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手形行為と"falsa demonstratio non necet"の原則 ・序説

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(1)

手形行為と"falsa demonstratio non necet"の原則

・序説

その他のタイトル Die Bedeutung der Regel "falsa demonstratio non nocet" im Wertpapierrecht

著者 福瀧 博之

雑誌名 關西大學法學論集

57

1

ページ 1‑59

発行年 2007‑06‑15

URL http://hdl.handle.net/10112/12377

(2)

二﹁表示の誤りは害しない﹂の原則と手形行為

, , f a l s d e a m o n s t r a t i o   n o

n   n o c e t

"

の原則の意義ー│-Wielingの所説の検討—_

まとめに代えて

問題の所在

とか︑﹁誤った表示は害しない﹂

(1 ) 

法律行為︑特に契約の解釈に関して︑﹁表示の誤りは害しない﹂の原則

( , , f a l s a d e m o n s t r a t i o

  n o

n   n o c e t

^

 

(2 ) 

の原則といわれる考え方がある︒法律行為︵契約︶

すなわち合意であるから︑それが明らかであるかぎり︑表示が客観的に見てどのように解されようとも︑合意が権利

(3   )

義務を定めるに際して優先する﹂とするものである︒

この原則は︑現在でもドイツ法をふくめ大陸法において学説・判例の承認するところであり︑わが国でも﹁基本的

手形行為と

, , f a l s a d e m o n s t r a t i o   n o

n   n o c e t  

^

{

手形行為と

, , f a l s a d e m o n s t r a t i o   n o

n   n o c e t

"

 

の 原 則 ・

序説

(3)

かにすることに努めたい

(4 )

5

には承認されるべき﹂であるといわれている︒そうであれば︑手形行為も法律行為である以上︑この﹁表示の誤りは 害しない﹂の原則は︑手形行為の解釈との関係でも︑当然前提とすべきものであろうが︑従来︑手形行為との関係で︑

(6 ) 

この原則を論じたものは必ずしも多くないようである︒

手形行為の場合にも︑﹁表示の誤りは害しない﹂の原則は当てはまるのか︑それとも︑法律行為とはいえ︑要式の 書面行為であり︑第三者が関係することの予定されている手形行為にあっては︑

はできないのか︒本稿の問題意識は︑このような素朴な疑問に出るものである︒

一九世紀からの伝統を有する︒また︑民法の法律行為をめぐる議論がその伝統と精緻を誇るもので

あることはいうまでもない︒本稿は︑究極的には︑

いわゆる﹁表示の誤りは害しない﹂の原則が手形行為においても 認められるのか否か︑それは如何なる理由によるのかを考えることを目的とするが︑そのために検討すべき文献は少 なくない︒その際に考慮すべき論点も多く︑また錯綜しているであろうことは想像に難くない︒そこで︑本稿におい ては︑より本格的なこの問題の考察に先立って︑先ずは︑そのような検討に当たって考慮すべき問題点を整理するこ

一方で﹁表示の誤りは害しない﹂の原則のわが国手形法学における位置付けを整理するとともに

︵本稿︑二︶︑他方︑そもそも︑﹁表示の誤りは害しない﹂の原則といわれる考え方がどのようなものと理解されてい るかについても多少の整理を試みることにしたい︒後者との関係においては︑ドイツのある学説を検討することに よって︑今後のより本格的な検討に備えて︑この﹁表示の誤りは害しない﹂の原則の意味するところを多少とも明ら

以下においては︑ とから始めたいと考える︒

関法 第五七巻

︵本稿︑三︶︒以上︑本稿において︑﹁手形行為と

, , f a

l s a

d e m o n s t r a t i o   n o

n   n o c e t

"

一 号

一般の法律行為と同様に考えること

(4)

( 6

)  

( 5

)  

( 4

)  

( 3

)  

( 2

)  

( 1

)  

>

O

︐ 

 

と題する所以である︒

︵ の ︶

g l .  

Re ch ts wo rt er bu ch   ¥ 

b e g r .   v on  

四宮和夫・民法総則〔第四版補正版〕(弘文堂•平成八年)一四八頁註二参照。

川島武宜11

平井宜雄編・新版注釈民法③(有斐閣•平成一五年)七

0頁〔平井宜雄執筆〕参照。

﹁表示の誤りは害しない﹂の原則を表す用語も問題である︒この原則の表記に関しては︑小林一俊﹁契約における合意と 誤表—|『誤表は害さず』についてー」現代契約法大系第

1巻現代契約の法理①(有斐閣·昭和五八年)二八六頁以

下所収︑二八七頁註一参照︒小林論文は︑﹁﹃誤表は害さず﹄命題﹂という用語を用いられる︒本稿においては︑四宮 和夫•前掲書―四八頁に倣って、「表示の誤りは害しない」←)

f a l s a   d e m o n s t r a t i o   n

on o   n c e t "

の原則︶と呼

er ke nn ba r  o de r  u nz we id eu ti g 

f es t

s t e l l b a r   i s t .  

