽なりと言っているが共に人性をよく理解しないものであると考える︒. 三. もこれに懲罰を加えなくも悪行をやらない時代がくることを期待するのである︒しかし現代並びに近い将来では期待. できないだろう︒それで現行法も信賞必罰を原則としている︒しかしこれは意思の絶対的自由もしくは相対的自由を. 犯罪億行為の都度これを罰する︒数箇の犯罪が同時に発見し︑その起訴があったときは犯罪競合︵実質的競合. 訴のときは裁判所は刑を酌量減軽すべきであろう︒. i.一ツの行為が犯罪を構成すると同時に社会に功績を与えたときはその利害を比較して不起訴とするか︑起. 前提とする︒わたくしは人間の意思は絶対的ではないが相対的自由であると考える︒この闘題は既に拙著日本刑法に ︵藍︶ おいて論じたからここでは省略する︒. 三. ⁝併合罪︶として処断する︒それ以外の罪が後に発覚し︑それが二箇以上のときはこれも併合罪として処断し︑前の.

(4) 併合罪の刑と後の併合罪の刑とを併せて執行するが︑・その全部を同時に裁判した場合を考量して執行の面において緩 和する︵刑法五一条参照︶︒. 一箇の行為にして数箇の罪名に触れるとき︵いわゆる観念的競合︶は刑法五四条一項によって処断する︒. いわゆる牽連犯︵犯罪の手段若しくは結果たる行為にして他の罪名に触れるとき︶は観念的競合と同一に処断する. が︵刑法五四条二項︶︒しかし牽連犯の規定は他国の刑法に殆んどその例がない規定で︑わが改正刑法草案はこれを. 認めていないi申華民国刑法五五条はこれを認めている︒. 連続犯の規定︵刑法五五条︶は昭和二二年削除された︒ドイッ刑法はこれを規定していないが訴訟経済の観点から. 学説判例はこれを認めてい渇︒削除前の刑法五五条は連続したる数箇の行為にして同一罪名に触れるときはこれを一. 罪として処断する旨規定していたのであるが同一罪名を広く解し窃盗と強盗殺傷罪も同一罪名と解するとか︑人格犯. が複数のときも連続犯として処断した︒これが一事不再理の原則の適用の上から実際上不都合を生じたので五五条が. 削除されるに至ったのである︒しかし同一罪名を厳格に解し︑人格犯については連続権を認めず︑また︑連続をリズ. ミカルな短期間に限定する等の条件の下にこれを認めるのが妥当と考える︒中華民国刑法五六条は連続した数行為に. アメリカでは普通法の伝統に従い数箇の自由刑はそれぞれ言渡す︒ただこの場合これを同時に即ち競合的に. して同一罪名を犯したときは一罪を以て論じ︑但し︑その刑は一︑一分の一を加重することを得る旨規定している︒﹃. 四. ︵88貰お導oるに執行するか︑順次又は重塁して︵8霧9鼠話ぐ建窪讐昆幾お包執行するかを定める権限を裁. 六九. 判所に与えている︒この点につき各州の法制は一定していないが︑同一の手続で数箇の自由刑を言渡す場合には同時 刑法を斬る.

(5) 東 洋 法学. 七〇. 執行を原則として裁判所が明示的に順次執行を命じない限り︑刑期は同時に進行することとしている︒即ち最も重い. 刑期の満了と同時に被告人は釈放される︒これに反し別々の手続で言渡された数箇の自由刑は順次これを執行する州. が多い︒前者の場含は被告人に利益で.後者の場合はその逆である︒わが刑法四七条参照︒またイギリスでは一箇の. 行為は数箇の罪名に触れるときでも一罪であるとする学説が有力である︒拙稿.アメリヵ刑法の大要﹂東洋法学捻巻. 共犯については幾多の問題がある.. 叢号八九頁参照︑. 五. 亙︑本質︑牧野先生によれば通説は先づ一箇の犯罪を予定し.共犯はこれについて数人が加功する︒すなわち犯罪. を共同すると.これに反し︑共犯とは他人の行為を利用する犯罪形式で犯罪の一部についても数箇の犯罪についても 成立すると︵行為利用説 合同説︒︶︒. しかし通説は犯罪の一部についても共犯の成立を認めているのである︒通説が一箇の犯罪云々というのは説明の便 宜からであって︑数箇の犯罪に跨つて共犯の成立を否定する趣旨ではないと考える︒. 別に故草野大審院部長の提唱される共同意思主体説がある︒この説は共謀的共同正犯の理論的根拠とされる︒同説. はおよそ共犯たるには︑先づ一定の犯罪を遂行しようという意思の下に形成される共同意思主体が成立し︑この主体. の下にやる行為が共犯である︒通謀︵意見の合致︶は会社の設立行為に該当するという︒この説は故斉藤金作教授が. 支持するが通説はこれを排斥する︒この説は片面的従犯の成立を否定する︒また共同意思主体としての行為は刑法百. 五条の親族問の特例を排除するのである︒何れも不当である︒但し後述の従属性説を肯定する点は正当である︵拙稿.

