大学日本語日本文学研究 24巻第2号(通巻第
45号)
和二年三月十日発行)
鷗 外 と漱石
―自然主義試論Ⅵ―The fiction of Ogai and Soseki: on naturalism VI
葛 綿 正 一
KUZUWATA Masakazu
A 鷗外の自然主義――記号と国家
日本の近代文学は自然主義に対する反発として展開していった側面をもつ。本試論はまず、森鷗外(一八六二―
一九二二年)と自然主義の関係について考えてみたい。鷗外による自然主義批判はよく知られているが、ここでは鷗外独自の自然主義といったものが浮かび上がるだろう。なお引用は『鷗外全集』(岩波書店、一九七一~五年)に
よる。研究史については『森鷗外必携』(学燈社、一九八九年)、『講座森鷗外』(新曜社、一九九七年)、『國文学』
一九九八年一月号、『鷗外歴史文学集』『鷗外近代小説集』(岩波書店、一九九九~二〇〇二年、二〇一二~一三年)
を参照した。先行研究としては、鷗外が国家権力との衝突を回避したとする中野重治「鷗外と自然主義との関係の一面」(『文学』一九四九年九月号)、花袋との関係を論じた相馬庸郎「鷗外と自然主義」(『國文学』一九七三年八月号)など
がある。 一 鷗外の自然主義批判――現代小説をめぐって
1『ヰタ・セクスアリス』――自然主義と科学
本作は自然主義に触発され、自らの性欲の歴史を記した自伝的作品である。「そのうち自然主義といふことが始ま
つた。金井君は此流義の作品を見たときは、格別技癢をば感じなかった。その癖面白がることは非常に面白がった。 鷗外と漱石 ―
自然主義試論Ⅵ
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The fiction of Ogai and Soseki: on naturalism VI
葛 綿 正 一 KUZUWATA Masakazu
面白がると同時に、金井君は妙な事を考えた。/金井君は自然派の小説を読む度に、その作中の人物が、行住坐臥造
次顚沛、何に就けても性欲的写象を伴ふのを見て、そして批評が、それを人生を写し得たものとして認めてゐるのを
見て、人生は果してそんなものであらうかと思ふと同時に…」。
「性欲的写実」ばかりしている日本の自然主義に欠けているのは何か。それは医者の視点であり、実験科学の視点
ではないだろうか。鷗外作品の意義は、そこにあるように思われる。日本の自然主義はゾラなどとは異なるという。
小説家とか詩人とかいふ人間には、性欲の上には異常があるかも知れない。此問題はLombrosoなんぞの説いて
ゐる天才問題とも関係を有してゐる。Möbius一派の人が、名のある詩人や哲学者を片端から摑まへて、精神病
者として論じてゐるも、そこに根柢を有してゐる。併し近頃日本で起つた自然派といふものはそれとは違ふ。大
勢の作者が一時に起つて同じやうな事を書く。批評がそれを人生だと認めてゐる。
(一九〇九年『ヰタ・セクスアリス』)
問題は天才の異常性などではない。「同じやうな事」ばかり書くというのが日本の自然主義の特徴であり、その点
を批判しているのが鷗外作品である。「一体性欲といふものが人の生涯にどんな順序で発現して来て、人の生涯にど
れ丈関係してゐるかといふことを徴すべき文献は甚だ少ないやうだ」。だからこそ、語り手は書き始める。
「丁度好いから、一つおれの性欲の歴史を書いて見ようか知らん。実はおれもまだ自分の性欲が、どう萌芽してど
う発展したか、つくづく考へて見たことがない。一つ考へて書いて見ようか知らん。白い上に黒く、はつきり書いて
見たら、自分が自分でわかるだらう。さうしたら或は自分の性欲的生活がnormalだかanomalousだか分かるかも知
れない」。こうして書き始められた小説が閉じられるのは、「白」と「黒」だけでは表現できない色彩が現れたときで