前掲註(2)•新版注釈民法③七0頁〔平井宜雄執筆〕。前掲註(2)•新版注釈民法③七0頁〔平井宜雄執筆〕。

a l

s a   d e m o n s t r a t i l

e t i

︵ 各

r t l . te u n r i c h t i g e r   E kl ar un g  s ch ad et   n i c h t . )   S in ng em aB e   b d e u t e t i   d e s e r   G r u n d s a t z ,   da B  e i n   F e h l g r e i f e n

e   d s  E rk la re nd en   in   de r  A us dr uc ks we s i e  i hm   ni c h t   n a c h t e i l i g   i s t ,   w en n d e r   wa hr e  S in n  d er   Er kl ar un g  Da s  g i l t   i n s b e s o n d e r e   b e i A  bs ch lu B e i n e

s   Ve rt ra gs

 (N 

. B .   b e i   i r r t i i m l i c h e r   An ga be i   e n e s   f a l s c h e n   Ke nn ze ic he ns m  i   Ka uf ve rt ra g  i . i b e r   e i n e n   g eb ra uc ht en   Pk w) . 

C

r l C r e i f e l d s .   H rs g.   vo n  H an s  K au ff ma nn  . e B a r b . :   D i e t e r   Gu

r

藷:・ー

11 .,

n e b u e a r b .   A u f l .   (

19 92 ) 

S .  

39 8.  

Vgl•

D i e t e r   M ed ic us ,  A ll ge me n i er e   T i l   de s  B

GB , 

7.

A  

u f l .   (

19 97  )

  S .

12 6.  

手形行為への﹁表示の誤りは害しない﹂の原則の適用に言及するものとして︑たとえば︑小橋一郎﹁判批﹂民商法雑誌八

10

頁︑一︱五頁以下︑林竣﹁判批﹂手形小切手判例百選︹第三版︺二六頁︑二七頁︑大山俊彦﹁判批﹂金融商 事判例五九五号四六頁、四八頁、高森八四郎「判批」民法判例百選

I

〔総則•物権〕〔第二版〕五四頁、五六頁、大久保憲 章﹁判批﹂法政研究四七巻一号一九七頁などがある︒もっとも︑その多くは︑﹁表示の誤りは害しない﹂の原則を手形行為 に直接適用することには慎重である︒

f a )

l s a   de mo ns tr at io   no

n  n oc et

  ^6

の原則•序説

の原則

(5)

一︑現在のわが国における手形法学において︑﹁表示の誤りは害しない﹂

であろうか︒この問題の考察に当たっては︑

号六三

0

頁に言及することから始めたい︒この最高裁判決は︑手形法学においては︑手形行為の錯誤に関する判例と 則との関係でも取り上げるべき判決であるとされているのである︒この判決の事実と判旨は次のとおりである︒

A株式会社は︑雑貨品買受代金一五

0万円の支払のために︑売主

yを受取人とする約束手形一通を振出した︒ところが︑

チェックライターで打たれたこの手形の金額の記載は︑北

1, 50 0, 0

0とすべきところ︑ポ

1, 50 00 ,0 00

となっており︑記載全体か

らすれば︑金一五

0

0万円の表示と見られるものであったが︑受取人

Yは︑本件の手形の振出された事情およびコンマの位置な

どからして本件手形は︑﹁金額一五0万円の手形であると誤信して﹂B

Bも ︑

して本件手形を受け取った︒しかし︑Bはその後︑手形金額が一五0

付きながら︑この手形をY

の裏書が錯誤にもとづくものであることにつき悪意の

X

Xは︑取立委任裏書をした

c

銀行を介してこの手形を満期に支払場所に呈示したが︑支払を得られなかったので︑裏書人

Yに対して右手形金一五

0

0

およびこれに対する呈示の翌日から支払ずみまでの遅延損害金の支払を求めた︒

Yは︑金額の表示が一五

0

0万円となっていることに気付かないで︑

︵事実︶

してよく知られているものであるが︑

0万円と考えて裏書したものであって︑これは錯誤

の原則と手形行為

0

0万円と表示されていることに気

の原則はどのような位置を与えられている いわば議論のプロローグとして︑最判昭和五四年九月六日民集三三巻五 一方︑後述するように︑有力な学説によれば︑﹁表示の誤りは害しない﹂