(6) ﹁共犯論⁝法学新報73巻4号参照︶︒. 2︑共犯の従属性. 通説判例は被教唆者︵正犯︶の実行着手行為をまって初めて教唆たる加担犯の成立であると︒これに対し︑共犯独. 立性説は︑教唆行為を終われば︑それ以後は外界の出来事で︑被教唆者の承諾︑その実行々為︑結果の発生等は教唆. 者の悪性の増減には関係がないから︑教唆者は正犯の実行着手がなくても処罰されるべきであるとする︵牧野先生等. の少数説︶︒わたくしは通説判例に従う︒けだし両説は教唆の未遂を罰すべきか︑どうかが実際上の問題になるので. あるが︑未遂は一般に結果発生の危険性が生じたときに初めて罰すべきである︒単なる教唆行為にはその危険性がな いからである︒破壊活動防止法は教唆の未遂を罰する特則である︒. 3︑従属形式に四ツある︒最少限︑制限︑極端及び誇張︵3ぎぎ鋤し言一箆Φ碁お筥ρ§αξ℃巽︶︒最少限従属形. 式は被教唆者が構成要件該当行為を為すことを要し︑且つこれを以て足ると︑制限従属形式は違法にそれを為すこと. が必要であると︒第三の形式は更に有責にそれを実行することが必要せあると主張し︑第四の形式は正犯の身分は教. 唆者にも及ぶと主張する︒最後の説は刑法六五条の規定と衝突し︑理論的にもこれを支持すべきものがない︒第三説. は刑法六一条が人を教唆して犯罰を実行せしめたる者は教唆犯とする旨規定しているから文理的には正当のようであ. るが︑この形式を採用すると間接正犯の理論を借用する必要がある︒第二説もその必要があると考える︒それでわた ︵1︶ くしはその必要がない第一説を採用する︒. 七一. 1︑加担犯の罪数につき犯例は正犯の罪数に従うべきであるとしている︒例えば一箇の教唆行為により数人をし. 刑法を斬る.

(7) 東洋法学. 七二. て偽証させときは正犯が数人であるから加担犯も数罪であ蕎としている︒しかしかような場合は観念的競合と. して論ずべきである︒ドィツでは従属性説を採る者も観念的競合としている︒判例は従属性を不当に拡張して いるのである︒. 墨︑判例は共謀的︵通謀による︶共同正犯を認めているが.改正刑法草案二七条はこれを明文化している︒しかし. 共謀しても自分が何等の行為をしない者は教唆として罰するのは格別.共同正犯とし罰することはできない︒右の二. 七条は教唆と共同正犯の区別を混滑する結果になる.共同正犯たるには構成要件的行為でなくても実質的な例えば見. 張のような行為をしなければならない︒これはドイッの通説である.右草案は性急な立法である︒かような難閥は学 説判例に委かせる方が賢明な得策であろう︑. 5.刑法穴五条一項は身分が犯罪の構成要件になっているときに身分のない者が身分ある者と共謀の上収賄したと. きは非身分者をも収賄罪として罰する旨規定している︒この規定の解釈として︑共同正犯は各自が正犯で.正犯者は. 身分を有することを要するから非身分者は身分者の収賄を報助したる者として罰すべきだという説がある︵故滝川博. 士︶︒しかしかかる場合に非身分者をも収賄罪の共同正犯として罪するためにわぎわざ同規定が設けられたのである︒. 6.共同正犯と有形的従犯︒・他人の犯行を醤助するのに声援のような無形のものと家宅侵入のために梯子を貸与す. るような有形のものがある︒有形的従犯と共同正犯との区別につき.ドイツの通説は正犯の意思︵弩ぎ誘舞90器︶. を以ってすれば共同正犯︑加担意思︵雲ぎ霧q・8εを以てすれば従犯となるという︵主観説︶︒或はその行為によ. りて他人の利益を図るにあるときは轄助犯となり︑自己の利益を図るときは共同正犯である︒或は行為が正犯の意思.