ある。
恋愛を離れた性欲には、情熱のありやうがないし、その情熱の無いものが、奈何に自叙に適せないかといふこと
は、金井君も到底自覚せずにはいられなかつたのである。/金井君は断然筆を断つことにした。/そしてつくづ
く考へた。世間の人は今の自分を見て、金井は年を取つて情熱がなくなつたと云ふ。併しこれは年を取つた為め
ではない。自分は少年の時から、余りに自分を知り抜いてゐたので、その悟性が情熱を萌芽のうちに枯らしてし
まつたのである。それがふと詰まらない動機に誤られて、受けなくても好いdubを受けた。(中略)/金井君は
一旦かう考へたが、忽ちまた考へ直した。なる程dubを受けたのは余計であらう。併し自分の悟性が情熱を枯ら
したやうなのは、表面だけの事である。永遠の氷に掩はれてゐる地極の底にも、火山を突き上げる猛火は燃えて
ゐる。(『ヰタ・セクスアリス』)
「恋愛を離れた性欲」ばかり綴り、もっぱら「白い上に黒く」書かれた小説は「猛火」の存在に気づくことで閉じ
られるのだが、「猛火」が鮮烈な色彩をもつことは明らかであろう。それにしても、息子に読ませるために書かれた「ヰ
タ・セクスアリス」が息子に伏せられるのはなぜか。それは性がもともと壊乱的なものだからであろう。書き手は性
の観念が長子へと間違いなく伝えられるものではないことに気づいたのである。
『沈黙の塔』にも自然主義への言及があり、
「あらゆる因襲が消極的に否定せられて、積極的には何の建設せられる
所もない事」と「衝動生活、就中性欲方面の生活を書くことに骨が折れてある事」を指摘している。
自然主義の小説は、際立つた処を言へば、先づこの二つの特色を以て世間に現れて来て、自分達の説く所は新思
想である、現代思想である、それを説いてゐる自分達は新人である、現代人であると叫んだ。/そのうちかうい
ふ小説がぽつぽつと禁止せられて来た。その趣意は、あんな消極的思想は安寧秩序を紊る、あんな衝動生活の叙
述は風俗を壊乱するといふのであつた。(一九一〇年『沈黙の塔』)
ここで注目されるのは、自然主義の小説が発禁処分になったことである。性と同じく、小説もまた壊乱的なものと
いえる。周知のように、鷗外の『ヰタ・セクスアリス』は発禁処分になった。だから、諦念が必要とされるだろう。「木
精は死なない。併しもう自分は呼ぶことは廃さう。こん度呼んで見たら、答へるかも知れないが、もう廃さう」とい
うのがそれである(一九一〇年『木精』)。
2『流行』『不思議な鏡』『追儺』――自然主義と穴
色彩や情熱は流行と密接に関連があるかもしれない。贅沢な暮らしを送る男を描いた『流行』という短篇がある。「点
火機」のボタンを押した後、男は語っている。
「…もう流行り已んだ頃なのだが、これからこつちで流行り始めるのだ。なんでも流行り出す前には、嫌でも僕
が使はなくてはならないのだから、溜まらないよ。」
「…御覧の通りに僕の家は間毎に様式を換へて立ててあるのだから、明りも煖炉もそれぞれ違つた型にして、世
間にいろいろな明りや煖炉が流行るやうにして遣るのだが、瓦斯の方は夏は烟草の火と台所位にしてゐるものだ
から、会社の方で幾分か悪影響を受けると云つて、苦情を持ち込むのさ。なんでも僕が少し構はずにゐると流行
らなくなるのだからね。」(一九一一年『流行』)
「流行」は厄介なのものといえる。はやり廃りがあるとわかっていながら、関与しなければならないものだからで
ある。「なんでも僕が少し構はずにゐると流行らなくなるのだ」というのは驚くべき自信だが、これは流行の自然主
義に対する鷗外の皮肉ではないか。
現実から引き離される点で『流行』と『不思議な鏡』は連作になっている。「磁石のやうに強い力の鏡」に魂が引
き寄せられる後者をみると、鷗外が流行の自然主義に脅威を感じているのがわかる。