一 五

0万円の手形であると誤信

の原

(6)

いてではないものといわなければならない は手形債務負担の意思がなかったとしても︑

︵ 判 旨 ︶

棄し︑さらに審理を尽くさせるため原審に差戻した にもとづく裏書であり︑

Xも本件手形が一五

0

0万円の手形としては通用しないことを知りながらBから裏書を受けたもので

第一審請求棄却︑原審︵大阪高判昭和五三・七・ニ0金融商事五五七号一九頁︶控訴棄却︒X上告︒最高裁判所は︑Yが錯誤

を理由に手形金の償還請求を拒むことができるのは︑

0万円を超える部分についてであるとして︑右部分につき原判決を破

﹁手形の裏書は︑裏書人が手形であることを認識してその裏書人欄に署名又は記名捺印した以上︑裏書としては有効に成立す

るのであって︑裏書人は︑錯誤その他の事情によって手形債務負担の具体的な意思がなかった場合でも︑手形の記載内容に応じ

た償還義務の負担を免れることはできないが︑右手形債務負担の意思がないことを知って手形を取得した悪意の取得者に対する

関係においては︑裏書人は人的抗弁として償還義務の履行を拒むことができるものと解するのが相当であり︑被上告人y

主張も︑右のような趣旨に帰着するものと解される︒そこで︑Yは︑錯誤によって手形債務負担の意思がなかったことを理由に

して本件手形金全部の償還義務の履行を拒むことができるかどうかであるが︑前記のように︑

を金額一五0万円の手形と誤信して裏書したものであるとすれば︑ Yが金額一五

0

0万円の本件手形

Yには︑本件手形金のうち一五0万円を超える部分について

0万円以下の部分については必ずしも手形債務負担の意思がなかったとはいえ

ず︑しかも︑本来金銭債務はその性質上可分なものであるから︑少なくとも裏書に伴う債務負担に関する限り︑本件手形の裏書

についてのYの錯誤は︑本件手形金のうち一五0万円を超える部分についてのみ存し︑その余の部分については錯誤はなかった

ものと解する余地があり︑そうとすれば︑特段の事情のない限り︑Yが悪意の取得者に対する関係で錯誤を理由にして本件手形

金の償還義務の履行を拒むことができるのは︑本件手形金のうち一五0万円を超える部分についてだけであって︑その全部につ

︵手形の一部裏書を禁止した手形法︱二条二項の規定は︑上記の解釈を妨げるもので

, f a l s a   d e m o n s t r a t i o   n

o n o   n c e t  

^(の原則•序説 あって責任を負わないと主張した︒

(7)

理不尽︑理由不備の違法がある⁝⁝︒﹂ はない︒︶︒しかるに︑原審は︑前記のように︑

Yは金額一五

0

00万円の手形と誤信して裏書をした万円の本件手形を金額一五

もので︑上告人Xは右裏書が錯誤に基づくことを知って更に裏書を受けた悪意の取得者である︑との事実を認定したのみで︑直

Yは︑本件手形の裏書全部が錯誤によって無効であることをXに対して主張し︑本件手形金の全部について償還義務の履

行を拒むことができるものと判断しているのであって︑右判断には︑手形行為の錯誤に関する法律の解釈適用を誤り︑ひいて審

二︑この最高裁判所の判決の評価は分かれるが︑多くの見解は︑この判決は︑手形理論について創造説をとり︑手形

行為には民法の意思表示の瑕疵についての規定の適用はないとの見解︵いわゆる適用排除説︶に立って︑錯誤を人的

(1 ) 

抗弁としたものであり︑そして手形金額の一部について錯誤による無効を認めたものであると解しているようである︒

ただ︑この判決に関しては︑議論が多い︒したがって︑手形行為の錯誤に関する最高裁判所の見解が││!あるい

は︑より広く︑民法の意思表示成立上の瑕疵に関する規定︵意思の不存在といわれる心裡留保︑通謀虚偽表示︑錯誤

に関する民法九三条から九五条︑および瑕疵ある意思表示といわれる詐欺︑強迫に関する民法九六条︶が手形行為に

適用されるかどうかという問題に関する最高裁判所の見解が︑右の最高裁判決の方向で確定したといえるかどう

(2 ) 