(8) に従属し正犯が中止する意思のときはこれに従い︑正犯の意思に関係なく轄助を与える意思のときに分け後者は共同. 正犯とし︑前者は従犯とするという説もある︒思うに他人を箒助する場合に論者のいうように正犯の意思とか加担犯. の意思で行為することはないと考える︒それで客観説は轄助行為の客観的性質によって区別すべきものと主張する︒. わが判例は客観説を採用している︒しかし行為の客観的性質によるとすも具体的の場合にこれを区別することが困難. なこともあるだろう︒故に現行法のように共同正犯︑教唆犯︑従犯の三者に分けることを廃止することも立法上研究 すべきであろう︒最近のオーストリア刑法草案は右三者の区別を廃止している︒. 7︑共同謀議︵8霧風轟塁︶︒英米法では違法行為を行うことにつき二人以上の合意もしくは合法的行為を違法な. 手段で行うことの合意があったときは外部的行為をまたずに共同謀議罪として罰する︒︑またドィッ刑法四九条は生命. に対する犯罪を目的とし︑または他の目的を達するための手段としてこれを目論む団体に加担し若しくはかような団. 体を繋助する行為を罰している︒前者は広きに失し︑後者は狭きに失する︒ドイッ刑法を少しく拡張し︑生命のほか. に身体に対する犯罪を加える立法の制定が望ましい︒暴力行為等処罰に関する法律ああるが同法だけでは不十分のよ. 犯罪あれば刑罰を加え若しくは更に保安処分に付する︒保安処分に関する規定は相当整備しているが諸所に散. うに考える︒. 六. 在しているのは遺憾である︒ドイツ刑法のように刑法典のなかに一括して規定することは実務上便宜である︒. 七三. 最近の草案では執行猶予のほかに裁判の言渡猶予の規定を設けている︒これは錦上花を添えるようであるが︑屋上 屋を重ねるものであると考える︒執行猶予の制度だけで足りる︒. 刑法を斬る.

(9) 東. 洋. 法. 学. 七四. 順序は逆になるが右草案は不能犯に関する規定を設けているがこれは判例を明文化したもので︑不能を絶対不能と. 相対的不能に区別する説を基底としているのである︒しかし不能犯について諸種の学説があって帰一するところがな. いのである︒かような間題は学説判例に委かすべきで早急に立法をもって解決すべきでない︒. 七︑草案は刑の量定に関する規定を詳細を設けている︒これはまことに妥当の規定で従来の判例の態度を明文化し. ものである︒行為の客観面と行為者の主観面の双方を考量して刑を量定すべきことを規定したものである︒もっとも. 各則の説明は紙面の都合で省略する︒単に新設を希望する罰条若干につき提言する.その一は大学の試験に際. 獄明で温情豊かな裁判宮にとって必要のない規定ではある︑. 八. しカンユングをする行為を罰する規定を新設することである︒中華民国刑法ご二七条は考試法に基く考試において不. 正手段を用い不正確の結果を発生せしめたときは一年以下の有期徒刑︑拘刑︑もしくは三百元以下の罰金に処し︑そ. の未遂はこれを罰する旨規定している︒同規定は公務妨害罪の章において規定している︒わたしは国家試験のほか私. 大の試験にも罰することにすべきであると考えるー公私の試験のカンニングを罰することにするとこれは詐欺罪の章. に規定すべきだろう︒この問題については拙稿﹁阪大不正入学事件の罪名﹂白門墾のQ︒巻駅号参照︒. 中華民国刑法三五五条は他人に損害を加る意図で詐術を用い︑本人もしくは第三者にして財産上の損害を加えた行. 為を三年以下の有期徒刑拘役もしくは五百元以下の罰金に処する旨規定している︒ー未遂は罰していない︒同法は殿棄. 損壊の罪の章において規定している︒わが現行刑法にはこれに相応する規定がない︒けだしかような利得の目的もな. いのに他人に損害を加える者は現代日本には存在しないからであろう︒しかし中華民国人がわが国民に対しかような.