広い、広い一間である。それが上段下段に分かれてゐる。上段の間に、此座敷の王様のやうにして控えてゐる人
を見れば、昔馴染の田山君が、あのgigantesqueな顔をして、腕のように太い、白い羽織の紐を締めてゐるので
あつた。その周囲にはちよいちよい方々で見掛ける顔がある。島崎君だの、島村君だの、徳田君だのが見える。
その辺に若い人で知らない顔がある。その中には評判の正宗君なんぞがゐるのだらう。
(一九一一年『不思議な鏡』五)
花袋から自作朗読を勧められるが、鷗外は窮するばかりである。「君の読まうと思ふ本なり、原稿なりが、その鏡
に映るのだ」「なんでも君の読まうと思ふ物が、その紙に映るのだよ」と花袋はいう。もしかすると、この「不思議
な鏡」こそ流行の正体なのかもしれない。「不思議な鏡」に頼ろうとしない鷗外は困惑するばかりである。これは「ど
うして何を書いたら好からうか。役所から帰つて来た時にはへとへとになつてゐる」という『追儺』の冒頭と全く同
じ状態であろう。
なぜ鷗外は自作朗読ができないのか。鷗外の自己診断によれば、その自信のなさは睡眠不足によるようである。
己は昼は物なんぞ書いてはゐられない身の上なので、夜なかに起きて書く。穴の半分潰れた羽織を着るやうなも
のである。(中略)そのせいでもあるか、己の書くものは随分悪く言はれる。穴の半分あいてゐるのが人に見え
るのかも知れない。書くものに「情」がないさうだ。情が半分の穴から抜けて出たのかと思へば、さうではない
さうだ。元から無いのださうだ。(『不思議な鏡』一・二)
睡眠不足のまま書き続けるほかない鷗外は「綻びを半分潰した羽織」を引っ掛けているだけである。しかし、自信
に満ちた自然主義の作家たちが見ていないものを見ている。「情」の不在は鷗外文学の短所にみえるが、そこにこそ鷗外文学の長所があるだろう。「穴」をもつ鷗外は「情」の不在によって流行を診察しているからである。その意味で、鷗外文学は一種のクリニックといえる。
ところで、小説の恐ろしさとはまさに限界がないという点にあるだろう。田山花袋から新作を朗読するよう責め立
てられていたが、別の短篇でも、そのことが語られる。
悪魔に毛を一本渡すと、霊魂まで持つて往かずには置かないと云ふ、西洋の諺がある。/あいつは何も書かない
奴だといふ善意の折紙でも、何も書けない奴だといふ悪意の折紙でも好い。それを持つてゐる間は無事平穏であ
る。そしてこの二つの折紙の価値は大して違つてはゐないものである。/ところがどうかした拍子に何か書く。
譬へば人生意気に感ずといふやうな、おめでたい、子供らしい、頗るsentimentalなわけで書く。さあ、書くさ
うだなと云ふと、ここからも、かしこからも書けと迫られる。(一九〇九年『追儺』)
髪の毛一本渡すと、魂まで持って行かれるというのが小説の恐ろしさにほかならない。連鎖的な展開は『阿部一族』
の主題そのものであり、『雁』にも見て取れるだろう。後述するが、「一本の釘から大事件が生ずる」ことになるから
である。限界がない小説に、どのようにして限界を設けるのか、そのために必要とされたのが諦念であるように思わ
れる。
連鎖的な恐怖は『金毘羅』にも見て取れる 〔1〕。子供の病死をきっかけとして、誰もが金毘羅信仰に取り憑かれかねな
いからである。
どんな名医でも見損なうことがある。これに反して奥さんは、自分の夢の正夢であつたのを、隣の高山博士の奥
さんと話し合つて、両家の奥ではいよいよ金毘羅様が信仰せられてゐる。哲学者たる小野博士までが金毘羅様の
信者にならねば好いが。(一九〇九年『金毘羅』)
「どんな名医でも見損なうことがある」とは医師であった鷗外にとってアイロニーであろう。興味深いのは『渋江
抽斎』の一節である。「晴れがましく死なせることは、家門のためにも、君侯のためにも望ましくない。それゆゑ切