かは︑なお疑問であるとする有力な見解もみられる︒私見もまた︑そのような指摘は正当であると考える︒

三︑いずれにしても︑少なくとも︑手形法学においては︑ほとんど例外なく︑この判決は︑手形行為と錯誤の問題と

して位置付けられているのであるが︑これに対して︑ある有力な民法学説は︑次に引用するように︑﹁表示の誤りは

害しない﹂の原則との関係において︑右の最高裁判決の事例に考察を加えておられる︒

﹁:・⁝次のような事例がある︵手形が転々裏書されたケースだが︑簡略にする︶︒A

は ︑

B

に ︑

0万円の債務の支払とし

I, 

(8)

興味深いものがある︒

0万円についての法律関係を認め の原則が妥当することを前提にするもの て、錯誤により一五00万円と表示された手形を、振出し、Bが一五00万円をAに請求した。判例(最判昭五四•九•六民集

三三•六三0)

は ︑

Aには錯誤︵九五条︶があるが︑無効を主張しうるのは︑特段の事情のないかぎり︑

分についてだけである︑とする︒しかし︑意思表示の効力を問題とする前に意思表示ー法律行為の解釈を問題とすべきであり︑

れた︑と解釈すべきだった そして︑この事案に関しては︑﹃表示の誤まりは害しない﹄の原則の精神によって︑

(3 ) 

四︑右の見解は︑明らかに手形行為の場合にも︑

であるが︑手形法学の側にも基本的に同様の理解を示す見解がまったく存在しなかった訳ではない︒ある有力な見解

は︑前掲最判昭和五四年九月六日の判例批評において︑次のように述べている︒結論のみならず︑その理由付けにも

﹁意思表示ないし法律行為の解釈については︑表意者の真意にかかわらず︑表示の有すべき意味を確定することを要すると論

ぜられることが多い︒いわゆる規範的解釈

( n o r m a t i v e A u s l e g u n g )  

がその間違いに気付くと同時に︑表示者の表示しようとした意味を知るようなときには︑表示者の欲した意味において表示が効

力を有することが認められている︒表示はこの場合︑当事者の事実的理解

( t a t

c h l i c h e s V e r s t a n d n i s )  

意思表示ないし法律行為は︑当事者が自己の意思で自己の法律関係を設定しようとし︑法がこれを承認するものである以上︑当

事者が表示の意味を規範的解釈によるのと別の意味に事実上理解したとしても︑この事実上理解された意味に相応する法律関係

の成立を妨げるぺき理由はない︒ここでは︑事実的理解の意味が表示の意味であるから︑錯誤は問題にならない︒表意者が一五

0万円のつもりで一五

0

0万円と表示し︑表示受領者もこれを一五0

万円と理解すれば︑

(4 ) 

手形行為と

, , f a l s a d e m o n s t r a t i o   no

n  n o c e t

^(の原則•序説 

0万円を越える部

A

B間では一五0万円の手形の振出がなさ

である︒しかし︑表意者が表示を間違えたが︑表示受領者

の意味で解釈される︒

(9)

しかし︑この見解は︑右に引用したところにすぐ続けて︑﹁このことは要式行為にもあてはまるとされるが︑手形

(5 ) 

上の表示そのものについてはなお考察を要するであろう﹂とし︑結局︑﹁手形行為にあっては︑その直接の当事者間

においても︑手形上の表示を誤記したような場合に︑当事者の事実的理解の意味に解釈することはできない﹂とされ

( 6 )  

る︒すなわち︑﹁手形は流通を︑すなわち第三者が関係することを予定され︑手形上の表示は直接の相手方のみなら

(7 ) 

ず第三者にも向けられているから︑手形上の表示の解釈は︑規範的解釈によらなければならない﹂というのである︒

ただ︑﹁手形行為の直接の当事者間における手形上の表示の事実的理解を︑この当事者間の人的関係と考えること

はできる﹂として︑前掲最判昭和五四年九月六日の事案の場合であれば︑YBに対して﹁一五0万円を超える部分

については支払を拒みうる人的抗弁を有する﹂とし︑Xがこのことを知りながらBから裏書により手形を取得したと

(8 ) 