(10) 犯罪を遂行する者があるだろう︒現行法ではこれを詐欺罪もしくは器物殿業として罰することは困難である︒立法者 の一考を切望する︒. 次に領空を侵犯する行為を罰する規定を外患罪の章において新設すべきであろう︒ソ連のミグニ五の事件の如きは. 責任能力・故意・過失は行為時に存することを要し且つこれを以て足るのであるが改正刑法草案一七条はアク. 外患罪の一型体として論すべき重大犯罪であろう︒. 九. チオ・リベラ・イニカウザ︵8ぎ浮o篤営o雲賦︶につき規定し︑犯罪には行為時に故意過失を要するという原則の. 例外を設けている︒草案の規定は通説に従ったのであるが︑この問題については大論争がある︒ー団藤教授はこれに. 犯罪あれば刑罰と保安処分を加える必要がある︒これにより特別並びに一般予防の効果はある︒更に根本的な. 反対せられ︑筆者もその一人︶︒大論争ある問題は早急に立法をもって解決すべきでない︒. 6. ことは教育である︒教育者は知識のほか人格高潔公平の人物たることが必要である︒教育は国家百年の大計である︒ ︵1︶. 穀を植えるに一年︑樹を植えるに五年︑人を植えるに百年を要するという︒文教の府の長たる文相は内閣の目玉商品. 文相について述べたことは法相についても妥当する︒首相が指揮権を発動したくても法相の人格識見に圧倒さ. 庭や学校ではスポーツを奨励し子弟の身体を健全にすべきである︒健全な精神は健全な身は宿るのである︒. 三︑犯罪の予防には家庭を明るくする必要がある︒暗い︑じめじめした家庭から犯罪者が多く出るのである︒家. といわれる人物であらねばならない︒. 二. 七五. れて︑これを発動できない位の人物たることが必要である︒筆者は他の閣僚の地位を軽視するものではない︒従来︑. 刑法を斬る.

(11) 東 洋 法 学. 七六. 文相や法相がやや軽視され伴食大臣扱いされる傾向があったから文相︑法相について一言したまでのことである︒経. 最大の正義は最大の不正義であるという︒これは矛盾の言であるが.現行法が良法であればかような矛盾の言. 済問題が重大視される今日これらの関係閣僚の重要性は尊重すべきは勿論である︒. 三. はないのである︒しかし悪法であると.これを適用することに形式的には正義であるが実質的には不正義であるとい うことになる︒. 英米法では犯罪は常に反遺義なものかについて論争している.ワ詔︑・トンの独立戦争を例にあげている︑それで. ﹃法律から正しい法ー臨器欝賦譲雛触罫ぎ慕鷺欝器欝議灘鱒麓鐸ということが叫ばれている︒ 法の適用は常に正義である縫はいつの欝か.. 刑は刑無きを期するが︵尚書︶無刑の翼はいつの日か︒仏教は末世になると罪業深重の人が多くなるという︒従っ. て無刑時代は到来しないという結果になるだろう︒基督教ではどうなるのだろうか︒それは兎も角としてわたくしは. 無刑のβが到来すると考える︒その証拠は︑刑罰史をひもどくと惨虐な刑が漸次少くなり緩刑が多くなり.現代では. 一元主義⁝刑に換えて保安処分のみで治安が維持できるという説が有力になりつつあることから推論できると考え. る︒ー現代では二元主義すなわち刑罰を主体としその補充として保安処分に附するという説が有力である︒わたくし. は刑の無い時代が早晩到来するものと信ずる︒その到来には教育の充実普及が必要である︒更に宗教︵邪教を除く︶. ︵1︶. の普及も必要である︒宗教はアヘンであるとする者もいるがそれは短見であろう︒善導玄義に言う︒南無というは即. ちこれ帰命︑亦発願廻向の義︒阿弥陀というのは即ちその行である︒この義を以っての故に必ず往生を得ると︒日露.

(12) 戦争の末期参謀総長児玉源太郎が日蓮聖人を礼拝したという︒苦しい時の神頼みであるが宗教を軽視する人は危機に 直面した経験のない人であろう︒. 七七. 1︑帰命は梵語南無︵ナマス︶を漢訳したものである︒神仏に帰命すれば凡夫も神仏の能力を発揮できるだろ yりQ. 刑法を斬る.

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