腹に代へて、金毘羅に起請文を納めさせたい。悔い改める望みのない男であるから、必ず冥々のうちに神罰を蒙るで
あらうと云ふのである」(七十四)。この一節をみると、鷗外における金毘羅信仰の意義がわかるだろう。金毘羅信仰
とは決然たる切腹と相容れない執拗なものにほかならない。切腹と正反対のものであって、男性と女性を弁別するも
のになっている。
漱石『坊つちやん』(一九〇六年)の結末で主人公は四国を離れていた。「其夜おれと山嵐は此不浄な地を離れた。
船が岸を去れば去る程いい心持ちがした。神戸から東京迄は直行で新橋へ着いた時は、漸く娑婆へ出た様な気がし
た。山嵐とはすぐ分れたぎり今日迄逢ふ機会がない」。無鉄砲な言動の連続が鮮やかである。だが、鷗外『金毘羅』は、
それに対する反論のようにみえる。
一寝入すれば大阪に着くから、早く寝ようと思うが、脳髄の疲労が鈍い重りを加へてゐる割に寝付かれない。何
だか自分の生活に内容が無いやうで、平生哲学者と名告つて、他人の思想の受売りをしてゐるのに慊ないやうな
心持がする。船の機関ががたがた云ふのが耳に附く。自分の体も此船と同じことで、種々な思想を載せたり卸し
たり、がたがたと運転してゐるが、それに何の意義もないやうに思ふ。(『金毘羅』)
「因襲の朽ちた索」につながれた鷗外的存在は、「がたがた」空虚に耐えるしかない。「そのうち船が動き出した。
併し動くのが殆ど分からない程、海が穏である。金毘羅は祟らないらしい」と記したけれども、「瑕瑾を気にする人」
は祟られてしまったのである。したがって、鷗外における汽車は不吉なものとなる。
博士はこんな時、いつもZolaの書いたLourdesの中の汽車の段を思ひ出す。(中略)総てZolaの書いたものの退
屈に感ぜられる位な、丁寧な処に、博士は敬意を表してゐるのである。/博士は頭の鈍いやうな感じになる。汽
車が速度を緩めて停車場に這入つて、停車場を出てまた速度を出すのを、単に器械的に自分の体に感ずる。これ
に、自分の体が翻弄せられてゐるやうな、多少不愉快な感じが交る。をりをり琵琶湖の死水が鋼鉄いろに汽車の
窓に映つたり、関が原前後で、緩い傾斜の赤土に低い松の並んだ丘陵が、蹙まつてはまた開いたりするのが、聞
き馴染んだ俗謡の旋律のやうに、薄明の意識を襲つて、忽ち消え去つてしまふ。をりをり又何の写像の連鎖に引
かされてか、東京にゐる子供のことなぞを思ひ出す。想像力がはつきり子供の姿を目の前に結晶させて見せるこ
とさへある。(『金毘羅』)
「死水」とあるが、鷗外において汽車は子供の死をもたらす。そして連鎖的な金毘羅信仰を生み出すのである(漱
石において子供の命を奪うのは雨の日にほかならない、『彼岸過迄』「雨の日」)。鷗外には死魔に祟られる『汽車火事』
(一九一二年)という翻訳もある。
3『カズイスチカ』『妄想』『かのやうに』『百物語』――小説と諦念
『医学の説より出でたる小説論』
(一八九九年)でゾラを紹介した鷗外は、むしろ自らのほうが自然主義と呼ばれる
にふさわしいと思っていたのではないだろうか。医師として父に学ぶ『カズイスチカ』を見ると明らかだが、鷗外は
自然を診断する医師といえる。「落架風」「一枚板」など言葉によって症状を的確に捉えている。「下顎の脱臼は昔は
落架風と云つて、或る大家は整復の秘密を人に見られんやうに、大風爐敷を病人の頭から被せて置いて、術を施した
ものだよ。骨の形さへ知つてゐれば秘密は無い。皿の前の下へ向いて飛び出してゐる処を、背後へ越させる丈の事だ。
学問は難有いものぢやのう」と父は語る。また破傷風の症状は「一枚板」と呼ばれている。
一枚板とは実に簡にして尽した報告である。智識の私に累せられない、純樸な百姓の自然の口からでなくては、
こんな詞の出やうが無い。あの報告は生活の印象主義者の報告であつた。(一九一一年『カズイスチカ』)