きには︑害意のある取得者として︑右人的抗弁の対抗を受ける﹂とする法律構成が可能であると説いておられる︒

五︑私もまた︑前掲最判昭和五四年九月六日の事案のような場合に﹁表示の誤りは害しない﹂の原則を用いて手形行

為を解釈する右のような見解︵とくに︑右の一二︑において紹介したような見解︶に魅力を感じ︑私の教科書において

その見解を紹介するとともに︑手形行為が法律行為とはいえ︑要式の書面行為であり︑第三者が関係することの予定

されていることをも考え併せて︑﹁この見解︹前掲最判昭和五四年九月六日の場合には︑﹁表示の誤りは害しない﹂の

原則から一五0万円の手形行為が成立するとする見解︺による場合には︑善意の第三取得者の保護は︑たとえば︑権

( 9 )  

利外観理論によって図ることになるであろうか﹂と述べたことがある︒

このような考え方は︑手形行為に民法の意思表示成立上の瑕疵に関する規定の適用があるか︑という問題に関して︑

﹁民法の意思表示の規定の手形行為への適用を原則として認めたうえ︑善意の第三者の保護は権利外観理論によって

J ¥ .  

(10)

判例を分析して︑﹁判例は

( 1 0 )  

図るべきである﹂とする見解に立つことを前提とするものである︒

︵直接の当事者間においては︑民法の意思表

( 1 0 )  

ただ︑右の私見は︑そのような見解が可能であることは指摘したが︑必ずしも︑そのように考えるべきであるとま

で主張したものではなく︑他方では︑私見は︑手形行為と民法の意思表示の瑕疵の規定の適用関係に関するわが国の

︹前掲最判昭和五四年九月六日をもふくめて︺︑直接の当事者間においては︑民法の規定の

適用があるものとしたうえ︑第三取得者との関係では︑民法の規定の適用はなく︑直接の当事者間における意思表示

の無効•取消は、人的抗弁となるにすぎないものとしている」と捉え、しかも、その理論構成を検討して、「判例の

一方では︑手形行為の直接の当事者間においては︑民法の意思表示の瑕疵および意思と表示の不一致に関す

る規定の適用を認め︑他方︑第三取得者との関係では︑﹃第三取得者保護の必要に基礎をおく表示主義﹄

( 1 1 )  

由にその適用を排除するというものである﹂との説明を試みていたのである︒ の要請を理

この見解は︑わが国の判例が手形行為との関係では意思表示の効力に関する表示主義を採るものであるとしながら

も︑その表示主義の妥当範囲は第三取得者との関係に限られていること

示に関する規定の適用があること︶を強調するものである︒これは民法の意思の不存在および意思表示の瑕疵に関す

る規定の手形行為へ適用の有無との関係における議論であるが︑これをここで取り上げているような﹁表示の誤りは

害しない﹂の原則との関係で見ればどうなるであろうか︒考えられるのは︑民法の意思表示に関する規定の手形行為

への適用の場合と同様に﹁表示の誤りは害しない﹂の原則の適用を手形行為の直接の当事者間に限ることであろう︒

しかし︑それに加えて︑さらに﹁表示の誤りは害しない﹂の原則を手形行為との関係で問題にするのであれば︑手形

客観解釈の原則︵手形行為は書面による意思表示であるから︑その内容は当然書面の記載のみによって判定しなけれ

)

f a l s a   d e m o n s t r a t i o   n o

n   n o c e t

 

^二の原則•序説

(11)

とが問題となるが︑それとともに︑②手形客観解釈の原則との関係も検討しなければならないであろう︒

そこで︑その後︑私見は︑第三取得者との関係においてのみ︑意思表示の効力に関す表示主義が妥当するという考

え方をこの場合にも及ぼして︑﹁第三取得者との関係においてのみ︑意思表示の効力に関す表示主義が妥当し︑その

限りにおいて︑古典的な意味における手形行為の意義︵要式の書面行為︶も妥当すると考え︑したがって手形の文言

性︵および客観解釈の原則︶もまた︑その場合にのみ意味を有すると解する余地もあるのではないか﹂︑とする仮説

( 1 4 )  

的な説明を提案するに至ったのである︒仮にこのように考えるのであれば︑前掲最判昭和五四年九月六日のような場

合︑手形授受の直接の当事者間においては︑﹁表示の誤りは害しない﹂の原則によって︑

立を認め︑他方︑第三取得者との関係では︑﹁客観的な﹂表示に従い︑

なる︒ただ第三取得者が︑前掲最判昭和五四年九月六日の場合のように︑当事者間に﹁表示の誤りは害しない﹂の原 が関係することの予定されているものであり︑果たして︑ ばならず︑手形行為の解釈については︑手形面上の記載以外の事実にもとづいて行為者の意思を推測して︑記載を変

( 1 2 )  

更したり補充したりすることは許されない︶との関係も問題になるであろう︒たとえば︑右の前掲最判昭和五四年九

月六日の事案に例をとれば︑手形上の記載は一五

0

0万円であることが明確であるのに︑当事者がこの記載を別の意

0万円の記載であるとすることは︑﹁手形面上の記載以外の事実にもとづいて

( 1 3 )  

行為者の意思を推測して︑記載を変更したり補充したりすること﹂にほかならないのではないのであろうか︒

以上のように見てくると︑手形行為の場合にも︑﹁表示の誤りは害しない﹂の原則によりうるのかどうかを考える

場合には︑手形法に特有な問題として︑先ず︑①手形行為は︑法律行為とはいえ︑要式の書面行為であり︑第三者 味に解していたということから︑

0

万円の手形行為が認められることに0 一般の法律行為と同様に考えてよいのかどうか︑というこ

0万円の手形行為の成

10

 

( 1  

0) 

(12)

則により一五0万円の手形行為の成立が認められるという事情を知って手形を取得したという場合には︑このことは︑

( 1 5 )  

一般悪意の抗弁または権利濫用の抗弁として︑手形法一七条にいう人的抗弁事由になるということになるであろう︒

しかし︑このような問題にさらに検討を加えるためには︑そもそも︑﹁表示の誤りは害しない﹂

検討することによって︑﹁表示の誤りは害しない﹂

( 1 6 )  

の原則といわれる

考え方そのものに関する知識が前提となるであろう︒そこで︑以下においては︑段落を改めて︑ドイツのある学説を

の原則の意味するところを多少とも明らかにすることから始める

一号二二三頁︑ニニ五頁︑小橋一郎﹁判

( 1 )

服部栄三﹁判批﹂判例評論二五六号三五頁︑前田庸﹁判批﹂判例タイムズ四一

批﹂民商法雑誌八二巻三号︱

10

頁︑一︱六頁など参照︒

なお︑この判決の評価に関しては︑福瀧博之﹁手形理論と手形意思表示論に関する覚書﹂関西大学法学論集四三巻四号一

頁︑三五頁以下参照︒(2)上柳克郎11北沢正啓II鴻常夫編・新版手形法・小切手法(商法講義)(有斐閣•一九九八年)六三頁〔上柳克郎執筆〕は、

本文に引用した前掲最判昭和五四年九月六日を紹介したうえ︑次のように述べておられる︒

﹁この判決は︑﹁手形の裏書は︑裏書人が手形であることを認識してその裏書人欄に署名又は記名捺印した以上︑裏書と

しては有効に成立する﹄として︑錯誤による無効という法律論を全面的に排斥したうえで手形金額が一五0万円を超える部

分について人的抗弁︵手形法一七条の抗弁か否かについてはとくに論及していない︶の対抗を認めるという︑従来の最高裁

判例で明確に説かれたことのなかった法的構成を採用している︒今後の最高裁判例が︑手形行為における意思と表示の不一

致ないし意思表示の瑕疵の問題についてどのように発展するか︑にわかに予測し難い︒﹂(3)四宮和夫・民法総則〔第四版補正版〕(弘文堂•平成八年)一四八頁註二。最判昭和五四年九月六日より前の版である四宮和夫・民法総則〔第三版〕(弘文堂•昭和五七年)一五八頁には、もちろん最判昭和五四年九月六日の引用はないが、すでに、四宮和夫・民法総則〔第四版〕(弘文堂•昭和六一年)一四九頁註二には、この最高裁判例が引用されている。また、四宮和夫II能見善久・民法総則〔第5版〕(弘文堂•平成―一年)一六〇

,

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al

sa

d e m o

n s t r

a t i o

  n o n

nocet"の原則•序説 

(13)

頁は契約の解釈の基準に関して︑﹁当事者の付与した共通の意味︵主観的意味︶を確定しなければならない﹂とする説明は

維持しているが︑その例としては別の例が挙げられており︑最判昭和五四年九月六H

への言及はみられない︒

また︑石田穣﹁意思主義と表示主義﹂法学協会百周年記念論文集︵第三巻︶四八四頁以下所収︑四九四頁註︱四︑四九五

頁以下も︑右の最判昭和五四年九月六日を﹁わが国において

f a l s a d e m o n s t r a t i o   n

o n o c   n

e t

に若干関連する判例﹂として引

用し︑﹁少なくとも

X

Yの間では︹本文の事実におけるこの判決の紹介と同じく︑Xは手形所持人・原告︑Yは裏書人・被

告である︺本件手形は一五0万円の手形として取り扱ってよいと思われる︒このように解してもXの利益は害されない︒そ

Yの錯誤を論じるまでもなく︑Yは一五0万円の手形を裏書しX

は一五

0万円の手形を取得したからX

0

円の請求をすることができる︵また︑それしかできない︶と解するのが妥当であろう︒﹂としておられる︒

( 4

)