「生活の印象主義」とはまた見事な診断ということになる。しかし、病名が時として無意味であることをよく自覚
している。
「腫瘍は腫瘍だが、生理的腫瘍だ。」/「生理的腫瘍」/と、無意味に繰り返して、佐藤は呆れたやうな顔をしてゐる。
/花房は聴診器を佐藤の手に渡した。/「ちよつと聴いて見給へ。胎児の心音が好く聞える。手の脈と一致して
ゐる母体の心音よりは度数が早いからね」/佐藤は黙つて聴診してしまつて、忸怩たるものがあつた。(『カズイスチカ』)
妊娠、出産という生命の営みにとって、病名など無意味であろう。医師としての鷗外は自然と記号の接点に位置し
ているのである。そんな鷗外が取る態度がレジグナツイオンにほかならない。
私の心持を何といふ詞で言ひあらはしたら好いかと云ふと、resignationだと云つて宜しいやうです。私は文芸
ばかりでは無い。世の中のどの方面に於ても此心持でゐる。それで余所の人が、私の事をさぞ苦痛をしてゐるだ
らうと思つてゐる時に、私は存外平気でゐるのです。 (一九〇九年『Resignationの説』)
「平気でゐる」ための方法、それが諦念である。諦念によって、
鷗外は自然主義の流行に耐えている。「現在の文芸
界ではactiveに何かしてゐる、重立つた諸君は極まつてゐます。田山君とか、島崎君とか、正宗君とか、それから少
し後に仲間入りをしたやうな小山内君とか、永井君とか云ふやうな諸君でせう」。田山君のようにうまくないとしても、
平気だという。
鷗外にとって医学こそResignationを体現するものではないか。「宿場の医者たるに安んじてゐる父のrésignationの態度が、有道者の面目に近いといふことが、朧気ながら見えて来た。そして其時から遽に父を尊敬する念を生じた」
と語るのが短篇『カズイスチカ』だからである。Resignationとは医師としての態度であり、綴り字にみられる通り、
記号と国家にかかわる態度ともいえる(sign とnation )。
一体医者の為めには、軽い病人も重い病人も、贅沢薬を飲む人も、病気が死活問題になつてゐる人も、均しく是
れCasusである。Casusとして取り扱つて、感動せずに、冷眼に視てゐる処に医者の強みがある。併し花房はさ
ういふ境界には到らずにしまつた。花房はまだ病人が人間に見えてゐるうちに、病人を扱はないやうになつてし
まつた。そしてその記憶には唯Curiosaが残つてゐる。(『カズイスチカ』)
「Casusとして取り扱つて、感動せずに、冷眼に視てゐる」処に医者の強みがあるというが、「人間」を見てしまうと、
その強みが失われかねない。鷗外における医学の問題は、自伝的な『妄想』でも語られている。
自然科学のうちで最も自然科学らしい医学をしてゐて、exactな学問といふことを性命にしてゐるのに、なんと
なく心の飢を感じて来る。生といふものを考へる。自分のしてゐる事が、その生の内容を充たすに足るかどうだ
かと思ふ。(一九一一年『妄想』)
学問と生の乖離、そこにレジグナツイオンが生まれる。「舞台監督の鞭を背中に受けて、役から役を勤め続けてゐる。
此役が即ち生だとは考へられない」とあるように、舞台と生の乖離が起こる。「かくて最早幾何もなくなつてゐる生
涯の残余を、見果てぬ夢の心持で、死を怖れず、死にあこがれずに、主人の翁は送つてゐる」。こうして「死を怖れず、
死にあこがれずに」日々を送るのはレジグナツイオンのおかげだが、それは医学から由来するものであろう。
『百物語』で出現するのは普通の化け物ではない、
「傍観者」という怪物である。「一人が一つずつ化物の話をして、
一本ずつ蝋燭を消して行くのだそうだ。そうすると百本目の蝋燭が消された時、真の化物が出る」。そんな催しに誘
われた主人公は、百物語を主宰する金持ちが気になる。