小橋一郎﹁判批﹂民商法雑誌八二巻三号︱

10

頁︑一︱五頁以下︒

(5)小橋一郎•前出、註(4)――六頁。(6)小橋一郎•前出、註(4)――六頁以下。(7)小橋一郎•前出、註(4)――七頁。(8)小橋一郎•前出、註(4)-―七頁。(9)福瀧博之•手形法概要(法律文化社・一九九八年)―-五頁。(10)福瀧博之•前掲書一0四頁註〔修正適用説と権利外観理論〕参照。

( 1 1 )

福瀧博之﹁手形理論と手形意思表示理論に関する覚書﹂関西大学法学論集四三巻四号一頁︑三五頁以下︑とくに︑三七頁以下。福瀧博之•前掲書一〇六頁以下および――四頁参照。

( 1 2 )

手形客観解釈の原則に関しては︑福瀧博之﹁手形行為の解釈について︵いわゆる手形客観解釈の原則︶﹂・教材現代手形

法学︵法律文化社・一九八八年︶四六頁以下所収参照︒︒

(13)この点に関しては︑たとえば︑福瀧博之﹁手形行為についての覚書﹂関西大学法学論集四九巻ニ・三号一〇八頁︱二五

頁以下など参照︒

(14)福瀧博之•前出、註(13)一三七頁以下参照。.

なお︑第三取得者との関係においてのみ意思表示の効力に関する表示主義を認めるといっても︑手形授受の当事者間にお

(

(14)

要式契約

( F

o r

m l

o s

e V e

r t r i

i g e )

I l

.要式契約

( F

o r

m l

i c

h e

e r

t r i i

g e )

︑および

I I I

.結

,f

al

sa

d e m o

n s t r

a t i o

  n o

n   n

o c e t

  ^;の原則•序説

W i

e l

i n

g

﹁契約法における

, , f a

l s a

d e

m o

n s

t r

a t

i o

  no

n   n

o c

e t

  ^

I

の原則を理解する手掛かりを得るためである︒

し 、

L

(1 ) 

ここで取り上げる

Ha

ns

J o

s e

f   W

i e

l i

n g

一九七二年に公刊されたものであるが︑

( 2 )  

の原則との関係において︑すでに︑わが国においてもよく知られており︑また︑ドイツの教科書でも︑代表的な

(3 ) 

見解一のとして紹介されている︒この段落においては︑

W i

e l

i n

g の論文を取り上げて︑その説くところを検討する︒

W i

e l

i n

g

の所説の検討 契約法における

, , f a

l s a

d e

m o

n s

t r

a t i o

  no

n  n

o c

e t

  ^6

の原則の意義

( E

r g

e b

n i

s )

という三つの ﹁表示の誤りは害しな

いても表示︵意思表示︶の必要なことはいうまでもない︒したがって︑また︑手形行為の書面性と要式性を第三取得者との 関係においてのみ認めるといっても︑手形法一条や七五条の意味における手形行為の要式性や書面性を放棄するものではな い︒最判昭和五四年九月六日の事案の例でいえば︑一五

0

0万円の記載を一五0万円と解釈しうるというだけであって︑お

よそ何ら記載(表示)がなくても、一五

0万円の手形行為を認めるというのではないことはいうまでもない。福瀧博之•前

0

(15)

福瀧博之•前出、註(11)三八頁参照。

(16)先に、前註(3)

を伴う本文において引用した四宮•前掲書―四八頁註二も、「そして、この事案に関しては、『表示の誤ま

りは害しない﹄の原則の精神によって﹂考えると︑そのようになるといっているのであって︑﹁﹃表示の誤まりは害しない﹄

の原則によって﹂︑とは述ぺておられないことが注目される︒﹁表示の誤りは害しない﹂の原則とはどのようなものと解すれ

ばよいのであろうか︒

(15)

害しない 章からなっている︒以下においては︑私の理解するところに従って︑手形行為との関係において

の原則を捉え直すという本稿の目的に必要な限りにおいて︑

W i e l i n

の所説の概要をたどり︑検討を

g

契約法における﹁表示の誤りは害しない﹂

を取り上げ︑①どのような場合に﹁表示の誤りは害しない﹂

の原則は︑どのような理由によって認められるのか︑を論じている︒

W i e l i n g

f a l s a d e m o n s t r a t i o  

(

(1) 

( n o n   n o c e t )  

加えることにする︒

関 法 第 五 七 巻 一 号

Bと表示した︒︹しか

に関して確実に言えることは︑先ず︑それは

(4 ) 

の原則は︑どのような場合に認められるのか︒

W i e l i n

g

は︑先ず︑不要式契約

( F

o r m l o s e  

e r

t r a g e )  

の原則が認められるのか︑そして︑②﹁表示の誤りは

の原則は︑どういうものであり︑どのような場合に認められるのか︒

W i e l i n g

の原則に関しては︑すでにその適用範囲に関してすら議論があるという︒

ということだけ﹂

であり︑それ以上のことは︑それほど明らかではない︒すでに︑﹁契約法に おけるこの原則の適用範囲﹂に関しても争いがある︒しかし︑﹁一般的な見解によれば︑この原則は︑以下の二つの

(4 ) 

場合に関係すべきものである﹂といわれている︒

( S . 29 )7  

1.認識ある内容の錯誤および表示上の錯誤の場合

( B e i e d m   e r k a n n t e n   I n h a l t s   ,  u n d   E r k l a r u n g s i r r t u m . )

表示者

( d e r E r k l a r e n d e )

が︑たとえば︑

Aと表示する意図であったが︑間違えて

し︑意思表示の︺受領者

( d e r E m p f a n g e r )  

は ︑

I I A

と表示されるべきであったということを認識している︒

︱ 四

︵ 一 四 ︶

(16)

2.共通の内容の錯誤および表示上の錯誤の場合

( B e i d e m   g e m e i n s a m e n n h   I a l t s

‑ u n d   E r k l a r u n g s i r r t u m . )

︒表示

示を錯誤によって︑

f t A I I

W i e l i n

g

は︑右の1.を認識ある錯誤

( d e r e r k a n n t e   I r r t u m )  

と呼んでいる︒しかし︑認識ある錯誤および共通の錯誤のすべての場合に︑表示の誤り

( f a l s a d e m o n s t r a t i o )

が存

在するというのではない︒

W i e l i n

によれば︑表示の誤り

g

( f a l s a d e m o n s t r a t i o )  

示者が何を考えていたのかが明らかであるすぺての場合には排除されている﹂

Aの売却に関して交渉し︑そして最後に売主が︑物B

0

0マルク要求すると表示した場合には︑その

情況からすれば︑

ておらず︑表示 Aが考えられていることは明らかである︒このような場合には︑法的に重要な錯誤は︑何ら存在し

い﹂の原則

( , , f a l s a d e m o n s t r a t i o   n o

n   n o c e t  

^

W i e l i n g

︹認識しなければならないというわけではな

(6 ) 

にもかかわらず︑たまたま偶然によってそれを認識しているときにのみ適用可能なのである︒また︑共通の

錯誤の場合には︑この原則は︑両当事者が互いに独立して

在するのである。したがって、Wielingの見解によれば、これら場合の錯誤は、たとえば予備交渉〔予備折衝•契約

(7 ) 

によって解明できるものではないのである︒

W i e l i n

g

も︑﹁このような場合は︑実際には

( V  

o r v e r h a n d l u n g )  

者が︑意図されていること

I I B I I

の意味において理解している︒

﹁表示の誤りは害しない﹂

手形行為と

9 )

f a l s a   d e m o n s t r a t i o   n o

n   n o c e t

'

^の原則・序説

( S .   29 7)  

一 五

2

.を共通の錯誤

( d e r g e m e i n s a m e r   I r t u m )  

は︑﹁すでにその情況からすれば表

(5 ) 

のである︒たとえば︑当事者がある物

は︑解釈によって︑意思と一致させられているのである︒﹁表示の誤りは害しな

( S .  

297 

f. ) 

の原則は︑認識ある錯誤の場合には︑意思表示の受領

( u n a b h

g i v g o n e i n a n d e r )

同じ錯誤に陥るときにのみ存

( d a s   G e w o l l t e )

を認識する必要はなかった の適用は問題になりえない︒

( d i e   E r k l a r u n g )  

者が

I I A I I

と表示する意図であったが︑間違えて︹しかし︑意思表示の︺受領者は︑その表

参照

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