僕は生れながらの傍観者である。子供に交つて遊んだ初から大人になつて社交上尊卑種々の集会に出て行くやう
になつた後まで、どんなに感興の涌き立つた時も、僕はその渦巻に身を投じて、心から楽しんだことがない。僕
は人生の活劇の舞台にゐたことはあつても、役らしい役をしたことがない。高がスタチストなのである。さて舞
台に上らない時は、魚が水に住むやうに、傍観者が傍観者の境に安んじてゐるのだから、僕はその時尤もその所
を得てゐるのである。さう云ふ心持になつてゐて、今飾磨屋と云ふ男を見てゐるうちに、僕はなんだか他郷で故
人に逢ふやうな心持がして来た。傍観者が傍観者を認めたやうな心持がして来た。(一九一一年『百物語』)
飾磨屋は百物語を主宰したはずなのに、百物語が始まる前に姿を消してしまう。「傍観者と云ふものは、矢張多少
人を馬鹿にしてゐるに極まつてゐはしないかと僕は思つた」というのが結末だが、共感の能力が乏しい傍観者だから
こそ「人を馬鹿にしてゐる」ようにみえるのであろう。
別の短篇で問題となる「かのやうに」の哲学も、レジグナツイオンの産物にほかならない。「頭を屈める」ために
必要とされるのが「かのやうに」の哲学だからである。
「まあ、かうだ。君がさつきから怪物怪物と云つてゐる、そのかのやうにだがね。あれは決して怪物ではない。
かのやうにがなくては、学問もなければ、芸術もない、宗教もない。人生のあらゆる価値のあるものは、かのや
うにを中心にしてゐる。昔の人が人格のある単数の神や、複数の神の存在を信じて、その前に頭を屈めたやうに、
僕はかのやうにの前に敬虔に頭を屈める。…」(一九一二年『かのやうに』)
「かのやうに」の前に頭を屈めることは「澄み切つた、純潔な感情なのだ」というが、これこそ諦念にちがいない。
鷗外は、ドレフュス事件におけるゾラのように振る舞うことができるかどうか考えたはずである。
『電車の窓』
(一九一〇年)には鏡花の小説に登場するような女が現れる。語り手はその瞳に次のような言葉を読み
取っている。「わたくしの胸にある事は、誰にでも慰めて貰はれるやうな事ではございません。誰にでもではござい
ません。永遠に誰にも慰めて貰ふことの出来ない事なのかも知れません」。これこそ諦念であろう。しかし、電車の
窓を閉めるというただそれだけの行為が力を与える。「あなたが報の為めでなく、わたくしにお手をお借しなすつた
のが、わたくしは嬉しうございます。わたくしにはあれ丈の事も、世の中にまだ身勝手や欲心からでなく、何かしら
する人のある兆のやうに思はれます」。これは諦念のうちに萌す希望といってよい。
後年の『安井夫人』(一九一四年)に見て取れるのは、諦念にみえたものが実は無限の希望であるという逆説であろう。
「お佐代さんは何を望んだか。世間の賢い人は夫の栄達を望んだのだと云つてしまふだらう。これを書くわたくしも
それを否定することは出来ない。併し若し商人が資本を卸し財利を謀るやうに、お佐代さんが労苦と忍耐とを夫に提
供して、まだ報酬を得ぬうちに亡くなつたのだと云ふなら、わたくしは不敏にしてそれに同意することが出来ない。
/お佐代さんは必ずや未来に何物をか望んでゐただらう。そして瞑目するまで、美しい目の視線は遠い、遠い所に注
がれてゐて、或は自分の死を不幸だと感ずる余裕をも有せなかつたのではあるまいか。其望の対象をば、或は何物と
もしかと弁識してゐなかつたのではあるまいか」。諦念とは無限の希望の仮初めの姿でしかない。
『椙原品』
(一九一六年)の末尾で「私はこの伊達騒動を傍看してゐる綱宗を書かうと思つた。外に向つて発動する
力を全く絶たれて、純客観的に傍看しなくてはならなくなつた綱宗の心理状態が、私の興味を誘つたのである」とい
う。しかし、この企ては放棄される。鷗外は史料の「自然」を尊重し、史伝のなかで「静中の動」を描いていくから
である。